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日曜日、神奈川スバル磯子店でも、新型インプレッサWRX・STIの発表、試乗会がありました。 どうってことないのですが、長男とのこのこ、出かけました このマイカブルーのインプが試乗車です 因みに、左奥、店内にはブラックのSTIが置いてあります 308馬力、6MTに試乗しましたですよ いつもの磯子の道が、まるでハイウェーのように輝いていました 加速感は、そりゃスゴイです 一般道ですから、3速までしかギャ入れません 2速での加速は、あっというまに70キロですしかし、400万円オーバーのインプです オドロキヤス インプよ、これでWRC、勝ってくれよ 祈りを込めた、試乗でしたしかし、今年は国産スポーツカーの当たり年です このインプ、三菱ランエボX、レクサスIS-F、そして日産GT-R・・・
2007年10月31日
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横浜は、台風一過、青い空が広がっています 家の近くから、富士山がくっきりと見えます 昨日、あの台風で、降りしきる雨風の中 一つの悲しい別れがありましたわが家には、もう一台、クルマがありました(もう過去形です) 1991年型、ホンダ・シビックEG6のSI-Rです これは次男が、バイトをして買った、初めてのクルマでした しかし、如何せん古い エアコンが壊れて、何年も経ちます フロンガスの基準が変わって、直すに直せないのです あの暑い夏に日、エアコン無しで走り回ったのです いいクルマでした・・・ まだ街中を同じクルマが走っています しかし、任意保険の切り替えと、次の車検を考えると、出費面でもとても持っていられないそこで、迷いに迷って、任意保険切れの10月末を前に、手放したのです 「(妻も娘もいないけど)妻や娘のような気持ちで、可愛がってきた」クルマです やるせない気持ちの次男坊 その気持ちを、かき消すような、昨日の風雨の中 遂に廃車の手続きに向ったときのシビックの姿です丹沢・ヤビツ峠を、箱根の山道を、どれだけ走り回ったことでしょう・・・ ありがとう、シビック やるせない次男坊の気持ちを代弁して、EG6のカタログの写真とコメントを載せます ワールドベーシックカーのあるべき姿を、新時代の要請に応え原点から見直し、これからの小型車の基本形とすべくニューベンチマーク・カーとして開発された新型シビック(3ドア)及びシビックフェリオ(4ドア)。3タイプのVTECエンジンシリーズを新開発、直列4気筒の1.6L、1.5L、1.3Lと3種のエンジンをラインアップする。シビックのインテリアは「ワンルーム&ツインゲート」をテーマとして開発。リアシートを倒せば2シーター+ワンルーム+収納スペースとして使え、また、リアゲートは上下に開くツインゲートタイプとする。 側面衝突に対してはドアビーム、シート一体アンカー、3点式リアシートベルト(中央席を除く)を標準装備。 4輪アンチロックブレーキシステム(ABS)、トラクション・コントロール・システム(TCS)、ビスカス・カップリング式リミテッドスリップデフ(LSD)の装着車も設定している。 EG6 グッドバイ そして、永遠なれ!
2007年10月28日
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「横浜国際フォトジャーナリズム・フェスティバル」開催 のお知らせがヨコハマ経済新聞に載っていますたまには、この手の話題をお伝えしないと、ナンパなブログとだけ思われる、のでしょうか ともかく しかし、世界のあちこちで、いろいろなことが起きています 国内の出来事や、自分の身の回りのことは大切ですが、やはり国際的な出来事にも関心を持たざるを得ないのでしょうね「地球の上に生きる」--戦争・命の尊厳・光ある未来 これがフェスのキャッチ・コピーです どうしようもない定めの中で、必至に生きる人々の姿をカメラは冷静に捉えています うーむイベントのサイトはこちらです
2007年10月28日
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BS朝日、土曜日の18:00(これは結構なゴールデンタイム)に放送されています まあ、よくある音楽番組なのですが、それはそれとしてJAZZファンとしては、たまたま見た、というだけじゃ拙かろう ってんで、昨日、見ました見た感想ですが、昨日はナット・キング・コール特集だそうですので、少し落着いて見ることができました 聴きなれたNKCの曲、しかいアレンジが、思ったとおりジャズっぽくない・・・ それは、特集以外でクイーンの曲なんかアレンジして演じるんだけど、やはり、フュージョンよりもっとロックそのものって感じなのです・・・土曜日のゴールデンタイム 若い人向けの、面白おかしく、明るいジャズ番組、なんですかね
