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今週月曜日に友人達とのんびり奥多摩の山に行き、星と焚き火を囲んで山飲み会を実施し、いざ山から降りてくる頃になって突然、妻から連絡がきた。「陣痛がきそう・・・」と「え~ちょっと早いんでないか!」と狼狽する自分 そう出産予定日は12月25日なのだ。 妻も長男(15月)も里帰り中なので、夫がいなくても別に問題はないのだが、やはり出産の場には居合わせたい。 上の子もいるので父親としても全面的に協力したく、今回は1週間前の12月19日から育児休業までとって、万全の体制で臨んでいるのだ。 そして今回はその前のせめてもの息抜きの山であったのだ。 とにかく山からおり自宅にて待機。 しかし陣痛の知らせはなく、翌火曜日に妻の実家である横浜にでむくがまったく陣痛の「じ」の字もなくとりあえず一安心。「せめてあと5日産むのまって」とお願いして帰る。 しかし翌水曜日にきました。 破水のため入院したとの知らせを受け取り、仕事終了後青梅の職場から横浜まで直行する。夜のためがらがらの16号とばして午後9時半には病院に到着した。「あ~よかった間に合ったみたい」しかし息を切らせてたどりついた陣痛室には涼しい顔をした妻が「まだぜんぜん来ないよ」と涼しげに言う。 破水したのにこないもんなのか? 陣痛うんぬんより昼から退屈で退屈でしょうがないとのことで一緒に、姉歯の証人喚問の話やジェイコムの株の話など世間話して過ごす。 分娩室からは別の妊婦のいきみ声が聞こえてくるというのに我々は余裕を通り越してうるさい夫婦であったかもしれない。 そんなこんなで深夜1時頃まで一緒にいたものの、一向に陣痛がくる気配がなく、「今日は無理かな~」「明日の朝医者に診てもらったうえで、陣痛促進剤入れるようだね」といった気配がすでに濃厚であったため、慌ててかけつけた夫は、とりあえず身の置き場もなくなってしまった。 妻も2度目なので余裕である。「もう今夜は無理だから、もういいよ」と言う。 もういいよと言われても自分の居場所がないことにふと気づく。 陣痛室にいると妻の睡眠の邪魔だし。 かといって廊下の椅子は寒いし、とても寝れたもんじゃない。 もう深夜なので妻の実家に行くのは気がひける。 一応、車に寝袋積んであるので、車の中で寝るつもりでいたが、病院の駐車場は料金がかさむし、第一、車で寝袋で寝ていたら通報されそうだ。 どこか人目のない路上で、車中泊しようとうろうろするが、横浜は人口密度が高く、相当の奥地まで人家があり、街灯がこうこうとついて、しかも深夜だというのに普通に人が歩いていて、車の通りも非常に多い。 これから子供が産まれるという期待と不安を落ち着かせるような場所がないのだ! そしてこんな時に自分が一番落ち着ける場所はいつも「山」なのだということに気づく。そしていつしか丹沢方面にむかっている自分がいたのだ。 横浜といっても西の方なので丹沢にはとても近いのだ。 そして携帯の電波もよく入る。 かつて知ったる某温泉の上につらなる林道を走り、夜景のきれいな広場にて車をとめ、携帯の電波が届くことを確認して車の中に寝袋にくるまった。そして前夜祭とばかりにノンアルコールビールで乾杯! 午前3時の冷たい空気の中満月が輝いて見える。 やっぱり山はいい! そういえば、満月の日にはお産が多いと、助産婦の友人が言っていた。こんなことなら月の満ち欠けも計算にいれておくべきだった。 そしていろいろと考える。 明日どんな子が産まれるんだろう? 一人目の時は、出産前からずっと妻の実家にまかせっきりだったので全然父親としての実感はなかった。でも一人目の子と一緒に過ごしながら徐々に父親としての実感がようやく産まれてきたのだ。 だからこそその分、二人目は最初からきちんと関わりたいと思っていたのだ。 朝は6時に起きて早速病院に車を走らせる。 月曜日に山に行ったときは、夜中3時まで飲んでいて翌朝は昼前まで起きれなかったのは段違いだ。 