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10月のはじめから会社で飼っているネオランプロログス・ブリチャージが、はやくも繁殖しました。(白くて小さくみえるのが稚魚です) ペアーで子育てをする姿は微笑ましく、社員に優しい気持ちを与えてくれてます(疑惑) 珊瑚のしたに掘って作った巣から、オスが心配そうに稚魚達を見ているところです。オスの後ろにはメスがいて「あんた・働いてきなさい」という感じで、押し出しています。どこの世の中も父ちゃんは大変です(爆)
2008.10.30
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積極精神をつくるには (その3) 中村天風講演記録 人間は先ず第一に、自分自身が自分自身の身体や感情に負けない心を作らなといけない。それは何故かというと、人間の心が自分の身体や感情に負けちまうと、負けたがために結局また、身体の中に非常に大きな損害を招き寄せちまうんですよ。これを多くの人が気づいていないんです。痛いから痛むのは当たり前だ、苦しいから苦しむのは当たり前だ、腹が立つから怒るのは当たり前だ、悲しいから泣くのは当たり前だ、これじゃあいけないんだ。お前の場合は痛かろう、無理もないからまあしょうがない、痛がりな。これで許してくれりゃあいいけど、そうはいかないんだ。本当に痛くて痛がっても、本当に痛くなくって痛がっても、同じ結果がくるんです。要するに真理は同情してはくれないんですよ。これから教わる神経反射の調節方法を知らないで、わずかな感覚や感情の刺激、ショックが心に送り込まれるときに、心の感応性能というものの調子が狂っていると、こりゃあもう、針ほどのことを棒ほどに伝えるんですよ。するとその結果はどうなるかというと、原因が針ほどに小さくても伝わったところが棒ほどだというと、その棒ほどの大きさが、再反射を起こして肉体の生きる力の上に、きわめてよくない現象を生み出しちまう。そりゃあもう、仇や疎かに考えられない重大なことなんだけれども、どういうものだかなあ、この講演聴いてるときだけはなるほどなと思うらしいね。けども一人の人生に生きる場合に、人問だものそりゃあもう、頭痛がしたり、腹が痛かったりすると、そういう場合に元の木阿弥にならないまでも、何の為に講習会に来たんだか分からないような気持ちになる人も、ときどきあるらしいぜ。そういう人間はね、自己弁解が極めて卑怯な弁解しているんです。その卑怯な弁解っていうのはねえ、「そりゃあまあ、先生の教えることはいい方法には違いないけれど、何言ってもまだ先生ほど偉くないんだから」とこう言うんだよ。私はねえ、偉くなってる人間に偉くなる方法を教えているんじゃないんだから。何も知らない人間に、我々同様な状態で生きられるような方法を教えてるんで、それを真剣にやらないから結局そうなるんだろう。もっとも考えようによると、まだ苦しみ方が足りないのかもしれないと思うな、私は。そういう人は、もう今日が明日というような状態になったら真剣にやるだろう、そりゃあ。まあどうにかこうにか、ぐちゃぐちゃしながらも生きていられるもんだから、本当に真剣にならねえんじゃないのって。それも非常に難しい方法じゃあないんですからね。それを難しくない、易しい方法を真剣にしないで、相変らず、この肉体の方からくる感覚や感情の刺激を心に受け入れてると、命を営む一切のすべての細胞が全然マイナスになっちまう。消極的な心のもたらす害私もこの方面の研究ってものを近代科学の上にのっとってしてきましたので、最初からこれはもう大きな損害になることは知ってましたけど、説明の言葉が、一番最初の間は、「血液が濁るぞ、諸君。心配したり驚いたり怒ったり焦れたり、心に悶えを持っているってえと、人間の命を保つ、一番根源をなす血液やリンパというものが、こりゃあもう極めて健康を破壊するような汚いものになっちゃって、いくら長生きしようと思っても長生きできないよ」、というようなことを昭和の十年頃まで言ってましたが、それからつい先ほど頃までは、「循環器障害と臓器障害を起こす恐れがあるから、これを分析的にお話して諸君の反省を求める」と言って、それを主として説いてきましたね。人間の心が消極的になると、一番先に起こる循環器障害というのは、末梢動脈から静脈に還流しようとする際における血管の中に起こる恐ろしい変化だと。それは結局どういう現象になるかというと、血管を硬化せしめると同時に、恒に血圧を高めるという不用意な人生に生きるために、いつなんどきこの循環器に大きな破壊するような状態が起こるかもしれないと、いわゆる血管の破裂によって命を失ってしまうんだと。そうして更に恐ろしいことは、臓器障害といって、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓、そういう重要なものの働きがすべて調子を狂わせちまうんだ。活力を貯蔵する神経(しんけい)叢(そう)それでは、どういうわけで人間が心配したり腹立ったり、あるいは煩悶したり苦労したりすると、循環器障害や臓器障害が起こすかというと、結局要するに、神経系統内におけるところの精力のボルテージが低下してしまうんですよ。生きる力の大根大本の力が弱っちまうからいろんな故障が起こるのは当然ですよ。こう一つでも考えてごらん。「ビックリした!ああ、おっかない」、となるってえと、す-っと青くなっちまうんだろう。結局要するに、こういうマイクだって今電気が通ってるからあんた方聞こえてるんだぜ。今そこの調節するところで、ピッとスイッチ切ってみろ、何も聞こえないから。それと同じような状態になるんだよ。おもちゃ屋行って、蓄電池を使わなきゃ動かないおもちゃ買うんだ。それで買いたてはよく動くよ。だけど使っているうちにだんだん、蓄電池というくらいだから、蓄電されていた電気が放電されてくるわね、だんだんだんだん蓄電池の気が抜けてくると勢いよく走っていた自動車なんかが、走らなくなる、どう、ああ、なるんだよ。人間の身体に生じる疾病というものは、よろしいか、その原因は人間の生命の精力のボルテージが下がったから生ずる現象なんです。