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★聖書の御言葉★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。 与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」 (新約聖書「ルカによる福音書」第6章37~38・新共同訳)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーでは、本題へ!★天照大神=卑弥呼★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「天照大神」=「天照大御神」=「大日霊貴(おおひるめむち)」=「太陽を祀る尊い巫女」●「卑弥呼」=「日巫女」=「太陽を祀る巫女」よって●「天照大神」=「卑弥呼」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー天照大神とは、天皇家の祖先の神様であり、モデルとなった人物がいたと思われます。すなわち、人間・天照大神のモデルが!前回紹介した「天照大神」=「卑弥呼」は、古代史の中では定説になりつつあります。しかし、これで「天照大神」の謎が、解決とはいきません。むしろ、ようやく迷宮の入り口に立ったばかりといったところです。『天照大神の謎』(三神たける・飛鳥昭雄)から、「天照大神」について、ダイジェスト的にみてみます。★神社伝承学★歴史を調べる方法に、「神社伝承学」というものがあります。全国の神社が持つ古代伝承を検討していくというものです。そして、この「神社伝承学」をみていくと、「古事記」「日本書紀」(記紀)とは、また違った歴史がみえてきます。「天照大神」=「大日霊貴(おおむなちのかみ)」であれば、神社に「大日霊貴」の神が、神社に祀られていてもよさそうなものです。(※大日霊貴の「霊」は、本来「雨+口口口+女」を上から縦に並べた漢字ですが表記できないので、ここでは「霊」と表記します。)今は確かにあるといいますが、問題は、「記紀」が成立する、8世紀前半までに成立した神社で、「大日霊貴」を祭神として、祀った神社はないということです。前回「大日霊貴」から、「天照大神」は「女神」であり、「卑弥呼」がモデルではないかと導かれました。「大日霊貴」は、「太陽を祭る尊い巫女」ですが、この女神の痕跡は、「記紀」成立以前は、全くといっていいほどない…。で、あれば、本当に「天照大神」は、女神であり、卑弥呼であるのか…。同書をみると、まずここが、ひとつのポイントになります。★「天照」を冠した神社★もう一方の「天照大神」の「天照」を冠した神社は、存在しています。同書によると、福岡県の「天照神社」、奈良県の「他田坐天照御魂(おさだにいますあまてらすみたま)神社」、京都府の「天照玉命神社」「木嶋坐天照御魂(このしまにいますあまてるみたま)神社」をはじめ、かなりの数があるそうです。これらの神社の「祭神」は、というと、神社名のとおり「天照大神」を祀っています。しかし、正確には、祭神の名前が少し違っています。その名は…「天照国照彦」というそうです。注目は「彦」です。なぜなら、「彦」とは、これ「姫」に対する言葉であり、男女でいえば、「男性」を表わす漢字だからです。天照大神は、女神ではなかったのか…?単純に考えれば、「天照国照彦」(=天照大神)という名前は、男神か女神かと言えば、「彦」の漢字から、明らかに男神です。となると、困ったことになってきました。なぜなら等式で表わすと、以下のようになるからです。「天照大神」=「天照国照彦」=「男神」!?ここで、整理してみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「古事記」「日本書紀」では、「天照大神」は、「女神」●「神社伝承学」から、「天照」の名を冠した「神社」に祀られている「天照大神」は、「天照国照彦」であり、「男神」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれは、どういうことなのか?素直に考えれば、どちらかが間違っているか、嘘をついているということになります。神社伝承学というのは、古くから神社に伝わっている伝承です。一方「古事記」「日本書紀」というのは、大和朝廷がまとめ上げた、神話であり歴史書です。そこには、権力者の都合のいいように、つくられたという事実もあります。と、いうことは、答えは明白です。結論を言えば、「古事記」「日本書紀」が、嘘をついている可能性が高いと!つまり、もともと、「天照大神」は、「男神」であったのが、記紀が作られるとき、「女神」にすりかえられたということになります。★さらなる正式名称(諡号)★天照大神は、もともと、「男神」だった・・・!?。このことは、「記紀」のなかで、いくつか、象徴的に暗示されています。そのことについて、次回見てみたいと思います。最後に。さらに、大きな謎が出てきます。それは、「天照国照彦」の正式名称(諡号)が、実は、あるというのです。これが、また、恐ろしく長い。その諡号とは…。「天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命」!!「あまてるくにてるひこあめのほあかりくしみかたまにぎはやひのみこと」この名前が、「神社伝承学」でいう「天照大神」の正式名称ということになります。さらに、この名前が、「天照大神」の謎を解く突破口となり、もっと言えば、日本神話全体をも、解き明かす大きな鍵を握っている名前であるということも指摘されています。これについても、次回以降、見ていきます。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★CD入荷しました。順次送らせていただいてますので、お待ちください。もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 31, 2006
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★聖書の御言葉★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。 自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。 また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。 あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」(新約聖書「ルカによる福音書」第6章27節~36節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー★「これから」と「南総里見八犬伝」★最近は、ちょっと時間がないので、散文詩が多いです。(^^;時間のないときの「散文詩」って感じですが、これからは、時間のないときの「聖書の御言葉」も加わるかもしれません(^^;いずれフリーページに、聖書の御言葉を追加していこうと思います。●「蘇民将来」と「過ぎ越しの祭り」シリーズは、「ヤマトタケル編」の途中ですが、先に「天照大神の謎」を、見てしまいたいと思います。「天照大神」を明らかにしないと、先々話を進めるにあたって、言いたいことが言えなくなる場合があるので、こちらから先に。早く終えたいのですが、正直、謎が壮大すぎて、どうまとめたらいいのか早くも途方にくれています(^^;本からのダイジェスト的な話になると思いますが、できるだけ、わかりやすい形で提示できればと思います。こういう説もある、というくらいで見ていただければと思います。これが絶対であると言うつもりはありません。最終的な展開は受け入れがたいという方もおられるかもしれません。ただ、個人的には、この説が、「天照大神」について、一番真相に近いのではないかと思っています。いきなり結論を述べると、あまりに常識とかけ離れているので、順を追ってみていきたいと思います。そのほうが分りやすいのではないかと思います。●「南総里見八犬伝」の現代語訳が、ようやく届く。上下巻で、かなり長いとは言うものの、それでも「抄訳」岩波文庫だったか、原文で10巻くらいあるようですが、いずれこちらにもチャレンジしたいなと思います。まずは、こちらの現代語訳です。少し読みかけましたが、なかなかおもしろそう。黒岩重吾さんの「白鳥の王子・ヤマトタケル」も少しずつ読み進めているところ。その他いろいろ読んでいて、並行して読んでいるのが、10冊近くになりそう(^^;うーん、わけ分からなくなりそう…。妻からは、かばんに、何でこんなに本入れてるの!!おもいよ~と言われています。それに対しては、「本がないと生きていけないんだよ」、と言うわけです…。妻は「はあぁぁぁ。。。」って感じで、ため息&呆れ顔ですね(^^;とにかく、今年は戌年(いぬどし)なので、南総里見八犬伝、読まなくては!
January 30, 2006
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想いのたけを 言葉にして真っ白な紙に まっさらの心を ありのままに 託していくひとつひとつでは まとまりのない文字でも丹念に 想いを注ぎ込めば どくん… と鼓動し始めるペン先から 紡ぎだされていく 線の羅列はやがて 血の通った文字となり 言葉となって 浮かび上がる線の周りから 溢れてくる かすかな光によって人は 心動かされて 感情を喚起されるのかもしれない瞬間の想いは 一瞬後には 自分のもとを離れるけれどもまた新たな今の想いが 次々と 入り込んでくる浮かんでは 消えてゆく想いは 果てしのない輪舞曲その一瞬を すくいとって 書き付けた想いは真空パックのように ありのままの気持ちが 詰まっている時と空間を経て 届けられた あなたからの手紙はみずみずしい朝露のように 辺り一面に あなたの想いが広がる手紙の言葉は不思議な生き物あなたの書いた文字は あなたにしか書けない文字であり 文章でありあなたにしか書けない手紙になる大切にしまっておいた 手紙を開くとあの時の情景が 鮮やかに甦って懐かしくて せつなくて 哀しくて あたたかくて無数の想いが 渦巻いて開くたびに さまざまな感慨を 抱かせてくれる言葉にするのが 難しかったり照れくさかったりすることも消えてしまう前に ほんの少しでも 思いを書き留めれば何か大切なものが この胸に 残るような気がしたあなたが綴ってくれた 手紙の言葉はおそらく何百倍もの想いの ほんの一握りの 想いがきらきらした 美しい光の結晶に 形を変えたものあの日 あの時 あの場所で 手紙を書いたあなたの あの瞬間が今も ここで 確かに 息づいている…※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★早速、たくさんのご応募いただきまして、ありがとうございます。私書箱にメールくださった方には、必ず送らせていただきます。CD入荷しました。発送これからになります。順次送らせていただきますので、今しばらくお待ちください。もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 29, 2006
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▲透萌(ともえ):ピースサインしながら、顔は寒さで、かなり引きつってますが、何か?ここ何日か、透萌は、体調不良で、食べても吐いたりでしたが、少しずつはよくなってきているようです。遠隔でレイキしたり、車に乗っていながら遠隔で送ってみたり、まあ、効果はよく分かりませんが、いろいろしてみました。こういうとき、レイキがあると、何かしら役に立つので、身につけておいてよかったと思います。こういうことがあると、やっぱり健康であることが、いかにありがたいか、ということを思います。★聖書の御言葉★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。神は、あなたがたが いつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業(わざ)に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。」(新約聖書「コリントの信徒への手紙」第9章 第6節~8節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今日、たまたま読んでいた本に、聖書の一節があり、感銘を受けたので、その部分を抜き出してみました。これから、たまに、聖書の御言葉も、感じるものがあったら、自分の勉強のためにも載せていこうかなと思います。と、いうのも、いつも聖書の御言葉を書いてくださっている欠けた器さまのページに触発されたというのもあります。いつも、素敵な御言葉と、コメントをありがとうございます。では、本題へ!★天照大神の正体★天照大神とはいかなる神か?これが、はっきり言って、一筋縄ではいきません。『神武天皇の謎』(三神たける・飛鳥昭雄)からダイジェスト的に見ていきます。日本の本当の姿を知るには、日本の神社の大元締めでもある、伊勢神宮の祭神である「天照大神」を見ていく必要があります。そして、天照大神とは、天皇家の皇祖神でもあります。皇祖神の「皇」とは、「皇室」であり、「祖」とは、「祖先」つまり、「皇祖神」とは、「天皇家の祖先の神様」ということになります。と、いうことは、天照大神とは、天皇家の祖先であり、モデルとなる実在の人物がいたと思われます。すなわち、人間・天照大神がいたはずであると。神話を見ると、「古事記」では、「天照大御神」と表記されます。一方の「日本書紀」では、天照大神のことを、「大日霊貴(おおひるめむち)」と記されます。※大日霊貴の「霊」は、本来「雨+口口口+女」を上から縦に並べた漢字ですが表記できないので、ここでは「霊」と表記します。そのあと、一書に曰く、という表現で「天照大神」と書かれているといいます。つまり、こういうことになります。●「天照大神」=「天照大御神」=「大日霊貴(おおひるめむち)」天照大神の別名「大日霊貴(おおひるめむち)」から、導かれる人物がいます。「大日」とは、大きな日、すなわち、「太陽」「霊」という漢字は、「レイ」という読みなので、「霊」に通じ、「霊・巫女(みこ)」という意味。「貴」は尊称。ここから、「太陽を祀る尊い巫女」が導かれます。●「大日霊貴(おおひるめむち)」=「太陽を祀る尊い巫女」天照大神が住むところは、神々の住む「高天原」神々の住む「高天原」で最高の地位にいたのが、「天照大神」で、あれば、「神々」を「人々」に置き換えれば、天照大神=大日霊貴(おおひるめむち)は、「大勢の人々を支配した女王」となります。太陽を祭る巫女にして女王。そして、「高天原」は、一説には、「邪馬台国」であると指摘する人もいます。太陽を祭る巫女。大勢の人々を支配した女王。邪馬台国…。ここまでくれば、人間・天照大神の正体は明らかです。そう…。邪馬台国の女王「卑弥呼」!卑弥呼は、鬼道を駆使して、民衆を惑わすと、魏志倭人伝に記されています。つまり卑弥呼は、シャーマンです。「卑弥呼」という漢字は、中国人が蔑称でつけたものです。「卑弥呼」とは、本来「日巫女(ヒミコ)」「日」とは、「太陽」。「巫女」とは「シャーマン」。ですから、●「卑弥呼」=「日巫女」=「太陽を祀る巫女」!となると、先の「大日霊貴(おおひるめむち)」=「太陽を祀る尊い巫女」と、同じであることが分かります。と、いうことは両者は繋がってきます。これでひとつの結論がでます。●「天照大神」=「大日霊貴(おおひるめむち)」=「太陽を祀る尊い巫女」=「日巫女」=「卑弥呼」!!「天照大神」の人物としてのモデルは、邪馬台国の女王「卑弥呼」だった…。実際、時代的に見ても、「卑弥呼」の邪馬台国のあと、「大和朝廷」が起こっていることを考えれば、両者には繋がりがあったとみてもおかしくありませんし、そう考える研究者もいます。名称からも、「邪馬台国」=「ヤマタイ(ヤマト)国」=「大和国」と繋がります。邪馬台国と、大和国=大和朝廷は、連続する国家である可能性があります。しかも、両者が断絶していなければ、卑弥呼は、天皇家の祖先だったと考えられないこともありません。だから、●「卑弥呼」=「天照大神」だと!このことは、古代史研究家のなかでは、支持する人も多く、確かに状況的には、卑弥呼は、天照大神のモデルと見ることができます。これで解決か!?であれば、連載にした意味がないんですけど・・・(^^;これは、ほんの謎の入り口であることが分かってきます。「天照大神」=「卑弥呼」で、謎が解決するほど、単純ではないようです。さすが、皇室の皇祖神であり、日本最大の神社「伊勢神宮」に祀られているだけあって、天照大神の正体に迫るには、まだいくつもの扉を開かなくてはいけないようです。天照大神という神について、次回は、神社に祭られている天照大神について、紹介してみます。驚くべき反転が、そこには秘められています。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★早速、たくさんのご応募いただきまして、ありがとうございます。私書箱にメールくださった方には、必ず送らせていただきます。CD入荷しました。発送これからになります。順次送らせていただきますので、今しばらくお待ちください。もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 28, 2006
