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2023/09/30/土曜日/雨の朝今月課題のベスト。先生の作品はもちろんブロッキング、高性能スチームアイロンによって美しい仕上がりだ。上の画像私の編みかけとは雲泥の差でございます。下画像そんなこんなにも、めげることなく。今週半ばには身頃が仕上がり、水通しの後、バスタオルで水分をはがして、ピン打ち。床に転がして自然乾燥を待つむむ、ピンが不足でなんかよれてる。まあ、売り物じゃないのでとひとりごちる。色の組み合わせは割と気にいる。これらは1モチーフにさえ不足した糸の寄せ集め。もったいない!真理教信者の心が慰撫されまする。身頃のとじはぎ これが問題。苦手。やりおおせるには精神力が必要なので、平素仕事から帰宅後の夜仕事はムリ。この週末がんばる。
2023.09.30
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2023/09/27/水曜日/日差しが強いみどりの窓口で切符を買おうとしたら、販売は1ヶ月前からで、まとめて買うなら最後の日で買うように教えられる。用が果たせず、下北沢まで出て蕎麦屋を開拓する。もり蕎麦 太田 ★初訪問世田谷区十割蕎麦+山葵 ¥800もりそばだけなら700円はお値打ち。でも山葵が無くっちゃ、蕎麦も握りも、ねえ。そういえば神田のまつやも山葵は別会計。もりで何グラムかと尋ねると170gくらい。とのことだったけど、そんなには無いというのが実感。よくて150g超えるくらい。常陸秋蕎麦の十割蕎麦だけど、十割にしてはあまりに喉越しが良すぎる。この蕎麦の食感は以前食べたことのある、機械押し出し式じゃないかしらん。これを使うと何か手触りとか空気の含みとか損なうなあ。まあ、安いから良し、とする。ツユはたっぷり、甘味がちだけどそこそこ美味しい。蕎麦湯はひねり無し。お手拭きなし、お水が出される。お蕎麦を食べて満足したあと、道を挟んだ同じ並びに氷屋さん、荒木氷室間口一間ばかり。狭いカウンターでかき氷が頂ける。気取りなし、この値段が嬉しい。おすすめは何でしょうと訊ねるとお茶、とのこと。はぁはぁ、では宇治茶をください。この手のかき氷屋さんでは先ず驚きの、お抹茶をちゃんと立ててからシロップと合わせて供される。とても美味しい。出色でございます。来週にはそろそろかき氷終わりらしい。写真撮り忘れた。下北沢の駅が随分変わって戸惑う。井の頭線は変わらず。
2023.09.27
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2023/09/24/日曜日/暑さ寒さも彼岸まで大雨の後、気づいたら彼岸花が荒庭に忽然と。この禍々しいような色と姿に驚嘆する。なぜ大地はこのような姿を地上に現す?さて、大地が生み出すように、私の手が何かカタチを編み出す楽しさが止まらないニットの時間。今月の編み物クラスの課題を少しアレンジする。ゲージが本来の90%にも関わらず、12のモチーフを10に減らし、本来の丈より10センチも短くした。糸は5.5玉ほど、半端に残っていたストック。針は6号輪針後ろ身頃仕上がり。意外に手がきつい。すごい横長、縦みじか。まあ成形で何とかなると楽観人生。前身頃の糸変えが楽しみすぎて、おまけに間違いを見つけ解き、編み直しΣ(゚д゚lll)気がつくと秋の夜長か、午前2時。今度は手が緩い(´;ω;`)
2023.09.23
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2023/09/23/土曜日/昨夜の強い雨手打蕎麦 ふじや新宿区十割蕎麦 ¥980新宿でのお昼時は最近ではこちらばかりとなる。空腹を辛抱して笹塚に行けば、旨い蕎麦屋が2軒あるのだが。蕎麦とツユの香りと旨みがめくるめく具合に像を結ぶと一刻も早う、となる私め。え、本日は今までで一番並んだ。天候は前回より少し涼味を感じるのに、蕎麦をお昼に選ぶ人が増えているのかしら。それに昼時にはランチセットを注文する人が殆どなのに、本日私の周りは私を含め十割蕎麦が三人。むむ。こんなことは初めてである。隣は蕎麦を好む人なるか、秋である。前回の新蕎麦衝撃も、二度目とあってはぬるびる。畳と蕎麦は新しいに限ります。
2023.09.23
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2023/09/21/木曜日/急な雨〈DATA〉 平凡社著者 簾内敬司2004年3月10日 初版第一刷発行〈私的読書メーター〉〈山形の詩人の「冬の鹿」に触発されるように、消えた鹿やオオカミを求め、みちのく風土歴史ナラティブの体で始まる。信濃まで越境するのは偶々のご縁であるのが氏らしく慎ましい。考察は日本海対岸へ拡大し、ナナイ族デルスウのつぶやき「これからどうして生きていくか」。氏はそれを命ある生き物全体の問いかけと受取り、自分の場所みちのくから具に検証し、花岡事件中国人蜂起、南部藩百姓の国捨て一揆、戦争敗戦の記憶、千三の墓碑へ、細部へ環流する。忘却が絶滅を招くならそれにあがらう。「記憶・責任・未来」の碑文を刻んだ塔こそ本書だろう。〉簾内敬司さんの小説も三章で構成されているが、随筆に分類される本書も三部のつくり。序、破、急の氏の呼気でもあろうか。1 . 絶滅と記憶著者は眠れない夜久しぶりに、眞壁仁の詩集『冬の鹿』に手を伸ばす。眠れぬ夜には郷土の先達の晩年の歌を紐解くのである。そんな著者の暮らしぶりなのである。そして詩人の初期の作品『青猪の歌』を想起する。あお と しし について。マタギの言葉、或いは菅江真澄の記録ばかりか、1952年に山形県下の中学生女子の作文「村の風土記」までも丁寧に、自在に行き交う。そして論考は、常陸の国の鹿島神宮大明神の春日大社渡りへ、みちのく東北の神社で奉納される鹿踊りの月と篝火の薄明へ。さらに日本書紀に記述された古い地名の 肉入籠(シシリコ) を襲う阿倍比羅夫へと時空のあわいが溶けて、東北の深い森へ何層のベールの姿が重なる。シシは息の長い言葉であった、シシは肉を、すなわち鹿を猪を羚を指す狩猟採集の、みちのく民衆の食生活の基盤を象る言葉だ、と氏は言いつつ レヴィ=ストロースを案内する。集団就職の風景が見られなくなった時代、山仕事で声を聞きながら姿の見えない鹿、明治には絶滅したとされるニホンオオカミ、トキへと揺れながら、やはり鹿へと焦点を戻させるのが『秋田マタギ聞書』2. 人間のくに、神の山沿海州/夕陽海岸藤田省三アルセニーエフ『デルスウ・ウザーラ』日露戦争とデルスウの時代の北満州から東シベリア「デルスウはゴリド人やウデヘ人ばかりの子ども時代を思い出す。