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>こいさんが初めてわてに黄色いシャツをくれはったのは・・・ ※タイトルと内容は一切関係がございません。なんだかよくわからない方は、とりあえずここをご覧ください。少しでも面白いと思ったら多分あなたは変な人です…。 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★駄洒落を日記タイトルにしたとたんに、しっかりとアクセス数と書き込みが激減してびっくりしているやっさん☆改め北風セブ郎@期間限定です。 …いやぁ~こんな不毛なことをよく2年も続けられたもんです。我等が北風親分は。 やっぱり、意味のない駄洒落などをタイトルにしているとそれだけで近寄るのも気持ち悪く思われてしまうようですね。 しかし、まあ、こんなくだらないことですが結構考えるのに時間がかかってしまったりするのですからまるっきり反応がなかったときの寂しさというのがよくわかります。今日のタイトル駄洒落なんかもねおそらく北風一家の中でもわかってくれるのは親分と北風なだれ@綾小路ルイぐらいなもんでしょう。もう、この時点で殆どのお客は逃げますもんね。私のところは決して人気サイトではないですがそれでもまあ、そこそこ皆さん遊びにきてくれて平均アクセスも90ぐらいはあるのですよ。日記を更新すれば、通常お客様は100人以上は必ずいらっしゃいます。ところが!タイトルを駄洒落にしたとたん10月21日 49人10月22日 63人とものの見事に客足が遠のいてしまいました。面白いもんですねぇ!次は思い切り客集めのため媚を売ってタイトルを「おっぱい画像テンコ盛り!アヘアヘ祭り!」とかにしてみましょうか? いきなりデリられちゃったりして・・・ ☆★☆★☆★☆★☆★☆★ しかし、まあ数字と言えばとうとう超えてはいけない一線を超えてしまいましたねぇ…Nテレビ…。私のね知っている人ですからねぇ…やっちゃった張本人。私より、ちょっとだけ先輩なのですが。まあ、テレビ屋が視聴率に魂を売った人間達であると言う事は以前の日記「視聴率獲得大作戦!」にも書いたんですが、私も6年前まではその現場にいたわけでなんとしてでも視聴率の数字を手に入れたいという、その気持ちは、痛いほどわかります。実態がよくわからぬ数字に追われるのってある部分気持ちよくもあり、同時にもの凄いプレッシャーでもあるわけで私自身、もしもあの頃にお金で確実に数字が手に入る術を知っていたら善悪考えずにやっていたかもしれません。結局それに耐え切れず逃げ出してしまったのですがね…。ただ、やっぱり超えてはならない一線は何にしてもあるものだから決して許されない行為である事は紛れもない事実です。☆★☆★☆★☆★☆★☆★数字と言いますとご存知の方も多いでしょうがいわゆるギョーカイではC,D,E,F,Gで1,2,3,4,5を表したりするんですよ。つまり「え、これいくらだった?」「ツェー(C)万 ゲー(G)千!」なんていう使い方をします。普通に「1万5千」と言えばいいのにね。「ギャラはデェー(D)じゅうの並びで」なんて、言い方もしますね。「222,222」の事です。「デェーじゅう」は「D十」つまり20の事。「並び」は10%の源泉徴収分を入れて、手取りが「20」になる様にする事です。これらはミュージシャン…昔風で言えばバンドマンの言葉からきているわけですね。六本木を「アー(A)本木」なんて言ったりします。じゃあ四谷は「エフ(F)谷」かいっ☆\(>o<)三鷹は「イー(E)鷹」かいっ☆\(>o<)五反田は「ゲー(G)反田」かいっ☆\(>o<)二子多摩川は「デェー(D)子多摩川」かいっ☆\(>o<)八丁堀は… なんていうんじゃいっ☆\(>o<)っていう突っ込みもあるでしょうがこのあたりは普通に「八丁堀」とか「五反田」なんていってましたね。業界用語といいますとよく、逆さにするのがありますよね?「ビール」を「ルービ」「タクシー」を「シータク」「雨降り」を「めーあ りーふー」なんて言います。じゃあ、一文字の言葉の時はどうするか?これもちゃんとひっくり返すんですね。母音を伸ばすのです。「あいつ、えーめー ばいやーだな」(あいつ 目つき ヤバイな)何もそんな無理してひっくり返さなくてもねぇ…。結構古い世代の人たちは、こんな言葉を本当に使っていました。我々の時代はもはや、シャレとして使ってましたがね。とんねるずやねガタルカナル・タカさんなどがよくネタにしていましたね。「おいにい ついきい」とか「きーわ さいくー」とかま、意味は皆さんご想像ください。時間が「押す」とか「巻く」なんていうのはもう一般でも使いますよね。予定より遅れれば「押す」で速く進むのが「巻く」「ケツかっちん」なんて、聞いたことありませんか?タレントさんなどが次のスケジュールが入っていて、時間限定でしか拘束できない事をいいます。「すいません。その日は6時に羽田なんで、4時ケツかっちんなんですよ」なんて感じで使います。スタジオでの収録とかになるとねもっと、いろいろ専門用語が増えます。「セッシュする」=撮影対象物の下に何かをはさんで高くする事。「八百屋にする」=商品などをカメラ映りが良くなる様に広げて綺麗に並べる事。「なめる」=手前に何かを引っ掛けたカメラ構図。「あおる」=下から狙ったカメラ構図。「バミる」=ビニールテープ等で立ち位置などの印をつける。