JINさんの陽蜂農遠日記

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2025.10.07
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カテゴリ: 海外旅行
ロンドン塔(Tower of London)の外側の堀(現在は芝生)を右に見ながら進むと、その向こうに
見える塔と城壁。
・右手前 :大きな円筒形の建物はホワイト・タワー(White Tower)の角部分。
     ロンドン塔の中心となるノルマン様式の大天守。
・中央の長い石壁 :外郭の防御壁で、胸壁(バトルメント)と狭間(矢狭間)が並んでいた。
・奥の左側 :角に見える丸と四角の二つの塔を持つ建物は、テムズ川沿いに面した外門の一つ。
      このあたりが「Byward Tower(バイワード・タワー)」方向。
・手前左の芝生部分 :元々は堀(moat)の一部で、現在は水がなく緑地化されていた。



East Drawbridge(イースト・ドローブリッジ) を振り返って。
外壁に開いた門と、それに架けられた木製の橋・ East Drawbridge(イースト・ドローブリッジ)
本来の大手門(ミドル・タワー → バイワード・タワー)ではなく、
物資搬入や兵站用、限られた関係者の出入り口 として使われた。
当時は、その名の通り 跳ね橋(drawbridge) が設置され、敵襲時には上げ下げして防御性を
確保した と。現在残っているのは、当時の構造を示す 固定式の木橋(常設橋)。



口径13インチ(約33cm)の迫撃砲(mortar)
台座と一体で鋳造されており、おそらく海上作戦や沿岸防衛用に使うことを目的としていた。
通常の大砲よりも短砲身で、高角度に弾を撃ち上げ、城壁や要塞内部へ榴弾を落とす用途に
使われた と。



Iron 13-in mortar and bed
Cast in one with its base, probably intended for sea service or coast defence.
Spanish or French, mid-18th century, and initialled ‘SG’. Possibly cast at the Saint Gervais foundry, France.
xix.141
ROYAL ARMOURIES」 

鉄製13インチ迫撃砲(台座付き)

起源は18世紀中期のスペインまたはフランス製と考えられ、刻印「SG」があり、フランスの
サン=ジェルヴェ鋳造所で鋳造された可能性がある。
カタログ番号:xix.141
ロンドン塔】



テムズ川に架かるロンドンの象徴的な橋、 タワーブリッジ(Tower Bridge) をこれでもかと。



ロンドン塔の展示「Discover the Fortress story」の一部 で、
テーマは 「Supplying the Army(軍隊への補給)
Supplying the Army
In the 1800s, the area around you would have been bustling with Ordnance Office
workers and sailors, loading and unloading military supplies from ships.」

【軍隊への補給
1800年代、この周辺は兵器局(Ordnance Office)の職員や水兵たちで賑わっていました。
彼らは船から軍需物資を積み降ろし、軍への補給を行っていたのです。】

・兵器局(Ordnance Office)
 イギリス軍の兵器・弾薬・装備の管理を担った官庁。
 ロンドン塔も長らく兵器庫として利用されていました。 
・テムズ川との関係:
 川沿いに位置するロンドン塔は、船で軍需物資を運び入れるのに非常に便利でした。
 砲や火薬、食料や装備品が次々と運ばれ、この地域は補給拠点として機能した。
・イラストの意味:
 背景に見えるクレーンや砲は、実際に物資が荷揚げされていた様子を表している。
 前景の男性は、軍需局の監督官や兵站担当者を象徴的に描いたもの と。



ロンドン塔(Tower of London)の展示で、テーマは
Wharf(埠頭・川岸)と武器製造・兵器庫の歴史。
「For centuries, weapon-making workshops and houses for armourers and
Tower officials stood along the Wharf.
Today many of the historic cannon are on display in the Tower.」

【何世紀にもわたり、テムズ川沿いの埠頭には武器製造工房や、甲冑師・ロンドン塔の役人たちの
住居が立ち並んでいました。
今日では、その時代の大砲の多くがロンドン塔内で展示されています。】
港に停泊した船から物資を荷揚げする場面。クレーンで木箱や大砲の部品を引き上げる様子が
描かれている。周囲には労働者、兵士、役人らが集まっている。



テムズ川沿い「Wharf(埠頭)」に並べられた大砲群を撮影 した 過去の記録写真。
・長い並木道(Wharf の遊歩道)
 テムズ川沿いに植えられた並木の下に、大砲がずらりと並んでいた。
・大砲(Cannon)
 砲身は鋳鉄製・青銅製のものが混在しており、時代や製造国によって装飾や形状に違いがある。
・展示形式
 砲身が川の方へ向けられ、規則正しく配置されています。これは軍事運用ではなく、
 記念展示の並べ方。



