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今日はブランド物の事で、彼女とちょっとしたトラブル…(泣)ブランド物というのは、女性にとっては、一種の魔力があるのでしょう。鳩の大学でも(彼女含めて)「全身~」が結構いたりします。バッグも安っぽいのを持っている人の方が稀有であり、ブランドバッグ+ビニバというのが、典型的なスタイルです。今日は彼女とその事で。いや、彼女の付けている香水が、あからさまにシャネルであったので(何番とかマニアックな事までは分かりませんが)「この香りは、シャネルだね。」と言うと、「ええ、詳しいのね」と、とても嬉しそうな顔をしたので、よせばよかったのだけれど、やっぱりこういう事は最初に言っておくべきだろうと思い、「勘違いして頂いては困るよ。僕は、いい気はしないね。」と言ってしまいました。そこからちょっとした諍いが…鳩も実を言うと、カジュアルのシャツは殆どがバーバリーかラルフローレンなのですが、こいつ等は、中学生の頃から着ている、言わばユニフォームのような物がほとんどで、デザイン的に鳩のこだわりを持つ物だから着ているのです。これは、アイデンティティの一部であって、決して「ブランド志向」から来たものではありません。祖父の万年筆を何回も修理に出して、使っているのと同じ理屈です。結局、ブランドをアイデンティティの一部であると勘違いしている人の多くは、そのブランドが値崩れすれば、間違い無くそれを捨てるでしょう。最近のヴァ○ンチノや、一昔前のピ○ール・カルダン等、値崩れしたブランドを身にまとっている人が、我々の周囲にいるでしょうか。(あくまでも「見せる」目的で)まあ、男だからというのも大いにあって、同じ年頃の女の子にそんなブランドの真価の理解を要求するのが酷なのかもしれませんが、最近の女の子は、不当に親から大切にされ過ぎている所があると思います。物を大切にしないという事は、以前にも書きましたが、本質的に貴族的精神と相反する物であるという事を、もっと親は教えるべきでしょう。ちっとはフランスやイギリスを見習ってほしいものです。うーん、まあ今日はお茶して仲直りしたから…というか、説得(論破ともいう)してしまった…大丈夫かな…大丈夫だよね?頭は鳩よりいいはずだから、きっと理解してくれるさ!!!大本営発表 吾方、損害軽微なり(爆)
2005.05.31
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今日は、彼女と食事&カラオケ。彼女は凄くいい人で、今の所、順調。しかし、遂に最初の難関。ワタクシ、パフェはどうしても駄目なので御座います。はい。男がパフェを食するのは、家で隠れてすべし、なんですよ。ええ。「付き合い悪い」とか言わないで下さい。それだけはどうしても出来んとです…というわけで、彼女がパフェを食べている前で付き合い丸出しで、ケーキを食するという事をやってしまいました。ゴメンなさいです。なんか、今日の上野は、いいかんじにロマンチックになっていたので、イタリア料理でも…という事になり、駅のレストランの一軒で。なかなかgoodでした。トマトモツァレラを見て、チーズ談義になり、「ゴータ・チェダー派」の鳩と、「クリーム・カマンベール派」の彼女の間で、かなりこだわりの違いを感じる議論に。面白かったです(笑)でも、彼女とも言っていたのですが、モツァレラって、店によって味が違いすぎじゃないですか?さて、食後は定番のカラオケに。ええ、いつも通り濃いー歌を歌って参りました。まあ、彼女は海外生活が長いので、あまり日本の流行歌を知らないらしくて、丁度良かったです(笑)そこで言われた事。「鳩さんの歌声って和田アキ子に似てます!」いや、これ言われるのは、はじめてじゃ御座いませんで。そして、嬉しくないですよね。和田アキ子と郷ひろみは、本当によく言われるのですが、そんなに似ているのかなぁ。
2005.05.29
