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二日続きの暑さにヘバッタ。昨日も蒸し暑さは酷かったが、自宅に戻ってから暫くすると風を感じることができた。その風も夜更けには止んで徐々に蒸してきたが。最近、何となく「空回り」している。この「空回り」は自分のモガキなのか。何かそうした感覚を乗り越えないとズルズルと後退するだけなのだろうか。「いつか」と思いつつも時間は徒に過ぎていく。その「いつか」を捕まえるために「足掻き」すら「前向きなもの」へと転化していく。この気持ちは自分への単なるハッタリ、なのか。いや、むしろ自分を誤魔化そうとする無意識への苛立ち、あるいは怒りの感情かも。そんな当て所もない連想が夜空を駆け巡る。
June 30, 2005
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今日の昼前、上司と面接した。某富士通みたいに我が社も負債体質の折、給与及び賞与の原資を現状ベース(あるいは何パーセントかカットして)で査定により配分するスタイルを管理職から順次、係長級職へと導入してきている。ご多分に漏れず自分達も今回の査定から実質的に賞与を中心に反映される。例えばA~Eの5段階評定だとA及びB査定まではアップ、C査定からは実質ダウンとなる。だから普通程度の仕事しかしていない、と査定されれば給与や賞与は実質的に本来支給される名目上の金額よりも下がってしまう。平均と最頻値との違いである。これらに加え現在の給与体系を細分化(おそらく四分割)して通常の給与査定にも積極的に査定評価を反映させようと現在、企画中らしい。これも並みの評価だと良くて据え置き又は若干のダウンとなる。こうした変化は一見、当座の手取額に響く。けれども、実際には退職後の給付に多大な影響を及ぼす。つまり将来の引き当てを減らして、現状の処遇にも「成果主義」を標榜して「メリハリのある」格差拡大を是認する。この給与・賞与のデフレ・スパイラルは果たして高度に近代化した自由経済主義の到達点だったのか?このゼロ・サムゲームの行き着く先には社会の破綻が見える。
June 29, 2005
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政治には勢いとハッタリが必要だ。経済には?仰々しく掲げられた「郵政民営化」の旗印も今日の凪では旗色も褪せて見える。小泉政治の本質は冒頭に掲げたとおり「論理レス」である。もっと平たく云えば論理飛躍は当たり前の思い込み根性一本槍の世界なのだ。とにかく彼が一心に思い込めれば良い。そこには、どんな理性も存在しない。あるのは唯一「人と同じことは云わない」という欧米流の流儀であり当たることもあれば外れることもある。ただ悲しいかな倅ブッシュと同じく代継ぎの嗅覚が働いて何とか出鱈目が生きているのだ。この博打政治は何処まで行くか。
June 28, 2005
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天気予報で「30℃は堅いです!」等と言わなくても良い余計なことを張り切って云う男性アナウンサー。う~、何て憎たらしい存在。私は心から呪いたい気持ち。今朝も寝苦しさの最中に目覚めた。3階建ての3階。天井裏はクソ暑い。必然的に夏は地獄だ。何とかヘバル気持ちをグッと締め直し出掛ける支度する。少なくとも自宅に居るよりは「オソト」の方が確実に過ごし易い、はずだからだ。このまま、一日中、自宅に居たら死にそうな位の熱さが襲うことは、過去10年近い経験から間違いないこと、なのだから。それでも既に昇り切った朝日が駅へと向かう自分の背中を容赦なく照らす。汗だ、汗!いったん流れ出すと、もう止まらないのだよ。それでも何とか駅へと辿り着いて冷えた始発列車の座席に息を着く様に滑り込む。そこから軽くウトウトして終点。とたんに茹だるような乗換駅の構内に飲み込まれ再び汗が吹き出す。こうなると汗がひかない。そのまま職場へ向かう丘を乗り越え辿り着く。同僚は「まるでシャワーを浴びた様な!」と驚いた表情を見せる。仕方ないので着替えて洗濯する。やれやれ着替え持参が必要らしい。ああ嫌だ。夏は!
