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映画にもなったけれど「連合赤軍あさま山荘事件」は日本の犯罪史上に残る凶悪事件だ。日本中がテレビに釘付けになり最高視聴率80パーセント以上になった機動隊と連合赤軍の銃撃戦。警察側に殉職者2名を出しながらもクレーンと鉄球を使った作戦で犯人は全員逮捕人質は何とか無事に保護された。30年ちょっと前の日本は今からは想像つかないが結構サヨクが元気な時代だった。70年安保闘争の流れから、連日、機動隊とデモ隊が衝突を繰り返し、線路の石は投石に使われ、火炎瓶が投げられ、左ト全は♪やめてけーれ ゲバゲバと歌っていた。私はそんな時代に幼稚園、小学校低学年時代を送った。父親が自衛隊関係者であったため私は基地の傍で育った。キャンプというのは広く当然米軍も沢山いた。柳ジョージの歌で「フェンスの向こうのアメリカ」というのがあるが、まさにあんな感じだった。緑の芝生スプリンクラーと芝刈り機白いペンキに塗られた兵舎。基地の中だけはアメリカで車も右側通行だった。PXという売店ではドルが通貨だった。父親の職場に遊びに行くと25セント玉を2個渡されてPXに行って、なんでも好きなものを買えた。ハーシーのチョコレートがやたらとうまかった。基地の中はともかく物価が安かったので散髪もいつもそこに行っていた。夏休みのプールも何回か行った覚えがある。もっとも、自衛隊のプールは子供用ではないのでとても深く、私はそこで溺れかかって、しばらく泳ぐのが大嫌いになってしまったのだが。今思えば恵まれた環境にいた。住まいも自衛隊の官舎で、はっきり言ってボロ家だったが、家賃もかなり安かったはずだ。時代を覆ったサヨクの雰囲気の中我々の住居は、デモ隊にとって格好の攻撃の的であった。「安保反対! 自衛隊反対!安保反対! 自衛隊反対!」そんな掛け声とともに、月に何回かデモ隊が官舎周辺にやってきた。そういう情報は事前に伝わるらしくデモがある日は母親が早めに幼稚園に迎えにきてくれた。官舎は5階建ての団地だったが、団地の入り口に大きな正門があり、鉄条網を巻きつけた、物々しい重い木の門があった。その両側には常に警備の自衛官が立っているのだが、デモがある日はそこに機動隊がきて例のジェラルミンの盾で花道を作ってくれていた。(最近はあの盾も違う素材になったようだけど)見上げるようにして見たジェラルミンの盾に囲まれながら、母親に手を引っ張られた記憶が私にはある。当時はデモ隊と機動隊が顔を合わすと、流血を伴った騒乱状態になる事は別に珍しくもなく、私はそんな様子を4階にあった自分の家の窓からよく眺めていた。デモが去ったあとは、門の周りのあちこちに血だまりがあったりして、それをよく、当番の歩哨の自衛隊員が水道のホースで流していた。その日もデモがあり、母親と私が門についた時はすでに機動隊との乱闘が一部始まっており、そんな中、私は機動隊の盾で守られ、おじさんに抱きかかえられながら、母親と共に門の中に滑り込んだ。もちろん、防衛線は門よりも随分離れたところに張られてあるので危機一髪とか命からがらとかいうほど深刻なものではなかったが、投石の石が飛んできたり、やや緊迫した母親の表情から普通じゃないことは見て取れた。その日、家に帰ってきた父親に私は何気なく聞いた。「じえいたいって デモのときなにやってるの?」この言葉は両親には結構ショックだったに違いない。ご存知のように自衛隊は武器をいっぱい持っている。税金でぬくぬく暮らして、毎日有事に備えて体を鍛えているおじさんたちの集まりだ。サヨクの一部の人たちが言うようにそれは憲法違反のような中途半端な存在であり、れっきとした軍隊だ。しかし、同時に憲法第9条の元に、ある意味守られた「戦うことをしない軍隊」でもある。だから、まるで冗談みたいな話だが、この時代デモ隊がたとえ、機動隊の防衛線を破ってわれわれの住居の敷地内に入ってきたとしても、自衛官である以上絶対に戦ってはならないという通達が父親たちにはなされていたらしい。つまり制服を着ている以上は、デモ隊から家族すら守っちゃいけない。と、えらい人たちから命令されていたわけである。