病院にかけつけると、昨日から何も替わっていない風景の中「まだうまれないよ~」と妻は言った。 このままでは何なので、陣痛促進剤を入れることになった。 しかしなかなか来ない。「最速でいつぐらいに産まれますか?」 助産婦さんにそう聞くと「う~ん、ものすごく早くて夕方でしょうね。今日中には産まれないかもしれません。ご主人は一回家に帰った方がいいですよ」と答えた。 え~そんなに? 今夜もしんどい夜になりそうだ。その前にちょっとやすんでおこう。 そう言えば、昨夜から職場~車~病院~山~病院とかけまわって着ている服はよれよれのばい菌だらけ。せめて、もう少し清潔にして我が子と対面したい。それに実家に預けっぱなしの上の子も気がかりだ。 そういうわけで、昼頃に自分だけ、妻の実家に戻ることにした。 普通陣痛が着てから産まれるまで6時間以上かかるというから、ここから10分の妻の実家なら余裕で間に合うのだ。 しかし事態は急展開する。 妻の実家に戻り、子供と一緒に遊び、昼ご飯を食べているところに妻から電話が入り「産まれたよ~」と一言「げ~早くないか!」と内心の動揺を隠しつつ、汚いかっこのまま再度病院に逆戻り。 無事に出産の長女とご対面である。 自分が出ていってすぐに陣痛がきてあっという間の安産だったらしい。出産に立ち会えなかったので、夕方といった助産婦さんを恨みたくもなるが、でもきちんと取り上げてくれたことに感謝である。五体満足に産んでくれた妻に感謝である安産に何よりなのである。 いくら山好きとはいえ、妻の出産の夜に山の中で野宿した夫は多分そうはいないだろうと思うけど、でも前の夜、丹沢の山中で一人、子の無事の出産を願った夜のことは多分きっと自分にとって忘れられない夜になるのだろうし、娘にも語り継がれていくエピソードになるのだろうなあ・・・そんな大切な思い出を作ってくれたすべての人たちに感謝、そして山に感謝の夜でした・・・
2005年12月15日
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今年は家族そろっての旅行は結構行った。 子供は今年1歳になったばかりだというのに、沖縄やら北海道やら、高尾山やら陣馬山やら、美ヶ原やら、八ヶ岳やら谷川岳(見るだけだけど)なんかによく行ったものだ。 しかし、自分の山には全然行けていないことに気がつく。 結局、大した山に行けないままに今年も終わろうとしている。山登りを始めて今年ですでに20年になるがその中でももっとも山に行かなかった1年であるにちがいない。 そんな1年をせめて山でしめくくろうと、友人達と山で焚き火を囲んで過ごすことにしたのだ。 とはいえ、ただいま実家帰省中の臨月中の妻を気にし、近場の山とする。近場と言えば例によって奥多摩の山なのだ。 この日記にも何度も登場した入川谷奥の河原が会場。 夜9時に着いたら、早速手分けして飲み会の準備。 テントをたてる人、鍋の準備をする人、たきぎを拾いにいく人・・・ こんな時の山屋は本当に手際よい。自分のやるべきことを皆認識しているものだ。 私は車を降りるなりものすごい冷気の中河原をさまよい、どこからか薪を集めてきて炎を起こす。焚き火の炎が安定するころには他の皆も自分の仕事が終わって焚き火の周りに自分の席を陣取り、気がつくとどこからかビールが各自の手に渡り、すでにできあがろうとしている鍋のにおいが鼻をくすぐり、おっともうちょっと待って、とりあえずこれでも食っててとどこからか、柿ピーや枝豆なんかがでてきて、とりあえず乾杯!と実にスムーズに事態は進展していくのである。山の夜はいい! まんま外で飲むには少々寒すぎる季節であるが、それだけに焚き火のぬくもりが実に暖かい。時に熱く口論し、時に優しく癒される。そんな時間が人生においてどれほど貴重なことだろう。たきぎが燃えつきそうになると誰かしら、山に入ってどこからか薪を補充する。 いま何時なんだろう?恐ろしい事に誰も時計を持ってきていないのだ。