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この頃2週に1度は鍼に行って身体のメンテナンスをすることにしました。 昨日、予約した鍼に行ってきました。 首から肩、腕、手にかけて痛いのは腱鞘炎とのこと。2~3日で治るでしょう、と言われてほっとしました。若い時患ったけいわん障害の再来かと思いぞっとしましたが、ただの腱鞘炎と聞いて安心しました。けいわん障害はもっとしつこくて長い期間治療を要するのです。 風邪の方は前より良くなっていますね、と。あら、まだ治りきっていなかったのです。道理でだるいと思いました。年を取ると早く治ってくれませんね。 足も前より良くなっていますよ、と。こちらもあまり進歩は感じないのですが・・・。 整形外科に行くのはもう少し様子を見てからでいいでしょう、ということでした。よく聞いてみると軟骨が削られてその粉が関節に付着して変形することがあるのだそうです。早く関節がどうなっているかレントゲンで見たいような見たくないような・・・。鍼で治る範囲のものであればそれでいいし・・・。とにかく様子を見てみます。 前にも書きましたが、鍼をしたあと、揉み戻しというのではないのですが、疲れがドッと出てくるのです。昨夜は10時過ぎるともう我慢ができなくて、早々に寝てしまいました。 そうそう、鍼の先生には12時前には寝るようにと言われましたので、今日はこのへんで終わりにします。お休みなさい・・・失礼します・・・。
2015.03.24
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「安倍政権ノー」の初の大行動が昨日3月22日、東京・日比谷野外音楽堂や国会周辺で行われました。国民の声に耳を閉ざして暴走する安倍晋三政権を打倒しようとさまざまな分野の人たちが合流する初めての行動が行われました。 1万4000千人(主催者発表)が参加しました。集会では「安倍政権を追い詰め、暴走政治をストップさせましょう」とのアピールを採択し、請願デモ屋国会方位行動を終日展開しました。 この日の行動は、同実行委員会が主催したもの。首都圏反原発連合(反原連)、原発をなくす首都圏連絡会、NPO法人アジア太平洋資料センターが事務局となり様々な分野で運動する多くの団体やグループが参加、賛同しています。(以上しんぶん赤旗3月23日付より) 反原発の統一行動にはほとんど毎回参加していたので、この会もぜひ、と思っていたのですが、身体の不調により断念せざるを得ませんでした。 そこでブログ友のjiqさんが参加なさって、その様子を詳しくブログに載せていらっしゃいますので、ご紹介いたします。どうぞご覧下さいませ。http://plaza.rakuten.co.jp/jiqkobo/diary/201503220000/?scid=we_blgpcsidenavi_next
2015.03.23
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昨日、一昨日に比べれば、首から手にかけての痛みはだいぶ良くなり、足も普通に歩くぶんには支障をきたさなくなりましたが、まだまだ本当ではありません。 そこで、今日はぜひ行きたかった、「3・22暴走安倍内閣NO!」集会への参加を見合わせました。 気分はもやもやするばかりなので、花の写真を撮って気を紛らわせました。玄関にしだれ桜の小屏風を立て水差しに侘助を活けました。ボケちゃってすみません。家の中に沈丁花の香りを取り込むために玄関に・・・。シンビジュームを玄関に取り込み蕾にビニール袋をかぶせておきましたら、順調に大きくなりました。赤く色づきました。反対側のつぼみはまだ赤くなっていません。今年はたくさん蕾をつけました。庭へ出て沈丁花の全体像。梅はもうこの前の雨ですっかりしょぼくれてしまいました。今は沈丁花がふくよかな香りを漂わせてくれています。
2015.03.22
