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だと、つくづく思いました。いやはや、こんなの国会質疑のレベルかいなと。たしかにBSE問題はブッシュ訪日の最大の目的だったのでしょうからねえ。それで輸入再開となったらば当然その前提条件とは?そして検証方法は??と突っ込まれるのがフツーでしょう。それをスルーし、ひっそりと「輸入、再開しました。」なんて始められちゃあねえ。それでも「民主党ひさびさのヒットです!」などと威勢良くコメントする記者の馬鹿さ加減にはノックアウトされましたね。これでは阪神大震災後の建築確認の基準改正と確認機関の民間参入なんてこともマスコミは無関心でしょうから同じ様にスルーっていうかスルッと抜けてしてしまうことでしょう。ほんとうは、日々の何気ないプレス発表をつなげてくと立花氏のような研究というかスクープにすらなる訳で、そこいらのセンスというものは30年以上たったら逆に退化しちゃったみたいですね。東横インにしたって、一連の耐震強度偽装建築の一部に系列のホテルが載っており、東横インの経営方針として相通じるスタンスらしきものすら感じます。そこに「身障者」対応という部分からも以前の黒川温泉にあった某宿泊施設と同じ様な動きも起きている。たしかに法令順守という、表向きの限界「恥」を守ることも大切だけれども、一番に問われてしまうのは経営「センス」だと。なんだかタイトルから逸れました。
January 31, 2006
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ふと、宮台氏のページを眺めていたらば、そんな趣旨のことが載っていたな。そういえば明日をもってグリーンスパンは退任する。これまでのアメリカ再興を担ってきたのは金融そのものであったことが改めて想い起こされる。そして今後のアメリカの金融政策というものも当面は今まで培われた金融大国としての経験というかノウハウに立脚したものになるのであろう。かたや日本では、ライブドアが東証の取引の相当な割合を占めるという歪な金融市場システムの危うさというものを漸く実感するに至っている。しかし残念なことは客観的な面においても昨年の東証での取引のうち相当の割合をライブドアが占めているという異常な状態に警鐘を鳴らしたメディアの報道というものが世間一般には認識されるに至らなかったことである。小泉内閣の掲げた規制緩和の推進促進という政策を支えるものは徹底した監視体制の構築でなければならなかった。けれども道路公団の民営化に象徴的であるとおり野放図な官業の民業垂れ流し主義でしかなかった。もし前原が改革競争に追随しないという主張を貫徹するためには、確固とした改善の論理を突きつけなければ駄目だ。辻褄の合わない安易な精神論や端から妥協に満ちた心情論ではない筋を今こそ通す時である。プラザ合意後の急速な金融市場の成長に追いついたかに見えて海外投資家からの買い越しに暮れた昨年だったけれども今年は市況に如何なる波が起きるか。
January 30, 2006
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と私は一昨晩から少し考えていました。彼のインタビューをブツ切れながらもNHKは所々を拾って流していましたけれども他社では通り一遍のコメントを繰り返し流していました。この点も報道スタンスとして考えてしまいました。たしかにバリアフリーとして何らかの施策を進めていかなければ今の世の中の一般的な考え方は変えられない。けれども一方「何で、こんなことを・・・」と苛立たしく思う世間の見方というか私個人の気持ちも存在する訳ですから。たとえば駅にエスカレーターやエレベーターを設置していくということには、基本的には皆さん賛成なんでしょうけど。けれども、その分の駅のスペースは広くなる訳ではない。したがって狭くなる。これは甚だ迷惑だと感じますね。たぶん、西田社長の本音は、そうした杓子定規な「規制」しか設けない行政への不満そのものだったと私は理解します。いつでも「お上」は、自分の敷いたレールに乗らない存在を懲罰的に叩きますから。マスコミも「正義」なんだか訳のワカラナイ煽りをかましますしね。けれども、こうした「本音」を通じてしか本当に社会をより良く改善していけないと思うのです。だから私としては西田社長の本音から、問題の本質というものを少し別の角度から考えた良質の報道というものが何かあっても良かったんじゃないかなあと残念に思います。
January 29, 2006
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まあ、正確には4週間なのですけど。かなり個人的に波の大きな時期でした。まず正月明けから風邪を引いたり、腹を壊したりの不調を連発したり最初からズッコケました。次に久しぶりの旅に出たり。なんとなく年初から慌しく落ち着きのない日々でした。これだけ寒いとサッサと真っ直ぐ帰る方が正解だなと素直に思います。こうして週末に惰眠を貪れることが唯一の救いなのかも知れません。あの動物の「冬眠」と同じく人間にも「休眠」活動は大切なインターバルとして作用するのではないでしょうか。
January 28, 2006
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ここ数日なんとなく喉に痛みを覚えていた。それが昨晩の遅くあたりから急に喉が真っ赤に脹れ上がり、鼻の奥と喉の奥とが同時に詰まったような感じに。とにかく喉が痛くて苦しい。唾液を飲み込むことすら苦痛である。不本意だが休んだ。昨晩は痛みに耐えかねて寝つけなかった。少しウトウトしていたらば気づけば午後の3時過ぎ。あわてて医者に行く。「今年の風邪は治りにくいからねえ・・・」と馴染みの老医師は云う。正月明けに引いた風邪が完治せずに再発したのかも知れない。どうにも寒暖の差も激しく体調を崩し易い陽気だ。こんな時ほど日頃の健康を羨ましく思う。
January 27, 2006
