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ジェダイは、滅私で利他主義で行動しているというけれど、もし、完全に滅私ならば、それは誰かの奴隷です。 ジェダイになるかシスになるかを自由意志で選べる以上、ジェダイであり、ジェダイとしての役目を果たすということ自体が自分の意思を生きているということなのです。ジェダイとして役目を果たすことで、「自分は正しく生きているんだという喜び」という報償を受け取っているのです。 ですから、滅私ではないのです。 物質的な見返りに限れば無償の愛は存在しますが、精神的な見返りも考慮すると、自由意志で選んでいる以上、無償の愛というものは存在しません。 無償の愛と無条件の愛は別物です。 滅私が無い、そのことに気づけば、利他的か利己的なとどいう視点は無意味となります。自分が正しいと信じるジェダイに抵抗するシスを滅ぼそうとするジェダイも利己的といえるのです。そしてパルパティーンことダース・シディアスに賛同している人がいる以上、どちらも利他的ともいえるのです。 ここにある矛盾を超えるには、物質世界の価値観を超える必要があります。「愛であること」に価値を見出す必要があるのです。 物質世界の価値観には、失う恐れがあります。愛は失う怖れを超越しています。 価値観を変え、さらに、執着を怖れによって自分の自由意志を奪われた囚われ(捕らわれ)と看破し、怖れを手放し、執着ではなく「好み」と「こだわり」によって自由意志を行使する必要があるのです。ヨーダ「死は生命の自然な一部なのじゃ。フォースに姿を変えるものを喜んで送り出せ。彼らを嘆いてはならん。寂しがっってはならん。執着は嫉妬を生む。そこに欲望の影が忍び寄るのじゃ。」アナキン「マスターヨーダ、私はどうすれば?」ヨーダ「自らの心を鍛え、おまえが失うことを恐れるものすべてを解き放て。」 「あるがまま」は決して「されるがまま」ではありません。自分の外側で起きてくる出来事をあるがままに受け容れることと同時に自分の内側から湧き上がる思いもあるがままに受け容れていいのです。 「自分の内側から湧き上がる思い」は、怖れを動機としたときと、愛を動機としたときではまったく違うものとなります。 怖れは、欲望、利己主義、執着、嫉妬、憎悪と呼ばれるものに繋がっています。 愛は、やさしさ、赦し(許し)、思いやり、利他主義、などに繋がっています。 怖れを手放して自分の内側から湧き上がる思いを信じ、それにしたがって生きること、それが「自分を愛し、自分を生きる」ということであり、無条件の愛なのです。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Feb 23, 2009
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下書き1「スターウォーズ エピソード3」をみて書きたくなったので。 私たち何のために生まれてくるのでしょうか? 私たちは何のために生きているのでしょうか? 臨死体験や退行催眠による生まれ変わり研究によれば、あの世で出会った光の存在はこう言っています。「人は誰でも、今生学ばなければならない教訓を持って生まれてくる」「慈悲、希望、信仰、愛、・・・人はこれらすべてを学ばねばならぬ。一つの希望、一つとの愛というように、切り離されたものではなく、すべてはつながっているのだ」(以上ブライアン・L・ワイス著 山川紘矢・亜希子訳 「前世療法」(PHP研究所刊)から)D:「人間は何のために生きているんでしょうか?」C:「魂を、進歩、向上、発展させるためだ・・・・・お前には、愛情が無さすぎた。それを学ぶために、いまは地上で生きなさい・・・・・悩んで、本当の愛情を知りなさい」(P203~P204)C:「誰しも、一人一人、すべきことがある・・・・・すべての人に、それぞれ課せられた課題があり、それをもって生まれてくる・・・・・」(P206)D:その明るい光に向かって、聞いてみてください。「私の今回の人生の目的は何ですか?」と。C:「人に優しくしなさい・・・・・もう少し、努力することが必要だ・・・・・もっと人と話しなさい・・・・・人の相談に乗ってあげなさい」D:「人間は何のために生きているんですか?」C:「人を愛するため」だそうです。D:「どうしたら、人を愛することができるんですか?」C:「自分の殻を破らないとダメです」(P206~P207)D:「今回の私の人生の目的は、何でしょうか?」C:許すこと・・・・・。D:誰を?C:自分を・・・・・自分を責めないこと・・・・・完璧を求めないこと・・・・・。D:その光に聞いてください。「自分を許すことって、どういうことですか?」と。C:「自分を愛しなさい」と言っています。