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ビーチで写真を撮ってもらっていたら、タクシーの運転手さんが私になにやら英語で話しかけてくるではないですか。どうやら一日観光に乗らないかというようなことです。そういえば、この日は半日フリー。ビーチで時間がつぶれなさそうなので、渡りに舟とばかり、交渉開始。一日は無理、12時にチェックアウトするから、半日11時30分にもどって〇〇リンギットならOK.とかなんとか。交渉成立です。インド人のドライバーにお願いして、ちょこっと観光に出かけました。そこで観光パンフレットを思い出し、涅槃仏(スリーピングブッダ)までまず連れてってくれと依頼。ドライバーさんはペナンヒルという展望台まで行く予定だったみたいですが、¥が余計にかかるというし、時間もかかりそうなので、それは拒否。こちらで行き先を指示することにしました。外国人にはこちらの意思を明確に伝えることが大事ですね。ここがスリーピングブッダです。見るとタイの本物に比べると雲泥の差で、笑えてきますが、長さは15Mあるそうです。(昔見たタイの本物は金色に光っていて、それはそれは素晴らしかったです。)でも、まあこの張りぼて風もご愛敬でよいです。向かいにはミャンマー寺院もあるというので、そちらにも入りました。タクシードライバーさんが写ってます。背は低いです。色黒です。でも写真を撮るのは上手です。構図とかよく理解してくれます。お坊さんがいて、ブレッシングという手首にひもを巻いて、呪文を唱えてくれると旅行中の災難から身を守ってくれるというものです。私たちもやってもらいました。(この写真は私たちではありませんよ)またずーずーしくお坊さんと一緒に写真も撮ってもらいました。みなドライバーさんがカメラ担当です。ここで時間をたくさん使ってしまったので、そろそろ次の行き先を指定。極楽寺(パラダイステンプル)へゴー!ここはちょっと離れた場所にあるのでよく連れて行ってくれたねと、後でガイドさんから言われました。こちらはそんなことわかりません。ただパンフレットで書いてあったのでおもいだついて言っただけです。山の斜面に建てられているので、登るのがつかれました。しかも時間がほとんどなくなったので、大汗。でもとてもきれいなお寺でした。華僑の力を誇示しているかのようです。時間を20分ほど超過してホテルへ到着。¥は最初に決めた¥だけ払って、とくに問題はありませんでした。ツアーで用意されていたオプショナルツアーも似たような場所に行く内容でしたが、¥は私たちの方がはるかにお安くあがりました。国によってはタクシーはぼられたりしますが、ここは大丈夫なように感じました。ホテルに戻ってからあわててチェックアウトしました。
2012年03月28日
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ホテルはジョ-ジタウンからすこし離れたところ。ぱっと見るとやしの木があって、ム-ドがありますよね。左側の眺めは、すこしワイキキに似てる気もします。ホテルのベランダからみたビ-チです。ここから見るとよくわかるのですが、どうも、このペナン島のビーチはクアラルンプ-ルの川と同じく泥が混じってるような色です。エメラルド~!という南国ビーチとは趣が違いますね。事前に知ってはいましたが、やっぱりがっかりです。毒をもったクラゲもいるそうです。ビーチならもっと北のランカウイかボルネオ島のコタキナバルだそうです。部屋の中には、ここがイスラム教国だという証拠を天井に見ることが出来ます。矢印がわかりますか?この矢印、そうメッカの方向を指しているんです。私は最初非常口の方向を示しているのかと思ってました。
2012年03月28日
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ペナン島へはバスでそのままです。フェリ-ではありません。大きな橋があってそれを通ります。全長はなんと13km以上あるそうです。あれっ進行方向右側を何気なく見ていたら、煙が急に出てきました。爆発か火災のようで、ガイドさんも驚いていました。実はペナン島にはイギリスにだまされた歴史があります。タイからの侵攻時には軍事援助を約束するかわりに東インド会社の拠点としてペナン島を使わせてあげたのですが、いざタイがやってきそうだからと応援を依頼したら、イギリスは断って、逆にペナン島と対岸をマレーシアから奪ったのです。そのかわり、ペナン島の州都ジョ-ジタウンはシンガポ-ルと並ぶ国際交易の中心に一時なって繁栄しましたが。そういう歴史があるので街中にはイギリス建築が今でも多いようです。今は何と世界遺産になっています。このイギリスの対応は、アヘン戦争やイスラエル建国など、これまでにもよく出てくる行動パタ-ンです。イギリスという国がそういう国だったということはこの際よく覚えておきましょう。・・・・・といっているうちにもう着きました。ペナン島一番の繁華街、ジョ-ジタウンです。高層ビルもならんでますね。伊豆大島よりずっと都会です(^^;;;。アジアはいつの間にか日本より都会になってしまって、日本が取り残されてしまっているようにさえ感じます。消費税を早く上げて、公共投資もすこし増やさないと、古臭い日本には誰も見向きもしなくなってしまいそうです。