「1800年代には、軍需品の船積みや陸揚げをする兵器局の労働者や船乗りで、この周囲の埠頭は
ごった返していました。
何世紀にもわたり、武器作りの工房、兵器工や塔の役人の住居が埠頭沿いに立ち並びました。
現在ロンドン塔には、多数の歴史的な大砲が展示されています。」 



ロンドン塔(Tower of London) の象徴的な光景で、
中央に見えているのが ホワイト・タワー(White Tower)
右側に写っているのが 円形の外郭塔(角塔のひとつ)
・中央奥:ホワイト・タワー(White Tower)
 ・11世紀後半、ウィリアム征服王によって築かれたノルマン様式の大天守。
 ・ロンドン塔の中心かつ最古の建物で、軍事的象徴・王権の象徴として建てられた。
 ・四隅に角塔を持ち、白い石灰岩で化粧されていたことから「ホワイト・タワー」と呼ばれる。
 ・上部には十字架や風見を備えた尖塔が立っていた。
・右手前:円形の塔(外郭防御塔のひとつ)
 ・外壁に沿って並ぶ複数の塔のひとつ。 Lanthorn Tower(ランソーン塔)
 ・防御・監視・収監などに使われた。
 ・名前の由来
  「Lanthorn(古い英語で Lantern=灯火、ランタン)」から来ていると。
舟運の目印として夜間に灯りが掲げられていた と。
  → テムズ川からの出入口に近いため、象徴的な“灯台”の役割を担った と。



前方を見る。
・中央のアーチ門
 これは 内郭の出入口(Inmost Ward の門) にあたる通路で、外からホワイト・タワーの
 ある中心部へ入る門です。
 → 先ほどの「East Drawbridge」から渡った先にあるゲートに相当します。
・右奥:ホワイト・タワー(White Tower)
 ロンドン塔の象徴的建物。四隅に塔を持つ石造の主塔(キープ)。
 北東の角塔と旗がはっきりと。
・左側:外郭の城壁と角塔群
 城壁に沿って複数の塔(インナーウォードの防御塔)が見える。
 近代的なロンドン・シティの高層ビル群(「ウォーキー・トーキー」など)が背後に重なり、
 過去と現代の対比を生み出していた。



テムズ川の 対岸(サザーク地区 / Southwark) を。



タワーブリッジ(Tower Bridge)を。



ロンドン塔の展示「 Discover the Fortress story 」の一部で、
テーマは 「 Gateway to the sea(海への玄関口) 」。
Gateway to the sea
This stretch of river is the Pool of London. It was the busiest port in the world by the 1700s.
Ships landed cargoes here from around the world. Import taxes were valuable income for
royalty and government.」 

海への玄関口
このテムズ川の一帯は「ロンドンのプール」と呼ばれ、1700年代には世界で最も忙しい港と
なっていました。

輸入税は王室や政府にとって貴重な収入源となっていたのです。】
描かれているのはエリザベス1世?を象徴する女性像。



ロンドン塔とテムズ川を描いた歴史的な港湾の絵と説明文で、エリザベス1世による
「Legal Quays(合法埠頭)」の設置について解説。
「Queen Elizabeth I created special docks, called Legal Quays, near here in 1559 to


【エリザベス1世は1559年、この近くに「合法埠頭(Legal Quays)」と呼ばれる特別な船着場を
設け、輸入税が確実に徴収されるようにしました。】 
Legal Quays(合法埠頭)
・1559年、エリザベス1世が公布した規則によって設けられた公認の船着場。
・それまで無秩序に行われていた貨物の荷揚げを管理し、必ず輸入税(customs duties)を
 徴収できるようにした制度。
・荷揚げが許されたのは「Legal Quays」のみで、違反は没収や罰金対象となった と。
絵の中央奥に見えるのはロンドン塔。前景には大型帆船や小舟が描かれ、積み荷の積み下ろしの
光景を伝えている。
エリザベス朝期、ロンドンがすでに「世界貿易の中心地」となりつつあった様子を象徴。



