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野鳥観察の時のお昼、俊夫の提案は、 1 ご飯もの、甘栗おこわ。帆立しょうがご飯。鶏そぼろとごぼうの炊き込みご飯。 2 お魚料理 鮭の焼き浸し。締め鯖のレモン焼き。秋刀魚のみりん干し焼き。 3 お肉料理 豚肉の味噌焼き。鶏肉の梅煮。 4 お野菜料理 アスパラガスの焼き浸し。茄子の味噌田楽。ピーマンとちりめんじゃこ炒め。白いんげん豆の甘煮。ほうれん草のおひたし。こんにゃくのオランダ煮。 5 デザート 季節のフルーツ、梨、柿、葡萄など。 6 飲み物 ほうじ茶。 とかなり手の込んだものであった。食事計画を立てるのは簡単であるが、しかし実際に食材をそろえ、そして調理するのはたいへんなのである。しかも茂美は前日の土曜日は、ヴェルディの《レクイエム》を鑑賞するために夕方までいないのである。 俊夫はにこにこ笑って、「だいじょうぶだよ。お父さんとお母さん、そして、としすけがいるから準備、仕込みをばっちりしておくよ!」とあっさりといった。 仮に茂美が自宅に戻ってきても、手伝うことが出来るのは、夕方以降である。もっとも当日、日曜日の早朝は、お弁当作りに大忙しなことだと思われた。したがって茂美が手伝い、腕を振るうことができるのは、当日の朝の準備のときである。そのために俊夫が中心となって、準備、仕込みの手順をあらかじめ考えておき、それぞれが役割分担して、料理するのである。 俊夫は、何度も、茂美や尚美、俊介に向かって、 だいじょうぶ!たいしたことないよ、楽しみながらやろう! という。つまり、料理自体はそれほど難しいものではないし、手の込んだものではないからである。おそらく朱雀鴒奈の両親もいろいろと考えて手料理を持参することも考えられたのである。それより、人数分の量を考えて料理するのが肝心なのである。 俊夫は、茂美に向かって、「いいかい。さくらちゃんやみそのちゃん、しのちゃんには、くれぐれもお弁当は持参しなくていいよ、と伝えておきなさい。それと勧修寺顕常さんや瀧脇梅子さんにもお昼はこちらで全部用意するからね、と話しておきなさい」といった。 茂美は表情を大きくし、「え?お父さん、いいの?」といった。「いいに決まってるじゃないか。いつも茂美がいろいろとお世話になっているんだ。お昼のお弁当ぐらいたいしたことないよ。みんなで大勢で食べると、やっぱり旨いし、楽しいからね!」と俊夫はそういった。 茂美は、「お父さん、ありがとう!」といって満面の笑顔になったのである。
2014年02月28日
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茂美と俊介、それに母親の尚美も加わってダイニングテーブルで、野鳥観察の企画、プランを練っているときに、父親の俊夫がやってきた。どうやら自分の書斎での仕事が一段落したようで、冷蔵庫から冷たい麦茶を取り出し、グラスに注ぎ、ぐいぐいと飲んだ。そして3人が話し合っているところに行った。 茂美はA4用紙に、細かく計画を書いていった。もちろん弟の俊介や母親のアドバイスも書いてあった。これを後で、パソコンで入力し、プリントアウトするのである。茂美はこういった企画を作ること、書くことは得意だったし、意外と好きだった。今でいうプランナーということなのか。とにかく、茂美はどんどん頭に浮かんできたことをメモし、書いて行くのである。おそらくこういう遺伝、DNAは父親ゆずりかもしれない。なぜなら父親の俊夫も職場では、教務主任という重責を担っていたが、しかし俊夫も本来、いろんなことを企画したり、計画書にすることは得意だったのである。 「お、だんだんと野鳥観察の計画が出来てきたようだね!」俊夫は両目をまるくしていった。 茂美は用紙から顔を上げ、「うん、としすけやお母さんに手伝ってもらっているからね。ところで今、相談しているのは、当日のお昼、お弁当をどうするか、ということなんだけど」といった。 その言葉に俊夫はいたく興味を覚え、さらに両目を大きくして、「おおーそうか!」と、いって食卓の椅子に腰を下ろし、身を乗り出す。 尚美は、俊夫の方に顔をやり、「あなた、祭り囃子が聞こえてくると、思い出すのはおふくろの味。お煮染めを炊いて、お赤飯にごま塩と、南天の葉を添えて、かみしめる美味しい味を、この子たちに伝えたい」といった。「おおーお母さん、なかなかしゃれたことをいいますね!」と俊夫は反応した。 尚美は、うふふふと笑い、「そうよ、あなたの出番よ!」といった。 OK!みんなでお弁当考えよう! 俊夫はそういってから台所に戻り、そして何冊かの料理の本を持って、みんなの所に戻ってきた。それをダイニングテーブルの上に置いた。茂美や俊介、そして尚美はそれぞれ料理本を手に取った。 俊夫はにこにこしながら、「あれだろう、当日は、茂美の親友たちの他に、れいなちゃんのご両親も来るし、店長さんも参加するし、あきこさんのお兄さん、かじゅうじ・あきつねさんやたきわき・うめこさんも来る。やっぱり、いろいろとご馳走を作って、みんなで美味しくお昼を食べたいよね!」といった。 茂美は素直に、うん!といった。 俊夫は、「今回のお弁当は、ちょうど秋に向かってのお弁当ということでどうだろう。時期は多少早くても、甘栗は手にはいるし、きのこもある。魚介、たとえば、あさりも手にはいるし、帆立もある。秋の味覚を先取りすることは、充分可能だよ」といった。 俊介は腕組みしながら、少し考えるように、「お父さん、それはお弁当は、ご飯中心で行く、ということ?だから、たとえば甘栗は、甘栗おこわ、帆立は、帆立のしょうがご飯だし、あさりは、ひょっとしたら、あさりの佃煮ご飯かな?きのこは、当然、きのこご飯だろうし」といった。 俊夫はにやにやし、 うむ、さすがは、高松家のあととりじゃ! と、満足そうにいった。 その言葉に茂美は、「うわーお父さん、甘栗ご飯に帆立しょうがご飯!」とどんぐりまなこをまんまるにして、いったのである。
2014年02月27日
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今回茂美たちが野鳥観察に行こうとする「狭山湖」は、埼玉県所沢市にある。「狭山湖」は、「山口貯水池」とも呼ばれる。ちなみに「多摩湖」は、「村山貯水池」ともいう。周辺は、入間市が隣接していて、緑豊かで自然がいっぱいの場所である。特に狭山は、「狭山茶」が有名で、周辺には茶畑が拡がるのである。また、狭山丘陵には、ジブリ映画でおなじみの「トトロの森」もある。もちろん茂美もジブリ映画が大好きである。 狭山湖のすぐ側には、プロ野球のドーム球場をはじめ、大きな遊園地もある。その遊園地の隣に、「荒幡」(あらはた)という場所があり、ここには浅間神社があり、そしてなんと「荒幡富士」という立派な富士山があるのである。お山の高さは、19メートル。周辺の神社などから集めた石碑や石仏が山の斜面などにあるのである。なかなかおもしろい場所である。 とにかく茂美と俊介は、狭山湖周辺の地図を眺めて、野鳥観察のプランを練る。 茂美が人差し指で地図をなぞりながら、「あ、山口観音がるよ!」といった。 山口観音・金乗院といい、ひじょうに歴史がある、由緒正しき大きな寺院である。また、その近くには「狭山不動尊」というのもある。見所がたくさんあるのである。 俊介は、「ここには、観音茶屋もあるよ」という。「ここで、お茶と和菓子、羊羹で一服というのもいいね!」と茂美はつづき、えへへへへと笑う。「でもさ、目的はあくまでも野鳥観察だからね。あんまり行動範囲、拡げない方がいいよ」と俊介は冷静にいう。 茂美は、えーとつぶやき、口をひょっとこのように三角にとがらせる。 そして俊介のおすすめは、狭山湖の防波堤である。とくにこのあたりは、「県立狭山自然公園」といい、文字通り自然がたくさんあり、大きな樹木もたくさんある。つまり、この場所は、まさに野鳥観察にうってつけの場所で、水辺の鳥もたくさん観察できる、ということだった。どうやら冬になると、かなりの渡り鳥もいるようだった。さらに東屋もあり、もし仮に雨がふいに降ってきても、だいじょうぶ!ということだった。 茂美は腕組みしながら、 うーむ、とうなずく。「じゃあ、やっぱり、お昼、お弁当はこの東屋で食べるのがいいのかな?」と茂美はいった。「ぼくも、そのほうが良いと思うよ。すぐ目の前は、狭山湖でものすごく眺めもいいし、万が一、雨が降ってもだいじょうぶだし。テーブルもたくさんあるんだよ、ぼくたち人数が多くてもOKだよ」と俊介も姉の考えに同意した。「そーか、それじゃ、後はお弁当を、メニューをどうするかだな」茂美はふたたび腕組みをしながらいったのである。
2014年02月26日
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茂美と俊介は、夕食後も食卓に残り、今度の日曜日の野鳥観察の計画を相談し合っていた。きちんと集合場所や時間、そして当日の持ち物などを考えて、これを後でパソコンに入力し、プリントアウトしなければならない。確かに野鳥観察の話しは朱雀鴒奈(すざく・れいな)が言い出したことではあったが、しかし野鳥観察を行う「狭山湖」は、茂美、高松家の地元だったので、ここはやはり地元に詳しい、茂美が率先して計画を立てた方が良いだろう、という父親のアドバイスにしたがって、そうすることにしたのである。さらに狭山湖については、弟の俊介が詳しいので、俊介にも一緒に計画を立てることになったのである。姉弟仲良くやるのである。とにかく、 茂美は、俊介が先日「都立狭山公園」のパークセンターからもらってきた、 「レンジャーミニ図鑑 NO3 武蔵野で見られる野鳥」を見ていた。これはイラストではなく、ちゃんと野鳥の写真が掲載されていた。俊介は他には、「武蔵野の公園で見られる秋の実(木の実)」や「きのこ」、「初夏~夏の草花」、「初夏~夏の樹の花」、さらに「秋の花」というのも姉の茂美に見せていた。どれもカラフルな写真がきれいだった。これらの資料が、全部無料、ただ、というのもうれしかったのである。 茂美は、少し考えるように首をひねり、「あれだね、このレンジャーミニ図鑑、武蔵野で見られる野鳥、パンフレット、人数分あればいいね?」と俊介を見ていった。「うん、お姉ちゃん、大丈夫だよ。明日にでもぼくと理科クラブのみんなで、これ、もらってくるよ」と俊介は、あっさりといった。「ほんとう!いいの?また、わざわざ都立狭山公園まで行ってくれるの?」茂美はどんぐりまなこをまんまるにしていった。「うん、実は、ほら、うちのすぐ側の東大和南公園の事務所にも、これと同じレンジャーミニ図鑑が置いてあるんだよ。この間、都立狭山公園の係の人が教えてくれたんだよ。だから学校の帰りに、もらいに行くよ。それと、狭山丘陵の都立公園の地図も人数分あったほうがいいと思うからそれももらってくるよ」俊介はそういうと、カラフルでコンパクトに折りたためる地図を拡げていった。「うわーとしすけ、ありがとうね!これと、このきれいな地図があれば、事前に、みんな野鳥観察の学習をすることができるからね!」と茂美は表情を大きくしていった。 茂美は、土曜日に行われる、ヴェルディの《レクイエム》も大いに楽しみだったが、次の日、日曜日に行われる野鳥観察も楽しみでわくわくするのであった。願わくば、当日天気が朝から晴れるのを祈るばかりだったのである。
