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自宅近くにある中学校は、私がかつて通った懐かしい母校であったりします。先ほど車で中学校のそばを通りましたが、ちょうど下校時間だったようで、たくさんの生徒たちが歩いていました。今日は午後から雪が降ってきました。とても寒い風が吹いている中でも、若者たちは分厚いコートなど着ず、制服姿で元気に下校していました。校門のすぐそばで、相合傘のカップルを見かけました。二人立ち止ったままで、静かに語り合っているようでした。周りの女の子たちはそのカップルが気になるのか、いつまでも振り返って見ているのが印象的でした。私にも同じような思い出があります。中学生のころ、一度だけ当時好きだった彼と一緒に下校しました。(この人は現在の夫であります。)お天気の良い日でした。やはり友達がもの珍しそうに私たちを見ていました。いくつかの視線を感じながら、少し大人の気分で校門を出ました。男の子と下校するということは、とても目立つ行為だったと思います。どうしてそういう経緯になったのか、どっちから言い出したのか、ハッキリ思い出せないでいます。だけど、その日の私は今でもハッキリと覚えています。緊張していることを表情に出さないように、なるべく自然にふるまうように気をつけていました。気をつけているくらいですから、やっぱり不自然な自分だったと思います(笑)。 時々中学生のカップルを目にするのですが、当時の自分が思い重なって複雑な気持ちで見つめてしまいます。まだまだ不安定で、恋愛に慣れていない恋人たちは、これから先どのくらいの思い出や運命が待っているのでしょう。少しずつ大人になり世界が広がるにつれて、二人の世界も大きく開けて、いろんなことに遭遇していくのだろうと思います。別れがあったり、また別の出会いがあったり・・・。中学生のカップルを見ると、いかにも儚げで、まだまだ航海していくには早いというような危うさが見えてしまいます。その未熟さと、思い出の中の自分が重なります。大人になるといろいろあるんだよ、ってちょっと思います。でもちょっとうらやましいのです。 。 。 。 。 。相合傘のカップルは、バックミラーから消えました。私の思い出も、フロントガラスに付く雪がサッと溶けるように、静かに消えていきました。対向車が来たので、ちゃんとすれ違えるように、運転に集中することにしました。
2008年02月27日
前から見てみたかった映画、「武士の一分」をやっと見ました。キムタク主演ということで、ストーリーよりもキムタクの魅力が光っている作品なのかと想像してましたが、思いのほかキムタク氏は地味な役柄で、かえってストーリーがしみじみと心に伝わってくるように感じました。古い時代の日本の良い風景がとてもよく表現されていると思いました。自然の美しさはじめ、家のたたずまいであったり、庭の様子であったり、やはり日本的な風景はとても美しいなぁとあらためて思いました。時代劇などでは‘いかにも日本風を表現した’というようなセットを目にしたりしますが、この映画では本当にさりげなく昔の様子を再現していたと思います。実際にタイムスリップして、実際の世界を見ているような錯覚さえしました。山田洋次監督の作品は本当に素敵です。常にやや暗めのトーンで話が進んでいったので、最後にハッピーエンドになるとは思ってもみませんでした。最後に思わぬ感動を味わいました。妻を許すということは、『武士の一分』という見地からすると反比例していることのように思いましたが、見る人を楽しませるという映画の本質を考えますと、やはりハッピーエンドは心を打たれるもので、それはそれでよいのだと思います。セリフが少なく、その分行間を読むような・・・といいますか、見る人それぞれの心の中でいくらでも情景を膨らませることができる、懐の深い作品だと思います。やっぱりやっぱり山田作品は好きだなぁ。ホントにしみじみと素敵な作品でした。
2008年02月23日
ほぼ突発的に祖父のことを思い出した。父方のおじいちゃんで、小さい頃から同居していたのだけど、私が高校3年生の時に病気で亡くなってしまった。思い出したことというのは、入院していたおじいちゃんをお見舞いに行ったときのことだった。まだ私が小学生だったので事情はよくわからないのだけど、県外の大きな病院に一時入院していたときがあった。その病院へ母とお見舞いに行った。電車やバスを乗り継いで大きな病院まで行った。都会にある病院だったので、おじいちゃんに会うことよりも、電車に乗ったり途中で母とレストランで食事できたことの方が単純にうれしかったという記憶が残っている。病室でおじいちゃんがどんな顔をしていたのか、どんな会話を交わしたのかなど今考えてみても一切思い出せない。だけど、強烈によみがえってきた場面があった。病院からバスに乗って帰るときだった。大きな病院を漠然と見ていると、たくさんある窓の一つから人影を見つけた。すぐおじいちゃんだとわかった。あれは何階くらいだったろうか?? 7階、8階くらいだったろうと思う。バスの窓から手を振った。静かな性格のおじいちゃんが、黙ってじっとバスを見てたような気がした。おじいちゃんは私たちが乗っていたバスを見つけていたのだろうか?