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今日も、昨日の続きで行きます。31.学校教育の、主要な機能は、来るべき時代に、仕事を見付ける為の備えをする事だ。主に縦軸の判断基準。他の「機能」を排除しているとは取れないので、又、「大学教育」とは、書いていないので「強く賛成」です。基礎教育の主要目的は、労働力としての「資本」を良質の物にする事であり、具体的には、大衆に一定水準の生活知識を備えさせて、社会自体の生産能力を拡大する事にあります。批判精神を養ったり、マニアックな教養を付けるのは、専門教育の仕事です。32.重大な遺伝的障害を持った人々は、子孫を残す事を認められるべきではない。ヒトラーですね。優性学は、「科学」の産んだ、負の遺産である、と考えます。「強固に反対」33.子供が学ぶべき最も重要な事は、試練を受け入れる事である。縦軸の判断基準。賛成です。子供は、「忍耐」を学ぶ事から、「配慮」を学ぶのです。大人でも、「忍耐」を知らない人で、本当に優しさのある人は、いないのではないですかな。「強く賛成」32.野蛮な民族や、文明的な民族等、存在しない。あるのは、様々な文化だ。縦軸の判断基準。これは、極端すぎます。そもそも、このテーゼを是認するなら、原始的に「野蛮」「文明的」という言葉が、存在し得ない、という事になりますから、それは否定されるべきです。文明は、何らかの方法で、「延命」出来る物なのです。「延命」出来る文明を、無理に閉じこもって、死に至らしめる行為を「野蛮」と定義すべきでしょう。人は、高貴に死ねますが、国や文明に高貴な死は、現在までの所、存在しません。故に「反対」にしておきます。33.労働能力があり、その機会を拒絶する人は、社会支援を期待すべきでない。横軸の判断基準。当たり前。社会支援などというものは、モラルハザードの元凶であるから、最小限度に抑えるべきです。まして、労働可能な人間に、門戸を開くなど、論外です。故に、「強く賛成」34.トラブルに直面した時には、その事に関して考えこむのではなく、気晴らしできる事をやり続けるほうが良い。縦軸の判断基準。うーん、トラブルは、真正面から向かい合わないと、結局は解決出来ないと思います。まあ、実際の所は鳩も、結構遊びに走ったり、たまに、そういう時に、いい考えが浮かんだりする事もあると思うので、「反対」にしておきます。35.移民第一世代は、移民国に完全には、溶け込む事はできない。そりゃそうですね。食べ物、飲み水、生活習慣…特に、日本人は特殊ですから、無理です。基本的に、なじむには、「三世代」を要するといわれていますが、一世代では、どう頑張っても無理でしょう。「強く賛成」36.最も実りを挙げている企業にとってよい事は、究極的には、いつも、私達にとっていい事である。横軸の判断基準。いえいえ、いくらなんでも、それは無いですよ。大企業と心中する事も、有り得るでしょう。「強固に反対」37.公共でない放送局は、どれほど内容が孤立的であろうとも、社会のカネを受け取るべきだ。横軸の判断基準。日本人には、ピンとこない話ですが、むこうでは、補助金が出るようですね。で、むこうの放送というものは、ニュース番組では「解説」がほとんどありませんので、「偏向」という物は、日本ほど酷くありません。まあ、「どれほど内容が偏向していても」というのは、マズイですね、「反対」です。38.私たちの市民的自由は、反テロリズムの名のもとに過度に抑制されている。縦軸の判断基準。まあ、「市民的自由」というものを、どう捉えるか、という事につきると思います。「プロ市民」という言葉があるように、一般市民の常識から、著しくかけ離れた価値観の人々もいます。鳩は、公安や警察のオジサン達が周りに張り付いているような生活をしていませんので、そうは思わないです。又、そういった活動をするなら、「監視される」事は、リスクとして、計算しておかねばならない事は自明。故に「反対」。39.独裁の重要な利点は、それが民主主義の政治体制における進歩を遅らせる議論をすべて回避するということだ。これは、どちらとも言えない基準ですね。学問的には、そうです。古代ローマが、独裁官を設置していたり、現在でも、マーシャル・ローは、多くの国で取り入れられていますから。しかし、貴族主義者の鳩は、独裁には反対です。政治的安定性と、多様性はバランスを持ってなされるべき。何から何まで議論すればいいという物でもありませんが。故に「賛成」40.電子時代は国家権力による監視を容易にするが、犯罪者しかそれを心配しなくてよい。縦軸の判断基準。これは、言い過ぎ。いくら何でも、国家権力に対してナイーブすぎます。「強固に反対」です。41.死刑は、最重要犯罪に対する、一つのオプションたるべきだ。縦軸の判断基準。死刑は、生産的であるとは思えません。強制労働をさせた方が、生産的です。まあ、人権配慮から、「反対」をしているわけではないので、やさしめに「反対」にしておきます。42.文明社会では、人は、上に頂いて従う人々、下に座して命令を与える人々と、付き合っていかねばならない。縦軸の判断基準。これは、「ピラミッド社会はOK?」という質問ですね。これは、もう必然でしょう。猿でもそうなんですから。「強く賛成」43.抽象美術は全く芸術とは考えられない縦軸の判断基準。美術は、頭から否定するほど、知識を持ち合わせていないので、「反対」。個人的には、伝統美術が好きですが。44.刑事的な正義としては、刑罰は、更正よりも、重要である。縦軸の判断基準。応報刑論支持者としては、当然です。「更正」というのは、一種の思想改造でありますから、社会が「思想」「信条」を持っていない状況では、正常に機能しないでしょう。更正は、最低限度に抑えられるべきです。「強く賛成」45.犯罪者を更正しようとすることは時間の無駄だ。縦軸の判断基準。それは、言いすぎです。更正して、真っ当に働いておられる方も多いでしょう。新派が言う事は、「優生学」の理論に限りなく近いですね。「強く反対」46.ビジネスマンおよび企業は作家および芸術家より重要だ。縦軸の判断基準。それはそうです。精神的自由は、経済的自由が立脚する事で存在する、加えて、社会を構成する主要な態様は、秩序であり、変革ではない、故に、ビジネスは、芸術に優先する。「強く賛成」47.母親は、仕事をしていいかもしれないが、主たる義務は、家事である。縦軸の判断基準。これは、価値観を大いに問われる質問ですね。鳩は、「賛成」にしておきましょう。家事は、本質的に、女性的な仕事です。「主婦」という物は、主に戦後になって発生したものですが、それ以前にいた「下男、下女」は、役割がはっきり分担されていました。