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千代田区九段の白雪学園高校。 午前中。 1年百合組の教室。 茂美は、理科の授業を受けていた。裏松俊光先生は白衣を着用していた。 茂美は心の中で、 〈やっぱり、あれだよ、うらまつせんせい、ちゃんと白衣を着ていると理科の先生らしく見えるよ〉そうつぶやいた。 ただし、理科室ではないので、実験ではなかった。 授業の内容は「生物1」である。 兎に角、茂美たち1年百合組の生徒たちは、静かに授業を受ける。茂美の隣の外山桜も三室戸志乃も、そして茂美のすぐ後ろの豊岡美園も真剣に授業を受ける。秋の学園祭の前には、中間テストがあり、さらにその後に実力テストもあるのである。 茂美は「生物」の教科書を開き、ノートも開く。実は茂美は「生物」は嫌いじゃなかった。それどころか、生物の神秘に興味関心があった。弟の俊介も生物や数学が得意なので、おそらく茂美の体内にも、理数系のDNA、遺伝子がちょっとはあるのかもしれない。 兎に角、裏松俊光先生は黒板に、チョークで、 細胞はあらゆる生物の基本単位―細胞の多様性 と書いた。 「細胞には、大きさや形、機能など、さまざまなタイプのものが存在します。しかしですね。すべての細胞に共通するのは、膜、つまり、細胞膜でおおわれた構造と、その内部に遺伝子の情報をもっているということです。そして、このような特徴をもった細胞が、あらゆる生物の基本単位となっている、ということです」裏松俊光先生は理科の先生らしく、極めて真面目に説明する。そして、説明しながら黒板に書いていく。 「遺伝情報が〈核〉の中につめこまれている細胞を〈真核細胞〉という。これに対して明確な〈核〉をもたない細胞を〈原核細胞〉といいます。ただしこれは遺伝子情報は、もっている、ということです。また、細菌のようにひとつの細胞がひとつの個体として生きている生物を〈単細胞生物〉といい、ヒトのように、この場合漢字の〈人〉ではなく、カタカナで〈ヒト〉と表現しますよ。兎に角、ヒトのように多数の細胞が集まってひとつの個体をつくるものを〈多細胞生物〉といいます。したがってわれわれ人間が多細胞生物といわれる所以ですね」 茂美はノートに、 真核細胞・・・遺伝情報が核の中につめこまれている細胞 原核細胞・・・明確な核をもたない細胞→遺伝子情報はあり 単細胞生物・・・ひとつの細胞がひとつの個体として生きている生物 多細胞生物・・・ヒトのように多数の細胞が集まってひとつの個体をつくるもの→人間! と、書いていく。 茂美は、うーむ、とうなる。「ちなみにですが、ヒトの細胞は、その種類にもよりますが、おおきさは、おおむね0.01ミリ程度です。そして、ヒト1人の細胞の数は、およそ、60兆個にもなるといい、これらをもし、1列に並べるとしたら、60万キロメートルになるといわれています」と、裏松俊光先生がそういうと、クラスの中は、どよめきが起こる。 茂美も、 うおーろくじゅうまんきろめーとる! と、どんぐりまなこをまんまるにし、声を挙げた。隣の席の外山桜も、まあーすごい距離だわ!といい、さらに隣の三室戸志乃も、めちゃくちゃすごい距離じゃない!という。 そして茂美はさらに、「えーと、60万キロだと、東京の千代田区九段から、どこまで、歩いていけるんだよ?」と、つぶやいた。そしてなぜか小学生のように両手の両指を全部折り曲げる。 茂美のすぐ後ろの豊岡美園は、「このーしげみのばかたれ!歩いて、60万キロ、いけるわけないだろが!」と、両目をまんまるにして、いう。 裏松俊光先生は苦笑いしながら、「60万キロというと、みんなは、なかなか想像しにくいと思うんだけど、これは、千代田区九段、つまり、うちの学校、地球から、月までの距離、およそ36万キロをはるかに超える距離、長さ、ということです!」と、クラスのみんなにいった。 茂美のどんぐりまなこはさらに大きく開き、「ひえー月より、はるかに遠くまでいけるのかー!」と、声を挙げた。そして茂美は視線を、自分の小さな胸のあたりにおとし、「あたいの、身体の細胞は、そんなにすごい数でいっぱいつまっているなんて、しらなかったよー。だからお腹がいつもすくのかー!」と、いった。 後ろの豊岡美園は、「しげみ。まったく、なんちゅー都合のいいように、考えるんだ!」と、あきれ顔でいう。 やれやれである。
2014年06月30日
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本日もお休みいたします。 申し訳ありません。 みなさま。おやすみなさい。 東伏見の手前味噌
2014年06月29日
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本日は都合により、 お休みします。 申し訳ありません。 みなさま。おやすみなさい。 東伏見の手前味噌
2014年06月28日
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ビクトリアはにこにこしながら、 「さあーみんな、そろそろ疲れてきたかな。大丈夫かな?」と、子供たちに聞く。しかし、子供たちは元気に、 だいじょーぶ! まだ、つかれていなーい! もっとはなしてもいいよー! などと明るくいう。 院長のシスター・アグネスもシスター・クララもシスター・クラウディアもシスター・アンナも、そしてシスター・ソフィアたちも表情を大きくし、 ほんとかしら、そろそろおやつの時間にしたほうがいいんじゃない? と、口々にいう。 子供たちは、すぐに反応し、 これが終わってから、クッキーたべる!とか、 ミルクティを飲む!とか、 それぞれが元気に声を挙げた。 院長のシスター・アグネスは改めて、 〈やっぱり、こずえたちにお願いして正解だったわ。はちごろう、あなたのお蔭よ!〉そう心の中でつぶやいたのである。 ビクトリアは左手を腰にあてて、そして、右手の人差し指を左右に揺らし、 「では、午後のティータイムのまえに、少し難しい話をするわね。みんな静かに聞くのよ!」と、いった。 子供たちの私語はだんだんと鎮まった。 「さっき、ヴァイオリンの話を、こずえからしてもらったけど、みんな、開放弦の、4つの音、弦の話を覚えている?」と、ビクトリアは子供たちを見渡して、いった。 ヴァイオリン担当の、 テレサ(20歳)以下、一番小さいマチルダ(5歳)まで全員が手を挙げた。 「わおーすばらしい!みんな、ちゃんと、こずえの説明を聴いていたのね。マチルダ、あなたも、すばらしいわ!」と、ビクトリアはそういって、マチルダにウインクした。 マチルダは満面の笑顔になり、両手を挙げ、喜びを現した。 「じゃあー復習するわね。実はヴァイオリンとチェロとは、同じ楽器の仲間なんだけど、弦の位置、呼ぶところがちょっと違うの。ヴァイオリンの場合は、 1番線、1弦、ミ(E) 2番線、2弦、ラ(A) 3番線、3弦、レ(D) 4番線、4弦、ソ(G) 「だったわね。でも、チェロの場合は、 1番線、1弦、ラ(A) 2番線、2弦、レ(D) 3番線、3弦、ソ(G) 4番線、4弦、ド(C) となるの。少し混乱するかもしれないけど、すぐに覚えられるから大丈夫!ようするに、チェロの4本の弦は、音の高さが決められていて、4本の弦を正しい音に合わせることえを、チューニング、といいます。または、調弦ね。チューニングは、左手で何も押さない開放弦の状態で、いい?下から、ド(C)、ソ(G)、レ(D)、そして、ラ(A)となるように、ちゃんと音を合わせるの。大丈夫、カタリナ、マルチェッラ、あんしんして!後で、私がチューニングのこつを教えるから、大丈夫よ!」ビクトリアはそういった。 カタリナとマルチェッラは、 うん! と、大きく頷いた。 「楽譜、つまり、譜面では、ヘ音記号(ファ)となり、そのヘ音記号の左から順に、C線(ド)4、G線(ソ)3、D線(レ)2、そしてA線(ラ)1となるの。これがチェロとヴァイオリンの違いね!」 ビクトリアは自分の愛用のチェロを使って、ゆっくりと何度も説明したのである。
2014年06月27日
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大型楽器、チェロの登場である。 チェロ担当のビクトリアが愛用のチェロを、子供たちに見せる。 ビクトリアは椅子に座ったまま説明する。 子供たちは改めて、チェロの大きさ、迫力に目を張る。 子供たちの中でチェロを担当するのは、カタリナとマルチェッラである。年齢も体格もそれなに大きい2人が演奏することになるのである。 ビクトリアも笑みを浮かべて、 「チェロは、構え方の難しい楽器なの。これから私が説明することを良く聞いて、参考にしてほしいと思います。兎に角、自分に合った構え方を見つけることが大事。まず、エンド・ピンの先を身体の中心より、少し左側に指すこと。いい?」 そういいながら、愛用のチェロを動かした。 子供たちも、カタリナとマルチェッラも真剣な眼差しをおくる。 「そして、楽器、つまり、チェロと身体の接点は、胸、左ひざ、右ひざの3点が重要なの。いい?そして、胸の真ん中あたりに楽器の肩があたるようにすること。ネックと鎖骨の間に、こぶしひとつくらいのすきまをつくり、C線の糸巻、後で詳しく説明するわね。そのC線の糸巻が左耳のちょっと後ろにくるようにします。そして両足で楽に、チェロをはさめる人は、はさんでくださいね。そうでない人は、B線あたりで、ここのことね。ここで裏版にそえるといいと思う。つまり、この3点でチェロが安定するように構えるの。とても大事よ。楽器を支えるために、左手を使うくせがつくと、左手の親指に負担がかかるの。さらに、ポジション・チェンジのとき左手がスムーズに動かなくなる、ということなの。それに加えて、将来ヴィブラートの練習をするときに、おおきな障害となります。また、エンド・ピンの長さと刺す位置は、いろいろと試してみることが大事。自分がいちばん快適と思える長さと位置を見つけてほしいと思うの。カタリナ、マルチェッラ、OK?」とビクトリアは2人を見た。 カタリナとマルチェッラは、大きく頷く。 「次に弓の持ちかたね。私のをよく見てね。まず、最初に、右の手首から先を完全に脱力、つまり、力を抜いて、そうね、お化けのようなかっこうをしてみるといいわ!」ビクトリアが表情をくもらせ、低い声でいうと、 子供たちは、おばけー! と、声を挙げた。 「つまり、手首が盛り上がり、指は自然に伸びた状態になる、ということね。この状態から、ほんの少し、それぞれの指を曲げて、卵を持つときのような手の形をつくる。そして、そのまま、腕を軽く身体から離し、膝から手の甲にかけての線が、ほぼ垂直なるようにします」 ビクトリアは何度も説明したように弓の持ち方、動作をゆっくりとやった。 子供たちの顔は、きらきらきらきら、☆ ☆、☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆と輝いていたのである。