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今日は、先輩が我が家を訪問してくださいました。何しにいらしたかというと、専門書を150冊(!)も鳩に譲って下さると…ただ単に鳩が処理屋にされただけか?(笑)とか邪推しつつも、何となく嬉しいです。かなりブルーだったので、いいタイミングで来てくださいました。それにしてもどーしよう…本当に。置く所ないっすよ。それでなくても、狭っ苦しいうちの下宿は、本の山だというのに…うーむ、この上は、生活の場を削っていくしかなかろうか…当分、この本達が悩みの種になりそうです。それにしても、先輩、煙草吸いすぎっすよ。本にまで臭いがうつってます(笑)その先輩は、院のドクターの方なのですが、ゼミに入った時から、鳩に一目置いて下さいます。「エタとナシオンは如何に違った概念か、歴史的過程に着目しつつ、答えよ」(フランス語わかりません!)とか、「12世紀ルネサンス説の妥当性、またその原因について答えよ」とか、色々、学問的に面白い問いを出し、必ず切羽詰らせてくれるところが、いいです。いや、勉強になりますね。西洋の「永遠の昨日」は、十字軍によって打ち破られた、そこから生まれるのが「ルネサンス・宗教改革・大航海時代」とバ○の一つ覚えのように覚えたあの頃は、一体、何だったの?ああ、そうか、普遍論争とかあったのに、それをルネサンスの萌芽として何で見れなかったんだ、鳩ってバ○だーとか…もう…落ち込みまくりです(笑)何か、こういう落ち込み方は、凄く気持ちいい(?)んですよね。いや、昨日あれだけブルーになってたのに、何なんだよ、お前と言われそうですが、悩みは消えたわけではありません。ただ、先輩が来てくださった事で、久しぶりに舌戦をして、少し気が紛れたので。仕事でストレス貯めすぎて、躁鬱症気味になっていたのかもしれません。有給とって暫く休もうかな。でも、うちの職場のナッシュ・ブリッジスがいなくなれば、結構混乱するだろな(笑)
2005.05.28
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昨日、彼女とはじめてショットバーで酒を飲んできました。カッコつけてマティーニとブラッディーマリーのロックをチャンポンしたのがいけなかったのか、今日は頭がガンガンしております。うー、007のようにはいかないものですな(笑)今度、「僕はボンド、ジェームズ・ボンドだ」とネタで言ってみたいものです。さて、本題。以前にも少し読んだ事があったのですが、今日、久しぶりに特攻隊で散っていった若者達の残した手記を読んでみました。何回読んでも泣けてくる文章でありますが、最近、つくづく鳩は生まれてくる時と場を間違えたと、深く恥じるようになりました。それが、一種の焦燥感とも、不当に長く生きているという罪悪感ともつかぬ感情を惹起するのであります。今の世の中、鳩の代替要員等、いくらでもおりますし、個性だ何だとここ二十年程では、言われていますが、何処の世界でも、はっきり言ってトップでなければ価値は無いというのが、現実です。(勿論、厳密な意味の「一位」ではなく、あくまでも挑戦権を有するという意味でのトップですが)受験を争い、学を争い、議論を争い…それでも結局、知能で、絶対に勝てない人が鳩の近くにはいます。それじゃ、他のところで…という言い訳が出来るほど、鳩は器用な人間でもありません。現場のトップで生きていきたいと、いつも思いますが、そうは言いましても、仕事の出来ない、エリートの落ちこぼれなんぞに付き合わされる部下の身になれば、こんなに不憫な事はありますまい。偉くなりたい、という夢は、はるか昔に消えましたが、男たるもの、大事に殉じなければ、という情念は、まだ強く感じられます。ノウノウと暮らしている自分が、実に情けない。御先祖に申し訳ない。ああ、今日は愚痴ばかりになってしまいましたね。これが最近の悩み事です。
2005.05.27
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先週末、あるコンサートへ出かけたのですが、その帰り道に、一緒に行っていた女の子とホテルで食事をしました。正直、心臓が止まりそうでした。ええ(笑)女性と一対一で食事したこと等、職場の事務員さんとか、一時期腐れ縁のあった人とかしかないので。この方は、ドイツ帰りの才媛で、かなりの美人です。女アレルギーは、「義経」の「弁慶」並という鳩にとっては、もう完全に鼻血ものです(笑)その日、コンサートの演目にあった、モーツァルトについて、薀蓄を語り合いながら歩いていると、突然、「お食事ご一緒して頂けません?」とか言われたので、「否という理由はありませんね」と返答すると、何故か、ホテルで食事をする事に。おいおい…それってまずくないですかい?