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『 直木賞作家の荻原浩さん、漫画家デビュー 40年越しの夢叶える 』
■やり残したこと
平成17年、代表作「明日の記憶」で山本周五郎賞を受賞し、映画も大ヒット。「海の見える理髪店」で直木賞にも輝いた。作家として順風満帆のキャリアだ。だが、還暦という節目が間近に迫った59歳のとき、「やり残したことは本当にないのか」と考えたという。
「小説を本気で書き始めたのは39歳。当時は40歳という大台に対する焦りがありました。たぶん、年齢の大台が迫ると20年周期で焦る体質なんだと思います」
そんな時に思い出したのが漫画だった。小さいころから絵を描くのが得意。学生の頃には漫画家を志した時期もあった。当時はペンをうまく扱えず挫折したが、漫画への思いを熾火(おきび)のごとく心中に温め続けた。
5年ほど前、小説誌の特集企画で、小説ではなく漫画の寄稿を提案。4コマ漫画を描いた。ただし、「実力不足は明白でした」。デジタル漫画教室に通ったものの、パソコンの作業についていけず断念。結局、手間と時間をかけ、全てアナログ作業の「手描き」で仕上げた。「プロの漫画家のすごさを身に染みて感じた」と振り返る。
それがきっかけで「小説すばる」からオファーが来て、年2本程度のペースで漫画作品を掲載。ベタ塗りを手伝ってもらうなど家族にも支えられた。「最初に小説を書き始めたころの手探り感と、自分がどこまでできるかわからない不安と期待。この漫画で改めて経験できた気がします」
■絵に独特の味わい
もちろん“短編の名手”の作品集だから、ストーリーは文句なく面白い。それを差し引いても、絵に独特の味わいがあり、物語に引き込まれてしまう。収録8作品は、人生のほろ苦さやいとおしさを描いた物語から、日常の半歩先に広がる奇妙な世界まで多種多様。絵柄も少しずつ異なる。
表題作「人生がそんなにも美しいのなら」は、93歳の女性が主人公。実際は病院で療養中なのだが、鏡に映る姿は若い頃の姿だ。ある日、戦時中に死んだはずの娘と夫が現れる。これは夢か現(うつつ)か幻か-。「若い頃と現在の姿を同じページで交錯させるなど、小説では表現できないことを実現できた」と手応えを語る。
南米アマゾンの奥地に迷い込んだ男性が不思議な女性と出会う描き下ろし作「大河の彼方(かなた)より」は、何と構想40年。公募の新人賞「手塚賞」に応募しようとしたが描き上げられなかった、ある意味思い出の物語だ。「構想だけして40年。やっと成仏させてあげられたかな」
今後も、機会があれば漫画に挑戦したいという。
「文章で物語る人間だから描けるビジュアルの世界もある。本にならなくてもいいんです。目や手が動かなくなる前に、この本に載せられなかった物語を描ければ-と思っています」(本間英士)

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さそい水さん