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さて、自民党の造反議員に対する処分が決定されましたね。いやはや、これはちょっと…「信長」を愛する閣下らしい行動ではありますが、残念です。ボクは、てっきり、頃合を見計らって引き上げがあるものとばかり思っておりましたが…しかし、これでは余りにも損害が大きいです。「刺客」と呼ばれた議員の方々は、正直申し上げて、政治的能力に関しては「造反組」に遥かに及びますまい。特にインテリ気取りの片○先生等は、一年生議員であるにも関わらず、鼻っ柱が目立ちすぎ、かと言って彼女の政策目標を見るに、大した物はない。元々、日本では態度の大きい人間は嫌われる傾向がありますが、実力が伴っていない人間は、どこの国でも、嫌われて当然です。(まあ、ボクも人の事を言えた義理ではありませんが(笑))よくて閣下の桂馬か香車、他の議員も程度としては、そうかわらないでしょう。要するに今回の処分は、飛車角を捨てて歩兵を大量取得するような物であり、後々、「造反組」の動き次第では、致命傷になるとも考えられます。元来、自民党は、派閥の協調という、半ば貴族制的な側面がありました。これは、「連合」よりも結束が固く、「独裁」のような、価値の固定もない。またお互いに助け合う、互助の精神、即ち平和主義にも合致する物である。自民党が、過去半世紀に渡り殆どの期間において「負けない」戦い方が出来たのは、ひとえに、この鉄壁の防御があればこそであります。この先、自民党が大勝大敗を繰り返すならば、組織の疲労が増加し、確実に勢力は減退していく事は、想像に難くありません。「風通しが良くなる」というのは、政治を知らない者の批判でしょう。組織と「風通し」のどちらが大切か、という比較は、「国家と民主主義と、どちらが大事か」という疑問に符合します。民主主義無くとも、国家は存在し得るが、国家なくして民主主義は存在し得ない。以上、証明終わり(笑)我々は、民主主義が、下からの風通しだけではなく、上からの暴風も強烈にする事を歴史に学ばねばなりません。さて、今日の産経新聞が産経抄で、非常に面白い論評をしています。(ボクも、こういう面白い文章を書けたらなあ、と常々思っておるのですがね。)>元政治記者の屋山太郎氏が奈良「正論」懇話会の講演で、小泉首相を受験生あるいは大学生にたとえていた。ほかの教科はダメでも一科目だけは百点をとる。カンがよく〇×問題は得意だが、小論文となるとさっぱりだという。言いえて妙であるまあ、産経新聞はどうやら今回の処分には「賛成」のようですが、このフレーズは正しいと思います。政治家のみならず、官僚や実務家に求められるのは、一般的には、「○×の正確さ」であり、小論文的な物は、学者の領域であります。俗に「論語読みの論語知らず」と言うように、学者的な人というものは、専門分野にある種の固定観念に近い物を持ち、長年研究してきた自説が他者にボコボコに叩かれると、爆発してしまう傾向の人が多いですが(特に日本では、講座制の名残があって、派閥形成に陥り易い。政治の派閥は有益な事の方が多いが、学者の派閥など、百害あって一利なしである。)、小泉閣下は、まさしく「実務の王様」今までの政治化には無いタイプである事は、誰もが認める所でしょう。そんな閣下が今回の「選択肢」を誤っていない事を、彼の勘と運にかけて祈るだけであります。彼の政権ではなく、自民党の為に。
2005.10.30
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大学の学生論文に載せる顔写真を撮ってもらったのですが、それが今日出来上がったというので、取りに行ってきました。本格的なプロに撮って貰うのは、ほぼ、はじめてだったのですが、出来上がった写真を見て…コレ、ボクですか?いや、凄くハンサムなんですが。まさしく自画自賛(笑)店長さんがお出かけ中との事で、奥様が店番しておられたのですが、写真を見て、「男前ねぇ。緑の黒髪が似合う青年なんて、今時珍しいわね。私達の頃のジャニーズみたい」なんて言って下さるし。