2014年02月25日
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高松家の夕食の後、弟の俊介は、先日理科クラブで行ったときに、「都立狭山公園」のパークセンターでもらってきた、資料、地図や動植物に関するパンフレット、印刷物を、食卓に持ってきた。きちんとファイルに整理されていた。俊介は姉の茂美と違って、整理整頓がちゃんとできていた。 その点、姉の茂美は整理整頓はひじょうに苦手だった。資料やパンフレット類をもらってきても、分類し整理するということは、まったく苦手だった。そうゆうたぐいのものは、全部机の引き出しの中につめこんでいた。ようするに、 ずぼら、 簡単にいえばそうだった。 母親の尚美はきちんと書類や物を整理するタイプだったので、おそらく俊介は母親の遺伝を引き継ぎ、そして父親の俊夫は、まったくのずぼらだったから、娘の茂美は、当然父親の遺伝を受け継いだものと考えられる。父親の書斎は、書類やら本やら音楽のCDやらでぐじゃぐじゃ状態だった。見事なまで。ただし茂美はそこまでひどくはなかった、まだ。 とにかく茂美や尚美、そして俊夫も愛用の清水焼の湯飲みで熱々のお茶を飲んでいた。食後のデザートいうか、お茶請けは、お煎餅に黒糖かりんとうだっだ。これは「立川志摩丹」(たちかわ・しまたん)、つまり立川の老舗百貨店の地下食料品売り場で購入したものである。茂美と尚美が大好きなものだった。 俊介は、「都立狭山公園 いきものマップ」を拡げた。 茂美も尚美も俊夫も身を乗り出して見る。 お、楽しそう! 茂美はそう声を挙げた。 カラフルなイラストが描かれていた。例えば、森の生き物や水辺の生き物、原っぱの生き物など、一目でわかるように工夫してあった。さらに「生き物ごよみ」もあって、「はな」、「むし」、「とり」、「そのほか」という項目に分類されていて、1月から12月の間にどのような生き物を観察できるのかが、記されていた。 俊介は、右手で眼鏡を上げると、「えーと、ちょうど9月から10月にかけては、かわせみ、あおげら、こげら、はくせきれい、うぐいす、えなが、やまがら、しじゅうから、ほおじろ、むくどり、すずめ、がびちょう、かるがも、もず、かわうなどがいるんだよ」といった。 ほおーけっこういるんだね、茂美はそういうと黒糖かりんとうを、ぼりぼりびりと食べた。 俊夫は両目をまるくし、「おおー野鳥の鳴き声、おもしろいじゃないか!」といって、地図の「鳴き声」の野鳥のイラストを見ながら野鳥の鳴き声を真似る。 ほととぎす とっきょきょかきょく!(特許許可局) ほおじろ いっぴつけいじょうつかまつります(一筆啓上仕り候) やまがら つーつーぺーつーつーぺー せんだいむしくい しょうちゅういっぱいぐいー!(焼酎一杯ぐいー) しじゅうから つ、つ、ぴーつ、つ、ぴー! 俊夫は上手に真似る。 これには茂美や俊介、尚美は笑うのであった。
2014年02月24日
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尚美は茂美の顔を見て、「しげみ、ところで、れいなちゃんが一緒に野鳥観察に行きたいというお友達は誰なの?」と聞いた。 俊夫と俊介もカレーを食べながら茂美の方に顔をやる。 茂美はカレーをぱくぱく食べていた。両頬をとらふぐのようにふくらませる。もう2杯目のお代わりをしていた。カレーは山盛りだった。「うん、お母さん、あれだよ、お友達じゃなく、れいなちゃんのお父さんとお母さんなんだよ」と茂美は答えた。 俊夫は、表情を大きくし、「ほおー社長さんがくるのか!」といった。そして言葉をつなげ、「フランス輸入食品会社、イヤー、メルシード、ヴァン!<もうワインがいっぱいある、ありがとう>、だったね!」と、フランス語と日本語名をいった。 茂美と俊介は両目が点になり、 へ? といった。 俊介は、「お父さん、ちがうんじゃない?」といった。 茂美も腕組みしながら、「あれ、たしか、<もうワインを全部のんじゃった>じゃなかったけ?」とつぶやいた。 尚美は、夫と娘にあきれたように、「あ・な・た。しげみ。イヤ・プリュ・ド・ヴァン!<もうワインがない>、よ。二人ともすぐに忘れるんですから」といった。「あ、そうだったけ?」と俊夫と茂美は同時にいい、そして、いつものように、二人はえへへへへと笑ってごまかした。 やれやれである。
2014年02月23日
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茂美はカレーをぱくぱくと旨そうに食べながら、父親に聞く。「お父さん、ところで、マイクロバスの件はどうなったの?店長さんだいじょうぶ?」 俊夫もカレーをぱくぱくと旨そうに食べながら、「うん、OK、大丈夫だよ!日曜日は、もとちん、ちゃんとマイクロバスを出してくれるし、われわれと一緒に野鳥観察もやるよ!」といった。 尚美も茂美も俊介も表情を大きくし、 うおー!よく店長さんOKしてくれたね? と驚きの声を挙げた。 尚美は切れ長の両目をまんまるにし、「あなた、店長さんになんていって、マイクロバス、OKしてもらったの?」と聞いた。 茂美も俊介も身を乗り出して父親を見る! 俊夫は、えへへへへと笑い、「いや、そのーかんたんだったよ。もとちんに日曜日の野鳥観察に一緒に行かない?たくさん参加するんだよ、と誘って、それから、かじゅうじ、あきこさんのお兄さんも来るんだよ、野鳥観察に、といったんだよ。そしたら、もとちん、喜びの表情になって、じゃあ、おれ、マイクロバス出すよ!といったんだよ。だから、OKだよ!」といった。 すごーい、お父さん! 茂美はどんぐりまなこをまんまるにして、そう声を挙げた。 俊介と尚美も、ほおーと感嘆の声を漏らした。 俊夫は、左の親指を立てて、 にっと笑ったのである。
2014年02月22日
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茂美が、夕方帰宅すると高松家の夕餉の準備が行われていた。 茂美がリビングに飛び込むと、 家族みんなが、おかえりー! と長女を出迎えた。それと同時に茂美の鼻孔には、なんともいえない旨そうな最高の匂いがたくさん入り込んできた。そしてお腹がぐうーとなる。甘そうな匂いは、誰もが大好きな、 カレーだった! そう高松家特製のカレーである。 カレーの具は、とくに変わったものではない。ポーク、ジャガイモ、人参、玉葱とおなじみのものである。ただし、ポークは大きめななものが入っている。さらには隠し味として、高松家秘伝の特製のソースが入っているのである。秘伝なので、ここで公開することはできないのである。みなさん悪しからず! 茂美の口からよだれが落ちそうだった。 食卓には、すでにスプーンやフォークが並べられていた。福神漬け、らっきょうもあった。俊介は、それぞれのグラスに冷えた水を注ぐ。グラスの中には氷が浮かぶ。 お姉ちゃん、はやく着替えてきなよ、といった。 茂美は、うん、と返事をした。 台所には、両親、俊夫と尚美の姿があった。とにかく遠距離通学となった茂美は、今はとにかく家族に甘えるのである。茂美は自分の部屋に戻り急いで着替えて、またダイニングに戻ってきた。 尚美と俊夫が、家族のカレーを食卓に運んできた。熱々のカレーである。 茂美は自分の席につくと、目の前にご飯が大盛りのカレーが置かれた。 他の家族みんなが席につくと、いつものように俊夫が、 それでは、いただきまーす! といった。それに合わせて茂美も尚美も俊介も両手を合わせて、いただきまーす! といった。 茂美はスプーンでカレーをすくい、でかい口を開けて両頬をふくらませながら食べた。 うーん、こりゃあうまいよ! といった。俊介も、同じように、うーん、こりゃあうまいよ!といって両頬をふくらませたのである。
2014年02月21日
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茂美は1年菊組の前にいた。もちろん親友の外山桜、豊岡美園、三室戸志乃も一緒だった。 朱雀鴒奈(すざく・れいな)は両頬をピンク色に染め、「まあーみんな野鳥観察に参加してくれるの!うれしいわ」と小鳥のようにいった。 外山桜、豊岡美園、三室戸志乃は、 ま、よろしくね! といった。 茂美はどんぐりまなこを開いて、「ところで、れいなちゃん。一緒に行きたいといってたひと、お友達?菊組のだれか?それともふさこ?」と聞いた。ふさことは、同じおぺしゅうけんの仲間&親友の鷹司房子のことである。 しかし朱雀鴒奈は、にこにこしながら、「ううん、ちがうの。じつは、うちのお父さんとお母さんなの」といった。 茂美も外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も、 両目が点になり、え?といった。「あのーほら夏休みに多摩湖で野鳥観察したときの、ご家族みなさんと一緒に楽しい野鳥観察、そしてお昼のお弁当をおいしくいただいた話しをしたら、お父さんもお母さんも、今度は、ぜひ、しげみさんやご家族のみなさんと一緒に野鳥観察に行きたい、とはなしていたのよ。だから今回、お父さんとお母さんのリクエストでもあるの。だいじょうぶかしら?」と朱雀鴒奈は茂美を上目遣いで見ながらいった。 茂美は、表情を大きくして、「なーんだ、そんなことだったの!れいなちゃん、だいじょうぶだいじょうぶ!まったく問題ないよ。れいなちゃんのお父さんもお母さんも一緒に、みんなで楽しく野鳥観察!」といった。その言葉に、外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も、 うん、だいじょうぶ! と大きくいった。 朱雀鴒奈は、ほんとーよかった! と喜びの表情になっていった。 茂美は、親友3人に、 れいなちゃんのお父さん、フランス輸入食品会社の社長さんなんだよ、と、朱雀鴒奈を指さしていった。 3人は、へえー!と声を挙げたのである。
2014年02月20日
