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ブログを読んで下さっている方はご存じのように、うちのミルッチは保護犬です。毛色が珍しいためにブリーダーが危ない掛け合わせをして、子供を何度か産ませた後、病気になったので保健所に処分してくれと言って捨てたそうです。その保健所では成犬はほとんど殺処分されるのですが、人懐っこくて凶暴性が全くなかったこの子はボランティアさんに譲渡され、赤い糸をたぐって我が家の子になりました。大好きなおかあちゃんに巡り合ってん。繁殖犬として飼育されていたので食べ物には不自由してなかったのか、あまり食べ物に執着する子ではありません。食べている最中に手を出しても怒りません。ただ分離不安があるのか、4年近くたったのにいまだに私のストーカーで、気が付くとぴったり張り付いています。振り向けば後ろにいます。ミルッチを紹介してくれた大阪のチチさんのグループ「リ・スタート」の活動を支援していますが、またひどい人間の行動を目の当たりにすることになりました。今回保護された子です。チチさんのブログに飛びます。惨い状態で保護されました。ショックな写真もあります。気を付けて下さい。スタンダードプードルなのに体重が11キロとガリガリ。体中に鎧のように伸びた毛が巻きつき、腐った皮膚には穴が開いていました。自分だけでは生きていけないペットです。一度飼ったら責任を持つことは当たりまえ。人間のエゴで不幸になった子をたくさん救ってきたみんな。本当に頭が下がります。ひどい目にあってきたのに、再び人間を信用して愛してくれて、たくさんの家族に幸せをもたらしてくれる子をたくさん見てきました。うちのミルもモンを失って悲しみのどん底に居た私たち夫婦に、幸せと笑いを持ってきてくれました。きっと前の生活なんてもう忘れてしまったよね。それでいいんだよ、お母さんから生まれたと思いなさいね。 このスパークの前にひどい状態で保護されたピノ。みんなの愛情とピノ自身の生命力と獣医の医療技術とですっかり元気に可愛くなって新しい家族ができました。本当に幸せそうな顔をしてるでしょ?うちのミルッチが保護された当時の写真はないので知ることはできないけど、かえって良かったかもしれません。そのブリーダーを探し出して復讐したくなるかもしれませんから。あっそっか、捨ててくれたおかげで私はミルッチと出会えて幸せになれたのか・・・。どうかスパークのことを知ってください。人間が犯している罪から目をそらさないで。そしてまだ生きたいという子達、幸せになりたい子達がたくさん待っているんです。家に犬や猫を迎えようとしているなら、ちょっと待って下さい。ペットショップで買う前に、こんな子を救うことも考えてみて下さい。子どもたちにとっても、かけがえのない命の勉強になるはずです。そしてこんな子を救った経験は、将来命を軽く扱うことなど決して出来ない人間に育ててくれるはずです。スパークのために祈ってくれる方が一人でも増えますように。チョコばっぱも祈ってるよ。
2013年11月28日
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多分、今年最後の紅葉見物に行ってきました。中日新聞に載っていた写真があまりにも綺麗だったんです。パンフレットの写真の方はプロの作品なのでもっと綺麗ですが、鏡のような池に映った逆さもみじです。風もなく水面が静かなので、引き込まれて池にじゃぶじゃぶ入ってしまいそう。幻想的でした。写真じゃやっぱり伝わらないなあ。そんなに期待しないで行ったのに超感動でしたから。地元の人に話すと、存在は知っていても実際に行った人は案外少ないみたい。中央高速土岐インターを出てから少し山道を走ります。急に渋滞が出来て驚いたら、駐車場待ちの列でした。池がすごく深く見えますが、実際はそうでもないらしい。ライトアップのマジックなのかな。