2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全24件 (24件中 1-24件目)
1
5~6年前頃より製造を開始した自家製自家用各種醗酵水が、このところどんどん進化し始めています♪ 植物って、本来地球の他のイノチ(鉱物や人をはじめとする動物などすべて)に調和をもたらす役目を持って創造されてきていますよね♪ 実際にいろんな種類の植物を増殖醗酵させてみて、その無条件の愛に驚嘆してしまいますし、感動しています。 無駄な体験って何一つないのと同じで無駄なイノチは何一つないようですよ^^ 昨年の12月に那覇に出かけた頃から、名前もわからないのですがなぜか目を奪うというか気になってしまう路傍の植物に意識が取られていました。 意味もわからずその植物の写真をたくさん撮っていたり~(笑) その理由がわかりました。 植物からのメッセージに魂が反応していたんだと・・・・ 那覇だけでなく、我が家の畑に自生する名も知らない植物たちや小豆島内に自生する植物たちにも、同じような意識の反応が起きてしまうのです^^; 畑の整地をするごとに、植物の神秘性や偉大さに驚嘆してしまうのですが、それと同時に彼らの役割を活用してみようと感じ始めました。 岐阜から小豆島に越して来る時に、それまで作っていた各種醗酵水のほとんどを自然にお返し、小豆島で改めて製造していたのですが、1年が経過し、新たな意識も目覚めてきたようで、太古のままに共生エネルギーの高い小豆島自生植物に意識が向かっていくのです。 目下いろいろ彼らを増殖醗酵させて、身内や友人でその効用を試しています。 その結果、従来から会員さんに頒布していた全身洗浄醗酵水「かがやき」とおだやかに本来の皮膚に戻していく皮膚用醗酵水「うるおい」が進化し、会員さんたちから感動の声が届いてきましたし、もう一つ、素晴らしい効力を持つ新醗酵水「スキンレスキュー」が完成しました♪ 「スキンレスキュー」は、重度の皮膚トラブルや痛み、痒みを調和させていきます。 あはは~、連日長靴を履いて畑作業をしていたら、水虫になってしまったのです。 さっそく「スキンレスキュー」を患部に塗布してみました。 最初ジーンとした浸みこんでいく感覚があり、2~3分後には痛痒さが消えました。 その後放置していたら、患部の皮膚がペロリと剥がれて滑らかな皮膚が戻ってきたのです♪ 蚊やその他の虫さされに対しても、同様です。 畑作業をしていると、自分では気づかない内に蚊や蟻さんたちに刺されたり噛まれたりして、あちこちが痛痒くなり、腫れてきていますが、それにも有効でした。 まだ整地中ですが、各種醗酵水製造用として20平方Mくらいのスペースを薬草園として使用していくことにしました^^ もう楽しくて~♪ 嬉しくて~♪ 徐々に体験レポートも届いてきています^^ NEWバージョン醗酵水の使用を始められた方は、まだほんの数人ですがその方たちからの声は以下の通りです。 全身洗浄醗酵水「かがやき」(頭髪、顔、身体すべてに使用できます) ・以前より泡立ちが良くなって、使いやすい。 ・リンス不要で、翌日髪の毛がふわふわになっている。 ・髪の毛に艶が出てきた。 ・化粧もきれいに落ちているし、皮膚がツルツルスベスベになった。 ・身体がツルツルになって、心地よい。 ・掃除溶剤かぶれが治ってきたみたい。 ・皮膚乾燥によって白っぽくなっていた表皮が治まってきた。 皮膚調和醗酵水「うるおい」 ・皮膚の炎症が消えた。 ・アトピーのかゆみが消える。 ・敏感肌でも、気持よく使える。 ・虫さされの不快感が消え、皮膚が元に戻った。 重度の皮膚トラブル対応醗酵水「スキンレスキュー」 ・頑固な吹き出物が塗布する毎に小さくなっています。 ・虫さされによる痒みや痛みが消え、皮膚が元に戻った。 ・水虫が消えた。 使用してくださる人が増えていくに従って、もっと多くの声があがってくるのではと楽しみにしています♪ 直接メールでお知らせくださった方もいらっしゃいます。 御了解がいただけましたので、ご紹介します。 『スキンレスキュー少し使ってみましたよ。 痒みが出てるところに塗るとスッと痒みが引きました! これからの進化も楽しみです(^-^) 昨日は幼稚園でたくさん蚊にかまれた娘の足に塗ってあげました。 それまでしきりに掻いていたのですが『スキンレスキュー』を塗ると痒みも治まったようです。 寝る前に念のためもう一度塗布し、朝見てみるとぷっくり腫れてたのが少しひいていました。 これからの季節大活躍してくれそうです♪』 このところ、ひらめきや直観とお友達状態になってきましたので、次々と頼もしい植物の存在に気づき始めています^^ それゆえ、製造毎に進化していきそうです♪ あはっ、書き忘れるところでした^^; 肉体的・精神的・エネルギー的調和を図る醗酵水「精霊のハーモニー」も進化しています^^
2009.05.28
コメント(0)
≪風に恋して~自由人への応援歌(13)≫ 「倒産から学んだこと(4) 感謝 」 倒産の後始末のため、夫は残務整理に追われていました。 誰のせいでも無い、あえて責任者は誰と聞かれれば私なのですが、夫は自らを責めていたようです。 私が何を言ったところで彼の耳には届かず、夫は夫の物語を創りあげていきました。 その結果、医師が驚くほどのスピードで癌を創りだし、巨大化させてしまいました。 詳しいことはエッセイ「夜明け前」をお読みください。 夫が緊急入院してから、私の日課は病院通いになりました。 毎日病院ではモルヒネを使用してさえも夫の痛みを押えることが出来ませんでした。 夫の苦しみを見るに見かねて、私はうろ覚えながらかつて本で読んだ記憶を頼りに自己流の「オーラ・ヒーリング」を病室でやってみました。 驚いたことにそれを施している間、夫は穏やかな睡眠に入っていきます。 私にとって初めての体験でした。 それまでの独学で、根治療法ではなく対症療法でしかない西洋医学は信用していませんでしたし、人間とは一体いかなる生命体なのか手当たり次第、様々なジャンルの本を読んでいただけで、自分でヒーリングが出来るなどと思ってもいなかったのです。 ところが、うろ覚えながらやってみると彼は現実に癒され、痛みから解放されていくのです。 (この体験がスタートでしたが、その後機会があるごとに、ヒーリングの真似事をしていました。 人間には本来生まれ持っている普通の能力として、自分及び他人や動物、植物などの生命体を癒す力を持っていることに気づきました。 どなたにもその潜在的な力があると思います。 自分を信じて、真剣にトライして欲しいと願っています。 食を正し、心を正すことで心身の病は驚くほどに自然治癒していくでしょう。) そのために夫へのヒーリングが私の日課になっていきました。 面会時間最終まで病院につめていましたので、帰宅は夜遅くなります。 疲れ果て自分のための食事には無頓着になっていきました。 そんなある日、我が家に居候していた従妹が、私のために玄米ご飯、塩鮭、味噌汁を用意してくれていました。 それを食べた時、あまりの美味しさに感動して涙が出たのです。 「智恵さん、美味しいよ! とっても美味しいよ! こんな美味しい食事を私は生まれて初めて食べた気がするよ。 ありがとう、 本当にありがとう!!」 一つ一つの材料は粗末なものです。 でもどんな高級料亭でも食べたことの無い本質的な美味しさに私の心は感動し、涙したのです。 私は、それまでの人生で日本だけでなく世界各地の美味しいと評判のレストランや料亭を訪れていました。 確かに評判になるだけのことはあり、大変美味しかったのですが、美味しさの質が違うのです。 優れた食材や技術、知識があれば、誰でも表面的な美味しい料理を創れると思います。 智恵さんの料理は、それらとは一線を画したところ、比較するものの無い究極の食べ物だったと思います。 なぜそれほどの感動的な美味しさだったのか、考えてみました。 その結果解ったことは、要は作る側の問題ではなく、食べる側の心のあり様だったということです。 以前にも書きましたように私はお金に不自由していませんでしたし、お金が動きたがりますので、お金を使わねばならなかったのです。 高級料亭でチップをはずみ、一晩10万円(一人分ではありませんが)の食事代は日常でした。 美味しいのは当たり前なのです。 感動はありません。 嫌なやつですよね。 鼻つまみ者ですよ。 でもその当時の私はそうだったのです。 お金を充分に支払うのですから、美味しくて普通です。 ちょっとでも不味いと食べませんし、二度とそのお店には行きません。 ただそれだけなのです。 感謝の心は露ほどもなかったのです。(充分な対価を払うのですから!) 智恵さんが用意してくれた食事は現象的には粗末なものですが、無意識の意識(潜在意識)が自ら動き、本質的な感謝を発動してきたのだとわかりました。 それまでの人生で「ありがとうございます」と言ったことがないほど傲慢ではありませんが、心が震えるほどの感動を伴って「ありがとうございます」を果たして何回体験してきただろう?との疑問が出てきたのです。 皆無だった気がします。 『ありがとうございます』 誰もが気軽に口にするこの言葉・・・・・ どちらかと言えば、ほとんど挨拶代わりに、何気なくマナーの一種として使用してきたように思います。 それはそれでいいのかもしれません。 言われて悪い気がする人はそんなにいないでしょうし、言わないよりは言ったほうが人との関係は良くなります。 この体験が教えてくれたのは、人から何か物をもらったり、何かをしてもらったりした時の「ありがとう」とは本質的に次元の異なるものでした。 「有り難い」の意味を考えていくと、「有ることが困難」ということのようです。 あり得ないことを施してもらった時に、初めて感受し、感動して、震える魂(魂の目覚め?)がその感動を伝えるために生まれた言葉なのかもしれません。 他の人がどんな心でこの言葉を使っていらっしゃるのか、私には解りませんが、少なくとも私に関しては、魂から湧き出てくる「有り難さ」に対してこの言葉を使っていたわけではありません。 感謝はしていても、もっと表面的に使っていたように思います。 もしこの時、私がお金を持っていれば、疲れていたので恐らく外でお金を払って食事を済ませたことでしょう。 外食をする余分なお金をもっていなかったから、疲れ果てて何も考えられなかった(無我の状態)から体験できた魂からの教えであり、感動であり、感謝でした。 お金が無いからこそ体験できたこの学びに、今心から感謝しています。 「有り難い」体験をさせてもらって誰に、何に感謝すればいいのか途方に暮れるくらいの私の感謝がお判りになるでしょうか? 智恵さんの心のこもった食事に感謝したという表面的な出来事ではありません。 もちろんきっかけはそうなのですから、智恵さんに「ありがとう」の言葉を心から伝えますが、この時魂を振るわせたのは、もっと深い「源」の感動だったのです。 「倒産」という体験が、否応無く私から幻想の生活を剥ぎ取り、身体と心を洗い清めてくれました。 身体ひとつ、心ひとつの在り様で「いのち」の「有り難さ」を深く知ることが可能となる大いなる福音を感受できたのです。 麻痺していた私の心が、この時から少しずつ溶け始めたのかもしれません。 まだまだ解っていないことがたくさんあります。 瞬間瞬間が学びの連続です。 一瞬たりとも揺るがせにできない歓喜の場が毎日目の前に広がっているのです。 幻想の宴や苦境と戯れているなんて勿体無くてできません。 今回お伝えしたかったことは、何気なく通過させてしまいがちな「当たり前の出来事」の中に、とても大切な学びが潜んでいるということです。 滅多にない「特別な出来事」を追うより「当たり前の出来事」(当たり前に呼吸できる、当たり前に歩ける、当たり前に今生きているなど)をじっくり観察してくだされば、日々瞬間瞬間が感動と感謝の連続になっていくでしょう。 感動は頭で考えて出来るものではありません。 あれやこれやの雑多な思惑に囚われていては、目の前のある「有り難い」出来事に気づかず、人生を薄っぺらいものにしてしまうでしょう。 頭が空っぽの状態(ねばならないことを放棄している)の時に、魂が不意に「感動」をプレゼントしてくれるように感じます。 感動はどこにでも存在しています。 出来事や食べ物だけではなく、風や落ち葉、朝日夕日、木立、湖、川の流れ、・・・生命・・・人間を含めた自然の全てが神秘であり感動を生む源のような気がします。 しなければならないことを手放したことで、私は「感動」を受け取りました。 感動が「あり得ない稀有なこと」の意味を理解させてくれますし、それがわかる事で震えるほどの「感謝」が生まれてくるように思います。 「今、生かされて活きている」歓びを識る瞬間って言葉の限界をはるかに越しています。 それによって人生の彩りが大きく変容していくようです。 「本当」のことは、言葉では伝わりません。 一人一人の真剣な体験で感受してもらうしかないのです。 誰にも「真実」の体験は瞬間ごとに訪れているのですが、心が幻想の価値観に囚われていては、何も感じないし、「奇跡」のような体験さえ、既存の価値観は陳腐な出来事として忌み嫌い素通りさせてしまいます。 言葉の限界を、特に書き言葉の限界を知ってくださいますか? もし高尾に来ていただけるなら、一般論ではなく、あなたに必要な言葉でお話したいと思います。 感じてください。 感じることが大切です。 頭で、理屈で解ろうとしても難しいでしょう。 握りこんでいた山ほどの観念を手放していったからこそ感受できる歓喜を、もし少しでも味わいたいと思われるなら、無意味というより有害でさえあるかもしれない鎧のごときガラクタ意識をひとつずつ捨てていって欲しいと切に願っています。 「真実」の道に私を誘ってくれたのが「倒産」という出来事でした。 この体験こそが私の人生で最大最高、最初の福音だったのです。 それまでに所有してきた物や意識を「捨て」させてくれた歓喜、感動、感謝を伝える言葉が見つかりません。 ただ静かに「あ・り・が・た・き・か・な」と震える心で自らの魂に伝えています・・・。 2003.12.17記 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ Sさん、ありがとうございます。 6年前に集中して配信していたメルマガ、その後自分で読み返すことなどありませんでした。 1章ずつ、じっくりと読み返す作業に誘いこんでくださったSさんに、心から感謝します。 たまに自己の経験にじっくりと戻ってみることで、新たな気づきが生まれてきます。 わたしの興味の対象は、エステティック現場にいた頃から「地球と人の蘇生」でした。 実行の対象が、変化していくことでより具体的にわかりやすい形で必要な経験をさせてもらっていたのだと思います。 あはは~、人生で経験することは、すべて己(魂)が意図したことだったんだとわかります。 あらゆる出来事が、自己のイノチの目的を成就するために仕組まれているシナリオ・・・ 「気づく」ことが出来さえすれば、目的は成就されるということ・・・・ 人生に無駄なことは何一つ存在していない。 「地球と人の蘇生」というテーマの源は同じであり、「本当の自己を知る」に尽きると感じています。 人が在っての地球ですもの^^ 地球と人は切り離せない。 多くの段階を経て、畑という次なる手段が現れ、毎日鉱物、植物、動物、自然との触れ合いを通し、絶対無の世界から今日までの地球やイノチの流れを自分なりに感受することができました。 目に映る世界は同じでも、感じ取れる世界は全く異なってきます。 何層にも折り重なっている意識の綾を探究しながら、自分なりに垣間見える宇宙の叡智へ向かっていく(還っていく?)不動の意思が内に育ってきているようです。 これからも身体を真我にお任せし、パーのわたしは観察者に徹していこうと改めて感じています。
2009.05.28
コメント(2)

明日5月27日になると小豆島移転して2周年目にはいります^^ 去年来た時には畑に在ったオリーブの木には花がありませんでした。 今、嘘のようにすべての枝が花で覆われています♪ 自然に無知で、どこから手をつければいいのか途方に暮れながらも、なぜか心の感じるままに大地に鍬を入れ、初めてづくしのトライをし続けてきました。 今、自然から受け入れられ、愛さえ感じています。 自然からの愛は言葉では表現しきれませんが、すべてが一つでつながっているという宇宙全体の真相を身体で受け取ることができるようになってきました。 宇宙と霊止の真相が感じられます。 畑の全体図がくっきりと見えて(感じて)きたことから、目下その全体構想に沿って毎日鍬をふるい続けています。 肉体労働などしたことのないわたしであれば、3時間も継続しては畑作業をしていれば、足も腰もふらついてくるのですが、止められないのです^^ 朝は、身体が固まっていて起きられません^^; それでも畑に毎日でています♪ 何がそれほどまでにわたしを駆り立てるのか・・・・ わかりました。 内なる魂が決めているのだと言うことが・・・・(笑) 物事を実行するとき、「決心」して実行すれば原子核数が一挙に増えるというようなことを足立育郎氏が書かれていたと思いますが・・・・ 顕在意識(自我)で決心しているわけではないのです。 むしろ自我は、どうしてこんなに大変な作業を毎日続けるの?と不思議がっています。 真我が決心しているのだということが昨日わかりました^^ 詳しいことは省きますが、30坪の畑全体の土の天地返しをしていて、宇宙の創生から始まる地球のドラマと意味、創造主の意図のようなものを感受しました。 わたしの肉体は、真我の意図によって動かされていることにも^^ それゆえ、あらゆることが宇宙のサポートによって引きつけられてきますので、一見困った現象が現れることで、面白いほどに必要な人との出会いが起きてきますし、それによって生き方まで変わってきます。 起きてくるあらゆる現象が、真我の意図によって進行していくのを、顕在意識のわたしは面白く観察しているだけになってきました。 この先何が起きてくるのか皆目見当もつきませんし、予測する気もありません。 すべてを真我にお任せして、小我は観察者に徹していこうと決めました。 例えば、昨日はオリーブの木にちょっとした異変があることに気づきました。 何かわからないので写真を撮り、今日オリーブ公園に行ってみました。 結果、オリーブ公園の事業部長という方が、夕方我が家に来てくださり、オリーブについて多くのことを教えてくださり、剪定までしてくださいました。 「困ったことがあったら、いつでも電話してください。 これが僕の携帯番号です。」 と笑顔で帰って行かれました。 以前八王子にいた時、ベランダに蜂の巣が出来ていたことがあり、殺虫剤を使いたくないし、どうすればいいのか途方に暮れていた時、折よく醗酵水関係のセミナー案内書が届き、そこへ行けば何か解決策が見つかるかもとの思いで出かけていきました。 それが縁となって現在わたしは各種醗酵水を製造しています。 不思議なことに、その流れの中で蜂の巣は突然消えてしまいました。 過去の日記に書いています。 詳しいことは省きますが、その蜂さんから大きな愛をいただいたと思っています。 そして昨日オリーブの木の下に座りこみ少しずつ土を掘り起こし、固まっている大地に酸素を入れる共に、固まっている土をすべて手でバラバラにしていく作業をしている時、オリーブの幹に白い塊が2か所あり、そこの蟻が集まっているのが目に入ってきました。 小豆島のオリーブは虫がつきやすいと聞いていましたので、何かはわからないけれど、せっかくすべての枝に花がついたことでオリーブの実を見れるだろうとの歓びに陰りを感じました。 (あはは~、自我ですがオリーブの塩漬けと自家製純粋オリーブオイルを作りたいと思っているのです^^) それで写真を撮って、調べるために今日オリーブ公園に出向いたのです。 写真を見てくださった事業部長さんは、「貝殻虫のようですね。 殺虫剤を木全体に散布するしかないでしょう。」と言われます。 基本的に殺虫剤の使用はしたくないと思っています(蜂の巣が出来た時もそうでした)ので、たとえばナイフのようなものでそぎ落としても駄目ですかといろいろほかの方法について聞いていたのです。 そうしたら、 「わかりました。 その木を見せてもらいましょう。 夕方で良ければ、お宅へ伺います。」 ということになりました。 そして、彼が我が家の畑に来られた時には、またしても不思議なことにその貝殻虫は消えていました。 痕跡を残して・・・ 蜂の巣の痕跡を残して、蜂たち及び巣が消えていたように・・・ 彼と植物のお話をしばらく畑ですることができましたし、今後のご協力もしてくださることになりました。 優れた薬草辞典を探していることをお伝えすると、「僕がいいのを持っていますから、公園に遊びにきてください。お見せしましょう。」と・・・・ 蜂の巣事件の時には、蜂との会話ができましたが、宇宙全体の繋がりまでは気がついていませんでした。 今日、言葉ではなく出来事を通して大いなる宇宙生命体としての繋がりを強く感じ入りました。 貝殻虫は、オリーブの島の代表者ともいうべき人との出逢いを創造してくれるために現われてくれ、用が済んだら姿を消してくれたんだと思います。 蜂が、醗酵水製造という流れにわたしを招きいれ、姿を消したように・・・・ あはは~、おとぎ話のようなことを感じるわたしは、やはり典型的なパーかもしれません^^; 誰がどのようにコメントしようとも、当事者のわたしは揺るがない意識で感じています(笑) 小豆島生活丸1年になる今日という日に起きた出来事をありがたく、感謝して受け入れます。 小豆島の自然に受け入れられたことを感じるのです。 そして揺るぎない意識で、宇宙の繋がり、愛のサポートを感じています。 将来に対する計画など必要なく、すべては「今」の瞬間に思いは凝縮され、創造され続けていることを~^^
