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旅は3日目の月曜日。 Kalwaria Zebrzydowska カルバリア・ゼブジドフスカへ~。 ここは、年間約100万人もの人が祈りに訪れるカトリック巡礼地で、1999年に世界遺産に登録されました。 キリスト教の聖地 エルサレムのゴルゴダの丘に見立て、約6kmの道に42の礼拝堂が造られた巡礼公園となっています。 到着すると、聖母教会とヨハネ・パウロ2世の像が見えて来ました。 この町の近くに 彼の生誕の地 Wadowice ヴァドヴィツェという町があって、 教皇は生前 幾度となく その故郷の町と この町を訪れたんだそうです。 入口には聖人の像。 聖母教会礼拝堂。主祭壇は きらっきらっ(☆ω☆) 巡礼者向けに広げた奥の礼拝堂。 巡礼者向けの礼拝堂の聖母画。 上からぶら下がってたコレ、可愛くて凄く気になったんだけど、何だったんだろう?← というか、私、この時おなごの腹痛が酷かったのよ('A`) 痛み止め飲んでも効かなくてよー。立ってるのがやっとなのでしたΩ\ζ゜)ちーん。 たっくさん丁寧に説明して頂いてたのに、早く終わってくれと願うばかりで、 分かりやすいジオラマとかあったのに、撮ってないわあ^^; パイプオルガンが美しかったなぁ。 そそそ。↓像の横にコニファーあるじゃない? ここに来るまでの道すがら 殆どの家のお庭にこれでもかーって程植栽されててたまげたのよ! ホプシー(た、たぶん)とか?他にも見たことないような色んな種類のコニファーがね。 日本だと凄くお高いでしょ?気になって現地ガイドさんに伺ってみたら、ポーランドではお安く手に入るんだそうです。 そんで、ここ最近、ドイツみたくお庭に力を入れるようになって来たんですって。 この後ヴィエリチカ岩塩坑へ~。 Wieliczka ヴィエリチカに到着してからお昼食でした。 スープがポーランドの定番ジューレック。 発酵ライ麦を使ってて ちょこっと酸っぱいの。ゆで卵が入ってたわ。 酸っぱいってどないやねんて思ってたけど、想像よりは意外と美味しかったかな。 そして、ここではウェルカムドリンクとして果実酒2種類がふるまわれたんだけども、 それを飲んだ息子が後に腹痛に見舞われるのでした..Ω\ζ゜)ちーん。 親子して腹痛('A`) まいったがな('A`) さてさて、ヴィエリチカ岩塩坑ってのは、 ヴィエリチカっていう小さな町の旧市街がすっぽりと収まる東西5.5km南北0.5~1.5kmの地下に300km以上に及ぶ岩塩坑が 蟻の巣のように巡らされてるの。 岩塩の採掘が始まったのは13世紀。中世にはポーランドの財源の3分の1を担い、1996年に閉坑するまで700年以上生産を続けたんだそう。 18世紀になって観光向けに公開されるようになり、ゲーテやショパンも訪れたんですって。 1978年に世界遺産に登録されています。 岩塩坑の中はひんやりとしてて、薄手のダウンを着てみたものの たっくさん歩くから汗ばむっちゃ。 着る脱ぐ着るを繰り返してたわねw 地下へは檻みたいな古いエレベーターで運ばれて、あとはひたすら歩かされたがな('A`) んでもって、暗いから撮った写真がボケボケで殆ど使えないというオチ...(((´ω`;)ススス ポーランド王家に嫁いだハンガリーの王女キンガ姫が 強い想いをこめて投げた指輪の示した場所がヴィエリチカで、 塩が溢れるようになったという伝説があるんですって。 所々に岩塩で造られたこういう彫像↑があるんだけど、彫ったのが彫刻家じゃなく坑夫だっていうから驚いたわ。 これも所々にあった案内の絵w ちょっwww ※↓人形です。 切り出した岩や塩を運ぶために馬も飼われてたそうな。こんな地下で働いてたのね~。 地下101mにある聖キンガ礼拝堂。 全て岩塩でできてるのよ。シャンデリアもね。 こちらにもヨハネ・パウロ2世像が。 日曜の朝8時にミサが行われてるそうです。 そうそう。シャンデリアの真下にカメラを置いて撮ると綺麗だって添乗員さんが仰るから、順番待ちして撮ってみたん。。。 ・・・・・。 ホテルに戻り、お夕食。 そして、 お部屋に戻ったらあ。。。 キャラメル2個持たされてましたからーwww このホテルで過ごす夜は今夜が最後。もう少しこのやり取りしたかったわw 明日は行きたかったヴロツワフ~♪ わふーっ٩(๑´3`๑)۶