ところがそこへ中国人が現れ、やがてロシア人がやって来て生活は年毎にむずかしくなり、その後朝鮮人がきた。森の火事がよく起きてクロテンは遠ざかり、他の野獣も少なくなった。そして今は海岸に日本人までやってきた。」「どうしてこれから生きていくか」著者は狩猟民デルスウの嘆息の背景に、テントを張ったナイナ河口の夜の景観を思い描き、「水晶の夜」に重ね思う。その後にやってくる「夜と霧」の時代を。みちのく南部藩の凶作と大飢饉は、オホーツク海からの寒気がヤマセとなって引き起こした。重い年貢に苦しむ飢えた農民が集団で国を捨てる逃散。人間ばかりではない。かつて大口の真神と敬われたオオカミたちも広がる耕作地に追いやられるようになり、群れは離散して自らのテリトリーを捨て逃げ去る。そうして遠野郷からオオカミも逃散した。生き延びるために。三閉伊一揆「幸ひ思ひ 出立申すべし」『三閉伊百姓愁惣記』柳田國男『狼史雑話』ハンナ・アーレント3. 獅子ケ森に降る雨逃散したのは同国人や生き物だけではなかった。花岡事件のあらましあと1ヶ月余りで敗戦の日本がGHQに命じられ解散させられた直前。非道に思い余って労働収容所から逃走した事件。一個のおにぎりを飢えた中国人にあげた女性。結局その中国人はなぶり殺されてしまう。ここで、著者はフランクルの『夜と霧』の重要な一文へ読書を連れてゆく。「私を当時文字どおり涙が出るほど感動させたものは物質的なものとしてのこの一片のパンではなく、彼が私に与えた人間的なあるものであり、それに伴う人間的な言葉、人間的なまなざしであった」『秋田県警察史』蜂起の翌日にはあらかたの中国人は、鹿島組、鉱山関係者、警察、自警団、憲兵隊、住民によって山狩された。彼らは炎天下、三日間水も与えられず広場に座らされた。息耐える者が続出したが、彼らは犬や猫に食われるままに放置されたという。この残忍性はどうだろうか。これは私の血にも同様に流れる日本のものなのかと自問するだに恐ろしい。戦後55年目の夏、著者はその現場である大館市立花岡体育館を訪れ、小さな碑が雨に濡れるのを見る。この雨がせめて一日でもあの時降ってくれれば、と詮無かことを思うのだ。そして敗戦後のドイツと日本の行動の差を考える。「記憶・責任・未来」を考える力を。文末で著者は高橋セキ、千三母子の墓に触れている。母子は文字どおり母ひとり子ひとり。藁葺きの薪小屋に住んで日雇仕事という貧乏のどん底で千三を手塩にかけて育てた。千三は小学校を卒業すると働きに出る。心優しい親孝行息子で、休みが取れらば必ずセキの元に帰り安心させた。文字の読めないセキが次はいつ帰る?を口癖に指折りしては息子の帰りを心待ちにしたのだ。千三に赤紙が届く。その時校長に話したセキの言葉が残っている。『石ころに語る母たち』「これまで、千三をオレの子どもだ、と思っていたが、間違いだったス。兵隊にやりたくねえど思っても、天皇陛下の命令だればしかだねエス。生まれた時から、オレの子どもでながったのス」千三はニューギニアで命果て、敗戦の数日前に白木の箱の小さな骨一つになってセキの元に帰った。天皇の赤子と連れて行かれた子は、小さな骨に成り果て今、母の元に帰って来た。著者のいう換骨奪胎とはまさにこのことだ。杖とも柱とも頼るもっともよき人千三を亡くして、セキは千三の墓を建てようと決心する。朝4時に起き日雇いで得た30円から爪の先に火を灯すように貯金をし、10年後道路に向けては南無阿弥陀とだけ彫った墓石を建てた。「牛や犬の死んだようにしたくねえと思って、長い間に少しずつためたお金で墓石つくってやったス。オレ死ねば、戦死した千三を思い出してくれる人もなく、忘れられでしまうべと思って、人通りの多い道ばたさ建てたス。その道を通った人たち墓石見で、戦死した息子の千三を思い出してけるべエ。お念仏をとなえてくれる人もあるべし、知らねえ人でも、戦死者の墓だと思えば、戦争を思い出すべななス」簾内敬司さんは、自分の住む土地の一人の戦没者とその母の人生をきちんと語り、この本を終えている。映画福田村事件で生き残った男の子が、亡くなった者一人一人の名前を声に出してしっかり警官に聞かせる。故人は抽象的な数字ではない。具体的な生きた一人ひとり異なる大切な人なのだと訴えるように。そのシーンは本作の言わんとする終わりに重なる。
2023.09.21
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2023/09/20/水曜日/ナマ暑い。今年の夏は暑い!しかし、そんな暑さをもぶっ飛ばす熱いステージ。3年前チケット払い戻しに呻いたステージが。力を溜めて溜めて爆発!大人はいいけど、子どもオーディションは一から練り直しという。制作スタッフの辛抱強さに感謝。アンドリュー・ロイド=ウェバー 作曲翻訳・演出 鴻上尚史レッチリ キス クイーン ジミーペイジ スティング ピンクフロイド イーグルス ザドアーズ デビッド・ボウイ クラッシュ ディープパープル ザフー ニルバーナ ブラックサバス サンタナ ニールヤング ビートルズ ジミヘン レッドツェッペリン オアシス ヴァンヘレン クラプトン パティスミス ジェネシス ポリス ローリングストーンズ ジャニスジョップリン ティーレックス スコーピオンズ クリーム イギーポップ ベルベットアンダーグラウンド ルーリードおおお、緞帳に次々浮かぶ綺羅星のようなロックスターたちスクール オブ ロックメリー・ポピンズ以来、すっかり好きな役者になった柿澤くんが主人公デューイ。ダブルキャストの西川さんもめちゃくちゃ気になるけれど、やはりカッキーを選択。大スター濱田めぐみさんとはメリー・ポピンズの時以上にコンビが深まってきたかも?主役が花あるのは当然。では脇役はどうかとツイそちらに目がいけば、梶裕貴さんが役キャラクターに見事ハマっていた。他も実力者が揃う。俺たちは勝ちに来たんじゃねえ。Rockしに来たんだ。これこれ。俺たちはショービジネスに来たんじゃねえ、 Rockしに来たんだ。と思わせてくれたら、ショーとしては最高クール。子どもたちがロック前後で顕著に変わる、というのはまぁ、まちまち。でもひたむきさは心を打つなぁでも何といっても柿澤くんのステージいっぱいに溢れるエネルギーに圧倒された。これだけの舞台、相当消耗するだろう、実に汗臭いどうしようもない場末ロッカーでしたよ、いや褒めてます。権威を押し付けてくるものにロックしたくなるRock 'n' roll Heart roll Heart. roll Heart
2023.09.20
