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久々に日記を更新したら、以前読んでくれていた方々がたくさんやってきてくれてました。本当にありがとうございます。日本語検定まで後2日になりました。1ヶ月しかない、と言いながら、ここしばらくはお留守にしていて後2日になったきょう、あわてて問題集を開きました。ネックは敬語かな~~「同じ先生に習っている親しい先輩のAさんに、B先生の案内を頼むときどのように言うのが適切か?」とか「駅の構内の呼び出しのアナウンスでBさんが待っているとAさんに伝えるには?」とかもっとややこしいのは「来社予定の取引先の部長と課長のうち、課長の井上氏から電話があって『そちらでうちの部長と待ち合わせることになっているが、十分ほど遅れていく』と連絡を受け、先にやってきた部長に伝える」とかいう問題があってじゃ、部長は河本氏か?(ん?ありゃ、次長か?)・・・・なんてよけいなことは思うけど、肝心の敬語は誰に対してどのように使ったらいいのかこんがらがって全然わかりません。誰が上で、誰が下で、と→を書いて上下関係を図にしたらいいのでしょうがそれもできるかどうか・・・まるでクイズですね・・・まあ、検定など、実生活に役に立つと言うよりは今はクイズの感覚になって、正しい、正しくないなど硬いことを言えば人に嫌がられるだけかもしれません。だけど、正しいものが何かは知っておきたいなあ~~~やっぱり、言葉は正しければきれいな響きがして、きれいな響きの言葉遣いをする人にはあこがれます。漢字とか、言葉の意味とかの問題は範囲が広すぎてこれは知っているものが出ることをひたすら願うしかないです。その他、文法は親切な友人(高校の国語の先生)が授業で使っている参考書を下さって、これがすごく役に立ってます。やっぱり、学校で一般的に使うものってよくわかるものを使っているんですね。その友人に感謝!せめてきょう明日、ピアノを休んで勉強してみます。
2007年10月25日
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久々に楽天に帰ってまいりました。まだピアノはやってます。(まだ1ヶ月もたってない・・・)かれこれ1ヶ月、イギリス組曲第5番のプレリュードをやってます。その間、レッスンも一回受けましたが、まだまだ音が取れているとは言えません。曲の構成はおおむね3声で、リズムも変則的なところはありません。テーマははっきりしているし、見たところ、どこも、「これは難しくて弾けないな」というところはないのです。それなのにすごく弾きにくい。どこが難しいのか、わからないから不気味です。ひとつだけ上げるとすれば、54(小指、薬指)のトリルが頻繁に出てきます。私は最初、43、で弾いてましたが、それは時間の無駄、と言われ、54に変えたのですが、やっぱり54は苦手で引きつってます。いくら練習しても54が見事に動くようになるとは思えません。だけど、54のほうが前後に無駄な動きがなく、自然なのでこれをクリアするしかない・・・それ以外はどうして難しいのかわからないけど、すごく難しいです。これが最初のイギリス組曲の挑戦であったならこの1曲で止めてました。だけど、3番のプレリュードも3ヶ月ぐらいかかりました。(もう二度とやりたくないですが・・・)2番のプレリュードは5年ほどの間隔をあけて、再度やってみると前よりは弾けるようになってました。(これはひじょうに面白い)時間がかかるということはわかっているのですがしかし、思った以上に苦労する曲でした。(脱帽・・・・・)しかし、このバッハで苦労しているお蔭か、先週より譜読みを始めたブラームスは、バッハよりはよく読めます。もちろん、譜読みが出来るだけで、仕上げるのにどちらが難しいかはわかりません。ブラームスOp118-2ですが、今回、初めて楽譜に目を通しました。晩年の作品で、曲想が深いだけに、バッハよりも数段苦労するぞ、と思っていました。だけど、読むことだけはましだったみたいです。イギリス組曲が弾けないのはひとえに私の力不足で、なんで、こんな易しいものも弾けないのか?と思っていましたが、本当はバッハは難しいのかもしれません。ブラームスは晩秋の季節に良く合います。この曲をすばらしく感じる、ということは私も年を取ったのでしょう。若いころはまったくブラームスを聞きませんでしたし、聞いてもいいと思わなかったでしょう。今はこの曲がしみじみと心にしみます。あきらめないで、こつこつ練習してみましょう・・・・
2007年10月24日
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郡上八幡で生まれ、今もこの街が全国の需要の多くを握っているのが知る人ぞ知る食品サンプル業です。「飛騨の匠」という言い方をしますが岐阜のこの地方には手の器用な人が多かったのか、家具や調度品をはじめ、日常使う道具や装飾品、紙製品の優れたものがここで生まれています。そのひとつ、食堂などのウィンドウにならぶサンプルは最初はロウで作っていたそうですが、今はプラスチックを使うようになったのだそうです。作っているところも見せてもらいましたがその過程は見ているだけでも面白いものです。また、実際作ってみる体験コースもあります。お土産として、キーホルダーやストラップ、マグネットなどになったありとあらゆる擬似食品が売られていました。本当に、本物そっくりで、どれをお土産にしようか、すごく迷いました。たこ焼きやみたらし団子など、携帯につけておくのは面白いような、ちょっと恥ずかしいような・・・・ ここでサンプルを見て以来、レストランなどのウィンドウをじっと観察するようになりました・・・・
2007年10月10日
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楽天の方が、画像処理が適切に出来るので岐阜の小旅行の模様をこちらにご報告いたします。郡上八幡は岐阜の中部にあり、清流、吉田川を街中に挟み、旅館や商店が並んでいる観光の街です。家の表も裏も清流が流れ、家の前の暗渠の中には鯉などの魚が見えました。街のたたずまいがなんとも風情があり、7日の日曜にはお天気もよく観光客でにぎわってました。街の風景です。 昔の役場や税務署などそのままの建物を今は郷土資料館などにしています。 ここは言うまでもなく、郡上踊りが有名です。夏の時期、徹夜踊りの4日間もありますが、ほとんど毎日踊っているそうです。きのう、「郡上踊り」のビデオを旅館のロビーで見せてもらっていました。すると、「これは私の声だ」と言う人が後ろに現れました。きのうのブログに、「泊まった旅館で郡上踊りの発表会をしている」と書きましたが発表会に加わっていた郡上節の歌い手の先生と、それもビデオにいっぱい映っていた踊りのお師匠さんがそこにいたのです。残念ながら発表会の現場を見せてももらうことは出来ませんでしたが踊り保存会の師匠たちにせめてサインでももらったらよかったか?(なんと、ミーハー・・)と思いました。ぜひ、踊りの時期に来たいものです。踊りの手はそう難しくはありませんが、10種類の曲があります。それらを繰り返し一晩中踊るという熱気の中に入ってみたいものです。さて、ここには日本を代表する産業がありましたが、長くなりましたのでそれはまた、明日に。
2007年10月08日
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岐阜の郡上八幡に来ました。 大阪からは車で約3時間半ぐらいで来られます。 長良川の支流の吉田川が町中に流れ、風情のあるいい街でした。 たまたま泊まった旅館で郡上おどりの唄の発表会をやっていて、賑やかな唄や三味線や太鼓の音を聞くことができました。 街は高山の規模を小さくしたような、観光地で、見て歩くと面白いものをたくさん見つけました。帰ったら見つけた物の写真をアップします。 こじんまりとした旅館で、久々にのんびりした時間をすごしました。
2007年10月07日
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引越しして、楽天の方に書いてないにもかかわらず、毎日アクセスをいただきまして本当にありがとうございます。(ペコリ)(エキサイトよりアクセス多いです・・毎日書いているのに・・エキサイト少ない・・・)楽天の皆様方の暖かいお気持ちに心より感謝いたします。エキサイトではまったくイメチェンしておりますので(かなり、すっきりと、・・・・・はっきり言えば、愛想なく・・・・)見ていただければ大変嬉しく思います。今、東野圭吾ネタを続けていこうとしているところです。仕事が落ち着いてやっと連休が取れるので明日から郡上八幡(岐阜)に行って来ます。川のある美しい町です。以前、一回行ったのですが、通りすがりでゆっくり見られなかったので今度は泊まりで、街を散策したいと思っています。夏に行われる郡上おどりは一回でいいから見たいものです。夏のその時期はいつも仕事が忙しく、行けなくて残念です。それでは、また・・・・・ブラームスを始めたらご報告します。あ、日本語検定が終わった時も。・・・・・って・・・おいおい、引っ越したんじゃないのか・・・?
2007年10月06日
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引っ越したはずのところに書くのおかしいですが番外編です。どうか大目に見てやって・・・・知り合いから写真の花の名前を聞かれました。今、咲いている花です。調べてみたのですが、わかりません。場所は関西。野里で、誰かが育てているというのではなく自然に咲きそろっているものみたいです。ご存知の方がおられましたら教えてください。どうかよろしくお願いいたします。
2007年10月01日
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前回「ラブ・レター」でご紹介したチェ・ミンシク主役の韓国映画「春が来れば」をみました。中学校の吹奏楽を育てる映画らしい、ということでかなり期待して見たのですが・・・・チェ・ミンシク演じるイ・ヒョヌは音楽家として食べていこうと思うがキャバレーで演奏する気にもなれず、しかし、職には行き詰まり、恋人にも逃げられ、田舎の中学校で吹奏楽の指導者を募集しているのを知り、不本意ながらもそれに応募することにする。行った先は、ソウルよりもずっと寒く、貧しい炭鉱の町で音楽をやっている余裕などはなく吹奏楽部は今度の大会で優勝しなければ廃部する、と宣言されていた。それを育てる先生がやってくる、というところは「コーラス」の映画みたいで、炭鉱の町で音楽どころではない、というところは(バレエに置き換えると)「リトル・ダンサー」みたいで、廃部寸前、というところは「ブラス」みたいで・・・いろんな映画が入り混じっているみたいなんですが全部見ると、主題がどこにあるのかはっきりしなくて、もう少し何か、焦点を絞れなかったのか?と残念でした。主役のチェ・ミンシクはひじょうによくやっているし、出てくる中学生、それに絡む家族もとてもいいキャラクターです。それに、中学生の演奏をとってつけたようなみごとな演奏の録音は使わずにそれ相応の(はっきり言って下手な)中学生の演奏でまかなっていたのは偉いです。だけど、はじめ下手なのがだんだん上手くなる、という過程はなく、先生の音楽的な注意も的確ではない。時間が長いわりには、何も解決させない場面が多く、どう考えてもおかしいよ、ということもいっぱい・・・・・だけど、いっぱいの不満だらけの映画なのになんとなく見終わった感じはほのぼのとしています。また韓国の吹奏楽コンクールの状況が垣間見られたのも面白かったです。映画の常道なら、最後にすごく見事な演奏で優勝して終わる、というハッピーエンドの結末を期待しますが、そうではなく、あえて、解決したようなしてないような、見る人に結果を任せる、という方法を使ったのは監督の意図であるように思います。とにかく出演者がすごく良くやっていて、どの人物にも好感が持てる映画であるのは確か。それだけにもう少し主題の方向をはっきりさせた方が良かったのに、と残念に思いました。<1昨日の漢字の答え>1、麒麟・・・・(麒麟は中国の想像上の生き物です。キリンビールの商標を参照。 「麒麟も老いては駑馬にも劣る」という麒麟は「優れた馬」の意味です。 優れた人物も老いるとつまらない人物にまで負けてしまう、という故事で す。2、蟹・・・・蟹、には「虫」が付いています。 蛸(タコ)、蛤(ハマグリ)、浅蜊(あさり)などにも「虫」が付きます 古代中国では同じ海辺の生き物でも「魚」の類のものと、 「虫」の類になるものを分けて考えたのでしょうか? もともと「虫」は「まむし」から来ています。 「蛇」が「むし」の本家本元。今の生物の分類とは違うのですね。さて、突然ですが、半年間、当ブログを続けてまいりましたがこのたび、「エキサイトブログ」に移転することとなりました。今まで、拙いブログにもかかわりませず、お読みいただきましたこと心より感謝いたします。エキサイトで同じく「ネコふんじゃった」というタイトルで10月1日より新装開店いたしますので、もし続けてお読みいただけるなら幸せに存じます。エキサイトの「ネコふんじゃった」へなお、この楽天ブログのほうはこのまま置いておきますので過去ログで、コメントなどありましたら書いていただければお返事は必ずいたしたいと思います。半年間、本当にどうもありがとうございました。またエキサイトのほうでお会いいたします。
2007年09月30日
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きょうは9月終わりとも思えないような強い日差しで気温も30度を越えていました。今年は秋が短く、夏が終わるとすぐに冬が来るような気がします。きょうはレッスンの日。隔週なんですが、2週間などあっという間に経ってしまいます。バッハ、イギリス組曲第2番はサラバンド、ブーレ、ジーグの後半3曲でしたがブーレは上手くいったものの、ジーグはごまかしてます。8分の6の調子が上手くとれず、不十分な出来でしたがまた次に課題を残す、ということでいちおう終わりました。次は、バッハの8分の6を少しでも克服しようとイギリス組曲の5番に挑みます。これもひじょうに手ごわそうです。クラーマー=ビューロー、30番はまったくお話にならず。単純な分散和音のはずの左手が動かず、こんなところにも自分の弱みがあったのか?と確認するだけでした。到底テンポが上がるとは思えませんが、すこしでも弱いところの改善に努めます。モーツァルトは大変、楽しく弾けました。弾いていて楽しいのは久しぶりです。きのう、弦楽五重奏曲を聴きながらモーツァルトのアダージョの雰囲気を味わってみました。アダージョ、というのはベートーベン、モーツァルトの古典派の緩徐楽章にはよく現れますがそのほかの時代のピアノ曲にはあまりありません。ショパンはレントやラルゴは使いますがアダージョはあまり使いません。同じゆっくりしたのでもアダージョには独特の響きがあるように思います。ゆったりと、には違いないのですが、心を癒すような、というか、心のアロママッサージのような効用があります。もちろん、それはいい音楽として聞こえてきた場合に効用があるのであって自分が弾いて人を癒すのにはまだまだ力が足りません。しかし、そんなアダージョを目指したいです。(程遠い・・・)次回も再度、モーツァルトをおさらいをするのですが私はもうひとつぐらいモーツァルトをやってもいいな、と思っていました。でもそんな私の思惑には関係なく、「次、ブラームスやってみいへん?」と先生は言います。意外な展開にぎょぎょっ!ですが私は今まで2~3回、Op、117の2、をやってみようとしたことがあります。でも途中までで断念してます。だけど、今回、気合を入れて、譜読みをしてみようか?という気になってきました。譜読みは完全に、「気合!」です。私みたいに意志の弱い者は「どうしても読まなければならない」というところに自分を追い込まなければなりません。ぐずぐず言っていたら一生ブラームスを弾かずに終わるかもしれないので少しでも体力のあるうちに、やりたい曲の譜読みをしたいと思います。<今日の漢字>(故事、ことわざ)1、キリンも老いては駑馬に劣る。 (このごろはTVでもよく見る、キリンの字。書けるようにしてみましょう)2、カニは甲羅に似せて穴を掘る (どこででも見るカニ、という漢字ですが書くとなればなかなか出ないものです)<1昨日の答え>1、あとずさり(後退り)2、つて(伝)