2014年06月26日
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多梢恵は今度は、ヴァイオリンの弓について、子供たちに解説する。 弓も実際に、多梢恵が普段愛用しているものを使用する。 「まず、最初に右手の親指と中指、そして薬指で軽く輪をつくるようにします」多梢恵はそういいながら、実際にそのうようにして子供たちにみんなに見せた。そして弓を手にし、 「左手で棹の真ん中あたりを持ち、右手の形をくずさないようにして、中指と薬指を毛箱にあて、親指と中指、そして薬指で毛箱を軽くつかみます」 子供たちの視線は多梢恵の指先に集中する。 「そのままの形で右手首を回転させるように、身体の内側に倒します。さらに、人差し指と小指はこの段階で棹に添えます。みんな、ちゃんと見てね。そして、人差し指は指の内側、つまり、横の部分になります。それが棹にあたるようにして、小指は関節を曲げ、弓に軽く添えるようにします」 多梢恵はゆっくりと動作をし、その形をみんなに見せる。 「すぐになんでもかんでも覚える必要はないわ。私はもちろん、パトリツィア、ナディア、アンヘラ、そしてチェロ担当のひとは、ビクトリアがちゃんと、みんなに教えます。安心してね!」多梢恵はそういって、満面の笑顔になった。それに子供たちは大きく、元気に返事をした。 院長のシスター・アグネスは腕組みしたまま、子供たちを見渡し、大きく頷いた。 「さて、次に少し難しい専門的な話をします。開放弦の4つの音について説明をします。左手の指で弦を押さえない状態を、開放弦、と呼びます。これは数字のゼロで表します。楽譜の音符の位置でいえば、ト音記号の右側、つまり、一番下から順に、4番線、つまり4弦、ソ(G)、そして3番線3弦、レ(D)、2番線2弦は、ラ(A)、そして1番線1弦は、ミ(E)となります」 多梢恵はさらに、自分の左手をみんなに見せて、 「左手の指には指の番号がつけられているのです」と説明する。そして、ゆっくりと何度も教える。 「左手の指番号」 人差し指→「1」 中指→「2」 薬指→「3」 小指→「4」 子供たちは多梢恵にならって、自分の左手で、指番号を何度も確認する。もちろん、チェロを担当する、カタリナ(16歳)もマルチェッラ(18歳)も他のみんなと同じように確認した。これはヴァイオリンの基本的なことをちゃんと理解しておくためである。
2014年06月25日
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多梢恵は次にヴァイオリンの姿勢を子供たちに教える。実際に多梢恵は自分の愛用のヴァイオリンを使って説明する。もちろんヴィオラとチェロの子供たちも一緒に話を聞く。 子供たちは真剣な眼差しで、多梢恵を見る。 多梢恵はヴァイオリンを持ったまま、用意された椅子の前に立っていた。 「初めにヴァイオリンとヴィオラの共通する所から話しをします。しっかりと私の動きを見てね。まず、椅子に座る場合は、椅子の右側に立ち、左足を椅子の中心線上においてから、椅子の右側に座るようにね。そして立ち場合は、左足を半歩前に出し、そして重心をやや左側に寄せるようにしてください。いいですか」 多梢恵はそういいながら、ヴァイオリンの第一段階の姿勢をとって、子どもたちに見せた。 「次に、いよいよ楽器の構え方を説明します。よーく見てね。後で、みんなにもやってもらいます。いいですか。まず、左手でヴァイオリンの肩、つまり、ショルダーを持ち、右手をヴァイオリンの下、エンドピンのあたりに添えて、構える準備をします。そして次に、ヴァイオリンを持ったまま上下を回転させて、右手の甲が首の左前側に当たるように構えましょう。そして、ヴァイオリンの裏側、ようするに肩当ての下側を、左鎖骨の上に乗せてから、首を左側に少しねじるようにして、あごを当てて乗せます」 多梢恵はその動作を、子供たちによく見えるように、ゆっくりと2回繰り返した。 子供たちの視線は多梢恵にくぎ付けだった。 「そして、楽器を支えていた右手を楽器から離し、顔を左に少し傾けてヴァイオリンを支えるようにして、左手を楽器から、つまり、ヴァイオリンから離します。左手を離しても、ヴァイオリンがぐらつかないポイント、位置を見つけることが大切になってきます。みんな、このとき、肩、首、あご、などに力が入りすぎないようにすることです」 多梢恵はそういいながら、実際にやってみせ、左手をヴァイオリンから離した。見事なバランスだった。 子どもたちの両目はまんまるになり、 ほおー! と、つぶやいた。 「両腕を下ろしても、ヴァイオリンがふらつかず、なおかつ、そのまま歩いてもヴァイオリンを支えられるようになると、OKです。あせらず、時間をかけて慣らしていけば、みんなも大丈夫よ!」 多梢恵はそういいながら、左目だけをつぶり、ウインクした。 そして多梢恵は、にこやかに、実際にヴァイオリンをはさんだまま、両腕を離したまま、椅子の周りをぐるりと回った。 思わず、子供たちやシスターたち、そして仲間のパトリツィア、ビクトリア、ナディア、そしてアンヘラたちも楽しそうに一斉に拍手したのである。
2014年06月24日
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都合により、 本日はお休み致します。 申し訳ありません。 みなさま。おやすみなさい。 東伏見の手前味噌
2014年06月23日
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多梢恵をはじめ、仲間のパトリツィア、ナディア、ビクトリア、そしてアンヘラは協力して、それぞれの楽器を子どもたちに説明する。 多梢恵とパトリツィアとアンヘラ、そしてナディアはヴァイオリンとヴィオラについて説明し、ビクトリアはチェロについて話をする。子どもたちもヴァイオリンとヴィオラ、そしてチェロに分かれて話を聞くのである。 第1ヴァイオリンのグループには、 テレサ(20歳) ベルナデッタ(13歳) モニカ(7歳) ローザ(8歳) 第2ヴァイオリンのグループには、 イラーリア(16歳) アデーレ(12歳) フランチェスカ(10歳) マチルダ(5歳) ヴィオラのグループには、 パオラ(15歳) エレナ(15歳) がいた。しかしヴァイオリンとヴィオラは一緒に仲良く説明する。 チェロのビクトリアの所には、 カタリナ(16歳) マルチェッラ(18歳) の2人がいた。同じヴァイオリン属、仲間とはいえ、やはりヴァイオリンとヴィオラとは、大きなも演奏方法も異なるので、別途に説明が必要なのである。 多梢恵は自らのヴァイオリンを使って、ヴァイオリンの名称を教える。ただし、今の段階では最低限の、基本的なことだけを教える。最初から細かくたくさん教えても子どもたちは覚えられないからである。 ヴァイオリンの弦は、 第1弦 E線 ドレミの〈ミ〉 第2弦 A線 ドレミファソラの〈ラ〉 第3弦 D線 ドレミの〈レ〉 第4弦 G線 ドレミファソの〈ソ〉 となっている。一方、ビクトリアはチェロの弦について2人に説明する。 第1弦 A線 ドレミファソラの〈ラ〉 第2弦 D線 ドレミの〈レ〉 第3弦 G線 ドレミファソの〈ソ〉 第4弦 C線 ドレミの〈ド〉 となっているのである。ヴァイオリンとヴィオラとは、弦の位置、名称が異なっているのである。しかもチェロ本体の下からは、それを支える、 エンド・ピンがある。 エンド・ピンは、ボディの下のねじをゆるめて、約30センチほど引っ張り出すのである。
2014年06月22日
