inti-solのブログ

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2015.03.28
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もう四半世紀も前になってしまいましたが、1989年、ペルー・ボリビア・チリを旅行した際の写真を何回かに分けてアップしようと思います。このうち、ペルーのマチュピチュとチリの写真は、過去にアップしたことがあります。今回改めてネガからスキャンして取り込んでみたところ、かなり退色している上に、細かい傷、埃も多く、結構手間取ります。なので、不定期連載(?)になるかもしれません。

旅行期間は、1989年10月下旬から11月末まで、確か35日前後だったと思います。成田から大韓航空でロサンゼルスへ、アルゼンチン航空に乗り換えてメキシコ経由でリマに着いたのが深夜でした。税関がムチャ混みで、宿に着いたのは深夜2時頃だったように記憶しています。1泊目の宿と送迎だけは日本で手配して行ったのです。当時、センデロ・ルミノソのテロが激しい時代で、確か夜間外出禁止令があったはずだし、治安が悪くて、深夜に外国人旅行者が街中をうろつくわけにも行かなかったのです。(もし、送迎を頼んでいなかったとしたら、朝まで空港にいるしかなかったでしょう)
だいたい、そのときは私はスペイン語を学び始めて1年半くらいで、まだ動詞の活用も結構危ういようなレベルでした。それでも、前年にメキシコに行ったときよりは、まだしゃべれるようになっていましたが。

で、翌朝(というか、その日の朝)いきなりホテルのフロントからの電話でたたき起こされました。

「警察が来ているので、パスポートを持ってフロントに来てください」と。

フロントにすっ飛んでいったら、きっと公安警察なのでしょう。2人組の私服警官が、「要注意外国人リスト」的な分厚い台帳を持っていて、私がパスポートを渡すと、念入りに見比べておりました。
結局、何事もなく、パスポートを返して、警官たちは出て行ったのですが、まあ到着早々結構インパクトのある出来事でした。

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泊まった宿は、セントロ(中心街)近くでしたが、そこからタクシーでミラフローレス地区に行きました。太平洋に面した、リマの中では高級住宅街の区域です。

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太平洋。遥か彼方に日本がある、のかな?

リマの年間降水量は、たった13mm、サウジアラビアのリヤドよりずっと降水量の少ない、超乾燥地帯です。その割には、街路樹をはじめ、植物は案外豊富です。その理由は霧です。雨はまったく降らないけれど、霧が常時立ち込めていて、湿度は結構高く、それによって植物は水分を得ているのです。もちろん、街路樹などは人が水をやっているのでしょうが。

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セントロのアルマス広場(今はマヨール広場と名が変わったようです)に戻ってきました。

04Lima4XGA.JPG

はっきりとは覚えていないのですが、多分ホテルから撮った写真ではないかと思います。

リマには、深夜についてその日1日滞在して、その翌日には早朝クスコに向けて出発してしまうという、実質1日しか滞在しないスケジュールでした。今にして思えば、何ともったいない日程だったかと思います。というわけで、リマはほとんど何も見ていないのです。もっとも、例の警察が乗り込んできたことが、結構心に引っかかっていて、リマを離れることにほっとした、という気持ちもあったのですが。

で、翌日早朝、リマからクスコに飛びました。今はさすがにそんなことはないでしょうが、当時クスコの空港の管制塔にはレーダーがなく、飛行機はすべて有視界飛行で飛んでいました。クスコは午後には雲が出やすいそうで、航空便もみんな朝方の発着だったのです。
当時、ペルーで二番手の航空会社だったフォーセット航空で、クスコに向かいました。搭乗手続きでもらった搭乗券は31Aという座席番号だったのですが、機内に入ってみたら、30番までしか席がない!!結局、最後尾の30番の席に座らせてもらいましたが、さすが南米と思ってしまいました。その後知ったのですが、南米の国内線では、自由席であることが多いようです。いや、当時の話ですよ。今はどうだか知りません。(その後、メキシコでは2回国内線に乗りましてが、ちゃんと座席指定はありました)

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乗ったのはフォーセット航空のDC-8型機。かつて日本航空も使っていた機種ですが、この当時日本航空ではすでに引退していたので、つい写真を撮ってしまったのでした。
ちなみに、このフォーセット航空、その後1999年に経営破綻して、現存しません。当時ペルーで最王手だったアエロ・ペルーもまた、同じ年に破綻しています。

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インカの都、クスコです。来た!という感じでした。ここに行きたくて、南米に行ったようなものでしたから。海抜3400mあまりの高原都市です。それでも、この後に行ったプーノやラパスよりまだ低いんですけど。私は、高山病は大丈夫でしたけど、多少頭が重い感覚はあったことを覚えています。
これは、アルマス広場(南米の町は、どこでも、町の中心の、教会のある広場を「アルマス広場」と呼ぶ例が多い)です。まばらに木は生えていますが、山には木がほとんどありません。

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これも、クスコのセントロ近くのどこかだったと思います。この位置からだと、山には1本の木もなく、完全な禿山。山肌に字が書いてあります。

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ロレト通り、静かなたたずまいに小道。・・・・・・なのですが、

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女子高校生3人組に呼び止められて、写真を撮りました。彼女たちの一人も私の写真を撮ってくれたのですが、そちらはブレブレでマトモに写っていません。25年前なので、彼女たちも、もう40歳前後になっているんですね。

12Cuzco8XGA.JPG
サン・ブラス教会。土台の石垣はインカ時代のもので、その上にスペイン人が教会を立ててしまいました。
・・・・・・が、改めて写真を見て思うのですが、土台がインカ時代とは言っても、どう考えてもその後、近年に整備しなおしているのではないか、と。

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アルマス広場に面した一角です。こういうたたずまいは、南米、メキシコどこの町でも同じです。行ったことはないけどスペインでも同じなんじゃないだろうか。






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最終更新日  2015.04.19 22:51:37
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