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雨ふりが続いています。 そんな日は、お部屋から畑を何度も見つめてしまいます^^ 畑に出たい心を持て余しながら、静まりかえった内側の観察^^ よし、掃除をしよう~♪ 必要なものだけを残し、可能な限り身辺をクリアにしていこう♪ 燃えるゴミ、燃えないゴミを入れる袋を用意し、一つ一つ未練を断ち切って捨てる作業をしつつ、気になっていた箇所の拭き掃除^^ 雑然としていた仕事部屋に少し光が入ってきたかなぁ~♪ パー歴10数年になってくると、パーの質も変化してくる^^; どうやらぼちぼち左脳も使いなさいよと促されているようで、何度目かの自己変容の季節?(笑) あはは~、行きつ戻りつ階段を昇っていくような意識の観察を楽しんでいる。 人って、人生って面白いね^^ 意識の変化は生き方の変化~♪ 歩いてきた道を振り返ってみても、そこには新しいものなどなく未練もない。 必要な意識は、今日の身体が知っている。 ただその時々に多くの感動を体験させてもらった感謝の道~ありがとうね^^ 昨日、雨の中、どうしても薬草を採取したくなって、千草さんに頼んで車をだしてもらう。 誰もいない山道を雲を突き抜け、白い靄の中を昇っていく。 そこは植物と鳥たちの世界・・・ 静けさの中で目的の薬草と対面する。 あはは~、ワガママなわたしにつきあって千草さんも濡れて滑りやすい斜面での薬草採取を手伝ってくれる^^ ありがたいパートナー♪ 明日も雨・・・らしい・・・・ そうだ! 明日は身体の大掃除をしよう~♪ 久しぶりに大好きな温泉に浸かって半覚半睡の瞑想三昧を楽しもう^^ ぴっかぴかの新生たあこになれるかなぁ~(爆)
2009.06.30
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わたしが日常作る食事は、どちらかというと日本のオッカア料理、根菜類の煮物が中心なんです。 それが、自家栽培の野菜がたくさん登場することになって、毎日のことでもあり、レシピの枠を広げる必要性がでてきました。 今日は、オリーブ公園において、ハーブシードをふんだんに使ったピクルス液作りに出かけてきました。 ハーブシードとしてはコリアンダー、クミン、キャラウェイ、ディル、セロリなどを使用したピクルス液、かなりいけました^^ 無料の講習会だというのに、素材やビン、調味料、パッケージ用のラベルに至るまですべて用意してくださっており、驚きました^^ 野菜ピクルスとカレーピクルスの2種類楽しみながら創らせていただいた上に、持ち帰り用まで揃って無料だったのです。 冷蔵庫に入れて3日後くらいから1週間以内に食べきってくださいとのこと~♪ その流れで、今夜のメニューは、ラタテゥーユに決定♪ ズッキーニ、タマネギ、ナス、トマト、オクラ、ニンニク、パセリ、バジル、オリーブ油 そして少量の塩・・・・ 実は初めてのトライだったのですが・・・・ メチャンコ旨い!!! 千草さんも驚いていました。 スーパーで買った野菜だとこんな旨味は出ないですよと~^^ あはは~、使用野菜は、すべて自家栽培&産直マーケットからのものです。 それからミクトモのkawausotyanからのアドヴァイスもあり、収穫したばかりのキタアカリを蒸かし、ハーブソルト(自家製―ローズマリー、タイム、オレガノなど・・・)で食べてみました。 不思議なんですが、小さめのジャガイモを2個食べたら、もう満腹感一杯でご飯に手が出ない・・・・ 残り物のおかずとして八竹とわかめの煮物、ナスの甘辛煮、あさりとしょうがの佃煮、キューリとセロリ、大葉、昆布、タカノツメなどで作った漬物など・・・・ 結局食べきれないまま~^^; なんだかハーブに俄然興味がわいてきました^^ 野菜の美味しさが心身に沁み渡ってくるようなんです♪ あはは~、オリジナルハーブソルト作りにはまっていきそうで~^^; 今日は、マジョラムなどハーブの苗を買ってしまいましたし、お土産として、ピクルス作りに使用した5種類のハーブシードもいただいてきましたし~♪ いやぁ~~~^^ 人生、大きく変わっていきそうですよ♪
2009.06.28
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スタートが遅かったのですが、初めてのじゃがいもを昨日収穫いたしました^^ ちゃんと出来ているのかなぁ? 恐る恐るの掘り出しです^^; 初めてづくしにしては、大満足です♪ およそ25KGくらいの収量でした^^ あはは~、これで6か月?くらいはじゃがいもを購入しなくても良さそうです^^ 男爵とキタアカリの2種類です。 昨夜はさっそくポテトサラダを大量に作ってしまいました(笑) ダンボールに入れて、涼しい場所に保管です。 このところ、キューリ、ナス、ピーマンは毎日収穫しており、食事作り担当としては飽きないで食べ続けられるよう、新たなレシピ作りに追われていますよ^^ 枝豆も可愛い花が咲いてきましたし、保存食作りや野菜の保管場所つくりなど嬉しい忙しさです^^ 農家の豊かさに酔いしれ?ながらも、農家の主婦って本当に「おかみ(神)さん」なんだなぁ~と背中や腰の痛みをなだめておりますよ^^ これからが収穫本番に向かっていきそうですし(カブ、ししとう、オクラ、サニーレタス、とうもろこし、トマト・・・・・大根の葉やキャベツも順調に成長してくれていますよ)、ジャガイモの収穫跡地も再度作りなおし、そこにはいつ、何を植えようとか楽しい思いにワクワクしています^^ 大地と共に生きる暮らしって、心身健康への道ですね^^ 畑作業に没頭している時には、無になって雑念など消えていますし、自然界のあらゆる意識やイノチさんたちに感謝あるのみ~♪ 生きることは、とってもシンプルなんだと気付かせてもらっています^^
2009.06.27
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≪風に恋して~自由人への応援歌(21)≫ 「恐れからの自由(5)~あるがままの自分を愛しましょう^^」 あはは~、ごめんなさい^^; この文章は4~5行のみで、書きかけのままに終わっていました(><) そしてその4~5行も、貼り付けようとしていたら操作ミスで消えてしまいました^^; 過去の記録ではなく、今日現在の意識を書きなさいということなのでしょうか? これまでわたしが実際に経験しながら分かってきたことを拙い文章ながらご紹介してきました。 それが正しいとか間違っているとか言うつもりは毛頭ありませんので、読まれた方の感じるままに受け入れてみるなり、捨てるなりご自由になさってくださいませ^^ わたし自身に関して言えば、日々生きている時空が上昇していくようで、今では感じること、想うことは実現してきます。 時には、想ったことがすぐには実現しないこともあります。 そんな時には、自我意識によって強行しようとはせず、天の意思にお任せし、意識は静かに待つというスタンスに入ってしまうようです。 自己を空にして待機・観察していますと、タイミングをはかってくれているように感じます。 必要な「時機」に、それは表れてくるようです。 起きてくることの意味が、その時にはわからなくても、後になって唐突に意味がわかる瞬間がやってきます。 外なる世界(自己意識が投影しているスクリーン)で何が起きようとも、自己(真なる我)を信じ、自己(真なる我)を愛していれば、五感が引きだす心(感情)という暴れ馬は暴走することなく、御者(真なる我)の意図に従い、馬車(我の全体)を粛粛と進行方向に運んでくれるように感じています。 それゆえ不安、不信、怖れ、ねたみなど自己を傷つける心(感情)とは無縁に暮らしていけるようになってきました。 心を傷つけるのは、どこまでも自我のなせる技と知ったことは、とても大きかったと思います。 本来人は豊かで健康的に暮らせる仕組みを内に持っています。 そこに還っていくのは、自己を信じ、自己を100%愛せるように本当の自己へ還っていけばいいだけなんだと思います。 人は神の社・・・ 人は宇宙・・・ 人は自然・・・ すべてを創造するのは意識です。 普遍意識という名の風になって、至福の暮らしを創造し経験し続けていきたいものです♪
2009.06.22
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奥の崖側から手前に向けて地面を傾斜させています。水の流れを作るためです^^やっと完成に近付いてきました。 毎日、ジャガイモや、きゅーり、ピーマン、ナスなど順次収穫できるようになり、その美味しさに新たなる感動をしています。 自然の味に感謝あるのみ~♪ 土表面だけの草抜きをしていたのでは、あっという間に元の木阿弥・・・・ まるで賽ノ河原だねぇ~^^;と気がつき、30坪の畑全面に鍬を入れ、根っこお越しを可能な部分まで(どこまでも深く伸び続けている太い根もあり、その元にたどり着けないものもあります^^;)徹底的に掘り返しながらの新たな畝作りをしていたのです。 これまでは大地の中を観察し続けてきましたよ^^ 名前も形もわからない多くのイノチと遭遇しながら・・・・ なんとなく終りの流れが見えてきた昨日あたりから、視線がやっと空間に向かい始めました。 太陽や風を遮っている樹木の張り出している枝たちの存在に気づきます。 そこで早速今朝から枝落としの開始です^^ 樹木用の枝切り鋏と鋸を使い、太陽の道、風の道作りです。 枝落としをしながら、「わたしって、結構逞しくなってきたなぁ~^^」と笑みがこぼれます。 1年前にも、3か月前にも自らの意識でこんなことまでやるなんて想像だにしていませんでした。 目前の事象に集中しすぎてしまい、全体を見ることができないという自分の性向に気づきます。 「憧れ」であった自然農への道は、どうやら「自然人」への道でもあったようです。 畑作業を通じて、自然界(環境)全体への視線を養ってくれるようですし、誰から教えられるということではなく、自然及び内からの気づきによってこれまで経験したことのない行動を取っていく自己の変容を嬉しく観察しています。 今や自然農は「憧れ」でなく、「生活」そのものなってきました^^ 意識しなくても体中の筋肉を使って、全身汗まみれになり行動していますので、これまでの生き方では使用していなかった身体機能の甦りもあるようで、各種体内不純物排泄も順調に進んでいるようです。 申し分のない充実した暮らしから受け取るものは、以前のビジネス一直線時代とは全く質が異なっており、心身共に豊かで、不安も不満も消えています♪ 生かされて活きる、全体調和を視野に入れて自然と共に暮らす生き方は、自然そのもののようで自然の中に溶け込んでいき、自分の姿形さえ透明になっていくかのように感じられます^^
2009.06.21
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~~~~~~~~~~~~ グラウンディングのお話、読みました。 ほほぉなるほどと思いました、自分では全然言葉がでてこないので。 なんというか、げらげら笑っちゃう機会が増えたという感じです(爆) それで・・・よかったら、そのうち、日記に書いていただきたいのですが・・・ 岐阜や小豆島に納めた?BEPの影響はどんな感じですか? そういえば、最近BEPのお話がないなぁと思いつつ、nazoKさんのブログをみたら、一年位前にたくさん納めていたことを知りました。 私もまずは、自分が住んでいるアパートに一本いれたいのですが。 ちょっと考え中です~(^^;) ではではよろしくお願いします、っというか、またご連絡いたします。 (^o^)ノ ~~~~~~~~~~~~~~ あはは~、良かったですね^^ げらげら笑える機会が増えたということは、外の出来事への構えやこだわりが消えてきて、「素」の無垢な自己が表面化してきているということかもしれませんね♪ なにせ、笑えるって自分を受け入れてきていることだと感じます♪ BEPの件、そう言われればそうですね^^ 必要があれば、継続しますよ^^ (とは言え、埋設にボランティアで出かけていくには、移動費用がかなりかかってしまいますので、意識に大きく響かないと出かけていけない経済環境も・・・あるのです^^;) BEPの体験談は、てんみくろんのHP http://ten-micron.web.infoseek.co.jp/bepvoice.html で、見ることができますし、 mixiのミューア愛用者の会のBEP体験談のコーナーでも見ることができますよ^^ http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=36074028&comm_id=3753752 小豆島内は、移動経費がかかりませんので、タイミングに合わせて埋設は続けていますよ^^ 小豆島はもともとエネルギーの安定した場のように感じていますので、埋設したからと言って極端な影響はありませんが、自然がとても優しく返礼の表情を見せてくれます。 内なるわたしの意識が自然からのメッセージを黙示された現象のままに静かに受け取っています。 それは言葉に変換し難いのです。 ごめんなさいね^^; うふっ、嫌味に受け取らないでくださいね^^; 最近のわたしは、小豆島と一つって感じになっています^^ わたしが小豆島で、小豆島がわたしって感じかも~^^;(爆) もし、BEPを1本埋設されるとしたら、周囲で最もネガティブなエネルギーを感じられる場所が良いかもしれませんね^^ 可能なら住まわれている敷地全体の4隅に埋設されると、場の全体に結界を張ったようになり、ネガティブエネルギーを寄せ付けなくなり、常に心地よい環境になっていくでしょう^^ あはは~、どちらにせよ埋設行為を実施されたご本人に、素敵な変化が起きてくるようですよ^^ 御検討くださいませ~♪
2009.06.20
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あはは~、わたしの体験なんですけど・・・・^^; わたしのオーラは、すでにお見せしていますように真赤で、でっかいから、これ以上赤に染まる必要はないと思い、グラウンディングかぐや姫は使用していなかったのです。 これまでの経験から感じることは、インナーチャイルドが癒されていない人や精神的に傷つきやすい人、自己不信の強い人などに安定感を与えてくれるようで、そんな報告はいくつかいただいています。 それゆえ、わたしは対象外だと判断し、持ってはいても使用していなかった・・・・ ふと思い立ち各地で開催されるスピマに出展してきたことで、グラウンディングかぐや姫の必要性をかなり強く感じてしまいました。 自分を愛せない、自分を信じられない、どう生きていけばいいのか不安がいっぱい、スピリチュアルという言葉に浮足立っている、頭だけで人生を考えている、何が自我なのかわからない・・・・・ そんな人たちの群れを見て、地に足をつける必要性を強く感じたのです。 地に足をつけるってどういうこと? 人によって、その意識はさまざまです。 そこで、ベースチャクラ群の働きとして考えると無条件の愛を受け取ってこれなかった人たちの多さという考え方にしてみたのです。 人として誕生した頃から、「ここにいて大丈夫!」「家族から全面的に愛されている」という安心感の欠如が時代背景にあるのかもという気付きから、グラウンディングかぐや姫が放射してくれる「無条件の愛」というエネルギーを自分で感じてみようと思い立ち、5月からずっと使用し続けています。 エネルギー的には、こんな感じという説明はできません。 特に何も感じていないのですが、「自分への愛と信頼感が以前よりかなり強烈になり、パワフルになった」ような気がします。 怖いものは何もないですね^^ たとえ天地がひっくり返ろうとも、わたしはわたしを信じ、感じるままに進むだけ・・・ そんな意識が静かに成長し続けています。 ガイアとわたしはひとつのイノチ・・・・ もしかしたらわたしの書くものを読み続けてくださっている人たちの中には、パーたあこの変化を感じていらっしゃる方もいるのではないでしょうか? だって、自分で感じるのですから~^^; 何がどのようにとは言いにくいのですが、天地一体となり、すべてを受け入れる不動の自己を感じています。 無条件の愛というエネルギーに包まれていることによる真我一体、ガイア一体、宇宙一体の中で暮らしています。 かぐや姫のお蔭なのか、畑作業のお陰なのか、自分ではわかりません。 あらゆることは成るべくして成るということを識ってしまいました。 思ったことは、時間差はあるにせよ確実に成就していくようです。 陰陽融合し、ゼロ意識へと誘うベーシックかぐや姫 自己の魂にアクセスし、自己を知る超意識かぐや姫 このふたつをかなり使いこんできましたが、今はただ一つ、グラウンディングかぐや姫のみを使用し続けています。 はっきり言って驚いています。 「無条件の愛」の力に・・・・ 刻々と変化していく自己を感じ続けています。 これが「無条件の愛」の力であり、「ガイア意識」と呼ばれる実態なのかと・・・・ この先、どこまで変化し続けていくのか、楽しみですよ^^ 娘からも驚かれています。 「以前のママからは考えられない!」と。 そうなんです。 自分でも驚いているのですが、行動が著しく変わりました^^ そんな自分を、こよなく愛おしいと感じています(笑) 【スキンレスキュー】が出来上がったのも、偶然とは思えません。 「ガイア意識」のサポートがあればこそのことと感謝しています。 人の状況によって、どのかぐや姫が自己を真我へと導いてくれるのか異なっているのかもしれませんね。 わたしはベーシック→超意識→グラウンディングという流れでしたが、それで良かったのだと納得しています^^ そんな日常の中、今日「グラウンディングかぐや姫」を使っていただいている女性からメールが入ってきました。 思いもかけない切り口のご報告に笑みがでてしまいました^^ 御紹介いたします。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ そうそう、グラウンティングかぐや姫ですが、あのお話の後、おもいっきり、紐を長くしました。 とくにダウジングしてませんが、おへその上辺りがいいなぁ~と思ったので、いまはおへそからみぞおち辺りでつけています。 一週間位したら、湿疹が多くでました(足の水虫も活発化)。 いまは、ほぼ落着いていますが。 よくわからないですが、なんかいい感じです。 (^-^) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ あはは~、わたしもよくはわかりませんが、なんかいい感じですよ^^ 7月23日~26日、予定では青梅の繭蔵でのうさと展に参加します。 タイミングが合う方がいらっしゃいましたら、ぜひ繭蔵にいらしてくださいませ^^ 楽しく豊かに生きていく素晴らしい環境が整ってきています。 大いに語り合いましょう~♪