もちろん、家族が危機にさらされれば私人としてそれを守るのは正当防衛であろうが、筋骨隆々の戦うためだけに養成されたおっさんたちは、自分の家の前に群がるデモ隊に、家族に危害を与えるかもしれないデモ隊に組織としては結局何一つ対抗する術もなく、ただ指をくわえて眺めるだけの対応しかできなかったのである。確かに、自衛官が一般大衆に手を上げることなど許されるはずもない。しかし、一応、血気盛んな防人集団なので、みんな内心忸怩たる思いであったことだろうと思う。しかし子供心にも父親の所属する、この自衛隊という組織は本当にカッコ悪いと思った。ウルトラマンでもゴジラでも、自衛隊の戦車が撃つ大砲は怪獣には絶対に効かない。しかもいったい普段は何をやっているのか家族にもよくわからない。ニュースで聞く限り、大雨のときに防波堤を作ったり、札幌の雪祭りでオブジェを作ったりするのだけが自衛隊の唯一の活躍の場のようだったが、うちの父親はそんな時にも家で新聞なんか読んでいる。しかも、あの時代、雫石で全日空機と自衛隊機が激突して大惨事が起きたり、不祥事ばかりが注目されていた。日教組の勢いが時代の波もあって非常に強く、深く物を考えないバカなサヨクかぶれ教師などから、自衛官や警察官の子供というのは、いわれのない侮辱を受けたりして肩身が狭い時もあった。親の職業で、子供を差別するようなやつがよくもまあ小学校教師なんかやれたものだが、ま、時代的にそういう輩が元気だったわけである。公務員というものは文句を言われるのも仕事のうちであろうし、確かに、家族であった私から見たって、自衛隊って何のためにいるのだかよくわからなかったのだから、税金払っている皆さんがお怒りになるであろう気持ちは想像がつく。あえて、挑発しちゃおう。あのね皆さんの血税で作られている自衛隊の食堂の飯ってね実はすっごく美味いんですよぉ~♪今はどうだか知らないが、一応、体が資本の兵隊さんたちの胃袋を満足させなきゃならないから、自衛隊の食事は値段の割には結構豪華だし本当にうまかった。あと演習のときに配られる携帯食。缶詰のお赤飯や牛の大和煮なんていうのももの凄くうまかった。うちの父親は部隊で余ったやつをいつも何個か貰って帰ってきていた。本当は公費の横領になるのかもしれないが30年以上前のことなので、もう時効だろう。我が家ではそれらは「自衛隊の缶詰」と呼ばれ備蓄食料になっていて台風の時などにみんなでよく食べた。これが食べられるから私は子供の頃は台風が好きだったのだ。自衛官には非常呼集というものがある。突然夜中に連絡があり、出勤するのだ。有事に備えての訓練なのだが、官舎には非常ベルが備え付けてあり夜中の2時ぐらいにそれがビーッとけたたましく鳴るのである。そうすると父親は制服に着替えて出勤していく。子供心にこのベルの音は非常に嫌いだった。ただし、これも実はいつおきるかというのは我が家の場合はわかっていた。学校の避難訓練と一緒で前の日父親が帰ってくると「明日は2時に非常呼集だ」という。すると、晩御飯は早くなり8時ぐらいにはさっさと寝てしまう。で、夜中に起きて準備して呼び出しとともに出かけるのである。非常呼集なのに時間がわかっているというのが子供心になんだかとても不思議であったのだが・・・。高田渡さんという人が作った「自衛隊に入ろう」という、フォークソングがある。岡林信康さんなどもさかんに歌っていたが歌詞の内容はともかく、発生した年代、時期からして、これは完璧に自衛隊をおちょくった反戦パロディソングだ。しかし、冗談みたいな話だが防衛庁がその意味をしっかりと捉えられず真面目に自衛隊のPRソングにしようとしたというのだからなんともお間抜けなものである。☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★さて、今回、イラクに送ろうとしているのはそういう、平和な時代の中をある意味ぬくぬくと生きてきた中途半端な軍隊である。実戦経験もなければ国内の暴動の鎮圧などもやったことがない。ならばこそ、と、私は思う。ならばこそここで、その実力を発揮してほしい。派遣に関しての賛否はあるが、決まってしまった以上はイラクの復興支援という任務を着実に遂行してきてほしい。血税を使って鍛えつづけた肉体を、雪祭り以外で生かす場所が得られたのだ。