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息子に梅干をネットで買ってくれるように頼みました。私より息子のほうがネットでの買物が上手なので、つい頼んでしまいます。品質が良く安いものを探すのが上手です。塩分5%のものです。 「頼んでおいたからね。」というので待っているとなかなか届きません。毎朝梅干を食べる習慣ですが、もう食べきってなくなってもまだ届かないのです。 「まだ届かないんだけど」というと、「どうせなら母の日に届くようにしておいたけど、早く食べたい?」と聞くので、「どちらでも。弘(息子のこと)が早く食べたいのなら早く届けてもらったら?」と返事。 2,3日すると梅干がどっと届きました。3箱がひとつのダンボールに入っていました。一番上の箱は包装がしてあって「お母さんありがとう」のメッセージが貼ってありました。そして造花ですがカーネーションが3本。 メッセージは包装を剥がして箱の上に直に貼っていつも見えるように。カーネーションは玄関のヴェネチアグラスの花瓶に挿して。 息子の無言の感謝を受け取って・・・。 息子って言葉が少ないのですよね。以前リザーブドフラワーを貰った時も何も言わずに差し出すもので、危うく水を差しそうになりました。水に濡らすといっぺんに駄目になるそうです。 梅干は二人で食べるんですけどね。解雇された身にしては、上等過ぎる母の日プレゼントです。 ところで「梅干ばばあ」という言葉を息子は知っているのでしょうか。そんな比喩で買ってくれたのではないでしょうから、私もあえて言いません。一人でニヤニヤしています。散歩しながら撮った写真ハナミズキレンゲの花と思っていましたがそうではないらしい。教えてください。大きな躑躅コデマリ市役所の躑躅庭に咲いた花サルビアすずらんが4年ぶりに咲きました。玄関の置物兜と鯉のぼり
2015.04.30
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安倍首相はいまアメリカで何をしているのでしょう。事細かにアメリカと日本の自衛隊が海外のどこででも米軍を支援して戦える新ガイドラインの締結を図っているのです。 日本の内閣で決定する(これも問題ですが)以前にアメリカに言われるまま、自衛隊の任務の範囲を決めてしまうというのですから、独立国もなにもあったものではありません。 日本の憲法を破ってまで、国民の意思も聞かずにアメリカと合意してしまうのですから、日本の首相としての資格が無いばかりか、売国奴と罵られても致し方ないでしょう。 東京新聞の2015年4月28日の朝刊に新安保法制と新ガイドライを比較した表が載っていましたので、以下にご紹介いたします。↓ http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015042890070501.html
2015.04.29
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ブログのお友達悠愛皇子様の主催する懇親会に参加させていただきました。ずっと体調が良くなかったものですから、最初は参加できないと思ったのですが、急にキャンセルが発生したとのこと、幸運に預かりました。 いつもながら巧みな皇子様の話術に乗せられて、会は楽しく、爆笑の連続。12人という会場にちょうど良い人数で話がすみずみまで通り、同じ話題で、笑い転げて、みんなで楽しさを共有できたのはとても良かったと思います。隣り近所の席の方とは、打ち解けて話し合えたりもして・・・。 お隣といえば、初めて皇子さまのお隣になったのですよ。「いつも若い女性を隣にすると言われるから、今度は考え直した」そうで・・・。それでご光栄に預かったわけです。(笑い) またお料理も美味しいのです。場所は新宿小田急デパートの14階「清月堂」。いつ来ても美味しいお料理がいただけます。フレンチのコースで前菜とメインとデザートが選択できます。デザートはここでしか食べられない絶品を注文しました。それはそれは美味でした。 この頃忘れっぽくて、なにか大事なものをひとつは忘れてくるのですが、昨日はカメラを忘れてしまいました。そのかわりに悠愛皇子様のブログをご紹介しますので、どうぞご覧になってください。前編・後編に分かれています。ブログ村に登録されていますので、ポチしてくださいね。 最後に集合写真を撮り、お土産交換して、名残を惜しみつつ「生きていたらまた会いましょう」を合言葉に解散となりました。 悠愛皇子様のブログhttp://plaza.rakuten.co.jp/tomy415/diary/201504250000/?scid=we_blgpcsidenavi_next みなさん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
