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名古屋駅に戻ってきました。ツインタワーでしょうか。高いですね。駅で夕食。「名古屋と言えば、味噌煮込みうどんだ」とテレビで放送していたので、探したのですが見当たらず。駅から出る時間的余裕はないし。仕方がないので、相棒は八兆味噌煮のきしめんを頂きました。私は八兆味噌があまり好きでないので、しょうゆ味の名古屋コーチン入りきしめんを頂きました。ちょっとからかったのですが、鶏肉の油の出汁がよく出ていて美味しかったです。きしめんは形が平型である以外は基本的にうどんそのものだと、そのお店の方がおっしゃっていました。そこはきしめん専門店です。八兆味噌きしめんも頂きましたが、やはりしょうゆ味の方が私は好きです。ついでに言うと、味噌カツよりもやはりトンカツソースをかけた「和光のとんかつ」の方が好きです。この感想はあくまで個人的な好みの感想です。名古屋の皆さまごめんなさい。おっと、マグロやマンダイの切り身を味噌づけにしておいて焼いたものは大好きです。味噌汁だって毎日頂いてますよ。赤味噌じゃないですが。そういえばもうお正月。御雑煮、こちらではしょうゆ味ですが、聞くところによれば関西は味噌味だとか???名古屋あたりはどうなんでしょう?
2012年12月26日
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山の上にはもう白い雪が降っています。といってもこれはもう約一カ月前の写真。今はもう真っ白でしょうね。有料道路レインボウラインを走って、ようやく三方五湖に着きました。これから200mをケーブルカーで山頂公園へ登ります。毎度ながら苦手です。なるべく下を見ないようにしています^^;;;。五湖はいっぺんにはみえません。間の仕切りが太い天の橋立に見えてしまいます。この三方五湖は日本海に近い一つ以外は沈降によってできた陥没湖のようです。太い橋立は山の尾根ですね。日本海に近い一か所は砂州が伸びて小さな湾が閉じたようです。こちらは外海、つまり日本海です。拡大すると、こんな感じです。帰りのケーブルカーを横から。なんだかおもちゃみたいですね。帰りは他の方々は一人のりリフトでしたが、私たちだけケーブルカーです。情けないのですが高所恐怖はどうにもなりません。降りる途中の景色です。天気が良くて最高でした。ここも今頃は真っ白なんでしょう。ネットからの引用です。ラムサール条約もすごいですが、もっとすごい場所らしいです。ーーーーーーーーーーーーーーーーー三方五湖の一つ水月湖の湖底土から、気候変動が8万年~10万年前の状況が分かるそうです。水月湖には直接流れ込む河川がないため、湖底周辺の地形も急斜面も浅瀬もなく、波や洪水などで湖底土が乱されず積もったままの状態で保存されているとのことです。※水深が34m湖底71.5m 約100m掘り進めた調査積もった土は1年に一枚の縞模様があるそうです。それで雨が多かった年であるとか過去に起こった大地震の状況も判明する。現在 大地震は2500年に1回という数字が考えられるそうです。イギリス、ニューカッスル大学地理学教室助教授 中川毅ーーーーーーーーーーーーーーーーーこの過去の地震の記憶も太平洋側の津波の記録と関連させてもっと研究してほしいですね。
2012年12月26日
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閑話休題かわいいにゃんにゃん。二匹が寄り添っています。この二匹、ここに到着後の夕方も、翌朝も寄り添っていました。どんな関係かはわかりませんが、仲睦まじきことは良きことかなですね^^。で、この場所、海岸です。海は、かの有名なエーゲ海です。といっても国はトルコですが^^。
2012年12月25日
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「三方五湖」へいく途中、バスの中で頂いたお弁当が「焼き鯖寿司」。そういえば美山かやぶきの里と経由して宮津までは「鯖街道」といわれますね。知らない人は昔からの郷土料理と思うでしょうが、実は2000年に福井県三国町で開発された新しいヒット商品だそうです。富山の「鱒の寿司」も好きですが、此方も美味しいです。
2012年12月23日
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天橋立の後は、舞鶴経由で、三方五胡へ向かうのですが、なぜかここはアルファベットの「o」=「オー」が頭文字となる地名が多いのです。最初は「大江山」、地質学では有名です。「大江山オフィオライト」昔の海洋プレートのかけらが山になっています。早い話が蛇紋岩が多い山ですね。「大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立」母、和泉式部の代筆じゃあないよという主張で有名な歌です。まだ山はガスが出てきたりします。次は今反原発で有名ですよね。「大飯町」です。活断層議論があちこちで火を吹いています。破砕帯を伴っていれば、ほぼ活断層ではないでしょうか。そうはいっても日本中たくさんの活断層があります。平気でその上にビルが建っているところもあります。動かなければただの地層です。それにかつての活断層定義と今では違うので、当時は活断層でなかったものが今は活断層になってしまう、これって法律的に問題ありですよね。なんて書くと、叱られそうです。でもね、東北日本の応力状態は東日本大震災によってかわりました。以前は強い圧縮場でしたが、今はそうではないようです。すると、活断層の危険性も変わってくると思います。さらに、見事再選された大統領といえば、「小浜大統領」じゃなくオバマ大統領。ということで、小浜市です。個人的には好きな大統領です。アメリカが沈没すると、日本も沈没しますので頑張ってほしいです。
