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DVDで久しぶりに「やす・きよ」の漫才を見ました。面白い。テンポの速さ瞬時にボケと突っ込みが入れ替わる素早さ。お互いにアドリブで笑いを取ろうと競い合う時のテンションの高さ。ハチャメチャで破天荒な生き方をした天才型の漫才師、横山やすしさんを、相方の西川きよしさんが上手くリードしコントロールしているようにも見えますし、きよしさんが手綱を握ってくれている安心感があるからこそ横山やっさんがノビノビとしているようにも見えました。関西人のヤマモトちゃんがいつか「横山のやっさんのオモロさは、言いたい事が沢山あって、興奮してそれがうまくいえなくて手があっちゃこっちゃ、あっちゃこっちゃから出てくるときが一番なんですわ」と言っていたのですが確かに、動きを見ているだけでも非常に笑えるのです。そういう意味では、とてもテレビで見せる事を意識した漫才コンビだったのだろうと思います。非常に体の動きを使ったネタが豊富。今、思い出せるだけでも「高校野球の監督と選手」「競艇のボートの乗り方」「父娘で入るお風呂」「飛行機の操縦士とパラシュート降下」「一方通行」などなど沢山ありました。「一方通行」というネタは、やす・きよが乗っていた車が一方通行の道で他の車と鉢合わせして、ケンカをするという、まあ、横山やすしさんの私生活そのままみたいなネタだったんですが、それだけに爆笑ものでした。で、「やす・きよ」といえばきよしさんがメガネを取って放り投げると情けないほど小さい目になってしまう横山のやっさんが「めがね、めがね」と、弱々しく探し回り、「見えとんのやろ!」と突っ込まれたとたん、小腰をかがめ、いそいそと早足で取りに行く。あの「めがね、めがね」のお約束ギャグが最高ですよね。短気で強気でプライドが高いはずのやっさんが、一瞬にして、全てのパワーが失われたように弱々しくなってしまうギャップと、その後に続く非常に情けない動きと立ち回りに味があって、名人芸と呼べるものがあったと思います。あー・・・この芸が今見られないのは本当に悲しい!!このDVDには入っていなかったのですが、「やす・きよ」とくると忘れられないのが「大砲」のネタです。ご存知の方います??横山やすしさんが大砲の砲身の役をやり、丁度ステージの上で横を向き、上半身をちょっと前に倒して、お尻の部分を大砲の根元の部分という設定にするんです。で、きよしさんが、新兵の役でここに弾を込めて撃つのだけれど「♪蓋開けて」「♪弾だして」「♪掃除して」「♪弾込めて」「♪蓋閉めて」…と歌いながら、ともかく、ただひたすら、横山やっさんのお尻を撫で回すのです。これはおかしかった。やっさんがさすがに耐え切れなくなって「こそばい!こそばい」と身をよじると「大砲がしゃべるな!」とすかさず、きよしさんの突っ込みが入りまた「最初から!」となって「♪蓋開けて」「♪弾だして」「♪掃除して」「♪弾込めて」「♪蓋閉めて」と、お尻を撫で回し続けるのですもう、見ているほうがおケツが痒くなってくるような、くすぐったくなるようなそんなもどかしさと、おかしさにあふれた漫才でした。あれも、もう一度みたい!ぜひ!で、まあ、あらためて「やす・きよ」コンビの偉大さを感じてしまったわけなのです。● ● ● ● ● ● ●漫才やものまね(以前は声帯模写といいましたが)などをやる芸人さんのことを「色物」と呼びますがこれはどうしてだかご存知ですか??あ、北風親分は黙って見ていてくださいね。これは寄席の香盤表から来ているのですね。香盤とは、その日に出演する芸人さんの名前と順番を書いた、いわゆる出演表。もちろん、最初は下っ端の前座さんから出て、二つ目、真打とだんだんランクアップしていくのですが、ずっと落語ばかりでは観客も飽きてしまうから、途中で漫才や手品やものまねなんかが入るわけです。で、そういう落語とは違う芸を見せる人は寄席の前に貼ってある香盤では朱色で名前が書いてあるわけです。