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イタリアはローマ。 多梢恵(おお・こずえ)(ヴァイオリン)は、仲間のパトリツィア(ヴァイオリン)、ナディア(ヴィオラ)、ビクトリア(チェロ)、そしてアンヘラ(ヴァイオリン)と共に「嘆きの聖母女子救護院・孤児院」にいた。 待ちに待った楽器が施設の子供たちのところに到着していたのである。院長のシスター・アグネスの連絡を受けて、多梢恵たちが「嘆きの聖母女子救護院・孤児院」に急いでやってきたのである。仲間たちも多梢恵も自分たちの愛用の楽器を持参していた。もちろん多梢恵も愛用のヴァイオリンを持参していた。ヴァイオリンは、聖チェチリア音楽でいつものように、いままで使用しているものだった。しかし多梢恵の元には新しい、別のヴァイオリンがあったのである。ただし、そのことについては、仲間たちは、まだ知らされていなかったのである。 兎に角、子どもたちは、日本から到着した新品の楽器、つまり、ヴァイオリンやヴィオラ、そしてチェロを目の前にして、大喜び、大歓声を挙げ、大騒ぎをしていたのである。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 実は、子どもたちの楽器とは別に、多梢恵の下宿先にも、先日楽器が届いていた。 下宿先の多梢恵は、大きな荷物をほどくと、 両目を大きく開いた。 なんとヴァイオリン・ケースに収まった、真新しいヴァイオリンが現れたからである。 多梢恵はヴァイオリンの色艶、輝きを見ただけで、 まあーこれは、たいへんな贈物よ! と、声を挙げた。 そして多梢恵は瞬時に、あきらかに現在、自分が使用しているヴァイオリンよりも、遥かに高価なものであることを理解したのである。多梢恵はヴァイオリンの側にあった上質のカードに目をやった。カードの文字は金字で書かれていた。そしてそれを手にし、金字に視線を走らせる。カードには、 「鈴木バイオリン」の、 「エビデンス・バイオリン:NO.2000(4/4)」 と書かれていた。 「鈴木バイオリン」の、最高級の逸品だった! 多梢恵は震える両手で「エビデンス・バイオリン」を手にしたのである。 その時、ヴァイオリン・ケースの下側から1通の淡い水色の封筒が現れた。 多梢恵は、何かしら?とつぶやきながら、「エビデンス・バイオリン」をそっと大事そうにケースに戻し、そして淡い水色の封筒を手にし、それを開けた。中から1枚の便箋が出てきた。万年筆の手書きだった。文面には、 多梢恵様 前略 その後、お変わりありませんか。 このたびは、子どもたちの音楽教師になっていただき、心から感謝しております。本当にありがとうございました。 おそらく聖チェチリア音楽院の生徒という訳にはいかないと思いますが、どうか子どもたちに音楽のすばらしさ、楽器を演奏する喜びを伝えてください。 多梢恵様。あなたもご存じだと思いますが、我が国が誇る伝統的バイオリンメーカー、「鈴木バイオリン」をお礼の印としてお贈りします。ただし、バイオリンのプレゼントは、私からではありません。ヴァチカンのさるお方からのものです。今はまだ、その方のお名前をお教えすることはできませんが、いずれは、ご紹介したいと思います。どうか遠慮せずにお納めください。 来年の夏には、あなたの後輩たちと一緒にローマ・ヴァチカンを訪れ、そこで演奏会を開くことになっております。その時に、多梢恵様にお会いできるのを今から楽しみにしております。どうか聖チェチリア音楽院での勉学に、そして子どもたちとのレッスンにとがんばって下さい。ローマから遠くの千代田区九段の空より、ご活躍をお祈りしております。 草々 平成○○年9月○○日 白雪学園高校 八幡八五郎景時 と、書かれていたのである。 多梢恵は、まあーなんてことでしょう、なんてことでしょう! と、声を挙げた。さらに、多梢恵は何度も何度も、 はちまんせんせい、ほんとうにありがとうございました! と、感謝の声を挙げたのである。
2014年06月21日
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カフェルームの厨房で、いよいよ茂美の作った、高松家「麻婆豆腐」の試食をする。 外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も鷹司房子も正親町三条さゆりも広幡陽子も神足左織も西堅綾花も忠蔵院恭子も慈門院正美も五大院信代も、そして料理部の赤錆紀子も安居錦子も黒羽稔海も佐八遥も塩生但子も青具あきらも、さらにOGの教来石彬子も銭司幹美も田嘉里如子も、両目をまんまるにし、蓮華で熱々の「麻婆豆腐」を食べる。 もちろん茂美もできたてのを食べる。 茂美は両頬をふくらませ、大きく頷き、うん、という。 おおーおいしー!とか、 おいしわー!とか、 こりゃーなかなかうまいよ!とか、 ぴりっとした感じが最高だよ! などの声が次々と挙がる。 豊岡美園と三室戸志乃は茂美の顔をのぞき、 「しげみ、なかなかやるじゃん。こんな旨い麻婆豆腐は初めてだよ!」と口々にいう。決してお世辞ではなかった。 外山桜も、 「うーん、しげみさん。これは豆板醤とこちじゃん、それにオイスターソースがポイントね!」という。 茂美は、 「うん、そーなんだ。でも、さくらちゃん、料理はいろいろと試行錯誤して自分のものにするんだよ」といった。 外山桜は納得したように、 「そーよね!」と両目をまんまるにして、いった。 さらにOGの教来石彬子も、茂美の方に顔をやり、 「しげみ、すばらしい出来具合だ。これならどこでも出せる料理だ!」といった。そして銭司幹美も、 「中華料理店ではたらけるかもしれないぞ!」といった。さらに、田嘉里如子も、 「しげみ、やっぱり、あんたのお父さんが考えてつくったのか?」と、確認するように聞く。 茂美は満面の笑顔を浮かべ、 「はい、たかざとせんぱい!お父さんに教えてもらいました!」と応えた。 OGの3人は、うーむ、と唸り、あんたのお父さんはやっぱりすごい!といった。そして、ふたたび蓮華で「麻婆豆腐」をほうばった。 みんなは無事に試食を終えると、 部長の赤錆紀子は、「よーし、みんな持ち場につけ!いよいよわれわれも麻婆豆腐に挑戦するぞ!」と声を挙げた。 茂美をはじめ、1年の親友たち、料理部の面々は、左手を腰にあて、右腕をぐっと上に伸ばし、 おおおおー! と、気勢を挙げたのである。
2014年06月20日
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料理部のOG、教来石彬子、銭司幹美、そして田嘉里如子もカフェルームの厨房に現れた。 OGの3人は、茂美が「麻婆豆腐」を作るということで興味津々の趣だった。 大きな炊飯器で、ご飯を炊く。 やっぱり、熱々の「麻婆豆腐」には、熱々のご飯である。 さらに料理部の面々は手分けして、中華スープも作る。 茂美は包丁で木綿豆腐、そして茄子も長ネギもニンニクも細かく切り分けた。生姜はすりおろした。木綿豆腐はそのままだった。普通は、沸かしたお湯に塩を入れて少し茹でるのだが、茂美はあえてそれをしなかったのである。 茂美は今度は、大きなどんぶりに仕上げ用のスープを作る。 中華だし、醤油は薄口と濃口を入れる。もちろん計量スプーンを使っててきぱきと入れる。料理部の面々や1年の親友たちは真剣な眼差しで、茂美の調理を見つめる。さらに茂美は、お酒、砂糖は少し多めに入れた。そして「オイスターソース」を大さじ2はい入れた。そこにできたてのお湯をどんぶりに注ぎ、中華用のおたまでよくかきまぜた。 茂美はいよいよガスの火を点かした。そして、中華鍋にごま油を入れ、引いた。ガスの火力は強火。茂美は中華用のおたまを使う。 最初にニンニク、刻んだネギを入れ炒め、さらにすりおろした生姜を入れた。香ばしい匂いがしてきた。茂美はそこに豚ひき肉を投入する。 じゅー! という生きのよい音がする。 茂美はさらに鮮やかな手つきで、こちじゃん、豆板醤、ラー油を入れる。茂美の表情は真剣だった。いつものへらへらした表情は一切なかった。 豚ひき肉を多少かりっとする程度まで炒め、今度は茄子を入れた。またまた、 じゅー! という豪快な音が響く。 茂美は軽快なリズムで、左手で中華鍋を持ち、前後に揺らす。そして、右手で中華用のおたまを器用に扱う。まるで、リズムを刻み、楽器、音楽を奏でているようだった。 まったく見事な手さばきだった。 外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も他の親友たちも料理部の面々も両目を大きく開き、 ほおおー! と、感嘆の声を漏らす。 中華鍋の中が、真っ赤に染まる。 茂美はすかさず、サイコロ状の木綿豆腐を豪快に入れる。時間にして4~5分ほどぐつぐつぐつ煮る。茂美はその間に、茶碗に入った少し多めの片栗粉に、水を入れ、スプーンでそれをかき混ぜ、それを中華鍋の中に全体に、回すようにして注いだ。見た目でも、とろみがつくのがわかった。 茂美はやさしく中華用のおたまで、木綿豆腐を崩さないように絶妙にかき混ぜる。 なんともいえない麻婆豆腐の旨そうな匂いが厨房に充満する! 親友たちと料理部の面々も、またまた、 ほおおおー! と、感嘆の息を漏らす。OGの先輩方、教来石彬子も銭司幹美も田嘉里如子もじっと茂美を見守る。 茂美はどんぐりまなこを真ん中によせ、 できたよ! と、つぶやくようにいった。 茂美はガスの火を止め、そして熱々に出来上がった、高松家特製の「麻婆豆腐」を中華用おたまを使って、次々と用意されてあった、器に盛った。茂美は完璧に「麻婆豆腐」を作り上げたのである。 つづきは明日。
2014年06月19日
