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4月から息子を公立保育園に入れるべく、地道に活動してきた。やっと出た派遣フルタイムの内定書を出したり、今あずけている民間保育園の領収書を提出したりというものだが、それでもなんだか相当な労力を使ったので、近くの都合のいいところに入れますように、と思っていたが、我が家に割り当てられたのは第6希望の、遠方で延長保育をやっていない園だった。党に貢献していると思いこんでいたら、ぼろぼろのアパートを割り当てられて衝撃を受けた旧ソ連の党員、ってな感じでしょうか。我が家の内情を、赤の他人(=保育園入園相談係)に赤裸々に開示した結果がこれだよ。恕。夫婦ともにフルタイム勤務。(私は派遣だけど)去年から入園希望を出しつづけていた。それでも、第1~第5希望は全滅。第6希望の保育園は、遠いのはガマンできても、延長をやっていないということは、定時6時半の私は絶対に迎えに行けないということだ。いかに、おちゃらか社員の夫といえども、毎日6時あがりでは、そのうちクビになるだろう。これだったら、希望園以外は白紙で出すべきだったか。通常温和な私だが、さすがに、これはちょっと・・と自治体に電話をして、選考理由等聞いたところ、「入れただけよかった」「今回申し込み者の半数は入れていない」との冷たい回答。例年、こうやっていきりたって電話する親がいるんでしょうな。わかっていても、文句を言いたかった私、まだ青い。でも、半数が入れないという定員設定は、そちらの失策では。中堅ファミリー層の定住促進を謳い、子供の医療費の優遇などわかりやすい施策を打ち出すことには長けていても、ここ数年、保育園は全然増えてないよ。何とかしようよ。何の政治思想も持っていない私ですが、こわだかに、叫んでいます。そして、もっとも悔しいのは、「それなら、結構です!!」と言い放ち、高額民間保育園に行かせ続けられないわが身のふがいなさなのです。合掌。
2004年03月01日
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今週月、火は、息子はさっそくかぜをひき、保育園をお休みした。先週、保育園にお迎えに行ったとき、ひえピタ貼った子が寝ていたのを目撃したし、嫌な予感がしていた。しかも、予定どおり週末には大江戸温泉に遊びに行ったのも、湯冷めしてさらによくなかったかも、と反省する。幸い、発熱はしなかったので、義母に終日うちに来てもらい、息子の面倒をみてもらった。感謝。まったく、夫婦以外の協力者がいないと、子持ちが働くのは本当にきついと実感した。さらに、息子からかぜをもらったのか、今度は自分が具合が悪くなる始末である。しかし、働きはじめたばかりなので、とても休めない状況。悪寒、頭痛、関節痛という風邪の初期症状は、会社の売店で葛根湯を買って乗り切った。休みは、息子のもしものためにとっておこう。そんな気持ちは保育園ママ全国共通だろうか。ともあれ、週末。予定は「息子と遊ぶ」である。
2004年02月14日
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今月から、息子(2歳5ヶ月)が保育園に行っている。息子の様子を観察すると、初日。わけもわからず1日すごす。この日は慣らし保育で1時に迎えに行ったので、とくに不都合もなく、ママがいない間、一人でお友だちと遊んだよー、という感じだった。2日目。とくに問題なく、偏食のため給食がほとんど食べられないこと以外は、普通に一日を過ごした様子。お昼寝も、先生が添い寝して背中をトントンしたら、眠ったらしい。なんだ、大丈夫じゃん、と思っていたら、3日目から、朝のぐずりが始まった。まず、自転車から降りない。保育園の玄関で靴を脱がない。そして、私が帰ろうとすると、「いやだよう~」と号泣。先生に抱き上げられつつ、私の方に手を伸ばす。しかし、先生たちは非常にも全員揃って「行ってらっしゃいませ!!」(民間だから、いつもこんな敬語)と、早く帰るよう、笑顔で私を促すため、未練を残しつつもどうしようもなく帰る私であった。4日目、5日目も同様。しかし、ずっと泣いているのかと思いきや、5日目の連絡帳には、「ママが行ってしまうとすぐに泣き止み・・・」と書かれていたのであった。ちょうど、送りの帰り道で会った先輩保育園ママにも、「笑顔できっぱり別れて、笑顔でお迎えが一番よ!」と言われた。子供は泣いてごねれば、ワガママが通るかもしれないと思うため母親がぐずぐずしているとますます泣くものなのだそうである。なるほどね。そんな1週間の週末、自宅で、私の知らない歌を口ずさむ息子を見ていよいよ、本格的な子離れが始まったと実感した私であった。
2004年02月08日
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フルタイムで働くことが決まり、今日、保育園の入園手続きをしてきた。自ら派遣先に願い出て、何とかOKをもらった。派遣元のコーディネーターは、「スタッフさんが営業してくれた」と、何故か喜んでいたところをみると、無謀な行動だったのか?派遣のしきたりはあまり知らないので、よしとする。そんなわけなので、息子の保育園の都合で4月から、なんてことがあるはずもなく、人手が2月から。急だ。2、3月の2ヶ月間は、息子民間保育園に預けることにした。
2004年01月24日
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向井亜紀さんのテーマに投稿してみた。ドキュメンタリーは見逃したけど、結構彼女には共感するところがあるので。私も、仕事だ自己実現だと浮かれていた30歳代の始め、子宮筋腫が見つかり、医師から「急がなければ妊娠は難しくなる」と言われた時、迷わず子供を生むことを選んだひとりだ。彼女の場合とは少し違うかもしれないけど、私の場合は、結婚してもがしがし働き続け、「子供はそのうち産めばいい」となおざりにし、自分のやりたいことを優先して動いていた。出産の限界年齢までまだまだ猶予があったし、当時はたまに電車で赤ちゃんなど見かけても、見事に何の感情も湧かなかった。自分とは別世界のモノだと思っていた。しかし、「こどもが産めないかもしれない」となったときのショックは晴天の霹靂で、「絶対に子供が欲しい!」という気持ちがふつふつと湧いてきて、潜在的にこんなに激しく子供を欲していた自分に驚いたくらいだ。私の場合は、妊娠することができて、筋腫の影響もなく無事出産できたが、もし向井さんのようにガンで子宮全摘出となった場合、私も、全てを投げ打って(というか、何も持っていないけど)、子供を得るため、彼女のように奔走したに違いないと思う。子供はかわいいものだ。彼女の場合も、子供たちと過ごす毎日、おれから積み上げてく時間が、どうやって生まれてきたかということなど問題にならないほどの親子の絆になっていくことだろう。そうなればいいな、と思った。
2004年01月23日
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育児ネタを期待していらっしゃった方、すみません。先日、日帰り温泉に行った。子供は夫が入浴させたので、私はひとり、のびのびと入浴した。公共設置、三セク運営と思われるその日帰り温泉施設は、名前は書けない。2階にある露天風呂は、丘の上からの眺望が売り。しょぼいレストランや、イマドキそんな対応では生き残れない従業員たちの冷たい対応が特徴である。さて、露天風呂であるが、開放感に溢れた見事な眺望はパンフどおり、天気もピーカン、私は、お湯に身体を浸しながら、露天風呂の端まで移動し、ふと、ななめ下を見た。すると、20メートルほど先の草むらの前に、若いカップルがいる。私から見えるということは、向こうからも見えるということだ。もしやソコは、露天風呂覗き見スポットなの?!などと思っていたら、そのカップル、女性の方が、男性の前にしゃがみこんで、頭を動かし、何かしている。男性の方は、サングラスをかけていて、なぜか仁王立ち。私は、見てはいけないものを見てしまいました。でも、その後どうしたか、どうしても気になってもう一回見ようと思ってそーっと振り返ると、次は着衣のまま、お弁当のカタチになっています。っていうか、思いっきり青空の下、なんですけど。(なぜかですますになっている、動揺しているのか?)これはきっとAVの撮影じゃないかと思い、カメラを探したが、なかった。あれは、いったい何だったんだろう。ちょっと、若さの抑えがきかなくなったんだろうか。後で、露天風呂の真下にあたるレストランから現場を確認したが、すでに誰もいなかった。しかし、だれかいたとしたら、レストランの席からは、丸見えだった筈である。謎だ。謎である。
2003年12月15日
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11月後半から2週間は、子供を義母に預けて毎日フルタイムで働いたため、精神的にも肉体的にもかなりの仕事モードになった。肩こりが蘇ったりしたのには閉口したが、同時に休憩時間に同僚とランチしたりという懐かしい時間もまた蘇り、小さく嬉しい。就業時間中に、自分の分だけコーヒーを淹れてパソコン横に置いて飲んだりすることも、普段の育児生活ではほとんどないからこれもまた嬉しい。お気楽な限りである。派遣だから、やるのはサブスタッフ的な仕事なので与えられた時間内に終らなくても残業はない。そういう立場は、寂しいが、仕方ない。でも少しでも楽しく仕事をしようと、経験していない立場と仕事と、人間関係と、などなどあれこれ不器用ながらも何とか無事に終えた2週間だった。元気でいてくれた息子&義母に感謝である。そして、完全に仕事に復帰する場合の練習にもなった。毎日働くと、こんなに疲れるのか。家事をうまく段取りしてこなさないと追いつかない。家に帰ってから寝るまではほとんど座る時間もない忙しさだった。育児と仕事を両立している人はほんとうにすごいと思う。そして、今回、母親とずっと一緒にいられるわけではないと気付いた息子は、私との距離感を微妙に持ち始めた様子で、すこし大人になった。仕事モードは、子離れのレッスンにもなった。
2003年12月14日