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地面にびっしりと生えそろう葉は柔らかな緑の連なり肌を刺すような 冬の寒さを通り抜け君の柔らかな緑色は 冬を解きほぐすように春の息吹を 凍える大地に 敷きつめた見上げれば 天の青地には 緑の宇宙その透き間から花開いた 小さな青はひとつひとつが かけがえのない星屑一斉に花開く花びらには 朝露のきらめき日の当たる間しか花開かぬ君の はかなげな姿限られた時の中で 精一杯輝く 小さな青暗闇に目を閉じてしまう 素直すぎる君の心根それが君の弱さでもあり 君の優しさでもありそんな君の ありのままの素顔が好き君の内に秘めた想いは 透き通った青となって にじみでているこらえてきた涙の青と これからの 喜びにあふれた涙の青ふたつの 限りなく透明な青が 溶け合ってより美しい青へと 昇華していく柔らかな草々は 君の青に彩られ風のリズムに乗って 控えめに踊りだす待ちわびた春を 強く引き寄せるように君は 深い青に 染まっていく君を見つけると 君のもとに駆け寄らずにはいられない側にしゃがみこんで もっと深遠な 君の青に近づきたいそして 君の幾多の表情を 見つめていたい足元に広がる君の小さな…でも無限に広がる 青の宇宙を今まぎれもなく 君と同じ時を生きている僕は 本当に幸せ手のひらで 君の小さな青を そっと包み込む今目の前にいる 君の存在を 何よりも大切にしたい誓いを投げかけた天には 青に溶け込んだ 見えない星屑地には 緑に映える 深くて青い星屑ふたつの青が…星屑が…天と地を 見えない光で 繋いでいく※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★早速、たくさんのご応募いただきまして、ありがとうございます。私書箱にメールくださった方には、必ず送らせていただきます。CD入荷しました。発送これからになります。順次送らせていただきますので、今しばらくお待ちください。もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 27, 2006
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★失われたイスラエル十支族★何度か書いたことですが、今一度、古代ヘブライと日本の関係を、簡潔に記してみます。日本人というのは、いくつかのルーツがありますが、そのひとつが、中近東に端を発する、イスラエル十支族の末裔ということになります。彼らは、北イスラエル王国が、アッシリア帝国に滅ぼされて、しばらくしてから、歴史上、突如消えています。彼らのことを「失われたイスラエル十支族」と言い、世界史の謎になっています。彼らは、いったいどこへ行ったのか?いまだによく分からないというのが現状です。しかし、彼らは、一説には、ユーラシア大陸を東へ向かったとされています。東へ向かった彼らは、いつしか騎馬民族と合流して、ユーラシア大陸の北にあるステップロードを経由。やがて、その先にある中国や朝鮮半島へやってきたと思われます。そして、朝鮮半島から、海を越えて、極東の地・日本へやってきます。時代にすれば、4世紀あたり。なぜなら、4世紀とは、弥生時代から古墳時代への移り変わりであり、突如といっていいほど、古墳が巨大化しだすからです。その墓を前方後円墳といいます。さらに、その墓の副葬品に、馬具が混じるようになります。それまでは、日本には馬はいませんでした。4世紀頃から、副葬品に馬具があるということは、それは、騎馬民族が、朝鮮半島からやってきた可能性を示唆します。さらに、朝鮮半島からも、前方後円墳は、見つかってきています。両者には、繋がりがあるといえます。九州に上陸した彼らは圧倒的な武力で原住民を制し、やがて、大和へやってきて、大和朝廷を打ち立てます。これが、世に言う「騎馬民族征服王朝説」です。果たしてそんなことがありえるのか?今ではほとんど顧みられることない説になっているのが現状です。★原始キリスト教★日本のルーツは、「失われたイスラエル十支族」と、もうひとつ、重要な流れがあります。それは、イエス・キリストの時代。イエス・キリストには12人の弟子がいましたが、彼らを中心に組まれた「エルサレム教団」というのがありました。イエスキリストが十字架で死を迎え、3日後に復活して、40日後に昇天をします。その後、エルサレム教団も、絶対神の命令があったのか、いずこへと消え去ってしまいます。彼らのことを、「原始キリスト教」といいます。彼らはどこへ行ったのか?これも一説には、東へ東へすすみ、シルクロードを経由して、やがて中国から朝鮮半島へたどり着いたといいます。そして、やはり彼らも日本へとやって来たと。彼らの正体は、『秦氏の謎』(三神たける・飛鳥昭雄)より「秦氏」であることが、指摘されています。もうひとつ、中近東、古代ヘブライと日本の関係を考える時、重要な渡来人がいます。彼らは、原始キリスト教や、さらに失われた十支族よりも前に、日本にやってきていたと思われます。彼らの集団の中心は「物部氏」いずれにしても、日本という国は、旧約聖書の民である、「イスラエル十支族」の末裔と、新約聖書の民である、「原始キリスト教」の末裔が、神道の根幹を作り上げたということになるようです。それが、いたるところに、「合わせ鏡」として象徴的に示されています。旧約の民の絶対神「ヤハウェ」と、新約の民の神「イエスキリスト」が同一であるという合わせ鏡。艸(草冠)の字体が、三本柱の合わせ鏡であり、それが、お正月、玄関の両脇に置く「門松」にも象徴的に示されます。また、六芒星も、陰陽合一の合わせ鏡になっています。★「天照大神」★話を戻します。大和朝廷の歴史書といえば、「古事記」と「日本書紀」ここには、大和朝廷の歴史が記されていると同時に、もし、仮に、大和朝廷を打ち立てた、天皇家が、大陸からやってきたのだとしたら、記紀に痕跡が残されているはずです。天皇家の皇祖神といえば、言わずと知れた「天照大神」では、「天照大神」とは、いかなる神なのか?これが分かれば、日本の天皇家の謎、ひいては、日本という国の真の姿の一端が明らかになると思われます。「天照大神」が、「記紀」で、主人公として登場する話は、実は、意外にも、「天の岩戸開き神話」だけしかないと言います。これを、まずは、把握しておかないと、後々、古代ヘブライと日本の関係を進めるにあたり、制約が架せられてしまうので、明らかにしておきたいと思います。今度は、なるべくわき道にそれることなく、10回くらいで、何とか終わらせたいと思いますが…(^^;ともかく焦点を、「天照大神」という神に絞って、進めていきたいと思います。今回このシリーズを進めるにあたって、『神武天皇の謎』『秦氏の謎』『天照大神の謎』(すべて、三神たける・飛鳥昭雄共著)を、全面的に参考にさせていただきます。
January 26, 2006
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今回は、遠隔レイキの感想を掲載します。まずは、* 未 来 *さまの感想を。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー気がついたら開始時刻直前でネットをしてました。^^;急いで布団に入り待機。ほんわりと足先が温かいかも?と思ったらほんわりと胃がぐるぐる~っと小さく鳴り出す。活発な動きではなくて、ゆるやかに胃の中が動いてる感じ。足の部分、腰の部分がじんわりしてきたらすーっと足先が温かくなってきた。ちょっとの間このままゆるやかに感じてる。特にこれ!という光が見えたわけではなかったのですが暗いところで目を閉じたときに見えるものが血管の中を血小板が流れている所をテレビでみかけますがあんな感じで白っぽいものがぐるぐるしてる気がしました。そして今度は胸部付近。やっぱりゆるやかに温かくなってきた。そして今度は全身からゆるやかな感覚が広がってあたたかくなる。うわあ~気持ちいい~。。。^^ゆるやかに広がる「モノ」に安心。。。気がついたら眠りに落ちてました。ことは(^_-)☆さん、ありがとうございました。一時半頃に目が覚め、今の時刻にまでいたりますが頭の中がすっきりしてるのとおなかがすっかり空腹です(笑)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーと、いうことです。ありがとうございます。私のほうは、自己ヒーリングしながら、心地よく、させていただきました。頭上から来るエネルギーが、いつもより強い感じがしました。また、頭部全体が、けっこう手のぴりぴりがきて、他の部分より強いエネルギーを感じました。そして、その間にも、ぐぐぐっとより深い部分に入っていくような感じが、何度かあり、はっ…と気がつく・・・え?寝てたんだろって?うーん、そういう言い方もできるかも(^^;いや、ともかく、本当に気持ちよくて、しながら、ぼーっとしていたというのもありましたが、深いヒーリングだったと思います。その後、しばらくして、気がついたら、パソコンの机の前で、コテンと、寝ていました(^^;気がついたら1時20分ころだったので、2時間近く寝ていたのでしょうか。未来さまも、寝て1時30分頃目がさめたということで、ちょっとシンクロしてたかも。でも、私はすぐ、そのまま、そそくさと寝ましたが(^^;と、いうことで、こんな感想ですみません。こちらも心地よかったです。ありがとうございます。また、いつでもおっしゃってください。未来さまの日記はこちら。あと、おふたかたの感想を。●Kさん感想ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー11時15分、ちょうどに手がピリピリし始め、背中、首あたりに、より強いぴりぴり感を感じました。その後、血のめぐりが良くなったのか、特に手がかゆくなり、そのままぐっすり朝まで熟睡しました。朝起きたら、喉の調子が悪かったのが、よくなっていました。本当に、ありがとうございます。是非、周りの人にも体験して欲しいです。進めてみます!! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●Sさん感想ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー遠隔レイキありがとうございました。レイキをしている最中は特に何も感じなかったんですが、終わってから、肩が痛かったのがなくなってたことと、少し心が落ち込んでいたんですが、それが、なくなって体も心も軽くなった感じです。そしてなんだか、やさしい波動みたいなのも伝わってきました。ことはさんの気というか、波動なんでしょうかね-?それではありがとうございました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーKさん、Sさん、ありがとうございます。
January 25, 2006
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▲葵:筆箱は好きで、ペンとか取りだして、散らかすのが得意なんだけど何か?▲何だか、妙にリラックスした余裕の表情で、しっかりカメラ目線して、さりげなくポーズとってるんだけど、何か?最近、はまっている曲が、恥ずかしすぎるんですが、奥菜恵の「夕日」という曲。ベストアルバムをブックオフで買ってしまうところが、また、恥ずかしいのですが、手が伸びてしまいまして、安いし、1度聞いてみようかなと。そのなかで、はまったのが「夕日」しっとりとした曲で、はじめは、見逃していたのですが、よく聞くと、一人たそがれるには、いい曲です(^^;少し歌詞をひろってみますと。「うす紫色の空 追いかけて来る夕日と見つめあう汽車の中の私 なぜか優しくなれた」「幸せ集まれ瞳の奥までエネルギーいっぱい浴びて微笑みかけて欲しいよ いつまでもずっとね」という感じで、夕日の柔らかい優しげな、そしてどこか寂しい切ない気持ち。そういうものが曲調と歌詞にでていて、はまってます。妙に自分のツボにはまる曲というのが、時々出てきます。少し前は、同じアルバムの「Spring Field」という曲だったんです。自慢じゃないですが、かなり繰り返ししつこく聞きました。(^^;「セ~ピア色の陽射し~時を~止ぉめ~て~~せ~つない想い 感じ~た~い も~すこ~し~」という、曲なんですが(^^;まあ、あまり言うと、ますます恥ずかしいのでこの辺で・・・。では、気を取り直して、本題へ!長いです! ごめんなさい。★お屠蘇に秘められた真意★第七十四幕「お屠蘇に秘められた真意」第七十五幕「お屠蘇に秘められた真意」少し間が開いてしまいましたが、「お屠蘇」の「完結編」にしたいと思います。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「お屠蘇」=「(殺して)屠る・蘇る」●「蘇」=「艸」(くさかんむり)+「魚」+「ノ」+「木」 =「茨の冠」+「イエスキリスト」+「ノ」+「木」 =「茨の冠をかぶったイエス・キリストが架かった十字架の木」!!●「蘇」=「イエス・キリストの蘇り」!よって、●お屠蘇=イエスキリストの死と復活!●日本人は、元旦の朝、お屠蘇を飲むことで、イエスキリストの死と復活を、祝福している!?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー元旦の朝、一年のはじまりの時に飲む「お屠蘇」というのは、邪を「屠り」、生命力を「蘇させる」という意味がある、といわれていますが、これは、あくまで、表向きの意味合いだと思われます。漢字には、ヘブライ密教の「カバラ」が込められていること。そこから、「蘇」という漢字が「イエスキリストの復活」を象徴すること。日本のお正月は、古代イスラエルの過ぎ越しの故事からきている「過ぎ越しの祭り」とそっくりであること。そういったことを考え合わせれば、「お屠蘇」の裏に込めた真意は、明確に浮かび上がってきます。おそらく間違いないでしょう。そこに、「イエスキリストの死と復活」が込められているということは!!であれば、これはある意味、恐ろしいことなのですが、日本人は、それと知らずに、元旦の朝、「お屠蘇」を飲むことで、イエス・キリストの死と復活を祝福しているということになります…。今度は視点を変えて、お屠蘇について、「音に返す」から、見てみましょう。★「お屠蘇」=「お十蘇」★●「お屠蘇」=「おとそ」=「お十蘇」「お十蘇」とみれば、「十」の「蘇り」となります。「十」とは、「十字架」であり、イエス・キリストの象徴にも繋がります。「十蘇」とは、「十字架での蘇り」となり、やはり、「イエス・キリストの死と復活」へ繋がります。★「お屠蘇」=「御屠蘇」★「お屠蘇」は、「御屠蘇」とも書きます。「お」=「御」ですが、ここから、先のように、「屠」=「と」=「十」とみれば、「御屠蘇」=「御十蘇」ともできます。さらに、「御」=「ゴ」=「五」と音に返すことができます。●「御屠蘇」=「五十蘇」「五十蘇」とは、「五十」の「蘇り」です。「五十」とは、あいうえお五十音であり、五十音の蘇りをも、示唆しているのかもしれません。さらに言えば、何度か取り上げたように、五十音とは「あ」~「ん」までの言葉すべてを含み、最初から最後までということになります。このことは、聖書で、「私はα(アルファ)でありω(オメガ)である」といった人物、イエス・キリストの象徴にもなります。αは最初であり、ωは最後の文字になり、五十音の「あ」と「ん」に対応するからです。つまり、「五十」という数理は、「あいうえお五十音」を象徴すると同時に、「イエス・キリスト」の象徴にもなっています。●「御屠蘇」=「五十蘇」=「五十音蘇」=「イエスキリスト蘇り」!!やはり、イエス・キリストに結びついてきます。そもそも「お屠蘇」=「御屠蘇」であれば、「御」という漢字は、漢和辞典を見ると、真ん中の部分が「午」と「止」から成っていることが、分かります。「午」とは、「馬小屋で生まれたイエスキリスト」の象徴になりますので、「午」が「止まる」となり、「御」という漢字が、「イエス・キリスト」と無関係ではないことが分かります。さらに言えば、「御」を音に返せば、「御」=「午」=「吾」となり、すべてイエスキリストに関わる漢字になります。「吾」などは、そのまま「吾」=「五」+「口」=「五口」=「五○」=「五十」となり、「吾」が、「五十」という数字を暗示していると思われますので、「五十」とは「五十音」であり、「イエス・キリスト」です。ですから、「御屠蘇」=「イエスキリスト・屠る・蘇り」となり、「お屠蘇」という名称には、イエスキリストの死と復活が、それこそ何重にも込められている、と見ることができます。★「三」という数字★インターネットよりの引用ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー当時は、生薬を家々で調合して三角袋に入れ、大晦日に井戸に吊しておき、元旦に若水に浸したあと、お酒に入れたそうです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「三角袋」にというのが気になります。さらに、「三」という数字が、まだ、出てきます。こちらの方が重要と思われます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「その時、使用される器は朱塗りまたは白銀や錫などのお銚子と朱塗りの三段重ねの盃です。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「三段重ねの盃」の「三」日本の風習などをみると、何気なく、「三」が込められています。なぜ「三角袋」であり、「三段重ねの盃」でなければならないのか。結論からいえば、「三神」を拝する形式が、日本にはもともとあるから、ということだと思われます。結婚式などで、行われる「三々九度」の儀式も、しきりに「三」が出てきます。「万歳三唱」など、まさに「三神」との関わりが考えられます。「三神」とは、日本の「古事記」の冒頭に記されている「造化三神」の「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」「高御産巣日神(たかみむすびのかみ)」「神産巣日神(かみむすびのかみ)」であり、同時に、「聖書」でいう「絶対三神」の「御父」「御子」「聖霊」ということになります。日本の「造化三神」と、聖書の「絶対三神」は、本質は同じ神のことになります。なぜなら、聖書の思想と、日本の神道の根幹は、同じ思想を持つ集団によって作り上げられているからです。日本という国は、知らず知らずのうちに、「造化三神」=「絶対三神」を拝する風習が、いたるところに見られます。お正月の「門松」も、三本の柱から成り、ヘブライ密教の奥義でもある「生命の樹」の象徴であることも指摘されています。日本という国と「三」という数字、非常に興味深いものがあります。長くなりましたが、最後にまとめてみます。●お屠蘇=イエスキリストの死と復活を祝福する●お屠蘇を「三段重ねの盃」で飲むということは、「絶対三神(=造化三神)」に対して、祝福している。 明確に言えば、日本人のルーツのひとつは、古代ヘブライ民族である、「失われたイスラエル十支族の末裔」になります。もうひとつの流れが、イエスの死と復活を見守った「エルサレム教団」の「原始キリスト教」の末裔が、日本へ来ていることが指摘されています。「原始キリスト教」とは、イエスの弟子たちを中心に組まれたイエス直系の教えを受け継いだ集団です。つまり、信じられないかもしれませんが、イエス・キリストの思想は日本へ受け継がれているということになります。彼らの正体は、「秦氏」!秦氏の「秦」を漢字破字法で分解すると、●「秦」=「三」「人」「ノ」「木」となり、まさに、三本柱からなる、生命の樹の象徴を冠した名前であることが分かりますし、三神との関わりが深いことが分かります。「お屠蘇」の風習には、はじめからか、途中から組み込んだのかは、分かりませんが、いずれにしても、イエスの死と復活が込められているということは、そこには、古代ヘブライや原始キリスト教の思想が、あるということになります。このことは、単に、文化が伝わった、というレベルの話ではないということでしょう。「お屠蘇」に、「イエスキリストの死と復活」の意味が込められているとしたら、それらは、日本の根幹部分に関わっていると考えた方が、自然です。そして、日本人自身も何のために受け継いでいるのか分からないように、古代ヘブライ密教のカバラで、象徴的に本来の意味を封じ込める。日本の本当の姿は、いたるところに、それとなく象徴を重ねて、仕掛けられているということがいえると思いますし、その封印は、象徴という鍵を残して解かれるようにもなっているので、時が来れば、いやおうなく日本の真の姿は、明らかになると思われます…。