「私達の頃の」が余計ですよ、まあ、三田村邦彦だから、しょうがないか(笑)それにしても、4様もビックリのナイススマイル。流石プロですね。金をかけただけの事はあります。一般的に、駅等にあるスピード写真は、ホリが深く写る傾向があるので、撮影機を睨みつけた方が、外人っぽくて格好良く写るのですが、このおじさんの場合、顔の角度だとか、口許の事とか、随分と色々指示出ししてきて、「何だよ、うるせーな」とか思いつつ、言われた通りにしていたのですが、御見それしました。これ、とっておいて見合い写真にでもしようかな(笑)やっぱり、写真は芸術だと思う今日この頃…で、この秋の初コート!ついにコートの季節がやってきましたね。この日の為に、ボディを絞ってきたんだ!175cmで、55kgまで減量しましたよ。(正月、実家に帰ると、また60kgオーバーになるんだろうけど)ダークブラウンのハーフトレンチです。イェイ!寸胴体系では着たくなかったよ、トレンチ君。何かちょっとした達成感。もうすぐ、例の親父譲りの「西部警察 大門モデル」の紺のトレンチが登場です。今では偉そうな事言っていますが、父も案外ミーハーだったのかも(笑)
2005.10.27
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ハンセン氏病に関するトピックが、また新聞を賑わせています。同時期に出された2判決が、対立したからであります。さて、ボクのスタンスをまず語っておきますと、基本的に全ての問題の根源は「らい病学会」が、長年に渡りその伝染性その他について、事実とは異なる認識を示していた事にあると思われます。行政の対応も遅かったのは事実ですが、医学部、特に国立大学の医局制、東京大学法学部に残る講座制は、不当に派閥と権威の硬直化を生む悪弊以外の何物でもないと考えます。話がそれましたが、今日の朝日新聞の社説をまず御覧下さい。ハンセン病判決 旧植民地も補償は当然だ 日本が戦前、植民地支配していた朝鮮半島と台湾でハンセン病療養所に入れられた人たちも、ハンセン病補償法で補償すべきかどうか。同じ日に東京地裁で出た二つの判決で、結論が分かれた。 日本国内の入所者と同じように償うのが法の趣旨にかなう、というのが民事38部だった。民事3部は「国会では旧植民地への補償は議論されなかった」として、訴えを退けた。 同じように強制的に収容したのであれば、どこであろうとも、分け隔てなく公平に償うことが当然である。私たちは民事38部の考え方を支持する。 訴えていたのは、韓国の国立小鹿島(ソロクト)病院の117人と、台湾の楽生療養院に住む25人だ。植民地時代に入所させられ、今もそこで暮らしている。日本で01年に補償法ができたあと、厚生労働省に補償を求めたが、棄却された。東京地裁に訴え、別々の部で審理されていた。 台湾の入所者を審理した民事38部は「偏見や差別と隔離政策により患者が強いられてきた苦難を真摯(しんし)に受け止め、入所時期や国籍の制限なく網羅的に補償をするのが立法趣旨だ。台湾の入所者を除外する合理性はない」と述べた。 一方、韓国の原告を担当した民事3部は「法制定の国会審議で、旧植民地の入所者を補償の対象にするとの議論はなかった」と述べた。当時、旧植民地の療養所への認識がほとんどなかったのだ。 植民地統治下の療養所の実態を知るほどに、公平な償いが必要だという思いが強まる。 厚労省が設置した第三者機関「ハンセン病問題検証会議」が今年3月、厚労相に提出した最終報告書は、朝鮮半島でのハンセン病の入所者について、「日本国内の患者が受けたと同様の人権侵害だけでなく、植民地民族への差別による二重の人権侵害を受けた」と述べた。 強制的な収容と隔離、断種・堕胎、厳しい作業、監禁の脅しなどは、日本国内の療養所と共通する問題だったが、それだけではなかった。小鹿島では、各集落の詰め所にムチが備えられていた。クリスチャンだったため神社参拝を拒むと、気を失うまで殴られ、懲罰として断種された、という人もいる。 台湾でも、入所者は同じような状況に置かれていた。 日本によって、耐え難い苦痛を被った人たちである。せめて平等な補償を受けるのは、当然のことだろう。 