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どうにも「撃ちてし止まん」ですな。とめどもないトートロジー。あの共産党までも「ライブドア」ですか。たぶん有権者は、そんな「どーでもいいこと」なんて本会議場で持ち出す程のことかって思っているんじゃないかと・・・。こう考える私は有権者を馬鹿にしているのでしょうか。たしか、もう一昨日の晩だったと思います。NHK総合テレビの音声を聞いていたら作家の高村薫が「いまのヒトは、自分の専門性に(極端なまでの)自信過剰になっているからヒトや社会というものの持っている、そもそも複雑かつ多様な性質というものを単純に解釈してしまう、おそれがある」といった趣旨のコメントをしていたけれども、これは多分、バブル末期の世相に大きく影響を受けた幅広い世代の特徴であるかもしれない。そんなことを志位さんの顔を思い浮かべながら考えたのでした。このあたり金子勝が「民主党の40代を信じない!」と主張する背景と重なるような気がします。それは田中康夫が枝野を筆頭とする民主党の自称「論客」たちから疎まれて距離を置いた経緯とも重なります。ほんとうのリアリストたらん政治家に課せられる責務とは民を幸せにすること。このことに「私」の観念は入らないのです。豊かな「私」的な個人がボランタリー精神を発揮して云々・・・は嘗ては存在し得た情景でしたけれども。そうはいってもなかなか難しいものかもしれません。よく「共助」とか「共生」などというコトバが出てきますけれども、もともと自然のメカニズムは自ずから然るべき変動を繰り返すのですから、そんなコトバは最初から意味を成さないのです。なぜか小泉の個人的な資質と、その政策の根本にあるものは共通するものすら感じます。その核心は「ヒトを斬り捨てる」確信犯である、ということです。たしかに官僚出身の政治家も困りものです。けれども元祖ニートみたいな小泉は杉村よりもタチが悪いかもしれません。ちょうど私には海部俊樹の逆バージョンみたいに見えます。つまり、無信念の政治家であった海部と一見は頑なに自らのエゴを丸出しにする小泉とは本質的には均一なものすらもあるのだと。
January 26, 2006
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ああ、やっぱり読みを誤った。おかげで残業しても間に合わなかった。これで好い加減な自分の性格というものを御目出度い位にワライタクナッタね。まだ何とかなるさ、と心の中ではウソブイテイルケド。まあ仕方ないのでボス達と大人しく帰りました。けれども帰る前に先約があったので申し訳なさそうに、トイレを言い訳にして逃げました。それでも小一時間しか寄りませんでした。さすがに明日、完全にポカッたら連敗街道まっしぐらになりそうだから。もう何だっていいんですけど、そうは云っても恥ずかしいから少しは意地になる。そんな気持ちに浸っていました、実は。いろんなラグというかズレは滑稽でもあり深刻でもあります。そこに横たわる時間の幅みたいなものって、ずいぶんと意味深いものなのです。話の時系列は逆戻りします。水曜の午前中でした。あいかわらず郵便局やら信用金庫やらをチャリで駆け回るというガキみたいな「仕事」をしてた合間に見たテレビは、いづれもNHK総合を写してました。ちょうど参議院本会議場でツルネン議員が壇上に登っていました。でも、そうした状況は別に何でも良かったのでした。ただ私は、漠然と雛壇に座っている閣僚どもを眺めていました。小泉の顔には、名前は忘れましたけれども確実に親爺の面影がありました。麻生の顔つきにも吉田茂の面影を感じました。でも多分、小泉は麻生を推すことはないでしょう。何となく私には、そう感じられました。谷垣は、どうにも「加藤の乱」での泣き虫ぶりが消えません。そんな代議士二世(?)どもでも何となく「酒乱」の中川は変な印象を受けました。でも考えれば父、一郎は秘書であった鈴木宗男に対する失望感から命を絶ったとも云われておりますし、昭一も中選挙区時代は武部や鈴木と同じ選挙区での戦いをしていた訳ですから。こうした彼の生い立ちに小泉は自分に近い何かを感じているのかも知れません。だから負け戦を控えていても中川は党の看板を背負わされる様な気がしています。少なくとも安倍と中川という父の世代では果たせなかった総理・総裁の椅子を争う構図には成りそうな気がしています。たぶん「麻垣康三」とか「麻垣馨三」などと書かれているけれども「大三角福中」みたいなイメージで今の政権は回らないし、そんな生易しいものでない。だいぶ、タイトルから逸れてしまった気もしますけれども・・・。相変わらず訳のわからんコメントの小泉クンですけれども考えれば厚生大臣時代(当時)の厚生省内のスキャンダルに対して、渦中の事務次官の出した辞表を受理したことを批難されても自分の非を認めなかったヒトですから。たぶん英国留学で「簡単に自分の非を認めるな」とでも学んだのでしょうか・・・。このあたりサッチャーの時代錯誤した「ヴィクトリア朝の時代に返れ」とのホザキと共通項すら感じます。けれども強硬な態度からサッチャーは内閣での自らの立場を危うくした。それと同じ様な閣僚の「反乱」発生の余地は残念ながら今の政府にはなさそうですけれど。
January 25, 2006
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などと思ってしまう最近である。つい先日の週末に降った雪は未だ凍てついた氷となって所々の片隅やら日陰道に根付いている。どうにも歩を早めようとも許しては、くれない。今朝も、自宅から最寄り駅までは比較的、慎重に足元を見つめながら歩いたものの、八王子駅のホームでは、危うく足を滑らしそうになった。どうにも寒さというものは何とも云えない圧倒的な迫力というか実感を暑さよりも強いインパクトで与えてくれる。いつも冬空の未だ陽の昇らない闇夜みたいな空間を足早に進む身としては、いいかげんに引き返して布団の中にでも戻りたいような欲求を押し殺す毎日である。それでも、何処かに薄情な自分が居て「休んだら、もっとシンドクなるぞ」と囁くのである。そんな心の葛藤を経て陽の昇る朝を迎える。そんな個人的なことは、さて置いて・・・。あの9月11日から4ヶ月以上が経った。あの頃は漠然と予想していた政治的なスキャンダルは案の定、幾つか吹き出し始めた。それでも野党もマスコミも適切な問題提起すら満足に行えずに機を逸している。というか双方とも自らの保身に走っている。