ロンドン塔を背景にした テムズ川沿いの港湾(Pool of London)とLegal Quaysの賑わい
描いた版画風の作品。
・背景:ロンドン塔(Tower of London)
 四隅に塔を持つホワイト・タワーが描かれています。これは当時の港がロンドン塔のすぐ下に
 広がっていたことを示している。
・中央:木造の倉庫や小屋
 船荷の一時保管や税関の役割を果たした施設。
 Legal Quays では、ここで商品を検査し、関税を徴収していました。
・右奥:巨大な船と造船所の足場
 テムズ川の埠頭に停泊する商船、あるいは新造船の船体。大規模な海運拠点だったことが
 分かる。
・前景:群衆と商品
 中央の群衆:男女が集まり、交易や見物で賑わう様子を表現。服装から18世紀頃の雰囲気が漂う。
 手前右の樽や積荷:砂糖やタバコ、コーヒーなど植民地からの輸入品を暗示。
 商人や労働者:契約交渉や荷運びを行う人々。
ロンドン塔とテムズ川が「 軍事要塞+貿易と税収の中心地 」であったこと を象徴的に描いている
のであった。



【河のこの一帯が、プール・オブ・ロンドンです。1700年代には、世界で最も繁忙な港でした。
ここで、世界中からの船荷が陸揚げされました。王室にも政府にとっても、輸入税は貴重な
収入でした。
エリザベス一世は1559年、課税品の陸揚げを支配するため、この近くに特別な「公認埠頭」を
造ったのです。】



ロンドン塔(Tower of London) の中でも最も象徴的な建物、
ホワイト・タワー(White Tower) を外側から望んだ風景 を。
・中央奥:ホワイト・タワー(White Tower)
 ・1070年代、ウィリアム征服王が建てたノルマン様式の主塔(キープ)。
 ・厚い石壁と四隅の塔を持ち、ロンドン塔の中核。
 ・王権の象徴であり、軍事要塞・宮殿・兵器庫・牢獄など様々な役割を果たしました。
・手前の石壁(外郭)
 ・内郭を守る防御壁で、胸壁(ギザギザのクレネレーション)が並んでいます。
 ・この壁の内側にホワイト・タワーが立っており、二重三重の防御を形成していました。
・右手前の黒い小屋(警備詰所)
 ・観光客の入場ルート管理やガイド拠点になっている小屋。現在の観光導線の一部。



ロンドン塔(Tower of London)外郭の入口・Middle Drawbridge(ミドル・ドローブリッジ)
付近 を。
・中央奥:ホワイト・タワー(White Tower)
 ・ノルマン様式の主塔で、ロンドン塔の中心的建築。
 ・四隅の塔がはっきり見え、まさにシンボル的存在。
・手前の石壁(外郭)と門
 ・クレネレーション(ギザギザの胸壁)を持つ防御壁。
 ・写真中央やや左に、アーチ門が見えており、ここが中へ入るルートの一つ。
・右端の円形塔
 ・これは Lanthorn Tower(ランソーン塔)。
 ・ロンドン塔南東部に位置し、テムズ川側から見上げたときに右側に写る特徴的な塔です。
 ・中世には王妃の住居に隣接し、また夜間に灯りを掲げたことから
  「Lanthorn(ランタン=灯火)」の名が付いた。
・手前の黒い小屋(警備詰所)
 ・観光客の入場管理や荷物検査のためのチェックポイント。
 ・現代の施設ですが、外観は歴史的景観に調和するようにデザインされている。



ロンドン塔の展示「Discover the Fortress story」の一部で、
テーマは 「 Layers of defence(多層防御) 」。
Layers of defence
Many extra layers of defence were added to the Tower over the centuries: high towers,
a water-filled moat and thick walls.」 

多層防御
何世紀にもわたって、ロンドン塔には数々の防御設備が追加されました。
高い塔、水で満たされた堀、そして厚い石造の城壁です。】



ホワイト・タワー(White Tower)の起源  を。
「You can see the White Tower at the heart of the fortress, built by William the Conqueror
after taking the throne of England in 1066.
The White Tower dominated London’s skyline for centuries.」 

【要塞の中心にあるのがホワイト・タワーです。これは1066年にイングランド王位を獲得した
ウィリアム征服王によって建てられました。
ホワイト・タワーは何世紀にもわたり、ロンドンの街の象徴的な姿を形づくってきました。】

ロンドン塔の周囲を囲む堀と城壁、その中心にホワイト・タワーが描かれている。
中世において、ホワイト・タワーが「城郭の心臓部」であることを示している。
右上の挿絵は、ウィリアム征服王とノルマン人による征服を象徴する場面。



18世紀頃のロンドンを描いた版画・彩色画で、テムズ川から見た
ロンドン塔とロンドン市街 」 の景観を。



【数世紀を経てロンドン塔には、高い塔、水を張った濠、分厚い城壁など、何重もの防護が
追加されました。
要塞の中央に見えるホワイトタワーは、1066年にイングランド国王となった征服王ウィリアムが、
後年建設したものです。
ホワイトタワーは、長い間ロンドンの地平線にそびえたのです。】