January 24, 2006
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冬の空に広げた 星の地図光芒鮮やかに 点在する 北斗七星オリオン座は 彼方から 瞬いていつも伝説を 語りかけてくる天の住人が描いた 星の軌跡は空の天幕一面に広がる 数え切れない 夢の跡この地球すべての存在に 生きる力を 届けてくれる季節とともに 移り変わっていく 幾千の星冬が来て 春が来て やがて夏が来て秋が来て 再び冬が巡ってきたらボタンをかけては外して またかけるように天空にきらめく星は 再び同じ装いを まとい始める地上では霜が降りて 冬の訪れを告げる後ろから突然耳元に 息を吹きかけるようにふと気づくと 葉は散りゆき 風は冷たさを増しているしのびやかに 景色は装いを 少しずつ少しずつ 変えていく毎年毎年 同じ景色が 繰り返されるけれどもいつもいつも違った感慨を 与えてくれる 螺旋の巡り時とともに 目には見えない積み重ねが 現実を動かしていく歳月は 人を変え 人の厚みを増やしていく年ごとに積み重なっていく 目には見えない 何気ない空気が僕たちの周りに まとわりついて次の段階へと 押し上げていく心の移り変わりは 季節の移り変わりのように留まることを知らない時にやり残したことが まだあるようなしこりを 感じながら物事を 先へ先へと動かしていく 原動力になっている歳月を重ねて 木の年輪が 増えていくように僕たちの器も 自然に一輪一輪 広がっていってほしい星たちも永遠に近い時を巡り 少しずつ装いを変えながらこの天幕に存在した証を残して消えて 移ろい 巡りゆく…※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★早速、たくさんのご応募いただきまして、ありがとうございます。私書箱にメールくださった方には、必ず送らせていただきます。ただ入荷するのが、24日頃で、それから順次発送になるので、今しばらくお待ちいただくことになります。よろしくお願いします。もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 23, 2006
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目に映る何気ない風景の中にいつも見落としている 大切な何かをかいま見たような気がした真実の一端は 特別な出来事がもたらしてくれるものではなく日常のありふれた生活の ひとつひとつに 息づくもの朝のあいさつを交わすと それだけで一日の活力が湧き上がり 笑顔がこぼれる道端に ひっそりとしとやかに 揺れる草たちは柔らかい日差しを たっぷりと浴びて とても気持ちよさそう昨日までは 蕾だった 道路わきの名も知らぬ花は可憐な花びらを 咲かせているしとしとと降りだした雨は いつも違うリズムを 刻んでいる駅へと歩く人たちは 少し急ぎ足で 黙々と 通り過ぎていく空のキャンバスに描かれる雲は いつも 千変万化の模様が 広がっている物言わぬ自然の何気ない風景は 一瞬ごとに 精妙な旋律を 奏でているそして 一人一人が 誰一人同じ道のない 物語の主人公この広いようで せまい地球の上でさまざまな 必然の波に 揺られながら一見 毎日が同じように 過ぎていくけれども本当は ほんの少しの変化が 星屑のように あちこちに 散らばっているもっともっと 視点を 今ここに 向けていけば今まで 気がつかなかった 微妙な変化が細波のように 次から次へと あふれてくるだろう意識を ほんの少し 変えてみるだけでこの世界は 灰色から虹色の世界へと 反転する平凡に見えた風景が たゆみない変化の結晶で せめぎあうそれだけに この世界は 脆くて壊れやすいものだけれど不思議で神秘的で 瞬間瞬間 新しい発見があるちっぽけなつまづきや 悩みであってもすべては 自分が作り出した 幻想でしかないのなら波間に光が差し込み 無数のきらめきが 生み出されるように僕はただ目の前の景色に 光を透して まっすぐに 見つめていく※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 22, 2006
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旧約聖書のカインとアベルの物語。兄カインは、主に認められなかったために、弟アベルを殺してしまいます。アダムとイブが、エデンの園を追放されてから、人類初の殺人事件が起こります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」 (旧約聖書「創世記」)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここから、「呪う」という漢字はきていると思われます。●「呪」=「口」+「兄」 =「口にする=叫んでいる」+「兄カイン(の罪を)」 =「呪われしもの・兄カイン」そして、主は、カインに「しるし」をつけます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主はカインに言われた。「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」 主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。 (旧約聖書「創世記」)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして、永遠に死ねない体となります。ですから、「聖書」が事実を記しているとすれば、カインはまだ生きているということになります。と、いうより、この地球最後の時まで、カインは死ねない体を、主より与えられたということになります。そして、けんたまさまより、興味深い考察をいただきました。ありがとうございます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「カイン」を音に返してみたら、「解陰」・・・・封印の解を開く ってことかなって、解釈してみましたが・・・。解は、ギリシャ語22番目のχであり、数学方程式に用いられる「答えのx」と、どこか繋がってる気がするんですが・・・。また、謎解けたらシェアーお願いします。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「カイン」=「解陰」「解印」と、音に返すことができる・・・。「解」=「ギリシャ語22番目のχ」=「答えのx」うーん、これは、繋がっているように思います。カインが、死ねない体を持っている、とすれば、それは、死ねない体にした、絶対神が何か目的があってのことだと思うのです。だから、「カイン」とは、「解印」であり、けんたまさまがおっしゃるように、「最後の封印を解く」何かと関わっている可能性があります。それが何なのかは分かりませんが・・・。そして、「解陰」ということを思ったとき、「陰」とは、見えないもの、最後のもの「ん」を解く事なのではないかと、思いました。●「カイン」=「解ん」=「ん」の謎を解く?「ん」とは、あいうえを五十音の最後の音であり、隠された謎。最後の一厘ともいえます。と、そういうことを思っていたとき、今度は、では、カインの弟、アベルのことに思い当たりました。アベルとは何か関係ないだろうか…。アベルとは「abel」となり、「a・bel(bell)」なのかな、と。●「アベル」=「abel」=「a・bel(bell)」=「あ・bell」=「あ・鐘」と、なると、かなり妄想じみてきましたが(^^;、「アベル」とは、五十音のはじまりの「あ」の鐘が鳴ること、すなわち、世界の始まりの音が、込められているのかもしれません。実際、アダムとエバが、エデンの園を追放されて、新たな世界で、初めて登場するのが、カインとアベルです。「アベル」が、「a・bell」となり、「あ」の鐘で、始まりの音を示唆する。そして、「カイン」は死ねない体となって、「解・ん」となり、世界の最後の「ん」の謎が解かれることを、見届ける…。さらに言えば、カインとアベルの物語は、「あ」と「ん」という五十音を示唆し、あいうえお五十音の謎にも関わっているのかもしれません。聖書と、日本の思想の根幹が、結びつくことを思えば、突飛なことではないと思います。まあ、ちょっとお遊び的な考えですね・・・。でも、けんたまさまの考察は、非常に的を得たことだと感じました。やはり音に返すは、すごいですね。ありがとうございます。●「アベル」=「abel」=「a・bel(bell)」=「あ・bell」=「あ・鐘」=「世界の始まりの音」●「カイン」=「解印」=「解陰」=「解ん」=「ん」の謎を解く=「世界の最後を見届ける」★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★早速、たくさんのご応募いただきまして、ありがとうございます。私書箱にメールくださった方には、必ず送らせていただきます。ただ入荷するのが、24日頃で、それから順次発送になるので、今しばらくお待ちいただくことになります。よろしくお願いします。もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 21, 2006
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楽天ブログで、お気に入り登録させていただいている藤森緑さまの小説『君の笑顔に会いたい』を、買わせていただいたこと、以前書きました。藤森さま自身が、おっしゃっていたように、本は、けっこう…いや、かなり薄いのですが(^^;、しかし、内容は、あつかったです!プロ野球の人気投手の青年が、ファンだという聴覚障害者の少女の純粋な心を感じるにつれ、変化していく心境が、見ものです。 物語の最後にでてくる手紙は、感情が濾過されるような、ピュアな気持ちを思い起こさせてくれました。また、同時に、内容は全然違うのですが、私のこれも大好きなミステリ『異邦の騎士』改訂完全版(島田荘司)を、なぜか思い起こしました。このミステリも最後の方、手紙が出てくるのですが、そのシチュエーションが似ているというもあるのですが、その手紙を読んで受けるピュアな気持ちも、通じるものがあるような気がしました。と、非常に私的な感覚なのですが。心洗われるような小説でした。藤森さま、ありがとうございます。また、機会があれば、小説も書いてください!★遠隔レイキ交換ヒーリング 14★1月15日は、りっちぃさまと、遠隔レイキの交換ヒーリングを、していただきました。2回目になります。ありがとうございます。いつも書くのが遅くなって、すみません。今回は、先に、りっちぃさまから、送っていただきました。時間になり、リラックスして、いすに座っていました。まず、眉間の下あたりに、圧迫感を感じ、エネルギーが流れてくる感覚がありました。エネルギーが来たな、という感じ。そのまま、頭全体が、こう、柔らかく包まれる感じがしました。とても優しいエネルギーです。そして、しばらくは、穏やかな状態が続いて、寝そうなくらいでした。その後に、最後の5分くらいの間に、これは、寝かけていたからかもしれませんが(^^;、グンと、体が斜め前に引っ張られることが起きました。そして、しばらくして、またグンと体が引っ張られる。それが計3回起こりました。自発動というのか、ただ単に寝かけていたのか…、いずれにしても、受けている間は、体はちょっと心地よいだるさのようなものがありました。ありがとうございます!りっちぃさまの感想を。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー遠隔レイキも、数を踏むと、雑念だらけだったのから深い意識状態に「ストン」とはいる感覚がわかってきたようです。今回は~、イメージ映像がいっぱい浮かんできました。最初に、あずき色とグレーがかったベージュくすんだ青色が見えてきました。その後は、場面が変わって学校のグランドのような砂の地面と、周りに木がみっしり繁った場所に出て、そこに木でできた遊具(フィールドアスレチック?)がありました。そこから、さらに場面は飛んで今度は、深く雪が積もった玄関先が見えてきました。赤いもの(バケツ?)が置いてあったように見えました。ん~~。意味不明(笑)ですね(^^;ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんー…、んー…と。よく分かんないといえば、分かんないのですが(^^;、す、す、すごいビジョンですね!ともかく、ありがとうございました! 感謝します。また、よろしくお願いします。★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★早速、たくさんのご応募いただきまして、ありがとうございます。私書箱にメールくださった方には、必ず送らせていただきます。ただ入荷するのが、24日頃で、それから順次発送になるので、今しばらくお待ちいただくことになります。よろしくお願いします。もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 20, 2006
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冬の寒さも やがては薄れて誰も気づかぬ ため息のようにそれとなく 春への装いを整えていく今ある状態は すべて 消えてしまうわけではなく飴玉のように 口の中で 少しずつ溶けて体に取り込まれていく空は 粉雪が舞い上がり幾億もの 尽きせぬ想いが 渦巻いている見上げているとこのまま ひとひらの雪片に 溶け込んでしまいそうどこへ落ちるともしれない 粉雪に 手のひらを差し出せば透明な滴となって 見えない世界へと 旅立っていくつかの間燃えた 恋のような 一瞬の熱さそのあとに すっ…と広がる 冷たい感触降り積もる雪は 淡々と 己の行く道を模索するふと周りを見渡せば 一面に広がる 白の世界過ぎ去る時は 淡雪のように すぐに 消えてしまうものだとしてもうっすらと やがては覆われていく 無数の雪片のようにたゆみない積み重ねが 曲がりなりにも 今の自分を作り上げてきた必要のない雪片など ひとつもなかったと 今は言える…優しく見守る 月灯りが 疲れた体を癒して揺るぎのない 太陽の輝きが 細胞のひとつひとつに 活力を与えるいつの日も どんな時も 途切れることなく 季節と季節が重なりそれと知らずに 溶け合って 絡み合い どこまでも流れていく世は生成流転を繰り返し細やかな綾を織り成して 天空に 生きた証を残していく時はやがて反転して 未来から現在へ… 現在から過去へ…僕の記憶も 生まれる前へと 引き戻されていくいつか 終わりの時が来ても 再び 原初の時へと 巻き戻される懐かしさと 暖かさを感じる 広大な記憶の海へ 僕たちは還っていくそして 新たな流転の渦に 呑み込まれていくこのまま 繰り返し 果てしなく 淀みなく どこまでも僕は逆らうことなく この流れの 瞬間瞬間に 身を委ねていくだけ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※★斎藤一人さん究極のCD無料プレゼント★もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。CDの内容については、寺小屋本部からのお知らせをどうぞ。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。