June 27, 2005
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昨晩は蒸し暑かった。気がつけば窓を開け放したまま寝ていた。これから暫くの間は寝苦しい日々が続くのだろう。少しずつ自重しないと体がバテ切ってしまうな。話は変わるが。昨晩、テレビで阪神×読売を見ていた。鳥谷が打席に立っていた。解説の川藤が「ここは四球を待つのではなく打つべきだ」と云った瞬間に、鳥谷は振った。打球は投手のグラブをかすめて遊撃手のグラブの先を抜けて中堅方向へと転がって行った。結局、試合はローズの3点本塁打で逆転負けした。けれどもあの瞬間に感じた何かが私の脳裏に残った。
June 26, 2005
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昨晩は組合つながり+αで町田にて飲む。ビールも沢山飲むと酔う。その後も地元人の案内で何人かで一軒寄る。その足で駅に向かい気がつくと八王子行きの最終。慌てて乗る。八王子に着くも日付は既に変わっていた。店に寄る。何やかやと朝方まで居る。外に出ると辺りは明るい。広がる青い空。何だか無性に眠い。情けないことに乗り過ごす。何故か荻窪。折り返すも再び豊田。ふらりふらりしながら家へ戻る。少し寝たなあ、と思って時計を見たら夕方になっていた。やはり飲みすぎは良くない。でも今日のクソ暑さにもかかわらず平気で寝ていた自分にも呆れるよ。
June 25, 2005
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ここ何日か降雨で電車内も何となくゴッタガエシテイル。乗り降りにも、普段より余計に時間がかかってしまう。いきおい職場に着くのもギリギリとなる。そこで、少しずつルーズになり始めていた自宅出発を早めた。当然、睡眠時間をカットする羽目になる。だから乗り継ぐ電車に乗る度、バタッとしてしまう。そんな折も折、込み合った車内で足を組んでいる奴がいた。車内に入った瞬間から「ナンナンダ、コイツハ!」と思ってしまっていた。しかも組んだ足の靴裏が私の膝元に当たる。好い加減にキレタ。ので、文句を言った。それでも知らん振りをしやがる。さらに当たる。こっちも充分に怒りに満ちたので再度の注意を発したが、足を降ろさない奴の足を掴んで足組みを解いた。「降りるかテメェ」とか相変わらずの野暮な台詞を吐きやがる。「やだね。降りないよ。急いでいるから」と答えたが。その後も、グダグダぬかすので「人の顔みて朝から因縁つけてんじゃねえ!」と注意したら、少し大人しくなった。何で自分よりイイトシクッタ、オヤジを私が説教しなければならないのか。まったく。
June 24, 2005
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東海道、山陽そして東北、上越さらには長野行き、南九州(?)と、延々と整備が続く新幹線。皮肉にも東海道が開業した初年度に旧国鉄は赤字決算を出し、以降は続々と債務を累積させて20年後にはJRとして分割民営化され、債務は国鉄清算事業団へと引き継がれた。この20年という時間が何となく一つのモノサシとなるような気がしている。阪神が日本一から遠ざかって実に20年とか。(違うか。)今後20年間にインドネシア沖を襲った規模の津波が仙台沖に来る確率は90%という。東海沖地震が随分と昔から騒がれているが静岡県だけでなく宮城県や岩手県なども安穏とはしていられない。今週末から最高気温が30度を超えるらしいが、何とか上越とか福島方面に列車で小旅行をしたくなった。(前にも書いたかな。)
June 23, 2005
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さる18日に宮澤内閣が不信任を受けてから12年目を迎えた。今日の岡田党首もピリッとしない。もっと彼には時と場を選んだ話をしてもらいたい。野心や欲望を剥き出しにすると人は逃げてしまう。その当然の理を政治家は心して欲しい。間もなく都議選の告示を迎える。石原慎太郎というヤンチャ坊主をチェックしなかった「与党」と自称する奴らにキチンと「No!」を突きつける4年に一度のチャンスである。何も非現実的な主義や主張を推せ、などと言うつもりはない。けれども、今のままだけは変えなければ明日も明後日も何も良くならない。折りしも政府税調は、給与所得者の税額控除を縮小すべき、との見解を示した。たしかに、消費税率以外はタブーではない、ということなのだろう。「何となく不満だが仕方がない」と自分を納得させることから翼賛は始まる。ファッショは大勢の「物言わぬ大衆」から産まれる。その蛹を羽化させては、ならない。
June 22, 2005
