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原油高のせいで、株価や飛行機の燃油サーチャージやガソリン代やなんかに影響が出ていることは気付いていたけど、今日はテレビで「ちくわが短くなっている」というのを耳にしました。原料のスケトウダラの運搬費や焼くのにかかるエネルギー代でコストが膨らんでいるからだそうです。そういえば、「うまい棒」は味ごとに長さが違うとか。かかるコストが違っていても全部10円で販売しなければならないからだそうです。…じゃあ、今、どんどん短くなってきているのはどの味なんだろう?というか、もしかすると、穴がどんどん大きくなってきてたりして?今朝気付いたけど、ソーセージのシャウ●ッセンは前は一袋7本入りだったのが今6本なのもひょっとして原油高のせい?!夕食時になにげに夫にこの話をしたところ、どうやら本当にそうなんだって。包材費がかかるから原料費をへらした、と日経に書いてあったらしい。値上げすると買う人が減るから、量を減らしているってことか。ガソリンと航空運賃以外には興味なかったけど、もしかして、もっといろいろなものが減らされているのかも?!こんな時にイスラエルは何をしでかしてくれたんだ。 アメリカもいいかげんにしろ!
2006.07.29
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最近、値引きシールのついたフランスパンを見つけたら作ることにしている(←セコイ)、フレンチトースト。皮の食感がしっかりしているし、小麦の香ばしい香りが生きていて、私的には食パンで作るものより好きかも。これにどっさりシナモンシュガーをふると、ドーナツみたいでさらにウマい。バナナの輪切りをのせるとますますウマイ。ホイップクリームを添えるともっともっとウマイ。その上からキャラメルソースをかけるとヤバすぎるくらいウマイ。ああ、また、100万キロカロリー摂取。。。例年になく、夏だというのにちっとも衰えない食欲。これも加齢による現象か??
2006.07.26
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小泉首相がサミットでダジャレを連発していたらしい。「コイズミはウォッカを飲むと英語がペラペラになる」とブッシュ大統領にからかわれていたとか。なんで、お酒を飲むと英語がペラペラになるんだろう?私も何度か海外で「ユーはドリンクするとペラペラにナルネ」と言われたことがある。記憶は飛んでしまってあまりないのだけど、おぼろげに覚えている話の内容はみんなの記憶とちゃんと合致しているようなので、ヒアリングもなんとかできているらしい。しかし、普段は「パードンミー?」の嵐なのですよ…やっぱりアレですかね、右脳がどうとか、左脳がどうとかいうの。言語はそもそも右脳が司っているのだけれど、普段は左脳の働きが強いから押さえられている…とかナントカ。そういえば絵を描く時も、飲んで描くといつもと違う色を使いたくなったりするなあ。。。(ただ、私の中のルールとして、ダウナー気分の時には飲まないようにしてるのです。依存してしまいそうなので)というか、いざという時にお酒がないとダメなんて、まるで「酔拳」じゃないか!やっぱり自分の意志で脳ミソをコントロールできるようになりたいなあ。。。どうでもいいけど、総理のダジャレはしょうもなさすぎるぞ…
2006.07.25
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私のウチは港の近くなんですが、昨日はその港で花火大会がありました。港行きの路面電車はすし詰めですごい人です。しかし一緒に行く人がいるわけでもなく、一人ででも行っちゃう!っていうほどオチャメさんでもない私は、部屋でぼんやり、ヤマさんのいない「めちゃイケ」でも見るつもりだったのですが、「ドーーーン」という窓の外からの爆音に、テレビの音も打ち消されてしまうので仕方なく(?)、「カクテルパートナー」を片手に、ダラダラと外に出てみました。家のすぐ前の駐車場からでも案外よく見えることが分かったので、一人でフェンスに腰掛けてチビチビやりながら花火見物をすることに。↑オーソドックスなヤツ↑ちょっと変わり種↑色がいろいろ変わるヤツ一人でいたら、知らないおばあちゃんが話し掛けてきました。でも何を言っているのか全く分からず、ただ、力なく微笑むのが精一杯でした。そうしているうちに、あやしい人影がこっちに向かって近付いて来て。。よく見ると会社帰りの夫でした。私を見て、「どこのオッサンかと思ったわ」とウケていました。英語で花火は「Fire works」と言うそうですけど、日本の「花火」という呼び方のほうがキレイで好きです。
