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2023/04/26/水曜日/雨蕭々先日教えてもらったヘリンボーンステッチでポシェットを編んでみた。編み地がしっかりしているので、多少重いものが入っても歪まない。そこで。スマホ用に。余り毛糸がの処遇としてピッタリ。ストラップは古くなって使わないバッグからの再利用ボタンは会津旅で買った会津木綿のくるみボタンうんうん。なかなかおよろしい。家の周りではツツジが明るい。
2023.04.26
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2023/04/24/月曜日/最高気温17度先日のニットお教室はヘリンボーン、すなわちニシンの骨、日本語では杉綾織風の目模様を編む。スワッチにはせずに小さな小物入れに仕立てる。↑上半分は先生のサンプルもちろん仕上げをしていて美しい。下の左 編み放し状態 ガーター編みはフラップ部分ヘリンボーンのところは編み針を2号分大きくし、かつ目数も1.5倍増やしているが編み地が圧縮気味もっと増し目したほうが良いし、針の号数ももっと差をつけたい。下の中 水通し下の右 ブロッキング終わりブロッキングの威力をまざまざと見せつけられる。アフガン編みかと思うくらい生地が厚く、鍋つかみやコースターに向くかも。黙々と繰り返しの反復編みは、時間の経つのも忘れ面白い。編み物時間が始まる前に、本郷のタルトのお店に立ち寄り、ブルーベリーとチーズの一切れとコーヒーで燃料補給(^^)↑Lala Talte さん。良心値段。小さいチーズタルトも二つ
2023.04.24
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2023/04/23/日曜日/最高気温19度この句が何とも言えず好きなのだ。鶯は賑やかに囀り、外は明るい屋内はまだ春先の寒さが少し残り長雨など続いて、しっとりひそやかにしている友だちとの約束もぽっかり空いて家にいる母は水仕事が済んで繕いなどしているお茶でも淹れようかと目を上げるとカレンダーが目に止まるああ、今日は母の日だったな、と気づいて母の側で遅く朝刊を広げながら、母を見るこの人が乳を含ませ、おむつを取り替え、お腹を壊したといってはお粥を食べさせしてくれた日々がその背中に重なっていることを初めてのように眺めるそんな娘の心の動きが見えるような大橋敦子の句だ。因みに彼女のお母様も俳人この日は私的にはジェラート日和マンゴーとピスタチオのダブルここヴェンキのマンゴーの美味しさにうっとり母の日に 娘と競う ソルベかな
2023.04.23
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2023/04/22/土曜日/寒さ戻る〈DATA〉 WAVE出版 / 著者 高橋琢磨2017年3月25日 第1版第1刷発行 〈私的読書メーター〉〈山田風太郎日記に橋田邦彦の名を知る。なぜか後ろ髪引かれこの本に出会う。もう少し彼の生涯に肉薄したものを想像したが、昭和前期と後期の政治、外交、戦争を浚う事に紙数を費や、というか時局の解説で資料の少なそうな彼の行動の背景を探った、と言うべきか。医学者橋田邦彦の著作『正法眼蔵釋意』はなぜ生まれたか。西洋科学は細部へと分け入り全体を捉える事がない。即ち医科学、医術あって医道なし。東洋に無かった医科学を一早く学んだ日本がその三位一体を完遂させ、人間をトータルに見る「科学する心」を啓く、という構想は果たして…〉青年山田風太郎は、敗戦の詔に魂を千切られたのである。最後の一人まで戦うのでは無かったか。世界の片隅で、あの大人しいすずちゃんが、血相を変えて臓腑の底から叫んだではないか。それが降伏だと!先立った息子たち、空襲に焼かれた老若男女、市井の人びと沖縄の惨状、これらにどう申し訳を開くのか。自分のたちもその後に続くのだ。皆そう覚悟したではないか。おそらくごく普通の人の当時の率直な気持ちはそれだったと思われる。