2007年09月28日
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きのう、友人が「渡哲也と中山美穂が出ているジョージア(缶コーヒー)のCMに使われている音楽は何?」と訊いてきました。私はTVのCMを知らなかったのでネットで見てみるとモーツァルト、交響曲第25番、第1楽章の冒頭の部分が使われてました。25番はト短調ですが、モーツァルトの音楽には短調の物がひじょうに少なく、交響曲では25番と40番の2曲しかなく、どちらもト短調です。ベートーベンのハ短調と同じようにト短調を「宿命の調」といってモーツァルトと結び付けますがそれは後世の人が勝手に考えたものだろうと、私は思います。だけど、25番のようにCMで断片が使われただけでも強いインパクトを与えるのを考えても、モーツァルトの作品のなかでト短調にとびきりの名曲があるのも確かで、ト短調の弦楽五重奏曲、第3番、KV516はいつ聴いても惹き込まれます。弦楽五重奏曲は、今2、3、4番と呼ばれているものが固めて作曲されましたが6曲の注文を受けたが3曲しかできなかったので売れなかった、とか、家計が逼迫していたので、新聞に広告を出してこれらの曲を売り出した、とかこの作曲の動機はいろいろな説があります。特にこの第3番、ト短調の曲は、全体に悲しみの色が満ち溢れていて小林秀夫が「疾走する悲しみ」と呼んだそうですがそれがお父さんの病気の知らせでの悲しみだとか、家計の困窮で世をはかなんでいる、とか解説している文章を読んで、モーツァルトはそんなもので悲しむか?と最初は思ったものです。モーツァルトの心のうちなどわかりません。もちろん、ベートーベンも、シューベルトもわからないけど、中でもモーツァルトは一番遠いところにいる天才で、わかりません。だけど、ひょっとするとやっぱり、この曲を作る時に、そのとき直面していた悲しみや不安が湧き出て、それをそのまま音楽にすると、もはや個人の感情というものではなく、暗い世界の深淵を覗くような悲しみのなかでときおり甘美な夢を見ながらも、さまよい生きる、という果てしなく大きな世界のものに浄化されているのかもしれない・・つまり、人間としての感情は我々のそれと遠くはなくてもそれを表現する手段が、天才の天才たるゆえんで、こんなにも奥の深いものになっているだけではないのか?と思えてきました。この曲の4楽章には始めにアダージョがおかれ、ヴァイオリンが悲しみのアリアを歌い上げます。そのあと、すぐにト長調のロンドに移るのですが、音楽を書いている間に昇華され、現実の悲しみよりも自分の書きたい音楽の世界に入り込んだ感があります。このKV、516は、翌年に書かれたという40番の交響曲とは世界を異にするもので同じト短調というだけで「宿命」などという言葉でひっくくってほしくないなあ、と私などは思うのですが、それでも「ト短調つながり」で25番の缶コーヒーのジョージアからでも、40番からでも、KV、516を聴いてくれる人が一人でも増えれば嬉しく思います。だけど・・・・若い時には見逃してしまう曲かもしれません。いま、しみじみと人生を思いつつこの曲を聴くと、感無量なんですが・・・・(追記)ト短調の弦楽五重奏曲、KV、516、を第4番、と表記していることもあります。しかし、現在では作曲年代順に第2番、ハ長調、KV、515(1787年4月19日)第3番、ト短調、KV、516(1787年5月16日)第4番、ハ短調、(1782年に作曲のものを1787年春、改訂)としているそうです。
2007年09月27日
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下の娘が会社のボーリング大会で優勝したといって帰ってきました。そういえば、ボーリング大会があると言っていました・・・商品にお食事券(変換したら、汚職事件になった・・・)とビール券と洗剤セットにお菓子。私に洗剤セットをくれました・・・(食べられへんやん・・・・)あまり得意な人がいなかったらしいですが最初に170、あと150いくらと140いくら。けっこういい線行きましたね~~家族で行ったら、100も出ないときがあるのにこんなときにいいスコアがでるとは、運のいいやつです・・・そういえば・・・以前、息子も会社のボーリング大会で優勝した、と言って今も、優勝商品の「時計」が、箱に入れたまま、置いてあります。飾っておくにはすごく場所を取る、なんとも実用的でない時計なのでオークションに出そうか?と言ったのですが息子は、それは賞品を出した人に悪い、とか言って押入れに入れてあります。そういえば・・・うちの上の娘の仲間、トーナメントに出てもらってきた商品というのが「肉」であったこともあって夜中にグループの仲間が来て焼いて食べてました。いささか美味でない肉だったとか・・・・それから、同じく商品の「スリムトレーナー」とかいう転がして運動する健康器具。粗大ごみ寸前で、箱がつぶれかけた状態で置いてあります。なんとも役に立たなかった商品たち・・・・そう思うと、まだお食事券はよかったですね・・・・子供たちはベビーカーに乗せてるころからボーリングに連れて行ってました。見てるだけ、だったのが自分もする、と始めたのですが一番下の娘など、フォームも何も関係なしで、やり方を説明しても聞かず、とにかく投げます。もちろん、ガターばっかりです。1ゲームしてもほとんど点数は出ません。それでもやります。ゲーム代が勿体ない、と、どれだけ思ったことか・・・それが何年も続いたように思います。でも、いつのまにか、どの子にも追い越されてました。私は職場のボーリング大会では商品ももらったことがありません。(マージャン大会ではもらった・・・・)先日、敬老の日だったか、90いくつでボーリングをしているおばあさんの話が新聞に出てました。90で好きなことが出来たら幸せでしょうね~~ボーリング、とまではいかなくてもできるだけ長く体を動かすことをしたいですね・・・<きょうの漢字>(表外読み)1、犬に出くわし、思わず後退りした。2、就職のために伝を頼る。<昨日の答え>1、老けこむ年齢ではない2、芋を蒸かして食べる・・・・(蒸して、というのは関西弁でしょうか?)
2007年09月26日
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日本語検定、過去問題の中に「次の熟語と同じ関係のものを選びなさい」というのがあって「週刊誌-雑誌」1、被子植物-種子植物2、石灰岩-火成岩3、梅雨-五月雨4、惑星-地球となっています。答えは1。4、は順序が逆。紛らわしいのは2、で、石灰岩は火成岩ではなく、堆積岩、だそうですが・・・これって、理科の問題じゃないの?と思ってしまいました。私は理科が苦手だから、石の成り立ちなど覚えていませんが日本語検定って、一般常識まで試されるの???とちょっと意外です・・・・まあ、それはともかく・・・・私がいつも気になってる言葉「姑息」が意味を問う問題に出てました!!どちらが正しい使い方か、で、1、あの男はいつも人の欠点ばかりを姑息に探しているやつなんだ。2、問題が起こるごとに姑息に対処していたのでは本質的な解決に結びつかない。のふたつから選ぶんですが、答えは2、です。でも、このごろ、ほとんどの場合1の使い方をされてます。ひきょうというか、あら捜しをする、というか、意地悪な性質に使ったりしますが「姑息」の「姑」は「しばらく」という意味で、確かに「しゅうとめ」とは読みますが意地悪なんて意味はまったくないのです。だけど、イメージがどうしても「意地悪」になるんでしょうか・・・「姑息」は大阪弁で言う「せこい」という意味になってしまってます。正しい意味は「しばらく」とか「とりあえず」「その場しのぎの」なんですがあまりに多く使われていると、そのうち、「姑息」=ずるい、こせこせしている、意地悪な、などの意味で成り立つようになるでしょう。こうやって、使われることで市民権を得ていく誤解の言葉がたくさんあります。それは何十年、何百年、という単位で変わっていくのでたぶん、私たちが今は正しいと教えられている言葉のなかにも本来は誤用であった、とされるものがいっぱいあるのでしょう。国の名前や国際情勢がころころ変わって、社会の先生も大変ですが変わっていく言葉のきまりを教える国語の先生も大変ですね・・・・<今日の漢字>(同音異義語)(季節によく合うものを・・・)1、ふけこむ年齢ではない2、芋をふかして食べる<昨日の答え>1、外套(コートのこと)・・・・套、という字は難しいですね。 常套手段、というのもこれを使います。2、街頭(演説)・・・これは先日選挙があったのでおなじみですね。3、該当(する)・・・当てはまる、の意。
2007年09月25日
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1948年のミュージカル映画ですがさまざまな話題のある、特筆すべき事項の多い映画ですねぇ~~まず、主役の「ドン役」は最初、ジーン・ケリーで、それに合わせて台本も書かれていたのに骨折したため、急遽、フレッド・アステアに白羽の矢が立った・・・しかし、アステアは2年前に引退を表明しており、しかも48歳という年齢は相手役のジュディ・ガーランドと歳が離れすぎていると脚本のシドニー・シェルダンは強く反対したらしいです。しかし、後、自分が間違いだった、とシェルダンは語っています。2年のブランクや、年の差を不思議に感じさせないほどアステアのダンスは見事でした。そして、監督にはビンセント・ミネリを予定していたけど、そのときすでにジュディ・ガーランドとの仲は最悪で、ジュディは情緒障害と薬物依存症の治療を受けて退院したばかり。彼が監督ではジュディの健康が再び損なわれる、と監督はチャールズ・ウォルターズに変更。そして、ジュディもあまり健康状態のすぐれない中でこの映画を撮ったそうですがしかし、ジュディの魅力は120%ぐらい発揮された映画だと思います。アステアは超一流のダンサーで、この映画の中の最初の見せ所、いろいろなドラムをおもちゃにしながら唄い踊るナンバーでファンの目を釘付けにします。だけど、やっぱり年の差はちょっとひっかかって「マイ・フェア・レディ」のヒギンズとイライザを連想させます。もっとも、アステアの役のドンが新人スターを発掘する、という話ですので、「マイ・フェア・レディ」とかぶってもいいのですけど・・でも、なんか、この映画を最後まで見たらいろんな意味でジュディ・ガーランドのほうが芸の幅が広いな、という気がするのです。見出されてすぐにショーに出た際、ステップが遅れたり、衣装のストールがアステアの顔にかかってしまって失敗ばかりのダンスをするのですがこの間の悪さもすごく上手くなければできないこと。そして、成功するショーの中で「二人の名士」というアステアとジュディとが浮浪者に扮し、こっけいなダンスをする場面があります。ジュディはこういうのがお得意で、メイクも喜んで作りました。しかし、アステアはいつもカッコイイダンスばかりをしているのでこういう3枚目に徹した役はどうにも照れがあります。ボーナストラックの中で、アステアの娘さんがこの場面について述べてましたが最初は、このこっけいなメイクもなかなか出来なかったのだそうです。普段見ることが出来ない、一見の価値のあるアステアの浮浪者役ですがここはどう見てもジュディにリードされてますね・・・・どのナンバーもとてもいい出来で、私はアステアがしたほうが、ジーン・ケリーよりずっと似合ってると思うのですが、しかし、ラストの話の運びがちょっと説得力がなくて残念な気がします。それもジュディが気に入らなくて書き直してこれで、直す前のものはもっとひどかったです。ラストがよければこの映画、満点にしてもよかったのですが話の運びに不満なため、7点。イースター、というのは日本ではあまり知られてないと思うのですがそれに集う貴婦人たちの帽子のファッションも楽しめます。それから、ナンバーの途中、バックのダンスはそのままで、アステアのダンスだけをスローで送る映像も特筆すべきものです。スローで見ても完璧な身のこなしです。すごいダンサーですね~~見所のひじょうに多い映画でした。(映画とあまりに世界が違うので恐縮ですが)<今日の漢字>(同音異義語)1、防寒用にガイトウを羽織る。2、雨の中でガイトウ演説を聞いた。3、下記の条件に十分ガイトウしている。(ガイトウ、というのは検定にはよく出ます。特に、3、は覚えてほしい漢字です)<1昨日の答え>1、拳骨(ゲンコツ)・・・・この熟語ではゲンコツ、ですが 「拳闘」「拳銃」「拳法」などは「ケン」です。2、孜孜(シシ)として・・・「孜」は「つとめはげむ、の意」 ずっと以前の首相は「羽田孜(つとむ)」でしたよね?
2007年09月24日
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私の弟夫婦は花屋をやってますが最近弟たちの仕事をじっくりと見ることがなかったのですが先日帰省した際、店の中をゆっくり見てまわりました。花の鉢物に混じって店内にケーキがおいてあります。 実においしそうに見えるのですがこれがプリザーブドフラワーというもので、本物の花を加工した材料を使うのだそうです。ですが、オーガニックや着色料などを吸わせた特別な加工をしてあるので、3年~5年くらい今のままの花色を保てる事もあって、インテリアとしてその地位を得るようになってきているものらしいです。また、生花と同じような質感があることから、造花にはない柔らかさと自然な美しさが楽しめ、今、人気上昇中の商品だそうです。価格はけっこう高価なものに思っていましたがその材料を作る手間隙を考えるとしかたないように思います。なかなか面白そうなので、友達の誕生日に送ってもらうよう、頼みました。色や形もケーキ型、ハート型、などいろいろに指定できます。バラの花が乗っているバースディケーキを思い出し、白を基調にライトピンクで作ってもらったのが下の画像です。 「まるで少女の時の誕生日のよう!」と同い年の友達がすごく喜んでくれました。すごくおいしそうで、私は食べられるものの方が嬉しいのですがでも、これだと減らないし、いつまでも飾ってもらえます。生花の魅力には勝てないかもしれませんが生花がいくらも持たない暑い夏に花を楽しむのはこの方法もいいかも・・?