2009.05.26
コメント(6)
二つ目の答えは「お金」です。 お金はエネルギーであると多くの人が言っていますが、正にエネルギーだと思います。 格好をつけるつもりはないのですが、私はこれまで「お金」それ自体を欲しがったことはあまり記憶にありません。 好きな仕事を、一生懸命本気で追及していれば、お金は勝手に後ろからついてくると思っていましたし、事実そうなりました。 元々お金はゼロからスタートした私のビジネスです。 毎日が楽しく感動の連続でした。 時にはお金が足りなくなった時もありましたが、そんな時は、プロ用脱毛機を肩に背負って、旅に出ました。 「正しい脱毛理論と正しい脱毛技術」を教えて歩くのです。 訪ねたサロンで断られることなどなく、どこもが歓迎してくれて、脱毛機が売れるのです。 買っていただくために接待をするのではなく、購入者から必ず接待を受けていました。 私の会社だけで全国で悩んでいる毛深い女性をケアーしきれませんから、せめてどこの県でも安全で顧客から満足していただける脱毛施術を実施してもらえる場を拡げたかったのです。 その当時、北海道や九州、広島などから手弁当を作って、わざわざ飛行機代まで払って私のサロンに通って来ていたお客様が結構いらっしゃいましたから~^^ 私が脱毛機を背負って訪ねたサロンは、一軒残らず購入してくださいますので「TAKAKOの歩いた跡には、ぺんぺん草も生えない」と業界の人から言われてしまうくらいでした。 ともかくお金が足りなくなると、「経営の安定を正しい脱毛で」をキャッチフレーズに歩くと、帰りは予定以上のお金がついてきたのです。 気障に聞こえるかもしれませんが、心から信じていることを、誰かが幸せになってくれることを望んで迷いなく実行していれば、お金は追う必要などありません。 ついてきます。 お金をお金として追う生き方は、心を貧しくさせ歪ませていくように感じています。 そうして多すぎるお金が、私の会社及び私にも入ってきました。 本当に、本心では何も欲しくなかったのです。 お金が動きたがると言えば、お分かりでしょうか? お金が溢れて溜まってくると、お金が要求して来るのです。 「何でもいいから、使ってくれ!」と。 変な言い方かも知れませんが、私が感じたのはそれでした。 脅迫観念に追い詰められるような体感でした。 欲しくもないのに、私は何故買うのだろう? 何度もそんな思いを持て余しながらお金を使っていたのです。 エネルギーは絶えず動いていなければいけないようです。 溜まりすぎると火山の噴火のように爆発するようです。 その動かして欲しいというお金のエネルギーを、その当時私は知りませんでしたが、感じていました。 だから、お金のエネルギーに負け、必要もないのに、多くの物を所有していったのだと思います。 私の心がもう少し成長していれば、このお金のエネルギーを必要な流れに還流させてあげられたのでしょうが、私の心も視線も小さかったのです。 所有することの愚かさを知り、心の豊かさを知ってからの人生で、何人かの人から聞かれました。 「どうすれば所有欲から自由になれるのですか?」 「いくらのお金を持てば、お金から自由になれますか?」と。 それを知りたいし、体得したいからお金を持ちたいのだと言われました。 そんな質問をしてきた人たちに対し、残念ですが何も答えることはできませんでした。 彼らは何もわかっていないと感じたからです。 答えは「捨てる」ことです。 何も持たない「素」の人間が最も豊かなのです。 本当に必要なものは、必要なときに、必要なだけ、自然が与えてくれます。 津留さんが私に伝えてくださった言葉・・・ 「あなたが心からしたいと思うことだけをしてください。 楽しいことだけをしていれば、必要なお金は、必要な時、必要なだけやってきます。」 は、真実でした。 自分の外には何も見つかりません。 自分の外を探したい人はお探しになればよいのですが、葛藤をたくさん所有してしまうような気がします。 「ほとけ」とは、 「しっかり握りこんでいる、抱え込んでいる両手の指を一本ずつほどいていくことを表しているのです。 両の手指を開いていなければ、本当に大切なものが目の前にやってきても、それに気づかないし、それを掴めませんよ。」 と誰かから聞いたことがあります。 そうなのです。 私は「捨てる」体験を通して、それを知りました。 人間を自分の都合の良いようにコントロールするために創られた価値観や常識、お金を握りこんでいては、最も大切な「今、生きている悦び」を体得し難いでしょう。 自由な心は手に入り難いでしょう。 真我の歓喜を味わい難いように思います。 2003.12.8記 ~~~~~~~~~~~~~~ お金のエネルギーって、実に大きいものですね。 お金を持たない時、自己のイノチ以外守るべき何物もありませんので、豊かに笑って暮らしていました。 ところが、仕事の流れから少しずつでもお金を持ち始めると、愚かにも持っているお金に執着が始まってきたことがあります。 もう「お金」問題から卒業したつもりだったのに?! 目黒に住んでいた時のことです。 大した金額ではないのですが、溜まってきたお金を少なくしたくないという意識が現れ、愕然としたものです。 あはは~、溜まっていたお金のすべてを高尾への引っ越し費用に使いきりました^^ 再度ゼロからの出直しです。 スッキリサッパリして、大笑いしましたよ^^ どうやらこのあたりから、人生が次のステップに入っていったようです。 お陰様で、今では多かろうと少なかろうと「お金」と仲良く折り合いがついてきましたし、お金の多寡とは無縁に豊かな生き方ができるようになってきました。 お金を還流させる方法も見えてきました。 お金のいらない国が理想ですが、その時までフラットな意識でお金と仲良く付き合っていくつもりでいます。 これまでで最も豊かさを享受している暮らしに感謝しています♪
2009.05.24
コメント(0)
≪風に恋して~自由人への応援歌(12)≫ 「倒産から学んだこと(3)~捨てる」 夫が亡くなった後も、暫くは広い家に住んでいることは出来ましたが、どちらにせよ着々と競売の手順は進んできます。 終に住み慣れた広い家から出て行かなければならない時が迫ってきた頃、たくさん抱えていた荷物の整理が始まりました。 まず大きな書棚に入っていた約1,000冊の書籍たち、私の成長を助けてくれた数々の本は文芸関係が主体ではありましたが、大学生の頃読みふけっていたサルトルやボーヴォワール全集、大江健三郎全集、吉本隆明、栄養学に関するもの、波動に関するもの・・・ その当時の思い出がそれら一冊一冊に残っています。 結局最近の本を残すのみにして、800冊くらい捨てたでしょうか? 次は台所関係、服飾関係と次々に捨てるものをより分けていく作業をある程度は自分で出来るのですが、自分ではどうすることも出来ない物たちの存在に出くわしていきます。 物に溢れていた私の生活、一年に一度も使用しない高価ないわゆるブランド洋服やバッグ・・・ 何故必要もないのに買ってしまったのでしょう? それほど好きでもないのに人から進められるままに買ったゴルフ場会員権やオーストラリアのリゾート物件や別荘・・・・・。 会社がなくなることも、私のそれまでに築きあげてきたアイデンティティも、別荘も、家も、お金も、車も・・・ 可笑しいのですが、私は大物に執着がなかったのです。 執着したのは、一見なんという事もない小物でした。 あはは~、生まれ育ちが貧しかったから芯が貧乏症だったのかもしれませんね^^ 自分の身体さえあれば、そして健康でさえあれば、物はたとえお城であろうと何であろうと欲しければ買うことは出来るという変な自信があったようです。 でも思い出が染み付いていた小物が捨てられないでいました。 「お母さん、今度の家はここの半分のスペースなんですよ。 どうやったらこれだけの荷物が入ると思うんですか? 最低限、日常生活に必要なものだけにしましょうね。」 「お母さんはたった一つの身体しか持っていないのに、この洋服の群れはどうやったらすべて着られるのですか?」 「このバッグは?・・・」 「この靴は?・・・」 「このグラスは?・・・」 「このお皿は?・・・」 あはは~、当時我が家に居候として一緒に暮らしていた息子の友人、興一さんからの言葉です。 「お母さんは、どこか散歩にでも行ってきてください。 後は僕たちがやりますから!」 ものの見事に息子と興一さんの二人で捨て去ってくれました。 後で悔やむものもありましたが、捨てられた物に対してくよくよ出来るほど暇な時間もありませんでしたから、次第に忘れていきました。 捨てる作業は、心の飢えに気づいていく作業でもあったようです。 これほど多くの物に囲まれて暮らしていたなんて、全く意識下にはなかったのです。 それらをひとつひとつ捨てる行為は、最初は「捨てればいいんでしょ、捨てれば!」という「ねばならない」心が支配的でした。 そのうちに何故自分ではめったにやらないゴルフ会員権や、一度も着たことのない洋服、持つこともないバッグなどを買ってしまったのだろう?という疑問が出てくるようになりました。 その答えの一つ目は「自分への自信のなさ」でした。 人との差別化のためだったようです。 持ち物で自分を尊大に見せようとする心の流れに気がつきました。 自分が空っぽだと心は知っているのですね。 意識しているかどうかは別として、自分の心が貧しく何かに飢えていればこそ、なんでもいいから、これが自分なのよと見栄を張って外側を飾ってしまうのです。 それが学歴だったり、名刺の肩書きだったり、マイホームであったり、出入りする高級レストランやブランド品であったり・・・。 認めたくなくても認めざるをえない心の飢え、貧しさが少しずつ解るようになってきたのです。 自分に対して本当の自信、自尊、愛が身に付いてくれば、住む家や着る洋服、食べる食材、持ち物など最低限の目的を果たすことが出来るならなんでも良くなってきます。 「私は、私なのです。」から! 私は私の身体と健康、そして豊かな心さえあれば、他に必要な物など何もないことに次第に気づいていったのです。 意識していなくても、本当の心は知っているのです。 「足りないから、欲しがるのです」よね、愛も物も。 満ち足りていれば、欲しいものはありません。 こんな簡単なことが解らなかった自分を発見して笑ってしまいました。 物を所有することは、更なる飢えを増すだけなのです。 たとえ何を所有しても、一時の満足感くらいは味わえるかも知れませんが、心の飢えは大きくなるばかりで、小さくはなっていかないようです。 物やお金では心の飢えは解消しないのです。 所有欲の強さは、心の闇の大きさ(本当の自己を知らない)でもあると気づいたのです。 捨てる、捨てる、捨てる、この捨てるという行為が次第に心地良くなってきたのです。 あれも捨てよう、これも捨てよう、まだ捨てられるものがあるはずだ・・・。 捨てていく過程で、心がどんどん軽くなってきて、何故かは解らないままでしたが、幸福感が溢れてくるのです。 何も持たない幸せ、無条件の幸せです。 毎日笑いが絶えない家族になっていきました。 ある日、まさみ(友人の霊能者)さんが浩さん(亡夫)の言葉を伝えてきたことがあります。 「俺が生きていた頃、そんな笑い声は出していなかったよな? お前たちは随分楽しそうに笑っているなぁ~。 俺が居なくなってそんなに楽しいのかい?」と・・・^^; 浩さんには申し訳なかったのですが、そういうことではなく、守らねばならない何物も持たない悦びだったのです。 在るがままを受け入れる幸せとでも言えば伝わるでしょうか? 幸せは自分を信じる心、自分を敬う心、自分を愛する心がもたらしてくれるエネルギーだったのです。 そしてこのことは、頭で考えて分かったわけではなく、仕方なく流れのままに「捨て続ける」行為の中からわかってきたようです。。 半強制的に「捨てさせられた(物だけではなく、虚栄心も)」倒産という出来事が、私の心を蘇らせてくれました。 今もお金はありませんが、心は誰よりの豊かだと思っています。 元々私は物に対する執着心が薄いほうでした。 そんな強い所有欲もないのに、なぜ多くの物を買い、所有してきたのでしょう? つづく・・・
2009.05.24
コメント(0)

今朝は、早くから池田港にあるふれあい市場(地産地消推進マーケット)にでかけました。 野菜の元気さ、大きさ、値段がスーパーよりダントツ有効なんですよ♪ 理屈抜きで嬉しくなり、一緒に行った千草さんも娘も笑顔満面^^ 写真は、どれも笊にのせた同じ価格です♪ ○朝獲れの新鮮な小鯵17匹 ○笊に乗りきらないみずみずしい大量野菜たち(ネギ2束、特大サイズのサニーレタス、水菜、蕪4個、新タマネギ大3個、わさび菜、八竹3本) そして、 ○世界が最も大切にしているお金 魚や野菜の写真を撮っていて、ふとした悪戯心から、交換してきた同じ対価のお札も写真に~^^; あはは~、我ながらお札の情けなさに噴き出してしまいました^^ 新鮮朝獲れの小鯵、今夜半分を使ってなめろうにします。 残りは、つみれ団子にしておいて冷凍庫へ~♪ 野菜たちは、これから日々食卓を豊かに彩ってくれるでしょう♪ わたしが食いしん坊だからかもしれませんが、魚と野菜を見ていると心は勝手に大きく膨らんで豊かさを感じています。 お札には、まったく何も感じないというか・・・ さみしさ、切なさを感じてしまいました^^; 幸せはお金じゃないんだよねぇ~ってことを身体が瞬時に伝えてきたのです^^ あはは~、今日も畑作業を嬉しく開始しま~す♪
2009.05.23
コメント(0)

畑の整備が日々進行していく中、自然と共に生きることの神髄が感じられるようになってきました。 生かされて活きる暮らし・・・・ それを文字で書き尽くすことなどできそうにありませんが、心が安定し、真実を見る目が培われるのでしょうか・・・ ふくいくとした環境に暮らすことが出来るようです。 気が高ぶることもなく、平安な瞬間を穏やかさの中で経験できるようになっているように感じています。 睡眠の質も大きく変わってきました^^ ありがたいですねぇ~^^ そんな中、新たな自家製の加工食品作りを始めました♪ 1、にんにくの酢しょうゆ漬け 2、にんにくの味噌漬け 3、らっきょの塩漬け 4、小梅のカリカリ漬け 6月になれば、梅干しも作る予定です。 そして、最近生山椒の実が安く手に入りましたので、初トライで粉山椒とちりめん山椒作りです。 これだけの量があれば、1~2年自家製アラカルトを楽しめそうで・・・ うふふ状態です♪ 生山椒の実を枝から外し、2回煮沸し、一晩水にさらしたものを粉山椒作り用(左)と日々の調理用(右)に分けました。粉山椒用は、目下乾燥網に入れていますし、調理用は1回使用分ずつに小分けしてラップし、冷凍庫保管中なりぃ~(^^)v出来あがったちりめん山椒が、ことのほか美味しくてほとんどその日の夕食で食べ尽くしてしまいました。 うふっ、次はちりめん山椒の佃煮作りにトライします♪ 佃煮の島、小豆島に住んでいるのですから、自家製の佃煮作りは定番になっています。 売られているものほど甘くはしていませんが、それなりに美味しいのですよ^^ 大きなどんぶりいっぱいになるほど作っても、2~3日で完食されています^^; ちりめん山椒の佃煮作りが成功したら、次は昆布、シイタケ、きくらげなどとも融合してもらってみようかなぁ~と・・・・(笑) ジャムやマーマレードは千草さんが手作りしてくださってます。 美味しい糠床もできていますので、毎日の糠床ケアーと漬ける作業は娘に担当してもらっています♪ あはは~、空豆が大量に収穫できて毎日いろいろに食べていますが、友人のゆりねえさんから「空豆があるのなら、たあこさん、豆板醤を作れば?」との提案をいただきましたが・・・・(><) それよりも日常的に作ると嬉しいのは、うどん、パン、ラーメンなどの粉ものです。 ゆりねえさんは、それらすべて手作りされており、どれもかなり美味しそうなのですよ^^ 彼女が小豆島に遊びにきてくれた時には、実地で教えてもらおうと楽しみにしています♪ 1年前とは比べ物にならない上質?の畑が順次完成してきていますので、新たな野菜作りも始まっていますし、生活そのものが「イキル」歓びを体験する場なんだとわかってくるのです。 やっと「仕事人」といういびつな脳の変容がはじまってきたみたいで、嬉しくて^^ うふっ、トータルに「人は自然」に戻っていけるかも~♪
2009.05.22
コメント(0)