ところが敗戦を一旦受け入れるとそんな昨日までが180度反転する。小賢しく小利口に立ち回る人間が私益を膨らませていく現実が日夜、表出してくる。国土壊滅に至らせた国の指導者がおめおめ生き延びて軍事裁判に引っ張られる姿に、なぜハラを切らないかと青年風太郎は歯軋りするのだ。執拗に新聞報道を調べ、敗戦後188人の自決者である事に触れている。その中に橋田邦彦が含まれ、青年風太郎は直接知り得ないはずの橋田が立派な人物であった事を特記している。ところで東大銀時計の若き橋田邦彦が欧州留学の折携えたのは尺八、硯、陽明学の本、泉鏡花などであったという。こんな所に橋田という人がよく現れているではないか。当時、学生らによる法律と医療相談に奉仕する「東大仏教青年会」に請われた橋田は医学、医療、医道、科学、宗教、政治に至るまで講和し、学生らに盛況であったという。一方で生理学を独立した学会設立と為すなど実際家でもある橋田は『正法眼蔵』に基づき、学会長を置かないとした伝統が今尚続くという。その行動力と学生から慕われ後進を育てる姿を見知った人物の推挙を受けて一高校長へ、更に難しい時局の文部大臣拝命を受ける固辞するもとうとう折れたが、学徒出陣には我慢ならず辞表を出した先に服毒自決があったのだ。科学者橋田は日本の敗戦が見えており、大臣の地位に就くことの意味もその先も理解していた。まして幼い頃より繰り返し心身に刻んだ陽明学徒なのだ。愛妻きみゑも養女の看護がなければ共に、の覚悟の青酸カリ。そしてそれは近衛の要請を受けて地中から掘り起こされ渡されたというのである。橋田の遺書の辞世の句いくそたび 生まれ生まれて 日の本の学びの道を 護りたてなん「科学する心」で「道」を通し科学立国せしめ、その科学を基礎に産業を起こし、日本の経済を強くし、その横展開によってアジア全体が豊かに発展する構想そんな夢を橋田に見出した著者の経歴が野村総合研究所のロンドン支店長、主席研究員を務めた、というのはさもありなん。そんな氏がどうしても触れずにおられない天皇の戦争責任について、感じる所は大いにあった。文中、明治天皇にも引用される夏目漱石だが、昭和天皇に向けての文章は『坑夫』から。「いいねえ。富士は、やっぱり、いいとこあるねえ。よくやってるなあ。富士には、かなわないとおもった。念々と動く自分の愛憎が恥ずかしく、富士はやっぱり偉いと思った。よくやってると思った。近衛や橋田の生き方を通して見てくると、おそらくこのようであらまほしき天皇が、著者に去来するのであろう。実際の所はその変身振りに皆が戸惑ったのだ。敗戦直後の自身による外交、神から降りて日本中をへ巡り、炭鉱にまで潜って坑夫を激励したかと思えば、いつの間にか奥所にこもり祈ることが多くなった、と。橋田の遺書のもう一つの辞世の句大君の御盾にならねど国のため死にゆく今日はよき日なり文中から読みたく思う資料『田島日記』、加藤恭子いくつか。また時実利彦が橋田の愛弟子であったことを知る。彼の脳学と人間の成長を捉えたシリーズには多くを学んだ。
2023.04.22
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2023/04/20/木曜日/初夏の如し念願叶う。殆ど太郎の同名書物に沿った画像と今現在の沖縄を被らせるカメラワークもちろん当時はあって今では失われたものがある。例えば久高島のイザイホー岡本太郎が撮影をしてそれを公開する事で島の人に衝撃をもたらせた風葬そのスキャンダル仕様は相も変わらずなマスコミの介在による、こんがらがりが一層、関係者を惨めな境遇に陥らせる、という展開なのだ。今回その事へ取材は慎重に入っていった。久高島の祭祀を司るノロ、大変気高い風貌の、その女性のお孫さんのことばは、風葬の写真公開が巻き起こした憤り、困惑を慰撫し、包み込むかのように思われた。そしてこのフィルムの中でもっとも重要なことば「むかし、人は生きるということはどういうことかを考えていた。今、私たちは生活をどうするかしか考えていない」岡本太郎という人はとてつもなく大きい振れ幅の人間だ。