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茂美は朝、JR中央特快の中で、外山桜と三室戸志乃に野鳥観察のお誘いをした。茂美は本当は、もしかして誘っても断られるんじゃないかと心配していたのだが、意外なことに、あっさりと二人からOKが出た。外山桜も三室戸志乃も、ぜひ野鳥観察、やってみたいといった。茂美にとってはさい先のよいスタートである。そして、白雪学園高校に到着すると、もうひとりの親友豊岡美園と朝のあいさつをかわした。 茂美は、えへへへへと笑いながら、「あのーみその。今度の日曜日、なにか予定はいってる?」と上目遣いでいった。どんぐりまなこの長い睫毛がまばたく。 豊岡美園は、両目を空中に浮かすと、「あれだろう。土曜日はききょうせんぱいのヴェルディのレクイエムだろう?えーと、次の日は、なにもないか。だから予定はないわな!」と茂美の顔を見ていった。 外山桜と三室戸志乃は、両手の指でなにやら豊岡美園にサインを送った。どうやらOKという横文字を指でつくっていた。 豊岡美園は、両目が点になり、 へえ?OK?なんの? といった。 茂美は、たたみかけるように、「日曜日に野鳥観察やるんだけど、いかない?あたいたち、さくらちゃんもしのも、れいなちゃんも一緒なんだけど」といった。 豊岡美園は、そういうことか、とつぶやき、そして、 豊岡美園は両目を空中にやり、そして目線を戻すと、「OKよ!」といった。 茂美は両手を挙げて、 ばんざーい! と、やった。 豊岡美園は、「あのさ、わかってると思うけど、あたしひとりじゃないよ。いいの?それに各自お弁当持参か?」と聞いた。 茂美は右指で丸をつくり、 だいじょうぶ、お弁当はこっちで用意するから、OKよ! と明るくいったのである。
2014年02月19日
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茂美は朝食のときに、朱雀鴒奈(すざく・れいな)とふたたび一緒に野鳥観察に行く、と家族のみんなに話した。 今回は、多摩湖の隣の狭山湖で、今度の日曜日に予定を入れたいといった。できれば前回と同じように、家族、お父さんもお母さんも、そして俊介も一緒に行けたらいいんだけど、といった。家族みんなは、いいよ!と即答、返事をした。俊夫は、じゃあ、またお弁当をつくらなきゃ!といった。実は、茂美はそれがねらいでもあった。もちろん野鳥観察を楽しむのだが、やっぱり、美味しいお弁当があれば、ぐんと楽しくなるのである。 茂美は、大盛りのご飯を旨そうに食べながら、「そういえば、れいなちゃん。今回は連れてきたいひとがいる、といったけど、まだ、だれとははっきりといわなかったんだよ。学校のだれかな?」といった。 俊介も大盛りのご飯をやはり旨そうに食べながら、「お姉ちゃんは、だれか野鳥観察に誘うの?」ときいた。「うーん、やっぱり、さくらちゃん、しの、みそのを誘うかな、と思っているよ。前に野鳥観察行ってみたいといってたからね」茂美は大根のみそ漬けをぽりぽり食べながらいった。「そうなると、お弁当、結構たくさん準備しなきゃあいかんな」と俊夫がいった。「でも、あなた狭山湖までの移動はどうするの?わたしたち家族4人、それとれいなちゃんと、お友達?さらに、さくらちゃんやしのちゃん、みそのちゃんもいるのよ。あ、それによ!皇宮護衛官の勧修寺顕常さんと瀧脇梅子さんもいるのよ!」と、尚美は切れ長の目を大きく開いていった。 茂美はどんぐりまなこを天井に向けて、 あ、そうか!とつぶやいた。 豊岡美園を誘って、もし野鳥観察に来るということは、勧修寺顕常皇宮護衛官と瀧脇梅子皇宮護衛官も一緒についてくる、ということである。 俊夫は、いとも簡単に、「それは、だいじょうぶだよ!」といった。 尚美は、「あなた、どうするの?」と聞く。「ほら、BOOKS夜光堂のもとちんこと、店長さんなんだけど、たしかマイクロバスを持っているんだよ。あーみえても。だからマイクロバスを出してもらんだよ。ついでに店長さんも一緒に野鳥観察に連れて行き、運転手だけど、お弁当ごちそうすればだいじょうぶ!」と、俊夫はまったく自分たちの都合の良い考えをのべた。「ええー!お父さん、ほんとうなの?店長さん、マイクロバスもってんの?」茂美はどんぐりまなこをまんまるにしていった。 尚美も表情を大きくして、「でも、わたしたちのために、その、マイクロバスを出してくださるの?」といった。 俊夫は大きくうなずき、にこにこと笑っていたのである。
2014年02月18日
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茂美は枕元の明かりで 岩波新書の『聖書の読み方』を読む。著者は、大貫隆という「新約聖書学」と「古代キリスト教文学」の専門家だった。茂美は新約聖書学という学問があることを知ったのである。 こりゃあすごいよ、と茂美はつぶやいた。そして「はじめに」の頁を読み始めた。大貫隆は最初に 聖書の読みずらさ1 を挙げる。 「第1の理由は、聖書全体が単独でそれを通読しようと読解しようとする読者にはきわめて不親切な書物だということである。」 茂美は、そうなんだ。聖書、て、不親切なの?とつぶやく。 「旧約聖書は創世記から始まって列王記まで、ユダヤ教の祖先である古代イスラエル民族がたどった歴史をまず物語る。その後は詩篇とヨブ記などを経て、大小さまざまな預言者の個人名がついた文書(預言者)が続き、全体で合計39の文書から成っている。ユダヤ教が最終的にその39文書に限定して自分たちの規準的さ聖文書、すなわち「正典」としたのは、ようやく紀元後1世紀末のことであった。キリスト教はその後の紀元4世紀の半ばまでは、ほぼ同じ範囲の文書を「旧約聖書」として受け入れた。しかし、配列順はユダヤ教の正典とは大きく異なったまま現在に至っている。ユダヤ教もキリスト教も正典の39文書をそれぞれの考える配列順で公の礼拝の場で用いてきたのである。」 うーむ、そうのか、茂美はそうつぶやく。 やっぱり、本を読むと知らないことを知ることができるよ。茂美はそう言葉をつなげた。 そのときである。 枕元に置いてあった、ピンクの携帯が鳴った。 茂美が携帯を手にすると、 あ、れいなちゃんだよ!といいながら、携帯に出た。 野鳥の専門家、朱雀鴒奈(すざく・れいな)からだった。 <あ、しげみさん、わたし、れいなだけど、もしかして寝ていた?> <こんばんは。うん、だいじょうぶだよ。ちょうどいまね、寝る前の読書をしていたんだ> <まあ、しげみさん、勉強家なのね。なにを読んでるの?>と、朱雀鴒奈は、茂美が読んでいる本に興味をもった。朱雀鴒奈も本好きなので、親友が何を読んでいるかとても関心がるのである。 <いやーそれほどでもないけど、新書、岩波新書の大貫隆というひとの『聖書の読み方』という本だよ> 茂美は照れながらもそういった。 <すごいのね。聖書を勉強しているのね、すごいわ。あのね、しげみさん。秋に、今はまだ暑いけど、もう少し涼しくなったら、また野鳥観察をしたいと思うの。しげみさんはいろんな行事を抱えて、記念コンサートもそうだし、秋の学園祭もあってたいへんだと思うんだけど。ほら、夏休みのときにご家族のみなさんと、多摩湖に招待してくれたでしょう?とっても良い場所なので、わたし気に入ったの。あれからいろいろ調べたら、多摩湖の隣にも大きな湖、狭山湖があるでしょう?そこにもいろんな種類の野鳥が生息しているし、冬になれば渡りの野鳥もくるの。だから、またしげみさんと一緒に野鳥観察に行きたいと思うの。どう?> 朱雀鴒奈はだんだんと声が弾んでいた。 <うん、いいよ、行こうよ。ま、確かにいろいろと行事関係あるけど、あたいもまた、れいなちゃんと一緒に野鳥観察したいと思っていたから、だいじょうぶ!そんときは、この前のように家族か、それに誰か誘ってみるよ>茂美はそう答えた。 <ほんとう!うれしいわ。じゃあ、しげみさんの都合の良い日に、わたし合わせるから教えてくれる?> 茂美は、だいたい日曜日は大丈夫だよ、と返事をした。 朱雀鴒奈は、明るい声で、じゃあ、また明日、おやすみなさい!と明るい声で携帯を切ったのである。
2014年02月17日
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茂美はいつものようにお風呂に入り、お気に入りのピーターラビットのパジャマに着替え、そしてキッチンのところに行って、冷蔵庫から冷たい麦茶を出し、グラスに注ぎ、それをぐびぐびと一気にのみ、ぷはー!と息を吐き、うまい!といった。 母親の尚美は茂美と入れ替わって、お風呂に入る。 父親の俊夫は、自分の書斎にこもって、仕事をしているようだった。 ダイニングテーブルでは、弟の俊介がパソコンに向かって、なにやらぱちぱちとキーボードをたたいていた。いつもなら自分の部屋でパソコンをやるのだが、気分転換のために、ダイニングテーブルにパソコンを持ち込んだようである。というより最近では、俊介は自分の部屋で勉強や読書をするより、ダイニングテーブルで勉強をしたり、パソコンを開くことが多くなっていた。 おそらく俊介は、自分の部屋にこもるより、家族みんなと顔をあわせることが多い、ダイニングの方が気持ちが落ち着き、勉強もはかどるのかもしれない。 俊介はパソコンの液晶画面を見ながら、 お姉ちゃん、おやすみ! といった。 茂美も、あ、おやすみー! といった。本当は、としすけ、あんた、なにやってんの?と声を掛けようとしたが、そうなるとまた、長くなるので、今日はやめにした。茂美はでかい欠伸をした。 茂美自身も最近はやはり、俊介と同じようにダイニングに勉強道具を持ち込むことが多かった。もちろん意識的に自分の部屋で勉強したり、読書したりとプライベートな時間を持つことは、ある。それでも家族の誰かがいるダイニングテーブルで教科書や本を読むことがよくあるのである。茂美なりに普段、学校やら部活などで忙しいと、無意識のうちに家族との交流をとりたくなるのかもしれなかった。 ただし、オーボエのリード作りのときだけは、なんとなく自分の部屋で作業をすることにしていた。 とにかく茂美は、ああー今日もいっぱい泣いたし、感動したし、楽しかったけど、つかれたよ、とつぶやき右手を左の肩にやり、もみもみしながら自分の部屋に戻った。茂美は指定鞄に明日の、つまり、月曜日の授業の教科書や参考書、問題集、資料集などを入れて準備した。そしていつものように寝る前の読書をするために、本をとり、そして枕元のライトを点け、それから部屋全体の明かりを消した。今夜のお伴の本は、文庫本ではなく新書本だった。 茂美はこうすることがもはや日課というか、習慣になっていたし、寝る前の至福の時間ともいえた。 茂美はベッドにもぐりこむと、短い両足をぐぐぐぐと伸ばした。とても気持ちが良かった。 それから茂美は、枕元の新書本に手をやった。新書本は、やはり、古本ビッテで105円で購入したものである。少し難しそうな内容だったのだが、先日、遠藤周作の『イエスの生涯』新潮文庫を読んでから、つとめてキリスト教関連の本を買うようにしていたのである。新書本は、 大貫隆『聖書の読み方』岩波新書 であった。 茂美は今度、やはり文庫本の遠藤周作『キリストの誕生』新潮文庫を読む計画であったが、そのまえに『聖書』についても知りたくなったので、たまたま古本ビッテにあったので、購入したのである。本当であれば、分厚い『聖書』を読むべきなのだが、それだけの厚く分量のある聖書を読むだけの時間を確保するのは容易ではなかったので、導入ということで、岩波新書の『聖書の読み方』を手にした、という訳である。 茂美は印象的な赤い表紙をめくり、もくじをながめた。 はじめにー聖書への招待 1 聖書の読みづらさー青年たちの声と私の経験 1)「正典」と「古典」であるがゆえの宿命 2) 聖書そのものの文書配列の不自然 3) 異質な古代的世界像 4) 神の行動の不可解 5) まとめ 2 聖書をどう読むか 私の提案 提案1 キリスト教という名の電車ー降りる勇気と乗る勇気 提案2 目次を無視して、文章ごとに読む 提案3 異質なものを尊重し、その「心」を読む 提案4 当事者の労苦と経験に肉薄する 提案5 即答を求めない。真の経験は遅れてやってくる などなど茂美の好奇心をくすぐる文字が並んでいたのである。
