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心の目で見る子ども虐待北風と太陽のお話を思い出しました。これまでリストカットをしている子と向き合っていたとき、「ほっとした?」と聞き「死にたい」と言う子には「死にたいよね」とありのままに受け止めてきました。勿論 理解できない人には いろいろ言われてきたでしょう。でも この方法が良かったのです。いつしかリスカから卒業したり自殺を食い止めたりできました。『yasotyanさんて「北風と太陽」の太陽みたい』と言われることしばしばです。実は 加害者の親にも 同じ「太陽」でいることが必要なのですね。今まで、どうしても虐待された側の目線で見ていたので、怒りが先に来てました。それで 親にはどう接したらよいかわからないまま今日まで来ました。同じように「太陽」として接することそれが虐待を抑止する一番の方法だったのですね。さすが最前線で闘っておられる方の言葉は説得力あります。親側にも偏らず、保身に走る官庁のようないい加減さもない、今 子どもの命を救っている現場の声を聞くことができました。
2008.01.18
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特別な日ですね。やっぱり。考え込んでしまう。当時金沢で大工の見習いだった僕は前の晩、作業着を着たまま布団もひかずに眠っていて、あの時間 異常な揺れに目が覚めた。まだ情報もよくわからないまま現場に向かう途中、追突事故に遭い、病院のロビーのテレビで 倒れた高速道路の映像を見て初めて大変なことが起きたのだとようやく知った。震災関連のコミュでこんな動画を見つけました。よみうりテレビが取材テープを「ノーカット版」として数年前に放送したものです。youtubeでは11本にわけてupされていました。そのうち 一番 堪えたものを。(※フラッシュバックなどの恐れがある方は慎重に検討なさってから再生してください。)http://www.youtube.com/watch?v=8c7GQfuCIbUさらに ラジオ関西が あの日の放送を記録したものをHPで公開しているのを数年前に見つけて、地図を見ながら あの日何が起きたのかを頭の中で追っていました。ご参考にどうぞ。http://jocr.jp/sinssai/index.html早朝 関西テレビの「この瞬間に祈る」という番組の最後に山本浩之アナウンサーがこう語っていました。「確かに震災はわたしたちから、愛する人々や当時の生活をわたしたちから奪っていきました。しかし、そこでわたしたちは人と人とが支えあうことの大切さを学びました。震災から14年目に入りました。愛する人や家を失った悲しみ、憤りは何年立っても決して消えるものではありません。何度もあのときを思い出し、時には自責の念に駆られるかもしれません。しかし、過去にとらわれるばかりではなく、わたしたちが未来に向かってすべきことはたくさんあるはずです。亡くなった方々に追悼の思いを抱きながら、将来に向けて何をすべきかを考える、それが生き残った私たちに課せられた永遠の課題であり、使命なのではないでしょうか。何年経っても決して忘れるものではありません。」実際に現場に入って取材され、放送できないこともきっといっぱい見てきたんだろうなぁ。この言葉 要約しようと思ったけれど どこを削ったらよいかわからなかったのでそのまま 載せました。
2008.01.17
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<品川通り魔事件>16歳少年を送検 (毎日新聞) やっぱり。「事件直前に母親に無視されたと感じた」親子関係かぁ。小田晋著「異常性愛の精神医学」広岡智子著「心の目で見る子供虐待」というこの事件に深く関連した本を読み終えたところです。まず この事件について望むのは 公正な処罰と 治療のバランスをとってほしい。その鍵は「同じ犯罪を繰り返さないために」であってほしい。「そこまで言って委員会」でも 似たような事件では宮崎哲弥さんなどと 田嶋陽子さんとで熾烈な論争が起きる。(いつ聞いても 田嶋さんの意見は理解できる部分もあるけど片手落ちだと思う)全くの予断ではあるが恐らく 加害少年は 家庭内に問題があったと思う親からの身体的虐待か 養育放棄か。