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足が痛くなって、やっと少し良くなって、歩けるようになったと思ったら、今度は手が痛くなりました。手と言っても右首筋から肩、腕、手にかけて、ズーンと響くように痛むのです。 原因は分かっているのですが・・・。 洗濯機の排水ができなくなって、停止して、それ以上動かなくなりました。排水ホースを取り出して中に絡まっていた糸くずを取り除いてもまだ排水できません。仕方がないので、中の洗濯物をバケツに取り出し、洗濯機の中に溜まった水を小さい桶で汲み出し、洗濯物をひとつずつ手で絞って洗濯機の中にいれ、「乾燥」にして動かして、洗濯していたのです。 「乾燥」すると言っても脱水できないまま乾燥するので、重すぎて動きません。2,3回に分けて、また絞って乾燥しました。 早くサービスセンターに連絡すればいいものを、経済的判断が先行して、何とかしてみようという精神が先に働くものですから、これを繰り返しやっていたわけです。 時間はかかるし、洗濯物は貯まるわで、何回これを繰り返したかわかりません。2日か3日経った昨日、突然上のような症状がひどくなりました。 もうこれ以上はゴメンとついにサービスセンターに電話。翌日は祝日だからと急いで電話したのですが、翌日修理に来てくれるとのこと。 それからやおら「取説」を取り出して読んでみると「糸くず取り」に糸が絡まっていると排水できないこともあるとわかりました。取り出してみると溜まっていたこと。これでは水も通らないわけです。びっしりくっついていたのでそれを取り除き、今度はと思って、「洗濯」のボタンを押し、洗濯してみたのですが、まだダメでした。「排水できないので停止しています」と声で知らせてきました。 「困った、また洗濯物を取り出し、手で絞らなくてはならないのか」と、兎に角やりかけたものを最後までやらないとどうにもならないので、「すすぎ」もできていないのでもう一度「洗濯」のボタンを押しその代わり「すすぎ1回」を選択して洗濯機を回しました。 いつもはすぐその場を立ち去るのですが、どうなるかと思い立ったまま見ていました。そうすると、なんと、排水もうまく動き、脱水もサラサラ流れ、スムースに洗濯の終わりまでこぎつけたではありませんか。 どうしたことでしょう。一つは「糸くず取り」の糸をとったからでしょう。それでもいつものように「標準」の洗濯では動かなかったのに「すすぎ一回」で動いたのはなぜかわかりません。 まだ「標準」の洗濯を試していません。また動かなくなると面倒だからやってみる気がしません。 でもとにかく自動洗濯ができるようになってこれほど嬉しいことはありません。 早速サービスセンターにキャンセルしました。 でも母の時代は洗濯機などなかったものですから、大きな盥に洗濯板を使って一枚ずつゴシゴシ擦り、すすいで絞り、またすすいで絞りして洗濯していたものでした。私もそういう時代がありました。 でも現代に慣れてしまった体は、もう昔の体ではなくなっているのですね。ちょっとの力仕事で、体が痛くなるのですから・・・。体は脆弱になり退化しているのかもしれません。 この間洗濯機のことで頭がいっぱいで、また手も痛くなり、キーボードを打てなくなったものですから、ブログもお休みし、ご訪問もできなかったことをお詫びします。
2015.03.21
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3ヶ月ぶりに太極拳を教えに行きました。 今日は二人がお墓参りとかでお休み、生徒さんは3人でしたが、3人でもお稽古になりました。 まず最初に練功18法。筋肉を伸ばす運動が多いので、筋肉痛になりそうでした。https://youtu.be/w6wQP5ieoIc いつもと違う動画ですが、鏡式ではなく、左右反対になりますが、反対になっても運動に変わりはありません。中国人の日本語で解説が付いていますが、ちょっと聞き難いかもしれません。音楽は私が使っている音楽と同じです。 これは筋肉をしっかり伸ばす運動ですが、太極拳は伸ばしきりにしません。ちょっと余裕を持って筋肉を緩めながら運動します。ですからこの両方を組み合わせるとちょうど良いのです。 次に簡化24式太極拳をこのまえやったところまでやりました。二度目の単鞭までですが、久しぶりに全套路をアップしましょう。