習字の先生が直すときに使う、あの赤い墨ですね。関西は違いますが江戸前の寄席では昔は漫才師というのはそういう意味で1ランク下に見られていたわけです。落語こそが本物の芸だと。で、それ以外の芸で寄席に出る人を「色物」だとか「赤字の芸人」などと呼んで差別したんだそうですね。例えば漫才師は、どんなに受けていても大トリなんかできなかったわけです。大トリって・・・「エロがっぱ!!」の事じゃないですよ。それは鳳啓助さん!!(古いなぁ~)大トリとは、寄席の一番最後に出る出演者のことですね。これを勤めることは芸人さんなら誰もが描く夢なのですが漫才師さんは絶対に勤められなかった。そういう不遇の時代があったわけです。今では変にこういう業界用語だけが一人歩きしちゃって「あいつは色物だから」なんてね、単純に面白いという意味のつもりだと思って使っていたりする人がいますが、これは正確に言えば間違った使い方ですからね。● ● ● ● ● ●そういう意味では20年以上前におきた、あの漫才ブーム。あれは芸能の世界では画期的なものであったわけです。なんせ「色物」の漫才師が第一線でうけまくったわけですから。まあ、古臭い伝統に縛られた落語の世界よりも、動きがあって斬新なネタを使った漫才のほうが若者にウケたんでしょうね。当時の若者というのはまあ、正直言ってわれわれの世代なんですが・・・。「ツービート」「B&B」「セント・ルイス」「オール阪神・巨人」「サブロー・シロー」「ザ・ぼんち」「春やすこ・けいこ」「紳介・竜介」「のりお・よしお」当時若手だったこのあたりが、大して意味もなく爆発的に受けていたわけです。で、まあ、テレビのスペシャルですが「THE MANZAI」なんていってね。漫才だけで2時間持たせてしまうという、当時としてはすごい画期的なのをやっていました。「やす・きよ」コンビはもちろん、この手の番組の大トリを勤めていましたね。でも、正直、当時は、ものを見る目がない馬鹿な若者たちから勢いだけで面白がられている部分がありましたから首を傾げたくなるようなシーンも多かったですね。ざ・ぼんち のおさむちゃんが「そーなんです」といっただけで客席から「カワイイ!!!」と黄色い声援が飛んでましたものね。あれがカワイイか????で、結局本当に芸があった巨人・阪神さんぐらいしか今ではコンビとして第一線では生き残ってないという現実があります。あとは殆どがピンの芸人さんになってしまったり、消えちゃったり。コンビを変えたり。「サブロー・シロー」さんなんかは面白くて芸もあって私は大好きだったんですが、解散してしまいました。この辺の流れには、結局この漫才ブームに乗じて、漫才師を出演させることで視聴率を稼げることに気が付いたテレビの功罪も大きいのだと思います。CX系で「笑っていいとも!」の前の番組だった「笑ってる場合ですよ!」とかね「ひょうきん族」はその際たるものですよね。まあ、ビートたけしさんやさんまさんを売り出した功績は凄いものがあると思うのですが結局芸人さんの目が全部テレビばかりを向いてしまい、コンビで売るより、テレビ的に器用に何でもこなせるタイプの人が重宝され、結果生き残ったわけですよね。その後に続いたとんねるずにしてもウリナリにしても漫才コンビではなく、もはや単なるテレビタレントです。今ではコンビプラス他のタレントや出演者いじりで笑いを取る道だけに長けてしまって、結局二人でいる意味もなくなりつつあるのだと思うのです。まあ、ダウンタウンはまだコンビの部分の面白さが強いと思いますが、欲を言わせてもらえば、漫才師としての本来の二人芸を見せてくれるチャンスがもっとあってくれるといいのになあ!!コンビだから見せられる芸っていうのが絶対にあるはずです。横山やっさんの「めがね、めがね」みたいなね、あれは、きよしさんだからやっさんのメガネを投げ捨てられるわけでほかの人だったら不可能ですものね。ああいうものが見られるチャンスが少なくなっちゃった気がするのですね。