この政権の「正当性」あるいは「正統性」を担保しえない「政党制」政治の存在をキチンと指摘しない「権力」は有権者への債務不履行または、公器としての責務の不作為的な背信行為を責められるべきであろう。もはや今の事態で「対案」など競う場合か。いや次々と繰り出されるスキャンダルの数々は官邸の垂れ流すミスリードなのか。そうした疑心暗鬼な心情すら巧みに政権の宣伝材料とすることは、すでに「拉致」で実証されているけど。あれから「誘拐」を「拉致」と読み替えることが日常化した。いかなる問題もアジテーションとプロパガンダに塗れてしまった後には、もはや原型すらも、すっかり薄れてしまって、別の問題へと摩り替えられてしまう。こうした堂々とした「偽網」の蔓延は何も珍しいことでなくなった。つまり厚顔無恥であることが尊い世の中になった。恥知らずさというものが、むしろタフであるかの如く称揚される社会。そこに常に不安を煽れと美濃部に説いたブレーンの言葉が重なる。それは北朝鮮の恐怖政治にも重なるし、今の日本に浸透しつつある「新しい官僚政治」の萌芽に見られる本質でもある。
January 24, 2006
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あの風説の流布を巡る一連のドタバタ。かたやホクソエム西川。かたや苦虫を噛み潰した面々。まだ上手く整理できては居ないけれども約十年前に起こったカルト宗教による奇異な行動と似ている。あのバブル経済という現象はコドモであった彼らに確実に何かを刷り込んでいた。それがタイムラグを置きながら再生(再現)されている。その一連の連鎖に過ぎない。もし、錦の御旗というコトバを使うならば郵政民営化は遅れてきた官業払下げであるし、払い下げの後を仕切る役を全銀協の元トップが務めるという、まるで岩崎弥太郎も真っ青のアカラサマな仕掛け。べつに、風説の流布は今に始まったことではないし、武器技術の違法な移転と同じく「利益を挙げる」という純粋な目的に衝き動く組織というものはオーナーの性質にカカワラズニ半自動的に作用するのであり株式会社とは株主限定責任というルールに基づいたマネーゲームをも最近では半ば容認してきた。どのみち日本という国にアメリカナイズドされた総理大臣が誕生し、アメリカ合衆国大統領に西部劇のフレーズでコミュニケートを試みるという事態すら生じた暁には、危険部位を除去し切れない牛肉が輸出入されようがされまいが本質的には大きな差異はない。なにごとにも「カッコいい」ことが称揚される世の中というものは常に危険な香りを帯びている。そのことは今まさに現実と化している。ものごとを本質ではなく格好という外観上からとらえようとする風潮というのは、郵政民営化のニュースで見た、社員の「なんとか、やります!」という何とも見上げた特攻的精神そのものなのである。
January 23, 2006
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日曜も午前6時半過ぎに起床して規則正しく朝食を7時過ぎに食べてサエラへ移動。8時半過ぎにはリフトに乗る。仲間の練習二日目を暫く横目に見ながら滑るも10時半過ぎには麓へ降りてきた。そこでビールを口にしたら、何だか滑る気がしなくなった。その後、正午近くに昼食を摂った後、カーペット敷きの床暖房にコロッと負けてしまい、午後はズーッと寝ていた。ときおり仰向け状態の時には軽いイビキを響かせながら。そうして午後3時半過ぎ食堂の閉る時刻に急に目が覚めた。そうこうしているうちに仲間たちも降りて来た。夕方5時に出発。途中、村営の温泉に浸かり120号線の渋滞に至る。川場方面へ迂回しながら沼田インターの少し手前に出た所で夕食。そこから沼田インターへ入り暫くすると赤城インター付近まで暫く渋滞となるものの何とか日曜日に帰宅。
January 22, 2006
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金曜の晩から出かけた。待ち合わせの時間通り行ったのに何故か1時間待つ。それから拾ってもらってから、もう一人を拾うのに1時間。けっきょく2時間遅れて出発した。まあ、運転しないから運んでもらう身としては仕方ないけど待つというのは疲れを倍加させる。ようやく晩の12時過ぎに宿へと着いた。それでも何とか風呂に浸かり午前1時過ぎに就寝した。そして朝の6時半過ぎには起床する。7時過ぎに朝食を摂り、8時過ぎには出かける。尾瀬岩鞍へと8時半過ぎに着く。9時過ぎくらいからリフトに乗って暫くは麓から近い所を繰り返し滑る。少し早目に昼食を摂り午後は山頂付近へと移動してから滑る。3時過ぎに少し休憩すると急に疲れてしまい4時前には降りて来た。いったん宿へと戻る。仲間の一人は近くにあるサエラで一日中、回転と大回転の練習。晩は再び風呂に浸かり夕食の後、片品村文化ホール(?)にてアトラクションみたいのを観る。前の晩の寝不足気味からか、午後10時半過ぎには寝入る。
January 21, 2006
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みんな、じつは内心から誰かがズッコケルことを期待しているんじゃないか。そんな気持ちを抱く私は極めて不健康な心根の持ち主なのです。マネーゲームは所詮、遊びです。けれども、どんなに真剣に遊んだとしても所詮はビジネスですからキチンとカタヲつけないとトンデモナイ落とし前をつけなければならなくなるのでしょう。だから貧乏人って悲しいです。とても鳩山由紀夫代議士みたいに「ボクワァ、お金な~んて全然どうでもいいからぁ」なぁんてセリフ吐けませんから。だから訳もなく理由もなく薄情な精神から同情いたします。「やっぱり、所詮は『カネ』かよぉ」って。どんなに「いいひと」だからって飲み屋でサイフが空っぽで容易に半永久的に飲めますかぁ。フツー。いいや、「ほんとうに『いいひと』ならば、そもそも酒なんぞ飲まんワイ!」などと、押し切られてしまいそうですけれども・・・。ほんとうに正直な心の底には、たとえば千円札すら存在するかしないかの極限状況に至っても、連れの知人とラーメン屋に入って、無理やりラーメンとギョーザと瓶ビールをセットにして飲むような、意地みたいなものすらあります。って誰にって?