「見切れ」=カメラに映る範囲。「わらう」=片付ける。業界入りたての右も左もわからない、AD坊やがスタジオ撮影中に「おい!それ、ちょっとわらっとけ!(片付けとけの意味)」と言われて「わははははは!」と、本当に声を出して笑ったと言う伝説めいたギャグを聞かされましたがさもありなん・・・という感じですよね?同じように「おい!それ、八百屋にしておけ!」と言われたのでおもむろに、ポケットから手ぬぐいを出しねじり鉢巻をして「へい!いらっしゃい!安いよ!安いよ!」と言ったADがいた…という話は…今、私が作りました。すみません。☆★☆★☆★☆★☆★☆★まあ、テレビの世界だけじゃなくいろいろな業界で、その世界の専門用語や符牒ってあると思うんですよ。寿司屋さんの「あがり」とか「むらさき」見たいにね。それを使うことによって仲間意識を高めたりする意味があるのでしょうね。試しに「符牒」でぐぐったら(これも符牒みたいなもんだね)2420もヒットしました。ここ結構面白かったです。皆さんは、何かこういう符牒めいたものをお使いになりますか?差し支えのない範囲でお教えください。
2003年10月29日
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>化学兵器並の殺虫剤・・・(タイトルと本編は一切関係ありません。なんだかよくわからない方は、とりあえずここをご覧ください。…でも、おそらく余計にわからなくなるでしょう。)☆★☆★☆★☆★☆★☆★電車の中で「昨夜のプロレス」の話と「昨夜の麻雀」の話を真剣に友達にしている男ほどバカに見えるものはない。どちらも、当の本人にはものすごく興奮できて衝撃的なイベントではあったのだろうが、それを第三者に真剣に伝えるほどのものかぁ???という、気がしてしまう。「プロレス」も「麻雀」も、その存在を知ってはいても、なんとなく「プロ野球」や「競馬」に比べたら、若い女性からは敬遠されがちなジャンルに所属するものである。そんなものをマジになって熱く語る男というのは、大概、友達が異常に少い粘着質タイプか、脳味噌筋肉の体育会系男である場合が多い。これは、私自身がそうだったから、間違いない事実だ。で、ここで、やっと昨日の続きになるのだがプロレスといえば、あの、レスラーにつくキャッチフレーズ。「燃える闘魂」=アントニオ猪木…みたいなやつですね。これは、本当に脳味噌筋肉タイプの男にはズドンとくる衝撃を秘めていた。思い出せるままにあげてみよう。「世界の荒鷲」=坂口征二「爆弾小僧」=ダイナマイト・キッド「仮面貴族」=ミル・マスカラス「千の技を持つ悪魔」=ボビー・リー「銀髪鬼」=フレッド・ブラッシー「戦うモンゴリアン」= キラーカーンキラーカーン!懐かしい。あの辮髪スタイルと、奇声を発しながら両手で行う、効き目がなさそうな「モンゴリアンチョップ」私が好きなレスラーであった。ダイナマイト・キットも身長はなかったが、ものすごい筋肉質の体をしており、激しいファイトで鳴らしたレスラーである。その激しすぎるファイトが祟って、若くして首をいためてしまい体が言うことを聞かなくなってしまったのがとても残念だ。ミル・マスカラス!メキシカンスタイルの空中殺法。飛んだり跳ねたりの派手な動きのプロレス、ルチャ・リブレで一斉を風靡した。「スカイ・ハイ」の入場テーマソングが、またかっこよかった。関係ないが、あれを歌っていたジグゾーというグループは今どこにいるのだろう?いかにもプロレス的キャッチフレーズなのが「人間○○」というタイプだ。「人間風車」=ビル・ロビンソンダブルアームスープレックスという投げ技の名手ゆえに、こういう名がついた。「人間発電所」=ブルーノ・サンマルチノ「人間山脈」=アンドレ・ザ・ジャイアント身長223cmアンドレは本当に巨人だった。入場の際、トップロープをまたいでリングの中に入る姿が忘れられない。「ドラゴン」=藤波辰巳「ブレーキの壊れたダンプカー/不沈艦」=スタン・ハンセン「キンングコング」=ブルー・ザ・ブロディ「超人」=ハルク・ホーガン<ウエスタンラリアット>のハンセンと<ギロチンドロップ>のブロディ<アックスボンバー>のホーガン懐かしいですねえ。私が好きだったのは鎖をもって、狂乱のファイトをするブルー・ザ・ブロディ。あの、ふわふわのレッグウォーマーみたいのが妙にかっこよかった。ブロディは確かプエルトリコで他のレスラーとケンカをし、刺殺されてしまった。プロレスラーというのは、力道山にしても、ジャンボ鶴田にしてもそして、あのアンドレ・ザ・ジャイアントにしても、体が大きくて強そうな分、その散り方があっけなかったりする印象がある。しかし、今、書いていて気が付いた。別に電車の中だけじゃなく、個人のHP上ででも、一生懸命プロレスの話をしている男って、やっぱり、どう考えても頭悪そうに思える。ね?そう思いませんか?多分、興味のない人には苦痛にしか思われないタイプの話を、一生懸命正面から話し続けるからだろう。しかも、それが、単に肉体至上主義、マッチョイズムの権化のような話題に終始しているから、余計、そういう感じがするのだ。決して、仕事ができるタイプには思われないよね。でもね男って単純にそういう力だけの世界での強者に憧れちゃう部分ってあるんですよね。私は学生時代、体育会系だったので、周囲にそういう連中ばかりがいた。