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本日21:30。タイトルどおり。しかししつけに成功したわけではない。息子、リビングのテーブルにクレヨンで落書きし、何度叱ってもしつこく書きつづける。ほんとに最近、イタズラがしつこい。ついにダンナが怒り、私が「もうねんねの部屋(寝室)に行ってなさいっ!」といって真っ暗な寝室に追いやった。すると、息子、自分でトビラを閉めて部屋にこもった。これ幸いと放っておいたがなかなか出てこないので、暗闇の中でしつこくすねているのかと、10分後に見に行ったら、就寝してました。というたいへん珍しい話でした。もう、こんなこと二度とないだろうな。
2003年10月13日
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息子、2歳1ヶ月。反抗期の兆候がちらほら。今日は、出掛けに長袖ジャケットを着たくないと主張し、何度着せても脱ぐ、最終的には、玄関のトビラ前で寝そべってイヤイヤし、私は、それを米俵のように(って、想像だが)かついで自転車置き場へ。しかし、頑として自転車に乗らないので、仕方なくジャケットを脱がせ、半袖のままカゴに乗せて出発した。寒空の下、本人はけろっと機嫌を直し、道すがらパトカーを見つけて調子よくはしゃいでいるが、こちらは、あまりの腹立ちで、血管が切れそうである。よく夫に対して、理不尽で憤死しそうになるが、それと同じ状態・・・やつが父親似なのか、父親が幼いのか、別にどちらでもいいが、こんなことでは、私は保母さんには決してなれないだろうと思った。しかし、最近多い、この寝転んでイヤイヤするパターン。しかも「家に帰りたくない」という理由が一番多いので、マンションの自転車置き場辺りで毎日バトル。体力あってよかった。たいてい、泣き叫び暴れまわる息子をかついで撤収しているから。釣り餌のお菓子も、あまり毎回は使いたくないしなぁ・・(息子は心底、食い意地が張っていて、際限なく食べるのである。友人の子供のように、食べるのに飽きて遊ぶ、ということはまったくないのだ。)しかし、ご近所さんには虐待と思われているんだろうな。それがとっても気がかりな、小心者の私であった。
2003年10月08日
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なんとか、週2日勤務が軌道に乗ってきた。しかし、である。仕事のスピードが遅くなっている自分にガク然。もともと、仕事は遅い。早いのはメシだけの私であるのだがしかし・・致命的なことに漢字を忘れている。こっそりワードに文字を打ち込み、その字を24ポイントくらいに拡大し、漢字の込み入った部分がどうなっているのか確認してから書く。私の席は、トビラ近くのみんなの通りすがる場所にあるのだが、この行為、誰にもみられていないことを祈る。これを雇用者が読んだら、クビだろう。そして、怖くて電話が取れない。新人状態が発現。なぜなら、ほとんどの人の顔と名前を覚えていないからだ。脳が老化している。することが多いからだと思いたい。週2日の労働は、だいたいそんな感じである。今日はいろいろミスもしでかして自信喪失した。が、その後でどうやら部署の一番えらい人に通りすがりに「さらなる飛躍をね。」と笠智衆(こんな字だったっけ?)風に言われて、『飛躍って何だ??』と思いつつもすこし嬉しく、気分が復活した単細胞の私であった。人間、誉められたい生き物なのである。(はげまされたんだろうか・・?)
2003年10月04日
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今日で仕事3日目。前任者からの引継ぎも完了し、来週からはひとりで業務遂行だ。仕事自体はほんとに簡単なのでやっていけそうである。約2年ぶりの仕事の現場は、けっこう刺激的で、新人気分で、ほどよく緊張してやっている。しかし、である。残してきている息子&義母のことが気にかかる。昼ご飯の最中に出発し、帰ってきて即夕食というきつきつのスケジュール、今日は山手線人身事故で帰宅が遅れ、義母に平謝りであった。義母が息子に納豆ご飯を食べさせてくれていたが、とても疲れた様子。どうやら68歳の義母には、半日とはいえ毎週2日、息子の面倒をみるのは体力的に難しそうな気配である。というわけで、調べてみた。義母が倒れたり、体調を崩した場合、区立保育園の一時保育(1日2000円)は利用不可。義母の介護、通院・入院のつきそいなら子供を預けられるが就労するためではダメなのだそうである。また、都の認証保育園というのがあり、認証を受けるために色んな条件を満たしているため、無認可保育よりよさげだが、預ける場合、1時間1200円~。だめだ、こんな高額料金、時給とほとんど変わらないじゃないか!しかし、いまの職場は基本的に欠勤はなし、という約束なので、いつか息子をここに預けてただ働きする日が来ることだろう。それでも、仕事をするのかと。・・・
2003年09月19日
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息子、2歳になり、かなりお世話もラクになってきたため、懸案だった復職を果たすべく8月から活動し、先日、週に2日、午後だけという派遣の仕事を決めてきた。在宅での仕事は、私の状況では難しく、息子を保育園に申し込み&正社員希望で仕事を探してみたが、保育園はハズレ、正社員も、履歴書を書いている時点で自分のプロフィールのしょぼさに気持ちが萎えてきて、どこにも出せずにいた。で、8月初めに某派遣会社に登録。スキルテストが散々な結果だったからか子供がいるからか全然仕事の紹介がなかったが、派遣会社のHPに載っていた新着情報を見て、週2日、午後だけという仕事を発見。家族に相談後、義母に息子をみてもらう約束をとりつけ、勇気を出して派遣会社に電話、顔合わせへと進んだ。私は、派遣の前任者が辞めるための交代要員らしい。顔合わせは先方で、先方のえらい人3人対、派遣会社営業マン(初めて会った)+兵隊の私という図。職務経験をいろいろ聞かれ、営業マンが止めないので調子に乗ってしゃべりまくる。カバンに詰めてきた過去の実績も、出す、出す。なんとなく、好感触かなーーっというところで、「ご結婚はしているの?」ときた。「はい」と私。「お子さんは?」「一人います」「おいくつ?」「2歳です」「えーーー?」・・・・・先方が揃ってすごいリアクションである。「うちには結婚しているひとはいたっけ?」「あーー、そうだな・・」など、一同いやーな雰囲気満々である。やっぱり世の中、そうなんだ・・・・・しかし、ここで不採用では、辛すぎる。今日もまた、息子を義母に預けて来た努力が無駄になっては・・そこで、息子は義母がみてくれているということ、義母は近くに住んでいて元気である(誇張しているが)など必死のトークを展開し、「まあ、週2日だし大丈夫でしょう」ということで、何とかOKがもらえたのであった。こんな具合で、顔合わせ翌日から仕事に行ってきた。「週2日なんで、休まないでくださいね、」と営業マンに念押しされての、ばたばたした仕事始めであった。
2003年09月13日
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山口智子が7年半ぶりに地上波ドラマ復帰・・というニュースに驚く。最後の作品は「ロングバケーション」だったそうな。あれから7年半もたったのか。まだ、連ドラに感情移入できたあの頃、毎回ドキドキしながら見ていたロンバケ。けれん味たっぷりの北川マジックの思うがままだった私。山口の役柄の29歳はまだ先で、バニーガール姿の彼女を見て、なんだか寒々しいような気がしていたっけ・・ちょっと感傷にひたった、7月最後の日の午後。
2003年07月31日
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さて、2日目朝。朝食バイキングだ!だらだら身支度して、1階のカフェへ。息子、もの心ついてから初の朝食バイキング。目の前に並ぶおかず達をみて、パニックを起こしかけている。普段はたいてい納豆ごはんという、わびしい食卓でごめんよ、息子。しかし、関西なのに納豆があったので、やっぱり納豆ごはんを与える。プラス焼き魚、卵焼き、ソーセージ、味噌汁、ヨーグルト、フルーツ、ジュース、牛乳・・・大人には普通だけど幼児にとっては充実の朝ご飯を堪能し、やつは全然席を立とうとしなかったのであった。さて、京都へ出発。京都駅で、サンダーバードに乗ってやってくる私の両親と待ち合わせしている。2、3日目は一緒に宿泊する企画なのである。ひと部屋に4人+幼児で1泊2食つき3万円なり。なぜこんなに安い宿があったのか?は後ほど明らかになった。新快速で移動中、移動に飽きて騒ぐ息子。奇声を発するテンションのちょい手前である。どうも、電車は見るほうが好きなようで、ホームに降りたらがぜん勢いいづいて、特急を指指し確認を初める。さて、じじばばとの感動の再会は・・息子が固まって終了。笑顔なし。突然のじじばば登場に、驚いて状況についていけなかった様子である。なんとか5分くらいで、いつものじじっ子に戻り、じじにだっこをせがむ。一同ひと安心であった。さて、タクシーで金閣寺へ。 2年程前に金箔を張り替えてぴかぴかの金閣寺を見学。あいにくの雨。ベビーカーは置いてきたので、夫と2人ならたいへんな思いをするはずだが、息子、じいじにしかだっこしないため、私はデジカメ&ビデオカメラマンに専念できた。ああ、じじばばと離れて暮らしているのが惜しい・・近くに住んでいたら、お世話になりっぱなしだろうなぁ・・。その後、ランチは名物の湯豆腐を食べて龍安寺へ。有名な石庭では思索するどころか、息子が騒いで、皆さんの思索を邪魔しないかが気になり、早々に退散す。こんな情緒のカケラもない観光だけど、ほんの一瞬でも日常から離れることでとてもリフレッシュできると実感。息子は、じいじに夢中で私には目もくれないけど、それがまたいいのだ。お茶は、三条の「キルフェボン」で。息子が力尽きて昼寝している間に、全員でタルトをいただいた。東京では混んでいてなかなか行けないお店なので、久しぶりに美味しかった。キルフェボンは出店場所は雰囲気重視、と聞いていたとおり、高瀬川沿いに、こじんまりと店が在ってなかなかよかった。
2003年07月24日