たしかに、裁判所の判断は分かれた。しかし、訴えを退けた民事3部も「旧植民地の療養所を補償対象から除外するのが法の趣旨とまでは断定できない」とも述べている。 原告の多くはすでに80歳に達している。政府はこれ以上裁判所で争うことなく、旧植民地の人たちに早急に補償すべきだ。法を改正するまでもなく、厚労省の告示を変え、補償対象に旧植民地の療養所を追加すれば済むことである。(アサヒ・コムより引用)毎度の事ですが、新聞社とは思えない詰めの甘い論理構成です。ボクも、解釈論的に被害者救済は、是認されて良いと思いますが、こんな我田引水論理と同じに思われるのは、甚だ遺憾であります。特に、>クリスチャンだったため神社参拝を拒むと、気を失うまで殴られ、懲罰として断種された、という人もいる。という部分は、如何にも政治的な臭いがプンプンするのですが、それを臆面も無く(「という人もいる」という文言から察するに、どうせ裏も取っていないのでしょう。)書く神経は理解出来ません。まず、補償法のベースになった、熊本地裁判決を見るに、「ハンセン病予防という公衆衛生上の見地から、患者の隔離は許されるべきだ」としながら、「当時の医学的知見を総合すると、遅くとも六〇年以降は、ハンセン病は隔離しなければならないほど特別な疾患ではなくなっており、隔離規定の違憲性は明白になっていた」という論理構成であり、さらに、 国側の、提訴から二十年以上前の不法行為は賠償責任が問われないという「除斥期間」の適用の請求に対し、「除斥期間の起算点は違法行為の終了した(九六年の)法廃止時と解するのが相当」として、国側の主張を退けたものであります。要するに、1945年段階では、「不法行為」性を認められていないわけです。そういう判決結果から、国が「戦前」の事を考えなかったのは、若干軽率とは言え、自然な事ではあるでしょう。しかし、補償法においては、判決どおり、昭和35年以降の「不法行為」にのみ、補償を行うようにしておけば(普通に考えれば、当たり前の事です。)、今回のような騒動は起きなかったでしょう。そういう不法行為―補償の大原則を無視し、過去に渡って全て補償する、という法律を作ったものですから、尻拭いは自分達で、筋を通して守るべきです。しかし当然、その論理構成に「植民地支配」という所を徹底的に排除すべき事は、申し添えておきます。弱者が、下衆に利用されるのは、断じて看過してはなりません。
2005.10.26
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試験終了!!! ばんじゃーい!!!えー、行政書士試験受けてきました。手応えは…ぼちぼち。絶対防衛圏(合格ライン)は数値上クリアしているっぽいのですが、結果が楽しみ(はぁと次は「法学検定」という、何とも言えん試験が一ヵ月後にありまして、休む暇なく転進です。簿記検定は、諸般の事情により、次回に順延、代わりにと言っちゃなんですが、半年後にマン管試験を受ける事にしました。いやあ、資格、資格、刺客(笑)こんな事で、本命の現行試験パス出来るんだろうか。プライドにかけて、択一だけは突破したいのですが…(汗)試験も終わり、久しぶりに戦争反対テーマを見てみると…なんか凄い事になっていますね。いやはや…穏便にお願いしますよ、穏便にね。で、ちょろっと見てみると、「脅迫罪」なんて言葉が出ているじゃあ、ございませんか。某S氏様の行為が脅迫罪に当たる?という事を法律論的に立証なさろうとしておられる方がおられるらしい。随分と刺激的ですね。釣られてみましょう(爆)このお方(米国自民党氏)には、わざわざ前田先生の御本を読んで下さって、誠に恐縮なのですが、本件においては、発言の趣旨が「ピレネー山脈氏」ではなく、「ぼたんの花氏」に対するものである時点で、行為客体を「本人並びに親族の生命・自由・財産」に絞っている脅迫罪の要件に合致しない、と見るべきですね。即ちたとえ、「ピレネー山脈氏」と「ぼたんの花氏」が恋人どうしのような、親密な関係であったと仮定しても、脅迫罪の要件を満たしません。