2014年02月16日
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日曜日の高松家の夕食は楽しくすすむ。 ドルチ、つまりデザートは、尚美が作った、 「かぼちゃのパンナコッタ」と「カントリーバナナケーキ」である。食卓にはデザート専用のフォーク、ナイフ、そしてスプーンが並ぶ。飲み物は、家族全員、アイスティーだった。 尚美はここぞとばかりにデザートを食卓に運んだ。「カントリーバナナケーキ」はカットしてあって、白い大きな皿に重ねてあった。「かぼちゃのパンナコッタ」は家族人数分の皿に盛ってあった。 茂美はどんぐりまなこをまんまるにし、 うおーうまそう! といった。 デザートやケーキ作りは尚美の得意分野である。 茂美は早速、「かぼちゃのパンナコッタ」をフォークで食べた。 口の中になんともいえない爽やかな甘さが拡がる。茂美の両頬はとらふぐのようにふくらみ、思わず笑みがこぼれる。 俊介は「カントリーバナナケーキ」を旨そうに食べる。 俊夫も「カントリーバナナケーキ」を食べながら、「やっぱり、食後のデザートははずせないね。イタリア人の気持ちがよくわかるよ!」という。 尚美も「わたしは高松家のパティシエかしら!」といいながら、「かぼちゃのパンナコッタ」を食べ、満足そうにいう。 「かぼちゃのパンナコッタ」の材料は簡単である。 牛乳 生クリーム 砂糖 バニラビーンズ かぼちゃのピュレである。ピュレは、かぼちゃをゆでて裏ごしにしたものである。それに、粉末のゼラチンと水を使う。そしてホイップした生クリームとカラメル、ブルーベリー、ミントをそれぞれ適量である。 茂美は「新国立劇場」のすばらしさ、そして東園桔梗が主演したオペラ《蝶々夫人》のすばらしさをたっぷりと家族のみんなに報告した。 茂美は母親からもらったイタリア製のオペラグラスがてとも活躍したことも話した。 「お母さん、ほんとうによく見えたんだよ。ききょうせんぱいの表情が本当にいきいきとして、輝いていたんだよ」茂美は今度は「カントリーバナナケーキ」を食べながらいう。 「そう、よかったわ。歌手の歌はもちろん、衣装や舞台を見て楽しむのもオペラの醍醐味よ」といった。 「今度の土曜日は、あれだろう?たしか、ヴェルディのレクイエムじゃないのか?」と俊夫が茂美を見ていう。 茂美は、うん、とうなずき、「これも楽しみなんだ。なにせ、迫力のあるレクイエムだからね!」といった。 尚美は、「そうね。ヴェルディのレクイエムは、どちらかというと、フォーレのような静かなもの、レクイエムではなく、まるでオペラのようにドラマティックな音楽よ。これを機会にいろんなレクイエムを聴いてむみるとおもしろいかもしれないわよ」といった。 俊介も会話に参加し、「ぼくは、やっぱり、モーツアルトのレクイエムが好きだよ。ニ短調、フラット1個だよ」と、ヴァイオリニストの顔になっていった。 茂美は、うん!と返事をした。ますますいろんな音楽に興味が湧き、尽きなかった16歳であった。
2014年02月15日
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茂美は夕方無事に玉川上水の自宅に戻ってきた。 高松家ではもちろん夕食の用意ができていた。 茂美のどんぐりまなこ、両目はあまりにも泣きすぎてまっ赤に腫れ上がり、 おぺしゅうけんの親友たちからは、でめきん!といわれ、からかわれた。 自宅に戻っても、まだ赤く腫れていたのだ。 だから弟の俊介や尚美、そして俊夫にも笑われた。 茂美は口を三角にとがらせる。そして、 仕方ないじゃん、 とつぶやく。 オペラ《蝶々夫人》はあまりにも美しく、感動的だったし、東園桔梗先輩の演技は上手く、可憐だったのだから。 ま、とにかくプッチーニのオペラは文句なく良かったし、オペラハウス、「新国立劇場」もすばらしかったので、茂美は大満足だった。また機会があれば、ぜひ「新国立劇場」にオペラを観に行きたいと思った。そして、CDやDVDでオペラ鑑賞するのも良いが、やはり、迫真の生演奏もすばらしいと茂美は納得したのである。こうなれば、来月、10月の「創立130周年記念コンサート」のオペラ、モーツアルト演奏にも弾みがつく、というものだった。 茂美のお腹は、ぐーと鳴る。はらぺこだった。オペラで泣くだけ泣いたら、すっきりし、お腹がぺこぺこ状態だった。 茂美は食卓にどんぐりまなこをやると、赤く腫れた両目はまんまるになる。 うおー! といつものように声を挙げる。 高松家の夕餉は、献立はまず、 豪華「お刺身の盛り合わせ」、 鮪(まぐろ)2品。赤みとトロ、中トロである。 締め鯖。これは俊夫の大好物。 赤貝と帆立貝。 秋刀魚の塩焼き。皿にはたっぷりの大根おろしがある。 大根のみそ漬け。まだたくさんある。 山芋をすり下ろしたもの。これを熱々のご飯にたっぷりと掛けていただく。茂美の好物である。ほうれん草のおひたし。 そして仙台の赤味噌を使った、シジミのおみそ汁。 魚ずくしのメニューだった。 茂美が急いでTシャツと短パンに着替えてくると、尚美、俊夫、そして俊介は食卓についていた。茂美はいつものように自分の席に腰を下ろすと、 俊夫は、では、いつものように、手を合わせて!といった。そして家族揃って両手を合わせて、 いただきまーす! と、声を挙げたのである。 茂美はご飯に山芋をたっぷりと掛け、その上にたっぷりと刺身醤油のついた鮪の赤身をのっけた。そして、いつものようにでかい口を開けて、 がんがんと食べ、おいしー!といった。 茂美の両頬はとらふぐのようにふくらんでいたのである。
2014年02月14日
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茂美は口にハンカチをはさんでいた。同じく隣の外山桜も口にハンカチをはさんでいた。 〈蝶々さん〉 突然、子供がよってくる。喋々さんは短刀をすばやく隠す。 おまえ?おまえ?おまえ?おまえ? 小さい神様! いとしい、いとしいおまえ。 ゆりとバラの花のような、 おまえの汚れのないひとみに、 わたしが、かわいそうな蝶々が死んでゆく姿を見せたくない。 おまえは海を越えてあちらに行き、成長したあとに、 かあさんに捨てられたなどと悲しませたくないのよ。 おまえは空から栄光に満ちてさずかったのだもの。 もう一度よくごらん。 おまえのかわいそうなおかあさんの顔を! よく覚えておくように、よくごらんよ! 蝶々さんはあそばせながら、子供に目隠しをする。 いとしい子よ、さようなら! さようなら!かわいい子よ! さあ、あそぶのよ、あそぶのよ。 子供をおしやる。喋々さんは短刀をとり、 屏風のかげで静かに刃をあてる。 その時、ピンカートンを乗せた馬車が到着する。 子供が家の外にあらわれ、目隠しをはずす。 ゴローは、子供を馬車の中にいるピンカートンの妻ケートに渡す。 スズキは、涙にくれながら別れの挨拶をする。 〈ピンカートン〉 雨の中、叫ぶ。 蝶々さん! 蝶々さん! 蝶々さん! 〈蝶々さんは、ピンカートンが呼んでいるのを聞く。ピンカートンが部屋の中へ飛び込んで来て蝶々さんを抱き起こす。蝶々さんは、子供のほうに手をのばしながら、力なくピンカートンの腕の中で息をひきとるのであった〉 オーケストラがゴージャスな音をホールに響かせ、指揮のジェームズ・コンロンが全身を使って右手の指揮棒を振り終えた。 その瞬間、ホール全体は大歓声と拍手に包まれた。 茂美はどんぐりまなこ、両目からぼろぼろぼろと涙を流し、 鼻からもずるずるずると鼻水を出していた。 う、う、う、う、蝶々さん、蝶々さん、かわいそすぎるよ、かわいそすぎるよ。 そういいながら、 茂美は大きな歓声と拍手がわき起こっていることをいいことに、 声を挙げて泣くだけ泣いていたのである。 そして隣の外山桜も両目からぼろぼろぼろと涙を流し、 鼻からもずるずるずると鼻水を出していた。 蝶々さん、かわいそうだわ! 豊岡美園も三室戸志乃も鷹司房子も正親町三条さゆりも広幡陽子も神足左織も西堅綾花も忠蔵院恭子も慈門院正美も五大院信代も3年生も2年生も有志のメンバーも〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーもみんなハンカチで涙を拭いていたのである。
2014年02月13日
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オペラ《蝶々夫人》は第2幕に入っていた。茂美や外山桜は2枚目のハンカチを手にしていた。1枚目は涙と鼻水でぐじゃぐじゃになっていた。オペラの物語もさることながら、プッチーニの音楽があまりにも美しいので、涙腺がどんどんゆるんでしまう。とにかく泣けるのである。 茂美をはじめ、外山桜、豊岡美園、三室戸志乃、そして鷹司房子、正親町三条さゆり、広幡陽子、神足左織、西堅綾花、忠蔵院恭子、慈門院正美、五大院信代は真剣な眼差しで舞台を見つめる。もちろんみんなの手にもハンカチが握られる。 パリ管弦楽団は、有名な旋律を奏でる。 《ある晴れた日に》 蝶々さんは、観客席の方に静かに身体を向ける。 ある晴れた日、海のはるかかなたに 煙がひとすじ見え、 船の姿が現れる、真っ白い船が港に入ってくると 礼砲がひびきわたる。 見える?帰ってらしたのよ! けれどもわたしはお迎えに行かないわ。 向こうの丘の端に立って待つの、いつまでも。 どんなに長く待っても辛くないわ。 間もなく町のひとびとの間だからひとりだけ抜け出して この丘をのぼってくるわ。 だれでしょう?そのひとは?ここへ着いたら なんと言うでしょう?遠くからきっと「蝶々さん」と呼ぶわ。 でもわたしは返事もせずに隠れるの、 からかうのよ、ほんのちょと、 久しぶりに会うのでよろこんで死んでしまわないように。 そうすればあのひとは心配になってきっと呼ぶわ、 「美女桜の香りのようなかわいい奥さん」と。 あのひとがここへ来たとき、わたしにつけてくれたあだななのよ。 スポットライトをあびた東園桔梗は、透明感あるソプラノを見事に歌いきった。 オーケストラの響きが静かに消えると、劇場が一瞬鎮まった。次の瞬間、 劇場全体がものすごい嵐のような歓声と拍手がとどろき、わき起こった。 茂美や親友たちも感動のおももちで、懸命に拍手を送った。 茂美はなんどもなんども、 すごーい! ききょうせんぱい、すごいよ!と隣の外山桜と互いに顔を合わせたのである。