内の事は、女性がする方がいいのです。「男ヤモメに蛆がわく」ともいいますし、掃除や洗濯という物は、どうも男には向かないようですね。まあ、女中を雇える階級ならば、「義務」とまでは言えないと思いますが。48.多国籍企業のプラントは、開発途上国の資源を不道徳に開発している。横軸の判断基準。「不道徳に」とは、何事ぞ。何をもって「不道徳」と言っているのでしょう。まあ、過度の開発には、確かに目に余るものもあります。が、資本主義のルール上の事。「不道徳」とまでは、言えない。「反対」49.体制との和解は、大切な「大人」の態度である。縦軸の判断基準。かつて、学生運動の頃、右派の学生達の事を「エスタブリッシュメント」と言ったそうです(笑)「和解」の出来ない人間は、「調和」「平安」という、真の人間的高貴性を知らない人です。故に「強く賛成」50.占星学は正確に多くの事を説明する。縦軸の判断基準。星占いは、信じません。「強固に反対」51.宗教なしでモラルになりえません縦軸の判断基準。日本が、反証例。新渡戸稲造の「武士道」の頭に、書いてあります。「強固に反対」52.チャリティーは、深刻な障害者には、支援する手段として、社会保障より良い。横軸の判断基準。チャリティーに期待するのは、少し現実性に欠けます。しかし、「チャリティーで駄目だから」という理由で、社会保障を増額せよ、というのも、おかしな話。社会保障は永遠に必要悪なのです。「反対」53.生まれつき、不遇な人々もいる。縦軸の判断基準。生まれた環境その他で、不遇な人はいるでしょう。「強く賛成」。54.私は、宗教校でない学校へ、子供を行かせたいとは思わない。縦軸の判断基準。これは、日本人には、あまり良い質問ではないですね。「反対」55.婚姻外の性交は、常に不道徳である。縦軸の判断基準。いやぁ、浮気は、時には許せるのですが、「不道徳」である事には、間違いないでしょうね。どんなに駄目な配偶者でも。「賛成」。56.真面目に愛し合っている同性愛カップルは、子供を持つ可能性から除外されてはならない。縦軸の判断基準。前提として、同性愛カップルは、鳩の価値観では、認められません。まして、そんな社会的に異形の者に子供を養育させるなど…勘弁してください。同性愛者は、隠れて愛し合いなさい。「強く反対」57.同意に基づく成人ポルノは、成人には、合法であるべきだ。縦軸の判断基準。当たり前。エロ本は駄目、というのは、著しく現実性を欠きます。間違いなく性犯罪が増えると考えますので、「強く賛成」58.同意する成人同士が寝室で行なうことは、州の関わる事ではない。縦軸の判断基準。アメリカでは、セックスに関して、厳しく律せられるというのが、よく分かる質問です。近親相姦等に対する刑罰は、かなり厳しいようです。まあ、あまりセックスを国にガタガタ言われるのも不愉快なので、「賛成」にしておきます。59.自然に同性愛の感情を持つ人間は、いない。縦軸の判断基準。これは、科学的に誤っています。人間の9割以上は、本性的に、異性愛と同性愛のファクターを持つ存在なのです。「強く反対」60.社会がセックスについて隠しだてしないことは素晴らしい。しかし、今日、それは度を越しすぎています。「隠し立てしない事が素晴らしい」という前提に反対なのですが、話の力点が、後半にありますので、「賛成」にしておきます。以上、終了。皆さんはどうでした?
2005.02.27
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昨日のテストを自分なりに振り返ってみました。どうしても、自分は「右翼」の自覚を捨てられなくて(諦めが悪いですね)今日のブログは、各問題(前半)に関して解説、意見を書いていきます。一応、鳩の日本語訳を付けておきました。読み易さに配慮し、英語の語順にこだわる積もりですが、どこまで続く事やら…「ここが君と違う」というような意見があれば、参考にしたいので、是非コメント下さい。1.もし経済のグローバル化が避けられないなら、主に、多国籍企業の利益ではなく人間性に資するべきである。横軸(経済系)の判断基準となるようですね。鳩は、「強固に反対」。企業に善性を期待するのは、愚の骨頂というもの。保護主義体制下においてですら、そんな商人は、生きていけません。サーヴィスを利潤に還元出来ない企業など、存在価値は皆無です。まして、競争の激しいグローバルな環境下において、「人間性」?バカも休み休み言え、といった感じです。2.正義不正義を問わず、私は常に祖国を支持するであろう。縦軸の判断基準。絶対主義は、コモン・ロー主義者の最も忌避する所。「強固に反対」です。3.誰も、自分の生まれた祖国を選べない。故に、それを誇りにするのは愚かな事だ。縦軸の判断基準。前後で、論理性が破綻しています。祖国を選べないからこそ、自分の身近を偏愛する、というのが自然な流れでしょう。故に、「強固に反対」。「誰も親を選べない。故に、親を誇りに思う事は、愚かな事だ。」と、還元すれば、その論理の破綻がよく分かります。4.他の人種と比較して、我が人種は多くの優れた資質を持っている。縦軸の判断基準。優性学的な「人種優性論」は、支持できません。しかし、後天的な文化面に関しては、優れた資質が多い人種だと思います。故に、「賛成」5.敵の敵は味方。主に縦軸、ですかな?国際政治においては、それは無いでしょう。ただし、切羽詰った状況下で、そう言うのは、惨いですね。故に、「反対」。6.国際法を無視する軍事行動も、時には正当化される。主に、縦軸の基準。当たり前。超法規に値する法なし。されど、法の連続性に最大限の配慮を払うべきなのは、名誉革命の精神。仏蘭西革命のような純粋なる邪悪を許容する事は出来ない。故に「賛成」。7.今日は、情報と娯楽の間には、懸念すべき融合が存する。縦軸の判断基準。大いに、懸念はします。しかし、近代社会において、大衆という物を放置する事は、不可能であります。報道機関も、商売である以上、仕方が無い所もある、故に、「賛成」8.結局人々は、国籍よりも社会階級で分類される。主に縦軸の判断基準。断じて否。それは、シナの上流階級を見れば、一目瞭然。「民度」はカネでは買えません。故に「強固に反対」。9.インフレ抑制は失業対策より重要。横軸の判断基準。当然です。失業対策は、「資本」としての「労働力」のリサイクルに過ぎません。「自助努力」の低下を促す可能性すらあるのですから、国策として、こんな物に多大なカネを使うのは馬鹿げています。過度のインフレの後にあるのは、「大恐慌」。「普通の人」が、路頭に迷わない環境を整備すべきです。故に「強く賛成」10.