2015.04.26
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今日は久しぶり、5ヶ月ぶりに歌のレッスンに行きました。すっかり忘れてしまったかと思ったのですが、歌いだすと思い出してきました。歌い方、先生に言われたこと、感情の持ち方まで思い出したので、不思議な気がしました。去年から同じ歌をずっと歌っているのですが、進歩しないようで、まだまだ続けて歌いたいと思います。 もっともっと歌い込んで、満足のいくまで歌いたいというのが、今の心境です。 相変わらず同じ歌ですが、「あなたは憩い」「リディア」と「私はリンデの香りを嗅ぐ」の3曲です。 「私はリンデの香りを嗅ぐ」はまだ歌い始めなのでまだまだリズムに乗れていないのですが、他の二つは、ほぼ仕上がっているように見えますが、久しぶりに歌うとミスが目立ちました。 でも先生は体調を壊して長いこと来られなかった私を励ますかのように、褒めてくださいました。さあ、歌も復活できました。少しずつ戻していこうと思います。 マーラーの「私はリンデの香りを嗅ぐ」の曲をご紹介します。https://youtu.be/TEbUvK3Jnws
2015.04.24
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昨日はT診療所への通院日でした。鍼をやってから日が経つと、足の具合は悪くなり、体の動きも悪くなって、最寄りの駅まで25分もかかってしまいました。電車を降りて八丁堀の駅のホームから改札まで、階段を登らなくてはならないので、それが苦労でした。痛くない方の足を先に踏み出して、右足は後から、一段ずつ登らなくてはなりません。 やっと予約時間の11時15分頃に到着できました。診療所の前の通りには鉄砲洲稲荷神社例大祭と書かれた旗が何本も並んで、はためいていました。お祭りなのです。稚児行列もあるらしい。古式豊かなお祭りが繰り広げられることでしょう。鉄砲洲と名が残っているのはこの神社と診療所だけになってしまいました。以前、鉄砲洲小学校がありましたが、統廃合されて別の名前になったそうです。 今日は2時間待たされました。看護師さんが「今日は子供の診察(先生は小児科医でもあるのです)が入って遅くなってごめんなさいね。」と謝っていました。 待たされるのは慣れているのでイラつきもせず待っていました。その間血圧測定、身長体重測定もしてもらいました。正常値の範囲内、身長体重とのバランスもいいですねと。 K病院での検査表もいつも見せることになっています。先生もそれに目を通して異常がないかどうかチェックしてくださいます。採血を2度もするのは嫌ですから、とても助かります。K病院と同じようにL、Hは多少あるけれど大した値ではないので、心配ないとのこと。お二人の先生からそう言われて大安心です。 股関節の痛いことも話して、整形外科の良い先生をご存じでしたら、紹介して欲しいと申し上げたら、今は専門が分化していて、膝なら膝の専門、股関節なら股関節の専門と分かれていて、知っている医者はいらっしゃらないとのこと。日常生活に多少不便を感じるくらいならすぐ手術と言われないから、大学病院とかでなく、普通の整形外科にかかったほうがいいでしょう、といわれました。 いろいろ友達に話を聞くと、人工股関節の手術でうまくいって快適に暮らしている人と、80歳の方はうまくいかず、車椅子の生活になってしまった、ということです。 せっかく歩けているのに手術したため車椅子なんて嫌ですね。私はそれが一番怖いので、病院にかかるのにはよく調べて、慎重にしないといけないと思いました。運動療法で治すところがあればいいと思います。実際、膝関節では運動療法で完治させている病院があるとか・・・。 終わったのは1時半、いつものプロントでパスタセットを食べて帰りました。そこは本当に親切で、普通はセルフサービスですが、私の場合は、コーヒーも店員さんが持ってきてくれますし、後片付けも店員さんがしてくれます。今日なんか、場所が奥の席(禁煙席)が空いたから先にとっておいたほうがいいですよ、と言われ奥まで入っていったら、そこで会計までしてくれ、お釣りもすぐ持ってきてくれました。なんてサービスがいいのでしょう。逆に言うと、よほど年寄りに見られたのですね。まあ、いいや。親切にされるのは気持ちがいいものです。また来たくなりますね。 桜川公園にはツツジが咲き始めていました。