2007年10月28日
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寛大な心を持った神はどんな罪でも7の70倍その過ちを許して下さる。その範囲を一歩はみ出してしまった罪の家、491HOUSE。重い扉を開くとそこにはいつまでも変わらない横浜がある。ほの暗い店内に灯るランプのそばでJAZZ LIVEに耳を傾けながら、おいしいお食事とお酒がお楽しみいただけます。大人の隠れ家、491HOUSEでプライベートなひと時をお過ごし下さい。ちょっと陳腐なコピーにも聞こえますが、山下町、491HOUSEの紹介コピーです 店の外見は、こんな感じです仕事場から、近くも無いのですが、つい立寄ってしまう 毎日あるJAZZライブとリーズナブルな値段、それが魅力かな・・・この店の近所に住むA子ほどは、行っていない A子は、座る椅子も決めていて、その椅子に他人が座っていると、機嫌が悪い・・・ 愛想のいい店員も、好感が持てるJAZZライブが好きな人は、もちろん JAZZは好きでもないけど、お店の雰囲気に浸りたい、って方にもオススメ住所 神奈川県横浜市中区山下町82 徳永ビル1F 最寄り駅は みなとみらい線「元町中華街駅」です
2007年10月27日
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バーリット・セービンのプロフィールから 1953年、米ニューヨーク生まれ。米海軍のフリゲート艦の乗組員として75年に横須賀基地に赴任。その後、日本を紹介する英字誌編集長などを歴任。現在、ジャパンタイムスなどにエッセーを執筆するほか、横浜国立大などの非常勤講師。横浜市中区在住。2004年4月から、朝日新聞に「かながわ見聞録」を連載しています 氏は日本の生活や文化に造詣が深く、実に面白い洞察力で現代の神奈川、横浜を見て、文章に綴っています 既に、連載数は40回に及ぶのではないでしょうか 長い横浜生活、氏のシニカルでユーモアにあふれる見聞録は実に面白いですよ その中から、ジャズ又は音楽に関する部分を、幾つか引用します 《その1》 横浜市中区野毛町1丁目にあるジャズ喫茶「ちぐさ」は、古き良き横浜そのものだ。ジャズというアメリカの音楽をいち早く受け入れ、日本に普及させてきた。ビーバップ演奏家にとってチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーを勉強する場だった。でも私はその古き良さを求めて「ちぐさ」へ行くわけじゃない。店は12人ほどでいっぱいになる。アメリカではこんな小さな店はない。アメリカやオーストラリアの友人を連れていくと驚く。けれど、気に入る。メニューはコーヒー、紅茶、コーラなど。酒はなし、軽食もない。店の狭さの割にスピーカーが巨大だ。レコードメニューには数千枚のアルバムがある。店の人は必ず客にメニューを渡してアルバムを選んでもらう。私が「ちぐさ」へ行くのは、そのスピーカーからとどろくジャズに没頭するためだ。この間行った時、ハービー・ハンコックの「処女航海」というアルバムタイトルを指して、メニューを返した。アルバムがターンテーブルに掛けられたら、ハービー・ハンコックの別のアルバムだった。店の人は私が指したところを見間違えたらしい。しかし、それは「処女航海」よりずっと良かった。恍惚(こうこつ)として聞いた。私が「ちぐさ」へ行くのは、こんな掘り出し物もあるからだ。《その2》 先日、遊覧船に乗って横浜港を回り、海から街を見た。灯(あか)りが美しく街をきらめかせていた。乗客がそれを見て、ため息をついた。 その時、「ブルーライト・ヨコハマ」という歌を思い出した。なぜブルーライトなのか。ハマの夜景は白やオレンジ、赤色が多くて、ブルーは少ない。12月に灯りは増えるが、銀や黄色が多い。今年はクリスマスツリーが20本ぐらいみなとみらい21地区周辺に立っている。しかし、青色は特に増えない。横浜市港湾局に問い合わせた。だが、なぜ「ブルーライト」というか分からなかった。その後、横浜市中区の山下公園通りで「ブルーライト」というバーの看板を見つけた。よく見ると、小さい文字で「あの曲で有名な」と書かれている。ということは、歌が先で、この発見は役に立たない。それで、有隣堂の「歌のよこはま」という本を開いた。「ブルーライト・ヨコハマ」の作詞家橋本淳氏が、山手の丘から見えるハマの灯りを「宝石箱をひっくり返したような透明な」と表現し、「その印象がブルーライトなんです」と説明していた。