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2008年11月27日
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カテゴリ: 日本史
 列福式の続きです。

 列福式で「福者」に列せられた人のうち
「1623年に江戸、札の辻(港区)で火あぶりの刑に処せられたヨハネ原主水は武士だった。
 原は千葉県で生まれ、徳川家康に仕えていた。御徒組頭というから、主君が移動する際の警護役リーダーだったようだ。
 1600年に洗礼を受けた原はキリスト教が禁止された12年、逃亡生活に入る。だが、3年後に埼玉の岩槻市で捕まってしまう。

 その時の処罰がすさまじい。両手の指が切り落とされ、太ももの筋も切られた。さらに額に十字の焼き印が押された。処罰後、河原に放置されたが、キリシタン仲間に助けられたとみられ、行方不明になる。
 それから8年後、今度は江戸市中で捕まる。賞金に目がくらんだ元家臣が、原の居場所を密告したからだ。

 不自由な体にされながらも社会の弱者を支え、再びとらわれて生きたまま身を焼かれようとしても信仰を捨てなかった。そこまで人間は強く、崇高なものかと感じてしまう。
 日本史の教科書で殉教は「元和の大殉教」といった記述程度だ。歴史の真実を知るためにも、原のような人物の具体的な物語があっていい。」

☆というものでした。すさまじい人生ですね。でも、こういう生き方をした人がいたことを、子どもたちにも教えたいですね。

今日は源氏の日でした。
 宇治十帖に入りました。まずは橋姫です!
 今までの複雑な文章と違って、力強くて分かりやすい。この変化の経緯が、大昔からの研究テーマだったのは、うなずけるくらいの変化です。紫式部にどういう事が起こったのでしょうね。

 その頃、世間からは忘れられたような老年の宮様がいらっしゃいました。立派な家柄のお方で、有る時は天皇の候補にもなった方だったのに、あれやこれやの事情で周囲の人々からも見放されているような有り様です。
 奥様は昔の大臣の姫君で、今の身の上はしみじみと悲しいものではあるけれど、長年のご夫婦中の睦まじさだけが、過ごしがたいこの世での慰めとして、お互いにこの上もなく頼りにしあっておいでなのでした。

 かわいい子どもがほしいと宮が時折お気持ちをお漏らしになっておいでだったのが、ようやくたいそうかわいらしい姫君がお生まれになりました。
 この姫君を大切にお育てしているうちに、北の方は再び懐妊され、宮は、この次は男の子でも、とお思いになったのですが、やはり同じ女君で、ご無事にお生まれになったものの、北の方は産後をひどくお患いになったまま、亡くなってしまわれました。

 宮はあまりのことに途方にお暮れになり、年月を過ごすにつけても暮らしにくいこの世の中、いっそ出家してしまいたいと、お思いになる気持ちも、見すてて出家するには忍びない北の方のお人柄のために、それをこの世に引き止められる絆としてともかくも生きて来たのに、独り残されて何の張り合いもないことになってしまう、とお思いになり、また


 年月が過ぎますと、お二人がそれぞれすくすくと大きくなられるのがかわいく、申し分のない美しさなのを、日々の御なぐさめに、ついつい日をお過ごしになるのでした。
 北の方が臨終の間際に、この君を私の形見だと思ってかわいがってやってください、と
ただひと言遺言なさったことを思いつつ、この中の君をたいそうかわいがってお育てになりました。
 大君は、気だてがしっとりして優雅で、気品があって奥ゆかしい人柄でいらっしゃる。目をかけて大切になさらないではいられない点では、大君の方が勝って、どちらの姫君をも、宮は大事にご養育なさいました。
 しかし、お仕えしていた人々も、将来の見込みがないと、辛抱しきれずに次々とお暇をいただいて去っていき、中の君の乳母さえもが、幼い姫を見捨てて去ってしまったので、宮が一人でお育てになったのでした。






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最終更新日  2008年11月27日 21時00分15秒
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