https://youtu.be/90WYI-Pys-c 誤解なさらないでください。私はこんなに足が上がりませんし、腰を落とすこともできません。動きもぎくしゃくとしていますが、でも生徒さんがついてきてくれるので、申し訳ないやらなんやらで・・・。でも楽しくやっています。 今日少し先へ進みました。高探馬、右とう脚、双方貫耳の3式です。 https://youtu.be/q7LFz7A69To?list=PL32EA2AE502736C96高探馬が後半に出てきます。https://youtu.be/HCaDhiMO9oM前半に右とう脚、双峰貫耳がでてきます。興味のない方はどうぞスルーしてください。 ここまで休み休みやりましたので、痛みも出ずに終えることができました。 日中友好協会の太極拳交流会が9月30日に開かれるとのこと。皆さん参加したいというので、早速申し込まなくては・・・。一つ目標を持ってやるのも良いことと思います。 今日は体は気分良くなったのですが久しぶりだったので疲れて、午後、ぐっすり昼寝をしてしまいました。たった1時間足らずの運動でしたが・・・。
2015.03.18
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八丁堀のT診療所へ、昨日予約がしてあったので行きました。 11時15分の予約。5分前に着くと、珍しくすぐ呼ばれました。どうも風邪旋風も収まったようです。微熱が2ヶ月くらい続いたと話しますと、聴診器を2度も胸に当てて、首をかしげレントゲンを撮ってみましょうと。 4階のレントゲン室へいき撮影後、また診察をうけました。2013年の写真と比べ、「変わっていませんね。大丈夫です。」と。やっと安心。肺炎でも結核でもないということです。「専門医に見てもらいますが、おそらく大丈夫でしょう。」と。 今まで外出することも多く、外食する時は漢方薬を飲みにくいので、(私はいつもお湯に溶かして飲んでいたので)一日2回の処方にしてそれでも効いていたのですが、インフルエンザ後はそれだと効き目が悪くなってきたので、1日3回の処方に変えていただきました。 5週間分、ずっしりと重い薬の量。 12時半には薬局を出、いつもの「プロント」へ昼食に向かいました。ナスとベーコンのトマトソース。いつものメニュー。いつもこれになってしまいます。ナスとベーコンの取り合わせが良く合うのです。この店もだんだん口に合うようになってきました。ただし、ゆったりとした気分が味わえないのが、前の「オリーブの木」と違うところです。 またこれで体調も快方に向かってくれれば嬉しいです。脚の付け根もだんだん良くなり、痛みを感じないようになってきました。 明日は太極拳を教える日、どうしようかと迷っていましたが、一度やってみました。先々週は重心を着くと痛くて左右野馬分そうまでで、我慢ができなくなったので、お休みにしましたが、今日は大丈夫。ふらつくことも痛むこともなく出来たので、早速代表の方へ「明日出来ますよ」と電話。「無理なさらないで、説明だけでもいいですから」という返事。「みんな待っていますから」という言葉に元気づけられました。 これから太極拳の準備もあるので、ご訪問、コメントはできないと思いますが、お許しくださいませ。
2015.03.17
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以前一緒に歌っていたT混声コーラスが3月28日コンサートを開くにあたって、OB(OG)にも参加してもらおうと、月1回、昼間に練習会を開いていました。私も誘われて、11月にはやる気満々で参加したのですが・・・。 12月にはインフルエンザにかかり不参加、1月2月も微熱に悩まされて、すべての活動中止となり、当然T混声コーラスも不参加になっておりました。 今日3月15日はT混声コーラスのOB参加の練習日、どうしようかと思っているところにHさんから朝電話が入り、「今日来ない?」と。迷っていたのですが、電話の一声で行く気になりました。 OBの練習会費も払っていないし、チケットも買っていないし、それに28日コンサート当日は義姉の法事で出演できなくなってしまって・・・。