2009.06.18
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≪風に恋して~自由人への応援歌(20)≫ 「恐れからの自由(4)~自己との対話」 自己観察によって、自分の思考パターンを冷静に観る事が出来るようになったら、次に自己との対話を始めてみませんか? 自分の心の奥底にある本音を導きだすのは、そんなに簡単な事ではないかもしれません。 そこに見出せるのは、本質的な「私を一人にしないで・・・」「私を認めて・・・」「私を愛して・・・」という自己への欠落感から起きる心の飢餓だったり、自分を守るために相手をコントロールしようとする傲慢性であったりするかもしれません。 私が初めて「自己との対話」という言葉を意識したのは、8年前になるでしょうか? その当時15歳だった娘がことごとく私に反発していたのです。 いじめられっこだった娘が自分を守るためだったのでしょうか、その当時流行っていたカラーコンタクトをしたり、化粧をして学校に行ったり、派手な服装をしたりしていました。 母親として娘の幸せを思うがため、娘が何故そのような行動を取るのか娘の心の奥に潜む動機を知ろうともしないで、娘を叱ってしまいます。 聞く耳など持ってくれない娘と私の関係は悪化する一方だったのです。 そんな母娘関係をつぶさに観察していたらしい当時24歳の独身男性、黒ここさんから以下のような言葉を投げられました。 「お母さんは子供の頃、親の言うことを素直に受け入れていたのですか? 親が反対することは一切してこなかったのですか? 自分のやりたいことを我慢し続けていましたか? 理恵さんと同じ年頃の自分を思い出して見ませんか?」 「子供を生んだことも育てたこともないあなたから、そんなことを言われる必要はないわよ!」との反発心がありましたが、同時に少女時代、母を困らせていた自分を思い出してもいました。 「自己との対話をしてみませんか?」 彼がわたしに残していった言葉です。 この言葉に理由は解かりませんが、新鮮な響きを受け取ったのです。 「自己との対話」って何? どうすること? 私が娘を叱るのは、娘に幸せになって欲しいという想いから・・・・・ だ・・・よ・・・ね・・・・・・・ 感情が出てくる毎に「この感情はどこから出てくるの?」という問いかけをしてはいましたが、最初のうちは五感で受け止めている外からの情報に対する自分の価値観の周囲をぐるぐる回っていることしか出来ませんでした。 自己の内にある不動の善悪意識が外からの情報に対し、反射的に判断し、行動しているだけでした。 いつ頃からか覚えていませんが、五感で受け止めたことを自分の価値基準で判断し続けていては状況は何一つ変わらないし、その場を何とかやり過ごしても姿形を変え、何度でも同じような状況が押し寄せてくることに気づくようになりました。 同じジャンルの葛藤が無限に続いていくことに気づかされるようになってきたのです^^; そしてやっと分かってきたように感じます。 自分がしっかりと握りこんでいる善悪の判断や価値観が絶対に正しいとの想いから、それに沿わない意見や行動を一切認めようとしていないこと、聞く耳も持とうとしていない自分の姿がそこに存在しているということに! 娘の私に対する言動は、そっくりそのままに私の言動であり、私は娘を通して自分自身を否定している構図がそこに現れてきているようでした。 「自分の考えが絶対に正しい! だから皆私の言うことに従えば、幸せになれる! 私の言うとおりにしなさい!」 表面に出す言葉は少し違っていても、あるいはそれを意識しているかどうかは別にしても、周囲を自分の価値観の下にコントロールしょうとしている自分の傲慢さが見えてくるようになりました。 自己の価値観を絶対視する言動は、娘のため、あるいはあなたのためと言いながら、相手の考えを聞いてみようとする謙虚さはなく、相手を自分と対等な命として認める尊敬の心もなく、相手を見くびり隷属させようとする圧制者と変わらない自分の姿が二重写しに観えてくるようになったのです。 大は国家間の諍いから、小は家族間(個人的人間関係)の諍いまで、その構図が観えてきます。 世界平和を望みながら、未だに戦争がなくならないのは、ここに原因があるのかもしれないと思うようになりました。 国や社会を憂うなら、その相似象であり縮図である自分の家族や恋人、友人、同僚・・・との相互理解を目指し、その関係性の中に平和、平安が満ちてくるよう自分を変えていくことが先決なのではないでしょうか? その延長線上に地域社会や国があるように感じています。 自分以外の人と向き合う時、相手を信頼し、尊敬し、謙虚に相手が何をどのように考えているのかをよく聴き、自分の意見も高圧的にならないよう注意しながら、冷静な話し合いをすることの大切さを徐々に学んでいきました。 そうは言っても、気づいたからといって俄かには習性は簡単には変わりにくいものです。 何度も反省しながら、徐々に、本当に徐々にしか自分の中の圧制者を手放していけないようです。 それでもその意識を持って行動を続けていると、瞳のもやがはれてきて、視界が清らかに変化してきます。 心が穏やかさをとり戻してきます。 とは言え、まだ今でも修行中っていうところでしょうか? 娘と向き合い、お互いに感情的にならないよう、お互いの思いを出し合い、譲歩できるところは譲歩し、お互いに納得できる方向を選んでいくようしていると、次第にお互いが相手を認め、赦しあい、調和がとれていくようです。 私の具体的な方法は、大きく感情が動いた時が「自己との対話」に入れるチャンスと捉え、感情を少し脇に置き、その感情が何故発生してくるのかを吟味してみる時間を作るようにすることでした。 いつもは外からの情報を五感で捉え、捉えた情報を反射的に(過去の体験から、自我はソレはこういうことだというストーリーを一瞬の内に創りあげています)判断し、快、不快、あるいは中立の感情を発振しているようですから、そこに冷静な観察者の視線を入れ込むようにしたのです。 例えば怒りが出てきた時、「何故私は、この情報に怒りを感じるのだろう・・・」と情報を見ないで、自分の心に隠されている本当の動機を見つけ出すようにしたのです。 そうした思索を繰り返していると、次第に観えてくるものがあります。 「自分の思惑と異なる情報に接した時に、私は反射的に怒りを発振しているようだ。」 ↓ 「それは、自分の思惑が絶対に正しいと決め込んでいたり、状況がどうであろうと、あるいは相手の考えがどうであろうと、自分の欲望を押し通したいと強く望んでいるからのようだ。 相手を自分に従わせたいという自我・我欲がここに存在している。」 ↓ 「私の中に圧制者が居る」 ↓ 「感情の責任は、相手や状況にはなく、自分の中の条件反射的無意識の習性である自我意識にこそある。」 怒りを発振することが心地よいならそれでもいいのですが、私は怒りの感情が出てくると肉体的にも辛くなります。 (血が逆流し、筋肉や内臓器官が硬直、心臓の動機が激しくなり呼吸が乱れる・・・) あはは~、自我によって自己を傷つけていくなんて、なんと愚かなことでしょう。 どんな情報が押し寄せてきても、情報それ自体は中立であり、感情の発信元は自我・我欲であることがわかってくると次第に情報を静かに受容して流すことができるようになってきます。 また五感に振り回され続けていると、そのマイナスエネルギーは体内五臓六腑を駆け巡り、細胞を萎縮させ、体内毒を自ら作り出していく・・・・ それが高じて苦しい細胞の異常変性が形を取り始めていく・・・ 自家中毒による「病気」の発生です。 正に「病は気から」の流れがくっきりと観えてくるのです。 恐れからの自由は、こうした日常の中で発生してくる自分の感情を冷静に観察することで、身につけていくことができるようになります。 「観察者の視線を創る」ことから「自己との対話」を始めてみませんか? もし自分ひとりではなかなかそれが出来ないなら、いつでもあなたのサポートをさせていただきます。 どうぞ高尾までいらしてください。 次回は「恐れからの自由(5)自分を100%愛しましょう」を予定しています。 皆様の心が、常に平安でありますように・・・ 2004.09.26記 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ あはは~^^; 随分出来ている人のようなことを書いていますが、まだまだ学びの途上です^^; それでも意識して観察を続けると言う日常が継続していくことで、5年後の現在のほうがやはり安定していますよ^^ わたしの成長が特に遅いのかもしれませんが、ゆっくりゆっくりとした歩みながらも確実にゼロ(中立)地点に近付いてきていますし、たとえ一瞬ブレても気づきが現れ早くゼロに戻れるようになっています。 どなたの言葉だったのかは覚えていないのですが、 「心は暴れ馬」 「人は五感に翻弄される五頭立ての馬車のようなもの」 「馬の情動に任せていては、馬車は転倒し崖から落ちていく」 「だから馬車には御者がいて、五頭の暴れ馬の手綱を操り、方向性を決めていく」 「その御者とは真我のこと」 「心とは無意識の自我と知れ」 というようなことを言われていました。 観察者の視点とは、御者への道なのかもしれませんね^^
2009.06.17
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≪風に恋して~自由人への応援歌(19)≫ 「恐れからの自由(3)~自己観察」 心を傷つけるのは人から投げかけられる言葉ではなく、それに反応してしまう自分の心なのですから、自分がどのような意識を持って生きているのかを知る必要があるのではないでしょうか? 自分の意識に対する認識を明確にしていく過程で、必要な意識や不要な意識があぶりだされてくるように思います。 少なくとも私は日常の中で、自分の意識を第三者的に観察するという行動を通して、徐々にではあっても幻想である恐れから自由になってきています。 まずは「自己観察」から始めてみませんか? これは人が幸せに生きていくために、とても大切な思考方法です。 算数や国語も大切な学習だとは思いますが、人間として平安な心と共に周囲と調和して生きていくことこそが、それらを上回って大切であり、必要な学習であると思えるようになりました。 調和して生きることが日本の文化であった時代がありました。 それが今では人との差別化や優位性が大切にされ、我欲だけを前面に打ち出して競争に勝つことが人生の目的であるかのような風潮が蔓延してしまいました。 それによって経済的には類を見ないほどの優位性を獲得してきたように見えるかもしれませんが、心は空ろで愛も希望もなく、夢さえ描けないような生活を送り、心身の病に苦しんでいる人たちの群れを切なく観察しています。 人間として心豊かに、自然と調和して生きる本質的なことを学ぶべき学校教育が経済の仕組みに牛耳られてきた歴史の罪を大声で糾弾したい衝動がありますが、そんなことを言ってみても解決にはなりません。 恐れから自由になって本当の自分を取り戻し平穏な生活を実現するためには、他人や社会を変えることより、その社会の構成員である自分を変えていく方が確実ですし、早道だと思っています。 自分を救いたいなら、「自己観察」から始めていきましょう。 「自己観察」と言ってみても、どこから始めればいいのか言葉だけでは難しいですよね。 そこで私が日常生活の中でどのように自己観察をしてきたのかをお伝えしたいと思います。 人によってやり方はいろいろあると思いますので、私のやり方にこだわらないで、ご自分に適した方法があれば、それを採用してもらえればいいと思います。 私がやって来た方法は、これまで慣れ親しんできた自分の通常意識(出来事に対して深く考察することなく、反射的に現れる意識)とは別の意識を創ることでした。 起きてくる出来事に一切の判断(損得や善悪、好・不都合など)を下さないで、ただ冷静に見つめているだけの視線です。 私が最初にイメージしたのは、ドラマを演じている私と、それを見ている視聴者の私の姿でした。 通常意識の私とは、日常生活を演じている役者のような存在だと思ったのです。 役者の私は、全体の流れや私以外の登場人物が心で何を考えているかを知ることが出来ません。 会話によって相手の意向を聞くことはありますが、相手が本心を言葉にしているかどうかなど確かめる術はないのです。 相手の身体を切り開いて心を取り出し、調べることなど出来ないからです。 自分でも心にないこと(その場逃れの言葉やお世辞、へつらい、嘘など)を口にすることがありますので、誰でも似たようなものではないでしょうか。 それゆえ、本当のことなど解かるはずもなく、どこまでも自分の感性、見たり聞いたりする外面的な情報だけで反応してしまい、常に葛藤を持って暮らしてしまうのです。 テレビドラマを見ていても、そのような場面は多く登場していますし、それがあるからドラマが成立するのではないでしょうか? ドラマを見ていて面白いのは、全体が見えるからですよね。 登場人物すべての心の内が解かるから面白いのです。 観察者としての私とは、イメージとしてドラマを楽しんでいる視聴者としての私です。 自分の五感だけによって、その場その場で自分勝手な判断を下している姿は「井の中の蛙、大海を知らず」の如き様相です。 (実際のテレビドラマなど見ていただければ、このことが解かるはずです。) 詳しい話は忘れましたが、こんな物語もあったように記憶しています。 一頭の象の背中にいる蟻、尻尾にぶら下がっている蟻、足元にいる蟻たちが、象とはどのような生き物であるか話し合いました。 蟻たちは自分が知って(?)いる象の姿が絶対に正しいと口々に言い募り、最後には喧嘩になってしまいます。 どの蟻も象の一部分だけの情報しか持っていないのですが、全体が見えない愚かさから本物の象とは似ても似つかない自分だけの幻想の象を創りあげ、それを絶対視してしまいます。 冷静に他の蟻の意見など聞く耳を持ちません。 それぞれが自分の見た象の姿が絶対だと思っていますので、それまでは仲良しだったのに喧嘩別れしてしまいます。 象の全体が見える視線の大切さをご理解いただけるでしょうか? 私たちの通常意識は、蟻の視線のごときものではないでしょうか? 非常に小さな窓でしかない五感だけに頼る生き方から、全体を見つめる意識を持ってみるという生き方は、役者としての私が毎日の生活で感じていく流れを、冷静に見つめているもう一人の視聴者としての私を創造することでした。 役者の私が怒りを持とうと、悲しみにくれようとそれはそれとして一切の判断をしないで、自分をまるで他人を見るように冷静に見続ける意識を失わないようにすることでした。 「私は今怒っている。」 「今悔しがっている。」 「イライラしている。」 ・・・・・ どんな感情でも構いません。 その感情をそのままに変えようとしないで、ただ観察するのです。 この観察者の意識に慣れてきますと、自分の感情が発生してくるパターンが次第に解かってくるようになります。 どんなことに対して自分の心が反応していくのかを顕在意識で知ることが出来るようになってきます。 自分のことは自分が良く知っていると思っているかもしれませんが、それらは表面的な自分の姿(表在意識)でしかなく、本当の姿(深層意識)は意外と知らないものです。 どうぞご自分の本当の姿を見つめてください。 そのための観察者の視点です。 実践していただければ、自ずと見えてくる自己像に気づかれるでしょう。 人間の五感で受け止める感性がいかに狭く、一方的で危ういものであるか、いかに無知で愚かであるかが徐々に分かってきます。 目も耳も口も塞がれているようなものです。 通常(表在)意識とは先程の「蟻と象」の蟻のごとき意識であったことに気づいていくでしょう。 蟻の意識では、毎日発生してくる状況はすべてスクリーン上を流れる実態のない幻想のようなものです。 例えばテレビドラマなどを見ていると、それを疑似体験できるはずです。 ドラマの登場人物は、自分だけの思い込みで不調和を創りだしていきます。 ドラマを見ている視聴者は他の登場人物を含めて全体を見ていますので、不調和の原因が分かりますよね。 実は現実もその通りなのです。 現実生活で主役を演じている視野の小さな自分の意識と全体を客観的に観察するもう一人の自分という意識を同時に持っていただければ、主役の抱く恐れ(喜怒哀楽のすべて)がいかに馬鹿馬鹿しい幻想であるかが理解出来るようになってくるはずです。 観察者の意識を常時持つことが出来るようになったら、更に「本当の自分」発見への道である「自己(自我)との対話」を通して、幻想でしかない恐れを手放していきましょう。 「本当の自分」発見を真剣にやりたいけれど、ここに書かれた文章だけでは上手く進展しないという方は、是非会いに来て下さい。 個人の特性に合わせたレッスンをしていきましょう。 2004.07.21記 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ あはは~、伝わりますでしょうか? 自己防衛意識の強い方は、五感で受け取るあらゆることに対して自己防衛意識から、すべての物語を自分なりにでっち上げ、一人でその気になっています。 自己卑下意識の強い人は、何を見ても聞いても自分の弱点を指摘されていると被害者意識が浮上してしまいます。 現象は、単なる現象でしかないのに、見えない色眼鏡をつけたままに暮らしていると、反射的に受け取ることはその色によって脚色されてしまい、苦しみを自らが創造していくようですね^^; 自分の習性を確認してみる必要があると思うのです。 そのための冷静な第三者的視線で自分の「感じること」を善悪の判断を一切下さないで観察し続ける必要があるのです。 慣れるまでは多少ぎくしゃくすると思いますが、何度でも飽きずに自己の感情(心)に注目し続けていただくと、自然に自分の心のパターンが見えてくるようになるでしょう。 それが分かってき始めると、その反応の原因も分かってくるようになります。 遠い過去のトラウマであったりします。 過去と現在は、年齢も経験も意識も異なっているはずです。 過去に囚われて、抜けられなくなった牢獄・・・・ でも、その牢獄には本当は檻も錠もついてはいないのです。 自由にどのようにでも変えられるのです。 自己の作った見えない檻から自由に飛び出していきましょうよ^^ 少なくとも、わたしはこの訓練を日常続けることで、他人の視線や思惑などを気にすることの愚かさを知りましたし、自由になれました。 トライしてみる値打ちはありそうに感じますよ^^