どうしてボルテージが下がるのか、それは各種の感覚や感情の刺激、衝動を、心が受けた刹那刹那に、体内の枢要部に散在する神経叢、すなわち俗に急所といわれるこの神経叢に直接、針のようなものさえ棒のようにして送り込んで動乱せしめるからなんだ。神経叢というのは、分かり易すく言うと、生命維持に必要とする活力の貯蔵所なんです。ところが、感覚や感情の刺激、衝動を受けると、その程度に応じて生命エネルギーは、必然的に相当の損失を受けます。そこで、この神経叢から保留してある活力を急激に放出することになる。ところが放出すると同時に放出した分量だけ、また直ちに補充できれば別に何の問題もないのだが、活力というのは失うのは瞬時でしかも無限であり、受け入れるには時問がかかりしかも有限ですよ。強烈な打撃を受けたとか、極度の驚きのために死ぬ人もいますが、これはその刹那無限に活力を失うからで、更に普通の病いの場合などを考えても、この消息はよく分かりますねえ。病いには一寸した不注意ですぐなるが、これを回復せしめるには相当の時間がかかる。とくに神経過敏の人は、より一層失う分量が多く、受け入れるには相当の時間を費やさなければならないという、有り難くない傾向が顕著といえる。ということ聞いたら、原因と結果がすっかり分かったろう。つまり始終自分の蓄電池に豊富な電気力を満たしておきゃあ、いいんだよ。そこでどうすれば、その目的を達成できるかと言えば、感覚や感情の刺激衝動を心が受けた瞬間に、特殊の用意を肉体の各所に施して、体内の神経叢の安定を確保し、その動乱を鎮圧防止するのであります。この特殊の用意というのが、すなわち神経反射の調節法なんです。神経反射の調節法極めて簡単に方法を言う。すべての感情、感覚の衝動、刺激を、今まではすぐ心で受けて、あるいは驚き、あるいは怒り、あるいは悲しんでいただろう。今度はそれを腹で受けろ。と言っただけじゃ分からないだろうな。何がなしの感情なり感覚の衝動、刺激があったらば、まず第一番にぐっと腹に力をいれる。同時に忘れてならないことは、その時にアット・ワンスに肛門を締めて、肩を落とす。腹に力を入れて肛門を締めて肩を落としていると、どんな大きな動揺がきても少しも身体に動揺を感じないばかりでなく、心に少しも変化を起こさない。ショックや衝動をいちいち心だけで受けているというと、そのショック、衝動に心がいたぶられてしまうんです。ドカーンと音がしただけでも、ビクッとするだろう。昔の武士は"肚を練れ"ということを、非常にやかましく言ったのはそういうことで、へそを中心とする腹腔神経節から脊髄に連絡しているこの神経系統が、自律神経系統の動乱を防ぐゴールデン・キーなんです。ところが、今の人間は肚を練るどころじゃない、腹の減るときに物を食いたがるだけだ。もう一辺言う。何かドカーンときたらキュッ。これを三位一体でやるんだ。丹田で力を入れると同時に、肛門を締めてそして肩を下ろす。肩が上がっちゃあだめなんだ。肩が上がってしまうと、横隔膜が上昇するから。横隔膜が上昇すると、気分の中に空虚を感じるんだ。これは昔からもあるけれど、水に溺れた人間でも、尻の穴が締まっていると救かる。木から落ちた人間でも、尻の穴が締まっていると救かる。肛門を締めるということについて、末梢神経が自律神経系統の活躍を結論づけている。ところが、肛門を締めていないというと、フーッと分散しちまうんだね。駆け足するときでも肛門だけは締めて駆け足してごらん。全然疲れを感じませんから。ましていわんや、肛門が締まって膀下丹田に力が入って、肩にしゃくしゃくたる余裕があったときには、自律神経系には何の被害も受けない。正々堂々たる人生を聞いてしまえば何でもないこの方法ですが、求めている人間は、非常にこういう話を貴重に感じるんです。だからこれだけ多数集まった諸君の中でも、この話を「ああ、そうか」と感じて聞く人もあるだろう。けれども、感じ聞かない人もあるだろう。感じて聞いた人は、今後の人生に今日教わった方法が大きな役立つものとなって表れるかもしれない。結局は諸君の聞いた後の応用の程度だから。そうだろう、道を聞いたって歩きださなきゃ何にもならない。こういう方法だって、聞いて実行しなきゃ何もかわらない。だから実行してみさえすれば、その事実が無言の雄弁で諸君に教えてくれるんです。それで現在よりはるかに、日夕暮夜の間、いつも泰然自若たる心で生きられる人間になったら、どれだけその人の毎日が、本当に階級の高い生き甲斐を感じて生きられるか分からない。しかし、こういう方法を知らなければ、今日の仕事は辛かったなあとか、今日は難しいことをやらされたなあとか、自分の現在の日常生活を楽しみよりも苦しみの方を余計に感ずるというような結果がきます。そうして薄い氷の張った上に立たされたような、ビクビクした状態で人生を生きていたのでは、人生何をかなさんや、であります。人生は、どんな場合があっても、自分自身を苦しく生かしてはいけない。如何なる場合があろうとも、自分自身が本当に明るく朗らかに、活き活きと勇ましく生きられなければいけないのであります。そうして初めて万物の霊長たる人間の本来の面目が発揮できるばかりでなく、本当に荘厳に雄大に正々堂々たる人生が生きられるのであります。 中村天風講演テープより 編集部編
2008.10.29
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仕事の時に履いているリーガルの靴が、随分とお疲れモードになってきました。靴の裏はツルツルになって来て、雨の日は滑ってしまいます(爆) いくつか他の靴もありますが、柔らかい感じの靴ばかり履いているので、履いてみるとチョット足が痛い そこで柔らかくて履きやすい靴を探していましたが、今回はショップで見つけたメレルフライトデッキを買ってみました。57f%offでした (笑) 仕事がオンの時もオフの気分が味わえるかな(爆)
2008.10.28
