JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.08.06
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カテゴリ: 海外旅行
この旅行も7日目、観光の最終日の6月25日(火)となる。ホテル『大連日航飯店』の
我が部屋からの光景。右側が大連駅方面。
この日もほぼ快晴、朝の陽光がビルに反射し黄金色に輝く。



『長江路』沿いのビル群を我が部屋から。
道路沿いにはマッサージ店やサウナがずらりと並ぶ。
写真左端のレンガ色が「泰殿養生会館」。
日本人経営のマッサージサロンで、技術うまいから好評と。
泰式マッサージ、全身マッサージ、足裏マッサージとオイルマッサージなどがあると。
そしてその右側はサウナで、どうやら怪しい?サービスの店か?




ホテルのロビーは朝の清掃中。



長江路にある大連日航ホテルの斜め向かいの、民生街へ入ってすぐ左にある
『宏済大舞台(こうさいだいぶたい』。
京劇の公演場所で、大連京劇院による演出が行われているのだと。
ここは日本が大連を租借していた時代にはもともと「天福茶園」があった場所で
演劇も行われていて、1911年には保善茶園と名称を変えて、後に永善茶園と名称を変えた。
当時様々な演劇がおもに日本語で行われた中に、京劇の『人面桃花』の北京語による
演出もあった。
1931年には大規模な改築を開始して、1933年には竣工、1934年には「宏済大舞台」として
開業した。



『秋田温泉』は2015年6月の新しく大連日航ホテルのすぐ横にできた24時間営業の

しかし、秋田温泉は大連日航ホテルとは何も関係ないらしいが、なぜ「秋田」?。



大連駅方面に歩を進める。
火災にあった建物が。



『長江路』と『天津街』の交差点。
右手に大連のCRに架かる『現 勝利橋』が見えた。

昔の名は『日本橋』。1899年、帝政ロシアが建て、当初の名前が『ロシア橋』であったと。
橋の北にはロシア官庁街(今はロシア風情街)。
1905年、日露戦争勃発し、橋は一度壊されたと。そして、1907年、日本当局がこれを造り直し
名前も日本橋と改名した。
改造後の橋は鉄筋構造のアーチ橋で、長さは108.6m、広さは16.4m。
第二次世界大戦終戦後、ここを『勝利橋』と改名された。
現在は歩行者通路も別途作られ、旧橋の西側に新しい橋も作られた。



『上海路』の先にある『 大连艺术展览馆 』をズームで。 旧東清鉄道汽船本社
ここは夜の散策で訪ねたのであった。



高層ビル群も姿を表した。
宏孚商旅酒店(手前)、摩天大楼中心(裏側)そして大連中心·裕景(右)であろう。
なかなかビル名を特定するのが難しいのだ。



そして『大連駅』
大連駅は満州国時代に建てられた駅だが、正面から見ると東京の「上野駅」の
正面玄関口にそっくり。
大連駅の方が上野駅より大きいものの、建築物全体のデザインは両駅ともに非常に酷似。
日露戦争で大きな損傷を受けた大連駅を新たに建造したのが日本人だと。
大連駅は満州鉄道の太田宗太郎氏が上野駅を参考に設計したもの。



大連駅の立地は平坦ではなく、高低差があったことから、太田宗太郎はこの高低差を活かし、
自動車で駅の2階部分に直接乗り入れることができるように設計。
現代の空港でも見られる設計だが、2階部分は出発、1階部分は到着と階層を分けることで
スムーズな利用を実現したのだと。
こうした設計が取り入れられたのは「当時の中国では大連駅が初だった」と。
時間は6:30過ぎ。



大連駅前から中山広場方面の高層ビル群。右に『天安国際大厦』
『天安国際大厦』は地下52階、地下3階、最上階は202m。
左に『インターコンチネンタル大連 (大連遠洋洲際酒店)』。



大連駅のチケット売り場。



『栾雪莲窗口』。
切符販売・発券の速さで匠の技を持つ大連駅員「栾雪莲」さんの専用コーナーであるようだ。



『南一桜进站口』は一階南駅入口。



『中山路』を『中山広場』に向かって歩く。



『友好広場』が前方に。



ロータリーの中央の巨大な球形のモニュメントを前日に続き再び。
広場のシンボルであるこの球形のオブジェは1996年に当時の大連市長の発案で作られた。
これはサッカーボールではなく真珠をかたどったものであると。
3120枚のガラスで構成されており、直径は15メートル、重さは117トン。
この球体を支える台座は世界の人種の色(黄・白・黒・赤・茶肌)を表現し、
また5大陸の友好を表しているのだと。



ロータリーをグルッと廻り進む。後方に『友好大廈』



『大連市内案内図』。
大連市の総面積は12,574km2であり、うち旧市街区の面積は2,415km2。
山地や丘陵が多く、平野や低地が少なく、地形は北から南へ傾き、北は広く、
南は狭くなっている。地勢は中央から南東と北西部にある黄海と渤海へ傾き、
黄海への斜面は長く緩やかである。
長白山のある千山山脈は旧市街区を貫いており、地形のほとんどは山地や緩やかな
低い丘陵であり、平野と低地は河川の水が海へ流れ込むところ及び山裾の谷地に
点在するだけで、至るところでカルスト地形が目に付き、カルスト地形と海食地形が
比較的に多いのだと。