まあ、「やす・きよ」にしても西川きよしさんが議員先生になってしまってからは、横山やすしさんは漫才ができなくなって、見る影もなく落ちぶれていってしまい結局亡くなってしまいましたが・・・。● ● ● ● ● ● ●「テツandトモ」というコンビの「♪なんでだろ~なんでだろ~」がウケているようですが、確かに彼らは面白いと思います。ネタの着眼点もいいけどAm Dm E(E7?) Amで奏でられる乗りのいいリズムと両手両足のあの不思議な踊りが万人受けできる要素をもっているのじゃないでしょうか?この芸は二人でやっているからこそウケている部分が大きいと思うのです。ギター弾いて「なぁーんでか?」と一人で言っていたらそれは単なる堺すすむさんですものね。「テツandトモ」はこんなにうけてるのに、もうずいぶん前から同じようにギターを持って「なんでかフラメンコ」をやっている堺すすむさんがあんまり受けないのは ♪ななな何でだろう~?・・・というネタはやってないのですか???閑話休題で、まあ「テツandトモ」はせっかく、いい芸を持っているのだからこれを大事に、これから息の長い漫才コンビとして頑張ってほしいと私は個人的には思いますね。そういう意味では変にテレビのバラエティ番組に沢山出てしまって、画一的なテレビ色にだけは染まって欲しくないと、思ってしまいます。まあ、売れるためにはテレビははずせないのですがバラエティ番組のゲストで出てきてただ、リアクションよく笑っている顔だけがVTRの隅っこに映っていて、司会者に振られたときだけお約束でボケて一発笑いが取れる便利なタレントさんはもはや一杯いすぎですものね。ぜひぜひ「テツandトモ」には芸で勝負を続けてほしいと期待してしまいます。みなさんはどんなお笑いタレントさんがお好きですか??
2003年04月29日
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お久しぶりですここの所ちょっぴりバタバタしています。気分的にも、ちょっと何となく乗り切れていなかったのですが、ダイビング三昧で、心も洗われました。今日はウミウシとちょっと小さめの海の生き物を中心にご紹介しましょう本当は昨日これら全部お見せする予定だったのですがなぜか一部の写真がアップできず、本日追加改訂版でお届けします。まずはヒオドシユビウミウシ紺と白という結構シックな色合いですがモザイクのような模様が綺麗でしょう?そして、部分的に入っているオレンジが引き立ちますよね。かなりおしゃれなウミウシ君です。このウミウシはウミウシのクセに魚のように体をくねらせて器用に泳ぎます。かなりの流れの中でもちゃんと泳いでいるんですね。私はもう、3年近くセブの海に潜っていますが最近になってはじめてみました。泳ぐ姿は一生懸命でそれなりに速く一度目撃したら既成のウミウシに対する概念が変わりますよ。こちらはアカフチリュウグウウミウシ名前のようにフチの赤というかオレンジがとっても綺麗ですよね。日本では沖縄にはいるでしょうが、寒い方にはいないかも。セブ近辺には結構よくいます。写真になりやすいウミウシですね。こちらはムチカラマツエビ海底からはえているムチカラマツという、細長いムチのようなものがあるのですが(植物のようだけど正確には植物じゃないと思います・・・サンゴの仲間というのがいいのかな???)まあ、そのムチカラマツについているエビです。これは小さい。体長1センチぐらいでしょうか。なかなかピントがあわせ辛い被写体です。これはちょっと赤っぽいですが色を合わせて擬態するので白っぽい個体や、黄色っぽいのもいます。そして、同じムチカラマツにはこのような体が透明なガラスハゼというのも沢山すんでます。なかなか透明なので撮りにくいですね。私は結構好きなお魚です。反対側の目の裏側が透けて見えるのわかりますか?こちらはムカデミノウミウシこれは大きいものは30センチ近くになったりしますがこのブルーがきれいですよね。