January 19, 2006
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『幸運(シアワセ)をぐっとひきよせるハートのハッピーセッション』上記の本プレゼントの抽選の結果、あやや358♪さまに決定しました!おめでとうございます!あややさま、また、私書箱まで、送り先をお願いしますね。抽選は、レイキの第4シンボルを描いて、一番必要とする人のもとへいきますように、との想いで、してみました。また、応募していただいたほかの方々、ありがとうございました。本当はお一人ずつ、お返事差し上げたいところなのですが、この場で、御礼申し上げます。また、本ダブって買ってしまったら(^^;、こういうことするかもしれません…。そのときは、よろしくお願いします。★斎藤一人さんCD、無料プレゼントします!★少し前にも書きましたが、つい先日、斎藤一人さんの究極のCDをすまいるデまいるさまより、いただきました。斎藤一人さん、最高傑作のCDです。本当にすごいCDです。ヒックルさまが、CD無料プレゼントされています。私もその運動に、便乗させていただきます。ひとりでも多くの方に、聞いていただければと思います。もしCDご希望の方いらっしゃいましたら、無料でプレゼントしますので、私書箱へ、住所、氏名、メールアドレスを書いていただき、送ってください。数は十分用意しているつもりですが、なくなったら、いったん終了とさせていただきます。また、できるだけ多くの方へ、聞いていただきたいので、応募は、お一人様一枚(2枚組みCD)とさせていただきます。CD入荷するのが、24日頃になるので、発送はそれ以降になると思いますが、順次していきますので、よろしくお願いします。CDの内容については、この世の仕組みというか、人間関係の悩みが解決する方法や、劣等感について述べられていて、自分自身も思い当たることがあり、いろいろと考えさせられました。追伸が連続して、非常に長いけれども、だんだんと核心に迫っていく過程は、時間を忘れます。人生最後のCDのつもりで、入れたと言われていましたが、まさに、その言葉に違わない迫力があります。特に最後のあたりの斎藤さんの声は、もう何というか、優しさに満ちている、心揺さぶられる声に、胸打たれました。タイトルは、 1地球が天国になる日 2最後の神様からなります。CDについてくる、寺子屋本部からのメッセージがありますので、少し長いですが、そちらを掲載しておきます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこのCDでお話して下さっている斉藤一人さんは、ご存知の方も多いと思いますが12年連続納税金額10番以内という、日本記録を打ち立てた方です。また、納税の合計金額も173億円という快挙をなされ、これも日本新記録です。さらに、ご自分の仕事の他に心の楽しさと経済的な豊かさを両立させるための著書を数多く出版されている方です。このCDは、その斉藤一人さんの最高傑作といわれる「地球が天国になる話」という大変人気のあるCDです。初めてこのCDを聞く方は、1回目だけで結構ですから静かで落ち着いたところで聞いて下さい。「聞いて良かった」「笑った」「号泣した」「やっと謎が解けた」など沢山のお便りが山のように寄せられています。また何度も追伸、追伸という形で完成されたCDですから、少し聞きずらいかもしれませんが、最後までゆっくりお聞き下さい。必ず、あなたのお役に立つ話だと確信しています。今、全国でこの瞬間にも悩み、苦しみこの天国のような地球で地獄のような苦しみをしている人がたくさんいます。そういう人のために「愛の1000円運動」というのを行っています。この運動は、この「地球が天国になる話」のCD(2枚組)を10セットで1000円というボランティア価格で買っていただき、あなたの周りの人にこのCDを一人でも多く聞いてもらうという運動です。ぜひ、ご協力下さい。もちろん、ご自分でダビングしてもかまいません。すでに、この運動を始めた人からは「すごく感謝された」「人助けになった」「毎日が感動の連続です」というお便りが寄せられています。あなたの善意を待っている人がたくさんいます。ぜひ、ご参加下さい。また、自分はそんな悩みを抱えているわけではないけれど、このCDを聞いてぜひ、自分も人助けがしたいという方もたくさん協力していただいています。ぜひ、この地球が天国になるためにあなたの力を貸して下さい。お問い合わせは、フリーダイヤル 0120-497-285(ヨクナルツヤコ)です。お気軽にお電話下さい。ありがとうございます。あなたにすべての良き事がなだれのごとく起きます。寺子屋本部ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーまた、聞いて、よかったら、ご縁のある人に、伝えていってください。私も繰り返し聞いて、伝えていきたいと思います。CDのご縁を下さった、すまいるデまいるさま、ヒックルさま、ありがとうございます。
January 18, 2006
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本の抽選、明日させていただきます。応募していただいた方、ありがとうございました。★遠隔レイキ交換ヒーリング13★先日の1月14日は、あとむ1125さまと遠隔レイキの交換ヒーリングをさせていただきました。ありがとうございます。あとむさまの日記とほぼ同じことですが(^^;遅くなりました。まず、あとむ1125さまから、流していただきました。その時のあとむ1125さまの感想を。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー流し始めてすぐに陽炎みたいに周りが揺れ始めてフワフワとした感じがしました。首と胸辺りは熱くなりエネルギーを感じました。バックでも首と背中(背骨)を中心にエネルギーの流れを感じました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして、私の受けた感想です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーすぐに手のひらのぴりぴり感がやってきて、そのあと、手のひらの中で、もわもわとした物が動く感じがしました。手のぴりぴり感は、最後までずっと続きました。しばらくして、足の裏からふわっと、直接エネルギーが入ってくる感じがありました。今度は頭頂から、エネルギーがすうっと柔らかく入ってくる感じです。そして、全体的に柔らかく精妙なエネルギーに包まれているような感じがずっとしていました。途中何度か心地よくて、意識が遠のいたり、あ、今受けていたんだ、とまた、戻ってきたりとしました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして、5分間休憩のあと、今度はこちらが、送り手に。この5分間休憩は、りっちぃさまから教えていただきまして、とってもナイスな発案だと思いました。実際やってみて、あわてなくていいです。最も余裕ありすぎて寝そうになったというのは、いけませんが。(^^;ともかく、ありがとうございます!そのときの感覚を。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあとむさまの遠隔受けて、心地よくなっていたというのもあり、自己ヒーリングをしながら、同じように、意識が遠のいたというか、寝かけた事が何度かありました。頭部に他の部分より少し強いエネルギーを感じました。頭に載せている時が一番手の熱さを感じました。朝起きてみて、体が、すっきりしていることを実感しています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーはじめに流していただくと、心地よくなりすぎて。。。ちゃんと流れていたか。。。あとむ1125さまの感想です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー受け手の方は・・エネルギーの流れはジワジワとした、滝の流れのような感じです。何かふわっとした暖かい霧みたいなのに包まれた感じがしました。最後の方にブラックホールの中心が紫色の中に吸い込まれるような感じがしました。今回も、最後まで上の方に引っ張られている感じがしました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーと、いうことでした。上に引っ張られる感覚というの、最近体験しまして、何かおもしろかったです。自発動の一種なのでしょうか…。ご縁に感謝です。あとむ1125さま、これからもよろしくお願いします。
January 17, 2006
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▲葵:字はわけ分かんないんだけど、ページめくるのが好きで、本は好きなんだけど、何か?斎藤一人さん究極のCD『地球が天国になる話』を、いつもお世話になってます、すまいるデまいるさまから、送っていただき、今聞き終えました。これは、本当に、究極のCDです。もう、なんというか、茫然自失という感じで、言葉がありません。そうだったのか!と。まだ理解できてない部分も多いのですが、人の劣等感の仕組みが、見事解き明かされていて、自分が周りが愛おしく思えてくるような感じ。すまいるデまいるさま、ありがとうございます。レイキ師匠のヒックルさまは、今、CDプレゼントされています。聞いてみたい方は、問い合わせてみてください。ヒックルさま勝手にすみません。。。本当に、いつもいつも惜しみなく与え続けておられて、その姿勢に頭が下がります。私のほうもまた、取り寄せて、ご縁のある方に、送らせていただこうと思います。家族やお店のお客さまやこのブログご覧くださっているひと、縁ある人にどんどん広げていきたいと思います。また、CDきたら、ブログで書きます。それでは、本題へ。★お屠蘇★お屠蘇とは、どういうものか?前回も掲載しましたが、今回はじめに掲載します。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー元旦の朝は、家長が新年の挨拶をした後、お屠蘇を神にささげ「一人これを飲めば一家疾なく、一家でこれを飲めば一里なし」と唱えて、年少のものから順順に東を向いて、高蒔繪三つ組のお盆で飲んでいくのが習慣でした。お屠蘇の中身は何だろう?といいますと、6つの生薬からできています。(最近は大黄をぬいて5つの場合もあります)防風・桔梗・白朮・山椒・肉桂・大黄です。防風・桔梗=風邪薬として使われます。白朮・山椒=消化機能を高めます。肉桂=身体を温める作用があります。大黄=排便作用と消化機能の促進として使われます。以上のようにお屠蘇は、風邪を防ぎ、消化機能を整え、身体を温める作用かあり、正月という寒い季節にかかりやすい病気を防ぐものと言えます。お屠蘇の起源はと言いますと、漢の武帝の時代、華佗(かだ)と言う名医が発明したもので、日本に伝わったのは嵯峨天皇の弘仁二年(811年)でした。最初は宮中で飲まれていたのですがいつしか広まっていったそうです。名前の由来は「病気をもたらす(邪)を屠り、生命力、抵抗力(正気)を蘇えさせる」ところからきている様です。まさに年頭にあたって、病気の予防と、その年の健康を願う行事なのです。http://www.gld.mmtr.or.jp/~sumiyosi/dentou(toso).htmーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお屠蘇の中身については、他の生薬が使われたり、もっと種類があったりと、いろいろとあるようです。「お屠蘇」とは、前回述べましたように、「屠」という漢字は、本来、動物や人を殺す意味合いで使われます。お正月の一番初めに飲むものとしては、この漢字だけを見ると、あまり縁起がいいとはいえません。これは、どういうことでしょうか…。何か別の意味がないのでしょうか。「お屠蘇」とは、お正月の行事です。日本のお正月とは、イスラエル(ユダヤ)の「過ぎ越しの祭り」からきています。と、いうことは、お正月の一番最初の大切な儀式も、そのあたりから、読み解けないでしょうか。「屠」は、訓読みすると「屠(ほふ)る」と言いますが、「屠る」で思い浮かべるのは、古代イスラエルの風習です。古代イスラエルの人々は、羊や牛を屠り、神に捧げる風習がありました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主は臨在の幕屋から、モーセを呼んで仰せになった。 イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。あなたたちのうちのだれかが、家畜の献げ物を主にささげるときは、牛、または羊を献げ物としなさい。 (旧約聖書「レビ記」第1章1節~2節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここから、●「屠」=「羊や牛を主に捧げる」という意味が読み取れます。そして、問題は、次の「お屠蘇」の「蘇」です。「蘇」という漢字は、文字通り「蘇り」です。普通一般に言われる「お屠蘇」の意味は、「病気をもたらす(邪)を屠り、生命力、抵抗力(正気)を蘇えさせる」で、十分に納得できます。しかし、「お屠蘇」の意味を、そのまま文字通りとれば、●「お屠蘇」=「(殺して)屠る・蘇る」となります。「殺されて蘇る・・・」とはいったい、何が殺されて蘇るのか…。日本のお正月が、イスラエルの「過ぎ越しの祭り」に由来することを思えば、「何か(誰か)」は、明白です!「蘇」を、漢字破字法で見てみます。「答え」が、見えてきます。以前紹介した、第七幕「ΙΧΘΥΣ(イクスース)」 より、少し長いですが、省略しつつ、再掲してみます。=================================●「蘇」=「艸」+「魚」+「禾」 =「艸」+「魚」+「ノ」+「木」「魚」とは、ギリシャ語で 「ΙΧΘΥΣ(イクスース)」と言うそうです。以下、インターネットより、少し長いですが、引用して見ます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーΙ: ΙΗΣΟΥΣ (イエスース ~ イエス) の 「Ι」Χ: ΧΡΙΣΤΟΣ(クリストス ~ キリスト) の 「Χ」Θ: Θ Ε Ο Υ (セ ウ ー ~ 神 の ) の 「Θ」Υ: Υ Ι Ο Σ (フィ オス ~ 子 ) の 「Υ」Σ: ΣΩΤΗΡ (ソーテール ~ 救 い 主) の 「Σ」「イエス・キリスト・神の・子・救い主」をギリシャ語で言えば、「イエスース クリストス セウー フィオス ソーテール」となり、それぞれの頭文字を並べると、「イクスース」<魚>の意味になります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここから導かれることは、驚くべきことに、以下のようになります。「魚」=「ΙΧΘΥΣ(イクスース)」=「イエス・キリスト・神の・子・救い主」以下、続きを、もう少し引用してみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの事から、初代のキリスト者たちは、ローマ帝国の厳しい迫害を避け、迷路のようになっているローマの地下墓地~the Catacombs<カタコム>の中で集会をしたり、礼拝をしていましたが、集会の場所を示す矢印に使ったり、信者同士の合言葉として、信者以外の者(官憲)の侵入を防いだりしていました。また、殉教者たちの墓にも、この「魚」が刻まれたりしました。AD.313年、コンスタンティヌス帝はミラノの寛容令によって、キリスト教を公認しましたが、その後も、「魚」は、キリスト者の合言葉となり、信仰を言い表す事のシンボルとなりました。今でも、栞やステッカーなど、教会で色々デザインして用いられています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「魚」とは、「イエス・キリスト」を象徴すると同時に、キリスト教信仰のシンボルともなりました。そうなってくると、今度は「艸」という字が、クローズアップされてきます。なぜなら、「魚」が「イエス・キリスト」の象徴ならば「魚」+「ノ」+「木」で、「イエス・キリストの木」と導かれます。ここで「イエス・キリストの木」と聞いて思い起こすのが、イエスキリストの架かった「十字架の木」です。「魚ノ木」=「イエスキリストの木」=「イエス・キリストの十字架」!では、先程の「艸」は、何を表わすのか?「聖書」の該当部分から引用してみます。「イエス・キリスト」が十字架に架けられる場面です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。(マルコによる福音書 第15章16節~18節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここで、注目すべきは、イエスは十字架刑に架けられた時、「茨の冠」をかぶれされたということ。よって、「艸」(くさかんむり)=「茨(いばら)の冠」!!★全部を繋げると…「蘇」は…★「蘇」=「艸」(くさかんむり)+「魚」+「ノ」+「木」 =「茨の冠」+「イエスキリスト」+「ノ」+「木」 =「茨の冠をかぶったイエス・キリストが架かった十字架の木」!!もっと言えば、「イエスキリストの十字架での死と、復活」でしょう。=================================★お屠蘇の真意とは…★漢字には、古代ヘブライ密教の「カバラ」が、秘められているとすれば、漢字と聖書は繋がります。なぜなら、聖書も「カバラ」が駆使されているからです。そして、漢字と聖書が関係してくるとすれば、「蘇」の象徴するところは、今見たように、明白です。●「蘇」=「イエス・キリストの蘇り」!!そして、「お屠蘇」の「屠」。「屠る」とは、文字通り「殺される」意味です。ということは、「お屠蘇」とは、「イエス・キリスト」が、「屠られ(殺され)」「蘇る」ということを示している可能性があります。そもそも、羊や牛を屠るということは、聖書からいえば、「イエスキリスト」、すなわち、「神の子羊」が、死んで、全人類の罪を背負ってくれたことの象徴になります。イエスキリストの死によって、人類の罪は許され、生きることができている。で、あれば、「お屠蘇」とは、まさに、そのことを意味していることになります。元旦、最初に飲むということは、一番重要なことであり、そこに、イエスキリストの死と復活が象徴的に込められているということは、誤解を恐れずにいえば、日本人は、イエスキリストとは無関係ではない!ということになってしまいます。日本人は、知らず知らずのうちに、元旦の朝、お屠蘇を飲むことで、イエスキリストの死により、人類の罪が許され、今生かしていただいていることを感謝し、イエスキリストの死と復活を、祝福しているのかもしれません…。次回、補足的にお遊び的に述べてみます。