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今回のスケジュールは、2泊3日の大阪、京都旅行。実は夫の関西出張に同行(当然お忍び)、彼が仕事の時間は、私+息子はフリーというすばらしい企画です。日程は、梅雨の最中で祇園祭の一週間前という間の悪い7月4、5、6日だけどしかし、けっこう楽しかったので、長文書いてアップしてみました。もちろんフリープラン、宿は「旅の窓口」で予約してGO!。大阪1泊、京都1泊の旅である。貧乏B様の我が家は、西梅田のホテルモントレ、ではなく隣の新しいビジネスホテルの格安平日ファミリープランを選択。2人+1歳10ヶ月児でツインルームが1万2000円弱、しかも朝食付き!ホテル、がんばっているな。さて、関西の土地鑑はありありだーと高を括っていたら、西梅田は開発がすすんで結構変わっていた。来年には阪神がすすめている大規模再開発が完成するので、ヒルトン→再開発→ハービスのエリア全体が隙なくピカピカになるでしょう。阪急(茶屋町とかHEP)に対抗して「大人の街」がアピールされることでしょう。また、HALとか大阪モード学園の豪勢な校舎も間近にみたが、「こんなところに子息を入れたくないぞ」と強く思う。こりゃ搾取だ。そういうことを考えつつ、チェックインし、ベビーカーに息子を括りつけて地下鉄御堂筋線へ。途中の大阪中央郵便局の駐車場で「ほら、郵便車がいっぱーい!!」とすかさず息子の機嫌をとった。が先を急ぐ。急いでいて、下りのエスカレーター&エレベーターが見つからずベビーカーごと息子を持ち上げ階段を下る。16キロくらいか。汗が噴出す。母強し。さて、行先は緑地公園。御堂筋線は途中で地上に出るため、新大阪あたりから景色を楽しむ。昔住んでいた東三国駅周辺は、マンションが激増していて驚いた。緑地公園駅には、友人Tちゃんがクルマで迎えに来てくれていた。9ヶ月のベビーちゃん連れである。かわいい。ぷにゅぷにゅしている。乳くさい。汗臭い息子は、もうベビーではないということを思い知る。息子は自動車・電車マニアのため、大喜びでクルマに乗る。気使いーのTちゃんは遠回りして私達の母校周辺を通ってくれた。10年ぶりの母校は、時代に迎合していかめしい正門がなくなり、何となくオープンな雰囲気に変貌していた。そんなもんか、と思う、大学は生き残らなければならないからな。80年代の終わりとは、明らかに空気が違っていた。さてさて、Tちゃん宅訪問。じつは、当初会う約束していたのはOさん。しかし、子供の病気でキャンセルとなったため、急きょTちゃんに3日(旅行前日)の午後9時半に電話して、約束をした鬼は私である。それなのにもかかわらず、きちんと整頓されているお部屋には感心した。私なら、死んでしまう。もしくは朝から掃除して、げっそりしてのお出迎え、となるだろうけど、Tちゃんはさわやかに、相変わらずの美人のままだった。さらに、フルーツ白玉まで出てきたおもてなしにはほんとうに感激した。しかし息子は案の定やりたい放題で、シンクの扉を開け、板ゼラチンをぶちまけ、扉をTちゃんの愛娘のおもちゃで遊びまくり、うんちまでする始末。さらに、愛娘がはいはいしている姿をみて、動物だと思い込み、だきつく、膝枕する、うしろから乗りかかるという奇行を繰り返した意味不明。20年後なら婦女暴行だ。母は顔から火が出ました。2時間少しの滞在だったけど、息子の所業にはどっと疲れたけど、それでも色々話しができて、会ってよかった。子供ができても、昔のままだね。私は少しオバサンになったかな?大満足して、おいとました。さて、夫は仕事から戻ってホテルにいた。ベビーカーで眠ってしまった息子をそのまま預け、もうひとつの目的である商業ビル見学へ。出産前まで働いていた会社で企画したビルが完成して1年余り。完成をみずに辞めているので、ビルを見るのは今回、はじめてである。企画段階では死ぬほどパースを見ていて、辞めてからもアルバイトでニュースリリースを書いたくらいだが、いまひとつリアリティのなかったビル。ちょうど、セール中で入場制限中のショップもあって大盛況である。なんだか感無量だ。時間がないので、駆け足で全フロアを回る。小さい面積の店では撤退しているところもあるが、自分が誘致した店が、なんとか生き長らえていることを確認して、ひと安心した。また、B1のカフェが、すごく自然体で、こなれていて、また感動した。何店もお店を作ってきているオーナーだからこその完成度だ。入ってみたかった!やっぱりここでも大満足してホテルに戻る。夕食は、手ごろなホテルのダイニングは貸し切られていたため、ハービス、ヒルトンなど眺めながら、店に入るタイミングを逃し、ついに阪神百貨店地下へ。デパ地下で、気が向いたものを買って帰ることに決定。いか焼き、串揚げ・・など、ジャンキーな夕食となった。息子、部屋で電気、電話、テレビ、などあらゆるものに気が散って、ろくに夕食を食べず。ようやく寝る前になって、空腹を感じたらしく、弁当のパックに残ったコメツブを拾ってたべていた。まだまだ元気が余っているのに消灯されてしまい、さらに私は30秒で入眠したため、その後どうなったかは知らない。哀れな幼児である。 Tちゃんの愛娘に膝枕する馬鹿息子。必死で抵抗する9ヶ月児。怖い目あわせてごめんね。
2003年07月10日
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家族をゲームのパーティに例えると私:白魔道師理由:みんなのごはんをつくるから。夫:狂戦士理由:ときどきいらちで発狂して使えないから。息子:召喚獣理由:いつも私にくっついていて、お互いセットと化しており、一人で買い物に行って知り合いに会うと「●●君がいないから誰か分からなかった」などと言われる。息子への毀誉褒貶、すべて私に反映されるため、なにかやらかしたときは非常につらい。しかもこんな怪獣をつくってしまったのは私なので、それは仕方ない。とんでもなく弱いパーティを組んで「社会」を渡っているものだと、思った。いや、渡っていけていないかも。ゲームならこんなパーティには絶対しないだろうなぁ。そして、自分はカッコイイ宿命を背負い、すごいパワーを秘めたヒーローではないということもようやく理解し、またすこし大人になった私なのであった。うっとうしい天気なのでだるく、だらだら書いてしまった。早く晴れるといいな。
2003年07月07日
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へたれ息子が、わけもなく暴力をふるうようになった。昨日は児童館で、「ただそこにいただけ」の男の子Aをたたき、男の子Bをつきとばし、しゃがんでいた、すこし月齢のちいさい女の子を転倒させた。仮面ライダー龍騎にたとえれば朝倉威か、おまえは!!ちょっとわかりにくい例えだった、「ただ、むかつくんだよーー」っていう理由で人を殺す好戦的キャラで、人気があった奴。龍騎は13人ライダーがいるので。龍騎は32話までしか見ていないので、なにかそこに彼なりの必然があるのかしれないけど。割愛。さて、息子が暴力をふるうそのたびに、相手の安否を確認し、平謝り。「オトモダチにはいいこいいこだよ」としかり、ふりだけの「いいこいいこ」をさせる。しかし、次の瞬間、また突き飛ばす・・・なぜかこの繰り返しで、1時間で母は疲労蓄積。顔面がひきつり、笑顔の仮面がはがれてしまっていたことを、ともだちママの指摘で気付き、トイレの鏡で直した。なんでだろう。叱るとさらに、私にみせつけるように暴力をふるうので、気をまぎらわせる作戦に。「こっちで遊ぼうよ」と誘っても興味がないことにはまったく興味のない息子にあっさり逃亡されて作戦終了。しつけは難しい。子供を持つ前は、公共の場で暴れたりふざけたりする子と親には「親のしつけがなっていない!」と心の中で冷たかった私。それがいまや自分である。トップブリーダーにはなれそうもないや。
2003年07月01日
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息子、1歳9ヶ月にして初の挫折・・・今日、ベビースイミングを辞めてきた。約10ヶ月続けたベビースイミングだったが、息子の水嫌いは治らず、悪化。相変わらず後頭部を水につけると激しく抵抗する。さらに、今年4月からはコナミが「運動塾」を推進し始めたため、レッスンはベビーといえども選手養成所のような雰囲気となり、レッスン最後のおもちゃで水遊びする憩いの時間も削除。ベビーなのにずーっとバタ足をやったり、なんだかスパルタ度アップしてきた。何か違うぞ。さらに、息子、腕につける浮き輪「フィックス」が、どうしても装着できない・・・つけようとすると異常に嫌がり、「ナイナイ」を連発。「指定商品のベビー用フィックスを買ってください。すごく安定しますよ」とコーチに言われ、1%の可能性に賭けて(大げさな!)購入、昨日のレッスンでつけてみたが、確かによく浮かぶが、つけること自体がいやな息子、勝手にプールを出てフィックスを「ナイナイ」し、逃亡した。そんなベビーはかつていない。1歳9ヶ月といえば、ベビーのなかではけっこう大人。同じ月齢のオトモダチはみんなフィックスをつけてぷかぷか楽しそうに浮かんでいる。それより小さな子だって、フィックスをつけて興味深げにボールに触ったりしているのに、ああ・・・息子は笑顔が全然でない。で、ついに、辞めることにした。「継続は力なり」だがしかし、嫌なことをおしつけても仕方がない。一緒にプールに入っている私も、最近は全然楽しくない。むしろ、「レッスンにぜんぜんついていけてない」という挫折感で苦しくなってきた。というわけで、きっぱり辞める決断をした。些細なことだけど、人生1歳9ヶ月の半分以上の期間にわたって続けてきたスイミングを辞めるのは、けっこう大きな決断だった。最後のレッスンは、夫に入れてもらうつもりである。
2003年06月22日
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ママ友Iさんのところに、焼きたてパンを食べに行ってきた。ママ友、っていう言い方、気に食わないが、的を得ていると思う。子供の月齢が同じということだけで始まる友情。しかし、お互いのことはあまりよく知らない。たぶん学生時代に会っていたら、絶対違うグループだった筈の人たち。それも、大抵お嫁に来ているから、出身地もバラバラ。今回は、そんな2人が子どもを介して出会ったらこうなるというハナシ。 ごちそうさまでした。パンだけごちになるつもりでふらふら行ったら、シナモンロールと、オレンジピール入りのパン、子ども用にはおいぎり、そしてシチュー・・・「パパが昨日飲んで帰ってきたから手をつけてないの。もしよかったら」と、奥ゆかしさバクハツで供してくれた。さらに、お茶の時間には自家製ケーキが!!2人の子どもの面倒を見ながら、上の子を幼稚園送迎しながら、この手際のよさ!感服である。後日、別のママ友が「ちょろ☆さん、Iさんちで、えらく感動してたよ」とウワサしていたらしいが、現地では「すごい」「おいしい」を連発していたと思う。恥ずかしい。でも、一番すごいと思ったのは、この日の午後8時ごろ、忘れ物をとりに行ったときに見たIさん。昼と同じ、美人で涼しげな顔をしていた。私ならくたくたで、髪はふり乱れ、おでこなどテカってしまっているに違いない。恐るべしIさん。