2006.07.23
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↑ここ最近ずっと、新聞の社会欄の記事の中に、唐突に、このシリーズが埋め込まれてるんですよ。。。どんなに凶悪な犯罪について書かれていても、力がぬけます。さあ、ネタがどこまで持つのか?なんせ、SHOCK!まで出ちゃってるし。(笑)
2006.07.18
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…暑い。夏の日本は、人間にとって、世界で最も過酷な環境なんじゃないか?アフリカへお嫁に行った友達に言わせると、アフリカの暑さは「大阪よりはマシ」なんだそうだ。湿度が低く、風があるので、体感的には少し楽だという。ただし、冷房が効いている場所が少ないのが最大の難点だとか。別の友達の、インドネシア人のダンナさんも「インドネシアの方が大阪よりはマシ」と言っていた。「こんなに暑いのに、日本人はよく温かいシャワーなんか浴びられるな」と。彼は一日に何度も水シャワーを浴びるらしい。おかげで夏はガス代がほとんどかからないんだそうだ。こないだテレビでインド人も言っていた。「日本の夏が、こんなに暑いとは思わなかった。インドの方がマシです!」と。まさに、「インド人もビックリ」。てことは、今なら世界中どこへ行っても、日本よりは涼しいんじゃないの??というか、日本の気候と、日本人のライフスタイルが大きくズレているってことなんだろうけど。…ああ、無人のビーチで、ボーンヤリと、デッキチェアに寝そべって、すっぱだかで、キレイな色のお酒かなんかでも飲んでいたいよ。。。(そうそう!最近の、重ね着の流行も何とかしてくれ!暑いんだってば!!)
2006.07.15
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先日の、祖父の御葬式で。----------------------お見舞いに行ったまま祖父が亡くなったため、私は広島に戻れなかったので、夫に喪服と黒いバッグと靴とパンストを持ってきてもらうように頼んだ。(もう、頼んだ時点で『ドーレミファソラシ♪』と、「はじめてのおつかい」のテーマソングが頭を巡っていたのだが)喪服はOK。靴もまあ、OK。バッグはカジュアルすぎだろ!って感じだけどまあ、ヨシとする。パンストは2足頼んだのに、広げてみると網&柄タイツじゃないか。。さらに、彼なりに「気を利かせて」持ってきてくれた黒の下着はというと、ちょっとここで説明するのもナニな感じのシロモノ。彼いわく、「あの(下着の)引き出しは本当に恐怖」らしい。。。悪かったわね!!-----------------------叔母が「この子に筆ペン貸したげてくれる?」と言うので、薄墨両用筆ペンを大学生のいとこに貸してあげたが、しっかり濃い墨の方で名前を書いて出していた。「ほんまにアホやなあ」と叔母に言われしょげている彼に、私の弟の嫁が「K君(弟)なんか、薄墨で名前書いて結婚式に出してたで」とフォロー。「お前がペンのキャップを反対にしてたから間違ったんやんか!出えへんなあ、出えへんなあと思いながら書いたのに!」と弟の反発でプチ・夫婦ゲンカ勃発。-----------------------10年振りくらいに会ったハトコが「虎舞竜」に似ていたので、こっそりウケてた。そんな風貌なのに、父が写真を一緒に撮ろうとすると「こういうときは写真撮られるのいややねん。魂抜かれそうで」とか気弱なことを言うので、親戚一同「お前は一度、魂抜いてもらえ!」。-----------------------火葬場にいた職員の人を見て弟が「赤塚不二夫のマンガにでてきそう」ってポツリと言ったので、孫一同悶絶。キャラ的にはバカボンのお巡りさんタイプ。-----------------------…悲しかったり、寂しかったりしても、笑える瞬間ていうのもあるわけで。おじいちゃん、許してね♪
2006.07.15
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このニュース、…もう、何が何だか。ヤ●ザがカタギに甘えてどうする!!