January 20, 2006
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とは、いいかげんに決別したくなる今日このごろである。たしかに、京都からの帰りに見た雪は今シーズン始めてであった。あいかわらず車中でも350缶を2本は飲んでしまった午後3時すぎ。ここまで来ると、いい加減に眠くなり少しの間だけ、うつらうつらとしていた。それでも数時間の旅である。東京に着くなり、旅の余韻は現金にも何処かへ消し飛んでしまう。それでも飽きずに中央線のホームに立つと妙な好奇心というものすら浮かび上がってくる。当日に誕生日を迎えた奴を抜き打ちで訪ねてやろうと。そこで何故か立川を越えても高尾行きに身を委ねる。終点からバスを待つのも、おっくうなので、歩く。案の定、自宅の明かりは点いていた。まあ、正月も最後だからと四合瓶の日本酒とビールなどを携えて訪ねる。私にしては極めて珍しい年始(?)の訪問。ちょうど宅の主も買い物を済ませて自宅へ戻ってきたばかりであった。すぐに小宴会である。とちゅう、MX-TVで流れる堺の孫悟空(西遊記)を見ながら、笑い、それでも晩の11時過ぎに宅を後にする。そこからバスで変えるにも、もうバスはない。何を思ったのか近くのタクシー会社の営業所へ寄って、半ば強引にタクシーを出してもらった。日曜の晩は、たいがいは11時前には運転手の大半を引き上げてしまうものらしい。それでも、私は遠慮なく運転手に行き先を告げた。なぜだか運転手は川崎方面の矢野口と勘違いをしてしまい暫くは間違いを指摘しながら運転手を自宅方向へ走らせるのに躍起であった。なんとか自宅に辿り着いたものの、正月から随分と派手な出費に辟易したね。
January 19, 2006
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ここでも週末の日曜を振り返る。二条城から地下鉄で京都へ出る。ここから、私の気まぐれな旅は始まる。何故か湖西線。しかも、ちょうど待ち合わせ良くホームに停まっている。そこで迷わずに乗る。何となく比叡山である。だから坂本の駅に降りる。そこからテクテクと山へと向かう。あたりは観光的な空気というものをあまり感じない。ただ、ひたすら寺をめざす。なんとなく根負けしそうになったときに寺は見えた。そして、ただ寺の前に立って、しばらくは茫然として大人しく駅に向かった。したら腹が空いた。しかたなく駅前のそば屋に入った。店は客一人と店を切り盛りする夫婦一組のみである。テレビには京都での女子駅伝が中継されていた。私と入れ替わりに客人は出てしまった。そして客は私一人。なんのことはない。もう午後も2時過ぎであった。私は、鴨南蛮そばの大盛りを頼む。土曜といい、日曜といい、何だか気温が高目で、店内に入るや否やメガネが曇ってしまう。まあ、そんなことはどうでもいい。ただ昨晩、「ことばのはおり」と宿のルビノ堀川の中間点にあったラーメン屋で食べた、中華そばの中途半端なお世辞にも旨いとは言えない麺とダシの味を少し嫌な気持ちを帯びながら想い出した。しかも、その味は東京の、しかも、私の住む地元の近くの店と、少し離れた西八王子の100円ラーメンの味と、少し重なるような何だか訳のワカラナイ「伝統の味」らしきものにも思えた。そんな想いを胸にしまいこみながら、すする南蛮そば。けっこうおいしかったのが、せめてもの救いであった。気温の高さ故か、やたらと汗をかく。みかねた店の女将が氷を入れた冷や水を汲んでくれた。じつは最初から熱い麦茶よりもこっちの方が嬉しかったのだけれども。
January 18, 2006
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まだダラダラと週末の日記を綴ります。土曜の晩、京都のルビノ堀川に泊まりました。いつものようにテレビをタラタラと見ていました。私は個人的には、いわゆる「ご当地」的なもの好きです。だから結構、遅くまで見ていました。ABCテレビで日付の変わった頃に30分番組の下らないドラマで川島なおみが意外とクダケタ役柄で出ていました。たぶん関東では見られない番組だと、私は直感しました。そんなこんなで、いつも大抵、出先で早く寝られません。けっきょく午前1時過ぎくらいに寝ました。それでも翌朝は珍しく休みなのに午前6時台には何となく起きて7時半過ぎには朝食のバイキングを30分弱、楽しんでおりました。そこから何故か昨晩に飲み干せなかったビール500缶を1本飲み干しました。(結局、前の晩に500缶は東京~京都で3本、宿で1本飲みました。)さいしょは、足早に東京へ帰ろうかと考えたのですけれど何故か足がモタツキマシタ。組合の、どうでもいい、打ち合わせ雑用が待っていたからサボりたかっただけです。だから、チェックイン間際の9時過ぎまでダラダラしていました。それから9時半くらいに宿を出て気まぐれに歩き出しました。昨晩は地下鉄の丸太町から出て直ぐにタクシーに乗ってしまったので実は方向感覚すら怪しかったのですけれども。それども別に先を急ぎたくない心理からタラタラと道なりに適当に歩きました。二条城の前にきたらば丁度、地下鉄の駅を見つけたので降りました。東西線は多分、私が以前に京都へ来たときには存在すら認識しておりませんでした。何せ京都へはJRか阪急の河原町、あとは市バスくらいしか知らないものですから・・・。ただ、何となく、二条城の城壁と城門を実物大と言うか等身大に目の当たりにした、それだけで実は感激モノでした。たぶん、そんなに京都の観光名所を満遍なく回るという経験はしていないからです。ただ、漠然と京都と言う街は、政治と文化と交錯した都市なのだろうなあ、という感想めいたものだけ残りました。それと大阪もそうでけれども、京都でも関東に比べて接客業というかサービス業の方々はキチンと客の一人一人に挨拶をしてくれますね。これは、私にとっては嬉しいことでした。やはり、生身の人間から感謝の言葉を貰うと何故だか自然と心が和みます。
January 17, 2006
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まだ土曜からの記憶を綴りながら行きます。さて「ことばのはおと」ライブは高野さん以降も色んな人たちの朗読に出会いました。こうした人たちの朗読を見て思ったことは歌をうたうこととの差異です。たとえばラップみたいに(と私は思ったのですけれども)よみきっちゃう読み方なんて歌と大差ないんですね。私的には。あるいは演劇での独白する演者のセリフみたいにも見えます。これも、たぶん間違った見方ではないと思うんですけれども。それと同時に、あんまりシチュエーションとしては東京と「べらぼう」には変わらないような空気も感じました。これは多分に関東や東北からも意外と京都や神戸方面へと来られている方の多さ(これは今回のライブだけなのかも知れないけれど)によるのかもしれません。私としては今まで詩の朗読会というものは昨年の冬に蕃さんこと水島さんの朗読会から春と秋に延べ3回しか経験していなものですから、今回のような「お笑いオンエアバトル」みたいな形式というのは初めてで戸惑いもありました。いや、たぶん、むしろ、こうした形式の方こそ一般的なのかもしれない、とも思いました。そんな、こんなで晩の9時半くらいには朗読会自体は終了したのです。けれども何となく高野さんのことを気にかけてしばらくは居りました。高野さん、あなたのカレーオーダー後にチキンカレーを頼んだ人間こそ私です。どうにも、こうにも何と自己紹介していいものやら迷ってしまい、そのまま普通の「詩を朗読しない」変な一ギャラリーとして、晩の10時くらいには立ち去ってしまいました。ゴメンナサイ。あのあと実は宿をどうしたものかと思案しておりましたら、ちょうど目の前にルビノ堀川を見つけました。たぶん、次回からは少し落ち着いて残れるはずです。