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あっという間に放課後がやってきた。 今日はたまたまおぺしゅうけんの練習はなかった。ラッキーだった。 茂美たち1年生は、急いでカフェルームに行った。おぺしゅうけんの2年生3年生の先輩方は、後で、ちゃっかりと調理が終わってからやってくるとのことだった。げんきんなものだった。 兎に角、茂美たち1年生は厨房に入ると、すぐに全員白衣に着替える。もちろん料理部の面々、部長の赤錆紀子(あかさび・きこ)、安居錦子(あご・きんこ)、黒羽稔海(くれは・としみ)、佐八遥(そうち・はるか、塩生但子(しおなす・ただこ)、青具あきら(あおく・あきら)たちはすでに白衣姿になっていた。 茂美はすぐに麻婆豆腐の材料、食材を確認する。 赤錆紀子は、ぜんぶ揃えてある!という。しかもちゃんと中華鍋も用意されていた。茂美用に1つ。他のメンバー、グループ用にそれぞれ用意されていた。まさに本格的中華をやるのである。ちなみに、茂美が確認する。「あのーあかさびせんぱい。料理部の中で、麻婆豆腐を作ったことがあるひとはいないのですか?」と、赤錆紀子の科顔を覗くように首を伸ばして、聞いた。 赤錆紀子は言下に、「だれも、いない!だから、しげみ、あんたに麻婆豆腐を作ってもらんだよ!しかも本格的、プロの、お店で出てくるような、旨い麻婆豆腐をだ。いいな?」と、上から目線で、いった。 茂美は、「はあーわかりました」となんとなく気の抜けたような返事をする。 赤錆紀子は右手で茂美の肩を、ばし!とはたき、「おい、しげみ、ちゃんと、しゃきっと、せーい!」といった。 まったく、どっちがだよー、 茂美は赤錆紀子に聞こえないように、ぶつぶつつぶやく。 赤錆紀子は、なんか、いったか!と、茂美の顔を覗いていった。茂美は慌てて、あ、いや、なんでもありません!といって、えへへへへと笑う。兎に角、材料である。 木綿豆腐 豚ひき肉 長ネギ にんにく しょうが 豆板醤 こちじゃん ラー油 ごま油(炒め用) そして仕上げ用スープとして、 お湯 中華だし 醤油 お酒 砂糖 片栗粉(水溶き) しかし茂美は、これらのものに「オイスターソース」と、醤油は濃口と薄口の両方、さらに「麺つゆ」をリクエストした。部長の赤錆紀子と部員たちはすぐに厨房の調理だなから持ってきた。 「あかさびせんぱい。他の野菜、茄子はありますか?」と、ためしに聞いた。 「おーあるよ!」と二つ返事で、安居錦子たち部員は、野菜の保存庫から茄子をたくさん持ってきた。 茂美は白衣を腕まくりすると、 よーし、それじゃ始めます! と、いった。その言葉に茂美の親友たちや料理部の面々が、どっと茂美の周りに集まってきた。茂美は最初に木綿豆腐を包丁で、てきぱきとした手さばきでサイコロ状に切った。鮮やかにあっというまに切った!それをステンレスのボールに入れる。 外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も鷹司房子も正親町三条さゆりも広幡陽子も神足左織も西堅綾花も忠蔵院恭子も慈門院正美も五大院信代も真剣な表情をした。 ちょうどそのときに、料理部のOG,教来石彬子(きょらいし・あやこ)、銭司幹美(ぜず・もとみ)、田嘉里如子(たかざと・ゆきこ)がやはり白衣姿で、厨房に入ってきたのである。 後輩たちはあわてて直立不動になり、 せんぱーい!おねがいしまーす! と、元気にあいさつしたのである。
2014年06月18日
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茂美は口をでかく開け、 「ぷはーとってもうまかったよ!」と満足そうにいった。 茂美は親友たちを見渡して、 えへへへへと笑った。 お弁当は見事にたいらげた。 ま、それはいつものことだが。 兎に角、 お昼のお弁当は、やっぱり、父親特製の「麻婆豆腐」だった!茂美の予想どおりだった。 麻婆豆腐のピリ辛のお蔭で、ご飯ががんがんすすんだ。 茂美のお弁当箱にはちゃんと、ピンク色のプラスチックのスプーンが入っていた。茂美が食べやすいように、俊夫が配慮したのである。「麻婆豆腐」が入ったお弁当箱、ステンレス製のもので、中のものがもれないようにステンレス・ストッカーというもので、プラスチックの蓋がついていた。 麻婆豆腐は全くの本格的なものだった。まさに中華料理店でだされるのと同じような出来栄えだった。もちろん俊夫は料理本のレシピを参考にするのだが、しかしそれに独自のアレンジを加えるのである。したがって、料理本のレシピと違うものがいろいろと入っている。 当然、俊夫伝授の、高松家特製の「麻婆豆腐」は、茂美もマスターしているのである! そこは抜け目ない。 ま、兎に角兎に角、 茂美の周りの親友たちは、茂美が旨そうに「麻婆豆腐」を食べるのを、ただ、じっと横目で眺めるしたなかったのである。本当であれば、茂美は親友たちにも一口おそわけしたいな、と思ったのだが、でもそんなことしたら、自分のぶんはなくなってしまうので、泣く泣く自分ひとりで、「麻婆豆腐」を食べたのである! もっとも外山桜も三室戸志乃も豊岡美園も神足左織も西堅綾花も忠蔵院恭子も慈門院正美も五大院信代も、横目でうらめしうに茂美が「麻婆豆腐」を食べるのを眺めていたのである。 なお、一般的に「麻婆豆腐」は熱々の出来立てを食べるのが旨いものであるが、しかし意外と冷たい「麻婆豆腐」も美味しいのである。ましてやお弁当なので、そこはひと工夫がいるのであるが。 茂美が食後のげっぷ!をしているときに、1年百合組の教室の入り口に、どどどどと、 料理部の、いつもの面々が群がった。 部長の赤錆紀子が両目をまんまるくし、 「おーい!しげみ、高松家特製の「麻婆豆腐」を自分ひとりだけ、たべた、だとー!」 と、声を挙げた。 茂美は入口の方に顔をやり、 「あ、あかさびせんぱーい!そうですけど、えーと、どうして、今日のあたいのお弁当が、うちの特製の「麻婆豆腐」だとわかったんですか?」 と、いった。 赤錆紀子は何食わぬ顔で、「そんなもの、あっというまに情報がつつぬけに入るに決まってるじゃん!」と、いった。「はあー」茂美はどんぐりまなこを上にして、いった。「ま、とにかくだ、しげみ。いいか、高松家特製の、麻婆豆腐とやらをだ。きょうの放課後の調理実習でつくってもらをうじゃないか、いいな、放課後、いつものようにカフェルームに来い。部長めいれいだ!」と、赤錆紀子が口を三角にして、いった。 茂美はあくまでも、おぺしゅうけんの部員であり、料理部の部員ではなかったが、いつしか自動的に、料理部のメンバーのひとりに数えられていたのである。 へ? 茂美のどんぐりまなこが点になった。 しかし茂美の周りの親友たちは、 うおーやったー! やったわー! しげみのところの、 麻婆豆腐だー! と、お嬢様方は喜びの声を挙げ、万歳をした。 豊岡美園は、「おい、しげみ。旨い麻婆豆腐をたっぷりと食べさせてもらうからな!」と、両目を真ん中に寄りながら、そして右手で握り拳をつくって、いった。 三室戸志乃も、「そーだよ、しげみ。あんたひとりだけが旨い麻婆豆腐を食べるなんて、許されることじゃないからな!」と、両目を真ん中に寄りながら、いった。 外山桜も、「まあーしげみさん!美味しい、熱々の麻婆豆腐が、こんなにも早くいただけるのね、楽しみよ!」と、いった。 ひとり茫然とする茂美であった。 いよいよ茂美は、高松家特製の「麻婆豆腐」を披露することになるのである。 つづきは明日。
2014年06月17日
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JR中央特快。 いつもの通学である。中央特快の先頭車両、いわゆる女性専用車両に茂美がいる。もちろん茂美のそばには、親友の外山桜と三室戸志乃がいる。 茂美はずっとにこにこにこしている。 「まあ、しげみさん。今日は朝からにこにこすてるけど、いったいどうしたの?」外山桜が聞く。そして三室戸志乃も、長身の身体を折り曲げ、茂美の顔をのぞくように、 「しげみ、なんか良い事、あったのか?」と聞く。 茂美はえへへへへと笑い、自分の学校の指定鞄を、右手の人差し指でさす。 「きょうのお昼、お弁当が楽しみなんだよ!」という。 三室戸志乃は眉間にしわをよせ、 「なーんだよ、そんなことかよ!まったく、しげみは単純なんだから」と、呆れ顔でいう。 「あら、しげみさん。お父さん、きょうもお弁当、ご馳走を作ってくれたの?いいわねー!」と、外山桜はうらやましそうにいう。 「うん。きょうはおそらく、あたいの判断に間違いがなければ、麻婆豆腐なんだよ。今までのお弁当で、麻婆豆腐はなかったんで、本当に楽しみなんだよ、ぴりっと辛いのがたまんないのよ!」と、茂美は満面の笑顔でいう。 「まあー!麻婆豆腐だなんて、本格中華なのね。すごいわー!」と、外山桜は両目をまんまるくして、いう。 「ま、みそのに、この前、野菜入りハンバーグだっけ?取られないように用心しろよな!」と、三室戸志乃がいう。 茂美はえへへへへと笑い、 「しの、だいじょうぶだよ。麻婆豆腐はお豆腐だから、箸でつかむのは、とてもむずかしんだよ。みそのには、むりむりむり!」と、いった。 「ま、そうだな。ちなみに、あれだよ。しげみ、実はさーわたしも麻婆豆腐は、大好きなんだよ」と、三室戸志乃はそういって、えへへへへと笑い、じっと茂美の指定鞄を見た。さらに、外山桜も、 「まあーしのさんもそうなの?実は、わたしも麻婆豆腐は大好物なの!」と、外山桜も両目をまるくし、やっぱり茂美の指定鞄を見ながら、いった。 へ? 茂美のどんぐりまなこは、点になった。 そして、茂美は思わず2人から後ずさりし、あわてて指定鞄を両腕で抱えた。 やれやれである。
2014年06月16日
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茂美はいつものように朝早く起床し、そしてお腹いっぱいご飯を食べ、自宅マンションを飛び出した。もちろん指定鞄の中には勉強道具の他に、大事な大事なお弁当が収まっていた。 茂美が自宅マンションを飛び出すまでの話を以下に述べる。時間を少し戻すことになる。 ☆ ☆ ☆ 今朝、茂美が起きて、リビングに行くと、キッチンの方からめずらしく中華風の匂いが漂っていた。キッチンにはエプロン姿の父親の俊夫と弟の俊介が立っていた。いつものように互いに、 おはよう! とあいさつを交わす。 茂美はすぐに匂いから、豆板醤、こちじゃん、ラー油、そしてそれらに交じって、お醤油などの香りを感じた。そして、調理はまさにフライパンで炒めている匂いだった。かすかにお肉の匂い、長ネギの匂い、そしてお豆腐の匂いも感じた。 茂美は、すぐにぴん!ときた。 これは、麻婆豆腐だよ! それを確認しようと台所を覗いたが、 しかし父親の俊夫はすでに調理を終えていた。しかも調理に使ったフライパンもすべてきれいにされていた。 俊夫と俊介は、茂美の顔を見て、 にっと笑う。 お姉ちゃん、今日のお昼、お弁当のお楽しみ! と、俊介がいう。 茂美が食卓、つまり、テーブルにどんぐりまなこをやると、朝食が並んでいた。しかしそれらは、中華風の匂いがするものではなかった。完全に和食だったからである。 麦ごはん、アサリの味噌汁、お新香、秋刀魚の開きと大根おろし、納豆、焼き海苔、それに季節のフルーツだった。どうやら中華風の匂いは、和食の後に作られたようである。つまり、和食のこれらの料理の匂いが、豆板醤やこちじゃん、ラー油などに押され、消され、それらの匂いが全面的に漂っていたからである。そして、自分の席の所や家族の所には、いつものように、バンダナに包まれたお弁当箱が置かれていた。ただし、いつもと違ってお弁当箱が二段になって包まれていた。どうやら二段目のお弁当箱に、その匂いの元が、おかずが入っているようだった。 茂美は、「お父さん、これは間違いなく麻婆豆腐だよ!」というと、 俊夫はにこにこしながら、「ま、お昼の時にお弁当箱、開けてみて。その時に答えがわかるから!」といった。 茂美は口を三角にとがらせ、 えーおしえてくれてもいいじゃん!といったが、やはり、俊夫も俊介も、 ないしょ!ないしょ! といった。そうこうするうちに母親の尚美もリビングに現れ、 あら、おはよう! といった。尚美はいつものように表情を大きくし、「まあーあなた。としすけ、本当にいつもありがとう!」といって、食卓に腰かけ、「さ、早く朝食いただきましょうよ!」といったのである。 つづきは明日。 おやすみなさい。