とか思いながらも、さっと手を交わらせられると、完全に向こうのペース。男という物は、こんなに弱いものだったのかと、はじめて知りました(笑)そして、意外に自分にも純情さが残っていた事を自覚できました。話題は、モーツァルトや近代クラシックについてでしたが、モーツァルトとワーグナーに関しては、相当マニアの域に入っていると自負していた鳩も、彼女の知識には、うならされました。そして、食事も終わりに近づいた時、ついに言われました。「あなたが好きです。」もうその瞬間、ウホッとか思って顔が、にやけていくのが自覚出来ましたので、本能的に下を向き、「そのお言葉、しかと。」と答えて礼をしました。この反応は、生涯、忘れる事はないでしょう(笑)その後?何もありません。ええ、断じて(笑)ここ数日は、思い悩み、完全に伏せっていましたよ。まあいいや、気楽に行こう。学校で会うのが楽しみです。
2005.05.24
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今日は、唐突ですが、三国志について。以前にもお遊びでチョロッと書いたように記憶していますが、今日は、蜀の政治体制について割合、真面目なお話をする積もりです。男の子なら誰でも一度は、三国志や、日本の戦国武将等の天下統一系のお話には、病みつきになるものですが、三国志がその他の天下統一系の話と違って異彩を放っているのは、「演義」で最も美しく描かれた、非常に個性の強い蜀という国が、脆くも崩れ去ってしまう所にある人間美学でありましょう。そこには、いくつかの要因があるのですが、それを見ていくのは、きっと現代の政治のヒントになるはずです。思うに、三国志の醍醐味は、前半の群雄割拠の時代ではなく(官渡の戦い以前)、赤壁の戦いから蜀滅亡までにあると言えます。前半は、様々な策略や逸話、超人的な武勇伝が出てきますが、これらは、非常に漫画的で、どこまでが真実なのか解しがたい物があります。前半部分で学問的に重要なのは、兎に角、劉備という人物が、大した後ろ盾もないのに、しぶとく生き残ったという事、曹操が、黄巾賊の青洲兵や呂布の騎兵隊(しかも張遼というオマケつき)を併呑しながら、次第に巨大化していった事、長江を隔てて、小覇王孫策とその弟孫権が、貴族制の体制を逸早く形成していた事(呉という国になるのは、大分後の事ですが、政治システムは、この時点で成立)の、三点に整理されると思います。其の他のキャラクターは、国家形成以前に、指揮系統に何らかの機能不全があった為に、滅亡していったと言えます。(ファンの人御免なさい(笑))以前、三国志を扱った時、「魏はアメリカ、呉はイギリス、蜀はドイツ(鳩は、ドイツよりも日本に近いかなと思います)」と言われた方がおられますが、この意見は、三国の政治的特長を非常によく表していると思います。魏は、トップの曹操がそうであるように、人材の取り込みが非常に上手な国でした。人物面で言えば、夏候惇以外、個性的と言える人は少ないのですが、張遼や張コウ(漢字変換出来ません(笑))等の降将をたくみに利用し、「中の上」のスタッフ陣が、内と外を役割分担して、政策に当たっていました。また、かつての宮廷という、官僚組織を丸呑みした事により、事務能力の非常にすぐれた文官を擁していた為、銃後の憂いがほとんどなかったと言えます。魏と言えば、「屯田」ですが、これも文官の功績が非常に大きいのは、有名な所です。こういう、ソフト面の差が、諸葛亮亡き後の蜀にじわじわとボディーブローのように効いてくる事になります。対して蜀は、どちらかというと、有志連合としての色彩が強く、最後まで、分権的な統治形態を取らざるを得ませんでした。個人個人としては、燦然と輝く素晴らしい人材があるのですが、それがうまく連携できていない事と、後身の人材をうまく教育出来なかった事が、命取りになりました。義兄弟という立場上、劉備は関羽の正義漢ぶりを高く評価し、入蜀後は、荊州の一切の政治を任せる事になりましたが、関羽という人は、将としては一流でも、統治者としてはあまりにも傲慢で、内にも外にも敵を作っていたというのが実態のようです。劉備を経済面で支えた長年の家臣である糜竺の弟、糜芳(この人は、兄よりも頭は弱いが、勇猛な人であったようです)にまで裏切られたというのは、相当人望が無かった証と言えるでしょう。