2007年09月23日
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娘に「ブロッコリーの数え方は?」と問題を出されて「玉」とか「節」とかいろいろ言いましたが当たらなかったです。正解は「株」で、答えを聞くと、なあ~~~んだ、というか、なるほど、というか・・・じゃあ、教会は?う~~~ん、これもわからなかったです。答えは「堂」。(ただし、ひとつ、ふたつ、・・・・とか、1教会、2教会、でもいいそうです)娘ごときに、TVで知って出された問題でわからなかったのはくやしい~~~というわけで買ったのが「数え方の事典」 英語にも数え方はいろいろあるとは思うのですが日本語ほど数え方のバラエティがある言語はないと思います。これも漢字があるからでしょう・・・・(中国語はどうなんでしょ?)いやぁ~~~本当にいろいろな数え方があるもんですね。でも、多くは古い言い回しで難しい数え方があるので今は、単純に「ひとつ、ふたつ」とか、長いものは本、薄いものは枚、固体は個、動物は匹、など、見た目そのもので数えているのではないでしょうか?正式なところを知っておくのはいいですが、そのほうが通じなくなっているかもしれません。それでも、面白いと思ったのは動物の場合、人間より小さいものは「匹」、大きいものは「頭」。犬でも大きいものは「頭」と数えるみたいです。また、盲導犬、救助犬、麻薬捜査犬、など訓練を受けているものは「頭」と数えるそうです。よく、眠れない時に「羊が一匹、羊が2匹・・・・」と数えますがあれは小さい羊をイメージしているんですね・・・羊も大きいものは「頭」になるそうです。あまり大きい羊が走ってきたら、よけい眠れなくなりますね。もっと面白いと思ったのは魚介類で、生きている時は「匹」で数え、釣りの獲物や商店に置かれると「尾」になるそうです。そして、細長いものは「本」で平べったいものは「枚」で、また貝は形に応じて「個」であったり「枚」であったりするそうです。そういえば、アサリやハマグリは「個」ですがホタテは「枚」と言いませんか?また、イカはその形が「水を入れる器(壺みたいなものですかね?)」に似ていることから「杯」と呼ばれるようになりました。同じように「タコ」「カニ」も「杯」で呼ばれます。乗り物は、原則として道路を走るものは「台」線路を走るものは「両」飛ぶものは「機」設置されているもの(たとえば、エレベーターなど)は「基」というのは言われてみるとそうですよね。古い道具、建物などには独特の数え方があってこれは漢字も難しいです。(検定に出たような気もする・・・)また専門分野の独特な数え方もあります。「丁」というのはいろいろな意味がありますが中に「良い時期の盛んな様子を表す」と意味があるそうで、それで「ラーメン、1丁!」という数え方はお客さんが言うのではなく、注文を受けた方が景気づけをするために使う言葉のようです。「1丁、やったろか」というのも同じ意味。「ふんどし1丁」というのも身に着けているのはこれだけ、というのを強調して、威勢のいいのをあらわすのに使われています。たかが物の単位ですが、日本語の特徴があらわれているようで、まことに面白い世界です。<今日の漢字>(音読みの読み)1、思わず拳骨を振り上げる2、学生時代は孜孜として勉強した<昨日の答え>1、詮索(せんさく)・詮(しら)べる2、破綻(はたん)・綻(ほころ)びる
2007年09月21日
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第2回の試験日は来月、10月27日だそうで、そんなに短期間では勉強できないだろうと思っていましたが次の実施日が来年の6月なので、それは遠すぎるし、受けたい、という気持ちも萎えてしまいそうで、とりあえず、来月の検定を受けることにしました。きょうもネットで「日本語検定」に関するサイトを訪ねてみましたが「言葉そのものが移りゆく社会の中で、今、正しいとされる日本語を学ぶ必要があるのか?」と疑問視するブログに私も同じようなことは考えます。だいたい、今の世の中では「正しい日本語」についてなどごちゃごちゃ言ってるといやな人間に思われそうです。それに正しいものを勉強したとしても、言葉、というものは流動的で、明日になれば昨日間違いだったものも間違いではなくなる可能性もあります。なんとなく、しり込みするところはあるのですが、しかし、いったん受けると決めて、もう受検料も払ってしまったので受けます。それで、試験問題集など買ってきたのですが、内容は大きく分けて敬語、かなづかい(「ず」と「づ」のちがいとか、送りがなとか、文法)言葉の意味(漢字、慣用句、ことわざなどの意味)の3つに分かれているみたいです。敬語の問題を見たときには頭が痛くなりそうでした。でも、人間関係の上下を掴んで、どちらのことを言っているか?というのを理解すればどうにかなりそうです。「召し上がる」「いただく」「お食べになる」など誰の動作かを見極めると解決しそうです。文法は動詞の5段活用とか、上2段活用とか、そんなものを中学校の時習いました。十分把握してる、とはとてもいえません。それでも思い出せばいいのですが日本語で一番厄介なものは「助詞」じゃないでしょうか?助詞と連体詞の区別も忘れている~~~あと、言葉の意味、というのは膨大な言葉があるのでこれは勉強のしようがありません。国語辞典を片っ端から覚えるわけにもいかないし、せめて本や何かで目に付いた言葉を辞書で調べる以外にありませんね。結構、日ごろまちがって使っているような気がします。手紙の文章とか、文章つくりは苦手です。・・・・これはなかなか大変だワ~~~<今日の漢字>(音読みと訓読み)1、詮索・詮べる2、破綻・綻びるどちらも訓読みが難しいですね。<昨日の答え>1、周(あまね)く知られている2、濃(こま)やかなお心遣い
2007年09月20日
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日本語検定なるものがあったのを知りませんでした。今年の6月に第1回が実施されたそうなのでまだ始まったばかりのようです。内容は、敬語、文法、語彙、言葉の意味、漢字、表記から出されるようで、問題集もまだ見たことないのですが大いに興味があります。最近、TVのアナウンサーでもおかしいな、という言葉の言い回しをしているのを聞きますが、では、それが本当にまちがいなのか?じゃあ、自分はすべてに正しい言葉遣いをしているのか?というと、全く自信はありません。なんとなくニュアンスが今まで自分が聞き覚えていたのとちがうぞ・・・というぐらいを感じるのですが、そもそも言葉なんかは人とのコミュニケーションの手段なのですから正しい、正しくないよりは、意味が通じればいいものです。今、まちがっている、と思われる「全然」のあと、否定が来ない言い方、つまり、「全然おいしい」とか「全然大丈夫」とかいう言い方もまもなく、間違いではない、と言われるようになるのではないでしょうか?(言われるたびに、そりゃちがうだろ?というにも飽きました・・・・)じゃあ、何を目的に日本語検定など受けようと思っているのか?といえば・・・・今の時点で何を正解とするかを知りたいです。敬語の使い方などは、私も会社勤めをしていないものですから自己流でしか使えません。一度は、世間で正しいと言う敬語の使い方を習いたいです。きょうも国語の教師をしている友人から国語を教えるのがひじょうに難しくなっている、何を基準に教えたらいいのか、すごく迷う、という手紙をもらいました。正しい、正しくないなどどうでもいい、という風潮が難しくしている原因だと思うのですが今、国語教育は本当に難しいところに来ているように思います。日本語検定の受験者が第一回、全国で20000人という人数を見ても「学ぼう」という人は少ないですよね・・・・・マイナーな分野であることには間違いないですが・・・・私には「暮らしの中に見つけた楽しみ」に思えてきました。このごろ錆び付き始めた頭をちょっと回転させるためにも検定の勉強を始めてみますか・・・・・<今日の漢字>(表外読み、いきます)1、全国に周く知られている。2、濃やかなお心づかいをいただきました。<前回の答え>1、けんか・・・・喧嘩(どちらの字も訓読みは「かまびす(しい)」です)2、ろうそく・・・蝋燭(ろう、の字、略字しか表記することが出来ません・・・困っ た・・・)
2007年09月19日
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とタイトルには書いたのですが、こういう質問をされただけのことで、答えは期待しないでくださいね。「この漢字が読めなかったのですが、だけど、『捗』を『チョク』っていう読み方はいったいどこから出てきたのか?」っていう質問です。私は決して漢字博士ではないのでこういう質問に正確に答えられるわけはないのですが・・・・それでも、いちおう、調べてみました。「捗」の字の中には「歩」という部分がありますのでこれを「ホ」とよむ読み方もなくはないのです。でも普通「チョク」と読むほうが多いです。「ホ」の音がどうして「チョク」になったのかはどの辞典にも載っていません。「字統」という漢字の成り立ちを書いている辞典なら書いてあるかもしれません。だいたい、形(字の成り立ち)のことは研究してる本がたくさんありますが、音のことは複雑すぎるというか、どうしてこの音になったか、わからないところが多すぎてまとめることが出来ないのだと思います。ある辞書からの引用ですが・・・。「字音は中国でも歴史的な変遷をし、また地域差を生じた。その後日本に入ったとされる字音は、もちろん中国語そのままではなく、またそれが中国のどの地域からどんな経路で来たかによって、必ずしも一系統の組織を持つとはいえない。」だから中途半端に同属のものが同じ音になり、違うものも混じる、という感じになっているんだと思います。漢字のテストでわからないときは部首でない方の読みで半分以上当たるから。と子供に教えてきましたが、6~7割はこれでいけるんです。常用漢字はわりと規則に従ったものが多いのですが準1級、1級の検定に出る漢字(いわゆるJIS第1、第2水準と呼ばれるもの)になるとその規則が外れるものが多いのです。「頓挫」は「屯田兵」の「とん」と「座席」の「ざ」から連想して「とんざ」「雅馴」は「優雅」の「が」と「順番」の「じゅん」から連想して「がじゅん」「糊塗」は「湖」の「こ」と「途中」の「と」から連想して「こと」など・・・・こういうのはうまくいきましたね。しかし、「畢」「禿」「彊」など、連想したくてもどの部分の読み方も知らないとか「耽読」は「ちんどく」ではなく「たんどく」「紛擾」は「ふんゆう」ではなく「ふんじょう」とか、知っている漢字の音を当てはめても違っているものが多くなります。もちろん、覚えてもらわないとしかたないのですが、それでも漢字は規則に則ったものもありますのでまったくお手上げ、という漢字の読みが検定で出た場合には知っているものから連想して当てはめて読むと(準1級、1級の場合)当たる確率は3割ぐらいはあります。普通の学校の試験なら5割はあります。試してみてください。
2007年09月18日
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きのうは用があって四国の実家に行って来たのですがむこうは雨とはいえかなり涼しかったです。夜遅くに大阪に帰ると、すごく蒸し暑い・・・・やっぱり大阪は暑いところですね。おまけに今日は朝から陽射がきつく、35度にもなる暑さで、疲れも出て、家事をする気力もなくぐったりでした。夕方、やっと重い腰を上げて、じゃあ、ジムにでも行こうか?と準備をして行ったのですが、日・祝は7時までの営業だったのをすっかり忘れていて、門前払い。またいっそう気力も萎えて、だらだらした1日となりました。さて・・・・少し前から、息子が仕事先に頼まれた、と言って日経MJという新聞が入るようになりました。経済の専門紙では見てもわからないだろう、と、最初は放ってあったのですがあるとき、よく見てみると、店の情報やら、新製品の紹介やら、と生活情報満載の新聞で、日常に役に立つことがいっぱい載っているのに気がつきました。きょうは「ブームの予感」というところに「ビリー」の次は「ズンバ」だ、というラテンのリズムでやるフィットネス運動の記事が取り上げられ、日本上陸も間近らしいのですが、ブームの前に情報を得ておくのはちょっと嬉しい気がします。そして、新製品紹介の「この一品」というところに学都仙台発、学習応援グッズ「秀才文具パック」といういかにも私が飛びつきそうな記事もありました。内容は、ザラ紙(むかし、ワラバン紙、とも言ってましたが)100枚、鉛筆、鉛筆削り、鉛筆補助器具、消しゴム、それに「秀才への道3か条」という東北大学教授が考案したという勉強の心得が書かれた下敷き、これらがセットになって1780円なのだそうです。う~~~ん、これらはホームセンターで買えばそんなにしないもんじゃないの?という感じで、やっぱり「秀才への3か条」に価値があるんでしょうね?でも、このセットの売り文句「何度も書いて覚える」というのはそのとおりです。同じ漢字ばかりを10も20もノートに書かされ、うんざりした人も多いと思いますが繰り返し書いて覚える、というのは覚える方法の中では一番効果があると思います。しかし、価格が高く・・・・・・・・・これはパスするとして注目したのは、下の写真の歯ブラシです。 ローラー状のブラシが回転して汚れを落とす。ブラシには約16800本もの超極細毛を植毛し、転がすだけで歯垢を除去し、歯茎をマッサージして血行を促す、と宣伝文句に書いてあります。ネットで調べるとローラーだけの、家庭用のもの、390円ぐらいから携帯用に折り曲げられるもの(462円)また、介護用、入れ歯用のハイブリッドと呼ばれるもの(1800円)電動式のもの(3000円)といろんな種類があります。このごろ特に「歯」の衰えが気になってしかたがない私はさっそく注文して使ってみることにしました。今まで(普通の、ブラウンの)電動も使ったことがありますが元の価格も高いし、替えのブラシも高いです。それでも10年近く使ってきましたが動かなくなって、何かいいものがないか?と探していたところでしたのでこれを使ってみます。しばらく使ってから商品をレポートしたいと思います。<今日の漢字>(もう1日、ことわざ、いきます)1、夫婦げんかは犬も食わない2、ろうそくは身を減らして人を照らす(きょうは、日ごろよく耳にするけんか、ろうそく、という漢字を出題しました。どちらもたいていの人は読めるでしょうが書くのは結構難しいです。特にろうそくの「ろう」は難しいです)<1昨日の答え>1、瓢箪・・・・ネットでは簡略文字しか出ないので困ります・・・ 「箪」は正しい字はたけかんむりの下に口が二つ入ります。 たぶん、検定ではこの簡略文字では正解とみなされないと思います。2、楊枝・・・・これは難しい漢字ではないですが忘れやすいです。 「楊」の字は右側、「易」に見えるかもしれませんが そうではなく、「日」の下「一」があり「勿」です。 「やなぎ」という意味です。 「楊貴妃」もこの字を使いますね。 「枝」は「子」でもいいです。
2007年09月17日