2014年06月15日
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名曲喫茶「アンダンテ」。 茂美が、すでにぐっすり寝ている時ではあるが、マスターの伴野四郎吉は腕時計に目をやると、 そろそろ本日の業務を終わりにするとするか、 とつぶやき、大きく息を吐いた。 一日の疲れはあるが、しかし気持ちはすごく充実していた。 大好きなクラシック音楽とコーヒー。 マスターは今、人生で最も幸福な気持ちに満たされていた。 「アンダンテ」の店内には、お客は誰もいなかった。いつもの常連たちもいなかった。それぞれが自宅などでのんびりと団欒していたり、休んでいる頃である。 独身のマスターは、お店を閉めるといつもは自宅に戻り、かなり遅めの夕食、一人用の夕食を作り、一人で食べるのである。それからお風呂に入ると、いつも就寝時間は午前零時を回るのであった。だが、マスターにとっては、前職の銀行勤めからすれば、だいぶ楽である、と思っていたのである。銀行の業務は、兎に角、お金を扱うので非常に神経を使うものであった。しかも大金であるからなおさらであった。ミスが許されない仕事だった。また、繁忙期には午前様を迎えることも当たり前だった。 マスターの伴野四郎吉は大手銀行の支店長まで昇りつめ、エリートコースを歩んでいたが、しかしその陰で自分の家族を顧みる余裕はなかったのである。そのため、離婚に至り、妻と一人娘は離れていったのである。 それを機に伴野四郎吉は銀行を辞職し、あえてキャリアを全部捨てたのである。名曲喫茶「アンダンテ」に来る常連客や他のお客は、マスターが以前の仕事、どうのような業務をこなし、役職にいたのかは、誰も知らなかった。それはマスター自身が身の上話を一切しない、ということもあったし、常連客たちもあえて聞かなかったからである。 伴野四郎吉は、店内の後片付けや清掃を終えると、なぜか急に、ぴりっと辛い「麻婆豆腐」が無性に食べたくなった。生ビールも飲みたくなった。 そうだ、焼き餃子も食べようか! マスターはそうつぶやいた。 マスターはそくさくと「アンダンテ」の玄関のドアを閉め、そして「本日は終了しました」という札をかけた。そしてマスターは店内に戻り、エプロンを脱ぎ、髪形を整えて「アンダンテ」を後にした。もちろん戸締りはしっかりとする。 伴野四郎吉はそのまま自宅に戻らず、玉川上水駅前にある、四川料理の専門店「虎視眈眈」(こしたんたん)に足を向けた。幸いなことにお店はまだやっていた。ここの名物は「担担麺」であったが、しかしマスターの頭の中は「麻婆豆腐」、「焼き餃子」、「生ビール」で一杯だった。 マスターが店内に入ると、 いっらいしゃませー! と、ちょっと中国語なまりの言葉が迎えてくれた。 マスターはテーブル席に座ると、すかさず、中国の女性店員に、 「麻婆豆腐、焼き餃子、それに生ビールください!」といった。女性店員は、はい、注文、わかりましたよ!といって店内の奥に消えた。 初めに冷えた生ビールが出てきた。一緒におつまみが出てきた。なんと、おつまみは、「チャーシュー」だった! 伴野四郎吉はちょっと驚いて、「あれ?注文してませんけど」といって旨そうな「チャーシュー」を指差した。女性店員は、にっと笑い、「これ、てんちょうからね。えんりょいらない!」と、いった。 その時、店の奥から白衣姿の店長が顔を出し、にこにこしながら、 マスターサービス、サービス、おつかれさま!といった。 伴野四郎吉は、ありがとうございます、いただきます!と、折り目正しく応えた。 伴野四郎吉は、冷えた生ビールをぐいっと飲み、そして「チャーシュー」を旨そうに口にほうばった。 伴野四郎吉は、うーむ!とうなり、 やっぱり、玉川上水にお店を開いて良かったな。 そうつぶやいたのである。
2014年06月14日
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高松門左衛門? いやいや近松門左衛門である。 茂美は岩波文庫の『ことばの贈物』を読む。長い小説と違って、古今東西の、歴史上の有名人の名句が、短い言葉で紹介されている。だからすいすい読めると同時に、茂美はいちいち大きくうなずくのである。 やっぱり、昔の人はすごいよ!とつぶやく。 兎に角、近松門左衛門。 「此の世(よ)の名残り。夜も名残。死にに行く身を譬(たと)ふれば。 あだしが原(はら)の道の霜(しも)。 一足づつに消えて行く。 夢の夢こそあはれなれ。」 『曽根崎心中・冥途の飛脚 他五篇』43 茂美は、うーむ、とうなる。そして、 やっぱり、近松門左衛門さん。いうことが違うよ、とつぶやく。先日の、竹屋晴資先生の国語の授業を思い出していた。 茂美は次の頁をめくる。 「京の女郎に。 江戸の張を。 もたせ。 大坂の揚屋(あげや)で。 あはば。 此上。 何か有べし。」 井原西鶴『好色一代男』176 茂美は読んだが、しかし、 うーん。あたいには、よくわかんないよ、という。 茂美にはちょっとまだ早いのかもしれない。次いこう。 「命(いのち)長ければ辱(はぢ)多し。」 兼好法師『新訂 徒然草』26 うーん。これは、あたいでも、よくわかるけど、長生きしちゃいけないということ? そして次の文章にどんぐりまなこをやる。 「仏(ほとけ)は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞあはれなる、 人の音(おと)せぬ暁(あかつき)に、 ほのかに夢(ゆめ)に見え給(たま)ふ。」 『梁塵秘抄』16 茂美は、ほのかに夢に見え給ふ、と読むと、 ぐわー!と、でかい欠伸をした。そして、 あたいは、もう寝るよ。いい夢見るよ、おやすみなさい。 茂美は枕元のライトのスイッチを消した。茂美はあっというまに深い眠りに入ったのである。 おやすみなさい。
2014年06月13日
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でめきんのパジャマ姿の茂美はやっとリビングから自分の部屋に戻ってきた。先ほどまで、弟の俊介とバッハのヴァイオリン協奏曲について、いろいろとお喋りしてきたのである。茂美は俊介とも楽しい会話ができて、 よかったよ。楽しかったよ! そうつぶやいた。小さい子どもの頃はよくケンカしていたのだが、最近はあんまりそういうこともなくなった。茂美が少し大人になった、ということもあるが、やはり俊介も中学2年生になって、ぐっと成長したからである。 兎に角、茂美はいつものように就寝前の読書をするために、文庫本を手にし、最初に枕元のライトを点け、それから部屋全体の明かりを消した。なかなかムードある雰囲気である。茂美がのんびりと一人になれる、大好きな時間だった。 茂美は文庫本を枕元に置き、そして短い両手両足をぐぐぐぐと伸ばし、それから夏布団の中にもぐりこんだ。 文庫本は、岩波文庫『ことばの贈物 岩波文庫の名句365』岩波文庫編集部編、1997年、である。 もちろん「古本ビッテ」で、108円で手に入れたものである。 「どんなに短かな章句でも、作品から直接選り出した一句は、ダイジェストでは味わえない生の魅力を伝えます。好評の『ことばの花束』につづく名句集第二冊をおとどけします。限りない古典の沃野へむけて、あなたの読書の地平ははいっそう拡がってゆくことでしょう。」 茂美は表紙の裏側の文書にどんぐりまなこを走らせた。茂美の瞳がきらきら輝く! なんか、わくわくするよ! そういった。さらに、 最初の頁の「読者へ」、というのも読み、そして、目次をじっくりと眺めた。 1.文章は簡単ならざるべからず 2.精神のない専門人、心情のない享楽人 3.寒いほどひとりぼっちだ! 4.よき友、三つあり 5.望みをもちましょう 茂美の両目が真ん中により、 うーむ、なかなかおもしろい見出しだよ!という。茂美は本を読みはじめるときの、こういう瞬間がたまらなく好きだった。 本って、なんておもしろいもんだろう。 連続テレビ小説の、はなのよういつぶやき、想像の翼をひろげた。 茂美はえへへへへと笑いながら、右手の人差し指をなめ、頁をめくった。 「文章は簡単ならざるべからず、最も簡単なる文章が最も面白き者なり。」 正岡子規『筆まかせ』83 茂美は読んだ。そして、ほおーそうなんだ! と、感心した。 天下の正岡子規がそう書いてあるのだから、間違いない! つづきは明日。 ごきげんよう。さようなら。
2014年06月12日