結構たくさんいるタイプのウミウシです。そして、皆さんにはおなじみかもしれませんピンクスクワッドロブスター私のところに書き込んでくださった方は何回か見てますよね?毛蟹の子供じゃないですよ。これでれっきとした大人大きさは2センチぐらいでしょうか?海の中に時々ある、大きなつぼ型をしたカイメンの表面に溝があるのですが、その中に住んでいます。水の中では淡い紫に見えますが、光があたると綺麗なピンクであることがわかります。でも、所詮はロブスターですからね茹でたら赤くなるんでしょうね。そして最後はオランウータンクラブこのオレンジ色で毛だらけの体長い手足(正確には脚)オランウータンのイメージありませんか?写真にも写っていますがバブルコーラルという、風船みたいな珊瑚の隙間に隠れていたりします。いかがでしたか?海の中にはあらゆるところにいろんな小さな生き物が住んでいます。私も無意識に砂を巻き上げちゃったりサンゴを掴んじゃったりしてますがそれだけでもかなりの生き物の住環境を破壊しているのだと思います。だから本当にエコロジーを叫ぶのであればダイバーにはならないことが賢明に思えます。私が水中世界にお邪魔してカメラのフラッシュを一発焚くだけでかなり大きな影響をこの小さな生き物たちには与えていることになるのですから。でもね…こんな楽しい世界を知ってしまったら「こないで!!」って言われても、行っちゃいますよね?自分は魚にとっては招かれざる客である自覚を持ちつつ謙虚に謙虚に・・・おそらく私は潜る事だけはやめられないでしょう。
2003年04月20日
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バグダットが事実上陥落し、テレビでは無政府状態になった一部のイラクの人々が略奪をしている映像が流されている。このあとのイラクがどうなっていくのか、混乱の中から何が生まれてくるのか、戦争は不幸なきっかけであったが、ここから再生していく力というものが人間には備わっていることを信じたい。● ● ● ● ● ●日本人というのは、決められたルールに従うのが好きな国民性を持っているそうだ。阪神・淡路大震災のときに、あの焼け跡のようになった大災害の現場で、食料や支援物資の配給が、大きな混乱もなく行われ続けていることに対し、驚嘆と賞賛の声をあげた外国のメディアがあった。罹災者の方々がきちんと列を作り、支援物資を受け取っている光景が、外国人には信じられないものに映ったのかもしれない。私は現場にいたわけではないから、能天気なことも言えるのかもしれないが、確かに支援物資をめぐって、大きな争い事が起きたという報道は聞いた覚えがない。日本人はああいう切羽詰った状況ででも列を作り、ル-ルを守る事を厭わない民族なのだ。古い話だが、都内の地下鉄が全面禁煙になった時もそうだ。最初こそ戸惑ったが、今では殆ど地下鉄構内でタバコを吸っている人を見かけることもなくなったのじゃないだろうか?殆どの喫煙者がみんなきちんと順応し、新しい社会的ルールを守ろうとしたのである。エスカレーターに乗る際、片側によって、急ぐ人のために道を空けるルールも、何も特別に法的な罰則など設けなくても自然と社会に染み付いていった。成田空港内の動く歩道でも同じルールの奨励がナレーションなどでされているが、外国人には中々浸透しにくいようだ。大きなトランクを横に置いて道をふさいでいたり、二人並んで話し込んでいたりする姿をたまに見かける。まあ、日本の常識が外国の非常識という言葉があるぐらいだから、無理して従わせる必要もないかと思うし、正確にいえば、国際空港で出国審査を受けた後は、もう日本じゃないわけだから、その人たちの良識に任せるべきだと思うけれど、こういう、社会的に便利な習慣を奨励し続けることはいいことだと思う。自分自身が実感としてものすごく思うのは、ゴミに対する対応だ。恥ずかしい話だが少なくとも私は数年前まで、タバコは平気で投げ捨てていたし、缶ジュースの缶だってその辺に平気で投げていた。