2012年03月28日
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ペナン島へ行く途中で、プキットメラのオランウ-タン保護センタ-に立ち寄りました。ここは広い湖ですが、かつては錫の漂砂鉱床で露天掘りしていた跡なんです。長い年月に水がたまって湖になってしまいました。保護センタ-は湖の真ん中にある島にあり、船で行きます。空がちょっと怪しいです。雨が来ないでほしいです。見えてきました。字の書体が映画「ジュラシックパ-ク」に似てますね。私たちを絶滅から救って!、今すぐ寄付を!と書かれてますね。ボルネオの森の中からつれてこられて、ここプキットメラの湖の人になってしまいました。彼らはこちらを見て、「また不器用なサル達が見に来たなあ」とでも思ってるでしょうか。なかなか愛嬌があり、特に子供がかわいいです。見てるうちに人間の赤ちゃんと何も変わらないように思えてきます。なんとか絶滅しないでほしいですね。でもここのやりかたでは、多分森に戻すのは無理では?日本のトキと同じ運命になってしまいそうな予感がします。生身の見学が終わり、ビデオ上映を見ている間についにスコ-ルがやってきました。ものすごい土砂降り。半端じゃないです。降り止むまで1時間以上かかりました。帰りの船は小ぶり状態で出発となりました。ところでこの湖の中に、あの高級熱帯魚、アロワナが棲んでいるそうです。
2012年03月28日
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今度はキャメロンハイランドから北西のペナン島を目指して降りていきます。ミニ動物ランドの裏にビルの建設現場があり、掘り返した後を見ると、巨大な花崗岩がごろごろ転がっています。掘ればあちこちがそうなのでしょう。筑波山がたくさんあるようなものです。そうなんです。マレ-半島は花崗岩体がどかっとあります。錫はその中にできたものが風化によって搾り出されて、川や沼地に蓄積したものなんですね。花崗岩の山は風化されやすいことから、比較的なだらかな山容を示すことが多いのですが、ちょうど行程の中間点、低地に降りてきたイポ-のあたりで、急に凹凸の勾配がきつくなってきました。え~と、どこかで見たような??そうです、中国の桂林で見た景色です。これは紛れもなく石灰岩の山ですね。太古に大陸棚で珊瑚が繁茂していた成れの果てでしょうか。ここイポーは盆地なので、ものすごく暑いです。バスから出るとムッとした熱気で、やっぱりここはマレ-シアと気づかされました。
2012年03月28日
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マレ-シアもきれいな蝶の天国です。オレンジ色の蝶の標本をKLのバティック店で買いました。そしてここキャメロンハイランドのミニ動物ランドにもきれいな蝶がたくさんいました。この蝶はもちろん生きてます。手に持って服に止まらせると逃げません。手にも乗ったままです。どうなっているんでしょうか。飛べないようにしたのでしょうか。相棒はブロ-チのようだとお気に入り。何枚も写真を撮りました。ほかにも変な虫がいます。これは木の葉虫。まるで葉っぱそのものです。これでいきてるんですから不思議です。こちらは何でしょう?大体どこにいるんでしょうか。まさに「木の葉隠れ」ですね。さてそろそろ下界に降りる時間です。ここは野生のランが野山に咲いています。といっても見たのは一種類ですが、あちこちで見かけました。ス-ムでなんとか撮影できました。高原といってもやっぱり南国っていうことでしょうね。さらにこのあたりは高原野菜の生産地です。みな温室栽培です。群馬や長野みたいですね。海岸付近では土壌も悪く野菜が採れないので、高地で栽培して運ぶようです。
2012年03月28日