2015.04.21
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私はこの頃TVはあまり見ないのです。その代わり新聞は時間をかけてしっかり読むことにしています。 翁長沖縄知事と安倍総理との会談のTVを見た友人たちが、怒っているので初めて知りました。 会談の途中で、「はい、これで退場。報道陣は退場」と報道陣を追い出したそうですね。その声がはっきり入っていたと。 一昨日、会談の内容をこのブログでお伝えしましたが、そのことについても書いておかないと片手落ちになるので、改めて調べますと4月19日の「しんぶん赤旗」に詳細が載っていましたので、以下詳細をご紹介します。 ********************* 官邸側、報道陣追い出す翁長知事発言途中 公開妨げ首相との会談時 「はい、退出。報道、退出お願いしまーす」。17日に行われた翁長雄志沖縄県知事と安倍晋三首相との会談では、官邸側が翁長氏の発言の途中で報道陣を退出させました。突然の報道陣の退出に、翁長氏と安慶田光男副知事はあ然とする様子を見せました。 会談後の記者会見で翁長氏は「非公開というよりも、本来なら私のあいさつがあと2、3分残っていたところで、みなさま方が出られた」と述べ、官邸側と公開を約束した5分間の冒頭発言の途中で、報道陣が退出させられたことを明かしました。 会談では、名護市辺野古への新基地建設が「唯一の解決策」だと重ねて述べた首相の発言は最後まで全面公開。ところが、翁長氏が3分余り話しただけのところで、報道陣は退出させられました。 翁長氏が会談後に公表した発言メモによると、官邸側の意向で報道陣が退出させられ非公開とされた最後の部分には、「(安倍首相が)訪米した際には、オバマ大統領へ沖縄県知事はじめ、県民は、辺野古移設計画に明確に反対しているということを伝えていただきたい」という部分が含まれていました。 翁長氏の要求をそのままメディアが報じることを事実上拒否した官邸側。「望まれていない場所には基地を置かない」ことを表向き標ぼうする米国に対し、沖縄の民意を伝えることに乗り気ではない卑屈な姿勢を露呈することになりました。(しんぶん赤旗4月19日号) ********************** 報道の中立性を要望するとはよく言えたものです。自らが中立性を破っています。自分の都合の悪いところは隠蔽する。これで中立性を保っていると言えるでしょうか。これこそ独裁政治です。 その独裁政治を批判するのがメディアの役割です。そのどこが悪いのでしょう。 この頃民主主義の危機がますます深まったと考えざるを得ません。このまま突き進む先は何かはっきり見えてきた気がします。
2015.04.20
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昨日は翁長知事と安倍首相とのはじめての会談が行われました。 各紙ともトップ見出しの記事だったでしょうが、今日はしんぶん赤旗の記事を紹介します。 ***************************辺野古反対は圧倒的民意 翁長知事が安倍首相と初会談 米大統領に伝達を新基地強要は理不尽 沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事は17日午後、安倍晋三首相と首相官邸で会談し、米海兵隊普天間基地(同県宜野湾市)に代わる名護市辺野古の新基地建設問題で、新基地ノーの「圧倒的民意」を伝達しました。両者の会談は昨年12月の翁長知事就任以来、初めて。安倍政権は新基地に反対する翁長氏との会談を拒否し続けてきましたが、もはや無視できないところまで追い込まれた結果の会談です。 翁長氏は、仲井真弘多(なかいまひろかず)前知事の埋め立て承認を"錦の御旗"にして新基地建設を進める政府を厳しく批判。