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2014.09.09
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テーマ: コラム紹介(119)
カテゴリ: コラム紹介
【高知新聞 小社会】
20140909a

文士には志賀直哉型と谷崎潤一郎型がある。作家の山口瞳が長く続けた週刊誌のエッセーに書いている。全集の完結を機に55歳で廃業を宣言した志賀に対し、谷崎は70代半ばに「瘋癲(ふうてん)老人日記」を著すなど枯れることなく奮闘した、と。

書きたいことは書き尽くしたとしてスパッとやめるか。死ぬまで小説にこだわって書き続けるのか。どちらがより小説家らしいかと問われたなら、「谷崎の名をあげないわけにはいかない」と山口は書いている。

二つのタイプはスポーツ選手にも当てはまりそうだ。例えば、早くに引退したプロ野球巨人の元エース、江川卓さんを志賀型とするなら、49歳で今シーズン初勝利を挙げた中日の山本昌投手は谷崎型と言っていいだろう。

数々の球界の最年長記録を塗り替えた左腕。「オヤジの星」と言いたくなるが、日ごろの鍛錬が並のオヤジとは違う。自らの体を古いパソコンに例えるのは、一度休むと再び動き始めるのに時間がかかるから。だからオフの休みは元日のみ。「引退まで休みなし」が身上だ。

太くて長い野球人生の秘訣(ひけつ)は、基本を毎日、愚直に繰り返すことにあるとみた。〈六十年間生きてきて、知り得た真理が一つだけある。それは「此の世は積み重ねである」ということだ〉。山口瞳が作ったCMの名コピーを思い出す。

汗を飛ばし顔をゆがめて力投する山本投手の姿も、私たちに人生の真理を教えてくれる。
(9月7日付)

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山本昌さんの偉業には喝采を送りたいが、話しのマクラに志賀直哉と谷崎潤一郎を引かれたのには面食らった。泉下の御両人も苦笑していることであろう。

『書きたいことは書き尽くしたとしてスパッとやめるか。死ぬまで小説にこだわって書き続けるのか。』

どちらを支持するかは、それはもう好みの問題だ。いずれにしても、定年をもってリタイアする(せざるを得ない)一般の人間にとっては羨ましい限りである。
志賀のように『スパッ』とやめ、『死ぬまで』働く谷崎のような御仁を、最大級の敬意をもって眺めていられたらいいなぁ・・・

ところで志賀も谷崎も素晴らしいが、近頃巷で見かける引退した老人(魑魅魍魎!)には辟易だ。やめたといって野に下り、またノコノコ舞台に上がってきたわけだ。その老醜をさらした姿は文字通り晩節を汚している。在任中は少なからず「人物」と言われた方々である。誠に興ざめの限りではないか。


気を取り直して、さて、画像は『死ぬまで』指揮を執った朝比奈隆氏である。
20140909b

「一日でも長く生きて、一回でも多く舞台に立ちたいと思います。」

朝比奈氏はそう言って、九十を過ぎても舞台に立っていた。
長生きした朝比奈さんの達観はこうだ。

「一人の作曲家の交響曲を全部やってみる。そして愚直なまでに楽譜通りに演奏してみることから、何かが見えてくる気がします。」

『何か』、朝比奈氏はサラッと言うが『長く生きて』『死ぬまで』励んだ人にしか分からない達観である。

「演奏者は譜面に書いてあることをすべてやってみるべきで、譜面通りにやれば、ベートーヴェンでもブルックナーでも、いい音がするようになっているんですよ。」



「ベートーヴェンの音楽はバイブルに比べることができると思います。一生涯かかっても、およそ出来上がったという気がしない深さがあります。演奏後、いつも自分の力の足りなさを思います。」

九十過ぎの朝比奈氏にこう言われたら、我々の悩みなど微塵に思えてくる。さすがと言うしかない。

朝比奈氏といえばブルックナーである。だが私は氏のブラームスをおすすめしたい。それは氏の九十を過ぎてからの演奏で、交響曲の第一番から第四番までしっかり残っているのだ。美老の音を是非お聴きいただきたいと思う。


文士から話がそれてしまった。
それにしても「文士」はすでに死語だ。『私たちに人生の真理を教えてくれる』のは、もはや野球選手だけである・・・ だから山本昌さんには『一回でも多く』マウンドに立ってもらいたい、そう思う次第だ。


20130124aisatsu





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最終更新日  2014.09.09 13:48:22
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