それもお詫びに行きたいし・・・。今日は通しの練習で、ほとんどの歌を歌う模様。ぜひ聞きたいと前々から思っていたところでした。でも痛む足。それが悩みの原因でした。 でも鍼のおかげでずっと痛みも取れ、日に日に良くなってきていたので、出かける決心がつきました。鍼を受ける前は左足を先に前に出し、引きずるように右足を出して歩いていたのですが、今日は交互に足を前に出せて、右足をつた時もさほど痛みを感じませんでした。ちょっと重い感じかな、という程度でした。 動作が鈍く、会場に着いたときはもうH先生が発声練習をしていました。合流して私も発声練習。まだ風邪声ですが、なんとか終わって、H先生の指揮でアイルランド民謡「ダニーボーイ」とロシア歌曲「白樺」の練習に合流しました。 もうほとんどのT混声コーラスの人たちは暗譜で歌っていましたが、私は楽譜を見て歌いました。他のH先生が指揮をしている女声コーラスの人たち数名も来ていて、楽譜を見ていましたので、ちょっと安心して歌えました。H先生の指揮はこの2曲だけであとはS先生の指揮に変わりました。S先生とは面識がなく、他の歌はあまり練習もしていないので、足を引っ張るといけないと思い、参加しませんでした。 OB参加の歌は1部で歌うことになっており、まだ続きましたが、参加しなかったのは、体調も考え手のことでした。 休憩時間にはほかのコーラス仲間たちと、体調を崩してずっと参加できなかったこと、本番も参加できないことをお詫びしましたが、皆さん暖かく受け入れてくださいました。 ああ、来てよかった。懐かしさと暖かさが身に沁みました。OB練習費の代わりにカンパをほんの少しばかり・・・。これで気が済みました。 2部の練習に入りましたが、本番聴けないので、最後まで聴かせてもらいました。いつものT混声コーラスのふくよかな声でした。声がとても響いてきました。男声女声ともバランスが取れていました。それではアイルランド民謡の「ダニーボーイ」。息子を戦場に送った母親の思いを歌っています。https://youtu.be/DquA6KyHTos
2015.03.15
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昨日は鍼の治療に門前仲町に行ってきました。 腰の張りから来ているかもしれない、首や肩も張っているからそれから来ているかもしれない、と思っていたのですが、意外なことを言われたのでちょっとショックでした。 股関節の軟骨がすり減って直接骨が触れ合うために痛いのかもしれないと。ひどくなると軟骨が砕けて骨に付着し、骨が変形して動かなくなると・・・。股関節が動かなくなると・・・歩けなくなりますよね。それを防ぐ方法や治療法はないと・・・。なんとショックなんでしょう。でも鍼の先生はいつも最悪のことを考えて心配する質なので、そんな、大したことがあるはずがないと内心では思っていました。 案の定、股関節を動かしてみてこれだけ動くんじゃ、心配することはない、ですって。しばらく様子を見ましょう、ということで、レントゲンを撮るのもお預けになりました。 でも私は、この痛みを早くとってもらいたいのです。足を着くたび痛いのでは動けませんからね。それが一番嫌なのです。 患部に鍼を打ってもらって、肩も首も腰にも鍼。 体中が楽になりました。右足を最初に踏み出した一歩は痛くない!!! 歩幅も広くなりました。嬉しくなって力強く歩いて100メートルほど行きますと、なんだかまたおかしくなりました。股関節のあたりが重く鈍痛。あ、やっぱりダメなのかと、がっかりしました。もっと若い時は、鍼をすると痛みはたちどころに消えたのですが、そうでないところは、やはり歳には勝てないということらしいのです。 でもなんとか以前よりは痛みも減って、少し歩くのも楽になったのは鍼の効果だと、喜ぶことにしたのでした。 来週の水曜日までにもう少し痛みがなくなれば太極拳ができるのですが・・・。みなさん待っているのです。どうなんでしょう?帰りながらご近所の写真を撮りました。枝垂れ梅 マンサクの花 蝋梅 庭の梅がやっと咲きました。 沈丁花も咲き始めました。携帯の写真で写りが悪くごめんなさい。これでは撮り直しです・・・。