疲れ果てた夏合宿の時でも、金曜夜8時のプロレスタイムだけは、テレビのある娯楽部屋が賑わっていた。後輩に一人熱烈な猪木信者がいて、プロレス中継が始まると、突然、テレビの前で正座した。家ではいつも、そうやってプロレスを観るのだという。彼曰く「寝転がって観たりしては戦う人に申し訳ないですから」うーむ・・・それほどのものかぁ???・・・という気がしないでもなかったが、なんとなくその言葉には感銘を受けた。☆★☆★☆★☆★☆★☆★プロレスに限らず、スポーツ選手にはキャッチフレーズがつきやすい。1952年のヘルシンキ五輪陸上で金メダル4個を獲り世界的な注目を浴びたチェコのザトペックは大股のフォームで苦しそうながら力強く走るその姿から「人間機関車」=ザトペックと呼ばれた。私はもちろん、この人の現役時代は全然知らないのだけれど、高校生のときに地元のマラソン大会にゲストとして来ていて、一緒になって走った覚えがある。もう、60歳は超えていたはずだが、力強い走りだった。しかしねぇ人間機関車だもんね。☆\(>o<)トーマスかいっ!って突っ込みたくもあるが…あ、あれは機関車人間かな???大相撲の世界でも吊り出しが得意な力士を「人間起重機」と呼びますね。古くは明武谷・陸奥嵐・青葉山なんかがそう呼ばれた。陸奥嵐というお相撲さんも好きでした。もみ上げが長くて、どこか田中邦衛みたいな顔立ちでね、体はないのに豪快な相撲を取る人でした。しかし「人間ユンボ」とか「人間コンクリートミキサー」とか「人間除雪車」なんていうのはさすがにいないんでしょうねえ。プロ野球の世界でもイチローのようにヒットをよく打つ人を「安打製造機」なんて呼びますね。張本勲選手や若松勉選手も、かつてはそう呼ばれていました。外野手で、ホームラン性のあたりをジャンプ一番で捕っちゃったり、フェンスに当たったクッションボールの処理が抜群にうまい人を「塀際の魔術師」なんて呼ぶこともある。往年の巨人の平山菊二選手が草分けでその後、高田繁選手にその名は引き継がれた。昭和50年代に阪急(現オリックス)にいた、山森選手の西宮球場での、ホームランもぎ捕りシーンはプロ野球の好プレー集などでご覧になった方も多いでしょう。スポーツ選手のキャッチフレーズで多いパターンとして「色+名詞」というのもある。「黒い呪術師」=アブドーラ・ザ・ブッチャー「白い魔術師」=フィリップ・トルシエなんていう感じでね。でもサッカーの世界では「赤い悪魔」というと、一般的にはマンチェスター・ユナイテッド のことですが、ベルギー代表チームもそう呼ばれますし 韓国のサポーターも、そう呼ばれていますね。悪魔や魔術師がそこらじゅに跳梁跋扈しているサッカー界というのもなんだか物凄いものがあります。モントリオール五輪で10.0を連発したルーマニアの体操選手ナディア・コマネチは「白い妖精」と呼ばれましたね。オリンピックというと、「どの大会から覚えているか?」ということで、大体その人の年齢が見当ついちゃうのですが、私は日本で行われた札幌冬季五輪が一番幼い時の記憶かなあ。70m級ジャンプで青地、金野、笠谷が表彰台を独占し「日の丸飛行隊」と呼ばれたのをしっかりとテレビで見ていました。その後、長野五輪で「日の丸飛行隊」は復活するわけですが。女子のフィギアスケートではジャネット・リン選手が尻餅をついても銅メダルを取り「銀盤の妖精」なんて呼ばれていました。その年の夏はミュンヘン大会。日本は男子バレーボールチームが優勝したりしてかなり盛り上がりました。人気があったのは女子の体操の旧ソ連代表オルガ・コルブト選手。小柄な体でばねの効いた演技で「弾けるそら豆」なんて形容もされてもいましたが「ミュンヘンの恋人」という別名もありましたね。難易度の高い技を連発して確か、あまりに危険だということで禁じ手になったものもあったようです。ただ、この人、その後アメリカに住んでね体操を教えていたはずなんですが数年前に万引きで捕まっちゃったり、ニセ札を押収されたりと、ストイックに生きてきた人にありがちな、転落への道を歩みつつあるようです。女子体操選手というと殆ど誰も覚えていないと思いますがモスクワ五輪の時にねナタリア・シャポシュニコワという選手がいたのです。この大会はソビエトのアフガニスタン侵攻がその直前にあって、日本は参加を取りやめたのですが、テレビでは中継されていました。で、このシャポシュニコワという選手はなんか、いつも自信なさそうな伏目がちの憂い漂う美少女だったんですね。実力もそこそこあったのですが当時は何と言っても、ルーマニアのコマネチが全盛時代でして、絶対にかないっこない。ところが、彼女は、その、か弱そうな表情からは想像もつかないのですが、個人戦になると、いつもものすごい大技に挑戦をするのですよ。床運動で3回転宙返りとかねで、失敗しちゃう。もしかしたら、それが当時のソビエトチームの作戦であったのかもしれませんが、そんな技に挑まず無難にまとめれば、もうちょっといい成績が残せたかも知れないわけです。でも、あえて一発を狙ってやっちゃう。その姿が何とも素敵でね、ファンになりました。彼女の得意技で、当時としては難易度が高かった平均台での片手倒立があったのですが、その技は別名「ナターシャの飛行機」と呼ばれていました。これがうまく決まって、平均台では確か金か銀を獲ったんじゃなかったかな?シャポシュニコワ記録にはあまり残りませんがまさに記憶に残る体操選手でした。どなたか覚えている方いらっしゃいます??