≪風に恋して~自由人への応援歌(11)≫ 「倒産から学んだこと(2)」 『心を取り戻す』 倒産という事態がもたらしてきたのは、あり余る時間でした。 「毎日が日曜日」という事態は、それまでの20年を越す年月を仕事一筋に生きてきた(26歳で長男を産んでから、働き始めました)私にとっては晴天の霹靂のような体験です。 それまでは夜眠るのも惜しんで仕事に取り組んでいました。 自分で会社をたちあげてからは、日曜日も祭日も関係ありません。 たとえ何があっても仕事を最優先に行動していました。 小学校の先生から「お子さんの体調が悪そうで、体温を計ったら37.5度の熱なのです。 迎えに来ていただけませんか?」との連絡を受けても「37.5度ですか。 解りました。申し訳ありませんが、娘は一人で家に帰れますので、帰していただけませんか? 大丈夫ですからお願いします。 私は迎えに行けません。」と答えたものです。 嫌な母親だとお思いでしょう? そうなのです。 娘が家に着いた頃を見計らって電話をし、具体的な対処方法を教えて、私が帰るまで静かに寝ているよう伝えました。 私の頭は、起きてくる事態への具体的な対処法を冷静に手渡すことを気づかせてくれるのですが、発熱する本当の原因まで考えようとしていなかったのです。 娘の心が何を求めているのかを考える僅かな隙間さえ私の頭にはなかったのです。 毎日、朝から夜中までスケジュールが一杯でした。 (一杯にすることを許しているのは、拘束された私の仕事第一という固定観念です。) 海外や国内の出張は日常となっており、一ヶ月に自宅に帰れる日は1週間しかなかったこともあります。 たまに家で夕食を食べられる時でも、頭は明日以降の仕事の段取りや企画で一杯になっていますから、娘が話しかけてきても、生返事しか出来ないのです。 私のビジネスが日ごとに成長し、大きくなっていく流れの中で、夫はある日、何の相談もなく「一人じゃ大変だろうと思って、会社を今日辞めてきたよ。」と言うのです。 夫は土木技師でしたので、一体私の何を手伝ってくれるというのか、驚きつつも、もう既に辞めてきたというのですから受け入れるしかありませんでした。 夫に出来そうなことを幾つか提案したのですが、そのどれも彼はやろうとはしなかったのです。 そんな流れの中で、私は仕事を発展させねばならないという私にとっての正義が、より強固になっていきました。 夫は人や動物を愛することや、自然の中で遊ぶことが好きだったようです。 いわゆる仕事なるものは嫌いで、家庭的な人でした。 私の対極だったのです。 それゆえいつも夫に先に家に帰ってもらい子供の世話をしてもらうようになりましたが、残念ながら夫は母もどきにはなれても、母にはなれないようで、母を求める子供の心は荒んでいきました。 お手伝いさんを雇ったり、犬を飼ってみたり、娘の寂しさを解除するためにいろいろやってみましたが、頭は仕事に拘束されているのですから、どんなことをやってみても駄目ですよね。 根治療法ではなく、対症療法で誤魔化していたのです。 そんな葛藤の中、仕事を辞めて家庭に入ろうかと考えたことは何度もありますが、私が仕事を辞めると、我が家の経済危機が訪れるだけでなく、200人以上にも膨れ上がっていた社員や社員の家族まで巻き込んでしまいます。 私が働き続けることで維持している家庭生活であり、社員がいたのです。 それが私の錦の御旗であり、娘の心を封印させてしまっても仕方のない絶対の正義でした。 そんな私に20数年ぶりに訪れた長期バカンスとしての倒産です。 でもその自由な時間の使い方が解らないのです。 何をして生きよう? 何もすることがないし、してはいけないという流れが続いていきました。 業界から仕事のお誘いが入ってきても、どこかで横槍が入ってくるらしく消えていきました。 その時興味を持ち始めていた「波動」関係の本を読んでいましたので、波動機器のインストラクターになろうか、TM瞑想の教師になろうかなどと、明日の生き方を模索していたのですが、インストラクターになるためには研修費が確か35万円だったと思いますが必要ですし、TM瞑想の教師にいたっては、100万円以上が必要でした。 そんなお金などある筈もなく諦めてしまいました。 それでも私は働かねばならないとの思いは強く、何も見つけ出せないまま、当てのない日常に流されていた時に「常識を壊してくれた人たちとの出会い(1)」でご紹介しました津留晃一さんとの出会いが訪れたのです。 津留さんの言葉を間に受けたわけではなかったのに、私はそれからの日々、読書と散歩、家族の世話くらいしかしていなかったのです。 夫は倒産後、私の会社を引き取った人に乞われて残務整理を手伝っていましたので、多少の収入を得ていました。 焦ったところで、私に向いた仕事が出てくるわけでもないと私の頭は思ったようです。 そうは言ってもたまにはパート仕事の求人情報を見たり、レジ打ちをしてみようかと思ったりはしたのですが、どうしても心が動かなかったのです。 娘は急に毎日家に居る私に、どう対応して良いのか解らず、戸惑っていたようです。 読書が進むに連れて、何となく波動や微粒子というものが身近に感じられるようになってきましたし、意識の不思議を体験したりもしました。 「イスラエルの旅」だったかに書いていますが私の意識を大きく揺さぶった出来事は「雲消しゲーム」でした。 この世の中はすべてエネルギーの流れで説明が出来るし、そのエネルギーで最大の力が人間の発する意識エネルギーであり、空に浮いている雲を意識で消すことが出来るというものです。 本当に消せるのですよね。 確かに現象として雲は見事に消せたのですが、「人の意識で空に浮いている雲が消せる」ということが、自分の体験でありながら信じられなくて、その当時何回も場所を変えながら消してみたものです。 そうしたゆったりとした時間の流れの中で、○○をしなければならないという意識が次第に薄れていき、少しずつですが○○をしたいというように変わってきたのです。 それと並行するかのように私を含む環境(自然)の変化に気付くようになっていきました。 仕事に夢中になっていた時、季節の変化は何の意味も持たずに過ぎ去っていき、ただ時の流れだけを伝えていただけなのですが、しなければならない何物もない心は、新緑の美しさや桜の見事さ、見る者を圧倒させてしまう紅葉のダイナミックさに気づかせてくれ、大きな感動を呼び起こしてくれるようになりました。 いい年をして初めて知る自然の息吹! 心がその理由さえ探そうとせず、ただ単に驚き感動して、涙が出るのです。 新緑や満開の桜、紅葉を見ないで生きてきたわけではありません。 目には見えていても、閉じたままの心は、何も観ていなかったし、表面的な悦びはあっても魂を揺り動かしてくるような絶大とも言える感動はなかったのです。 「生きる」とはどういうことなのか、四季を飾る自然がひそやかに教えてくれました。 そして気づいたのです。 仕事に夢中になって、「ねばならないこと」を自分に強制していた時、使いきれないほどたくさんのお金を持っていましたが「私は貧しかった!」ということに。 そして「ねばならないこと」が消えた今、お金はほとんどありませんが、「私は豊かである!」ということに。 こうして私の再生が始まったのだと思います。 葛藤のなくなった心は、死海の表面のように波打つことなく鏡として、静かですが確かな生命を反映していきます、自然と同じように・・・。 ちょうど今の季節、紅葉も終わり、道は落ち葉で覆い尽くされています。 高尾に越してきてから、この素晴らしい自然の営みを観ることができるようになりました。 目黒にあのまま住んでいては解らなかったであろうことを、頭ではなく身体で解らせてくれています。 落ち葉に覆いつくされた道の美しさを観ていて心に響いてきたのは、落ち葉一枚一枚、「色の変化があるから美しい」と感じるのだということでした。 すべての落ち葉が同じ色であったなら、これほどの美を受け取らないでしょう。 赤、黄、緑、茶と言ってもたった4色ではなく、それぞれが少しずつ違っていて、全体にふくらみを与えているのです。 違っているから美しいのです。 茶ではなく、赤になりたいとか、黄でありたいとか不平不満はなく、環境のままに自己を生きて尚美しさを表現している落ち葉は、そのまま自然界すべてにわたっていることに気づいたのです。 「違っているから美しい!」 心の中で再確認してしまいました。 私は私のままが最も美しいし、あなたはあなたのままが最も美しいのだと。 自分が自分以外の誰かになりたがる愚かさを思い知らされました。 なぜ、人は人との違いを求めてしまうのでしょう? なぜ、自分を卑下し、他人を羨んだり嫉んでしまうのでしょう? なぜ、自分の本当の思いを封殺してしまうのでしょう? なぜ、世間や誰かの価値観に自分を合わせようとしてしまうのでしょう? その行為が日々の葛藤を生み、心身を破壊していく道だとなぜ気づかないのでしょう? 生きるとはどういうことか、どう生きていけば幸せな人生を満喫できるのか、自然が優しく語りかけているのです。 自然が本当の教師です。 「ねばならない」ことから「したいこと」への移行へいざなってくれた私の「倒産」という出来事に心から感謝しています。 2003.12.5記 ~~~~~~~~~~~~~ 不十分な話になっていますが、今でも明確にお伝えしたいことは、自分にとって都合の悪い出来事など本来ないということです。 倒産することで、わたしの心身は救われました。 もし、それがなければ今頃は肉体を持っていなかったでしょう。 起きてくることは、すべて深い深い慈愛によるエネルギーだと確信しています。 かといって、倒産以前のわたしが嫌いかというと、好きです。 大好きです。 世間の野次馬的なコメンテイターや評論家はこぞって「鬼のような母親」というレッテルを貼るかもしれません。 言いたい人は自由に無責任に評論してくださって構いません。 娘と私が経験してきたことの真実は、当人にしかわからないのです。 わたしは、自分の意識の成長に従って心残りなく誠実にやりたい仕事をやりつくしましたので、何の後悔もありませんし、この人生を精一杯駆け抜けてきたからこそ、今、当時と反対の極性を豊かに経験しています。 物質性と精神性、太陽と月、陰陽の経験を自己の決断で経験し続けているからです。 世間からの称賛や揶揄に何の意味もないことを識っています。 娘も、娘の学びを継続しています。 それぞれが対等であり、必要な学びをするために母娘という関係性を認め合っています。 あはは~、わたしの物事の捉え方には、「失敗」あるいは「後悔」という言葉はないのです。 到達するためのプロセスがあるだけです。 無知であればこそ、自己の全身全霊で体験してみることで、方法が妥当であったかどうかをチェックしてみるしかないのです。 その繰り返しで、真実の道~至福への道~がわかっていくのだと思います。 何にトライする時も、フラットな意識で進めるようになってきたかもしれません。
2009.05.21
コメント(0)
Sさん、こんにちは~^^ 最近のSさんからのメールを読んでいますと・・・・ どこからその絡まり合っている紐をときほぐせばいいのかと思いあぐねてしまいました^^; しばらく言葉を「書く」ことから離れてもらったほうが良いように感じます。 理屈や思考ではなく、直感で「わかった!」という空の瞬間がやってくるまで言葉を使うことを中止したほうが良さそうですね^^; 可能なら、寝袋背負って一人自転車旅行にでも出られたほうが、瞑想とは? 宇宙とは? 自己とは? の答えが直感で感じ取れる瞬間に遭遇されかもしませんね。 あはは~、その時はノートも筆記具も電話も御法度です^^ 「記憶」する必要などないからです^^ 他人からの借り物で記憶した概念ではなく、内から突然湧きあがってくる真実は、言葉で表現するような長ったらしい文章ではなく、一瞬にしてすべてが「わかる」し、その衝撃は大きく、頭は無関係です。 関係するのは「魂」であり、真なる我の顕現ですから~^^ 覚醒したいと言う欲望(自我)を捨て、謙虚に自然(呼吸も自然です)と向き合う姿勢が大切だと思います。 昨日の日記にアップしましたように、心も体も意識も頭も・・・・ ゆるゆるにして、遊んでいただいたほうがよさそうですね^^ 日常生活において呼吸に意識を合わせる経験をしていくことで、雑念や自我、集合無意識などに影響されない素のイノチを感じていただきたかったのですが、今のSさんの混乱を鎮めるためには、しばらく「座る」ことはやめたほうがいいかもしれません。 わたしの経験ですが、以前山形で雪の残っている月山頂上に登ったことがあります。 その時、一歩一歩どこに足を運べばいいのか全意識を足元に集中させています。 「思考」などしている間隙などありません。 「考えて」いたら、谷底めがけて肉体は落下してしまうでしょう。 ただただ目を使って状況を「観察」し続けていました。 頭は空っぽです。 これが「集中」するということなのではないでしょうか? 「集中」している時、そこには「自我」はなく、「不動心で観察する視線」があるだけです。 その先に「あ~ぁ! そう言うことだったんだ!!!」と直観でわかる瞬間があるように感じます。 月山山頂に近づいて、集中しなくても歩ける環境になった時、「活きる」ことの実態を直覚知したことを覚えています。 山頂にひっそりと咲く花が多くのことを伝えてくれました。 わたしは評論家でも哲学者でも宇宙科学者でもありません。 単に自己の肉体を使い、経験によって「本当の我」を識ってきている名のない「イノチ」です。 経験してきた以上のことについては、お返事することはできません。 Sさんからのメール、ご自分でも最後に「このメール、自分的にもボツです。」と書かれていますように「ボツ」にさせていただきます^^; メール内に書かれている質問の一つ一つにお返事する必要性を感じないからです。 今Sさんに必要なことは、その習性となってしまった「思考」から自分を解放することだけですね^^ 「思考」癖をさらに助長してしまうようなら、「座る」ことも中止したほうが良いと思いますし、「思考」する暇もなくなる可能性がある自然の中に入ってみることかもしれません。 人は本来自然です。 (タオコードの描かれていたことを思い出してくださいませ^^) 思考が人から自然を奪っていったように感じています。 書き文字の薄っぺらさ、限界を感じながら・・・ 伝わってくれるでしょうか? 愛を込めて~^^
2009.05.21
コメント(0)
≪風に恋して~自由人への応援歌(10)≫ 「倒産から学んだこと(1)」 約束通り、私の自由人への転機を提供してくれた会社の倒産にまつわる出来事を少しずつ思い出していきますね。 平成5年資金繰りに奔走している時、ある大手広告代理店の経理部長との会話です。 「濱口さん、あなたは何故そんな良い顔色でいられるのですか? 何だか元気そうに見えます。 普通あなたの状況にいる人は顔色も悪く、肌もくすんでいるものなのですが・・・」 「元気でごめんなさい。 私はエステのプロなんですもの。 ストレスがかかっている時に失っていく栄養素を知っていますから、毎日抗ストレス食品を意識的に食べていますし、それに夜眠れなくなりますので、自己催眠法をやって、ともかく夜は眠れるように自己管理しています。 だってこんな時にヘタっていられないでしょ。 こんなときこそ心身の自己管理が必要なんですもの。 それとも弱っているような風情を見せないと駄目ですか?」 そうなんですよ。 何が起きようと、どんな過酷な事態に直面しようと、それはそれ、出来事は出来事です。 出来事には真剣に対処すればいいだけです。 心と身体まで道連れにする必要などないのです。 むしろ大変な状況に入っているときこそ、智慧を働かせて、心身のバランスをとり、余裕を持つことが大切です。 私は仕事が大好きでしたから、真剣に美と健康を追及していく過程で食事の大切さを知っていきました。 知識を知識のままに神棚に供えておくことは愚かなことと思っていましたから、試すチャンスがあればどんな時でも「チャンス到来!」と喜んで(本当に嬉しいんです。たとえ誰が書いたものであろうと、誰が語った言葉であろうと、それが私にとって正しいかどうかを体験出来るのですから!)、その知識が正しいかどうかを自分の身体で実験してみるのです。 丸暗記はテストの成績には有効でも、実生活には役に立ちません。 知識は体験することで、生きている智慧に変わるのだと思います。 神棚の知識は、時にその人の思考を硬直させ不調和の元となります。 「知る(体験を伴わない知識)」と「解る(体験することで腑に落ちて理解する)」は似て非なるものなのです。 それはさておき、ともかく手形が不渡りになり、債権者の方達との応対が始まりました。 実は先ほどの経理部長から言われていた言葉が他にもありました。 「濱口さん、倒産させるとね、そんなあなたでも血のションベン(ごめんなさいね。 言われた通りに書くとこうなります。)を出すようになるよ。 債権者につかまって、軟禁されたり、灰皿を投げつけられたりするんだよ。」 この言葉は私を心配してくださった他の企業の経理担当者(この人自身が以前に会社を倒産させ、何日間も軟禁された経験者だったようです。)からも聞かされていました。 初めての体験ですから、どんなことが起きてくるのか予想がつきません。 ただ自分の失態ですから、逃げ出すことも出来ず、債権者の方々の前に立ちました。 何も起きないのです。 むしろみなさん、暖かい言葉で激励してくださるのです。 「本当に申し訳ありません。 お金をお支払いしたくても、そのお金がありません。 私が今出来ることなら何でも致します。 仰ってください。」 「いやぁ~、社長にはこれまで随分稼がせてもらってきたし・・・ これで駄目になるような人ではないし・・・ 大変でしょうが、頑張ってください。」 それまでにさんざん脅されてきたような恐ろしい出来事は発生しないのです。 中には手を差し出してくださって握手された方もいらっしゃるくらいで、粛々とした流れでした。 ところがある日、債権者と会う時、夫が同席したことがありました。 (特に考えがあってではありませんが、それまでは私一人で応対していたのです。) 夫の顔を見た途端に、債権者の人たちが怒鳴り始め、場が一気に変わりました。 一体何が起きたのか、解りませんでした。 それ以降は夫には出てこないよう頼み、一人での対応に徹していったのです。 そうすると、また穏やかで静かな場が広がっていきました。 友好的とも言える債権者と、怒りを露わにむき出してくる債権者の意味がお解かりになりますか? 私が女で、夫は男だから?なんてことも考えてみました。 そういうこともあるかもしれませんが、どうもそれだけではないようだと思えるようになってきたのです。 相手から怒りを引き出すのは、自分の恐れではないかと思うようになりました。 私には恐れがありませんでした。 出来ることはやってきたし、やる意志もありました。 相手がどのような態度で接してくるかわかりませんから、私は相手の意志を受け入れようとしていただけなのです。 但し出来ないことは出来ませんと伝えるだけです。 私の心はフラットだったのです。 それに反し、夫は起きてもいない修羅場を想像して、その時はどうしたらいいだろうと不安を抱え、自分を守ろうとして恐れを抱いていたのだと思います。 自分を守ろうとする恐れは、心に鎧を着込み、筋肉を固め、身構えます。 身構えることは、戦闘態勢をとることです。 戦闘態勢は、相手を刺激する波動を発していくのではないでしょうか? 相手の攻撃力に点火する力を与えていきます。 目には見えませんが、ビクビク、オドオドしている人、身体を硬直させている人はわかりますよね。 (心身の硬直は、心身の病を生み出していくのです。 それゆえ病からの開放は、薬や手術では起きにくいと思います。 