彼はパリが芸術家の溜まり場、毎日が祝祭日のような1930年代に18歳から10年暮らした。絵で表現することの根源を見極めるためだろうか、ソルボンヌでやがて哲学、美学、心理学、民俗学を学ぶ。特に民俗学の泰斗マルセル・モースに学んだ事が彼に大きな影響を与えたのは疑いない。何しろモースの下からは、かのレヴィ・ストロースらが輩出されたのだから。敗戦という未曾有の経験を通して塗り替えられていく日本物事の価値観をフランスで作り上げた自分そんな自分の祖国の、これぞアーキタイプと思われるものを求道し、ついに太郎が出会った沖縄、なのである。そして、心ある沖縄の人びとはそんな太郎の気持ちを丸ごと受容したのだった。御嶽の場太郎は言う。そこは何もない、何もないことによって豊穣である。ただきよらかさに満ちた元初の祈り人間とはこうしたものではなかったろうか。ありのままに生きる人間とは。太郎はその御嶽のエネルギーを作品へ注ぎ込んだあの、太陽の塔へ太郎の居間からは芭蕉がエネルギッシュに育ち放たれている。まるで沖縄をいつも思い出せるように。あわや失いかけた所で救われた 芭蕉布平敏子さん、という人間存在そのものがすばらしい。芭蕉布を織ること嘘をつかない、正直な仕事カイコではなく、葉から人間の手が直接生み出す糸この扱いにくい繊維を見事な糸に紡いで折り上げる平敏子さんが持ち得た技術それを支えた生き方、身の振る舞い、一つ一つに涙がこぼれてしまう。かたじけなさに涙がこぼれる。昨年9月に101歳の生涯を閉じられた。沢山の弟子、跡を継ぐ人びとを育てて。なんと見事な生涯であろうか。沖縄本島の東にあって、600年続いた女たちの神への祈りは豊漁と航海の安全のみならず、名護の女性が語ったように、本質的には根の国=女の国からの、日本、アジア、世界全体をも包括する祈りだったのかもしれない。イザイホーはもう失われたが、その祈りは、それを大切に思う人びとの心の裡に場所を変えたのだ。芭蕉布やエイサーや紅型ややちむんの形になって、沖縄で日本で花開いていくのだろう。
2023.04.20
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2023/04/18/火曜日/今朝方は寒さで目覚める〈DATA〉 講談社文庫/ 著者 山田風太郎1985年8月15日 第1刷発行 1995年6月30日 第9刷発行 〈私的読書メーター〉〈80年近く前の人の日記とは思えぬ、現代人の意識と地続き。孤独であり合理的科学的、ややもすれば冷笑的な個人が日記にいる。故に神州、神通力などは埒外である。されど教育。「人と成ったのが大正時代の半老人」からは著者世代が骨の髄まで軍国主義であると指摘される、そんな血の沸騰が8.15の夜、生来する。それも一夜鶏声の内に霧散するのは心情でなく頭脳が怜悧過ぎる所以か。戦火に遭っても凄まじい読書量、風景を描く瑞々しい綴り方。何故を問い続ける敗戦前後の東京と疎開地の日本人の有り様。市井の人びとの声など一級資料ならん。〉この発行日は!断じて敗戦から40年後のその日に出版!の強い意志が出版社や編集人から感じられるではないか。今年はそれから43年。文中から山田 僕は日本精神そのものの実在さえ疑っている。そんなものがあったのか松葉 それはあんまりだ。国民精神というものはどこの国にもある。…それを具体的に見たいと思うなら、大樟公を見ろ、吉田松陰を見ろ、高山彦九郎を見ろ。あれがすなわ日本精神の凝って人々となったものだ。山田 ところが僕は大樟公が信じられない。太平記という小説に理想化された忠臣を見るばかりで、人間樟公を知らない。…修養するにもまったく手がかりのない神的人物だ。高山彦九郎や松蔭はどうか。僕はそこに彼らの人間を見る。しかし一風変わった人物を見るばかりだ。僕は彼らを思うと、耳を切ったゴッホを思わずにはいられない。対象が天皇と美と違うだけで。心理状態においては同じのような気がする。山田 僕は日本精神というものを認めない。僕の認めるのは日本民族性だ。