今何時だかわからないが月や星の位置や腹時計から、おそらく深夜の3時頃、もういい加減おひらきにして寝入ったのだった。 そして時計がないからきがつかなかったが、翌日起きるとすでの太陽が金色にしてはぎりぎりぐらい高い高度にあった。もう昼が近い。 焚き火飲み会という目的は果たしてしまっていたが、天気がよいので今日はどこかの山に行こうと動き出す。朝ご飯用にと準備したうどんを昼に食べ、車のエンジンをかけると時計は午後1時を示していた。正統派山屋には考えられない時間だが、我々はこんな時間からでも山に登ることができるのだ。 とにかく三頭山に行くことにして檜原都民の森を目指すが、途中から折しも雪が舞ってきた。今シーズンの初雪である。車も雪の準備もしてなかったので、三頭山はあきらめ秋川に降りる。するとそこで妻からメールがきた。「今日産まれるかもしれない」と一言慌てて下界に降りるそしてそんな日に山に登っている自分を悔いる。電波の届くとこにて妻に電話をするとただ何となく産まれそうな感じがしただけとのことで、まだ全然平気そう。そこで、残る日没までの時間を、秋川の「刈寄山」という超お手軽な山をハイキングなどしてとにかく今日は山に登ったよお疲れさま!という気分に満たして無事に帰宅したのであった。いろいろとばたばたした山であったが、今年はこれが最後の山であるだろう。来週はいよいよ妻の出産が控えていてどんな時間になるがわからないけど、どんな状況でも山に癒され、山を思う自分がいるのだろうか?
2005年12月12日
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今年の流行語大賞は「想定内」で、これもまさに想定の範囲内でしたね。 このニュースを見ながら、ああライブドアも有名になったもんだと万感の思いを感じる個人投資家は多いはず。 僕が株式投資をはじめた数年前はライブドアはまだ「エッジ」という名前で、次々にサプライズを連発しては、そのたび毎に株価はジェットコースターのように乱高下してまさにマネーゲームの象徴のような株でした。 しかし今ではすっかり有名になってしまって株価はすっかり大人しくなったものですね。 今日の日経平均は15000円を超えて、バブル期のような強気な商状なのに、個人投資家の好きな新興市場はすっかりさえません。 特に私の好きなヘラクレス市場の銘柄は気配表示が1本値になってからというものまさに地の底を這うような株価が続いております。かといってあまりに大底すぎてここから空売りしかけるの怖いし、今は仕込みの時期なのかな? 現在は4302 オープンインターフェース保有継続。 もう少し下がったら買い増そうと思っていたが、今日リバウンドで上がってしまった。 それからPER7.5倍の河合楽器(7952)もホールド継続。目標2倍! なんだか今日は山とは全然関係ない話で恐縮です。 去年、友達が山とスキーの店コージツに就職した時に、株買ってみたらと勧められたが1株140円の山関連株なんて買う気しなかった。しかし今日の終値は274円だ。1年で2倍である。 似たようなジャンルなら旅関連株。 先月近畿日本ツーリストを380円で買ってみた(9726)。 しかし上がらないので370円で損切りしたら、1週間後に500円をあっさりと超えていた。悔しい・・・ 基本的に山屋は政治や経済に無縁なので株式投資なんてやる人はあまりいないものと思われます。 板見てる暇あったら山見てたほうがいいのでしょう。 そういえば山屋の経済観念というものも面白いです。 よく山小屋で売ってる1本700円くらいのビール、どう考えても高い! 高すぎるのだけど、山やは結構買う人は多い。 何でかというと、その山の中にビール担ぎ上げることがいかに大変かということを肌で知っているからだ。 それは1本700円の価値はあるものなのだからだ。需 要と供給とコストのバランス決まる市場原理的な価格だからなのだ。 反面、たとえば野球場で売ってる1カップ700円のビールなんか絶対買わない! だって外では半額以下の値段だし、市場原理を全く無視した供給者優位の価格設定だからなのだ。