2003年06月04日
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毎日息子と公園に行っている。寒さから解放されたと思ったら、虫に刺される季節到来、アンチモスキートの出番だ。ちなみにこれは先週、家のダニにやられた息子の耳。 プリモプエル、というより江川卓に近づいた息子。耳が腫れただけで、人相まで変わってしまうんだな・・と納得した。もう治ったし、かきこわして「とびひ」にもならずに済んでよかった。
2003年05月22日
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ずっと前、SPAの人気?コーナーに、何でもピラミッドとか円グラフに表わす、毒々しい企画があったけど、まだあるのかな?いまやSPAにはひとつも用がないから読んでいないが。現在、雑誌でいえば、「サンキュ!」とか「オレンジページ」など買って、収納、節約術を勉強しなくてはいけなんだろうけど、やっていない。洗濯にお風呂の残り水を使うくらいかな。超・赤字決算の家計なのだけど、何とかなるさーーと、日本国のような楽観的な運営が続いております。さて、掲題のように、日々考えることが昔と今では変わったな~と思ったので、パーセンテージで書いておく。現在・・・・今日の晩ご飯何にしよう・・・・・・・・・・ 45%どうやって息子に野菜を食べさせよう・・・・ 35%その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20%出産前の私・・・仕事のこと・・・・・・・・・・・・・・・・ 80%明日会社に着ていく服がないどうしよう・・・ 15%ドロのように溜まった疲れをとるための方策・ 05%平和な日々が、続いている。勤労意欲がわかないのは、当然かもしれない。
2003年05月21日
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子育て中の私のパソコン時間は、息子お昼寝中か、深夜の息子の就寝後に限定されてしまっている。しかし!貴重な時間である息子の就寝後は、夫がまだ起きている・・・。我が家は、将来の子供部屋予定の小部屋を夫婦の勉強部屋と称し、パソコンルームとして占有しているのだが、夫と私は、同じ机2台を並べて壁に向かってパソコンをしているため、相手のパソコン画面がばっちり見えてしまう。10年ほど前なら、この角度からは見えにくかっただろうが、液晶技術の向上により、私からは夫が麻雀サイト「東風荘」で、ドラを切っているのさえ丸見えである。いわんや楽天日記おや!この日記は、夫には見せてはいけないだろう。直接言えないから書いているのだ。よって、更新が滞りがちなのである。夫は、「HP見せて!!」と興味シンシン。楽しい子育て日記が展開されていると信じているのだ。そのままそっとしておこう。
2003年05月20日
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昨晩から今朝にかけて、夫と大喧嘩。犬も喰わない夫婦ゲンカだが、以前のケンカでは、蛇のように執拗な夫の態度に切れた私が部屋の扉を蹴って穴を開けて、5万円弱も敷金から引かれていた。私ごときの蹴りで穴があくようなベニヤでできた”粗”扉に5万円も払うのはくやしい。それだけあれば三輪車が10台買えたぜ。何でも自分にとっての価値に換算してしまうのは辞めたい。いや、夫婦ケンカの経済損失は馬鹿にできないという話だ。さて、今回の原因は、銀だこもびっくりの「タクワン」である。悲しい。大嫌いなタクワンを切っていると、夫が「おまえも食ってみろ」と口のところにふざけてもってきた。嫌いなものが口に触れる・・・生理的に嫌いなやつとチュ-する感じ?しかし、鳥肌のたつほど嫌いなきゅうりとたくわん。(たくあんというのか?いやどうでもいい)私「止めてよ!ほんとーーーーーに嫌いなんだからっつ!」強く言い過ぎたが、ほんとうに嫌いなのだ。学生時代、Kdai前通りの喫茶店ASH(←おぴむさん用記述)で、私のカレーピラフにふざけてきゅうりを乗せた友人がいたっけ・・・もちろんピラフは全部残したが。10年以上のつきあいになる夫が、なぜ同じようなおふざけをする!私にはおふざけにならないって知っているのに。も、私にしてみれば、生理的な反応を示しただけで、別にその一瞬で忘れるようなことだが、そこで気分を害してしまった夫、ソシャクしたタクワンを、シンクに吐き出し、「晩飯は絶対食わない」と叫んで消えた。それから、全く口をきかなくなったので、ほうっておいて寝た。翌朝。夜の間に、ごはんがわりにいただきものの「きしめんパイ」を全部食べた形跡あり。片付けて通常どおり朝食用意するが、夫は冷蔵庫から別のパンを出してきて食べている。しかし、出勤前に仲直りしようと思ったらしく、夫「おまえが悪いんだからな」と喋りかけてきた。私「だから、いつもいってるじゃん、嫌いなんだって」夫「だったら、もう二度とたくわん買うなよ」私「あんたが買ってきたんでしょ」夫「じゃあもういいよ、おまえの料理は二度と食わない」すごいコドモのような理論である。しかし、私も逆襲するため、「じゃあ、お義母さんにも料理つくらないから」と、言ってやる。「あんたとお義母さんはセットだから」それでかなり切れた夫、暴れ始めた。ワイパーのように、テーブル上のお皿たちを叩き落とす。息子が遊んでいた、プラレールやトミカを叩き落とす。息子、あっけにとられて夫を凝視。私、危険を感じてお義母さんに電話、「○○さんがあばれています!」・・・・(とまだまだ続いたが割愛)、姑までオンラインで巻き込んだケンカの末、夫、出勤して行った。30分後、家に電話がかかった。出ないでいると、携帯にもかかる。また家に電話がかかったので出ると、安の定、夫である。罵倒されるかと思ったら、案外殊勝であった。「おふくろに電話いれてくれ」「○○(息子)をよろしく」ときた。私が、育児放棄しないか心配だったに違いない。また、家を出て行っていないか心配だったに違いない。私はといえば、息子を連れて小旅行に行こうと計画を練ったが面倒くさくなり、私は悪くないので居座ってやろう、と決めた夫が思うよりも図太い女なのであった。っていうか、行くところないから。さらに、夫、暴れながらもパソコン、デジカメに危害を加えていない点からみても、やっぱり本気の本気で怒っていないのであった。長文、読んでくれた方、ありがとう。
2003年05月14日
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息子、1歳8ヶ月になり、赤子卒業、幼児に昇格だ。いたずらが激しくて困る。少し前までは、自分で起き上がることもできなかったはかなく非力なやつだったはずが、昨日は、買ったばかりのかわいいアヒルの箒を振り回して壊した。本日は、便器にパンフレット、ガーゼ、ケーブルテレビガイドをせっせと投げ入れていた。もちろん全部汚水びたし。怒った。しかし、怒っても伝わらないところが辛い。あまりに腹が立ったので、トイレの鍵を外からかけてやった。(コインで、鍵が回るのだ)これでもういたずらできまい。はーせいせいした。しかし、今度はソファに乗って、高い位置にある床暖房のスイッチをいじり始めた。これも定番のいたずら。先週はむし暑い日に、床暖房がぽっかぽかだった。しつこくてやっぱり腹が立ったので、ソファの位置をむりやりずらしたら、スイッチに届かなくなったのであきらめた様子。しかし今度は、トミカとかちょろQを、私の立っているキッチンに投げ始めた。「今度やったら、全部かたずけちゃうからね!!!」と怒ったら、ぴたりとやらなくなった・・・理解しているのか?と、まあ、こんないたちごっごの毎日である。コドモ夫と結婚したばかりに、旅行の前日に「おれは旅行に行かない」と突然駄々をこねられたり、そんなワガママには耐性ができていると思っていたが、本物のコドモは、そんなレベルではなかった。たとえるなら、異星人なのである。
2003年05月12日
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「公園デビュー」って、何だよ?私には関係ない。毎日公園に行くヒマがあったら、もっと生産的なことしろよ。と、つい最近まで本当に思っていた。コドモの生態を知らなすぎた私である。「1日、24時間自分の好きなように使いたい。」と切望する1児の母。しかし、時間は捻出しなければ、ないのだ。(2児、3児の母はすごい、)うちの息子は、とにかく外が好きだ。1日家の中にとじこめておくと、発狂する。だから、晴天の日は必ず午前中に公園に行く。そして、さんざん遊ばせて帰ると、2時間ほど昼寝してくれるのでその間に用事ができる。これが目的。楽天もできる。もし、連れて行かない場合、時間を追うごとにいたずらが激しく手におえなくなるのだ!さて、このパターンで動いているので毎日公園に行っているわけで、公園にいる間の1時間、知り合いが誰もいないと、ヒマすぎだ。私の場合、毎日同じ公園だと環境にも飽き飽きするので、近くの4つの公園をなんとなくローテーションしている。公園には決まったグループがあるわけではないので、(私が気付いていないだけかも、こわすぎ)そのときどきに、顔見知りのママ友と、話しをしながら過ごす。デビューしてないけど、いつも公園にいると思われているだろうな~
2003年05月11日
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ずーっと以前のりんご丸ごとカジカジに引き続き、今回は、息子、スタバのコーヒー豆(轢いてもらったやつ)が入った紙袋を、ソファの陰でカジカジ・・・静かすぎる、といやな予感がして見に行くと、息子、珈琲粉で作ったお砂場のなかに転がっていた。即着替え、掃除機、そしてかな~り叱責。でも、道理の通じない1歳7ヶ月児には、馬耳東風であった。
2003年04月23日