「曽木公園」の中に池がいくつもあるので、それぞれの逆さもみじを楽しめます。公園の奥の方には露店もあり、ここは手作り陶器を売っていました。全部真っ赤じゃなくて、緑や黄色が混じっているのもいいですね。赤い紅葉も良く見ると一色じゃないんだ。ほぼ満月のお月様も、水面に映っていました。どこからが水面かわかる?山は寒いので山賊のようなたき火があちこちにあって、皆さんあたっています。岐阜の人は寒がりだなあ。普段は無料の公園ですが、ライトアップの時だけ入園料200円、パンフや写真のハガキがもらえます。地元のオジサンたちも大変です。詳しい情報はこちらです。一度実物を見て下さい。 公園入口に日帰りの温泉があります。チョコもミルも一緒に行ってきましたが、人が多くて踏まれそうなので抱っこでした。
2013年11月22日
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今日は夫の会社の人事異動日。去年の今頃は、まさか転勤なんて思っていなかったなぁ。母が倒れて札幌へ駆けつけた翌日の電話で「大変な時に申し訳ないんだけど、転勤になったから・・・」という夫の声がよみがえります。 大阪でもっといっぱい遊ぶはずだったのに、たった1年でお別れで、ハードな引越し。まさか今夜帰ってきて、また転勤なんて言われたら…単身赴任だな。ミルッチのおちっこも綺麗な黄色に戻りました。いったい原因はなんだったのでしょうか?やはり私が蹴ったせいか?同じマンションのチワワ飼いさんに教えてもらった獣医でしたが、2日目の朝に「ミルちゃん具合どうですか?」と電話をくれたので、信頼できる所だなとちょっと安心しました。徳島のTさん(筍パーティーのお宅)が秋の酵素ジュースを送ってくださいました。今年は作っている暇がないでしょうからって。本当にありがたいことです。ジュースも嬉しいのですが、しぼったカスも荷物に入れてくれたので、ブレンダーで細かくしてチョコミルのご飯にふりかけます。徳島のあちこちから届く荷物は母からの慰問袋のようで、何が出てくるのか楽しみなんです。母はチラシの裏の白いところに、いつもサインペンで手紙を走り書きしていました。目が悪くなって、行が右に流れるようになって・・・。もう母から手紙が来ることも、北海道のおいしい便が届くこともありません。寂しいですね。でも全国に可愛がってくれる母や姉代わりがたくさん居てくれるので、とても幸せです。今日は岐阜で出会った美味しいものを夫がもらってきたインゲン。濃い紫色の斑が入っています。飛騨の伝統野菜らしい「あきしまささげ」詳しくはこちら 茹でるとせっかくの紫が消えてしまって緑色のいんげんになってしまいました。サラダにしようと斜めに切ると少しネットリして、マヨネーズと和えるととても美味しかったです。種が手に入ったら徳島の畑で作って欲しいなあ。岐阜産ではないけど頂き物の「まめぶ汁」今週のB-1グランプリではあまちゃんでの評価通りでパッとしない味だったのか、話題性はあったのに優勝できませんでした。鮭のハラス・シメジとキャベツの蒸し煮・トマトときゅうりを塩麹で揉んで・切り昆布の炒め物長良川沿いのオシャレな「長良川フレーバー」 こんなに素敵なところです そこのケーキ屋さんでパケ買いをしてしまった一口ケーキ。小さいキューブ型の箱に入っていて、ちょっとしたお土産にオシャレな感じです。頂き物の梨、大きさを比べるために携帯を並べてみました。まだスマホにしてなくて時代に乗り切れてないなあと思っていたら、6割の人が未だにガラケーなんですってね。スマホにしたけど戻したいと思っている人も多いみたい。各社ガラケーの新作をお願いしますよ~。ミルッチの歯型がいっぱいついててボロボロだけど、がんばって使ってるんですから。近所の魚屋さんで久しぶりに筋子を発見。岐阜の新米「はつしも」の上で輝いています。グラム698円と高価でしたが、今年は札幌でも高いらしいですね。北海道物産展では1300円していました。こちらでは安くても598円ぐらいだし、見かけた時に買っておかないと、二度と出会えないかもしれないので奮発しました。(あれから2度と見かけませんから買ってよかった)ほぐし方は何年経っても手が覚えていますね。他のおかずは質素に、椎茸の味噌汁・竹輪といんげんの炒め物・肉じゃが(豚肉)・セロリの葉っぱのお浸しあっという間に食べきってしまった。もう来年まで出てこないかなあ・・・。
