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コンサート終了後から、VOVはゴスペル合宿でした。今回は豪華なことに、TPWのワークショップという特典付たくさんの新曲を録音したMDはUooの宝物ですそして、彼らの新作CD。。。カラオケ付5枚組もゲット!Hiroco師匠に借金して購入しました(師匠、ありがとう!!!)ワークショップの中で、アンドレ師のゴスペル講義?が20分ほどありました。「本当のゴスペルを歌おうと思うなら、一人で歌うことを恐れてはいけないよ」ゴスペルは、キーやピッチが合っていれば、他にはルールは殆どないって。日本人にとって難しいのは「ブルースケール」ブルースの音階と思われているけど、実はブルースがアメリカに出現する以前から、アフリカの地で存在していたものなんだって!ブルースによって有名になったので、そう呼ばれているそうです。音階やハーモニーって、その地域色が感じ取れるものです。アジアの音階、ヨーロッパの音階、それを聞いたら、世界の中のどこの音楽かが分かる。ゴスペルは、アフリカの音楽から出来ているんですね。ゴスペルで最も大事なこと・・・1.即興性これがゴスペルを新鮮にします。「形式」がそれを遠ざけ、即興性を失わせるんだと。日曜日、クワイアはその場所につくまで何を歌うか聞いていないそうです。アンドレ自身も知らないって!立ち上がるときに、その日のSpritがささやくそうです。2.コール&レスポンス これは黒人の文化に根付いたものだそうです。彼らの教会では、牧師の説教に会衆は同じように応えていきます。応答がなければ、それは説教にはなっていない印なんだって!コージックとかペンテコステとかバプテストとか・・・アメリカ南部にはいろんな種類の教会があるそうですが、少しずつ賛美のスタイルも違うらしい。でも共通してるのは、「即興性」「コール&レスポンス」「ブルースケール」の3つ。最後のアンドレの言葉が印象的でした。「みなさんは、私たちに、ゴスペルという音楽を教えてほしいと思うかもしれない。もちろん私たちはゴスペルの曲を教えるけれど、ゴスペルという音楽の背景にあるものを伝えに来たんです。そのメッセージを皆さんに受け取っていただきたいのです」日本人である私たち、日本という文化にどっぷり浸かって、その中で生活している者にとっては、彼らのように100%振舞うことは無理な話だし、たとえそれが出来たとしても、何かウソっぽいというか・・・らしくないことになっちゃうと思う。だけど、とても教えられます。彼らはいつも、とびきり自由に、解放された魂の奥底から沸きあがる喜びをもって主を賛美しています。その姿に、いつも感動しないではおれないのです。またアラバマに行きたいな~~~TPWのWSの様子。Tリンの曲は、ワクワクするね!
2007.11.28
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写真提供:NOGさん(ありがとう!!!)23日、三河地区でははじめての大規模ゴスペルイベント、GiveThanksMikawaが無事終了しました☆聴きにきて下さった方、応援、お祈りしてくださった方、本当にありがとうございました!Uooは、TGCとして”GodIsHere”、GiveThanksマスクワイアとして、“Reigns”“Joy”“INeedYouToSurvive”“LeanOnMe”“LiftUpJesus”アンコールに“BlessU”VOVとして“NoDefeat”の合計8曲を賛美しました。時間が押していて、ホントはあと2曲歌うはずだったのがカットされて残念だったけど・・・楽しかった今回はとってもスペシャルなことに、アラバマからの特別ゲストTPWも2曲賛美してくれて、会場は一気にアメリカ南部教会の雰囲気に包まれました今回、自分は出演者として関っただけですが、このイベントを通して一番感じたのは、主催のスタッフたちの信仰の大きさ、神様に全てを委ねていることの確かさ、です。沢山のクワイアを寄せ集めて、総勢200名もの出演者、中には小さな子供もいて、そんな群集を、一つの大きなコンサートを作り上げるためにまとめていくって、想像を絶するような大変さだと思うんです。なのに、スタッフたちは、そんな大変さを傍目には感じさせず、絶えず笑顔で、対応には余裕さえ感じられて、これは信仰以外の何モノでもないと感じました。自分の持てるものを最大限神さまに捧げること、後はすべて神さまに委ねきり、最善を信じて完全にお任せすること。これこそ、“ゴスペルの真髄”だよな~としみじみ思わせるライブでした。TGCのステージVOVのステージTPWのステージ写真は全て、NOGさん提供です。コチラでオンラインアルバムを観ることが出来ます。
2007.11.26