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2023/09/19/火曜日/なんと!34度のお外先月は旅行と重なり、滅多にないお休みを喫する。2ヶ月振り参加でお題は久しぶりの大作、ウェア↓ニット6号針/コットンほぼほぼ長方形2枚を編んで閉じ、はぎで収めるデザイン。先生オリジナル、冊子掲載あり。さすがに先生の仕事の美しいこと。ボディに掛けたサコシュは8月のトライアル。素材原料はパルプ↓こちらも先生のスワッチ。冬用にウール。イサガーの糸引き揃えで遊んでいるイメージ。余り毛糸のお狩場にも役立つデザインは、一色対応の方もわざわざ購入される方も。↓とりあえず。お教室では試し編み。ジャパニーズ段消しの確認などもしてみる。間違い甚しく∑(゚Д゚)やはり。いきなり編み始めるほどの腕はないので、地道に試し編み→編み糸によるスワッチを繰り返すしかない、のだった。自分。↓立体感があり、美しい仕上がりのサコシュはお教室メンバー作品。この方も講師資格があり、時々教えていらっしゃる。
2023.09.19
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2023/09/18/月曜日/秋はどこ?〈DATA〉 岩波書店著者 簾内敬司1997年9月15日 初版第一刷〈私的読書メーター〉〈『千年の夜』続編。東京で就職した僕が、公子の死をきっかけに帰郷を決意。村暮らしも落ち着き三人組復活と窪地の李さんとの関わりが深まる。著者が「ねんごろ」と表すのも懐かしい。李さんの生計の助けに花卉栽培を勧めると李さんは規模を更に拡大する様子。気分を転じようと出かけた海べで4人は祭りに出会す。篝火を囲み、横笛奏でる女踊りは浜に流れ着いた死者を慰める踊だという。無言で見つめる李さんの涙に篝火が宿る。ひたすら耕すお花畑、花は売らないと李さんは言う。李さんの願いと3人の友情は希望の橋渡しとなる予感で閉じる。乞う続編ー海抜け ー谷の研究 ー涙ぐむ目で踊る三章立て。李さんの過去が語られる。花岡事件を思わせる背景や自警団を率いた村の区長のその後の姿は、映画「福田村事件」を思い出させる。その頃まだ生まれていないぼくたちではあったが、村で積極的に語られて来なかった事件を知るようになる。三人組の内村に留まった田口は町役場に、西方は農協に職を得たのだから、町村の歴史は徐々に三人に共有されたのだ。村は山の谷深い場所にあり、町から差別されている。町の中学に上がると肌身にそれを感じる。町は大きな市から見下される。大きな市も東京からは田舎者と扱われる。東京も京都人からは所詮田舎者の集合地なのだろう、そんな扱いを受けたとアルバイト学生が話したことを東京に勤務していた時代の話として父が語ったことを思い出す。普通に考えればバカバカしいにも程がある。属性には意味がない。その人間を人間たらしめている本質こそ鑑賞され交流される価値のあるものなのだ。私にとって簾内敬司という作家に出会ったことは今年最大の収穫だ。ふと漏らした李さんの「海へ行きたい」。考えてみれば山襞の窪に住むぼくらは海を初めて見たのは遠足の時。その記憶は鮮烈だった。李さんにとって海は捕縛されて来たこの国と祖国の間の回廊なのだ。三人は李さんを誘い、県境にほど近い日本海の小さな浜に辿り着く。40年前の李さんの、鉱山からの逃散は海を目指したのだった。40年窪地を耕し、愛する人との出会い別れの後、花壇が姿を表し始めた。そうして高齢者となり、生き延びるための希望の海に若い理解者、友人らとやって来たのだ。浜では折しも女たちの踊りが始まる。篝火に照らされ横笛だけの無言のおとなしい、何かに耐えるような、長い歳月を物語るような踊りを見つめる李さんの目に涙が浮かび流れていく。次章では美しい谷川の釣りやキャンプの様子が描かれる。林業に従事した父が僕に語った、涙を流す木、ブナの原生林、渓流の自然描写は爽やかな一陣の風だ。過激な行動に出た自然保護活動家らしき品川ナンバーの男と親しくなる李さんが示す友情はぼくら以外では珍しい出来事で、その恩恵に被れるのは誠に選ばれた人、というべきか。李さんの弛まない働きでお花畑は見事に出来上がっていたことに息を呑んだ三人は、庭にデザインを施していく。しかし窪は李さんの土地ではなく村の入会地、コモンスペースだ。誰のものでもないが誰が使っても良い場所。それを李さんと三人は村人が誰でも寄れるお花の溢れる公園にしようと画策する。偏狭な村人がそれを受容するかどうか。入会地と道路を結ぶ歩道もないのだ。問題解決には、法も感情も歴史も複雑に絡む。まして土地の問題は大きいが、三人は寄り合っては知恵を磨く。リレーションの良さは何といってとも、李さんという中心があった上で同じ体験を育んだ幼馴染であることが大きい。それぞれの個性も伸びやかだ。そして公園の公開に、三人はぼくの妹も加わり、長らく廃れていた鹿踊りを復活させるのだ。その踊りは、涙ぐむ目と名づけた、目をデザインした花壇の周りで篝火を焚いて演じられる。いつかの浜の李さんの涙であり、森や谷に生きる山女や樹木の涙であり、人と人を隔てる無言の一瞥の毒への公子親子の慟哭の涙を鎮める奉納舞でもあるのだ。鹿踊りの練習を始めた三人に先ず興味を寄せたのが子どもたちであったことが素晴らしい。大人が夢中になって何かやっている。一体何が始まるのか、ワクワクするのはいつの時代も垣根のない子どもらなのだ。
2023.09.18
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2023/09/17/日曜日/尚暑さ続く画像で見ただけの三國万里子さんデザインのボレロ画像から見よう見まねで考案。糸は野呂さんのそなたしまに近い綿主体の手紡ぎ風なもので、もう廃番と思われる、私の在庫。それに東京デザインセンターで買った麻糸との二本どり引き揃え。私は手が緩いので、針はクロシェの3号で。糸が足りないかもとあちこち探したけれど同じものは見つからなかったが、幸い何とか足りそう。35センチ角を2枚に35×45センチ2枚の計4枚モチーフを作製。↑この間後から後から鈴なりのイチジクを野鳥と競い食べ明かす。いやはやここまで作るのに1ヶ月。何しろ玉巻き機購入前に手で丸めた糸はもつれにもつれ、解くのに編むより時間が掛かった。何といっても便利な道具は進んで試すべし。45センチ2枚の背中はぎ合わせは引き抜き編みをして、しっかり丈夫に仕立てる。35センチ角は前の袖部分になる。その上下は針で、はぎ合わせる。あらら。はぎ合わせてから左右のバランスの崩れを知る。あーあ。ちゃんとマーカーをしないからこんなことに。解いてやり直し。↓ふんわりお袖、どのようにギャザーを入れるか思案して、カフスの目を60目作り、一段目は裏側に往復編みをした。片袖が仕上がり、雰囲気を見てみる。中々楽しいデザインだけど、これ以上太るとサイズアウトしそう(>_<)カフスには麻糸を混ぜず、野呂さんの糸一本で針の号数は変えていない。ベージュの麻糸極細が一本入るだけで編み地の印象が随分変わる。後もう少し!