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バッハやモーツァルトはまったくペダルなしで弾いてもかまわないと思います。モーツァルト弾きのピリスを聴いたとき、あまりペダルを使わず、手だけで音をつなげていき、ペダルなしのレガートの美しさに感心しました。だけど、たいていの人はモーツァルトではひじょうに小刻みなペダルを使っているようです。私はある時期まで、ペダル、というのは音を繋げる(残す?)ため、とばかり思っていました。ペダルで音を作る、とわかったのは、(恥ずかしながら)最近になってからです。うちの妹など、ピアノの先生に「ペダルは耳で踏みなさい」といわれ、「ペダルに耳が届きませんが・・・・」と言ったそうです。(勿論、冗談です)「耳で踏む」という言い方もできるでしょうね。私は今の先生について、すべて一から叩きなおされた気がしますが「あんた、何が悪いといって、ペダルが一番悪いわ!」と叱られました。音の頭を全部ペダルでつぶしている、と言われました。それは踏むタイミングが悪いのと、音を聞いてないからです。それから、ペダルを踏むことに重点を置いた曲をいくつもやらされました。踏む深さも「ハーフ」とか「4分の一」とか教えてもらいました。モーツァルトではフルの深さまで踏むことはありません。今頃になって、やっと「ペダルで音を作る」ということがわかってきたように思います。単純に踏む、踏まない、だけで音色を変えることも出来ます。 たとえば、写真の楽譜はモーツァルト、KV、310イ短調ソナタ、3楽章のイ長調のあとに最初の部分が戻ってくるところですが、ここにペダルの記号が入れられています。3楽章の冒頭にはペダルは使いません。この楽章は「遠くから何かがやってくる」という感じで始まりたいです。そして、再現部にあたるもう一度最初と全く同じメロディが現れるところは今度はちょっとペダルを使えば、「ちゃんとそこに居て、しっかりメロディを奏でる」という感じになります。モーツァルトでは出てくるたびに表現を変えることを「可」とする演奏の仕方があります。もちろん、出てくるとき、まったく同じに弾いてもいいのです。変えなければならない、ということはありませんが、でも、繰り返しがあれば、強弱や発想を変えるのはおもしろいかな?とイヤミにならない程度にバッハやモーツァルトでは採用することにしています。そのときにペダルは役に立ちます。ホロヴィッツのモーツァルトなどはかなりペダルを多用します。が、ペダルでモーツァルトの音が損なわれることはありません。ピリスみたいにペダルなしで美しいのもあればペダルで音を作るモーツァルトの世界もあります。<今日の漢字>(故事、ことわざの漢字)1、ヒョウタンから駒が出る2、武士は食わねど高ヨウジ<1昨日の答え>1、徒(いたづら)に時が過ぎてゆく。 徒はとても意味の多い字です。 かち(乗り物に乗らず、歩く)=徒歩など、むなしい(何も使わずに)=徒手など いたづらに、むだ=徒労など、ただに、(限定を表す) なかま、ともがら=生徒、徒党など、労役=徒役など・・・2、老後を約(つづま)やかに暮らす つづまやか=質素に、という意味
2007年09月15日
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いきなり楽譜で失礼しますが最初の出だし、ペダルなしで楽譜どおりに弾くとちょっとぱさぱさした感じになってしまうのですがほんの少しペダルをつけるか、小節の最初の音をちょっと残すようにすればしっとりとした感じになります。私の考える「牧歌風」でいい、と先生も言われました。小節ごとにスラーがありますがこれは弦でいうボウイングですので4小節は一息に行った方がいいと思います。四分音符=138、というのは私が考えたテンポですが本当はもう少し速いと思うのですが、私はこれで行きたいです。 (写真が見難くてすみません。フォトで加工したらこんなふうになってしまいました・・・)12小節、3拍目から(「がついているところ)は第2主題への長い移行部になりますが、ここは最初のへ長調のちょっとこもった感じのメロディが開放されたように明るい音色で弾きます。この部分は「魔笛」を思い出しますね。この部分の四分音符には全音の楽譜にはスタカートがついていたように思いますがヘンレ版では何もついていません。私はモーツァルトのソナタでは記号のないほとんどの四分音符はノンレガートで弾いています。が、自分ではノンレガートのつもりでしたがどれも押さえつけたような音で全体を重くしてました。先生はこの部分の四分音符を手を払うように(つまり、ネコの手みたいに・・・?)弾いていましたがそれもおもしろいな、と思いました。スタカートはないのですから切りすぎる(はねすぎる)のはダメだと思いますが軽く聞こえる曲想で四分音符を弾かなければならないと思います。それから、前にもブログに書いたように思うのですが右手がメロディをしている時の左手が音量は控えても、たとえ分散和音であっても、はっきりと意思を持って弾かなければならない、とまた注意されました。(最初の出だしもそれに当たります)それと、各部分、右手と左手の音量のバランスもよく考えなければいけません。伴奏部であるのに大きかったり、また、私はたまに右と左、どちらを大きくするかを考え違いしている時があります。本来隠れているはずの内声部を強調する、というのはグールドなんかはよくやりますがモーツァルトでは正攻法で声部のバランスを考えた方がいいと思います。モーツァルトは聞く人が気持ちよく聞けることが第一だと思うのです。とすれば、素直に音楽を進めていくのが聞く人の耳に快いはずです。グールドのテンポや曲想の極端さは天才だけが出来る技と思います。ということで、おおざっぱにKV、332、1楽章で受けた注意を書き上げてみました。直された箇所はありますがおおむね、気持ちよく聞けたモーツァルトだった、ということで、1楽章は1回でクリアしました次、2楽章、3楽章、って言われたけど、両方出来るはずない・・・
2007年09月14日
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待ちに待っていないレッスン日がいよいよ明日になりました。発表会から1ヶ月もありましたが間が開いたからといってよく練習できた、とは決していえません。長く開いたから緊張が足りないというのもあるし、忙しくて時間が取れなかった、というのもありますが何を言っても言い訳ですぅ・・・・あ~~~それでもあまりにも出来てないので聞いてもらうのが申し訳ないです。でも、聞いてもらわないと全く前には進めませんので行ってきます。バッハ、イギリス組曲は、やっぱりフランス組曲よりも弾きにくいです。アルゲリッチの弾くのを聞いていると小気味よく、ずんずん前に進めますが私の弾く音は進行を妨げるような音です。アルマンド、クーラント、サラバンド、二つのブーレそして終曲のジーグですが、このジーグが特に弾けません。ほかの作曲家の曲では8分の6というのは結構好きな拍子です。ですが、バッハの8分の6はどうも苦手です。バッハではフランス風序曲をどうしても弾きたいのですが、これが8分の6です。ですから、なんとか8分の6を克服しなければ・・・。クラーマー=ビューロー練習曲の30番も出来てないのに持って行きます。全音の楽譜のそれぞれの曲に注意書きがあり、(ビューローが書いているのでしょうか?)よく、「ゆっくり弾いても何の成果も上がらない」ということを書いています。確かにこの曲集で指示されたテンポはツェルニーほど天文学的数字ではありませんが私はとても無理なものが多いです。ゆっくりしか弾けない者はこれをやってもムダなのか?とときどき情けなくなります。曲はモーツァルトのソナタ、KV、332の1楽章で、これはレッスンを受けるのも2回目なのですが、モーツァルトはどのソナタも音の迷いがちょっとだけですが少なくなりました。こう弾きたい、という音の理想はフォルテピアノの音色にあります。モーツァルトは変化球ではなく、直球で勝負しないといけません。昔、モーツァルトを弾く時、「可愛らしく、きれいな音で弾かなければならない」というヘンな意識がありました。鍵盤にそっとさわるような、魂の抜けたモーツァルトだったように思います。モーツァルトを気風よく、生気を持って弾かなければならない、と当たり前のことを知ったのは最近になってからです。今、ほんの少しですが自分の思うモーツァルトの音に近づいたのは嬉しく思います。KV、332の1楽章も指捌きの不完全なところがあります。が、1回目の時よりもずっといきいきと弾けるようになった気はします。その「生気」がちゃんと伝わるかどうか、・・・・行ってきます・・・・<今日の漢字>(訓読みの読み、表外読みです)1、徒に時が過ぎてゆく。2、老後を約やかに暮らす。<きのうの答え>1、上梓(じょうし)・・・梓(あずさ)は木の名前ですが、 梓がよく版木に使われることから出版、の意に用いられます2、碩学(せきがく)・・・碩(セキ)の頁の部分は頭を表します。 頭が石のように充実している、ということで「大きい」の意 大きい、すぐれている、りっぱ。 名前に使われるときは「すぐる」など。
2007年09月13日
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ミニシアター系ですが、評判が高かったのでどうしても見たい映画でした。こういう映画があると、邦画も捨てたものではないな、と思います。(どちらかいえば、大劇場でやっている邦画にはダメが多いですが・・・)脚本、監督は西川美和。最近は川瀬直美もそうですが、名前を残した大監督と言われる人たちよりもこういう小さい世界での心理を描く映画を撮っている地味な監督さんのほうがずっと実力があるように思います。(あらすじ)東京でカメラマンとして活躍し、奔放に、カッコよく行動する次男、猛(タケル)(オダギリジョー)。郷里で、家業のガソリンスタンドを継ぎ、独身で、真面目にもくもくと働く長男、稔(香川照之)。性格は違っても、見た目には仲のいい兄弟だった。母の一周忌の法事で顔を合わし、父と折り合いの悪い次男との間をとりもつ優しい兄だった。稔はおさななじみで、今はガソリンスタンドで雇っている智恵子に好意を持っていたが、言い出せずにいた。猛は久しぶりに会ったその日、昔、自分に思いを寄せていたらしいのを利用して関係を持つ。翌日、3人は渓谷にドライブに行く。猛にすがろうとする智恵子と智恵子から逃げたがっているような猛。やたらとはしゃいでいる稔。複雑な心境ですごすうち、智恵子がつり橋から転落する。智恵子のそばにいたのは稔。猛は離れたところにいた。後半は殺人の容疑で逮捕された稔の裁判劇になります。事実は、推定のまま、いくつかの映像が流れますがどれが真実かはわかりません。弁護士と検察の質問が進むうちに、状況も、二人の心も揺れていきます。都会と郷里で離れている兄弟。その父と、今は弁護士をしている伯父にも過去の確執があります。智恵子の兄弟への気持ち、そして兄弟自身のお互いへの気持ち、裁判の行方、何もかもが不確かで、ゆれています。智恵子が落ちたつり橋はいろいろなものを隔てる橋でそれもゆれる橋です。映画は見る側にさまざまな考えを起こさせ、困惑させますが見ている間中、香川照之とオダギリジョーの演技に見入ってしまいます。オダギリジョーもいいのですが、実直な、不器用な兄を演じる香川照之の演技は秀逸です。でも、何が本当か、どれが本心なのかは演技では出しません。たぶん、人は、だれでも複雑な「肉親の情」を持ち、家業や親の面倒を見る、という長男のしがらみやお互いの才能と性格への嫉妬、女性を挟んでの葛藤、など、それは自分でもどう割り切っていいものかわからないものなのでしょう。 そういう複雑さを香川照之はよく表しています。最後の場面、普通に考えれば光明が見えるのですが、わかりやすい弟(オダギリジョー)に比べて実直善良の下に何かを押し込めている兄(香川照之)の心理は複雑で、この人たちの葛藤が決して終わらないことを予感させてくれます。見終わった後もずっと揺れている感覚を人に残すほど重い印象を与える作品で、脚本も役者も本当に上手いです。当分、この映画に心が占められます。カンヌ映画祭参加作品で日本の中では数々の映画賞を受賞しました。ただ、木村祐一のわざとらしい演技はちょっと浮いてたなあ(好き好きですが)他は父の伊武 雅刀、その兄であり、弁護士である伯父に蟹江敬三もひじょうによかったです。見事な映画を見せてもらいました・・・・・<今日の漢字>(音読みの読み)1、処女作を上梓した2、彼は古代史の碩学だ<1昨日の答え>1、計量器の度めもりを正確に読む2、長寿の祖母に肖あやかりたいものだ
2007年09月12日
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浅田次郎の「鉄道員(ぽっぽや)」をやっと読みました。浅田次郎はこれを書く前、1年半をかけて「蒼穹の昴」を書き上げ、長編の間に衰えてしまったもの、つまり短編での鋭利な発想とかムダのない文章をたくさん書いて、鍛えなおそう、と思ったそうでそのとき書かれたものが「鉄道員」だったそうです。文庫本の「鉄道員」には8編の短編が集められていますが「鍛えなおそう」の意気込みどおり、短い中に人の半生が凝縮された佳品ばかりです。長編ではなく、短編の「鉄道員」で直木賞を獲得したのも、浅田次郎の真髄は短編にある、ということかもしれません。「鉄道員」を読み終え、次の作品は「ラブレター」だったのですがこれを2~3ページ読んだところで、これがずっと前に見た韓国映画の原作だったことに気がつきました。全然知らずに見ていました。調べるとこれは日本で先に映画になったそうでそれも調べてみたのですが、その情報はどこにもありません。近年、日本人の原作を日本で映画にし、韓国でリメイクする、という作品が多いですがだいたいは韓国作品のほうが目立っているようです。この映画もたぶん、韓国作品の方が健闘している、と思います。主役の中井貴一よりも韓国のチェ・ミンシクのほうがずっと似合っているからでしょう。チンピラのガンジェはつまらぬことでパクられていましたが、釈放された日に妻が死んだことを知らされます。妻とは言っても(映画では)一度ちらっとだけ見た女で、以前、報酬をもらって戸籍を貸して、不法滞在の中国人、白蘭(パイラン)と結婚していたことを思い出します。それで、またヤクザの親分に頼まれ、白蘭の葬式をするため白蘭の働いていたところに行きます。面倒だとは思いながら行ったものの、そこで自分に当てた手紙を読み、お金で結婚したのに、見ず知らずの自分への好意や、薄幸でありながらも健気に生きた白蘭の人生を思い、号泣します。そして自分のつまらなかった人生を整理し、故郷でやり直す決心をします。(原作では、死亡手続きに警察に行って、不法滞在で、わけありの死亡というのに簡単に済ませてしまう現状を目の当たりにして、面倒だと思いながらやってきたことも忘れ、怒ります。そういうことが、現実に多く、警察でも事なかれ主義なのでしょう。)原作はここで終わっています。が、韓国映画ではまだその後一ひねりあります。後味は悪くなるのですが、なおいっそう、下層階級の暮らしぶりを表しているのがいかにも韓国らしいのではないでしょうか?映画の完成度は「いまいち」の感じなのですが映画に引き込まれるのは、ひとえにチェ・ミンシクの熱演によります。この人の映画は途中からどんどんエキサイトしてくるのです。この人は本当にいろんな役をやりますがヤクザでも、やる気なしのサラリーマンでも、何でも来い、の人です。あまりに役にはまってしまって怖い時もありますがこのチンピラ役はチェ・ミンシクの代表作といってもいいと思います。また、薄幸の中国人を演じたセシリア・チャンはなんとも可憐で、たどたどしい韓国語で書いた手紙には誰も泣かされることでしょう。 映画もさることながら浅田次郎の「鉄道員」に納められた8編、どれも本当に傑作です。(今日は長くなりましたので漢字、お休み・・・)
2007年09月11日