「昨年の名護市長選、県知事選、総選挙のすべてで、辺野古新基地反対という圧倒的な民意が示された」と述べ、「私は絶対に辺野古新基地はつくらせない」と訴えました。 その上で、28日に予定されている日米首脳会談に言及し、「沖縄県知事や県民は辺野古移設計画に明確に反対しているということをオバマ大統領に伝えてほしい」と要請しました。 安倍首相は、辺野古新基地を「(普天間基地問題の)唯一の解決策」だとする従来の立場に固執。米側への民意伝達についての回答もありませんでした。 また、「普天間基地の一日も早い危険性除去の思いは同じだ。丁寧に説明しながら、理解を得るべく努力する」と強調。さらに「沖縄の振興、発展は日本にとって大変重要だ」と述べ、「基地負担の軽減」や「沖縄振興」と引き換えに新基地建設を容認させる考えを示しました。 翁長氏は「沖縄は自ら基地を提供したことは一度もない。すべて強制接収された。自ら土地を奪っておきながら、危険性除去のために代替案を出せという、こんな理不尽なことはない」と反論。「辺野古が唯一の解決策というかたくなな固定観念に縛られず、移設作業を中止するよう」求めました。 会談は、菅義偉官房長官と沖縄県の安慶田(あげだ)光男副知事も同席しました。新基地をめぐっては、政府は民意を無視して辺野古沖の海底掘削(ボーリング)調査を継続。今年夏以降の本体工事着工の姿勢を崩していません。 (以上しんぶん赤旗4月18日号) ************************** 翁長知事の態度は毅然としていました。安倍首相が「危険な普天間基地を除去するには辺野古に基地を移転させることが唯一の方法だ」と過去の主張を頑なに繰り返したのにたいし 、「沖縄の総意は辺野古に基地を作らせないということだ。三度の選挙で示されている。 「そもそも沖縄は米軍に基地を提供したことは一度もない。普天間も銃剣とブルドーザーによって米軍に奪われたのだ。奪った土地は沖縄県民に返して欲しい。代替も何もない、返還する道しかないのではないか。」と切り返しました。誠に筋が通っていると思うのです。 そしてなお続けました。「28日に日米首脳会談が行われるそうだが、辺野古に基地を作らせない、というのが沖縄県民の総意であることをオバマ大統領に伝えて欲しい」と。 日本の首相であれば日本人の意向をアメリカに伝えるのが国の代表としての勤めでしょう。これも立派に筋の通った話です。しかしこれに対して安倍首相からの回答はありませんでした。 そしてこの時2〇〇人の人たちが官邸前で、「辺野古基地建設反対!」「翁長さん頑張れ!」とシュプレヒコールを繰り返したそうです。私は全く知らなかったのですが、しんぶん赤旗が伝えていました。これはどのマスコミもおそらく報道していないでしょう。 ********************* 「翁長さん がんばれ」 緊急官邸前行動(写真)翁長沖縄県知事を励ます緊急首相官邸前行動の参加者=17日 首相官邸前では、「安倍首相は沖縄の声を聞け! 翁長さん、がんばれ! 緊急官邸前行動」として、急な呼びかけにもかかわらず、200人が駆けつけました。 「辺野古基地はいらない」「普天間撤去」「沖縄の声を無視するな」と1時間以上にわたってコールしました。会談が終盤にさしかかると「おなが! おなが!」とかけ声が加わって、官邸前は熱い雰囲気につつまれました。 日本共産党の衆参両院議員12人が駆けつけ、田村智子、吉良よし子両参議院議員と田村貴昭衆議院議員が翁長知事を激励するあいさつをしました。 主催は、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」などです。(以上しんぶん赤旗4月18日号) ************************ 私も沖縄のたたかいに相呼応した行動が必要だと常日ごろ思っていましたが、これを契機に沖縄を支援する行動が起きれば良いと思います。
2015.04.18