注意をしてくれる人に対しては、心から「ケッ!!おせっかいな奴だ!」と思っていた。しかし、今はどうだ。ただゴミ箱に捨てるだけではなくきちんと分別しないと気がすまないほどになってきている。新しいタバコを開ける時のセロファンや、ガムを剥いた時のゴミすら、ポケットやバックの隅に入れている。そういうことを無意識のうちにやるようになっている。行楽地等に行って出したゴミは、きちんと袋に詰めて持って帰る。それがあたりまえの常識になってしまっている。フィリピンの人は未だに海をごみ箱だと思っていて、なんでも平気で投げ捨てる。空き缶から紙おむつまで船の上から投げ捨てることを楽しみにしているように感じる部分もあるし、誰も注意などしない。もちろん、それが良くないことだという知識と意識はあるようだ。新聞をはじめとしたメディアもよく扱う問題だし、大学や地方自治体が中心となって環境問題やゴミ問題に関するセミナーなんかも頻繁に開かれている。だけど、そういうセミナーに参加して偉そうに講演している先生が、セミナーの途中でおやつに出たクラッカーの袋をその辺に平気で投げ捨ててしまう・・・という笑い話のような光景も目にする。いかにもフィリピン人なのだ。理論は立派だが実践が伴わない。列を作って並ぶという感覚に至っては、もう激しく欠如している。平気で横から割り込むし、そのことを咎める人も非常に少ない。「民度」という言葉は、私は決して好きではないが、やはりそういう光景を目の当たりに見てしまうと、この国はまだまだその部分で遅れているのだろうか?と思ってしまう。でも、日本だってかつてはそうだった。うちの父親などは平気でその辺にゴミを投げ捨てるタイプの人だし、それを見て育った私だって、つい最近まではそんなタイプの人間であったのだ。偉そうな事は何もいえる資格はない。しかし、不思議なことに、ある時から急にゴミの分別まで平気でできるようになった。決して誰からも強制されていないのに。なんとなく、みんながやるようになってきたから、なんとなく自然と自分も捨てないようになっただけだ。集団が決めたルールに全体で従って行く時の結束力の強さは、日本人の大きな特性なのかもしれない。かつてはそれが「鬼畜米英」「進め一億火の玉だ!」と軍国主義色濃くなる事を手伝った不幸な時代もあったが・・・。しかしながら、新しい価値観や決まり事に対して、非常に順応しやすく融通が利くという特性ももっているようだ。だから、過去、明治維新や敗戦といった大きな社会変化があっても、日本人はそれに順応し、すぐに復活できたのではないだろうか。● ● ● ● ● ●いつの時代でも「今の若者は…」という年長者の嘆きの言葉はつきないものだ。しかし、今の若者たちのマナーがいろいろ言われるのは、実は日本人全体のマナーが以前に比べると一部良くなってきたせいではないかと思うのは乱暴すぎる意見だろうか?前回、日本に帰国していたときに新宿駅で、入ってきた電車の窓から乗り込んで平気で座っている若いお兄ちゃんたちがいた。敗戦直後のヤミ物資買出し列車のごとく電車が止まるや否や、窓から何人ものお兄ちゃんたちが乗り込んで席に座っていたその大胆なルール違反にも驚いたが窓から入れちゃう体の細さにも驚嘆した。16,7歳だと思うが、みんながきちんと列を作っているのに、わざと反抗して少しでも先に乗り座りたかったのだろうか?おじさんくさい意見だが、若い子は世間のルールや常識には反発したいものだ。彼らの本当の意図は座りたい事にあるのではなく、そういうちょっとした裏ワザで目立って整列乗車というルール破りを、単純にしてみたいという部分にあるのじゃないかと思った。それとも本当にコンビニ商品ばかり食べつづけているので、疲れやすい体になっちゃったのかな???私が16,7歳の頃は、まだまだ整列乗車がきっちりと社会に浸透してはいなくて、無意識に横入りしようとする、オバチャンやサラリーマンのオヤジたちがいたものだ。だからかえって「オヤジって本当にルールを守らねぇよな!」