2012年12月22日
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ついに着きました。日本三景「天の橋立」です。といっても、神社の中にあるケ-ブルカ-で笠松公園の高台に上らないと見えません。そして、このケ-ブルカ-代はなんとオプションで別料金。せっかくここまできて、下の橋の部分(砂洲)を歩くだけっていう方はあまりいないでしょう。これがケ-ブルカ-。数分で上に上がります。最初に乗ったときには床が斜め下になっていましたが、上ると次第に勾配が急になってちょうどよく水平になります。結構急です。ここが上ったところです。見事に晴れ渡っています。この時期、こんなに見事に晴れるのはめったにないと売店の方もおっしゃっていました。日ごろの行いがよいからでしょうか?単なる偶然でしょうか?これがよく見る眺めですね。まるで絵葉書と同じです。砂洲の左側は内海で阿蘇海と言うそうです。天皇陛下がここの風景の説明を受けたときに、「あそかい」と言ったとか言わないとか。そこで説明した方がプっと吹いたらさぞかし面白かったでしょうが。ここはいわゆる「股覗き」が有名。覗くための手すりが着いた場所もちゃんとありました。実際に「股覗き」をしてカメラで撮影したものです。こうすると、「天の橋立」という言葉の意味がよくわかるっていうものですね。というのはうそで、本当はイザナギのミコトが天にいる大神に会いにいくために作られたはしごだそうです。天の橋立=「天のはしご」というわけです。それが倒れて、現在ここにあるというわけ。それにしても美しいです。これで、日本三景、「松島」、「安岐の宮島」、そしてこの「天の橋立」すべて見ました。どこも情緒豊かな和の風景がすばらしいですね。江戸時代から日本三景という言葉はあったそうです。ここは日本三大松原にもなっているとか。砂洲が減ってしまわないように、砂防処置が施されているようです。放置すると、海の橋立になってしまうらしいです^^;;;。ケ-ブルカ-、帰りのほうが怖いです。さらに、日本三景を雪月花にたとえて、「雪」は「天橋立」、「月」は「松島」、「花」は紅葉を花に見立てて「宮島」だとか。年の瀬の「天の橋立」はもう雪景色でしょう。それも幻想的で美しいのでは・・・。
2012年12月22日
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朝霧がかかるホテルを出て、天の橋立をちょっと越えてバスは進みます。空から雨の代わりにまるで雲がまるごと地上に降ってきたかのよう。天気予報では雨曇りだったのですが、うれしい誤算です。海はガスっていますが、なんだか期待できそうです。ようやく到着したのが、湾に沿って並んでいる伊根の舟屋。といっても高台から見るだけ^^;;;。肉眼では何とか見えるのですが、コンパクトカメラではガスっているのも手伝い、厳しいです。拡大しました。もっと拡大しました。早い話が、家が海に面していて、車庫ならぬ舟庫が家の一階についている構造ですね。小さな舟で漁業するにはとっても便利な造りです。確かNHKの朝の連ドラの舞台にもなったような・・・。ここはこのようにガスっていましたが、次に向かう日本三景は!!!???なんだか日本晴れの予感が?^^?^^?
2012年12月22日
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日本三大「かやぶきの里」といえば、福島県の「大内宿」、岐阜県の「白川郷」そして、ここ「京都美山町」ですね。ようやく全部訪れました。といってもどれも副産物。大内塾は「塔のへつり」が目的、白川郷は「高山、郡上八幡」の帰りに、そしてここは「京都と天の橋立の間」です。ここは屋根の上にのっかっているものが特徴ですね。なかなか絵になります。屋根に生えた苔の色が素敵です。この時期の「紫式部」も素晴らしいですね。そとは寒いです。そろそろ暗くなってきました。写真には写っていませんが、山の一部は白くなっているんです。もう日本海が近いんですね。
2012年12月19日
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トロッコ嵐山野駅で待っていると、やってきました、トロッコ列車が。といってもトロッコになってるのは後だけ。この季節トロッコは寒いです。紅葉の中を列車は走ります。数年前に来た時は夏の時を思い出しました。下には保津峡下りの船が見えますね。橋の上で止まっています。私の大好きな石がゴロゴロ(^^)。河原に降りて見たい気分です。終着駅「トロッコ亀岡」に到着。ここから京都を離れて、北に向かいます。さてどこに行くのでしょうか?