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みんなに親しまれていた俳優・タレントの愛川欽也さんが、15日肺がんのため80歳でお亡くなりになったそうです。深く哀悼の意を表したいと思います。 今日の東京新聞の夕刊で知って、びっくりしました。あのにこやかな笑顔のお元気そうなお姿しか浮かばないからです。 東京新聞(夕刊)には次のように愛川さんの業績を紹介しています。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆「アド街」司会1000回<評伝> 「戦争をしない、平和憲法を守るってテレビがどこもないから、おれがやってるんだ」。テレビでおなじみの笑顔の「キンキン」でなく、怒鳴るような口調でぎょっとした。二〇一四年九月に、愛川欽也さんにインタビューした時のこと。七十代後半で始めたインターネットテレビの目的をこう語った。 大ヒット映画「トラック野郎」シリーズの企画を東映に持ち込み、菅原文太さんと共演した。深夜テレビ「11PM」の司会や、深夜ラジオ「パック・イン・ミュージック」のパーソナリティーのほか、俳優、声優、エッセイストなど、マルチタレントとしてテレビやラジオ、映画などでファンの心をつかんだ。 東京・巣鴨に生まれ、下町を愛した。心に秘めた強烈なまでの平和への執念。その原点は、故郷を空襲で焼かれ、親類を頼って秋田や茨城などの疎開先を転々とした子ども時代にある。 戦後五年たってようやく東京に戻れた。中学の恩師が新憲法を教えてくれたという。「日本はこれだけの犠牲を払って近隣諸国に迷惑をかけて、平和国家として道を決めたな、と思った」。だから改憲の動きには怒りを隠さない。「戦争があれば街は壊れる。東京が世界に冠たる平和な都市、戦争をしない都市になるには、憲法を変えないこと。そのために、町じゅうの道を『平和憲法通り』って名前にしたらいいんだ」 「憲法を守って戦争しない街と、そんな人間が残ったら。おれはそれにロマンを感じる」。憲法と平和の話になると止まらない。インタビューの時間がなくなると冷や汗をかいたが、本紙を評してキンキンに言われた言葉は忘れない。「東京新聞の読者の数が平和の数だって言っていいよ」 本紙連載の「わが街わが友」の最終回では「また、強い国の夢をみる人が増えてきたような気がする。マスコミがもう一度軍靴の行進に旗を振ったり、提灯(ちょうちん)を灯(とも)したりしたらこの半世紀は一体何だったのだろうと思う」と結んでいる。 「アド街」放送千回の取材で、体調が悪いと聞いて心配していた。あの元気な声がもう聞けないのは寂しい。 (五十住和樹) ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「戦争があれば街は壊れる。東京が世界に冠たる平和な都市、戦争をしない都市になるには、憲法を変えないこと。そのために、町じゅうの道を『平和憲法通り』って名前にしたらいいんだ」。なんとユニークな愛川さんらしい発想でしょう。またまた惜しい方を失いました。寂しいです。
2015.04.17
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昨日は太極拳を教えに行きました。股関節も痛め復帰して3回目。前回も前々回も痛くならずに、却って動きやすくなってきているので、不安なく臨めました。 とは言っても今までとは違って、足が上がらない、動きがギクシャクすると、不満だらけなのですが、生徒さんは優しくて、丁寧に教えてくれるのでそれがいい、と言ってくれます。 今日は二人だけでした。二人は入院とのこと。代表の方がすまなそうに二人だけなんですけど、といいますが二人ならいいじゃない、と始めました。 いつものように、しゅわい手から始めました。次に練功18法。これはいわばストレッチです。いつものように鏡式です。https://youtu.be/inImu09JvFI次に八段錦。https://youtu.be/MtV_0HG1IhI これは前にも書きましたように私のやっている古式八段錦とは少し違いますがだいたい似たような動作です。 そして昨日は経験者ばかりでしたので、最初から最後まで、音楽に合わせてやってみました。そうです。音楽もこれと同じ、動作も同じです。どうやらみなさん大体は覚えているようでした。そして詳しくは、この前の続き、転身左噔脚(噔は足偏です)、と左下勢独立をやりました。ここは股関節を悪くしている私にとって一番辛いところですが、どうやらこうやらわかるように説明できたかしら、というところです。 汗をかいて良い運動になりました。 帰りはまた花を撮りながら帰りました。ラナンキュラス生垣。若葉が真っ赤です。マーガレットパンジー桜草春もみじお昼頃から雨の予報でしたが、帰りは降られませんでした。爽やかでした。
2015.04.16
