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1953年、米ニューヨーク生まれ。米海軍のフリゲート艦の乗組員として75年に横須賀基地に赴任。その後、日本を紹介する英字誌編集長などを歴任。現在、ジャパンタイムスなどにエッセーを執筆するほか、横浜国立大などの非常勤講師。横浜市中区在住。
2004年4月から、朝日新聞に「かながわ見聞録」を連載しています 氏は日本の生活や文化に造詣が深く、実に面白い洞察力で現代の神奈川、横浜を見て、文章に綴っています 既に、連載数は40回に及ぶのではないでしょうか 長い横浜生活、氏のシニカルでユーモアにあふれる見聞録は実に面白いですよ その中から、ジャズ又は音楽に関する部分を、幾つか引用します
《その1》
横浜市中区野毛町1丁目にあるジャズ喫茶「ちぐさ」は、古き良き横浜そのものだ。
ジャズというアメリカの音楽をいち早く受け入れ、日本に普及させてきた。ビーバップ演奏家にとってチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーを勉強する場だった。でも私はその古き良さを求めて「ちぐさ」へ行くわけじゃない。
店は12人ほどでいっぱいになる。アメリカではこんな小さな店はない。アメリカやオーストラリアの友人を連れていくと驚く。けれど、気に入る。
メニューはコーヒー、紅茶、コーラなど。酒はなし、軽食もない。店の狭さの割にスピーカーが巨大だ。レコードメニューには数千枚のアルバムがある。
店の人は必ず客にメニューを渡してアルバムを選んでもらう。私が「ちぐさ」へ行くのは、そのスピーカーからとどろくジャズに没頭するためだ。
この間行った時、ハービー・ハンコックの「処女航海」というアルバムタイトルを指して、メニューを返した。アルバムがターンテーブルに掛けられたら、ハービー・ハンコックの別のアルバムだった。店の人は私が指したところを見間違えたらしい。
しかし、それは「処女航海」よりずっと良かった。恍惚(こうこつ)として聞いた。私が「ちぐさ」へ行くのは、こんな掘り出し物もあるからだ。
《その2》
先日、遊覧船に乗って横浜港を回り、海から街を見た。灯(あか)りが美しく街をきらめかせていた。乗客がそれを見て、ため息をついた。 その時、「ブルーライト・ヨコハマ」という歌を思い出した。
なぜブルーライトなのか。ハマの夜景は白やオレンジ、赤色が多くて、ブルーは少ない。12月に灯りは増えるが、銀や黄色が多い。今年はクリスマスツリーが20本ぐらいみなとみらい21地区周辺に立っている。しかし、青色は特に増えない。
横浜市港湾局に問い合わせた。だが、なぜ「ブルーライト」というか分からなかった。その後、横浜市中区の山下公園通りで「ブルーライト」というバーの看板を見つけた。よく見ると、小さい文字で「あの曲で有名な」と書かれている。ということは、歌が先で、この発見は役に立たない。
それで、有隣堂の「歌のよこはま」という本を開いた。「ブルーライト・ヨコハマ」の作詞家橋本淳氏が、山手の丘から見えるハマの灯りを「宝石箱をひっくり返したような透明な」と表現し、「その印象がブルーライトなんです」と説明していた。
青い灯りは少ないが、「ブルーライト」は歌詞としてぴったりだし、橋本氏の作詞家としての優れたセンスを表していると思う。試しに「オレンジライト・ヨコハマ」と歌ってみたら......。
《その3》
夜10時過ぎ、私はこの原稿を書きながら、ラジオでレイフ・ヴォーン・ウィリアムズの「五つのイギリス民謡」を聞いている。夜遅くまで働くときは、クラシック音楽が励ましてくれる。 放送しているのは、ニューヨーク・タイムズ社のクラシック局であるWQXR(96.3FM)だ。1936年に設立されたこの局は、エンパイア・ステート・ビルのてっぺんからラジオ番組を発信している。アメリカに住んでいたころ、よく聞いた。
最近はインターネットで世界中で聞けるようになり、私は、昔なじみの旧友を迎えたような喜びを感じた。
私は音楽との出会いも「一期一会」と思っている。
この言葉の語源は、茶人の千利休の弟子である山上宗二の「山上宗二記」に出てくる「一期に一度の会」の部分にある。どの茶会でも、人とのめぐり合いは一生に一度と思って、主人も客も誠意を尽くすべきだ、ということのようだ。
私は今、アーロン・コープランドの「フルートとピアノのための二重奏曲」を聞き終わった。「もう二度と聞くことはないかもしれない」と思いながら聞くと、より楽しく聞くことができた。
こんな文章書くアメリカ人、どんな人って、思われる方も多いと思いますので写真を付けました
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