2015.04.30

毎日暑いわね~。 日焼け止め塗らないで バルコニーのお掃除してたら...後ろ首が真っ黒けになったがなっΩ\ζ゜)ちーん! そそ。昨夜は筍ご飯作ったおっおっ。 いつもは土鍋なんだけど、息子が居なくて二人だけだから STAUBでb うめーヽ(゚∀゚)ノ 今まで煮込み料理でしか使ってなかったけど、これからはこの鍋にしよ。楽ちんやんv さてさて、観光へ~。 っと、その前にランチ。 餃子みたいなのは、ポーランドの代表的な料理ピエロギです。 お味は3種類で、右上の醤油みたいなのをかけて食しました。 不味くはないけど...まぁ普通w 日本の餃子の方が断然美味しいお。うんw 中の具は 割とペースト状っぽい感じだったような記憶。 それでは、「人類の負の遺産」といわれるアウシュヴィッツ博物館のある Oświęcimオシフィエンチムへ向かいますね。 ポーランド南部の都市で、クラクフから南西およそ60kmのところにあります。 アウシュヴィッツってのは、ドイツ語名。 第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって、ポーランド人の政治犯を収容するために造られた強制収容所は、 次第にユダヤ人を絶滅させるための一大殺人工場へと化していったのよね。 あっ。前以て書いておくけど、写真は殆ど載せませんお。ごめんして|彡サッ 収容所の入り口、「ARBIET MACHT FREI 働けば自由になる」って文字が掲げられてます。 この写真じゃ分かり辛いけど、有名なARBIETの逆さまのB。 収容者の せめてもの抵抗の証という説があるのよね。 左に写ってる女性が、私達2号車チームのここアウシュヴィッツでのガイドさんでした。 今回初めて知ったんだけど。。 私、アウシュヴィッツって、ユダヤ人だけが命を奪われる場所だと思ってたのよ。 それがあーた、ガイドさんのお話だと、ユダヤ人はもちろんなんだけども、 政治犯、ロマ(ジプシー)、精神障害者、身体障害者、同性愛者、捕虜、聖職者、さらにはこれらをかくまった者が ここに強制連行されたって言うじゃない。 え?そうなん(;゚д゚)?ってめっちゃ驚いて、周りの人を見てみると...皆さんウンウンて頷いてるわけ。 何だよ、私だけ知らないのかよ('A`)って思って、帰国してから友達に聞いてみたら、 友達も私と同じ知識(ユダヤ人だけね)だったんですけどもーwwwww ↑ヨーロッパ各地から収容されたの図。 殺人ガスに使われたチクロンBの缶。 なんかもう、衝撃の展示物を見学する度に 何回合わせたのか分からないってほど手を合わせたわ。 ビルケナウ。 ビルケナウは第二収容所で、アウシュヴィッツよりもさらに大規模な収容所。 「死の門」と呼ばれる正面。 収容者は電車に乗せられこの門をくぐり、そして二度と出て来ることはなかったのでした。 シンドラーのリストにも ドラマの白い巨搭にも登場した場所。 不謹慎だけど..財前教授を思い出すわ。ありゃ雪景色だったけどね。 ユネスコの世界遺産委員会は、人類が二度と同じ過ちを起こさないようにとの願いを込めて アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を1979年に世界遺産に登録しました。 殺戮のためだけに造られた施設を見学し、 あまりの残酷さにテンション下がるわ 胸が苦しくなるわの連続だったけど...思い切って行って良かったです。 ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。 さて、クラクフに戻りまして、お夕飯。 名物のコトレット(ポーランド風とんかつ)。 うわあ~。こんなん食べたの全然覚えてないや^^; ホテルに到着してエントランスで一服。 今回は喫煙仲間がいっぱい居て嬉しかったなー。オサーンばっかだったけどなw すごーく年上のオサーン達なのに、ちゃん付けで呼んでたっけwww お部屋に戻ると、例のアレは...キャラメル(ポーランドの素朴なお味のやつ)持たされてましたっけ。 ↑これもLINEでお気に入りw 窓から見えるお城に癒されつつ、就寝。 次はカルバリア・ゼブジドフスカへ。