と思う。それはもう知る由もないけれど、何故か突然にその時のことを思い出したのだった。そして当時の自分では考えたことがなかった、おじいちゃんの気持ちについて思いをめぐらした。県外の遠い病院なので、家族も滅多にお見舞いに行けなかったのだと思う。病気のおじいちゃんは、遠いところで1人ぼっちでとても寂しかっただろう。私たちがお見舞いに行ったことはとても喜んでくれたのだろうと今さらになって思う。そして窓から地上のバスを見下ろしているおじいちゃんは、再び底知れない孤独に引き戻されていただろう。無機質な巨大な病院で、1人ぼっちで病気と向き合っていたおじいちゃん。寂しい夜をたくさん過ごしたのだろうな・・・。窓から見える空をどんな気持ちで眺めていたのだろうかと思う。こんな年になるまで、おじいちゃんの気持ちを考えることがなかったというのがとても申し訳ないと思った。今の私だったら、たくさんお見舞いに行くのに・・・。世の中は皮肉なもので、そういうことに気が付いたときにはもう遅いもの・・・。案外人はそんなふうにして、すれ違いを繰り返すのかもしれない。天国のおじいちゃんへ、この気持ちが届きますように・・・。
2008年02月20日

先日、お天気がよくて暖かい日があった。暖かいといってもまだまだ気温は低くて冬の気候には変わりなかったのだけど、もっと寒い日を体感してきたからか、ずいぶんと暖かく感じた。次の日からまた寒い日になるとニュースで言っていたので、何日かぶりにコタツ布団をめくり上げ、外へ干した。窓を開けて部屋の空気を入れ替えた。結構重症の寒がりなので、冬はほとんど窓を開けられない。実家の母などは掃除をする時はたいてい窓を全開にする。私も本当はそうやって掃除するべきなのだと思うのだけど、寒くてどうしても窓を開けられない。換気をすべきだなぁ・・・と日ごろから気にしていたので、ここぞとばかりに窓を開けた。新しい空気が窓からふわーっと入ってきた。そして太陽の匂いのようなすがすがしい匂いを感じた。太陽が外の世界を暖めたような匂いというのだろうか。コンクリートやアスファルトが暖められた匂いなのかもしれない。 毎年春になる前に、春の匂いを待ちわびている自分がいる。暖かい日に外へ出て、風のにおいをかいでみると、土や草の匂いが風に乗ってやってくる。こういう春の匂いがするのを期待をこめて待っている。今週は真冬日らしいけれど、春はもうそこまで来てる。これから春になる、という今の時期は一年のうちでも一番明るい気持ちになる。なんてったって、暖かさが上り坂で上がっていくのがうれしい。あともう少し。春を待ちましょう。
2008年02月12日
昨日いつものように内職を納めに行った。冬の冷たい空気が冴え冴えとして、夕方の空をクリアにしているようだった。空の端の方に少しオレンジ色のところがあった。「お母さん、夕焼けだよ、キレイ。」と長男が言っていた。事務所に行くと、いつもお世話になっている社員の方がいて、私は用があったので声をかけた。「すみません・・・、あの・・・」というと「声をかけられるとドキっとします。内職を辞めるという話ではないですよね^^」と珍しくそんなことを言われた。「まだお世話になりますから、心配しないでくださいね。」と私は言った。毎日ほとんど家の中で過ごしている私にとって、この何気ない会話はちょっとした刺激になった。私がさせてもらっている内職は、納期が厳しくなく、とても気楽に仕事ができる。なので体調が悪ければ休むことができるし、全く自分の都合でやっていけるので、私みたいに健康に自信のない人でも、なんとか続けていられる。働きに出ることは今のところ無理そうなので、本当にこの仕事に巡り会えてよかったと思っている。こんな頼りない私なんかに、辞められると困る、というようなことを思ってもらっているというのが、自分ではとても意外なことに思えた。もっともっとがんばってできる、私の代わりになる人はいくらでもいるだろう、と思うからだった。たぶん今忙しいから、単純に辞められると困るということだろうけど、でもやっぱりそんなふうに言ってもらえるのはうれしいことだった。久しぶりに気持ちがパっと明るくなった気がした。こんな私でも、社会の循環の端っこのもっと端だけど、どこかで繋がっているという思いがした。そしてそれは自分にとって結構うれしいことなのだとわかった。ここ数年間、家事と子育てを中心にして生きてきて、人と会ったりする機会もめっきりと減ってしまった。時々立ち止まって、これは寂しいことなのか、どうなのか?と自問する日もあった。だけどそんな生活にも慣れてしまって、考えることもなくなってきていた。なので社会の一員なのだと自覚できたことが、ことの他新鮮に感じたのだろうと思った。人見知りで人と会うのも苦手な私だけど、人と繋がることがとても楽しいことだと思う自分も、また自分の一面であることにあらためて気がついた。引き出しの奥にしまってある自分を、久しぶりに見つけた気がした。さて、これからちょっとお仕事します。
2008年02月05日