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きょう、急に催促された仕事があり、9時ごろまでやってました。そろそろ帰ろうかな?と思ったとき、機械からヘンな商品が・・・機械の故障です。その機械が止まると困ることもあっておっちゃんは修理を始めましたが、長くなりそうで、私は先に帰ってきました。11時を過ぎた現在もおっちゃんはまだやっています・・・・きょうは遅く帰っても、きのう出掛ける前に鍋いっぱいに作り置きしたカレーがあるから大丈夫、と思っていたのですが、帰って見ると鍋の底に少し残っているだけ。「どんだけ~~?」って言いたいですが、作ったものがいつまでも鍋いっぱい残っているよりはいいとしましょう・・・きのうは冷蔵庫の整理も兼ねて作りましたが豚バラのブロックはまあ、普通。かぼちゃも普通・・・?ですが、・・・・ジャガイモに混ぜてサツマイモも使いました。食べるまではもちろん、わかりません。食べる時もジャガイモと思って口に入れると「これはナニ?」と戸惑う食感。サツマイモの食感って独特ですね。なかなか個性的な食感。ジャガイモを全部サツマイモに入れ替えるようなことはできませんがジャガイモが足りない時、またはサツマイモが転がっている時は利用できます。ナンキン(かぼちゃ)もイモの代用ですがこれは皮がついてないところは溶けますのでナンキンの甘さが苦手な人は使えませんが、夏場にナンキンが安く出回るときは、役に立ちます。ナスは、以前は小さく刻んで使っていましたがあくが出るのでやめました。その代わり、輪切りにして、小麦粉をつけてキツネいろに焼きます。これをご飯の上に置き、その上にカレーをかけるとナスが甘くておいしいです。野菜のバラエティでカレーを楽しんでください。<今日の漢字>(訓読みの読み)(表外読み)1、計量器の度を正確に読む2、長寿の祖母に肖りたいものだ<昨日の答え>1、然(し)・・・・接続を表す、しかし、しかして、しからば。など ほかに「そのとおり」とか肯定を表す意味の「しか(り)」もこの字を使います2、強靭・・・「ジン」がむずかしいですね。
2007年09月10日
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きょうも9月にしては暑すぎるほどの暑さで掃除をしていても汗だく。暑い日の娯楽は映画館、ということで、今日も行ってきました、映画館。釣りバカは、今回が20年目の20作目らしいですが、ロケ地が岡山県ということで、岡山には何かと縁のある香川県出身の私は、岡山の風景を楽しみに見に行きました。映画はいつも同じ、娯楽に徹した、ハッピーエンドの物語です。三國連太郎は今80半ばですが、すごくお元気で、途中、グレイっぽい夏物のスーツで登場するところがあるのですがセンスが抜群で、ダンディで、着こなしがいいのには驚かされます。たぶん、いくつになっても姿勢がいいからでしょうね。また「ますだおかだ」の「増田」が結構出番がたくさんあって漫才師とは思えないなかなかの俳優ぶりだったのも発見でした。「寅さん」と同じで、日本の風景行脚みたいになっているこのシリーズですがロケ地の岡山県では、一足早く公開されたりまた、ふるさとを遠く離れた者には懐かしい風景がたくさん出てきたり地域密着型の映画になっています。今回、瀬戸大橋の橋脚に近い場所を遠方から映すアングルが多かったですが瀬戸内の美しい景色を見に帰りたくなりました。瀬戸大橋付近の瀬戸内海の景色は、本当に綺麗です。天気のいい日には海がきらきらと光って、穏やかな、のんびりとした島々を浮かび上がらせます。しばし、時間を忘れさせてくれた瀬戸の釣りバカでした。ハマちゃんは相変わらずで、うちのおっちゃんはこのハマちゃんに似てる、とよく言われますが顔が似てる、と言うよりは人の言うことをまったく気にしないところとか、大酒を食らい、場所お構いなしに寝てしまうところが、本当によく似ています。仕事してないようで、結構大事なところを締めてるところも似てるかも?大きな顔はたまに、視野のじゃまになるけど・・・・<きょうの漢字>(書き)1、シカし、僕はそうは思えない。2、キョウジンな体力<昨日の答え>1、巷説 注:ネットでは「巷」の中の部分が「己」になっていますが これは正確には「巳」です。 「巷」は「ちまた」と読みますが、最近、あまり聞かなくなったいいかたですね。2、巧拙(うまいことと下手なこと) 拙はまずい、つたない
2007年09月09日
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きょう、仕事が終わってからとりあえず、一回、市の施設に行こうと出かけることにしました。たまたまやってきた他市に住む娘が「いくら?」と訊くので「一回の使用で600円、1ヶ月は3000円」というと「高いなあぁ~~~うちとこの市は一回、100円か200円、年間パスでも2000円やで!」と言うのです。私は施設の相場がどれぐらいか知りませんでしたがしかし、近いところとすると我が市に行くしか仕方ありません。高い、と言われながらも、とにかく一回、やってみたいと行きました。都合よく、この間、見学の時に説明してくれたイケメンのお兄ちゃんがいて、機械の使い方を一つ一つ説明してくれました。また、土曜の夜は比較的空いていてマシンも十分、好きなものを使えます。やっぱり、最初は使い方を説明してくれないと戸惑います。ランニングマシンでさえ、「スタートボタン」を押してるのにスタートしなかったり、どこに体のどの部分を置き、機械のどこを持つのかも説明してくれないとわかりません。「肩甲骨矯正」のマシンはありました!教えてもらって、肩の筋トレ、腕&胸の筋トレ、というよりは私の場合、リハビリみたいなものです。が、いろいろやって1時間半ほどのプログラムをこなしました。歩くとか走るとか、自転車とかそういうのは自分でも出来るものですが、自分でやる、というのはよほど根性がないと出来ません。私のピアノでも習っているからやっと練習のパターンが決められます。意志の弱いものはお金を払ってでもやらせてもらうしかないか?とここの市で、しかたなく「高い」という料金を払って行ける時はお世話になろうと思います。熱しやすく冷めやすい私のことで、長続きするとは思えませんが、しかし、新しいことは楽しいものです。<今日の漢字>(同音異義語)1、世間のコウセツに惑わされるな2、作のコウセツは暫くおく<昨日の答え>1、びんしょう、はや(い)2、へんさん、あつ(める)
2007年09月08日
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急に仕事の時間の合間ができたのでマッサージに行きました。このごろは忙しくて、悪いところの上に悪いところを重ねているような状態でした。体がガチンガチンです。夏でも、というより、夏の方が足が冷えます。それもひどい時は一日中、じんじんと冷えるからいい気分ではありません。これもエアコンのせいと思うのですがこの暑さはエアコンなしには過ごせません。整体の先生には、お風呂に(湯舟に)少しでも浸かるように言われました。このごろはカラスの行水もいいとこで、浸かって1分以内。ひどいときはまったく浸かりません。冷えには湯舟によく浸かる、ということでかなり解消できるらしいです。スポーツジムの話をすると、お試しはした?というのでやってない、と言うとまずお試しで、どれだけの運動が出来るのか、やってみないといけない、と言われました。それに市の施設だけでなく、KONAMIの施設なども見に行ったら?というのできょう、見てきました。KONAMIでは市の2倍~3倍以上のお金がかかりますが広々として、機械もいっぱいあります。人がひしめき合っている、ということはないです。それにプールも、お風呂も、サウナも自由に使えます。だけど、日時が限られています。(フリーになればもっと費用が高いです)環境がいいのと、費用の面と、どちらを取るか・・・・考えます・・・・手や腕、そして足まで痛いのはピアノを弾くにも響きます。50肩の時は2年ほど、全く弾けませんでした。体をほぐすのも必要と、このごろつくづく思います・・・ピアノも体力勝負ですから・・・・<きょうの漢字>(音読みと訓読み)1、敏捷、捷い2、編纂、纂める<昨日の答え>1、たんぜん(水が十分に満ちているさま)2、すいらん(山の色)
2007年09月07日
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最近ずっと、整体の先生に、「肩甲骨が開いてる」と言われてます。肩の位置が前に出てきて、猫背になって、姿勢がすごく悪いです。解消するにはストレッチ体操なのですが、ひじを曲げて、腕を肩の高さに上げて、後ろにそらすとひじょうに痛いです。そこで、週に2~3日はピアノ練習をあきらめて夜にジムに通うことにしました。きょう見学に行ってきたのですが、少しずつならやれそうです。昼休みに行きましたが、年配の人たちでいっぱいでしたが夜のほうがもっと人数が多いのだそうで、ランニングマシンなどは順番待ちをしなければならないのだそうです。機械の使い方もわからずにうろうろしているとにらまれそうでちょっと不安・・・・でも、とにかくやらないとますます体が固まります。見学で、イケメンのおにいちゃんに親切に説明してもらったので行く事は決めました。トレーニングウェアと靴を用意して(そんなものも持ってないのかい?)土曜日からでも行ってみます。なんにしても、新しいことを始めるのはちょっとうきうきしますね・・・ このおウマさん、きょう、娘が会社からもらってきて、私にくれました。リュックになっていますが、実用的ではない・・・でもなんとも可愛い顔をしているので部屋において置こう・・・<今日の漢字>(音読みの読み)1、湖が湛然として広がる2、峡谷に翠嵐が漂う<昨日の答え>1、さとい息子を持って幸せだ (彗星の彗、とまちがえないように)2、表面にめっきを施してある
2007年09月06日
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先日、昼の「笑っていいとも」でタモリが『道』という漢字について「新しい道を開いた時、異民族のいけにえとなる首を持って歩いたということを表している」と豆知識を披露していましたが、その通りです。ついでに白川静先生の説でいうと、「古い時代、他の民族のいる土地はその氏族の霊がいて災いをもたらすと考えられたので異族の人の首を手に持ち、祓い清めて進んだ。首を手に持って進むことを『導』(寸、は手の意)といい、祓い清められたところを『道』という」となります。漢字の成り立ちはたいてい、字が重なって出来ているためにひとつの字でいくつもの意味を表すことができ、そのパーツはたいてい小さい時に習う漢字なので後に習う字を予想することが出来ます。ひらがなで書くよりも漢字で書いたほうが視覚的にも意味がわかりやすいですよね。私たちはたいてい、最初に漢字を習う時にその成り立ちに当たるものも説明してもらいました。たとえば「山」とか「川」とか「口」とかいうものはその形から字を作り、「にんべん」は「人」を表し、「手へん」は「手で行う」ことを表す、というように、パーツを教えてもらってわかりやすく覚えてきました。「休」という字は「人が木に寄りかかっている姿」と習ったと思いますが近年、漢字の成り立ちの一説を解く白川静先生はそれは誤りで「戦争で手柄を立てた人を表彰することを休、と言った。休はさいわい、よい、めでたい、よろこびというのが元の意味であった。表彰する時に褒美とともに休暇(やすみ)も与えられることがあったので休はやすむ、という意味でつかわれるようになった」と言っています。我々には「人が木に寄りかかっている」という姿の方が想像しやすいので誤りではあっても、そういう覚え方でも、私はいいと思うのです。しかし、漢検準1級からの問題には「表外読み」と言って常用漢字で読まれない読み方も覚えなければいけません。その「表外読み」というのが漢字本来のいろいろな意味を言い当てていて前述の「休」も「よ(い)」「さいわ(い)」と言うような読み方でも読まなければいけません。面倒なことですが、漢字本来の意味を知ると、今まで使っていた熟語の意味が明らかになることもあるのです。たとえば「服」。これは普通、身に着ける「ふく」を想像しますがじゃあ、「服従」とか(薬などの)「服用」とかは着る服には関係ないのになんでこんな字が使われているのかというと「服」に「したがう」とか「のむ」とかいう意味があり、このような読まれ方もします。そう思うと「服従」「服用」の謎も解けます。漢字検定は2級までですと高校までで習う常用漢字の範囲ですが準1級からは字、本来の意味も加わり、より深い漢字ワールドに入っていけます。「へぇ~、ほぉ~、なるほど・・・・」程度の雑学の部類には違いないですが知っていると、ちょっと楽しいと思いませんか?では、少しずつ、私も復習していきたいと思いますので、毎日2つずつ、覚えてみませんか?(準1級~)検定で出るいろんな問題をやってみましょう。<きょうの漢字>(訓読みの読みです)1、慧い息子を持って幸せだ。2、表面に鍍金を施してある。正解はあした・・・・※お詫び:本文中、誤字があり、9月7日、訂正いたしました。
2007年09月05日
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ある友達から久しぶりに手紙が来ました。こんど漢字検定でも受けてみようか?と思い立ち私のことを思い出してくれたのだそうです。勉強法をおしえてくれ、と言ってます。思い出してもらったのはひじょうに有難いのですが私が漢字を熱心に勉強していたのはもう10年も前のこと。せっかく覚えたものも常時使ってないと錆付いて、思い出してもらうのも恥ずかしい有様です。だいたい、上級の漢字は今は使われてない古い言い回しであったり、古い道具の名前であったり、植物の名前であったり、故事成語、ことわざ、昔の行事、などなど今の若い人たちは全く見たことも聞いたこともないものが多いのでどんなものかも知らずに漢字だけを覚えるのは難しいだろうと思います。その点、まだかろうじて古いものを使っていた時代に育った我々の年代の方が有利です。だけど、実物を知らないで字だけを覚えるのはなんか、意味がないようにも思えます。日ごろ使う漢字はできるなら知っておいたほうがいいです。でも、それ以上になると「趣味」の領域のように思います。私も漢検の1級など、持っていてもなんにもならない、とよく言われました。私自身もそう思います。よかったことといえば、字をたくさん覚えておくと漢字をたくさん使う作家の本に能く反応できるようになったことぐらいです。漢字というのは少ない字数でたとえば、人格とか、経緯とか、色彩とか、すごく多くのイメージを起こさせてくれる便利なものです。それが私が漢字に一番魅力を感じるところですがただ、このイメージを受け取るには字を知らないといけません。多くの感性を育てる手段として漢字は役に立つように思います。が、それは個人の文化の領域であって書けたり読めたりするそのことが大事ではありません。が、少しでも自分の楽しみを増やすために検定などを利用して勉強するのは無駄なことではないように思いますが・・・その勉強法というのはひたすら覚えることしかありません。耳で聞いた言葉を片っ端から変換します。TVなどで政治家が言う言葉には古い言い回しが多いですが「ざんきにたえない」「じくじたるおもい」「なかんずく」などもしその場で頭に浮かばなければ必ず書き留めておきます。普段使っているような言葉でも結構、漢字の難しいのもあります。「足がもつれてこけた」「暮れなずむ」「たんのうする」「ゆだねる」「ほとぼりが冷める」「目をそらす」「人がたかる」「わざわざ」などなど。(全部検定に出たものばかりです)読めなくても書けなくてもどうってことはありませんが漢字交じりの言葉は意味がよくわかるような気がしませんか?