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明日はいよいよ三河ギブ・サンクス、総勢200人のマスクワイアが幸田町で賛美のドラマを繰り広げます♪今日のVOVは、TPWの特別リハーサルでした。ついさっきセントレアに降り立ったばかりとは思えないパワフルな賛美と指導、相変わらずの情熱と神様への愛に圧倒されるばかりです!!!やっぱTPW、最高だね~~~そんなTPWの賛美も聞けるという、かなり美味しい今回のライブ、当日券も、まだまだあるということです。ぜひお誘い併せてお越しください!三河の地でお待ちしています☆
2007.11.22
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先週のメッセージをアップします。2週間も前だと、忘れていることが多くて・・・うぅ、変な文章多し、です。得ることにのみ一生懸命になっている自分・・・イエス様に従っていくとき、本当に必要なものが何なのかを知り、不要なものを自然に捨てていくことが出来るのだと知りました。主にあって、そのようにシンプルに、美しく生きていきたいと願います。=====第30回目 マルコの福音書10章17節~31節(2007年11月11日)「主のために」***永遠のいのちを受け取るためには何をしたらよいかというある青年の問いに答えて、イエスはあなたの持物をみな売って貧しい人たちに与えよといわれた。また、金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通る方がやさしいとも言われた。***この箇所を理解するには、時代や地域、また、収入などあまりにもかけ離れていて、とても難しいことに思えるかもしれません。しかし、どんな状況にも関らず、受け取れる話です。「金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通る方がもっとやさしい」とイエスは言われます。ルカの福音書には、ラザロと金持ちの話が出てきます。その話の中では、地上において豊かであったか貧しかったかだけが問い沙汰され、信仰の「し」の字も出てきません。これは大きな警告と理解すべきです。金持ちは天国に行けないという意味ではないのです。私たちは「捨てる」ということを忘れています。17節、この青年は、どうやったら天国に行けるかと聞きました。イエスはそれに答えて、それは旧約聖書に書いてあるよ、と答えます。19節、「殺してはならない、姦淫してはならない、盗んではならない、偽証をたててはならない、欺き取ってはならない、父と母を敬え」これは、あの有名な十戒です。イエスと彼の会話はなんだったのでしょうか。イエスは、あなたは神の言葉をちゃんと聞いているか、と言ったのです。青年の、「そのようなことをみな、小さな時から守っております」と答えた、その態度が良くありませんでした。「自分はちゃんとやってきた」という彼に向かって、イエスは慈しんで言われました。責めて言われたのではありません。「あなたには欠けたことが一つあります。帰ってあなたの持ちものをみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについてきなさい」イエスは何を伝えたかったのでしょうか。そのことが出来ない、でもついていきたい!イエスは、「そうだよ、どうしてもそのことが出来ない、それがあなたの罪なのだよ、それがわかったね」と言ってくださる方です。青年が、自分の罪を認めて、でもイエスについていきたいと願ったならば、イエスは別の答えをされたかもしれませんでした。しかし彼はそのように願うことが出来ませんでした。「捨てる」ことは、罪ある人間にとって、とても難しいことです。豊かな国の財産の余剰分を第3世界に分け与えたら、世界の貧困は解消されるかもしれません。しかし、私たちは、何が必要で、何を捨てるべきかという思いの前に、「どうやって得ようか」という社会に住んでいます。ペテロは「何もかも捨ててあなたについてきました」とイエスに言います。他の福音書では、これに続けて「ついては何をいただけますか」とあります。わたしのために父母を捨てるものは100倍受ける、地上において何倍もを受け、天国も約束されている、とイエスは答えます。ペテロは間違った聞き方をしました。だから、イエスは約束の言葉を述べました。ペテロはこう聞くべきでした。「あなたに従っていきたいです。捨てなければいけないというが、私に出来るのでしょうか?」と。主は全く別のことを語られたことでしょう。私たちは、全ての機会を取り込んで、充実したいと願います。その結果、体を壊したり、心がめちゃくちゃになったりします。もっと切り捨ててもいいはずなのです。この「全てを得たい」という心が罪の世界を作っているのです。