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昨日はまたまた雪峰祭開催中のスノーピークストアに行ってきました。のぶさんF・たかさんF・かっちゃんF・むねちゃんF・とっし-さんF・かず君F・ミッ君Fと会うことが出来ました。お買い上げは、ミッ君から譲ってもらった50周年のステッカーのみでした。 昼食は近くのファミレスで、ご一緒して頂きました。 いつもお世話になっているフィールドの貴公子「かず君」が、ようやく?ブログを始めました。タイトルはかずP家の遊びの一歩です。キャンプ・スキー・ラジコン等と盛りだくさんの内容になると思います。どうか皆さん、遊びに行ってあげてくださいね。
2008.10.27
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婦人産後病脈証併治第二十一 『金匱要略』 朴庵塾の講義より ある産後間もない方が、患部陰部の所にシコリが出来て来店されました。 産後半年ぐらいの方で、かなりの痛みを伴っていました。これは血の熱から来ているのではないかという事で。産後病編にある枳実芍薬散をあげましたが、効果はありませんでした。血の熱から来ているのではないという事になりますから、次に氣を考えて氣の虚に行く排膿湯をあげてみたけれど、やはり治らない。それではオ血から来るのかと思い土瓜根散を出したけれど、効かない。そうなって来ると血の熱ではないし、陽虚からでもない。冷えと湿氣だと考えて甘草附子湯を飲ませたら、1回でスパット治ったのです。 ですから病氣を考えて漢方を選ぶ時は、冷えから来るのか、湿からか水からか、熱が原因なのかという事を考えて行きます。傷寒論や金匱要略にも、そういう事は良く書かれています。冷やす処方の後は温めるのがあって、熱の後には冷やす処方がチャント載っています。読み・問うて曰く、新産婦人に三病有り、一なる者は痙を病み、二なる者は鬱冒を病み、三なる者大便難しとは何の謂いぞや。師曰く、新産血虚するに汗でずる事多くシバシバ風にあたる故に痙を病ましむ。亡血復汗し寒多きが故に鬱冒せしむ。津液を亡い胃燥く、故に大便難し。産婦鬱冒は其の脈微弱、嘔して食す能わず、大便反って堅く但し頭汗出ず。然る所以の者は血虚して厥す、厥すれば必ず冒す。冒家解せんと欲すれば必ず大いに汗出ず、血虚下厥、孤陽上に出ずるを以ての故に頭汗出ず。産婦シバシバ汗出ず所以の者は陰亡びて血虚し陽氣独り盛、故に当に汗出で陰陽乃復すべし。大便堅く嘔して食す能わざるは小柴胡湯之を主る。病解し能く食し、七八日更に発熱する者、此れ胃実すると為す。大承氣湯此れを主。解釈・お尋ね致しますが、産後直ぐに起し易い病氣に、次の三つがあります。その一つは痙病であります。その二つは鬱冒を病みます。その三つは大便の出にくいのを苦しみますが、どういうわけでしょうか。師が言われるのには、産後すぐには血が虚していて、その上にあつがって汗が良く出る。其の為に風にあたりたがるのである。そこで体を冷やして、それで痙病を病むようになるのである。[血虚で発汗しすぎた為に体内のバランスが崩れ血に熱を持って、筋肉の水分が不足して縮まって、収縮運動が低下してしまうのが痙病です。痙病が産後病に出て来るというのは意味深いのです。分娩によって一度に1リットル以上の血液を赤ちゃんに取られるのです。つまり必ず産後は血虚になるのです]血虚して貧血し、その上に発汗をし、熱を奪われて表が冷え、氣が頭部にこもって胃を病むようになるのである。血虚の上に発汗して体液のムラを生じて、其の為に胃がカラカラに燥いて、それで大便が堅くなるのである。産婦が鬱冒を病むと脈が微かで弱くなり、表が塞がってはいて食べられず、大便は反って堅くなり、ただ頭からだけ汗が出るのである。そうなる理由は産後には血虚して貧血しているから、血のめぐりが悪くなり身体が冷える。氣血のめぐりが悪くなると必ず、冒が起きるのである。冒を起こしている病人は、回復する時には大変汗が出るのである。これは血虚して下半身が冷え、陰を離れて陽氣だけが上に出るから、頭から汗が出るのである。産後すぐの婦人がよく汗を出すのは、血である陰が少なくなって血虚して、其の為に陽氣だけが盛んになってしまうから、それで汗が出て陰陽の調和をするのである。産婦で鬱冒しているもので大便が堅くてはいて食欲がないものは、小柴胡湯(血熱を鎮めてやれば良いのである)が主治するのである。小柴胡湯を服用して病が回復し、食欲が出てきて良く食べられるようになったのに、七、八日して再び熱が出てきたものは、胃が実しているのであるから、大承氣湯が主治するのである。読み・産後腹中キュウ痛するのは当帰生姜羊肉湯之を主る。併せてて腹中寒疝虚労不足を治す。解釈・産後に腹の中がさされるように痛むものは、当帰生姜羊肉湯が主治します。この薬方は腹中が冷えて腹痛を起こしたり、労れた為に氣血のめぐりが悪くなって起こす腹痛を治します。寒疝とは、血虚して腹中が冷えて腹痛を起こす病の事である。読み・産後腹痛煩満して臥するを得ざるは枳実芍薬散之を主る。解釈・産後すぐの婦人で、腹痛して、張って苦しがり、横になる事が出来ないものには枳実芍薬散が主治します。又腫物で熱あり、寒気があって痛む者にも用う。因みに桔梗を加えると排膿散になります。読み・師日く、産婦腹痛、法当に枳実芍薬散を以てすべし、もし癒えざる者此れ腹中に乾血有りて臍下に着くと為す。宜しく下オ血之を主るべし。亦経水不利を主る。解釈・師が言われるには、産後すぐの婦人が腹痛を起こした場合には、原則として枳実芍薬散を服用させるべきであるが、もし枳実芍薬散を服用しても癒えないものは、腹中に乾いたお血があって、それが臍下について離れないからである。そのような場合には、下お血湯を用いるべきである。下お血湯は月経がないものにも用います。読み・産後七八日、太陽の証無く少腹堅痛するは此れ悪露尽きず、大便せず煩燥発熱し、脈を切するに微に実す。再び発熱倍し日ポ時煩燥する者は食せず、食すれば則ち譫語し、夜に至り即ち癒ゆ、宜しく大承氣湯之を主るべし。熱裏に在り、結して膀胱に在る也。解釈・産後七、八日を経過して、太陽の病証がなく(風邪から来ているのではない)下腹部が堅く痛むのは、これはおりものが尽きないのである。大便が思うように出ず、苦しみ騒いで発熱している。