企業が任意に環境を保護するとは期待することができないので、規制を加えるべきだ。主に横軸の判断基準。当然ですね。企業に「任意に」期待する等、現実的ではありません。「環境対策」も、売名という、サーヴィスでなのでありますし、又、そうでなくてはなりません。故に、「強く賛成」11.「能力に応じて、から必要に応じて」は、基本的には、良い考えである。(訂正)横軸の判断基準です。マルクス主義のスローガンにこのようにあるようです。マルクスは、不倶戴天の敵。「強固に反対」です。12、我らが社会における、憂うべき現実であるが、飲料水のような生活必需品が、ビン詰めで、商標付きの消耗品となっている。横軸の判断基準。基本的に、憂うべき事ではありません。需要があるから、供給があるのです。しかし、ミネラルウォーターの過剰な激戦には、少し眉をひそめている鳩です。故に、「反対」にしておきましょう。13.土地は、売買の対象物とすべきではない。横軸の判断基準。今時、こんな事を言う人っていますかね?「強固に反対」14.憂うべき事だが、多くの個人資産が、ただ、金銭を投機するだけで、社会に何の貢献もしない人々の手により、形成されている。横軸の判断基準。これまた、「論理矛盾」ですね。投機は立派な社会貢献であり、資本主義の基本ですね。鳩は、賭け事臭くて、好きではないですが、それが資本主義。「反対」にしておきましょう。15.貿易において、時には、保護主義は、必要である。横軸の判断基準。これは、「賛成」にしておきます。弱者の自己防衛手段として、否定する道理はないですから。ただ、本来、好ましくない体制である事は、強く認識すべき。16.企業の唯一の社会的責任は、株主に利益配分する事である。横軸の判断基準。「唯一の」という言葉がネックですね。9割方は、そうなんですけど、やはり、資本主義に資するという前提でなくてはならない。「唯一の」ではありませんので、「反対」。凄く気持ち悪いですが。17.金持ちに対しては、課税額が高すぎる。横軸の判断基準。日本の事に関して言えば、そうですね。まあ、法外に高すぎる、という事はないと思うので、「賛成」にしておきます。18.支払い能力を備えたものは、高水準な医療を受ける権利がある。主に横軸の判断基準。これも、当たり前です。医療とて、ビジネスです。「基礎的レベルは、保障された上で」と解する事が出来るので、弱者排除には当たりません。手術するにも、カネがかかるのは、常識。否定する人は、医療の質的低下に配慮する事の出来ない人でしょう。故に、「強く賛成」19.政府は、大衆を誤った方向へ導く取り引きには、刑罰を科すべきである。これは、主に横軸、でしょうか。うーん、日本の場合、法律体系がそうなっていないから、「政府としての正義の基準」が、非常に薄弱なんですよね。もっと、ビシッと「政府としてはこうだ」という意見が欲しい所です。ただし、刑罰を科するには、やはり、相当な根拠が必要でしょう。「反対」にしておきます。20.純粋なる自由市場においては、略奪的な多国籍企業が、独占体制を構築する能力に、制限を加える必要がある。それは、そうでしょうね。「独占」は、よくありません。もっとも、「純粋なる自由市場」という前提でのお話ですが。「強く賛成」です。21.市場が自由であればあるほど、人々は自由である。横軸の判断基準。基本的な方向性は間違っていませんが、両者が単純に正比例するかというと、そうではないでしょう。やはり、様々な障害要因にナイーブになっては、いけません。とりあえず、「賛成」にしておきます。22.中絶は、母体の生命が危険に晒される場合を除いては、常に違法であるべきだ。縦軸の判断基準。中絶には、鳩も反対の立場ですが、「常に」という言葉が、またもやネックですね。ここは、「賛成」にしておきます。23.全ての権威は、疑われるべきである。縦軸の判断基準。権威という物の価値自体は、疑うべきではありませんが、各個、権威の本質を疑う事は、権威に資する事です。「強く賛成」です。24.目には目を、歯には歯を。縦軸の判断基準。応報刑論の、基本的スタイルですから、日本の刑法体系にも合致しますので、賛成ですが、当然ながら、「ヤクザの法理」にならないように、修正が必要です。故に、「賛成」。25.商業的手法で生存出来ない、全ての劇場、博物館の底上げをすることを納税者に期待してはならない。横軸の判断基準。採算の取れない所は、つぶしてしまいなさい、という事です。資本主義のルールとしては当然ですが、やはり、若干の修正は、必要でしょう、ということで、「賛成」にしておきます。26.学校は、授業出席を強制してはならない。縦軸の判断基準。「school」ではなく、「university」ならば、反対の余地もありますが、初等教育は、強制されるべき、詰め込みでやるべきです。「個性」は、そんな物では、死にません。鳩が自らの体を持ってそれを証明しています(笑)故に、「強固に反対」27.全ての人が権利を有する、しかし、我々全てにとってもっとよいのは、様々な人々が、自分の立ち位置を守る事である。縦軸の判断基準。天賦人権論は、本質的に賛成出来ないです。法は、作るものではなく、発見するものです。ですが、後半部分の多様性重視の視点は、支持できます。「賛成」。28.良い親は、時々子供をぶたなければなりません。縦軸の判断基準。そうですね。「良い親」と「頭のいい親」は、違います。全ての「良い親」が、子供を説得できるのでしょうか。そうは、思いません。特に、高い教育を受ける子供は、口達者で、知識もそれなりに高いです。こちらが、さらに高い知識で、反論をすれば、彼らは、無自覚に詭弁を正論と勘違いして、反論する術を覚えます。又、説得出来なければ「やらなくていい」と捨て台詞を吐く親は、必ず子供を駄目にします。もっとも、体罰は、最後の手段であります。「時々」と入っている事から、「強く賛成」29.自然なことだが、子供は親に隠し事をする。縦軸の判断基準。当たり前です。エロ本は、隠れて読まなければなりません(笑)ただし、親としては、「隠し事はいかん」という態度を貫きましょう。「強く賛成」ですね。30.マリファナは、合法化されるべきだ。縦軸の判断基準。何をかいわんや!毒性が弱いとは言え、麻薬は、麻薬。「強く反対」ああ、疲れた。今日はこの辺にしておきますね。やっぱり、大学受験の頃の事を思えば、大分、英語力が落ちていました(泣)
2005.02.26