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210、といえば台風の210日か、パ・リーグのシーズン最多安打記録になる。まあ、そんなことは何でも良い。気がついたら半年以上も書き連ねてきたのだな。ものぐさで気まぐれな自分だから果たして365件に無事、達するかわからんが。このページをめくる(?)たびに何を書いたら良いのか迷い再びページを閉じて、改めて自分なりのネタを再構築したり、日付が変わるのを待ったり、書きそびれて記憶が途切れぬうちに書きとめようとしたり、そんなことの繰り返しであったな。とにかく怠けそうな自分に克った200勝。メジャーの野茂には遠く及ばないが。
June 21, 2005
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たしか予報では19日が今年一番の日照時間であった、らしい。梅雨の合間といえ湿度と気温が相俟って不快指数が高まり始めた。私の最も苦手とする季節の到来、である。たぶん、これからの一ヶ月がひとつの正念場となろう。
June 20, 2005
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御陵前を散策した。甲州街道沿いの道端は、大きく伸びた木々で強い日差しを遮り想いの外、涼しい。久しぶりに100円ラーメンの店に寄る。店内には滝沢くんと店の主人とが仲良くツーショットで写っている。タン麺とビールを頼む。店内には生意気そうなガキどもが居た。けだるい昼下がり。想えば初めて店に来たのは奴らと同い年くらいだったんだなあ、と暫くしてから思う。辻立ちに、沿道から人々が寄って話に聞き入る、ある下町の情景と、こんな多摩の一風景が、頭の中で絡まり梅雨の合間に横たわる、薄曇と強い日差しとのコントラストと、相俟って見える。あたふたと時間だけが過ぎていくような焦りを感じていたが少し落ち着いた様だ。
June 19, 2005
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昨日は、朝から直行、直帰だったのでタマニハ区部を探索して見よう、と思った。地下鉄の「山手線(?)」である大江戸線へと乗り継ぐ。でも途中で気が変わって他の路線へと乗り換える。そんなダラダラを過ごして東京駅へ出る。ちょうど中央線のダイヤは乱れていた。ライナー券を買う。ふと奴のことを想い出した。もうすでに夜の9時半頃だったが。あれから既に4ヶ月ちょうど。3月半ばバイト先を見つけ働き出した、と知人から話を聞いてからも3ヶ月は経っている。おそらく、今までよりもハードな仕事に疲れロクニ連絡もよこさないんじゃないか、と余計なことを考えた。様子でも見に行こうと思った。高尾から折り返して西八王子に出る。駅前のダイエーで缶ビールなどを手土産がわりに買い込む。バスに乗り終点へ向かう。珍しく部屋の灯りが点いていた。ドアをノックする。間もなくして、ドアが開く。奴は意外そうな顔をしていた。無理もない、晩の11時を回っている。随分と図々しい訪問である。とりあえず中へ。奴はバツ悪そうに「ちょうど引越しの片付けをしている」と話した。全国紙に記事が載ってしまったので最近、近所にも気づかれ居づらくなったらしい。でも、ここでバイバイすると再び音沙汰なしになるんじゃないかと思った私は「別に明日、早くなかったら、せっかくビールも買ってきたし飲もう」と声をかけた。かくして再びバスで西八王子へと戻りタクシーで新居へと向かった。詳しく話を聞いたら、実は引越しの翌日、風邪気味で大事をとろうと、休みを取った晩にクビを言い渡された、という。3月半ばから暫くは、バイト扱いだったが4月からは正社員として働いていたらしい。明らかに労基法違反だと思うが奴は淡々としていた。半分は辞める事が出来てスッキリしたらしい。奴なりに、丁寧な仕事をしても「売ってナンボ」と考えるオーナーとは反りが合わなかった、らしい。元々あれこれと仕事を経験してきた奴だから近いうちに仕事を見つけると思うけど。
June 18, 2005
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黙々と仕事を片付けて暇ができりゃ、少しは気楽になれるカナ。この梅雨空を見て自分の心の中に忠実な再現を試みる訳じゃないけど何だかカッタルイ。けれども、ガキらしく振舞っていた頃に比べれば随分とシオラシクナッタ。自分で言うのも、何だけど。仕事絡みで読んでもらってた文章のコメントが先日、漸く戻ってきた。さすがに前回に比べるとマシになっている、らしい。帰りの電車で、赤ペン片手にコメントとニラメッコしながら自分が添削しているかのように朱を入れてみたら、何となくコメントの字面だけを追いかけて読む以上に自分でも納得ができた。これって、たぶんパソコンの画面上だけじゃ、気づけなかっただろうな。