それは自衛隊にとって名誉なことではないだろうか。警察予備隊から数えて自衛隊50数年の歴史の中で初めて、本格的な戦闘に巻き込まれる可能性もあるが、自衛官である以上は危険地帯に行く覚悟はできているはずだ。むしろ実戦に出られる自衛官のほうが、圧倒的に少なかったわけで、そういう意味では言葉は悪いが世間から注目をされる立場になれたのである。確かに、注目され送り出される以上は国民全体から「頑張っていってきてください」と、いわれたい気持ちはよくわかる。しかし、残念ながら現時点でそれを望むのは無理だ。ブッシュの尻をなめ、アメリカの尻をなめる事においてしか自衛隊派遣には意味が感じられない国民が殆どであろう。自衛隊が派遣されることで、日本国内に大規模なテロが起こるかもしれない。事実上、日本は参戦したことになるのだから。それら、国内のマイナス感情をも振り切って、イラクに行かなくてはならない立場である自衛隊員自身に罪はない。宇宙戦艦ヤマトの乗務員のようにみんなから期待と声援を受けて送りだしてあげられないのは、はなはだ可哀相だが、自衛隊というものはその存在からして、常にそういう風な立場にならざるを得ない組織なのかもしれない。でも、誰も応援しなくても、少なくとも私だけは応援しています。自衛隊の意地を、今回の派遣で見せて欲しい。危険極まりない環境の中でも専守防衛に徹しつつ復興支援を行う。不可能に近い任務だが、何とかそれを全うし自衛隊の存在意義を国民にアピールして欲しい。かつて関係者の家族という立場であった人間として、勝手な願いだがつくづくとそう思う。そして、どうか、無事で。みなさんが再びご家族の元に元気に返ってくる日がくることを祈ります。祈ります。
2003年12月27日
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いつもとは業務範疇が違う仕事に追われてひぃひぃ言っているクリスマスイブイブです。思えば、番組制作の現場という、やや特殊な世界で生きてきた私は、台本を書いたりとか、ダンドリ事や交渉事には慣れていても、まともなサラリーマンならば大抵は経験するはずの、例えば、正式な契約書を作成するとか、見積書を作るとか、収入印紙がいるような領収書をきるとかといった、一般事務的な経験がやたらと不足しているわけです。すべて、アバウト、口約束の世界でしたからね。特に数字に関することというのは非常に苦手でして、電卓なんて領収書の清算をする時ぐらいしか使ったことはありません。酔っ払ったサラリーマンが「ばかやろー こう見えても、おれっちは億の金を毎日動かしてんだぞぉーなめんじゃねぇぞぉ!ちくしょぅ~」なんてクダ巻いていたりしますが、ある意味、羨ましくあったりもするわけです。でも、今回、やむにやまれぬ事情で多少のお金計算がかかわる仕事をやっておるのですが、いかんせん数字馴れしていないもので、計算が遅い。私は0が5個以上ついた数字は全部同じに見えちゃうんですから。契約書なんていうのも、「甲」とか「乙」とか出てきた日には、もうひえーーーっ!ってなもんで「甲」は「かぶと」とも読むよな…本名「甲(かぶと)」さんが「乙」にあたる場合はどうなるんだろう???などと、余計なことを考えたりで全然進みません。で、もう、わけわからなくなって困り果てたのでいつものように「ヤマモトちゃぁぁぁぁぁぁぁんん!!!」とヤマモトちゃんに泣きつきました。ヤマモトちゃんは本当にこういう時、頼りになります。私にとってはドラえもんみたいなものです。しかも彼は、きちんとしたビジネスマンですから、私がボーっとしてる間にちゃかちゃかちゃかちゃか仕事を進めてくれます。いや、本当に感謝。ヤマモトちゃん。ついでに私が寝ている間にその仕事全部終わらせておいてくれればいいのになぁあ・・・☆\(>o<)靴屋さんの小人かいっ!?で、久々電卓なんかいじっていたら、昔飲み屋で教えてもらった電卓スナック芸を思い出してしまいました。ご存知の方もいるでしょうがちょっとやってみますか?じゃあ、電卓をご用意ください。