脈を診てみると、少しくシッカリしている。日暮れになると再び発熱が酷くなり苦しみ騒ぐものは、食べられないはずである。それを無理に食べようとすると、うわ言を言うようになってしまう。そして夜になると落ち着いて、煩燥が治ってしまうのである。こういう状態のものは、大承氣湯を与えるのが一番宜しいのである。これは熱が体の内の方にあって、其の熱が膀胱に結ばれているのである。読み・産後の風、之に続くこと数十日解せず頭微に痛み悪寒し、時々熱有り、心下悶え乾嘔汗出るは久しといえども陽旦の証続いて在るのみ、陽胆湯を与うべし。解釈・産後風邪に冒されて、そのまま数十日も経過しても治らず、少しく頭痛がして悪寒がし、時々熱も出て、みずおちのあたりが苦しく、吐気があって汗が出るのは、永い事であるが、桂枝湯の証がその時から続いてあるだけなのである。この場合、桂枝湯を与えてやるべきなのである。陽旦湯とは桂枝湯の別名 読み・産後中風、発熱、面正赤、喘して頭痛するのは竹葉湯之を主る。解釈・産後血が虚している時に風邪に侵されると、熱が出て顔が赤くなり、ゼイゼイとして頭痛するものは、竹葉湯が主治します。読み・婦人乳中虚煩乱、吐逆するは中を安んじ氣を益す。竹皮大丸之を主る。解釈・婦人が産後授乳中に、異常を感じ其の為に悶え騒ぎ、吐いたり逆したりするような者には、体内を安泰にして氣力を益す作用のある竹皮大丸が主治します。 薬嚢に曰く、乳中虚煩乱とあるからには、乳の中に實したる所、所謂堅く凝りたるものがあるのではないかと、又古人はこれを乳癌に応用した者ありと聞けりと書かれています。読み・産後、下利虚極するは白頭翁加甘草阿膠湯阿膠湯之を主る。解釈・産後血虚していて、相当酷い下利をして虚しているものには、白頭翁加甘草阿膠湯が主治する。薬嚢に曰く、身体疲れ甚だしき人、そして血を下す事多き者、或は息遣い酷く弱い者、婦人産後に本方を要する者あり。腹大いに下り、又は下利、日を経て身体甚だ疲れ弱っている者等である。この場合、下利には多少に拘らず、必ず渋り具合ある者で、必ず渇ある者なり。参照されたし。読み・附方千金三物黄ごん湯は婦人産草蓐に在り。自らは発露し、風を得たるを治す。四肢苦煩熱頭痛する者に小柴胡湯を与え、頭痛まず但煩する者は、此の湯之を主る。解釈・千金方に記載されている三物黄ごん湯は、婦人が産後間も無い頃に、自然に着物をはいでしまって、其の為に風邪を引いて、手足が火照って苦しく、頭痛する者には、小柴胡湯を与えなさい。もし頭痛せず、ただ苦しがる者にはこの湯が主治するのである。 薬嚢に曰く、婦人産後、風邪を受けて手足が不快に火照り堪え難き者に宜しい。又、それより移りして男子にても手足悪く火照り、又は口中乾燥して煩熱する者に用うべし。又はしんに熱ありて、手足火照りてむづ痒き者に宜し。読み・千金内補、当帰建中湯は婦人産後虚虚羸不足、腹中刺痛止まず、呼吸少氣し或は少腹抱急を苦しみ、痛み腰背に引き飲食する能わざるを治す。産後一月は日に4、5劑を服するを得て善とし為す、人をして強壮ならしむ。解釈・千金の内を補う、当帰建中湯は、婦人が産後疲れきって氣の不足を生じ、腹中が刺されるように痛んで止まらず、力が無い為息をしているとか、下腹がひきつれて痛み、その痛みが腰や背中の方にまで及んで来て、食べたり飲んだり出来ない者を治する。産後1ヵ月、1日に4~5劑を服用するのを善しとする。そうすると丈夫になるのである。もし酷く衰弱している者には、膠飴6gを加え、湯が出来たらばこれを入れ、火の上で暖めて膠飴を溶かして服用する。芍薬の働きで胃腸障害を起こす人がたまにあります。そのような時に飴をいれて飲ませれば直ぐに治るのです。又、もし出血が大量である者とか、子宮が傷ついて出血したり、鼻血が止まらない者は、地黄6g、阿膠2gを加えて、合計で八味となす。湯が出来上がったら阿膠を入れて溶かしなさい。
2008.10.26
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雪峰祭 初日 特に買うものはないと思いながらも、縁起物?なのでスノーピークストアの雪峰祭に行ってきました。おなじみのキャンプ仲間の皆さんにも会えて、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。 恒例のアウトレット抽選に応募していましたが1つだけ当選。フォールディングシェルフ メタルトップロング竹です。4割引での購入となりました。(この商品は廃盤になるそうです) 明日も行きます~。
2008.10.25
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コールマン/2007シーズン ランタン 今年はシーズンランタンは発売にならないとか? 買わないだろうとは思っていても、何故だか寂しいなっと感じていました。 2007は黄色と雪模様のグローブで、欲しなっとは思っていました。ただメタルケース付きとはいえ26250円という価格では予算オーバーで、私には手が出ずスルーしていました。 一般的なキャンプシーズンも終わり、販売店ではクリアランスが始まりました。昨日、大特価コーナーを覗いてみると26.250円が5.990円。展示品で傷と汚れはありますが許容範囲です。はれて?黄色ランタンも我が家のランタンたちに加わりました
2008.10.24
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宮崎に来ると何故だか「チキン南蛮」を食べたくなります。普段は食べないのに(爆) いつものおぐらでチャンポン付きセットを注文。ここのチャンポンは海老が入っていません。甲殻アレルギーを持つ私には嬉しい最強セットです。なんとなく豪華な気分になりました。
2008.10.23
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今週は宮崎県で仕事です。延岡の町では「あゆやな」の準備が始まりました。川にとめてある船も、もうじき活躍し始めます。
2008.10.22