2009.06.16
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昨日、オリーブ公園での精油作りに事業部長さんから誘われて、生のラベンダー10KGから精油50mlの抽出経験をさせていただきました^^ 香に包まれての工程は幸せそのもの♪ 出来あがった少量(ラベンダーは葉からも精油が抽出できますので、これでも多いのだそうです^^)の精油・・・・ 完成間際ですから特別なのかもしれませんが、お店で購入するものとは香りが異なっていて鮮烈でした。 揮発成分がとても多いのですね^^ 先ほどまで生だったラベンダーの香りは、エステティック時代に経験したどれとも異なっています。 もちろん、栽培される気候風土や品種などの影響もあるのでしょうが・・・・ それにしても精油の値段が異常に高い理由がわかりますよね^^; アロマテラピーがかなり知名度を上げていくにつれ、精油という名前だけが独り歩きして、偽物が横行している現在、こうして生のハーブから直接採油していく工程を経験させていただけて感動しましたし、感謝です。 本物の精油には、もちろんかなり強い薬効があります。 それゆえ使い方を正しくマスターしないままに弄ぶのは、大変危険性を伴いますよね^^; わたしが自家製自家用として製造している洗濯用醗酵水や全身シャンプーにも、実は香りつけとしてハーブの力を借りています。 ただし精油としてではなく、その香りを産み出す微生物さんたちに参加していただいているのですよ^^ 精油を取るには原料費が高くつきますので、使用していません。 ローズウォーターならぬラベンダーウォーターを分けていただきましたので、昨夜はみんなでそれをお風呂に入れて、自宅でラベンダー風呂を楽しみました^^ 次回はハーブを使用したピクルス液作りに誘われていますので、それにももちろん参加するつもりでいます^^ 自然を愛で、自然と共に暮らす歓びに酔いしれそう♪ あはは~、事業部長さんがいろいろ教えてくださるので、我が家の薬草園にもハーブ関係は随分育てています。 畑作業中、素敵な香りに包まれて心地よいのです^^ 地を這う種類のタイムは蚊を寄せ付けないと聞きましたので、近日中にオリーブの木と柿の木の下にそれを植えようと思っています。 雑草も生えてこなくなりそうでしたので~^^ 小豆島の純正オリーブオイルは、おそらく世界でもトップクラスの高価な値段なのですが、ギリシャやイタリアの人たちも絶賛するオイルが採れるのだそうです。 (ほとんどのオイルはギリシャやイタリア、スペインのオリーブオイルと混ぜて価格を下げていますので、購入される時には、よく調べてくださいませ^^) 我が家の畑には、品種の異なるオリーブの木を3種類育てています。 どれにも今年実がついていますので、薬効豊かな純正オリーブオイルの手搾りをするのが、目下の楽しみなんですよ~^^ あはは~、今日はいよいよ我が家の薬草園に各種植物の定植を始めましたので、今だに気分が高揚しているみたい~^^;
2009.06.15
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若い青年ですが、食が細く、食べるものもかなり偏っているように感じていました。 彼の皮膚はぼこぼこ状態で、腸内微生物層がかなりアンバランスであるらしいことが肌からも予測ができていました。 その青年からの報告が届いてきましたので、ご紹介いたします^^ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ たあこさん、こんにちは~。 発酵水を使い始めて一ヶ月になり肌もだいぶキレイになってきました。 口の周りにニキビがたまに出来ますが、赤みも引いて確実に良くなってると思います。 この前、ヨガの先生にも「肌がきれいになったね~」と言われました。 ちょっと嬉しかったです。 肌を観察しているとお肉(脂っこいもの)を食べた次の日は肌荒れするみたいです。 なのでお肉を食べるのを控えめにしています。 最近は、コップに注いだお茶にスキンレスキューを数滴入れて飲んでます。 本来は原液のまま飲んだほうが良いと思いますが勿体無いので…。(^^; あと口内炎が出来たのでスキンレスキューを塗ったところ2~3日で治りました。 いつもなら治るのに1週間ぐらいかかるのに驚異的な速さです。 たあこさんが言っていたように根本的な原因は"腸"のような気がします。 よく考えてみると小さい頃からお腹が弱いんですよね。 ここらへんも治していきたいところです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 食べ物と肌の関係を観察してくださったことが、とても嬉しいです。 このまま観察を続けてくださいねぇ^^ 1か月前に食べたものが、表皮として現われてきています。 何(素材)を、どのように(調理法、噛む回数、環境、その時の心の状態などなど・・・)、どのくらい(量)食べるのかによって、皮膚だけでなく、人生まで影響を与えています。 何度も書いていますように、「食」はイノチそのものなんですから~^^ スキンレスキューは飲む、飲まないに関係なく、その人の全体バランスを調和させようと活動してくれます^^ 皮膚の乱れは、内臓の乱れを表していることが多いですよ。 『皮膚は内臓の鏡』なんですから^^ 顔のどこにシミやトラブルがあるかによっても、内臓のどこに問題があるかが推測できてしまいます。 肌の機能って単に内臓をおおっている袋ということではなく、実に奥深いのです。 肌を肌としてのみ考えていると、無駄な経費と労力を使ってしまうでしょうね^^ 人は小宇宙であるということと同じで肌は、その人の全体を表しています^^ それゆえ本質的に肌が復元するということは、腸や胃、肝臓や腎臓なども調和に向かっていることを教えてくれるのです。 それが自然の人の仕組みです^^ 普通の化粧品や医薬品ではそうはならないように感じています。 【スキンレスキュー】は生きている微生物の塊のようなものです。 「共存・共生・助け合い・分かち合い」の意識を持ち、そのように活動してくれる眼には見えない(顕微鏡でもその詳細をすべて見ることは不可能だと思いますよ^^)調和の天使たちー微生物さんたち、自然界の植物と自然水だけで製造しています。 彼らには「調和の意識」があるのです。 余談ですが、口内炎が出来る原因はビタミン不足が考えられます。 たぶん心当たりがあると思うのですが・・・・ そうそう、皆様にお待たせしているスーパー【スキンレスキュー】が、後数日でお届けできる状態になりそうです♪ 目下最後の醗酵中です♪ お楽しみに~(^^)/
2009.06.15
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過激なタイトルではありますが、それが真実だと感じています^^; 畑作業に集中していくほどに、「食」の意味が大きくイノチの実相を教えてくれるのです。 外でお金を払って購入する野菜であっても、産直とスーパーでは天地の開きを感じます。 同じ名前でも食べ比べるとわかります。 その本質の違いが・・・・ まして、無農薬で全身に汗して作る野菜とは・・・・ 心も体も意識さえも、食べる内容によってまったく別のイノチに成長していくだろうということが明白に感じられてきています。 「食」はイノチそのものと言ってもいいのかもしれません。 各地でダイナミックな自然農業革命が起きています。 そんな状況において、昨日「てんみくろんの会」会員のかたから以下のようなメールをいただきました。 以前ブログや日記でご紹介しましたが、香川県の小学校において、1か月に1回子どもたち自身が作って持参する弁当の日を設定し、親子の絆が本来の状況に近付いてきたという報告・・・・ その活動が今も続けられているようで、その提案をした竹下校長先生のシンポジウムのご連絡です。 ~~~~~~~~~ たのしい””うれしい””ありがたい”!! 子どもや親や大人たちのいろんな思いをのせて各地に広がり、根を張りつつある「弁当の日」。 発案者の竹下先生のお話をぜひ学校現場の教職員の方たちにも聞いてほしいと、学習帳などを全国の学校に配布している教育同人社と、「弁当の日」東京応援団の主催でシンポジウムが企画されました。 初めて教職員の方たちに呼びかけての講演会ですが、もちろん、学校関係者だけでなく、子どもたちの自立を促した「弁当の日」の実践が、学校の中だけでなく、学校と家庭、地域のあいだの風通しを良くしていくことを願う人たちにご参加いただけたらと思っています。 今回は講演終了後に竹下さんを囲んでの懇親会も予定しています。 お知り合いに教員の方がいらっしゃいましたら、お声をかけていただけるとうれしく存じます。 会場は、港区青山のウイメンズプラザ。 6月20日(土)13:15~ 自然食通信社 横山豊子 ---------------------------------------- (有)自然食通信社 〒113-0033 東京都文京区本郷2-12-9-202 TEL.03-3816-3857 FAX.03-3816-3879 E-mail;amarans@circus.ocn.ne.jp http://www.amarans.net ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 最も大切な人間教育が、拝金主義の労働者作りのために大きくゆがんでいることは、周知の事実です、 「共存・共生・助け合い・分かち合い」という自然法から大きくかけ離れ、エゴを増幅させてきた教育という名の洗脳場・・・・ まずは最も大切なイノチを養う「食」について、親子で楽しむ「弁当の日」を真剣に受け止めてみませんか?
2009.06.14
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このところ自然食志向が強まっていく中、毎日台所に立つ時間が増え続けています^^;シンプルな自然食志向、どの辺までやりきれるかわかりませんがねぇ^^;・・・・小豆島に来て初めて知る「八竹」(今が旬で、多少細めのものです)、前回のトライより美しくゆで上げることができました^^これだけあって、産直マーケットで実は120円なんですよ^^長い八竹1本と地の烏賊や他の野菜を使って中華風に調理してみました。シャキシャキした適度な歯応えで、大好評でした♪始めてトライしたずんぐりむっくりした地の烏賊も、こりこりした触感で甘くとても美味しくて驚きました。やりいかやするめいかしか知らなかったけれど、やはり地ものって特別な美味しさですね^^八竹の残りは、自家製水煮にトライして保存できるようにしま~す♪自家製梅干し作りは、本仕込みにはいりました。赤シソを塩でもんで、白梅酢の上がった甕に浸けこみました^^梅雨明けの土用干しの時期までおやすみいただきます♪そして・・・・うふふっ~、オリーブの花が散って、そのあとに可愛くて小さな緑の玉♪オリーブの実が、あちこちについてきています♪秋には収穫し、初トライの自家製オリーブの塩漬けにトライしま~す^^油を取れる実も少ないですが、ついていますので、手搾りで自家製オリーブオイル作りにも挑戦あるのみ~♪生活に嬉しいリズムが出来てきて、仕事一途の頃とは歓びの質が大きく異なっています^^自然の大きな大きな慈愛に触れて生きる暮らしがたまらなくありがたいですよ^^そうそう、去年は惨めだった畑の薔薇が、今年は嘘のように元気になり、見事なあでやかさで目を楽しませてくれています^^薔薇の手入れってわからないし、難しそうだし、死にそうな風情だったから根から抜いてしまおうかと思ったりしたのですが、そのままにしておいたら・・・・あはは~、大地はつながっていますので、畝作りに奔走していたら、その養分が薔薇にも届いたのですねぇ~^^ありがたいですねぇ~(^^)/
2009.06.13
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今朝、RYOKO☆さんからのメールが届いていました。 平安な心でお父様の看病をされているのですが、親籍の方などもお呼びになったその後、お父様の状態が安定してこられたとのこと~^^ 『こんばんは 父は、おかげさまで だいぶ、落ち着いています。 毎日、「精霊のハーモニー」と「つわぶき(スキンレスキューの素材の一つ)」の外用で 体を、ふいていますよ~ ベッドにぶつけて、かさぶたになっていた所が 取れて、下から新しい皮膚が出てきていました。』 すべては天の計らいですから、静かに見守っていこうと思います。 彼女からのメールには、人と自然を静かに蘇生させていく洗濯用醗酵水「春の陽だまり」と大地(植物用)の調和を図る醗酵水「幸福の雨滴」の発送依頼も入っていました。 彼女の心の在り処が、なんとなく感じ取れ、わたしの心まで穏やかで透き通っていくようです。 RYOKO☆さんの周囲を包んでいるらしい平安に感謝です^^ 「スキンレスキュー」は、畑作業を通して重度の接触性皮膚炎が発生し、全身にトラブルが広がったことが直接の開発動機でした。 あはは~、不都合なことを体験できた時こそが人体の本当の仕組みを知るチャンスだと受け止めているのですよ^^ それゆえワクワクしながら、自己回復の道を模索します♪ 自己の智恵を増やせるチャンス到来と受け入れるのです^^ その結果、「スキンレスキュー」は、自分でも信じがたいくらいの内容に進化しています。 ほとんどの肉体的病に対応できそうな予感がしています。 とは言え、自分で試せる部分は少ないですけど・・・・ (内臓関係は、かなり強靭ですので~^^;) 昨夜、歯茎が腫れて痛みが出てきましたので、チャンス到来とばかり「スキンレスキュー」を口に含み、しばらく痛みを発している箇所を覆い、その後飲み下しました。 ジーンとした感覚がしばらく続き、腫れも痛みも見事に消えましたよ♪ 大地を守り、人を守る植物の本当の姿が日々クリアになってきています。 地球って本当にすごい場なんだなぁ~と今頃になって気付いていく愚か者です^^; 宇宙の仕組み、人体の仕組みが少しずつながら開示されてきています♪ 透明に輝くイノチの曼陀羅を見せてくれるようです^^ ただただ静かに感謝あるのみ~(^^)
2009.06.12