2012年12月19日
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川に鵜がいます。野生なんでしょうか。ここは嵐山。紅葉の名所。いつ見ても渡月橋は絵になりますね。橋を渡ると法輪寺、でも渡らず、近くのお土産屋さんで、京都土産を物色、実家に宅配手配です。これですっかり時間を費やしてしまったので、後は、渡月橋の延長の道を天竜寺方面に向かって進みました。天竜寺も越えてから左折、天竜寺の北門を左手に見ながら、さらに進むと、ここはもう「嵯峨野の竹林の小道」です。人通りが多かったのですが、それでも、ここも京都中の京都。素敵な道です。何年ぶりでしょう。ここを上って右折すると、トロッコ嵐山駅が見えてきます。
2012年12月19日
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伏見稲荷さんから今度は洛北へ一気にのぼっていきます。途中、歌舞伎の宣伝が目につきました。南座では顔見せ興行をやっていました。ちらっと見えたのですが写真には撮りきれませんでした。このすぐ後に、中村勘三郎さんが亡くなられたのです。さて、実相院は「床もみじ」が有名。でもそれは写真厳禁。見張り番の女性がいて、カメラを向けただけでピリピリ文句を言われました。床に写りこんだ紅葉です。大したもんじゃないです。しかたがないから直に紅葉を映しましたが、これもたいしたもんじゃないです。それよりこの庭の中央にいる青サギ君が見えますか?じっと何かを見つめています。その後トイレの方に行ったら、後ろで歓声が上がりました。ふと見ると、口に魚をくわえて飛び立っていきました。池の魚を狙っていたのですね。大勢の人が見ていても一心に獲物を狙う真剣さが見事です。紅葉にうつつを抜かしているのは人間様だけです。普通の生き物は明日の命のために毎日必死で餌をさがしてます。時間がないので、私たちのお昼のエサはお弁当^^。これから嵐山に向かうバスの中で頂きます。
2012年12月17日
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千本鳥居で有名な伏見稲荷です。いかにも京都中の京都という大好きな風景です。とくに緑の中の朱色は補色関係もあり、際立って刺激的です。その朱色の門が奥行きをもって連なる景色はどこか非日常の雰囲気を醸し出していますね。ちょうどこの分岐点で、外人さんが、カメラを鳥居に向けながら、どうやら自分も写真を撮ってもらいたい雰囲気が感じられましたので、逆にこちらが写真をたのんで撮ってもらいました。もちろんそのお返しに撮ってあげました。皆さん、ここで写真撮りたいですよね。この鳥居の先には「おもかる石」という石が置いてあります。この石を願い事をしてから持ち、思っていたより軽ければ願いはかない、予想より重ければ願いはなかなかかなわない。そういう言い伝えがあるそうです。私は予想より少し軽かったような。こちらはお狐様スタイル良いですね。願い事の絵馬の代わりにきつめ面ですか。どこかひょうきんでユーモラスですね。お稲荷さんもここは三角形で独特です。このあと駐車場で待機しているバスに戻るのですが、かなり距離があるのです。10分の時間を想定していましたが、なんと踏切2か所もあり、その両方でしまってしまい、5分の遅刻をしてしまいました。しかも私は戻り道を忘れてしまい、相棒がわかっていたから何とか戻れたのです。私たちが最後でクレームかなとおもったら、さらに25分ほど遅れた方がいました。どうやら迷子になったようです。ひょっとしてお狐様につままれたのかも^^。戻ってから添乗員さんが何度も繰り返して文句をお客全員に話していました。バスの中の私たちは、何もそこまでいうことないだろうに、そう思いちょっとしらっとしてしまいました。というのも、駐車場まで遠すぎるのだって一つの原因であるからです。つまり、添乗員の集合場所の設定も不適正、私にはそう思えました。しかも遅れた人は故意ではありません。遅れた年配のお二人はこの後面白くない旅行になっただろうなあと気の毒です。(最後でなく2番目でよかったなあ^^;;;)
2012年12月13日
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ということで、今夜は大阪、堺での宿泊です。アゴーラ・リジェンシーとかいうホテルです。部屋から見た大阪の夜景です。此方はもうすぐ夜明けです。この空の下で、大阪維新の会が日本維新の会となり、政治革命を起こすかのような前宣伝に、一部のマスコミは過剰な期待感を示していましたが、次第にト-ンが下がり、石原前都知事と組み出したころから、何やら支離滅裂の現実路線へ舵を切ったようです。この手の野合は、未来の党と小沢一派との野合と好対象ですね。同じ位みっともないということです。消費税の地方税化とかいっていますが、人口の少ない地方は切捨てのように見えます。そうならない方法もあるということですが、具体的な説明がありません。もしうまい分配方法があるんなら、示せますよね。で、そのほかの政策提言はぱっとしません。石原さんを党首にしたなら、党首たるもの尖閣問題に火をつけた責任を認めていただきたいと思います。どうせ認めないでしょうが=政治家としての資質なし。ということで、大阪市長をきちんと無難に任期務めてほしいと思います。