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茂美はどんぐりまなこをまんまるにし、「としすけ、この楽譜どうしたんだよ!」と聞いた。 楽譜は分厚かった。しかし全部コピーされたものだった。 俊介は、「うん、これはいもずすみよりせんせいではなく、輝星学園高校の、瀧脇信敏先生からなんだよ。ほら、お姉ちゃんが夏休みに合宿したとき、ぼくも輝星学園高校にいったときがあるだろう?その時、瀧脇信敏先生に、バッハのヴァイオリン協奏曲の楽譜をお願いしたんだよ。ぜひ、勉強したいからと。それで今日の午後、瀧脇信敏先生から送られてきたんだよ」と姉に説明した。 茂美は俊介の、コピーされたバッハの楽譜を手にすると、 うーむ!とうなずいた。 俊介は言葉をつづけ、「最初は、ヴァイオリンのいもずせんせいやお姉ちゃんの所、白雪学園高校の八幡八五郎景時先生に、バッハの楽譜をお願いしようかと思ったんだけど、ちょうど夏休みに輝星学園高校に行ったしね。それに瀧脇信敏先生の準備室には、この楽譜をはじめ、バッハの新全集の楽譜が全部揃っているんだよ。それで手に取って楽譜を眺めていたら、瀧脇信敏先生は、いつでも貸出してあげるし、コピーもしてあげるよ、といってくれたんだ。それでありがたくコピーをお願いしたんだ。だからコピー代もかからなかったし、市販の楽譜を購入することもなかったよ。助かったよ。もちろん、さっき、お礼のお手紙も瀧脇信敏先生に書いたけどね」と、うれしそうにいった。 確かに瀧脇信敏先生の所もバッハの楽譜、カンタータから受難曲、オラトリオ、ロ短調ミサ曲、マニフィカト、鍵盤楽器、協奏曲、ブランデンブルグ協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、オルガン曲、音楽の捧げ物、そしてフーガの技法などに至るまで、あらゆる楽譜が見事に揃っていたのである。それは姉の茂美も当然知っていた。しかしよもや弟の俊介が上手に楽譜を手に入れていることに、今さらのように感心したのである。 茂美もそうだが、俊介もお小遣いで高価な楽譜を購入する、ということは無理な話である。両親に買ってもらう、という方法もあるが、しかし茂美の通う白雪学園高校の八幡八五郎景時先生の所や輝星学園高校の瀧脇信敏先生の所にも、音楽大学の図書館並みに、いろんな作曲家の楽譜が用意してあるのである。俊介は、それを積極的に活用しているのである。 ちなみに、「新バッハ全集」のきちんと装丁された、ハードカバーの楽譜は、だいたい1冊、楽曲によって1万円から数万円以上はする高価なものである。そしてバッハの教会カンタータだけでもおよそ200曲あるので、それだけでもものすごい金額になるのである。 だから、茂美は何度もうなったのである。 さすが、としすけだよ! 「やっぱり、あれだね。ただCDや音楽を聴いているだけでは、音楽の構成や進行はよくわからないから、特にバッハはね。だから楽譜をちゃんと手元に置いて、それから一緒にCDを聴くと、よくバッハの音楽を理解することができるよ」と、俊介はいった。 「そーだよ!やっぱり、バッハの音楽はもちろんだけど、ちゃんと楽譜でも勉強しないとだめだよ!」茂美は表情を大きくしていった。それと同時に茂美は、弟の俊介も音楽にきちんと向き合っていることにうれしさを感じたのである。
2014年06月11日
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茂美は家族団らんの後、いつものようにお風呂に入り、そしてお気に入りの金魚、でめきんのパジャマに着替え、台所に行き、冷蔵庫から冷たいペットボトルのミネラルウオーターを出し、グラスにとくとくとくと注ぎ、そしてぐびぐび飲み、ぷはー!と息を吐き、うまい!といった。 ダイニングテーブルでは弟の俊介がヘッドホーンをし、真剣なまなざしで、楽譜を読んでいた。どうやら誰かの演奏を聴きながらスコアを読んでいるようだった。 茂美は俊介の後ろから、そっとのぞくと、 楽譜の音符が踊っているのが見えたが、しかし誰の作曲したものかわからなかった。 そうこうするうちに俊介は姉茂美の存在に気が付き、 あ、お姉ちゃんか。 といい、ヘッドホンをはずし、リモコンでCDコンポのスイッチをオフにした。 茂美は、「としすけ、誰の音楽を聴いてるの?」と聞いた。 俊介は、うん、といいながら、 楽譜をめくり、表紙を出した。 茂美がどんぐりまなこを走らせると、 JOHANN SEBASTIAN BACH NEUE AUSGABE SÄMTLICHER WERKE Herausgegeben vom Johann-Sebastian-Bach-Institut Göttingen und vom Bach-Archiv Leipzig Serie 7: Orchesterwerke Band 3 BÄRENREITER KASSEL・BASEL・LONDON・NEW YORK 1986 と書かれていた。そして茂美はすぐにドイツ語だと理解した。そして、 バッハだよ! 茂美は声を挙げた。 しかも驚いたことに先日、親友の鷹司房子が持参した、あの時のバッハとまったく同じ楽譜だったのである! つまり、バッハのヴァイオリン協奏曲の楽譜だったのである。 おおー! 茂美はつづけて声を挙げた。 俊介が茂美の顔を見ると、楽譜の、次の頁をめくった。 茂美は、やっぱりだよ!と、またまた声を挙げた。そこには、 Konzert für Violino, Streicher und Basso continuo a-Moll BWV1041 Konzert für Violino, Streicher und Basso continuo E-Dur BWV1042 Konzert für Violino, Streicher und Basso continuo d-Moll BWV1043 Konzert für Cembalo, Flöte, Violino, Streicher und Basso continuo a-Moll BWV1044 と、バッハの4曲のヴァイオリン協奏曲名が印刷されていた。先日鷹司房子が持ってきたバッハのヴァイオリン協奏曲のCDを聴いたものとまったく同じものだった。 茂美はどんぐりまなこをまんまるにし、右手の人差し指を指し、「としすけ、この楽譜どうしたんだよ?」と聞いたのである。 つづきは明日。
2014年06月10日
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高松家全員手を合わせ、 いただきまーす! と、いった。 茂美のお腹はぺこぺこだった。茂美は湯気が立つ、お味噌汁、大根と小松菜の味噌汁をすすった。お腹から身体全身に染み渡るようだった。もちろん尚美も俊夫も、そして弟の俊介もお味噌汁をすする。 「やっぱり、日本人は味噌汁だよ!」 と、父親の俊夫が満足そうにいう。 茂美は「鮪の赤みの刺身」に箸を伸ばし、そして熱々の雑穀米のご飯に載せ、 がんがんと口の中にほうばる。 「うん、すごくうまいよ!」 と、茂美の両頬はふくらむ。 弟の俊介も姉と同じように「鮪の赤み」をご飯に載せ、そしてやっぱり旨そうに食べる。 尚美は「しめ鯖のレモン焼き」をご飯の上に載せて、食べる。これも、 「とっても、おいしいわー!」と上機嫌でいう。尚美は鮪も鯵も大好きだったが、特にしめ鯖は大好物だった。ご飯がどんどんすすむのである。 俊夫は、まず最初に「大根と茄子の味噌漬け」でご飯をいただく。俊夫は兎に角、味噌漬けに目がないのである。 茂美は今日一日学校であったことを話す。 午前中の授業のこと、 休み時間のこと、 お昼のお弁当のこと、 「あ!そういえば、お父さんの野菜入りハンバーグ、みそのが、あたいの、勝手にひとつたべたんだよ! でも、とってもおいしかったっていってたよ!」 「あ!れいなちゃんの、お母さん、スペイン語だよ!」と間髪入れずに言葉を続ける。 俊介は、「お姉ちゃん、あんまり欲張らないほうがいいんじゃないの?」という。 しかし茂美は「鶏のから揚げ」をばりばり食べながら、 一方的に話し続ける! 俊介は、ひとの話、聞いてないのかよ、と、横目で姉を見ながら、つぶやく。 兎に角、茂美は、 午後の授業のこと、 そして放課後のこと、 ダイアン・ウオーレン!との、初めての出会いのこと、 話すことはいっぱいあった。これに弟の俊介も一応学校や部活のこともいろいろ話す。加えて母親の尚美も職場であったこと、うれしかったこと、憤慨したこと、などなど延々と話すのである。 父親の俊夫は黙々とご飯を食べながら、ひたすら家族の話を聞くのである。本当は俊夫自身にも職場でのストレスやしんどいこともあるのだが、兎に角、家族の話を優先して聞くのである。それが家族円満の秘訣であった。 もちろん、夕食の後で、 尚美、茂美や俊介がちゃんと父親の話を聞いてくれるのである。
2014年06月09日
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日はだんだんと短くなり、夕闇が訪れる。そして街中に秋の風が吹くようになっていた。 あの、ものすごかった猛暑が嘘のように収まりつつあった。 茂美は今日も一日無事に学校が終わり、そして玉川上水の自宅マンションに帰宅した。 高松家のリビング、そしてダイニング・キッチンからなんともいえない香りが漂う。 制服姿の茂美はリビングに入ると、 ただいまー! と声を挙げ、そして鼻をくんくんくんさせる。茂美は瞬時に夕食のメニュー、おかずを判断し、お魚、焼いたもの、お刺身、お肉、唐揚げ、サラダ、お漬物、お味噌汁、そしてご飯!と分析する。しかも茂美はほとんど間違えない。茂美は匂いだけで、料理のおかずや種類、そして調理方法などの答えを、すぐにたたきだすのだ。まったく恐ろしい能力だった! 兎に角、尚美も俊夫も俊介も、 おかえりー! と応える。 茂美のお腹がそれに素早く反応し、ぐーと鳴る。 高松家みんな揃っての夕食。 茂美にとって、これまたわくわくした楽しい時間である。 茂美は確認するように、食卓にどんぐりまなこを走らせる! しめ鯖のレモン焼き 鮪の赤みと鯵のお刺身 鶏の唐揚げ トマトと胡瓜、アスパラガスのサラダ 大根と茄子の味噌漬け 大根と小松菜の味噌汁 ご飯は雑穀米 茂美は腕組みし、 やっぱり、そうだったよ! と、納得するのであった。 つづきは明日。 おやすみなさい。