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≪風に恋して~自由人への応援歌(18)≫ 「恐れからの自由(2)~心を傷つけるのは誰?」 私は生来楽天的な性格なので、余り人から傷つけられたというような記憶がありません。どんな現象が目の前にやってきても、それを呼び寄せたあるいはそれを選択したのは自分だから、もし嫌だと思う現象を回避したいなら自分の選択を変えれば良いという考え方を20歳くらいの時からしてきました。 相手や現象を恨んだって何ら楽しくはなりませんし、恨むという想いは自分を苦しめ、結果として心身の不調和を引き起こします。 そんな自らを貶めるような馬鹿馬鹿しい行為を敢えてするほど、私は自分が強くないことを知っているからです。 私は自分のどんな部分も(良いと思えることだけではなく、こんなところは直したほうがいいと思えることさえ!)好きなのです。 あるがままの自分を認め、愛していますから人から何を言われようと気に病むことはありません。 時には 「そうよ^^ そんな駄目なところがあるから、私って可愛いのよね。 非の打ち所もない私だったら、みんなくつろげないし楽しくないでしょう?! 玉に瑕があるから、それが私らしさだし、それがチャーミングポイントなのかも~^^」 と笑いながら伝えます。 人から投げかけられる言葉によって傷つくという受け取り方の底には、自分への劣等感、不信感、自己卑下などの自己像に対する囚われがあるように思われます。 自分のあるがままを認め、そのままを愛し信頼しているなら、誰から何を言われようと笑って受け流すことが出来るのではないでしょうか? 平成10年頃のことだったと記憶しているのですが、黒ここさんに自宅の一部屋を使ってもらっていた当時のある日、彼が部屋から大きな声で私を呼び寄せました。 「お母さん、ちょっと腕を貸してください。」 と私の手を取りました。 「いいですか、お母さん。 僕は右手にナイフを持っています。 イメージしてください。 そのナイフでお母さんの腕を切りますよ。」 彼は私の目を見つめています。 一体何をしようとしているのか私には解かりません。 解からないまま彼の目と行動を見つめています。 「はい、切りました!」 私は腕を鋭利なナイフで切り裂かれたことをイメージしています。 しばらく私を見つめていた彼が聞いてきました。 「お母さん、痛いですか?」 私は腕を見つめながら答えます、「うん、痛いよ」と。 「心はどうですか? 心も痛いですか?」 「えっ、心?」 「そうです、心です! 腕が痛いのは解かります。 でも、心はどうでしょう? 心も痛いですか?」 ・・・・・ 「う~~~ん、こ・こ・ろ・は・い・た・く・な・い。」 ・・・・・ 「そうでしょ! 物理的に傷つけられた時、痛みは物理的なものであって、心は痛くないですよね。」 ・・・・・ 「そ・う・だ・ね・・・」 ・・・・・ 何だか煙に巻かれたような意味不明な会話をして、私は自分の仕事に戻ったのです。 一体何を「当たり前」なことを大層に言ってきたのか、その時すぐには彼が言いたかったことを理解することが出来ませんでした。 その意味が解かってきたのは、その日から随分先のことでした。 病気や怪我などで肉体的に苦痛を味わう体験は誰にもあるものですが、そんな時大抵が顔を歪めて苦痛を訴え、その苦痛に心を乗っ取られてしまい、周囲に不快感を撒き散らしたりしますが、彼はそんな時いつも笑顔でいるのです。 「辛いのは身体であって心ではありませんから、心まで辛くしたり、傷つけたりする必要はないのです。 僕が苦しそうな顔をしていたら、お母さんまで辛くさせてしまいます。 僕はお母さんまで苦しめる必要はないと思います。」 「身体が病んでいても心は健康なのですから、僕は笑っているのです。」 「お母さんだって苦しんでいる僕を見るより、笑っている僕を見ているほうがいいでしょ。」 黒ここさんの言動は一致していますので、どんな時でも笑顔で対応してくれていました。 そんな彼の生き方をつぶさに見ている時、これらの会話の奥にあるもう一つの真実に気づいたのです。 『人は物理的に身体を傷つけたり、傷つけられたりすることはあっても、誰も人の心を傷つけることなど出来ない。 心を傷つけるのは、自分自身である。』 という真実に!! 自分の容姿や性格、得手不得手、善悪の観念、知識や財産の大小など、今日の自分を表現しているであろう特徴や、その特徴に対する観念などに執着していたり、守ろうとする心が自分を傷つけてしまうのではないでしょうか? 人との違いは、悪いことではなく個性です。 皆が同じ顔だったり、皆が自分と同じ言動であったりしたら薄気味悪いでしょうし、自分がそこに存在している意味もなくなってきそうに感じます。 一人一人が違うから楽しいし、気づきがあるし、学びがあるのだと思います。 そうした視点に立てれば、自分を表現しているあらゆることが自分であり続けるための大切な個性であり、何一つ恥じたり自己否定することはなくなってきます。 だからと言って全体の調和を踏みにじってもいいですよと言っているわけではありませんので、誤解なさらないでくださいね。 「言葉」によって傷つけられると言う時、投げかけられた言葉が自分とは無縁なものであれば無視できるものです。 投げかけられた言葉によって心が傷ついたと思う時、その言葉に反応してしまう自分の心の囚われが自分を傷つけているのです。 人は他人の肉体を傷つけることは出来ても、他人の心を傷つけることは出来ないのです。 我が家にはいろんなジャンルの人たちが集まってくるのですが、ある日M嬢から「友達のAさんからママには黒い部分があるから気をつけたほうがいいよと言われたの。」と聞かされました。 「そう? 黒い部分? ふ~~ん・・・ 私には何を言っているのか解からないけれど、黒でも白でも黄色でも何でもいいよ。 好きに感じてくれてOKよ。 それは私のことではなく、私の言動からAさんの心の囚われが創り出した物語だから、Aさんの問題だと思うよ。」 と答えておきました。 Aさんとはそれほど会っていませんし会話もあまりしていないので、彼女の特徴を考えてみて気づきました。 彼女は真剣なキリスト教徒です。 私は特定の宗派に興味はなく、独学でキリスト教やユダヤ教、神道、道教など広く浅く読んだりしていました。 彼女はキリスト教徒であることに強いプライドと差別意識を持っており、その囚われが大きく育っているようでした。 そんな私の彼女への対応が、彼女には理解出来なかったようなのです。 理解出来ない部分を黒と感じたのではないでしょうか? 似たような体験をいくつもしています。 以前エステティック業界で仕事をしていた時、 「濱口さんて、こんな人なの・・・」 「あんな人なの・・・」 一体私って本当はどんな人? と自分でも可笑しくなるくらい、数え切れないほど多くのTAKAKO像が、まことしやかに動いていました。 訂正する気も弁明する気も起きませんでした。 人を評する時、誰でも自分の価値観や固定観念で無責任に決め付けるものだからです。 私はどんな人ですと表現できるほど自分のことをわかっている人はとても少ないと思います。 日々変化していく自分のことを的確に把握することの困難さが解かれば、他人のことなど解かるはずもなく、自分の心の性向が創り出した幻想以外の何者でもないと思うからです。 人は自分の固定観念で人を決めていくようです。 不徳の到りなのですが、良い噂も悪い噂も随分流されていました。 そこで流されているTAKAKO像は、話す人や受け止める人が自分の心や価値観、生活観から導き出したその人の囚われを「TAKAKO」という名を利用して発表しているだけのことだと思います。 つまりその人自身のことを口にされているのだと思います。 私のことを好意的に話される場合、その人の内面が穏やかで受容するゆとりを持っていらっしゃるからでしょうし、悪く話される場合その人の心の囚われがそこにあるということだと思っています。 人からの揶揄・中傷は、私自身のことではなく私の言動を受け止めているその人自身の心の在り様が創り出した幻なのです。 ですから私の心は傷つくことなどありません。 幻は幻として放置しておけばいずれ消えていくでしょう。 むきになって抗弁しようとするとなお一層その幻は力を持ってしまうだけのように感じています。 人から何かを言われて怒りを感じたり傷ついてしまうという時、なぜそのように受け止めてしまうのか、心を鎮めて自己観察してみませんか? 原因は相手からの言葉ではなく、その言葉に反応してしまう自分の心(自己不信や自己卑下など)にあるように感じます。 自分の在るがままをそのままに認め、赦し、信頼し、愛せるようになれば心を傷つけることはなくなっていきます。 2004.05.18記 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ かぐや姫の啓蒙・普及活動をしていくにつれ、多くの方から「心」の問題を打ち明けられ、相談されることが多くなっています。 夫婦問題、家族問題、恋愛問題、同僚問題、経済問題、・・・・・ 人間(人と人の間・・・世間の価値観であり、与えられ続けた情報に振り回されている生命体)の数だけ、心のトラブルがあるようです。 すべて自己意識が創り上げた幻でしかないことを、なんとか伝えるようにしていますが、幻が現実なんだと言う強い固定意識の壁は、なかなか消えてはくれません。 そもそも、他人からの言葉なんて実に無力です。 自分自身の内的「気づき」がなければ、問題は消えていかないように感じます。 「言葉」によってわかった気になったりしますが、そんな「気」は脆くも崩れ去り、同じようなジャンルの問題を抱えこんでしまうようです^^; 操られている生き方をじっくりと見定め、「本当の自己」を知ることでしか、各種問題は消えていかないように感じます。 自己を知るための方法論は多々あるのかもしれませんので、ご自分で選んで実践してみてくださいませ^^ 「我即宇宙也」 「我即自然也」 という超意識にわたしが入っていけるようになった最初のステップは、何回も書いていますように、自己の感情の動きを第三者的視線で観察し続けてきたことです。 それによって「自我」の存在を思い知り、呼吸に意識を合わせることで「至福帯域」を経験し、人(霊止)や宇宙(自然)の真相を経験し続けています。 いまだにその道の途上におりますが、日々起きてくる事象のすべては「本当の我」に近付いて行くための愛の場が提供されていることに気づくのです。 それゆえ起きてくる事象に対して表面的な対応(反作用)を自我で実行することなく、冷静に自然からの愛に感謝し、深く受け入れ、静かに自由性のもと、宇宙愛に沿った行動を開始しています。 「心」の登場する場は、ほとんど無くなっていきますよ^^ 「心」とは暴れ馬のようなものです。 暴れ馬に振り回されて一喜一憂する愚かさに気づき、「御者(ぎょしゃー馬に方向性を与える)」である「本当の我」と出会ってほしいと祈ります♪
2009.06.11
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可能な限り自然と仲良く、自然の恩恵を受けながら暮らそうと自家製自家用醗酵水製造&利用だけでなく、食生活も日ごとに自然を取り入れることを始めています^^ あはは~、一口で自然食と言っても、かなり時間を取られていきますねぇ^^; 常備の健康食品として加工品作り(梅干し、らっきょう、にんにく漬け、即席漬け用調味料などから始まり、季節毎に収穫できる新鮮野菜関係での食事作り・・・・・ ハーブからの採油抽出にまで手を広げてきています^^;) 晴れの日は畑で汗して、どんどん健康オバサンに突入していますよ^^ そのおかげだと思いますが、畑で肉体的に疲労した翌朝最初の尿は赤色というか濃い茶赤色の尿が排出されます。 毒だしが順調に進んでいるようで、肌はツルピカになってきており、シミも順調に薄くなってきています♪ 自然って本当にすごいですよ♪ ある意味、とても忙しい暮らしですけれど、楽しいし、美味しいで~す^^ じゃがいもの種イモ植えつけが遅くなってしまったのですが、あちこちで新じゃがが出回ってきていますよね。 うちのジャガイモも茎や葉が黄色くなってきているのですが・・・・・ 実は「花」がほとんど咲かなかったのです^^; それで昨日、1本掘り出してみたら、大きいのから小さくて親指大のジャガイモまでぞろぞろとついて出てきました^^ 収穫したての美しいジャガイモをそのまま蒸かしてみました。 そのままで、びっくりするほど美味しいのです♪ 塩も必要なく、みんなで「アチッ、アチッ」って言いながら薄皮をはがしながら夕食前に完食してしまいました^^ 俄か農婦が二人、こうでもない、ああでもない、こうした方が良いのでは?とトライを重ねながらの成果として、いただいたジャガイモは初めてとも言える美味しさでした(^^)v 写真を撮り忘れてしまいましたので、雨降りの今日ジャガイモ畑の写真を撮ってみました。水はけが悪いので、畝をかなり高くしています。 それにしても1年前とは比べようもなく、整然としてきたでしょう?! ジャガイモの向こう側には、カブ、セロリ、サニーレタス、キャベツ、大根、枝豆、キューリ、トマト、ナス、オクラ、ピーマン、パプリカ、ししとう、シソ、トウモロコシ、ネギ、・・・・などを植えてあります^^ 畝作りに時間がかかりましたので、どれも時期的には多少種まきも遅かったのですが、これからの収獲が楽しみなんですよ♪ 今年は野菜作りの実験だと思っています。 来年は、今年の経験を基礎にして、さらに豊かな無農薬野菜を育てていきますよ~(^^)/ 旬の野菜を旬のままに自然からいただく幸せは最上級の歓びです♪ 薬草園作りももうじき形になりそうですし♪ 自然人に向かう生活、もう嬉しくて楽しくてやめられませんよ^^ 鋸なども日常で使用するようになってきて・・・・ 結構逞しく成長?し続けています~(笑) 人は自然^^ 自然は神^^ 神はミラクル^^ あはは~、どうもパーの進行度合いも進んでいるかも~(爆)
2009.06.10
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≪風に恋して~自由人への応援歌(17)≫ 「恐れからの自由(1)~恐れの極地を見る」 人生が思い通りに進まないと思っている人がかなり多くいらっしゃるようですが、その「うまくいく筈がない」という思いが、そのままに現れているだけだというシンプルな宇宙の法則に是非気づいて欲しいと思います。 人はみんな創造力を持っています。 想像したこと、すなわち心に描いたことは実現するのです。 このシンプルな法則をなぜ自分を不幸せにする方向に使用されるのか、私には残念ながら理解できません。 私は自分が幸せになる方向でワクワクしながら想像します。 そしてその方向で決意し行動していると、それは叶えられてきます。 特別な才能など必要ではありません。 誰もが創造主なのですから・・・。 決意し行動することが大切です。 自己実現に必要な才能を求めるならば、「自分を100%信頼すること」でしょうか。 こんな話は、精神世界系の書籍を読めば、どこにでも書かれている当たり前の定義なのですが、この「自分を100%信頼する」ことが困難なようですね。 「これをしたい、でも自分にそれが出来るはずがない」 「これをすると、きっとこんなことが起きてくるだろう」 「こんなことをしたら世間に笑われる」 などと多くの人は恐れを感じてしまい、自分が幸せになれるであろうすばらしい意識やひらめきを持ったにも関わらず、実行することを止め、その大切な「やりたい」ことを闇に封じ込めてしまうようです。 そこで私の今日まで生きてきた体験を含めて、具体的にどのように恐れを捨ててきたのかをお伝えしてみようと思います。 生来私にあった恐いこととは、「人は必ず死ぬ」ということでした。 小学1年生の頃から3年間連続して祖母、祖父、胎児の死と対面したからです。 人は死ぬとどこへ行くのか誰も納得のいく説明をしてくれませんでした。 誕生以来、初めて抱えてしまった喪失感であり、恐怖でした。 小学4~5年生の頃、夢で自分の死を見てしまいました。 布団の中で冷たくなっている私の傍に父と母がいます。 私はその状況を天井から見ているのです。 「お母ちゃん、私はここにいるよ。」 と懸命に両親に呼びかけるのですが彼らには聞こえないらしいのです。 何度も何度も呼びかけ続けたのですが無駄な行動でした。 その時以来、死への恐怖はさらに私を苦しめ始めました。 真っ暗闇の井戸のような空間を果てしなく落下し続ける夢を繰り返し見るようになったのです。 恐怖で目覚めた後は、もう眠るのが怖くて朝まで起きていたりしていました。 その夢をまた見てしまうのではないかという恐れから、夜が嫌いになっていきました。 夜は闇への恐怖を引き出しました。 死と闇、それがかなり長い期間、私の恐れとなりました。 高校生の頃から真剣に死とは何だろうと考え始めていましたが、結論は出ないまま、結婚し、長男が生まれていた頃に見た映画(題名は忘れました)から、「命は循環しなければ、次の命が誕生できない」ということを知り、個人の命という視点から全体の命という視点に意識を持っていくことで、死ぬことの崇高な意味を無理にも自分に納得させていたように思います。 そうは言っても、知り合いの葬儀に参列しなければならなかった時は、自分をコントロール出来なくて、死者との関係性がどんなに薄くてもその場で嗚咽してしまうのです。 そんな私が死の恐怖から抜け出られたのは、夫の死がきっかけでした。 夫の遺影が光り始め、話しかけて来ました。 この辺のことはエッセイ「夜明け前」に書いていますので興味のある方はそちらを読んでください。 通夜で不思議な体験をした後、多くの霊能者が私宅にやってくるようになり、その人たちの言動から、夫は肉体を無くしてはいるが、意識体は私の傍にいることを頭で確信するようになりました。 その後、多くの体験を経て(エッセイ「イスラエルへの旅」や「そよ風にのって」などで紹介しています)、今では命は永遠不滅であり、魂の学びのために何度も形態を変えて多くの体験を積んでいくのだということが頭ではなく宇宙の真理として体得できるようになりました。 それ以来、死は単なる通過点でしかなく、次のステップに立つ準備と休息のためとわかりましたので、むしろ大いなる感謝と共に死を迎えられる心境です。 更に付け加えれば、死の時期は自分で選ぶことが出来るのだと思っています。 臨死体験に関する書籍を読んで見ても、最終的にあの世に行くか、この世に戻るかは自分で決めているようですね。 夫の死後、霊能者M嬢の仲立ちで夫から 「本当はこの世に残って、たあこを守らねばならなかったのに、俺は楽な道を選んでしまった。 いつも俺は苦しいこと、嫌なことから逃げてばかりいた。 たあこに苦労ばかりかけ続けてきた俺を赦してくれ。」 との言葉をもらったのですが、この言葉からも、肉体を去るか戻るかは夫の自由意志であったことがわかります。 