June 17, 2005
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何が原因なのかよくわからないけれどもそれでも気に懸かることはどれでもなんでも適当に当たり前のようにはびこるそれはいつだったか想い出せないくらいの好い加減さをオモテニ隠してただよっている
June 16, 2005
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朝、何故か青梅線がダウン。原因は把握していないが。とにかく参った。通常なら立川まで快適な睡眠を確保できたはずなのに、拝島から必死で八高線に乗換えた。おまけに雨が思いっきり降っていた。あーあ。それでも雨足は夕方になると随分、穏やかになり、小雨以下にまで落ち着いた。こんな空模様なので日中もイマイチ。それでも今日も何とか一日が過ぎた。良かったのやら悪かったのやら。
June 15, 2005
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正直言ってバテテイタ。毎年、入梅の頃は決まってそうだ。だから今日もグダグダと過ごしていた。夕方、知人からの電話。待っていた様に足早に帰る。駅で同僚の小集団に発見される。同僚の一人から、バテルのは無理ない、Tシャツ1枚なんて無茶苦茶すぎる、といった趣旨のアドバイスを受ける。確かに、そうだ。それでも変えないんだろうな。というか既にバテキッタ自分には回復方法が思い当たらないだけなのだが。それでも足は賑やかな場を求める。朝までは「今日は自重して早く帰り、ジッと布団にくるまって寝よう」と考えていたのに。彼には「引越し祝い」と称して自分から「もう一軒」と言ってしまった。いや、しまった。でも仕方ないかな。それでも自滅しないように自重しよう、と思った。本当に。
June 14, 2005
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巷ではクール・ビズの定着が芳しくない様子。このPC全盛の時代に冷房を下げること自体が無理らしい。今日も朝から電車のキツイ冷房に包まれ区部へと向かう。窓の開かないビルの内部は冷房でキンキンだ。それでも途中の蒸すような暑さから部屋へと入った途端に汗が出る。汗を拭うと直ぐに鼻が詰まる。暫くすると鼻水が止まらない。片方が極端に詰まる。休憩時間になり慌ててトイレで鼻をかむ。昔、高校時代に前側の席に座っていた頃に冷房の吹き出しが頭上にあって、同じような経験をして苦しんだことを想い出した。正午になり用事を終えて職場へと向かう。新宿からロマンスカーに乗る。このまま何となく箱根湯本まで行きたいような衝動に駆られるも思いとどまる。町田で降りると普段よりも蒸し暑い雑踏に出る。でも慣れた景色に落ち着く。たしかに区部から来ると道中ともに田舎じみてはいるが。
June 13, 2005
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この蒸し暑い時期、空調は一瞬の清涼感と除湿を齎してくれる。けれども長時間の滞在には過酷さが伴う。昨日も夕方から晩にかけて大学の図書館に篭っていたら、完全に鼻が詰まってしまった。口で呼吸していると喉が渇いてしまう。鼻も喉も、何だか風邪を引いた様な感覚で気持ち悪い。行き帰りの電車やモノレールの中でも冷房がガンガンに効いてTシャツ1枚ではダメ。これから秋まできっとこの冷房と上手く付き合っていかないとバテキッテシマウンダロウナ。毎シーズンのジンクスとはいえ今年こそは何とかしたい。
June 12, 2005
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入梅した、と云われた次の日。それでも、うす曇り。昨晩から朝まで飲み、寝起きもシャキットしない。すぐに支度して出る。土日に約束があるのはホントに辛い。しかも正午。食事の都合も面倒。何とか昼前に着く。受付を通りエレベータで32階へ。降りると真っ暗。仕方がないので下の事務所へ降りる。メンバーは一人だけ来ていた。結局、前回の約束を正確に覚えていたのは彼女と私の二人だけだった。暫く遅れメンバー集まる。話は5分も要らなかった。内容は三宅行きの手配関係。7月の連休前で乗船は既にオーバーブッキング。同じ二等でも甲板になるという。午後から32階へ。夕方まで会議室に篭る。参加者の発言を聞きながら視線だけは眼前に見える新宿の景色を追っていた。時折、晴れ間も見せる空にボンヤリトした視線だけを注いでいた。
June 11, 2005