January 16, 2006
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もう土曜の午後以降の話になります。この関東地方にも雨は降っていました。でも冬特有の冷たさは幾分か和らぎつつ。いつもの私だったら雨は大嫌いなので外に一歩も出なかったことでしょう。けれども珍しいことに「旅の虫」くんらしきものに突き動かされるようにして出かけました。京都へ。それはすでに午後2時を回っていました。ここから浅はかな私の誤算は始まりました。実は東京という所は細長く区域の延びている場所で西の果てから東京駅に着くまでに約2時間かかります。それを忘れていました。つまりフツーに行きますと、だいたい京都には晩の7時くらいになるんですね。いつも私は時間にはとてもルーズな人間なので招かれた席にも勘違いをして二度も続けて30分も遅れて辿り着くような失態をやらかします。けれど今回ばかりは困ってしまいした。ほんとうは晩の6時くらいに着きたかったんです。しかし淡い希望は東京駅で見事に崩れました。なんのことはありません。だいたい夕方の5時近くに出発したのです。これでは泣いたって晩の7時を過ぎます。でも困るんです。それじゃああ・・・。そう私の目当ては高野五韻さんの詩読を目の当たりすることだったのですから。午後7時スタートのライブには完全に遅刻です。あとは、運良く彼の出番に間に合うことだけです。すでに京都駅の到着は19時11分と決まっています。これから「ことばのはおと」へ着くまでのロス・タイムを何とかして短縮しなければなりません。かといって、もはや車中の人。慌てて何か変わるものでもありません。このときほど自分という人間の好い加減さを恨めしく思ったことはありません。だから腹を括って東京駅でモルツの500缶を5本買いました。もうバカです。こんなバタバタにもカカワラズ出しそびれた賀状を京都から差し出すのも縁起物かもしれないと訳のわかわぬ想い出しから夕暮れの車窓には目もくれずに賀状をしたためる阿呆ぶり。こんな感じで車中の時間は過ぎていきました。そう、ふだんのボケーっとしているような、その2時間半とは別世界の光景だったのです。つまり空間を移動することとは自分の気持ちも動かすことなのですね。なんて、みょうちくりんな感慨に耽りながら京都駅に辿り着きました。ここまで来たらバスは使えません。さりとてタクシーも一緒です。ここは先ず地下鉄なのです。と自分を言い聞かせながら千円の市バス地下鉄共通カードを購入して改札に突進。ここで、すかさず改札のアンちゃんから「ご利用ありがとうございます」。こんなセリフたぶん東京じゃ聞かないね。キテヨカッタ。なんて思いながらホームへと向かう。ここで心配事の一つを解消すべく「ことばのあおと」へ電話してしまう。19時40分すぎからの登場らしい。いまは19時20分くらい。うーん、なんとかなるだろう。そう安心させながら地下鉄に乗る。そして方向音痴の自分なりに今出川よりも多分、丸太町で下車かなあと判断して降りる。そこで地上に出てみて必至にタクシーを捜す。なぜか運の好いことに横断歩道の先に見えるタクシーは「空車」表示。すかさずタクシーをつかまえて乗り込む。あわてながらも、冷静に地番を伝える。たぶん東京だったらゴチャゴチャで地番便りにタクシーじゃ無事には行けないだろう。けれども京都は違った。キチンと辿り着けた。そこで一安堵。遅刻ではあるけれども何とか会場へ滑り込む。ここで高野さんを発見。何となく私の知人に似た雰囲気を漂わせた人。さっそく朗読始まる。さいしょの詩は解説なのか?と思って聞いていたらば、一編の作品であった。そして「馬鹿と煙」。彼のホームページにもタイトルとして掲げられている。この作品は短いながらも私の笑えるツボを実に良く刺激してくれる。むしろ、朗読の良さとは音読による「微妙な」即興性にあるのかも知れない。そして、パンツのうた。とても誠実そうな彼のユーモアというものすら漂わせる所に、朗読の魅力を感じる。たった10分の空間だったけれども、これで私の京都は尽きた。そう思えた。
January 15, 2006
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と思います。むしろ抗議なんてするほうこそ「大人気ない」です、はい。そもそも記事の事実関係もキチンと確認しないまま報道したり、報道機関や政治家達からの突き上げにハッキリ釈明できなかったり、思いっきり捏造した映像を使ってまでのアピールをチェックできないような朝日新聞に難癖つけても幼稚じみて見えます。なんて相変わらず読みにくい朝日新聞への個人的な嫌味は止めておきましょうか。それに浦安市のスタンスも馬鹿に恥の上塗りですね。そんな朝日新聞にはモーレツな抗議なんかよりも市長のちゃめっけで逆手にとってPRすればいいのにねえ。それだけ浦安市政の市政ってものの本質すらも透けて見えてしまうんですよ有権者たる成人式参加者よ。ほんと、ここまでアホなセンスしかないのならば被選挙権も同じ二十歳以上にした方が国政も都道府県政も市区町村政も斬新なものに成るかもしれません。なぜ政治への参画に選ばれる側と選ぶ側との差異をもとめるのでしょうか。どうにも判然とした根拠はなさそうですし。何も30歳だからって参議院の方が優位じゃないし、都道府県も市区町村も地方自治法上は基本的には対等ですからねえ。ほんとうに「世の中」の真っ只中にデビューするならば、そんな形で社会人したって、このニート社会だから太蔵くんだらけになったら少しはモヤモヤした閉塞感も変わるかもしれない。むしろ成熟した社会というものには超・猛スピードで迫り来る若年層への強烈な高負担の懸念と、これに呼応するかのような若年層世代を中心とした下流意識の蔓延というネガティブ連鎖を断ち切るようなポスト成長論みたいな発想を支える論理を足場固めするようなシステムを欲しているのだと思うのです。なかなか某日刊紙の社説みたいに「団塊新党」って行ってみたところで、私には無理矢理に考えても爺さんどもが異様にギラギラしている「年金組合」的な集団しか想像できないし、現実に創造されている集団の多くは本当にそうなんですねえ、何とも段階を巧みに経た団塊たちの華麗なるステップ、といえば良いのか。それに比べて団塊ジュニアは悲惨です。まるで、いつでも「ヒロシです・・・」と心の中には泣きが入っています。こんな壮年期に入った年頃の上ではイイトシコイタ連中が雁首そろえて女々しい男どもじゃあ、若年層から総じてニート化するわ。これは国内的な「ええじゃないか」ならぬ「ええかげんにせい」現象なのですよ。昔、森嶋通夫が書いたように、日英貿易摩擦は日本の容赦ない自動車輸出攻勢から始まった。それは嘗ての大日本帝国と同じ軍隊的な振る舞い、すなわちなりふりを構わないような怒涛の攻め入り方であると。つまり、相手のことを考えないような思慮を欠いた行動というものは最終的には「衝突」を生み出すのだ、と。これは、いまも変わらない日本の姿そのもです。これに待ったをかけられない国民ならば、そう近いうちに日本は再び決定的な、つまり不可避的な「衝突」みづから作り出し持ち出すことで「自滅」するでしょう。それは必ずしも太平洋戦争の終結みたいな形で日本の再興をもたらすとは限りません。そのことを深く考えてみたいのです。