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昨日は新婦人コスモス班の班委員会があって、それに出かけました。今年の4月は例年になく異常気象で気温も低く、雨の多く、春らしい暖かな日はあまりありません。昨日も冷たい雨が朝から降り、気分も冴えない中でかけました。 でも話をすると、いろいろな問題が解消でき、参加してよかったと思えるようになりました。 私は今、新婦人コーラスの責任者を勤めていますが、このメンバーは市川内の各班から、集まっているのに、コスモス班の小組として扱われていて、それがしっくりこないので、悩みの種でした。 市川支部として役員を付けられないので、コスモス班小組としてやってくれないかということですが、いろんな矛盾も出てきています。コスモス班としてやっているので、代表は私、会計はコスモス班のYさん。それをやるのはいいのですが、それが何か内輪でこそこそとやられていると思われはしないかという不安をいつも抱えていました。もっと組織的に定期的に総会を開いてみんなの総意で運営したいと思っていました。総意で代表や会計やその他係を決めたいと思っていましたが、それが認められて一安心しました。 総会を開かないまでも、今までも練習の休憩時間に相談したり、終わったあと一緒に食事をしたりして、意思は統一していましたが・・・。 さっそくYさんと、6月は12時から2時までと早い時間にしか取れなかったので、そのあと、お茶を飲みながらみんなで話し合いを持とうと決め、5月は終わったあと場所探しに行こうということにしました。これも当然お茶することになるでしょうから、時間のある人を誘うつもりです。 できるだけ、民主的な運営をしていこうというのが私の思いです。そしていつも楽しく、みんなの歌いたい歌を歌っていければ良いと思います。みんなの合意で決めることは決定したいと思います。みんなの意見をよく聞いて、いつも不満のないようにしていきたいものです。
2015.04.14
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昨日はK病院に予約していたので行きました。前にも書きましたがここは甲状腺の専門病院ですが、私はもうホルモンの分泌異常がほぼ正常に収まってきたので、今は病院内の循環器の先生についています。時々全身的な検査を受けて、甲状腺のチェックもしていただいています。 もう10年以上もここに通っています。微熱が続き、動悸が激しく、倦怠感もあって、何が原因かわからなかったのですが、かかり付けのT診療所のO先生が血液検査をして、甲状腺のホルモン分泌異常ということが分かり、専門医に見てもらうことになりました。 循環器の方はその病院にかかっている間、寝る前とかに、動悸が激しくなり、歩くのも辛い状態が続き、杏林病院ですっかり検査していただいた結果、心筋梗塞とか重要な病気ではなく、心臓の筋肉が厚くなって、支障をきたしていることが分かり、その後は近くの病院で診てもらったほうがいいだろうということで、市川総合病院を紹介されたのですが、あまり重症ではないことから、近所の医者から薬をもらってくださいと言われました。それで、K病院から心臓の薬もいただくようにしたのでした。 そうこうしているうち、K病院から、あなたは甲状腺の方はもう心配ないから、でも薬は出しますが、心臓の方が心配なので、循環器に良い先生が見えたので、その先生に診てもらってくださいと言われたのでした。 おっしゃるとおり、とても丁寧で穏やかな良い先生した。血圧が高く降圧剤も頂いていたのですが、一昨年の夏、あまり血圧が下がりすぎて気力が落ちたので、薬を変えてくださいとお願いしたところ、すぐ変えてくださって、ちょうど良い高さになりました。以来信頼してみていただいています。 昨日はどうしたわけか、50分も待たされました。きっと重症の患者さんが見えたのかもしれません。入っていくと「どうもお待たせしました。」と先生の方からご挨拶されました。 この前の検査表が出来ていました。総コレステロールも中性脂肪も多めでしたが、これくらいは大丈夫ですよ。と安心させてくださいました。数値にして3とか5オーバーでした。そうですよね。微熱が出たり体がだるい日が続いて運動不足が続いていたのですから、無理もありません。太極拳を続けたり、散歩を心がければ良いかもしれません。