青い灯りは少ないが、「ブルーライト」は歌詞としてぴったりだし、橋本氏の作詞家としての優れたセンスを表していると思う。試しに「オレンジライト・ヨコハマ」と歌ってみたら......。《その3》 夜10時過ぎ、私はこの原稿を書きながら、ラジオでレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの「五つのイギリス民謡」を聞いている。夜遅くまで働くときは、クラシック音楽が励ましてくれる。 放送しているのは、ニューヨーク・タイムズ社のクラシック局であるWQXR(96.3FM)だ。1936年に設立されたこの局は、エンパイア・ステート・ビルのてっぺんからラジオ番組を発信している。アメリカに住んでいたころ、よく聞いた。最近はインターネットで世界中で聞けるようになり、私は、昔なじみの旧友を迎えたような喜びを感じた。私は音楽との出会いも「一期一会」と思っている。この言葉の語源は、茶人の千利休の弟子である山上宗二の「山上宗二記」に出てくる「一期に一度の会」の部分にある。どの茶会でも、人とのめぐり合いは一生に一度と思って、主人も客も誠意を尽くすべきだ、ということのようだ。私は今、アーロン・コープランドの「フルートとピアノのための二重奏曲」を聞き終わった。「もう二度と聞くことはないかもしれない」と思いながら聞くと、より楽しく聞くことができた。 こんな文章書くアメリカ人、どんな人って、思われる方も多いと思いますので写真を付けました
2007年10月27日
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読売の記事からです~いじって楽しい 元気のもと~ 瀬古日出男さん(ゼロスポーツ研究所長) 「ガレージのシャッターを開けて、愛車を見るたびにニコッとする。車をいじるのが生きがいですね」 トヨタ系の大手部品メーカーのエンジニアだったが、「部品だけじゃなく、クルマ全体の開発にかかわりたい」と、1999年に岐阜県各務原市の新興自動車メーカー「ゼロスポーツ」に転職した。4年がかりで電気自動車の開発に成功。主力商品に育てた。 マイカーは、21歳の時から国産スポーツカーを中心に二十数台を乗り継ぎ、現在は3台保有する。レガシィは転職した時に新車で買った。マフラーなどを交換して馬力を上げたり、車高を落としてカーブでの安定性を高めたりと、自ら改良を重ねている。 金華山(岐阜市)など近隣の山の峠道が「テストコース」になる。休日に1人で出掛け、愛車の仕上がりを確かめるのが楽しみだ。「クルマはいつも、自分に元気を与えてくれる」ちなみにZERO SPORTSはスバル車のパーツを多く作っています あっしたちから見れば、プロの方です プロの方には、単に20台乗り継いだ以上に、保有するクルマにこだわりがあるのでしょう
2007年10月23日
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いろいろと100選、あるものです 渚の100選、ってのがあって 神奈川県は七里ガ浜、葉山海岸、そして大磯・照ケ崎海岸の三カ所が選ばれています 七里ガ浜海岸です 鎌倉市観光課のサイトによると 稲村ガ崎から小動岬へ至る全長約4kmの砂浜海岸で、「日本の渚100選」の一つ。海岸沿いには国道134号(湘南道路)と江ノ電が並んで通っています。 由比ヶ浜海岸などと比べると波が荒く、サーフィンのメッカとして人気を集めています。 イタリア料理のリストランテアマルフィイ、姉妹店で、高台にあるアマルフィイデラセーラも七里ガ浜です
2007年10月21日
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昨日(今日も)は、神奈川スバルの「お客様感謝ディ」です 磯子店へ出かけました 本多店長にも、担当のKさんにも会ったのですが、見慣れない若い女性社員が応対しました 少し、スバルの商品知識があったので、ついつい気になっていた、バッテリーのことを話していたら バッテリー交換がオトク、って勧めるので、交換してしまいました パナソニックの商品です 純正が70B24Rあたりなのですが、これを90B26Rに交換しました 最近のクルマは、やたらと電装品が多いのです バッテリーは、必需品です でも、交換費用含めると24000円はちょっと高い、ってヨメは嘆いていますまして、ついでにオイル交換しました 前の交換から、四ヶ月、55000キロ走っての交換です バッテリーとあわせて、約3万円の出費です 感謝ディは、お金がかかるのです あーあ でも新品のバッテリーに、オイル交換です さあ、気持ちよく走るぞ!