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今日は借りていた部屋の引渡し日。朝から、夫、息子となつかしい住まいへGO!息子はまだ、引っ越したことがよくわからない。昨日も新居のドアを開けた瞬間、われわれの隙を突いて逃亡した。帰巣本能か・・?家財がなくなり、がらんとした部屋を前に、息子少し不思議そうな顔をするが、すぐにベビーゲートがなくなったことに気付き、うれしさで弾ける。全部屋(といっても2LDK)の探索を始めた。息子はここで生まれて大きくなったんだなぁ。と、母、しばし感傷にひたるが、不動産屋の引渡しチェックで正気に戻る。押入れのかびは発見されなかったが、ドアの穴や、息子が壊した和室の板を当然発見されてしまい、敷金が戻ってこない可能性が濃厚に。「モノは大切に」鍵を返却して引渡し終了。もう、二度とここには入れないのだと思うと、やっぱり不思議な気持ちになった。寂しい、痛痒いような。人生で5回目の引越し。一生引越しを体験しない人はこんな気持ちを味わうことはないだろう(うちの母など)。そして、私達の手には、新しい鍵がある。今度は、終の棲家になるんだろうか。家を区分所有するなんて、変な感じだが、所有するということは、床にキズがつこうが、壁に絵を描こうがやりたい放題できて気分は楽だが、いったん、公庫へのローン返済が滞れば、簡単に取り上げられてしまうのだ。なんだか危うい。そのときは占有すればいいのかな?
2003年03月31日
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いよいよ引越し当日。約束どおり、9時に引越し屋が来たが、まだ梱包が終わっていない。が、そんなことはよくあることらしく、DAPUMP似の若いリーダーは、「照明はこちらでやります」と言ってくれた。ほっ・・今日はよりによって、午前中にカーテンの取り付けがあり夫は、すでに息子と義母と一緒に新居に行っている。荷物の運び出しと同時に、ひとりで梱包を続ける私。その姿は、きっと業者のようだったと思う。さて、引越し屋さんも、今日がいちばんの書き入れどきだ。うちのマンションの指定業者なので、1日で大量の件数をさばかなければならない。リーダーの荷物の上には、謎のトラックの運行図が置かれていた。素人の私には判読不能だが、うちが今日2件目で、後に2件あることは分かった。なんだか大変そうである。スタッフのなかには、みんなに「お兄ちゃん」と呼ばれている今日が引越しはじめての若者がいた。最初がこんな現場でごめんね、とこころの中で謝る。さて、リーダーが応援を呼んだため、1時ごろには人海戦術で、家財が全部搬出された。一旦、私も新居に移動。すでに夫、現地に運ばれてきた家具をどこに置くかでキレ気味だ。電話で説明してもわからないので処置不能。あわてて来た私を見てほっとする始末である。息子は、騒ぎ疲れてフローリングにじか寝中だった。かわいそうに、コンビにおにぎり1コを食べたきりらしい。しかし、搬入が全部終わると、息子をかまう間もなく義母に預け、私と夫は、元の部屋の掃除に向かう。明日の引渡しに向けて必死に磨く。終わったら日が暮れていた。つづく
2003年03月30日
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現在、4月15日。引越し前日を思い出して書いている。しかし、すでに詳細な記憶がない。それはその間、マシンと化していたからであろう。もはや母親でもない、妻でもない。炭水化物の多重摂取により、エンジンを稼動させるごとく身体にむちうち、家財を箱づめする。しかし、つめてもつめても終わらない。引越し屋は、あきらかにうちの家財を少なく見積もっているに違いない。それはいいことだが。19時ごろ、ついに、開かずの押し入れに手をつける。この半間は、3年前に引っ越して来てから開けてない段ボールが、12個ぎっしり詰まっている。そのまま出して運べばいい、と楽観していたが!!!あっ!カビが生えている。・・・・・「押し入れ、クローゼットの外壁に面した部分には、カビがはえやすいものです。」という、豆知識を思い出すがあとのまつり。カビは、壁面だけでなく、段ボールにも、うづたかくはえていた。息子が生まれて以降、冬の間、加湿したせいに違いない。急きょ、中身の入れ替えに時間をとられる。もうだめだ。間に合わない。状況変化に弱く、興奮気味の息子を寝かしつけて、作業はつづく。「読みが甘いんだよ!!」午前4時ごろ、キレ気味の夫は言った。しかし、私はこの3日ほどは、自分が起きている時間全て引越し準備に充てて来た。私の読みが甘いのではない。土曜日1日かけて、3つしか箱詰めできていない夫を擁するこのチームが弱いのである。だから吼えるな!さらに、夫、この珠玉の3つの箱に何も書かなかったばかりに、開墾時、ネクタイが全て紛失してしまい大変な目に遭ったのである。つづく
2003年03月29日
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けっこううれしかったので書きとめておく。幼児にカレー、ハードル高そうではないか?3歳くらいまで食べさせられないものなのかと思っていたが、カレーの具、素材は全部食べられるものだし、ちょっと心配なルーの油脂類は、「ベジタリアンのカレー」を少なめに使って、野菜でとろみをつけることで解決。早速与えてみた。(別メニューを作りたくなかったし・・)さて、息子、最初の一口。「べえーーっ」と出した。一同がっかり。どうやら具のレンズ豆(缶詰を入れた)が気に入らなかった模様。しかしそれ以降は、赤ちゃんちゃわん軽く一杯を完食だった。ゴハンとのまぜまぜも気に入ったらしい。食べるたびに自分で拍手していた。古今東西、子供はカレー好き。うちのもそうだということが判明。カレーを食べるまでに成長したんだなぁ。ああ、ミルトンやっていた頃が懐かしい。
2003年03月16日
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すこし前、友人A子から久しぶりの恋愛相談が。A子は最近まで高校時代の友人B子と一緒に遊んでいて合コンで気に入った男がいたのだが、その彼をB子に盗られたので、彼女と絶交したとのこと。(絶交、、うわ、懐かしい・・)A子は、恋愛に臆病。好きになったら、じっと電話やメールを待つ一途なやつ。B子は、恋愛偏差値ハーバード級。遍歴を重ね、つねに色んな男に囲まれているうらやましいやつ(疲れそうだなぁ)。高校時代、同じスタートラインにいたはずの私達だが、10余年の歳月の恋愛体験が、私達を全然違うカテゴリに分かつたのだ。感無量。A子によれば、B子は、A子が彼を好きで、いいカンジになっているのを知っていたのに、こっそり彼に会って、まんまと彼を盗ってしまった。それが許せないらしい。しかし、A子のいうところのいいカンジは手も握っていないとのこと。それで所有権を主張するのも・・っていうか、私達、もう夜10時台のドラマが似合う歳になったのだよ。「好きな子にわざと意地悪する」とかの甘酸っぱいシチュエーションはなしなし。好き、という手の内を先に見せたほうが負け決定。主演の皆さんは、酸いも甘いもかみわけた、大人同士のどろどろしたかけひきを涼しい顔でこなしているのだ(多分)から。A子は、結婚できない相手は好きにならないと公言している。それは見方を変えれば、結婚したいオーラが出まくっているってことで、そんなこわい女よりもちょっとくらい間違いがあっても許されそうなユルい女の方が好きだという男は多いだろう。30代の男は、同じ年の女よりも結婚願望が薄いからね・・。別の言葉で、こういう助言をした。そういう私(子持ち現役引退)は、いまや「渡鬼」さえ卒業する始末。「糖尿病が治らなくて死にたくなる」という義母を元気にすべく、日野原重明氏の講演会の聴講を申し込み、新老人の会について調べる。すでに、早朝番組の領域に逝ってしまっていて、お話にならないのであった。どっちもどっちである。
2003年03月14日
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子育て板だっていうのに、老親問題を書く・・ご容赦ください。私の親はまだ50代なのでぴんとこなかった老親問題。身近では、実家の祖母が90歳で、週に3日ヘルパーさんに来てもらい、入浴等させてもらっている。寝たきりになる原因トップ3のひとつ、大腿骨骨折からも無事回復し、自分で歩けているのでまだ安心である。この実家の老親問題は母の領域だが、67歳になる義母については、一人息子の嫁の私がずっとお世話していかなくてはならない。いずれ完全同居できるよう、マンションは無理して4LDKを買った。83㎡にLD+小さい部屋が4つ。無理やり区切っても、部屋数が欲しかった。最近では仕切りのない箱の家もあるというのに。同じ予算で3階建ての戸建ても買えたが、プライバシーは保てても、階段がNGなので没。同じ予算で少し郊外に広めの家を買う案は、私がもみ消した。義母には知らない土地への引越しは無理だと思ったからである。道を歩けば知り合いから声がかかる。義母はこのコミュニティで何十年も生きてきた。ここならみんなが美人できっぷのいい昔の義母を知っていて、相応の敬慕の情を受けていられる。しかし、知らない土地に行ってしまえば、ただの”おばあちゃん”からのスタート。人間関係もゼロから構築しなければならない。それはきつい。この地域には、かかりつけの病院や馴染みの郵便局が、全部歩いて2、3分の距離にあり、利便性がいい。うっかり郊外のクルマがないと生活できない場所で完全同居してしまえば、義母は家にひきこもるか、私が義母の足となって、全ての場所に送迎することになっただろう。それは、勘弁してほしい。そういう視点で探した新居で、4月から半同居生活が始まる。義母は糖尿病が完治しないので、4月からは、インシュリンをうつことになりそうだ。運動を勧めたが、根気がなく、スポーツクラブも辞めてしまった。夫が「運動しないから糖尿病が悪くなったんだ」と責めると、意地悪されたと被害妄想する。お茶を入れることが面倒になっていて、真冬でもペットボトルの「おーいお茶」を飲む。こうした行動のひとつひとつに、”老い”を感じる。まだ、息子と2人だけで外出させることは怖い。避けては通れない老親問題というけれど、どんどんコドモ化していく義母に、子育てをするような寛容な気持ちで相対していけるのだろうか。まずは、老人問題の書籍を10冊以上読んで”老人”を知ることから心の準備を始めている。(なんて、私らしいアプローチ!)