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かず君Fと昨晩、軽い山登りに行こうということになりました。いつもの若杉キャンプ場から、山の中を探索したいと思っていたので、ここに決めさせてもらいました。お昼前に、キャンプ場に車をとめてスタートしました。 コース的に短すぎるかな?と思いましたが、樹齢2000年を越す巨大杉や、善人しか通れないといわれる「はさみ岩」等名所も多く、思いのほか楽しめました。 キャンプ場に戻ると、しーふぉさんがいらっしゃいました。暫し楽しく歓談をさせて頂き、キャンプ気分も味わうことが出来た一日となりました。レポはこちらから
2008.10.19
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パープルストーブ本格始動の季節になりました。私もピカールで綺麗にしてあげることにしました。自分なりに気合を入れて磨いてみました。ある程度は輝きを取り戻しました。中々いい感じです。 ところが悲劇が・・・・本体を磨き終わって、はずしていたグローブをつけようとしたときのことです。 チェーンがスノコの間に入り込んでいたのに気づかず、勢いよくグローブをもちあげました。勿論、持ち上がるはずもなく、ガラスのグローブはあえなく落下。派手な音を立ててガラスが砕け散りました。 あっ~やってしまった。グローブ買いにいかなくっちゃ。ジュンペイさん待っててね。
2008.10.18
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知られていない添加物の世界 コロッケ1個20円????。コロッケはジャガイモをゆでて、いためたタマネギ、ひき肉などを入れると原価で一個百三十円くらいはかかります。それなのに何故20円で売られているのでしょうか? 安部司さんという添加物知識のプロによれば、 普通のミンチは使えないから、牛の骨部分についている肉を削り取った端肉(はにく)をもとに、大豆たんぱく(人造肉)で増量し、欠ける風味は香料(フレーバー)で補う。 次に歯触りを滑らかにする加工でんぷんや油を加えるが、それと引き換えに失う粘りは結着剤でカバー。油をなじませる乳化剤、色あせを防ぐ酸化防止剤、さらに着色料、保存料、肉エキス、うま味調味料...。 肉団子にからめるソースは氷酢酸やグルタミン酸ソーダなどで、ケチャップはトマトペーストや酸味料などでこしらえ、真空パックで加熱殺菌。二十種以上の添加物を使い、子どもが喜ぶ味(軟らかくて味が濃く、三口でのみ込める)で、常温保存が利く商品に仕上げるといいます。 安部さんによれば、コーヒーに入れた小カップのミルクも、植物油に添加物を加えて白く乳化させたものかもしれません」と・・・ 便利だが、どこか奇妙な「フェイク(もどき)食品」の可能性があります。 筒状のゆで卵、通称「ロングエッグ」も、その仲間。輪切りすると、金太郎あめのようにどれも黄身と白身が均等。ピザや、外食・中食の野菜サラダの付け合わせなど、「見栄えのいい」ゆで卵の中央部分だけが欲しい業者用に開発された。生卵の黄身と白身を分離して加工。学校給食でも、メニューに生野菜があったころはよく使われたという。 こうした食品は、消費者を喜ばせたいメーカーの思惑から生まれたのか、それとも消費者のニーズがメーカーを動かしたのか。それはまさに、卵が先か鶏が先か、の関係のように見えます。 「自分は業界と消費者の救いの神」と信じていた安部は、開発した肉団子を「おいしい」と食べるわが子の姿に衝撃を受けようです。「おれんとこのは食べるなよ」。そう忠告する取引先の食品加工工場長と自分が同じことに気付き、会社を辞められました。 今、国産の自然塩を扱う傍ら、無添加食品を広める活動をしている安部は問いかける。「なぜその値段でできるのか、なぜカット野菜の切り口は茶色くならないのか...。消費者が素朴な疑問を持たなければ、いい食品は生まれない」 【参考・食卓の向こう側】 病気を治す大切な基本の一つに食事があります。日本人にあった食事。身土不二・一物全体食。この基本を忠実に守ろうとすると、多くの手間とある程度の努力が必要となります。
2008.10.17
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病に侵された熊澤英子さん。薬の副作用で骨粗鬆症になり、ベッド上での生活を余儀たくされた彼女の回復を助けたのは、若き日より私淑してきた中村天風師の教えだった。人の心身を蘇生させ、よき運命を導く言葉の力について、熊澤さんにお話し戴きました。病は忘れることによって治る熊澤さんは六年前に筋肉や関節などに炎症を起こす膠原病を発症し、大変な闘病生活を送ってこられたそうですね。熊澤 いえ、それが、私自身は過去を振り返って「辛かったなあ」とか「闘病した」というイメージがないんです。まあ、現実は大変だったんですが、病と闘ってきた、という感じではないですね。ずっと看病をしてくれた母も、一度も苦労したとは口にせず「もう忘れたわ」なんて言うんです(笑)。両親は中村天風先生の教えをじかに受け、私も若い頃から天風会に入り、先生に私淑してきました。その天風先生が「苦労厳禁」とおっしゃっているんです。苦労はしてはいけない、と。熊澤 親からすれば娘の命に関わる問題だから当然心配はしたでしょう。でもそれをマイナスに受け取ったりはしなかったようですね。発症は突然だったのですか?熊澤 症状が出だしたのは六年ほど前、四十二歳の時でした。両足が凄くむくみ出してきて、指も芋虫のように大きくなってしまったんです。膠原病という難病を発症しているので、ステロイドを使わないといけないとの診断でした。私はステロイドという薬を使うことに対して凄く低抗感があったため、東京の病院を紹介していただいたりもしたんです。でもよい手立てが見当たらず、結局「その薬を使ってください」と言って地元神戸へ戻り、大阪の病院へ入院したんです。私には医学的なことは分かりません。でも天風先生のお言葉に「病は忘れることによって治る」とあるんです。だから体のことは全部お医者様にお任せして、病を忘れることに専念しようと決めました。