財というものは、一定のものであり、それを人間同士で奪い合っています。余分なものは、他の人のために使っても良いはずです。たとえば、マザーテレサがしたように、今、死に行く人のために捧げられたら、どんなに素晴らしいでしょう。しかしそれを出来ない私たちがいることを、主はご存知です。私たちは主に従って行きたいと願います。そこに真理があることを知っているからです。しかし、こんなに沢山のものを持っていて、捨てることができない。どうしたらいいのでしょうか?イエスは言われるでしょう。「だから従ってきなさいとしか言っていないでしょう?」彼に従うとき、何が不要かが分かるのです。そこに価値が無いことが分かります。そして少しずつ剥ぎ取られ、気づいたとき、必要なものだけで、充分に満足する生き方に変わっているのです。福音のために全てを捨てたら立派であると聖書が語っているのではありません。聖書は、何倍も受ける、と語っています。キリストと共に本当の価値に生きるとき、自分の損になっていないことに気づくでしょう。実際、ペテロが家族を放っていたのは、3年間のみで、使徒行伝では、奥さんを連れて伝道していたことが分かります。家族は、最初は理解出来なかったかもしれません。しかし断絶というのではなく、その家族に仕えていくときに、最終的にはもっともよい夫婦とされていくということです。自分の生活の中で、不安なものがあるにもかかわらず、しがみついているものはないでしょうか。そこから罪の結果としてむさぼり、人をおとしめるということがあります。イエスはわたしについてきなさいといわれます。そうする時に、不要なものだと気づき、それを自然に手放すことが出来るのです。この青年もいつか気づいたのではないでしょうか。31節、「先の者が後になり、あとの者が先になる」ルカの福音書では、別の文脈で二度出てくる言葉です。ペテロには大切な言葉だったことでしょう。御言葉を知り、それに生きるということは、短時間で出来るものではありません。罪をさらけだすのにも時間がかかります。でも大丈夫です。キリストにあって、私たちは日々成長させていただけるのです。
2007.11.21
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今日のメッセージをアップします。アップしてないメッセージが溜まっていく・・・前後しますが、近日中にやる予定です。第31回目 マルコの福音書10章32節~45節(2007年11月18日)「キリストの歩みに生きる」***イエスと一行がエルサレムに上る途中、イエスはこれから起こる十字架のことなどを詳しく弟子達に語られた。また弟子の二人ヤコブとヨハネがイエスに頼みごとをして、「あなたの栄光の座で、一人を右に一人を左に座らせて欲しい」と言った。イエスは答えて、「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい」と言われた***イエスは公生涯としての3年間を弟子たちと共に過ごされましたが、それまでの30年間は大工として歩まれました。今日の箇所は、いよいよエルサレムに上っていく途中で、これからご自身に起こる十字架について大変詳しく語られています。今回は3度目で、これが最後になります。「十字架」とは、聞いただけでもゾッとする言葉です。当時行なわれた処刑法の中で最も残虐なものでした。なるべくすぐには殺さないように、何日も苦しませるのです。ゴルゴタという処刑場の下を親子が歩いていくときには、「あんな風になってはいけないよ」と親は子供に言い聞かせたといいます。32節、イエスは先頭に立って行かれ、「弟子達」は驚き、「後に続く人々」は恐れを覚えたとありますが、弟子達とは広い意味での弟子達であり、イエスを慕っていた多くの人々を指します。後に続く人々とは、12弟子のことを指し、イエスと密接に関っていた人々でした。当時、エルサレムにはイエスを殺そうと考える人々が多くいました。だから弟子達は恐れを覚えたのです。そんな中、ゼベダイの子、ヤコブとヨハネの二人が、イエスに頼みごとをしました。37節、「あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左にすわらせてください。」イエスが王として君臨した暁には、兄を右へ(右の方が偉い)弟を左に侍らせてくださいと言ったのです。あとの10人の弟子はこれを聞いて腹をたてました。聖書は、こういったドロドロした場面も正直に書いています。10人を差し置いてこのような願い事をした二人に対し、イエスが言った言葉は、「あなたがたは自分が何を求めているのかわかっていないのです」でした。「あなたがたは、わたしの飲もうとする杯を飲み、わたしの受けようとするバプテスマを受けることが出来ますか」と問います。