2015.04.27

それでは、市内観光の続きです。 前記のフロリアンスカ門を抜けて、ずっと真っすぐ歩いて行くと。。。 (←振り返って撮ってます) 旧市街の中央にある 中央広場に出るのでした。 200m四方の広場は、ヨーロッパ最大の広さなんですって。 この広場に建つゴシック様式の聖マリア教会(上画像右側の2つの搭の建物)は、1222年に建てられたんだそう。 中は大変煌びやかでした。 15世紀に作られた中央奥の木造祭壇は、国宝に指定されてるとのことだけど、 地元の方々がお祈りを捧げてる中、前まで行けませんでした^^;。。。なので、望遠にて。 かつて(1240年頃?) モンゴル軍がクラクフを襲った際、敵襲を告げるラッパがこの教会から吹き鳴らされたんだけど、 ラッパ手は敵の矢で喉を貫かれたんだそう。 そのことを悼んで、今でも1時間ごとに搭の上からラッパが吹き鳴らされています。 24時間365日 休むことなく続けられてるんですって。 ちょうど聞くことが出来ました。 演奏が終わると、手を振ってくれてたっけ^^ ダンディーな立ち姿の鳩w ルネッサンス様式の長い建物は、14世紀に建てられた織物会館。 そして、このルネッサンス様式の回廊を利用したカフェが素敵だったの☆ 回廊好きには たまらんらんっ(・∀・) そういえば 1階はみやげ物街になってるんですけど、この日は日曜日だたからかな?開店してなくて暗かったわね。 壁の色とレリーフが好きだわ♥ リボンとバラと花々~(*´ε`人) カメラに入ってたんだけど↓、これは一体何だったんだろか? 1830年なのかな?11月蜂起と関係あるのかし? まー、私としては...可愛いからつい撮ってただけだと思われる^^; 手前の置物は何?と近寄ってみると、募金入れでした。 時計のある高い塔は、旧市庁舎の塔。 旧市庁舎の建物は1820年に取り壊されて、この搭だけが残されたんだそうです。 聖ペテロ聖パウロ教会の隣にある 聖アンデレ教会。 この通りにあった 大司教区博物館。 ヨハネ・パウロ2世が1951~1967年まで暮らしていた家で、今は博物館。 この後、ヴァヴェル城へ向かいます。 小高い丘の上にあるので、暑い中 坂(大したことはない)を登ってへばってたなぁ..という微かな記憶A´ε`;)゚・゚ 入口近くには、タデウシ・コシチュシュコ(舌回らんw)の騎馬像。 プロイセン、オーストリア、ロシア3国により行われた18世紀のポーランド分割に対抗して戦った国民的英雄。 ヴァヴェル大聖堂。 14世紀から18世紀までの約400年間、ほとんどのポーランド国王の戴冠式を執り行った大聖堂で 国王の墓所。 何度も増改築を繰り返してきたから、さまざまな建築様式が見られます。 金きらきんのドームは、1533年に建てられたジグムント・チャペル。 ポーランドにおけるルネッサンス建築の傑作といわれてるんですって。 凄ーく大きな鐘があって、撮ったはずなのになぁ。。メモリーカードには入ってなかたのでしたっΩ\ζ゜)ちーん。 暑かったなぁ。。。 旧王宮ビジターセンター。 ヴァベル旧王宮の中庭。 旧王宮内部の撮影は禁止でした。フランドル産のタペストリー群が見事だったのに撮れなくて残念や。 そして、白貂を抱く貴婦人を貸切鑑賞いたしました。 これは丘の上から撮ったのかなぁ?全く覚えてないの...(((´ω`;)ススス なんか。。駆け足かしらねぇ? でも、現地ガイドさんから聞いた説明が..既に右から左へと受け流されてるのよ_(┐「ε:)_ズコー この後はもう写真をペタペタ貼ってくだけのような気がするわ|彡サッ 次はオシフィエンチムへ。 ↑アウシュビッツです。
2015.04.21