January 14, 2006
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どうもアサヒのCMはキライだ。そもそもドライから。あの樋口廣太郎じたい何となく苦手だった。あんなにノドをしめつけるようなビールはいただけないと思っている。というか自分からは買わないし、積極的には飲まないだけだ。プレミアム・モルツを昨年の中元に気まぐれで二軒ほどに送ったけれども未だ自分では味を確かめたことはない。発売当初からの好調な売れ行きで一時期はコンビニの店頭に並ばなくなった、という記事を読んだ。あれから、どうなのだろう。たしかにコンビニにあまり高めのビールそのもの自体が並ばないからワカラナイ。だんだん飲酒歴を重ねてくると歳のせいもあってか飲み物の主力選手たちも先発オーダーから徐々に変遷をしてくる。何もしらないうちには、ビールくらいでプラス日本酒。ビギナーの頃に一度、日本酒で失敗してからは冷酒でなくてお燗。それでも失敗して焼酎。臭いを嫌って洋酒。暫くはワインを飲みすぎて、それからウィスキーか。未だブランデーは慣れないらしいが。まあ自分の場合は酒を飲もうが飲むまいが人の話に一喜一憂しながら過すことが至上のヨロコビでありタノシミデアリ。いくらか二日酔いモドキの後遺症か慎重な物言いだけれども。そういえば減量は・・・ああぁ忘れていたなあぁ。そろそろスキーでも行って来ようか。今週末は緩んで危なそうだから来週か。
January 13, 2006
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あいかわらずである。どうにも皮肉っぽさから抜け切れない。かたや日本国内のプルトニウム利用を結構なことだと云いつつ、イランの核開発を叩く読売。ここにもダブル・スタンダード、である。この構図は何かと似ている。すでに核兵器を保有した国家に与えられる先取特権と後発国による急進的な主義主張を支える道具立てとしての核開発に向けられる恫喝。それは昔の帝国主義世界での出来事と大きく変わりはしない。そこには、常に対立するべくして生じるだけの矛盾みたいなものすら横たわっている。こんなことを書いてしまうと、大いなる誤解を生みそうだけれども。この緊張関係というものは際限などあるものなのだろうか。何も核に限ったことではない。資源エネルギーにしても。人間の根源にある執着というか欲を満たす、ということは、これほどまでにも悲しく実に浅ましいものなのか。だからと云って建前と現実との間に横たわる溝、というものを飛び越えるには幾重もの鉄条網を掻い潜ることになろうし。フランスで周期的に繰り広げられる都市部周辺の移民居住地を中心とした暴動も嘘と蔑み、そして悪意に満ちた実相というものから沸き立ってくるものだ。こうした世界にユナイトする、ということは決して安保理の常任理事になる、なんてことで実現などしないのだ。むしろ、心に錦じゃないけれど、ず~と、バックボーンに旧敵国であるというシンボルを逆説として堂々と掲げる国家にこそ栄えある未来はもたらされるのではないだろうか。
January 12, 2006
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きよはらも、ずいぶんとやるなぁ。まあ、かりにひゃっきろとしてはちじゅうろっきろかあ。まだ、ふつかよいのじょうたいから、かんぜんにぬけきれないままである。ときおり、だんぺんてきに、なにかおもいつくのですけれども。だめですね。おさけをへらさないと。そして、はしらないと。あるていどは、からだをいじめないと。なかなかへらないものです。たいじゅうってものは。
January 11, 2006
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やはり駄目だ。どうも寒い時に外で飲むと度を越してしまうようだ。まっすぐ一軒だけで帰れば良いものを・・・。もはや、一軒目で適量を超えているのに二軒目に寄るということは自滅の道である。いやはや寒さで胃腸も弱っているのだろう。あんまり無茶しちゃいけない。こればかりは自制心あるのみだね。もう好い加減に酒量を減らさないと。たとえば、夕方の5時半くらいから飲み始めて夜中の2時過ぎに帰るなどは論外であるなあ。ことしのテーマは節酒、なんだろうな、きっと。これを守らないと、たぶん長い目で見てズッコケル。とくに夏のクソ暑い盛りと今みたいな冬の極寒の最中には要注意であろうな。なんでもユックリと、ゆったりとした落ち着きを持ってノンビ~リと構えたいものだ。ようやく気温的にも少しは厳しさも和らぎそうである。ありがたい。
January 10, 2006
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ここ最近のポスト小泉ばなしで自民党政調会長の中川から「新たな省庁再編」なるアオリ的な発言らしきものも出てきた。うがった見方をすれば「防衛省」への格上げをオブラートして省庁再再編と誤魔化しているような気もするし。あるいは橋本龍太郎の描いた派閥次元の利権構造を温存させた今の官僚体制を意趣返し的に反古としてしまおうという狭小な目論見すらも感じさせる。まあ根本にあるのは今後の安全保障論を闘わせたいというところなのか。つまりは米国との同盟関係を規律する新たな対中韓戦略のスタンスを踏み絵として次期政権を選ぶ、ということなのだろうか。どうも日本の安全保障政策というものには中長期的な発想や視野も視点も見い出しづらい。ロシアとの石油パイプ・ライン事業だって、イラク内紛の長期化に伴う中東産油国からの輸送リスクについても、何にも見えない。とくに資源・エネルギーの分野で日本の近海でのガス・石油盗掘疑惑に対してもキチンとしたスタンスすら見えない。あるいは原子力発電政策の堅持は、むしろプルトニウム保有を通じた軍事的なアピール要素を保持したいという暗黙の意思表示なのか。どうも既得権を得た産業界の擁護を優先するあまり、なかなか代替エネルギーの改良や普及の促進すらも、後手に回っているような・・・。この二十年を通じて日本にもたられたものはJTになって外国タバコを大量に受け入れて米国外における消費の普及・拡大促進を通じたガン大国ではないか。なんて非喫煙者としての皮肉を込めたね。
January 9, 2006