2013年11月15日
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14日で、母が倒れて一年になります。人工呼吸器と胃瘻で寝ているだけでも自然に体重も減って、血圧や血糖値の数値は正常になっています。元気な時に体重管理をしたり栄養管理が出来ていたら、こんなことにならなかったのかなぁ。悔やんでも遅いですけど。ただ、最近は自発呼吸がほとんどなく、肺炎になったので抗生物質の点滴をして熱を下げたら、下がりすぎて34,7度でデジタル体温計が反応しなくなったとか。慌てて電気毛布で体温を上げたら今度は38度に上がり過ぎ。自分で体温を調節する機能がなくなってきたようです。おばあちゃんが四十九日辺りにお迎えに来るような気がしてなりません。おばあちゃんと母達4人姉弟は、終戦の時満州から引き揚げてきました。一番下の叔父さんはまだ生まれたばかりで、残留孤児の話なんかを聞くと、よくぞ無事に一人も欠けることなく帰って来られたと思います。おじいちゃんは昭和28年まで抑留されて帰って来れなかったので、おばあちゃんは名古屋の実家に身を寄せて、和裁・洋裁で家計を支え子供を育てた人でした。おじいちゃんと結婚した時も、他の男性から結婚を申し込まれたのを断って、満州まで追っかけて行ったという情熱的な一面があった、とおじいちゃんの妹から聞きました。そんな熱烈夫婦でもボケてしまうと、すぐに夫ののことは忘れてしまっていましたわ。ボケる前に「おばあちゃん、死んだら天国でおじいちゃんが待っていると思う?」と聞くと、「そんなの死んだらおしまいよ、待ってるわけなんかないわ」という現実的な返事でビックリ。脳梗塞で入院しているおじいちゃんのお見舞いも、最初の2か月は一生懸命行っていたのに、最後の一か月はあまり行かなくなったおばあちゃん。「行っても話もできないんじゃ楽しくないしね」「もう一生分いっぱい話をしたから、悔いはないからね、戦後生きて帰ってきただけで、おまけの人生だったから」とさっぱりしたものでした。家の掃除をして、おばあちゃんの引き出しを整理していたら、おじいちゃんが闘病中の日記が出てきました。毎日の血圧・体温・お見舞いに来て下さった方のお名前・いただいた物の他に一日一行ずつ感想が書かれ、「もう一度話ができますように」という願いが一番多く書かれていました。今度四十九日の時に持って行ってみんなに読んでもらおうかな。人生プラスマイナスゼロって言いますが、人生の半分過ぎた辺りからは、幸せだったと思います。こんな可愛い孫にも恵まれたし。毎週のお楽しみ、レディスデイの800円映画に行ってきました。相変わらず広い映画館で6~7人という寂しさだったけど、一番後ろでグスグス泣いていたのは私ですごめんなさい。病気の奥さんを看病している旦那さんという設定だけでも父を思いだし泣けてしまうのに、その奥さんが亡くなり、奥さんが間に立ってくれたおかげで繋がっていた息子との関係が悪化したりするので、もう自分の身に置き換えずにはいられなくてグズグズになってしまいました。私も介護の仕事をしていたので、いろいろな夫婦の形を見てきたつもりですが、やっぱり男性が介護をしてるっていうのは何だか切ないのよねぇ。そして主演のテレンス・スタンプの声がすごくいいんですよ。妻を思って唄うラブソングを聞いて感動しない人はおかしいって!家でDVDを観る時には他に人が居ない時、一人っきりをお勧めします。やっぱり暗い映画館が最高ですけど。