前方に見えたのが St Thomas’s Tower

セントトーマスタワー

St Thomas’s Towerの位置図。

セントトーマスタワーの位置

建設:エドワード1世によって1270年代に完成
・用途 :王の居館の一部として設計されましたが、 後に下部が水門(Traitors’ Gate)となり、
    囚人の入場口に
・有名な囚人 アン・ブーリンやサー・トーマス・モア など、多くの政治犯・宗教犯が
       この門を通って投獄された。



ズームして。
左右に円筒形の塔を持ち、中央が水門になっていた。

The Tower Of London Nobody Palace Museum, Built, Green, Fort PNG  Transparent Image and Clipart for Free Download

ここが有名な Traitors’ Gate(反逆者の門)。
・黒い木製の二重門
 厚い格子構造の扉が閉ざされ、水路を塞いでいます。
・石造りのアーチ
 ゴシック風の尖りアーチ。塔の下部に築かれています。
・赤いポピーの花
 これは2014年、第一次世界大戦勃発100周年を記念して設置されたアート展示
 「Blood Swept Lands and Seas of Red」の一部。
 88万8,246本の陶器製ポピーが展示され、戦死したイギリス兵士の数を象徴した と。



ズームして。
裏切り者の門は、ロンドン塔の歴史において欠かせない存在です。ここはテムズ川から
ロンドン塔へ船で渡る入口でした。長年にわたり、この裏切り者の門は多くの著名な囚人を
ロンドン塔へ連行するために使われてきました。最も有名な囚人の一人は、1535年に反逆罪で
告発され処刑されたトーマス・モア卿です。モアは船でロンドン塔へ連行され、独房へ向かう
途中で裏切り者の門を通過しました。もう一人の著名な囚人は、姦通の罪で告発され1536年に
処刑されたアン・ブーリン女王です。アンもまた船でロンドン塔へ連行され、裏切り者の門を
通過しました。エリザベス1世王女(アン・ブーリンとヘンリー8世の娘で、エリザベス1世女王に
なる前にここで囚人となっていた)は、テムズ川を下り、はしけでこの門を通過し、数年前に
ここで斬首された母親のことを思いました。エリザベスは歩いて脱出できた幸運な数少ない人の
一人でした。



ロンドン塔で行われているポピー・インスタレーション展示「The Tower Remembers」 に
ついて説明していた。
THE TOWER REMEMBERS
80 years since the end of the Second World War
To mark the end of the Second World War (1939–45), an installation of thousands of
ceramic poppies flows across the Tower of London, emerging at this gate.
Poppies symbolise remembrance and hope for a peaceful future.
Tower Remembers
Ceramic poppy installation
May – November 2025
Poppies by artist Paul Cummins on loan from IWM (Imperial War Museums)
Installation design by Tom Piper」 

塔は記憶する
第二次世界大戦終結から80年
第二次世界大戦(1939–45)の終結を記念して、数千本の陶器製ポピーのインスタレーションが
ロンドン塔を横切り、この門から現れます。
ポピーは追悼と平和な未来への希望を象徴します。
陶器製ポピーのインスタレーション
2025年5月~11月
ポピー制作:アーティスト ポール・カミンズ(帝国戦争博物館からの貸与)
インスタレーションデザイン:トム・パイパー】



The Tower at War
The Tower remained active throughout the conflict, holding prisoners of war and
offering tours for visiting soldiers. In the moat, anti-aircraft defences helped protect East London.」 

戦時下のロンドン塔
ロンドン塔は戦争中ずっと活動を続け、戦争捕虜を収容したり、訪れる兵士たちに見学ツアーを
提供したりしていました。堀には対空防衛が設置され、ロンドン東部の防衛に役立ちました。】
左側の写真:
・内容: ロンドン塔の中枢「ホワイト・タワー」前に設置された陶器製ポピーの展示。
・背景: 2014年の第一次世界大戦開戦100周年記念インスタレーション
 「Blood Swept Lands and Seas of Red」の一部。
 ・英国軍戦死者数を象徴する 888,246 本のポピーが展示されました。
・象徴性: 戦没者追悼と平和の願いを表現。
右側の写真
・内容: 1941年にロンドン塔の堀に設置された バラージ・バルーン(阻塞気球)。
・役割: 敵の爆撃機が低空で進入してくるのを防ぎ、爆撃の精度を下げる目的がありました。
・意義: 第二次大戦中、ロンドン東部を含む都市防衛の一環として運用され、ロンドン塔も
    その拠点のひとつとなったことを示しています。