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朝めざめると、すがすがしい朝日が。さわやかな風が・・・。山から雲が滑り下りてきます。なんだか日本の白馬にでも来たような気分です。高原いちごも有名。なかなかおいしいですよ。日本の「とちおとめ」や「あまおう」には負けますが。まちの一角では市場が開かれていて、野菜、果物、おみやげなどなど色々売っています。写真は生はちみつ。おいしかったです。中には10個以上便づめを買った人も。スーツケース重量オーバーしないのかなとこちらが心配。
2012年03月28日
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この辺りで有名なスチームポート。なんていうことはない鍋料理で、なんでもいれればよいのです。でも日本人の口にはとても合っています。ホテルに着いた後で、私たちは暗い中、約1km離れた繁華街(?)まで歩いて行きました。そこで、インド料理店を見つけて、少し明いたコバラをナンで満たそうと注文。食べるとナンの中にアンコとして色々入っています、中身はもう忘れましたが、なかなかおいしかったです。飲み物を別々に注文し、ナンは一つで十分でした。あまりきれいなお店ではないですが、インド人はとても親切です。とにかくマレーシアはどこでもほとんど英語が通用するので、私の片言でも生活するにはそれほど問題ないようです。それもロングステイが盛んになった一つの理由なのでしょう。商社勤めで一時海外赴任した経験のある、ちょっとお金もちの中高年がここにきているようです。今回の旅行はパック旅行で、そういう下見を兼ねてなのか、3組の高年齢夫婦がきておられました。みなさん現役時代はそれなりの役職に就いておられたたみたいで、いまだにオエライさん気どりが抜けていないようでした。こういう方々が結局自分たちだけの島国小集団を形成するのでしょう。なんだ日本と少しもかわらないじゃないか、そんな気がしてきました。わたしはそれよりもインド人とお友達になりたいな~。
2012年03月24日
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常夏のマレーシアですが、マレーシアにも避暑地があります。名前はキャメロン・ハイランド。イギリス統治時代にイギリス人がマレーシアの暑さに音をあげ、開拓された場所だそうです。マレーシアの首都クアラルンプールから北へ約4時間、標高1500mの高原なので、ここがマレーシアとは思えない程、澄んだ空気です。年間を通して15℃~20℃の気温で、朝夕はひんやりと涼しくさえ感じられます。ということで、午後にはクアラルンプール市内を後にして、キャメロンハイランドに向かいました。登る途中には、原住民たちの古い家々が立っています。1時間以上バスに揺られて登ってきたところに開けた街並み、やってきました、キャメロンハイランドです。でもバスはもっと先に足を進めます。標高が高くなるごとに植生が変化するのが面白いです。そこに待っていたのは、広大な茶畑。有名なお茶の産地。主流はイギリス人が大好きな紅茶ですね。降り立つと、そこは軽井沢のような高原、実にさわやかです。熱帯地方とはおもえません。近くで見ると、このようにきれいな緑色、赤いブーゲンビレアの花との対比が美しいです。まさに「いつでもお茶時間」ですね♪ここに今、定年を過ぎた日本人がたくさんロングステイしているのです。結構贅沢ですね~。将来定年過ぎたら、3カ月程度住んでみるのもいいかもと言ったら、相棒は3週間もいたら退屈してしまうとのご返事でした。
2012年03月24日
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クアラルンプール市内で昔からある建築物のひとつがこの最高裁判所の建物です。美しい建物です。今は多くの現代的な高層建築物に囲まれています。昔のクアラルンプールで、周りに何もなくてこの建物がある写真を見ました。マレーシアの苦難と発展の一部始終を見てきたのでしょうね。こちらは国立のモスクです。私たちも中に入りました。入るとき女性は全身を覆う着物を着て、頭にも布のようなものをかぶって入ります。相棒はなんだか「一休さん」のように見えて、大笑いでした。中では年配の女性から、イスラムは貧しい人のために祈るのですと、説明を受けました。なんだか複雑な思いがわいてきました。
2012年03月24日
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クアラルンプールにあるマレーシアの独立記念塔です。第一次世界大戦と第二次世界大戦と、その後の闘いは共産主義勢力との戦い(赤狩り?)を表しています。それらの戦で亡くなった英霊の鎮魂の碑でもあります。1957年に独立ですから比較的若い国ですが、その前のポルトガル、オランダ、イギリス、日本などによる占領や、中国(華僑)、インド系、インドネシア系などの進出など、日本のような終着点国家とは違う、交差点国家の宿命ですね。この花=ハイビスカスはハワイの花でもありますが、マレーシアの国花でもあります。南国だけあって、いたるところでいろんな花が見られます。