2007年10月21日
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秋ですね・・・ 横浜の今朝の気温は13度です やや寒さを感じるくらい、気持ちのいい朝です 天気は、すこぶるいい天気、快晴です 気分爽快です天気はいいのですが・・・ 昨夜は、プロ野球のことで興奮して・・・ やや寝付かれない夜でした気持ちを取り直して(また、来年のシーズンに向けて・・・) がんばっていきましょう(がんばってください) 今朝の葉山から、江ノ島の方向を見た海、相模湾です 葉山海岸は、日本の渚100選に選ばれています 海は穏やかです いい天気なのですが、さすがに富士山は見えていません 丹沢の山は、うっすらと見えます
2007年10月21日
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いつものヨコハマ経済新聞に、こんな特集がありました■ブルースが流れる大人の隠れ家的なバー横浜は日本におけるバーの発祥地だけに、横浜市内には500軒以上ものバーが存在するという。そんな横浜のバーに魅了され通いつめたあげく、マスターが脱サラしてオープンしたのが関内のミュージックバー「HAPPY BLUES(ハッピー・ブルース)」。ビジネス街である桜通りに面したビルの2階でひっそりと営業している佇まいは、まさに「隠れ家的」なミュージックバー。扉を開けると、渋いブルースナンバーが流れてくる。HAPPY BLUES(Yahoo!グルメ) 店内で流れる音楽はシカゴブルース中心だが、60~80年代のソウルミュージックやフュージョンなど約1,000タイトル。「音をきちんと聴いてもらいたい」という思いから、JBL-S3800をメインとしたオーディオシステムには特にこだわったという。また、サラリーマン時代のバー通いの経験から、ここだけは譲れなかったというバーカウンターは天然の一枚木。「このバーカウンターは、やり過ぎちゃいましたね(笑)。これじゃなきゃダメだ、と思ったんですが、実際に施工してもらって初めて作業するには狭いことに気がつきました。もう慣れちゃいましたが(笑)」とマスター。もちろん音楽だけでなく、お酒もアメリカンウィスキーが豊富に取り揃えられており、さらに横浜にちなんだ特製カクテルも用意している。 大人の隠れ家的なバーと言えば、住吉町にある「BAR KC(バー・ケーシー)」もそのひとつ。看板はなく、銀色の重厚な扉には十字を模した木製の取っ手--よほど注意しないと見落としてしまいそうだ。カウンター8席しかない小ぢんまりとした店内に鎮座するオーディオシステムは、60年代の名品アルテック社製のプロ用スタジオモニター。そこからは、ケニー・バレルやグラント・グリーン、アルバート・キング、フレディー・キングといった往年のブルースの名曲が流れてくる。 ちなみにこの「KC」、メニューが一切ない。「押しつけがましいのが好きではないので。お客様とのコミュニケーションを大事にしているので、お客様と会話をしながら求めているお酒を考えます。当然、酒や音楽にはこだわっていますが、バーという空間はあくまでも会話を楽しむべきだと考えています」と、マスターの土本京史さんは話す。■古くて新しい音楽「ジャズ」 最近はレゲエやヒップホップに押されているとはいえ、戦後間もない頃に横浜で大流行したジャズは今でもこの街を代表する音楽だ。といっても、ジャズとは決して古臭い音楽ではない。古い世代だけでなく、若い世代もこの音楽に積極的に関わっている。先ごろ閉店した「ちぐさ」と並ぶ老舗ジャズ喫茶「down beat」では、若いアルバイトが店を切り盛りしている。 「大学のジャズ研に所属する学生がボランティアのように働いてくれたりしています。その学生が辞めると、今度はその後輩が来て同じように働いてくれたりと、途切れずに続いていくんですよ」と話すのはオーナーの田中さん。同店で選曲を担当しているアルバイトの前坂香都さんも、ジャズの勉強のために海外留学を目指しているという。このように若いジャズアーティストを支える役割も担っているのが、「down beat」の特徴のひとつでもある。老舗ながら、その伝統は確実に若い世代に受け継がれている。前坂さんのようなアルバイトスタッフや、同店でコーヒー1杯だけで閉店まで粘る若者が何年か後に横浜のジャズシーンを支えているということもあるかもしれない。ダウンビート 50~60年代のオールディーズのライブをいつも聴くことができるのが「HARMONIZE YOKOHAMA(ハーモナイズ・ヨコハマ)」。「寺内タケシとブルージーンズ」のメインボーカルとしても活躍していた根来ジョージさんを筆頭に地元で活躍するアーティストたち。 HARMONIZE YOKOHAMA そんなライブを楽しみに集まるのは、30代後半のサラリーマンやOLが中心。店長の須山諭店さんは「仕事帰りに寄って、ココでライブを聴いて明日も頑張ろうという気分になってもらえたら嬉しいですね」と話す。ちなみに同店はライブの生演奏も含めて貸し切りが可能なので、お気に入りのアーティストを独り占め、なんて贅沢な楽しみ方や自分のバンドのお披露目パーティーをここで、なんて使い方もできる。 ■この街は「第二の音楽のふるさと」滝ともはるというシンガーソングライターを憶えているだろうか。1980年にアリス解散直後の堀内孝雄とのデュエット曲「南回帰線」でデビュー、ビールのテレビCM曲として取り上げられ大ヒットを記録した。その後、音楽から一時離れるが、現在は独自の音楽活動を続ける傍ら関内にあるバー「Paradise Café(パラダイスカフェ)」のオーナーでもある。Paradise Café 81年に音楽業界からいったん身を引いた滝さんだったが、88年にシンガーソングライターとしての活動を横浜で再開する。横浜のさまざまなバーなどでライブ活動を行ってきており、「横浜は第二の音楽のふるさと」と話すように横浜への思い入れは深い。現在、自身が経営する「Paradise Cafe」の店名も、かつてライブを行った住吉町の同名のバー(現在は閉店)を偲んでつけられたものだ。 「40歳半ばを過ぎて、ずっと歌い続けられる場所が欲しいって思ったんですよ。それで自分のお店を持つことになったんですね」と、「Paradise Cafe」開店の経緯を話す。音楽活動と並行してバーを経営するのには、デビュー曲で大ヒットを飛ばし一躍脚光を浴びた当時の反省でもあるという。「私は大分県の出身なのですが、当時は地元を大切にしていなかったな、という思いがあります。地元の人たちは私が売れていても売れていなくても、そんなことに関係なく支えてくれます。以前は、そうした地元の人たちの応援を大事にしていなかった。音楽が似合う街、ヨコハマ--。様々な人たちが様々な思いで、様々な音楽に関わっている。「横浜に3日住めばハマっ子」という言葉があるが、音楽もジャズやロック、ソウルだけでなく、今回紹介したラテンやブルース、オールディーズ、ハウスミュージックだって、この街で流れれば「いつもの横浜の音楽」だ。そんな街に流れる音楽に耳を傾けてみよう。うーむ、心に響くフレーズです 「音楽が似合う街、ヨコハマ」・・・
2007年10月20日
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プロフィールの写真を換えて、バックにみなとみらい地区の建設ラッシュが写っています、って書いたら ヨコハマ経済新聞に、こんな記事が出ていました◎相次ぐ高層マンション建設今年から来年にかけて「みなとみらい21(MM21)」地区に超高層マンションの竣工が相次ぐ。これまで企業が中心だったMM21に居住人口8,200人のニュータウンが創出されることになるが、はたしてどのような街になるのか、ベイエリアの超高層マンション事情を探った。 今年から来年にかけて「みなとみらい21(MM21)」地区に超高層マンションの竣工が相次ぐ。これまで企業が中心だったMM21に居住人口8,200人のニュータウンが創出されることになるが、はたしてどのような街になるのか、ベイエリアの超高層マンション事情を探った。 「超高層マンション」とは、一般に20階建て以上の建物のことを指す。MM21に建設される建物はいずれもそれにあたり、いわば米国ニューヨークのマンハッタンのような摩天楼が林立することになる。まさに横浜の未来をシンボライズするエリアとなりそうである。横浜市都市整備局によれば、2008年までにMM21地区の居住人口は8,200人まで膨れ上がると推計している。西区で最も居住人口が浅間町の6,990人(2007年2月28日現在)のため、これをはるかに凌ぐ人たちが生活することになる。だってさ!
2007年10月16日
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本論の前に、プロフィールの写真を換えました あっしの愛車、B4です 撮った場所は、ヨコハマ・みなとみらいです みなとみらい地区は、まだまだ建設ラッシュです 次々新しい建物、ほとんどはマンションが建っていきます さて、本論はヨコハマ経済新聞からです横濱夢語りプロジェクト(横浜市中区野毛町、TEL 045-622-3324)は横浜開港記念会館(中区本町)で10月20日・21日の2日間、朗読音楽ライブ「本牧60s★70s-フェンスの外の青春」を開催する。同プロジェクトは、時代とともに移り変わった横浜の生活文化を「街の財産」としてDVD、メディア、朗読音楽ライブなどで語り伝えていこうとするもの。開催は今回で19回目。朗読作品は、60~70年代の本牧を舞台に、当時の横浜の流行をリードしていた暴走族「本牧ナポレオン党」のリーダー・小金丸峰夫さんや、伝説的なレストランバー「イタリアンガーデン」の常連だった女性たちなど本牧で生まれ育った6人のインタビューを基に、横浜在住の作家・山崎洋子さんがオリジナル脚本を手掛けた。朗読は、俳優の金田賢一さん、桐山ゆみさんが担当する。音楽は「GIMME SOME LOVIN'(ギミ・サム・ラヴィン)」(スペンサー・デイヴィス・グループ)や「青い影」(プロコル・ハルム)など当時の洋楽ヒットのほか、作曲家の丸尾めぐみさんによるオリジナル曲をギタリスト中村裕介さんらが朗読とともに演奏する。