そして週末はまたまた封切り初日の「清須会議」毎回おなじみの映画宣伝ウィークで、マスコミに出まくりの三谷幸喜ですが、相変わらず楽しい三谷ワールド。三谷組の役者が勢ぞろいですが、中でも今回は前田利家役のこの方とねね役の中谷美紀が秀逸。北海道出身の私としては、この人のがんばりも褒めてあげたい。三谷映画さえもガラガラの岐阜の映画館、週末の都会では、満員で指定券が取れないという話を聞いて身内のようにホッとしました。だって初日の夜に3分の1ぐらいしか席が埋まっていなかったんですよ。前の週に観に行ったこの映画は、私たち夫婦が最初の客で、開演前にちょこちょこっと2組の客が入ってきて、結局6人でした。これも封切り初日ですよ。確かに解りにくい内容で、特に女性にはキツイかもしれません。原作が7冊もあって長い話なのに、2時間にまとめるのはまず無理。テレビドラマで、1クール状況説明した後に映画でラストまで持って行くと言うパターンじゃないと。脚本読まずにこの仕事を受けたって佐藤浩市が言ってましたが「失敗しなあ」って思ってることでしょう。「自分が分からない映画だからって、批判しないでほしい」とか「封切りの後にネットで叩かれるんだろうなあ」とか、番宣番組で弱気な発言していましたから。歴史の勉強をちょっとしてから「清須会議」は観に行くことをお勧めします。その方がずっと楽しめます。説明の字幕がないので最初は「この人誰?」ってなりますから。来週は「42~世界を変えた男~」を観に行きたいんだそうです。ジャッキーロビンソンという大リーグ初のアフリカ系アメリカ人を描いた物語で、4月15日に大リーグ選手全員が42番のユニフォームを着てプレイする映像を見たことがある方も多いでしょう。最初はなんだ?と思いましたが理由を聞いてなるほど~アメリカ人こんなの好きやなあと納得。最近夫婦50割引を活用しています。チケットを買うたびに夫は「50歳以上の証明書を見せて下さい」という言葉を期待して、免許証を握りしめていますが、またまた聞いてもらえずすんなり割引がききました。誰か聞いてあげてくださ~い。若く見られたと喜ぶと思いま~す。
2013年11月13日
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札幌から帰ってすぐ、3連休に福島に行ってきました。おばあちゃんを見送って感じたことは、「死んでから会いに来てもらっても本人は嬉しくないだろうな」って。忙しい合間をぬって葬儀や法要にやってくる子ども・孫・ひ孫。皆さんご苦労さまです。でもね、生きている間に、まだ痴呆がそれほど進んでいなくて会話も出来てる間に来てやったら、もっと喜んだだろうね。そして私たち自身の気持ちも「あの時会いにいって良かった」という思いになれただろうな。そう思ったので、本当は疲れた体を温泉で癒したかったけど、福島に行ってきました。今回は二人で運転を交替できたので、長時間でも大丈夫。行きは新潟の手前「燕三条」で高速を降り寿司三昧。味をしめたので帰り道でも富山で降りて寿司三昧。たくさんお小遣いをもらったので、高級ネタもがっつり食べました。一気に食べたのでどちらも写真なしです。こたつで寛ぐ娘たち。ずっと紙おむつをしていたのでストレスが溜まったみたい。長時間のドライブで疲れが出たのか、日曜の夜にミルッチが真っ赤なオチッコをしました。かき氷のシロップのような鮮やかな赤。翌朝には薄いピンクのおちっこになっていましたが夕方のお散歩の時にはチョコレート色のオチッコに。心配だったので病院に連れて行きましたが、本人はどこを痛がると言う風でもなく、食欲もあるし元気いっぱい。腎臓・膀胱のエコー検査もしましたが、一応止血と抗生物質の注射をお尻に打たれ、オチッコの観察をすることで帰されました。日曜の夕方に宅急便が届き、玄関に向かう私の足元でちょろちょろしていたミルをふんずけたようで、いつもと違う「ぎゃん!」という声を出したのです。きっと腎臓の辺りを痛めたショックで出血したのかもしれません。