2007年09月04日
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図書館に行って、「わたしは甘えているのでしょうか?」という題名を目にしました。それが村上龍の本だったので、人生相談の本、と察しはついたのですがいやいや、爽快でした~~村上龍といえば、「限りなく透明に近いブルー」の飛んでたイメージはいつかどこかに行って今は村上春樹と並んで「ダブル村上」と言われるほどの社会派になってきてます。若い女性にどんなことを言うのだろう?と興味津々でしたが・・・・相談事は「フリーターは安定しないからダメ、と親が言います。でも正社員もやっていることは同じだと思うのですが・・・」「お金持ちになるよりはそこそこのお金で満足した方が幸せなのではないでしょうか?」と、まあこれなら普通の質問ですがさらに「顔も頭も大してよくない私ですが玉の輿に乗れるでしょうか?」「何のとりえもないけど、親の資産でどうにかなると思っていました。ところが親がその土地を売り払ってしまい、不安な毎日です。」「私は裕福な家で育ちましたが、つきあった相手が貧乏だったら価値観が合わなかったりしませんか?」「クレジットカードの借金が100万になりました。これから返していかなければならないと思うと落ち込みます」「お金持ちの男と、性格は合うけど貧乏な男、どっちを選べばいいですか?」・・・・などなど、なかなか若い女性らしい悩みが続きます。フツーに聞けばちょっといらつく悩み相談なんですがそれを頭ごなしに怒鳴らないで、(気長に)どれも「なるほど!」と思える説得力のある言葉で、しかも、どれも1ページほど(原稿用紙一枚?)の短い言葉で要点をついた考えを述べているのには感服しました。今はやたらと物分りがいいおじさまが多い世の中でこんな風に、はっきりと物を言って叱る、というよりは世の中の仕組みを説明する人は貴重です。「お金は借りたら返さなければいけない」ということすら揺らいでいる現在です。当たり前のことを言っているのですがその理論の組み立てがすごい!自分の意見を説明するのにいつも多くの言葉を要する私は、手短な説明に本当に感服しました。だけど、この若い女性たち、この村上氏の言ってること、わかるかな?これでわかるぐらいなら、こんな人生相談しないかもしれないな・・・・
2007年09月03日
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先日、息子がオーストラリアから戻ってきました。1年少しの滞在でしたが、まったく英語はしゃべれるようになっていません。しゃべれなくても暮らせるもんなんですね・・・・最初はホームステイをして契約したむこうの学校で学びますが、2~3ヶ月すると自分で住居を探し、仕事も見つけないといけません。息子が見つけた仕事はそれまで日本で勤めていた会社と同じで(会社の経営は向こうの人らしいですが)、仕事の内容も同じ。ここで1年間働き、自活できるだけの収入ももらっていたらしいです。そして、帰ってきてからも元の会社に復帰。結局、ワーホリで場所が変わっても同じ会社に居続けることになるのですから本当に運のいい奴です。うちの子供は女、男、女の3きょうだいで女たちは小さい時から何事も積極的に楽しんでいるように見えましたが間に挟まれた息子はどうもおとなしく消極的に見えた。目の前に現れた、大きく努力しなくても進んでいけるような道を歩んでいるように見えたのですが、その息子が、「テキトー」を打開しようとワーホリを実現したのは評価してやってもいいのでは?と思ったりします。結局、また元の木阿弥で、居心地のいい会社に戻るわけですがそれでもいちおう、1年の外国生活が何かの足しにはなると思うことにしましょう。さて、その息子が毎日のように言うのは日本の食品は高い。向こうは安い。ということです。ずっと日本で居る私にも漠然と、支出の中で食費はかさむ、とは思っているのですがそれでも比べる物もないので、まあ、こんなもんだろう、と思いつつ、日々暮らしています。むしろ、食費よりも健康保険とか、税金とか、年金とか、有無を言わさず必ず取り上げられる経費を負担に感じています。それと、去年までかかっていた子供の教育費。大学の費用は個人の家庭には相当な負担、と思います。だから深く考えなかったけど、オーストラリでの食費に比べると「ぼったくり」みたいな食費なんだそうです。ラーメンかパスタで1週間分が100~200円。野菜、果物は閉店前の市場に行くとただみたいに安く、これにご飯を炊けば、手軽に食事が出来るのだそうです。「むこうで食べることに困ったことはなかったな」と息子が言うのをなんか、意外な気持ちで聞きました。食に困ることがなければ、生活もしやすいですよね。もっといろいろの「困った」を想像していただけに家から一歩も出たことのなかった息子なのに実はけっこう順応性があったのかも?なんて思いました。親は、子供のことを知らないことが多いですね。 夏のクリスマスツリー
2007年09月02日
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ついにやりました!前田の2000本安打!おめでとう!ネットのニュースでは早々と流してくれましたがTVではなかなか見られなくて、12時過ぎからのプロ野球ニュースでやっと見られました。(これが巨人か阪神の選手なら達成した時点からニュースを流し続けたでしょうが・・・)きょうも達成は無理か?と思った8回裏、前田に打順を回したい一身でみんなが打線を繋ぐ。(今日だけでなく、いつも繋げよ・・・・)満塁で回ってきた前田に待ちに待った2000本安打。ここずっと暗黒時代が続いているカープにあって本当に嬉しい記録。それも、右足アキレス腱切断を乗り越え、左足も故障したのにそれを乗り越えての記録達成。いろいろ話題も多い人で、好き嫌いが分かれるかもしれませんが今時珍しいと思うほどのこだわり野球人です。一にも二にも練習、寝てもさめても練習、という頭ガチガチの野球人です。その前田が、きょうは本当にいい顔でプロ野球ニュースのインタビューに答えていました。広島球場で見られた人は幸せだったよね~~~土曜日の夜なら行けばよかった(行けるわけない・・・)弱小カープ。そのカープ一筋に、FAもせずがんばってきた野村や前田、そして去年、あの名言を吐いた黒田がいるのですから弱小に甘んじることなく、もっとがんばって欲しい。かつてのカープの黄金時代を覚えている人はまだたくさんいる。この間のオールスターで(楽天の)野村監督がカープは選手を育てるのが上手い球団だよね、と言ってました。できれば・・・・今、西武にいる江藤も前田とコンビでがんばって欲しかったよね。そして、できれば・・・・(ほかの方のブログにもありましたが)生きているうちにもう一度優勝を見たい・・・・・とにかく、よかった・・・・他人事ながら本当嬉しかったです。このごろ、口癖のように言ってますがあきらめちゃいけないんだな、と思います。
2007年09月01日
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きょうで8月も終わり。日中はまだまだ暑いですが風の匂いが変わってきてますね。今年も猛暑でした。新聞に、日本の中で一番大阪が暑い、と書いてありましたが、そうなんでしょうか?確かに大阪のおばちゃんは暑苦しいかもしれないけど・・・8月の仕事が一段落してこの週末は信州に旅行?なんて思っていた計画はとっくになくなりました。今週初めから、毎日のように仕事は入るし、催促されるし・・・季節の変わり目には、突発的に忙しくなります。この不景気なときに大変有難いことと、旅行などという夢は捨てて、今のうちは大いに仕事をします。発表会のあと、8月はレッスンはお休みでしたが9月からはまた行かないといけません。レッスンは2週間開いても、それ以上開いても、やれることは同じです。長く休んでいたからといってたくさん弾けるようになるわけではありません。「まだレッスンまで日がある」という安心は練習速度を緩めます。きょうはバッハ、イギリス組曲のアルマンドからジーグまでを浚っていたらバッハだけで時間切れになりそうでした。このごろ練習時間も短いので手の捌きがひじょうに悪いです。曲はモーツァルトのKV、332をやっています。前も言いましたが、ヘンレ版にするとついてある記号も違うので曲が違って聞こえます。この最初のテーマ、牧歌的ですが、その解釈は間違ってますでしょうか?その後に続く動機は「魔笛」を思い出します。9月からは気持ちを入れ替えて、真面目に練習します(ホントかな?)きのう、前田(広島カープ)の夢を見ました。2000本安打まで後1本に迫りました。きのう、前田に関するサイトばっかり覗いていたから夢にまで出てきました。明日!ですね・・・・
2007年08月31日
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アクセス数が10000を突破しました。拙いブログにもかかわりませず、お読みいただいた皆様方に心より感謝いたします。ありがとうございました。ブログを始めて5ヶ月が過ぎましたが日々過ぎるのが早いようには感じてもこうやって毎日記録をつけていくと1日を踏みしめながら歩いていっている気がします。ピアノも一進一退で、「弾けない!」とあきらめかかったことは何回もあるのですがその都度、アドバイスいただいたり、励ましていただいたりして続けてこられました。大変有難く思っています。また、ピアノだけでなく、日々の生活のいろいろなことをほかの方々のブログで考えさせられ、楽しませていただきました。次はまず、1周年を目指して精進していきたいと思います。どうかこれからもよろしくお願いいたします。
2007年08月30日
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きのう、「作曲家がどうやって調性を決めるのか?」という話を書きましたがひとつ決め手となるものは楽器の特性と思います。たとえば、ヴァイオリン協奏曲はニ長調のものが多いです。これはヴァイオリンで弾きやすい調性だと聞いてます。そしてクラリネット。この楽器の説明は長くなるので省かせてもらいますがこの楽器は♯系より♭系の音階を得意とします。楽器の構造(キーの操作など)がそのように出来ています。ですから有名なクラリネットソナタ、協奏曲(ウェーバーとか、ブラームス、サン・サーンスなど)は全部♭系の調です。じゃあ、モーツァルトのクラリネットの曲、またはシューマンの幻想小曲集は、♯系じゃないか!と言われたら実はクラリネットにはB♭管とA管があって、オーケストラでも♭系の曲はB♭管で、♯系の曲はA管で、持ち替えて吹けるようになっています。(移調楽器の詳しい説明は長くなるので省きます、すみません。そのように便利になってる、とだけ覚えてください)B♭管クラリネットは吹奏楽でも使われる、一般的なもので、こちらは軽快で、明るい音がします。A管はちょっとこもったような、落ち着いた深い音がします。ですからクラリネットの独奏曲を書くときには♭系、♯系の調性で楽器までも変わってしまうので曲想もだいぶ変わるように思います。たぶん、ヴァイオリンの曲にも♯や♭のいっぱいついた調はないように思います。ほかの楽器の独奏曲でもないと思います。弦楽器や管楽器の技術上、♯や♭のたくさん出てくる楽譜は大変なのです。それらをいくらつけても懲りないのはピアノです。きのうも言いましたがロマン派に入るころになって調号のいっぱいついたピアノ曲が流行るようになりました。シューベルトなど、曲の中での転調が目まぐるしく、それも♯、♭つけ放題です。ベートーベンでは24番の「テレーゼ」でやっと嬰ヘ長調という♯6つのものが出てきました。これを書き上げた時、「今までにないものが出来た!」と言ったそうですが調性に対して特別な思いだったのかもしれません。ショパン以降は調号つけ放題。フォーレなんかも臨時記号いっぱいですね。ショパンと同じ時代でもシューマンは調号の多い調をあまり使っていません。ですからロマン派以降でも作曲家の好みによるのでしょう。私はピアノの場合、♭系の曲のほうが見やすい気がするのですがそれで曲を選ぶわけではなく、実際にやっている曲はほぼ同じ数だと思います。好きなもので言うと、一番穏やかな感じのする変イ長調なんですが自分には合ってないのか、変イ長調の曲を褒めてもらったことがあまりありません。逆に、決して好きでないはずのニ長調の曲の中に自分に合うものが多いのにびっくりします。偶然そうなのだと思いますが・・・・調性はこだわらないといいつつも、たまにこだわって曲を眺めている時があります・・・・
2007年08月29日
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きょうの夕方のニュースショー(ワイドショーというのかな?)で、皇后様のピアノ公開レッスンの模様がほんの一時でしたが映像が流れました。あまりに流れる時間が短かったので、どんな公開レッスンなのかわかりませんでしたが曲目は皇后様自らがお選びとのことで、それがモーツァルトピアノ協奏曲第23番でした。バックはオケではなく、弦楽合奏でしたが皇后様のピアノはほんの少しの時間でしたがはっきり聞こえました。芯の強さを思わせるようなしっかりとしたタッチで、しかも気品あふれる深い音色だったと思います。モーツァルトのイ長調というのはこのほかにはピアノソナタ、KV、331。クラリネット五重奏曲、クラリネット協奏曲などがありますがどれも気高い感じがします。たとえば、ベートーベンの皇帝や英雄は変ホ長調ですがこれが「王様の風格」とすればモーツァルトのイ長調は女王様(お后)の輝きがあります。モーツァルトの時代、流行であったと思うのですがシャープもフラットもせいぜい3つまでの調で作っていてそれぞれの楽章でもあまり見かけません。(でも、ほんの一部、ヘ短調が顔を出すところはあります)(ロマン派以降、シャープやフラットがたくさんついた調が多くなります)私は、それほど調にこだわるわけではないのですがモーツァルトのイ長調だけはモーツァルトがひじょうに大事にした調でなかったか?と思うのです。作曲家が曲を作る時、先に調を決めたかどうかはわかりませんが「敬愛なるベートーベン」の映画で見た限りではベートーベンは最初に決めていました。それは後世の人が作った作り話かもしれません。映画の中で、弟子の作った曲を見て「ハ短調か?それは私の最も好きな調だ」と言う場面がありましたがこれはたぶん、後世の人が作ったものでしょう。しかし、調を最初に決めるのは半分ぐらいは信用していいのではないか?と思います。最初に決めたかどうかは別として作曲がどうやって曲の調を決めるのかは興味あります。音楽心理学の本にも「調」の話はあります。だけど、「調」で音楽をくくると曲の先入観に左右され、曲の中身を見失ってしまうこともあると思います。歌曲などは歌手のキーで調が違うだろうし、それに吹奏楽にアレンジして演奏する場合には調が変わってしまっているので「調」を論じるのは難しいです。話が逸れましたが皇后様が演奏された23番の協奏曲はモーツァルトらしい、本当に美しい演奏でした。第2楽章は(平行調の)嬰ヘ長調で書かれていますがまさに、女王をお守りするナイトのようなロマンチックで、奥ゆかしい曲です。このイ長調→嬰へ短調の組み合わせは絶妙です。