January 16, 2006
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きのうは、お二人の方と遠隔レイキの交換ヒーリングをしていただいて、さすがに終わったら、もう眠くてしょうがなくて、そのまま、机で寝ていました(^^;気がついたら、午前3時。すみやかに、布団に入って、娘の透萌(ともえ)をカイロ代わりに…、あ、いえいえ、娘にくっついて、レイキを送りながら寝ました(^^;ありがとうございます。心地よかったです。ということで、簡単に。もし、下記の本読みたいという方いらっしゃったら、無料で差し上げますので、私書箱から、「本希望」と書いて、メールください。必ず、お名前(ペンネームでもいいです)、メールアドレス、ご記入ください。ただ、すみませんが、1冊だけなので、もし複数の応募があったら、抽選ということにさせていただきます。締め切りは、16日(月)までとさせていただきます。当選した方には、追ってメールします。送り先等また、お聞きします。『幸運(シアワセ)をぐっとひきよせるハートのハッピーセッション』「これは、すべてのイヤなことを良きことに変え、疲れた自分を癒し、救い、甦らせる本です。運命を見違えるほど好転させる気づきのメッセージ満載」(帯の言葉より)★カインは生きている★旧約聖書のカインとアベルの物語土を耕す兄カインは、羊飼いの弟アベルを、殺してしまいます。そして、主に見つかり、「呪われたもの」とされます。さらに「しるし」をつけられ、永遠に死ぬことができない体にされてしまいます。日本の「呪う」の「呪」という漢字は、間違いなく、ここからきていると思われます。でなければ「兄」が、なぜ「呪」の漢字に入っているのか、わかりません。何度か述べているように、異論はあると思いますが、「聖書」というのは、基本的に、「事実」が書かれています。ですから、カインは、実際に死なない体になってしまったということになります。そうなると、「聖書」から言えば、カインはまだどこかで生きている!!ということになります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」 (旧約聖書「創世記」)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー実際、『アスカファイル(三)』(飛鳥昭雄)によると、カインは、この後起こる、「ノアの大洪水」をも生き延びたようです。不思議なことに、アララト山周辺には、2つの箱舟と思われるものが、発見されています。同書によると、ひとつはノアの箱舟だが、もうひとつはカインの乗った舟である可能性があると指摘しています。カインは、ノアの一家八人とともに、ノアの大洪水を生き延びていた。もし、カインを見つけて、カインを殺そうとするものがあっても、それは無理のようです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主はカインに言われた。「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」 主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。 (旧約聖書「創世記」)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーカインは今も生きている。。。なぜ、絶対神は、カインを永遠に死ねない体にしたのか。何か目的があるのでしょうか。それは絶対神にしか分からないのでしょうが、それでも、カインは、この世界の行く末を見つめていかなくてはならないということなのでしょう。
January 15, 2006
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▲葵:あれ?やけにおとなしくしているなあ、と思ったら、たいてい、何かをごそごそと触って、ぐちゃぐちゃにしていることが多いんだけど、何か?横顔がまた、おもしろい形。。。 ▲ありゃりゃ。。。見つかってしまったか。。。って顔してるんだけど、何か?★「ハートのハッピーセッション」抽選で一名様に無料プレゼント★いきなりですが…。 いやあ、やってしまいました(T_T)これで、何度目だろうかと、自分の記憶力のなさに、自信喪失なのですが。また、持っている本、ダブって買っちゃいましたぁぁぁ。(T_T)妻には、もちろん言ってません。言ったら最後、「またぁぁ!? 信じらんな~い!!!」と、怒られることは、ありありと目に見えているので、言えません。佳川奈未さんの本は、非常に好きでして、新刊を見たら、手が伸びてしまう人のひとりです。彼女の本、とにかくパワーがあるんです。読むだけで元気になる。やろう!できる!と思える。で、今回も、平台に積んであったので、あ、新刊が出たのか、と勘違いして、何か見たことあるなあと思いながらも、同じシリーズの新しいのかなと思い、レジに持っていってしまいました。そして、買ってから車の中で、「え?もしかして・・・」と思い、ぱらぱら見てたら、記憶が甦ってきて、「うえぇぇぇ。これ買ってるじゃないの!!」と。お金損したと、思ったのですが、これも何か意味があるはず、と言い聞かせて、これは、この本もう一回読めということなんだな、と思い、2日で、3回読みました。読みやすいので、20分くらいで読めてしまいます。今の自分に必要な本でした。やっぱり偶然はない!!!と、言い聞かせているというわけです。そう思わないとやってられないというのも、ないことはないのですが、でも、この本、今の自分の気持ちに、かなり入り込んできました。ということで、ぐだぐだと書きましたが、この本、2冊持っているので、売ろうかとも思ったのですが、妻にばれないうちに、誰かにもらってもらおうと思いまして(^^;、もし、この本読みたいという方いらっしゃったら、無料で差し上げますので、私書箱から、「本希望」と書いて、メールください。必ず、お名前(ペンネームでもいいです)、メールアドレス、ご記入ください。ただ、すみませんが、1冊だけなので、もし複数の応募があったら、抽選ということにさせていただきます。締め切りは、16日(月)までとさせていただきます。当選した方には、追ってメールします。送り先等また、お聞きします。『幸運(シアワセ)をぐっとひきよせるハートのハッピーセッション』「これは、すべてのイヤなことを良きことに変え、疲れた自分を癒し、救い、甦らせる本です。運命を見違えるほど好転させる気づきのメッセージ満載」(帯の言葉より)また、巻末に、●「傷ついたり、苦しんだりしている自己へのヒーリング―“ハートの浄化と癒し”のエネルギーワーク」●「イヤな人間関係やこじれた問題を良い解決に導く―浄化と鎮静と調和をもたらし愛の解決サポートを受けるワーク」というのが、ありまして、これが、なかなかおすすめ。また、紹介してみます。長い前置きになりましたが、本題へ!★シリーズ特別版★今回は、シリーズ特別版!ってまあ、そういう、たいそうなものでもないのですが、今「ヤマトタケル編」ということになっています。しばらく、続きそうです。。。「三種の神器編」に戻ることができるのか、心配になりつつあるのですが。で、最近、ひとつ気になることがあって、お正月も過ぎて、時期はずれな話題になりつつあるのですが、今見ておかないと、もう完全に時機を逸してしまいます。と、いうことで、「ヤマトタケル編」に、割り込む形になりますが、「特別版」ということで、予定では2回か、多くても3回で、見ていきたいと思います。日本のお正月は、イスラエルの新年を祝う「過ぎ越しの祭り」とそっくりである、ということはこのシリーズの前半で紹介しました。小麦粉で作った酵母を入れない「マッツア」とは、日本の「餅」とおなじであること。「苦菜」とは、「春の七草」と非常に似ていること。年末の大掃除や、年越しは徹夜で祝うことも共通しています。●イスラエルの「過ぎ越しの祭り」=日本の「お正月」そして、日本のお正月のなかで、ひとつ気になる風習があります。それは、元旦の朝、お雑煮を食べる前、一番最初に飲む飲み物。そう・・・「お屠蘇」です!素人考えでいえば、一番最初に飲むということは、一番大切な風習でもあるのではないか?と。では、この「お屠蘇」とは、どういう由来があるのか。「お屠蘇」について、インターネットから、見ていきたいと思います。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー元旦の朝は、家長が新年の挨拶をした後、お屠蘇を神にささげ「一人これを飲めば一家疾なく、一家でこれを飲めば一里なし」と唱えて、年少のものから順順に東を向いて、高蒔繪三つ組のお盆で飲んでいくのが習慣でした。http://www.gld.mmtr.or.jp/~sumiyosi/dentou(toso).htmーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーなるほど。私は、恥ずかしながら、このようなことした記憶がないですね…。「お屠蘇」って飲んだことないかも。。。です。では、「お屠蘇」とは、どういうものなのか?以下引き続き見ていきたいと思います。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお屠蘇の中身は何だろう?といいますと、6つの生薬からできています。(最近は大黄をぬいて5つの場合もあります)防風・桔梗・白朮・山椒・肉桂・大黄です。防風・桔梗=風邪薬として使われます。白朮・山椒=消化機能を高めます。肉桂=身体を温める作用があります。大黄=排便作用と消化機能の促進として使われます。以上のようにお屠蘇は、風邪を防ぎ、消化機能を整え、身体を温める作用かあり、正月という寒い季節にかかりやすい病気を防ぐものと言えます。また、大晦日に井戸の中につるしておく風習もあったようですが、これは井戸の浄化が、目的とされていたようです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーふむふむ。ややこしい生薬の名前ですねえ。では、お屠蘇の起源は?また、お屠蘇の名前の由来は?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお屠蘇の起源はと言いますと、漢の武帝の時代、華佗(かだ)と言う名医が発明したもので、日本に伝わったのは嵯峨天皇の弘仁二年(811年)でした。最初は宮中で飲まれていたのですがいつしか広まっていったそうです。名前の由来は「病気をもたらす(邪)を屠り、生命力、抵抗力(正気)を蘇えさせる」ところからきている様です。まさに年頭にあたって、病気の予防と、その年の健康を願う行事なのです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーなるほど。起源は中国なんですね。「お屠蘇」の由来も、説得力があり、それで、新年のスタートに飲むのか、と納得してしまいます。・・・。しかし・・・ですね・・・。それで、納得してしまうと、話が終りなわけで…(^^;ひとつ、常識的に考えれば、「お屠蘇」という名前、けっこう不気味ではないでしょうか?なぜなら「お屠蘇」の「屠」という漢字は、本来、「殺す」という意味があるからです!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【屠】(1)さく。動物を裂いて肉をばらす。(2)ほふる。(ア)人を殺す。(イ)牛馬などの家畜を殺す。(ウ)攻めほろぼす。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーなぜ、お正月、しかも、一番最初に飲む、縁起の良いはずの飲み物に「殺す」意味のある「屠」という漢字が使われているのか。「病気をもたらす(邪)を屠り」と言われると、あ、そうか、と思わず納得してしまいますが、本来の意味は、文字通り、動物や人を「殺す」ことです。「お屠蘇」という、よく見れば、ある意味、不気味で不可解な意味を持った、しかし、元旦の初めに飲むものですから、大事な飲み物。いったい「お屠蘇」には、どういう真意があるのか。次回、見ていきたいと思います。
January 14, 2006
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1月10日の夜は、お誘いを受けて、大和魂のレイキマスター風林火山まさかげさまとの遠隔レイキの交換ヒーリングをしていただきました。風林火山まさかげさまは、私含めて、5人の方に、同時に送っていたということで、そのときの他の方の体験を、こちらに書かれています。他の方、すごい体験をされています。他の4人の方は受けるだけだったということです。時間は30分。その間、風林火山まさかげさまに、私含め5人の方に送っていただきながら、私は、まさかげさまに30分送るという、同時並行の遠隔レイキです。やり方は、12箇所のポジションを2.5分ずつ、順に送っていきますとのことなので、私も同じように、やっていきました。自己ヒーリングしながら、相手に遠隔で送りながら、同時に受けているという状態ですが、感想としては、ものすごく増幅したエネルギーを感じながらの自己ヒーリングでした。「おお、きてる、きてる」と外から自分に向かってエネルギーが入ってきて、それを受けながら自己ヒーリングしているという感じ。グワーンという感じでエネルギーがきて、自分の周りだけが包み込まれるように思いました。そして、足元が、ぴりぴりしてきて、それがビリビリとかなりはっきりと感じるようになり、上へ上へと上がってきます。やがて右ひざが特に感じましたが、右ひざ全体を包み込むような感じでビリビリとしました。しばらく収まったかなと思ったら、またビリビリしてきて、右ひざに這い登ってくる感じでビリビリしてくる。その繰り返しでした。そして30分、12ポジション終わって、その後も、この右ひざにビリビリした感覚が、3回くらいきました。もう時間過ぎているのに、何でだろうと不思議でした。以下がまさかげ様の感想です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー昨夜はありがとうございました!すっごいエネルギーを感じましたよ!椅子から転げ落ちそうになりました(^^ゞまた、ろうそくパチパチ君が来てました!(最近遠隔をしていると起こる現象)ありがとうございました!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーということで、ありがとうございました。また、よろしくお願いします!無料遠隔レイキ募集しています。基本的には、「夜の11時頃から」ということで、していきたいと思います。15分くらいです。もし希望の時間あれば、おっしゃってください。調整できれば、させていただきます。無料で体験していただけますが、条件として、感想を書いてくださる方ということで、お願いします。簡単でけっこうですし、感じたままを書いてくだされば、と思います。感じなかったら、そのまま素直に書いてください。遠隔レイキ体験してみたいという方は、受け付けておりますので、私書箱までお願いします。折り返し、日程、時間などご連絡ますので、お互いに、都合のよいときを、調整していきましょう。何度でも、受けていただいてかまいません。また、遠隔レイキできる方は、遠隔の交換ヒーリングも、よろしければ、ぜひ、お願いします。してもいいよ、という方はご連絡ください。
January 14, 2006