もっとも、この時、孟達のような裏切りの達人を関羽の間近に配置していたのも、大いに問題ありだと思うのですが(笑)おかげで、怒り狂った劉備は、晩年のほとんどを呉の討伐に捧げる事になってしまいました。劉備を内と外できちんと役割分担して、支えていた時代には、蜀は非常に安定していたと言えます。内は諸葛亮、外はホウ統、法正と、役割分担出来ていた時です。しかし、外征の方は、この2人を失った後、怒り狂っていた事もあって、劉備は暴走し、夷稜で大敗を喫する事になってしまいました。多くの論者が言うように、諸葛亮は、「軍師」としてよりも、宰相としての能力、即ち内政の方がうまく、夷稜の戦いで軍の大半を失った蜀軍を南伐、北伐が可能になるまで立て直した功労者ですが、如何せん指揮官としては、あまりに慎重過ぎる所があり、戦いの時、いたずらに時間を浪費する事も多かったようです。そのあたりが、猛将魏延との溝を深めていく事になりました。こういう戦術的な「腰抜け」批判も、もっともですが、小勢力である蜀が、大勢力である魏を破る為には、もう少し機動力を強化して、それを駆使するという戦略も、必要であったのではなかろうか、というのが、鳩の考えです。その弱みを知った敵将の司馬懿は、徹底した持久戦で蜀軍の消耗を待つという戦略をとっています。そして、もう一つ、蜀について言わねばならないのは、諸葛亮があまりに偉大であった為、諸葛亮なき後、誰に後事を託すかという事、そしてその為に何をすべきかという事を考える、兵站面での戦略に関して、全てのスタッフがあまりにもナイーブになっていた、という事です。これは、現代でも、ワンマン社長が大会社を作って、馬鹿な二代目が潰す、というのと、非常によく似ています。何代も続いた会社は、少しぐらい馬鹿な社長が就任しても、まわりで支えてくれる人達が必ずいるものですが、ワンマン経営に浸りきっていた人達は、そういう責任に自覚出来ない事が多いようです。蜀の場合もまさしくそうで、諸葛亮亡き後、漢中の前線基地と成都政府との間で、対立が生じるであろう事は、容易に想像できたはずですし、諸葛亮はその為に、後身の姜維には、しっかりと教育すべきだったのですが、彼自身、魏延の事で頭が一杯で、それどころではなかったのでしょう。彼の死後、魏延はあっけなく討ち取られ(謀叛を起こしたというのは、嘘であるようです。ただ単に、みんなから嫌われていただけのようです(笑)「わしを殺せる者があるか!」の逸話は、完全な創作です。)、案の定、外征派と保守派の間で国論は、分裂します。しかし、外征派のベテランの蒋エン、保守派の董允、費イがお互いにうまく牽制しあっていた間は、まだ何とかなっていたのですが、蒋エン、董允が死ぬと、成都は、奢侈にふけった厭戦一辺倒になり、逆に漢中は、兵士が職を失う事を恐れて、外征一辺倒になっていきます。費イが暗殺された後は、もう誰も姜維を止める事が出来なくなってしまい、彼は、漢中を守備するのに必要な兵力まで動員して北伐をしますが、失敗し、蜀の命運は決まってしまいました。ここで、面白い事。厭戦(反戦)と侵略は、時を同じうして、存在するという事です。まさしく歴史は繰り返す、ですね。
2005.05.20
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大学で、ある事件をテーマに研究していたのですが(この事件は、20年ほど前の事件です。それ自体では単なる家庭内に起こった殺人事件です)、どうやら息子と母親の間に肉体関係があったらしい、という事実を知りました。(公判中は、その事実は知られていませんでした)鳩としては、母子相姦等というものは、単なるエロネタのワンパターンか頭のおかしい女のする事に違いないとタカをくくっていた所があり、非常に衝撃的でしたので、現代における近親相姦の実態を調べてみると、どうも日本の最近の近親姦の特色として、母子相姦がかなり多いと推察される(実態の調査研究は、アメリカほど進んでいない。そもそもむこうでは、近親姦自体が違法行為もしくは、それに準ずる物として扱われる為、カミングアウトしやすい。故に、専門書はほとんど英文で、翻訳はあまり出ていない)事、そして他の複数の少年事件でも、同様の事実が確認されている事が分かりました。刑法200条を取っ払った事で有名な、父親が娘と肉体関係を持つ、というのは、たまにあって、鬼畜のような父親がいるんだなあ、と思っていましたが、こんなに女性による、少年への性的虐待があるとは、知りませんでした。