ま、昔から「イヤヨイヤヨも好きのうち」なんていってね、女性の「イヤヨ」ほど、男にとって、判りにくいものはないのですが・・・ある男女の会話です「346346346」(サセロサセロサセロ)ま、正確には「サシロ」とちょっと訛ってますが、女性に迫ってるわけですな。(ここで+を押す)で、女性が「184184184」(イヤヨイヤヨイヤヨ)(+)で、男がまた「346346346」(サセロサセロサセロ)(+)で、女性が「184184184」(イヤヨイヤヨイヤヨ)さて、その答えは?(=)「1061061060」(イレロイレロイレロ~!!!)ってね。「イヤヨイヤヨも好きのうち」は、数学的にも証明されたわけです。・・・ま、こんな感じのHな小ネタです。以前も書きましたが私はこういった、セコイ、スナック芸が大好きなんですね。一体誰がいつどうやって思いついたのかとかね、想像しちゃうと余計楽しかったりします。これは多分アレでしょうね。ベンチャー系の会社の営業で働く43歳。やや、額が禿げ上がった一見コワモテだけど、実は人のいい美人のかーちゃんと3人の子供と犬1匹を宝物のように思っている暗鬼門ポン重なる、人物が月末の営業売上成績を計算しているときに偶然発見したんじゃないかと思いますね。「えっと・・・△△商事が346346・・・おっ!変な数字だねぇサシロサシロかぁ?エチゴ訛だね(※本当かどうか知らない)で、○○電気が184184・・・おっ!イヤヨイヤヨも好きのうちってね。最近ご無沙汰だもんなあで、××産業が・・・おっ!ここも346346かぁ?ホントかよ?この数字・・・サセロサセロそうだよねぇ・・・うん・・・それが普通よイヤヨといわれりゃサセロと返す磯のアワビの片思いホレ!ちゃんちゃん♪ってね!いいーーーーねっ!あーもう、こんな日は、仕事やめて飲み行きたいよ。まったくよぉ・・・で、(株)■■が・・・184184!!え?またかよイヤヨイヤヨってねぇそう言われたって、止められるもんじゃないよなぁ・・・で、これをたせば・・・おっ!おおおっ!!!!1061060????いれろいれろ!ってかぁ?ぶわはははは!!すっげぇ!真実じゃん。数字の美学だね。すごい。うん、すごい」とまあ、こんなして誰もいないオフィスで数字とにらめっこしながら一人はしゃぐ暗鬼門ポン重氏。だんだん興が乗ってきまして営業数字そっちのけで、Hな電卓はじきに没頭したりしますね。「いひひ・・・じゃあ、素直な女ならどうなるんだろう?346346346(サセロサセロサセロ)(+)110110110(イイワイイワイイワ)で、答えは(=)456456456(しごろしごろしごろ)うひゃあああああ!!!しごろ!させごろ!笑いごろ!ハァ~チュチュンガチュン!チュチュンガチュン!電線に♪ってかぁ~すごいねぇいいーーーーねぇ!!!!じゃ、じゃあもうちょっと気合が入った男で863863863(やるぞやるぞやるぞ)(+)184184184(イヤヨイヤヨイヤヨ)(+)863863863(やるぞやるぞやるぞ)で、どうだぁ!(=)どっひゃぁぁぁぁぁぁ!!!!1911911910(イクーッイ、イクー、イイクーイ!)たまらないねぇやめられないねぇこれだから人間はいいよねぇ!!」と、まあこんな風な光景がおそらくどこかのオフィスで夜の10時ごろにあったんでしょう。暗鬼門ポン重氏もう、すっかりご機嫌になって夜の町に繰り出しなじみのカウンターバーなんかで女の子相手にこれ見よがしに、このネタを披露したんじゃないでしょうか?「ユミちゃん、ユミちゃん!ほらほら、見てごらんよ184184184で・・・1061061060!!!ね!ねね!面白いでしょ!!」「・・・わかったわよぉ。もう、暗鬼門さん酔っ払うと、やらしくて、しつこいんだから・・・」「でへへへ、ねっねっだからさ、今晩、お店終わったらさ、俺と飲み行こうよ。二人だけでさあ」「ここはね、そういうお店じゃないの」「なんでよ。いーじゃん自由恋愛なんだからさぁ!おぢさんのことあたためてぇ!!!!!ひひひ!」絶好調の暗鬼門氏スケベに女の子に絡みます。しかし度を越しすぎて、お店の奥から見るからにというコワーイ顔のお兄さんが登場。暗鬼門氏の手元から電卓を奪い取ります。「おじさん、ごきげんだねぇ・・・じゃあこういうのはどうだい?346346(サセロサセロ)(+)184082(イヤヨオヤジ)(+)346346(サセロサセロ)(+)184082(イヤヨオヤジ)で(=)1060856(イレロ おやじ 殺す!)」