病人になりきっちゃダメだ熊澤 私が入院したことを聞いてまず飛んできてくださったのが、天風会の先輩お二人でした。その時に持ってこられたのが『運命を拓く』と『真理行修誦句集』という天風先生のご本です。私は先生に関するありとあらゆる本を読んでいましたし、そのご本も当然何回も読んでいました。でも自分の身にそういうことが降りかかってきて初めて本当の意味を知るというか、改めて読み直してみると「こんなことも書いてあるのか」「そうか、こういうことだったんだ」と気づかされることばかりでした。それが凄く楽しくて、一所懸命に読んだんです。何回も読んでいた本なのに。熊澤 ただ、主治医の先生に後から伺った話では「こんな患者さん、見たことがない」というほどひどい症状だったそうです。抗体の働きを助ける「補体価」の数値が極端に低く、計測すらできないとのことでした。さらに心膜という部分に水が溜まり、通常は拳大であるはずの心臓が、三十センチ近くにも膨らんでいたんです。それだけ聞くと、凄い重症でしょう?でも私自身は全くそんな感じがなく、同室の皆さんのお茶を汲んだり食事を運んだりしていたので「誰かの付き添い?」とか「ええ、あなたが患者さんなの」と驚かれたりしていました(笑)。病中にもかかわらず、気丈に振る舞っておられたのですね。熊澤 先ほどお話ししたように、天風先生は「病は忘れることによって治る」と言われています。言葉にすると凄くシンプルですが、実際に痛みや熱が出ると、どうしても気になってしまうんです。頭では分かっていても、そう簡単なことではありませんでした。そんな時、天風会の方がまた訪ねてきてくださいました。そして私の姿を見るなり「どうしたんですか?パジャマなんか着ちゃって」とおっしゃった。「病人になりきっちゃダメですよ」と。思わずはっとさせられました。そうか、私は形からして病人になっていた。すぐに家から普段着を持ってきてもらい、即刻パジャマ姿とはおさらばしました(笑)。元気になってしたいことをイメージする熊澤 天風先生は「心は同時に二つのことは考えられない」とおっしゃっています。そこで私は病気を忘れることは難しくとも、考えないようにするにはどうすればいいかといろんなことを始めました。病室にいると、聞こえてくるのは病気の話ばかりです。これでは気が滅入ってしまうので、なんとか脱出をしなくてはと思いました。私が入院したのは淀川キリスト教病院ですが、お医者様や看護師さんが対象となる礼拝に、私も毎朝参加させてもらうことにしました。とにかく病室から出て元気な人のいる所へ行きたかったんです。病院では朝起きると、朝日を見に行き「ああ、きょうも目覚めた」ということに感謝しました。また、天風会の朝礼で行っていた誦句を一人で読み上げ、病院の頑丈な窓を一所懸命押し開けて、そこから外の空気を精いっぱい吸い込みました。その空気がどれだけ新鮮か。都会であれ、外の空気を吸って普通に生活していたことがいかにありがたいかを実感しました。人院して、初めて分かるありがたみかもしれませんね。熊澤 天風先生は「病気の時には、元気になったら何がしたいかをイメージしておきなさい」とも教えてくださっています。私が元気な頃、欠かさずコンサートに出かけていた「アゲイン」という男性デュオがいました。私はスタッフとして様々なイベントの司会役を務めていたため、彼らのコンサートの司会を自分がしている場面を時間があればイメージするようにしていました。具体的に想像するのですね。熊澤 はい。寝る前にも彼らの音楽を聴いていました。病室を移ってからは周りの方にも恵まれました。皆さんいろんな病気を抱えていらしたのに、明るい方ばかりだったんです。先生も「笑い声がこんなに聞こえてくるのはここの部屋だけね」と言っておられました。そんなある日の夜、眠りに就こうとする直前に、先生がレントゲン写真を持って飛んでこられ、「心膜の水が劇的に引きました」とおっしゃったんです。見せてくださった写真には、元どおり、拳大になった私の心臓の写真が写し出されていました。
2008.10.16
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ステロイドの強烈な副作用熊澤 最初は大量に服用していたステロイド剤の数も減り、体は快方へと向かっていました。病院からも「そろそろ帰っていいですよ」と言われ、ああやっと帰れると、お布団を畳もうとした時でした。突然腰のあたりにグシャッ、と激痛が走ったのです。これがぎっくり腰か、と思ったのですが、先生に調べてもらうと、圧迫骨折をしているとのことでした。これはポキッと骨が折れるものではなく、骨が潰れてしまう骨折のことです。私も初めは何が起こったのかしら?という感じでしたが、翌週に荷物をまとめていると、退院直前になって、またグシャッと折れてしまうんです。何回も折れるのですか?熊澤 これはまだ序の口の話・・・(笑)。とにかく骨が折れるたび、稲光が走るような激痛を覚えるんです。でも、そんな状態でも朝の礼拝には行きたいのでいろんなものにつかまりながら、壁伝いに這うように日曜礼拝へも向かいました。骨折はそれからも何度となく起こりました。お茶を汲むのにやかんを持ち上げた時にも折れ、顔を沈おうとした時にも折れ・・・原因は何だったのですか?熊澤 ステロイドのおかげで命は助かったものの、それを大量に使っていたため、副作用で骨粗鬆症になっていたんです。病院から「帰っていいですよ」と言われては折れる、の繰り返しで結局一か月くらい延長してしまいました。入院が三か月目に突入した頃にはもう精神的にも参ってきて。一緒にいた方も、新しく入ってきた方も皆「お先に」と退院していかれるんです。誰かに「帰るわね」と口にするたびに折れてしまうので「言ったら必ず折れる」ような気がして、家族にも誰にも言わないことにしました。そんな状態でなんとか退院し親戚の家で静養していたところ、そこでまたボキボキ折れて。病院からも「骨が固まるまで動かないように」と注意を受けました。それは辛いですね。熊澤 でも寝てしまうともう一生動けなくなるかもしれないと思い、体を動かしていました。