そして、前者以上に、強い怒りを覚えます。というのは、PTSDのような、フラッシュバック系の精神障害は、勿論自覚できますし、それ故、自分で医者にかかって治療する事も可能です。しかし、男の子の場合は、そうはいきません。元々男性は、本能的に、エディプス・コンプレクスとアジャセ・コンプレクスという2つの対立する精神性を持っていると考えられており、前者は、母親に対する愛(から来る、父親への憎悪)、後者は母親を拒否する本能であります。(何故、そういう精神性を持つのかは、分かっていません。ただし、これが人間と動物を隔てる最後の一線と言われています。)後者は、特に父性を形成する上で、非常に重要な物になりますが、これが未発達である事は、一見したところ分からないし、自覚出来ない事も多く、ある日突然、変な行動を取ったり、それを抑え込むと、逆にそれが新たなコンプレクスになり、攻撃的になったりする事が分かっています。精神異常でもないのに、自覚出来ない理由で、自分がおかしな行動を取っているとするなら、これ程不幸な事はありますまい。そう考えていくと、肉体関係には至らなくても、最近の母親というのは、それに近い態度で接しているのではなかろうか、そして、それが愛であると勘違いしているのではなかろうか、と強く思うに至りました。ここ一週間程で、次々と出てくる、異常な性犯罪は、本人を除けば、一義的には、母親に責任があり、次にそれを見逃した父親にも責任があるのではないか、と思えてなりません。まあ、現在の父親にあたる年齢の人は、戦争の関係で、お母さん子の父親を持つ人も多いので、昔気質のガンコオヤジになれと言っても、無理があるのかもしれませんが、何とも情けない話です。そして、もう一つ、申し添えなくてはならないのは、マスコミや国は、早急に、こういった女性による性的虐待をあぶり出し、徹底的に攻撃を加えるべきであるという事です。過激な言い方をすれば、こういう鬼畜外道は、並みの犯罪者よりも重い社会的制裁を課し、普通の犯罪者と同じように社会から抹殺するべきだと思います。何故、それが出来ないかと言うと、痴漢冤罪と同じで、女性に対する、間違った「配慮」「偏見」があるからであります。日本では、近親相姦自体は、刑罰対象にならず、青少年保護条例等で、対処する事になりますが、これでは余りにも手ぬるいと言わざるを得ません。
2005.05.19
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また、仕事の都合で、しばらく更新をサボってしまいました。このブログ開設以来、男女格差の問題に関しては、言及を避けてきましたが、面白いニュースがあったので。http://www.asahi.com/life/update/0517/003.html?t5鳩自身と言えば、典型的な保守派ですし、経験的にも、女性は特に扱いが難しいというのが、実感です。(というか、辛抱の出来ない人が多すぎる)また、そもそも男女が平等であるなどというのは、近代合理主義の仮想に過ぎないと思いますが、資本主義の為には民主主義はある程度必要であり、それ故、女性だからという特権待遇には、断じて反対です。(産休などの最低限度に制限すべき。)日本の労働法等の整備ぶりは、むしろ過保護にすぎるのではないかとすら思います。そして、最も重要な事ですが、成績と企業の要請こそが、最重要であって、それが出来ない者は、性別に関係なく、カットしていっていい存在であると思っています。福祉の本質は、資本主義と民主主義の増進に資するものでなければならないのです。パンとサーカスは、甘えを産む事、そしてそれが国を蝕む事は、決して看過してはなりません。ただし、労働人口の減少から、労働資本としての女性の力が必要であるのも事実であり、その辺りのバランスが、これからの課題になってくるでしょう。そういう意味では、この調査は有意義ではあると思います。ただ、鳩は、この調査には、少なからぬ疑問を感じます。まず、一点目。政治的な決定権限というもの。これは、要するに女性議員の割合ですが、これをジェンダーギャップの範疇に入れるのは、文化に対する冒涜であります。議員の一定数を女性で占めろという考え方は、どう考えても適切とは言えず、「男女平等」の目的である、「民主主義」に対する不適切に大きな制約になるのは自明です。