2023.09.17
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2023/09/16/土曜日/夏が終わらない〈DATA〉 白水社著者 矢野誠一2023年3月5日 印刷2023年3月18日 発行〈私的読書メーター〉〈藝能評論家という肩書きも珍しい。敗戦時10歳で、まもなく麻布中高に進んだ著者は映画クラブで鳴らし、下町の遊び慣れた同級生の薫陶を受け芝居遊びに明け暮れた。日々の暮らしのエピソードはいつか観た芝居、歌舞伎、文楽、落語、新劇、ミュージカルの一コマにピタリとハマる。芝居が人生か人生が芝居か、境目なく捻合わさった一本の紐の如く。茶人だった祖母が普請した数奇屋の実家の隣家表札「寓」には近衛文麿のお妾さんが棲んだ。敗戦後ひっそりと姿を消したら長谷川一夫一家が入居した。北村和夫エピソードに笑う。昭和の時代感たっぷり。〉著者、敗戦の年に10歳ならば、今現在は88歳。米寿だ、目出度い。お仕事仲間はずいぶんと電子化されてしまったが、氏は未だにペリカン万年筆。パソコンはおろか携帯電話も持たない。もっぱらファクシミリでやり取りだとか。電脳化について何度か逡巡があったようだが、それらの機能をマスターする時間があれば1ページでも原稿を書きたい、が心情だという。賢明だ。君子である。君子、危うきに近寄らず。私め小人。PCすなわちパーソナルコンピュータが黒白画面を脱したOS初期の1995年を激しく思い出す。もっともMacパクリと言われたが。それは富士通PCだった。何度初期化嵐を見舞われたか。消えたデータ、ソフトウェア再インストール、どれだけ空しく時間を浪費したか。その時間でどれだけの本が読めたか。データ処理も通信速度も、もしもし亀よの時代。見よ、今はPCを開くことさえ無い。スマホ一択だ。さて、氏の話である。今の今まで組織に属さず自尊自衛の自営業。自らも役者をやったり演出をしたり文章を書いて戦前戦後を生き抜き、舞台をずずずいーと眺めてきた目利きの、肩の凝らない息抜き人生。妙に懐かしい。ご近所にご隠居さんがいなくても、こんな本のページを開けばたちどころに現れる、ご隠居さんが。
2023.09.16
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2023/09/15/金曜日/やはり熱帯続く第二部寿式三番叟鑑賞ガイド冊子の表紙を飾る翁面は古風な写し。装束の紋様は、バチカンの天井模様に酷似していたんではなかったか。休憩時間には2階食堂の休憩コーナーの薄暗いテーブルでコンビニおむすびをさささと食べ、再び本日の二幕目。菅公の雷神変身大魔王振りに当てつけられていたのに、ここは気分を一新のとうとうたらり。◼️ 柳は緑、花は紅数々や、浜の真砂は尽きるとも、尽きせぬ和歌ぞ敷島の、神の教への国津神 治る御代こそ目出度けれ菅原伝授手習鑑 四段目 北嵯峨の段菅公の御台所の隠れ家に、お世話する八重と春。ここにも時平の手下が追っつけて、御台所を捉えようとする。長刀構えて敵と立ち向かう健気な八重も儚くなり。ああ桜丸の女房もここで果つる定業。夫婦二人は冥土の旅支度となれり。あわやの危機を救った怪しい山伏の正体いかに。◼️ 「追つ付け吉左右(きっそう)お知らせ」と這うばうしてこそ急ぎ行く寺入りの段一方、芹生は京の外れの寺子屋にお師匠武部源蔵の子どもとくらまして、菅公長子の菅秀才百姓倅の子らに混じれば忽ち匂い立つ高貴なお姿。今日からお師匠さんの元で習わせたいと親子連れが訪ねくる。◼️ 愛に愛持つ女子同士、来た女房はなほ笑顔「私事はこの村外れに軽う暮らしてをる者でござりまする。この腕白者を御世話なされてくださりよかと…寺子屋の段切 豊竹呂太夫 鶴澤 清介後 豊竹呂勢太夫 鶴澤 清治豊竹呂太夫は、十一代目豊竹若太夫を襲名とか。贔屓から、待ってましたの声かかる。引き込まれ、呂太夫の語り口滑らかに太棹と共に一本の舞台となる。呂勢太夫が演じる松王丸の複雑な心情を噛み殺した笑いの様、人情絞られる一級の芸術なり。涙ルイルイ。思い詰めた様子で師匠の源蔵が外出から帰る。実は菅秀才を匿っていることが漏れて、その首をうちとれと時平家来に命令され絶対絶命の淵に立たされていた。身代わり立てようにも村の子では似ても似つかぬ。首の検分は家来の中で唯一菅秀才を知る松王丸が果たすことになる。源蔵は寺入りしたばかりの子の風貌が麗しいことを認め、この子を身代わりとして白台に載せ差出す。この身代わりに気付かない筈のない松王丸は、菅秀才の首であると言い切る。時平の家来らはその首を携え館へと戻る。そこへ身代わりの子の母親が戻り、あわや源蔵に斬りかかられた刹那、刀を避けた子の文机からは死に装束がはらりとこぼれ落ちる。実は母は千代。夫の松王丸と企て我が子を犠牲に恩義ある菅公の御台所と長子を助けたのだった。◼️ 「弟子子といへば我が子も同然」「サア今日に限つて寺入りしたはあの子が業か、母御の因果か」「報ひはこちが火の車」「追つ付け廻つて来ませう」と妻が嘆けば夫も目をすり「せまじきものは宮仕へ」と共に涙にくれいたる五段目大内天変の段竹本 小住太夫鶴澤 寛太郎おおお、この大切な仕舞いの段を小住太夫が。織太夫と小住太夫が私は贔屓。特に小住太夫さんのたっぷりふっくらとして品の良い感じが。三味線の寛太郎はえ?大丈夫こんな若手と思ったら、従来の演奏とは異なるかき鳴らし。なんかもっと時流でありつつ、東北や沖縄などの地域が香りたつ演奏というか、これはこれは楽しみと思わせてくれた。通して観劇すれば、菅原伝授手習鑑はやはり五段目までを演じて座りが良い事を知る。五段目を蔑ろにしていると嘆いた近松門左衛門の、今年三百年忌に良い供養ではないだろうか。天変の続く京では菅公の汚名がすすがれ、上皇により秀才の菅原家相続が認められた折も折、時平は怒り焦り、秀才を亡き者とするその時側近は雷に打たれ即死、時平の耳より二匹の蛇出て、桜丸と八重の亡霊に変じ、時平を懲らしめる。菅秀才と姉の苅屋姫がトドメを刺し仇討ちする。少し違和感を覚えたのはこの件。優雅な裏若い苅屋姫と幼い秀才が刃物片手に瀕死の時平にトドメ、というのは今令和の世にはちと生臭い。終わりは菅公の名誉回復のハッピーエンドに重点を置いても良いのではないだろうか。「せまじきものは宮仕へ」と共に涙にくれいたるこの語り口、今の世でも涙くれる善良な夫婦の多い事願うばかり。
2023.09.15
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2023/09/14/木曜日/まだまだ暑いよ。❷手打蕎麦 ふじや新宿区十割蕎麦 980円9/13 お昼時は最近では先客が3〜5組も待つ具合。昨年までは余り記憶がないが。日差しに炙り出され待つ。本日のお蕎麦はとても美味しい。何事ぞ。店員さんに尋ねる。なるほど、なるほど。今日、私は真岡市の新蕎麦を頂いていたのだった。新しいと古いでこんなに爽やかさが違う。蕎麦湯もいつになく美味にてたっぷり頂く。しかし、待ち時間の暑さが癒やされぬ。思い余って、かき氷の道草。成城あんや へ何と。ここでも店内待ち椅子五脚にあぶれて、外並びとは。ようようありつけた宇治金時にむせぶ。ここの抹茶は小倉山。値段はふじやのお蕎麦と同じくらい。まめかんがあるのも嬉しい甘味屋そんなには食べれないので、豆大福を二つ買って帰ります。雑菓子とも思えぬ品の良い大福ざんす。
2023.09.14
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2023/09/13/水曜日/朝夜は過ごしやすく❹手打ち蕎麦 わ川崎市麻生区ざる 780円蕎麦の量は130〜140gというくらいかな。ワサビも少量だけど、注文毎にちゃんとさめ皮おろし、ありがたい。石臼挽きらしいけれど、十割とは思えない。問題は冷水シメを施してなかったこと。これをしないと蕎麦の味はぼやけてしまう。価格は文句なしの800円でお釣り。かき氷その❶は経堂の anamo cafe9/5 1時間並んで待つ。イエ〜すごいボリューム。いちごミルク。930円は今時高くない。アボカドとかカボチャとか人気らしい。かき氷その❷は本厚木の かき氷専門店雪華フルーツソースを2種類選んで800円。抹茶と梨を選択元は飲み屋さんの昼商売風。タバコの匂いが感じられ長い無用。氷の質は今ひとつ。でもソースはそこそこ満足。かき氷の下はミルク氷をかいた層がうずくまる。甘さ控えめなのが良し。