教育というものが決定的に重要として、松葉からそれではきみは将来子どもにどんな教育を施すかと問われた山田風太郎は、僕は人間性を知らない。どうなったら人間は平和な状態にあるといえるのか知らない。人間社会には、一定不動の平和などというものはあり得ない。平和というものは推移するところにあると思う。万物流転の上にあると思う。従って、不動の教育などあり得ないと思うだけだ。と答え、僕は日本精神を認めず、民族性を認めるといったが、実は僕は人格などというものも認め得ないのだ。僕の認めるのは性格だけだ。そしてそれは結局大脳ということになる。人格の向上などはあり得ず、大脳の訓練あるのみだと結んでいる。彼はこの間、医学書よりもロシア文学を多く読んでいた。もっともドストエフスキーは一冊も現れない。驚くのは3月10日の大空襲の翌朝にも進級試験が実施されていた事実。馬込の方では釈迢空が弟子と日本的美を息を潜めるように深く試問し、岩崎小弥太だったか、広田フッコサイと曜変天目か何かの国宝を挟んで睨み合いまんじりともしない図が、業火の阿鼻叫喚中に繰り広げられていた訳なのだ。引用の日記は9月20日、親友松葉との会話。天皇制問答として閉めている。こんなある種ニヒルというか徹底的に科学する心の医学生山田風太郎が戦時中を通して事物をそのように観察し得たことそのような思考を誠実に打ち明け、話し、受け容れる友のあったことをこの日記から知り得た。医学生山田は医者にはならず山田風太郎になった。千回の晩餐を新聞に載せたころは、「耳を澄ませば」の舞台となった聖蹟桜ヶ丘の頂きに住んで、駅のスーパーに美しく並んだ食材を感に堪えず眺めていたらしい。そういえば、ここにあったブーランジェリーでバゲットを買う谷川俊太郎を数回見かけたが、昨今谷川氏はバゲットはいかがか。ところで山田の本籍のあった村は、やはり作家となった三島由紀夫の本籍地でもあり、兵役回避の希望でここまで検査を受けに来たという。三島は結果、兵役を免れ父と小躍りしながらその場をそそくさと離れた。山田は甲種合格でないことを恥じ、何かにつけて列外にある自分というものを考えざるを得なかった。後日、三島はこれを恥じた事もあったろう、肉体改造と割腹自決で人生を終える。山田はスーパーの食材を飽かず眺め、美味いものを食べ、荒唐無稽を書き連ね流行作家になり、初恋の女性と結ばれ子育ても楽しんだようだ。やはり小説作品にはそのような若い時の生き方が何となし滲み出るし、晩年、あるいは人生の閉じ方にはなおさら明瞭となるのだなぁ。
2023.04.18
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2023/04/17/月曜日/爽やかな晴れ渡り訳があって、いついつまでに編み終えたいが先ずあったため、いくつかやり直したい所を見ないふり何とか締切前日に仕上がる。仕上げる?同じ長尺のものを色を少し変えて2枚編むので、一気呵成の前傾姿勢でないと続かぬ。結局3週間ほどで編み上げ、肩はバリバリ(T ^ T)ローシルク素材のレース編みなので、ブロッキングは避けて通れない。百均で、45㎝角のジョイントマットを4枚購入。これで、ピン打ちブロッキングができる!2枚の腕と肩のところを絹糸で閉じ合わせる 貫頭着?みたいに頭からスポリと被るだけ。実はこのデザイン?と呼べるかな、は昨年 とあるブランドのショップで見かけた。 それはメリヤス編みのカシミアかなんかだったけど、 私には余りにお高い! 自分で編もうっと。とあいなる。 90°角度を変えて袖短め丈長めもOK うんうん、なかなかよろしい。 冬用も作ってみようかな〜 試着してみると、あああー、目立つところに思いっきりミスした模様が!あーこんなもんだねえ。でもでも。初めてのブロッキング、 この威力はほんと素晴らしいと実感。 その内縫ったところを解いて娘と分けて 使っても良いかも、と思う母心 おっかさんはせっせと編んだだよー
2023.04.17