2015.03.13
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今日は東日本大震災、そして福島第1原発事故から4度目の3月11日を迎えました。 未だに避難生活を送っていらっしゃる方が約22万9000人いらっしゃるとの報道です。その膨大な数に驚きました。 未だに原子炉施設から漏れる汚染水、その事実を1年も隠蔽していた東電。海へ流れ出たら、漁業関係者は仕事が奪われ、日本中、いや海は世界につながっていますから、世界中の人々の健康被害に及ぶことでしょう。 なかなか進まない復興計画。土地のかさ上げ、公営住宅建設。公営住宅はまだ2割しか建設が進んでいないとのこと。 復興が進まない理由は資金がない、と口を揃えて言います。あの国民が拠出した復興税は、一体何に使われたのでしょう?直接被災地の復興に使われたのはごくわずかとも聞いています。 大企業に減税したり、軍事費を拡大するお金があるのなら、被災地の復興に回すべきです。 被災地の方々がどんなに、長引く避難生活のために健康を害し、生きる張りあいを奪われ、将来の生活設計も成り立たなくさせられているか、為政者は考えているのでしょうか。 被災者の身に寄り添って、とよく言いますが、それがほんの言葉だけの表現になっています。 今の政権は被災者に冷たい、信用できないという言葉が被災者から聞こえてきます。 政府は国としてもっと被災者に援助金を出し、復興を目に見える形で勧めてください。そして何よりも住民を苦しめた、原発を廃棄する政策を取ることです。 メルケル首相は言いました。「日本の優れた技術をもってしても原発事故を防げなかった。私はそれを見て原発0を決意した」と。 安倍総理はそれでも再稼働する、原発を主要なエネルギー源とする、と言ってはばからないのです。 何たる違いでしょう。安倍総理もメルケル首相に見習うべきです。そうしないと国民全体から見放されますよ。いやもうほとんどの国民から見放されているかもしれませんよ。
2015.03.11
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東京新聞は「平和の俳句」を公募し、金子兜太さん、いとうせいこうさんが選者となって、毎日新聞紙場に発表しています。 今日3月10日の作品は?(東京新聞2015年3月10日付)↓ 三月十日南無十万の火の柱 2015年3月10日 古谷(ふるや)治(91) 千葉県我孫子市 <いとうせいこう>東京大空襲。見たことのない私でさえ土地の記憶で知っている夜。 <金子兜太>敗戦を決定的にした米軍機の夜間東京大空襲。死者十万。 東京大空襲から70年となる今日、東京新聞は東京各地で開かれる追悼の会を紹介し、この平和の俳句を詠んだ古谷さんにも当時の状況や、心境についてインタビューしています。↓(東京新聞の記事) 太平洋戦争末期の一九四五年三月、下町を中心に甚大な被害が出た東京大空襲から、十日で七十年。十日には、犠牲者らの遺骨を安置した東京都慰霊堂(墨田区)で法要が営まれる。条例でこの日を「平和の日」と定めている都も記念式典を都庁(新宿区)で開くほか、都内各地で追悼行事や集会が予定されている。 東京大空襲は、米軍のB29爆撃機約三百機が建造物などを焼き払うことを目的に、現在の東京都江東区、台東区、墨田区などに焼夷(しょうい)弾を無差別に投下し、大規模な火災が発生。推定約十万人が死亡し、約二十七万戸が焼失したとされる。 * 台東区の上野公園周辺では九日、大空襲で家族を失ったエッセイスト海老名香葉子さんらが「時忘れじの集い」を開催。千二百人が参列し、向島区(現墨田区)で被災した無職三輪明さん(75)=千葉県船橋市=は「体験を若い世代に継いでいかなくては」と話した。 三月十日。一晩で十万もの人々が炎に焼かれたとされる東京大空襲から七十年のこの日、「平和の俳句」に選ばれたのは、焼け野原でがれきの撤去にあたった古谷治さん(91)=千葉県我孫子市=だ。 中央大学の学生だった一九四五年一月、学徒動員で東京都北多摩郡小平町(現小平市)の陸軍経理学校に幹部候補生として入学。軍の食料調達などを担う道に就いたばかりだった。 