2023.09.13
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2023/09/12/火曜日/30度超えの残暑は厳しい9/8 地下鉄半蔵門駅を出ると台風の風雨音凄まじ。濡れそぼりながら、劇場までの道を急ぐ。この劇場は10月には建替のため閉館となる。新館ご披露は6年先とか。帝国ホテルといい、国立劇場といい、歳月や昭和も遠くなりにけり。この3.4年 文楽、殊に浄瑠璃に惹かれて、2ヶ月毎の上演が楽しみで通った。5月からの通しの菅原伝授手習鑑の後半と曽根崎心中 演目が、あぜくら風の国立劇場最後の上演となる。文楽では五段目終章を演じられることは稀らしく、今回はなんと51年振りに最後まで演じられるとあって、本年の近松門左衛門三百回忌にも相応しく、観客も熱気の満席。10:40開始で、五段目が終わると18:00を過ぎていた。途中休憩を挟んだり 寿式三番叟 などの演目もあったが長丁場だ。とざい、とーざい三段目 車曳の段演じられた頃大阪に三子が生まれ話題となったことを背景に、大阪は佐田の地の、菅原道真公別邸の管理任された百姓に三子の息子があり。京で賜ったご奉公は夫々主人を異にして、政治権力の悲哀をかこつ。三子も主人の忠義と父親古希祝いの孝行の板挟み◼️不忠の上に不孝の罪、桜丸場所は京の吉田山。吉田神社は藤原一族が春日大社から勧請した、そのお社に藤原時平が参詣す。舎人の杉王丸を演じる南都太夫の気迫と熱に染まる会場牛車の長柄を引くは松王丸。豊竹藤太夫がピタリとハマる。敵対する梅王丸と桜丸、兄弟同士のあわや一戦が、お社の前で流血ならぬと時平一声でその場収まる。梅王丸の小住太夫が、出番毎に素晴らしく伸びているように感じられる。ここまで。役割毎に太夫が変わるのも珍しく。茶筅酒の段場面は河内国の佐田村、官公別邸。舞台上座には仲良く並び植えられた菅公愛樹の松、梅、桜。三子の名は菅公自ら授けた主従のご恩あり。今般の古稀に、やはり菅公より新名白太夫を賜り、祝膳の儀。嫁らがわらわら参じるが、その名もそれぞれ千代、春、八重と麗しい。八重の贈り物三方、八重だけを連れての氏神詣の前触れが、華やかで和やかな場面にあって、三味線の無音の音のようにこれからの悲劇を奏でる。喧嘩の段ようよう三子の内、松王丸と梅王丸◼️「ムゝ桜丸はどうして来ぬな。アゝ待ちかねる者は来いで、胸の悪い見とむない面構へ」とうとう掴み合いの喧嘩が始まり、桜の枝を折ってしまうアクシデントのクレッシェンド。訴訟の段折れた桜を咎めず、白太夫。梅王丸の管公元へ参じる願書を聞き入れず、松王丸の勘当は受入。主人時平と敵対する兄弟を心置きなく討つためだろうと松王丸夫婦を追い出す。この段の豊竹芳穂太夫が好い。桜丸切腹の段切、登壇。竹本千歳太夫三味線、豊澤富助うーん、年季が違う。重みが違う。先代名人の浄瑠璃をたっぷり聴いて蓄えた財が違う。それあっての切腹の段のお勤め。◼️「頼みも力も落ち果てゝ、下向すりや折れた桜。定業と諦めて切腹刀渡す親、思ひ切つておりや泣かぬ。そなたも泣きやんな、ヤア」「アゝ、アイ」「泣くない」「アゝ、アイ」「泣きやんない」「ア、アイ」◼️「御恩も送らず先立つ不孝。御赦されてくだされい。下郎ながらはじをしり、義のために相果つる」ここにおいて涙滂沱である。下郎ながら恥を知り。日本人の琴線に響く。そこに被さる老親打ち鳴らす鉦撞木浄瑠璃も三味線も人形も観るものも演じるものも渾然一体。折れた桜を咎めぬ不思議で様子を伺っていた梅王丸は、後を追おうとする八重を引き留める。白太夫は松王丸にあとを託し筑紫へ旅立つ。四段目天拝山の段あれから一年が過ぎた、のどかな山の広がる筑紫。菅公を乗せて牛を引く白太夫◼️「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」侘び住まい近所の安楽寺に一晩で梅の木が生えた事を知った矢先、梅王丸が主人菅公の元に馳せ参じて、御台所と子息の菅秀才が無事であることが伝えられる。◼️「梅は飛び桜は枯るゝ世の中に何とて松のつれなかるらん」筑紫まで追いかけて来た時平家来の平馬の白状で、時平の皇位を狙う企てを知り、菅公は雷神と化し帝守護のため都へ飛んでいく。豊竹藤太夫鶴沢清友ー幕ー
2023.09.12
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2023/09/10/日曜日/暦では白露〈DATA〉 影書房著者 簾内敬司1989年5月10日 初版第一刷1990年2月28日 初版第二刷〈私的読書メーター〉〈読書中「福田村事件」を観て映画と小説が交叉するようだった。戦後10年ほどして谷間の寒村の、見捨てられた湿地の窪地に一人の背の高い男が住み着いた。小学生3人組のぼくらにも村人が男を忌み嫌い、今にも襲い掛かろうと算段の様子が見える。その空気に乗じてぼくらは肝試しに男の陰踏みに打ち興じる。町から母娘二人して逃げ帰った公子の影も面白半分に踏みつけると公子は痛い!と蹲った。ぼくらが人の心の痛みに触れたとき、窪地の男への憐憫が芽生え、公子の母、祖母の悲哀に抉られる。故郷を離れ成人した僕にある日公子の自殺が伝えられる。〉ストーリーは三つの構成からなる。「影踏み」「魂の力」「菩薩花」半分は著者の自伝的要素を含むように思われた。「魂の力」母千代の魂の抜け殻としての死を見て公子が身体の奥の奥から絞り出す声。村人の「心ない」噂や眼差し態度に潜む毒。心を理解する魂が無くて、人間は生き延びられるか。公子や母、祖母がようよう生き延びられたのは僕の母が、いくばくかでもその魂を持ち得た隣人であったからだろう、と著者は描いているような場面が幾つか描かれる。しかし村人の毒は徐々に千代を侵食する。熱さも冷たさもひもじさも睡眠も、何も感じない肉体になり、魂はただただ会いたい人へと抜け出していく。そんなモノ想いに取り憑かれるような、まるで平安貴族の恋物語を我が身の上に感じとれる経験もしくは感性がなければ、読み手はおそらく大仰に感じられる章だろう。認識を他者と共有する困難さを考える時、認識の階層について思う。私たちは計量できるものについては共通認識が持てる。すなわち科学の領域。歴史も一応人文「科学」であるが、これについてはどうだろうか。知られている史実に捏造や加変があるとしたら、共通理解はせいぜい地理地質の分野までだろうか。その先の計量不足な情の絡む分野ともなれば人の数だけ認識の数も増す。そんな私たちが認識を超えて共同体を育てていくには、過去の過ちから学んでそれを個々に克服する作業が必ず問われる筈だ。さて、この本について誰もが過たず共通に認識できるのはコンテンツではなく、パッケージだ。私は 岡茂雄の『本屋風情』読んで以来、パッケージの方にも関心が向く。それは絵画を囲む額縁の如くして。本の重さとか四辺の長さとかページ数とか発行日、出版社、責任表示としての発行者名とか、本のパッケージを具に眺める。で、本の本体にISBNが無い、ことを発見する。おおよそ1980年代半ばには、ISBNバーコードが日本の刊行冊子殆ど全てに付与された。本書発行の年代から考えるとそれがないのは少し不思議だ。装丁は大変しっかりしている。一体影書房とはどんな出版社なのだろうか。と別の方に関心が湧く。ネットで調べてみた。こだわりのある出版社であることが分かる。韓国の詩人など早くから朝鮮文学を日本に伝えている。影書房を立ち上げた松本昌次という出版人もとても興味深い。そしてこの本の初出が影書房の季刊誌「辺境」の6.7.8号に連載されたことがよく理解される。辺境には第一次、第二次、第三次が存在し、前の二つは井上光晴が編集人で、豊島書房から出たこと。第三次が影書房から全10巻出されたことが分かる。その掲載を見ると、列島の周縁から遠い声、小さい声を拾いあげていることがよく眺められる。本作続編の『涙ぐむ目で踊る』は、その季刊誌に連載されていない。さて、それは?