2003年03月11日
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子育て板なのにテレビネタ。渡鬼つながりで、例の「年下の男」を先週から見始めてしまった。シマッタ。すでに第8話の修羅場、内館ワールドにはまる。修羅場シーンではなくて、シナリオがすごい。このドラマ、40代の男が30代の娘より50代の母を選び、30代の娘は20代の青年とできてしまうが、10代の元彼女が・・・という構図で、なにくれとなく年代の対比が出てくる。30代の寿退社志望のパラサイト、稲森いづみの役に感情移入。今日のヒトコト「30歳(女)の8つ年下(男)は厳しい」。ざくっ!ボウガン3本ほど刺さるダメージが(私に)。なんてケレン味たっぷりだけどはまるセリフ。確かに51歳女と43歳男の方がよさそうだけどさ。そして、パラサイトシングルなのに実家崩壊で困り、頼っていった若い男は頼れない。どうする稲森、ってところで来週に続く。主人公稲森は、この不遇を全部母親が不倫したせいだと思っているように描かれていて、全然魅力的じゃないが、それがドラマの魅力か。テーマはやっぱり自立なのかな?さて、定番のこわい役で出演中の麻生ユミ(漢字忘れた)会議室での長台詞のときの表情がとってもよかった。一見の価値あり。彼女も10数年前は、月9のヒロインで、たわいもない恋愛を演じていたのだが、その事実を知る人は・・・・・・オバサンなり。このドラマ視聴中の2時間、CM中だけ息子をかまう、ダメダメ母になった。(ビデオとるほどではないからリアルタイムで観る!)ごめんよ息子。でも、パパがいない(出張中)今しか、自由にテレビ見れないんだよ、許せ。パパの自分基準でくだらないテレビは全て消されるきつい我が家なのだった。
2003年03月06日
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緊張が高まっている。というのも、明日、仕事の関係で人に会う。私一人対、オヤジ3人という構図。約3年ぶりのアポに耐えられるんだろうか、私。ママ&子供というふぁふわした環境でほのぼの過ごして幾星霜・・・・。あ、仕事服がない!!この3年間、買い足したのはカジュアルな服のみ・・。クローゼットから引っ張り出した3年もの(熟成してますね)のパンツスーツをいやいや試着。「え、就活?」ふがいない姿、服が浮いている。今日の朝日新聞の久田恵氏のコラムに、「定年したおじさんが地域で活動しているうちに会社顔から地域顔になった(要約)」、というくだりがあったが、まさにその状態。やっぱ、スーツは止めにして、無難なパンツとセーター、ジャケットにすることに決定。はっ、靴!しかたない。かかとがある、という理由だけでカーキ色の1足を選ぶ。何か、秋っぽいけどだれも見ていないだろう。私の身長が伸びればいいのだ。鞄!こんなときに限って、私のブリ-フケースを夫が出張に持っていってしまった。(今気付く。)いつものママトートで行くか。たくさん入るから。息子はどうする?それだけは準備OK。義母に朝イチで来てもらう、&2人分の昼のおにぎりとおやつを用意する予定だ。果たして無事、アポをまっとうできるのか。続く。
2003年03月05日
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今日は、来週の「児童館その2」のさよなら会準備。食事、ゲーム、プレゼントの3班に分かれる際、たまたまプレゼント班のテーブルにおちついていたため、プレゼント班に。ああ、変な食べ物が提供されるのを防ぐため、ほんとは食事班になりたかったが、気が弱いため、なすがままにプレゼントの準備をする。予算は200円×26人分=5200円。打ち合わせの結果、ガシャポンでいこう、ってことに。ガシャポン・・・一度だけ息子にやらせてみたところ、あまりに夢中になったためその後はガシャポンゾーンを避けて通っていた・・(回想)。それはさておき、今回は52個買うから、安くなるかも、、あわよくば、一人あたり1個余分に買えるかも、と欲が出た。たまに、こういうどーうでもいいことに燃える。即座にパパに電話。しかし、知り合いのおもちゃ・ゲーム関係が全然つかまらずに断念。予算を預かり帰って、早速、ネットで検索し、バンダイ系の卸、ハピネットに電話。「1カートン600個入りでしか販売しません・・・」!。厳しい卸の世界を知る。さらに、版元の関係で、ガシャポンの自販機に入れない人には売ることはできないらしい。厳しい世界だが、こういう掟が、値崩れを防いでいるのだろう。さらに駄ガシャポンの氾濫も。いや、そんなことはどうでもいい、とにかくこのままでは、52個買えるかどうかもあやしくなってきた。次、トミー系のユージンに電話。一般向けには販売していないので、近所のガシャポン販売機を設置している小売り店に来ている業者に聞いてほしいとのこと。もう疲れてきた。しかし、気を取り直して近所の量販店おもちゃ売場に電話。最初はテキトーにあしらわれそうだったけど、ユージンさんにこう言われました、って話したら、何とかなって、在庫から52コ、カプセル入りで購入できる模様だ。早速明日買いに行こう。たかが52個まとめ買いごときでは、全然安くならないことを学習。ネット販売でも、最大で5~10%程度引きで、ほとんど定価販売されていた。うーむ。「されどガシャポン」、なのであった。
2003年03月04日
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今日は児童館の幼児クラブの最終日。その1、とあるのは、幼児クラブにはもう1つ参加しているから。去年の4月、やや体力の余っていた私は、2つの幼児クラブに申し込みし、それぞれ通い始めた。その2、の方は途中で挫折しそうになったが、何とか続けることができ、こちらは来週で終了。あっという間に1年が過ぎた。七夕、運動会、やきいも、クリスマス・・・幼児クラブでの季節の催しは、単調になりがちな育児生活のスパイスになったしいわゆるママ友もたくさんできた。(それまでは区に友人どころか知り合いが一人もいなかったので、ありがたい!)幼児クラブは、”近所に住んでいるAND同じような月齢の子供がいるAND幼児クラブに通う気合がある”ということで抽出された人たちの集団なので、基本的にマナーのいい人ばかりだし、学ぶところも多い。こういう施設を区が運営しているからには、ぜひ利用すべきだろう。さて、最終日。今日は楽しいホットケーキパーティだ。この日に備え、しばらくホットケーキを自粛してきた。朝食も、今日はゴハン(おにぎり大1こ)で粉モノ続きを防ぐ、万全の体制。しっかり飲料も準備して。しかしてその結果は・・・なんと、わが息子、直径8センチくらいのホットケーキを6枚完食。そんな子は他にはいないよ。みんな1枚でおなかいっぱいって言ってたよ。欠食児童みたいだったよ。気が付いたら、よく知らないママの隣でお友だちの分まで食べてたよ~。こうして息子は、児童館最終日、「なんてよく食べる子かしら、くすくす・・」という印象を残して、去ったのだった。ああ、このままでは「お笑い」系まっしぐらだ。その食べっぷりでは、そのうちパパイヤとかほんじゃまかとかのカテゴリに入ってしまう!それでいいのか息子よ。とりあえず、まだ腹は壊してない模様だけどね。
2003年03月03日
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ハウステンボスはまだ行ったことがない。会社員時代、先輩が仕事で「チューリップ祭り」の関係者向けイベントに呼ばれていた。私もいつか行こうと思っていたら、自分が先輩になった頃にはもう、そんな催しはなくなってしまったから台所事情が苦しかったんだろう、と邪推してみる。西のディズニーとまで呼ばれたテーマパークの雄も沈む時代なんだという事実は重たい。(確かに、別荘の分譲事業に頼る構造も、 預託金で開発されて、人が来なくて、 預託金を償還できなくて潰れていった ゴルフ場なんかと似通っている気がするが。)90年代は、「失われた10年」と呼ばれているらしい。バブルで、1億総リゾートに沸いていた時代が終わってすでに10年以上・・。92年オープンのハウステンボスに、勝機はなかったんだね。「ハウステンボス」様、テーマパークでなくなっても長崎オランダ村に戻ってもいい、何か形を変えて営業を続けてください。そのうち行ってみたいから。
2003年02月28日
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用事で急いでいた。御徒町から湯島方面に競歩気味に歩いていると、停車中のバスが1台。フロントガラスの看板に「・・・と湯島天神梅まつり」と書かれているではないか!夜にタクシーで「・・湯島まで」といえば、ラブホ行きだと察してもらえるであろう、ラブホ街のイメージが強かった湯島だが、有名な天神さまの周囲には、梅まつりができるほど梅が咲いているに違いない。もう、梅の季節なのか。風流を愛する気持ちが湧いてきたので、用事を済ませて、10分だけ立ち寄ることにした。湯島天神梅まつりほかほかの酒饅頭を1個、買い食いして、敷地を1周しただけだが、ちょうど見ごろの梅が、すがすがしく綺麗だった。
2003年02月27日