2012年12月13日
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清水寺で体が冷えたので、途中の坂をちょっとわきに入って、湯豆腐「順正」という聞いたことのあるお店に入ってみました。そこで湯豆腐と豆腐づくしのようなセットを注文しました。結構おなかいっぱいになってしまいました。黒ゴマたこ焼きが余計でした。^^;;;体もすっかり温まりました。もちろんアルコール効果もありますがね(^^)。ここから大阪までバスです。京都が混んでいるからといっても、大阪はちょっと遠いです。
2012年12月11日
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バスは清水寺へ向かう坂の途中の駐車場で待機。有名な七味トウガラシ屋さんの近くです。ここからはもう少しです。それにしてもすごいひと、旅行はフリーの方が良いけれど、この時ばかりは団体で良かったです。道の左側にはフリーの方が長い行列で並んでほとんど動いていません。私たちはチケット入手済みなので、普通に進んでいけます。さて、この後は、またボケボケ写真のオンパレードで恐縮ですが、皆さまの目で都合よく補正いただき、ライトアップを頭の中でお楽しみいただければ幸いです。私自身は昼の方がずっと好きですが、、、。まずこれが入口です。光が夜の空に向けて発しています。聞くと、西方浄土へ向けて発しているそうです^^。舞台にたどり着き、なんとか京都タワーを撮りました。京都タワーは灯台なのか、ろうそくなのか?どっちなんでしょうね。正面には五重塔?が見えています。これも私は昼の方がはるかに好きですが・・・。道は二手に分かれています人ごみの苦手な私たちはショートカットする階段側を選びました。階段で舞台の柱を右手に見ながら降ります。下に降りて、六花亭のところで塔を見上げると、、美しいですね。京都に来た実感がわいてきました。今度は桜の時期に来たいです。今は寒いです。
2012年12月09日
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バスは再び名神高速を走り、栗東、草津、大津、そして京都は山科に入ってきました。京都はちょうど2年ぶり。さらに東山をくぐり、三条通りに出てきました。ふと右手に目をやると、平安神宮の大鳥居が見えました。思わずシャッターをおしたのですが、ボケボケ。京都の石不思議展に来ていたころ、よくこの辺りを通りました。懐かしいです。それにしてもボケボケで目に悪いですね。南禅寺に到着。大きなお寺ですよね。もう少し暗くなっています。雨も降ってきました。南禅寺から歩いて湯豆腐屋界隈をとおりすぎ、哲学の道に到着。さらに歩いて、きれいな紅葉のところで写真。ここで、戻りました。何度か来たこの道、本当に懐かしいです。戻り道で黒ゴマたこ焼きを頂きました。たこが小さい割に値段高めでしたが、体が温まりました。このあと清水寺のライトアップへ。この南禅寺から清水寺までバスで1時間もかかるとは・・・。
2012年12月09日
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康安元年(1361)、近江国の領守佐々木氏頼が、この地に伽藍を建て、寂室元光禅師を迎えて開山され、瑞石山永源寺と号した。とはネット情報ですが、本当に歴史ある大本山です。鈴鹿山脈に発する愛知川にかかる橋を渡り、石段をのぼると、十六羅漢像が出迎えてくれます。写真でわかりますか?左中ほどです。露頭を直接彫ったようです。素朴ですが素晴らしいです。さらに進むと、山間の紅葉が見事です。どっしりとした茅葺の本殿もりっぱです。苔むした庭に紅葉がちりばめられて兼六園のようです。これぞ日本の美ですね。
2012年12月09日