結局原因は不明ですが、新たな鮮血がオチッコに混ざらないように観察しています。5日はモンの命日でした。あの悲しみの日から4年経ちました。モンが好きだったサーモンのお刺身とフライドポテトをお供えお供えの食器は、香川県の「願興寺」さんの奥さんと徳島の女流陶芸作家・笹部女史とのコラボ作品です。笹部女史のHPです。明日まで個展開催中お寺の檀家さんに従来はお線香や蝋燭を差し上げていたのですが、芸術家の奥さんがお寺独自の物を差し上げたいと、コラボしました。下の木製のお盆もオリジナルで、裏に奥さんデザインの焼き印入り。いいな、なんか楽しそう。先月のことになりますが、いただいた美術展のチケットの期限が迫っていたので、岐阜県美術館に初めて行ってみました。隣には県立図書館もあって、緑がいっぱいの公園です。近所だったらチョコミルのお散歩に最適なのに、うちからは車で15分ぐらい離れています。テレビでもCMをやっていたので、思ってたよりたくさんの人が来ていました。都会の美術館ほどではありませんが、次々人が途切れないのは地方の美術館としてはすごいことです。先月の写真なので、今はもう散ってしまっているかもしれません。綺麗でした。子どもたちの作品に混ざって、私も蜘蛛を一匹、会場に貼ってきましたよ。運転中に聞こえてきた宝くじビッグのCM。たまたま信号待ちで止まったら、宝くじ売り場の前でした。これは神様が「買いなさい!」と言ってるんだと思って、生まれて初めて宝くじ売り場に行きました。10億円当たればいいなあ。おばあちゃんよろしく、って思ったら四十九日まではこの辺に居るんですって。まだ天国に行ってないみたい。だったらモンちゃんよろしくね。
2013年11月12日
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慌ただしい2週間が過ぎました。ブログを放置していてすみません。話は10月26日まで遡ります。大阪で保護犬のためのバザーに行く予定でしたが、岐阜地方は早朝まで雨が残っていました。大阪方面は早めに上がったようですが、会場の足元は芝生なので、ぐちゃぐちゃで開催できない可能性もあったし、もっと天気の良いバザー日和に参加しようと思ってあきらめ、ゆっくり起きようと思っていました。なのに朝5時に家電が鳴りました。時々変な時間にかかってきて、受話器を取った途端にブチッと切れることがあるので(夫の愛人が嫌がらせにかけて来たと言っています)「またか!」とゆっくり起きました。7回ぐらい鳴ってから切れてしまったので寝なおしたら、また電話。今度は出てみたら札幌の父からでした。「おばあちゃんが今朝亡くなった」 祖母は満98歳、享年99。認知症で10年間特養ホームに入っていました。特養とは思えないほど綺麗で豪華なホームでとっても大事にしてもらっていました。ボケてしまっても「ありがとう、いつもすみませんねぇ」と言うのが口癖でした。甲状腺がんが悪化して食道を圧迫するので、食べ物や飲み物が飲み込みにくくなり、流動食もだんだん嫌がるようになって、最後は水分も拒否しました。無理に点滴をしても自分で抜いてしまう可能性が高いので、延命治療はやめて「看取り」をお願いしていました。完全に付き添っていることもできないし、朝起きたら亡くなっていたと言う場合でも仕方がないと思っていましたが、皆さん交替で見ていてくださったようで、午前2時半頃に叔父の所に「そろそろだと思います」と連絡があり、叔父と叔母とお世話になったヘルパーの皆さん達で一緒に見送って下さったそうです。本当に幸せなおばあちゃんでした。大阪に行っていたら、途中からとんぼ帰りをしないとならないところでしたし、高速道路の運転も危険だったかもしれません。そして、おばあちゃんの葬儀の日は、もう植物状態になってそろそろ1年になる母の77歳の誕生日でした。仲良し親子だったからなあ。この後、葬儀の写真があります。