JINさんの陽蜂農遠日記

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2022.04.26
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カテゴリ: 茅ヶ崎市歴史散歩
​【茅ヶ崎市の神社仏閣を巡る】目次

​​茅ヶ崎市中島にあった「日枝神社」を後にして、相模湾に向かって南下する。
「新湘南バイパス」の手前下にある「中島中学校前」交差点を通過する。



「新湘南バイパス」の下を歩く。



「小出川」に架かる「宮ノ下橋(みやのしたばし)」を渡る。



「宮ノ下橋(みやのしたばし)」。
「宮」とは「柳島八幡宮」のことであろうか。



「宮ノ下橋」から「新湘南バイパス」の「湘南ベルブリッジ」を右手前方に見る。



「宮ノ下橋」を渡り直ぐに「小出川」沿いの道へ右折し「湘南ベルブリッジ」の
アーチ下まで進む。

吊り下げられ、アーチの下部も橋桁と繋(つな)がっている不思議な構造。
ニール・ローゼ橋の一種と言うらしい。ちなみに、新湘南バイパスは藤沢ICと茅ヶ崎海岸を結ぶ
有料道路で、国道1号のバイパスとしての機能を持っているのだ。
また、藤沢ICと茅ヶ崎JCTの間は圏央道(首都圏中央自動車連絡道)の一部になっている。
将来は大磯まで延伸して西湘バイパスと接続する計画があるようだ。
写真は北側から撮影した「湘南ベルブリッジ」。
しかし、このアーチが「湘南ベルブリッジ」の構造上、MUSTなのであろうか?
ランドマークとしての機能の為に設置?



更に南下していくと上方に「茅ヶ崎海岸料金所」。
いつもここを通過すると平日100円、休祭日80円が徴収されるのだ。
既にこの場所は「柳島スポーツ公園」内であるようだ。




ゴムチップウレタンの足に優しいジョギングコース。
公園コース(833m)・競技場コース(630m)とのこと。
前方に見えてきたのが「陸上競技場」のメインスタンド。



料金所の下のRC支柱には比較的新しいと思える黒い円筒状のものが設置されていた。



別の場所をズームして。
耐震補強工事なのであろうか?巨大な防振ゴムのようにも見えたのだが。







「陸上競技場」のメインスタンドを見る。



「柳島スポーツ公園総合競技場 案内図」。
日本陸上競技連盟公認の陸上競技場である。
敷地面積: 約23,300㎡ 400mトラック(8レーン)全天候型舗装
フィールド:人工芝(サッカーやラグビーなどが可能)
夜間照明: あり



メインスタンドの下を歩く。



右手にあったのが「青木稲荷社」。
神奈川県茅ヶ崎市柳島1300−番地。
競技場建設に際し移設されたのであろうか?



「クラブハウス棟」を見る。



「コミュニティ広場」に「ふわふわドーム」があり、子供たちが楽しんでいた。



エアートランポリン。

主に幼児体育や体操競技・チアリーディングにおいてアクロバットの練習やバランス感覚を鍛
えるために使用されているのだ。

硬い部分がないため、安全に楽しむことができるので幼稚園や放課後デイサービス、障害者施設
でも利用できると。



ズームして。



競技場のメインスタンドを振り返る。



「クラブハウス棟」への階段を上ると、右手下にはテニスコートが。
テニスコートは4面あり約2,800㎡で観客席も設置されていた。
サーフェス:砂入り人工芝
夜間照明: あり



「クラブハウス棟」の正面。



「鍼灸整骨院 湘南ベルマーレ茅ヶ崎コンディショニングセンター」との表示。



「柳島スポーツ公園」入口を振り返る。



「柳島スポーツ公園のご案内」。



「鉄砲道」案内板。
1728(享保13)年、江戸幕府は片瀬村(藤沢市)から柳島村までの海岸一帯に鉄砲場を
設置した。以後21年間は毎年演習が行われ、明治維新頃まで百十年間も存続した。
南湖の六道の辻から富士見町の平和学園付近まで東西に貫く道を「鉄砲道」と呼び、その道筋は、
鉄砲場に沿うものだったといわれている。また、始点はここ柳島からという説もあると。
更にネットには
「江戸幕府は1728(享保13)年、火砲(かほう)(大筒(おおづつ))の操作や射撃の訓練を
目的に南湖から藤沢の片瀬に至る海岸線に鉄砲場を設けました。
現在は、国道134号沿いにある柳島記念館に鉄砲場の複製図が展示してあります。鉄砲道と
呼び伝える道筋は、異説もありますが、柳島河岸(浜見平団地の西南の隅)から旧南湖院の北側を
通り、南湖下町の住吉神社から六道の辻を中海岸自治会館前に抜けて、東海岸北から平和学園に
至る道筋のことです。
現在、鉄砲道の東海岸北五丁目交差点から松が丘交差点の南側には、旧道の一部が残っている
ところがあります。
この道を「鉄砲道」と呼ぶいわれは、伊豆の韮山で造った鉄砲を柳島湊(やなぎしまみなと)に
荷揚げして、鉄砲場まで運んだからといわれていますが、証拠となる文献などは見つかって
いません。鉄砲場の中を縫っていた道という意味から、そう呼ばれたと解する方がよいと
思われます。」と。
上側の 赤い実線 が現在の「鉄砲道」である。
​​