プラシーボ効果―自己暗示―もあることはありますが、最近の医師はプラシーボを排除しているように感じます。 その結果、緩慢ですが苦しい死への道に入っていく人たちが増えてきたようにも感じます。 他人ができる事はほとんどなく、たとえ時間がかかっても自分の心身の硬直を解きほぐすプロセスに注目が集まってきており、それが代替・補完医療として現在脚光を浴びている流れがあります。 自分の心身の歪みを創ってきたのは、自分の硬直した思考体系―与えられ、教え込まれてきたものだとしても、それを受け入れ発展させてきたのは自分です―が大元の原因ですので、自分で解除出来るのです。 「気づく」ことが大切です。 他人任せでは奇跡は起きないでしょう。 奇跡を起こす聖なる力は、自分の中にあるのですから、心身を硬くする思考や生活を探ってみてください。 病からの開放はそこに糸口があるはずです。) これらのことが、体験した時すぐに解ったわけではありませんが、その後のいくつかの体験などから今では「自分の恐れが、恐れている出来事を引き寄せる」 「人は自分を写す鏡」ということが解ってきました。 対人関係が不得手という人は、相手を責めたり、恐れたりする前にまず自分の心を観察してみてください。 自分を守ろうとするから、相手の攻撃心を引き出してしまうのです。 自分の心に曇りがなく、自由で受容できる態勢であれば、相手もその波動の影響を受け、受容する対応を引き出していくようです。 たとえ相手が何かをぶつけてきても、自分の心が常に平安でまんまるであれば、一端それを受容することが出来ます。 受容した上で、自分の答えを真摯に伝えればいいだけなのです。 相手がそれをどのように受け止めるかは、こちらの問題ではなく相手の心の在り様なのではないでしょうか? 無防備こそが最大の防御なりと言えるのかもしれませんね。 4~5年前だったでしょうか? 友人に誘われて「ゆる入門」という女性は無料での高岡英夫氏の体験講座に参加したことがあります。 心をゆるめ、身体をゆるめ、骨をゆるめる体操のようなものを遊び半分で体験いたしました。 運動音痴の私なのですが、その場で自分でも驚くほどに身体がしなやかになったことを覚えています。 本格的にマスターするお金もなく、また自分の身体を今ひとつ信じていなかったのでそのままにしてしまいましたが、その後急激に有名になられ、多くの極意書を発刊されていますし、最近TV にもよく登場されているようです。 彼の提唱している「ゆる(緩めること)」の思想に興味を持ち、「究極の身体」他何冊かの本を読みました。 彼の哲学や運動理論は、自分の人生における体験と照らし合わせてみて、納得しています。 どんな分野で何をするにしても、ゆるめること、ゆるむことは達人へのキィワードであろうと思っています。 心も身体も意識も、ゆるめてみませんか? この世は絶えず変化し続けています。 固めていたのでは変化に対応できませんよね。 宇宙(自然)は変化が常態なのですから、固まっていては(身体、意識、感情など)ケガをする危険度が高くなるだけのように感じます。 私は自然の中に入るとしばしば自然と一体化して至福の世界に突入するようになりましたが、それは私の心身が完全にゆるんでいるときなのだと思っています。 ゆるめましょう、ゆるめましょう、心も身体もゆるませましょう・・・ 2003.11.30記 ~~~~~~~~~~~~~ かつて心の赴くままに書いていたメルマガですが、実はあまり記憶には残っていません。 あはは~、緩ませすぎているのでしょうね^^; 覚えておく必要のないことは、時間の経過など関係なく記憶に残さなくなっています。 自然体で「生き」ていれば、必要な情報は「今、この瞬間」に凝縮しているし、完結しているのかもしれません。 それゆえ自我意識で記憶しなくては!との思いがある時はメモを残すようにしてはいますが、自我意識にとって必要と思われることのほとんどは、実はたいしたことはないようです。 真我は、必要な情報と共に生きているように感じていますので、お任せしたほうが結果として豊かで幸せに生きられるように感じます。 不足するものなどない瞬間ごとのあるがままのイノチは、自由に制限のない幸せを味わい尽くしているように感じます。 「生活」という言葉の意味が分かってきました。 生かされて活きることの実態が、よくわかるようになってきました。 すべてに感謝^^
2009.05.20
コメント(0)
静かな熱情に支えられながら、かぐや姫の使用によって人生が好転している人たちから、個人的な感動の声が届けられています。そのすべてをお伝えできないことが残念ですけれど、おひとりおひとりからの熱い思いを受け取らせていただき、感謝にたえません。そんな中、今月の初め青梅の繭蔵において、ゆりねえさんのサポートを受けながらかぐや姫の体験会を実施中、彼女の感性に従ってみたら、面白い反応が出てきましたので、お知らせしたいと思います。すでにご承知のように現在かぐや姫には3種類が発売されています。敏感なゆりねえさんの感性によると、「超意識」は喉に近い部分に、「ベーシック」はハートチャクラに、「グラウンディング」はハートチャクラ当たり、もしくはそれより下の部分にかぐや姫を位置させた方がいいのではないかとの声がでて来ました。そう言われると、チャクラとの関係性に連動もしてきますので、早速その時から体験してもらう時、紐の長さを調節してみました。すでにかぐや姫を使用されている人も数人いらっしゃいましたが、どの人からも反応が報告され、喜ばれています。わたし自身、最近は常に「ベーシック」と「超意識」を併用していたのですが、「超意識」を喉元の位置に設定すると・・・・・あはは~、すごい反応です^^驚きました^^「うさと」関係者の人には、かぐや姫の使用者が多くて、何人かに試していただいたところ、皆さん驚きの声があがってきました。とは言え、それになれてくると、安定してきますけれど・・・安定してくるということは、より精妙なエネルギーを通常状態でキャッチし続けるということになりますので、自己の意識波動は上昇していくことになるかと思います。それをキャッチし、教えてくださったゆり姉さんも、「ベーシック」に追加して「超意識」を購入してくださったのですが、それからの彼女が大きく変化され続けています。彼女の心が安定進化を見せ続けてくれていることを感じています。嬉しくてかぐや姫と彼女に感謝です♪エネルギーに敏感であることと「意識の自由性」は別物だと思いますが、彼女が目下驚くほどの変容を見せてくれているのです。どのかぐや姫もハートチャクラあたりに位置するように紐の長さを設定していましたが、今後は多少変えて長くしたり短くしたりできるようにしてお届けしようと思っています。すでにご使用中の皆様、念のために紐の長さを御自分でいろいろに調整してみてくださいませ。もしかしたら、新しいご自分に遭遇できる人もいらっしゃるかもしれません。わたしのオーラはご紹介していますように真赤で、「グラウンディング」はとても強く、ぐらつきはないので、3種類すべてを持っていても「グラウンディング」は使用していませんでした。でも今回のことで、「グラウンディング」の使用を始めています。面白いですね^^ガイアエネルギーと密になると言うだけではなく、「無条件の愛」というエネルギーの影響を受け始めています。ハートチャクラより少し下位になるように紐の長さを調整しています。今は「ベーシック」と「超意識」を外しています。純粋に「無条件の愛」エネルギー感受し、感受するままに行動し、自己観察してみたいと思っています。「本当の我」をさらに愛せるように~♪どなたにも同じエネルギーを感受できるかどうかはわかりませんが、夜明けのエネルギーが濃密になってきている中、お持ちのかぐや姫で、お試しくださいませ^^何か感受することがあれば、どんなことでも教えてくださいますよう、お願いいたします。すべてに感謝^^
2009.05.19
コメント(0)
≪風に恋して~自由人への応援歌(9)≫ 「常識を壊してくれた人たちとの出会い(9)」 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ HIROTO と TAKAKO の トーク & トーク Message from COSMIC GARDEN 語り手:岩本 弘人 聞き手:浜口 喬香子 『第八話 文字について 世界中で公用語として使用されているのは英語です。 英語で使用されるA、B、C、D・・・というアルファベット26文字は、波動的にとてもパワフルで、その優秀性ゆえに世界に広まっています。 波動的にみるとアルファベットは植物に対応しており、漢字は星に、ひらかなは鉱物に対応しています。 現在私たちが日常使用している漢字は、自然の生体リズムを拘束するため、漢字を書き続けていると肩や腕の筋肉に無理が生じ、不自然な身体を作っていきます。 最近、若い人たちに文字(漢字)が書けない人が多くなってきていますが、彼ら新しい時代を生きていく人たちは、潜在意識で漢字はもう必要ないということを知っているからです。 パソコンの普及も、筋肉を緊張させる漢字文化の消滅に一役かっています。 パソコン入力はかなで行います。 無文字文化から始まり、象形文字、絵文字と文字文化が台頭してきましたが、21世紀は時間、空間、距離などの概念が変化し、テレパシー能力が大きく花開きますので、ゆくゆくは文字という媒体さえ必要の無い時代に入っていくでしょう。』 この話は昨年10月に聞いていました。 その時私の理解力が伴わず、今日まで私の脳宇宙内に漂っていましたが、この言葉の意味がやっと腑に落ちてまいりました。 1999年に入り、M・Gさんと行動を共にする機会が増えていくにつれ、彼女がチャネルして降ろしてくる言葉に触れるたびに私の意識は日本の太古へと誘われていきました。 「大和の心」への旅がスタートしたのです。 2年前に読んだ「新説・ほつまつたえ」を書庫から出し、改めて読み始めました。 1回目良く分からなかったこの本が、光り輝き私を導いてくれます。 古事記以前の大和の心が、突如私を包み込みます。 この本の中に、漢字は「銃による思想」と共に中国からわたってきたと書かれていました。 大和の民は「美と調和の思想」の中で生きており、宇宙の法則と一体化した48文字の「オシデ文字」が使われていたのだそうです。 ところが漢字の渡来により、漢字が国字となるにつれ、支配・被支配の関係(より多く漢字を知っている人が賢く、支配する側に立ち、漢字を覚えられない人たちは愚者であり、被支配者として奴隷のように生きることが当然であるとする文化が誕生した。)が濃厚になっていき、権力、富、戦争などの概念が肥大化していきました。 その動きは、地球を破滅寸前にまで追い込んでいる現代生活にまで繋がってきているとしています。 そしてこの地球上からあらゆる分野に蔓延している各種差別や競争、戦争などをなくして自然と共生するためには、差別や戦争という概念のない「オシデ文字」の意味と心を取り戻す必要性が説かれています。 詳しくお知りになりたい方は、是非「新説・ほつまつたえ」宮地正典著、(徳間書店)をご一読ください。 1999.2.26 記 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 「ほつまつたえ」に心洗われ、その後私は「カタカムナ」の思想及び文字に惹かれていきました。 「ア」とか「イ」とかその一文字、一文字が表す意味は、単に言葉という伝達手段を超えて、宇宙の物理学にまで及び、その奥深さをここに言葉で説明することは出来ません。 宇宙の仕組みまで伝え得る文字を使用していた、まさに愛と美と調和の文明が日本にかつて存在していたという事実に、畏敬の念を持つと共に私は希望を見ています。 岩本弘人氏との対話は、この章で終わります。 今、彼はどこでどのように暮らしていらっしゃるのか? 目黒からここ高尾に引っ越す準備をしていた今年2003年5月、「あなたに会いに行きたい」という電話をいただきましたが、家中ダンボールを積み重ねている時だったので、「引越しが落ち着いてからにしてください」と答えてしまいました。 その後、連絡が来ていません。 飄々とした弘人氏が、初めて私の前に現れた時と同じように、不意に訪ねて来てくださるのを心待ちにしています。 常識を壊してくれる人たちとは、何も霊能者や気功師のような特別の人だけではありません。 実は毎日触れ合う人たち全員が、その能力を持っているのだということ、自分で気づいているか否かが異なるだけで、誰もが神の子であるという事実を知ったからです。 両手では足らなくなるくらい多くの人たちから、「人間、そはなにものなるぞ」というテーマを突きつけられ、私なりに起きてくることに対して、可能な限り観察者の視点を維持してきました。 その結果、私なりの答えを手にすることが出来ました。 周囲を見渡してみると、宇宙からの愛のエネルギーを受けて、私と同じ普通の人たちの意識進化が着実にスピードを上げてきていることを強く感じます。 素晴らしい流れです。 無闇矢鱈と舞い上がるのではなく、大地にしっかりと足をつけ、人間の本質を探求しながらも、人間としてのごく当たり前のことを当たり前に行動出来るように生命を真っ当しようと思います。 次号からは、つまらないと思われるかもしれないことも含めて、私が誕生以来体験してきたことの一つ一つを、思考パターンや意味を考えながら考察していこうと思います。 ただそれらの考察は、あくまでも私の体験を踏まえた意識であり、考察です。 それを無批判に受け入れて欲しいとは思っておりません。 誰の言葉であろうとそのまま鵜呑みにするのではなく、ひとりひとりがご自分の体験と照らし合わせ、押し付けの思考パターンの罠に気づき、ご自分の意識で了解していっていただきたいと心より願っています。 一人一人が独自の宇宙を創造しています。 それゆえ、有名な学者が、有名な霊能者が、ヒーラーが、チャネラーが、リーディング情報が言ったからという理由だけで自分の意識を抜きにして鵜呑みにするなら、今までと極性が異なるだけで、本質は何の変化もありません。 誤解を避ける意味で言葉を重ねますが、これは有名なオピニオンリーダーたちを批判しているわけではありません。 名実共に素晴らしい人たちは、大勢いらっしゃいます。 ただ人間として生まれてきたにも関わらず、それを否定するかのような言動をとったり、無責任な言葉を発する人も同じくらいいらっしゃることを感じています。 何人もの霊能者と接してきましたので、感じるのです。 霊能力と覚醒とは似て非なるものですので、冷静にご自分の意識で見極めてくださいませ。 人間一人一人が、真に創造主なのです。 自分の外にあると思うのは、まやかしでしかありません。 幸せの「青い鳥」は皆さんの内側にしか見出せません。 大地にしっかり足をつけて、自己観察してみませんか? 「食べてみなければ、その味はわからない」のです。 「食べてみる」行為を他人任せにしないで、実際に食べてみて、美味しいのか不味いのかをご自分の感受性で捉えて欲しいと切に願っています。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 何も疑うことなく、親や学校から教えられ続けてきたことが「正しい」と信じて生きてきたわたしの価値観がガラガラと壊されていく日々は、ある意味で爽快でもありました。 きっかけは会社の倒産ですが、その日からすでに15年の歳月が流れています。 言葉通り、無一文の暮らしを経験しながら、今なお住まわせていただいている家もあれば、食事も十分に摂れています。 最初に価値観の変更という経験をさせてくださった津留氏の言葉は今なおわたしの内で生きています。 楽しいこと、「ねばならない」ことではなく「やりたい」ことしか実行してきませんでしたし、今もその姿勢は変わりません。 理屈とは無縁に心のまま、感じるままに生きてきて、現在小豆島で豊かな自然と共生する暮らしを嬉しく営んでいます。 感謝しかない人生です。 何が人を狂わせてきたのか? 何が人を本来に引き戻してくれるのか? 次回からは「倒産から学んだこと」をご紹介させていただきますね。 わたしにとって「倒産」という経験が、現在のわたしを創造してくれた、ありがたい出来事なのです。 悪いことなど何もありません。 どんな出来事であっても、冷静に受け入れ、自分の真実を生きればいいだけです。
2009.05.17
コメント(2)
このところ、各種自家製醗酵水作りが面白くて、わくわくしています♪ 畑作りとして、日常野菜栽培用の畝作りと並行して石組された段上部分の整備も、ぼちぼちながら進んでいます。 段上部分は、薬草やハーブ関係の場にしようとしています。 新しい薬草やハーブ関係が少しずつでも成長していく流れに沿って、醗酵水作りに利用し始めていますので、目的が同じでもこれまでより進化した醗酵水が出来上がってきています^^ 材料としての植物の品種が増えることで、共存・共生・助け合い・分かち合いの意識を持つ微生物さんたちの力に膨らみがでてくるように感じています。 すでに「てんみくろんの会」会員さんたちの数人にNEWバージョンの醗酵水をお試しいただきましたが、歓声が上がっています♪ 昨日もハーブ園に行って、いろいろ教えていただきながら新しい品種の苗を購入してきました^^ 今年中には、てんみくろん実験農園はなんとかすっきりと農園らしい形に成長してくれそうです^^ 無知で初体験、失敗をたくさん繰り返してきましたが、1年間の経過はそれなりに現われてきています^^ うふふっ、曲がりなりにもパーの畑情報をお知らせしていることで、野菜作りに興味・関心を持ち、具体的に畑作りをスタートされたり、プランター栽培を始めてくださる人が徐々に増えて来られ、嬉しい限り~♪ 今日も、さっそく友人のゆりねえさんからプランター栽培写真を送ってきてくださいました。 野菜の成長を観察するプロセスは、自己の心(宇宙意識)の成長を観察することにつながっていきますので、彼女たちの心身の変化していく流れを共に味わえる喜びでいっぱいです^^ 野菜作りがうまくいかない時こそ、その先に光が感じられます。 どうすれば、野菜たちが美味しく健康に成長してくれるのか、土と向き合い試行錯誤するしかなく、そのプロセスの中で「豊かに暮らす生き方」が見えてくるのです。 あはは~、本当の「学校」は畑作業の中にあり!なので~す♪ お陰様で、このところ毎日畑からの収穫物で食卓が賑やかになってきています。 徐々に保存食作りも進んでいますよ~♪ 「てんみくろんの会」の設立趣旨にも書いていますが、やっと『まずは自分自身のいのちの意味に意識的な光をあて、基本的な衣・食・住から見直しを始めていきたいと思います。』に着手できるところにやってこれました。 「本当の自己」を識り、魂が伝えてくるメッセージのままに『今、この瞬間』に焦点を合わせて生きることを選び続けていこうと思っています。
2009.05.17
コメント(0)