杯とは、最後の晩餐を指し、バプテスマは十字架を指しています。彼らにはイエスの真意は全く伝わっていませんでした。イエスはこの上なく惨めに殺されていきますが、彼らは「あなたと一緒に行きます」と、いとも軽く答えます。しかし、イエスは彼らを受け入れます(39節)。しかし、これは決して彼らをほめているわけではありません。「右と左に座ることはわたしが許すことではない」神様がなさることだと言われますが、これは「今は考えなくてもよい」と言われているのです。なぜなら、弟子達には何一つ、分からないことだからです。私たちは、最大限キリストについていきたいと願います。ところが、今の私たちがやっていることは、殆どキリストの意に叶わないことです。弟子達はイエスを全く理解していませんでした。この時点で弟子達がイエスに期待していたのは、ユダヤをローマの支配から解放し、王として君臨していただくことでした。二人の弟子の願いごとについて、他の弟子達とケンカになりました。そして42節、イエスの結論が語られます。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められたものたちは彼らを支配し、また、偉い人たちは、彼らの上に権力をふるいます。しかしあなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕えるものになりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです」今も昔も、偉い人々によって民は支配されています。しかし、イエスは「あなたがたの間ではそうではない」と言われます。「仕えるものになりなさい」これは、相手も同じように考えてくれないところが辛いところです。相手があなたを迫害する者であったとしても、ということなのです。「人の先に立ちたいなら、僕になりなさい」とイエスは言われます。犠牲がなければ、ということです。イエス自身がそうでした。生きて証をするために生まれてきたのは、私たち人間一人一人がそうです。しかし、死ぬために生まれてきた人がいます。イエス・キリストがその人です。徹底的に辱めを受け、ボロボロになるために、それはこの世を救うためでした。私たちの罪、それは神から離れて、自分勝手に生きるということです。それはいかんともしがたく、自分の力ではどうすることも出来ません。そんな私たちを受け入れ、生かすために犠牲を払ってくださいました。そして弟子達にそれを受継いで欲しい、それがこの世を変えていくのだと願っておられるのです。私たちが、社会全体が、生き生きと生きていくためには、犠牲以外に方法はありません。温暖化問題について、多少のエコを実践したところで、環境破壊が止まるものではありません。この生活をやめない限り、無理だといえます。先進国で好きなだけ環境破壊して、その被害を受けるのは貧しい国々です。このようなことを止めるためには、犠牲が必要です。しかし、私たちはそれが悪いと分かっていながら、やめられないのです。社会がそのように動いているからです。罪も同じです。罪をやめたい、神と共に行きたいと願いながら、どんどん罪と共に人は動いています。キリストは急に裁きを行なうようなことはされません。罪を止められないその弱さを受け入れ、そこから始めようと共に歩んで下さる方です。4つの和解が必要です。私が、1)自分自身を、2)隣人を、3)社会を、4)自然を、傷つけるということを止めることが出来るために、それは私が、「仕える」ことから始まるのです。始められるところから、それは夫に仕えることであり、子供に、隣人に仕えることです。イエスは十字架に向かっていかれます。恐怖は無かったのでしょうか?いいえ、ゲッセマネでは、血の汗を流すほどに苦しまれました。イエスは神ですが、人でもありました。そのような苦しみの中で、なおかつ弟子達を受け止め、真理を伝えようとしておられます。イエスに委ねましょう。何も出来そうにない自分でも、それが出来るとイエスは言われます。弱いままの自分を受け入れ、共に歩んでくださいます。弟子達は弱いままではありませんでした。イエスの復活後、ものすごく強くされます。全てのことは、弟子達が隣人に仕えるための訓練でした。僕になるとはどういうことかをイエス自身が十字架で教えて下さったのです。
2007.11.18