2006.07.14
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ジダンは英雄になれなかったかもしれないけど、私はやっぱり彼が好き♪理屈じゃなくて、サッカーしてる彼は本当にカッコイイんだもん♪34歳で聖者になんかなれなくていいよ。誰よりも傷付いているはずだし。あの、ウエポンヘッドを抱き締めて、「おお、ヨシヨシ」ってチューしてあげたい。(いらんって?w)マテラッツィは憎たらしいけど、多分彼も傷付いてるんだろうなあ。私達も、ここ一番の肝心な時に、ジダンにもマテラッツィにもなる危険があるわけで。それにしても。フランスには興味なくても、ジダンの為にフランスを応援した人は多いんだろうなあ、私みたいに。----------------カーンの最後の試合がリアルタイムで見られなかったのが残念。ドイツにとって今回最後の試合である、3位決定戦に出場というのも、監督の配慮を感じて泣けるけど。プライドにしがみつくのをやめて、自分のカッコ悪さも全部受け入れて、今自分にできるベストを尽くそうとしている人間というのは、分野を問わず、ジーンとくるよ。----------------楽しかったなあ。ワールドカップ。4年後、私はどんな人間になってるんだろう??
2006.07.11
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一体何言われたん?マテラッティに…しかし、すごいな、手より先に頭が出るなんて。どうでもいいけど、やべっちのコメント、全然あかんなあ。。。慈英の方がよっぽどがんばってるわ。
2006.07.10
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・「では、ハーフパイプなどをなさっているのですか」10年前、当時は彼氏だった今のダンナに会わせた時、趣味は?と聞かれて「スノーボードというスポーツです」と答えると聞いてきた言葉。・「長く生きてきて、いろんなことを経験したけど、いろいろ知っても何が正しいのか分からなくなるよ」イラクに自衛隊が派遣されているニュースを見ながらつぶやいた言葉。・「私は今まで、料理をうまい、まずいということばかり言ってきたが、妻というのは毎日毎日、家族の健康のことを考えて作ってくれていたのだなあ、と今になってつくづくわかったよ。」おばあちゃんが入院して、一人暮らしを始めたころに言った言葉。私が「遅いわ、気付くのが」と突っ込んだら「本当にな」と笑っていたなあ。・「私の夢は、妻の最期を看取ることです」おばあちゃんが倒れた頃、介護のスタッフの方に「おじいちゃんの夢は何?」と聞かれて答えた言葉。(←夢は叶いました)・「すまなかったね。こんなに待たせるつもりじゃなかったんだよ」入院後、おばあちゃんの遺影に向かって言った言葉。・「私は生きたいように生きてこられて、本当に素晴らしい人生だった。全く悔いはない。感謝している。」亡くなる3日前に見舞いに来ていた私のイトコ達に伝えた言葉。
2006.07.09
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「絵は今も描いているの?」会うといつもそう聞いてくれる祖父が、肺炎で入院することになったという連絡を母から受け、神戸の病院へ駆け付けました。行ってみると、息がとてもつらそうです。しかし、私のことは分かるらしく、手を握るとぎゅっと強く握り返してきました。「おじいちゃん、大人になってからの私の絵を見てもらったことなかったよね。見てくれる?」祖父も90歳。意識のあるうちに会えるのは今回が最後かもしれない。そう思って私は、自分の絵を祖父に見てもらおうと、カラーコピーをファイルして持って行ったのです。祖父は力を振り絞るように、今まで閉じていた目をしっかり開けて、一生懸命見てくれました。その頃、容態はとても落ち着いていたので日帰りで広島に帰るつもりだったのですが、病院で長居してしまい、遅くなったのでその日は実家に泊まることにしました。「おじいちゃん、明日、また来るからね」そう声をかけて帰りました。翌朝、父と母が病院へ様子を見に行った途端、容態が急変し、心拍数がみるみる下がってきたとのこと。まだ家で寝ぼけていた私に電話が入り、すぐに来るように呼び出されました。タクシーの中でずっと私は祈っていました。「待っといてよ、おじいちゃん。明日行くって、約束したやんか」病室に私が着いたとたん、両親と叔母2人が一斉に「間に合った!」私は祖父の手を握り、「わかる?おじいちゃん。私やで。今日来るって約束したもんね。来たよ、私。