2012年03月14日
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クアラルンプールにあるペトロナスツインタワー。タワービルでは一時世界一の高さを誇っていました。ちょっとwikiを引用。ーーーーーーーーーーーーーーーーこの塔はイスラム様式でマレーシアのモスクに似せて作られており、特徴的な尖塔を持つ。建設当時はこの尖塔を含めた高さで建築物世界一を誇っていたが、2003年10月17日に中華民国(台湾)の台北101に世界一の座を譲り渡した。ただし、二本のビルが対になっているツインタワーとしては依然として世界一の高さを誇っている。建築に関しては日本の建設会社ハザマがタワー1を、韓国のサムスン物産建設部門がタワー2を、それぞれ建設した。なお、41階と42階の二箇所に設けられた2本のタワーを結ぶ連絡橋(スカイブリッジ)は、フランスの建築会社による施工である。ーーーーーーーーーーーーーーーーと言うことです。表層はブリキではなくてステンレス鋼だそうです^^。私は外観が錫の合金ピューターの入れ物の表面の旋盤加工後のように見えて仕方がありません。意識してそうデザインしたのならばさすがだと思います。なんとこの右側の韓国製ビルはわずかに傾斜しているそうです。だからかどうかはわかりませんが、右側にはテナントが左よりずっと少ないそうです。でもマレーシアは地震がほとんどない地域なので、ほとんど問題はないんでしょう。建築中の建物も見ましたが、鉄筋が細くてすくないのに驚きました。かなり心細いです。日本の偽装建築マンション以上です。昨年11月には台北101、今年はペトロナス、そして2/25にはスカイツリーを見ました。高いところは超苦手ですが、地上から見るのは平気です^^。
2012年03月10日
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キャシテライトというからわからない。錫石といえ、そう怒られそうです。そういう私も鉱物のカタカナ名をずいぶん忘れてしまいました。そういえば、その昔茨城県笠間市の山の中に冬に入り、イノシシをおそれながら、大正鉱山跡をさがしてうろうろ。ようやくお目当ての錫石の小さな自形結晶がついた石を見つけて、その結晶をはがし、持ち帰りました。ところが、家に帰って見るといくら探してもその結晶様がおかくれあそばして、どうやら天国へ旅立たれたご様子。他に持ってきた数個をルーペで見ると、一個にようやく結晶が水晶結晶に交じって光っていました。キャシテライト=錫石=二酸化錫です。金属錫の主要鉱石でもあります。花崗岩マグマの熱により熱せられた高温の熱水鉱床の石英脈に析出するのがタングステン重石や錫石など。ついでにトパーズや蛍石も付随する場合がありますが。この石の指をさした部分がキャシテライト=錫石だと思います。というとマレー半島は花崗岩がたくさんあるようなので錫石もたくさん採れます。その出方は、上記のような山の石英脈にあるのではなく、それが風化して砂のようになって川に流れます。錫石は重く、風化に耐えるので、流れの淀んだ部分に集中して濃集します。長い年月のうちに川でなく土に埋もれたりもします。それを掘り出すのです。下の写真は掘り出している様子です。典型的な露天掘りですね。川か池を掘っているので、浚渫(しゅんせつ)と書いてあります。昔はクアラルンプールの近くのいたるところが掘られたようです。その巨大な堀のいくつかは現在池や湖のようになっています。昔、すずは青銅の成分として使われました。その後耐食性の良いすずはブリキとして鉄の表面に使われました。でもいまはそれほど多く使われなくなり、価格も低迷したままです。錫の世界的な産地だったマレーシアもいまはあまり掘っていません。天然ゴムも減少し、錫も減少の一途。石油も今はありますが埋蔵量的にはそれほど先々まで明るくはないようです。でもリッター60¥は日本の約半値で、魅力的ですよね。と言うことでマレーシアは次世代を担う産業の近代化が急務なんですね。日本だって、お家芸の大半が韓国中国などに追い抜かれてしまいました。とても他人事ではありません。しかもどこの国の真似もできません。家に帰ってから、先日片づけをしていたら、錫の合金であるピューターのコップが出てきました。表面に鋳物のきれいなレリーフがあります。確か昔昔ドイツで買ったもの。この錫は一体どこの錫?