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▲葵:えへへって感じですが、何か?▲葵:分厚い服着て、ぷくぷくに太ってるように見えちゃってるけど、あったかいのよ。でも、髪の毛はすーすーしてて、ちょっと寒いんですが、何か?きのうの続きですが、葵を見ていると、「な~んにも、悩みないからいいよね」と、よく言ってしまうのですが、葵は、そんなこと言われたって、もちろん分かってないでしょう。そういうことを言いたくなるような、こう純粋さがあるんですよねえ。これは、この頃の子どもみんなに言えることだと思います。これくらいの子は、おそらく、「今ここにいる」ということが、当たり前のようにできているのかな、と思います。じっと観察していると、とにかく、目の前のことを一生懸命している。将来どうなるんだろうとか、今日の晩ご飯は何だろう、とか、明日は何して遊ぼうか、とか、立派な大人になれるだろうか、とか、おねしょしたらどうしようとか、お母さんは私のことをどう思っているんだろうとか、そんなことは、もちろん一切考えてないわけです(^^;とにかく、今目の前のことを一生懸命している…ように見えます。そして、その姿は、ひたすらまっすぐ。顔つきを見ていても、ひたむきに何かしたり、口をムギュッとひん曲げて人目を気にせず眠っていたり、思いっきり笑ったり、思いっきり泣いたり、ありのまま、何も飾ってないし、何も周囲の目とか気にしてない。ほんとそのまんまだなあ、という感じ。ある意味、うらやましいです(^^;こっちも教えられることが多いなと思う、今日この頃です。では、本題へ!★ヤマトタケルノミコト編★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー▼ヤマトタケルノミコトの物語(古事記より)1 景行天皇・成務天皇2 倭建の命の西征(熊曾征討)3 出雲建4 倭建の命の東征(蝦夷征討)5 白鳥の陵(倭建命の死)●ヤマトタケルの兄殺しは、「旧約聖書」の、カインとアベルの物語がモチーフになっている可能性がある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「旧約聖書」のカインとアベルの兄弟での殺し。「聖書」に記されているなかでは、人類最初の殺人事件ということになるのでしょうか。アダムとエバが、エデンの園を追放されて、新しい地での最初の事件が、ふたりの息子の兄・カインによる、弟・アベル殺し。けっこう衝撃的です。このモチーフが、「古事記」のヤマトタケルの物語にも、見られます。しかも、こちらも、ヤマトタケルノミコトが登場して、一番最初の冒頭でいきなり兄を殺しています。どちらも、物語の最初…。偶然でしょうか…。どうも、シンクロしているような気がします。「2.倭建の命の西征」だけみれば、ヤマトタケルの兄殺しは、非常に唐突で、「え?」とびっくりします。しかし、その前の「1.景行天皇・成務天皇」の部分を見れば、理由らしき記述があります。どうも原因は、小碓命(ヤマトタケル)の父親、第12代、景行天皇と、兄大碓命の確執にあるようです。以下、その「1.景行天皇・成務天皇」より、現代語訳で見てみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ここに天皇は、三野の国の造の祖先の大根の王の女の兄比売(えひめ)・弟比売(おとひめ)の二人の嬢子が美しいということをお聞きになって、その御子の大碓の命を遣わして、お召しになりました。しかるにその遣わされた大碓の命が召し上げないで、自分がその二人の嬢子と結婚して、さらに別の女を求めて、その嬢子だと偽ってたてまつりました。そこで天皇は、それが別の女であることをお知りになって、いつも見守らせるだけで、結婚をしないでその嬢子をお苦しめになられました。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつまり、景行天皇は、美しいという二人の娘を、自分の后にと思い、大碓命に、連れてくるように命じます。それなのに、大碓命は、その二人の娘を、天皇に差し出すどころか、自分の后としてしまうという、裏切り行為をしています。そして、そのことを天皇は知ってしまったと。そのあと、ヤマトタケルの兄殺しが、出てくるわけです。朝夕の食事に大碓命が出てこないのは、悪事がばれて、天皇に合わせる顔がなかったのか、後ろめたかったのかもしれません。そして、天皇が小碓命に、「引き受けて教え申せ」と言われています。それに対して、「教えました」と言って、いともあっさりと、兄を「厠で兄の手足を折って投げ捨てた」と言います。これは、父親である、景行天皇の気持ちをくみ取って、兄を罰したということなのでしょうか。それにしても、英雄にはふさわしくない行動でもあります。これは、「整体師Sさま」が指摘してくださったように、カインとアベルの物語を象徴的に組み込んだと考えられます。★カインの弟殺し★今度は「旧約聖書」の創世記。アダムとエバが、エデンの園を追放されたあと、二人の生んだ息子のカインとアベルの物語。弟のアベルは羊を飼う者となり、兄のカインは土を耕す者となります。 主は、カインとアベルの捧げ物をみて、結局アベルの捧げ物だけに目を留めます。無視されたカインは、激しく怒って、アベルに対して行動に出ます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。 主はカインに言われた。「お前の弟アベルは、どこにいるのか。」カインは答えた。「知りません。わたしは弟の番人でしょうか。」 主は言われた。「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。 今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」 (旧約聖書「創世記」第4章4節~12節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「聖書」と「古事記」は関係がありますが、同時に、「聖書」と「日本の漢字」も、密接な関係があります。日本の漢字は、ヘブライ密教の「カバラ」が駆使されて、中国の漢字をより深化させた文字、といえます。ということは、一言で言えば、「漢字」には、「聖書」の物語が組み込まれている!!ということになります。上記にあげた「聖書」の部分ですが、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。 今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここから、ある漢字が浮かび上がってくるような気がします。今気がつきましたが、おそらく、間違いないでしょう。弟の血が土に滴り落ちていたため、カインが弟を殺したことを隠しても、土の中から、主に向かって叫んでいるといいます。つまり、隠し通すことができない。ばれている…、と。「土」のなかから、「口」をつかって叫んでいる・・・。浮かび上がってくる漢字は、「吐く」!!実際に、「吐」という漢字を、漢和辞典で見ると、「(1)はく。もどす。(2)あらわす。のべる。(3)うちあける。もらす。(4)ひらく。」とあり、「うちあける。もらす。」という意味があります!「吐く」とは、旧約聖書のカインとアベルの物語からきていた…。その可能性は高いと思います。そしてもうひとつ浮かび上がる漢字があります。先の続きの場面です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーカインは主に言った。 「わたしの罪は重すぎて負いきれません。 今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり、わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、さすらう者となってしまえば、わたしに出会う者はだれであれ、わたしを殺すでしょう。」 主はカインに言われた。「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」 主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。 カインは主の前を去り、エデンの東、ノド(さすらい)の地に住んだ (旧約聖書「創世記」第4章13節~16節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。」弟アベルを殺してしまったカイン。「兄カイン」は、主より土地から追放され、「呪われるもの」となります。●兄・カイン=呪われるものさらに、彼が死なないように「しるし」をつけられたとあります。これによって、カインは、永遠の死ねない体を持つことになったようです。なぜ、「呪う」の漢字は「口」+「兄」なのか・・・?ここまでくれば、もう明白です。「聖書」のカインとアベルの物語に由来するとしか思えません。そう、「兄」とは、「カイン」のこと。「口」とは、「はじめ」という意味がありますので、「人類最初に主から呪われたもの」という意味合いでしょうか。あるいは、口にすることとは、「しるし」でもある、ということで、印をつけられたことを意味しているのかもしれません。さらに思い付きをあげれば、アベルを殺したあと、「お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。」と主がいいます。ここから、こういう見方もできるような気がします。土の中から、弟の血が、カイン(兄)であると、叫んでいる(口にする)。そして、そのことが主にばれてしまったため、カインは、「呪われたもの」になった!だから、●「呪」=「口」+「兄」 =「口にする=叫んでいる」+「兄カイン(の罪を)」 =「呪われしもの・兄カイン」いずれにしても、「呪う」に「兄」という漢字がつかわれているのは、「カイン」を指しているとしか思えません。「兄」=「カイン」であり、「カイン」は、人類「はじめに」呪われたものであり、「しるし」をつけられた…。「呪」は、カインとアベルの物語から象徴的につくられた漢字である!!
January 12, 2006
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▲葵:わきゃきゃって感じで笑ってますが、何か? ▲葵:な~んにも悩みがないって顔してますが、何か?葵を見て、「いいなあ、あおいちゃんは。何も悩みがなくって!」と言ったら、妻に、「この頃から悩みが、あったら怖いよぉ…」と。うん、まあ、確かにそのとおり…。ということで(?)、早速、本題へ!★ヤマトタケルノミコト編★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「古代イスラエルの三種の神器」=「日本の三種の神器」!!●「十戒の石板」=「八咫鏡(やたのかがみ)」●「マナの壷」=「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」●「アロンの杖」=「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」 ●スサノオ命の八岐大蛇退治=天叢雲剣●ヤマトタケルノミコトの東征=草薙の剣▼ヤマトタケルノミコトの物語(古事記より)1 景行天皇・成務天皇2 倭建の命の西征(熊曾征討)3 出雲建4 倭建の命の東征(蝦夷征討)5 白鳥の陵(倭建命の死)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー前回は、「1 景行天皇・成務天皇」で、気になるところを少し取り上げてみました。そして、今回は、「2 倭建の命の西征(熊曾征討)」について、見ていきたいと思います。「ヤマトタケルノミコト」の物語は、「古事記」と「日本書紀」を読んでみると、特に前半が、けっこう違います。しかし、それをみていくと、訳が分からなくなりそうなので(^^;、「古事記」中心で、今後も見ていきたいと思います。「ヤマトタケル」の物語の実質的なはじまりは、この「倭建の命の西征」からです。そして、「古事記」で、一番最初に描かれるのが、この弟の倭建命こと、「小碓命(オウスノミコト)」が、兄の「大碓命(オオウスノミコト)」を殺す場面。日本神話最大の英雄「ヤマトタケル」の物語が、「兄殺し」から描かれるとは、衝撃的といえば、衝撃的な冒頭です。それも実にあっさりと。その場面を「古事記」現代語訳から、見てみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー天皇が小碓の命に仰せられるには、「お前の兄はどうして朝夕の御食事に出て来ないのだ。お前が引き受けて教え申せ」と仰せられました。かように仰せられて五日たってもやはり出て来ませんでした。そこで、天皇が小碓の命にお尋ねになるには「どうしてお前の兄が永い間出て来ないのだ。もしやまだ教えないのか」とお尋ねになったので、お答えしていうには「もう教えました」と申しました。また「どのように教えたのか」と仰せられましたので、お答えして「朝早く厠(かわや)にお入りになった時に、まっていてつかまえてつかみひしいで、手足を折って薦(こも)に包んで投げ捨てました」と申しました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーという風に、実にあっさりと、兄を殺してしまっています。不気味というか、なぜ殺したのか、これだけの記述では、よく分かりません。朝夕の御食事に出ないから、殺した、くらいの理由しか、ここからは読み取れません。黒岩重吾さんの「白鳥の王子 ヤマトタケル」では、今日、ちょうど一巻の終盤まで来て、弟の「小碓命(倭建命)」が、兄の「大碓命」を殺す部分が描かれますが、「古事記」の記述から、行間を埋めるように、実に見事な想像力で補っていました。この解釈があっているとか、あってない、ということではなくて、ああ、こういう解釈もできるのか,という想像力のすばらしさを感じました。この小説の展開には、想定の範囲外、の一言です。これはあくまで小説ですが、それでもすばらしい。結局この兄殺しで、景行天皇は、息子である「ヤマトタケル」の乱暴な心を恐れて、西の熊曾建二人を討つように命じます。そして、この兄と弟の殺しにおいて、整体師Sさまより、非常に興味深い、鋭いご意見をいただきました。ありがとうございます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーヤマトタケルノミコトの話。兄、弟の話で兄弟が他方を殺す記述では、カインとアベル(旧約)の話と似ていませんか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ヤマトタケル」と「聖書」との関連をみる、と言っておきながら、このことには全く気がつきませんでした。しかし、これは、「ヤマトタケル」の他の部分が「聖書」との関連がけっこうあることを思えば、まさに、この「兄弟が他方を殺す」という物語、「カインとアベル」の話とシンクロしてくると思えます。「カインとアベル」とは、「聖書」で言えば、人類の祖となる「アダム」と「エバ」から生まれた子どもになります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーさて、アダムは妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み、「わたしは主によって男子を得た」と言った。 彼女はまたその弟アベルを産んだ。(旧約聖書「創世記」第4章1節~2節) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして、弟・アベルは羊飼いに、兄・カインは土を耕すようになります。これは、アベルが遊牧民族の祖であり、カインが農耕民族の祖ということになるのでしょうか。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者となった。 時を経て、カインは土の実りを主のもとに献げ物として持って来た。 アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。 主はカインに言われた。 「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」 カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。 (旧約聖書「創世記」第4章2節~8節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「聖書」では、兄・カインが、弟・アベルを殺した、とあります。「古事記」と比較すれば、弟・小碓命(ヤマトタケル)が、兄・大碓命を殺したわけですので、兄と弟は、逆の立場になります。兄弟が、逆ではありますが、兄弟同士の殺人であることは変わりありません。もしかしたら、「聖書」と「古事記」で、兄と弟の立場が「逆」であることも、「古事記」の編纂者からしたら、意図的なものかもしれません。なぜなら、日本は、三種の神器のひとつでもある「鏡」が、非常に重要視されているからです。鏡に映すとことで、「逆」になったり、「反転」したり、ということが象徴的に込められている場合があると思われるからです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー兄=カイン【殺人者】=大碓の命 【被害者】←ここが弟=アベル【被害者】=小碓の命(ヤマトタケル)【殺人者】←逆になるーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいずれにしても、こうしてみていくと「ヤマトタケル」の兄殺しは、「聖書」のカインの弟殺しと、関係があると思えてきました。なぜそう言えるのか?それは、一見日本人には全く関係のない「聖書」が、実は、現存する日本最古の書物「古事記」と密接に関係していると思われるからです。この部分だけでなく、全体的にみても「古事記」は、「聖書」の関わりが、いくつも見られますし、「古事記」は、「聖書」の影響を多分に受けています。それは、「聖書」の思想、もっと言えば、イエスキリストの思想を受け継いだ集団や、旧約の民であり、いまだ行方の分からない「イスラエルの十支族」が、日本へやってきていると思われるからです。そして、日本は多神教にみえて、古事記の冒頭には、唯一絶対神、あるいは、絶対三神へと帰結することが、堂々と示されていることから、キリスト教でいう「絶対三神」と同じになります。日本の神道の根幹には、「聖書」が深く関わっていると言えそうです。今回は全面的に整体師Sさまの示唆から書かせていただきました。ありがとうございます。私が書いた部分は、いい加減な部分もあるかと思いますが、カインとアベルの話とは、確実に関係ありそうですね!