身内には何という事のない写真ですが気分を害される方もいらっしゃるでしょうからモザイクを入れましたが、心配な方はどうぞご遠慮下さい。 10年間もホームに入ったままのおばあちゃんでしたから、自宅のマンションを処分した方がいいんじゃないか・・・と子供たちの間で話が出たことが何度かありました。共益費が非常に高いマンションだったので、住んでなくても1年間で100万円ほどかかっていたんです。でも母が「両親が仲良く暮らした家からお葬式を出してやりたい、葬儀に集まったみんながホテルに泊まったりするんじゃなくて、家に集まって古いアルバムを見ながら話をしたり、形見を分け合ったりして、楽しい時間を過ごしたい」、という思いを貫きました。私が札幌に着いた夜、老人ホームから送り出されたおばあちゃんは十年ぶりに自分の布団の上で眠るように横たわっていました。不思議と体をむしばんでいたガンによる首の腫れはひいていました。顔もつやつやで、若返って見えました。叔母が綺麗にマニキュアをしてお気に入りの帽子をかぶせてもらっていました。湯灌に来た「おくりびと」は女性でした。20年前に逝ったおじいちゃんが天国の入り口で解らないと困るから、と昔二人で撮った写真を見せて、若返りメイクをしてもらいました。濃いめのファンデーションで気にしていたシミを隠してもらったら本当に若返り、そのお気に入りの写真を遺影にしてもらって、その時着ていたロングドレスを着せてもらいました。通夜と告別式は家族葬にして、新聞の死亡広告も出さず、知人にも一切お知らせせず、親戚からのお香典やお花もすべてお断りしました。生前の祖母の希望でした。葬儀社の社長の自宅だったという一戸建が会場で、2階に24畳の和室があり6人で泊まりました。お通夜の後もみんな笑顔。家族葬というのが流行のようですが、安くできると思ったら大間違いです。自宅にお坊さんに来てもらってお経だけをあげてもらい、食事なども自分たちだけで手配して、葬儀屋の基本料金分だけをお願いするならOKですが、今回は親戚だけとは言え、通夜後の食事、宿泊後の朝食などをお願いした分や、夜入浴した時に使ったバスタオルや洗面道具、貸し布団の料金などがかなり高かったです。(旅館の備品のようなタオルと歯ブラシのセットが一組1000円で請求されていました)戒名も簡単なもので良いかと思っていたら、祖父が社葬だったので豪華版の戒名がついてしまっていて、それとのバランスを考えたら・・・と高額バージョンの名前になってしまいました。私を含めて孫が8人、ひ孫は14人。孫の年代はみんな働き盛りなので急に休みが取れず、葬儀前に日帰りで来た人や、葬儀後の3連休に来た人、四十九日まで来れない人などそれぞれでしたが、おばあちゃんが居なくなってしまうと北海道まで来ることもなくなってしまうので、いとこ達と会うのも四十九日がラストチャンスかもしれませんね。葬儀は悲しいことだけど、おじいちゃんのお葬式以来二十年ぶりに会う人もいるので、こういう機会って必要なのかもね。一人一枚ずつお手紙を書いて棺に入れました。お習字の筆や半紙も入れ、耳かきが大好きだったおばあちゃんの手には竹製の耳かきを持たせました。後ろから見ていたら、兄と甥の襟足の毛の生え方が同じでおかしかった~。お骨を持って、帰りにお墓に寄ってもらいました。おじいちゃんもう少し待っててね。ドウダンツツジが真っ赤で綺麗。翌日には精進料理なんかそっちのけで、ビール園に繰り出しました。大人6人なのに、ビール園なのに、みんなノンアルコールの一族です。ジンギスカンとラムしゃぶを両方堪能してきました。今回は私はカメラマンだったので、悲しんでいる様子も写さないと、と思っていたのですが何だか笑顔の写真が多くて変な気持ちでした。きっと天国でおじいちゃんと会えて喜んでいるんだろうなって、みんなが優しい気持ちで見送れた葬儀でした。
2013年11月07日
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