1945年に撮影されたロンドン塔の夜景
・撮影時期: 1945年
・出来事:第二次世界大戦の終結を祝うため、ロンドン塔がライトアップされました。
・映っている建物:
 ・中央に「ホワイト・タワー(White Tower)」が堂々と輝き、
 ・周囲の城壁や塔も照明に照らされています。
・雰囲気: 長い戦争を耐え抜いたロンドンの象徴的な建物が、光に包まれ「勝利と平和の象徴」
     として祝福された歴史的瞬間を写しています。



【第二次世界大戦(1939年〜1945年)の終結を記念して、ロンドン塔では何千本もの陶器製の
ポピー(ケシの花)のインスタレーションが、この門から流れ出るように設置されています。
ポピーは戦没者への追悼と平和な未来への願いを象徴しています。
戦時中もロンドン塔は、戦争捕虜を収監したほか、兵士らに向けた見学ツアーも行っていました。
また、堀には対空防衛設備が設置され、イーストロンドン(ロンドン東部)の防衛に貢献して
いました。】



Traitors’ Gate(反逆者の門) 前に設置された陶器製のポピー(ケシの花)インスタレーション
の様子を正面真上から。



陶器製の赤いポピーが水面から生えているように配置され、まるで血が流れ出すかのように
デザインされていた。
ポピーはイギリスにおいて第一次・第二次世界大戦で戦没した兵士の追悼の花



St Thomas’s Tower
King Edward I built St Thomas’s Tower as a grand river entrance and luxurious
royal apartments in the 1200s.
This tower was originally decorated with gold window bars and painted statues.」 

【セント・トーマス・タワー
エドワード1世は、1200年代に壮大なテムズ川の入口と豪華な王族の居室として、
セント・トーマス・タワーを建設しました。

この塔は当初、金色の窓格子や彩色された彫像で装飾されていました。】



ロンドン塔の St Thomas’s Tower(セント・トーマス・タワー)とTraitors’ Gate(反逆者の門)
を描いた 歴史的イラスト。
・中央下部: テムズ川から塔へ入る Traitors’ Gate(水門) が大きく描かれています。
 ・船が到着し、人々が上陸している様子が見えます。
 ・この水門は王族の正式な川からの入口でもありましたが、後には囚人が運ばれる門として
  悪名高くなりました。
・中央の大きな白い建物:
 ・これは St Thomas’s Tower(セント・トーマス・タワー)。
 ・もともと王の豪華な居室を備えていた塔で、内部では廷臣や高官たちの場面が描かれています。
・周囲:
 ・兵士や荷物の搬入の様子、塔の外壁、防御施設が詳細に描写されています。
 ・背景にはテムズ川沿いのロンドン市街や橋(おそらくロンドン橋)が広がっています。
・装飾枠: 花や植物があしらわれており、この絵が中世の写本や年代記の挿絵の一部であることを
     示しています。



ロンドン塔の展示パネルにある中世写本の挿絵で、当時の イングランドにおけるユダヤ人迫害
描いた場面。
「Edward’s building was funded from the heavy taxes imposed on English Jews before he expelled the whole Jewish community from England in 1290.」

【エドワード(1世)の建築事業は、イングランドのユダヤ人に課された重税によって
賄われました。その後1290年、彼はイングランドからユダヤ人共同体全体を追放しました。】 



【エドワード一世は、セント・トーマス・タワーの壮大な水門と豪華な王族用アパートメントを
1200年代に建設しました。
当初この塔は、黄金の窓格子や彩られた彫像で飾られました。
エドワード王は、イングランドのユダヤ人に課した重税を資金源に建設を行い、1290年には、
ユダヤ人共同体全体をイングランドから追放したのです。】



Traitors’ Gate(反逆者の門)も見納め。



ロンドンの超高層ビル The Shard(ザ・シャード)。
高さ: 310メートル(95階建て)
→ 完成時(2012年)は西ヨーロッパで最も高いビル。
デザイン: 建築家レンゾ・ピアノ(Renzo Piano)による設計。
→ 砕けたガラスの破片(Shard of Glass)をイメージした形状。
構造: 全面ガラス張りで、光の当たり方や天候によって色合いが変化。



そしてタワー・ブリッジ(Tower Bridge)も見納めか?








                                   ・・・もどる・・・



                 ・・・つづく・・・








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Last updated  2025.10.07 14:10:28
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