D:「自分を愛するためには、どうすればいいのでしょうか?」C:「楽に生きること・・・・・気負わないで、自然体で・・・・・」D:「人間関係をうまくやるためには、どうすればいいのでしょうか?」C:「人に完璧を求めないこと・・・・・もっと楽に考えて、相手を許して、光で包んであげること・・・・・」(P149~P150)C:・・・・ゆ、許す?・・・・・。D:許すこと?「許すって、どういうことですか?何を許すのですか?」と、その光に聞いてみてください。C:「自分を・・・・・自分の愛情・・・・・人への思い・・・・・素直に信じること・・・・・」(以下、威厳に満ちた声になって答えている)D:「今、私は、この、うつ状態から、何を学ぶんですか?」と聞いてみてください。C:「大らかさ・・・・・愛情を素直に認めること・・・・・自分をもっと許して、愛することを学ぶこと・・・・・いろんな人を愛している・、そのことは、とても素敵なことだ・・・・・何をしてあげるとかじゃなく、何ができたというのでもなく、その思いがあるということ、それがとても大事だということ・・・・・」(P75~P79)C:「自分に素直になること・・・・・恐れないこと・・・・・他人から認めてもらうことは、必要じゃない・・・・・おまえは、もう認められている・・・・・だから、もっと、愛を・・・・・自分の愛を信じて生きていけばよい・・・・・」D:「なぜ今の人生で、私はいつも、責められているような気がしているんですか?」C:「それは・・・・・学ばなければいけないこと・・・・・」D:「何を学ばなければいけないのですか?」C:「誰もが必要な存在だということ・・・・・何かができるとか、そういうのではない・・・・・自分も人も、人生も・・・・・愛にゆだねることを学ばなくてはならない・・・・・責めるんではなくて・・・・・許さなくてはいけない・・・・・」D:「今の私は、まわりの人を幸せにしていますか?」C:「幸せにしている・・・・・なのにお前は、自分をとても責めている・・・・・」D:「どんな人でも、必ず、誰かを幸せにしているんでしょうか?」C:「そう、必ず幸せにしている」D:「それでは、この世の中に、存在理由のない人なんか、いないんでしょうか?」C:「誰一人いない・・・・・生きていれば、それが愛の証明だ・・・・・」(P75~P79)(飯田史彦、奥山輝実共著「(光との対話が人生を変える)生きがいの催眠療法」PHP研究所刊からD・・・・・ドクター(医師、奥山輝実)C・・・・・クライアント(受診者、患者さん)) 許しや愛、やさしさがタイトルの「善悪は無い」にどう繋がっているかを理解できない人がほとんどだ思います。 前日、テレビでもやっていた「スターウォーズ エピソード3」で、たしかヨーダがアナキンに「執着してはいけない」と言っていました。ヨーダ「死は生命の自然な一部なのじゃ。フォースに姿を変えるものを喜んで送り出せ。彼らを嘆いてはならん。寂しがっってはならん。執着は嫉妬を生む。そこに欲望の影が忍び寄るのじゃ。」アナキン「マスターヨーダ、私はどうすれば?」ヨーダ「自らの心を鍛え、おまえが失うことを恐れるものすべてを解き放て。」 執着するとありのままを受け容れることができません。抵抗します。抵抗が苦しみを生みます。 愛とは、あるがままを受け容れることなのです。もし、そこに絶対的な善悪を見たなら、けっして受け容れることはできません。言葉では、「悪や嫌いなものも受け容れる」ということはできますが、表面上、そのように振舞うことができても心の真実の面ではそれは不可能です。 愛とは、自分の信じる善悪に執着しないこと、とも言えます。 すべてに執着しないこと、それがあるがまま、自然体なのです。 「エピソード3 ヨーダ アナキン 執着」でぐぐったら、愛や執着について考察したり、意見を述べているサイトもかなりあるようです。 でも、愛であろうとして「執着しないようにすることに執着してしまう」という矛盾を犯していることにほとんどの人は気が付いていません。 ヒカリズムでは、そのパラドックスを明確に説明しています。一見、矛盾に見えますが、実は矛盾していないのです。 この世界は善悪をはじめ、すべてが相対的なのです。 そのことに気づけば、完璧などありえないこともわかります。許しも、やさしさも自然と生まれてくるのです。 ジェダイとシスは善悪の象徴として語られていると思いますが、真のジェダイは、無条件の愛としても語られているようです。 善悪は表裏一体、同じものです。無条件の愛は、善ではありません。無条件の愛は、善悪を超えたものなのです。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Feb 23, 2009
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