January 11, 2006
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今回はレイキ遠隔の交換ヒーリング3件です。すぐ書けばいいものを、ためてしまって・・・(^^;少し前になりますが、1月7日の夜12時から、yucyuke55さまと、遠隔レイキの交換ヒーリングをしていただきました。yucyuke55さまとは、2回目になります。いつも快くお願いを聞いてくださって、感謝します!先に私が、送らせていただきましたが、その時のyucyuke55さまの感想です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーほぼ開始時刻と同時に両手・両足がシビれたような感覚になりました。それは終始続き、最後のほうは体中がポカポカして逝ってしまうトコでした(笑)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして、今度はyucyuke55さまに送っていただきました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今回は少しやり方を変えてみましたがどうでしたか?ヘッドの4ポジションを済ませ、最後はずっと両足に手を当ててみました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー手のぴりぴり感から、始まりましたが、途中から、お腹と足に何というのか、うまく言えませんが、違和感というのか、エネルギーが流れる感じがあり、じっとしていると居心地が悪くなって、何度か座り方を変えた記憶があります。また、最後のほうは寝てみたり。実験精神旺盛な、yucyuke55さまのレイキ活用法は大変勉強になります。日常のなかでのレイキの使い方など、改めてどこでも使えるんだという発見もありますし、「美顔レイキ」やハゲ防止レイキには、笑わせてもらいました。いや、笑うどころか、ハゲ防止レイキ、これから毎日しなくては(^^;これからも、いろいろなレイキの実験など楽しみにしています。今回の遠隔も、事前に、yucyuke55の不調ヵ所を当ててみて、という宿題をいただきました。全体的に目の前のイメージでスキャンしてみたり、自己ヒーリングのときに手を当てているなかで、何となく後頭部と、足に強いエネルギーを感じて、あと胸に手を当てている時に、手のぴりぴり感が強かったので、そのことを告げたら、胸と後頭部だったら、不調ヵ所になるということでした。ただ、まだ、こういう微妙な感覚を、はっきりとつかむとこまではいってないので、経験積んで感覚的なものも磨いていきたいと思います。これからもよろしくお願いします。 ※ ※ ※ ※ ※ ※次の日の1月8日は、おふたりの方に、交換ヒーリングしていただきました。感謝です!夜の8時半から、慈雨さまとしていただき、まずは、送っていただきました。そして15分後に、こちらから送りました。ほぼ、慈雨さまの日記と同じ内容になりますが。私の方の感想。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(慈雨さまの遠隔を受けた時)手のぴりぴりからきました。そして、キィーンという感じで、自分の周りの空間が包まれるような感覚。しばらくその状態が続きました。最後の5分くらいでしょうか、顔に目の前のもやもやしたものがよぎったり、紫っぽい色のゆらゆらっとしたものが、見えたり消えたり。同時に後半、後頭部にエネルギーが流れてくるものを感じました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー15分たって、今度は、私が送らせてもらいました。送ったときは頭が受ける時と同じように、キィーンという感覚がありました。あとは、しながらけっこう寝そうになっていました。(^^;▼慈雨さまの受けた感想ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今日は指の先からピリピリが来ました。手が覆われた感じの後、首筋から背骨が熱くなりました。眠気もきてました。頭があんまりうわんうわんするので、じっと無理に動かないのがいけないんだっておもって(なぜか思った)自由にさせたら首がぐるぐる右回りに回り始めました。気がつけば、頭のてっぺん(第7チャクラ??)に、小さな鳥でも乗って歩き回ってる感じ。もやもや、ごそごそ。髪の毛がドラゴンボールのゴクウみたいに、逆立ってる感じ。何かでてるのか入ってきてるのか、、こそばかゆい。。のあと、閃光がよぎって。。時間になってました。頭のてっぺんの鳥は帰ったようです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーと、いうことです。鳥さんには帰っていただいて、よかったです(^^;ありがとうございました!またよろしくお願いします。 ※ ※ ※ ※ ※ ※そして、次は10時から、じゅんナースさまと。突然のお願いを快く聞いてくださいまして、ありがとうございます。ご縁に感謝です。10時から、まず私が送らせていただき、15分後に、じゅんナースさまに送っていただきました。その時の日記はこちらから。▼じゅんナースさまの受けた感想。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー最初足から温かくなりました。しばらくはあまり感じなかったのですが、後半頭がぼーとするような感じがしばらく続いていました。ただからだがだるーーーーく、だるーーくで終了したかな。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそのとき、レイキを送ったこちらの感想です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー全体的に、送りながら、頭により強いエネルギーを感じました。 ウォーンという感覚で包まれている感じ。特に頭が。 胸に手を当てている時も、頭が気になっている状態でした。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして、今後はじゅんナースさまに送っていただきました。その時受けた私の感想を。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーまず、手のひらがぴりぴり、その後、手のひらの上でもやもやしたものが動く感覚。そして、先の、ウォーンという感覚に頭が覆われる状態。後半、頭の中心よりやや右あたりの一点が、むずむずして、そこからエネルギーが入ってくる感じが、ずっと最後まで続きました。また、体全体が、ブルブルッとするような感じがありました。終始エネルギーに覆われている感じで、とても心地よく、終わってから、何度かパソコンの前で寝かけていました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーということで、じゅんナース様、ありがとうございます。また、よろしくお願いします。無料遠隔レイキ募集しています。基本的には、「夜の11時頃から」ということで、していきたいと思います。15分くらいです。もし希望の時間あれば、おっしゃってください。調整できれば、させていただきます。無料で体験していただけますが、条件として、感想を書いてくださる方ということで、お願いします。簡単でけっこうですし、感じたままを書いてくだされば、と思います。感じなかったら、そのまま素直に書いてください。遠隔レイキ体験してみたいという方は、受け付けておりますので、私書箱までお願いします。折り返し、日程、時間などご連絡ますので、お互いに、都合のよいときを、調整していきましょう。何度でも、受けていただいてかまいません。また、遠隔レイキできる方は、遠隔の交換ヒーリングも、よろしければ、ぜひ、お願いします。してもいいよ、という方はご連絡ください。
January 10, 2006
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▲葵:妙にリラックスして、笑顔も妙にさわやかなんですが、何か?黒岩重吾さんの「白鳥の王子 ヤマトタケル」の「大和編」も、おもしろくなってきました。英雄「ヤマトタケル」が、血肉を持った人間として、描かれていく。古事記には、ヤマトタケル(小碓命)が、兄である、大碓命を、殺してしまうことが、実にあっさりと書かれています。しかし、黒岩ワールドは、この兄弟の確執と愛情を、じっくりと描いています。どういう経緯で、弟が兄を殺してしまうのか?読んでいる中では、まだ、兄は殺されていませんが(^^;、このあたりもどう描かれているのか、興味深いところです。そして、今度は、「南総里見八犬伝」に興味がでてきました。この前テレビでやってたのに、見逃してしまいました。在庫あるか分かりませんが、現代語訳を、楽天ブックスで注文しました。トップページに、お気に入り登録させていただいている1999年から【7の月★イザヤ書で日本を開く時】によると、「聖書」の歴史と「八犬伝」の物語は、シンクロするものがあるようなのです。今になって、「南総里見八犬伝」に興味がでてきましたが、今年読まないといけないような気がしてきました。なぜなら、今年は、「戌(犬)」年!(^^;黒岩重吾さんの「ヤマトタケル」に、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」。ともに長い・・・。かなり、楽しめそうです(ちょっと苦しみつつかも)。では、本題へ!★「ヤマトタケルノミコト編」★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「ヤマト」=「ヤ・ウマト」=「絶対神ヤハウェ・民族」=「神の民族」!●失われた十支族の族長「ガド」の息子「ツェフォン」=「ゼッポン」=「ジッポン」=「ニッポン」=「日本」!●「天皇」=「ミカド(帝・御門)」=「ミガド」=「ミ・ガド」=「失われた十支族のガド族出身の者」!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「ヤマト」「ミカド」「ニッポン」といった言葉が、ヘブライ語からみていくと、古代イスラエルの十支族や、絶対神ヤハウェといった存在と繋がってくる…。これをただの偶然とするのは、簡単ですが、「言葉の(偶然?の)一致」だけではなく、実際に、日本に、ヘブライとを結びつける「物証」があるとしたら?イスラエルの三種の神器とは、象徴的に組み替えられてはいますが、間違いなく、日本の三種の神器になっています。そして、イスラエルの三種の神器のひとつは、象徴的に、今も堂々と、その存在を、主張しています。これについても『失われたイスラエル十支族「神武天皇」の謎』には書かれています。もう少し先で、たぶん…取り上げることになると思います。今回は、話を「ヤマトタケルノミコト」に戻します。「三種の神器編」だったはずが、「ヤマトタケルノミコト編」にすりかわっています…。話がそれてそれて、それまくっていくのは、得意なことで(^^;、いつものことといえば、いつものことなのですが…。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「古代イスラエルの三種の神器」=「日本の三種の神器」!!●「十戒の石板」=「八咫鏡(やたのかがみ)」●「マナの壷」=「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」●「アロンの杖」=「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」 ●スサノオ命の八岐大蛇退治=天叢雲剣●ヤマトタケルノミコトの東征=草薙の剣▼ヤマトタケルノミコトの物語(古事記より)1 景行天皇・成務天皇2 倭建の命の西征(熊曾征討)3 出雲建4 倭建の命の東征(蝦夷征討)5 白鳥の陵(倭建命の死)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー★景行天皇の時代★「ヤマトタケルノミコト」の生涯に沿いながら、ここでは、古事記中心に見ていこうと思います。これは、素人考え、思いつきなど中心ですので、間違い、思い違い、勘違いは、多々でてくると思います。ご了承ください。そして、主に「日本神話」と「聖書」との関連から、見ていくことになると思います。今回は、1 「景行天皇・成務天皇」の部分で気になった部分を見ていきます。「ヤマトタケルノミコト」は、第12代の「景行天皇」の子として生まれます。はじめから、「倭建命(ヤマトタケルノミコト)」と呼ばれていたわけではなく、幼名は「小碓命(オウスノミコト)」や「倭男具那(ヤマトオグナ)」と呼ばれていました。景行天皇の宮とは纒向の「日代宮(ひしろのみや)」にあったと記されています。この地は、今でいう、奈良県桜井市穴師あたりになるようです。インターネットより、そのあたりについてみてみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー古代纒向の地は、初期ヤマト政権が誕生した地とされ、『記・紀』によると、11代垂仁天皇「纒向珠城宮(まきむくたまきのみや)」(師木玉垣宮)や12代景行天皇「纒向日代宮(まきむくひしろのみや)」(纒向之日代宮)などが存在したとしている。http://www2.begin.or.jp/sakura/maki01.htmーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「纒向(まきむく)遺跡」は、かつて、広範囲にわたる最古の都市機能を有していたようで、「大和朝廷」を考える上で、かなり重要な地であることは間違いありません。それと、この地は不思議なことに、「縄文式土器」と「弥生式土器」が入り混じって出土する地であることも、ひとつの重要な要素だといえるようですし、古代史の謎のひとつであり、謎を解く鍵ともなるようです。さらに、もうひとつ注目すべきこととして、この地には、古墳時代の初期においては、最大級の「箸墓古墳」のある場所です。纒向遺跡の全体的な位置について、ちょっと長いですが、これも先のインターネットよりみてみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー桜井市の北部、天理市と境を接し、烏田(からすだ)川と巻向川に挟まれた扇状地上に纒向遺跡がある。この遺跡の位置する奈良盆地東南部は、県内はもとより全国でも屈指の前期古墳集中地帯で、遺跡北側には黒塚古墳・行燈山(あんどんやま)古墳(崇神天皇陵)・渋谷向山(しぶたにむこうやま)古墳(景行天皇陵)などがあり、遺跡内には箸墓古墳をはじめ、纒向石塚古墳・勝山古墳・矢塚古墳・東田(ひがいだ)大塚古墳・ホケノ山古墳が存在し、これら一帯は大和(おおやまと)古墳群の範疇に含まれている。 一方東側には、三輪山・巻向山・瀧王山が聳え、これらの山々から珠城山(たまきやま)古墳群を通り、西側の纒向遺跡に向かって緩やかな傾斜地が広っている。 纒向遺跡の範囲は、JR巻向駅を中心に東西約2km・南北約1.5kmで、旧纒向村10ケ大字中、穴師(あなし)・草川・巻野内・辻・太田・大豆越(まめごし)・東田(ひがいだ)の7ケ大字と旧織田村の箸中を含む合計8ケ大字にわたって広がる。http://www2.begin.or.jp/sakura/maki01.htmーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー地名の羅列で、ちょっと分かりにくいですね。。。いろんな遺跡が集中しているということです・・・(^^;ともかく、この「纒向」の地を中心とした、「景行天皇」の子どもが、「倭建命(ヤマトタケルノミコト)」とされているのも、ポイントなのかもしれません。「倭建命」とは、「倭(やまと)」=「大和」を、「建国」した、という象徴になっていると思われるからです。ヤマトタケルノミコトの父親、景行天皇の時代、「纒向」の地が、中心であり、ここが、「初期大和政権の誕生した地」であることになります。そして、そのことが、子どもである「倭建命」の名に込められている。また、「初期大和政権の誕生した地」ということは、ちょうどこの時期、「大和朝廷」の前、「倭(わ)」の国から、「大和(やまと)」へ移り変わった時期とも、重なってくると思われます。そのことが、「ヤマトタケルノミコト」の、古事記の「倭建命」と、「日本書紀」の「日本武尊」の表記の違いなのかもしれません。「倭建命」の「倭(やまと)」は、もともと「倭(わ)」と読みました。「日本武尊」の「日本(やまと)」は「日本(ニホン・ニッポン)」でもある。そして、「倭(わ)」と「日本(やまと・ニッポン)」は、別の国であり、「倭(わ)」から、「日本(やまと・ニッポン)」への移り変わりを象徴しているのではないか、とも思いました。いずれにしても、今も調査が進められている「纒向(まきむく)遺跡」は、今後「箸墓古墳」を含めて、かなり注目される時がくるかもしれません。次は、「2 倭建の命の西征(熊曾征討)」について、気になる部分を見ていきたいと思います。