そして中山路を進み『中山広場』に到着。
『旧 朝鮮銀行』。
建物の歴史、詳細については『​ 8月1日のブログ ​』👈リンクにアクセス願います。



『中山路 1』のプレートが。



中山広場の歴史建築物には『中山広場1号~10号』まで番号が付けられているのであった。
下図はウィキペディアより。



『朝鮮銀行 大連支店旧址』



現在は『中国工商銀行中山広場支行』。



ネオクラシック様式、大きなコリント式の神殿風オーダー(円柱)が目を引いたのであった。



『关东银行旧址』
「关东银行旧跡」とは1947年から1950年まで存在した地方銀行のことで
紙幣も発行していたようです。



『全国重点文物保护单位 大连中山广场近代建筑群 一 朝鲜银行大连支店旧址』



ロータリーの歩道を歩く。



『旧 関東逓信局』。



『关东都督府 邮便电信局旧址』。



『市级文物保护单位 关东都府邮便电信局旧址』。



現在は大連市郵政局が使用。



『武装押运』と書かれた黒、そして白の車両が2台駐車中。
それにしても『武装』の文字は物騒!!



民間の警備車両のようだ。
中国では現金輸送車や各種護送車には武装した押运员(ヤァァ ユゥィン ユゥァン)と呼ばれる
警備員が同乗し運搬物を守っていると。
しかも警備員は防弾ベストにショットガン(散弾銃)やアサルトライフル(自動小銃)まで
装備が許されているのだと。



中山路を隔てて、『大连远洋洲际酒店(大連遠洋洲際酒店)』(左)と
『大连国貿中心大廈(大連国貿中心大廈)』(右)。



『旧横浜正金銀行大連支店 (中国銀行遼寧省分行)』。



石碑が2つ。



中山広場の向こうに『大連賓館・旧ヤマトホテル』が。



『大連人民文化倶楽部』を横から。



『旧 清国大清銀行』。



『大連人民文化倶楽部』。
英国バース合唱室内楽団のコンサートが行われるようであった。



『大連人民文化倶楽部』。



『旧 清国大清銀行』を振り返る。



『旧大連市役所(現 中国工商銀行)』。



更にロータリーを進む。



『旧横浜正金銀行大連支店 (中国銀行遼寧省分行)』。



『中山広場』を半周する。



帰路は『民生街』を進む。
左手に『独門衝烤魚(民生街)』。



右手に『金逸国际电影城』は映画館であろうか。
この付近は『浪速町』と呼ばれ、大連のなかでもっとも古い商店街であり、
随一の繁華街であったと。日本人住民は浪速町を散策することを
東京の銀ブラをもじって「なに(浪)ブラ」と言っていたと。
正面の高層ビルは、我々が宿泊している36階建ての「大連日航飯店」。



女性が『燜子』を焼いて、それを婦人と子供が食べている像。
燜子(menzi)は中国東北地方は大連名物の小吃のひとつ。
キャッサバ澱粉を「燜」=蓋をしてとろ火で煮込んで固めたもので、食感は
ワラビ餅よりすこし固め。その澱粉の塊を一口大にぶつ切りにしてから熱々の鉄板で炒め、
ニンニク、醤油、酢、ごま油などで調味したスープをかけて食べるのだと。
鉄板で炒める時に表面の水分が抜けるので、やらかいこんにゃくでも食べてるかのよう。
葱に香菜、ニンニク、おこげ、ごま油と香りの良いおやつだと。



子供が美味しそうに。



『燜子』と書かれた旗。



『大連老街』と書かれているのであろうか。



『悦泰街里』という大連にしてはモダンな一角。
ただし、この時間の人の数は少なかった。



この巨大な置物は??。『鼎(かなえ、てい)』の如きものが上部に。
中国古代に使用された肉を煮る礼器。3足ないし4足 (方鼎) で,青銅製と陶製のものがあるのだと。



象の背中に載っているものは船?



これも舟そしてベンチ?



『天津街古玩城』
天津街はもともと古道具、偽物チックな真珠、安い洋服や雑貨、ちゃちなおもちゃなどが
露店スタイルで売っている場所でありようだ。
はんこ屋、水墨画屋、中華風の壷屋、お茶屋、茶道具屋、筆屋、珠玉屋、紅木家具屋、
古切手屋、中華風雑貨屋等々・・・・・があるようだ。



『民生街』と『天津街』の交差点。
左手の「玉荷池 荷池湯泉」は温浴施設(スーパー銭湯・サウナ・スパ施設)。



『LONGXI(龍熙) CLUB』は?



重厚な銅製の扉。



そして『日航ホテル大連 (大連日航飯店)』に戻る。
36階、総部屋数372室、148 m の高層ホテル。
中国民生銀行(大連勝利橋支行)の文字も横に。時間は7:11。



『日航ホテル大連 (大連日航飯店)』のフロアー配置図。



そしてホテルレストランでの食事に。



調理品コーナー。



さすが五つ星の日航ホテルだけあって、料理の種類が豊富なのであった。



いろいろ取りました。



そして目玉焼きと牛ステーキも焼いてもらいました。



                             ・・・​ もどる ​・・・


                  ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2019.11.02 00:07:09
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