凶暴性を発揮するエネルギーが残っていたのであれば表面的にはわからない、「広い意味の」虐待だったかもしれない○自分がされた仕打ちを再現してしまった。○自分を否定され続けて自分の存在意義を確かめるために 攻撃的になってしまった。 そして 敢えて 大々的に報道されるような犯罪を犯した。実際は 公判過程にならないとわからないだろうし、もし、「少年事件」で済まされるなら 永遠に闇のままだろう少年の根本的治療をしないまま 社会に戻す愚だけは避けてほしい。(上地雄輔くんが演じた あの犯罪者のような・・・)スリスな夜 子育ての天才まずは 犯した罪の重さに見合った刑罰を課すことによって彼が一生その「十字架」を背負って償い続けることなにせ、被害者は負傷した2人だけでなく、それによって 深い深いトラウマを抱える大勢の人の人生を狂わせてしまったのだから。それができない国家なら 「仇討ち」を止める権限もないはずだ。そして 彼の心の闇を根本的に治療するまではしっかり監視の下におくこと。その中で 彼がこんな行動をとらざるを得なかった恐らく 親からの虐待について 虐待されたのは自分が悪いのではなく 親に問題があること怒りの矛先は親に向けるべきことを時間をかけて 勿論 親から離して治療すること(無論 親殺しとか 復讐はいけないけど)そして 彼を虐待し続けてそこまで追い詰めてしまった親。ここで大事なのは今受けている社会的非難で「駄目な親」とレッテルを貼ったままだと再びこの少年への虐待を繰り返してしまう。もしかすると 父親は母親を殴るかもしれない。起きたことは起きたこととして被害者への償いをするとしてなぜ虐待してしまったのか そこまで 親たちを追い詰めていったものはなんなのか?それが 祖父母に由来するなら かつてされたことへの怒りは正しく祖父母に向けるように 治療しそうして「虐待のスパイラル」を食い止めてほしい地域社会 自治体 国はその家庭がそこまで深刻になったのはなぜかなぜ孤立していたのか同じ過ちを繰り返さないために関係機関はどう教訓を活かすのかきっちり話し合ってそれを国民に報告してもらいたい。もちろん 関係者が今自分を責めている心のケアもしくは 自分の責任を認めたくがないゆえの保身に走らないようにすることも含めてでないと 国民は 治安の維持を もう 国家に任せられなくなる。やっぱり「傀儡廻」が必要になるのだろうか・・・・・・。【送料無料選択可!】攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society / アニメ
2008.01.07
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続き物3つ目一つ目二つ目新潟市に沼垂という地名があります。日本書紀で大化3年に「渟足柵」が作られたとあります。渟足柵の正確な場所、日本書紀の記述の正確さは定かでないにしろ、聖徳太子の時代 は このあたりは ヤマトと「蝦夷」の国境地帯と考えておかしくないとおもいます。(ちなみに 今僕の近所にあり、アルバムにも載せた「車大歳神社」は大化2年に建てられたそうです。)ましてや 奈良の大仏を建立するように聖武天皇が呼びかけた「国民」とはそれ以北の東北の人々は含まれなかったのでしょう。蝦夷 もしくは 蝦狄(えてき)大和朝廷からは蔑視された地域。東北。寒くてコメ作りには適さなかったものの青森県の三内丸山遺跡に見られる 高度に進んだ文明を持っていたにもかかわらず征服されて 歴史を塗り消されてしまった地域。東北の人にとって古代の日本史は「押し付けられた」歴史でしょう。東北の人々にとって征服される痛みは古代だけではありません。宮城県に何人か親友がいますが政治でも 歴史でもない 何の他愛もない会話の中で「東北の人間は戦で負けた故の『こんちくしょう』という思いがある」というような言葉を聞きます。一人は高校生(当時)もうひとりは20代前半の若者でした。ほんと 若者の何気ない会話に「征服された」という意識が浸透しているのです。源頼朝による平泉平定や伊達藩に対する徳川幕府の圧力に加えてやはり 戊辰戦争が大きいのではないでしょうか?明治維新は 自分たちの地域が 天皇に反逆した「賊軍」の地域とされ、やはり 西から征服された辛い経験でしかないのではないでしょうか?「会津の人は薩摩の人が嫌い」と聞いたことがあります。