2003年10月22日
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>極太明朝体・・・いや江戸勘亭流かな(タイトルの無意味さに気がついた方はとりあえずここをご覧ください)いつもくだらない妄想日記ばかり書いているために、いつの間にやら北風小象夫親分から「南海の妄想王」なる、キャッチフレーズを頂戴いたしましたやっさん☆改め北風セブ郎@期間限定です。実は本人いたって気に入ってるんですがね。このキャッチフレーズ。この「○○の××」というのはキャッチフレーズではよく使われる表現ですよね。「テキサスの荒馬」=テリー・ファンク「二十世紀最後の暴君」=ピーター・アーツ「音速の貴公子」=アイルトン・セナとかね。誰がつけたのだか知らないけれど、素晴らしいですよね。特に「音速の貴公子」これは、「音速」も「貴公子」も、普通の人にはなかなか手の届かないところにあるものだから余計にかっこよく感じるんでしょうね。一文字変えただけだけどね「音速の祈祷師」・・・なんかさまにならないですよね。「音速の整体師」「音速の獣医師」「音速の予備校教師」「音速の腹話術師」どれも、ぱっとしません。もうちょっと身近にしてね「音速の会社員」☆\(>o<)コンコルドで通勤かいっ!で、よくバラエティ番組のオープニングなどで使われるネタですが、アイドル歌手のデビュー当時のキャッチフレーズというものを調べてみました。山瀬まみ 「国民のおもちゃ、新発売」この人のキャッチフレーズはとても有名でご存知の方も多いでしょう。まさにおもちゃのような彼女のキャラや声を良く言い表していますね。中森明菜 「ちょっとエッチなミルキーッ娘」これもかなり有名ですね。売れていた頃の明菜ちゃんの独特な雰囲気をよくあらわしていたと思います。これを真似したわけではないでしょうが「ちょっと○○」シリーズで網浜直子 「ちょっと変な女の子」なんていうのもありました。…もう少し可愛らしいいキャッチフレーズがほしいと本人は思ったんじゃなかろうか?ちなみに加藤茶 「ちょっとだけよの男の子」というのがないかと探したけど…さすがになかったですね。☆\(>o<)あるわけねぇだろっ!本人の出身地を入れ込んで「○○から来た△△」というパターンも多いようです。アグネスチャン 「香港から来た真珠」 テレサ・テン 「香港の赤いバラ」浅香 唯 「フェニックスから来た少女」 浅香唯ちゃんは宮崎出身なんでしょうね。私は「セシル」という曲が好きでした。お目目くりくりで可愛かったですね。随分昔に一度だけエレベーターの中でお会いしたことあるんですが、思わずそばに寄って深呼吸しちゃいましたもんね。いい匂いがしました。あれ、不思議ですよね。可愛い女の子の匂いはついつい胸いっぱい吸い込みたくなりますね。あ、閑話休題しかし同じ九州出身でもチャゲ&飛鳥になるとキャッチフレーズも違います。 「九州から来た大型台風」☆\(>o<)985ヘクトパスカルかいっ!まあ、チャゲアスぐらいの大物ならばね「大型台風」というキャッチコピーもうなずけます。これが「九州からきた梅雨前線」「日本海からきた寒冷前線」「三多摩地方の不連続線」なんていうのだとねお年寄りの神経痛を刺激しただけで終わっちゃいそうですが。しかし、この「○○から来た△△」パターンで一番すごかったのがこれピーター「アポロが月から連れてきた少年」 ☆\(>o<)捕われた宇宙人かいっ!いや凄いですね。ピーターさんは月からきていたのか!しかも、アポロ!!時代を感じさせますな。身近な存在をイメージさせて親近感を湧かせる、というような戦略をとっているキャッチフレーズもあります。天地真理 「あなたの心の隣にいるソニーの白雪姫 」一時は大ブームでしたからね。真理ちゃん。森口博子「 よかった、君がいて 」デビュー当時から「便利屋」的なイメージがあったのかな?歌もバラエティも芝居も司会も何でも器用にこなす彼女らしいキャッチコピーですよね。杏里 「杏里、君に触れたい」☆\(>o<)ストーカーかいっ!今だったらちょっと危ないコピーに区分けされそうです。最初から笑いを取ろうとして微妙にズレているパターンというのもありますね。氷川きよし 「平成の股旅野郎」☆\(>o<)橋幸夫かいっ!太川陽介 「のぼれ太陽くん」 ☆\(>o<)駄菓子のネーミングかいっ!浜田麻里 「マリちゃんはヘヴィメタル」☆\(>o<)でも色っぽかったから許すっ!このパターンで凄かったのが、この方ちあきなおみ「苗字がなくて名前が二つ」ほとんど遊んでつけられたとしか思えないんですが・・・☆\(>o<)千秋実もそうかいっ!☆\(>o<)真弓倫子もそうかいっ!☆\(>o<)段田男はどこが名前じゃいっ!…という突っ込みもしたくなりますね。具体的な数字や大げさな比喩で売ろうとするパターンも多いようですね。西村知美 「一秒ごとのきらめき…知美 」☆\(>o<)クリスマスツリーかいっ!田中美奈子「1億円の瞳」☆\(>o<)拾ったのは大貫さんかいっ!高橋由美子 「20世紀最後のアイドル」 ☆\(>o<)だからまだ脱がんのかいっ!元ちとせ 「100年にひとりの美声」 ☆\(>o<)すでに19人も前におったのかいっ!山崎まさよし 「天才よりも凄いヤツ」 ☆\(>o<)リーガル秀才かいっ!光GENJI「超新星からのメッセージ」☆\(>o<)新興宗教かいっ!しかしこのパターンで一番すごかったのはなんと言ってもこの人三輪明宏 「神武以来の美少年」 神武ですからね!神武!2660年ぐらい前の話なんだから!それ以来の美少年というわけですから、これはもう本当に美少年。でも若いころの三輪さんの写真を見ると「確かに」と、うなずけます。デビュー当時の年齢を入れ込むなんていうのも多いようですね。中山 忍 「15歳、ためらい、小さな決心」 西田ひかる 「つまさきまでまぶしい15歳 」山口百恵「 ひとにめざめる14才 」なんだかね、年齢が年齢だけに清岡純子さん・近藤昌良さん系の写真集みたいでもありますが・・・。河合奈保子「西城秀樹の妹」岩井小百合「銀蝿一家の妹分」なんていう風に、別の有名人の妹という存在で売り出した人たちもいたわけですが、これなんかも「妹」だから成立しますよね。男兄弟とかだとね・・・どうも、その、妙な意味でしっくりしちゃうというかね・・・ま、芸能界にはいっぱいいますがね・・・いろんな意味でね。「郷ひろみの弟」☆\(>o<)神田正輝かいっ!「栗山英樹の弟」☆\(>o<)イチローかいっ!「明石家さんまの弟」☆\(>o<)野田秀樹かいっ!「沖雅也のオヤジ」☆\(>o<)日景忠男かいっ!「槙原敬之のアニキ」「水野晴朗の・・・」「福岡翼の・・・」「松平・・・」「平・・・」☆\(>o<)二丁目にいっぱいいるだろっ!…ちょっと危なくなりそうなんで今日はこの辺にしておきましょう…。皆さんのお好きなキャッチフレーズなにかありますか?