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つい先月の羽越線での事故。そして昨日の下関駅火災。まるで私のローカル線旅行への想いを打ち砕くような・・・というよりも幹線鉄道としての生活機能をストップさせる相次ぐ事態に何とも云えない後味の悪さを感じます。ひどい寒さは人の心を荒ませますね。だからといって火を放つ、という刹那の極みに悲しい、というか痛ましい気持ちになります。いま、こうして空腹を満たし、寒さを暖によってしのげる自らの幸運というものを切に感謝しなければいかんとも考えます。もうそろそろ祝日法的には「成人の日」をむかえますけれども人間、まともに考え始めるようになったらば、もはや大人であるし、子供じゃいられなくなる、と思います。それは、ふざけることを無性に切なく感じる、そんな自分に気づく瞬間でもありますし、ものごとというものの理不尽な側面を目の当たりにして諦めるというか、バカみたいに喚かなくなるときでもあります。そう云う意味では昨日までの子供は、いつでも(精神的に)大人になれるし、今日の大人は明日には(まともな)大人じゃなくなるかもしれません。なんだか、脈絡すらもアヤシクなりましたけれども。ふと、そんなことなどを考えながら昨日はNHK教育テレビを眺めていました。ETV特集。青森県の六ヶ所村における昭和40年代辺りから現在までのドキュメンタリーでした。あの、むつ小川原の開発構想から幾度となく繰り返されてきた村の混乱ぶり。たしかに子供の頃からテレビに映る光景などで通り一遍の事象は理解していた「つもり」でした。けれども、ほんとうに昔から培ってきた地域における人の結びつきを無残にも切り裂いていく開発の根底にある考えの持つ非常さ。これを痛感しました。ここには法律や制度といったハードではなく、人間というか人々の持つ素朴なハートによって成り立つ社会の営みを木っ端微塵にされた、地域の痛烈な叫びを感じます。はたして、村政ですらも、こうした人情を汲み取れないのに県政は、国政は・・・云うに及ばない、ということでしょうか。まだ自分でも何を云いたいのかハッキリと書けない、もどかしさに困惑する。
January 8, 2006
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べつに「かくめい」はカッコ付きで「せんざい『かくめい』」とか、せいぜい「かくめい」的なくらいの形容で使うから構わないんですけれど。どうにも、この「かいかく」って一見、ものわかりのよさそうな風体で実際には・・・というウサン臭さを秘めたことばは、とっくに腐り始めているのでしょうけれどいただけません。どのみち、このことばをつかいはじめたらば、とりあえずはダメになりきるまで、なのでしょうか。だいたいかんがえてもみてください。じぶんのみのまわりについて「かいかくする」なんてコトバをつかいますか。たとえば「わたしは、ことしから、おさけをのみすぎて、なんけんも、おみせをはしごしてしまわないように、ざいせいししゅつのこうぞうから、こんぽんてきに『かいかく』します」なんて。ほとんど、じょうだんでいっているか、ひとさまをバカにしているか、はたまた・・・なんでしょうか。そんなことをエラソウニ。どうも、ひとをバカにしているから、いんぎんにも、そんなこといえるのでしょうね。「かいかく」ってコトバは、たしかに、かえるってことは、わかるのだけれどもね、じゃあ、どうやって、こうやって、こうなって、それで、よくなるのかってぇところ、みじんもワカラナイ。だから、キライ。
January 7, 2006
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なぜかボケ~ッと。NHK総合テレビを眺めていた。去年の九州場所を最後に定年で引退した佐渡ヶ嶽親方の姿を見つけた。じっと見遣った視線は琴欧州を見つめている。土俵で稽古している、その様子を。あまりシーンの詳細を逐一もらさず記す気はないけれども、親方の一言一言ポロッと漏らす言葉や目つきというものを聞き、見て、弟子に対する、ひたむきな想いを感じた。「人生は生涯出稽古」という九州場所での部屋の壮行会らしき場面での司会者の言葉と重なった。たしかに日本人の大関陣は、だらしない。けれども横綱や琴欧州も列記とした相撲人だと、親方の眼差しをみて心底から思い直した。そのあたりK-1やプライドなどは、どうも馴染めない。スポーツの素晴らしさは相手を倒すという直接的なレベルを越えた自分に打ち克つという価値観にあると思うのに、それらには、そうした魅力を感じることはない。「心・技・体」とは、上手く表現したものだ。先ず、気持ちから負けてはいけない。そして、向上心を忘れてはならない。さらには、常に動じない状態を保たないとアカンなと。もし「散る」ということばを肯定的に示すとすれば土俵際なのだろうかなどと初場所をまじかにしたNHKの誘導に嵌った自分に情けなさを感じつつも何かホロットした瞬間を過したのでした。
January 7, 2006
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この東京の内陸部、多摩地方西部に居るとムチャクチャに寒い。などといっては豪雪に悩まされている地域の方に失礼かもしれない。それでもやはり寒い。もう胃腸に影響大である。室内で暖房を入れてガンガンに室温を上げないことには外気温と大差ないような・・・。おかげで昨晩も寒さの余りのひどさに、なかなか寝つけなかった。よくまあ年間で30~40℃近い気温差の環境の中で生きているものだ。こうやって急激な放熱と冷却の両極端の間をオロオロと過す身にとっては何とも情けないことである。そんな歳時記的なことをおもいつつ不意に頭の中に「粉」と「装」の文字を考えた。グローバル化の伝播性は負の側面でも同様である。米国でのエンロンやワールドコムなどの粉飾決算は日本でもカネボウなどに伝播した。ものごとの本質を隠すという意味での偽装は実際には耐震偽装そのものだけに求められるものではないのだ。中越地震とイラクでの邦人人質でウヤムヤになった小泉事務所の経理状況は偶然の重なりとはいえ故意に別の危機へと問題の本質を掏りかえられた偽装のはじまりではなかっただろうか。それに輪をかけるような震災復興の立ち遅れ。まるで田中角栄いや、田中真紀子への復讐であるかのような・・・。小嶋氏への証人喚問メドして挙げられている1月17日。この日を挙げることの皮肉さを考えよ。さらに話を飛躍させよう。繰り返される在日米軍による刑事事件に対する小泉政権の米国への低姿勢。これは卑屈なまでの態度である。あの野党転落から、ようやく政権を奪取した橋本内閣と立場は異なるとしても、である。その反面で経済的に最大の相手国となった中国への下手な外交。たしかに、これからの何年間かにわたり中長期的に日本の外交は中国の言い分を半ば無視したがると思う。それは余りにも強大化した中国に対する日本の素直な恐怖心や警戒心の表れであるから。もはや日本は世界で名誉ある地位を占めようなどとは思わず発言力のみを求めているのだろうか。米国や中国やロシアやインドに「環境」と言ったところで国連安保理から外されるのみである。こんなふうにダラダラと考えると、この日本は資源エネルギーあるいは食料自給と多国間貿易関係と環境問題との対処を誤ることによって将来的には非常に危機的な状況に陥る、そんな可能性を持っているのではないだろうかと不安になってきた。
January 6, 2006