とか言いながら自分達は結構マジメに並んでいたような気がする。あの頃は、電車内で立つことなど何の苦でもなかったから、座れるような位置に並んでいても最初からドアの横の安全三角コーナーの確保を目指したものだ。あそこが一番人の圧力に影響されずに本が読めるからである。で、必死の形相で席を求めて、車内を駆けずり回っているオッサンたちを眺めては「ケッ!くだらない連中だ!」と内心思っていたものである。私は大宮まで通っていたことがあるのだが20年ぐらい前の、武蔵野線や高崎線の電車内というのは、必ず通路に新聞紙が敷いてあって、ワンカップ大関片手に車座になって酒を飲んだオッサン達の宴の跡が残っていたものだ。何故か必ずキオスクで買ったゆで卵をつまみで食べるらしく、新聞紙の上にゆで卵の殻が散らばっていた。「食い散らかしたままにしないで、片付けろよ!」と思ったし、そんなオヤジたちがいるからこそ、自分は電車の中で物を食うようなみっともない事は絶対にしたくないと思っていた。でも、今は若いコ達が、コンビニの前に座って同じような事やってますねえ…。まあ、そういう場所がひとつのコミュニティなのだから仕方がないことだとも思うが、ボクたち…せめてゴミぐらいはちゃんと分別して捨てておきましょうね。ゴミの処理なんて自分たちにとっては何の関係もないことのように感じているとは思うけれどあと5,6年もすれば、君たちも嫌でも納税者になっているもんなんです。下げたくない頭を下げて、額に汗して一ヶ月働いて得たなけなしの給料の中からごっ~そり、税金が引かれていてですねそれの一部がごみ処理なんかにも使われるのですよ。だから、できるだけ自分で処理できることは自分でやってですね無駄なお金を沢山税金で使われないようにしておいたほうが得なのですよ。・・・なんてね!まあ、彼らも年を重ねればそのうち、絶対にゴミを散らかし放題にしたままではなくなる事であろう。私自身もそうであったように。彼らもまた、何となく周囲のムードに流されて順応しやすいという特性を持った“日本人”であるのだろうから・・・。
2003年04月13日
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みなさんお花見はしましたか?私は昨日水中でやってまいりました。キンギョハナダイの群れです最近重かった楽天広場ですが今日は軽い方ですか???さてさて実験随分前に、チャットルームなど作ったのですが全く利用した事ないので(確かヤマモトちゃんと一回だけ遊んだ)本日日本時間の22時15分から入ってみます。お暇な方グラス片手においでください。
2003年04月08日
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NHKの朝ドラのファンだ。「まんてん」が宇宙に飛び立って、今週から「こころ」になったわけだが、母親役で久々に伊藤蘭ちゃんが出てきた。キャンディーズファンであった私としては単純にそれだけで嬉しいものがある。以前「ちゅらさん」をやっていた時は、スーちゃんこと田中好子さんがヒロインのお母さん役で出ていたけれどキャンディーズの面々も、年頃の娘を持ったお母さん役が似合う年齢になったわけだ。それもそのはず彼女たちが、人気絶頂時に「普通の女の子に戻りたい!」と電撃解散をしてしまってから、もう25年になる。当時私は中学2年生。いやー正直ショックでしたね。ショックでしばらく家族とも口を利かなくなってしまったぐらいだった。キャンディーズの大ファンであっただけに、なんだかとっても裏切られた思いを感じてしまったのだろう。ある意味、人生で最初の「失恋」経験でもあったのかもしれない。あー!!!なんて、青くて純情で愛しいまでに、か細かったかったんだろう!14歳の頃のボク・・・きっと憂いのこもった綺麗な瞳を悲しげに伏せて、苦悩の日々に耐え続けていたに違いない。そんな風に美しかった少年が25年後には「ねえちゃん!