2014年02月12日
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玉川上水駅前の名曲喫茶「アンダンテ」。 流れるクラシック音楽は、 ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)の、 《2台のヴァイオリンのための協奏曲ニ短調》BWV1043 である。輝かしいバロック音楽、コンチェルトが響く。実に優雅である。 第1楽章は、〈ヴィヴァーチェ〉(活発に、速く) 2台のヴァイオリンが互いに生き生きと速く美しいリズムを刻む。 第2楽章は、〈ラルゴ・マ・ノン・タント〉(あまりゆっくりでなく)となっている。そして、 第3楽章は、〈アレグロ〉(速く) となっていて、典型的な、イタリア音楽、とくにヴィヴァルディが確立した、コンチェルト(協奏曲)形式、つまり、急(速く)ー緩(おだやかに)ー急(速く)というスタイルにのっとっていた。バッハは若い頃から、イタリア音楽にかなりの影響を受け、それが《2台のヴァイオリンのための協奏曲》BWV1043となって結実している。 そう大学院教授の大給近増は、隣の勧修寺顕子に説明する。 勧修寺顕子は詳しく説明してくれる大給近増を見つめるのであった。 演奏は、ヴァイオリン:西崎崇子、アレクサンダー・ヤブコフ カペラ・イストロポリターナ 指揮:オリバー・ドホナニー マスターの伴野四郎吉(ともの・しろうきち)はたんたんとコーヒーをいれる。そのなんともいえない香が店内に満ちていた。いつものメンバー、いわゆる常連客は、カウンターに座ってお気に入りのコーヒーを飲む。もとちんこと、揮頭山元武(かざしやま・もとたけ)をはじめ、小料理屋の女将、勧修寺顕子(かじゅうじ・あきこ)、そして大学院教授、大給近増(おぎゅう・ちかます)は、店内のBGM、バッハのコンチェルトを楽しむ。 そこに高松家がやってきた。 いっらしゃいませ! マスターは満面の笑顔を浮かべていう。 店内に入ってきたのは、俊介、尚美、そして俊夫だった。俊介は音楽を聴くなり、「あ、バッハだな!」とすぐに反応した。そして俊介はマスターの方を見ると、 マスターは、大きくうなずき、としすけくん、そのとおり!といった。 もとちんは、「あれ?しげみちゃんはどうしたの?」と聞く。 尚美はうふふふふと笑いながら、「今日は、新国立劇場でオペラ鑑賞なのよ!」と上機嫌でいう。 もとちんも勧修寺顕子も大給近増も、 ほおー! と声を挙げたのである。
2014年02月11日
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蝶々さんは、良家、つまり武家の出身だが、家が没落して芸者となった身の上を話す。結婚式の用意が始まると蝶々さんは、ピンカートンに昨日教会でキリスト教に改宗してきたことを話す。そして結婚式が終わり祝いの宴が始まると蝶々さんと伯父の僧侶ボンゾが来て、キリスト教に改宗した喋々さんを怒鳴りなじり、仏教を捨てて先祖をないがしろにした、と非難する。そして喋々さんを勘当すると告げる。伯父の僧侶ボンゾは母親をせき立てながら、親族たちを連れて立ち去る。 しかしピンカートンは、親族を失って泣く蝶々さんを優しく慰めるうちに、夕闇が訪れる。白い夜着に着替えて庭に降り立った蝶々さんの美しさに、愛情をつのらせたピンカートンはそっと優しく蝶々さんを抱き寄せる。そして、ピンカートンは、 私のものだよ、とささやく。 蝶々さんは、 どうか、可愛がってくださいね、と寄り添う。 星の輝く春の夜、桜の散る庭で喋々さんとピンカートンは甘美な二重唱、 〈赤ちゃん、もう泣かないんだよ〉を歌う。 あまりのオーケストラの音楽の美しさに、蝶々さん、いや東園桔梗のあまりの美しさに、演技だとは思われなかった。 茂美と外山桜はハンカチをさかんに手にして、すでにぼろぼろと泣いていた。茂美は鼻水をずるずるとすする。外山桜も鼻水をずるずるとすする。 う、う、う、う、ずるずるずるずる。 う、う、う、う、ずるずるずるずる。 茂美と外山桜の涙と鼻水の二重唱であった。 それが伝染したのかさらに隣の豊岡美園も三室戸志乃も、そして2年生も3年生もみんな目頭をハンカチで押さえるのであった。 つづきは明日。
2014年02月10日
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開演開始のブザーが鳴った。 そしてホール全体の明かりが落とされた。 オーケストラピットでは、1人の男性が指揮台に挙がる。そしてスポットライトが当たった。 指揮者のジェームズ・コンロン客席に向かって一礼した。 客席全体から大きな拍手が湧き起こった。もちろん茂美たちおぺしゅうけんやみんな、さかんに拍手をする。 茂美は、いよいよ始まるんだ!と身体中が熱くなっていた。そして茂美の手元には母親からもらったオペラグラスがあった。 指揮者のジェームズ・コンロンがするどく右手の指揮棒、そして左腕をふった。 第1幕に導くように、オーケストラ、パリ管弦楽団がホール全体に響き渡るように力強くも美しく艶のある音を出した。その音の見事さに茂美はもちろん親友たちも驚いたのである。ヴァイオリン担当の豊岡美園も鷹司房子も、おもわず低い声で、うーむ、と呻る。 ステージ全体がすわっと明るくなる。 舞台の両サイドには、鮮やかなピンク色の桜の木があり、日本的な家屋、建物があった。そして背景にはあたかも日本画の大和絵のような色鮮やかな風景が描かれてあった。さらに帆船も描かれてあた。 きらびやかで日本情緒を思わせる華やかさがあった。 茂美はどんぐりまなこがまんまるになった。 なんてきれいなんだよ! 茂美はそう心の中で声を挙げた。 長崎の入り江を見下ろす丘の上の庭園とその奥の日本家屋という趣である。長崎にやってきたアメリカの海軍士官、上下白一色の軍服を着たピンカートンは、結婚の仲介人ゴローの紹介で仮初め結婚式を挙げるつもりでいる。 茂美は早速オペラグラスで、ピンカートン、ゴローを見る。ピンカートンは口ひげとあごひげをたたえていた。茂美には、ちょっとおじさんぽく見えた。隣の外山桜も豊岡美園も三室戸志乃もオペラグラスで舞台を見る。本当は舞台がすぐそばなので、オペラグラスがいらないといえばいらなかったかもしれなかったが、それでもピンカートンの立ち姿、表情をくっきりと見ることができた。ピンカートン軍服をはじめ、それぞれの出演者の衣装を眺めるのもオペラの楽しみなのである。もちろん茂美たちのお目当ては、東園桔梗の衣装、着物姿である。 そして舞台の両袖には、ちゃんと日本字幕(たてがき)があるので、イタリア語で歌われても大丈夫!茂美の隣の外山桜はもちろん《蝶々夫人》の全部、イタリア語の内容はわかっている。 オペラの舞台は音楽に合わせてどんどん進行する。 ゴローはピンカートンのために日本家屋を世話し、雇った女中のスズキを紹介する。そこに結婚式に招かれた総領事のシャープレスが登場する。ピンカートンは、日本の娘と結婚するが、しかし本国アメリカに帰国したら、正式のお嫁さん(別の女性)をもらうなどとのんきに歌っている。 ちょっと、それはひどいよ! 茂美はそう思った。 事実、舞台の上の総領事シャープレスは、ピンカートンをたしめる。 そうだよそうだよ! 茂美はまたまたそう思った。茂美は完全にオペラの世界に、《蝶々夫人》の世界に入り込んでいた。隣の外山桜は、そんな茂美をくすりと笑う。茂美はいちいち声に出さなくても、オペラグラスで舞台を見ていても、そんな雰囲気を身体全体から発していたのである。 そしてピンカートンと総領事が乾杯しているところに、オーケストラの音色が変化した。 蝶々さんの花嫁行列が到着し、 〈世界中どこでも〉 の美しい音楽がホール全体をつつんだ。 蝶々さんは白無垢の着物を着ていた。 茂美はオペラグラスで蝶々さん、東園桔梗の姿形を捉えていた。 あまりの可憐な美しさに、あまりにも透明感ある歌声に思わず、 うおー! と声が出そうになる。腰が座席から浮き上がりそうだった。茂美の小さな胸は感動ではちきれそうだった。ところが本当に腰がだんだんと浮き上がってくると、隣の外山桜はおもわずオペラグラスをはずし両目をまんまるにした。 しかしすぐ後ろの席の2年生の先輩、生田みずほから、 おいこら!しげみ、たつんじゃない! と低い、どすのある声で注意された。 茂美は慌てて腰を下ろした。 蝶々さんに付き添ってきた女性たちは、白地にほんのりとしたピンク色の着物を着ていた。そして右手で淡いブルーの和傘を持っていた。 プッチーニの美しい旋律がびんびんと響く。パリ管弦楽団の演奏は繊細でありながら、ものすごく音量に溢れていたのである。
2014年02月09日