「う・・・う・・・そ、それは!す、すいませんでしたぁぁ・・ほ、ほんの冗談で・・・」「・・・おお、そうか、そうか、ま、酒は気持ちよく飲みたいもんな俺みたいなヤクザもんが出てきちゃ迷惑だろう。わかるわかるじゃあ、ここから(-)893581(やくざこわい)を引いてみよう。(=)16727516万7千275円ほら、これがてめぇの勘定だ!とっとと払って出て行きやがれっ!!」暗鬼門氏身包みはがれて夜の新宿に放り出されます。「・・・・くぅぅぅ・・・まいったなぁ・・・167275円・・・ぼったくりじゃねえか・・・ちくしょう・・・しかたねぇ167275(色女に泣こう)かぁ?洒落にもなんねぇや!!」・・・なんてねそんなストーリーが浮かんで来ちゃったりします。あーあーあしかしこんなこと書いて遊んでいる暇はないんですよ本当は!!!やらなきゃいかんことがいっぱいです。もう、まったく肝心な方向にベクトルが向かずにドーデもいい方向にばかり集中しちゃうのは昔からの悪い癖。試験前になるとやたらと部屋の片付けなんかをはじめたくなるあの心境とあんまり変わらないもんがあります。あああ!神様かサンタさんか39年前に生き別れた現在は大金持ちの叔父さんか(…いれば、の話だけど)誰でもいいんですが・・・クリスマスプレゼントには寝ている間に仕事をやってくれる小人か本物のドラえもんどっちか下さい!二つはおねだりしませんからおねがい!
2003年12月23日
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日本でも公開されましたか?「ファインディング・ニモ」おかげで、クマノミが人気でたかもですね。イソギンチャクの布団の中に隠れていつも気持ちよさそうなクマノミ今日はそんなクマノミ特集をしちゃいましょう。まずはカクレクマノミニモと同じ種類のクマノミです。オレンジの体に三本の白いライン。真中がブリーフというかパンティというか三角形のラインですね。こっちの写真のほうがいいかな?こちらはカクレクマノミの正面顔。名前のとおり、とてもシャイでいつもイソギンチャクの中に包まれるようにして隠れています。で、これがクマノミ結構気が強くて、写真をとろうとするとむかってきたりします。薄いピンクに背中と顔に白いラインハナビラクマノミです。クマノミは確かにちょこちょこしてかわいらしいのですが動き回るのでなかなかいい写真が撮りにくかったりもします。これは偶然同じ方向を向いてくれましたね。トウアカクマノミこれはダイバーが結構憧れるクマノミです。上の三種類に比べると数が少ないというか遭遇率は低いですね。これはひとつのイソギンチャクにファミリーでいるところ。一見本当の親子で優雅にイソギンチャクのおうちに住んでいるようですが実はまったく赤の他人です。一番大きいのがメス。クマノミは実は性転換をする魚で(魚には多い)生まれたときはみんなオスです。で、それぞれが海を泳ぎ勝手に住みやすそうなイソギンチャクを選んでコロニーを作ります。その中で体が一番大きいものがメスになり、次に大きいのがオスの役割を果たすそうです。あとの小さいオスは生殖能力はなくとりあえず控え選手として一緒に生活しています。で、仮に一番大きなメスが死んだり、いなくなったりすると二番目に大きかったオスがメスに性転換し、控え選手のオスの中で一番大きなものとペアになります。人間で言えばカルーセル麻紀が水野晴夫と同居している家に三輪明宏とおすぎとピーコが乱入してくるようなものでしょうか?あ、あまり適切な例えではないですね。すみません。そしてこれはティレズアネモネフィッシュアネモネといっても鬼畜ではないです。(あ、一部だけのウケを狙ってしまいました)アネモネフィッシュとは英語でクマノミのことです。ちなみにイソギンチャクのことを英語ではSEA ANEMONEと呼びます。しかし、この魚は珍しいですよ。おそらく、プロのダイバーや水中カメラマンでも見たことがない人のほうが多いと思います。セブにはいるんですけどね。ひひひ。いかがでしたでしょうか?クマノミも結構いろんな種類がいます。