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色々なサイト様で話題になっております、Political Compassのテストをやってみました。http://www.politicalcompass.org/流石に、鳩はどう見たって右翼でしょ、友人から「国粋主義者」の称号を与えられているんだもの(実際は、国粋主義者ではありません。立憲君主制推進派です)、右翼と出なけりゃ、涙ちょちょ切れるってもんよ(失礼、下品ですね)と思いつつ、英文の質問に答えていきました。出た結果は…経済観の右翼度数/0.38 権威主義度数/0.97少ぉぉしだけ、権威主義右翼なのですが、トニー・ブレアにすら、右翼度完敗。普通に中道の人間であるようです。少なくとも、うるさいほど社会における「階級」の大切さ、法学における、コモン・ローの正統性を説いている鳩としては、驚きを通り越して、挫折感しかないのですが…もっとも、西洋における、右翼という物は、「セックス」と「宗教」に関しては、極めて厳格でありますから、その点を差し引いて考えねばなりませんが、それにしても、こうも完璧に「中道」だとは…。産経新聞が自らを「世界的には、中道左派」というのも、何となくわかりますね。又、権威主義という点に関しても、もっと、数値が出る物と思っておりました。鳩は、自らをエリートの落ちこぼれであると認識していますので、一生、現場のトップで生きていきたいと思っていますが、世渡りの上手な人、偉い人には、どんどん出世してもらいたいと思っています。ただし、権威は、絶対主義で無い限りにおいて、権威足りうるわけで、「権力は腐敗する、絶対的権力は、絶対的に腐敗する」の法則は、権威にも、正当化されるべきだ、その例外を除いては、権威は、人間評価の重要基準である、と考えています。やたらと権威を忌避する者は、鳩の経験則上、自分が権威主義者である事を自覚していない(早大法学部のM教授のようなタイプ)か、ルサンチマンの塊になっている人種であるかのどちらかである、と考えます。こういう考え方は、一昔前なら、「権威主義の走狗」とか、言われそうなんですけどね。まあ、日本の左翼というのが、いかに左翼の王道から外れているか、という事が、よく分かるテストでした。もっとも、真性の左翼は、どこの国でも、もう希少人種では、あると思いますが。
2005.02.25
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テレビ朝日では、昨年の「エースをねらえ!」に続いて、今年は、「アタックNo.1」をドラマ化するそうです。いや、古いアニメのドラマ化自体には、全く異論御座いません。ですが正直、「来るんじゃないかなぁ」と思っていた所に、ドンピシャで来るとは…笑い転げました。数年前から、ドラマや歌の世界で、「リバイバル」ブームがあるわけですが、このブームは、存在そのものがリバイバルな鳩としては、ちょっと複雑な心境です。本来なら、原作を読み、しっかりと作品の価値を確かめてから、ドラマを見て欲しいと思うのですが、おそらく多くの人は、そうではないと思われます。ですが、「白い巨塔」のような、高度に文学性のあるドラマは、特に、裏方の仕事を考察しながら見なければ、「医者ってサイアク~」で終わってしまいます。そうなれば、そのドラマを見る価値は、半減どころか、話の種程度のレベルにまで、低下するでしょう。そして、「それでもいいもん」という人は、芸術という物に対する、真摯な態度を欠いていると言わねばならない。そんな人は、態度を改めない限り、一生、芸術の価値を知る事は、ありますまい。さて、「アタックNo.1」は、バレーボールのスポ根モノなのですが、主演がまたもや、上戸彩さん。これは、どう考えても、絶対にミスキャストです。上戸彩さんは、かわいらしい中に、何かしら芯の強い物を感じさせるキャラクターですので、スポ根モノ自体には、向いているキャラクターであると思います。(「エースをねらえ!」は良かったと思います。)ただし、バレーボールという球技を少しでもやった事がおありの方なら、彼女の体格では、レシーブすらまともに出来ないであろう事には、すぐに気付くでしょう。バレーボール日本代表の面々を見ても、身長にして170cmは無いと厳しいですし、痩身でありながら、手足に筋肉のついた、体形で無いと、著しく現実性を欠きます。では、何故、テニスは良くて、バレーボールでは駄目なのか。それは、単純に、バレーボールは、力の球技である、という事に尽きるでしょう。日本代表がなかなか勝てない一つの要因は、これが原因だと思います。加えて、話の設定として、「エースを狙え!」は、普通の体格の女の子が、「技のお蝶、力の緑川」を目標とし、ライバルとし、それを凌駕するという設定でありますから、普通の体格でいいのです。まあ、出だしから、マイナス要素があると思いますが、どういう作品に仕上がっているのでしょうか。楽しみに待つとしましょう。
2005.02.23
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今日の朝日新聞神奈川版29面で、加賀まりこ女史が、大下容子アナの「控えめな可憐さ」について、コラムを書いておられました。成る程、と思いましたが、正直な所、賛同は出来ません。アナウンサーやコメンテーターというものは、正論と正論で、意見を戦わせるべき存在であり、水商売のネーチャンではないのですから、控えめであると、困るのです。鳩は、男性でも女性でも、「弱さ」を公的に露呈する人は、好きではありません。少なくとも、そういう人を部下には持ちたくないです。(大下アナがそうだと言っているわけではありません。一般論として、です。) 基本的に生物には、本能として、「弱さ」を無意識に隠す傾向があります。これは、当然の事ながら、「弱者」は、究極的には、絶滅するからであり、天敵にその弱点を察知されないようにする為です。ところが、社会が複雑化していくにつれて、そうではない事が起こってくる、それが「憐憫」という感情です。傷つき、弱った者を思いやる心、これは、高貴な心的要因と判断していいでしょう。そして、この高貴な人の善意を逆手に取るのが、「弱さの露呈」です。もっとも、その全てがいけない、と言うのではありません。状況的に「弱さ」が致命傷になるかもしれない、そういう状況で「助けて」と叫ぶ事、身内や仲の良い人と弱さをカバーし合う事等は、道理として当然です。しかし、原則的に、弱さの露呈には、何らかの戦略が隠されている、と見るべきだ、そして、それには、最大限の警戒感を持たなくてはならない、というのが、鳩の考えです。弱い事自体よりも、「弱い事は、恥ずべき事だ」という、精神性が喪失される事の方が、問題であると思います。鳩自身、心身ともに、それほど強い人間ではありませんが、鳩のような、無能な弱者でも、仲間の盾になってやるぐらいの事は、出来ると思います。人が、人である為には、高貴な精神を失わぬ事が最重要でありましょう。