2023.09.10
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2023/09/08/金曜日/午前中風雨強いテート美術館展 新国立美術館 7/12〜10/2先週酷暑の中、ターナーが観たくて出かける。ウィリアム・ブレイクも2点「アダムを裁く神」「善の天使と悪の天使」楽園で暮らしているようなブレイクだが、それは神というゲイテッドオーチャードの中でのみの自由。ブレイクから半世紀人はここまで印象を風景へ、風景を印象へと自由に飛翔させた。大切なのは光としての色光と色彩(ゲーテの理論)大洪水の翌朝 創世記を書くモーセ12色彩環図アンモナイトのようにも見える油絵は他に2点湖に沈む夕日陰と闇 大洪水の夕べターナーからさらに50年。モネ。ポール=ヴィレのセーヌ川風景に神は存在しない。コロナで突然中止になり見られなかったハマスホイが2点。室内、ゆかにうつる陽光↑私には月明かりにしか見えないけれど、好きだなぁ、これ。室内この隅っこの暖房は当時のデンマークの住宅で見られる様式。一つで複数の部屋を温める。コロナ前に行ったデンマークのスカーヘンだかスカーゲン。その地の美術館に所蔵があるはずだが、私はアンカー夫妻の画家のアトリエしか行かず、街のアンティークショップやクラフトショップをふらふらしたことが悔やまれる。しかし画家の室内はハマスハイの描く室内ととても似ている。ハマスホイからほぼ百年心象風景は要素に分解され、展開され、ある規則や偶然に従って変化を見せる示威行為に。その中にも光、陰、色があり、はたまた音が加わりより宇宙的になった。自然科学と共に歩んだアートが一覧される。そんな時代にあっても私は手仕事。↓ニット作製のインスピレーション用に桑沢デザイン時代にはやたらとこんな作品を描いた記憶が。
2023.09.08
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2023/09/05/火曜日/夏が終わらない話題の映画を週末、新宿に観に出かけた。監督 森達也企画、脚本に 荒井晴彦ほか音楽 鈴木慶一森達也といえばどちらかといえばドキュメンタリー作家の印象だけど、こんなオーソドックスな抒情的シーンも描けるんだな。そこは荒井晴彦氏の手腕なのだろうか。でも女性の描き方が相変らず、というか。しかし、それを突き抜けたような田中麗奈は良かった。水道橋博士の怪演は驚きだった。⬛️ 館内劇場に着いた時点で満席。前日に予約したとき既に3分の2は埋まっていたので、平日午前ならともかく当日席は難しいだろう。そのくらいの入り。団塊世代の方が過半数?若い女性も。若い人はどちらかというと一人で来てる人が多い印象。若くない私も一人で来た。⬛️ 予め知っていたこと関東大震災時の流言飛語については、高校日本史資料で目にしたが、授業でまともに取り上げられなかったように思う。今の高校生はどうだろうか?方言を理解してもらえず、香川県から来た薬売り一家が村の自警団によって殺戮された史実は既に20年前に上梓されていた事を私は知らなかった。⬛️ 差別を知る被差別部落に関しては、高校の三年間で1時限割いた授業があった。それまでそんな事は何も知らず、周囲からは半ば浮いていたかもしれない。後年、網野善彦の歴史本に触れて初めて政治的な側面と祭司に纏わる歴史から、ある時点で民間の中にそのような差別意識がフィックスしたことを知った。差別されるものはより下に置かれたものを差別することで自身を浮揚させようとする。それが大多数の私たちだ。学生時代に流行したアジアンテイストなワンピースで街を友人と歩いていたら、年配の二人連れ女性から、チョン公と罵られた経験がある。私はその時何の事かさっぱり分からなかったが、友人が教えてくれた。罵った女性二人は明らかに夜の飲み屋かキャバレー嬢の風体なのだ。切ない。勤務先からの帰途、迷子の男の子がいた。聞くと遊んでいた同級生とはぐれてしまい、帰り道が分からないという。転校生かと聞くと、福島からという。大震災後ままないことだった。大人に言われ遊ぶふりをしてわざと放り出す、そんな経緯が見えた。私は悔しいやら腹立たしいやら、男の子を学校の見えるところまで案内し、副校長に訴えた。心ない言葉をぶつける子たちがいる事を知った。避難してきた子どもの胸の内を想像することすらない。共感の気持ちはどこへいったのか。知らないところで気づかないところで、大小様々の悪意が徒党を組んで差別を生む。⬛️ 映画に見られる差別構造しかし、一方で時代の空気に流されない、屹立した個を際立たせる人間がいる。永山瑛太演じる薬売りの頭目もそんな一人。ツイ最近まで忌み嫌われ、強制的に隔離されていた らい病=ハンセン病者に商機とみるや臆せず近づく。憐れみと商売気のないまぜが可笑しいけれど、村人は伝染を恐れ近寄らないのだ。いつもケチな彼は、鮮人とののしられている飴売り娘の飴を女子どもに大盤振る舞いしたりもする。ところで飴売り役の女優さんが可憐で、素晴らしかった。そのシーンだけで涙ぐんだ。自警団が武器を携え激昂して取り巻き、口々にお前らは鮮人だろうと罵る。薬売りは自分たちは日本人だ、と言うが、頭目は「朝鮮人なら殺していいのか」と自警団に問い返すのだ。薬売りらは部落出身者だった。田舎か都会か、高学歴か否か、金持ちか貧乏人か病者か健康か、日本人か他国人か、支配者か被支配者か、定職者か行商人か、常民か否か、或いは思想による峻別も描かれる。大震災のどさくさに獄死した共産主義、社会主義、労働運動に携わる若い人たちが沢山いた。亀戸事件 としてしられているが、映画はそれにも触れている。この時に民本主義活動をしていた吉野作造も追われていた。『君たちはどう明らか』著者で、戦後岩波少年文庫を編集にあたった思想家だ。宮崎駿は岩波少年文庫で育った人だ。⬛️ 真相を知りたい。声にしたい。日本人の本性というものを知りたい。その歴史、背景を知りたい。特殊な環境下で自分がどんな立場を取るか、あらゆる可能性を考え尽くしておきたい。そのためにはできるだけ、事実を知ることだ。それを担保するのが報道だ。ところが報道は知る権利を報道しないことで歪めている。昔からそうで、今もそうだ。だから情報を鵜呑みにしてはいけない。朝日新聞の天声人語と、政治社会面に報道していることのギャップに驚く。購読者を馬鹿にしている。口先だけ、ペン先だけなら何でも言える書ける。心がない。映画では小さな地方紙ではあるが、報道の世界で真っ直ぐに使命を生きる若い女性が「書かなかったことでどれだけの犠牲者が出たか。新聞記者には書く責任がある。朝鮮人だろうが日本人だろうが、何人だろうといい人も悪い人もいる。そうではないですか。」と上司に訴える。青臭い使命感だろうか。この青臭さがないから今、日本は混迷しているのではないだろうか。ラストシーンが強烈で、靄のかかるような利根川をどこへたどり着くかも知れない舟に一組の男女が乗っている。どこへ行くの?男は明確な答えを持っていない。