世界中では30種類ぐらいいるといわれています。私はまだ10種類ぐらいしか見ていません。でも、セブにいますからね。これでも恵まれているほうだと思います。こう考えるとどうやら一生ダイビングをやめるわけにはいかなさそうです。さて続いては私の好きなハゼ。レッドーマージンシュリンプゴビーヒレの淵に赤い模様があるのが特徴的です。結構堂々としているのでこんな角度にまで寄れました。お魚の写真は本当は目にピントを合わせなくてはいけないのですが、たまにはこれぐらいおなかに寄っている写真もいいんじゃないかと・・・個人的には好きな写真です。ハチマキダテハゼ?(自信ないのでクエスチョンマークを追加。12月5日0時40分)これ、もしかしたら名前違うかもしれないのですが多分ハチマキダテハゼじゃないかと思います。ダイビングやる方はご存知でしょうがハチマキダテハゼというともう少し茶色と白が強い地味系のお魚の印象があるのですよ。ところがヒレを開いたら意外ときれいじゃありませんか。これは地域的な特性なのかもしくは婚姻色とかね何かあるのかもしれません。それとも別の種類だったりして・・・。もしもお気づきの方がいらっしゃったら教えてください。メタリックシュリンプゴビー本当はこっちのハゼのほうが明かりが綺麗にあたればハデハデに写りそうなのですが、ちょっと遠かったですね。ハゼもね種類によって寄らせてくれたり臆病だったりしますが毎週のように同じ個体を狙っていると、次第に相手も慣れてくるのがわかります。「あ、こいつは写真さえ撮らせてやれば、悪さはしないな」と、考えているような気がします。それにクマノミのように卵を守るために噛み付いてきたり突撃してきたりしませんからね。私は基本的にハゼの方が好きだったりします。いかがでしたでしょうか?今回は地味なお魚が多かったかもしれませんね。それに少々マニアックすぎたかも。お気に入りのお魚いましたか?
2003年12月04日
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ヤマモトちゃんと共同で「不思議なメルモ」のリバイバル版DVD5枚組セットをオークションで落として持ってきた。手塚治虫先生の実験的性教育アニメだ。さっそくヤマモトちゃんの所に持っていった。彼は忙しい人だがこっちにも拠点を持っている。四十に近い、独り者の淋しいおっさんが二人して薄暗い部屋で膝を抱えつつ♪メルモちゃん~メルモちゃんを真剣に観ている構図というのは想像しただけでかなりエグイものがあるだろうが、事実だから仕方がない。実際見始めたら夢中になってしまい、二人ともたっぷり性教育のお勉強をしてしまった。これが30年前に作られたアニメだとは思えない。最終回のほうは思わずうるうるきてしまった。メルモちゃんのママは学校の先生だったが交通事故で死んでしまう。ママは天国に行くが、幼い弟二人を抱えて苦労をしているメルモちゃんを気遣い、神様に頼み、自由自在に年が取れたり、若返ったりできる赤いキャンディと青いキャンディを作ってもらう。このキャンディは手塚漫画の永遠のテーマでもある命の象徴、火の鳥の卵から作られるのだが、人間は母親の子宮の中で細胞分裂して育っていく過程の中で、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と同じ道をたどるために、キャンディの飲み方次第では別の動物にも成れるという設定である。この辺りは、昆虫好きだった手塚先生らしいメタモルフォーゼ(変身)願望が現れていますよね。おそらくメルモちゃんという主人公の名前もメタモルフォーゼから来ているのではないだろうか。で、毎回1話完結でいろんなエピソードを展開しつつ、サイドストーリーとして性教育も盛り込んでいる。「男と女の違い」「第二次性徴」「恋愛とは?」「結婚とは?」「妊娠と出産」なんていう感じでね。それとともに全体のストーリもしっかりと構成されていて、最後のほうは大切なキャンディがなくなってきてどうしようと悩むメルモちゃんの姿が描かれている。彼女は結局残り少ないキャンディに頼らず自分一人の力で、弟たちを守っていこうと決意する。月日は流れ、幸せな結婚をしたメルモちゃんは娘を産む。