いつバージン失ったか、おじさんが、この秘密のカードで当ててやろうっ ヘッヘッヘ!」などと赤ら顔で、飲み屋の女の子の体など触りながら平気で言えるようになっちゃうのだから、世の中、神も仏もあったもんじゃない・・・。・・・・・・え?この展開、いつもワンパターン??もういい加減、飽き飽きですか・・・?…どうもすみません。ちなみに「秘密のカード」とは、北風親分がオフ会の時に私に託してくれたもので、これを使うと相手の誕生日から、経験人数までピタリと当てられちゃうのだから、今、フィリピンでは大流行である。まあ、スナック芸には欠かせないアイテムですな。親分、もうちょっと人気が出たら商品化して一山当てますか???もっとも、この国では、そうなる前にコピー商品が出回るのは必至ですが…。で、キャンディーズだった。私は、実はミキちゃんこと藤村美樹さんのファンでしたね。彼女はランちゃん、スーちゃんに比べれば、どうも今ひとつ華がなくて、どこか暗いイメージがあったのだ。声の質もハスキーで、結局真中でリードボーカルをつとめたのは「わな」という曲一曲しかなかったと思う。しかも、解散直前だったにもかかわらず、この曲はあんまり売れなかった・・・。でも、彼女はお父さんが声楽家だったから、音楽的センスは三人の中で一番あった。キャンディーズのコーラスの部分はミキちゃんが支えていたんじゃないかと思うのだ。そういえば彼女も、解散、引退後に一度、ソロ歌手として再デビューしたんだった。もっとも「夢恋人」という一曲で終わってしまったが…。そもそも、三人トリオというのはどうしても一人がくすみがちになる。「たのきん」の野村よっちゃんしかり「アリス」のドラマーだった、キンちゃんこと矢沢透さんしかり…「レッツゴー三匹」の長作さんしかり…私はどうも日陰にいる人の方に興味が湧いてしまう傾向があるようだ。(いや、別に野村よっちゃんやキンちゃんや長作さんの熱烈なファンだというわけではないですよ。念のため)大体、子供の頃から、ちょっと暗くて、目立たなくて陰のある女性が好きだった。クラスで人気ナンバーワンの女の子というのは、何だかただそれだけの理由で鼻持ちならない感じがした。つまりは単にヒネクレ者であったに過ぎないのだろうが…しかし「普通の女の子に戻りたい」といって解散した割には一応、三人とも一度は芸能界に復帰したわけですよね?しかも、ランちゃん、スーちゃんはいまだに現役の女優さん。ショービジネスの世界の魔力から逃れられなかったのかな?…いや、決してそのこと自体を否定するつもりはないのだけれど、彼女たちにとっての「普通の女の子」って、結局何だったのだろう?と、思うことがある。まあ、年齢的に三人とも20歳を超えていたし、人気絶頂ではあったけれど、本人たちはアイドルの生活に疲れていて、好きなことをやりたいと考えたのだろうとは思うのだが…。その辺のところは、ランちゃんもスーちゃんも、テレビなどではあまり語りたがらないものなのだろうか?そもそも、二人とも完璧に女優業だけに徹していて、変なトーク番組とかには出ないですものね。彼女たちの電撃解散はかなりショックであったけれど、その後アイドルが突然引退したり、解散したりしても、あそこまでの騒ぎにはならなくなった。おニャンコなんか普通の女の子が、テレビでアイドルもやっているようなところが人気の原因でしたものね。そして、いつしか、安室ちゃんや浜あゆそっくりのアイドルみたいな普通の女の子が街中を闊歩する時代になってしまった。アイドルが結婚してママドルになったりバラエティで汚れ役をやってバラドルになったりアイドルが文字通り偶像だった時代は確実に過去のものになっている。何となく、また3人揃った姿を見てみたいとも思うが、まあ、キャンディーズはキャンディーズのまま25年前昭和の時代に封印されているほうが、幸せなのかもしれない・・・。
2003年04月04日
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