『とんちんかんな内容かも知れませんが5月2日にノートに書き留めた走り書きがあります。 ○対称性の破れとは自我意識 ○自我の中にしまい込まれた最も尊い真我=空 自我を取り払ったところに存在する真我=空 「空」はすべてだった。 ○対称性の破れを世界が認めたということは、人類は次元上昇の臨界点に近づきつつある。 ○自我を持ちながら、死ぬ前に宇宙の真理に気づきそれを表現するのが3次元世界といゲームの最高の楽しみ方。 自分にはそれを理解する能力も説明するだけの満足な知識も怪しいくせに何度かメールで使った「対称性の破れ」ですが、自分の乏しい理解力とボキャブラリーで表現すると、「破れ」とは物質の反物質の差と言うことのようです。 で、その差とはどのくらいかというと「10億対10億1」! まったく同じ比率であれば、物質と反物質は打ち消しあって何も生まれないのですが、10億分の1だけ、反物質より物質が多いため全宇宙の物質が生まれた。 ・・・ということみたいです。 *ずいぶん難しいことを書かれていて・・・・ 意味を理解するのに3回読んでしまいました^^; それによって、あらゆるジャンルの創造が行われたということでしょうか??? それを知ったことで自分の何が変わるのでしょう?* そしてこの宇宙の真空の海と、そこに浮かぶ星々などの物質との比率は7:3 全宇宙の30パーセントを構成する全物質のエネルギーの総和は、わずか真空1立方センチメートルのエネルギーと等しい・・。 そう考えると、「無」もしくは「空」とも表現される何もない世界と思われていた真空にこそ膨大なエネルギーがあるのですから、エネルギーのないところはどこにもないことになります。 その原初のエネルギーは宇宙根元意識が作った自我のような気がします。 すべての調和状態である「無」、あるいは「空」、あるいは「愛と調和」の喜びを感じるため10億分の1だけの差、「破れ」を作った。 そしてそれを感じるために、その意識は全宇宙に遍在している。 物質のひとつひとつが、我々人類もひとりひとりが宇宙根元意識の一部としてそれぞれの感覚を楽しむために存在している。 これは、現代のアニミズムです。理解できないものは否定する上から目線の性癖のある人々が原始的な宗教だとさげすんでいたアニミズムをなぜ認め始めたのでしょうかね?^^ *あはは~、ごめんなさい。 上記のようなことを考えようとすると頭痛が起きてきます^^; パーゆえに、そのへんの考察は得意な人にお任せしますね^^ わたしは、理屈には興味はないのです。 事象に対して千万の理屈より、一つの感受のほうが納得できるのです。 自己の体験ですから~^^ 理屈は概ね書き換えられていきますし・・・* アジアの少数民族、あるいはインディアン、そして日本などもそうかも知れません。 元々争いを好まない、大きな調和を好む民族(大和Great Harmoney 民族)を力で押さえつけ支配して自我の欲を満たせる時代が数千年続きました。 結果、しっぺ返しは支配した人々からではなく、地球という抵抗しようのない大きな存在からでした。 そりゃ無理ないですよね。46億年という地球の悠久の歴史の中、わずか数百年でこの星自体を瀕死の状態に追い込んでしまったんですから。 そして、気づいたのかも知れません。 欲のために支配することでかき集めたものは、無限の愛の代償行為にしか過ぎなかったことに。 飛行機や車で何時間もかけてエネルギーを消費しなくても、昔は日常生活の環境のなかで自然の大きな愛を十分に感じられたことに。 支配したいという心の奥には、克服しようとすればするほど膨らんでいく怖れがあり、愛に満たされた者には無縁の心情であることに。 そして、宇宙根元意識としての我々は、支配する側とされる側といった経験をはじめあらゆる体験を通じその集大成として愛と調和の一点に向かっているような気がします。 結局たどり着くところが、タオコードに登場する村、あるいは縄文時代の日本?の様な自然をはじめとするあらゆるものと愛によって高度に調和した状態のようですね。 *評論家になるより、覚醒に向かってくださいませ。 覚醒に必要なことは、思考から離れて素に戻るということだと感じますよ^^ 呼吸に意識を合わせ、宇宙全体でもある己の生理作用や神経系がキャッチしていく精妙なエネルギーを観察し続けることで、生きるに必要な真相を直覚知すると思いますよ。 全体でもある個の覚醒の累積が、見える世界を変容させうる力になると感じています^^* まさに阿蘇・日の宮幣立神宮の 洗心 常の心:強く、正しく、明るく、我を折り、宜しからぬ欲を捨て、皆仲良く、相 和して、清く、感謝の生活を為せ・・・・ですね。 6000年以上続くと言われる幣立神宮には古代文字でひふみ祝詞が刻まれた石版が残されています。 このひふみ祝詞を唱え、身魂磨きを行えとさとす「日月神示」(別名ひふみ)も日・風・身(水)の三位一体「トリニティ」を説いているのでしょう。 (余談ですが、幣立神宮の手水場にある由緒書に「大宇宙大和神」の文字を見つけたとき、不思議と「こんなところにあったんだ」とうれしい気持ちになったのを思い出します。) いま、身の回りでは次元上昇の動きが加速していくのを強く感じます。 みんなで次元上昇を体験する日が楽しみです。』 心身の緊張を解いて、ゆるゆるで暮らしましょう♪ 明日のことより今日のこと・・・・ 呼吸がスムーズに行われていて、生きている。 ただそこに意識を合わせていただくことで、すべてに感謝できるようになってきます。 今、この瞬間、不足するものはなし~^^ ですよね♪ 過去も未来も、今ここ、この瞬間に凝縮されて存在していますから~^^
2009.05.17
コメント(0)
Sさん、随分お待たせしてしまいましたね^^; 随分、瞑想の神髄に迫って来られているでしょうか? 『たあこさん (たあこ姉さんって書くと、たあこさんファンからひんしゅく浴びそうな気もし たんで、たあこさんに戻しますね ^^;) 出張から戻られてお忙しいなかでの、いつも通りの愛に満ちたメッセージに感謝します。 ありがたく参考にさせて頂いています! 最近福岡は初夏を思わせるような陽気になってきました。 そんな陽気に誘われて、今月に入った頃からはまわりから見えないようにタオルケットでベランダの一角を仕切って段ボールを敷いて瞑想するようになり、2~3日前からは上半身裸でやってます。^^ 瞑想を始めるといつも気持ちのいい風が吹いてきて、最近はその風に甘い花の香りが乗って最高の気分になれます。 気持ちのいい風と、太陽の日差し、これだけで充分という気持ちになって、無心でいられる時間が長くなってきたようです。 前回も書いたように、しばらくは、頻繁に現れる思考と格闘が続いていましたが、いまは気持ちのいい風に吹かれながら空気を吸い込むと、そのたびに全身にジ~ンと広がっていく波動の心地よさに身を任せて呼吸を続けています。 要はリラックスして呼吸するという単純なことですが 、やっと少しコツが解ってきたみたいです。 *そう~、良かったですね^^* 以前は、瞑想をしたいという気持ちよりどちらかというと、やら「ねばならない」という気持ちの方が大きかった様に思うのですが、最近は瞑想「したい」という気持ちの比重が大きくなってきたようです。 我即宇宙の境地もまもなくのような気がするんですがね~・・・ いまはただ委ねて瞑想を続けるだけですね。 *期待する心は、放下してくださいませね~^^ 何も期待せず、ただただ座り続けるという姿勢が大切です。 一途に呼吸によって変化していく生理作用や神経系を感じ続けてくださいませ^^* 前回からの瞑想時間は以下の通りです。 4/30―11:14~12:46 5/18―8:49~10:06 5/2-10:25~12:31 5/3-12:13~13:17 5/4-0:15~1:10 5/5-12:02~13:50 5/6-10:48~11:48 13:37~13:57 1:17~4:00 5/8-11:59~14:03 5/9-10:15~12:21 5/10―11:54~13:35 5/11-11:09~13:10 5/12-6:19~6:50 10:58~13:03 5/13-10:10~12:11 以上がここ最近の瞑想状況です。 我即宇宙には未だ至らないものの、心の中は次第によろこびで満たされて行くような気がしています。 *そうですね^^ 自我や無意識の集合意識に邪魔されない静寂の時間って、さわやかですものね♪* いまから10年以上になると思いますが、福岡市天神にあるバーのマスターと知り合いになり夏に「船があるから海に行かないか」と誘われたことがあります。 元々、海や山大好き人間ですから二つ返事で誘いに乗りました。 「船」といわれるので、小さな漁船の様なイメージを持っていたのですが、港に行ってみるとそこにあったのはめちゃくちゃかっこいいクルーザーでした。 その年の夏は4度海へ行ったのですが、そのすべてがそのクルーザーでマスターやその仲間の人たちと一緒でした。 クルーザーなら、陸からではたどり着けない崖で囲まれた様な砂浜にも行くことができます。 自分たちしかいない砂浜に寝そべり、夏の太陽と海辺を吹き抜ける風にくつろぐ・・・・ いまでも忘れられない、これまでで最高の夏でした。 その後自分は東京、広島、そしてまた東京と転勤が続き、その間にそのマスターの訃報が届きました。 マスターには海以外にも、ひとりオートバイで日帰り温泉旅行を楽しむルートを教えてもらったり、バーに飲みに行けばジャズに興味を持ち始めた自分に数多くの名曲を教えてくれたり、人生の楽しみを教えてくれた最高の人でした。 マスターが亡くなった後も、あの海の思い出が忘れられず、いつかはああいうクルーザーを買ってあのときのような海を楽しみたいと、かないそうにもない夢を持ち続けたものでした。 それから10数年、いま狭いベランダの一角をタオルケットで仕切り、段ボールの上に置いたクッションに座って瞑想しています。 気持ちのいい5月の太陽と、風に吹かれて優しく背中をなでるタオルケットに当時の記憶がよみがえりました。 以下、御法度の思考との戯れです・・・・^^; (あのクルーザー、ホントに最高だったなぁ~) (欲しい!・・・欲しい?・・・クルーザーが?・・・なんで?) (そりゃ、プライベートビーチみたいな砂浜に行けるし・・・・) (何でプライベートビーチみたいな砂浜がいいわけ・・・・?) (そこに寝そべって、のんびり自分だけの世界で太陽と気持ちのいい風・・・あの心の満足感!開放感!癒し!全身で感じる自然の愛は何ものにも変えられんだろ~・・・) (結局、何が欲しいねん・・・・?) (・・・・!!) そう、お察しの通り! 何が欲しいって結局、形のない心の中の喜び! いま、ここのベランダに、あのときと同じ気持ちのいい太陽も空気もある! 自然の愛は無限に、そこから湧き上がる心の喜びも!! 瞑想ってすごい!! (どっちかというと雑念じゃ・・・・?) 年間数百万の維持費がかかる様な数千万円のクルーザー(金銭感覚の範疇を超えているので把握できていない)で一夏に4回程度しか経験できない思いを毎日体験できる!! しかもプライスレス! 何というコストパフォーマンス!! (結局金換算かよ・・・^^;) 結局、自分の宇宙は、自分の心が作り上げていました。 心の動き次第で宇宙は一瞬にして喜びへ変化しました。 心の機能はすばらしく、思っただけで瞬時に最高の満足感を味わせてくれます。 血のにじむような努力で成功し、数千万のクルーザーやフェラーリの様な高級車に乗っている人たちには申し訳ないくらいです^^ *瞑想や自然と一体になることで感じられる至福は、物やお金で得られる一時の幸せなどと比べようもないことを分かっていただけましたか? あるがまま、そのままで得られる究極の至福と張りぼてで消えさる幻想の幸せ・・・・ 比較できるようなレベルを超しています^^* 何の努力もなしに満足感が得られると判ると、生活にも変化が出てきました。 支払いをすると生活費が・・・の様な状況でも、平気で支払ができるようになってきます。 結果、財布には1円玉数枚のような状況でも結構平然として、 「間もなくこんな笑えるほどの貧困生活はできなくなるから、将来の話のネタにいまの状況を楽しんでおこう。」 という気にさえなってきます。 そして案の定、数日後には生活に必要なお金は偶然に入ってきてしまいます。 これは、何度やってみても同じようです。 欠乏感さえ持たなければ勝手に自動補充されていくようです。 そして少しずつ、信じて委ねることへの確信が高まって行きます。 *うふっ、嬉しいですねぇ^^ そうなんです。 それが宇宙の仕組み、人の意識の仕組みのようですよ^^ 「偶然」にお金が入ってきたのではなく、宇宙の仕組みによって必然的に必要なお金は廻ってきます♪ 必要なものは与えられます。 欠乏感や慾心がなく、意識がフラットで豊かさを放射し続けている限り~^^* 一昨日、早速「タオコード」買ってきて読みました。 なんだか、上半身裸で瞑想している自分の心情とシンクロしているような気がしながら読みました。 中国の奥地にあんな精神性の優れた人たちが住む村があるんですねぇ・・・・。 あの理想郷で村人達がいまもそのままに暮らしていてくれることを願わずにはいられません。 すべての欲とは、愛を求める代償行為だったのか・・・ たしかに無限の愛の前には欲はまったく意味を失っていまします。 それに引き替え現代社会は・・・・ 愛を制限することで、欠乏感を生み出し物欲に変換させて支配するなんてマトリックス真っ青の世界が実在しているんですね 性に関するマインドコントロール、よくもまあここまでって思ってしまいます。 人間の3大欲、食・睡眠・性、この中で、まったくなくても死に至らないのは性だけです。 罪悪感を持たせることが支配の基本ですから、すべての人間が持つ欲の中で死に関わらない性を制限するのが支配にはもってこいだったんですね。 まさに自分も、この洗脳にどっぷりやられてます。 長い間何というもったいない、取り返しの付かない勘違いをしていたことでしょう!! (って言いながら、まだ少しは取り返しつくんじゃないかな~・・・・なんて ^^;) 再アップして頂いた以前のたあこさんのエッセイにもあるように、現代社会って支配のための洗脳だらけなんですねぇ。』 つづく・・・
2009.05.16
コメント(0)
≪風に恋して~自由人への応援歌(8)≫ 「常識を壊してくれた人たちとの出会い(8)」 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ HIROTO とTAKAKO の トーク & トーク Message from COSMIC GARDEN 語り手:岩本 弘人 聞き手:浜口 喬香子 『第七話 在ることは、すばらしい 人間の身体構造は、宇宙の純粋意識を地球に取り入れるための変換機の役割を果たしています。 地球及び地球上の動物や植物は、銀河から降り注いでいる精妙な波動を直接組織体内に取り入れることが出来ません。 地球上に存在している人間のみが、その波動をサンガム(胸腺の近くにあります)から取り入れることが出来るのです。 人体に入った純粋意識波動は、人体内に入ったことで粗くなり、その粗くなった波動エネルギーは丹田から放射され、太陽に向かいます。 この人体内で変換された宇宙エネルギーは、太陽の中で柔らかくなり地上に降り注ぐのです。 地球及び地上の動植物は、この経路を通った宇宙エネルギーのみを吸収し、成長することが出来るのです。 それゆえ人間という存在の意味は宇宙、地球、自然にとって、とても重要なものなのです。 宇宙からのエネルギーは縦波であり、水や雲などのエネルギーは地球表面に対して平行に流れます。 宇宙エネルギーが人体に入ることにより、背骨を通ります。 夜眠っているとき人は寝返りを打ちますが、このときの骨の動きによってエネルギーの方向が曲折し、縦横にエネルギーが拡散していきます。 このときにも情報エネルギーの変換が発生します。』 何だかすごい話になってきて、このお話をどのように受け止めればいいか・・・ 今のところ整理がついていません。 弘人氏の話が真実とするなら、私たち人間の身体とは、想像を絶する重要な役割がありますし、逆接的に見れば人間なくして、この地球環境は存在出来ないことになってきます。 こうした観点にたてば、不要な人間などひとりもいませんし、ただ生きて在るというだけで大きな役割を果たしていることになります。 人間は自然の一部という言葉がありますが、自然の一部ではなく、自然が人間の一部であり、宇宙は人間の全体ということになります。 また人として生まれるのは千万年、億万年に一度のことであり、人間として生まれてくる目的意識が強くないと、人間の胎内に入ることが出来ないとも言われています。 その意味からも「人間」として「在る」ことだけですばらしい出来事なのです。 1999.1.20 記 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ よくご自分のことを、「私はつまらない人間です。」とか「何の役にも立たない、生きていても無意味な存在です。」とか自己卑下をしている方がいらっしゃいますが、とんでもないことです。 どのような人であろうとも、内なる我(真我)は創造主そのものなのだということに気づいてください。 他に置き換えることなど出来ない、かけがえのない生命なのです。 本当の自己を知りたくて、何度も何度も転生を繰り返しつつ、今日の肉体に自分の意志で受肉してきたのです。 人体は、意識進化を図るための特別な学び舎です。 様々な意識段階の魂が受肉していますので、途轍もなく進んでいる意識段階の人に出会い、学ぶことが出来ますし、逆にまだ充分な学習が出来ていない人(人間への転生体験が少ないだけかもしれませんね)とも触れ合うことが出来ます。 その触れ合いが出来る環境が大切なのではないでしょうか? 受肉していないで、意識エネルギーのままですと、共鳴共振作用という宇宙法則の外に出ることは出来ませんので、同じ振動数ばかりが集まってしまいます。 自己の意識が発する振動数より低い帯域(低次元波動)を感じることは出来ますが、高い帯域(高次元波動)を感じることは出来ないそうです。 みんなが同じ波動ですと、何ら問題意識がないために、意識進化が起きにくくなって、そのまま数千年も意識が眠りこんでしまい魂の進化を果たすことが出来なくなるのだそうですね。 それゆえに地球は宇宙の学び舎として羨望の場なのだそうです。 他の惑星からも、より高次元波動領域に進みたいという生命体たちが、地球への転生を強く望み、狭き門を通って人間として受肉してくるということのようです。 私たちは、有り難いことに今更望まなくても既に人間として生きています。 それだけでもどれほど恵まれていることか! このかけがえのない肉体を大切にして、自分の本当の姿を思い出していきましょう。 自分の周りにいる人は、どんな年齢層の人であろうと、どんな文明の下に暮らす人であろうと、どんな職種の人であろうと、触れ合うことの出来る人すべてが、自分の本当の姿を思い出させてくれる貴重な存在なのだと思います。 そんな稀有な環境の中で、何に気づくのかはひとえに本人の選択・決断にかかっています。 また、人体は小宇宙とよく言われます。 私はこの言葉を抽象的なものとは考えておりません。 瞑想を通じて自分の意識を子宮に入れてみました。 子宮という器官から、子宮を構成している細胞のひとつへ、細胞を構成している分子のひとつへ、分子を構成している原子のひとつへと順次イメージと視点をミクロに落としていったことがあります。 原子から核へ、核からさらに微粒子へと意識の階段をどこまでも降りていき、ある地点で視線を上げてみたのです。 