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今、野村ノートを読んでいる。へーっなるほどねーてことが多い。冒頭で「人間は存在する為に生きているのである。」というド素人哲学には閉口したが、野球に関しては「へーそうなのか、だからこーだったのか」と思う事がおおい。 古田は野村にあれだけ世話になりながら、年賀状の一通も出さないらしい。そういえば自分も喪中だらけでいつの間にやら年賀状を出さなくなっていたことに気がついた。メールではしょっちゅう出していたり、まとめて集団に挨拶していたりするが、どうも紙の方は面倒くさい。 桧山は野村に感謝している選手の代表らしい。阪神の選手はだいたい野村に感謝しているみたいだ。昔、大豊ともめているという話がマスコミをにぎわった。野村がチームプレイを強いて、タイホーが個人プレーの延長がチームプレイだともめているように書かれていたが、野村はそんなことを言ってないみたいだ。個人技の大切な事も認めている。となると、やはりタイホーがバカだったのかと思う。個人技の延長だけでまともなチームプレーになるはずがない。 話しだすと長くなるので、もうこのへんでやめよっと。
2007年02月25日
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以前に『ALL IN ONE 携帯版』なる本を買って数日前から使いだしている。前からこの携帯版でない方の本のことを知っていたが、英検準一級、TOEIC730くらいまでの人対象となっているので、買わないでいた。結果的に携帯版を買ってみて良かったと思う。沢山勘違いしていたのだと分かった。いつのまにか記憶が混同して、奇々怪々な表現をいくつも使っていたことに気がついた。英語で詩を作ってみた話をしたが、あれも「まちがってるよ。」とアメリカの友人が教えてくれた。過去進行形ではなく、現在形で書きなさいとのことだった。「え?」と思って買い置きしていたAll IN ONEを開いたら、たしかに現在形で書かなくてはならない。進行形は一時的な現象を述べる形態であるからということのはずだ。俳句であるので、現在完了系統も適さないそうだ。その瞬間を描かなくてはならないそうだ。反省し、その本を使いだしたというわけだ。読む事に重点を置いて来たので、あまり細かい事には気を使わずに来たツケが、いま来ているということだろう。英語の勉強を始めたときから、「いずれツケを払うことになるだろうな」と思い、試験に関係ないので飛ばしてきた。「イチローは小さな事の積み重ねが大きな事に繋がる」と言っていたが、なんでもやはり同じ事。もう一度、基礎へ帰りましょうか。大学の恩師に、「先生、やっぱ学者やねんから、英語くらいできなあかんでしょう?」と言ったことがある。「んなことないよー、どうでもいいもんっ♪」と言っていたその先生、内心は気にしていたようで、去年英語の本を翻訳して出版した。(笑)日本人なら、基本的なことは一度学んでいるので、誰だって復習すれば、英語ができるようになるはずで、残りは方法と忍耐の問題だけだろうかと思う。最近困っているのは、哲学用語をどう英語にしたら良いのかという問題で、取り組まなくてもよいと言えばそれまでだが、やっぱり自分の頭の内容は全部英語で話せるようになりたい。ネットなどで辞書を探してみたが、これといって良いのがない。有料だったりするので、使う気がおこらない。たとえば、西田幾多郎の文章を例にとれば、「自己自身の中に自己否定を含み、自己において自己を映すことによって、否定の否定、即ち自己肯定的に、無限に自己自身を形成する。此の如き方向が時の方向である。」直訳するのは問題がない。解説するのが大変極まりない。自己はSelfでいいだろう。個人の話になった時は少しややこしくて、「個人」は普通、英語ならPersonやIndividualを使うが、西田幾多郎の場合は、厳密にはどちらでもない。Personは人格的すぎて、Individualは孤独すぎる。使っていて気持ちが悪いのである。どれだけ相手に通じているのかという点で気持ちが悪い。時というのもややこしくて、、、、まぁそんなこんなで、時間が来たので今日は終り。
2007年02月23日
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音楽の話をしていたら、自分も音楽のブログを書いてみたくなったので書く事にする。 You-Tubeで検索したら、好きな曲が見つかったので、聴いてみた。カメレオンというハービーハンコックの曲だ。http://www.youtube.com/watch?v=JcjkA5ZAWQo ハンコックはジャズピアノとシンセで有名なひとだ。マサチューセッツ工科大を卒業したこのジャズの天才の若者時代がちょうどシンセの黎明期だった。シンセは彼とともに発展したと言って良い。この曲は、ジャンル的にはファンクジャズと呼ばれるもので、フィージョンの時代のほんの一歩手前くらいのジャンルと思えば良いと思う。彼の影響なくしてフゥージョンもテクノも語る事は不可能であろうし、音楽史に残る名作の一つがこのカメレオンである。過去の人物かと言うとそういうわけでもなくて、今もジャズギタリストを目指す若者の間で強い支持を得ている。 カメレオンを別の言葉でいうと、「時代を破って出て来た作品のひとつ」である。 もう一つ楽しめるのを発見した。http://www.youtube.com/watch?v=XrgP1u5YWEg&NR彼がおっさんになってからの別の曲の演奏である。こっちの方が一般受けするだろうと思う。カメレオンに比べて、サウンドが大人になってますね。しかし、「三つ子の魂百まで」とも言えるでしょう。まぁ、お楽しみください。
2007年02月18日
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先週、梅を見てきた。昔は桜ばかりが好きで、梅を見てもピンと来なかったが、今は梅の方が好きかもしれない。家に帰って花言葉を調べてみたら、「厳しい美しさ、あでやかさ」と分かった。 うん、たしかに。「厳しい」というのが梅の美しさの本性であり、ここに深い詩的世界への回廊があるのだろうと思ったりもした。単に奇麗なのでであれば、人生の一部に触れて通り過ぎていきそうであるが、厳しい美しさというのは、苦くしょっぱい自己存在、冷たい現実に遭遇し苦悩した自己存在、過去の自分を含めた全てを通り過ぎていく感じがし、あの香りによってその全てを祝福されているような感覚に陥る。 中国の詩人には、「梅の香りが凍る」と表現した人がいた。まさに妙を得た表現であると思う。負けじと英語で詩を作ってみた。 Onto snow ground, a red plum petal was falling, everything started. 英語版に乗せてみたら、うれしや、これがなかなか好評である。外国人が求める日本像に合致したのだろう。訳しておけば、「白い雪原に、赤い梅の花びらが落ちていき、全てが始まった。」"everything started" が、前の二つ共にもかかっている。コンマは挿入ともとれるので、そうなる。はずだと思う。 ちなみに欧米では梅は五月ごろに咲くのだそうな。冬に梅が咲いているので、多くの人が驚いている。雪景色の梅を見せたいものだ。今年は無理だろうか。
2007年02月17日
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魚類学会が差別的な魚の名前を変更したらしい。メクラとかテナシとか。「背中が曲がっていたセッパリハギは体高が高いことからセダカカワハギなどと名付けられた。」と新聞に出ていた。しかし、背が高くて悩んでいる女の人もいるのではないかと思った。終り。
2007年02月03日
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