あるときこの赤ちゃんが、例のキャンディを飲み込んでしまい、見る見る成長して・・・・・・というのが感動の最終回だった。あ、ごめんなさい。オチが気になる方はメイルでこっそり教えますのでご連絡ください。でも、まあ想像はつきますよね。いかにも手塚先生らしい仏教的価値観というか、輪廻転生思想というか、生きるということは、結局いろいろな人との関係性の上において成り立っているものだということを教えてくれるような最終回だった。ただなぁ・・・やっぱり子供にはちょっとむずかしいかもしれないなぁ。大体、多感な時期というのは、冷静に性についてなんて考えにくいものだ。どんなにアニメを使ってわかりやすくしたとしても、ついついテレて、冷やかして見たくなってしまうものではないだろうか?私自身、この作品がテレビでOAされていた頃は、親の目が気になって見づらかったような記憶がある。☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 今年はアトムが誕生した年であるらしいが、私は子供の頃、本当に鉄腕アトムばかり読んで育ったので、正に「アトムの子供」なのだ。カッパコミックスという光文社が出していた「鉄腕アトム」の原本が我が家には全巻揃っていた。まぁ、それらは結局、ちょっと年が離れた兄のおかげなのだけれど、文字を覚えたのもアトムの漫画からであったし、小学生レベルの理科の知識もやはりアトムから学んだ。手塚治虫さんを、ついつい手塚先生と呼んでしまいたくなるのは、私の中で本当に色々な事をこの人の作品から学んだという思いがあるからだ。「鉄腕アトム」にしても、単純な勧善懲悪ものではなく、人間のエゴや差別と戦う純粋なロボット達の姿を描いている部分が実はとても大きい。アトム自身、元々子供を事故で亡くした天馬博士が、我が子のかわりに製造したものだった。最初はアトムを可愛がっていた天馬博士だったが、やはり、やや精神に変調をきたしていたため、そのうちアトムをいじめるようになる。そしてロボットなのに「背が伸びない」という当たり前の理由から天馬博士は激怒し、アトムをサーカスに売ってしまう。その後、お茶の水博士と出会いアトムは救われるのだが、人間の為に一生懸命働いているのに直情型の田鷲警部にはいつも怒られているし、かなり、ロボットだという事だけで差別をされている。本人も結構それで悩んでいたりするのだ。そして最後は身勝手な人間達と戦う覚悟を決めたりもする。(あ、ちなみにアニメシリーズは別の最終回があって、 地球を救う為に太陽に突っ込むんですけどね)アトムのシリーズの中でも根強いファンが多い「史上最強のロボット」という話がある。人間のエゴにより、戦う為だけに生まれたロボット、プルートゥの悲しみを描いたものだが、現在、このシリーズがビッグコミックオリジナルで新たなるストーリーとして連載されているのをご存知だろうか?タイトルも「プルートゥ」描いているのは「パイナップルアーミー」「マスターキートン」「モンスター」等でおなじみの浦沢直樹さんだ。この新シリーズも楽しみ。重厚なストーリーを描かせたら最近の漫画家では一番上手いのじゃないかと思われる浦沢氏がどのように料理してくれるのだろうか?オリジナルを超えるものであって欲しいと願うばかりだ。ああ、しかし、手塚先生の漫画の話をしだすと止まらなくなっちゃう!本当は「きりひと賛歌」「アドルフに告ぐ」「奇子」あたりの大人向け作品についてまで論じようかと思っていたのだけれど、字数がつきそうだ。「奇子」なんて読んだ方いらっしゃいます?兄妹の近親相姦が出てくる、暗い話だ。もう読んでいるのが辛くなるぐらい暗い。いつか誰かとの対談で、手塚先生自身も「あの話は描いていても辛かった」と言っていた。作家というのはそれでも最後まで創作して作品にしてしまうエネルギーがあるんですねぇ。☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ さて最後に一漫画ファン一手塚ファンとしてどうしても許せない、というか納得できないことについて書きたい。いわゆる差別語の自主規制についてだ。手塚先生はよく漫画の登場人物が人を罵倒する際のセリフの中に「キチガイ」という言葉を使う作家で、現在出版されているものは、殆どがこれを「精神異常者」という言葉に換えている。