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すでに昨年の夏に方向性は決まっていたことではあったけれども、ようやっと決まった(http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2006/01/20g14101.htm)らしい。あのバブルの真っ最中にはJR東日本は分譲開発しようとしてた土地だった。あれから随分とたった今では東京都へ無償譲渡されて里山保全地域として地元自治体やNPOを中心とした体制で維持保全を図るという。いやはや一時の狂乱は過ぎて、ようやく落ち着きを取り戻したといえば聞こえはよい。けれども終点の駅前は駅舎だけ立派になっただけで私の住み始めた当時からの懐かしいような風情なんかは廃れて寂れてしまって人気(ひとけ)すらあやしくなった。たしかに残された数少ない貴重な自然は守って欲しい。けれども、立派に開発されてしまった一見、日当たりの良い駅前の閑散さは待てども暮らせども、いつまで経っても消えやしない。こうした地域振興の成れの果ては、けっして此処だけの話ではないだろう。
January 5, 2006
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まいった。もう昨日から風邪をこじらせている。いつもお腹をこわす。お陰で仕事始めも一日延期。さいわい食欲は湧いてきた。あらためて健康に過すことの有り難さを身にしみて感じている。きのうは気持ち悪くて食事すらまともに摂れず床に臥していた。とくに気持ち悪いと普段は気に障らないような些細な物音でも無性に癪に障る。それで余計にイライラする。こんなときほど神妙になる。もう半分は拝むような気持ちである。この災厄から一刻も早く逃れたいという切実な気持ち。
January 4, 2006
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いや実に一ヶ月ぶりくらいだろうか。もう、雨水施設を使っているところでは水の使用量にもよるけど貯水槽も底を尽きかけてしまっていたのではないか。いくら冬場といえども多少の雨はないと。ふと昨日の昼過ぎからのしばしの雨降りを想い出して書いた。この国にいると水道水すら飲まないという人も相当な数になるのだろう。まさに水も安全も「金」次第で嫌になる。けれども中越地震の被災地で多くの棚田は復旧を断念し、周囲では砂防ダムの建設のすすむ状況を知るとそんな私のコメントも「きれいごと」に過ぎなくなってしまう。NHK総合テレビで大晦日に放映された紅白「歌合戦」は関東地方で40%台を維持し、全国的にも前回の視聴率を上回ったらしい。そもそも、午後7時台から午後11時45分まで途中にニュースを入れるにしても4時間もの長時間ダラダラと放送する構成は如何なものか。しかも、第一部も第二部も、NHKホールに居る観客はズ~っと見るのだ。たしかにテレビ東京の年忘れ日本の歌も午後5時から午後9時半までと長いけれども。どうも、フジテレビとTBSテレビとの格闘技二本立てとダブって見える。(TBSテレビはレコ大と格闘技の二本立てと何だか中途半端な番組の構成ぶりに最近の低迷ぶりを感じる)あと、吉永小百合の「うましめんかな」朗読や天童よしみとスマップの歌順。それから松任谷と山崎の中継。ここまでしても「歌合戦」なのだろうか。もうソロソロやめてしまった方が良いかもね。プロジェクトXみたいに別の番組で再スタートすればと思います。もう地上波放送のデジタル化の決定から年々、地上波のテレビ番組は目に見えて質の低下いちじるしい。そのせいで相当数の優秀なテレビマン達も地上波テレビの世界から去っていってしまった。こんな状況のままで地上波デジタル化したって、そこには魅力あるコンテンツなどは皆無になってしまっているのではないだろうか。
January 3, 2006
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って思う。もう正月明けの地上波テレビも見飽きたので実家へ帰る途中に日刊各誌を適当に買ってくる。いまごろになって各紙でも「人口減少」なんて書いている。そんなことは少なくとも20年以上も前から国の人口動態の予測自体あやふやな操作で社会保障の財源論を先送りしてきたじゃあないの。それをだ黙殺してきた。というか私個人の論拠なき持論としては「地球に人間は増えすぎた。だから減らなきゃ人間の生存環境自体もはや危うい。」と考えている。だから漸く到来した日本の人口減社会を微笑ましく思う。こんな狭小な国土に一億二千万人もの人間を生活させている現実自体、そもそも無茶苦茶なのだ。それなのに経済至上主義の大日本株式会社では未だに成長主義を掲げている。もはや成長の持続的な可能性なんていう幻想は捨てなきゃ駄目だと思います。この世界は、何らかの変化、国家や地域のパワー・バランスの変遷によって、初めて長期的な均衡を保ちうるのではないか、と。その変動過程には日本も、アメリカ(合衆国)も、中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)との関係も、あるいは大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との関係も、衰退やら膨張あるいは衝突の時代を経ることになるのでしょう。ちょうど双六みたいなものです。たとえ「でたらめ」であっても、明文化されていない暗黙のルールに導かれて旧来からの価値観を引き摺りながら、つまりは過去の歴史観という哲学を頑なに墨守しながらヘゲモニーは世界に蔓延していくと。もはや目に見える独裁から発展(?)して目に見えざる毒性を持った独裁へと支配と従属の関係性は姿と形を変えているのかもしれない。
January 2, 2006
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と思わず云いたくなる。そんなうちに暦の上では新年である。もう歳のせいか気持ち的には全然お目出度くもない。あらためて一年の計を案ずるにしては、あまりにも月日の経ち方は早すぎて私の考えを形にする前に必然的な義務感で日々の生活は費やされていく。と、いうか未だ私の頭ん中は昨日以前から継続して引っ掛かる意識というか懸念を払拭できずにいる。けれども巷の静けさを徐々に年末年始を通じて感じることで何か切り替え時を見つけるのだろうな。たぶん。きっと自分の中でフワフワと舞っている塵の様なものも、落ち着くのだろうから。だんだんと、かわす様な意識の芽生えを感じる、この頃である。べつの言い回しをすれば、はぐらかす、とでも云おうか。なんというか、こう真っ向から、真正面から物事を受け止めることも、受け入れることも、こばむ様なスタンスを自然に構えて作ってしまうというか。たしかに、本当のこと、であっても探り当ててしまったときのバツの悪さを痛感しはじめると、それも止むを得ないことかも知れない。あまり突き詰めない方向で、と無意識のうちに逃げてしまう。もう、この辺りの感覚は理屈ではない。そんな風に考えると自己主張すら躊躇している自分にぶち当たる。おそらく、この10年くらいで磨り減ってしまったんだろうな意固地さというか「根性」というか。何だか、正月から下らんことを愚痴ってしまったけれども。
January 1, 2006
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