やがて病院から「絶対にベッドから動かないでください」と言われ、全に動けなくなりました。ヘタでいいヘタがいい熊澤 こうして私はベッドの上での生活になりましたが、そこでたくさんの絵手紙をかいていました。絵手紙を始めたのは、元気な頃、百貨店で小池邦夫先生の絵手紙展を見たことがきっかけです。絵手紙をかくのには、特に決まり事や目標はありません。小池先生も「ヘタでいい、ヘタがいい」とおっしゃっています。私はその言葉に励まされ、思うようにかけない時でも、失敗はない、最後まで完成させるんだと言い聞かせて、少しずつかくようにしていました。特に気負う必要のなかったことがよかったのかもしれませんね。熊澤 その年の暮れ、ベッドの上で寝返りを打つ練習をし、ようやく横向きに寝られるようになった頃でした。男性デュオのアゲインさんからメールが届いたんです。二人の歌はどこへ行っても評判でしたが、歌だけでは生活をしていくことができず、私の入院中に音楽活動を休止していたんです。私も仕方がないかと諦めていたのですが、そのメールには「K社長(共通の知人)から我が社の社員に歌を歌ってくれないかと依頼がきています。年が明けたらお受けしようと思っています」と書いてあったんです。私はもう嬉しくて嬉しくて・・・。ただそのメールの最後にあったのが「ただし条件が一つ。司会は熊ちゃんで」って。入院中に描いていたイメージが現実のものとなったわけですね。熊澤 そう、夢が叶ってね。当時は寝たきりの状態でしたが、飛び上がりたいほどの喜びでした。開催まで四か月ほどあるのでそれまでに動けるだろうと見越していたのですが、ひと月たち、ふた月たってもまだ動けない。日にちだけがだんだん近づいてきました。K社長にも動けない旨を伝えたところ「アゲイン」さんも、熊ちゃんに立ったまま司会をしてほしいと言ってるわけではないと思う。車椅子でもいいからいらっしゃい」と言っていただいたんです。やっと骨が固まったばかりで、大丈夫かと心配されましたが、車椅子をワゴン車に乗せてもらい、長い時間ガタガタ揺られながら会場へと向かいました。私は司会だから隅のほうにいればいいのかと思っていたら、K社長の一言で会場にいらした社員さんが私を車椅子ごとぽいっとステージの上に上げてしまったんです。とても緊張しましたが、無事役目を務めることができました。ああ、よかったですね。熊澤 行く前は骨が折れると困るからと、何をするにも体を凄くかばいながら動いていたのですが、宿泊先でベッドに移る時、両足が床に着いたような気がしたんです。つまりこれまでは右足をグッと踏み込むと、必ず腰の骨が折れていたんです。だからとにかく右足に体重がかからないようにしてきたのですが、大丈夫かもしれないと、帰ってすぐにリハビリを始めました。リハビリの指導に来てくださった先生も本当に明るく元気な方で、私は車椅子を降り、歩行器で歩けるようになりました。親戚宅で自主リハビリ中、歩行訓練をしながら窓の向こうに見えた神戸港に差し込む朝の日差しをいまでも覚えているのですが、本当にきれいなんです。雲ひとつない青い空の下、広い海に船がポーッと汽笛をあげながら入ってくる。いまは遠い高台から船を眺めているけれど、いつか歩けるようになって、あの船をもっと近くで見るよ。そう思いながら訓練を続けました。毎日のリハビリのかいあって、今度は歩行器から二本杖を使って歩けるようになったんです。天風先生の「積極精神」熊澤 入院中も、リハビリ中も、私がずっと基本としていのは、天風先生の教えである「積極精神」でした。何かに勝とうとする相対的な積極性ではなく、平常心で、何でもできる、できる、できる、できる、と信じ込む力ですね。自分としてはずっとそのように行動してきたつもりでいました。ところが初めに本をくださった天風会の先輩に「杖で歩くと転んでしまうのが怖い」と、ぽろっと弱音を吐いてしまったんです。するとその先輩が一言、「熊ちゃん、怖いなんて思てたら歩かれへんわ。歩けると思って歩かな、歩かれへんわ」とおっしゃったんです。歩ける、と信じ込む力。熊澤 またリハビリでは、エスカレーターに乗る練習も行いました。ある日、先生方と日にちを決めて練習に行ったのですが、なかなか踏み出すことができないんです。右手を出した後、左足を出して、と散々シミュレー-ションをしてきたのに、足元の黄色い線まで行くと途端に腰が引けてしまう。皆で「頑張ろうね」と張り切って来たのに、私のために空気がしゅんとなってしまっているんです。あれだけ練習したのに悔しいな、と思いながら前を眺めていると、向こうのほうから人が歩いてきて、何気なくスッと乗られたんです。当たり前ですよね。当たり前の姿なんだけど・・・と思った瞬間に、「私、前に乗ってたじゃない。普通に乗ってたんだから行けるかもしれないしと感じ、どこかのスィッチが入ったんでしょう。皆に「行ってくる」と言って踏み出すと難なく乗れて「あっ、乗れた、乗れた!」と感覚が蘇ったんです。そういう時にも、私の根底にあったのは、天風先生の「何でもできる」という積極精神でした。そうした強い力、信念の力、何でも実現していくんだという思い、それらの力と、物事が成就するか否かの関係は切り離して考えられないと思うことが何度もありました。言葉のカが与えるもの熊澤 私が入院中にもう一つ感じたのは、言葉の持つ力です。初めに心不全になった時、先生が「心臓がちょっとお疲れなので、ゆっくりしててください」とおっしゃったんです。振り返ればあの時に「心臓が弱ってますからじっとしていてください」なんて言われていたら不安に陥っていたと思います。同じことを伝えようとする時でも、ちょっとした表現の違いで人を傷つけてしまうこともあれば、逆に生きる勇気を与えることもある。だから日常で何気なく使っている言葉でも気をつけなげればいけないな、と思いましたね。私の母も看護の時に決して「大丈夫?」とは聞きませんでした。私を不安にさせるようなことは一切口にしないんです。「必ず良くなるわよ」「大丈夫、治るわよ」って、もっと心配してくれてもいいんじゃないかと思うぐらい(笑)。天風先生の教えが身に備わっておられるからでしょうね。熊澤 退院から二年が過ぎた頃、私は六甲の街中でかわいいギャラリーを見つけました。