JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.07.22
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カテゴリ: 海外旅行
『隆恩門』を抜け、方城内に入ると沢山の建物が現れて来た。
この『方城』は1644年に建設され、高さが6.15mの塀に囲まれ広さは、南北方向の長さが
146m、東西方向の長さは120mもあり、その中にこれらの建物が建っているのであった。



正面のこの建物が『隆恩殿』。
この『方城』の中の建物には、『隆恩殿』をはじめ、西配楼、東配楼、西配殿、東配殿と
焚帛亭があった。



ズームで。



入り口中央の階段部には皇帝のシンボルの雲龍の彫刻が。
巨大な丹陛石(階段の真ん中の石の意)に「寿山福海」と「龙凤合欢」の姿が刻まれていると。







『隆恩殿』の中には、燭台や花卉が置かれた奥に皇帝が座っていた玉座が。



『隆恩殿』から『隆恩門』を振り返る。



『隆恩殿』を横から。



『西配殿』。



『西配殿』説明板。
日本語が欲しいのであったが。



『西配殿』の『阿底峡』(左)と『蓮花生』(右)。



『大日如来』(左)と右は?。



左は?と『長寿佛』(右)



『四臂观音』(左)と『金剛萨捶』(右)。



『玛尔巴』。







石灯篭のようなものは、白色大理石でできており、「焚帛亭」と呼ばれると。
この中には丸い火壺が置かれ、大祭の時に儀式に用いられた絹布や紙が燃やされたと。



独自の形をした『角楼』。



『隆恩殿』の階段を下りる。



階段上の龍は蜷局を巻いて、黒光りしていた。







ハクセキレイであろうか?



反対側の『角楼』を見る。



『棂星门』か。
『棂星门』は移設されたのであろうか?



『棂星门』・『石祭台』。



2代目皇帝のホンタイジとその妻・孝文端皇后の陵墓の前にある『百祭台』。
この台には中央から石香炉、石香瓶一対と石燭台一対の石五共が載っていた。



『方城』と『宝城』とを区画する城壁に設けられていた飾り付け。



中央の飾り付けは、焼き物のレリーフで、皇帝のシンボルの龍ではなく、
唐草模様のデザインなのであった。



見事な垂直の城壁が続きその奥に角楼が。



『月牙城』。
「月牙城」とは「 The Crescent City 」、クレセント、すなわち三日月の事。



三日月の如くに。右側には『大明楼』が。



再び『城壁』と『角楼』を見る。



現地添乗員王さんのの説明を聞く旅友達。



城壁の頂きの先にある『角桜』。



『角楼』説明板。



そしてこれが『昭陵』:清朝2代目ホンタイジの陵墓。
城壁の上からの眺め。ただ、いまだに墓は一度も開けられたことがなく、
誰が埋葬されているのか、また、本当に埋葬されているかどうかさえ、
誰も確かめた者はいないのだと。なぜか、墓の頂上『宝頂』には木が植えられて?
いたのであった。添乗員から楡(ニレ)の木であると。



『宝城』、『宝頂』、『地宮』説明板。
地下に築かれた墳墓を『地宮』と呼ぶと。



焼き物のレリーフを城壁上から見下ろす。



そして城壁の上を歩きながら帰路に。
『隆恩門』。



『角楼』の全体を見る。



『隆恩殿』そしてその後ろの『大明桜』を振り返る。


『隆恩門』から『隆恩殿』。



皇帝の龍のみが、足に5つの鈎爪を持って描かれたと。



そして正門を振り返る。






                              ・・・​ もどる ​・・・

                  ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2019.11.02 00:01:19
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