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多賀大社は民家を縫うように狭い道を抜けたところにありました。でも、ここは、かの伊勢神宮の親に当たる由緒正しい立派な神社だそうです。りっぱな鳥居を抜けると、立派なお社が出迎えます。多賀大社(たがたいしゃ)は、滋賀県犬上郡多賀町多賀にある神社です。「イザナギノミコト」と「イザナミノミコト」の2柱をまつっていたので、その子である「アマテラスオオミカミ」をまつってある伊勢神宮の親というわけですね。古くから「お多賀さん」として親しまれたそうです。 道に出ているお店で、小さなボトル入りの日本酒を購入し、京都への道すがら、バスの中で相棒とちびりちびり味わいました。おっとその前に永源寺に立ち寄りました。ここもなかなかのお寺ですが、それは次回に
2012年12月09日
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今回、京都、天の橋立、三方五湖などを巡るツアーに参加しました。最初に訪れたところが、滋賀県の北東に位置する渡岸寺です。ここには日本で一番美しいといわれる国宝十一面観音像があります。あいにくの雨の中、閑散とした庭を通り抜け、収蔵されている観音堂に入ると、それはありました。写真撮影禁止なので、解説はここをご参照ください。貞観時代ということは、東日本大震災に匹敵する貞観津波が来た時代、さらに天然痘が流行して大変な時代に、この観音様が民衆を救済するために降りてきたということでしょうか。もともとは金箔で覆われて金色に輝いていたそうです。今はそれもはがれて、下塗りの漆の黒い色が見えていますが、それもまた渋くて悪くはないですね。左手には人々に差し出す水差しをもち、異常に長い右手は救済の手を差し伸べるお姿だそうです。それにしても、美しい曲線美、なんだか艶っぽい雰囲気すらありますね。今から1200年も前のヒノキ一刀彫。微妙な動きのある絶妙のバランスが実にすばらしいです。戦国時代の愚かな戦で焼き討ちにあい焼失した歴史ある建物、村人が必死に埋めて隠した観音像、何が大切かを知っていたのは領主ではなく農民でした。庭の紅葉もかなり落葉して地面を赤く染めていました。お堂を出ると、さきほどまで降っていた雨はやみ、空には青空がのぞいていました。これも観音様のパワーでしょうか^^。
2012年12月09日
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再掲です。-------------今土壌汚染の悪役となっているセシウムです。でもこのセシウム、あまり聞きなれない元素ですね。それもそのはず、鉱物構成元素ではめったにおめにかかりません。そのうちの2種だけ紹介しておきます。ひとつは、ポル-サイト(ポルックス石)です。石英とかたさも色も似ていて見分けが難しい石です。しかも日本では殆ど産出されません。リチウムペグマタイトが主たる産地です。これまで、茨城県妙見山、福岡県長垂の2箇所でみつかっています。私の持っている妙見山標本中のどれかに共生しているかも知れないのですが、識別困難なので、わかりません。むかしはセシウムはリチア雲母のリチウムの副成分として得られていましたが、現在はカナダのポル-サイト鉱山からかなりの量が得られるようです。精製するとセシウム単体=金属セシウムが出来ますが、アルカリ金属の最右翼であり極めて反応性が高く、例の金属ナトリウムよりもカリウムよりも強烈だとか。もうひとつは、宝石です。マダガスカルで発見されたラズベリル。セシウムベリルともいわれました。今ではペツォッタイトといいます。ばら色というかラズベリ-のような色合い。ベリルとついていますが、厳密にはベリルとは結晶構造が違います。そういえば2004年ごろの新宿ミネラルフェアで入った正面に陣取ったフランスの業者がラズベリルをだしていまして、写真を撮らせてもらった記憶があります。結晶は六角板状でアクアマリンの一部が近い形状ですが、やはり独特です。マダガスカルでは1,2ポケットだけからの産出といわれ、絶産となったのかなと思っていましたが、最近の情報では、アフガニスタン、パキスタン、ミャンマ-などで産地が見つかったという話です。(信頼性は不明ですが)上記の産地はリチウムリッチなペグマタイト産地が多数並んでいる地域だから、リチウムとなぜか仲がよいセシウム、ありうる話だと思います。別件ですが、お茶はセシウムをよく吸収するそうです。それだからでしょうか。広い範囲で汚染されていますよね。私の体にも幾分か入ってしまっているのでしょう。早く出て行ってほしいです。内部被爆でもセシウム137のようにガンマ-線を出す核種なら、それほどではないともいえますが、べ-タ線を出すストロンチウム90やアルファ線を出すプルトニウム239などの核種はたいへん危険です。世の中には放射能鉱物マニアもいるのですが、たとえばピッチブレンド(ウラン鉱石)などの粉末が呼気とともに肺に入るとやばいです。------------------------------
2012年12月08日
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