この言い換え語自体、それほど適切だとは思えないが、手塚先生自身がもの凄く影響力を持った作家である事を考慮すれば、単純に人を罵倒するシーンにおいてのセリフの自主規制は仕方が無い事のように思える。しかしだ。「ブラックジャック」に「木の芽」という作品がある。この中で弟の体から急に木の芽が生えてくるという異常事態に気がついた兄が両親に内緒でブラックジャックに治療を頼むシーンがある。そのシーンで「ご両親はその事を知っているのかい?」と問い掛けるブラックジャックに対し、兄が何気なく「まだ知りません…弟がカタワだなんて知ったら悲しむもの」と、もらすと、ブラックジャックが烈火の如く怒るシーンがあるのだ。「カタワという言葉を二度と使うな!言われた子の気持ちにもなってみろ!私も君ぐらいの年の頃に言われたんだ!」私は5年生ぐらいの時にこの作品を読んで、もの凄く影響を受けた。「そうか・・・気軽にカタワなんて体の不自由な人の事を呼んではいけないんだ・・・」と、素直にそう思ったものである。ところがだ!現在、文庫本サイズで秋田書店から出ている「ブラックジャック」では、このシーンのセリフが換えられているのだ。少年の兄のセリフの「カタワ」を「病気」に言い換えている。しかも、それに続くブラックジャックのセリフはたった一言「病気ではない!!」に変えられており、絵の方は元のまんま烈火の如く怒ったブラックジャックが少年の首を締めようとしている様な絵だからなんだか全然意味が通じない。まだ、問題の患者を診察してもいないのに何で「病気ではない!」等といわなくちゃいけないのだ?しかも、依頼人に対して怒ってまで!どうか上のセリフを「病気」に換えて読み直してみてください。全然意味が通じないでしょう??こういうのは本来の作品の意図を大きく捻じ曲げてしまう悪しき習慣だ。誰が言い換え語を設定するのか知らないが、あまりにもいい加減な仕事だ。ブラックジャックは「カタワというな!」と言っているのである。無意識にそういう差別語を使ってしまった少年を諭したのだ。そんなセリフさえも自主規制しなくてはならないのものなのだろうか?その姿勢自体が既に何かを差別していることに通じていないだろうか?仮に抗議が来たら、きちんと流れで説明すればいいだけの話じゃないのか?そもそも、小学校5年生の頃の私でさえわかった流れなのだから、日本語のニュアンスさえ理解できれば誰もそこに抗議などしないと思うのだが…。さらに手塚先生ご本人が生きていらしたら果たしてこの言い換え語には賛成しただろうか?子供が自分の弟に対して無意識に使った言葉である。異形のものを単純に蔑視するようなニュアンスの言葉だ。「カタワ」がダメなら「病気」よりも「オバケ」とかにしておく方がその後のブラックジャックのセリフが絶対に生きる。そしてそれは決して差別を助長するような表現では断じてないと、私は思う。「ブラックジャック」は医者の話ゆえに、多くの病気に悩む立場の人の気持ちに配慮しなきゃいけないことは十分にわかるが、巨匠の作った素晴らしい作品を、勉強不足で無自覚なマスコミ関係者が弱腰のままどんどん、どんどんつまらないものにしていってしまうようでなんとも淋しい気持ちになってしまうのである。☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ しかし読み返すたびにつくづく感じるが手塚先生はやっぱり偉大だ。もっともっと作品を読んでみたいとつい思ってしまう。どうか神の腕を持つブラックジャックでも若返るキャンディを持つメルモちゃんでも命の化身の火の鳥でも誰だっていいから手塚先生ご自身をもう一度生き返らせてはくれないものか…。不可能と知りつつそんな事を夢想したくなる。テロと悲惨な事件ばかりが報道されているこの21世紀…アトムが生まれたこの2003年…もし手塚先生が生きていたなら、この状況で一体どんな作品を生み出してくれただろう。絶対に読めないだけに是非、読んでみたいと思ってしまうのである…。
2003年12月03日
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