そうです。 体内の小さな小さな、私の身体を構成している微粒子のひとつから全体を見上げたとき、何が見えたかお分かりでしょうか? 視界いっぱいに拡がっていたのは、正に大宇宙そのものでした。 夜空に煌く星星は言うに及ばず、星団や銀河、天の川もはっきりと観えていたのです。 この圧倒的ともいえる壮麗さを表現する言葉は見つかりませんでした。 この体験を通じて、私は一人一人の人間が、実に大宇宙そのものであることを知ったのです。 宇宙の全情報、創造主さえも私の体内に存在していることを確信するきっかけになりました。 この世はすべてがフラクタル(相似象)になっているとも言われています。 極大から極小までが同じ構造をしているわけですが、宇宙はまるごとひとりひとりの人体内にあり、人体の外なる宇宙と対応しているのだと思います。 余談ですが、この瞑想は誰かに教えてもらったわけではなく、「人体は小宇宙」という言葉に、ふと思いつき、トライしてみただけのことです。 やってもらえれば分かりますが、この瞑想をしたお陰で、宇宙とは? 人間とは? わたしとは? の問いに対する自分の答えを掴んだように感じます。 自分の神経系の感受性が精妙になりますと、肉体を外と隔てている皮膚はどこにも存在していません。 宇宙を見るのと同じですので、無窮の闇に点滅する星の群れが何処までも続いている空間が見えるだけです。 意識だけがあって、肉体感覚はまったくありません。 自由の境地です。 私の意識だけが、その大宇宙に漂っているのです。 大宇宙が私なのです。 言い換えれば創造主は私であり、意識を発信すれば、その意識エネルギーは宇宙全体に拡がり、瞬時に全宇宙に振動を伝達します。 そのエネルギーに共鳴する微粒子を集合させます。 集合した微粒子は、意識を形象化させていくのです。 お分かりになりますでしょうか? 想念が現実を創る流れが、見えた瞬間です。 単なる思い付きでやったことですけど・・・・・。 必要な技術があるとすれば、固定観念(自我)を手放し、何も知らない無垢な子供の心だけでしょう。(余計な知識がないから、素直にやってみようとトライできるのです) この瞑想は、肉体的苦痛があるときにも有効です。 微粒子のひとつになりますと、肉体が消えます。 自分の身体を、生まれる前の無に戻ってしまうのです。 肉体がなければ、痛みなどどこにも存在出来なくなります。 もちろん病気と呼ばれる細胞の変形も消えてしまいます。 たまに、肉体の不調を感じるときは、私はいつもこの方法で不調を解除しています。 久しぶりに弘人氏の言葉に触れ、つい余計なことを書きすぎたかもしれません。 想念の現象化や病気と呼ばれている苦しみなどについては、改めて別の章で詳しく書いてみることもあるかもしれませんが、今日はこの辺で止めておきます。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ あはは~、このメルマガを出していた頃と現在のわたしの意識には大きな変動はなさそうですね^^; 当時と現在との違いがあるとすれば、意識ではなく、その意識を「行動」に移していることでしょうか・・・ これまでに書いてきた意識の話は、同じようなことを感じていらっしゃる方も多いことでしょう。 いわゆる精神世界系と言われる書籍など山のように積み上げられていますから~^^ 昨年の暮れから、スピリチュアル系のイベントに集中して参加してみました。 その結果感じたことは、「地に足がついていない」人の多さでした。 作られたブームに煽られ、ふわふわ浮遊しつつ、自分を見失っている人たちの群れ・・・・ それも新たな洗脳なのかもしれないと少々寂しく会場を観察させていただきました。 地に足をつけて、個の幸せに向かって当たり前の暮らしに目を向けつつ、全体の幸せを目指して具体的な行動を起こすことでしか、本当の自分を見出せないように感じますし、自己のイノチの崇高性に気づけないかもしれません。 そのための重要な気づきは、日々の生活の中に綺羅星のように存在しています。 誰か特別な人になるとか、遠くへ探しに行くとかは必要がないと思います。 普通の暮らしである「衣・食・住」環境を、まず冷静な目で観察する(脳の封印を外して、環境汚染のなかった時代の暮らしという視点で見つめてみてくださいませ)ところから、はじめてみてくださいませ~^^
2009.05.15
コメント(0)
≪風に恋して~自由人への応援歌(7)≫ 「常識を壊してくれた人たちとの出会い(7)」 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ HIROTO と TAKAKO の トーク & トーク Message from COSMIC GARDEN 語り手:岩本 弘人 聞き手:浜口 喬香子 『第六話 病を癒す 自分の内側での生命現象等、すべては変化しており、固定の相というものはありません。 しかし自分の心、意識が、なることを強く思うことによって本来の変化の相から離れて、一時的に固定の道を歩むことになります。 病人などこの世に存在しません。 ただ自分が病気だと思うことによって、病の氣が一時的に力を持ってくるのです。 病名をつけるということは、病気の相に存在価値を与える、すなわち自分が病気だと思い込む、思い込ませる単なる儀式にすぎないのです。 病気の状態とは生体が癒しを求めているシグナル、サインにすぎないのです。 全体のバランス、調和のことを少し忘れていませんかという生体からのメッセージなのです。 そしてそれはまた、宇宙、自然からのメッセージでもあります。 1998.8.15 弘人記』 珍しく弘人氏が自分で書いてみる気になられ、上記の文章が出来上がってまいりました。 補足して話されたことをまとめてみますと、人は病気になったと思い病院へ行く。 そこで注射を打たれ、病名を与えられ、入院したとするなら、注射を打たれたことは単なる経済行為であり、お金をもらうためにそれらしい処理をする必要があるからだし、病名を与えられたその瞬間から病気が始まり、その人は病人になってしまう。 入院することは、社会の中で与えられた規格時間枠から放れることを意味する。 ベッドに横になるということは、地軸に対して背骨を平らにすることで、その形態は大地のエネルギーを体内に取り入れる行為であり、人間が作り上げた「社会時間」から「自然時間」へ移行することでもある。 「時間」はエネルギーであるので、身体を横にして休んでいると、「時間」が凝縮してエネルギーを生み出し、本来人間が持っている自然治癒力が活性化し、癒されていくのだそうです。 日本の近代医学はドイツの戦場医学を輸入したもので、応急処置ということしか出来ない。 それに対し看護婦はヒーラーとしての仕事をやっているということも言われていました。 私は病気らしい病気をしたことがありません。 もうここ5年(今や10年になりますね)くらい風邪さえひきません。 悪い風邪が流行っていると聞いても、「そうなんですか???」としか答えられない。 遠い外国の不思議な話のようにしか受け止められないのです。 生まれつき健康な体質なのかもしれませんが、私が日常注意していることは、 (1)身土不二に近い食事を良く噛んで、感謝していただく。 (2)シャワーではなく、浴槽に40度前後のお湯を張り、ひとつまみの死海の塩とその日の気分でエッセンシャルオイルをいれ、ゆっくりその湯に浸かる。(湯の中で瞑想することもある) (3)毎日瞑想する。 (4)気の向いたとき、遠赤外線温浴器で発汗浴や光線浴を楽しむ。(5)毎日起きてくる出来事は、たとえどんなことでも自分にとってベストのことと思い、感謝してそれに従う。 大体こんなことでしょうか。 たまには友人たちとつい深酒をして、翌日胃が痛くなったり、腸が騒いだりすることがあっても、遠赤外線温浴器に入ればすぐに治りますし、最近は瞑想し、「治った」とイメージするだけで簡単に痛みは消えてしまいます。 自然時間を生きているからでしょうか。 先日娘が夜中に咳き込み始めました。 娘の部屋に行って掌を当ててあげようかなと思ったのですが、つい暖かい布団から出るのが億劫で「娘の咳は止まった。娘は楽になり、穏やかな眠りに入った。」とベッドに横になったままイメージしてみました。 そうしたら1分も経たないうちに娘の咳は止まり、すやすやと気持ちの良い寝息が聞こえてきました。 「やったね! こんなことも出来るんだ。!!」と嬉しくなり、そのまま私も眠り、翌日娘にそのことを伝えると、さんざんに怒られてしまいました。 「咳が止まる、止まらないの問題ではなく、ママは私の部屋に来て掌を当ててくれなきゃヤダヨ!!」「今度からは絶対にそうしてよね!!」 娘の言いたいことは良く分かりますが、「今度は自分でやってご覧なさい。理恵さんもちゃんと出来るよ。」「いや~~ダ!!理恵はママに掌を当ててもらいたいの!」いつまでも二人でじゃれあってしまいました。 人間は誰でも自分の身体だけでなく人、動物、植物など対象が何であろうと癒す力を持っていると確信しています。 その力にどうぞ早く気づいてください。 病の無い時代は目の前に来ています。 考え方をほんの少し変えるだけでいいのです。 望むことはすべて現実となります。 第七話は、「在ることはすばらしい」です。 1998.12.2記 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ この時から5年、相変わらず私の身体は、一切の病とは無縁の生活をしています。 但し波動とかエネルギーとかを敏感に察知するようになって、ときたまエネルギー酔いとでも呼んだらいいのでしょうか? 場によって身体が反応してふらついたり、頭痛が起きたり、眩暈がしたりといった状況に入ることがあります。 でもこれは病とは違い、塩入浴をしたり、汗出しや瞑想などをすると消えていきます。 最近では、出逢いが訪れる前に、身体がその人のエネルギーをキャッチしてしまうようで、朝起きぬけに眩暈のため身体のバランスが取れなかったことがありました。 まるでメニエール病になった感じだなぁと不思議に思っていると、その朝初めて訪ねてこられた方の前に座った途端、身体が大きく揺れその人から眩暈の源が押し寄せてきたのです。 その人がメニエール病だったのです。 また一人で旅に出かけていた時、「てんみくろん」スタッフから原因不明の治らない病気で苦しんでいるという人が、私のカウンセリングを希望しているとの連絡を受けました。 その人とはそれまでに2~3回言葉を交わしたことがあります。 ディベート好きなインテリ女性といった印象があり、意識の変容へリードしていくには一筋縄ではいかなさそう、どのようにリードしていけばいいかなぁと考えていた時、強烈な心臓アタックがやってきました。 初めての体験です。 これは心筋梗塞?直径5センチくらいの槍で心臓が一突きに刺されたような衝撃に唸りながら、意識が回転します。 イヤ、マテヨ。 コレガ、モシシンキンコウソクナラ、コレマデニソノチョウコウガアルハズ・・・。 ソレハナイ。 ダトスルト、コノイタミハカノジョノモノ? ワタシデハナク、カノジョノエネルギーヲウケテイルノナラ、カイジョデキルハズ・・・ そこで自分の身体を粒子状にする瞑想に入りました。 「人体は小宇宙」瞑想です。 この言葉の意味を考えていた時、思いつきでやってみたら出来てしまった我流瞑想なのですが、意識を使い、身体を構成している細胞を分子へ、原子へとミクロ化していきますと、身体の輪郭は消えていきます。 自分が消えて自然と一体になってしまいます(自然そのものである自己に戻る)ので、病気や障害など、どこにも存在しなくなってしまうのです。 痛みに耐えながらの瞑想は1時間くらいかかったでしょうか? 心筋梗塞が起きたのかと驚いた激しい衝撃は消えていきました。 この体験はバスの中で起きましたので、お気の毒なのは、私の隣に座り合わせていた女性です。 私のエネルギーを受けたのでしょう、ぐっすりと眠り込んでいらっしゃいました。 帰宅して、スタッフに話すと、「あっ、それは彼女だ。 彼女は以前、喘息で呼吸が止まったことがあります。」とのことでした。 病気がちな人をお気の毒に思いますが、それも自分で作った意識の罠だと気づいてもらえるなら、心の解放ということに少しずつでも関心を持っていただきたいと切に願っています。 ~~~~~~~~~~~~~ 以前、これらのことをメルマガで配信していたのですが、当時読者から「こんな難しくて訳のわからないことなんてどうでもよいのです。 それよりも津留さんとのやりとりのような生の経験談を書いてくだい。」という要望を受け取っていました。 今でもそう思われている方がいらっしゃるのでしょうか? 合点がいかない人もいらっしゃるかもしれませんが、弘人氏の語る内容は自分の経験を合わせてみて、わたし自身はほとんど納得しています。 これらの話は、書いた時からすでに約10年の歳月が流れていますが、今なお新鮮です。 それは同時に多くの人々の洗脳され封印されている脳の目覚めが順調には進んでいないことにつながっていきます。 ちょっと切なくなってきました。 本来病気などというものはないと、わたし自身は腹の底から感じています。 そえゆえ薬も必要ありませんし、病院も・・・・ 人には基本的な機能として治癒力が備わっていますし、意識の持ち方や暮らし方、食べ方で多少の不調は速やかに自己回復させることは可能です。 コトの本質を直覚知できる霊止が増えてくださることを、願い続けています。
2009.05.13
コメント(2)
K・K氏より毎月送られてくる「洗心通信」に書かれている言葉が、実は人間個人の幸せ、悦びのためだけではなく、地球を含む宇宙全域の進化のためにあったのだと納得いたしました。 既にご存知の方も多いとは思いますがここに紹介させて頂きます。 『阿蘇・日の宮幣立神宮 大宇宙大和神より全地球人へ 洗心 常の心:強く、正しく、明るく、我を折り、宜しからぬ欲を捨て、皆仲良く、相和して、清く、感謝の生活を為せ。 ご法度の心:憎しみ、妬み、羨み、呪い、怒り、不平、不満、疑い、迷い、心配心、咎めの心、いらいらする心、せかせかする心、卑屈な心を起こしてはならない。 与えられたことを感謝して生きよ。 与えられたことを拒む、是宜しからぬ欲心なり。 与えられないことを感謝して生きよ。 与えられないことを欲する、是宜しからぬ欲心なり。』 第六話は「病を癒す」です。 1998.8.1記 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 世の中はこういうものだなどという固定的な観念を手放し、人間が発する意識が最大のエネルギーだということに了解すると、心に描く想念がそのままに形をとって現れてきます。 自然現象が最も早く共鳴してくれますが、出来事さえも、ある意味で思いのままに現れてきます。 シンクロ現象と言われているものも、その一つでしょう。 今日までに多くの体験を通し、それがどうやら宇宙の真理であることを感受してきました。 我が家に突如現れる人は多いのですが、そんな人たちの中に、地球の風水を太古の流れに戻すことを自分の仕事にしている女性(霊能者)が現れ、乞われるままに彼女とも多くの旅を共にしてきました。 彼女との旅は毎回過酷で、絶壁のような岩をよじ登ったり(落ちると命はない!)、道なき道を切り開いたり(手足は切り傷だらけにる!)、ヘドロのような水場に入ったり(蚊の大群に襲われました!)、泣きたくなりましたが、それでも乞われれば一緒に出かけたのは、その労苦をはるかに凌ぐ感動があったからです。 風の流れを変える祈りを発すると、眼前の海が見事に割れて一筋のラインが現れました。 (幻想ではありません。 肉眼ではっきりと見ることが出来ました。) 沖縄宮古島でのことです。 地球の調和を願い、地軸を原初の角度に戻す祈りを発した時は、それまで照りつけていた灼熱の太陽が消え、暴風が発生し、容赦のない雨が私たちの身体を叩きつけてきました。 大型台風の直撃を受けた感じです。 でも祈りが終わった途端嘘のように、本当に「嘘!」と声を発してしまうくらい何事もなかったかのように、南国灼熱の太陽が再び顔を出し、肌はジリジリと焼かれました。 (その後この暴風は大型台風に変化したようです。 翌日だったかTVニュースで「熱帯性低気圧が突如大型の台風に成長しました。 こんなことはこれまでにはなく、関係者も理解できないと話しています。」という報道を見ました。) 沖縄与那国島でのことです。 そんなこんな多くの実体験を積み重ね、人間の本質が何であるかを身体で徐々に知ってきたわけです。 人間が本来持っていた無限の創造力を間違った方向(自我が描き出す私的な欲望)に使ってしまったために、ムーやアトランティス大陸は沈んでしまったとも言われているようですが、コトの真偽はお任せするとして、愛を基点に据えた意識の力は疑いようもありません。 弘人氏の言われた「毒性を無害化する」力も現実の力であることを、私は日々の生活のなかで体得しています。 腐りかけの食材を食べて、他の人が苦しんでいても、私一人(興一さんも同様です)涼しい顔です。 この10年間、風邪さえひきません。 無理をして少し体調を崩した時は、休息を取り、食事内容を正したり瞑想をして体細胞さんたちに感謝の念を送ると、大抵治癒してしまいます。 人間を創造してくれた創造主(誰もがその分身です)の力をそのままに持っていた私たちは、今やその原点に向かって進んでいく時期に入っているのではないでしょうか。 宇宙も本気でサポート体勢に入っていることを感じます。 不平不満不調を創り出すことがお好きなのなら、致し方ありませんが、全知全能の本質を思い出したほうが楽しいのではないでしょうか? ~~~~~~~~~~~~~~~ これまでに受け取っていた善悪の価値観が消えていくにつれ、それまでとは全く異なる体験をし続けてきました。 この「自由人への応援歌」をメルマガで配信していたのは、八王子居住時代であり、ここに紹介している不思議現象の数々は、すでにわたしの記憶に残っていなかったりしています^^; 自然と共振して、不思議な事象が起きてくるのは、もう当たり前になってきているからかもしれません。 今は、心をフラットにし、自我ではなく大我として描き出すビジョンは、必ず形を成してくれることを識っていますので、淡々とそのビジョンに沿って進むだけになりました。 焦ることも力むこともなく、天の意思?にお任せして、この肉体でやれることをやり続けていくだけという流れに入っています^^
2009.05.12
コメント(0)