2023.09.05
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2023/09/04/月曜日/久しぶりの雨↑図書館で借りたあと、あまりにも気に入って購入。絶版〈DATA〉 岩波書店著者 簾内敬司2001年1月29日 第一刷発行〈私的読書メーター〉〈藝能評論家という肩書きも珍しい。敗戦時10歳で、まもなく麻布中高に進んだ著者は映画クラブで鳴らし、下町の遊び慣れた同級生の薫陶を受け芝居遊びに明け暮れた。日々の暮らしのエピソードはいつか観た芝居、歌舞伎、文楽、落語、新劇、ミュージカルの一コマにピタリとハマる。芝居が人生か人生が芝居か、境目なく捻合わさった一本の紐の如く。茶人だった祖母が普請した数奇屋の実家の隣家表札「寓」には近衛文麿のお妾さんが棲んだ。敗戦後ひっそりと姿を消したら長谷川一夫一家が入居した。北村和夫エピソードに笑う。昭和の時代感たっぷり。〉岩波書店はさすがだなぁ。こういう著者を見逃さない。私は東北がらみで菅江真澄に関心があって、本書をたまたま図書館で手にしたが、そうでもなければおよそ知らないままに過ぎてしまう作家だったろう。1951年生まれということでまだご存命だと思っていたら、もう一期閉じてしまわれていた。高い山の崖地で、知る人なく咲き散る高山植物のように、ひとり太陽や風、雨、星の運行、雲のかたち、たまに訪れる虫たちを眺め充足した。そんな印象を持ってしまう。全10章、どれも何度も味わいたい。この本で知った寒立馬。著者が思い立ってその姿を見に行ったように、私もある日思い立って下北半島にそれを見に行きたい。それに北限の椿の群生。歳取らず死なない女、八百比丘尼の辿る先々の椿をも。
2023.09.04
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2023/09/03/日曜日/雨が降らないインペリアルバーのディテールライト館の時代に部屋に置かれていたスタンド未だ現役の黒電話バー入り口の大きなドアノブカーペットもライトデザイン。ナントカアローズ。ナバホ族みたいなテイスト。スタンドの足元デザインも凝っている。ホテルは当初予算の6倍にまで膨れ上がった。その背景がスタンドの足元デザインからさえ伺い知れる。台形ウロコのようなデザインは職人泣かせか喜ばせか。バー入り口右手にレプリカのスタンドが置いてある。入ってすぐ目の前の本物との違いを見極める目を養うかも?↓バーのもっとも奥まった所に置かれた小卓セットこのテーブルはマリリン・モンロー←シャネルNo.5を付けて寝てる、の有名なインタビューはこの時ホテル内でやりとりされたもの←の宿泊した部屋にあったものとか、同じデザインとか。意外に素朴。けれども小口に彫刻あり手抜きなし。彼女が来日した当時はライト館だ。ライト館に宿泊するために来日する観光客もいたという。彼女とジョー・ディマジオもそんな選択だったのか?↓帝国ホテル初代の模型の向こうに著名な滞在者選択?洗濯といえば帝国ホテルのクリーニング技術。かのキアヌ・リーブスは帝国ホテルでクリーニングしてほしくて宿泊する。とか。写真には残ってないアインシュタイン博士。宿泊時、ドアボーイにチップを渡そうとしたが、受け取らないのが帝国ホテル流。チップ代わりに直筆の、幸福になるための短いドイツ語のメッセージを彼にプレゼントした。長く行方不明になっていたが、先年に海外でオークションに出され2億余円で落札されたのだとか。世紀を超え、同じ場所で日本の顔としてホテルを続けてきた故のエピソードや物語がまた人を呼び寄せるのだなあとしみじみ思う。正面玄関左手でライト館百周年記念展示がただ今開催中。通りすがりに立ち寄ると楽しいひとときになるし、奮発して中2階のインペリアルバーで軽食ランチ←ステーキサンドがオススメらしい←もいい。何しろあと6年の時限つき。さて、帝国ホテルといえばムッシュ村上。私も学生時代に彼の本を買い、問屋街で寸胴鍋やシノワを買いました。ただただコンソメのために。未だにスタッフの敬愛を集めているらしく、彼らにはムッシュとだけ呼ばれているそうだ。東京オリンピック選手村←もちろん最初、の総料理長を務めた彼は、ホテル経営陣の反対を押し切り、ホテル秘蔵レシピだったシャリアピンステーキを全国から集まったシェフに公開して、選手村で振る舞い好評を得たという。シャリアピンは世界に尊敬されたオペラ歌手。歯が悪いが肉好きのため、それにかなうステーキを所望した。それに応えたのがスライス玉ねぎに漬け込み繊維を柔らかくしたステーキでその名が冠された。↓ライトデザインのガラス器には市松好みが。村上自身の工夫が生きたのは、エリザベス女王の午餐会メニュー。注文は魚介類。さすが海の国の女王、お魚がお好きだった。英国といえばドーバーソール。日本にも旨いヒラメはあるぞ、しかしそれだけでは面白くない。エビにヒラメをロールしてスープドポワッソンを濃縮したようなソースのメインを考案した。これを女王は大変褒められた。そしてその一皿に女王が命名したのがSole aux crevettes Reine Elizabeth海老と舌平目のグラタンエリザベス女王風ほうほう。レクチャーを受けているうちにヨダレたらり、お時間も午餐となりぬ。我らは行く、まずは食前の、しかしノンアルカクテル。↑ノジュール読者のためのオリジナルカクテル、ノジュール。底にアラザン沈む。爽やかな柑橘発泡にリゾート色ブラッスリー隣接のこのバー、サンテ?の内装ちょいグランジなお行儀悪さのデザイン元は、あの大地真央さんご主人による。ハッピーアワーが設けられていて、一杯五百円はお得。静々と午餐、と言いつつも砕けたブラッスリーという場所なので気取りなし、が嬉しい。レクチャーで吹聴頂いた通り、エリザベス女王風もシャリアピンステーキも、なんと言ってもダブルビーフコンソメが!メニューの左側にはメニュー由来の物語が素晴らしいと感じたのはやはりビーフコンソメ。透明感とコクが格別。ピカイチはグラタンのソース。どれだけ甲殻類のエキスが詰まっているだろうか。これは何度でも頂きたい。シャリアピンは本当の肉好きには如何。デザートのフランベされたダークチェリーとキルシュ、これに濃いめコーヒーがよく合う。↑メニューは、レクチャーの時貴重な実物を見せて頂いた村上シェフ蔵書印の押された東京オリンピック時のメニュー表という凝りよう。これ、開催者が絶対楽しんでます。そういう企画だから楽しい。私は赤白それぞれワインを頼んだけれど、お水だけで良い方は全行程16000円。帝国ホテルメモ帳のお土産付き。私自身はお得だと思う。最後にコーディネーターの荒川さんに、帝国ホテルすごいですね〜だけでは無い塩質問を投げかけてみた。藤田嗣治がユキを伴い帝国ホテルでボルドーワインをボトルで所望した時のエピソード。荒川さんはさすがよくご存知だった。うーむ、それを知っているというのは相当むにゃむにゃ。でもね、この時私はクセでついツグジと言い、荒川氏にツグハルと訂正され、何だかボルドーラベルの二重写しとなりました。帝国ホテルがグッと身近になった一日でした。