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いや入梅の気配だ。きっと、そうだ。何が何だか。何でもいいけど。とにかく梅雨だと感じる。少なくとも、この一ヶ月バテキラズニ、クソ暑い夏でも淡々と過ごせればイイナア。あまり煮詰まらずに。
June 10, 2005
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たぶん去年の今頃より順調なんだろうな。でも明日から入梅らしい。この踏ん張りもストップを待つばかりなのか。どうも自分には妙な確信があって昔から4月5月までは絶好調で6月から下降線を辿る、というジンクスめいたものがある。私には毎年、いつ自分がバテ切って失速をし始めるのではないか、というような気持ちが物心ついた、そう!小学校に入った頃からある。西武の田原という捕手がプロ入り13年目にして初めて本塁打を打った、と報じていた。何故だか自分の抱えている長いスランプの連続に一縷の望みの様なものを感じながら聞いていた。この調子で蒸し暑い梅雨、初夏を迎え果たして心地よい秋の夕べを喜々として悠々と過ごせるだろうか。今は、そんな不安みたいなものに何とか向き合い、付き合いながら少しでもバテキラナイヨウニと自分を宥めている。
June 9, 2005
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昨日は朝から区部へ出た。降り慣れない駅を下車し階段を登って地上へと出た瞬間に何やら配っているものを無意識に手にする。区議選らしい。彼の公約には「選挙カーを使わない」が堂々と載っていた。正直言ってアキレタなあ。何なんだコイツハ。俺が有権者だったら絶対に認めない。今でも堂々と選挙カーを使わない活動が「公約」としての有効性を保っていることに怒りすら感じる。何も前の大阪府知事とかを引き合いに出したいからではない。「マニュフェスト」ナンテ産廃みたいなカタカナをカッコいいと思い込んでいるリベラル・パーティの輩の子分達がいう、「公約」ってナンテ酷いんだろうかと。つい先日に地元の市議選で不在者投票した際にも感じたけどビラとかチラシを配るのは止めて欲しい。そんなプロパガンダの垢にマミレタ広報物を喜ぶほど私は馬鹿じゃないよ。本当の「選ぶ自由」を与えてくれよ。そうしないと有権者はホントにバカになってしまうと私は心配している。税金だって金融機関に投入された「その後」はチャント監視しているのか。本気で監視をしていれば「郵政民営化」だって今の法案に対する見解は明白に出るはず。安易な税制いじりは安易な票集め。その下で板ばさみになるのは本当は誰なのか。たまに多摩から区部へと出ると奴らが多摩をバカにする理由も解るけど同じ都民税払って、こんなに格差を感じるのは屈辱に他ならない。バカな都議は落とさねば。
June 8, 2005
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私の錯覚なのかも知れない。だとすれば気のせいだ。けれども確証がない。だから始末が悪い。国の債務残高が666兆円を超えたのは、いつ頃か。ワイマール時代のドイツみたいなハイパー・インフレが再び襲うのだろうか。そうしたら、ナチスみたいなハーケンクロイツを逆さにした宗教が一気に台頭して来て一党独裁体制を確立してしまうのだろうか。あの時代も、識者が盛んに警鐘を鳴らしていたけど、何となくヒトラーはナチスを第一党にして議会制民主主義の下ヒンデンブルクから首相に指名され、彼の死後に全権委任法を国会で可決させ総統になった。1940年体制が温存されると云われる日本に再び復古的な価値観が衣を纏って復活して、何かを再び滅ぼすことはない、などとは誰が確約し得るであろうか。
June 7, 2005
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急に云い様のない無茶苦茶な出来事に遭遇したとき自分でも解っていながら無性に腹立たしくなり辺り構わず、その苛立ちをブチマケタイ衝動に駆られそうになる。例えば、夜更かしは駄目と頭で理解してるのに、愉しさの余り夜明け前過ぎも徒に時を重ね、日の出とともに帰るバツの悪さに勝手にムカついたフリをして寝不足のせいにし悪態をツクなど。真夜中まで飲み明かしたクセに、何を思い立ったのか、タクシーではなく健康のためだと訳のワカラヌ理屈をこねて歩き出すなど。他にも自分で客観的な説明を加えることが「シラフ」では困難な事例は枚挙に暇がない。
June 6, 2005