2007年08月28日
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多忙だった8月ももう少しで終わろうとしています。暑さのせいで、よけいに仕事が多く感じたのかもしれませんが今までなんでもなかったことがひどく体に堪えるようになりました。8月はお盆もあったのに、日曜以外が休みではなかったので(そのわりにはよく遊んでるな・・・・・)この週末あたりにはどこかに出かけたいものです。それも涼しいところがいいように思います。ネットで検索していたら「蓼科高原日記」というブログがありました。蓼科はもう秋の気配、朝は一桁の気温になっているそうです。蓼科は高校の修学旅行で行きました。白樺林がすごく綺麗だったのが印象的でした。涼しい山の中でのんびりとした時間を過ごすのもいいな~~と思い始めたらとても信州に行きたくなりました。どうか急な仕事で休みがなくなりませんように。8月、乗鞍登山を予定してたのに、行けなかったのでせめて1泊、山の景色を見に行きたいです。
2007年08月27日
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きょうも暑い!本当は溜まっている家事をしなけりゃならないのですが頭の中は遊ぶことばかり。どうにかこの暑い家を抜け出してもっと涼しいところでせっかくのお休みの日を過ごせないかと考えていたらやっぱり映画です!きのう「ラッシュアワー3」で、メジャーな映画館は見たい物がないのでミニシアター系を探していたら見つかったのが「阿波DANCE」基本的に「踊り」というものが好きなのでこのごろは古いミュージカルにはまってますが、現在なら一度、「よさこいソーラン」を見たいと思っています。知り合いが高知に見に行って「街全体がディスコのようだった!」というので私も絶対に見たい!これを目指して老若男女、がんばっているらしいので・・・その隣の県の「阿波踊り」これも「よさこい」に押されてはおりますがこっちのほうも実際の踊りはすごいらしいです。それが「ヒップホップ」と同化する、という内容らしいのでよし!これを見よう!とこれをやっている映画館へGO!これも「夫婦50割」で1000円になったから手ごろなレジャーとなったものの、正規の1800円の値段だったらちょっと考えます・・・・どんな映画も1000円なら、まあ、どうにか許せる、というのですから1000円と1800円は私の中では相当な差があるということか・・・?そんなことはともかく、「阿波DANCE」は徳島のふるさと創生映画みたいに、鳴門のいい景色をたくさん撮っています。徳島の隣の県、香川の「UDON」も香川キャンペーンみたいな映画でしたがこれもそんな感じ。青春映画ですから、一昔前の「青春デンデケデケデケ」(これも香川の映画)と「UDON」を足して2で割ったような映画の徳島版。高校生を演じる5人の若者はよく練習してたと思いますがう~~~ん、主役の榮倉奈々は東京の高校生ダンスチャンピオンにしてはあまり上手くない・・・だけど、地元の高校生を演じる男の子たちは敢闘賞さしあげます!最後におどるヒップホップ風阿波踊りはKABAちゃんの振り付けだそうです。楽しいには楽しいけど、少し阿波踊りの迫力に欠けるようでこれじゃ地元の人の満足度は70%ぐらいかな?って思います。だけど、1000円で見せられたら、まあ、がまんしよう・・・という、せこい批評・・・(1800円だったら怒る・・・) (映画の一場面)四国出身の人間として、もう少し「世界の阿波踊り」を「踊りの渦」のような迫力あるものにして欲しかった、と思いますが・・・でも、「よさこい」がそうであるように阿波踊りのほうも伝統の踊りだけでなく、新しい形に向いていくのかもしれませんね。涼しい土日が終わり、また明日から暑いウィークデイです・・・・
2007年08月26日
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いやぁ~~~今週は疲れました。暑いのもあるけど、新製品の開発が上手くいかなくてきょうはその得意先の人も来て、機械から出てくる試作品をじっと見ているので帰った後は疲れもピーク。で、よほど止めとこうかな?と思ったのですがやっぱり、行ってきました!「ラッシュアワー3」今日から封切と言うとすぐ行って見たいというミーハーさ。中国、日本、アメリカ、フランス、と国際的なスケールを持つのだけれど、ストーリーというのはそんなに大したものではありません。簡単に言えば、悪者を見事退治する、というもので、見所は映画のほとんどの時間を占めるアクションシーン。ジャッキー・チェンはほとんどスタントマンを使わず自分でアクションをするらしいですが本当にお疲れ様でした、と言いたいアクションシーン続出です。高いところから飛び降りるとか、車での逃走シーンとか、路地へ追い詰められたところでの対決、などは今までの映画でもおなじみのものですが今回の目玉はなんといってもエッフェル塔の鉄塔を伝って追いかけ合って、落ちたら死ぬ、という場所での刀を武器にした乱闘。一難去ってまた一難、とまるで花火大会の連発フィナーレみたいなラストです。仕事の疲れも吹っ飛びます。エンドロールに乗せて映画のNGシーンも楽しんでもらおうというサービス満点の映画です。ただ、後には「面白かった」という感想以外は残るものがあまりないですが・・ジャッキー・チェンはついこの間、お昼の「笑っていいとも」にも出てましたが国際的大スターだというのに普段がすごく庶民的でいいですよね。猛暑にうんざりして、疲れを感じていらっしゃる方はしばし、エッフェル塔の夜景で涼んでみては・・・・?
2007年08月25日
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「秘密」で苦悩するエリート社員を演じたキム・ミンジョンがすごくステキだったのでこの人の出演した映画、「ファミリー」を見たいと思いやっと探し出して見ました。だけど・・・・キム・ミンジョンは相変わらずいい男だったけど、映画そのものはヤクザの縄張り争いの話で、コメディ部分もなんか中途半端で、ちょっとがっかりでした・・・・「ファミリー」という題名は主役の兄弟の関係も指してはいるんだろうけど、ヤクザの一家のことらしく、ちょっと見当違いの映画でした。実は、これとまちがって、韓国映画祭で上演された同じ題名の映画を2年ほど前に見ました。会場まで行って、まちがっていることに気がついたのですがイ・ジョンチョル監督の「ファミリー」はとてもいい映画でした。まちがわなかったら一生見ることがなかったかもしれないと思うと私の勘違いもたまには役に立つことがあるのかもしれません。本当に、見てよかったです。主演のスエはこの映画でいくつもの映画賞を受賞したそうですが本当にすばらしい、心に残る演技です。元警察官の父(チュ・ヒョン)(今は魚屋)は幼い息子ジョンファ(天才子役といわれるパク・チビン)と暮らしていますが、そこへ刑期を終えた娘、ジョンウン(スエ)が戻ってきます。ジョンウンはヤクザにだまされ、刑務所に入ったのですが弟には日本に留学していたことにしてあります。弟は姉が帰ってきたことに大喜びですが父も娘も不器用で、以前から仲がこじれたまま、帰ってきた今も冷たい態度しか取れません。感情がすれ違い、落ち着かない生活を送っているうち、娘は父が病気に冒されていることを知り、父は娘が以前からの因縁のヤクザに付けねらわれていることを知り、お互いに相手を救おうと思い始めます。映画は終始、無声映画のような静けさの中で進んでいきますが娘がヤクザと決着をつけに行こうとする朝、言葉を交す代わりに、娘が父のひげを剃ってあげる場面と、父が、幼い息子に、自分が死んだらお前が喪主で、喪主はこんなふうに挨拶をするんだ、と教えるこの二つの場面は、淡々と描いているだけに、いっそう胸がつまります。賞をもらったスエの演技もすばらしいですが父のチュ・ヒョン、弟のパク・チビンも秀逸です。特に子役のパク・チビンの演技は底抜けにあどけなく、無邪気であるだけにこの映画の暗闇と対比して、いっそう際立っています。表紙の写真を見ただけでも、ほほえましいきょうだいに思えますが オフィシャルサイトで予告編も見られますのでぜひご覧ください。映画ファミリーのオフィシャルサイトへGO!
2007年08月24日
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小さいころからの習慣で、今もレッスンにはバッハ、練習曲、曲、という3点セットを持っていきます。曲だけにすればもっとたくさん曲が出来るか?とも思わないでもないのですが、やっぱり、従来からの自分の習慣で、3つやることでかろうじてバランスを保っているような気がします。気休めです。中でも、練習曲は一番、惰性です。最初、ツェルニーの40番に始まって、ショパンも途中で挫折、モシュコフスキ、クレメンティも半分ほどで挫折、です。かろうじてツェルニーの50番が最後まで行きましたがどれにしてもテンポが出てないので「やった」とは言いがたい内容。それでも練習曲を持ってないとなんか安心できないのです。クラーマー=ビューローはクラーマーという人が作った練習曲をハンス・フォン・ビューローという人が編纂して60曲にまとめたものです。ほとんどが2ページの曲で、長くても4ページというところがいいです。譜は見やすく、ツェルニー50番と同程度、同じような音型の繰り返しなんですが曲想はなかなか凝っていて、バッハ的なものをロマン派の曲想で弾くようなものが多いです。さて、このクラーマーをブログで検索しておりましたらたどり着いたのがこの練習曲を中心に学習している方のブログ。ピアノから離れてバンド活動などしていたのを、また40歳近くになってピアノを再開されたとのことですがなんか、圧倒されました・・・・・第1に、自分の練習プログラムを毎日、詳細に書き上げ、逐一反省も付け加えているという実行力。第2に、「クラーマーの会」という同じようなピアノ学習者さんとの集いを立ち上げ、情報交換をしているという行動力。第3に、どの学習曲にしても、または日常のお話にしても、何がポイントで、何を伝えたいのか、ということがはっきりとわかる文章構成力。その方はクラーマー始め、ブラームスの練習曲などもやってますし、自分で取り出してやる曲が、バッハであり、ショパンエチュードであり、ドビュッシー、シマノフスキ、シューマンであっても「自分はどこまで行っても中級」とおっしゃる・・・これで中級なら私は初級か、・・・・?と落ち込みますが、まちがいなく、初級でしょう。そういうランクは自己申告ですのでその話は置いといて・・・・私も始めは練習日誌的なものを目指し、今日は何をした、それはどうであった、と書くはずであったのにブログは違った方向に行ってしまって、どれもが中途半端で、集中力を欠いているのを反省します。しかし、自分の方向がピアノだけでなく、いろんなことに目が行き過ぎるのが自分らしく、自然な方向だったかも?とも思うのです。ブログは本当に十人十色で、読んでいるとその人の人柄がうかがえます。日々、発見を繰り返し、刺激を受け、溺れたり、浮き上がったりしながら年を重ねていきます・・・・
2007年08月23日
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ほとんど広島広陵が勝つと思っていました。今まで強気でぐいぐい押していた投手がふっと今までのようにいかなくなる時があるのでしょう。急に流れが変わることってあるのだな、と高校野球を見ていて思います。そして最後まで決してあきらめないことが流れを変える風を生むのだなあ。と思います。(おめでとう!佐賀北)土壇場で逆転につながるチームの選手は決してあきらめた顔をしていません。どこまでも前向きな顔をしています。このごろ、相撲なんかでも試合前に顔をじっと見ていると気持ちが少しでも引けているほうが負けることがほとんどです。相撲の場合は一瞬の呼吸がありますから野球と同じにはならないですがしかし、気持ちでは、最後まで引いてはいけない、と、今日の決勝戦でも改めて思いました。決勝戦に限らず、どの試合に勝った方も負けた方も、人生の大きな出来事として心に残るでしょう。「気持ちが引いた」ということがあればそれも人生の教訓。負けたのも教訓。ひっくり返されて涙が出るほど悔しい思いをするのも教訓。とはいえ・・・・そんなことを偉そうに言っている私・・・・人前でピアノを弾くときのあの、どんなに落ち着こうとしても舞上がる気持ちはどうやったら強くなれるのでしょう?「あきらめない」というのも「強い気持ちを持つ」っていうのも一種の才能だと思います。修養すれば気持ちの強い人間になれるのかなぁ?気持ちの強い高校生がまぶしく見える高校野球
2007年08月22日
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仕事は忙しいし、暑くて疲れるきょうこのごろ。仕事が休みだった子供にカレーを作るよう、言っておきました。「作っているところは決して見ないように」などと鶴の恩返しみたいなことを言いはしましたが(たぶん、手順など、うるさいことを言われるのがイヤなのだろう・・・)仕事から帰って見るといちおう、カレーに見えるものが作ってありました。食べてみると、結構おいしい♪!たぶん、チョー手抜きで作ったのだとは思いますがシンプルに、豪快に作るほうが料理はおいしいような気がします。以前、TVで見て、材料をミキサーにかけたり、裏ごししたり、相当に手間ひまかけてカレーを作ったことがありますが「いつものほうがいい」と言われ、がっくりでした。料理は、目に見えない工夫も必要ではあるのですが安易によけいなこと(隠し味など)をすると却って悪くなる方が多いです。思い切りよく、基本に忠実にするのがいいように思います。モーツァルトのピアノも全く同じ。音楽の、必要な部分だけを書いているんだからあれこれ、下手な細工などせずに、書いてあるものに忠実に、聴く人に、気風のいい、気持ちのいい音楽を伝えることが一番、のように思います。そういえば、「エリーゼのために」を弾いた時、当時まだ子供であった娘の方がピュアな、ストレートな音楽をやってて、私も弾いてみたけど、大人はヘンに「見栄を張ろうとする」ので聴いている分には娘の方が気持ちいいだろうな、と思ったことがありました。日常の至るところ、「シンプル・イズ・ベスト」なものがあるように思います。
2007年08月21日