今日は立春。1月からずっと待ちわびていた日。暦の上だけでも「春」という字が書いてあると、気分が春めいてきて何ともうれしい。昨夜は夫の実家へ行き、太巻きをご馳走になった。南南東を向いてかじる、ということで、本当に南南東を向いているのか疑問はあったけれどとりあえず南東の方を向いて一口食べた。子供の頃はこんな風習なかった気がする。なので子供が生まれてからも、節分の日に太巻きを食べるということをしてこなかった。昨日は初めてちゃんとした節分を過ごせたのだった。それにしてもこれはスーパーの、‘太巻きこの時ばかりに売ってしまえ大作戦’なんだろうと思う(笑)。義母も「スーパーは混んでいなかったけど、お寿司コーナーだけは混んでいたわ」と言っていた。ごはんが終わると、義兄が子供たちに「寄り合いに行ってくる」といって席を外した。これは口実で、鬼に変装するために出て行ったのだった。しばらくすると玄関のチャイムが鳴り、そして激しく玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。子供たちは豆を持ってスタンバイし、恐る恐る玄関へ行く。するとドアが力強く開いて、なまはげのようなお面をつけた義兄が姿を現した。それは義母の趣味で収集されている、いろんな地方のお面の一つだった。大きな迫力のある赤鬼のお面で、義兄の演技力も加わって結構リアルな鬼に見えた。赤鬼の後ろにもう1人鬼が出てきた。今度は黒鬼で、それは義父のようだった。義父が鬼に扮装するとは聞いていなかったので、大人の私まで一瞬たじろいだ。まさか本当の鬼などいるわけないと思ってはいても、予測してなかった鬼を見ると結構気味が悪いものだった。子供たちはすっかり騙され、激しく泣いている子もいた。我が家ではここまで節分を満喫することはないので、そのスケールの大きさにちょっとびっくりした。子供にとってはかけがえのない思い出として心に残るのだろう。とてもいいことだと思った。 子供の頃、母と節分の豆まきをした思い出がよみがえった。たくさんのお豆が用意されていて、私はそれをガシっと掴み、部屋中にばら撒いた。母のお掃除はどうなるのかと一瞬思い、母の様子を伺うと目が笑っていた。それを確認すると、もうためらうこともなく豆まきをした。あの時の母の様子は心にしっかりと染み付いていて、大人になってからも時々思い出していた。子供ができたら、ぜひとも全力で豆まきをさせてあげようと思ったものだった。母とのあの豆まきがなかったら、「後片付けが大変だから、そこそこに・・・」ということを言っていたかもしれないと思う。あの時の母は、子供のすべてを受け入れる覚悟のようなものがあったと今になって思う。そう思うと、今の自分はまだまだ子供っぽい気がした。今ごろになって、また母の大きさが少しわかった気がした。
2008年02月04日
車を運転しているときに、よろよろと自転車で走っていくおじさんを見た。ちょっと肌の色が黒くて、目がギラついてるような人だった。なんとなく横目でおじさんを見ると、急に記憶の奥から子供の頃に見たおじさんを思い出した。小さい頃、保育園の頃だったと思う。片手のないおじさんが自転車に乗って新聞を配っていた。私が見るくらいなので、夕刊を配っていたのだろうと思う。やっぱり浅黒くて髪がボサっとしていて、目の白目のところだけが妙に白く光って見えた。周りの大人たちは、「あのオジサンは怖い人だから、ついて行ったらダメ」と言っていた。おじさんの片手がないのは戦争が原因らしく、鉄砲で撃たれたと言っていた。鉄砲などと物騒なことを言うわりには、私たち子供を見ると気さくに話しかけてきて、「お菓子ちょうだい」と言って片手を出して笑っていた。たぶんその姿を見て、大人たちは「よろしくないオジサン」と判断したのではないかと思う。また別のおじさんを思い出した。ガス屋のおじさんで、なぜか頭の後ろ側だけに大きなボツボツがたくさん付いてた人だった。ボツボツといっても、小さなコブのようなもので、病気なのか何なのか結局わからなかった。幼かった私は、ぶしつけにおじさんにコブのことを尋ねたようで、私のおばあちゃんが相当焦っていたという話を聞いたことがあった。なのでそのおじさんが来ると、私と鉢合わせしないように工夫したようだった。もう1人、子供の頃によく見たおじさんがいた。いつも自転車に乗っていて、いつも鼻歌を歌っているおじさんだった。とても低い声だったけど、陽気な顔で「ふーんふーん♪」と歌っていたので、優しいおじさんに見えた。そのおじさんは不思議な人で、実にいろんな場所で出没するのだった。さっき自宅近くで見たかと思ったのに、その後別の場所でも見かけたりした。そういうことが何回もあるのがとても不思議で、見かける度に「ウソでしょ」と思って笑ってしまうのだった。このおじさんは、私が車の免許を取ってからもよく見かけた人だった。車に乗ってでさえも、行く先々で出会うので、よほど出没する範囲が広かったのだと思う。しかも、偶然裏道を通ったのにそこにおじさんが自転車で走っていた、というようなすごい偶然があったりして、ここまでくると笑うしかなかった。私もずいぶん年を重ねたので、きっとこのおじさんたちはみんな天国へ行ってしまっただろうと思う。なんか、懐かしい。また会ってみたい気がした。
2008年02月01日
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