待っといてくれて、ほんまにありがとう。」と言うと、ゆっくり頷き、そのまま心電図が直線になったのです。あまりの出来過ぎなシチュエーションに、みんな「あきれたー、さすがは初孫。こんなん、知らんわあー」と泣きながら崩れ落ちました。------------------------------------------遺影は、写真が趣味だった祖父自身がセルフポートレートをちゃんと指定して用意してありました。形見は欲しいものがあれば使いなさい、ということで、部屋の大量の本やCDやDVDをきっちり箱にいれてありました。もう、何から何まで、祖父のイメージ通りに事が運んだように思えます。------------------------------------------この一年ほどは体調の優れないことも多かったのですが、「子供達に迷惑をかけたくないし、気を使うのは自分も煩わしい」と言って、老人ホームに入居していました。そこでは祖父の苦手な「イベント」がいろいろあったのですが、「ひねくれていても面白くないからね」と、音楽はクラシックしか聴かないのに「カラオケ大会」の為に一生懸命、歌謡曲を覚えていたらしいです。そこの施設長の女性がお通夜に駆け付けてくださり、棺の前で崩れるように号泣しておられました。スタッフ全員で寄せ書きをしたものと、施設での祖父の写真を持ってきてくださったのです。そこには「尊敬していました」とか「希望をもらいました」とか「僕と性格が似ているのですごく親しみを感じていました」などと書かれていて、一人の人間として愛されていたことを知り、とても嬉しくて泣けました。寄せ書きは棺に納められました。-------------------------------------------品行方正。曲がったことや嘘が大嫌い。でもその性格ゆえに、祖母は相当な苦労をしてきたようですが、祖父への尊敬が根底にあるので支えてこられたのだろうと思います。まるで、江戸時代の貧乏なサムライみたいなんです。そんな頑固で融通の聞かないサムライが、80歳を過ぎて、生まれて初めて一人暮らし&お料理にチャレンジ。教科書は「ノンノ・お料理ブック」。(笑)数年前に腕をケガして以来「文字が書きにくい」という理由から、パソコンで年賀状を書きはじめました。「忙しいお前達と連絡をとるには電話よりメールの方がいいだろうから」と88歳での携帯デビュー。…祖父を見ていると、人間は死ぬまで成長できるのだということを実感するんです。ましてや体の自由が利くうちは、その気になれば何もかもできるんじゃないかと思うほど、可能性溢れているように思えるんです。元気なうちは何も言い訳にできないな、と思わされるんですよ。そして、老いて、社会に表立って貢献しているようには見えなくても、生きているだけでいろんな人の心に影響を及ぼすこともあるのだと教えられた気がしました。この数日間のことをブログに書こうかどうしようか迷ったのですが、たまたま、御縁でこれを読んでくださった方が何かを感じてくれるのなら、きっと、無駄ではないですよね?
2006.07.09
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中田選手、引退するらしいですね。原理主義者みたいなとこが好きじゃなかったけど、才能と情熱はすごいのだから、これからもっともっと大人になって、いいサッカー選手になっていくかもしれないと期待していたのに。残念。でも。柔道の野村もそうだったけど、離れてみて初めて気付くことってあるしね。
2006.07.03
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ドイツとの時差を痛感する今日このごろ。眠すぎるわ、毎日。しかも、ここんとこしょっちゅう、延長のあげくにPK戦というのが多いのも見ていてキツイ。90分のどこでチャンスが訪れるか分からない。90分のどこでピンチが訪れるか分からない。90分のある時突然、運の流れが変わって、それに遅れることなく対応できた方が勝てるんだよね。チャンスがピンチになったり、ピンチがチャンスになったりすることもあるし。怒りにまかせず、冷静に気持ちをコントロールしてないと、運の流れが見えないっていう。なんだか、まるで人生みたいじゃないか!!全く、「ほら泣けー!」とばかりのお涙ちょうだい系の映画なんかよりよっぽど泣けるわ。それにしても…ベッカムが下がった瞬間のビクトリアの顔、恐かったな…家庭内フーリガンになりませんように。
2006.07.02
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