新潟市付近は幕府の天領長岡は(中村勘三郎さんがドラマで演じた)河井継之助が家老だった長岡藩。いずれも明治維新では辛酸を舐めた土地なのではないかと思います。かつて 蝦夷と蔑まれ 明治には「賊」と呼ばれた東北・越後。理不尽な環境に置かれても声を上げない。それは命を守る上での何よりの鉄則だったのかな。【送料無料選択可!】年末大型時代劇 河井継之助 ~駆け抜けた蒼龍~ / TVドラマそう思うと『自分の意見を言うことを極端に避ける』 土地だというのはなんとなく納得できました。もっともっと検証が必要な「仮説」ですが。そういった地域で育ち 働くために引っ越す あるいは 出稼ぎに行く 東京。そういった 歴史や背景をもった人々が多い東京では60年前にアメリカ人が行き渡らせようとした「民主主義」はなかなか根付かないのかな?なんて思ったりします。「納めるだけでなくて どのように使われるのか見届けるまでが納税の義務」というアメリカ人が持つ「主権者」の思想とは隔たりが大きいような気がします。もっと 日本人が歩んできた歴史に根ざした仕方で「民主主義」を日本人のものとしてアレンジして変容させて消化・吸収していかないと、日本という国が遠くない将来に地図から消えてしまうような気がします
2008.01.06
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先日の日記の続きです。http://plaza.rakuten.co.jp/yasotyan/diary/200712290000/新潟へ引っ越して仕事先で会う人々、属していた宗教の人々と一緒にいて金沢にいた頃に接していた人々と「違うな」と大きく感じたことがありました。それは 今だに よく考えることなのですが『自分の意見を言うことを極端に避ける』仕事先であれ 「会衆」であれ、改善すればもっと良くなることを意見として述べることが悪いこと それを通り越して 徳に反する行為とされていることに驚きました。「こういうやり方のほうがはかどる」「こういう考え方もあるのではないか」金沢にいた頃は そういう意見が飛び交うのが日常でしたし、神戸に来てからは より そんな意見が飛び交うように改めて思いました。どの地域が優れている、劣っているというのではありません。「違うなぁ」と感じたのです。逆に言えば「従順で 秩序だっている」人々なのですから。新潟では処世術を超えた道徳律のような感じで「出る杭は打たれる」「長いものに巻かれろ」「郷に入りては 郷に従え」は生きていくうえで必要な知恵に思えました。それは時には日本の法律と違うものであったとしてもその集団のルールが優先される ということもありました。(宗教内では 聖書よりも そこの長老のルール)何か意見というか 自分の意思を貫きたければ組織の上に立つまで我慢するか独立して自分の「城」を築かなければならないそれほど深刻に感じられました。こんな 言い回しもあります。「新潟では 杉と男は育たない」自分の言葉や行動に責任を持って 自分の意見というものを持って行動するということの価値はあまり評価されていないようでした。(勿論 個人として 自分が正しいと信じるもののために戦っている人を何人か個人的に知っていますので。)善し悪しは別として 同じ日本でも、同じ日本海側なのに、なぜ ここまで違うのだろうか?といつも考えていました。目の前で 正しくないことが行われているときに自ら それを正すのか誰かが正すのを待っているのか「市民」「国民」という言葉の捉え方に大きく影響するからです。それは 新潟という土地の「地政学」に大いに関係するのではないかそう思ってきました。つづく
2008.01.05
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これなんです♪エコバッグでごめんなさい「やっぱり神戸はモノが違う」という雑誌を読んでいて 一目ぼれしました本当に珍しい衝動買い。(税込¥1575)ですが。海員制服を作っている アリマ というお店がつくったものです。元町へ出かけた際に 探して探して ようやく お店を見つけて買いました♪元町のアーケード 5丁目にあるのですが、最初は通り過ぎてしまいました。小さなお店なので。元町ケーキよりは手前ですよ。
2008.01.04
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