2003年10月21日
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本日からやっさん☆改め北風セブ郎と名乗ることにいたしました。一部関係者の間では周知の事実ですが、われわれの楽天での親分北風小象夫が来る11月8日をもって晴れて、このやくざな楽天世界から足を洗い、本業である人間ポンプに専念することと相成りました。多くの子分たちが、この突然の引退宣言には驚き、あのキャンディーズの解散よりも衝撃的であると語りました。クセ者揃いの北風一家の中で最南端に住む子分であり南洋の妄想王との異名を持つこの私も例外にもれず、親分の引退宣言以来、極度の脱力感と無力感から放尿癖が再発。所構わず、放尿を繰り返し最近では小さい文字までが読みにくくなる始末です。☆\(>o<)そりゃ、単なるトシだろっ!親分の引退を何とか引き止めようとある者は泣き落としを試みました。その他、ホメ殺し、言葉嬲り、放置プレイ、幼児プレイ、お医者さんごっこ、影踏み…など数々の親分の好きな餌で釣ろうともしましたが無駄でした。中には、体のあちこちに親分の名前を彫り、忠誠心を表すことで、親分に心変わりをさせようと試みた健気な子分たちもおりましたが、大切な所に彫るのを忘れ、そのままとられて自らの性別だけが変わってしまって終わりました。☆\(>o<)タマなし芳一かいっ!男らしくて一本気。一度「こう」と決めたことは、とことんまで、うじうじ悩む北風親分の決意はマシュマロよりも固く、結局、親分のシマ(ホームページ)「北風小象夫の跳梁跋扈」は、閉経まで、あと1ヶ月を切ってしまったのです。☆\(>o<)あがっちゃうんかいっ!しかし、楽天広しといえども北風親分のシマほどくだらないネタに満ちたページはなく租にして野、その上、卑でもあり、痴でもあるが故に、ほとんどの客人には理解不能であったようです。いや、仮に理解ができたとしてもとても進んでは混じりたくないというのがおそらく普通の感覚でしょう。店の外には美味そうな匂いが流れ出ていても、料理の素材はゲテモノばかりしかも、コモドオオトカゲの丸焼きとかオットセイのペニスとかめったに口にしそうにもないものを、常連客はむしゃむしゃと美味そうに食べている…。そんな不思議の国の居酒屋のようなシマなのですから無理もありません。最後の親分孝行としてせめて親分引退のその日まで頂戴いたしましたこの名前 を名乗らせていただくことで故人の冥福を祈りたいと思います。☆\(>o<)まだ生きてるって!しかし、この命名制度は考えてみれば、例のオ○ム真理教がやっていたのと同じ効果を生み出しました。我々は尊師・・・もとい親分から頂いた名前に恥じないよう、より過激に、よりアナーキーにギャグ道、駄洒落道へと走り続け、結果、楽天内に住む普通の人々から、どんどんどんどん浮いていくという二律背反を抱え込むはめとなったのです。また、私のところから北風親分のところに流れ子分になった者たちも数多くふみつき@北風ひさめあんきもポン酢@北風どなべ綾小路ルイ@北風なだれなどは、未だに一家の中心メンバーとして屋台骨を支えております。彼らの普段の日記から想像すれば、ごく普通のまともな常識人です。にもかかわらず、ギャグという禁断の喜びの味を知ってしまった者の悲しい性とでも申しましょうか、北風親分の前では、まるで坂道を転げ落ちていくロシアの民芸品マトリョーシカの如く、次々とその外側を覆った「世間体」という名の殻を破り捨て、あられもない痴態、醜態、貞操帯を喜んでさらけ出していくようになりました。その被虐的快感に酔いしれていく姿は、谷ナオミの縄化粧よりも美しく、ロマンポルノ界の松坂慶子と謳われた風祭ゆきの身悶える姿よりも官能的であったと言えましょう。☆\(>o<)誰も判らんだろっ!で、北風一家の実態ですが現在子分は23名しかし、中には破門になったものもおりますしこんなの↓や・・・(((ノ^o^)ノ┘┘ あげあしとりっ♪こんなの↓までいます。☆\(>o<)なわけねぇだろっ!ま、普通の感覚なら単なる記号ですがね・・・子分になるとこんなのと同列に扱われるわけです。で、なんだかよくわかりませんでしょうが、久々に躁状態に陥りつつある上に満月なもので、私は今晩はウキウキ気分でお出かけです。ま、閉めちゃう前に一度、親分のシマ・・・除いてやって・・・いや覗いてやってくださったらまあ、嬉しいかなと。そんなことがいいたかったわけです。帰ってきたらやっさん☆の名前、誰かに盗られていたりして・・・。
2003年10月14日
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気が付いたら、もうすぐカウンターが5万になりそう。今日で557日目だそうだけど、日記記入率は30パーセントにも届きません!(キッパリ)ま、その割には結構、頻繁に見にきてくださる人が多いということでしょうか?実に嬉しいものです。まあ、レスを書いたりするために、そのうちの3分の1ぐらいは自分がアクセスしているんじゃないかと思いますが。で、私は、カウンター5万を踏んでくれた方に何かプレゼントをするような優しさは持ち合わせていません!(再びキッパリ!)踏んじゃった方は、期待しないでくださいね。まあ、御礼ぐらいは言うかもしれませんが、何も出ませんので・・・。(…といっておいて、やっぱり嬉しくて、結局出しちゃいました。ROSE13さん ありがとう!)さて、今日は私が苦手な語学のお話です。学生の頃何が嫌いかって、英語ほど嫌いなものはありませんでした。しかも文法。これがまったくだめだったので今でも私の英語は本当にへたくそです。ただ、まあ、それは住んでいれば日常会話ぐらいには不自由はしないですが、やはり日本人ですからね、結構、恥ずかしい間違いをしたりもします。この前なんか寝すごしてしまって、朝あわててタクシーを呼んでもらおうとしまして、ホテルのフロントに「Would you call me Taxi?」(私をタクシーと呼んでください!)と、言ってしまいました。言ってから気が付いて自分で笑ってしまいましたが。