2014年06月08日
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Diane Warren 〈UN-BREAK MY HEART〉 Toni Braxton こんなに辛い気持ちのまま置き去りにしないで 雨の中に置き去りにしないで 戻ってきて 私の笑顔を取り戻して この涙を拭ってちょうだい その腕で抱き締めてほしいの 夜はなんて冷たいのかしら あなたがずっと隣にいてくれた日々に戻りたい 壊れたこの心を元通りにしてよ もう一度 私を愛してくれると言って あなたがつけたこの傷を元通りにして あなたが出て行った時に 私の人生から消えてしまった時に 泣き続けた数えきれないほどの夜 この涙を元通りにしてよ 壊れたこの心を元通りにしてよ 悲しい言葉を さよならを取り消して 私の人生に喜びを運んできて 涙に暮れたままの私を置き去りにしないで キスでこの痛みを消して 忘れられないわ あなたが行ってしまった日のこと 時間はなんて冷たいのかしら あなたが隣にいない人生はとても残酷ね 壊れたこの心を元通りにしてよ もう一度 私を愛してくれると言って あなたがつけたこの傷を元通りにして あなたが出て行った時に 私の人生から消えてしまった時に 泣き続けた数えきれないほどの夜 この涙を元通りにしてよ 壊れたこの心を元通りにしてよ ヴォーカルの鵺代謳子は万感の思いを込めて歌う。 しっとりと哀愁を帯びた旋律が、ぐっとくる音楽だった。 まさに鵺代謳子の熱唱だった。 UN-BREAK MY HEART! 壊れたこの心を元通りにしてよ! なんて、あたいの気持ちにぐっとくる音楽なんだよ! 茂美はそうつぶやいた。 茂美をはじめ、外山桜、豊岡美園、三室戸志乃、鷹司房子、広幡陽子、正親町三条さゆり、神足左織、西堅綾花、忠蔵院恭子、慈門院正美、そして五大院信代たちは、うっとりと演奏を聴いていた。 茂美やみんなにとって、ダイアン・ウオーレンとの、初めての出会いだった。
2014年06月07日
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放課後。 茂美たち1年生は久しぶりに〈ザ・ホワイト・スノーズ〉の活動場所である、「マリア・ホール」の地下にどどどどと乱入した。 ちょうど〈ザ・ホワイト・スノーズ〉はロック、練習の真っ最中だった。 3年生でリード・ヴォーカルの鵺代謳子は感情をこめて歌う。 他のメンバーたち、天若福子も円乗院薫子も調殿閑も宇宿順も読谷鎮美もそれぞれの楽器を懸命に鳴らす。 茂美たちは、きちんと、しつれいしまーす! ぎゅーん、ぎゅるぎゅるぎゅるー!(まるで誰かさんの空腹時のお腹の鳴る音みたい!) てけてけてけてけー! ぼんぼんぼんぼんぼん! どんどんどん、ばしーん、ばしーん、ばしーん! ずんどこずんどこずんどこずんずんずん! 熱気むんむんむんむんむんむん! 茂美たちは、そうあいさつして活動場所の地下室に入ったのだが、リード・ギターやらリズム・ギターやらベース・ギターやらドラムスやらキーボードやらで、元気にあいさつした茂美たちの声はかき消された! 秋の学園祭のナンバーもがんがん演奏するが、しかし彼女たちも、おぺしゅうけんに負けず劣らずいろんな曲に挑戦し、レパートリーを増やしているのである。 しかし一転して演奏はゆるやかに、スローなナンバーになった。 リード・ギターの、独特の哀愁を帯びた、ナイスなナンバーだった。 茂美のどんぐりまなこがまんまるになる。 うおーなんてすてきなイントロなんだよ! 茂美はそうつぶやいた。 茂美の他の親友たちも瞳をきらきらと輝かせる。 いい曲だよー! 豊岡美園もうなる。 茂美が今まで聞いたことないロックのナンバーだった。 もちろん外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も神足左織も西堅綾花も忠蔵院恭子も慈門院正美も五大院信代も初めて聴くナンバーだった。 しかし広幡陽子と正親町三条さゆりだけはすぐに、ぴん!ときた。 広幡陽子は、ふっと笑うと、「これは、ダイアン・ウオーレン作曲の、アン・ブレイク・マイ・ハート、歌手、つまり、歌っているのは、トニー・ブラクストン、1996年、全米なんばーわん!の楽曲、名曲だよ!」と、茂美たちを見渡していった。 茂美たちみんなは、 ダイアン・ウオーレンの、アン・ブレイク・マイ・ハート! と、声をそろえていった。 リード・ヴォーカルの鵺代謳子も茂美たちを見て、にやり、とした。 鵺代謳子は、もちろん英語でしっとりと歌いだした。 《アン・ブレイク・マイ・ハート》 こんなに辛い気持ちのままに置き去りにしないで 雨の中に置き去りにしないで 戻ってきて 私の笑顔を取り戻して この涙を拭ってちょうだい その腕で抱き締めてほしいの 夜はなんで冷たいのかしら あなたがずっと隣にいてくれた日に戻りたい 鵺代謳子はせつせつと、しかも気持ちを振り絞るように熱唱した。 あまりのすばらしいダイアン・ウオーレンの音楽に、 茂美はハートはいっぺんにわしづかみにされたのである。
2014年06月06日
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東京千代田区九段。 白雪学園高校。 お昼のお弁当。 1年百合組。クラスのみんなはわいわい楽しく昼食を食べる。 いやーイタリアも日本もやっぱり、お昼時は楽しいのである。 茂美は口をでかくあけて笑う。親友の外山桜も豊岡美園も三室戸志乃も神足左織も西堅綾花も忠蔵院恭子も慈門院正美も五大院信代も楽しく笑う。 茂美のお弁当は、もちろん父親の愛情弁当である。 本日の内容は、 ご飯は、「鶏そぼろとごぼうの炊き込みご飯」である。最近父親の俊夫はなぜだか、炊き込みご飯に凝っているのである。 そしておかずは、「野菜入りハンバーグ」「じゃがいもといんげんのソテー」それに「にんじんのグラッセ」という豪華版であった。 野菜入りハンバーグには、ブロッコリーをはじめ、にんじん、しいたけ、ごぼう、大根が細かく刻んで入っているのである。ハンバーグは野菜を入れるとやわらかくなり、すごく旨味が増すのである。お試しあれ! この野菜入りハンバーグは茂美はもちろん家族、尚美や俊介たちにも大好評だった。 茂美は、愛用の箸で、野菜入りハンバーグをつまみ、それを口にほうばる。茂美の両頬はとらふぐのようにふくれる。あまりの旨さに笑いが出る。鼻歌が出る。 その時である。 茂美の弁当箱に、そっと箸がのびる! 箸は見事に茂美の弁当箱の、野菜入りハンバーグを捉えた!そして瞬く間に、野菜入りハンバーグは、 豊岡美園の口の中に納まった! 茂美のどんぐりまなこが飛び出し、弁当箱を持ちながら勢いよく立ち上がり、 うおおおーみそのー!それは、あたいの大事な大事な大事な野菜入りハンバーグだよー! 茂美の声がクラス中にとどろく! 他のクラスメイトたちが、何事かと、茂美を見る! 茂美の両目がつりあがる! 母親の尚美と同じように、もすごい形相になる! 外山桜も三室戸志乃も他の親友たちも両目がまんまるになる。 しかし豊岡美園は何事もなかったように、両頬をとらふぐのようにふくらませ、 うーん、これすごくうまいじゃん! と、いって、にこりと笑った。 茂美の両手は、身体は怒りでぶるぶるぶると震える。 この後は、とても書けるような内容、状態ではありませんので、本日はこれにて、 ごきげんよう。さようなら。
2014年06月05日
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ミニ・コンサートは第1部と第2部に分かれていた。内容はそれぞれ、 <第1部> 1.ヴィヴァルディ《2つのヴァイオリンのための協奏曲 イ短調》作品3-8 《調和の霊感》より 第1楽章 アレグロ(速く) 第2楽章 ラルゲット・エ・スピリトーソ(ラルゴよりもやや速く、そして活気をもって) 第3楽章 アレグロ(速く) 2.バッハ《無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調》BWV1007より 第1曲:前奏曲:(チェロ)ビクトリア 3.ドビッシー《美しい夕暮れ》:(ヴァイオリン)アンヘラ 4.ブラームス《ヴィオラ・ソナタ 第1番 ヘ短調》作品120より 第2楽章 アンダンテ・ウン・ポーコ・アダージョ(歩くように、やや落ち着いた感じで):(ヴィオラ)ナディア 第4楽章 ヴィヴァ―チェ(生き生きと):(ヴィオラ)ナディア、(ヴァイオリン)パトリツィア、多梢恵、アンヘラ、(チェロ)ビクトリア ☆ ☆ ☆ ―休憩― ☆ ☆ ☆ <第2部> 5.サリーガーデン(アイルランド民謡)(ヴァイオリン):パトリツィア 6.ジムノペティ第1番(サティ)(チェロ):ビクトリア 7.ヴォカリーズ(ラフマニノフ)(ヴァイオリン):アンヘラ 8.カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲(マスカーニ)(ヴィオラ):ナディア 9.ロンドンデリーの歌(アイルランド民謡)(ヴァイオリン):多梢恵 となっていた。ミニ・コンサートとはいえ、かなり音楽の選曲が考えられたもので、ヴァイオリン、ヴィオラ、そしてチェロの、それぞれの楽器の特性が出るものであった。12名の女の子たちをはじめ、シスターたちにも楽しんでもらう内容となっていた。 そしてコンサートは大成功だった。楽しく、感動的なものだった。 アンコールに、多梢恵と仲間たちはバッハの、 《G線上のアリア》 を演奏した。見事な演奏だった。12名の女の子たちもシスターたちもスタンディング・オベーション! あついあついやんややんやの拍手が、多梢恵、パトリツィア、ナディア、アンヘラにおくられたのであった。