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8月も半ばを過ぎ、相変わらずの猛暑ですが、それでも日が短くなってきましたね。7時ごろになるともうすっかり暗くなっています。日が短くなると、夏の終わりが近づいたようで、なんか寂しくなりますね。発表会から1週間が経ち、弾かないわけではなかったのですがぐずぐずとやっていたのでそろそろ9月のレッスンを目指してもとの練習プログラムに戻らなくてはと思っているところです。バッハはイギリス組曲第2番のアルマンド以下、残り5曲もあるのでいいのですが、中断していたクラマー・ビューローの練習曲を復活させ、曲は新しいものを決めなければいけません。1年に1曲はモーツァルトを弾こう、と思っているし、きのう、魔笛の音楽を聴き、モーツァルトのすばらしさは再発見したのでモーツァルトのソナタに決めたいと思っています。1年に1曲弾いても、全部弾くには18年もかかります。1昨年からヘンレ版の楽譜に変えたのでこの楽譜ではまだ2曲しか見てもらっていません。それまでは全音の楽譜を使っていました。多くの人が最初はこの楽譜を使いますよね?ヘンレ版は全音に比べて極端に記号(指示)が少ないです。ですから楽譜に空白がいっぱいあって一見、弾きやすそうに見えます。全音はスラーやスタカートなどの記号が懇切丁寧に書かれてますが学習の最初は全音の楽譜みたいに指示がありすぎるほどあるもので勉強した方がいいように思います。学習を重ねてから、自分で独自のスタイルを作れるようにヘンレ版の、ほとんど自由な楽譜にしたらいい、と私は思っています。ヘンレ版のほうが指の番号などは丁寧です。全音の指の番号どおりに弾いたのではフレーズが切れてしまうものがありますがヘンレ版はそのとおりに弾くと、楽譜のフレーズが実現できます。それと、ヘンレ版では装飾音符の書き方が全音と違うので曲が違った感じになります。以前、HNK教育TVでワルター・クリーン先生のレッスンをやってましたがクリーン先生の演奏はヘンレ版の弾き方です。さて、私の学習の曲なんですがヘ長調のKV、533のものを考えていましたがこれはやっぱり難しいです。根気よくすれば出来ないことはないとおもうのですがこの暑い時期には読譜の根気がない~~~それで同じくヘ長調のKV、322をやることにしました。1楽章もいいですがこの終楽章が大好きです。楽譜が変わるとまた発見することがあるような気がします。モーツァルトの緩徐楽章は難関ですが以前よりはAdagioが怖くなくなりました。それでもKV、311ニ長調の緩徐楽章はめちゃめちゃ苦労しました。音は少なければ少ないほど難しいです。ゆっくりしたものは下手です。だけど、速いものも苦手です・・・・・だけど、モーツァルトだけは全曲勉強してみたいです。
2007年08月20日
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「魔笛」という題名に惹かれて見てきました!大阪にはこれほど映画館があるのに上映しているのはたった一館で、それもせいぜい100人程度のところ。これは満員ではいれないかも?・・・・という不安はどこへやら。入ってみれば3分の2ほどの入り。それも結構年配の人が多かったですね。ある程度の情報はネットで仕入れていったのですがもしも全然知らなかったらぶったまげたであろう設定。ときは第1次世界大戦。国籍は不明だけど、ドイツっぽい軍服。だけど、そこから抜け出して行くザラストロの宮殿ってあれは何?どういう意味?で、映画全体はモーツァルトの「魔笛」のオペラの音楽がそのまま。だけど、歌詞は英語。だから、音楽に画像を当て込んだお遊び、という感じかな~~出演者は全員、一流のオペラ歌手で、私は知らないのですがたぶん、いつもはドイツ語の歌詞で歌っているだろうところを英語の歌詞に置き換えて唄ったんでしょう・・・・だから・・・ドイツ語の音楽の雰囲気を壊さずに英語を当て込んでいたのはさすがです。音楽はゆるぎないものでした。出演者にはそれなりに存在感はあるんだけど、ビジュアル的に、タミーノとパミーナはもう少し若い美男美女を起用して欲しかったかな?という感じ。パパゲーノは役にはまってましたし、ザラストロ役のルネ・バーベの貫禄はさすが!この人は光ってました。だから・・・・オペラの品位を損なうことなく時代を移しているんだけど、もともと荒唐無稽なものを第1次世界大戦という現実の出来事をふまえながら空想の世界とドッキングさせ、「反戦」のメッセージをオペラの歌詞で言わせるのはどうしても無理がある・・・それでも、ケネス・ブラナーの夢だったのでしょうね、モーツァルトの世界を自分流に作り直してみることが・・・モーツァルトと戦争とがどうにも相容れなくてまた「世界平和」という文句は取ってつけたようで、(実際の歌詞とは違うと思いますが)また、「魔笛」を魔法の杖みたいに振りかざす効果も感じられず、見終わって数時間経った今、残っているのは歌手の歌声だけでした。だけど、オペラの歌詞をそのまま別の舞台に移す、というのに「アイディア賞」は差し上げましょう。映像も美しいところが多々あったし・・・・だけど、こりゃ、大きな映画館でやれば大赤字だよなあ・・・・
2007年08月19日
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もう1日だけ、いっちゃいましょう~~~韓国ドラマ。「バリ出来」で始終、こわばっていた(ファンの皆様、ごめんなさい!)ソ・ジソプが今度は一変、笑って、泣いて、怒って、けんかして、単純だけど、一本気で、優しく、カッコいい男を演じる「ガラスの靴」です。このソ・ジソプはいい!かなり多くの人がこのドラマではジソプ側に肩入れして、もう一方のハン・ジェソクはもうひとつ、目立たなくて気の毒~~少年時代のジェヒョクのほうが「復讐に燃える、一癖ある少年」って感じだったけど・・・(少年時代を演じたチェ・ウヒョクって、「秋の童話」のお兄ちゃん役の少年ですよね?)父親が亡くなり、孤児となったテヒとユニの姉妹は今まで会ったことのない、財閥の会長である父方の祖父のもとに身を寄せようと家を出ますが駅に着く前に(父の写真の入った)財布を取られ、テヒがそれを取り戻しにいく間にユニは交通事故に遭い、轢いた人が発覚を恐れてユニを乗せて運んでいってしまったため、姉妹は離れ離れになります。ユニは怪我はないものの、記憶喪失にかかってしまい、自分の名前も思い出せませんが、事故の犯人の家でこき使われながら大きくなります。ここにはスンヒという女の子がいて、後、スンヒは、ユニが持っていた証拠の品を取り上げて財閥の家に入り込みます。偽ってお金持ちの家に入り込むのも、姉妹で一人の男を取り合うのも、スンヒがユニに対してありとあらゆる意地悪をするのもよく考えてみれば「秘密」と同じではあるんですがドラマの雰囲気は全然違います。こっちはひとえにチョルン役のソ・ジソプのおかげでドラマが明るく進んでいきます。それでソ・ジソプはファン層を一気に拡大しましたよね~~ソ・ジソプの笑った顔は本当に魅力的で、いつもはやくざっぽい格好ながら、途中、2回、スーツを買った時と、結婚式の時の衣装と、これがまた、モデルである本領を発揮してすごくいいんです・・・何もかもがいいので、だれもユニ(記憶喪失後はソヌ、という名前になっています)とチョルン(ジソプ)の恋を応援しているんだけど、なぜか、じゃまがはいってくるのよね~~~ジェヒョクは早いこと、切ってしまわないと、チョルン、かわいそー。でも、このドラマで私の注目すべき人はヤクザの親分さん、イ・インス。なかなかよくないですか、この人。韓国ドラマがDVDになったとき、またはサイトでも主役の名前はタイトルバックに入れてくれるのですぐわかるんだけど、脇役の人は、いい味持っている人なのに名前が出なくて困ります。たとえば、「プロポーズ」のリュウ・シウォンの友達。同じ音楽の仕事している人。映画「チム、あこがれの人」にも出ていた人。「ガラスの靴」でもスタクとか、美人で口の悪いおばさん(パリの恋人にも出ていました)とか、(財閥の)おじいさん、チョルンのお父さん、などなど、脇役さんたちの名前を知るのはどうしたらいいでしょうかね~~話がそれましたが親分、イ・インスになっていた人。よかった~~テヒを見る目が切なかったですね~~この人がまったく違ったタイプで「千年の恋」に出演していたという情報をいただきました。千年の恋、ソ・ジソプの宮廷の衣装はちょっといただけないけど、イ・インスが出ているのならぜひ、借りて見なくっちゃあ・・・「ガラスの靴」は全40話です。1日1話見ても一ヶ月以上かかる・・全部見るには相当気力が要りますがそれでも結末を知りたい、という気持ちが先にたって見てしまうドラマです。
2007年08月18日
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もう一日、韓国ドラマを取り上げます。「秘密」でこれでもか、というほど悪役をしたハ・ジウォンが主役となる「バリでの出来事」。関西方面では現在放映中ですが主要人物で交錯する4人の、個性が強くて4人の感情の様がどれも切なくて、そして予想外のラストがある強いインパクトのあるドラマです。私は知らなかったのですが、このあと、どのドラマを見てもそれ以上の感動が得られないという人を「バリ出来廃人」と呼ぶとか・・・・?深窓の令嬢ヨンジュ(パク・イェジン)は、財閥の放蕩息子ジェミン(チョ・インソン)と婚約したものの、以前の恋人、イヌク(ソ・ジソプ)が忘れられず勤務しているインドネシアまで追いかけてきました。ジェミンはヨンジュを追ってバリまで来ますが自分の会社の部下であるイヌクがいっしょにいるのを不審に思うものの、観光ガイド(スジョン=ハ・ジウォン)を雇いそれから気まずい思いのまま、4人で観光地をめぐります。その後、ヨンジュとジェミンはソウルに戻り、イヌクも本社に呼び戻されてソウルへ、スジョンも観光会社の社長にお金を持ち逃げされるなどしてソウルに帰り、偶然に偶然が重なって、再び4人が出会います。しかし、バリではヨンジュをめぐって二人の男が対立していたのがいつのまにかスジョンをめぐる対立となり、ジェミンと結婚するヨンジュもまだイヌクとの関係が断ち切れなくてそれぞれの家族も巻き込んで20話全部が死闘を繰り返すような波乱の多いドラマです。ヨンジュとジェミンのような大金持ちとイヌクとスジョンのような下層階級の身分の差を誇張したドラマなのでどうしても不遇なイヌクとスジョンに同情する気持ちになるのですがいくらお金を出しても満たされない大金持ちというのも惨めなものです。その大金持ちのバカ息子をやっているチョ・インソン。「マドレーヌ」ではあんなに実直な青年を、黙々とやっていたのにここではおもいっきりバカっぷりを見せ、惨めに泣くシーンが多くてかわいそうでした~~ソ・ジソプがかっこつけすぎで私はどちらかいうと3枚目的な感じが入っているこの人のキャラのほうが好きなのでここでは圧倒的にチョ・インソン側!スジョンのハ・ジウォンは「秘密」でいじめた分、思いっきりいじめられていましたが(ドラマが違うだろ!)健気に生きていく姿はいじらしくはあるけど、二人ともをいいように操り、いったいどっちやねん!と言いたい場面が多く、ラストの展開もちょっと同情しにくい・・・・あれしかなかったのかもしれないけど、それはあんたがどっちつかずだったからこんなことになったんだろうが!と言いたかったです。ま、その「どっちつかず」はどのドラマでもやってるものと大目に見て・・・・デパートでスジョンがジェミンに携帯を買い与えてもらい、戸惑いながらも、だんだんと心の底から嬉しそうな表情が湧いてくる、という場面はハ・ジウォン、上手いと思いましたね~~それとバリの寺院(ですよね?)で肌(足)を出してはいけないとスカートのように布を巻きつけさせるのもドラマを見て知ったこと。そのチョ・インソンの姿も印象に残っています。人は恋をしても決して幸福ではないのね、という思いを発見したし、どの回も、全員が「悩める顔」ばっかり見せていたドラマも珍しいし、「壊れていく様」を熱演したチョ・インソンの健闘をたたえて私の中ではけっこう上位にランクされるドラマです。
2007年08月17日
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「プロポーズ」でもいい役だったリュウ・シウォン。そのリュウ・シウォンが出ている2000年放映の「秘密」私は韓国ドラマの中でこれを最初に見ました。それまで韓国ドラマには何の興味なかったのですが、なぜか、このDVDを借りて、見てしまった・・・・まず言葉のイントネーションにも慣れていなかったし、ドラマの運びにも慣れていなかったので第1話はほとんど筋がわからなかったのです。だけど、2話を見て、もう一度見直したのだったか、それともサイトであらすじを見たのか・・・・忘れてしまいましたが、わからない割には次々と続きが見たくなる・・・そして気がついたら、次の分を借りてきてほんの少しでも時間があれば見て、夜はDVDが終わるまで見る、という完全寝不足の状態。これが終わるころにはすっかりはまってしまってました・・・・・あとからいろいろ見て思うにキム・ハヌルはこれが一番合っていて、いい役ではなかったかな?リュウ・シウォンもすごくいいキャラの役。そして、その後はいい役をすることの多いハ・ジウォンがこのドラマではこれでもか、というほど意地悪な役。本当に憎らしくなるほど悪い役でしたから、やっぱり上手いのでしょうか・・?このドラマには、韓国ドラマの3大要素、(と私は思っていますが、)「出生の秘密」と「病気」と「恋愛の交錯」がちゃんと入っています。(病気は主人公ではなく、お母さんの病気です)だけど、決して茶化して言っているわけではなく、これらの3大要素がすごく生きていて、たとえば「出生の秘密」=子供を手放すとか離れ離れになるとか、取り違えるとか、記憶喪失になるとか、突飛ではあるけど、「奇想天外」ではなく、「あるかもしれない」という設定で、それからドラマを繰り広げていく韓国ドラマの作り方は見るものを引き込んでしまう力を持った技である、と私は思います。同じものを日本のドラマではうそっぽくなるのになぜ韓国ドラマだと引き込まれてしまうんでしょうね~~ヒジョン(キム・ハヌル)は孤児であったのを引き取られジョンウンを父として、ジウン(ハ・ジウォン)を妹としていっしょに暮らしていますが実はジョンウンの本当の子供であり、実の母はいまをときめくファンション界の大物=ミョンエです。ミョンエは夫と子供(ヒジョン)を捨てて、ファッション界に入り、確固たる地位を築きました。その事情を知ったジウンは自分がミョンエの子供だと偽ってその家に入り込み、ミョンエの地位と財産を引き継ごうとします。事実を知るジョンウンは交通事故で言語障害となり、事実は誰にも知らされないまま、ジウンは富を手に入れ、ヒジョンはことごとくジウンに邪魔されて不遇な立場に追い込まれます。しかし、不遇なヒジョンに手を差し伸べるのがミョンエの仕事の片腕となっているヨンミン(キム・ミンジョン)とヒジョンの幼友達ジュノ(リュウ・シウォン)で、この二人の間をヒジョンは揺れ動きます。いかにも韓国ドラマらしい筋書きですが(私の勝手な思いではありますが)演じる俳優さんたちが一途で、本当に役のキャラによく合ってて、俳優さんを見るだけでドラマを見たい、という気になります。きのうもウォンビンを見るだけでいい、というファンの方がいると書きましたが「秘密」の時は私がヨンミン役のキム・ミンジョンにしっかりはまってましたね・・・。韓国の俳優さんの個性が日本の俳優さんのそれに勝っているわけではないのですが私にはどれをみても韓国の俳優さんの方が役に合わせて自分を創る力は勝っているような気がします。たぶん、気のせいでしょうが・・・・いやぁ~~それにしてもリュウ・シウォンはすごい量のドラマに出ています。それほど好きではないのですがどのドラマでもひじょうに好感の持てるいい役をしています。機会があればまた「その陽射しが私に」などご紹介したいと思います。(私はリュウ・シウォンのファンじゃないですが、なぜか見るものに出てる・・・)
2007年08月16日
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