国際線の飛行機に乗っていて、スッチーから飲み物を聞かれ「I am Orange juice!」(私は オレンジジュースです)と、言っちゃった人の話を聞いて笑っていたのですが、私の英語力では笑う資格はありませんね。あと、やっぱり発音が悪いのでしょうね、言っている事が通じないことが時々あったりします。日本食レストランに行って豚カツを注文した時の事です。辛子がついてこなかったので、ウエイトレスのおねえちゃんを呼んで「Can I have mustard?」(辛子ちょうだいよ!)と頼みましたおねえちゃんは、「Yes sir!」といって慌てて厨房に向かっていったので、わかったのかなと思っていたら、突然「何か不備な点がございましたでしょうか?」と、その店のごつい板長さんが、恐縮した感じで、私の席にやってくるじゃないですか。「え?」「いや、女の子がお客様が呼んでいるというので・・・」いや・・・確かにこの人はMaster(マスター)だろうけどさ・・・俺が頼んだのはMustard(マスタード)板長さんを豚カツに塗るわけにもいかんでしょうに・・・フィリピンだと、結構タガログと英語がごちゃ混ぜになって使えちゃったりするので、意思が通じてしまう面もあり、その分、正しい英語から外れていってしまうことも多いです。タガログ語では NaとPaというのをよく使います。これは時制を表す言葉でNaというのは「もう、すでに」英語で言えば alreadyでしょうか。Paというのは「まだ」これはstillとかyetにあたる言葉なわけです。で、タガログ語というのは一応しっかりした文法があり、動詞なんかも時制で変化したりするのですが、このNaとかPaでもあらわそうと思うえば時制をあらわせてしまったりもするわけです。例えば、お店にタバコを買いに行き、好きなブランドの物がもう売り切れちゃったりしていると「Wala na(もう、ないよ)」と言われます。で、次の日もう一度買いにいったとして、まだ入荷してなければ「wala pa(まだ ないよ)」になるわけです。最初はややこしいのですが,これに慣れちゃうと、過去の事・・・過ぎちゃった事は全てnaで表せてしまいます。となると、英語と混ざってですね、基本的に動詞の過去形というものが、なくなっちゃう事が多いのです。「I go there last Sunday na」(この前の日曜日にそこに行ったよ)」みたいな、おかしな英語を結構喋る人が多いわけです。Wentなんていう言葉はなくなっちゃうわけですね。これはこれでね現在完了も、過去も全部Naで表しちゃったりして、日本人には分かりやすかったりもするわけです。あ、フィリピン人の名誉のために言っておきますが、ちゃんと綺麗な英語をしゃべる人もいっぱいいますよ。なんせ、イギリス、アメリカ、についで世界で第三番目に英語を喋る人が多く住む国と言われているぐらいですからね。かつて一緒に仕事をしていたKさんは、英語の堪能な方でした。で、決して発音が悪いわけでもないししゃべり方もゆっくり、はっきりしているのですがなぜか相手に言っている事が全然通じないタイプの人でした。ハンバーガーショップで「コーラとフレンチフライ」と、3回頼んでいるのにもかかわらず、出てくるのはコーヒーとアップルパイという始末。でも、Kさんは優しい人柄なのでいつも首を捻りながらも「昔っから僕の英語は通じないんです・・・あはは~」と笑っているようなタイプの人です。で、ある時、私と一緒にフィリピンの国内線に乗っていました。私は丁度その頃、まだ、この国にきたばかりで、習ってはみたもののタガログ語が全然わからず、そんな悩みをKさんに話していました。Kさんは「僕も2年いますが全然、わからないですよぉ~」と、いつものようににこやかに言っていました。丁度その時、スッチーが飲み物のオーダーを聞きに来ました。「Would you like some drinks?」我々の前の席に座っているフィリピン人のおじさんがタガログ語で答えているのが聞こえました「Tubik na lang!(トゥービック ナラン!)」Tubikというのは水の事です。Na langというのは、これもよく使われる言い回しですが「~で、いいよ」「~が、いいよ」という意味。つまり「水でいいよ」みたいな感じですかね。それを聞いていたKさん「うわーやっぱりフィリピンの人はタガログうまいですよね!Tubik na langか・・・いいなあ僕も使おう!」と、やたらと感心していました。で、いよいよスッチーが我々に「Would you like some drinks?」と、飲み物を聞いて来た時Kさんは満を持した面持ちで、こう答えました。「Tubik na lang!(トゥービック ナラン!)」スッチーは、日本人がタガログで答えたので、一瞬戸惑ったようですが、すぐに満面の笑顔になり「OK」と言いました。しかし、出てきたのはやっぱりコーヒー・・・Kさん嬉しそうに苦笑いしながら「何がいけなかったんでしょうねぇ?」私は、ただ笑い転げていました。そういえばこんなこともありました。ある立食パーティーの席で、このKさんと、T君という殆どローカルの人と変わらない程うまい現地語を喋る男と話をしていた時です。日本食レストランが、そのパーティーの料理を仕切っていまして、そこから派遣された着物姿の綺麗なウエイトレスのおねーちゃんたちが食べ物を持って、客の間をぬって歩いては「Would you like some more SUSHI?(お寿司はいかがですか?)」などと聞いて回っていました。われわれはもうたくさん食べた後だったので、彼女たちがくるたびに「No thank you」などといって断っていたのですが結構、入れ替わり立ち代りに、いろんなおねえちゃんが聞きにきてくれるので、毎回「No thank you」ばかりを繰り返すのもなんだか味気なくて、素っ気がない感じがします。「何かいい、断りの言い回しって、タガログ語でないかな?」私は現地語堪能なT君に聞きました。T君しばらく考えていましたが「『Ikaw na lang(イカウ ナ ラン)』って言ってみたらどうでしょう?」