国道134号「柳島」交差点に架かる歩道橋を渡る。



階段途中から「柳島スポーツ公園」を望む。



全景写真をネットから。

 【https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/shisetsu_info/s_sports/1028429.html】より

「新湘南バイパス」の「湘南ベルブリッジ」を望む。



国道134号の相模川方面、この先の相模川に架かる「トラスコ湘南大橋」が見えた。



「神奈川県下水道公社 柳島水再生センター」の建物が見えた。



右手に「湘南しおさい公園」。



国道134号沿いには「道の駅 予定地」との表示板が。
令和4年3月オープンに向けてスタートしたが、新型コロナウイルスの影響もあり令和7年7月の
オープンへと延期されたようだ。



国道134号に沿って江ノ島方面に進むと右手には「柳島しおさい公園」入口があった。



中に入っていくと 「柳島水再生センター」の工事業者の表示板が並んでいた。
そしてその先は関係者以外は進入禁止となっていた。



その先には工事業者の仮説ハウスが並んでいた。



左前方に「HOTEL PACIFIC」。
ここは加山雄三の 「パシフィックホテル茅ヶ崎」とは全く無関係の ​❤ ホテルのようであった。



「清流を 未来にのこそう 水の星」と神奈川県下水道公社の横断幕が。



「神奈川県 流域下水道整備事務所」。



「小さい手 大きい手 地球をむすぶ 平和の輪」と。



「神奈川県
流域下水道整備事務所
(柳島水再生センター) 」
の案内板。



「柳島記念館」。



「柳島記念館」横断幕。



「柳島海岸」交差点を左折して「柳島通り」に入りしばし北に進むと左手にあったのが
「柳島雨水ポンプ場」。
ここ柳島地区は西に相模川を臨み、北及び北西に沿って小出川が流れ、海岸寄りには松尾川を
抱える地勢 である。標高も低いことから大雨の際にはいち早く流域の雨水を排出することが
求められる。 「柳島ポンプ場」はそのような大雨の災害を未然に防ぐ施設として昭和 41 年に
稼働し、平成 19 年の増設 を経て、現在排水ポンプ 5 台、1,200t/分の能力を持ち、市内では
今宿ポンプ場と並ぶ大きさである。
 神奈川県茅ヶ崎市柳島1282−1。



「柳島雨水ポンプ場」内には「柳島閘門(こうもん)」と刻まれた石碑があった。
現在「柳島雨水ポンプ場」がある場所に柳島閘門がありました。閘門は普段は扉を開けて
上流からの水を流し、増水時は自動的に扉を閉ざして逆流を防ぐ役割を果たしていました。
昔、柳島は低湿地のためいつも水害に悩まされいたので、水害から守るために昭和2年
( 1927 )湘東耕地整理組合が堤防を築くとともに、閘門が設けられました。
閘門は、昭和50年に近代設備のポンプ場が完成して廃止されましたが、有志の手によって
ポンプ場の道路沿いに記念碑が建てられたのだと。



「柳島閘門(こうもん)と柳橋
柳島は、相模川・小出川・千ノ川の最下流に位置し、昔から水害と塩害を受けてきました。
水害を防ぐために、昭和二年(1927)、湘東耕地整理組合は堤防と同時に柳島閘門という施設を
創りました。平時には扉を開き川水を流し、相模川の増水時には自動的に扉を閉じて逆流を防
ぎました。これにより、柳島の田畑への被害は少なくなり、人々は安心して暮らすことができ
るようになりました。
昭和五十年(1975)三月、柳島ポンプ場が完成し、柳島閘門は不用になりました。
「柳島閘門」の文字は、大正時代の萩園出身で衆議院議員山宮藤吉氏の書です。
柳橋は、松尾川に架けられていた橋で今はありません。この場所から東へ百メートルの位置に
あり、柳島本村と海岸を結ぶ唯一の大切な橋でした。
「柳橋」の文字は青木林蔵氏(明治十九年生まれ)の書です。
柳島閘門と柳橋を後世に伝えようと、有志がそれらの一部をここに残すことにしました。
昭和五十四年十一月吉日
               柳島自治会
               茅ヶ崎郷土会
               茅ヶ崎市教育委員会
               ちがさき丸ごとふるさと発見博物館」 



現在の「柳島雨水ポンプ場」を見る。



「柳島海岸」交差点まで戻る。



歩道橋の階段下にあった「関東ふれあいの道」案内板。
「関東ふれあいの道は、一都六県を巡る自然歩道てす。沿線の豊かな自然にふれ名所や史跡を
たずねながら、ふる里をみなおしてみませんか。
湘南海岸・砂浜のみち
このみちは、県内1 7コースのうちの6番目です。ここから砂浜沿いのサイクリングロ一ドを
江の島に向かって東に進みます。途中茅ヶ崎漁港沖の平島や東海岸沖では烏帽子岩(姥島)を
見ることができます。鵠沼橋(引地川)でサイクリングロードが終わり、国道134号線の歩道を
歩きます。鵠沼橋を渡るとすぐに聶耳記念碑が建っています。湘南海岸公園、新江ノ島水族館を
過きると片瀬橋(境川)が見え、手前を左に曲がると終点片瀬江ノ島駅てす。」



                              ・・・​ もどる ​・・・


                  ・・・​ つづく ​・・・
​​ ​​





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Last updated  2022.11.27 19:50:36
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