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茂美たち1年生をはじめ、2年生3年生の先輩方、それに〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーは開演までまだ時間があったので、ホワイエ(ロビー)を見学に行った。 茂美たち親友たちは、最初に「本日の出演者」が掲示されているところに行った。「蝶々夫人」の大きなポスターも一緒に掲示されていた。 茂美たちみんなは鈴なりになって見る。そして、 茂美はどんぐりまなこを上から順にやると、 《蝶々夫人 Madama Butterfly》 Opera in 2 Acts Original Language 全2幕/イタリア語上演/字幕付 と書かれていた。さらに見ると、茂美のどんぐりまなこは大きく開いた。それは外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も鷹司房子も正親町三条さゆりも広幡陽子も神足左織も西堅綾花も忠蔵院恭子も慈門院正美も五大院信代もみんな表情が大きくなった。 蝶々夫人:東園桔梗(ソプラノ) ピンカートン:リチャード・トロクセル(テノール) スズキ:ニン・リャン(メッゾ・ソプラノ) シャープレス:リチャード・カウマン(バリトン) ゴロー:ジン・マ・ファン(テノール) 指揮:ジェームズ・コンロン パリ国立管弦楽団 新国立劇場合唱団/フランス放送合唱団 まちがいなくそこには、あこがれの先輩、東園桔梗の名前と顔写真があったからである。カラー写真の東園桔梗は上品で美しい笑みを浮かべていた。とても素敵だった。茂美と外山桜は互いに手を取り合い、 うわーききょうせんぱいだよ! ききょうせんぱいよ! と声を挙げたのである。 茂美や外山桜、そして親友たちの期待はますます高まる。 さらに茂美たちは、「ホワイエショップ」をのぞく。先輩方もいた。そして一般のお客さんたちもたくさんいた。ロビーには、他には、プログラム販売もあったし、オペラグラスの貸し出しコーナーもあった。しかし茂美にはちゃんとイタリア製の母親のくれたオペラグラスがあったので、これは必要なかったのである。 また、ブッフェもあり、軽食と飲み物を楽しむことができた。飲み物は、コーヒーや紅茶、オレンジジュースなどの他に、ビールやグラスワインなどのアルコール飲料もあった。さらに3階には、本格的なイタリアン・レストランのお店もあったのである。 とにかく「ホワイエショップ」には、「新国立劇場」関連のオリジナルグッズや舞台のカラー写真、プッチーニのオペラのCD、オペラ関連の書籍、ガイドブックなどが所狭しと並んでいた。 茂美はどれもほしいものばかりだったが、しかし茂美のお小遣いではとうていあれもこれも買うことはできない。 「いやあーどれもほしいもんばかりだよ!」と茂美はいう。 そしてスカートのポケットから愛用のがま口を出し、ぱち!と開ける。茂美は中をのぞくが、しかし千円札1枚と、後は500円玉、100円玉や50円玉、10円玉、5円玉、1円玉など小銭しかなかった。 「うーむ、どーしようかな・・・」茂美はそう呻りながら、 あれこれ悩んだ末に、舞台のカラー写真1枚と、「新国立劇場」のオリジナルグッズ、キーホルダーを買うことにした。これなら千円で充分におつりがくるからである。 茂美は制服姿の若い女性の人に、折りたたんであった千円札を開いて渡した。 若い女の人は、満面の笑みを浮かべ、品物を丁寧に包んでくれると、 お客さま、ありがとうございました。 といいながら茂美に渡してくれた。茂美も思わず、笑みを浮かべ、 ありがとうございました! といった。 とにかく外山桜も他の親友たちもだいたい似たり寄ったりのものを購入し、開演までの、ひとときのお買い物を愉しんだのである。
2014年02月08日
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勧修寺顕常皇宮護衛官を先頭に、八幡八五郎景時先生、深堀静子校長先生、茂美たちおぺしゅうけんや有志のメンバー、そして〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバー、さらに先生方が「新国立劇場」に入場した。一般の観客もたくさんぞくぞくと劇場の中に入っていた。 茂美は生まれて初めてオペラ専用の劇場に入った。玄関専用のホワイエの天井は高く、すばらしい造りとなっていた。まさに「オペラパレス」である。 ひゃーすごいよ! 茂美はそう声を漏らした。外山桜はにこにこ笑っている。もう楽しくてしょうがない、という感じである。他の親友たちも先輩方も、 ほーすごいね! ひろいよ! すてきじゃない! とか口々にいう。 〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーも口を半分ぽかんを開けながら周りをきょろきょろと見る。当たり前だがロックの雰囲気の違いに、今更のようにびっくりする。しかし鵺代謳子は、 「オペラもロックもおんなじ音楽に違いない!」とガッツポーズをする。鵺代謳子の言葉に他のメンバーたちは、大きくうなずく。 茂美はとことことありきながらも想像以上に豪華な施設にどんぐりまなこ、目を張っていた。隣の親友外山桜は、もう何度も来たことのあるなじみの場所であった。豊岡美園も三室戸志乃も他の親友たちもみんな「新国立劇場」は初めてであった。 とにかく我が国が威信を賭けて創設した本格的なオペラ専用劇場である。 茂美たち一行は、クローク前の階段を上がる。大きなガラス窓からは、外の日差し、明るさが降り注いでいた。 そしていよいよ劇場、ホール前の専用ホワイエに入る。そこにはギリシャのパルテノン神殿を思わせる大きな柱が何本も立っていた。天井はさらに高かった。 勧修寺顕常皇宮護衛官は、入り口の制服姿の女性2人に、「皇宮警察の皇宮護衛官です。白雪学園高校の先生方と生徒さんたちをお連れしました。劇場の席まで案内をお願いします」といった。 制服姿の女性は、「承っております。ご案内いたします。こちらにどうぞ」といい、制服姿の女性が先頭に立ち、茂美たち一行を誘導する。一行は1階席がある一番手前の「3扉」から入った。 茂美はあまりの豪華さ、立派さにどんぐりまなこがまんまるになる。 うおーこりゃーすごいよ! といって、劇場内をきょろきょろと見渡した。 劇場内は、広々としていた。手前からオーケストラピット、主舞台に向かって緩やかな傾斜になっていた。そして内装は客席の壁、天井ともにすべて厚いホワイトオークで仕上げられ、歌手の肉声が理想的に響く、設計となっていた。 一行は緩やかな傾斜の階段を下りて、オーケストラピットに向かって、左側の「1階席」に到着した。いわゆる「S席」といわれる所である。幡八五郎景時先生をはじめ、日野友子先生や裏松俊光先生、竹屋晴資先生、竹生渥頼先生、さらに小笠原長子先生、長船武美先生、そして烏丸京子先生の指示に従って、つぎつぎと着席した。 ラッキーなことに茂美たち1年生はオーケストラピットの真ん前だった。オーケストラピットのしきりの壁は、緩やかなカーブを描いていた。その後ろに2年生、3年生、そして〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーたちが座った。とにかく主舞台、つまり、ステージもすぐ目の前にあった最高の座席だった。 茂美は後ろを振り向き、後方の座席を眺める。 一番前、最前列には、 茂美、外山桜、豊岡美園、三室戸志乃、そして八幡八五郎景時先生が座る。 そして「1扉」の所には勧修寺顕常皇宮護衛官と瀧脇梅子皇宮護衛官が待機する。 劇場の座席は「1階席」の他に「2階席」、「3階席」そして「4階席」とあった。総客席数は、1,814席である。 それぞれの収容人数は、 1階席は868席(車椅子8席を含む) 2階席は354席 3階席は292席 4階席は300席 となっていて、座席のスペースは、幅52.5センチ 奥行き95センチとなっていた。残響時間は、満席時で、1.4から1.6秒である。 オーケストラピットは、147平方メートルあり、収容演奏者は、4管編成で、およそ120人が演奏できるようになっていた。 ステージ、舞台形状は「四面舞台」となっていて、いわゆる「プロセニアム開口」という。 幅16.4メートル、高さ12.5メートルである。 とにかく我が国が誇るオペラ専用の大劇場であったが、バレエも上演できるようになっていたのである。
2014年02月07日
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政治団体の街頭宣伝車は、我が物顔をで大音響の音楽をスピーカーから流していた。 がんがんと流れるとてつもない音は、まるで「新国立劇場」の中まで届いているかのように思えた。それほどひどかった。 街頭宣伝車の運転席には、サングラスに迷彩服を着た男が2人いた。助手席にいた若い男は、サングラスを鼻がしらまでさげ、ハンドルを握る中年の男に向かって、 「たいちょう。スーツを着た男がこちらにがんをとばしていますぜ。あ、スーツ姿のおんなもいる。それに停車しているバスには、女子中学生か、女子高校生みたいな女の子がたくさん、うようよ乗ってますぜ!」と、おもしろそうにいった。 隊長と呼ばれた男は、にやにやしながら、 「なんか、おもしろうそうじゃあねーか!ちょいと、おじょうちゃんたち、からかってやるか!」といい、 えへへへへへと不気味に笑った。 そして中年の男は、さらにスピーカーから流れる音量をアップ!した。 若い男も、えへへへへと笑いながら、「たいちょう、こりゃあーたのしいですぜ!」と、いった。 いっぽう。 2台の大型バスの車内にいた茂美たちおぺしゅうけんや有志のメンバー、そして〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーたちは、急遽バスの中で待機することになった。街頭宣伝車がどんどん大型バスに接近してきたからである。 1号車のキャップ勧修寺顕常皇宮護衛官は携帯のトランシーバーに向かって大きな声で指示を飛ばした。 皇宮警察、腕章!ベスト着用せよ! そして自らも「皇宮警察」と書かれたえんじ色の腕章を左腕に素早くつけた。 茂美は窓ガラスにくっつくようにしてどんぐりまなこをまんまるにしながら、両手の指で耳をふさぐ。小さな胸は、どきどきどきと鳴っていた。 そして茂美は外の様子、街頭宣伝車をじっと見ていた。もちろん外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も他の親友たちも窓ガラスに顔をくっつけて、耳を茂美と同じように指でふさぎながら外の様子を見守る。豊岡美園や茂美たちの前には瀧脇梅子皇宮護衛官が立つ。 2号車にいた、学年主任の日野友子先生は、やおら席から立ち上がり、両目をつり上げ、 ばかもーん、ゆるさーん! と、右手の握り拳しを振り上げ、声を挙げた。 しかし側にいた大迫毅子皇宮護衛官は、「せんせい。われわれにお任せください。心配いりません」と冷静にいった。日野友子先生は、 あ、そう。 といって右手の握り拳を下ろした。 伊勢地好寿皇宮護衛官をはじめ、山県範子皇宮護衛官と東郷恕子皇宮護衛官は、ダークスーツの上から、黄色の蛍光色がほどこされたベストを着用した。ベストの前と後ろには、 POLICE 皇宮警察 と書かれていた。そしてバスから速やかに降りた。 ベストを着用した3人の皇宮護衛官は、た、た、た、た、と駆け足で街頭宣伝車の前に立ちはだかる相浦紀宣皇宮護衛官と新田義与皇宮護衛官のいる所まで移動する! 仁王立ちの相浦紀宣皇宮護衛官と新田義与皇宮護衛官は、やはりダークスーツの左腕にえんじ色の腕章を着けた。腕章には同じく、 皇宮警察 と書かれていた。ふたりは腕章をあえて、街頭宣伝車の男2人に見えるように身体の位置を変えた。そして、それ以上こちら側に接近するなと手を振って合図を送った。 そして同時にベストを着用した3人の皇宮護衛官も、相浦紀宣皇宮護衛官と新田義与皇宮護衛官の横についた。そして男2人に、「POLICE 皇宮警察」の文字がはっきりと見えるように、街頭宣伝車の前に立ちはだかった。 街頭宣伝車の運転席の、 若い男はさらにサングラスをずり下げ、両目を飛び出し、 げげげげー!た、たいちょう!れんちゅう、ぽりこうですぜー! と叫んだ。 運転していた中年の男もサングラスを鼻がしらまでずり下げ、 ぽりこー!うおーやばいぜ!しんろへんこうじゃあー! とさけび、ハンドルを大きく進路右方向にきった。街頭宣伝車は、き、き、き、きいいいーと大きな音を立てながら、目の前に立ちはだかる皇宮護衛官たちの前を避けた! 若い男は慌ててがんがん鳴っている大音響のボリューム、スイッチをぶち!と切った! そして街頭宣伝車は逃げるようにして、そのまま走り去ったのである。 その様子を見ていた茂美たちみんなは、 うおーやったー! すごーい! と一斉に喜びの声を挙げたのである。