これらの体験を通して死の恐怖は消えていきました。 最大の恐怖であった肉体的死は、むしろ魂の成長のために与えられた愛であるということが解かり、私は永遠の今を楽しんでいます。 死の恐怖をクリアした後は、特に恐れるものはなくなったのですが、生活をしていく上での迷いはありました。 生きることは、瞬間ごとに何を選択するかの連続です。 日々発生してくる出来事は大から小までありますが、何を選択すれば自己実現できるのか、何を基準に選択すれば良いのかと、そのことに囚われる時間の長短はあるにせよ悩むわけです。 ビジネスの拡大に伴って銀行から多額の借金を抱えてもいいものかどうか決めかねていたことがあります。 2,000~3,000万円くらいの借金ではたじろがなかったのですが、1億円の借金を申し込むか否か迷っていた時のことです。 ある人から言われた言葉が、 「浜口さん、盗むわけではなく、借りるだけでしょ。 たとえ返済が出来なくなったとしても、半分はあなたを信用した銀行の責任もあるはずよ。 その話が街金融や闇金融なら、絶対に止めなさいと言うわよ。 何が起きるか予測できないからね。 でも銀行なら迷うことないよ。 返済不能になっても、銀行は命までは取らないわよ。 銀行側があなたに1億円貨したいということは、あなたに1億円の価値があると認めてくれているのだから、堂々と借りてしまいなさいよ。 借金の額は財産のようなものよ。 あなたの値打ちなんだからね。」 でした。 この言葉から受けた教訓は 「選択に迷った時は、その選択を受けいれた場合に発生してくるであろう最悪の事態を予測し見つめ、その事態を受け入れる覚悟が出来るかどうかを、自分に問いただす事。 最悪の事態が受け入れられるなら、選択して行動を起こす。 受け入れかねることなら、その選択を手放す。」 ということでした。 銀行は命までは取らないという言葉に納得して、私は1億円の借金を決断したのです。 命さえあれば、健康な肉体があれば、少々のことならやっていけるという自覚があったのです。 この経験から、迷った時はいつでも「最悪の事態」を予測して決断をするというのが習慣になりました。 進むか退くかの葛藤がこの習慣によってなくなったわけです。 進む時は、最悪の事態が起きても潔くそれを受け入れるという覚悟が出来ていますので、迷いはありません。 全身全霊で夢実現のために、自分や仲間を信じて楽しく行動すればいいだけです。 最悪のシュミレーションが受け入れかねるなら、きれいさっぱりその計画を捨て去り、新たな思考をすればいいだけですので、こちらでも一切の葛藤はなく、ウキウキと次なる計画を練っていくだけです。 こうした生き方を実践してきた過程で、迷い(葛藤)から自由になれ、恐れがなくなっていきました。 確信を持って前進し続けるなら、たいていのことは成就していくということも解かるようになってきました。 人生に「失敗」などというものはなく、ある事態に対して本人が勝手に「失敗してしまった!」と断定し、計画を諦め手放してしまうだけのことです。 PLAN(計画)、DO(行動)、CHECK(点検)を行いながら前進していき、計画通りに進まないときには、修正し、さらにPLAN、DO、CHECKの繰り返しを行うだけです。 ゴールに到達するまで、諦めないで継続し続けていると、道は自ずと開いてくると思います。 ですから私には挫折もなければ、失敗もありません。 自分の会社を倒産させましたが、私の意識には失敗も挫折も存在していません。 必要な流れが、私を次なるドラマに導いてくれただけなのです。 こうした習性が身についてからというもの、不測の事態に対面した時こそ普段以上に冷静になり、全体の流れを把握することの大切さが理解できるようになりました。 私は言葉がほとんど解からなくても、仕事柄一人で世界中を旅する機会が多く、一人旅ゆえに巻き込まれてしまう不測の事態を数多く体験してきました。 そんな時、周りの動揺や喧騒に巻き込まれないよう心を鎮め、全体の流れを観察し行動を取れるようになれたのも、「最悪の事態」を予測し、見つめるという習性が自分のものになっていたからだと思います。 「銀行は命までは取らないわよ。」というその言葉に出会えたことに深く感謝しています。 「恐れの極地を見る」ことで恐れが消えていったのです。 私の体験が、読者の皆様にご納得いただけるかどうかはわかりませんが、もし少しでも参考になると思われるなら、少しずつで構いませんのでトライしてご自分のスタディを検証してみてください。 納得が出来ないと思われる方は、どうぞご自分の想いのままに現実を創造なさってくださいますよう・・・・・ 2004.05.11記 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 結局「恐れ」って自己不信に付随しているのではないでしょうか? 瞬間瞬間を精一杯自己を信頼して生きていれば、なんら恐れることなどないように感じています。 日々の瞬間を無意識のままに真剣に生きていない場合、贖いようのない後悔が身を苛むかもしれませんね^^; それさえも誰のせいでもなく、自己の生き方に原因があるのですから、そのことを忘れぬよう、死ぬ瞬間に自己意識にしっかりと書き込むことができれば、次の人生で活かすことができますよね^^ 上記に書いたように、「死ぬことへの恐れ」から解放されて以来、わたしは自分が「死ぬ(肉体から去る)」瞬間を意識的に見届けていこうと決めています。 その瞬間のことを知りたいと思うのです。 それが自然死であるなら、感謝して歓びと共に去っていきたいし、突発事故ならその時のパニックで無意識になるなんて、もったいないことだと思います。 稀有なチャンスを覚醒意識のままに時空移動するその瞬間を見届けたいと思います。 (あはは~、それができるかどうかは、その時になってみなければわかりませんが・・・) 「死ぬかもしれない」としたって、それは肉体を返上することでしかなく、「本当のわたし(意識)」は永遠に生き続けているわけです。 むしろ肉体がない方が、思いのままに時空を凌駕して制限のないイノチに変容していきますので、それはそれで楽しみでもあるのです。 あははははは~、パーの独り言で~す^^ 共感してくださる人がいると嬉しいなぁ~♪
2009.06.09
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ある人を介して頑張りやさんの女性経営者にお会いしました。 エステサロンを出したくて場所や設備などすべて用意しているのだけれど、肝心のエステティシャンが見つからない。 誰か店長クラスの人を紹介してもらえないかという相談でした。 心当たりの人を何人かご紹介したのですが、どうもどの話も壊れていきました。 「部屋と設備など見ていただけますか?」とのお誘いで伺ったのが、私の移転先となった目黒秀和レジデンスです。 相談事なら何でもお受けしますが、自分が店長として働く気など、露ほどもありません。 時間に縛られる生活は、十分すぎるほど体験し尽くしていましたので、拘束される生活を卒業して、自由が私の生き方になっていました。 自分がやりたい時、誰に気兼ねもなく、やりたいことをする自由が最も大切なのです。 お金が与えてくれる悦びなど、一時の幻想でしかないことを身体で知ってしまったからです。 「この部屋と設備を、私に貸してくださいませんか?」 自分でも予測していなかった言葉が出てしまいました。 「いいですよ!」 笑顔で即答されました。 やっぱり笑ってしまうでしょう?! こうして敷金、礼金など一切不要、息子や友人たちの応援もあって、引越しは最低限の費用で実現してしまいました。 嘘のような実話です。 私は単に「4月に引っ越します。」と決めただけなのです。 どこへ越したいという具体的な構想もなければ、引っ越すためのお金もありませんでした。 でも見事に実現してしまったのです。 こんな楽しい人生、止められませんよね。 自由、万歳!!です。 目黒の住人になって何ヶ月も経っていないある日、何時ものように女性霊能者が遊びに来て、「ママは来年の7月頃には、もうここにいないよ。」と言うのです。 「嘘でしょ!私はまだここに来て3ヶ月くらいしか経っていないのよ。 一体どんな理由で、どこに行くと言うの?」 「う~~ん、理由は解からないけれど、近くに山が見えるよ。 畑もある・・・ 電線の向こうに山があるところ・・・」 「そんな雲をつかむような説明では解からないよ。」 「一軒家だよ。マンションじゃないみたい。」 気にしても仕方ないので無視することにしていたら、その内、そんな会話があったことすら忘れていたのですが、その年の10月か11月だったと思いますが、別の霊能者が遊びに来ました。 「浜ちゃんは、来年の5月に高尾に越しなさい。 神様がそう言ってるよ。」 「えっ、何で?」 「高尾の天狗が浜ちゃんを呼んでいるよ。 来て欲しいそうだ。」 「そんなことを言われても・・・」 「お金なら何とかなると思うよ。 神様からの依頼だから、引越し祝いに俺は10万円プレゼントするよ。」 ・・・・・ 実は今回はお金を少々持っていました。 脱毛の話を頼まれ、名古屋でセミナーに参加した時、集まっていらっしゃった方が、ぜひ教育を頼みたいと申し出られ、毎月3日間30万円で教えに行っていたのです。 倒産以来、銀行とは無縁な生活でしたが、預金通帳なるものを久しぶりに作って持っていました。 何のためのお金かなぁ~と怪訝に思っていたのですが、それは高尾への引越し費用できれいに消えていきました。 見事としか言い様がありません。 女性霊能者が語ってくれたように、電線の向こうに山が見え、畑がある一軒家に去年の5月越してきました。 誰が私を動かしているのやら・・・ 私の中に息づいている永遠のいのちかも知れません。 どちらにせよ、私は高尾に越してきたことで、意識も人生も大きく変化していきました。 人との出会いが、それまでと異なってきましたし、ホームページを出すことなど考えてもいなかったし、こうしてメルマガを出すことも同様です。 「メルマガ」という言葉さえ知りませんでした。 お金については、相変わらず、必要最低限しかやってきませんが、それでも間違いなく私は楽しく生きていますし、家賃もどうにか払えています。 やりたいことだけをやる、気ままで楽しい生活になんら不安はなく、むしろこれまでに体験してきた実績(?)から、「私は大丈夫!! 望めばすべては与えられる!」という確信さえ持ってしまいました。 ヒーリングサロン「てんみくろん」の集客という点でも、普通なら目黒の方が立地条件はいいはずです。 でも現実は、ここ高尾に来てからのほうが顧客が増えてきていますし、そのほとんどのお客様たちは、遠方からわざわざ時間とお金をかけてやって来てくださいます。 そんな皆様と充実した会話が出来るようなり、私の意識は1年前とは比べようもないほど拡がり、日々自分の進化にワクワクして暮らしています。 どうぞつまらない悩みや恐れなどさっさと捨てて、想いのままに笑って生きていかれますようお勧めいたします。 自然の仕組みー愛と調和―に沿って暮らすならば、望みは叶えられます。 これは特別な能力があるとかないとかとは無関係で、誰にも当てはまる宇宙の真実だと、今では実感しています。 自我や欲などを捨て、自然のままに生きることをしていると自分から発振する周波数は自然と共鳴・共振しますので、愛と調和のエネルギーが戻ってくるのです。 心身はすこぶるつきの健康ですし、若返り、願いは叶いますし、毎日笑って生きられるようになります。 ほんの少々の勇気と冒険心、遊び心で試して見ませんか? 2004.04.02記 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ あはは~、5年後の今も、大差のない生活をしているのかもしれませんね^^ 違う点があるとしたら、「地に足がついている」かも? 書いている内容は一見同じようですが、今は胎が座ったというか・・・・ 自己を知ると言う点では、当時に比べると格段の差があり、不動心が大きく育っていますし、濃密に真我が日常に現われてくれていますね^^ 小我の出る時間はかなり少なくなってきているように感じます^^ それにしても、当時遊び心でやらしてもらった「食養学」授業の生徒さんだった千草さんが、今、小豆島で一緒に暮しているなんて~^^ 人生って、本当に面白いものですね♪
2009.06.08
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≪風に恋して~自由人への応援歌(16)≫ 「お金(2)~笑う門に福きたる」 定職を持たず、やりたいことだけを実行するという生活を始めてしまいますと、本当に最低限のお金が(しか!?)入ってくるようになりました。 霊能者系怪しい系青年男女たちとの生活を通じて、面白い非日常体験を重ねているうちに、それをまだ知らない人たちに伝えたくなって、何と言うこともなく小冊子を発刊し始めました。 毎月1回の発行で年12回分の購読料6,000円を集めることが仕事(?)となったわけですが、入金は少なく出費はかさむ一方なのです。 趣味でやっているようなもので、負債10億円の身でありながら追加借金までしてしまう能天気を絵に描いた様な生活でしたが、毎日がワクワクと楽しいのです。 そうは言っても、現実的に食べなければいけませんし、家賃や光熱費など必要になってきます。 何回も財布の中身が限りなくゼロになるのですが、可笑しいことにその度に必要最低限のお金がどこからか舞い降りてきます。 本当に笑うしかないのです。 心に悩みなど一切なく(したいことしかやらないのですから、気楽なものです)、ただその時その場でしたいことだけを実行するという生活を実際にやっていただけです。 具体的な事例を思い出すままに書いてみます。 最も劇的で感動だったのは、ある年の12月31日のこと。 家賃やすべての支払いを済ませ、さぁ、これからお正月用の買出しに行こうとして財布を開けてみると、ザラ銭のみでお札が一枚もありません。 エッ!!と息を呑むのと同時に腹の底から大爆笑が飛び出してきたのです。 なぜ自分が笑い出しているのかわかりませんが兎も角笑いの大音響が拡がりました。 一緒にいた息子がその声に驚いて「どうしたの? お袋、気でも違ったの?」と私の顔をまじまじと見つめてきます。 私は大笑いをしながら、「うん、お金がないのよ。だから何も買えないの。家に帰ろう!」と答えます。 二人で家に向かっている時の会話です。 「ねぇ、お金がないのよ。 何も買えないのよ。 どうする? あなたは心配しないの? こんな馬鹿なお袋には任せて置けないから、俺が働こうって思わないの?」 「・・・だってお袋は何とかなるって思ってるだろ? だから俺もお袋と一緒、なんとかなるって思っているよ。」 「私がどう思っていようと、あなたは頑張ろうと思ってくれてもいいのよ。」 「・・・・・」 どういう親子なんでしょうね。 私への信頼(?)が厚いのは嬉しいけれど、少しはうろたえてくれたっていいじゃないと思いつつ家に着きました。 家に着いて又、大笑いをしてしまいました。 北海道から、長野から、食材が届いています。 新巻きサケや昆布、蕎麦、味噌、・・・・・・ 「お~~い、まだ1週間くらいはいのち繋げることが出来そうだよ! まだ生かしてくれるってさ!」 笑いながら食材の整理に入りました。 何回も何回も、こんなタイミングの出来事を経験してきました。 さてどうする?と思うと小冊子の購読料がポツンと振り込まれてきて 「後、1週間はOKだよ。 何とか食べられそう・・・」 と笑ったり、以前にもどこかに書いていると思いますが、山形の人たちに丸抱えで呼んでもらい、出かけるときは無一文でも帰る時には10万円前後のお金を持っていたり・・・ 友人が「日本タラソテラピスト学院」のオーナーをしているのですが、彼女から手伝ってくれないかと誘われ、「1ヶ月に1回でいいなら・・・」と食養学というタイトルで講座を担当させてもらったことがあります。 彼女に許可は取っていなかったのですが、身体を養っていく物は何も食材だけではなく、環境や呼吸、意識や感情なども身体に大きく関与するという立場から好き勝手な授業をしていました。 生徒さんたちの驚いた顔を今でも楽しく思い出します。 そんな生徒さんたちの中に、私の桁外れの授業に関心を示してきたのが、現在「てんみくろん」のスタッフでもあるちぐさんです。 「自分のモヤモヤを解決するには、TAKAKOさんの所しかないと思う。」 ということで、その当時遊び半分でやっていた「輝き健康塾」に飛び込んで来られました。 毎週土曜日午後1時から6時頃まで、食事を共にしながらの勉強会は合計100時間を越すカリキュラムで一人22万円でした。 ちぐさんは友人を誘って来てくれましたので、44万円が一挙に入り、随分助かりました。 それにしても当時私は川崎に住んでいたのですが、ちぐさんは埼玉の川口から、そしてもう一人の友人は千葉から毎週通って来られていたのですから、縁とは不思議なものです。 もう今回は駄目かも?と収入ゼロ前後で暮らしていた時、家賃の支払いの目処が立たない時がありました。 後1週間で家賃195,000円が必要です。 今更パートに出たって間に合うものではないし、ついに子供たちに伝えました。 「今月末に支払わなければいけない家賃の工面が出来ないから、その時は新宿のダンボールハウスへの移転になるかも? ママは覚悟したので、あなたたちも覚悟をしておいてね。」 「ダンボールハウスがどんな体験を用意してくれるのか、まるで解からないけれど、案外素敵な体験が待っているかもしれないよね。 ママにその体験が必要ならそれは起きるでしょうし、まだ必要ないなら起きないでしょう。 今更慌てふためいたって仕様がないので、天にお任せします。」 この時ばかりは誰も笑ってはくれませんでした。 ところが、月末まで後2日に迫っていた時、亡夫の母から息子宛に現金書留が届いたのです。 義母は早く去ってしまった息子にそっくりの孫(私の長男)が可愛くて彼だけには時々お金を送ってきていたのです。 封を開けると20万円入っていました。 「ありがとうございます。天は我らを救い給う!!」です。 もちろん息子も嫌だと言える立場ではありませんので、ありがたく使わせていただきました。 そんな事があってから、このままの生活では私は良しとしても、これから自立して、自分の家族を創っていくことが必要な息子や娘には良くないかもしれないと思うようになりました。 そこで 「来年、私たちはそれぞれ別れ、独立して暮らしましょう。 1年間の猶予をあげますから、引越しに必要なお金を自分たちで作ってください。 二人とももう大人なんだし、何時までもママの傍にいるより、自由に好きな相手とも暮らしたくなるでしょう。 自由を体験して、自己責任についても学んでください。 もう十分あなたたちの世話をしてきました。 ママも自由になりたいし、お互いに自由性の中でいたわり合える関係になりたいと思います。 来年の4月、この家の更新はしませんので、そのつもりで今日からの行動を始めてください。」 と伝えました。 でも誰も変わらない。 私もそうですが、その場が来なければ何も始まらないようです。 3人が3人共に、相変わらずの生活を続けてしまいました。 それでも更新はしないという決意だけは固持していましたので、息子は間際になって、寮つきの職場を選び、出て行きました。 娘は相変わらず、誰かが何とかしてくれるとたかをくくっています。 私の引越しも決まった段階で仕方なく、娘の引越しの面倒を見てしまいました。 さて私の引越しですが、まったくお金の目処がついていなかったのですが、川崎、王禅寺の戸建から目黒駅傍の秀和レジデンスに移転しました。 面白いものですね。 引っ越すことは決まっていても、どこへ?もその費用も何もない状態のまま、約束の4月がやってきて、「さて、どうなる?」と思っていたら、またしても神風が吹いて来たのです。 つづく・・・・