また、政治的バランスという観点からも、(どこの国でも、女性はどちらかというと、左側の人が多いのですが)日本の女性議員の思想的な尋常ならざる偏りは、衆知の事実であり、適切ではありません。最近では、少しその傾向が改善されてきてはいますが、結局、ジェンダーフリー論者の論法を真似て、どこぞの団体の組織票を稼いでいるだけで、政策的に実のある話の出来ている人は、非常に稀有であります。(勿論、そうでない女性議員の先生方には、この発言は、失礼にあたりますが)西欧諸国でも、かつては、こういう思想的偏向がありましたが、最近は、かなり是正されてきているようです。過激な人は居てもいいのですが、過激な人が多数派になる事を座視するのは、政策的に賢明であるとは、言い難いです。また、北欧諸国がデータ上位に来る事、イスラム諸国が下位に来る事は、誰もが予想出来る事であり、政策に有効性があるとは言えません。少なくとも、GDPで鍔迫り合いを繰り返し、経済成長がもはや、絶対命題になっている旧列強諸国と同列に論じるのは、全く意味をなさないでしょう。半ば経済力の競争を放棄している国々や、経済よりも文化に対する大きな自負を持つ国々と、同列に論じるべきではありません。そして、何よりも、シナの地位。そりゃないですよ。ごくごく少数の富裕層がアメリカ的な個人主義に浴しているからといって、全ての基本である、初等教育の機会平等自体が、決して国民に担保されていない状況を、この調査を出した組織はどう見ているのでしょう。
2005.05.17
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明治憲法に関して、非常にステレオタイプな考え方をする人がいます。例えば、この人。 http://plaza.rakuten.co.jp/kouzen/鳩は、あまり人を非難するのは好きではありませんが、この人の最近の物言いは、非常に不愉快である事を申し述べねばなりません。というのは、この人が、論証という、論理の基本的作業から悉く逃避しているにもかかわらず、人格的非難は一人前にしているからであります。少なくとも、明治憲法を語るには、美濃部・清水・佐々木先生の、戦前の通説的な法実証主義の立場から書かれた教科書と(佐々木先生は、戦後の学者ですが、思想的には旧憲法の伝統的解釈論をとる)、反対説としての上杉・宮沢先生の教科書の論点ぐらいは整理してから議論をすべきであると思います。特に、「八月革命説」で有名な宮沢先生は、その論理の豹変ぶりに着目しつつ、読んでいくべきです。さて、この方の日記で取り上げられている言葉に、「輔弼」という物があります。「輔弼」というのは、現代的な文言としては、「補佐」に当たりますから、明治憲法第55条1項によれば、「国務大臣閣下は、天皇陛下の行う政治を補佐する責任がある」と読めます。ここで、法律を少しでも学ばれた方ならば、この時点で、ははん、「擬制」だなと思われると思います。例えば、日本国憲法第14条1項には、「全て国民は法の下に平等であって、…」とありますが、文言どおり読めば、この条文に外国人が含まれないのは、自明です。しかし、これは、「外国人も含む」と解するのが通説であります。すなわち、成文化の段階における不具合を解釈論でいかに調整していくか、というのが法学の基本でありますから、この文言だけをとっても、「天皇陛下が政治を行って、それを手助けするのが、国務大臣閣下なんだな、ふむふむ」などと思うのは、「相当とは言えない」のであります。事実上、一人の人間が行政権を掌握出来るほど、近代国家は、単純ではありませんので(行政国家現象)、「国務大臣が、政治を行えってことか」とスラリと読む必要があるでしょう。しかも、この55条には、わざわざご丁寧に2項にこうあります。「凡って法律勅令その他、国務に関する詔勅は、国務大臣の副署を要す。」(現代仮名遣いに直し、適宜句読点を入れました)意図的なのか、六法も引かずに法典を語っておられるのか、兎に角、この条文に対する解釈に関しては、興禅氏は、一切、触れておられません。この文言は、ジョークとしてよく言われる「女王の自署の死刑宣告」とバックボーンにある精神は、一致するでしょう。条文から見ても、明確に権力抑制の文言です。では、次に「法的安定性」という側面から天皇陛下に行政権があったか、という事を見ていきたいと思います、確かに、文言上、明治憲法は、「国家権力を拘束する」という、近代憲法の精神が明記されてはいません。