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最近いい汗をかいていない。大昔、ふと、体育大に進もうかと考えたこともある私だが、(ノンフィクション)産後、”運動”とはすっかり無縁になっている。スポーツの殿堂、「コナミスポーツクラブ本店」(!になったのだ)がすぐご近所だというのに息子がスクール利用するだけでは・・。というわけで、今日は夜9時から、パパに息子をあずけ、コナミをビギナー利用することに。スタジオ→サウナ・・・すっかりおやじコースだ。しかし、大量の発汗とともに、訳のわからないストレスも流れ出して行き、つるつるのお肌(一瞬だけ)と、爽快なキモチになって帰宅。おもちゃとゴミが散乱した部屋、まだ寝ていないよいっぱりの息子、一緒に飲もうと私を待ち構えているよっぱらい夫が私を待っていたが、適当~に相手をしておいた。昔から息抜き下手な私だが、たまには、自由に好きなことをしよう。たった2時間で、こんなにラクになれるからには。(単細胞ってことか?)
2003年02月24日
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引越し日が決まって、気持ちが焦ってきた。うちは諸般の事情から近所の新築マンションを青田買いしたので、必要なものは全て販社が「オプション販売会」で買えばすむようお膳立てしてくれている。このレールに乗っていれば楽だけど、値段は高いし、選択肢は少ないし、で、まだ表札しか決めてない!!ぐずすぎる。このままいけば、エアコンも電気もカーテンもない部屋でぽつん・・と途方に暮れる家族の一丁上がりだ。この事態を回避するため、立ち上がろう、、とパソコンを立ち上げたら、楽天広場に来て、日記を書いてしまったぐずな私。こうして、貴重な息子の午睡時間はあっけなく消費されてしまったのだった。反省。
2003年02月22日
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死んでいたパン焼き器を復活させた。おぴむさんのレシピをみていたら、焼きたてパンを食べたくなったからだ。1回目、全粒紛パン・・・スカスカして失敗。半分廃棄。2回目、おぴむ式あんぱん・・・見た目、かな~り近いものができたよ。祝。写真をトップページに飾らせていただいた。うちのパン焼き器はクリスタル電気の「自動ホームベーカリーIMB-20T」という機種。結婚祝いでいただいたもの。イーストパンと、マフィンが焼ける模様。使いこなさないまま、押入れにいた。すまん。さて、今回は、材料を丁寧に量った。つぶあんを投入する際、たくさん入れたい、という誘惑を排除粉が280g、つぶあん100g。先達の教えどおり。味は、ほんのり甘い。はごたえもちょうどいい。カロリーは、つぶあん100g=200カロリーなので、1切れあたり、40カロリー程度のプラス、、よしとしよう。よは満足。ココ(らくてんひろば)にはいろんな人がいる。手づくり系と括るのはなんだけど、、器用で、気が利いていて、何でも作ってしまう人も多い。ほんとうに感服する。そして、たかだかパンではあるけど、うまく焼けたから、手づくり系ワンオブゼムになった気がしてとてもうれしい。そんな単純な女なのである。
2003年02月17日
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タイトルどうり。息子1歳5ヶ月にして、ようやく喋りだした。そのワードは「だから」・・・って、「おかあさんといっしょ」の、「あ・い・うー」の歌詞だよ。ひろみちお兄さんが、茶目っ気たっぷりに歌う「だ、か、ら」・・・・。夫が口ずさんでいたら、一緒に歌いだしたのだ。これでいのか息子。「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」という本があったけど、息子の場合は「人生に必要な知恵はすべてテレビで学んだ」いや、ただしくはテレビ30%しまじろう20%くらいだろうか。喋ってくれたのはうれしいけど悩ましい。だからって、何て言ってもらいたかったか、といえばとくに何もないんだけどさ。
2003年02月16日
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実家から帰って来た。季節はずれの里帰りは、ちょうど弟嫁がいない(出産で里帰り中)ので、8日間も滞在した。出発前に襲われていたうつ気分はかなり癒された。息子も、大好きな猫との再会あり、 初めての雪遊び体験ありで、大いに楽しんだ。さて、ちょうど帰省中に、実家の裏に、県立図書館が完成。 これは図書館の一部。コメツブのようなのが息子。平屋で、駐車場完備、巨大だ。最新の設備は、垂涎もの。毎日行きたい快適さ!!ああ、どうして私が住んでいる間にできなかったのだろう!!お隣が図書館・・・。家探しをしていた頃、某区の図書館の隣に、なぜか格安の戸建てが売りに出されていて買いそうになったことがある。結局、その土地にはこってり産廃が埋まっていると知って、即、止めたが。そんな図書館好き夫婦。隠居したら、田舎に行こうか・・と半分真剣に語らった。そんなわけで、図書館通いを堪能し、今回はいやいや帰還。滞在を伸ばしたせいで、用事が山積だ!!
2003年02月07日
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息子、ちょっと目を離したすきにテーブルの陰で勝手にリンゴを丸かじりしていた。まだ前歯上4本下4本しかないので、ねずみがかじった状態になったかわいそうなリンゴ。 このリンゴ、ひっくり返したら、思った以上にものすごくかじられていた。 目撃した夫談。「しゃりしゃり音がするので、ふりかえると、息子がりんごをかじっていました。目がうつろでした。」そうだろう、無制限に食べ物を与えられたことがない息子にとって、まるごと1コのリンゴとは!!それは、気が遠くなるほどの歓喜であったに違いない。その証拠に、りんごを取り上げても、激しく満足していたらしい息子はちっとも怒らず、「ほーーー」っと老人のようなため息をひとつ、ついたのであった。
2003年01月19日
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今週は病院通いに明け暮れた。息子と私、恐らく同じ「ライノウイルス」にやられ、すごい鼻カゼにかかった。息子はまだ鼻がかめないが、鼻水を放置すると熱がでるらしいので、この鼻水の吸引をするための通院だ。「ママ鼻水とって」ではとりきれない鼻水をとってもらうには混んでる病院でじっと順番を待つしかない。忍耐。処置室でふと、隣に座ったパパ&おんなの子のおんなの子に見覚えがある。?、と思っていると、ママ登場。「あ、やっぱり、何度か会話したことがあるが苗字も名前も子供の名前もひとつも思い出せないが知っている人だ、すごくスリムでかっこいいおしゃれなママだった筈がどうしてそんなに太ったのだろう??」(チョロ☆の心の中)と思ったら、たぶん妊娠中。ふとったのではなく、マタニティだ!不自然に靴下はいてるし(妊婦のシルシ)。「こんにちわ。」と話し掛け、会話。やっぱり妊娠中とのこと。私がおなかの赤ちゃんの男女を聞いたわけではないのに、今回は、胎児の性別は聞いてないと教えてくれた。いつ生まれるの、とか、そういう有意義なことを聞けばよかったのに、えてしてそういう時、たわいもない会話になってしまう。「今日は何で来たの?」と尋ねると、「インフルエンザ」。「おだいじに」といって退散。インフルエンザが流行っている。診察室では、先生がカルテを書くのに「インフルエンザのはんこがない」と騒いでいたし、、ということは、院内は病原菌でいっぱい!免疫力を低下させないように、気をつけよう。しかし、もうふたり目を妊娠している人がいるのか。うちの場合、まだ全然考えられない。今日も夫、ほおずりを拒否されたといっては息子とかなり本気でケンカしている。こどもだ。子供は2人欲しいけど、うちの場合は、親がもうすこし、成長してからだなぁ、と思った。いや、その前に、夫婦別れの危機がこないよう、精進すべきかも。
2003年01月18日
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しばらく前まで、息子は本当ーに食いしん坊で何でも食べた。よその子が口から吐き出したビスコまでも拾って食べたこともある。(そのときは、初めて食べたビスコの美味さに気が変になっていた)好き嫌いはなさそうだ、と喜んでいたら、最近野菜を食べなくなってきた。がーん。しかも青いヤツは全部だめ。ほうれん草はスプーンにのっているだけで激しく首をふり、口に入れれば押し出す。今朝は、付け合わせのアスパラを床に投げ捨てていた。青汁は飲むくせに。なんとか野菜を食べて欲しい、というのは親の本能。そこで私が考えた秘策。1、お好み焼きにする2、ギョーザにする3、ハンバーグにする今夜は、1のお好み焼きを試そう。粉モノ+ゴハンは、大阪人のようだがいい。じつは、野菜嫌いは私の遺伝かもしれないと思っている。なぜなら、いまや青汁ごくごくの私だが、幼少時は、食べられる野菜はキャベツだけだった。ひどいね。母はそのレベルから約30年かけて、きゅうり以外の野菜嫌いを克服して来たのだよ。息子よ、道は険しいが、がんばろうではないか!