2009.06.08
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畑作業を通して、人の各種肉体的苦痛を解除する力を持つ植物のいくつかが直感やひらめきなどから教えられ、調べてみるとどうやらそれが真実であるらしいことが分かってきました。 (その一つとしてすでに自家製造している【精霊のハーモニー】は、どちらかと言えば原産は海外由来の植物で、聖地や秘境と呼ばれる地に自生しているものを使用しています。) 畑作業に関連して発生した重度の接触性皮膚炎を自己の智恵で完治させたことと、沖縄で気になり続けた植物のことなどから、大地はどこもすべて聖地であり、身土不二という意識から日本原産の自生植物のみを使用して製造する醗酵水を思い立ち、その流れから【スキンレスキュー】が誕生していったのです。 その気になって調べていくと、もっと多くの植物たちの存在が分かってきましたので、逐次追加醗酵を継続しています。 必要なものはすべて、わたしの暮らす環境周辺にあるはずだとの想いから観察していくと、後1種類の植物を残すだけとなり・・・・ そのうち、きっと思いもかけない所で遭遇するかも~と意識は発信しても、探すという行為を辞めてしまいました。 宇宙の仕組みを信頼することにしたのです。 そんな今朝のことです^^ 小豆島に移転してきて1年が経過し、仲間として認められたのでしょうか? 地域への奉仕活動として地区緑化推進会から6月7日午前7時~8時まで草抜き作業協力要請の案内が届けられていましたので、長靴・手袋・草刈り鎌を持ち、首にタオル姿で出かけました。 あはは~、求めていた最後の植物がそこで待っていてくれたのです♪ 海に面した小さな「戎(えびす)神社」の境内です。 おわかりになりますかぁ~^^ わたしの歓びと宇宙の仕組み♪ 本当は大声で青空いっぱいに感謝の気持ちを叫びたかったのですが、地域の人たちが周囲で草抜きしていますし、見知らぬ女(初めての参加者ですから^^;)が急に叫んだり笑い出したりすることは憚られます^^; 求めていたその草の前にしゃがみ、感謝を伝えながらの作業をさせていただきました。 当座必要とする量だけを首に巻いていたタオルにくるみ、持ち帰りました^^ 全体幸福を志向し、素直に意識を放射していれば、願いは速やかに叶えられる自然の仕組みを見事に見せていただきました^^ あはは~、馬鹿馬鹿しい、そんなの偶然だよと呆れられる方もいらっしゃるでしょうね^^ そう思われる方は、それでいいのですが、わたしの意識にとってはこの世に偶然は存在していないです。 すべては見えないエネルギーの糸によって起きてくる必然なのです。 どんな些細な行為も言葉も意識も瞬時に宇宙全体に伝わり、その振動の影響が表れてきます。 望みどおりに~♪ 豊かに楽しく生きていくのに必要なものは、すべてその人の周囲に静かに存在しているようです。 ただ気づいてくれるのを待っている存在、濃密な至福の場は誰の前にも広がっているようですよ^^ 宇宙及び人(霊止)の仕組みに日々接していけるようになってきたことを心から歓び感謝します。 自然のすべて、砂粒一つに至るまでつながっている壮大なイノチの仕組みに感謝です^^
2009.06.07
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自家製自家用醗酵水の嬉しい&驚きの体験談が順次届いてきています^^ やっぱり自然は素晴らしい! ~~~~~~~~~~~~~~~ たあこさま こんにちは^^ おもしろいことがおこったのでご報告します。 【精霊ハーモニー】を、妹に休み前にジュースに混ぜて飲ませたら、一週間以上続いた便秘が解消されましたあ^^ 便秘がひどく、毎日ヨーグルトを食べても出ずに、発芽玄米ごはんにしてみたりしても効果がなかったのに、一回しかも20ccくらいだと思います。 飲んだ次の日に出たそうです。 本人もびっくりでした。 一回では分からないので、昨日また飲ませたところ、今日出たそうです。 2回ともそうだったので、【精霊のハーモニー】のおかげだと思います。 毎日続ければ毎日出ると思うのですが、会社で便意があると困るので(外ではしたくないらしく)休み前に試しているところです。 続けて実験してみます。 後、【スキンレスキュー】をもったいないけどお風呂にいれて使っています 家族に言っても使ってもらえないので、だまっていれています。 母も父も、しわが少し減って、色が白くなってきているような感じがします。 もちろん、私も妹も。 少しずつ肌が若返っているような感じがします。 美白に効果があるのでは?と思っています。 こちらも実験続けたいとおもいます。 後、こんな使い方はいけないのかもしれませんが、【スキンレスキュー】を目薬がわりに目に入れてみました。 目薬よりすっきりしましたあ。 とにもかくにも、たあこさんが作られた醗酵水はどれもすごいなあと思う毎日であります^^ また、何かあったらご報告しますね^^ それでは ☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆ *上記のメール受信をして、数時間後にいただいたメールです。 『たあこさま こんばんは^^ あと、追加報告ひとつございます。 妹に聞いたところ、先週初めて精霊のハーモニーを飲んだとき、なんと次の日、朝とお昼すぎ2回も出たそうです^^ 一週間以上便秘の人が一日に2回も出るなんて。 聞いた私と母もまたびっくりでした^^ ほんとすごいです!! 【精霊のハーモニー】^^ それでは またメールします^^』 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ A・Mさん、 メールをありがとうございます。 まだお目にかかったことはありませんが、妹さんはかなりストレスを内部に抱えこみやすい体質?の方のように感じています。 便秘の原因は、その辺りにあるかもしれません^^ 【精霊のハーモニー】はストレス解除にも有効です^^ と言うより、ほとんどオールマイティかも????と感じています^^ 心の緊張感が解除されていくに従い、意識や性格なども徐々に変わってくるかもしれません。 本来のご本人の在り様に還っていかれるかも? 今後とも冷静な観察を続けてくださいませ^^ 何か気になることなどありましたら、どんなことでも構いませんのですぐにご連絡くださいませ^^ 【スキンレスキュー】をわたし自身は実験用として洗顔(かがやき使用)後のスキンローションとして毎日使用しています。 最初はトラブルスキン用の緊急対応醗酵水として考えていたのですが、使用し続けるにつれ、どうもそれだけのものではなさそうだということが感じられてきています。 使用植物たちの共通する特性としては「強い抗菌作用、炎症などの腫れもの一般の毒だし、歯痛、虫さされ」などに有効だとされていますし、体内毒の排出効果もあるようです。 皮膚のうるおい、滑らかさ、張り、弾力、血色、肌理などが本来の健康な肌に近付いてくるかもしれません。 体内毒の排出にともなって、しわやシミ、そばかすなどにも良い影響があるように感じています。 事実、わたしの内臓疲労によるシミが薄くなってきました^^ 全般的な肌の若返りと同時に生理機能の若返りも起きてくるかも~??? 自然を自然のままに親しんでいただければ、きっと驚きの事実を経験されていくのではないでしょうか? 人は部分で生きて機能しているわけではなく、全体のバランスでその日の内臓や皮膚にも影響が表れますので、全体をいつも視野においてくださいませ。 自己観察の大切さは、そこにあります。 自己観察力が身についていくに従って、人(自己)が持つ生命力や神秘性がわかるようになってくると思います^^ 肌は内臓の鏡♪ 一緒に観察し、より幸せな人生を築いていきましょう♪ あっ、書き忘れるところでした^^; 目薬変わりに点眼されたとのこと・・・・・ 驚きました! そんな使い方、想像も予測もできませんでした。 一切毒性はありませんが、十分注意してくださいませ。 炎症などがあれば、膿の排出をするかもしれません^^; 経験がないので、なんとも申しあげかねています。 もし何かあれば、すぐに中止してご連絡くださいませ。 当り前の自然界が持っている秘めた力に親しんでくださいませ^^ そこには計り知れない深い慈愛が息づいています♪ 次のメールが届くのが楽しみです^^ ありがとうございます。
2009.06.06
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3KGの梅干しの仕込み 新たに仕込みした3KGのらっきょうと先日仕込んだ2KGのらっきょう漬けの残量 今日は決心して家庭での食べる医薬品の仕込みに汗を流しました^^ あはは~、合計5KGの結晶塩をごますりで延々やってしまい、腰が痛いよぉ(笑) せっかく太陽光と風だけで作られた自然海塩(念仏工房で販売されている済塩)を使うのだから、微粒子にするのも愛をこめて自分の手で優しくごりごりしたいのです^^; 出し用のいりこは平気でミルを使うのに・・・・??? 友人のご主人さまが、塩の結晶からゴミなどの混ざり物を真剣に手作業でより分けていらっしゃるからでしょうかねぇ(笑) 先日作った2KGのらっきょう漬けの消費が早くて、冬まで持ちそうもないから再度3KGのらっきょうを買ってきて2日目の仕込みです。 それと3KGの梅の仕込みで、合計約4KGの塩が必要で、後は日常使用する台所用の塩1KG・・・・ と言うわけで5KGの塩をすりおろすことになったのですよ^^; 主婦ってすごいですよね?! 家族の健康は、日常の食生活が大きく左右していきますので、「自然食」をどこまで食卓にのせることができるかが、とっても大切な主婦の役割なんだと思います♪ 医食同源ですものね^^ あらゆる食材がすばらしい薬効を持っているんですもの、腰が痛いのなんのと言ってられません^^ そうそう、やはり先日仕込んだ山椒も薬効がありますし、これも足りなくなりそうだったので、生山椒の実が手に入るこの時期に2回目の仕込みをしてしまいました^^ 主婦は偉大だぁ~とひとりで自己絶賛していますよ(爆) あはは~、誰も褒めてくれないでただ食べてるもんね^^; わたしが何十年も無病で暮らし続けているのは、こんなところに理由があるのです^^ 次の大物仕込みは、秋の味噌作り♪ あはは~、味噌は初トライになりますから、どうなりますやら~??? そして・・・・ 畑作業の出来によりますが、その後は自家栽培野菜の漬物にトライする予定^^ 必要なものは、すべて自然が用意してくれています♪ それをどのように食卓にのせていくかで、家族の幸せの質が変わっていく^^ 自然は偉大だなぁ~^^ そして女も偉大だなぁ~(笑)
2009.06.06
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6月2日にアップした「自家製自家用醗酵水の体験談」の続きが昨夜送られてきました♪ Y・Iさんことゆりねえさんからのご報告です。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 『スキンレスキュー』 母は痒みがまったくなくなったみたいです! 「これはすごいわ~」と喜んでいますよぉ~♪ それまでは毎日痒くなりガリガリと血が出るまでかき壊して、それでも治まらずに塩でこすったり、笹の葉エキスを塗っていました。 一時的にはおさまっても翌日にはまた痒くなる・・・の繰り返しだったのです。 母にとっては「痒くない!」ということはストレスがなく、とても幸せなことみたいです^^ 患部もかき傷がかさぶたになり、赤みがとれ黒ずんできました。 そして腫れも引いてきたようで、「普通の足になったでしょ!」と喜んでいます♪ ぜひ続けたいと言っています。 そして私のほうは、また硬い角質が剥けてきました。 つい3、4日前に剥けたのにまた剥けてくるのです。 剥けた下には柔らかい皮膚が出てきますが、いつもこの柔らかいかかとになるならすごく嬉しいです。 水虫は水泡になり出て来ているようで、一時的に悪化しているような感じですが、翌日には水泡が固くなります。 きっと固くなったあとはポロっと取れるんだなあと思います。 すごく進行?が早い気がします♪ 今まではコンプレックスや悩みの種だったのに、母も私も毎日変わる自分の足を見るのが楽しみになりました^^ そして・・・・ 『精霊のハーモニー』のおかげでしょうか・・・ 私は地球のために何ができるんだろうと思うのです。 とってもちっぽけでくだらなかったりする、自分のことや家族のことに追われている・・・ タカコさんやてっちゃんは素晴らしいなあと思います。 地球のためにを考え、今出来ることを見つけ生きていらっしゃる・・・ 今生きている自分のいる地球、そしてもっと多くの人たちとどうやったら関われるのか、何か今、あらためて自分は何ができるんだろうという意識が私の中に沸き上がってきています。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 一生懸命家族の幸せを願っての役割を果たしていらっしゃるゆりねえさんとお母さんの心身が解放されていく様子が伝わり、とても嬉しいです^^ 二人で使用されているようですから、スキンレスキューはぼつぼつ足りなくなってくるかもしれませんね^^ 現在、さらに人のトータルな調和を願って活躍してくれる微生物さんたちを醗酵中です^^ 面白いくらいに、必要な情報が降りてきてくれますので、スキンレスキューの仲間たちが手を取り合って、使用してくださる人の幸せを増幅してくれるように感じています♪ 自然界の法則~共存・共生・助け合い・分かち合い~の意識に添って黙示の無償の行為をし続けている自然界のイキモノたちに、どうぞ感謝の気持ちを伝えてあげてくださいませ。 感謝されればされるほど、彼ら微生物さんたちは、その人に必要なことから順次本来の機能に戻していく作業を実行してくれるみたいですよ♪ 次回お届けするスキンレスキューの内容は、最初にお届けしたものより天使たち(微生物)の数が増えていますので、ぜひじっくりと観察し、ご報告をお願いいたしますね^^ 情報に添って製造するたびに、スキンレスキューは進化し続ける筈です^^ 一緒に楽しんでくださいませ~^^ 【精霊のハーモニー】は、物理的肉体にも、五感によって忙しく変化し続ける感情体にも、自我から真我へ進ませる意識体にも、自己が何者であるのかに気づく霊体にもアプローチしていきます。 その人の全体エネルギーの中で、どこから変化が表れるかは、その人自身のエネルギーバランスによるでしょう。 ゆりねぇさんが、毎晩クリアな夢を見るようになられたのは、経験してきた(今生だけではなく)不要な情報の解除が起きているように感じます。 わたしもそうでした。 深刻にならないで、どんどん解放を楽しんでくださいませ^^ 人はあるがまま、そのままで完全なんだと思います。 魂にとって必要な学びをしているのだと思います。 会社の経営をしながら、5人のお子さんを育て、お母さんも引き取り、大家族の中で懸命に「出来ること、必要なこと」をやり続けて来られたのですから、どうぞご自分を褒めてあげてくださいませ^^ 会社の倒産問題も、どうやら終焉したみたいだし、子どもたちも独立してくれそうだし、これからは、起きてくる事象を冷静に観察しつつ、真我意識に添って人生を楽しんでいきましょうね♪ 【精霊のハーモニー】は【かぐや姫】ベーシック&超意識と協働して、ゆりねえさんのエネルギーを本来の調和に戻していくお手伝いをしてくれると思います。 あはは~、わたしでお役に立つなら、お手伝いさせていただきますし~^^ 精妙なエネルギーを感知する機能は、かなり優れていらっしゃるのですから、それを自己の外に向かわせないで、自己の内に集中させてくださると良いように感じます。 「本当の自己を知る」ことが、最も大切な地球や人類への貢献なんだと思っています♪ 真我意識に添って暮らしていかれるなら、あらゆることが調和に向かうと思います^^