2005.02.20
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「古い奴だとお思いでしょうが、古い奴ほど新しい物を欲しがるもんで御座います。何処に新しい物が御座いましょう。生まれた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃぁござせんか。好いた惚れたと獣ごっこがまかり通る世の中で御座います。好いた惚れたは、元々、心が決める物。こんな事を申し上げる私も矢張り古い人間でござんしょうかねぇ」この台詞は、鳩の一番好きな歌の語りなのですが、ご存知の方は、いらっしゃるでしょうか。鶴田浩二氏の「傷だらけの人生」という歌の、語り部分です。味がありますねぇ。いや、まあ鶴田氏だから説得力があるという説は、かなり有力なのですが(笑)こういう台詞を暗記している鳩も大概に古い人間で御座いますなぁ。それにしても、世の中、各方面で、どんどん獣ごっこが進んでおりますね。「高貴でない自由は、如何なる野蛮よりも罪が重い」最近の世相を見ていると、その言葉の意味が、身にしみます。
2005.02.18
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今日の朝日新聞の社説で、「ゆとり教育の見直し」が取り上げられていました。鳩は、天声人語が好きですが、ここ数年の社説の「詰めの甘さ」は、見るに耐えません。ある意味、大学生の即レポ(授業時間内に書かされる、短いレポート)よりも、酷いです。(夕刊の「素粒子」は、論外。筆者は、機知に富んでいると自画自賛しているのかもしれないが、およそ知性ある人は、かのコラムに4コマ漫画程の価値も見出さないでしょう)何故、そうなったかというと、新聞に掲載されている数字や情報だけを鵜呑みにして、識者の論文を比較検証し、自分で調べるスタンスが欠如しているからです。例えば、ゆとり教育の事を挙げるなら、・憲法上は、教育をどう扱っているのか・「ゆとり教育」推進派は、今の流れでどういう論理構成をしているのか・所謂、保守派論客の中にも、「ゆとり教育推進派」はいるが(渡辺昇一氏等)、そういう人たちの論拠は、いかなる所にあるのかという事ぐらいは、調べておくべきでしょう。そういう事をしておかないと、文章の中から、無知がこぼれ出して来ます。無知なのは、人間の性ですが、無知を恥じない人間は、サルと同じです。 さて、これが今日の社説。(http://www.asahi.com/paper/editorial.html) ■中教審――学校にこそ「ゆとり」を 中央教育審議会の総会で、中山文部科学相は「ゆとり教育」を柱とした今の学習指導要領を見直すよう求めた。 どう見直すべきかは示さなかったが、中山文科相は就任以来、土曜の授業を認めるほか、教科を横断する総合的学習を減らし、国語や数学などの時間を増やしたいと述べてきた。これらが論議の的になるだろう。 「ゆとり教育」は誤解を招きやすい言葉だ。この理念が打ち出されてから、すでに10年以上たっているが、いまでも「ゆるみ教育」との批判もある。 詰め込み教育への反省に基づき、教える内容を絞って、どの子にも基礎学力をつけさせる。知識だけを重んじることを改めて、考える力や自発的に学ぶ態度を身につけさせる。個性を重視する。 それが「ゆとり教育」の理念だ。変化の激しい時代を生き抜くにはそうした学力が必要だ、という考え方は間違っていない。問題は、その目標が達成されたかどうかである。 昨年暮れに公表された二つの国際調査では、むしろ後退した姿が浮かび上がった。読解力や応用力が低下した。学力の格差も広がった。教科への興味や自宅での勉強時間など、学ぶ意欲を示す数字も先進国の平均を大きく下回った。 学力低下は最近のことではない。文科省が3年前に実施した小中学校の学力テストでも、問題の文章が長くなると正答率が下がり、公式を理解していないなど、考える力の低下が目立った。 理念は正しくても、その実践は失敗だったといわざるをえない。文科省も中教審も、その事実を認めることから始めなければならない。 自ら学び、考える力を養うために、学校は創意工夫をこらすことが必要だ。そう中教審は何度も答申してきた。 創意工夫には自由と裁量がなければならない。しかし、文科省が学校と教師をしばりつけてきたのが現実である。 授業時間も教える内容も、学習指導要領で細かく決められている。文科省や教育委員会から頻繁に指導があり、報告も求められる。学校に「指示待ち」と「横並び」がはびこったのも無理はない。 見直すべきは、上意下達で学校を振り回してきた教育行政の仕組みそのものである。教師が子どもたち一人ひとりに目を配り、教え方や内容を工夫する。そうした「ゆとり」を今こそ学校に与えねばならない。 文科相がいうような授業時間の変更などは小手先の対策にすぎない。しかも、それを全国に画一的に押しつければ、また学校が右往左往するだけである。 今回の中教審総会では、自治体と文科省などが鋭く対立した義務教育費の国庫負担についても審議を求められた。「ゆとり教育」とともに、これも今秋までに結論を報告することになる。 二つは別々の問題ではない。子どもが育つ学校や地域に教育をゆだねるかどうか。問われているのはそのことである。この社説を見るに、まず、「詰め込み教育」の何がいけないのか、という点に関して、議論できていません。「そんな物は議論以前の問題だ」と言いたいのでしょうか。それは、余りにも言論を扱う者としては、無責任です。少なくとも、ゆとり教育反対論者の多くは「詰め込み教育復活論者」のはずです。その人達は、前提段階から、納得出来ない所なのですから、最低限、問題の所在ぐらいは明確化しておいてもらいたい所です。>詰め込み教育への反省に基づき、教える内容を絞って、どの子にも基礎学力をつけさせる。知識だけを重んじることを改めて、考える力や自発的に学ぶ態度を身につけさせる。個性を重視する。 それが「ゆとり教育」の理念だ。「基礎学力」をつける目的で、初等教育があるのは、自明です。還元すれば、子供に「考える力」や「自発的に学ぶ態度」を身につけるための基礎段階として、「初等教育」が、あるわけです。計算がろくに出来なければ、数学をやっても、楽しいはずが無い。漢字が読めなければ、本を読んでも面白いはずがない。そういう本末転倒を惹起している事に対し、「理念」にこだわるのは、子供を苦しめる事ではないでしょうか。