さらに某S氏様の言葉は「警察・弁護士に相談し、準備を進めている」とあり、仮にこれが一般的通念から「起訴準備を進めている」と取れるとしても、「不正事実を告白する」「起訴する」という、具体的行為と言うには甚だ薄弱であり、「一般人をして畏怖せしめる行為」とまでは言う事は出来ない。故に、二重の根拠で構成要件には、該当しないと結論付けられます。さて、このお方、さらに某S氏の行為が威力業務妨害罪の構成要件に該当する可能性があると主張されておりますので、これも明確に否定しておきましょう。ここで御本人のブログから引用させて頂きます。>業務とは「人が社会生活を維持する上で反復・継続して従事する仕事で、必ずしも収入を得る目的ではなくてよい」とされているからである。つまりブログ活動もそれが「人が社会生活を維持する上で反復・継続して従事する仕事」と認定された場合には、それに対する常識を逸脱した迷惑コメント及び迷惑トラックバックも偽計業務妨害罪にあたる可能性があるからである。ブログで商品販売や政治活動等を行っている場合には、それへの迷惑行為等は確実に構成要件に該当するのではないか。業務の定義は正しいですが、「威力」の定義づけがなされていませんね。「威力」とは、「人の意思を制圧するに足る勢力」を言います。さて、この「威力」に当たるとされた判例には、如何なる物があるか見てみましょう。・満員の大衆食堂で、ヘビ20匹を放した。・弁護士の鞄を無理やり奪った。・事務所に猫の死骸を放置した。 などなど…まあ、どれを取っても、「表見的かつ、一般人をして予想せしめぬ、畏怖若しくは加害を目的とする範疇の行為」ですね。然るに、掲示板に反論コメントを書く行為は、表見性の要件は満たすものの、「書くことを目的として開かれている」掲示板にコメントを書く事自体は、「一般人をして予想せしめぬ行為」ではありませんので、威力には当たりません。無論、内容に関する名誉権侵害の可能性については、否定しませんが、それは別の犯罪類型ですので、お間違いの無きよう。
2005.10.23
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小泉閣下が、靖国神社を参拝されました。「私的参拝」ということですね。まあ、最大限、特定アジアに配慮された形ですね。ボクは朝日と読売をとっているのですが、今日の朝刊にどういうコラムが出てくるかなぁ、と楽しみに待っていると、意外や意外、天下の読売が社説で「もっと丁寧に内外に説明を」ときました。内はいいとして、外に何を説明しろというのでしょう。「君達の出る幕じゃないよ」で、終了のはずですが。相手がそれをどうとるかという問題は、別の論題で、正当性はこちらにあるに決まっているのですから、一切説明等、必要ありません。説明するなら、あからさまに「説明してやる」という態度で横柄にやるべきです。日本人は、どうも控えめに行動すると、相手に細やかな気配りが伝わる「以心伝心」を尊重する風潮がありますが、強欲かつ厚顔無恥な相手に紳士道を期待するのは、豚が木に登るのを期待するが如しであります。歴史において、苦い経験があるのですから、いい加減、日本人もこの辺りに気付かないと、とんでもない事になるでしょう。さて、次にコラムを見比べて見ると、朝日新聞の「天声人語」は質が落ちたなぁ、と強く思います。小池氏(ペットボトル原爆の人です(笑))から、高橋氏に担当が代わっても、その「酷い」内容は、かわりませんね。>昨日、「小泉首相が秋の例大祭の靖国神社に参拝する」という速報を聞いた時、以前のような紋付きはかま姿の首相を想像した。実際には背広姿だった。一瞬肩すかしをされたような気がした。「内閣総理大臣 小泉純一郎」といった記帳はせず、本殿に上がることもなく、ポケットからさい銭を出し、礼をした。過去のような参拝は「公務」とした違憲判決を意識したのかも知れないが、すぐに疑問がわいた。装いは軽くても、現役の首相の参拝には違いない。水に隠れるのを水遁(すいとん)の術、火を使って姿を隠すのを火遁の術などというが、昨日のやり方は、いでたち、装いに隠れる「装遁の術」のようだった。作家の安岡章太郎さんの通っていた中学は、九段の靖国神社のとなりにあった。