おお!それは素晴らしい断り文句だ。われわれは納得しました。Ikawというのは二人称でつまりはYouです。で、Na langというのは、先述のとおり「~で、いいよ」「~が、いいよ」という意味。だから「Would you like some more SUSHI?(お寿司はいかがですか?)」と尋ねられて「Ikaw na lang(イカウ ナ ラン)」と答えるのは「君が食べなさいよ」という意味にもとれますし言い方によっては「(寿司よりも)君が食べたい!」という、ちょっとHっぽい、プレイボーイ風の口説き文句的発言にもなるわけです。日本ならセクハラになってしまうかもしれませんが、ラテンの血が残るここフィリピンでは、こういうセンスの方が、一般的にはウケます。で、早速ネィティブスピーカーのT君が試してみました。おねえちゃんから「Would you like some more SUSHI?(お寿司はいかがですか?)」と尋ねられると一拍おいて、ちょっとためを作り彼女を見つめてソフトなボイスで「…Ikaw na lang(イカウ ナ ラン)」おねえちゃん、もう、真っ赤になって照れてしまい、何もいわずに逃げ去るように我々の前から去っていきましたが5,6歩歩いたところで立ち止まり、一瞬だけど、しっかりと振り返り、T君の方をチラリと見ているではありませんか!さすがです。彼が何人ものフィリピーナの心をがっちりと掴んでいる秘密はこういうところに現れるわけです。で、それを見ていたKさん「すごいですねぇ!じゃあ、今度は僕に言わせてください」みんなKさんの言葉が通じにくいことはよく知っていましたから、ワクワクしながら待ちました。髪の毛の長い可愛いおねえちゃんがやってきます。「Sir、Would you like some more SUSHI?」Kさん満面の笑顔で「Ikaw na lang(イカウ ナ ラン)」しかし、やっぱりおねえちゃんの反応は「Ayaw Ko! Bastos Ka!(いやよ!このすけべ!)You must eat SUSHI!(お寿司食べなさい!)」と、散々なものでした。Kさん、またもやうれしそうに笑いながら「やっぱり、だめだったか・・・・」言葉というものは決してそれだけで通じているものではないんだなあ、と、しみじみ思いました。最後に私の知り合いが東欧に旅行に行ったときのお話を。ある、駅についたときに、その周辺の地図が欲しいと思い、とりあえず本屋らしきところに飛び込んで人に聞いたんだそうです。「Do you have a big map?」(大きい地図ありますか?)しかし、店員さんはよくわからないのか、通じないのか、怪訝な顔をしているばかり。仕方がないのでもう一度ゆっくり「I need big map」と言ったら、やっと通じたらしくそこでは売ってないという。仕方がないから、「どこに行ったら買える?」と聞いたら一緒に外に出てきてくれて通りの向こうを指差し「You should go there」(あそこに行ったほうがいいよ)というので、そっちを見たらマクドナルドがあったそうです・・・。それはBIG MACだろっ!☆\(>o<)まあねBIGMAPと聞くのも悪いとは思いますが。。。皆さんは何かこういう失敗談はありますか?
2003年10月07日
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沢木耕太郎さんにはまったのは高校生の時だったろうか?いつぞやの日記にも出てきた幼馴染の悪友Tが、当時、溜まり場になっていた私の部屋に愛用の原チャリ・パッソルで突然やってきたのがきっかけだったと思う。いや、しかしパッソルなんて妙に懐かしいね!久々に巡り合った単語だ。今でも乗っている人いるのかな?悪友Tはこれのマフラーに釘で穴を開けていたので、奴がやってくるとパン!パン!パン!パン!パンパンパン!という音が私の部屋にもよく響いてきた。けだるい夏の日の午後など、この音を聞いて、あわてて開いていた雑誌を閉じ、机の引き出しに放り込み、身繕いなどを整えたりもしたもんだ。意味もなくギターのチューニングとかはじめちゃったりしてね!…いや、さしあたっての目標など何も持たずにいる、暇な男子高校生の一日なんてそんなもんですよ。食欲と性欲の赴くがままに時間が無駄に過ぎてゆくというかね…。こ、こんなことばかりに励んでいちゃいけない!こんなことしている時間を全部集めて勉強時間に当てなくては、将来きっとまともな生き方もできないし、お嫁さんだってもらえなくなる・・・とも思ったりもするのだが、…ああ、そんなイタイケな罪の意識をあざけ笑うが如く押し寄せてくる欲望という名の快楽への急行列車・・・・・・あ・・・沢木耕太郎さんの話でしたね。で、まあその夏の日にやってきた悪友Tが「これ、面白いぞ。読んだか?」と渡してくれたのが『敗れざる者たち』だったのだ。で、いっぺんにはまりましたな。この日記で私はよく「普通の鍵括弧」ではなく<こんなの>を使っているがこれなどは、完璧に『敗れざる者たち』の影響である。まあ、正確には≪こんなの≫のはずなんだけどね。ちょっと前に猿岩石とかの影響で、沢木耕太郎さんの『深夜特急』が大ブームになったが、私の個人的好みではあの作品はあまり好きではないのだ。やっぱり『敗れざる者たち』『テロルの決算』『人の砂漠』『地の漂流者たち』『一瞬の夏』『王の闇』あたりに、あの人の作品の真骨頂はあるように思う。『敗れざる者たち』の中には数々のスポーツ選手たちの戦いの模様とそれに続く栄光と挫折、そして復活の様子が描かれている。マラソンの円谷幸吉の生涯をルポした「長距離ランナーの遺書」やボクシングの輪島功一の世界タイトル戦を追った「ドランカー<酔いどれ>」なんかはかなり好きな作品だ。この本の中に「クレイになれなかった男」という作品がある。あの世界チャンピョン、モハメッド・アリがカシアス・クレイと名乗っていた頃に、その名を取ってカシアス内藤というリングネームでデビューした混血の日本人ボクサーの話である。もちろんクレイのように強くはなれなかったボクサーだ。