≪風に恋して~自由人への応援歌(6)≫ 「常識を壊してくれた人たちとの出会い(5)」 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ HIROTO と TAKAKO のトーク & トーク Message from COSMIC GARDEN 語り手:岩本 弘人 聞き手:浜口 喬香子 『第四話 麺について 積極的に麺を食べなさい。 うどん、蕎麦、ラーメン、スパゲッティ、焼きそば、・・・・など、種類は何でも良いのです。 麺はゆでるとき水の中でくるくる踊りますが、このとき宇宙エネルギーと共鳴して、そのエネルギーを取り込みます。 超ひも理論というのがありますが、麺は宇宙情報を内包した食物で、その一本一本はそれぞれ個性を持っており、トータルバランス食品で、超ひも理論の具現化食品でもあります。 玄米もすばらしい食物ではありますが、玄米のエネルギーはとても強く、年齢的には36歳くらいまでの食物であり、40歳以上の人が摂取する場合は、午後の時間帯の方が良いでしょう。 玄米を食べ過ぎると、玄米の奴隷のようになり自分の意志が失われていき、穀物ワールドの部品にされてしまう危険性があります。 麺を食べるときは大口でまとめて食べるのではなく、一回に口に入れる量は出きるだけ少なくして、良く味わって食べてください。』 この話をどう受け止めれば良いのか途方に暮れてしまいましたが、麺大好き人間って案外多いですよね。 私のボーイフレンド(25歳、息子の友人)にもラーメン党がいて、三食ラーメンOK、毎日でもOKという宇宙人(魔界のプリンス、ブラックホールそのものとT・H氏から言われています。 地震を防ぐ名人です。)がいます。 私はお米大好き人間で、ほとんど麺を食べることはなかったのですが、この三年間T・H氏とこの若いボーイフレンドとの三人で日本各地を旅しているうち、毎日でもラーメンを食べたいと迫られ、うんざりしながら食べさせられていました。 それが今では見事に洗脳(?)され、結構麺類を食べています。 弘人氏によると、米を食べると眠くなるらしく(強すぎるエネルギーのため?)、我が家での食事は、ほとんど麺類を望まれます。 玄米についてのコメントは「!?」です。 どなたかご意見がありましたらお知らせ下さい。 お待ちしております。 私は目下身土不二ということで日本の伝統食(穀菜食)を食卓に並べるようにしていますので、玄米食も当然実施中ですが、まだ玄米食(以前は雑穀でした)にしてからは日が浅く、穀物ワールドの部品とか奴隷とか実感できずにいます。 玄米だけを主食に長期間食べ続けている人がいらっしゃいましたら、どうかお話を聞かせてください。 第五話は「人間は素晴らしい」です。 1998.8.7記 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ この件につきましては未だに「・・・・」です。 玄米食は私にはすこぶる良い食品で、強すぎるとかワールドにはまるという実感はありません。 微量栄養素が多く、噛めば噛むほど旨みが味わえるし、繊維も多く便秘にもならない。 少量で満腹感がでるために食べすぎ防止にもなり、肥満防止にも一役かってくれるだけでなく、食後の身体は軽く、眠気もこない。 すっきりとした満足感で、集中力を要する仕事にでも、すぐに取り掛かれる。 玄米自体に味があるため、おかずの味付けは素材本来の旨みを感じられる程度の薄味の方が美味しく感じる。 動物性食品とは相性が悪く、野菜の煮物などとは相性が良い。 疲労していても、すぐに回復する。 心身の健康度がアップする。 私には良いこと尽くめの食物が玄米なのです。 だからといって玄米以外の食物は一切食べないといった硬直した考え方ではなく、必要なときはトンカツでも焼肉でも美味しくいただいております。 麺類については、蕎麦は大好きですが、ラーメンやスパゲッティは、あまり好みません。 ソーメン、うどんの方が好きです。 やはり日本食のほうが身体に優しいと感じています。 「常識を壊してくれた人たちとの出会い(6)」 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ HIROTO と TAKAKO の トーク & トーク Message from COSMIC GARDEN 語り手:岩本 弘人 聞き手:浜口 喬香子 『第五話 人間は素晴らしい 人間を含む地球上の動植物が本来の機能を大きく損傷し、苦しんでいます。 私たち人間には、本来毒性のあるものが体内に入っても、自らの心身でその毒性を溶解できる力が備わっています。 食物連鎖の頂点に立つ人間には万物の霊長類として、その毒性を無害化することが出来るのです。 これは人間のみが持っている力です。 人間が万物の霊長として身体の調和を保ち、素晴らしくなることで自然すなわち自然界の動植物すべてが素晴らしくなるのです。 人間は人間であることに自信を持ってください。 人間の大脳のひとつは、宇宙の惑星と対応していますので、銀河の星たちの進化に大きく影響を与えます。 地球上の人口が増えすぎてバランスを崩すのではと危惧されている考えもあるようですが、人口が増えることで、知恵の集積がより大きくなります。 知恵の集積が大きくなることによって、地球を含む銀河系全体を更に進化させることが出来るのです。 近未来的には、地球の表面は銀河系宇宙の自然公園となっていくでしょう。 人間は居住する場所を空に、海に、地下に移していくでしょう。』 弘人氏の口から時折零れ落ちる言葉を拾い集めて、つなぎ、メッセージとして発信していますが、このメッセージのタイトル「Message from COSMIC GAEDEN」の「COSMIC GARDEN」とは、宇宙の自然公園である地球を意味しているのだそうです。 ですから「地球からのメッセージ」と受け止めていただくとよいそうです。 第五話でそのことが現れてきました。 空中都市、海底都市、地底都市、アニメでしか触れることのなかった概念が急に現実感を持ち、イメージが膨らんでいきます。 銀河系に生息するすべての生命体に対する楽園、地球という構図に、私は一時酔い痴れてしまいます。 この瞬間目を庭に移すと視界いっぱいに野の花の綿毛が乱舞しています。 私のイメージに呼応したのでしょうか? 楽園としての美しい地球のワンシーンを、現実のものとして見せてもらいました。 感謝です。 実はこの文章を書きながら、私はこの宇宙の楽園、地球を今の肉体で楽しむことが出来るかな? 無理かもねなどと考えていたのです。 その直後の出来事です。 人間の脳って本当にすごいことをやってくれるものです。 自然時間への旅が始まってから、こんな出来事がしばしば経験されるようになりました。 そのすべてを御紹介することはやめますが、そのうちの最も感動した出来事をひとつお話させてください。 今年の2月17日、18日、例のラーメン好き宇宙人、興一さん(25歳)と山梨へ旅行したときのことです。 大菩薩峠に差し掛かる頃、車内の音楽をエンヤに変えた途端、静かに雪が降り始めました。 すれ違う車もなく人の姿もなく、凛とした視界に音もなく舞う雪片。 そして静かに流れるエンヤの声。 ただ圧倒されて言葉も出ませんでした。 嵯峨塩温泉につき、500円を払い露天風呂へ。 入浴客は私たちだけでした。 隣り合わせになっている男女それぞれの露天風呂に入りました。 川に面している風呂で、静かな山々の冬景色と流れる川の音に心を洗われる想いだったのですがふと目を天に向けたとき灰色の空が重く、少し苦しくなって 「この雪を見せていただいて感謝します。 でも私の我が儘ですが空は青いほうがいい。 青い透き通った空を見たい。 可能なら太陽も見たい。」 と心で思ってしまいました。 すると、私の望み通り輝く太陽と青い空が現れました。 嘘のような本当の話です。 言葉もなく感動していると、隣の露天から宇宙人の声が飛び込んできました。 「ええ~っ、せっかく雪の温泉を楽しんでいたのに!」 申し訳なくて、私は再度心に勝手なことを思います。 「青い空、輝く太陽、ありがとうございます。 深く感謝いたします。 でも雪も良かったですよ。」 すると一陣の風が起きて木々の梢に止まっている雪片を空に舞いあげました。 青い空、輝く太陽の下、小さな小さな雪片が舞い始めました。 驚いて立ち上がり、私は太陽を見つめます。 すると小さな雪片が渦となり、太陽の光を反射して七色に輝き始めました。 太陽を中心としてキラキラ七色に輝きながら、雪片が大きな渦巻きとなって廻っているのです。 「スゴ~~~イ!スゴ~イヨッ、スゴ~イヨ!!」 私は大声を発しながら静かな涙を流していました。 信じてくださいますか? 信じたくない人は無理に信じようとされなくて構いません。 誰にでも同じようなことが必ず訪れる時が来ると確信していますから。 その時までこれは私の作り話だと思ってくださって一向に差し支えありません。 ただ私に起きた現実の出来事です。 先ほど起きた現実、綿毛の乱舞、楽園としての地球の姿を垣間見せてもらったことで、これまでに体験した多くの自然からのプレゼントを思い出したのです。 そのうちのひとつをお話させていただきました。 第五話をまとめるに当たり、私は「女が変われば、地球が変わる」について書こうと思っていたのですが、私の意思(自我)は天の意思(?)によって止められてしまったようです。 人間の持つ脳の力、不思議さ、偉大さをよく味わいなさいということなのでしょうか? 弘人氏の言葉によれば、人間の大脳が宇宙を創っているようですので、私たちが心に何を想うかで宇宙が変わるということになります。 そうであるなら、どんな小さな出来事であろうとすべて楽しく、嬉しくなるように自分の想いを集めていこうと思います。つづく・・・・
2009.05.12
コメント(0)
Sさん、こんばんは~^^ 先日「風に恋して~自由人への応援歌」はHPのエッセイ欄にアップできたので、そちらを読んでいただきたい旨お知らせしましたが、わたしの個人的な必要性からやはりここで続けさせていただきます。 随分前の体験でもあり、自分でも改めて追体験をしながら、加えることがあるなら加えたいし、修正したほうが良いなら修正したいと思ったからです。 今月に入って、宇宙のエネルギーはさらに影響力を増してきているように感じていますので、その辺のことも意識しながらご一緒に再読できれば嬉しいです。 ≪風に恋して~自由人への応援歌(5)≫ 「常識を壊してくれた人たちとの出会い(4)」 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ HIROTO と TAKAKO の トーク & トーク 「時間」ということを改めて考えるきっかけを弘人氏からプレゼントされて、いろいろ思い出すと気づくことがあります。 「自然時間」を生きているとき、瞬間は無限の広がりを与えてくれるようです。 平成7年10月に夫が亡くなってから、時間の質が変わりました。 不思議体験の旅が始まったわけですが、どこまでも続く「今」という瞬間のなかで生きていますと、「時」の流れが感じられなくて、「記憶」するという機能も変化していくようです。 昨日の出来事なのに1週間も前の出来事のように感じられたり、夫が亡くなって僅か1ヶ月しか「時計」は進んでいないのに、どうしても1年前のこととしか受け止められない感覚のなかで、この3年間暮らしてきました。 ビジネス最前線で、それこそ「時間」に追われ続けていたあの暮らしは一体なんだったのか、不思議で仕方ありません。 「時間」に囚われていたとき、「時間」は猛スピードで移動してしまいますが、「時間」を手放しますと、「時間」はゆったりと流れる、あるいは消えてなくなるようです。 悠久の時の中へすっぽりと入っていくようです。 皆さん、一度腕時計を外してみませんか?面白い体験が出来るかもしれませんよ。 Message from COSMIC GARDEN 語り手:岩本 弘人 聞き手;浜口 喬香子 『第3話 「自然時間・男・女」 「時間泥棒」によって奪い取られた時間を生きるしかなくなった私たち現代人は生理機能を狂わせ、自然治癒力も劣化してきています。 その歪みが人間の健康面だけではなく、心にも影響し地球のあらゆる場所で不穏な状況を創りだしているようです。 早く自然時間を思い出し、取り戻してもらいたいのですが、性別で考えますと、生理面から見ても自然時間を取り戻しやすいのは女性のようです。 妊娠、出産という聖なる役目を全うするため、女性は自然の影響を強く受けています。 卵子は誕生時、既に確定した数を持っていますが、精子は物理的条件によって創られます。 男性は女性に精子情報、宇宙情報、マネーを運ぶ運び屋でしかなく、解放されにくい環境にあります。 自然時間を取り戻しやすいのは女性なので、女性がまず先に解放され、男性が自然時間の内で生きられるようにして欲しいものです。 精子情報が危機的になっていますので、女性の役割はとても大きくなっています。』 奇しくも私の主張がここで登場してまいりました。 弘人氏と話していてワクワクしてきました。 顔が自然にほころんできます。 「女が変われば、地球が変わる。」私の主張です。 このタイトル「女が変われば、地球が変わる」を創造するきっかけは、メキキの朝食会です。 朝食会に参加する度に「地球に貢献することで、私に出来ることって何だろう?」と真剣に考え始めました。 地球が危機に瀕している。 | 何故、危機に瀕しているの? | 人類が自分たちの便利さ、快適さ、経済拡大、利益追求などのためやりたい放題のことをしてきたから。 | 人間の心身が病んできたことによって、地球を病ませてしまった。 | 人間の心身が正常になれば、地球も正常になる。 ・・・と、かなり簡略化していますが、私なりの答えが導かれていったわけです。 人間の心身が何故狂ってきたのか? その原因のひとつに食の変容があることは、断定しても良いでしょう。 人は食べなければ生きられない。 何を食べるかで顔つき、性格、行動、プロポーション、心まで左右されていくことを、エステティックというビジネス現場で目の当たりに見てきました。 食事指導を中心に据えたダイエット指導で体脂肪を落とし、除脂肪(筋肉、骨、内臓、血液、皮膚など生命活動の最も中心となる組織の重量)を増やしていくことに成功しますと、不妊症だと諦めていた方に子供が生まれたり、お母さんはプロポーションが良くなって母乳の出が良くなったり、周りの人はみんな自分を嫌っていると被害妄想の激しい女性が、明るくみんなと話が出来るようになったり、生理が止まっていた女子大生が正常な生理に戻ったり、長年憎しみ続けていた母親と和解できたOLさんがいたり・・・・ 実証例は多すぎて書ききれません。 心と身体の不調和をストレスを与えず、自然なリズムで変更が出来てくると、見事に心身のバランスを取り戻します。 巷で起きている少年たちの悲惨な事件の原因として、彼らが日常食べている食事内容が大きく関係していると私は確信しています。 根拠となるデータも世界各地で次々と発表されています。 私自身が、サロン現場を通して、この目で見てきた日本女性2,000人の変化データ(北海道から九州まで)が、私の拠り所です。 女を変えること、女たちに食事の意味を伝え続けること、そして毎日の食行動を正しく実践していけるような生理機能に変化してもらうことが、私のやりたいことだと気付かせていただきました。 平成7年(実際には平成6年夏から、不思議の世界に足をかけてしまいましたが)11月だったでしょうか、意味不明で摩訶不思議な人、T・H氏との出逢いから自然時間への本格的な旅が始まり、2年前のある朝、「浜ちゃん、面白い所があるから出ておいでよ。」の言葉で、何も考えずフラフラと出かけたのがメキキ朝食会でした。 心に小さな火を燈してくださったT・H氏及びメキキの皆様に、この場を借りて感謝の言葉をお伝えします。 「T・H氏、そしてメキキ本部の皆様、メキキ朝食会にご参集されている多くの会員の皆様、本当にありがとうございます。」 やりたいことがはっきりと形をとってきましたので、これからはこの小さな火を少しずつ大きな火に育てていき、野火のように自然風の後押しを受けながら、関東地区に、そして日本全土に心身のバランスがとれた愛の地球人家族を創造していきます。 「日本が変われば、世界が変わる」と言われているようですので、世界が変わっていけば地球が変わっていくでしょう。 第四話はちょっと趣向を変えて「麺」について語ります。 1998.8.1記 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 上記の記述に少したじろいでいます。 こんなことをおおっぴらに書いて置きながら、お恥ずかしい成り行きです。 希望者がいれば、個人的なアドバイスやカウンセラー養成を実践してはいましたが、業界の金儲け中心の固定観念はびくともせず、その当時私はひとりで空回りをしていました。 それよりも私の理解の範疇を遥かに超えた人たちが毎日のように我が家を訪ねて来られるので、そのことに振り回され、目を白黒させており、「女が変われば、地球が変わる」本格的な活動を開始できる状態ではなかったのです。 亡くなった夫と私の通訳をしてくれる人、快晴の空の下、台風を起こす人、雷を自分の意志で起こす人、私の何万回にも及ぶ過去生を教えてくれる人、窓を開けて龍神を手招きで呼んでしまう人、強い風を巻き起こす人、多くの神様(?)からのメッセージを伝えてくれる人、未確認飛行物体を何千機も我が家のベランダ上空に集めてしまう人、地震を予知し止めてしまう人・・・・・ いちいち驚いている暇なんかありません。 我が家で霊能者(?)通しの宇宙戦争なるものを始めた人もいらっしゃいました。 台所で食事の支度をしているときのことで、彼らのエネルギー戦争(?)の巻き添えを喰い、吐きそうになったことを覚えています。 ともかく毎日がSF超大作の映画館に招待されているような状態でしたので、私の「女が変われば地球が変わる」ための実践活動は焼け石に水の状態になってしまいました。 そうこうしているうちに彼らとの旅がスタートし、目の前で現実に起きてくる不思議現象とそれまでに教え込まれ信じていた私の常識との折り合いをどうつけるかが重要課題となり、意識の変容という流れのなかで、何が真実かを知るためにただじっと観察者に徹し続けることにしたのです。 ~~~~~~~~~~~~~~~ 多くの人たちとの出会いから、自分でも訳がわからないままに住まいを転々と移動し続けていましたねぇ^^; それらも、今想えば必要だったからだと納得しています。 江戸川区西葛西→新小岩→神奈川県麻生区王禅寺→目黒区目黒駅近く→八王子市狭間町→岐阜県中津川市そして現在小豆島に到着?しています。 移転する毎に、わたしの価値観は本来に戻っていったように感じます。 曲がりなりにも無農薬農業の実践も始まり、「女が変われば 地球が変わる」というテーマに取り組んでいることに気づきます。 女性の解放は、陰エネルギーの解放でもありますし、共存・共生・助け合い・分かち合いという宇宙の自然法への回帰でもあると思っています。 宇宙・全体と調和した当たり前の暮らしを「衣・食・住」という基本的なところから見直していきたいと思っています。 そのことに気づくために、小豆島にやってきたのかもしれませんね^^ 瀬戸内海の小さな島だからこそ、時間はのびやかに流れ、人も自然であることが理屈を超えて心に浸みこんでくるのです。 宇宙という大海と融合して、わたしの主はわたしであることも浸透してきている現在、自己を知り、自由人としてさらに飛翔しようと感じています。 ありがたき人生に感謝です。
2009.05.11
コメント(0)