春と秋の神社の祭りでは、境内に大小様々の天幕が並び、サーカス団もやってきた。テントのかげに、肋骨(ろっこつ)がすけて見えるほどの老馬がつながれていた。いたいたしく見えた馬だが、いったん舞台に出ると見違えるようにいきいきとして、長年鍛え抜かれた巧みな曲芸を見せた(「サアカスの馬」『安岡章太郎集』岩波書店)。ひきくらべるわけではないが、昨日の首相に、制御のきかない暴走を連想してしまった。これまで「小泉劇場」の「小泉マジック」は、多くの人を引きつけてきた。それはそれで、首相独特の手法なのかもしれない。しかし、司法の違憲の判断をも軽くみているような姿に、「小泉サーカス」の危うさが際だって見える。かたくなな「信念」の行きつく先が心配だ。(以上、アサヒ・コムより全文) まず、前半後半で、内容に一貫性が無い。前半…「装遁の術」(小泉閣下の巧みさ・卑怯さ)後半…「サアカスの馬」(劇場型政治の暴走が心配だ)短いコラムの中で内容が変わるのは望ましくありませんが、内容が変わるのならば、「ところで」ぐらいの接続詞が入れられないものか。次に、「サアカスの馬」は、そんな趣旨の話では全然ないので、「ひきくらべるわけではないが」等と逃げ口上を使って引用するのは間違っています。範疇の違う話を無理やり引っ張ってくる事を「我田引水」と言うが、これは、まさしくその典型と言えましょう。「サアカスの馬」は、ひ弱で出来の悪い安岡少年が、この老馬に、自分の姿を投影して見ていたのが、舞台で次から次へと巧みに芸を披露する姿を見て、自分に夢と希望を抱く話であります。何処にも「暴走」等、出てこない。字数を埋めるために引用しているのなら、読者を馬鹿にしているとしか思えません。このように、素人が見ても主張以前の問題があるコラムを大学人が試験問題に引用するというのは、その大学のレベルも知れるというものでしょう。対して、今日の読売のコラム、「編集手帳」は、非常にまとまりがあり、ウィットにも富んだ、ものでした。>夏目漱石の「草枕」は「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた」と始まる。小泉首相も九段の坂をのぼりながら「こう考えた」かも知れない。「智に働けば角が立つ」。自国の戦没者をどういう形で追悼するかは国内問題である。よその国は靖国参拝にとやかく言うなかれ…という理知の筋論で割り切れば、しかし、角が立つのは目に見えている。さりとて、「情に棹(さお)させば流される」。中国や韓国の感情に手放しで同調し、筋論で譲れば、国内問題に口出しを許す前例をつくる。いずれは領土や資源でも言い分を押しつけられて、国家の足もとをすくわれないとも限らない。さりとて「意地を通せば窮屈だ」。意地を張って外交の近所づきあいを狭くするのは本意ではない。「さりとて」と「さりとて」のあいだを行きつ戻りつ、首相は昨日の参拝形式に行き着いたようである。正装に代えて仕事着のスーツ姿で訪れ、献花料ではなくポケットからおさい銭を納め、昇殿も記帳もしなかった。「智」「情」「意地」の三角形にぎりぎり描いた内接円が、ひとりの国民として――という装いであったのだろう。それでも反発する人はするのだが、中国や韓国の指導者にはぜひ、首相の気遣いにも思案を巡らせてほしいものである。紅葉の美しい秋、登りながら考える山路はあちらにもあるだろう。(ヨミウリ・オンラインより。一部改変)一言、お見事。草枕という、一見、何の関わり合いもない文学を趣旨と表現の二つに分け、趣旨をメインディッシュに真ん中に置き、最後の「紅葉の美しい秋、登りながら考える山路はあちらにもあるだろう。」で、「表現」の部分から、さりげない主張を垣間見せる…これが、文章を扱うプロの仕事でしょうね。主張自体は、極めて単純であるにもかかわらず、その情緒表現は、優れており、かなり日本文学の手法、文芸を知った方が執筆されたのではないかと愚考します。うーん、これは本当に唸らされました。
2005.10.18