天性のものがあったと、誰もが認めていたのに、あと一つが乗り越えられなくて、大成できなかった男の話だ。このルポの中にもあるが、カシアスと名乗った本人の内藤純一選手は最初、このリングネームを拒否したそうだ。にもかかわらず、当時、世界で一番強かった男の名前を名乗らせたのはマスコミ受けを狙ったプロモーターであり所属ジムである。彼は結局この名前と周囲の期待感というプレッシャーに潰されてしまった。もっとも、それを乗り越えられるぐらいタフじゃないとボクシングの世界チャンピョンなんかには成れないものなのだろうが、何にしても周囲から大きく期待されすぎたことが、その選手本来が持っているはずだった輝きを失わせてしまうということもあるのではないだろうか?この作品を読むたび、いつもこのような感想を抱いていた。…で、何がいいたいのかというと。巨人軍の原監督の辞任の話なのだ。原辰徳氏は巨人軍の4番打者になるべくして期待をされて入ってきた男であった。高校、大学と甲子園や東都大学リーグで大活躍し、4番でサード。その甘いマスクや、爽やかで華やかなイメージからいつも注目を浴びていた選手だった。プロ野球選手としても、それなりに活躍し1697試合6012 打数1675 安打本塁打382 打点1093 打率.279 という成績は数字だけみれば、立派なものだ。ちなみに私は彼のプロ入り第一号HRを後楽園球場で見ている。確か1981年の開幕第二戦だったと思うが、あの頃の巨人はサードに中畑がいたので、原はセカンドで6番を打っていた。そしてその年HRを22本打ち、新人王に輝いた。応援団は背番号8にちなんで「エイトマン」のテーマソングをトランペットで吹いてたものだ。♪パパパーパパ パパパパーパパパ パパパッパパパパパーかっとばせータツノリヒロシマ倒せーっヨ! ってね・・・(あ、広島ファンのあんきもさん ごめんね!) しかし、なぜか、それ以降、この人のプレイに、いつもどこか中途半端なものを感じていた巨人ファンというものも多いのではないだろうか?満塁のチャンスで中途半端なスイングでセカンドフライ・・・というイメージがあまりにも強すぎる。思い切りバットを振れない。何かに萎縮してしまったかのように本来の力が出せていない。そんなシーンを数多く見たような気がする。だからなんだか、数字の割にはチャンスに弱かった面ばかりが強調されて印象に残っているように思う。内角球に腰が引けるだの踏み込みが足りないだのね。正直、選手としての晩年はいつも曇り空といった感じで、さわやかな本来のそのイメージとどうにも合わない雰囲気を漂わせていた。今回の監督辞任もたかだか2年やっただけで終わるなんて、相変わらず中途半端だなぁ・・・そんなことを思いながら辞任のニュースを見ていたら突然、あの長島さんのインタビューが出てきて原監督の辞任についてコメントしていた。私は知らなかったが、巨人軍の終身名誉監督か何かなんですって?あの方?まあ、ご本人はサービス精神旺盛だから、マスコミに取材されれば答えるだろうけれど、その時にふと思ってしまったわけです。原辰徳氏もまたプロ野球選手には数多くいる≪長島になれなかった男≫なんだなあ・・・と。巨人の4番。同じサードを守り、学生のころから注目を浴び、鳴り物入りで入団。さわやかなイメージでみんなから親しまれたところまでは一緒なのだが、そこから先が、あの長島さんとは大きく違っていたわけである。かつて、世界のホームラン王、王貞治さんにして、「どんなに自分が打ったところで、人気では長島さんには絶対に勝てない」と言っていたほどである。結局ファンもマスコミも原辰徳氏に、長島さん的なものを求めすぎていたのではないか?それを乗り越えてこそ、スーパースターなのだが、相手があの長島さんじゃねえ・・・。常に比べられてしまう立場はそれなりに相当辛かったのだろうと思ったのである。原選手が現役を引退したのは長島さんの二回目の巨人監督時代だった。その時の引退セレモニーで「巨人軍は巨人軍独特の何人も侵すことのできない聖域があります」というようなことを確か原選手は言っていた。それは言い換えれば「巨人軍の四番は他球団の四番とは違った伝統と責任という重みがあります」ということであり、もっとくだけば≪常に長島茂雄の後任として大きな期待が寄せられ、それに応えねばならない重みがある≫ということだ。おそらく、監督になってからもその伝統と責任という重み…あえて悪く言い換えれば≪長島茂雄の後任という名の呪縛≫から彼は逃れ切れなかったのかもしれない。現役時代はそれがあの萎縮した中途半端なスイングにつながった・・・監督時代も、また、しかりだ。おそらく彼は≪長島に憧れて野球をはじめ≫≪長島以上になろうとして現役時代を過ごし≫そして、結局≪長島になれなかった男≫なのである。かつて長島茂雄は「燃える男」と称された。燃えて、燃えて、チャンスに打ってファンを沸かせダイヤモンドを駆け巡った。まさに現役時代、監督時代を通じて燃えまくり、ファンもその姿に酔いしれて歓声を上げそのおかげで真っ白な灰になれた数少ない希少な存在なのである。だからファンはいつまでも長島にエールを送る。それは自分たちは永遠に真っ白になるまで燃え尽きることなど、できないことを知っているからだ。だからせめて長島さんぐらいには燃え尽きて欲しいという願いがありある意味、もはや人間ではなく神に近いカリスマ性を持って語られている部分がある。だが、常にその神と比較されてしまう立場に立った人間にとっては、その苦痛は計り知れないものだろう。おそらく原辰徳氏はそのことを身にしみて感じ続けながらプロ野球人生を歩んできたのだ。自分にいつか真っ白に燃え尽きる日が来ることなど、多分ないことをおそらく彼は知っている。いや、立場が立場ゆえに知らされてしまった。そして皮肉なことにそう思ってしまった以上はそんなチャンスは絶対に訪れないものなのだ。それは決して彼だけにではないあいつにも。あいつにも。そして、この私にも・・・。☆\(>o<) パクんなよっ!
2003年10月03日
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