そうそう習い事もしてませんでしたし、買い物もネットスーパー頼みになって配達してもらうようになりましたから、ぐっと運動量が落ちていました。健康になったら、今度は少しずつ運動量も増やさなければ・・・。 待合室で待っている間、壁に貼ってあるものを眺めていましたら、あるチラシが目につきました。 「NHKためしてガッテン!に出演!6月3日(水)午後8時より。出演者 山田恵美子先生。収録はこの病院内で行いました。テーマは『むくみ』です。」と。 山田恵美子先生は院長先生で、循環器の先生に診てもらう前はずっと恵美子先生に診ていただいていたのです。優しくて、しかも病気に対しては追求する手を緩めないとても素晴らしい先生です。新聞や雑誌からもひっぱりだこの先生ですので、是非皆さんもご覧になってくださいね。 今日は駅の階段を登るのが一苦労でしたが、なんとか無事にかえってこられました。
2015.04.11
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昨日は息子の日本IBMロックアウト裁判が東京地裁で行われましたので、一緒に出かけました。 このところ寒い日が続いていますが、昨日はさほど寒くなく東京地方は日中13度の気温でお天気には恵まれました。 ただ私の足が悪いので、急いで歩けず、開廷ギリギリの時間に到着し、みなさんに大変ご心配をお掛けし申し訳ないことをいたしました。 息子は意見陳述書を書き、それを読み上げる役を持っておりましたが、20席ほどしかない法廷はもう満席で、私は入れず、控え室待ちとなりました。 15分ほどでどやどやと人が出てきてもう終了のようでした。 報告集会が控え室で行われました。主に主任弁護士さんが報告をしましたが、息子の意見陳述書が大変良かったと、お褒めの言葉をいただきました。 特に「東京都労働委員会から2014年4月11日に『労使双方は、紛争の拡大を招くような行為を控えるなど格段の配慮を払われたい。』という要望書が出されたにも関わらず、6月にロックアウト解雇を平然と行った会社。それを見かねた都労働委員会が6月27日再度今度は会社に対して『被申立人においても紛争の拡大を招くような行為を控えるなど格段の配慮を払われることを強く要望する。』との要望書が出され、それも無視して会社側が2015年3月にもロックアウト解雇を強行しました。 「その結果2015年3月18日に都労働委員会が『上記要望にかかわらず、その後においても、支部組合員に対する退職勧奨や解雇予告等が繰り返し行われるなど、労使関係は不安定化の一途をたどっていると解さざるを得ず、極めていかんである。被申立人においては、(中略)支部組合員らの解雇等にあたっては申立人らへの協議、説明を十分に行うなど、格段の配慮を払うよう勧告する。』との勧告書が出されました。」 以上のような記述は原告の悔しさがにじみ出ているもので良かった、という評でした。 普通要望書が出た時点で問題は解決に向かうのだそうですが、二度も要望書が出ても会社は改めず、ついに「勧告書」が出るに至りました。弁護士の話によると「勧告書」が出たのは42年ぶりだそうです。 本当に日本IBMという会社はロックアウト解雇という非人間的なやり方にせよ、労働委員会の「要望書」にも従わないという態度にせよ、傍若無人な会社であることがよくわかりました。 日本の法律も無視したやり方で解雇するなど、解雇される方はたまりません。生活ができないところへいきなり放り込まれるのですから。解雇されるというのは無一文になるということです。それを会社は分かっているのでしょうか。 弁護士も言っていました。日本の法律では、よほど、会社の存亡に関わるような損害を与えない限り解雇できないのだと。それをたれにでもあるようなちょっとしたミスを捉えて、解雇理由にしているのだから、解雇は成立しないはずだ、と。 息子たちも言っています。このようなIBMのような横暴がまかり通ったら日本の労働者の生活はドン底に追い込まれる、そうならないように自分たちは裁判を闘っている、と。 少しでも明るい展望が開かれると良いと思います。自分たちのためにも、日本の働く人たちのためにも。
2015.04.10