三月十日未明。「起床!」の非常呼集(こしゅう)で飛び起きると、暗闇の中、都心方面の南東の空は真っ赤に焼け、おびただしい数の火柱が立っていた。トラックの荷台に乗り込み、直ちに出動。下町の北千住から日暮里一帯の幹線道路を覆うがれきの撤去を命じられた。 残り火がくすぶる中、黒焦げの遺体があちこちに転がり、骸(むくろ)は山積みになった。「地獄絵を見る思いだった」。ぼうぜんと立ち尽くす人には掛ける言葉もなかった。自分も泣くわけにはいかない。ただただ手を合わせた。 俳句に詠んだ「南無(なむ)」とは、仏などへの帰依(きえ)を意味する。「おのれをなくして神仏に従い、すがるしかない」。当時は言葉にできなかった思いを、七十年後に形にした。 古谷さんは戦後、中央官庁の役人として働き、政治家を間近で見てきた。今、戦争を知らない世代の政治家たちが国を動かすことに「坂道を転げ落ちていくような」不安を覚える。 「私たち世代にも失敗はあった。かといって、戦争を知っているわれわれが、暴走しがちな『歯車』を歯を食いしばって止めないとどうなるのか。その使命の重大さ、平和のありがたさをかみしめて、鎮魂の一句をささげた」 (矢島智子)
2015.03.10
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昨日は日比谷野外音楽堂でNO NUKES DAYの集会が開かれ、引き続き国会周辺デモと集会が行われました。 私は行く予定にしていましたが、右足を着くとまだ痛いので、出かけるのを諦めました。残念でした。それでしんぶん赤旗の記事を紹介させていただいて、その様子をお知らせ致します。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 原発ゼロまで訴える 統一行動終日力強く志位委員長がスピーチ 東京・霞が関一帯、国会周辺を中心に8日、のべ2万3000人(主催者発表)が参加する「ノーニュークスデイ 反原発☆統一行動」がおこなわれました。日比谷野外音楽堂での集会、国会大包囲や請願デモ、国会正門前での抗議行動などを終日、繰り広げました。福島第1原発事故からまもなく4年。事故は収束していないのに、原発再稼働に突き進む安倍晋三政権に対し、「原発いらない」「再稼働反対」とコールを突きつけました。(写真)ノーニュークスデイの大集会で「原発反対」とかかげる人たち=8日、東京・日比谷野外音楽堂 首都圏反原発連合(反原連)、原発をなくす全国連絡会、さようなら原発1000万人アクションの3者が主催したものです。 男性(28)は、岩手県盛岡市から朝一番で駆けつけました。「いまでも多くの問題が未解決なのに、再稼働なんて絶対にできません。事故が完全に収束するまで行動していきたい」と語ります。 午後1時から日比谷野外音楽堂で行われた集会では、福島や鹿児島、福井など原発立地県の代表らが「川内原発の再稼働をとめ、日本中の原発を廃炉にするまでがんばりましょう」などと発言。参加者は「原発反対 NO NUKES!」と書かれたプラカードを掲げてアピールしました。 「今でも4年前の事故のことを鮮明に覚えています」という東京都立川市の男性(26)は話します。「二度と事故を起こさないためにも、政府と東京電力はきちんと情報を国民に知らせてほしい」 午後3時半からは国会正門前で抗議行動がおこなわれました。あいさつした反原連のミサオ・レッドウルフさんは「これからも歩みを止めることなく、強い気持ちをもって、原発をなくすまで頑張りましょう」と呼びかけました。 作家の雨宮処凛さんは「廃炉が決まるまで声をあげ続けよう」とスピーチ。精神科医の香山リカさんは「原発反対は希望、明るい未来をつくるためです」と発言しました。 日本共産党、民主党、社民党の国会議員がスピーチしました。 共産党からは志位和夫委員長、吉良よし子参院議員、藤野保史、池内さおりの両衆院議員が参加。志位氏は、1年半にわたって稼働原発ゼロを続けてきたのは、官邸前行動をはじめとする運動と世論の力だと強調し、「再稼働反対。再稼働に暴走する安倍政権を打倒しましょう」と訴えました。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 昨日たまたま聞いていたNHKニュース8.45でこの映像が流れました。元宇宙飛行士の秋山豊寛さんが、再稼働反対を訴えている映像が映りました。NHKの報道関係者頑張りましたね。これからも国民のこういう大きな動きを正しく報道してください。