脚本を手がけた山崎洋子さんは「戦争や地震などの壊滅から何度もはい上がってきた横浜。今回は『青春』をテーマに、華やかさの裏にある横浜が持つ力強い個性を表現した」と話している。開催は20日=16時30分、21日=13時~、16時30分。チケットは一般=4,300円、学生=2,500円。本牧の話です 本牧とは、横浜市の中区にある独特な街です 「フェンス」というのは、本牧の通りの両側には、米軍属のハウスがあって、広い芝生の中に大きな家が点在していました これらのハウスは、ずっと続くフェンスに囲まれていました 柳ジョージの唄に「フェンスの向うのアメリカ」って曲があります・・・ PXとか、将校クラブとか、アメフトのグランドなど、あっし達にとっては、懐かしい光景です
2007年10月15日
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10月9日は、ジョン・レノンの誕生日。生きていれば67歳になります。 ジョン・レノンは、1940年10月9日、第二次世界大戦のナチス・ドイツによる空襲下に置かれた英国・リバプールで誕生しています。出生当時、父親は商船隊員として航海中で不在、母親も他の男性と同棲していたため、叔母夫婦のもとで育てられます。 1946年父親が帰国、父親に引き取られ数週間一緒に暮らすものの、母親がジョンを連れ戻す。しかし母親と暮らす事はできず、再び叔母夫婦のもとに預けられますが、父親もまた行方がわからなくなってしまう。 Imagine all the people living life in peace. (想像してみよう、すべての人が平和な人生を送っている姿を) 2001年9月25日、ニューヨークタイムズに、不思議な広告が載った。白地にただ、一行このメッセージが書かれている。広告主の名もない。 ニューヨークでは、忌まわしい同時テロという大惨事が9月11日にあったばかりで、ニューヨーク市民は、連日連夜、戦争や報復という言葉が行き交うのを目の当たりにしていた。 もちろんこの文句は、ジョン・レノンの名曲「イマジン」の歌詞であり、ニューヨークタイムズ社は、広告主がジョン・レノンの未亡人オノヨーコであることを認めた。すぐにマスコミのインタビューがあったが、ヨーコは「今、伝えたいメッセージは、すべてこの広告の中にある」とだけ語った。 9月11日以降、「イマジン」という歌は、ほとんどの局で放送禁止、あるいは放送自粛となってテレビやラジオで流されていなかった。「イマジン」の歌詞は、平和への希求の歌であり、テロリストに対する報復が、アメリカ国家の全てに優先するとされている時に、水を差すような歌と見なされていたからであろう・・・私たちは、知っています。ジョンの魂を・・・ ジョン・レノンは、永遠に語り継がれるでしょう。それは、ビートルズの一員としてだけでは終わらないでしょう。一人のロックン・ローラーとしてだけでは、終わらないでしょう。早すぎる一生も、語り継がれるでしょう。 ~ジョンの魂~ なぜ、ジョンが「戦争」と「平和」、「憎しみ」と「愛」にこだわったのかを。いま一度「イマジン」の歌詞を、一人ひとりが噛み締めてみようではありませんか。
2007年10月14日
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デジタル一眼レフカメラを買おうと思っています 欲しい、欲しいと思ってきましたが なかなか買えません ここは、呑みをガマンして、お小遣い貯めなきゃ欲しい、買えそうなカメラは、キャノンのEOS KISSですかねどうせならダブル・ズームレンズ付きにしたいと思いますニコンのD40と比較してみたのですが、ちょっとEOSがいいかな、って思っています
2007年10月12日
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わが家に、近いところにある、隠れ名店のご紹介です 横浜市磯子区は杉田にあるレストラン「パレ・ド・バルブ」ですバルブとはフランス語で『ひげ』の意味。フランス料理出身のひげのシェフが、カジュアル&リーズナブルにこだわったお店。忘新年会、歓送迎会、クリスマスetcやちょとしたお食事などにお気軽に!紹介サイトは、ですご近所でも、毎週1回とかは行けません やはり、家族の誕生日とか、誰かのお祝いとか・・・ 何か無いと、行けませんが 本当に美味しいお店です ときには、ライブもあります住所:〒235-0033 神奈川県横浜市磯子区杉田1-9-13 TEL:045-773-2981
2007年10月12日
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すっかり秋めいてきました、今日この頃です このところ、仕事が忙しくて、更新が途絶えがちです あっしの愛車B4が、走行距離10000キロを超えました 実に6か月ちょっとでの達成です 単純に、このペースでいくと、一年で20000キロ、五年で100000キロになります・・・クルマは快調です でも、そろそろエンジン・オイルも換えなきゃ何はともあれ、10000キロ突破です