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2023/04/16/日曜日/朝は少しく寒いショールを編みたくて作夏頃買った絹の糸最初は長手方向の150センチ幅で編み始める。作り目は別鎖何段か編む。複雑なレース編みでなくても必ず、目落とし、二目一緒などの間違いを犯す私である。ミスを発見した後の解き直しを数回やると流石に八百を超える目であるから、矢尽き刀折れ感が半端ではなく。するする解いて短か手に編む。先日仕上げたマフラーは長手方向だったけれど、あれはガーター編みなので、何の痛痒もおぼえなかった。さてさて、8分の1ほどに幅が縮んだ。ついでにシンプルな模様に変更。↑後方撤退ならん。後退、後退而して、夜更けの母さん夜鍋 である。うとうとしながら編んでいるため、あらぬ模様に突入したところでハッとして解きやり直す。↑どこまで続くぬかるみぞ何度も繰り返すとムキになってリカバリをかけ、連日睡眠不足、電車で爆睡必至↑兵站も睡眠も不足の事態昨夕、遂にこちら方面を打ち捨て新しい刀ならぬ針、新しい玉にて心機一転↑押してもダメなら引いてみよ作戦おや、針を1号大きくすると編みやすい。モチーフと英語の表記が針を持つ手にリズムとなる現れる模様はメロディー、重なる色がハーモニー編み物は音楽だなぁ↑戦い済んで日が暮れて
2023.04.16
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2023/04/15/土曜日/朝から雨、いささか寒し本当のところ、「岡本太郎の沖縄」 を観るつもりだった。 ところがそれは明日からで、 当日朝のプログラムは、かの「独裁者」という何とも私らしい顛末。 この類のあるあるで忘れられないのが、パリ滞在の短日に一日を費やす張り切りでルーアンにモネの大回顧展を観に出かけたら、その日は特別休館。なんぞという事もあったなぁ。もっともその手のミスが決して嫌いではないのである。左様であればこちらの舟に乗りまする、とゆらゆら行くのも旅オツである。という訳で思いがけず 独裁者 を観た。チャップリンの映画は殆ど観ている。ライムライトやキッドなんかは何度も観た。しかし本作を劇場で観たのは初めてだと思う。これが1940年に公開された事に当時大きな意味があった筈だが、ロシアのウクライナ侵攻一年後の今現在、更に時宜を得て胸に迫るとは何事ぞ。私たち人間はかくも進化できない生き物、動物以下の存在なのだろうか。涙滂沱。ユダヤ人床屋がなぜか疑似ヒットラーである独裁者と瓜二つ。其々に知識、情報を与える指導者的執事的存在があり、回りを囲む者たちがいる。つまるところ独裁者も床屋もある意味、中身無しの容器というか媒体物のような存在だ。さて。床屋のチャップリンにあって疑似ヒットラーのチャップリンに無いもの。それが愛、思いやり、友情、信頼をかもすコミュニティであり、コミュニティがもつ、ゆったりと流れる時間なのである。それらを本質的に憎んでいるのが独裁者であり、そもそも媒体である彼には一貫性も無く、思いつきやその場限りの感情に突き動かされている。その決裁が招く事態には全く無頓着で不気味なほど。↑何とかいう政治家に似てないか?ではどうしてそんな独裁者は生まれて来るのか。映画の中で、世界を席巻する力の構造様式であるテクノクラート官僚機構と独裁者はとても相性が良さそうに見える。彼から世界を手中にできると甘言された疑似ヒトラー総統は幻想を抱く。そのシーンで、地球風船と戯れさせる場面を監督チャップリンは描いている。このシーンは強烈なファンタジーだ。どの場面も機械の如き肉体顕現の総統が、部下を下がらせ、いじらしく柔らかく地球風船と戯れる、その素の姿。この幼児性!独裁者がもつ幼児性!独裁者の秘密はここにあるのではないかとチャップリンは描いてはいないか。瓜二つであったことが招いた最後のスピーチ。媒体に過ぎなかった床屋のチャップリンが「HOPE」の一言で心身全体的に電気が走り、まるで今産まれたかのように主体者へ変容していく様。何度でもこのスピーチを胸に刻みたい。「あの残酷な連中に自らを譲り渡すな!機械の頭と機械の心を持った機械の奴らに!諸君は機械ではない!諸君は家畜ではない!諸君は人間なのだ!諸君の心の中には人類愛がある。諸君は憎むことはない。愛されぬ者だけが愛されぬ者と残酷な者を憎むのだ。兵士たちよ,隷属を求めて戦うな!自由のために戦うのだ!」←引用元 Y's Factoly on Note希望の光を心のランタンに灯し、高く掲げて人間の道を歩みたい。知識が人を冷笑的に不感症にしていくなら、知識を超える知恵を持ちたい。ずっとそう思っている。
