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2012年09月16日
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カテゴリ: オペラ
 東京文化会館 14:00〜
 4階右側

 パルジファル:福井敬
 アムフォルタス:黒田博
 グルネマンツ:小鉄和広
 ティトゥレル:小田川哲也
 クリングゾル:泉良平
 クンドリー:橋爪ゆか
 読売日本交響楽団

 指揮:飯守泰次郎
 演出:クラウス・グート


 はっきり言って予想外の出来ではありました。

 元々二期会はプロと呼ぶに値しないというのが基本評価ですが、今回はお弟子さんの不愉快極まりない下品な「ぶらぼおおおおおおお」が無かったので、その点だけでもまずは多少ましだったと。
 但し、それ故か否か、会場はかなり空席が。ちなみに私はC席だったのに4階脇席の決していいとは言えない席。そして、C席までは売り切れだったのですが、3階席から空きが目立ち、1階はかなりの空席が。それはそれでどうなんだ....

 ま、二期会だからどうでもいいけど。

 一応各人それなりに最後まで保ったようです。ただ細かいことを言い出すと色々あるのではありますが。外題役の福井敬はそれなりに最後まで歌い切ったようです。ただ、こういうパルジファルも、あり、なのかねぇ....という感じなのではありますが。あんまり合ってない気がするんですけど....まぁ、取り敢えずこの人としては良しとしていいと思います。
 後の歌手も、それなりに最後まで破綻は来さなかった。その点は評価出来ると思います。約1名、どうも変な聞こえ方をしているのがいたけれど、後はまぁそれなりに。端役は端役だしね。合唱も、一応。ただ、特に女声陣に感じたのだけれど、声量はあるし、だから恐らくは声量重視で選んだとは思うのですが、どうも歌い方が古臭いなという感じの人も少なからず居て、ちょっとどうかとは思いますが。
 飯守泰次郎指揮の読売日響。ここを聞くのは久々ですが、今日は割と良かった。この辺は指揮者のコントロールというか指導が割とよく行き届いていたのでしょう。ただ、フレージングは、ちょっとどうかなと。やはりパルジファルは息の長いフレージングが欲しいなと思うのですが、なんだか微妙な感じで。そこも計算の上と言うことなのかも知れませんが。
 その辺とも関係するとは思いますが、音量はありました。それがただやけくそに大きくしている訳ではないので、その点は良かったでしょう。でも、音楽として俯瞰した時、ちょっとよく分からなかった。まぁ、当方もそんなにパルジファル良く知ってますという訳ではないのではありますが、これでいいのかな?と思うことも。なんというか、フレーズと言うか、部分部分でパキッと印象に残る瞬間はあったのではあるけれど、そういう感じ方でいいのかしら。
 最終幕、鐘の音がガンガンにPAで掛かって、それがオケを十二分にサポートして。それはそれで決して間違いではないとは思うけれど、ちょっとずるい下駄の履き方かな、と思わなくもなかったり。ま、いいけどね。



 演出は、難しい所ですね。
 演出ノートによれば、救済を渇望する者達と、パルジファルが第一次大戦直前に広く受け容れられるようになった事との連関から、第1幕を第一次大戦開戦頃、第2幕を大戦後の復興期、第3幕をナチスの権力奪取に至る時期、という設定を言わば借景にしたらしい。
 モンサルヴァートは何処ぞの療養所(「魔の山」!)、そこを支配、というより指導と言うべきか、しているのが先王ティトゥレルの一家で、アンフォルタスとクリングゾールは元を糾せば一族(兄弟?)であったが仲違いし、という設定。それ故、クリングゾールの城もモンサルヴァートであり(3幕で2幕に出て来た装飾の残骸が示されている)、結果的にこの療養所は軍事指導者として最終的に登場したパルジファルによって「乗っ取られる」。最後、パルジファルに指導されることになった療養所に最早居場所の無いティトゥレル・ダイナスティーの残された両名、即ちクリングゾール(滅んでいないのですよ)とアンフォルタスは、療養所の外で力なくベンチに腰掛けつつお互いを半ば慰め半ば拒絶し、恐らくは事態を諦めて受け容れる。第1幕と第2幕で自らに押し付けられた役柄を、その衣装を焼き捨てることで拒絶することを示したクンドリーは、それを受け容れることなく、立ち去る。
 ...それって、現代的価値観から言っても、描き方から言っても、「アンチ・パルジファル」ですよね?救済の否定、と考えるべきですよね?
 確かに、パルジファルは元々訳分からん話だし、それ故に如何様にも描き方はあるのだけれど、それはどうなんでしょう。話の持って行き方からしても、グルネマンツに再会したパルジファルは、その後の事態の推移を聞いて衝撃を受け、アンフォルタスを救済し王となる決心をし、グルネマンツの洗礼を受け、クンドリーに祝福を与える、確かにこの辺からクンドリーの態度が拒絶に向かうのではあるけれど、そこから最後の軍事指導者としてのパルジファルの登場へはちょっと唐突。

 加えて、日本で、これ、どの程度受容されたのかしらん。初日、2日目は知らず、少なくとも今日は全く演出への拒否は聞かれなかったけれど、この演出の衝撃をどの程度感じたのかしらん。






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最終更新日  2012年09月17日 01時23分28秒
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