2015.03.09
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コーラスの練習で歌った曲をもう1曲ご紹介しましょう。 「鳳仙花」、どのYou Yubeを貼り付けようかと迷ったのですが、私たちが歌う音程と同じで、素直に心を込めて歌っているものにしました。少々雑音が聞こえてお聞き苦しくてごめんなさい。加藤登紀子さんも歌っているのですが、音程が低いのです。http://youtu.be/zmp6mfJQ_7I この歌の作曲家はホン・ナンパ、作詞はキム・ヒョンジュン。1919年の3・1独立運動の翌年に作られました。当時日韓併合で日本の植民地であった朝鮮半島に独立運動が起こり、それが北から南朝鮮まで燎原の火のように広がり、暴動は数ヶ月に亘りました。朝鮮総督府によって差し押さえられましたが、これによって民族独立の希望が朝鮮民族の心の内に刻まれたということです。そしてこの「鳳仙花」は民族の哀愁と、民族の独立への思いが込められ、歌い継がれてきた、悲しくも美しい歌です。 醍醐聡氏(会計学者東大名誉教授)が「鳳仙花」とホン・ナンパ氏についてブログに載せていますので、ご紹介いたします。 鳳仙花 (醍醐聡氏のブログより) 洪蘭坡(ホン・ナンパ。1897~1941年)は韓国の「楽聖」と呼ばれた同国の近代音楽の先駆的作曲家であるが、バイオリン演奏、評論も手がけた人物でもある。1917年から東京音楽学校で学んでいたが、3・1独立運動を機に帰国し、独立運動に参加した。帰国後、彼は「哀愁」という題の曲を作り、声楽家、金享俊(キム・ヒョンジュン)が5年後にこれに詩をつけたのが「鳳仙花」だった。表向きは鳳仙花の四季のうつろいを詠んだ歌であるが、実際は、日本の植民地支配で祖国を滅ぼされた朝鮮人の哀切を、秋風に花を散らせ、北風に吹きつけられる鳳仙花の悲しげな姿に託すとともに、のどかな春風の季節に蘇る鳳仙花になぞらえて祖国の独立を夢みる朝鮮人の希望を代弁した歌である。メロディはこの詩にふさわしく、静かな哀切調の中に、自国の独立、人間としての尊厳を固持しようとする朝鮮人の強靭な意思をにじませて実に美しい。 鳳仙花の歌詞 (楽譜は先生からお借りしたもので、訳詞は合唱団「この灯」の団員、小島さん) 垣根の鳳仙花よ 姿が悲しい はるかな夏の日 美しく花咲き 綺麗な娘ら よろこび遊ぶよ やがて夏去り 秋風そよ吹き 美しい花びら 哀れに散りゆき つぼみも枯れ果て その姿哀しい 北風吹き付け 姿は消えても 平和を夢見る お前の心よ うららな春に ふたたび花咲け うららな春に ふたたび花咲け 戦後70年、戦争というと私たちはすぐ広島、長崎を思い起こし、東京大空襲の悲惨さを思いますが、日本が加害者だった事実をもっと直視しないといけないと思います。日本の軍閥が侵略戦争を行ったのは事実です。朝鮮などを植民地化し、民族の言語も奪って、日本語を話すよう強制し、姓名も日本名に変えたのです。民族としてこの上ない屈辱を味合わされたに違いありません。慰安婦問題もそうです。性の奴隷となるなど、どんなに屈辱的なことでしょう。 私たちは戦争の被害者として告発しなければならないのは当然ですが、侵略した民族にどんな悲しい思いを残したかを考えなければならないと思います。
2015.03.08