ベランダにて、連日の強風でバッタリんぬしてた ジャーマンアイリスを切って飾ってみました。 ・・・トイレにw アプリコット色で かーわいいよおん(ฅ'ω'ฅ)♪ ジャーマンアイリスって好きだわ。 花弁がフリルでドレスみたいだし、よーく見てみるとパールパウダー乗っけたみたくキラキラしててねー。 ではでは、旅2日目のクラクフ市内観光をば。 例のあれに(何w)チップを置いて出発ww この日も朝からイイお天気☆ 私さー、ポーランドといえば、行きたい町ヴロツワフと、ワルシャワとかアウシュビッツとかしか出て来なくて、 クラクフって名前を今回初めて知ったんだけど。。。。。サーセン(ノ∀`) 世界的に大変人気のある観光地なんですってね。 確かにすごーく素敵な町でした(こなみかん)。 ヨーロッパナラにどんぐり実ってて可愛かった。 ゴシック様式のバルバカン(茶色いやつねb) も少し離れたところから撮れば円形に撮れたんだけど、、すまんwタイミング逃したwww 1498年に造られた砦だそうです。 ↑奥に見える門は、1300年頃に造られたフロリアンスカ門。 クラクフの旧市街を外敵から守っていた城壁は19世紀に取り壊されてしまったんだけども、メインゲートだったこの門と バルバカンは中世のままの姿を残してるんですって。 フロリアンスカ門から真っすぐ伸びてる通りがフロリアンスカ通りで、 門をくぐると、ブティックやレストランが建ち並んでます。 門の裏側(フロリアンスカ通り側から) 旧市街の模型が近くにあったわ。 クラクフは、14~16世紀のポーランド王国全盛の時代に 首都として栄えたそうで、 当時の面影が残る旧市街は、ユネスコ世界遺産の最初のリストに加えられてるんですってー。 中央広場まで載せようと思ってたのに、だみだ。大きい画像入れられないわ;; 今日はここまでb
2015.04.18

おひさしぶりだわw 息子がドイツへ行ってしまい、鬱になっちゃうんじゃね?と、友から言われてた私ですが。。。 元気ですっっヽ(´ε`*)ノ! でもね、さすがに最初の1週間くらいは凄く寂しいし辛かったのよ。いや、まじで。 今は。。。私ってこんなにやることがあったのかーって程 忙しく過ごしてるの☆ さてさて、もう何ヶ月も前のことで、記憶が戻るかどうかも不安なんですけども^^; いいかげん そろそろポーランド旅行記を書いていこうかなと思います← とってもゆっくりな うpになると思いますが。 旅行が決まった後、ダーさんがしょっちゅう「今度しふぉりんぬ達、ポルトガル行くんだよね?」 って言ってたんだけど、、、ポしか合ってないじゃんね。 ↑LINEでお気に入りのスタンプw それでは、昨年8月9日~17日までの9日間の旅行記です。 いつものごとくLO●Kなんだけど、「J●Lで行く チャーター往復直行便でポーランドへ」っつうツアーがあったのよ。 ポーランドは前から行きたかったから(特にヴロツワフ)即決しちゃったわw(J●Lは嫌いなんだけどな)。 が、申し込んだ時期が遅かったため、一番高いコースしか残ってなかたのでした Ω\ζ゜)ちーん。 またこのコースっちゅうのが ややこしくて、A~Cまであるコースの中 更にゴールド・シルバー・ブロンズに別れてるの。 私の行きたいヴロツワフが入ってるコースがAとBなんだけど、申し込み時点ではAのゴールドしか空きが無かったわけ。 しかも、このコースが1番人気らしく50人以上集まったから、現地では1号車2号車と2台に別れて移動しますとのことだたのw んな訳で、うちらは2号車になり、全員で27名だったわwww多過ぎだろw クラクフの空港が工事中とか(記憶が曖昧)で、J●Lの粋な計らいによりKatowice カトヴィツェ空港に到着。 今回はCクラスじゃなくプレエコでした。すっかりプレエコ席が気に入った私w写真撮ってねーけどw そそ。 何でも日本からの到着が初ということで、空港からのおもてなしで1人ひとりにこの紙袋が手渡しでプレゼントされたっけ。 中身撮ってないけど、ショパンパッケージのチョコやCD(誰か分からんw)、雑貨が入ってました。 空港からバスにて、今日から3連泊する町クラクフへ(1時間30分)。 ホテルは、シェラトン・クラクフホテル。 ←画像借りました ちと狭かったけども、お部屋からは お城が見えて素敵だったわ。 まだ明るかったので、お散歩に~。 なんか、自転車レースが開催されてて、息子が興奮して見てたっけ。 周りの景色を(*`Д『+』)パシャ!! なんか浮いてたこの子も(*`Д『+』)パシャ!! 町の雰囲気はこんな感じです。 トラム。 ざ・中欧!って感じかしらねぇ(*´ω`*) 次は市内観光~。
2015.04.17
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