2023.04.15
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2023/04/15/金曜日/すっかり晩春神田方面から浅草橋の先、柳橋には好きな佃煮屋の小松屋があり、お弁当用によく買いに出かける。しかし、浅草橋から染料を求め藍熊さんのある雷門まで歩くのは珍しい。暑くも寒くもない散歩日和 、歩くの大好きへー、おしゃれなお店がいくつもオープンしているではないか。↓傘の枝だけを扱うお店は、小売りしているのかなあ↓コロンとしたバッグ、よきデザイン↑問屋街の外れ、あるいは革製品の小さなメゾン。あるいはカゴ系問屋さん、まるでパリの下町の如く。↑人気のラーメン店前には欧米系観光客も並んで、ようやくコロナのくびきが外れ始めた?タイガービル!ちょっと戦前風な香りだけど、文字の並びを見ると戦後間も無くなのかな?ここの一階はデザイナー家具が広々と営業タイガービルより浅草橋寄りには、人気のカフェ、半月とかスイーツのシノノメ。マドレーヌよりチョコパウンドが美味しかった。間に古本屋さんがあるのは嬉しい。国際通りを挟んで向こうを歩く。え、ここオシャレだなぁ、重ねられる角皿欲しいな、値段も良心的。道具屋noboriでも散歩には重いと買い控え。新しい生活が始まる人への贈り物にもいいなあ。ここから裏道を雷門に向かえば藍熊さん、その前にへー、人力車制作会社!さすが浅草界隈だなぁ藍熊さん手前には量り売りの豆やお煎餅のお店たいふらふらと花豆揚げたのを買う。焼いたのは無かった。もう一度国際通りを浅草橋へAoyamaDARUMAなる面白げな藍染めを扱う主にメンズ仕様ショップ。ディスプレイが小粋だけど月曜休日さらに進めばパンのペリカン客、列なして、この時間は食パンだけ販売らしい。↑藍熊さんと道具屋noboriさんこの辺は拘りコーヒー店も多く、モノ作りの下地もある。何といっても江戸前蕎麦のあさだ がある。
2023.04.14
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2023/04/12/水曜日/風強く光もまた強い復活祭の俳句もよい。でも、春といえば 蕪村の「春の海 終日(ひねもす) のたり のたりかな」と、この句がどうしても好きだ。迷いつつ、今回はこれで手本をいただく。壁に掛かる画は、奇遇にも 蕪村の弟子呉春 であるそうな。くれはる と読んでみると晩春の候 を呼び覚ます。そして街角ウインドウにては、やはり馬と兵の唐三彩私は婦人俑が好きだけど、この兵は仏僧のような風情があり、悪くない。で、行書の春はゆくよ、下手下手にしもて?へた?
2023.04.12
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2023/04/07/金曜日/今春は寒さがあり過ごしやすい。4月初めの日曜日に猫の額ばかりの庭に ぎうぎうと春の光いっぱいの 絹さや、山椒、枇杷、カモミールが萌え出でる。春一番のカモミールとブラックペパーミントのお茶を淹れ、気合いを入れて先日藍熊さんで買った酸性染料のカモミール花芯の黄色で、シルクガーゼを染める。今週の特別なレッスンで着用予定、既に裁断縫製は済ませてある。シルクガーゼはノリを落とすのに難儀して2日掛かりそこそこ予想の色に上がる。55グラムの布かさに、ほぼ1.5gの染料を用いる。60%酢酸も使用「菜の花が しあはせさうに 黄色して」水尾
2023.04.07
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