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TPW来日情報!「愛知版」本場アメリカはアラバマより、TPW(Thanksgiving Preise & Worship)が再来日します。ここ東海地方で彼らの賛美が聴けるチャンスは4回!ぜひお誘いあわせの上お越しくださいね♪1)VOV公開リハーサル(名古屋) 日時・・・11月22日(木)19時~21時会場・・・在日大韓基督教会名古屋教会参加方法・・当日会場にお越しください。予約不要。参加料・・・1000円 当日会場にてお支払いください。2)三河 Give Thanksにてゲスト出演(幸田町)日時・・・11月23日(金・祝)16時半開場、17時開演会場・・・幸田町民会館 さくらホールチケット・・・前売り1500円 当日2000円 このブログトップページに詳細あり。3)TPW公開ワークショップ(岡崎)日時・・・11月24日(土)18時~21時会場・・・愛知県青年の家(岡崎市美合町) 多目的ホール参加方法・・・メールにて要予約 氏名(読み)電話番号記入参加料・・・1000円 当日会場にてお支払いください。メールは gmwc.tpw@gmail.com まで4)ゴスペル賛美礼拝(岡崎)日時・・・11月25日(日)9時~11時半会場・・・愛知県青年の家(岡崎市美合町) 多目的ホール参加方法・・・予約不要・入場無料 (席上献金あります)問い合わせ・・・GMWC(おさだ)
2007.11.18
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昔(今もそうなのかな?)、ユダヤの社会では、神に向かって呼びかけるということはとても恐れ多いことでした。神のお名前を、口にすることが赦されていなかったのです。そんな中で、イエスは神を「アバ、父よ」と呼びかけました。日本語にすると、「お父ちゃん」というような意味あいです。神に向かってこのような態度であったことは、イエスが十字架につけられたことの一つの理由でさえありました。イエスの十字架によって、私たちは直接神とお話が出来るようになりました。聖なる神と、罪人である私たちの中保者となってくださったのです。ですから、お祈りの最後には「イエスの御名によって」祈ります。イエスが私たちの救い主であり、神と和解させて下さる唯一のお方であることを、祈りごとに確認するためです。~礼拝後の学びより~
2007.11.18
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損をすることを恐れない後の世を見ている人には損得に目の色を変えるこの世限りの人には「やまひで牧師の心の窓」より
2007.11.07
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先日の日記で、らみいに変な電話があったことを書きました。それ以来、教室のセキュリティについて考えあぐねていましたが、、、自分の力だけでは全く頼りにならないので、お母さんたちの協力を得たく、全家庭にお電話して、送迎の徹底と、お迎え時間に必ず遅れないで来て下さるようにお願いしました。お母さんたちによると、見た目平和そうに見えるこの近辺も、結構不審者が多く、子供たちの安全に対して意識の高い保護者の方が多いそうです。というわけで、最近のらみいは、基本的にレッスン中は玄関の鍵をかけ、次のレッスン開始5分前に鍵をあけて、その5分の間に生徒は教室に入り、鍵をかけて待っている、というスタイルをとっています。おかげさまで平和な日々が戻ってきました日記を読んでご心配くださった皆さん、ありがとうございました
2007.11.05
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今日のお昼間、VOVのメンバーイベントで、べにしだ祭りに行ってきました。べにしだの家という場所で、野外ステージでの30分ゴスペルライブ。Uooは、VOVでは久しぶりにキーボードを弾かせてもらいました☆楽しかった~~~会場に着いたのは、10時半くらい。お祭りは既に始まっていて、すごい人!人!人!!!屋台や子供向けゲームに、長蛇の列が出来ていて、なかなかの盛況ぶりでした。朝ごはんをテキトーに食べてきたUooは、ちょっと小腹が空いたな~と、友人と一緒に屋台めぐり・・・そこで生まれて初めて出会ったのは、「たません」「え!たません知らないのーーー!?名古屋人なのに?」と驚かれた・・・ハイ、自分モグリですから・・・(--;(名古屋在住歴5年半)鉄板の上で、グチャグチャにした卵焼きにマヨネーズやらソースやら青海苔やらかけてでっかい海老せんべいでサンドするという、屋台ならではの名古屋名物だそうです。お好み焼きテイストな駄菓子って感じですね。おいしかったですべにしだのメンバーによる和太鼓のライブなどもあって、活気のある楽しいお祭りでしたよ。雲ひとつない、11月とは思えないような暖かい空の下、ゴスペルを届けることが出来て、たませんにも出会えて(笑素敵な一日となりました。
2007.11.03
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