子供を首実検にするほど、日本の労働資源は、潤沢にはありませんよ。>文科省が3年前に実施した小中学校の学力テストでも、問題の文章が長くなると正答率が下がり、公式を理解していないなど、考える力の低下が目立った。教育現場にいない人の、典型的な詭弁です。「公式」は、「理解するもの」ではなく、「覚えるもの」です。「ぞ・なむ・や・か・こそ」と何とかの一つ覚えのように覚え、中学生なら、動詞の活用ぐらいは、口をついてスラスラと言えなくてはなりません。鳩は、理数系を教えていますので、中2生を相手に「公式の大切さ」を教える上で、こんな例題を出してみます。・二次方程式の、解の公式を導け。・一辺の長さaの正四面体の高さ、辺の中点連結線分の長さ、正四面体の体積を求めよ。どうでしょう。前者では、平方完成の知識が無いと導けませんし、後者ですと、三平方の定理を理解し、そこそこ骨の折れる計算をしなくてはなりません。ここで、生徒達は、「公式暗記」の大切さを認識しますが、もっと言うと、球の体積等は、積分の知識が無いと導き出せないので、99パーセントの生徒には、「理解不能」です。こういう、「理解出来ない物は覚えなくていい」という間違ったメッセージ(現実的には、そう言っているに等しい)こそ、学習意欲の異常な低下に繋がっているのは、「現場の声」として、言っておきたいと思います。>創意工夫には自由と裁量がなければならない。しかし、文科省が学校と教師をしばりつけてきたのが現実である。 授業時間も教える内容も、学習指導要領で細かく決められている。文科省や教育委員会から頻繁に指導があり、報告も求められる。学校に「指示待ち」と「横並び」がはびこったのも無理はない。 見直すべきは、上意下達で学校を振り回してきた教育行政の仕組みそのものである。教師が子どもたち一人ひとりに目を配り、教え方や内容を工夫する。そうした「ゆとり」を今こそ学校に与えねばならない。日○組応援?とかいう、下衆の勘繰りはしないでおきましょう(笑)当たり前ですが、日本の高度経済成長を支えたのは、この制度です。当時は、中卒者が普通に就職する時代でしたから、それぐらいの年齢で、一人前に仕事出来る能力を付けさせる必要から、初等教育に関する密な連携が出来たわけです。故に、この制度は、初等教育の底上げという目的では、強ち不合理とは言い難いと思います。それが嫌ならば、私立の学校法人に就職すればいいだけの話で、公立高校にそういった議論を持ち込むのは、お門違いも甚だしいという物です。教師の能力や信条によって、生徒が影響を受けることが容易に想像されるような環境を創造するのは、得策とは言えないと鳩は考えます。
2005.02.17
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昨日、父が訪ねてきました。いつも訪ねて来る時は、フラッと訪ねて来るもので、鳩:「来る前ぐらい、連絡しとかんと、あかんがな。おらへんかったら、どないすんねん。」父:「かめへん。鍵持っとる。」と、毎回同じ挨拶になるわけです(笑)還暦を過ぎた父は、老化して、記憶力や風体は完全に老人の領域に入りつつあります。元々、仕事しか頭に無い人でしたので、趣味は無し、息子の鳩に対し、愚痴る事はあっても、本気で怒った事は、数える程しかありません。 そんな父に対し、思えば、鳩はエディプス・コンプレクスの塊のような青春時代を送りました。何よりも、その威厳の無さは、本当に鳩を苛立たせましたので、高校時代は、「父のような人間だけには、なりたくない」と、反抗に反抗を重ね、父親の存在意義を本気で疑った事もあります。(思えば、罰当たりな事をしたものです)今でも、鳩は、母程には父の本当のありがたみを、理解しているとは言えないと思います。ただ、離れて暮らしてみると、最近では何となく、昔の父の事が思い出されるのであります。 父は、鳩に負けず劣らず理屈っぽいが、優しさのある人でした。その優しさの典型が、鳩の小学校受験の時、母が家に置き忘れた願書を仕事人間の父が、上司に頭を下げて取りに帰り、無事提出できた、という話です。鳩は、大分後にその話を聞いたのですが、その父の優しさには、感心させられました。父の行動が無ければ、鳩の人生は大きく変わっていた事は、間違いありません。今日、父は帰りました。母と一日も長く、幸せに過ごして欲しいと思います。
2005.02.16
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今日は、休憩時間に仕事場からアクセス。短めに、また軽めにいきます。今年も来ましたね、ヴァレンタイン・デイ。塾講師なんてやっていると、結構沢山たまるんですよ。(いや、自慢する所じゃないですから(笑))義理なら別にいいのですが、複雑な年頃の乙女達を相手にしていると、そうでもないのがあったりして、熱烈なレター付きのチョコレィト等、頂いてもねぇ、こちとら、羽目を外す年齢でもなし…第一、鳩は年下好みじゃありませんから、残念!(別にギ○ー侍をパロったわけではありません。鳩の感覚では、Y倉R子やK川Rでも、年下なのです(笑))まあ、そういうわけで、今年も沢山頂きました。うん、感謝。でも、前もって言ってあったように、返さないからね(笑)ああそれにしても、正直な所、相棒欲しいです。30~40代限定で(笑)ホスト?それは、天地がひっくり返っても有り得ません(笑)新宿に行くと、よくスカウトされますけど、いくらオバサン好きだからって、水商売はやりませんから!何か、かなり壊れている今日の鳩ですが、どうも男と女の釣り合いという物は、神の意地の悪い配剤としか思えませんね。どうして興味のないタイプばかりがよってきて、本命が来ないのでしょう。釣りと同じ。外道ばかりで、ろくなのが釣れた試しがない。うまい釣り師に相談してみるかな(笑)
2005.02.14