2014年02月06日
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茂美たちを乗せた大型バスは、黒塗りのセダンを先導に、金山寺神社前の通りを通過する。市ヶ谷、そして市ヶ谷橋を渡り、さらに防衛省の前を通る。新宿方面に向かう。 大型バスの中は、茂美たちおぺしゅうけんのお嬢様方がおしゃべりに花が咲いていた。茂美はでかい口を開けて笑うし、隣の席の外山桜もよく笑う。それは後ろの席の豊岡美園も三室戸志乃もみんな同じだった。 しかしキャップの勧修寺顕常皇宮護衛官は真剣な眼差しで、バスの進行方向、左右に目を光らせる。目的地の「新国立劇場」に到着するまでは、決して気を緩めることはない。これは勧修寺顕常皇宮護衛官に限らず、任務中の皇宮護衛官はみんなそうである。当然である。ましてや1号車には、金輪際内閣の閣僚、豊岡教国(とよおか・のりくに)官房長官の娘が乗っているのである。もし仮に不測の事態が起きてもすぐに対応できるように皇宮護衛官は訓練されているのである。 とにかく大型バス2台は、デパート「新宿志摩丹」の前を通過する。さすがに日曜日だけあって、ものすごい人の数だった。 茂美たちみんなは、バスの車窓にへばりついて、外の混雑、賑わいの様子を眺める。 茂美は、「ほんと、すごい人だよ!」と指を指していう。 外山桜も、「ほんとねー!すごいわ」という。 後ろの席の豊岡美園と三室戸志乃も身を乗り出し、「ほんとに、新宿、すごいわ!」とやんややんやと声を挙げる。 〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバー、鵺代謳子(ぬえしろ・うたこ)も、天若福子(あまわか・とみこ)も調殿閑(つきどの・しずか)も宇宿順(うすき・じゅん)も円乗院董子(えんじょういん・ただこ)も読谷鎮美(よみたん・しずみ)も、 なんか、わくわくするな! オペラなんてはじめてだよ! でかいたてものだよ! オペラ劇場、て、中はどんなふうになってるんだ? と口々にいった。 顧問の八幡八五郎景時先生は、そんなバスの賑やかさとは関係なしに、なにやら真剣にプリントの書類に目を通していた。 大型バスはJR新宿駅の横を通る。東京都庁をはじめ、西新宿、いわゆる新宿副都心の高層ビル群がそそり立っていた。大型バスは甲州街道に進路をとり、いよいよ初台、「新国立劇場」がある「オペラシティ」の高層ビルがじょじょに見えてきた。 しかし気が付くと、どこからか大きな騒音、勇ましい音楽が大音響で響いていた。その騒音が茂美たちのバスにも届いていた。 茂美は、なんだろう? とつぶやく。 外山桜は、真面目な表情になり、 「しげみさん、政治団体の車よ」といった。 ある政治団体の大型車両は、とても「新国立劇場」、つまりオペラハウスに、につかわしくない雰囲気だった。 勧修寺顕常皇宮護衛官の携帯のトランシーバーの雑音が鳴る。 先導車の相浦紀宣皇宮護衛官からであった。 〈キャップ、まもなく目的地、新国立劇場前に到着します。劇場の正面玄関の前になります。ただし、11時の方向に政治団体の街頭宣伝車、2台あり、接近中。どーぞ!〉 〈1号車、2号車がちょうど正面玄関前につくように誘導せよ。街頭宣伝車の動きを注視せよ。もしこちらに急接近してきた場合は、態勢で阻止する。どーぞ!〉 〈了解しました!〉 勧修寺顕常皇宮護衛官の表情が厳しいものとなる。 瀧脇梅子皇宮護衛官は、笑みを浮かべ、「おじょうさん、ご安心ください。大丈夫です。われわれが安全に劇場内までご案内します」と、豊岡美園の顔を見ていった。 豊岡美園は、ぺこりと頭を下げ、 よろしくお願いします、 といった。 いつしか、あれほど賑やかだったバス内が静かになる。 茂美や親友たち、そしておぺしゅうけんのみんなの表情に不安が走る。 そしてトランシーバーの雑音が鳴りやんだ。勧修寺顕常皇宮護衛官は、八幡八五郎景時先生の方に顔を向け、「はちまんせんせい、まもなく到着します。劇場の正面玄関前にバスが横付けされます。生徒のみなさんにお知らせください。バスはこの後、駐車場に移動しますので、手荷物など忘れ物がないようにお願いします。先生方と生徒のみなさんは、われわれが劇場内、みなさんのお席まで安全に誘導します。ご安心ください」と、笑みを浮かべながらいった。 八幡八五郎景時先生は、「わかりました。どうかよろしくお願いします」といった。そして八幡八五郎景時先生は、車内のマイクを手にすると、勧修寺顕常皇宮護衛官をはじめ、皇宮護衛官のみなさんの誘導にしたがって、すみやかに移動してください、と茂美たちみんなに伝えたのである。 バスはスピードを緩め、運転手さんはハザードランプを点滅させた。そして大型バス1号車は、静かに停車した。それにつづいて後続の2号車も停車した。1号車の勧修寺顕常皇宮護衛官、山県範子皇宮護衛官、そして2号車の伊勢地好寿皇宮護衛官、大迫毅子皇宮護衛官、そして東郷恕子皇宮護衛官が先にバスから降りた。瀧脇梅子皇宮護衛官は、豊岡美園のそばにぴったりとつく。 先導車の相浦紀宣皇宮護衛官と新田義与皇宮護衛官は、すばやく車から降りると、するどい視線で周囲の状況を確認し、そして政治団体の大型車両がそれ以上、茂美たちの大型バスに近づけないように配置したのである。 二人は仁王立ちだった。 街頭宣伝車から鳴らされる大音響が周囲にがんがん鳴り響く。 街頭宣伝車の運転席を、ぐっとにらむのであった。
2014年02月05日
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白雪学園高校の正門前には大型バスが2台横付けされていた。その前には黒塗りのセダンが停車していた。 茂美たちおぺしゅうけん、有志のメンバー、そして〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーがつぎつぎとバスに乗車する。1号車には、顧問の八幡八五郎景時先生をはじめ、茂美たちおぺしゅうけんと〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーは先頭の1号車に乗り、そして2号車には有志のメンバーと深堀静子校長先生をはじめ、他の先生方が乗り込んだ。当然、1号車には、豊岡美園を護衛する勧修寺顕常皇宮護衛官と瀧脇梅子皇宮護衛官、さらに山県範子皇宮護衛官が乗り込む。2号車には、伊勢地好寿皇宮護衛官、大迫毅子皇宮護衛官、東郷恕子皇宮護衛官が乗り込んだ。大型バスを先導する黒塗りのセダンには、相浦紀宣皇宮護衛官と新田義与皇宮護衛官が乗車していた。 茂美は最前列の席にいた。そして茂美の隣には外山桜が座り、横の列の座席には豊岡美園と三室戸志乃が座る。豊岡美園の前の座席には、八幡八五郎景時先生と瀧脇梅子皇宮護衛官が座る。 茂美やおぺしゅうけんのみんなは特に大きな荷物はなかった。それぞれが小さなバッグ、デイバッグなどを持参していた。茂美のデイバッグには、母親からもらった、オペラグラスがあった。ハンカチの他にタオルもあった。それとメモ帳も入っていた。もしチャンスがあれば、出演者のサインを書いてもらうつもりだった。ちなみにあこがれの東園桔梗のサインは、先日の〈歓迎会・交流会〉のときにもらっていたのである。 茂美はうれしくてたまらなかった。隣の外山桜とおしゃべりに余念がなかった。外山桜も、もうーたのしみよ!といつもの調子でいう。外山桜のバッグの中には、もちろん愛用のオペラグラスと《蝶々夫人》の解説書、そして茂美と同じようにハンカチとタオルが入っていた。 「もおー蝶々夫人、なんどもなんども観ても泣けるのよーわたし!」と、外山桜はうれしそうにいった。 部長の井草温子が、車内の前の方に来て、 ぜーいん、てきぱきと、てんこ! と指揮をするような手つきをし、声を挙げた。 1年生は三室戸志乃が、2年生は生田みずほ(いくた・みずほ)が、3年は二荒昌江(ふらた・まさえ)が点呼し、〈ザ・ホワイト・スノーズ〉は当然、鵺代謳子(ぬえしろ・うたこ)がとり、井草温子に伝える。それを顧問の八幡八五郎景時先生と勧修寺顕常皇宮護衛官に連絡する。 こうして1号車の全員の点呼が終わると、バス運転手の隣に立つ勧修寺顕常皇宮護衛官は、携帯のコンパクトな無線機、トランシーバーを使い、2号車の伊勢地好寿皇宮護衛官と連絡をとる。そして2号車の点呼も確認が無事に終わると、今度は黒塗りの先導車の相浦紀宣皇宮護衛官に連絡する。 「こちら、キャップのかじゅうじ。先生方、そして生徒たちは全員乗車OK。あいのうら、にった移動開始せよ」 トランシーバーの向こう側から、 「了解、キャップ、目的地まで移動します!」 と、聞こえてきた。 茂美は前方にどんぐりまなこをやると、 黒塗りのセダンが左のほうにゆっくりと発進した。そして大型バスも同じように左のウインカーを出した。運転手さんは、左右を確認しながら、ゆっくりとハンドルを回した。茂美たちおぺしゅうけんを乗せた大型バスはゆっくりと「新国立劇場」に向けて動き出したのである。
2014年02月04日