2014年06月04日
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多梢恵たちが演奏の準備をしているときに、ホールの大きなドアが開き、女の子たち12名とシスターたちがどっと入ってきた。 女の子たちは多梢恵を認めると、 こずえー! こずえー! こずえー! と、それぞれが声を挙げて、多梢恵たちの側にどどどどとよってきた。女の子たちの喜びの声がホールに響く。 テレサ以下みんなの瞳はきらきら輝く。 本物の音楽、クラシックの演奏会が開かれるとあって、みんなはわくわくしているのである。それにもじき楽器も届くのである。いやが上にも期待は膨らむのであった。 多梢恵も満面の笑みを浮かべながら、女の子たちの名前をひとりひとりいう。もうちゃんと覚えているのである。 女の子たちは、先日会ったばかりの多梢恵がすっかりと気に入っていたのである。やはり、年齢が女の子たちに近いということもあるが、何よりも日本人ということで、年齢が見た目以上にぐっと若く見えるので、より親しみを覚えているのかもしれない。いやいや多梢恵の人柄を、女の子たちはすぐに理解したのである。こういうことは直感でわかるものなのである。 兎に角、多梢恵は、聖チェチリア音楽院の仲間を女の子たちに紹介する。「パトリツィア!ナディア!ビクトリア!アンヘラ!」 イタリア人のお嬢様2人は当然、 はーい!チャオ!ぼんじょるのー!(こんにちわ!) はーい!チャオ! となり、 スペイン人のお嬢様方は はーい!おらーぶえのす、でぃあーす!(こんにちわ!) はーい!おらー! と陽気にあいさつをしたのである。 女の子たちも、 おらー! ぶえのす、でぃあーす! と口々にいう。 そして女の子たちは興味深そうに彼女たちが持参した楽器を見る。 女の子たちの両目はまんまるになる。表情を大きくして、それぞれの楽器を見つめる。 パトリツィアが代表して、「わたしのはヴァイオリンね。こずえやアンヘラのとおなじ、わかるわね。それとナディアのもっているのが、ヴァイオリンよりもちょっと大きいでしょう?あれがヴィオラというの。そして、あの一番おおきいやつね。ビクトリアが構えているのが、チェロよ!」と簡単に紹介した。そしてチェロのビクトリアが、すばやくチェロの弓を使って、いきなり、 ぶぅいーん! ぎーこーぎーこーぎーこー、ぶぅいーん! と、豪快に低音を響かせた。その響きはホール全体に渡った。 まるでバッハの《無伴奏チェロ組曲》を思わせるものがあったのである。 これには、女の子たちはびっくりした! とくにチェロを希望している、カタリナとマルチェッロの2人は、両目を茂美のように飛び出させていた! すごーい! うわーすごいよ! シスター・アグネスもシスター・クラウディアもシスター・アンナもシスター・ヴェロニカも、そしてシスター・ソフィアも楽しそうにその様子を眺めていた。 多梢恵は、「楽しいお話は、後でたくさんするわよ!まず、みんな席に着いてね!」といって、ミニ・コンサートの開始を告げるのであった。
2014年06月03日
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日本からイタリアはローマに向けて、ヴァイオリンをはじめとする楽器類が空輸された。 その頃、ローマの多梢恵は、聖チェチリア音楽院の仲間、同級生たちと伴って「嘆きの聖母女子救護院・孤児院」を訪れた。今日の午後は、ちょっとしたコンサートを開くのである。多梢恵のねらいは、女の子たちにクラシック音楽のすばらしさを伝えることはもちろんだが、しかし楽器が到着すると本格的にレッスンが開始されるのである。練習は楽しいばかりじゃない。時には厳しく辛いときもあるのだ。楽器を演奏するというの想像以上にたいへんなのである。それだけではない。女の子たちは、楽譜を読むことが求められ、時には難しい音楽理論もマスターしなければならないのである。 途中で投げ出してほしくない。 最後まであきらめてほしくない。 あの子たちに音楽をやることの喜び、楽しさ、すばらしさを最初にインプットさせたい!という多梢恵の強い思いである。 多梢恵はそんなことをぶつぶつつぶやきながら、 ま、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロの学習は、視聴覚、最新のDVDがいいな! 他のメンバーにも手伝ってもらうから、大丈夫か! とか、日本語でつぶやいていた。 多梢恵の側には仲間、メンバーがぞろいぞろといた。陽気に明るくお喋り! 当然、日本語のつぶやくは仲間、女性たちにはわからない!はずである。とにかく、 陽気なメンバーは、それぞれの楽器を抱えてきた。 イタリア人のパトリツィア(ヴァイオリン) イタリア人のナディア(ヴィオラ) スペイン人のビクトリア(チェロ) スペイン人のアンヘラ(ヴァイオリン) それに多梢恵の、5人であった。明るいラテン系と東洋系の組み合わせ! このメンバーで、特にビクトリアはチェロなので、それをチェリオまで持参するのは大変だったが、しかしそれはもう慣れたものだった。 多梢恵は豪華な夕食と美味しいワイン、それに食後のデザートをおごるよ! ということで仲間を引き連れてきたのである。 とはいっても、豪華な夕食とは、実は、救護院・孤児院での夕食ということを陽気なラテン系のお嬢様方は、まだ、知らされていなかったのである。 ミニ・コンサート会場となるのは、救護院・孤児院の、歴史あるホールである。院長のシスター・アグネスとクラウディアが案内する。 ホール自体はものすごく大きいものではないが、しかしそれでも天井は高く、およそ80人は収容できるくらいのスペースは充分にあった。壁にはピエロ・デッラ・フランチェスカの宗教絵画が飾ってあった。「イエス・キリスト像」だった。とはいってもそれは本物ではなく、レプリカだった。 ホールに入ると、パイプ椅子が5つ並べられていた。これは演奏者用。 譜面台もちゃんとあった。しかしかなり年代のものだった。 そして真向かいにもパイプ椅子が並んでいた。どうやらこれは観客席用だった。 多梢恵たちメンバーが楽器を、それぞれケースから取り出し、準備を始めた。 そのとき大きなドアが開き、 女の子たち12名とシスターたちが、どっと賑やかにホールに入ってきたのである。
2014年06月02日
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東京の千代田区九段。 白雪学園高校の職員室。 八幡八五郎景時先生は、分厚いカタログを開きながら、忙しく楽器、ヴァイオリンなどを最終チェックしていた。手元には女の子たち12名の名前と身長、そして使用したい楽器の希望が記されている名簿・書類があった。この書類は、イタリアのローマからファックスで送られてきたものである。 ファックスはローマ・チェリオの「嘆きの聖母女子救護院・孤児院」からであった。 そして楽器の依頼主は、八幡八五郎景時先生の古くからの友人でもあり、イタリアはローマ・ヴァチカンの、ジョゼッペ・メルキオール・オルシーニ枢機卿であった。ヴァイオリンをはじめ、ヴィオラ、チェロを日本の代表的なメーカーに注文するためである。それは、 日本が世界に誇るヴァイオリン・メーカー、 「鈴木バイオリン製造株式会社」 である。愛知県は名古屋にある伝統と歴史ある老舗メーカーである。 創始者は、鈴木政吉である。 ちなみに名称は、鈴木バイオリンの「バイオリン」と記され、「ヴァイオリン」とは書かないのである。 八幡八五郎景時先生は、もちろん鈴木バイオリンの社長とは親しい間柄であった。付き合いは八幡八五郎景時先生が学生時代に遡るものであった。したがって八幡八五郎景時先生から注文を受けた「鈴木バイオリン」の社長は、ローマの女の子たちに長く使ってもらうために、特別に、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロなど揃え、準備してくれたのである。八幡八五郎景時先生の最終確認ができた段階で、ヴァイオリンやヴィオラ、チェロはイタリア。ローマに急いで郵送されるのである。 オルシーニ枢機卿は、あえて地元イタリアの一流ヴァイオリン・メーカーではなく、日本の友人である八幡八五郎景時先生に注文を依頼したのである。これらのヴァイオリンはすべてローマの「嘆きの聖母女子救護院・孤児院」で使用されるものである。ヴァイオリンの先生は八幡八五郎景時先生の教え子多梢恵である。そのため、オルシーニ枢機卿はわざわざ日本の、最も信用のおける友人八幡八五郎景時先生に頼んだ、という訳である。 八幡八五郎景時先生は、名簿の女の子の名前の横に楽器名とカタログナンバーを記入した。もちろん女の子たちの体形や大きさに合わせて考えてある。もしサイズ等に不都合が出た場合は、すぐに「鈴木バイオリン」が対応するのである。 ヴァイオリン(1):NO.520(4/4~1/8)バイオリン弓 テレサ(20歳) ベルナデッタ(13歳) モニカ(7歳) ローザ(8歳) ヴァイオリン(2):NO.520(4/4~1/8)バイオリン弓 イラーリア(16歳) アデーレ(12歳) フランチェスカ(10歳) マチルダ(5歳) ヴィオラ:NO.2 ビオラ弓 パオラ(15歳) エレナ(15歳) チェロ:NO.72(4/4)チェロ弓 カタリナ(16歳) マルチェッラ(18歳) それに加えて、 エビデンス・バイオリン:NO.2000(4/4) 多梢恵専用 これにそれぞれバイオリンケース、ビオラケース、そしてチェロケースが付くのである。
2014年06月01日
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