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朝一で、行って参りましたよ。応援。頑張って受かってくれ~頼むよ!!そして、いつの間にか、30000件ヒットです!皆様、有難うございます。30000件目のお客様は、aki様のようです。メールのボックス確認していませんでしたので、ご連絡遅れました。御免なさい。それにしても、喧嘩の日にヒット数が凄く増えているようで…火事と喧嘩は何とやら…まあ、これからも一つよろしくお願い申し上げます。さて、ビデオに録画してあった、今日のサンプロを見ると、野田聖子議員が、出演しておられました。保守派の女性議員は、最近増えてきましたが、この方もその一人。少子化に関して、「母子福祉政策ではなく、労働資源確保の問題」と明言されていましたが、女性がこういう事を言える様になったのも、社会の風潮が変化しつつあるのだなぁ、と感じました。全くその通りで、法律上、福祉は弱者救済の為の投資と考えられ、人権配慮の観点から議論が進められがちですが、政策的に見れば、資源、材の安全確保という目的以外の何物でもない。故に、「税金の無駄使い」が不当である根拠は、「国民の供託、信頼に背反する」という事よりも、資源の浪費、材と財の安全性に対する侵害以外の何物でもありません。「少子化問題」も、材の問題として、議論すべきなのは自明であるにも関わらず、長年、人権への配慮と家庭への不干渉という観点から、エンゼルプランのような、貧相な提案しか出来なかったわけであります。 この問題を語る上で、婚外子の問題についての議論は、避けて通る事が出来ません。保守派の鳩は、道徳的に、左様な物を認める事は出来ない。しかし、労働力確保の為の特例措置として、之にも同様の手当てをするしか、方法は無いでしょう。ただし、この特例措置は、婚姻制度の形骸化を免れません。これにより、財産関係の点で、様々なトラブルを引き起こしやすい事は、自明であり、又、血統を重視するという日本民族の伝統にもそぐわない事であります。そこで、この特例と併せて、三人以上、20歳以下の子を持つ、家庭(当然、内縁関係は含まない)には、国家からの特別手当を支給して、婚姻制度の正当性を担保してはどうでしょうか。何れにせよ、婚姻外に子を作る事が、不道徳であるという価値を国家が示しておかねばなりません。若くして、間違いを犯した者には、反省を促し、分別ある年齢で間違いを犯した者には、厳しい世間の寒風を感じて頂く事で、規範の鼎立を図っていってはどうでしょう。 さて、これは農業で言うなら、種籾の注文に関する議論であり、納期は、来年の事になります。しかし、今年の種籾は、現実として不足しており、その種籾をどこから調達するか、という議論も当然ながら重要です。現在考えられる唯一の方法は、労働力の輸入、即ち、移民政策です。しかし、この政策の問題点は、彼らはすぐに増えるが、必要なくなった時に、「出て行け」とは言えないという事が一点、移民とは、直接的には、「近隣諸国(シナが大半)」を指すと思われるが、政治的パワーの一端となりがちであるという事が一点、更に、治安や教育レベルの低下、ひいては、国庫からの散逸財の増加は、容易に予想される点が一点。上記三点が大いなる問題点となりましょう。最近では、アメリカ等と比較する話が出ていますが、このブログで何度も指摘してきました通り、アメリカは、一般には、多様な価値観の存在を認めながら、権力には多様な価値を認めない、即ち「差別化」の網が、社会全般に何重にも張り巡らされて、その上で移民を受け入れています。ですから、当然、比較的裕福で、教養、目的意識のあるヨーロッパ系の移民の中には、数世代でそれなりに出世する者もおりますが、カリフォルニア周辺のメキシコ系移民の実態を見れば、アメリカが如何に移民を冷遇しているかをつぶさに見る事が出来ましょう。(彼らは、黒人のような組織力も持っていないので、より弱者である)日本が、それぐらいの強力な差別的対応を取るのは、不可能に近く、故に、鳩は移民政策には反対します。勿論、代案など考えも及びません。しかし、ここ二十年、壁を高くして、「苦難の時代」を耐える減反政策の方が、リスクの大きい移民政策より害が少ないのではないかと思います。お年寄りにも働いて頂くしかないのでしょうかね。
2005.02.13
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いやー、明日ですよ、明日。入試。緊張して眠れそうも無い…(涙)正直、自分の入試では、こんなに緊張しませんでしたよ、ええ。鈍かったと言えるかもしれませんが(笑) 今日は、何を書こうかな、と思っていたら、修理に出していた万年筆が返ってきました。 手帳用に使っており、以前、紹介しました、普段使っているシナ製の万年筆とは別なのですが、大橋巨泉の「はっぱふみふみ」で一世を風靡した、あの、エリートSです。亡くなった祖父が、愛用していた物ですが、メタルボディで、一般的に流布した、黒のプラスティックタイプとは違って、値段も格段に高かったそうです。ペン先は18Kで、かなりかため。当時、サラリーマン・学生の間で、こういうショートタイプ万年筆が流行りで、セーラー社やプラチナ社からも同タイプの万年筆が出されたようですが、やがて70年代に入ると、油性ボールペンが主流になり、万年筆は、オブジェとしての価値しかなくなり、実用向きの不恰好な万年筆は、姿を消していったようです。まあ、鳩は中学時代から、これを使っていた、極めて稀有な存在なわけです。(でも、確か「ドラえもん」の「しずかちゃん」も、万年筆使っていませんでしたっけ?)何がいいんだと言われても、之ばかりは、慣れの問題としか答えようがありません。昭和の前半までは、「文字を書くときは、筆で」というこだわりを持った人がかなりいたようですが、それと同じで、文字の書き易さという点で、慣れれば万年筆の方がボールペンより書きよいのです。というのは、万年筆は、ボールペンと違って、人の「握り」の癖が付き、ペン先が自然とそれに合わせてたわみを持ち、摩擦で削れてくるからです。センター試験の前は、鳩もボールペンを使いましたが、指がガチガチになって、肩凝りも酷い物でした。(センター試験自体は、シャープペンシルか鉛筆です。苦労しました。)ただし、万年筆の致命的な弱点は、文字以外に使いようが無いという事。線や図を書くときは、常にペン先の方向を気にしなければなりません。思考に集中できないというのは、学生にとっては、かなりデメリット。さらに、暫くキャップを外して置いておくと、すぐに書けなくなります。水性ボールペンでも今時は、一日ぐらい放っておいてもどうという事はありませんが、万年筆の場合、暖房の効いた部屋で、講義ノートをとっていると、5分もしない間にペン先のインクの水分が蒸発して、書けなくなります。細字の速記用等は、特にかたまりやすいので、往生します。そして、何と言っても、手入れが大変。これについては、書く必要もありますまい。まあ、そういうデメリットは百も承知で万年筆を使っている鳩で御座います。やっぱり、酔狂な人間ですね(笑)
2005.02.12
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鳩は、あまりサッカーは詳しく知らないのですが、まあ、敵が北という事もあり、しっかりと見せて頂きました。それにしても、事前の予想とは大違いの接戦でしたね。まあ、勝って取り合えず万歳ということで。