2012年03月05日
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マラッカからクアラルンプールの近くまで戻り、セランゴール川へ向かいました。川辺に生えるマングローブの葉を食べて生きる蛍がまたたく様子を手漕ぎボートに乗って眺めるというものです。さて、夕暮れのセランゴール川です。満潮時なので逆流していました。勾配が少ないためですね。タイの洪水と同じ状況です。熱帯地方では蚊の媒介する病気がいろいろあるので、強力な虫よけスプレーを露出部にかけました。マラリアはほとんど大丈夫だそうですが、デング熱が心配です。ライフベストも着ました。準備万端です。あたりは蛍鑑賞のため照明一切なし。手漕ぎボートで漆黒の闇の中へこぎだすのは不気味でもありました。蛍が逃げるといけないので写真撮影は一切だめ。フラッシュなしでは無理です。ですから以下のつたない説明から、目をつぶって妄想してください。ボートは静かに滑るように進みます。あたりはひっそり静かです。しばらく進むと、いました、いました。まるでクリスマスイルミネーションです。同調して明滅を繰り返しています。周期は1秒以下です。ここの蛍は日本の蛍より小さいです。一つの木に何百という蛍が止まり、同時に明滅しています。木が呼吸しているかのような明暗のくりかえしです。色は白色ですが、妄想が着色して極彩色にさえ見えてしまいます。空にも満点の星屑が輝いていますが、またたきはほとんどみえません。蛍と違い、星は凍ったような無機質の光です。日本の空よりすぐ近くにたくさん見えます。空と地上で無音の光のショーが競い合っているかのようです。ふと、気がつくと、一匹の蛍が私の手に近づいてきました。反射的に握ったら、その端の方でじっとして光っています。手をゆっくり開くと、蛍はふっと飛んで、相棒の肩に止まり、そのままそこで明滅しています。「お父さんが会いに来たのかもしれないね」というと、「そうかもね」と呟きました。此岸と彼岸をつないでいるかのようでもある、不思議な不思議な蛍達の演出でした。感動的なショーが終わると、船はゆっくり滑るように船着き場に戻りました。しばらく余韻に浸っていました。当初は蚊にさされるのがいやだなというマイナスイメージでしたが、予想外の感動がありました。蚊もほとんどいませんでした。自然はかけがえがないですね、見るとわかります!
2012年03月04日
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午後からマラッカのチャイナタウンを歩きました。いかにも赤い色が幸せ色の中国系です。ここに青雲亭という仏教寺院があります。全体の形を撮影し損ねましたが、屋根の形を見ても美しいフォルムですね。中の絵を見ても作者の技術の高さがわかります。ここには実はイスラム教の寺院(モスク)もあります。時間になったら例のコ-ランがあたりに響くのでしょう。さらにはヒンズ-教の寺院もあるのです。歩いてすぐのところにあります。マラッカ、さらにはマレ-シアという国の宗教事情が端的に現れていると思います。先に紹介したようにキリスト教会もあるので、さまざまな宗教がすぐ近くでいわばうまく共存しているのですね。世界の宗教対立がここでは共存できているわけですから優れた世界モデルと言えるかもしれません。ただしイスラム教はやはり厳しい宗教なので、異教徒は大きな譲歩が必要だそうです。内にも外にもどちらかというと甘い日本の仏教とは大いに違うのがイスラム教。内にも外にも厳しいようです。生きるための宗教が、宗教のために生きるような逆転があるようで、どうもなじめません。でも生きるのが難しい地域で形成された宗教ですから、きっとそれなりの理由があるのでしょうね。無宗教でも生きていける日本に生まれ育ったことを神様に感謝です^^。
2012年03月04日
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赤い壁の上には十字架そして青い空、美しいですね。時代を超越しています。この赤い壁、セント・ポール教会の壁は、溶岩でできていると現地ガイドさんは説明していました。でもここマレー半島には火山はないし・・・?確かに一見溶岩風でもありますが、つぶつぶがちょっと変です。赤い色は鉄分が豊富なように思えます。周りの地面を見て気がつきました。このつぶつぶ、実は赤土が固まったもので、ラテライトというものです。熱帯特有の土というか石ですね。熱帯地方では、鉄の水酸化物やアルミの水酸化物が風化の過程で形成され、それ以外は水に流れてしまう現象が起きます。この結果ラテライトと呼ばれる風化土が形成されます。鉄分が多い赤いラテライトとアルミが多い肌色のラテライトがあり、後者はボーキサイトとも呼ばれます。ボーキサイトからアルミが精錬されるように、ラテライトからは鉄が精錬できます。地下にある「ラテライト」は、湿っているときは普通の土と同じように軟らかいのですが、いったん乾燥すると鉄分の影響で非常に硬く個結してしまいます。レンガとして使われた理由です。教会の下にはサンチャゴ砦といわれる遺跡もあり、これもポルトガル人が造ったもので、やはりラテライトのレンガでできています。かなり丈夫なようです。砦には最適ですね。熱帯地方の建造物には、このラテライトがよくつかわれてきました。日干しレンガともいわれますね。ここマレー半島は赤土がいたるところに見受けられます。農業にはちょっと不向きでしょうね。なるほどヤシ園ですね。
2012年03月03日
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