基本的に山やは悪く言えばけち。良く言えば節約家だ。何でも自分で行うため、ものの価値を常に比較し、労力に置き換える。そして普通は労力であるものを生産の喜びに換えてしまう。 例えば山に行く時にお金を出して宿に泊まるようなことはしない。 日本の宿はどこも金太郎あめのように似たり寄ったりで、しかもその値段は世界に類のないほどに高い。山小屋も同じだ。だから山屋は山でテントを張る。テントならただか若しくは数百円の出費で、大地を友として寝ることができる。何て贅沢なことだろう。 しかも食事は自分で作るのが普通。テント越しに暮れゆく山々を眺めながらよい仲間と飯を作り、酒を飲む。しかもまわりに気兼ねすることはない。 何て楽しく自由なことか。 そしてこの楽しみをお金を出して捨てることは何と勿体ないことか。 そんな価値観で生きてる山屋は無駄なことにお金つかいたくない。基本的には何でも自分でやることがこのうえない楽しみだし、何でも自分でできるから物事の価値判断にもシビアなのだ。 そう思えばこの年収300万円時代に、堅実さとたくましさをひめた山屋といいう人種はなかなかにして魅力的な人種なのだと思えてきたけどいかがなものでしょうか。
2005年12月01日
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最近別枠の過去の山日記の更新に注力していて、こちらはなかなか更新できていない。 過去のことよりも今のことの方が大事なのであるが実際に山に行く機会がすくないのだから仕方のないことなのだ 例年この時期になると今年の冬はどこにいこうとワクワクしてくるころなんだけど、今年は年末に子供が産まれるので山には行けそうもない。 正月だし物理的に行こうと思えば行けるのであるが倫理的に許されるないような気がする 前回の正月は風邪をひいてしまい、生後3ヶ月の息子に伝染ることを恐れた妻は子を連れ実家に帰ってしまい、これさいわいとこちらは風邪ひいたまま中央アルプスに行った。 空木岳~宝剣岳まで縦走するつもりでいたが雪が深く、空木までで断念したものだ。途中で空木カールの底にある避難小屋にひとりで泊まった。小屋の中にテントを張ったら夜中中、テントのまわりでごそごそを音がしたので気持ち悪かった。 帰りの日に朝から大雪が降って、かなり奥まで車で林道をあがってきたので慌てて下山したものだ。 その前の正月は、当時はそうとは知らなかったけど妊娠1月目の妻をおいて、ひとりで甲斐駒ヶ岳の黄蓮岳右俣にアイスクライミングしにいった。 降雪の後でラッセルは大変だったし、雪崩の危険もあったし、しかもすべてノーザイルで登ったんだが、15mの滝の上部でアイゼンがはずれて死ぬような思いもした。その時は氷瀑にアイスハーケンを打ち込んで無理な姿勢でアイゼンをはめなおした。日頃の手入れが悪いとこうなる。 その前の正月は、つきあっていた彼女をおいて、ひとりで八ヶ岳の日の岳稜という無茶苦茶難しいルートを登り、下山してきた3日後に、他の女の山仲間とメキシコの「エルピコデオリサバ(5611m)」に登りに行った。 その前の年は、山仲間が北アルプスで遭難騒ぎがあって、無事下山の報があった翌朝に、友人とボルネオのキナバル山にクライミングに出かけ・・・ その前の年は・・・・ なんて数えだしたらきりがないのだけど振り返ってみたら、よくよく正月は山で過ごしてきたものだ。 そして自分ではそんなに気にしてないけれど、客観的に見てみれば愛すべき人たちに不誠実な対応をしてきたことに気づく・・・ そんな過去を反省しつつ、今年の冬は愛すべき者たちのために過ごしてみようと育児休業など取得してみました。僕の職場では男性第1号だそうな。 ますます山から遠ざかるけれど、一息ついたら1歳3ヶ月になる上の子連れて丹沢あたりでも行ってみようと思います。
2005年12月01日
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