そうではなくて、天皇陛下が、この憲法を守る事を御先祖様にお約束する、という儒教的な前おき(?)があります。鳩自身はここは、時代背景をよく考えて、非常に上手く纏めたと思いますが、当然、天皇陛下に抗弁の機会はありました。しかし、抗弁が一度、実質的効力を発揮しなければ、法的安定性の観点から、先例拘束の原則(以前述べました、「永遠の昨日」の法理)から先例に従うべし、というお約束があります。民法の時効と同じような物だと考えてください。では、陛下の御意思に反して、国務大臣閣下が政治を行った前例があったか?これは、存在します。日清戦争において、清国に対し、陛下は交渉をするべきである、と仰っていましたが、閣僚達は、そんな事はお構いなしに、淡々と開戦準備します。ついに開戦と相成り、陛下は激怒され、「これは私の戦争ではない」という意味の事を仰いましたが、後の祭りでした。この時点で、明治憲法の「主権」は、「行政、立法」を司る者に存することが、決定したのです。従って、法的安定性という観点からも、明治憲法は、立憲的意味を持つという事は、明白であると思います。
2005.05.11
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個人的事情により、更新が大分滞ってしまいました。個人的事情とは、あのJR福知山線脱線事故に関係した話なのですが。事故現場は、鳩の実家から15km程の地点にあり、我々阪急沿線に住む人間は、自分達の住んでいる大きな意味での「尼崎市」との混同を避けるため、当該地域を「アマ」と呼んでいます。アマ(JR尼崎駅周辺)は、阪神工業地帯を支えてきた、中小企業の集まる「準工業地帯」でしたが、最近は、宅地化が進み、「先住民族」である、工場と新参の住民との間で、争いの耐えない地域でもあります。今回の事は、我々のように、当該地域に十年スパンの計画で大型商業施設を誘致し、賃貸不動産設置を行ってきた人々には、はかり知れないダメージを与える事になりました。さて、新聞で事故の模様は存じ上げておりましたが、帰って、まずは、現場歩き、すぐ近くの中央卸売市場(ここには、鳩の実家と大きな取引のある商家が入っています)と、周辺の工場の稼働状況の視察、当該現場周辺の資産価値の予想推移を専門家の方との調査等をしてきました。ついでに、JR福知山線各駅(アマ・猪名寺・伊丹・川西池田)の周辺状況も実際に見て来ました。資産上、路線で最も被害が大きかったのは、伊丹駅でしょう。アマと同じく、阪急伊丹からはかなり距離がある上に、駅前の工場跡地に大型ショッピングモールを誘致していたのですが、休日になれば、人で一杯のこの商業施設が、連休前という最悪のタイミングで事故が起こった事により、随分客足が遠のいてしまいました。又、悪い事に、JR伊丹は、アマのように「中心街」としての機能も元々持っていない(中心街は、むしろ阪急伊丹周辺)為に、ここは、この先何ヶ月かは、相当な損害を被る事でしょう。さて、鳩が現場歩きをしたのは、事故から三日後でしたが、一番感じたのは、プレスの人間の無神経さです。泣き崩れる遺族や、鳩のようなスーツの一団(どうやらJR職員であると見たらしいです)を見ると、頭の悪そうな茶髪のレポーターが雲霞の如く集まってきて、こちらが許可していないにも関わらず撮影機とマイクを向けて、進路を妨害し、空には7、8機のヘリがけたたましい音を立てながら舞い、更には封鎖区域上方に、何台もクレーンを使って、撮影機で事故現場の撮影を行おうとする始末。こんな人間のクズどもに営利優先だなんだと言う資格はないと、本当に心の底から怒りを感じました。「仕事だから」「報道の自由だから」を免罪符にしようとする感覚、それが、「利益優先の体質」でなくて何なのだ、と彼らには言ってやりたいです。又、そういうネタを使って取材している人間が、記者会見で偉そうな口をきく権利はありません。記者会見は、あくまでも「当事者」が「開いてあげている」のですから、如何に道徳的に非難されるべき人間にでも聞く方は、出来る限り、客観的な事実確認に質問を纏めるべきであります。今回の一連の報道を見ていて、事故の本質以上にこちらの方がとても気になった次第であります。
2005.05.10
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