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試合に出ていないのに一足早く帰ってきて「熱い想い」を語る小野伸二。どうして試合にも出ていない奴が余計な話をするのだろう。何だか変だ。餓鬼の頃、仲間と遊んでいた時、急に何かの真似をダラダラと始める馬鹿が居て無性にイラついた。私にとっては単純に転がり舞う球を相手のゴールに押し込み敵が持つボールはことごとく奪う。唯それだけのスポーツである。水泳もそうだがアマチュアの下部組織レベルで難癖が多い。大会参加費も高いし手続も面倒だし。たぶん多くは代表選手遠征費用に消えるのだろう。Jリーグを見て私は「3年で厭きる」と思ったが実際にそうなった。だから、その後は周りが何を騒ごうが私には「どうでもいいこと」になっている。日本リーグ時代の訳の解らぬ試合よりも喧嘩や罵声が飛び交う試合も考えものだが今のようなマスになったスタンドに、もう足を運ぶ気はないのだ。
June 5, 2005
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先日、「ゴミになるから」といって執拗な新聞購読の勧誘を断ったら翌朝、新聞が配達された、という話が報じられていた。その話を聞いて何だか新聞を自宅で読むのが馬鹿らしくなった。かつて小笠原に赴任していた同僚の話では島で一週間分の新聞を「買って」読んでいたという。NHKのBSは自国の放送とは思えないほどニュースも乏しく地上波の受信できない地域には無縁の代物らしい。この話を想い出したら別に週末、図書館で読めばいいや、となった。「旧聞」だって構わない。むしろ読み返す、話を蒸し返すことによって読み取れるものが見つかるだろうと。
June 4, 2005
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日曜に飲んだ週は何だかペースが狂う。時間や約束を守っても何故か理不尽な目に遭い易い。今週も、そうだった。晩に飲む。同僚達と飲むのは気心が知れている分だけ違和感を覚える態度に出くわすと訳もなく悲しくなる。今晩も、そうだった。別に誰が何だという訳でもない。それでも何だか残念ですね。何かチョッと心の底に引っ掛かりを残しながら再び電車に乗って帰る。それでも何だかシックリ来ない気がする。知人に電話を入れる。豊田に居る、という。彼は昭島に在住、のはず。話をすると今週、豊田に越したらしい。途中駅なので降りる。それにしても随分と急な話だ。何でも新築に住みたかった、らしい。帰る頃は電車もなくなりタクシーで、とも思ったが久しぶりに実家へと戻る道をナゾルヨウニ途中まで歩いてみた。暫くは道を判りかねていたが漸く国道20号線に出る。あとは道なりに立川方面をめざす。1時間半以上は歩いただろうか。立川駅に着き無事、帰路に就けた。
June 3, 2005
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意思決定プロセスに間接民主政治を選択するか、それとも直接民主政治を制度的に組込むのか、を巡る議論に最終的な結論を下すことは難しい。しかし何故、ドイツが議会採決で批准を決めたのかと言えばナチス時代の苦い経験から安易に国民投票で批准することの「危うさ」を懸念したからである。そのことを思えばフランスの国民投票による批准信任は、共和制の「バロメータ」が今回も作用した証である。それでも、どちらにも拡大EUを巡る評価に一定の「不満」が背景として存在することを浮き彫りにしている。政治的な沿革から生じる「理念」と現在の各国による統治の賜物としての個別の「豊かさ」とのギャップが拡大することへの不安は今や漠然としたものではなく明白な現実と化している。そのことを直視せず闇雲に政治的な統合をめざすことは結局の所、「絵に描いた餅」である。
June 2, 2005
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かつて初めての海外旅行へ赴いたときパリは大統領選の最中であった。決戦投票に縺れ込み右派の重鎮(?)ル・ペンがシラクと一騎打ちするというフランス共和制史上嘗てない危機に見舞われた時でもあった。何故に極右の候補が決戦投票にまで勝ち残ってしまったのか?その時の印象は今になり漸く理解された。東独を統合しコール政権が辛酸を甞めたのと同じ経過を辿っているフランス。たしかに偉大なる欧州の体現者であるはずのフランスがシュレーダーやサパテロに指図されるなんて大いなる屈辱に他ならない。ましてや移民排斥の風潮が高まる現在である。納税を拒否する行動から共和制を否定したル・ペン。このようなパフォーマンスが支持を増やしている背景に何か不穏な空気を感じるとともに「きな臭ささ」すら感じる。
June 1, 2005
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