2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1
自分では、自分のことをアナログ人間だと思っていますが、気づけば、身の周りには、デジタル機器が溢れています。パソコンや携帯はもちろん、家電製品は、ほとんどがそうなっていて、昔の、「どついたら直る」テレビやラジオは、もはや、博物館入り。そういいながら、この前、欲しかったデジカメ一眼レフを買いました。この前、そのカメラで久しぶりに。1日「鉄」を楽しみました。やっぱり、便利。カード一枚で、数百枚の静止画が撮れ、何十分も動画が撮れ、撮ったものは、すぐその場で見られて、失敗写真は、すぐ消去できる。ためし撮りも何回もできるし、一枚ごとにISOの変更も可能。当たり前のことですが、デジタル機器は、電池や充電をしないと動かない。振り返ってみれば、昔は、電気のいらなかったものが、今では、電池や充電しないと動かなくなっているものがたくさんある。時計、電話機、カメラ…ねじを巻けば、時計は、何日も時を刻み続け、電話は、ただ、モジュラーコードをつなぐだけで、通話ができた。今まで、30年近く使ってきたcanonF-1は、高速シャッターなら、電池なしで撮影できるし、もっと昔のカメラは、電池なんか使わなかった。昔、うちの親父が、発売になったばかりのデジタル置き時計を貰ってきたことがあった。電池ではなく、コードをコンセントに繋ぐ。時計をコンセントに繋ぐということが、妙に違和感があった。ジージーと音を立て、液晶でも、LEDでもなく、電球が入った文字盤が動いて、数字を表すという、今にしてみれば、かなりの大きな時計で、1ヶ月も経てば、数分の誤差が生じていた。腕時計は、使っているだけで、勝手にねじが巻かれる「自動巻き」長くはずしていると、いつの間にか止まっていた。車だって、バッテリーが上がると、「押し掛け」。テレビは、映りが悪くなると、アンテナの向きを変えたり、本体をどついてみたり…家電も、車も、人間臭く、それだけに、愛着も強くなった。さて、私は、買ったばかりのデジカメに、今まで使ってきたカメラ達のような強い愛着を感じることができるようになるのだろうか。
2010.11.23
コメント(0)
言ってしまえば、今の大人には、「未来の絵」を描く能力がありません。だから、政治家は、いろんな問題を前に、対応することができないし、企業の経営者は、リストラしか生き残る術を知らないし、銀行のトップは、何に融資をしていいのか、わからないから、貸し渋る。「未来の絵」を描く能力のないものは、リーダーになっては、いけないのだ。「未来の絵」を描けないヤツがリーダーになっていることに、今の日本の、世界の悲劇があると思います。振り返って自分。30年後、40年後の自分の姿を「描いている」だろうか。
2010.11.06
コメント(0)
子供の頃、本などで、よく「21世紀の街」「未来の都市」というような絵をよく見ました。近代的な超高層ビルが立ち並ぶ街を高速鉄道や高速道路が貫き、ビルの間に流れる川のほとりには、緑豊かな公園がある。市内や近距離の移動には、立体交差化された新交通システムや浮上式の車を使う…よく考えてみると、すべてではないにしろ、21世紀になって、多くのものが実現している。電子レンジやテレビ電話、携帯電話やパソコンの原形のようなものも、40年くらい前には、すでにその「絵」があります。あの頃、未来はこうなる、こうするという想い、なんとなく予想するということが、みんな出来た。そんな想いを誰もが持っていた。そんな「絵」を元にして、いろいろ開発され、技術革新が進んで、今の時代に至っているのだろう。「想い」は実現する。しかし、当時読んだものの中で、実現していないものもある。病気や戦争のない世界、誰もが豊かさを享受できる社会…それは、具体的な絵にできないから、「想い」が足らなかったのだろう。でも、みんなが、なんとなく、「未来の絵」を頭に浮かべることができた。だけど、今は、それがない。「未来の絵」が頭に浮かばない。これから40年後、100年後の未来の絵がない。今のうちに「未来の絵」を描いておかないと、未来は、来なくなるかもしれない。具体的に「未来の絵」を描く、みんなでそれを語る場所が必要だと思う。理想とする「未来の絵」を描いていけば、これから何が必要なのか、何をすべきなのか、わかってくるのでないでしょうか。
2010.11.06
コメント(0)
このところの急激な円高。一部の人がずっと、警鐘を鳴らしてきたにも関わらず、慌てふためく政治家と大企業の経営者。○ニーのお偉いさんは、「さらに海外での部品調達を進め、原価の低減を図る」なんて、能無し丸出しの発言。それで、日本経済の背骨を折ってしまったということが、わかっていないようです。一方、メガバンクのトップは、融資額が伸びない理由は、「需要がないから…」ちょっと、待て。街中で中小零細企業の経営者に訊いてみろ、っていうの。「銀行が金を貸してくれない」って話、山ほどありますよ。つまり、メガバンクのトップは、行員レベルから上がってくる報告を鵜呑みにしているか、現状を知らない、現場に出たこともない、素人ということ。まあ、世界レベルの一流企業とか、メガバンクの経営者って、いつから、こんなに質が悪くなったんでしょうね。思うに、それは、日本の組織、企業や学校の評価が「減点方式」だからでは、ないでしょうか。私も、生産管理、外注管理の仕事をしていましたが、仕事は、出来て当たり前。失敗があれば、評価が下がって賞与に響く、という感じでした。失敗をすると怒られる。チャレンジしたことは、何にも評価されずに、次、頑張れのエールもなく、怒られるだけ。そして、左遷されたり、役職を追われたりしてしまう。つまり、今、企業や組織の上で残っている連中は、バブル期以降、何もしなかったから、残っているということ。何かしようとした人は、失敗して、組織を追われてしまって、何もできない、しない能無しが残っている。だから、私達の感覚からは、信じられない発言をする組織のトップがたくさん居るのでしょう。だいたい、景気が悪いから、なんとかしろって、大企業のトップが政府なんかに言うのもおかしな話だし、経団連とか、商工会議所とか、今こそ活躍しないといけない組織だと思うんですが、何かしているという様子がない。結局、何かやって、失敗して、怒られるのが嫌なんでしょうね。足利尊氏も、織田信長も、豊臣秀吉も、徳川家康も、曹操も、劉備も、幕末の長州藩も、薩摩藩も、何度か戦に負け、失敗を重ねながら、大きくなっていった。失敗したことのない人や組織、負けたことのない人や組織で、大きくなったモノなど、ないはずなんですけどね。
2010.11.01
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1

![]()