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この頃2週に1回は鍼に行くようにしていますので、昨日も行ってきました。鍼をすると体が軽くなる気がします。 コーラスで体操をやった時も体がガジガジでした。1箇所股関節が悪いだけで、体全体がおかしくなるのが不思議です。 そこを庇っているとほかの箇所にも無理がいってしまうようです。 手や肩は腱鞘炎だから1週間くらいで治りますよ、と言われてもまだ本当ではなく、腕を上げたりすると痛むし、首の付け根も痛むのです。 腰も痛いし、あっちもこっちもと、随分治療していただきました。 ああ、それで随分すっきりしてきました。気分爽快です。でもまだ足の付け根が・・・。「整形外科に見てもらわないとダメかもしれませんよ。まだもう少し様子を見てからでいいですがね・・・。」と。 骨が変形していることがあるそうです。階段が登りにくい、痛みはその時は軽くなるけど、だんだんまた出てくる、これを繰り返すようだったら、整形外科ゆき・・・。 人工関節の手術をするにしても年齢的には限界・・・。それに心臓も弱いので手術に耐えられるか・・・。と鍼の先生は心配していらっしゃるようです。 でもとにかくレントゲンで、どうなっているか見る必要はありそうです。思ったよりひどくなっているか、取り越し苦労なのか・・・。なんか嫌ですね・・・。 その分覚悟も必要ですし・・・。う~ん。
2015.04.07
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大変ご無沙汰いたしました。 インフルエンザ後の体調不良はまだ全快していないと見え、3月28日(土)義姉の法事に群馬県の篠塚まで行って、疲れ果ててしまい、疲れが取れない状態で、4月3日(水)太極拳を教え、足の状態はそれほど悪くならずかえってリハビリのようで、ちょっと回復したかのようでしたが、何しろ体の疲れはなかなか回復せず、ブログを書くまでにいたりませんでした。 昨日は市川新婦人コーラスに出かけました。これは私が言いだしっぺで始めたものなので、先生との連絡を取り楽譜も用意しなければならず、私が行かないと始まらないのです。もちろん歌う楽しみもありますが・・・。 一昨日先生との連絡で、新しい曲として「はばたけ憲法」(これはベートーベンの歓喜の歌の曲にのせて歌います)「君は知っていますか 名護の海を」を取り上げました。 憲法が危ない時に「はばたけ憲法」は大事な歌。駅頭宣伝で、みんなで歌いましょう。という声も上がりました。「君は知っていますか 名護の海を」は作られたのは1996年ですが、今歌ってもピッタリの歌です。「名護の海に基地はいらない、ここはふるさと ぼくらのふるさと」と心を込めて歌いました。政府の沖縄住民を無視した頑固な仕打ちに怒りを覚えつつ・・・。 あとは「花」の2部合唱、「鳳仙花」のアルトを中心にした練習、そして「一本の鉛筆」のおさらい、と続きました。これは随分進歩してきました。しばらくぶりに見えた方が「アルトがよく歌っているわね。」と感心していました。継続は力なりです。だんだん上達していることを嬉しく思いました。アルトの声が大きく聞こえ、ソプラノと良くハモッてくると、楽しいものです。 プリマベラのKさんから千葉のうたごえ協議会で、8月30日に創作・合唱発表会があり、それに参加しませんかと、提案がありました。あと4回で仕上げられるかどうか心配でしたが、目標を持つことは大事だと、参加する方向で練習していこうということになりました。曲目は「一本の鉛筆」ともうひとつ簡単に歌える歌、「青い空は」にしましょう。ということになりましたが、「青い空は」は集会で歌う歌で、合唱発表会で歌うイメージがないので、もっと他に簡単に歌える歌はないかな、と考える私でした。例えば「母なる故郷よ」とか「ダニーボーイ」とか・・・。 前日にニュースを作り、「鳳仙花」の解説として、この前ブログに載せたものをプリントして持って行きました。ニュースも7号になり、始めてからもう7ヶ月も経ってしまった事に気づかされました。 桜は満開。春爛漫の季節になりました。撮りためた写真をここにアップします。白木蓮、これはもう散ってしまったかしら・・・。お向かいの桜、もう散り始めています。庭の紫木蓮紫木蓮、アップで・・・。花海棠花海棠、別の角度から。 春蘭、指で持ち上げて・・・。ピンクの乙女椿白い椿、ご近所でピンクの乙女椿と並んで咲いていました。 いろいろな花が咲き乱れています。
2015.04.04
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