2023.09.02
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2023/09/02/土曜日/外を歩くのが午後からは辛いほど昨日9/1 旅冊子ノジュール企画で帝国ホテルの歴史見学とお食事の会に昨日友人と参加した。奇しくもライト館オープンは100年前の関東大震災の日。集合場所は本館17階ホワイエ。ここからは日比谷公園や皇居の杜が綺麗に見渡せる。先ず案内パンフレットの古い地図の点検からスタート。この地図に帝国ホテルはあるが、東京駅は未だない。当時のターミナル駅は新橋で、これが帝国ホテルから案外近い。↑明治末か大正初めの地図と思われる、とのこと。真ん中黄色の枠が帝国ホテル。建築当時はホテルに隣接して鹿鳴館があり、南に銀座、北にお役所霞ヶ関、西南に新橋駅と、政治、経済、社交、交通の要所だったという。現在のみゆき通り←帝国ホテルと日生劇場間道 は当初はお堀。お堀に面した姿でホテルは建てられた。みゆき通り向こうの日生劇場と宝塚劇場は、もともと関東大震災で消失するまで日比谷大神宮があったが、四ツ谷に移転した今の東京大神宮だとか。当時神前式の結婚式を挙げて、お堀を渡り帝国ホテルで披露宴を行う、というのは上流のステータスだったろうが、神社移転後はその機能はしっかりホテル内に取り込まれた。↓かつてのお堀に沿った長廊下は、中2階にあり、このままロビー上の回廊に繋がる。結婚式の演出に用いられるのかしら?長逗留客のフィットネス散歩道にもなるらしい。帝国ホテルは元々が海外からの要人のための国際ホテルとして官民協働で133年前に、初代会長に渋沢栄一を据えてスタートした。その後、周囲は目まぐるしく変化したものの、帝国ホテルはまるで台風の目のように、その中心で落ち着いている。もっともその台風の目は驚きの短いタームで変態していく。当初の帝冠様式を33年で脱ぎ捨てると、渋沢栄一のたっての希望で、ニューヨーク山中商会の林愛作氏が支配人に招かれる。山中商会の歴史は大変面白い。短い時間ではあったけれど、世界の王侯貴族など超一流の顧客を持つ骨董屋が明治末から大正にかけて日本、世界にあった。この林愛作が、タリアセンのフランク・ライド・ライトを訪ねてホテルの設計を依頼した。実に慧眼であります。愛作とライトがかねてより知人だったとはいえ。コルビジェでもなく、ミース・ファンデルローエでもなく、ライト。ライトは土地やその土地から産出される土、石、樹木というスピリッツに敬意を払い、それらを統合して自身とは異なる文化体系に寄与できる偉大な芸術家だと私は思う。というか、日本の美意識からインスパイアされてその後の彼のスタイルが生まれた。そしてその独自な、自然に対する謙虚な姿は今日益々輝く。帝国ホテル設計時の助手レーモンドは、後に吉村順三を育てた。その時日本側スタッフとなったのは遠藤新であり、ライトの設計思想を明日館や山邑邸に忠実に流し込んだ。そんなライト館もわずか67年で役目を終えて、一部は犬山市の明治村へ。そして現在の本館も50年が経過し、来年からのタワー館建替えの後、新たな姿を2036年に目指すというのだ。渦の中心、台風の目帝国ホテルはその場所に留まり続けながら、自らは激しく振動しているようだ。↓これが新しい本館のデザイン。このデザインと田根剛氏に決まった経緯が知りたいものだ。新本館デザイン案は多田美波さんのフロントシャンデリア、ゴールドローズにも呼応するデザインかな、と感じる。実はこのゴールドローズこそ、東洋の宝石とも言われたライト館オマージュであり、帝国ホテルのヘソ、紐帯かもしれないなあ。↑下から覗くと大輪の黄金の薔薇に見える。ところで、ライトの本館取り壊しに関しては世界中から二千通超えの中止を求める手紙が届き、外交問題に発展するかの騒ぎとなったという。そういう意味では幸福な時代を生きたホテルと言えるかもしれない。今の時代なら取り壊しはできなかったかもしれないですね、と尋ねると、案内の荒川氏はうーんと考え込まれていた。↑小柄でごく普通の方だけど、ミスター帝国ホテルとも呼ばれているらしい荒川氏現在本館で、唯一ライト館時代の大谷石レリーフと彩画の残る壁を有したインペリアルバーも後6年で取り壊しになる。その前に一度はここでカクテルを頂くのも歴史好き、建築好きには大きな喜びだ。その時に注文したいのがティンカーベルという創業100年記念のオリジナルカクテル。ある時、ここを訪れた年配のアメリカ人男性がなぜこの名前をカクテルにつけたのか尋ねたそうだ。彼はティンカーベルを注文し、その場でサラサラと紙にスケッチ鉛筆でティンカーベルを描いた。彼の名はマーク・ディビス。ディズニー映画のアニメーターで、ティンカーベルキャラクターを描き、当然アニメピーターパンにも参加していたという。驚くことにその後彼はアメリカから丁寧に仕上げたティンカーベルの絵をホテルに贈った。ホテルの百周年を祝う言葉を添えて。インペリアルバーではディズニーアニメで大きくなった人びとにも幸せの魔法がかけられそう。ティンカーベルというカクテルと共に。ところで、あの柿ピー発祥もこのバーだった。戦後の占領時代、物価高騰への苦肉の策だったという。お話をうかがうと、今の時代にも大きな示唆を与える事だと勇気が湧く。無いもの、困ったことに直面したら、意外なものを組み合わせる工夫とアイデアで、更に付加価値を高める。根底にその組織への愛があるから湧き出すんだな。
2023.09.02
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