2003年01月16日
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息子、1歳4ヶ月でシールに目覚めた。ぺたんしておいで、と1枚はがして手渡すと嬉々として私が指定した段ボール箱のところに行き、ぺたん、と貼る。得意げ。ランダム、というか、前のやつに重ねて貼るのが面白い。さらに、シールをはがして食べている。困った。口をこじ開けて取っても、また同じことをする。観察すると、ぺたんするとき、はがしやすいようにシールの隅の一部を浮かせているではないか。この適性、テレビの小道具係になれそうだ。ふと、シールを貼るのがもったいなくて、大切にしていた昔を思い出し、しばしノスタルジーに。ま、息子の場合は、糊がおいしいからやってるんだろうけど。新しいページ、写真館に写真3枚ほどアップしました!気ままに、好きな写真を載せていく予定。
2003年01月15日
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今年の私の誕生日は、夫、息子、そして義母の4人で横浜みなとみらいへ。そのメンバー、おかしくないかぁ?と思いつつも、義母は私の30・・・歳を祝ってくれる気持ちでいっぱいだし、仕方ないか。夫に、今日だけは誕生日に免じて「いらち」をおこさないように、念を押して出発。情けない限りだが、ここまでは、普通だった。しかし、私が忘れ物し、桜木町の駅で電話帳を調べて、電話をかけなくてはらなくなった。7分ほどして用を済ませて電話ボックスを出ると、すでに夫、切れてる。「??」なぜ?「寒かったよっつ!!」はあ?コドモじゃあるまいし、寒いなら、近くの建物の影にでもいけばいいのに。しかもたった7分。でも、ほんとーーーに寒かったというだけでマジ切れてるのだ。そこから、夫、一言も私に口をきかず。義母に、「何が食べたい?」とか聞いている。義母は、なぜか私に向かって、「あのね、おそばで、冷たくて・・・」と言うもんだから、私、「冷やし中華ですか?」と、季節外れに絶望的になりつつ尋ねると、「そうじゃないの、あの、汁がないやつ・・」「焼きそばですね!!」それならいい。よしよし、ここは横浜、中華の店がないはずがないでしょう!クイーンズタワーのイーストまで歩くと、フードコートに中華のお店発見。席もある。息子はなぜか寝てる。こんな僥倖、めったにない。夫は相変わらず口をきかないが、気を取り直して注文し、義母相手に明るくはしゃいでみる。空しい。さて、焼きそばが来て食べ始めると、夫、まだ怒っていて、「謝れよ!」と私を罵り始めた。ぷちーーーん。いくらなんでも、たかだか少し寒かっただけで、ひどすぎる。こんな横浜、ちっともたのしくないからやめやめ。こんな誕生日なら、いらない。私は、焼きそばを食べるのを中止し、コートを着用、荷物をまとめ、ベビーカーを引いて席を立った。夫、走って追って来たが、振り払い、髪の毛をプロレス並に引っ張られたが、「離せ!」と怒鳴り返し、「●●は置いていけ」「いや!」という、怒号の応酬が展開、楽しく食事中の皆さん、ご迷惑様でした。息子よ、眠りつづけてくれてありがとう。私は息子と2人、とっとと帰ったのでした。さて、家で。夜になってやっと口をきいた夫が「実家に帰れ」と怒鳴るので、即実家に電話。これまで「実家に帰れ」と言われたこと数知れず、でもほんとに電話したのは初めてだ。そのくらい出て行きたかった。しかし、賢明な実母は、「あんたが帰ってきても仕方ない。落ち度がないならそこにいなさい」と、私の願いを一蹴したのである。・・そうだね、実家には弟夫婦もいるし、弟嫁と実母のの関係は最悪。陰で「修羅の家」と呼ばれている実家。(私がそう呼んでるだけだが)ふらっと行けるはずもないか。いまや私の家は、ここにしかないのであった。「女、三界に家なし」とても子育て系とは思えないネタ。その後、夫、ふつうになったが、謝罪の言葉はナシだった。義母が気を悪くしてるかもしれないからおまえから電話入れておいてと言われたが、それは勘弁してもらった。当然でしょう。
2003年01月13日
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夫がスーツを買うため、2人で銀座へ。やつは1人で服を買えない。自分のサイズを知らないからだ。いまだに、自分の足のサイズも知らない、仙人のようなやつ。ちょうど、好きなエッセイのなかに、「経済的な自立はできても、実生活的な自立ができない場合は精神の自立もはばむ」という一文があり、激しく肯定。そこで、私がつきそって行く。しかし、ビジネススーツのことなんて、私もよく知らん。そんな2人組みがまず、えDIFICEへ。いろいろ物色後、50というサイズの上着をはおったら、上半身デブの夫、ボタンが締まらない。そこで店員A、ひとこと「お客様のような体型の方に合うスーツはうちには・・」門前払いかい!「コナカなら5着は買えるね」という捨て台詞を残して(負けてる)次店Bームスへ。ここでは、夫、こういう日に限って、下着のシャツがぼろぼろということ発覚。セーターを脱いだ、そのボロシャツ姿の夫に店員Bひとこと「そのカットソーの上からおはおりくださいね」カットソー、カットソーだと!!!!けんそんでなく、ぞうきんのようなぼろシャツをカットソーと言い切る店員、セールで気が立っているなかで、天晴れである。(?馬鹿にされているのか?)結局UAでフツーの一着を買えたが、たかだか3時間なのに、とっても疲労が。考察。アパレルのお店の人には、スタイリスト的機能を求めたい。忙しいので、とても「BRIO(雑誌の)」とか読んでスーツ研究なんかしていられないし。魚の名前は知らなくても、寿司が食べられるように、初心者の我々のような小市民には、「最近はこういうスタイルが人気で、お客様にはこれがお似合いですよ」とか何とか言って、手ごろな一着をお勧めしてくれないかな、と、心から思った出来事だった。
2003年01月12日
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「ほお紅を買ってきてください」と、義母に頼まれた。明日、人に会うので欲しくなったという。先日、義母の家の机上にあったアレは・・?と思ったが、なくなったので買いたいと言い張るので引き受けた。1万円も預けてくれたから、シャネルで買うか。うそうそ、、ちゃんとおつり返しますよぉ。が、待てよ・・私とは色の好みが全然違うので、先日口紅を買ったときも、店頭で試し塗りして買ったのに、帰ってから「何だか色が薄いから返品できないかしら」と、騒いだ過去あり。やっぱり、うかつに引き受けると危険なので、、「それなら一緒に買い物へ行きましょう」と誘った。うちは、一人暮らしの義母が近くに住んでいて、ほとんど毎日うちに来る、という関係。(孫、溺愛中につき)害のない人なので、別にいいんですけど、つらいのは、外出は義母、夫、私、息子の4人で行くもの、となぜか決まってしまっていて、親子3人での外出はほとんどないこと。行く場合、かなり言い訳して行かねばならないこと。年末に行ったミレナリオなどは、「準備中でテスト点灯していた」ことになっているのだ。ああ、親子3人で買い物行きたかったよ。でも『親孝行、親孝行・・』と自分に言いきかせていると、「それなら、ファンデーションも買おうかしら」ときた。なにぃ??3ヶ月ほど前、私愛用のア●ニアのファンデーションを使って、「それいいわね」というのでわざわざ買ってあげたアレはどうしたの??(といっても通販ですが)つけてるの見たことないよ。私「この前買ったのはどうしました?」^^;義母「そんなのあったかしら?」(^_^)私「・・・かくかくしかじか説明・・・」(-_-;)義母「そうね、どこいったかな」(^_^)私「もしかして、買ってみたくなったんですか?」(T_T)義母「そうなのよ!!」(^_^)私「じゃあ、あれ、返してくださいよ。」・・・シーン・・・私の仮面がはがれた瞬間でした。もどせ、もどせ!!「もったいないですからねぇ、私と色、おんなじだしぃ」あ、大丈夫そう。空気がモトに戻った。義母と付き合うのはけっこムズイね。今も義母はそこのソファに寝転んでいる。私は、気晴らしにこの日記を書いたわけです。
2003年01月11日
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