2005.02.09
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慶応高校入試まで、一週間を切り、身も心もヘトヘトになりながらバイトを続けている鳩であります。さて、本日は、政党助成金という奴について書こうと思います。保守的スタンスの鳩がこういう事を言うことからして、結論はいつも通りなのですが、国会の茶番劇を新聞で読んでいると、馬鹿らしく思えてきます。「こちとら、政治家先生に聖人君子みたいに品行方正な態度を期待しとらんわい!下らん話に時間を割くな!」という感覚でして、読売新聞もそのような御主張の様子。まともな感覚を持つ人間なら、「もう政治とカネの話は懲り懲り」という所でしょう。政治に金がかかるのは、当たり前。というか、資本主義経済というのは、一種の博打のような物ですから、経済規模の維持の為には、その他の体制とは、比較にならない程、カネがいるわけですね。「無駄遣いなく、コツコツと」という、主婦の価値観では、国政は運営出来ません。今までのカネが無くなれば、活動規模を縮小しなければならない、それはどう考えても、ムリ。政治においては、規模の縮小は、対立相手の議席になるわけですから、こちらとしては、縮小率の二倍以上の損失になる。そういう「防戦型」の戦略は、大きな失敗はしないが、退潮は必然です。かつて、イギリスの二大政党の一つとして君臨した、「自由党」は、最盛期のグラッドストン的理想主義をひきずって、保守党に対し、防戦戦略で挑み、労働党の台頭とあいまって、勢力は、急激に退潮していきました。そういう事を、政治家の先生方が、御存じないはずはないのですから、助成金をポケットマネーにしておくはずがない。故に、そのカネは、なんらかの形で社会に還元されているのであります。もし、左様な事も許されぬというのなら、道義的非難ではなく、法案をもって為すべきなのは、自明です。それぐらいの覚悟をもって初めて、非難するに相応しいと言えるのであります。先述のイギリスの場合ですと、腐敗防止条例で細々と定め書きがあり、選挙は非常に質素ですが、立法もせずにグダグダ足の引っ張り合いをしていても、埒が明かないというものであります。1月27日には、東京高裁で、助成金に関する憲法判断が出ておりますが、こんな訴訟が通るはずもなく、政党助成法は合憲との判決です。当たり前ですが、こんな事を言い出すと、国会は命令委任でないと筋が通らなくなりますから、極めて妥当な判決だと鳩は考えます。 基本的に鳩は、政治家の先生方が金を使って下さる事に反対はしません。合法的な範囲なら、何をやって頂いても結構。というか、助成金如きのはした金で、先生同士が喧嘩しておられるのを見るのが、情けないです。もっと「国家の一大事」的なカネの流失、数十年単位の経済的損失は、山ほどあるわけで、そっちの方をしっかりと議論して頂きたいものです。小泉閣下を100%支持しているわけではありませんが、当分はしっかりと頑張って頂きたいと思います。
2005.02.08
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暫く更新していない間に、JSF様の所で、戦争があったようです。賞味期限切れとか言われるのは、百も承知ですが、微力ながら支援砲撃。 事実の概要の説明を致しますと、JSF様の「松代大本営での朝鮮人労働者の発言は、捏造かもしれない」という趣旨の主張に対し、米国自民党氏がこれを攻撃している模様です。まあ、主張自体は、別に否定しません。ただ、裁判云々のネタを出した事は穏当ではないので、批判しておきます。まず、当該意思がほとんど無いにもかかわらず、裁判云々を持ち出すのは、場合によっては、脅迫罪、さらに、その事によって、何かを要求する場合は、強要罪の構成要件に該当しますので、その点を一先ず警告しておきます。更に、>強制連行されたという証言をインターネットでも「嘘だ」と書く事はそれが事実なら名誉毀損に当たり、また死者についても名誉毀損で裁判を起こす事も可能である。強制連行云々の話は、「事実の公共性」「目的の公益性」の観点から、たとえ、私人による発言であったとしても、資料に基づいてその真偽を言う事に、違法性はありません。そもそも、「強制連行」という言葉自体にバイアスがかかっているのに、如何して、違法性を問う事ができましょう。 次に、故人の名誉毀損に関しては、「明白に虚偽事実」でなければ、裁判を維持できません。(刑法230条2項)本件の場合、「疑うに足る」という趣旨の発言を「虚偽」と取る事は出来ませんので、100%勝てない裁判をする事になりますが、まあ、お金の余裕があるなら勝手にどうぞ、というかんじです。>政治家と個人とでは名誉毀損は法的にも区別されているし、今回は明らかに安部氏の話に嘘がある。生兵法は何とやら、まさしくこれこそ名誉毀損のお手本です。法的に区別?それは、前述の「事実の公共性」「目的の公益性」の要件が免除されるだけで、「真実性の証明」は、必要要件なのですが。本件では、「疑わしい」以上の資料が、現状では無い故に、「明らかに…嘘」等と言うのは、相当な根拠に基づいているとは言えない、故に本件は、名誉毀損罪成立ですね。まあ、安倍氏がこんな事で、裁判を起こすとは、思えませんがね。
2005.02.04
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自分の試験が終わったと思えば、バイト先の塾では、入試前の追い込みでした。ブログ更新出来なくて御免なさい。本当に忙しかったんです。 さて、ブログを書こうにも、適切なネタが…ここ数日、新聞を読んでいなかったもので。いつの間にか、イラク議会選挙終わってますね。シーア派圧勝?そりゃ、そうでしょうな。三菱?知りませんよ、もう。三菱重工自動車部に戻ればいいんじゃないですか。(無責任ですね、すみません)と、たまった新聞(しかも読売と朝日)を流し読みした後、今日の新聞を読むと、面白い記事が。 福岡一家殺害事件の犯人に対し、シナの検察が無期のまま、控訴しない事を決定したそうです。死刑大国で、軍事市場として興味を持っているフランスでさえ問題視する程、お粗末な人権配慮の国が、4人殺害した犯人を無期ですか。まあ、彼らの感覚では、倭人を4人殺すより、暗黒組織や、麻薬密輸の方が重大問題なのでしょう。そう考えると、捜査段階での、当局の日本の警察への献身ぶりも、説明が付きますね。
2005.02.03
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