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今日は、私が今唯一出かけているサークル、市川新婦人コーラスの練習日でした。 自分が楽しむだけでなく、他人が楽しむことを手助けしたいと自分で立ち上げた、新婦人コーラス。半ば義務として(?)出かけています。先生と連絡を取り、新しい楽譜を昨日人数分コピーし、セットし、持って出かけました。 このところ、微熱も取れてきたと思ったら、今度は腿の付け根が痛く、足を着くと痛むのです。 足を引きずるようにして歩いて出かける始末でした。 でもコーラスが始まってしまえば、楽しいのです。インフルエンザ、風邪の後遺症で喉がイライラし、声も十分普段のように出ないのですが・・・。 今日の練習曲はまず「花の街」。これは伴奏付きの楽譜を昨日私が用意したものを使いました。團伊玖磨さんの作曲でとても美しい曲。そして特に前奏が綺麗なのです。みんな気持ちよく2部で歌いました。 次は、滝廉太郎作曲の「花」これもみんな習ったことがある曲なので、2部でよくハモッて歌えました。懐かしい歌です。私はむか~し、小学校時代に習った歌でした。 それから鳳仙花。これは先生の合唱団がコンサートの時歌った歌で、「うたごえ新聞」の評にとても褒めて批評が載っていたので、私が要望したものです。早速先生が持ってきてくださいました。朝鮮(韓国)の歌で、とても綺麗な曲でした。とても高い音程なので、今日の4人(珍しく少ない4人でした)ではちょっと無理で、プリマベラのメンバーが入ればきっと良い歌になるだろうと思います。ざっとメロディーだけおさらいしました。 前半はこれで終わり、休憩の後、「一本の鉛筆」に取り掛かりました。全部を通して練習。この前、身に付いたと思ったところも今日はまた忘れているという状態で繰り返しの練習となりました。一年かかると思って練習しましょう、とみんな決意を新たにしました。 最後に「広い河の岸辺」をみんなで斉唱し、これがラストソングとなりました。スコットランドの民謡で歌えば歌うほど、良い曲だな、と思う歌です。 帰りに来年度の登録団体に登録し、メンバーも記入して、提出しました。市川市男女共同参画センターへの登録です。ここはPCで予約を取り抽選でほとんど当選しています。毎月取れるので感謝して使わせていただいています。花の街http://youtu.be/X6BkCK6Lryk
2015.03.06
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この度、日本IBM労組は退職強要される現場を録音し、違法性が高いとして公表しました。 3月4日付しんぶん赤旗より http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2015-03-04/2015030401_02_1.html “これが日本IBMの退職強要だ”JMIU日本IBM支部の録音データ↓ しんぶん赤旗の記事中本文の3段目 関連記事 をクリックしてお読みください。 いつも皆様ご支援いただいてほんとうにありがとうございます。大変感謝しております。 この度、退職強要の実態が公表されました。こうして闘う組合によって労働者が守られていることを感謝したいと思います。 そして、まだ他の新聞は見ていませんが、しんぶん赤旗が労働組合の立場に立って、しっかり報道してくれていることに感謝したいと思います。 日本IBMは米本社からの要請でこれからも800人程の解雇を強要されると見込まれています。 この解雇は米本社の赤字解消のため、世界各地のIBMに解雇を強要しているものです。黒字の日本IBMにもです。 社長が外国人に変わってから、日本の労働法を無視し、あくどいやり方でロックアウト解雇(30分以内に会社を出て行け。それ以後会社に立ち入れない。という強制的な解雇方法)をしてきました。 ロックアウト解雇された11名が、解雇無効であると裁判をおこし、裁判中で、1年くらいは、ロックアウト解雇も収まっているかに見えましたが、米本部からの要請で、また始まりました。 成績で解雇者を決めるといっても、いつも15%は下位の成績を相対的につけられるのですから、特に解雇する理由に当てはまらなくても(ほとんどがそうです)強制的に解雇されるのです。 赤字を解消するにはもっとほかの方法があるはず。営業努力もせず、幹部が減収することもなく一方的に労働者を解雇することによって、赤字を解消するやり方を取っていれば、会社に未来はないと思うのです。
2015.03.04
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