2009.06.06
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友人のお父様が、癌が悪化し再入院されたとのお知らせを受け取りました。 御医者様の説明では、心の準備をしなければいけない様子です。 使用できないかもしれないと思いつつ、【精霊のハーモニー】をお聞きした翌日には発送させていただきました。 人(霊止)に死はなく、肉体(器)を返上するだけです。 それゆえ旅立つ人も見送る人も透き通る心で迎えてほしいとの思いからです。 彼女からの折り返しのメールには、すでにお父様の飲食は中止されているとのことで「父の手足や身体を拭くときにハーモニーを使うようにします。 そして母と私の心身のケアーとして飲用させていただきますね」と書かれていました。 大変な状況の中であるにも関わらず、彼女の心がしんとして澄み渡っているのを感じ、安心いたしました。 肉体をイノチと捉えている人には、肉親の旅だちは悲しく苦しいものです。 せめて意識だけでも愛と感謝で見送りたいと思っているのですが、彼女のメールからもそんなエネルギーが感じられました。 昨日再度彼女からメールが入ってきました。 【スキンレスキュー】誕生のきっかけとなった植物を送ってくださいましたので、それを醗酵させ、出来あがった醗酵液を彼女にお届けしておりました。 病院のベッドに足をぶつけ、内出血していらっしゃったお父様の足にその醗酵液を塗布したところ、1日で内出血が消えましたとのお知らせでした。 必要なものは、必要な時、そこに在るものなんですね^^ 昨年12月那覇の旅に出かけた時、なぜか気になってその植物ばかり見つめ続けていたら、3月、わたしの接触性皮膚炎鎮静用に役に立つかもと彼女から送られてきたのです。 あらゆる出来事やイノチは、みんな見えない糸でつながっており、大いなる一つのいのちの下に呼吸しているんだなぁとその奥深さをしみじみと受け取りました。 お父様を毎日ケアーされている友人のブログには、光を放射する花々の写真がたくさんアップされていました。 父親の旅立ちを宣告された娘の目線や意識の在り様はさまざまだと思います。 何が良い悪いと言うつもりはありません。 ただ、こんな受け止め方をする人もいるということで、彼女のブログをご紹介したいと思います。 http://ameblo.jp/innature/ 静かな雨に打たれ庭の緑や花たちが、喜んでいるようです^^
2009.06.05
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自家製自家用醗酵水製造へのひらめき、気づきが続いていく中で、当たり前の自然の真相がさらに明確に感じられるようになってきました。人が豊かに生きていくための手段のすべてが自然の中にずっと用意されていたことがわかり始めています♪彼らは一切言葉を発しませんが、黙示し続けていたのですね^^自然界のあらゆるイノチを無視し続け、頭だけ化け物のようにがらくた「知識」を肥大させ・・・・人間(自己)の愚かさ、滑稽さが感じられます。必要なものはすべて目の前に差し出されているのに、気がつかないし、見ようともしない・・・・愚かな人間は、何を見つめ何を求めているのでしょう?!そこにすべては差し出されているというのに?!目線を自然の中に置き換えて野山にひっそりと在る植物の心で人間界を見つめると・・・・自己の愚かさを思い知らされます。そういうことなんですね・・・・それがわかった今、自然に還ります。これからどこまで自然の一員に還っていけるのかはわかりませんが、そこを目指します。硬い畑の土くれを一つ一つ両の手につかみ、バラバラにほぐし大地に還していく・・・・たったそれだけの行為であってさえ、自然はその返礼として必要な叡智を愛とともに手渡してくれる・・・人間の作るルールや正義や価値観の愚かさを超然と見つめて、そこにただひっそりと黙示し続けている静であり、同時に動でもある自然の生業にせめて人(霊止)として心からの敬愛を伝えてしまう。ありがとう~^^そこに在る優しさと崇高性溢れる当たり前の自然~♪
2009.06.04
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教師たちへの教育をスタートしようとしたが、相変わらずバラバラだし、心の不安定な彼女たちを前にして、理論や技術を教えることが無意味に感じられました。 「仕事とは何か?」 「何故人は仕事をするのか?」 「仕事としてエステティックを選んだ理由は?」 「エステティックとは何を追及する場なのか?」 「あなたにとってのエステティックとは?」 というところから始めなければいけない状態でした。 こうした意識の共有、言語の統一という最初のステップは、この企業にとっては余計なこと(短期促成栽培で、ともかくお金を生み出すマシーンにして欲しいというのが経営陣の考え方でした)のようでしたが、責任を持って仕事に臨む以上、ここを避けては前に進めません。 意識の共有、言語の統一が出来れば、理論や技術はすぐにカバーできることです。 大切な「基本姿勢」からの話し合い、学習を始めてしまいました。 特に「教師」となる人には大切な意識の学習があります。 知識が身についてくると、自分が偉くなったような錯覚をしてしまいがちです。 謙虚さを失わないよう、学んでくださる人がいるから教師でいることが出来るということ。教えるという行為を通じて自分の不確かな箇所を見つけ出すことが出来ます。 教える事は教えられることです。 慢心しないで、常に自己学習を怠らないこと。 教えさせてもらうことで教える悦びが味わえるということ。 それが自尊の念を育ててくれる最大の報酬であるということ。 そして教師冥利に尽きるのは生徒が自分を越してくれた時であること。 無償の愛を実践することが大切で、自分を守ろうとして生徒を押さえ込むことのないように、また見返りを求めないように自己点検することの大切さを伝え、全員に「無償の愛」と書いてもらったりしていました。 ところが私の不徳で、「濱口さんは宗教をやっている」とされてしまい、抗弁する気もおきませんでしたので、その時この企業とは別れてしまいました。 それでも有り難いことに、この会社から月90万円頂きましたので、しばらく家計の足しになりました。 私は仕事とは自分の愛を形にすることと思っています。 生活費を賄うためだけに働くことはストレスを増大させ、心身の不調を引き寄せます。 どんな仕事であっても、義務感でやる行為と愛をもってやる行為では、見た目は同じようであっても内容が異なりますので、本人と周囲に与える影響は天地の開きほどにも異なってきます。 目先の利益だけを追う仕事は、最初は順調に進んでいるように見えても、自分と周囲の両方をじわじわと崩壊させていくと思います。 目先の利益ではなく、自分を信じて愛のある仕事を誠実に楽しく実践していけば、そのエネルギーは廻りまわってお金を運んできてくれるように感じています。 私は単なる主婦でしかありません。 特別に経営学などを学んだことも無いのに、元金80万円でスタートしたビジネスが年商30億円にまで拡大していったのは、自分を信じていましたし、楽しかったからだと思っています。 お金のことを憂うことなく、日々嬉しく一心不乱に仕事をしていたら、勝手にお金が付いてきたように実感しています。 確保するお金の多寡を追うよりも、自分を信じ、自分の魂(良心)に嘘をつかない生き方をしていれば、必要なお金は必ず廻りまわってやってくるものだということを今も体験し続けています。 自分が発振したエネルギーがそのままに帰ってきます。 人を幸せにしたいという想いで発振したエネルギーであろうとも、そこに自我や欲が絡んでいると、帰って来るエネルギーは歪んだものとなるようです。 ですから自分が今日体験している事象は、とても大切なメッセージなのです。 自分にとって不調和なエネルギーが来ているなら、それは自分の発振したエネルギーが不調和だったからでしょう。 そこで気づいて軌道修正をしていけば、その答えもすぐにわかることでしょう。 もちろん毎日調和のエネルギーを受け取っていらっしゃる方は、自分が発振したエネルギーが宇宙の意識と意志に調和しているということでしょう。 日々発生してくる事象こそが、私たちの生き方の物差しなのだと感じます。 私は自分の信じるやり方しか出来ませんし、私と同じ思想を持っている経営者を見つけることは困難ですので、自分のやりたいことだけを中心に生きる生活に再度入ってしまいました。 無一文への楽しい生活です。 2004.02.28記 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ あはは~、当時の自分を思い出し苦笑いしています^^; 倒産させてそれほど月日が経っていない時ですから、まだまだわたしの内側にビジネスへの意気込が強く残っているようですね^^ 今ではそんな話はとんとやってきませんし、来ても無駄で、自己の生き方を変えるつもりは毛頭ないですね(笑) 時代を経て今なお、ビジネス界の多くがこの企業と似たり寄ったりの営業をやっているように感じますし、一般の人々の脳も封印されたままの流れが結構続いていることを感じています。 もちろん、そうでない人たち(全体への奉仕としての仕事を目指している)の流れも当時に比べればかなり大きくなってきていますし、各段の開きでダイナミックな活動も日増しに増えてきていますが・・・^^ 個人的な思いですが、「仕事」とは生活のためではなく、心(魂)の止むに止まぬ希望への発露であり、お金の多寡を度外視して実践し続けていく「イノチ」の活動なのだと思っています。 自分に嘘をつかず、どこにも迎合することなく、自己を信じて実践し続けていれば、暮らしていくために必要なお金は、必ず廻ってくることを識っています。 やりたいことが、すなわち全体への奉仕にもつながっていく確かな「仕事」であるような社会を創造していきたいですね♪
2009.06.03
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≪風に恋して~自由人への応援歌(15)≫ 「お金(1) 仕事とお金」 以前津留晃一氏から「心からしたいことだけを楽しくやっていると、必要なお金は必要なだけ入ってきますよ。」と言われ、その言葉を信じたわけではなかったけれど、やりたい仕事ややれる仕事が見つからず、流れのままに読書三昧に入ってしまいました。 夫の他界後になると、怒濤のように霊能者系怪しい系人物の訪問を受け始め、居候者たちに振り回される日々が始まってしまいました。 彼らに三度の食事を用意し、眠る場を与えるという降って湧いたような日常生活はオドロキの連続でしたから、それなりに楽しいものでした。 観客は私だけでSF、ファンタジードラマを、特等席で観賞しているようなものです。 時には20人くらいの怪しい系青年男女が泊り込んだり・・・。 毎日が祭りや宴では体力的に疲れてきますし、一人になる時間が欲しくなったりで「私、しばらく家出します。後はよろしく。」という馬鹿馬鹿しいこともありました。 そんな生活でいよいよお金も無くなり、さて困ったなと感じ始めた頃、「取締役として仕事をしてもらえないか」という話が飛び込んできました。 年俸は2,000万円という申し出でした。 この企業は業界では有名な悪質営業を展開していましたので、お断りをしたのですが、断っても断っても「社員総会を見にきてほしい」「FCの説明会を開くので、是非その流れを見て欲しい」「このままでは駄目だと思う。 正当なサロンに生まれ変わりたいので助けて欲しい。」などどんなに断っても懲りずに次々と誘いの手が続きますので、根負けし、ともかく現実を見せていただくことになりました。 FC説明会ではうんざりしました。 某大手商社を巻き込んでの薬局業体変革の進めでした。 感想を聞かれましたので、「プレゼンテーションはすばらしいと思いますが、顔がありません。 顔のないヴィジョンをお手伝いすることは出来ません。」と答えました。 店長会に呼ばれた時には、社長の話を聞きながらメモ帳に「張子の虎」と書いてしまいました。 外側は一見強そうですが、中身が空っぽだと感じたのです。 そして店長たちの発言はその場だけの言葉であり、言わされているだけだということがすぐに解ってしまいます。 営業重視のどの企業でもやっている馴れ合いゲームです。 本当の事など誰も語っていません。 ほとんどの店長の懐には「辞表」が既に用意されていることさえ感じ取れました。 箱根で開かれた社員総会に呼ばれた時、600人くらいいたでしょうか? エステティシャンたちを前にして、取締役たちが壇上で売り上げ低下を責めています。 社長のスピーチが終わった後、急に「濱口先生からも何か一言お願いします。」と促されました。 「皆さん、良く頑張って働いてくださっているようですね。 本当にご苦労様でした。 この場に座っている取締役に成り代わりまして皆様の労をねぎらい、感謝いたします。 ありがとうございます。 取締役の皆様は是非この壇上から降りてくださいませんか? そして社員の皆様は壇上に上がってください。 私には皆様の立場が逆に見えています。 先ほどより売り上げ低下についてその責任の追及がなされていたようですが、責任は社員の皆様ではなく、社長及び取締役の方たちにこそあると思います。 何を威張って皆様を責める資格があるというのでしょう。 社員の皆様は精一杯のお仕事をされたはずです。 今日ここにこれだけ盛大な総会が開けていることは、皆様の成果だと思います。 皆様がここに居るからこの会社は存在しています。 皆様がいなければ、この会社などありません。 自信を持って楽しくお仕事に励んでくださいね。 社長及び取締役の皆様は彼女たちの仕事を正しく評価して、自分たちの怠慢や偽善を反省なさって欲しいと思います。」 スピーチを前もって頼まれていたわけではないので、こんなことを言うつもりはなかったのですが、スピーチ台に立ったら勝手に言葉が出てしまいました。 でも感じたままの言葉ですから、私に負い目はありませんでした。 それよりも打ち沈んでいた会場がにわかにエネルギーを取り戻し、彼女たちが伏せていた顔を上げ、笑顔になる人、涙を流す人、隣の人と握手をする人などで一気に華やかさが広がっていったことの方が嬉しかったのです。 動揺を押さえ込んでいる壇上の重い波動に包まれた席に、私は笑顔で戻って行きました。 これでお誘いは終わるだろうと思っていたのですが、「だからこそ是非にも、お力を貸してください。」とのアプローチがありましたし、宴会の席で彼女たちの真剣な目(ホンモノのエステティシャンになりたい。今やっていることに自信が持てない。本当の理論と技術を学びたいという訴え)に接してしまい、取締り役にはなる気はありませんが彼女たちの素直で真剣な気持ちには応えてあげたくなり、週3日だけで良いならと顧問を引き受ける事になりました。 この会社から求められたのは教育部に所属する教師たちの再教育でした。 ともかくこれでお金は入ってくることになりましたが、教師たちに会って自己紹介などをしている時、口にこそ出さないけれど10数名の教師全員の胸にも、「辞表」が用意されている様子がありありと見て取れます。 重役会議に参加して、 「売り上げの向上を望むなら、これまでの欲だけを増長させている社内文化を一掃し、社員一人一人がこの会社で働くことが悦びであり、自尊の念を持てるような新たな文化を構築する必要があります。 社員の流動性の激しさは、そのことを物語っています。 社員が安心して楽しく働ける環境作りの第一歩として人材育成を最優先されること。 そのためには社員の教育システムを作成し全員に発表すること(全員に希望を与えることが目的です)。 新入社員の教育プログラムに現在のスタッフからもローテーションを組んで参入させること。 社内文化の定着のためには新人を含めた全スタッフの意識統一と段階的な教育プログラムの実施には3年かかると思われますので、その間は多少の売り上げ低下や伸び悩みがあるように見えても、耐えられるよう経営陣の努力を必要とすること。 3年後からは確実に安定成長の期間に入れること。」 などを説明しましたが、経営陣の男たちには覇気のある人がいない。 ワンマンオーナー兼社長の顔色を伺っている「イエスマン」ばかりで保身に明け暮れている人たちばかり。 彼らの話を聞いているうちに、そのほかにもたくさんの病巣が見えてきました。 現場の意識変革がある程度功を奏してきたら、管理部門にも手を入れていく必要がありそうです。 自分の収入確保にしか目が届いていませんから、誰も全体を見ていないのです。 法人も個人と同じで部分で生きているのではなく全体で生きているのに、我欲がらみの対症療法に明け暮れている実態を前に途方に暮れました。 オーナー兼社長から呼び出しがかかりました。 「3年は長すぎる。半年、いや3ヶ月でやって欲しい。」 「御社の規模が小さければ可能かもしれませんが、現在600人の現場スタッフがいて、更に毎月可能な限り人を採用していらっしゃいます。 新人たちの定着を図りながら、現在のスタッフ一人一人に芯を吹き込んでいくことはそんなに簡単なことではありません。 人はマシーンではないのです。 マシーンの修理・点検なら3ヶ月でも出来るでしょう。 その考え方が今日の状態を生み出していると気づいてください。 それとも営業を全面的にストップして教育だけに集中させていただけますか? 出来ないでしょう? 我欲、疑い、不信が取締役をはじめとして全社員に広がっています。 仕事に対する情熱、自信、そして信頼しあえる仲間が全体の半数近くまで揃うのに時間がかかります。 それを3ヶ月で出来る人がいらっしゃるなら、その人に頼んでください。 私にはそんな能力はありませんし、責任のもてない仕事はやるつもりもありません。」 折り合いはつかないまま、私の教育はスタートしていくこととなった。