ああ、いつかこんな所で私も絵手紙展ができたらいいなっと思いました。オーナーさんが気さくな方だったので、どんな人が出展できるのかと尋ねてみました。すると「あなた、やってみる?」と言われるんです。「えっ、私ですか?私でもできるんですか?」と尋ねたら「どうぞやってください」って。そうして翌年の一月に開催が決まったのですが、私は満足に動くことはできませんでした。でも、皆さんが本当によくしてくださって。「熊ちゃんはそのままでいいからね」と言われて、私は立っているだけなのに、飾りっけもレイアウトもぜーんぶしてくださって。ああ、皆さんが。熊澤 それでいよいよ当日を迎えました。天風会のあの先輩ですら「日に五人くらい来てもらえたらいいね」と話していたのが、蓋を開けてみたら、六日間でなんと四百五十人以上もの方が来てくださったんです。「ギャラリー史上ベスト3に入る来場者だ!」とオーナーさんにも喜んでいただいて。最後に皆さんからいただいたお花の束を車に詰めようとすると、ドライバーさんが「トランクが閉まりません」とおっしゃったんです。それを聞いた時に「ああ、私、本当に多くの方に応援していただいた。支えていただいているんだなあ」という思いが込み上げてきて、思わずジーンとしましたね。私はいまでも絵手紙をかく時は、心がシュンとなるような言葉はかきません。やっぱり読んだ人が元気になるような言葉、自分自身も読んで、嬉しいなと思えるような言葉を発していきたいと思います。例えば梅雨でジメジメしていても「ジメジメしても気持ちは明るいよ」というように前向きで明るい思いを伝えていきたいですね。
2008.10.16
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先日のキャンプでコットハイテンションの縫い目が破れてしまいました。気になっていたのでストアに相談に行くと、こんな人たちがいました。 しばしの歓談、キャンプの続きみたいで楽しかったです。 ちなみに、この3人同じ年です。まゆちゃん若い!! コットって現在の価格は29.800円!! タカッ(爆)
2008.10.15
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朝晩は涼しくなりました。キャンプをするには良い季節です。10月11日~13日は熊本県の歌瀬キャンプ場に行ってきました。久しぶりに雨が振らないキャンプでした。やっぱり撤収を考えると、キャンプは天気が良いです。 今回も・しんちゃんにだっこにおんぶ状態で、お世話になりました。いつもながら皆を楽しくさせてもらう、その手腕は見事でした。仕事の上でも役立つはずと、少しでも勉強させて頂こうと思いましたが、しんちゃん手腕は完成度が高すぎて習得することは、私には無理そうです。 キャンプ場の気温は、昼は30度を越す暑さでしたが、明け方は10度をきるほどに冷え込みました。ちょっと体調管理が難しいかな?って感じでした。参加メンバーで連泊された方は・よりよりさんF・しんちゃん&kumiちゃん・かもめさんF・やっひーF・KITAKYUさんF・やまぐさん父子・モトヤンさん父子・honobonoさんF・syuちゃん&Kaoちゃん1泊では・よっせさん父子・ゆうけいパパさんF・みっくんFDAY参加であべさんも来られました。あべさんは帰りの高速で事故にあわれたとか。幸い怪我はないそうですが、車は大丈夫だったのでしょうか? かもめさんのバーガ・ラーメン。よりよりさんの魚のダッチ炊き込みごはん、スパゲッティ、プリン。・honobonoさんのおでん。・ゆうけいさんの絶品ハヤシライス、スパゲッティ。 皆さんなんで、こんなに上手に料理が出来るのかと驚くほどでした。我が家とはレベルが違いすぎてした。我が家が、お出しできる料理がありませんでした。ごめんなさい。 秋からは本格的なキャンプシーズンって感じで、次が楽しみになってきました。 皆さん、今後とも宜しくお願いします。 レポはこちらから
2008.10.14
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秋ですね。赤とんぼがたくさんいました。
2008.10.13
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朝晩は随分涼しくなりました。我が家の小僧達のクロックスに寒さ対策のために? ジビッツを増やしてみました。穴の完全制覇を狙っているかのようです(爆) チョットつけ過ぎです!!
2008.10.06
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タイに単身赴任していた「よっせさん」が帰国されました。ダッチからディキャンのお誘いがあり、若杉山に行ってきました。秋の風を感じながら豪華な昼食を頂きました。ダッチ家が早朝山口県の市場まで行って海の幸をたくさん持ってきてもらいました。(あわび・さざえ・海老) あわびを食べたのは何年ぶりだったかな?(爆)よっせさんちのチーズのベイコン巻き・ピリ辛つくね 最高でした。本当に美味しかったです。参加された皆さんお世話になりました。
2008.10.04
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仕事では後期が始まりました。景気が悪くて暗い気持ちになりがちなので、会社で飼っていたスッポンモドキがヒータートラブルで亡くなってから、空き家になっている水槽に新しい仲間を迎えることにしました。 魚の種類はブリチャージです。英名ではフェアリー(妖精)と呼ばれるかわいいやつです。前々からブリチャージを飼いたいと思っていましたが、アフリカンをやっていたはフロントーサがメインで、小型はレレウピーくらいしかやってませんでした。 アフリカンでは入門魚ですが魅力的な魚で、子育てをする姿は微笑ましく、みんなを癒してくれるものだと思います。
2008.10.03
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