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あー、取り合えず色々雑記です。最近、ネット上でひょんな事からとある宗教者の方と係わり合いになり、色々相手の方に出かけていって書いておるわけですが…なんかなぁ…「人には、それぞれ境遇、宿命がある」という事がお分かりにならないらしい。ボクは、会ってもいない相手を幸せにする事などできませんので悪しからず。http://blogs.yahoo.co.jp/s2tkc こちらですね。試験勉強…あと一週間!うん、何とか何とか。あとは、一般教養で取りこぼしの無いようにチェックだ!!!バイク…こわれた~(>A<)いやね、キックしてもかかりません。押しがけで、掛かったかと思ったら、しゅんしゅん…プルプル…バイクのピットインサービスに持っていっても、メンテのニーちゃん、「わかんねえ」とか言うし。一時間ぐらい、プラグとエアクリーナーのチェックしてたけど…明日にでもバイク屋にもっていくしかなさそうですね。恥ずかしながら…女装セット到着。マジかよ。実は、うちの大学には、文化祭イベント「ミス○○(大学名が入ります)」の裏イベントとして「ミスター○○」というのが、あるのですが、まあ、ネタのごたぶんにもれず「女装」勝負なんだな、これが。そして、我がゼミの不忠極まるゼミ員達が、勝手にボクの名でエントリーしてしまったというオチです(泣)先生も「見たいねー、ははは、似合うと思うよー」とか仰るし。おのれ、見ておれ、絶対にいやらしー罰を与えてくれる!!!で、ゼミ員の女の子達が、中古の化粧品を集めて送ってくれたというわけです。これから化粧の練習…何か…書いていて自分が悲しい…で、最後に…これやってみてください。ちょんまげ占い!http://www.remus.dti.ne.jp/~tshioiri/uranai.htmlボクは、八丁堀の旦那でした。やっぱり。お節介だし。
2005.10.16
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最近、バイクを購入しました。DT50という、ヤマハの15年ぐらい前のモデル。(原付免許で乗れる奴です)しかし、うーむ、どうも使い方が今ひとつ…勉強終わってから、夜の街乗りに出かけるのですが(だって、真昼間の交差点でエンストとか…恥ずかしい)、出だしが…おいおい、エンストか、というようなショボショボのトルクですし、トランスミッションの変換をミスって物凄い音が!!!タコメーターの数値がぁ~!!!しかし、エンジンブレーキ効かない…しゃーない、キルスイッチ、キルスイッチ。古いバイクなので、マフラーからもうもうと煙が上がり、オイルの臭いが凄いです。しかも、止まったのが駅前で、パチンコ屋のネーチャンがこっち見てるし。あの、ボク、暴走族じゃ御座いません。御免なさい(汗)うーむ、車では、自称公道の狼だった時期もあるのに、同じ機械でもこれだけ使いにくい物なのか、と辟易しております。スクータータイプは嫌!とか思って格好つけてミッション車にしましたが、オートマにすべきだった(泣)否、まだ車両が、ボクを拒んでいるんだ、よーし、口説きのセンスを…(違)兎に角、トランスミッションの変換がまだ全然分かりません。誰かバイクに詳しい人いらっしゃったら教えて下さいまし。あと、坂道発進でエンストしないで行くテクニック。坂道でエンストは、本当に死にます。重いバイクではないけれど、押しがけが出来ないから…それにしても、バイクって体感速度が凄いですね!!!ボクはまだ、45以上出しておりませんが、ちょっとこれ以上は今のところ、ムリ。ええ、追い抜いていってくださいな。ボクは法定速度遵守走行中です(笑)悲しいぐらい追い抜かれていきます。パトカーのお巡りさん、夜遅くご苦労様です。そんなにジロジロ見なくても、スピード守ってますから!それとも、ボクが交番の前の写真の誰かに似ているのでしょうか?そんなこんなで、悪戦苦闘の日々ですが、彼女から「紅葉ツーリング行こっ!」とか言われているので、一ヶ月ぐらいで腕を磨かないと…険しい道のりですが、勉強と共にこっちも頑張らないと。
2005.10.10
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