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千代田区九段の白雪学園高校。 茂美たちおぺしゅうけん、有志のメンバー、そして〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーたちは、カフェルームにいて昼食のお弁当を開いていた。 茂美は愛用のお弁当箱を開けると、かやくご飯が出てきた。もちろん自宅の朝食でもいただいていたが、改めてお弁当で食べるのも旨いのである。おかずは父親がいった通り、大好物の海老フライ、そして玉子焼き、プチトマトなどがぎっしりとつまっていた。 茂美は、いただきまーす! と、ちゃんと両手を合わせると、大好物の海老フライに食らいついた。海老のフライの衣が薄く、しかもぱりぱり感がちゃんと残っていた。それに海老がなんといっても、ぷりぷりだった。 茂美の両頬は、とらふぐのようにふくらむ。 茂美の親友たちもそれぞれ、旨そうなお弁当を持参していた。外山桜は、手作りのサンドイッチ、生ハムや野菜サンド、それにフルーツサンドという豪華版だった。豊岡美園のお弁当は、おにぎりだった。おかずには鶏の唐揚げ、ブロッコリーなどがあった。三室戸志乃のお弁当は、中華風エビチリ弁当だった。三室戸志乃も実は茂美に負けず劣らずと海老が大好物だった。もちろんエビチリの海老もぷりぷりだった。三室戸志乃も、茂美と同じように両頬をふくらませていた。 とにかくカフェルームは、みんな和気藹々と楽しくお昼を食べる。 そこに学年主任の日野友子先生をはじめ、烏丸京子先生、小笠原長子先生、そして長船武美先生が、両手にプリント類などを運んできた。顧問の八幡八五郎景時先生や裏松俊光先生、竹生渥頼先生、竹屋晴資先生、そして深堀静子校長先生が、茂美たちおぺしゅうけんに引率、同行するのである。他には、いつも豊岡美園を護衛している、おなじみの勧修寺顕常(かじゅうじ・あきつね)皇宮護衛官をはじめ、瀧脇梅子(たきわき・うめこ)皇宮護衛官、伊勢地好寿(いせち・よしひさ)皇宮護衛官、新田義与(にった・よしくむ)皇宮護衛官、相浦紀宣(あいのうら・のりよし)皇宮護衛官、そして東郷恕子(とうごう・くみこ)皇宮護衛官、大迫毅子(おおさこ・たけこ)皇宮護衛官、そして山県範子(やまがた・のりこ)皇宮護衛官も護衛のために同行する。すでに外で待機していたのである。 女性の先生方がつぎつぎとプリント類を配布する。 茂美たちみんなは箸をもちながらプリントを目にすると、最初の1枚は、猫たちが登場するイラストで、新国立劇場でのオペラ鑑賞に際しての注意書きだった。たくさんの項目が、漫画の吹き出しのようにして記入されていた。見た人が愉しみながら、オペラ鑑賞のマナーやエチケットを確認する、という趣向のものであった。 茂美たちおぺしゅうけんや有志のメンバー、そして〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーたちは、 かわいいー!と口々にいった。 書かれている内容は、例えば、 上演中のおしゃべりはご遠慮ください。 客席内での飲食はご遠慮ください。お食事はホワイエでお楽しみください。 チケットの半券は必ず公演終了までお持ちください。 写真撮影、録音、録画(携帯電話による撮影を含む)は禁止されています。 小さな音も、周囲の方には気になるもの(鈴の音、ビニール袋の音など)ご注意ください。 大きな荷物、花束はクロークにお預けください。 いびきをかいて寝てしまわないよう、前日はよくお休みください。 などなど15項目についていろいろと注意書きがあったのである。 日野友子先生は、「みんな、わかっていると思うが、しっかりとその猫ちゃんのイラスト、プリントの注意書きをよく読んで、マナーを守るように、いいか?」と、いった。 茂美たちみんなは、 はーい! と、返事をした。2枚目のプリントは茂美たちみんなが座る座席表だった。なんと驚くことに、 1F(1階)のS席であった!しかも目の前には、オーケストラピット、その上にはすぐ主舞台があった。舞台に向かって左側の一角が茂美たちおぺしゅうけんや有志のメンバー、そして〈ザ・ホワイト・スノーズ〉の座席となっていたのである。 茂美たちみんなは、両目をまるくし、 うおー! どひゃー! すごーい! まえの席だよー! と、口々に叫んだのである。 招待されたにもかかわらず、1階のS席というすばらしい席が確保されていた。茂美は、 おおーききょうせんぱいを間近で観られるよ! と、どんぐりまなこをまんまるにし、隣の外山桜や豊岡美園、三室戸志乃たちと喜んでいったのである。 つづきは、明日。
2014年02月03日
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高松家の日曜日の朝食。 食卓には、かやくご飯、アサリのみそ汁、大根のみそ漬け、高松家特製のオムレツ、それにトマトとキュウリのサラダが並んだ。 茂美、俊介、俊夫、尚美がいつものように指定席につく。そしてみんなで両手を合わせ、 いただきまーす! という。 茂美は旨そうにアサリのみそ汁をすする。俊介も尚美も俊夫もみそ汁をすする。 尚美は茂美の側に、そっと黒のビロードの袋を置く。 茂美はみそ汁をすすりながらどんぐりまなこを黒のビロードの袋にやり、 「お母さん、これななに?」と聞いた。 「しげみ、これお母さんが学生時代に使っていたものだけど、あげるから使いなさい」と、尚美はいった。その言葉に俊介も俊夫も興味深そうに目をやる。 茂美はみそ汁を食卓に置くと、どれどれといって、ビロードの袋を開け、そして中のものを取り出した。なんと、 オペラグラスだった。 とてもコンパクトなものだった。 茂美のどんぐりまなこをまんまるになり、 うおーきれーい! と声を挙げた。 俊介も俊夫も、同じように、 ほおー! といった。 オペラグラス全体に金色の縁取りがしてあり、全体の色は、ミラノ・レッドパールという深みのある赤色だった。とても上品で高価な代物だった。いくら尚美が学生時代に使っていたとはいえ、全く新品同様ともいえるほど、オペラグラスはぴかぴかに光っていた。まるで深窓の令嬢、お姫様が使うような高級感があったのである。 オペラグラスの倍率は、「3×23」だった。 茂美はうれしそうに、「お母さん、ありがとう!」と礼を述べた。そして、ほんとうにいいの?と言葉をつなげた。 尚美も笑みを浮かべながら、「いいのよ。今日は折角のオペラ鑑賞なんだから。やはり、オペラグラスのひとつぐらいはもってないとね!」といった。 茂美はうれしさのあまり、いつものように、えへへへへと笑う。 茂美が手にしているオペラグラスは、俊夫も俊介も、初めて見るものだった。尚美は学生時代、つまり、玉川音楽大学時代には、当たり前とはいえ、よくオペラ鑑賞をしていたのである。 尚美は茂美の顔を見ながら、「それはね、お父さん、つまり、しげみあなたのお祖父ちゃんが、わたしにプレゼントしてくれたものなの。お父さんがイタリアに旅行したときに、わざわざ買ってきてくれたものなのよ。だから、イタリア製なのよ!」と、ちょっと自慢げにいったのである。 茂美はどんぐりまなこをさらに大きくし、 うおーイタリア製! と、またまた感動していったのである。 弟の俊介はオムレツを食べながら、「イタリア・オペラの本場だからね」と、あっさりといった。 俊夫は、大根のみそ漬けをぽりぽり食べながら、「ぼくも、オペラグラス、ほしいね!」といった。 とにかく茂美は、そんな想い出のある大事なものを、自分にプレゼントしてくれたことに茂美は深く母親に感謝していたのである。 「お母さん、だいじに使うからね!」 茂美は満面の笑みを浮かべて、そういった。そしてオペラグラスを大事そうに黒のビロードの袋に入れた。 ああーはやく、ききょうせんぱいの蝶々夫人を観たいよ! 茂美は小さな胸の中で声を挙げたのである。 こうして高松家の楽しくも美味しい朝食のひとときが始まったのである。
2014年02月02日
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日曜日の早朝。天気は最高だった。茂美や高松家の住むマンションの14階からは、富士山、つまり、玉川上水富士がよく見えた。 茂美は、いつものように目が覚めた。目覚まし時計をセットしてはいたが、その目覚ましが鳴る前に起きた。遠足が楽しみで仕方ない幼稚園児のようにである。 茂美はTシャツと短姿で、リビングにいくと、いつものようにエプロン姿の父親の俊夫と弟の俊介が台所で朝食の準備をしていた。母親の尚美もこの後起床し、リビングにやってくる。茂美の鼻孔に朝食の香ばしいにおいがどんどんと入ってくる。お腹が急に鳴りそうになる。昨夜は良く寝た証拠でもある。 おとうさん、としすけ、おはよー! 茂美は元気にあいさつする。俊夫も俊介も、 おはよー!と答える。 茂美がダイニングテーブルを見ると、すでにお弁当がちゃんと用意されていた。お弁当箱はすでにバンダナで包んであった。お茶の入ったピンク色の愛用の魔法瓶もあった。 お父さん、ありがとー! と、茂美はうれしそうに礼をいう。 今日は、午後2時から新国立劇場でオペラコンサート、つまり、先輩の東園桔梗の主演するオペラがあるのだが、茂美をはじめ、おぺしゅうけんのメンバー、有志のメンバー、そして〈ザ・ホワイト・スノーズ〉のメンバーは一度、お昼前に学校に集合し、カフェルームで各自持参したお弁当を食べてから、大型バスに乗って新国立劇場がある初台まで行く予定になっていたのである。 とにかく茂美は、「お父さん、お弁当の中身はなんですか?」と聞く。 俊夫は、「きょうは、オペラ演奏会に行く、ということで豪華なものにしたよ。かやくご飯だね。それとおかずには、しげみ、きみが大好きな海老フライが入っている。ま、昨日は、としすけが、水無瀬道隆先生に海老天ぷらざる蕎麦をご馳走になったからね。ま、だからお姉ちゃんにも海老というわけだよ」といった。 茂美はうれしそうに、どんぐりまなこをまんまるにし、うん!といった。そして、 そうか、あたいの大好きなかやくご飯に、海老フライか!とつぶやいた。 もちろん朝食も、かやくご飯である。茂美はお弁当持参であったも、他の家族は、職場や学校は当然休みなので、できたてのかやくご飯は朝食にいただくのである。 かやくご飯は、とても簡単にできて、しかも美味しいのである。 高松家のかやくご飯の材料はいたってシンプル。材料は、 鶏もも肉、にんじん、ごぼう、蓮根、こんにゃく、油揚げ。 鶏肉は食べやすいように一口大にし、にんじんは5ミリ幅、拍子木切りにする。そしてごぼうはよく洗ってささがきにする。蓮根は薄切り。こんにゃくと油揚げは、沸騰した湯にさっととおしてから、にんじんの大きさに合わせて切るのである。 だし汁は、お酒、薄口醤油、濃口醤油、それに塩を少々である。ポイントはみりんや砂糖は入れない。 それを炊飯器で炊くだけで、後は出来あがれば、しゃもじでかき混ぜるのである。 俊介がみんなの愛用のご飯茶碗に、熱々のかやくご飯を入れて、お盆に載せて運んできた。茂美はおみそ汁を運ぶ。みそ汁は、あさりのみそ汁だった。長ネギとあさりが見事にマッチしていた。 茂美は、運びながら、うーむ、と呻る。 母親の尚美もリビングに姿を現し、 おはよー!とあいさつする。 尚美の手の中にはあるものがあったのである。
2014年02月01日
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