2007年10月11日
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10月7日、いい天気にも恵まれ、第二日を迎えた横濱ジャズ・プロムナードへヨメと二人で出かけました 地下鉄関内駅でおり、関内ホールへ向います 関内ホール前では、ちょうど明治学院大学ジャズ研究所の連中が演奏していました関内ホール大ホールでは、猪俣猛ジャズテットのステージでした ドラムスの猪俣をリーダーに若手を加えた六人構成 ここではヴァイブラフォンの浜田均、トランペットの羽毛田耕士、ピアノの遠藤征志が目立っていました 小一時間の演奏が終わると、すぐ移動です 歩いて数分のビルの二階に、ジャズホール、ジャズ・メン・クラブがあります ここでは、PORT ZAZZ TRIOプラス、ヴォーカル星乃ケイが演奏を始めたところでした 実は、演奏フォトが少ないのですが、写真厳禁です ここでは、失礼して一枚だけ・・・ このトリオですが、ベースは折原由季子、女性です チャージでビールを一杯、いただきました(これ以降、飲みっぱなし・・・)移動して、Bar Bar Barへ ここでは、平松加奈カルテットを見ました ヴァイオリンの平松に、ピアノ・パーカッション・ギターが加わります しかし、女性プレイヤーが増えていますね ここでも、ハウス・ワインを一杯・・・ 店を出て、タクシーに乗り、赤レンガ倉庫へ移動します 三連休の中日、横浜の中心部は混んでいます でも、何とか赤レンガ倉庫へ到着 見てください、この人だかり オクトーバー・フェストと重なり、スゴイ人出です フェストは、ビール買うのに、延々並ぶのですここで、友人達四人と合流、以降六人で行動します 赤レンガ倉庫1号館3階ホール 暫く待って、五時半から、クリスチャン・ジェイコブ・トリオのステージです フランス人、ジィコブは日本でほとんど知られていません しかし、三人とも素晴らしい演奏です ベースのトレイ・ヘンリー、ドラムスのレイ・ブリンカー、それぞれにクラシックを基礎にしているのでしょうか 独特なジャズです 立ち見が客席の3倍くらいいました 同じく、赤レンガ倉庫前の様子です ここから歩いて、みなとみらいホールまで行きます ホールでは、午後7時20分から、宮間利之とニューハードのステージです さすがに人の入りは多くありませんでしたが、旧き良きジャズです このビッグバンドは1958年から、宮間さんは83歳だそうです 最初の挨拶と、最後の曲名指揮をしていましたが、途中は抜けていましたランドマーク・プラザから地下鉄に乗って、中華街へ移動します みなとみらい駅へ下りていくエレベーターですそして、中華街はジャズバー「491HOUSE」へ行きました ここでは志村洋一トリオのライブです ベースが志村、ピアノは宮野寛子、ドラムス公手徳太郎です この店は、初めて入りました なかなかいい店です、また来ましょう腹が減ったので、中華街へ繰り出しました 紅花って店で、何とか中華料理にありつけました 夜もとっぷり暮れた中華街です 延平門をくぐって石川町駅へ向います 夜十一時過ぎのJR石川町駅ホームです この日、ジャズ・プロのほかにオクトーバー・フェス、さらにモー娘のコンサート、大相撲横浜場所もあったそうです それぞれに、皆様、お疲れ様 あっしもツカレました でも、横浜の街にジャズ とっても似合います
2007年10月08日
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三台のレガシィをご紹介します 画像や文はLEGACYからいただきました一台目は、1993年から発売された二代目になるレガシィ BG型といわれるレガシィ・ツーリングワゴンのTSタイプRです TSタイプRは、2リッターDOHCノン・ターボで155馬力のエンジンを積んでいた コンパクトな5ナンバーボディサイズをもちながら、グランドツーリングに基づくゆとりあるパッケージが魅力のレガシィ。2代目レガシィは低重心化を特徴とする水平対向エンジンを搭載し、シャーシをシンメトリーレイアウトとすることでスポーティな走りを実現している。また、4WDの駆動方式を採用し、雨の日であっても、安定感ある走りを可能としていることも特徴だ。そして、レガシィ=スポーティという図式を決定づけたのは、エンジン、シャーシを中心に行われた1996年のマイナーチェンジだ。特にビルシュタインサスペンションを採用し、ターボエンジンによって280psを達成したGT-Bは心地よい走りを堪能できるステーションワゴンに仕上がっている。また、200mmの最低地上高を確保したグランドワゴンも1995年に追加。ライフスタイルによってを3タイプを選ぶことができるようになっている。そして二台目は、1998年から発売となった三代目レガシィの中から、3リッター・6気筒のツーリングワゴンGT30 水平対向6気筒エンジンは、ポルシェとレガシィだけ ターボ車とは違う、全域での活発さをもつ220馬力DOHCエンジンを積む ミドルクラス国産車が相次いで3ナンバーとなり大型化路線を歩む中、初代同様に5ナンバーサイズとしたのが2代目レガシィの特徴であった。