長期の出張で気になっていた畑^^;天候に恵まれ、すくすくと成長をしてくれています♪あはは~、畑の整備や収穫などなど仕事の合間に毎日野良仕事^^汗びっしょりになって、また身体が締まってきそう^^収穫の悦び+プロポーション作り♪一挙両得~価千金(^^)v大変だけど、収穫、プロポーション、宇宙意識、家計・・・・無農薬農がもたらしてくれる効果は、測り知れません♪できるところから、はじめませんか~♪小豆島は昨日、今日とても天候に恵まれ畑作業を満喫しています^^大好きなルッコラと春菊~♪毎日、その利用法を発明?して美味しくいただいています^^左が花をつけてしまったルッコラ、右は2回目の春菊念願のジャガイモ、男爵とキタアカリです。花が付きはじめていますので、楽しみ~^^ジャガイモって料理のレパートリーが多くて美味しいし、収穫できる日が待ち遠しいい^^手前から3列の畝、すべてジャガイモ(男爵と北アカリ)です^^収穫間近になってきた空豆、冬越しをどうすればいいのか途方に暮れていたらブログ仲間の佐依さんからモミガラを巻けば大丈夫というアドヴァイスをいただき、その通りにしてみたら、立派に実をつけてくれました♪今夜ゆでて食べてみました。皮がとても柔らかく美味しかった(^^)/野菜作りのために、地面に植えていたハーブ関係を順次鉢植えに変更しています。ハーブって、巨大になり過ぎるので、成長制限しなければ日常野菜が作れなくなりそうなので・・・・えぞネギの花、可愛いですよねぇ~右隣に繁茂しているのはSTジョーンズワートです^^セージの花も始めてみました。うふふっ、近々セージの葉、タイムの葉、黒粒コショウ、ミンチで自家製ソーセージを作ってみようと思っています♪余ったら冷凍して、スモークしても面白そう~^^タイムは乾燥させて、調味料やお茶などに使ってみようと~♪あはは~、写真は撮らなかったけれど、自家製全身シャンプーの原料としてのソープワートも元気で成長してくれています(^^)これから植える予定の種や苗も準備万端、整っています^^自給生活が、少しずつですが形を持ち始めてくれていますので、嬉しくて~♪無農薬の宇宙農法?(爆)楽しいですよぉ~(^^)/そうそう、2月に自己流で剪定したオリーブの木・・・どうなることかと思っていたら、もう嬉しくて~♪出張から帰ってきたら、すべての枝に花芽がそれこそ「鈴成り」状態でついていました^^去年の5月末に越してきて以来、まったく花を見ることはなく、実も1個付いただけでした^^;今年は期待できそうで、もうルンルン♪ワクワク♪ありがたいですねぇ~幸せすぎて、ハート全開、鼻歌うたいながらの農作業で~す^^自然に戻りましょう♪
2009.05.10
コメント(0)
Sさん、長い出張でお返事を書くことができなくて、ごめんなさいね^^; 一応ノートパソコンは持って出かけるのですが、簡単な内容のやりとりくらいしかできないのです。 出張中や旅の間は、目の前に起きてくる事象に意識も心も集中してしまいますので、それ以外のことには意識をまわすことができません。 真剣に応えるためには、完全集中できる自宅に居るときだけになってしまいます。 約10日間、お待たせしてしまいました^^; 『いつも、太陽のような無条件の愛、感謝します。 こんな無条件の愛、家族ですね。 ありがとうございます、たあこ姉さん! *あはは~、たあこ姉さんですか^^; まぁ、たあこオバアと言われるより気分はいいかも~^^* 求めることから始まった三次元世界の不自由さを楽しむゲームもそろそろ終わりのようです。 天上界のお約束 最初から読み直して、言葉を理解していないことに気づきました。 瞑想をしてさえ、次々と浮かぶ思考に「いけない、いけない」の繰り返し。 これが最も大きな障害でした。 自分は以前サラリーマンとして働くことで人の目を気にする自我の思考パターンを強固に刷り込んでしまった様です。 いま思えば、その強固なすり込みを引っぺがす快感のために・・・(笑) *そうですね^^ どんなに素晴らしく聖なるイメージであろうと、つらく苦しいビジョンであろうと、それらはすべて消えさるものです。 歓びすぎも悲しみ過ぎも苦しみ過ぎも、すべてストレスになっていきます。 ストレス(過緊張)は、本人の波動を落としていくだけでのことと気づいてくださいませ^^ 瞑想を通して変化しない絶対界に向かうためには、変化する意識や感情にとらわれないようにしてくださいませ。 雑念に気づいたら、すぐに呼吸に意識を戻してくださればいいだけです^^* 「天上界からのお約束」の最初から、言われているのに・・・ 瞑想により、思考が描き出す幻は、手放すものだったんですね。 思考が描き出す幻を、否定し続けていたようです。 思考は手放すものを教えてくれている。 それをありがたく受け流していく。 ひとつひとつ受け流し、心の空間を、「空」の間を広げていく。 頭で否定し自我へエネルギーを与えるのではなく、これが自我なんだとただ眺める、心で見つめると無視された自我はエネルギーを得られずしぼんでいきます。 じつは、事故の経緯は唯一面識がある弁護士の先生に相談しようとまとめたものでした。ところが、自分のいま一番情けない部分を表現してみようと思い立ち、先にたあこ姉さんにメールで送ってしまいました。 ネガティブエネルギー満載のメールをこのような状況に至って送ってしまう自分にあいそをつされるのではないかという怖れも正直ありました。(笑) (けど、そのあと返ってきたのは太陽のような愛・・・参りました!) *あはは~、あのメールには少々驚きましたよ^^; 伝えたいという気持はよくわかりますので、そこにコメントを入れようとかとも思いましたが、やめました。 その部分のすべてを抹消させていただきました。 そこに意識を向け続けては、自由への扉は開かないからです。 見える(変化し続ける)世界を洗脳された価値観のままに自己正義を主張することでは、本質的な解決にはつながらない。 目指していることは、誰にも拘束されることなく、真我とともに生きることだと思いますので、気づいていただくために2年前に書いた「風に恋して~自由人への応援歌」を読んでいただきたいと思ったのです。 そこに書いた経験を通して、今日のわたしが存在しているからです。 そうそう、実はPC関係のサポートをしてくださっているMさんが、「風に恋して~自由人への応援歌」を古い順に編集し、HPのエッセイ欄にアップしてくださいました^^ 今後は、引き続きそちらを読んでくださると嬉しいです^^* メールを送った後、心の変化がありました。 いままで目を背けていた事故の経緯を整理してたあこさんに送った後、弁護士の先生に送るのはどうでも良くなってしまったのです。 文章にしてまとめてみることで、怒りを感じている自分を客観的に感じることができ、弁護士先生に送る必要性を感じなくなったんです。 欠乏への怖れや怒りこそ自我そのもの。 それが自我と判ったとき、不要なものであると。 元々欠乏など無い。 光のように空気のように。 光と空が自分を通じ、自分のまわりのすべてを生み出している。 自我さえ手放せば、自我と引き替えに、自分の中にすべてを生み出す創造エネルギーである「空」を満たしていけば、あるポイント、臨界点で、癒しと喜びに満ちたすべてが創造される。 「あれが欲しい、これが欲しい、こうなりたい。」それこそが手放すもの。 このパラドックスが、支配のために隠されたトリックだったようです。 *その通りです^^ 素晴らしい学習をなさいましたね^^ 多くの人は、そこへほとんど行きつくことができません。 そう、自己の内なる真我(=神)を確信できるなら、必要なものはそれがお金であろうと物であろうと人であろうと、手元に届いてきます。 神の絶対力が行使されます。 とても生意気なことを言っているようですが、少なくともわたしの胎からの意識が変わるにつれて、必要なコトも物も予測していない方面から届いてきています。 それは、事実です。 それが宇宙の仕組み(=霊止の仕組み)だと、今ではわかります。* すべてを創造するために必要な「空」の気(波動)、その現象化「色」を楽しむための光、 空気と太陽、なんだ、すべてを創造する源は、宇宙の無償の愛によって無限に与えられているのか。 要求するのではなく、ただ楽しくくつろぎ満たされた思いを乗せて委ねる。 楽しく豊かで安らいでいる。 「決心」とは苦しみに立ち向かうことではなく、無償の愛を信じ「空」となること。 *あはは~、すご~~~い! そうなんです! 自己の真我を認め、宇宙の法の下にぶれない心(ゼロ)で暮らし始めるなら、思いは形を表してくれるでしょう。 奇麗事を言うつもりはありませんが、宇宙には愛しかないと日々感じています。 自己の価値観や慾心によって、事象をゆがめて受け取っているだけでのことです。 思考ではなく、直感で必要な情報は日々もたらされてきます。 どうぞ直感を大切にしてくださいませ^^* あの、ちぃさんのすばらしいサンキャッチャーのように、色の付いたクリスタルはひとつひとつの光の美しさを表し、そして自分の中を無色透明にしたときに、最も美しいすべての神の色が現れる。 自分の中の「対称性の破れ」をふさぐのもまもなくだと思います。 間も無く・・・時間は幻ですから。 *うふふっ、楽しみです。* と、まあこんな感じで、たあこ姉さんからのメッセージのおかげで変化は劇的に加速してますよ! (その割にメッセージのレスは加速してませんが・・・・^^;) だから・・・・・・見捨てないでくださいね! (なんて、まだ怖れてたりして・・・・) S *インラケチ(あなたは もうひとりの わたしです) 世界中の人が目覚めなければ、わたしの幸せは完成しません。 なぜなら、人類は宇宙を構成する細胞だから~^^ どの細胞が苦しんでいても、全体である宇宙に平安はありません。 幸せを完成させることができないのです。 我即宇宙也~宇宙即我也 Sさんの自由と愛を周囲に広げてくださいませ~^^*』 お返事、遅くなってごめんなさいね^^;
2009.05.09
コメント(0)
マイミクの冨田さんが紹介されていた上記の本がなぜか気にかかり、読んでみました。これまで「老子」という言葉は不可解と同意語のような印象があり、避けていたのです。5次元文庫で629円Eという買いやすさにひかれたのかも~^^;『中国雲南省の山岳地帯、老子の母の故郷とされる秘境を訪れた筆者は、そこで古代より秘蔵されている驚くべき資料、原版の老子書を手渡される。その地には、隠された老子の教え<聖なる性の秘儀>を純粋に継承し、生命の悦びに満ち溢れた人々の姿があった。世界で初めて明かされる老子書の全貌と、超意識へと覚醒した人々を追った衝撃のノンフィクション!原版の老子書/全訳付き』と書かれていました。小豆島に居る時は、暮らしを楽しく営むことで目いっぱいの状態ですから、読書は日々の暮らしから解放された出張中だけなんです。今回の8泊9日の旅の友として、この「タオコード」を持ってでかけたのです。悟りたいとか、宇宙と溶け合いたいとか、自己の本質と共に覚醒して暮らしたいとお考えの皆様や現在のイノチに不満を持っていらしゃる方々、皆様にお勧めします♪これを読んでいる間、本からのエネルギーに包まれて場のエネルギーが変わっていきましたし、その秘境での筆者の経験がまざまざと伝わってきて、まるで自分が直接経験しているかのように感じました。テーマは男女の性であり、恍惚(エクスタシー)が、陰陽融合の統一場の疑似体験であるように書かれています。あはは~、わたしは2年前にX氏から突然送られてきたコーンミューアをはじめとするヒーリンググッズをそばにおいているだけで、約2か月間寝ても覚めても四六時中継続するエクスタシーを経験し、自分の身体が宇宙となり、その中で地の龍と天の龍が交合!天地の龍の恍惚(エクスタシー)がわたしの中で炸裂したことなどを思い出していました。当時の経験は日記として『心身の機能が本来の姿に還っていく?!(1)(2007/06/05)』から『女であったことを知る旅―1(2007/06/06)』へと変化し、『源への旅―4(女であったことを知る旅―3の続き)(2007/07/01)』へと続いていきました。興味がある方は、2年前の日記になりますが、お読みくださいませ。男女の性によるエクスタシーと自然と一体になることで経験するエクスタシー、瞑想で誘われる至福(エクスタシー)は、それぞれに異なっていて厳密には似て非なるものですが、そのどれも頑強な自我が消え、宇宙そのものである存在(ただ在るだけ)を識ることができますし、『我は「それ」なり 汝は「それ」なり これすべては「それ」なり ただ「それ」あるのみ ほかはみなあることなし』を直覚知できるように感じます。人生が惨めで、つまらないものだと思っていらっしゃる方でも、本人の意識が変われば、人生ほど素晴らしい経験はないと思っていただけるようになると思っています。この本に書かれた秘境での暮らし(ノンフィクション)を、疑似体験してみませんか?今回の旅が、深い海の底にいるような静かな至福に包まれていたのは、もしかしたらこの本が放射してくれる調和エネルギーのお陰なのかもしれません^^
2009.05.08
コメント(2)
何から書けば、どのようにお話すれば豊かさと穏やかさに染まった9日間をお伝えできるでしょう? 4月28日、小豆島福田港から午前7時50分スタートして、青梅の繭蔵に到着したのは午後5時ころだったでしょうか? 自分に割り当てられたブースの設営をしている時、うさぶろうさんが顔を出されました。 他愛ない会話をしている時、これまで全く興味を示されたことがなかったのに、BEPを見つめられその説明を求めてこられました。 簡単にお話をさせていただくと、 「4本埋めればいいんだね。新しい家に越すことになったから、これ4本買うよ。宿泊しているホテルの僕の部屋あてに送ってくれる?」と・・・・ かぐや姫も首にかけてくださいました。 「BEPを1本、今晩一晩貸してくれる? 友人に見せたいから~」 翌日29日はライブ&ファッションショー開催のため、そのリハーサルで忙しい最中での出来事でした。 こんな予期せぬ出来事から9日間の出張スケジュールは始まって行きました^^ タイの大地にBEPが4本埋設される! もうそれだけで、嬉しくて~♪ 日本各地に埋設したいと願っていますが、地球の全域に埋設できたらなぁと心ひそかに願っていますので、うさぶろうさんに心から感謝しました。 まだほんの一部でしかありませんが、ヴィジョンは大きく広がっていきます^^ うさと展の主催者、マジンさんの様子がどうもおかしく、何かとっても辛い状況に入っていらっしゃる様子が気になっていました。 そこで、グラウンディングかぐや姫をお渡しし、ハートチャクラより下になるように紐を調節し、かけてもらい、わたしの個人使用として持参していた醗酵水「精霊のハーモニー」を飲んでいただきました。 変化は即座に現われました。 冷え切っていた体温が上昇し、身体が軽くなって来られたようで、ボランティアサポーターのゆりねえさんは、彼にキネシオロジーの施術をさせていただくことに~^^ それからというもの、彼の顔つきが穏やかになり、目が変わり、動きが変わり、別人のようにクリーンなエネルギーを放射してくださるようになりました^^ 彼の奥さまも同様かなり疲れていらっしゃるようでしたので、超意識かぐや姫を喉の近くにかけていただき、同じく「精霊のハーモニー」を飲んでいただくと、 「うわぁ~、これ何? 脳の内部が熱くなって何かが動いているぅ~! 重かった頭が軽くなってきたわ~」と大喜び♪ その後、驚くほどの排泄も続いたとのことで、身体も心も軽くなったと感謝されました^^ ゆりねえさんのマジンさんに対するアドヴァイスを聞いていると、・・・・ 依然とくらべものにならないくらい的を射ているし、言葉にブレがなく、確かなエネルギーを感じられ、自信にあふれている^^ 良かった♪ ここ5年くらい苦しみ続け、迷い続けていた彼女のイノチの軸が本来の位置に戻ったことを受け止め、嬉しくて~♪ 何の根拠もないけれど、「5月から蘇生の風が大きく周囲を包み込み、思いの実現が速やかに進んでいく」と感じていた通りのシナリオが展開していく様子に、ただただ宇宙に感謝する。 「本当の自分に戻っていく」人たちを見ていられることが、嬉しくて~♪ 下高井戸の本應寺に会いに来てくださった人たちも、再度青梅まで足を運んでくださり、楽しい会話が弾んでいく^^ 大きなエネルギーの持ち主が、わたしの前に座られた。 「あなたに会いに車で3時間の距離をやってきました。」と言われた体躯の立派な青年は「悟りを開きたい。悟れない人生がいやなんです。このまま死んだら、人生に意味などないし、二度と人間になんかなりたくない。 多くの精神世界系の本も読みましたが、何をやっても駄目なんです。 どうしたらいいのでしょう?」 青年医師の言葉は空回りを続けている。 悟りは、言葉をどれほど並べてもわかるはずもなく、「決意」して具体的にあらゆる執着を手放しつつ瞑想を続け、自己の神経系を精妙にしていくことで絶対界(統一場)を体験するしかない。 どんな言葉も、虚しく消えていく。 残念ながら、まだその準備はできていらっしゃらない様子。 はやる心が自我だと識ってほしくて「自我」の正体を見据えるために、感情と一体にならないで、自分の変化し続ける心や感情を冷静に観察し続けることから始めてくださいとお伝えしておいた。 まっすぐな心で真面目な青年医師との再会を楽しみにしている。 穏やかで豊かな1週間でした。 自分の心が海の底にくつろいでいるかのような静かな開放感に浸っていました。 そんな最終日、終了時間間際にやって来られた若夫婦^^ 3か月くらいの赤ちゃんを抱いていらっしゃいます。 お母さんの首にベーシックかぐや姫をかけていただきました。 御夫婦といろいろお話をしている時、その赤ちゃんが明確な意図を持ってミューアに両手を出し、前に前にと身体を押し出してきます。 「これ? これが欲しいの?」とコイルミニを持って赤ちゃんに聞いてみたら、手足をばたつかせ、嬉しそうに笑ってくれます。 「それ、なんですか?」と若いお父さんがコイルミニを手に取ります。 赤ちゃんにはわかっても、お父さんにはわからない。 「この子はね、わたしの左のおっぱいをどうしても飲んでくれないのです。」とお母さん。 ベーシックかぐや姫が心地よいとしばらくかけていらっしゃいました。 いったん外へ出られたのですが、「もうおしまいですか?」と戻ってこられ、「始めてこの子が左のおっぱいを飲んでくれました^^」と感動した声で報告をしてくださいました。 赤ゃんは敏感ですから、お母さんの体の変化がわかったのでしょう♪ ベーシックかぐや姫が、お母さんの体内エネルギーを調和に向かわせてくれたようです。 展示会場1階のレストランに来られた流れで2階に上がって来られたようで、かぐや姫をその場で購入する予算がなさそうでしたので、赤ちゃんが喜んでおっぱいを飲んでくれるよう、お母さんにコイルミニの使い方を教えて差し上げました^^ 7月にまたここ繭蔵にきますので、お話をしに赤ちゃんとご一緒に来てくださいなとお伝えしてお別れしました。 うさと展示販売会に参加させていただき、回を重ねるにつれわたしの心は深く深く静けさを増していくようで、お目にかかる人がどの人も素敵なんです。 うさぶろうさんのエネルギーに共振される人たちですから、みなさん穏やかで豊かな笑顔の方たちばかり♪ そんな素敵な人たちとの出逢いが嬉しくて~^^ 人ってやっぱり素晴らしい! 宇宙が奏でる慈愛のシンフォニーが聞こえてくるような8泊9日の旅に感謝しています。 見えるもの、見えないものそのすべてに感謝♪
2009.05.07
コメント(2)
全24件 (24件中 1-24件目)
1