2009.06.03
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すでに友人関係数人に使用していただき、それなりの結果が報告され始めていますが、皮膚トラブルでお困りの方をモニター募集させていただきます。モニターへの応募は以下の内容で情報を表記してお申込いただいた方の中から数名選ばせていただきます。1、 住所、氏名、連絡先、年齢を記入し、トラブル内容を詳しく記入してください。2、 トラブル個所の写真を添付してください。3、 申し込みはメールもしくは郵送してください。 メール送付先:ten_micron@yahoo.co.jp 郵送先:〒761-4421 香川県小豆郡小豆島町苗羽甲1332-1 てんみくろんの会4、 モニター申込・受付期間:2009年6月20日(郵送の場合6月20日当方へ必着のこと)5、 モニター採用・不採用の結果はメールあるいは電話で6月20日以降にご連絡いたします。モニターさんの決定後、必要と思われる自家製自家用醗酵水をこちらで選び送らせていただきます。どれをお届けするかは、トラブル内容や写真によってこちらで決めさせていただきますので、できるだけ詳しい記述をお願いいたします。1本になるか複数本になるかはお申し込み内容によりますことをご了承くださいませ。対象醗酵水は以下の通りです。【スキンレスキュー】【かがやき】【うるおい】【精霊のハーモニー】【春の陽だまり】途中経過報告などをいただきながら、相方で了解ができる期間(最長3か月間)必要醗酵水を無料で送らせていただきます。経過報告が滞る場合や不適切な行動がある場合、その時点でモニターを終了させていただく場合もあります。御名前は伏せますが、経過の状況や結果などは、データとして使用させていただく場合があることをご了承くださいませ。
2009.06.03
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先日新たに製造した【スキンレスキュー】使用者から、さっそく体験報告が届いてきました。 御自分のかかとの写真を撮っておかなかったことを悔やんですでにきれいになっているけれど、どこまで変化するかわからないので2日目だけど写真を撮っておいたとのこと^^ 送られてきたメールには、おかあさんの湿疹写真が添付してありました。 長年苦しまれている静脈瘤による湿疹が回復されることを祈っています^^ 経過報告もしてくださるそうですので、怖いような嬉しいような・・・^^; 複雑な心境です。 以下に届いてきましたメールをご紹介いたします。 ~~~~~~~~~~~~~~~~ ばあちゃんの足です。 長年の静脈瘤による湿疹です。 今日からスキンレスキューを使って経過報告しまあす。 私自身の体験レポートです。 私はかかとの角質硬貨に悩んでいました。 ストッキングなどは新調したのにすぐにデンセンしてしまいます。 おまけに水虫も飼育していますので夏になると水泡もできたりします。 一ヶ月前くらいからたあこさんの作る全身洗い用醗酵水【かがやき】を使用していますが、その角質がポロポロというよりボロッ、ゴソゴソッと剥けてきたのです。 剥けたあとは柔らかい部分と硬い部分がゴツゴツとまだらになっていました。 そして【スキンレスキュー】が届き、さっそくお風呂あがりにかかとに塗りました。 次の朝、かかとを触ってびっくり! ツルンとしています! 皮が剥けてまだらになってボソボソしていたのがツルンとしています! 本当にびっくりです。 1日でこんなにツルツルになるなんてとっても嬉しいです。 今までこのかかとがコンプレックスで、いろんなクリームなどを塗りました。 かなり高価なので、さぞ効くだろうなあと思い使用しますが、満足な結果はほとんど得られなかったのです。 でも【スキンレスキュー】は、これから毎日使用したらどれだけきれいになるか、本当に楽しみです。 添加物もなく 安心して使えるうえに、薬草と微生物でこれだけの力を発揮するんですね! 改めて自然の力のすごさを実感しました。 感謝しています。 大人ニキビも時々できますので、これからは足だけでなく全身の気になるところに使用させていただきます! 個人的にはアトマイザーに詰め替えて持ち歩きますし、いつでも皆が使えるように台所のカウンターに置いてあります。 本当にありがとうございました。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ Y・Iさん、 もし差し支えなければ、お母さんに全身洗い醗酵水【かがやき】も入浴時使用していただけると嬉しいです。 Yさんが【かがやき】のみの使用でかかとの角質に変化が出たように、使用部分の血行を良くしていきますので、【スキンレスキュー】と併用していただいた方が、回復が早いと思われます♪ 今日電話で、おかあさんの湿疹部分の赤みが1回の使用で消えていたという話を聞かせていただき、その理由は「痒みが消えたので、掻かなかったから~」だとのお母さんからの言葉も嬉しかったです^^ 痒みって辛いですものね^^; 目下、次の助っ人になると思われる植物を醗酵中ですので、身内で体験してみてGOODの結果が出たら次の製造時【スキンレスキュー】に加えるつもりでいます。 楽しみにしていてくださいませ。 畑作業を通して多くのことに気づいていったり、ひらめきがきたりで、小豆島に移転して本当に良かったなぁと嬉しくて~♪ プランターでの野菜栽培、楽しんでくださいねぇ~^^
2009.06.02
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先日漬けたラッキョ漬けに粉山椒が食卓に登場し始めています。 それにチリメン山椒の佃煮も出来上がり、メインではないとは言え、食卓の豊かさに感謝です♪ 加工品をできるだけ自宅で作るようにしてみると、やっぱり身体に優しくて~^^ らっきょう漬けの砂糖は少なめですし、佃煮もお店で買うものよりはるかにシンプルで美味しいですよ^^ 料理用の山椒は1回使用分づつに小分けして冷凍庫に入れてあり、おそらく1年分は十分にあるでしょうか? その代り、粉山椒用がどうも足りなくなりそうで、再度生山椒を買ってきてしまいました。 自分で作った粉山椒をミルに入れて使用したところ、甘い香りが立ち昇ります♪ 驚きました^^ これまでどこで食べようと、粉山椒に甘い香りなど感じたことがありません。 お好きな方で、生山椒が手に入る方は、ぜひ粉山椒を作ってみてくださいませ。 その甘い香りに驚かれることでしょう♪ 畑作業も着実に進行していますので、夏野菜の収穫も楽しみですし、自家製バージンオリーブオイル製造用として「ルッカ」種のオリーブ苗も買ってきてしまいました。 今年は、オリーブの塩漬けにトライします♪ オイルは実の重量に対して10%しかオイルを絞れないようですので、年々実が多くつくように育てていくつもりです^^ 手搾りの出来立てオリーブオイルに各種スパイスを加えて、パンにつけて食べる嬉しいイメージが広がっています♪ まさかこんな豊かな暮らしが広がっていくなんて、まったく想像すらしていませんでした。 食の自然化は人と地球を救う~♪(笑)
2009.06.01
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≪風に恋して~自由人への応援歌(14)≫ 「倒産から学んだこと(5)心身の健康と若返り」 平成11年頃だったでしょうか? ある方から誘われるままに脱毛業界の会合とパーティの席に出た事があります。 懐かしい顔ぶれにご挨拶をして廻ったのですが、何人か私が誰か解らないという顔をされました。 仕事に没頭していた頃、睡眠不足や接待の飲食が続いていましたので、肥満やむくみ、皮膚のくすみなどもあったと思いますし、更には全身から発している波動がぴりぴりしていたはずです。 それに反して、この時には毎日しなければならないことが一切無くなり、やりたいことだけを選んで生きる生活を続けてきたことで、表情が明るくなり、心からの笑顔が出るようになっていました。 多くの方から「濱口さん、10歳は若返ったみたいですね。」と言われました。 自分で言うのも憚られることですが、以前の私は脱毛業界のドンのような存在でしたから、周りを威圧するようなオーラが出ていたことでしょうし、そのために周りに集まってくる人たちも下心のある人たちだったと思います。 このときはそれらが消え、無邪気で平安な心の状態がかもし出す優しいオーラが出ていたのかもしれません。 集まってくる人たちも下心など無く純粋に懐かしさで集まってくださいました。 以前娘に指摘された言葉、「ママは寝ている時でも眉間に大きく皺を寄せている。」を苦笑交じりに思い出します。 今はその眉間に刻まれていた縦皺は跡形もなく消えています。 以前の営業スマイルも必要なくなり、毎日腹の底から湧きでるような屈託のない笑い声が響いています。 損得や勝ち負けという我欲や比較の概念が消えていき、選択する時のものさしは自分の心に嘘をつかないということを大切にするようになりました。 誰が何を思ってくださろうと少しも構わないのだということも身についてきました。 誰かの一時的な評価を得るために生きているわけではありません。 私は私の悦びを体験するために生きているのです。 そうした生き方が自然になってきたから、心は常に豊かで落ち着いています。 そしてお腹の底から笑える日々をおくれるのです。 そうした流れが肉体の生理機能を活性化していくようで、当然のごとく肌が若返ってきますし、表情も豊かになってきます。 心が若返る(子供の無邪気さを生きる)と身体も連動して若返ってくるようです。 17歳の時に決意した「仕事を通して自立する」生き方を継続し続けてきましたので、実は私は遊ぶことが苦手でした。 だからあり余る時間を与えられても、その自由な時間をどのように使えばよいのかさえ解らなかったのです。 今はその自由な時間とともにゆったりと生きられるようになりました。 何者にもなる必要はなく、自分であり続けることが楽しくて仕方ありません。 自分を探求することは、自然を探求することでもあるようです。 それにはお金はかかりません。 日々新たに変化する自分を発見して感動するのです。 これ以上の悦びはないと言ってもいいくらいです。 お金がないから、不必要なものを買うこともなく、余分なエネルギーを取り入れて苦しんだりすることもありませんし、本当に今日自分が生きるために必要な最低限の食材を選び、調理しますから美味しいし、体調を崩すこともありません。 それは同時に地球上での無駄なエネルギー消費を抑えることにも繋がっていきます。 何が心身にとって必要な食べ物であるか、身体が素直に伝えてきます。 無理をしないで身体が欲しがる時、欲しがるものを食べるだけです。 これまでどの文明もエネルギー消費量が増大してきた時から、人間たちの心身に歪みが出てきて我欲がより一層強くなり、人も自然も崩壊させてきたのではないでしょうか? 私にしても以前、あり余るお金があったから欲しくもないものを手当たり次第に買いあさってきました。 世界の珍しい或いは美味しい料理を食べ漁ってきました。 その結果いつも満たされない心を抱え、満足感を求めて何かを探し続けてきたのです。 持てば持つほど、心の飢えが増大していきます。 エンドレスゲームにはまっていき、理由の解らない焦燥感でヘトヘトになってしまうのではないでしょうか? アニメ「千と千尋の神隠し」の中で豚になった両親の姿がオーバーラップしてきます。 全てを失っていった後、自然に「足るを知る」生活に入っていけました。 そして解ったのです。 心を満たしてくれるのはお金でもなければ、物でもないということに。 心を満たしてくれるのは、自分を信じ、自分をこよなく愛することで生まれるエネルギーだということに。 そのことが少しづつ解ってくると、恐れから徐々に自由になってきました。 何が起きようと自分を信じていますから、戦闘モードに入る必要もなく笑顔で出来事を受け入れられますし、出来事と冷静に向き合う事が出来ます。 自分に起きてくる出来事はどんなことでも自分にとって必要な出来事でしかありません。 次のステップに進むために必要な出来事を自分が呼び寄せているだけだということも次第に解ってきました。 それゆえ毎日が新鮮で有り難く、また楽しいのです。 出来事に感謝するだけです。 そんな日々を重ねて生きていますと、心も身体も乱れることがなく、病とは無縁になっていくようです。 私にここまでの平安をもたらしてくれた「倒産」という出来事にどれほどの悦びと感謝を表現すればいいのか途方に暮れてしまうくらいです。 悪いことは何もありません。 心と身体を固くしないで、起きてくる出来事に恐れを捨て、自分を信じて、素直に向き合ってくだされば、その出来事から多くのことが学べることでしょう。 「人生は、心一つの置き所」という言葉があるようですが、本当に意識が変われば、すべての状況が変わってきます。 自分に嘘をつかない生き方をしていくと、誰でも幸せになれると思います。 誰も他人を騙すことは出来ても、自分を騙すことは出来ませんから、自分に嘘をつく生活をしていると、葛藤を創り出し心と身体を傷つけていくのです。 どうぞ今のまま、そのままのご自分(自分で長所と感じることも短所と感じることも)をまるごと信じて愛してくださいますように・・・ 次からは私が体験して、意識が変化してきた具体的な出来事を思い出すままに書いていこうと思います。 2004.01.26記 ~~~~~~~~~~~~~ 本質的な生き方に還っていくための不要なすべてを半強制的に捨てさせられたことの恩恵は、数えきれません^^ 心も体も身軽になって、好きなことだけをして暮らしている時に知り合った二人の女性がいらっしゃいます。 暮らしていらしゃる場及び時期はそれぞれに異なっていますが、どちらの方も倒産に追い込まれ、その決断に苦しまれていらっしゃいました。 お話を聞けば聞くほどに、そのまま仕事を継続されていてはより大きな苦しみを抱えこまれるだけのようでした。 何度もお目にかかり、人生の出直しをするための心や意識変容のお手伝いをさせていただきました。 そのまま「頑張って!」進むのは、ある意味簡単です。 大きな損失を抱え、何もかもを捨て去り退いて行くことのほうが、何層倍もの勇気と決断が必要になります。 求められれば、家族全員にもお目にかかり、倒産の実態とはいかなるものかのお話を何度も何度もさせていただき、倒産後も必要な時にはお目にかかり具体的なアドヴァイスも・・・・・・ お二人とも、最近自己の本質にも気づかれ、蘇生し始めていらっしゃり、よく電話がかかるようになってきましたので、そのうちの御一人のことを簡単にご紹介させていただきますね^^ 彼女の会社は、新建材は一切使用せず、住むことで健康になっていく住宅作りをやっていらっしゃいました。 何度かその家にも伺いましたので、そこに入ると氣が良くてずっとい続けたくなっていました。 採算を度外視して作られていくビジネス姿勢に驚きましたが、結果倒産の憂き目に遭われたようでした。 家族の苦しみはとても大きく、決断までに相当苦しまれていましたので、倒産後彼女のことが気にかかり電話してみますと、わたしの声を聞いただけで泣き出されました。 「たかこさんの言われたことは本当でした。 みんな優しくて、食べていくのも大変でしょうからと野菜など食材を毎日届けに来てくださったり・・・・・ 信じられないことが起きています。 まるで修羅場はありません。 こんな感動は生まれてはじめての経験です。 ありがたくて~(声が詰まって、泣きながらのお話です。) 家族で夜逃げするしかないと思いこんでいたのに・・・・ たかこさんに会えて本当に幸せです。 たか子さんがそばにいて、絶えず親身になって話を聞いてくださり、いろんなお話を何度も何度もしてくださったからこそ、この危機を感謝と感動で経験することができました。 本当のことがわかりました。 わたしは生まれ変わることができそうです。 ありがとうございます。」 (このお話は、感動の涙が止まらない様子で、すべて泣きながら、ゆっくりとお話してくださった内容です。) 捨てることの歓び~^^ 物も意識も社会通念も価値観もしがらみも・・・・・ 捨てて新たなイノチとして、自然法の下に生きていくことのできる歓びは、経験してみなければわからないでしょう♪ 「どうすればたかこさんに会いに行けますか? とても会いたいし話したい。 小豆島までのルートを教えてください。」 と最近彼女から電話をいただきました。 その声はイキイキしていました♪ 「今、トマト作りをやってま~す^^」とのこと^^ ご縁のあったお二人とも、現在元気に蘇生されています^^ ありがたくて、ありがたくてすべてに感謝です♪
2009.06.01
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