イメージリーダーとなったのがスポーティグレードのGT。エンジンは2Lの水平対向DOHC+2ステージツインターボで、最高出力250psを達成。駆動方式はスバル独自の4WDシステム。MT車にはビスカスLSD付きセンターデフ方式を、AT車には不等可変トルク配分電子制御方式を採用し、高い運動性能を実現している。GT系以外の1.8Lや2L、2.5Lの各自然吸気モデルのAT車にはアクティブトルクスプリット式電子制御フルタイム方式が採用されている。最後の三台目は、2003年に登場した、現行レガシィのセダン・タイプB4のエントリー・モデルに位置づけられる2.0アイです 水平対向4気筒の2リッター・エンジンは140馬力ですが、燃費の良さは歴代レガシィの中でトップになります 初代からのDNAは継承しながら、より一層スポーティさを強め、ついに3ナンバーサイズのボディを獲得。ボディ拡大による重量増を相殺するため、ほとんどすべての部品を設計し直し、徹底的な軽量化を図ったのもポイント。エンジン搭載位置の変更などによって4WDシステムをさらに低重心化させ、優れた運動性能とファントゥドライブを高次元で両立している。搭載エンジンは水平対向の4気筒と6気筒を設定。吸気可変バルブ付き3Lを筆頭に、吸排気可変バルブ付き2LのDOHCツインスクロールターボ、吸気可変バルブ付き2LのDOHC、そして2LのSOHCの4種類。勝手に三車、紹介しましたが 三台続いてレガシィに乗るあっしの、最近の三台そのものです なぜ、レガシィがそんなに良いかって? やはり、乗った人にしか、解からないと思います(説明にはなっていませんが・・・)
2007年10月06日
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ドリカム、吉田美和さんの悲報を見ました Wikipediaからです吉田 美和(よしだ みわ、1965年5月6日 - )はDREAMS COME TRUEのヴォーカルを務める北海道中川郡池田町出身のシンガーソングライター。DREAMS COME TRUEの全ての作詞と数多くの作曲を手がけている。 身長162cm。映像ディレクター末田健の内縁の妻。 2003年3月、交際中であった9歳年下の映像ディレクター末田健の離婚が成立、2004年5月に入籍はしない事実婚という形での"結婚"を発表。末田が一児を持つ既婚者であったため注目を集めた。 2007年9月26日、末田が胚細胞腫瘍で逝去。 2004年12月公開の映画「アマレット」を自主制作し、中村正人とともに初の原案・主演を果たす。 公式には認めていないが、FUNK THE PEANUTSのFUN・P2号や、中村正人のラジオの企画で結成したユニット「アンドレ中村とオホーツクボーイズ」の岡リーナの正体が彼女であることは公然の事実。また他のアーティストへ歌詞を提供する際には「観音崎すみれ」のペンネームを使用することがある(「アマレット」における彼女の役名でもある)。朝日の記事によるとDREAMS COME TRUEのボーカル、吉田美和(42)の事実上の夫である映像ディレクター、末田健さんが9月26日、笂(はい)細胞腫瘍(しゅよう)のため死去していたことが9月30日、明らかになった。33歳。ドリカムの所属事務所はマスコミ各社に送ったファクスで「04年5月の結婚以来、お亡くなりになるその日まで、大きな愛情で吉田美和を支え続けてくださいました」と報告した。通夜、告別式はすでに密葬として営まれた。吉田の落ち込みは激しく、毎日泣き続けているという。 吉田と末田さんは04年、籍を入れない事実婚という形で結婚生活を始めた。5月6日の吉田の誕生日に家族らの前で結婚を宣言し、ホームページで「いつかやってくる生涯最後のキスをする日まで、愛する人をもうめっちゃ幸せにします」とファンに報告した。「結婚という形自体にあんまり興味もなく、自分たちのやり方が見つけられればいい」というスタイルだった。 末田さんはSPEEDやモーニング娘。のプロモーションビデオを手掛けた売れっ子ディレクターで、韓国の人気俳優イ・ビョンホンのDVD「L.B.H」は異例の10万セットを記録した。吉田とは01年にプロモーションビデオ撮影で知り合った。当時末田さんには妻子がいたが、吉田のマンションで生活をともにし、その後離婚が成立した。 末田さんは数カ月前から体調を崩し、8月に始まった4年に1度の大規模ツアー「ドリカムワンダーランド」と前後して容体が急変、緊急入院した。吉田は必死に看病しながら、全国7都市13公演を務め上げた。国立競技場でのファイナル公演を終えた3日後の急逝だった。ドリカムの中村正人はHPで「吉田がこのような状況でやり通せたのも『最終公演までどんなことがあってもステージをしっかり務め上げる』という末田監督との約束があったからでした」。ドリカム20周年を記念する吉田のドキュメンタリーを撮り進めていたが、完成を見ることなく亡くなった。 合掌
2007年10月05日
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