January 9, 2006
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お正月は初詣も行かずに、のんびりとしていたので、今日は、初詣もかねて、毎年行く御上(みかみ)神社へと行ってきました。と、いうことで、写真多用して、文を少なくして、楽しようかなと(^^;御上神社は、滋賀県では有名な、近江富士と称される「三上山」の麓に鎮座する静かなたたずまいの神社です。すぐそばには国道8号線が走っていて、交通量も多いところなのですが、一歩神域に入ると、それも嘘のように、ピンとした空気が張りつめていて、静かです。今日は参拝の人でそこそこ、にぎわっていました。三上山については、昨年の誕生日の日、8月6日に初めて登ったことがあり、その時は、足はがくがくで、心臓バクバクで、死にそうになったことがありました。(^^;その時のこと、日記にも書いていました。「近江富士」三上山への登山はこちら「近江富士」三上山への登山はこちら「近江富士」三上山への登山はこちら「近江富士」三上山への登山はこちら「近江富士」三上山への登山はこちら御上神社は、家から車でほんの10分、三上山を毎朝拝しながら、会社にいけますので、いいです。日々表情が違うというのか、山並みの状態、空の雲の状態など、微妙な変化を感じながら、眺めてます。三上山は、とてもきれいな形をしていて、見ているだけで、エネルギーをもらえるような、素敵な山です。▲葵:鳥居をくぐったところ▲立派な楼門▲その楼門をくぐったところ。雪がまだけっこう残っていました。おさるさんみたいな葵が、ぽつんと突っ立ってます。▲社務所の風景。▲国宝の本殿。▲透萌(ともえ)と私(^^;ふたりとも、まぶしくて目を開けてられなかった・・・。さらにフラッシュをたいたみたいで、顔よく分からないし、のっぺりして変ですが、かえって分からないしいいや、と。
January 8, 2006
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今回は遠隔レイキの交換ヒーリングの感想です。昨年のことですが(^^;12月25日、クリスマスの夜、あやや♪さまと、遠隔レイキの交換ヒーリングをしていただきました。その日、あややさまは、サードのアチューメントをヒックルさまから受けられた日で、マスターレベルになったあややさまのレイキを、早速体験することができました。私が先に、送らせてもらいました。まず手のひらがぴりぴりして、軽く圧迫されるような感じが続きました。足先もあたたかい感じ。少しずつ体があたたまってくるような感じで、途中ずっと心地よかったです。寝そうになりました。一度だけ咳が自然に出てきました。その時の、あやや♪さまの感想を、引用させていただきます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー何ヶ月か前にレイキサークルをすることになってて (最終的には中止になったのですが) ことはさん→あたしの順番だったんですね。 で、ことはさんは中止になった事を知らなくて送ってきてくれてました 笑 その日、遠隔は初めてだったんですが、すごい手足がピリピリ・・・ 「あ、ことはさん・・送ってきてる(-。-;)」て解りました☆その感覚をまだ覚えてたので、その夜もドキドキ。先に送ってきてもらって、15分後、あたしから送り返しました。 前回同様、手足がピリピリ・・。 そして目をつぶってゆったりしてると紫色の光がゆらゆら~♪ それと同時に、耳元がザワザワ。 なにやら違う周波数に合いそうな感じでした>何も聞こえなかったけど 泣 最後は、上から下にエネルギーが抜けていくのを感じ、スッキリ!! だいたいの人は、気持ちよくて眠くなったりするのですが、 この時のあたしは、めちゃくちゃ元気になってましたわ(^^) 夜更かしして、次の日も妙なテンションで1日を終えました♪ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーと、いうことでした。アチューメントと、遠隔でますます元気になったということで、よかったです(^^そして、今度は私が受ける番。その時の私の感想を。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーまず、時間になって、手のぴりぴり感がしてきました。 しばらくして、足のほうが少しじりじりする感じ。 そして、顔のあたりをエネルギーで包まれる感じ。 途中から、心地よさからか、半分寝ているような状態でした。 で、はっ…と、気がついたら、20分オーバーしていました(^^; ということで、心地いいエネルギーいただきました。 ありがとうございます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーマスターレベルのあややさまの遠隔に、心地よくて、ほぼ、寝てしまったというわけです…。そのときの、あややさまの日記はここから。ありがとうございます。またしましょうそして年が変わって2006年。それも元旦。遠隔レイキの交換ヒーリングのお相手は、整体師Sさま1度していただきたいとは思っていたのですが、元旦から、遠隔をしていただき、私としては、とてもいいスタートをきれたと思っています。ありがとうございます。先に、整体師Sさまに、送っていただきました。その時の受けた感想です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーまず、とても精妙なエネルギーが、まとわりつくような感じというのでしょうか、そういうものを感じました。そして、何かこう体をじっくりと見られているのかなあ、という感じ(^^;まあ男同士なので、変な意味ではないのですが。途中静かな心地よさ。遠隔が終わった後は、体が本当にすっきりとしていました。また、その日の夜、実家で食べ過ぎて、胃腸がパンパンだったのですが、それまでの自己ヒーリングでだいぶ解消されていました。それがさらに、すっきりとした感じになっていました。ありがとうございます!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそして、15分から、送らせていただきました。その時の整体師S様の日記を引用させていただきます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー昨夜、21:00~リンクしてくださっていることは(^_-)☆さんと遠隔による交換セッションを行いました。。。「はぁ~、もぅ~、ぽわ、ぽわ、ぽわ。。。」と(訳わからんって?)そんな感じでした。さすが靈氣師範のエネルギーですね。。気持ちよございます。。。詳しいレポートは、ことは(^_-)☆さんのブログを見て下さいね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーと、いう訳の分からない・・・、あ、いえ、いえ、そんなことないです、すみません、冗談です・・・、え~、ともかく、感じていただいたようで、ホッとしています。それよりも、こちらの感想書くのが、遅くなってすみません。それと驚いたのが、遠隔が終わって、すぐに送られてきたチャネリングレポート。え?あの15分でどうしてこういうことが分かるんだろう、という内容でした。特に第3チャクラの部分は、自分自身弱いと自覚しているところだったので、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー第三チャクラの回転が遅いような気がします。胃腸に負担を掛けないようにしましょう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーという部分には、びっくりしました。自分も、そういう感覚がつかめるようなりたいなと。そして、15分後、今度はわたしが送らせていただいたときの、整体師Sさまの感想を。先ほどの整体師Sさまのお言葉「はぁ~、もぅ~、ぽわ、ぽわ、ぽわ。。。」の現代語訳、といいますか、かなりの超訳というか(^^;ともかく、掲載させていただきます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下が、私が受けている時の感想です。始まってすぐ、薄青い光のモヤに包まれました。目をあけてても感じることのできるエネルギーです。両手の中に回転する重量感のあるエネルギーを感じました。足の裏が暖かくなりました。全体的に優しいものに包まれてほんわか気分になれました。これがことはレイキなんだろうなと思いました。あまり、受ける側になったことがないもので、漠然とした感想ですが私の感覚で書いてみました。正月からいい気持ちです。。。ありがとうございました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーと、いうことでした。ありがとうございました。また、よろしくお願いします。 きのうの夜は、yucyuke55さまと、交換ヒーリングさせていただきました。また感想など書かせていただきます。急なお願いを聞いてくださってありがとうございます。
January 7, 2006
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▲アマゾンで注文した本。インターネットだと、ほしい本があれば、ボタンひとつで買えてしまうので便利な反面、使いすぎる危険性もあり、私などは、何度も、妻に怒られます(^^;最近、日本神話、最大の英雄とも称される、「ヤマトタケルノミコト」に興味がむくむくと湧いてきて、黒岩重吾さんの小説「白鳥の王子 ヤマトタケル」を注文してしまいました。足掛け12年にわたり、ようやく完結したとうから、すごい。大作です。あと、終焉の巻がありますが、とりあえず、五冊購入。最初の巻「大和の巻」を読み始めましたが、面白いです。古事記や日本書紀では、分量そんなにないですし、謎も多い人物です。その「ヤマトタケル」を、全6冊という分量に膨らますというのは、作者の想像力の豊かさでしょう。ロマンあふれる物語に生まれ変わって、ヤマトタケルがどう活躍していくのか。楽しみつつ読んでいこうと思います。それから、楽天ブログで、お気に入り登録させていただいている藤森緑さまの小説『君の笑顔に会いたい』本の裏から、引用させていただきますと。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー人気プロ野球選手である青年が、ファンとして球場に通っていた聴覚障害者の少女と出会い、周囲に対して頑なであった心を徐々に開いていく様子を描く。感動の純愛ストーリー。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれも、読むのが非常に楽しみです。ちなみに、藤森さま、『強運をつかむ88のヒント』という本も書かれていますが、こちらも、非常に感銘を受ける本で、生き方のヒントがぎっしりです。おすすめです。あと、一冊は「レイキ」の本。小さいながら、写真や図も豊富で、非常にわかりやすく書かれているイメージ。とっても勉強になりそうです。では、本題へ!★日本という国名の謎★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「古代イスラエルの三種の神器」=「日本の三種の神器」!!●「十戒の石板」=「八咫鏡(やたのかがみ)」●「マナの壷」=「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」●「アロンの杖」=「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」 ●スサノオ命の八岐大蛇退治=天叢雲剣●ヤマトタケルノミコトの東征=草薙の剣●「倭(わ)国」と「日本国」は、別の国である。●「日本国(大和国)」が、もともと小国で、「倭国」を併合した。そのため、「倭」は、「日本」という国名になった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「倭国」と「日本国」は別であったということが、中国の歴史書「旧唐書」に記されています。しかも、「日本国」が、「倭国」を支配するようになったとも。「日本」の別名といってもいい「大和(ヤマト)」という言葉は、「ヤ=絶対神ヤハウェ」+「ウマト=民族」からなる複合語です。●「大和(ヤマト)」=「ヤ・ウマト」=「神の民族」では、「日本」という国名は、どこから来たのか?結論からいえば、これも「ヤマト」と同じく、ヘブライ語からきていると指摘されています!本当なのでしょうか…。見ていきたいと思います。前回も取り上げた『失われたイスラエル十支族「神武天皇」の謎』(三神たける・飛鳥昭雄)より、みてみます。中国の歴史書「旧唐書」には、小国だった「日本」が、「倭国」を併合したと、あります。「倭国」を支配した「日本国」の正体は、「直系ヘブライ民族」であり、「失われたイスラエル十支族」の末裔。だから、「倭国」は、「大和(やまと)=神の民族」となり、そしてやがて「日本」と呼ばれるようになります。では、「倭国」を支配するようになった「日本」とは、いったい、どこにあったのか?これが問題になってきます。騎馬民族が日本へやってきた、とする破天荒な説を打ち出した、江上波夫氏は、こう指摘しています。「日本国」のあった場所は、当時の朝鮮半島南端の国、「任那(みまな)」だったと!記紀では「任那」ですが、一般的には「伽耶(かや)」とも呼ばれます。なぜ「任那」が「日本」だったのか…。それは、「任那」は、記紀では「任那日本府」と称されているからだといいます。「任那日本府」とは、「任那」がもともと「日本」と呼ばれていたからではないのかと。一般的には、「任那日本府」とは、日本列島に住む人々が、朝鮮半島に進出して、支配権を握ったと、習った覚えがありますが、事実は、逆のようです。つまり、ユーラシア大陸を横断して、「任那」へとやってきた騎馬民族が、やがて「倭国」へやってきた、というのが真相のようです。●「任那」=「日本」→「倭国」「任那日本府」からやってきた「騎馬民族」が、「倭国」を征服した。そして「日本」という国名になった。実際に、日本国の記述を見ると、下記のようにあります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●その国、日辺にあるをもって、ゆえに日本をもって名となす。(「旧唐書」)●国、日の出ずる所に近し、ゆえに名となす、と(「新唐所」)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「任那」の場所は、朝鮮半島の先。ユーラシア大陸の東端に位置しますので、まさに「日の出ずる所に近し」ということになります。★「日本」の国名は「旧約聖書」から来ていた!★そして、「日本」の国名の由来です。「日本」という国名は、ヘブライ語で解釈できるといいます。このことを唱えたのは、小谷部全一郎(おやべぜんいちろう)氏。彼は『旧約聖書』にそのルーツを見つけます。この部分も興味深いので、引用してみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「失われたイスラエル10支族のひとつに「ガド族」がいる。ガド族という名称のルーツは、ヤコブの息子「ガド」に由来する。その族長ガドの息子に「ツェフォン」という名の男がいる。小谷部氏によれば、ヘブライ語の本来の発音では、「ニッポン」という発音に近くなるという。また、「ツェフォン」を強く発音すれば「ゼッポン」。日本を呉音で発音した「ジッポン」に近い。もし、これが事実ならば、大変である。日本という国名は、失われた10支族の人間の名前から命名されたことになる。ニッポン=ツェフォンはガド族である。国名になるということは、日本にやってきた失われた10支族のリーダーは、ガド族だったということになる。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●失われた十支族の族長「ガド」の息子「ツェフォン」=「ゼッポン」=「ジッポン」=「ニッポン」=「日本」!さらに、「ミカド」という言葉があります。「ミカド」とは「天皇」「帝」「御門」などと表記しますが、本来は「ミガド」と発音するそうです。そして、「ミガド」を「ミ・ガド」=「御ガド」と解釈して、天皇家と「ガド族」のつながりを示唆します。また、これをもう少し発展させて、サミュエル・グリーンバーグ氏は、ヘブライ語で、こう解釈します。「ミガド」=「ミ・ガド」となり、ヘブライ語で「ミ」=「~出身」となり、「ミガド」=「ガド出身の者」となると。まとめるとこうなります。●「天皇」=「ミカド(帝・御門)」=「ミガド」=「ミ・ガド」=「失われた十支族のガド族出身の者」!!
January 6, 2006
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▲葵:うーん、なんて真ん丸い顔なんだ・・・。 ▲よくみれば、透萌(ともえ)が奥で、背後霊のように笑ってんですけど、何か?この前、レイキで探し物が見つかったということを書きました。おとといは、家にいるとき、透萌が、人形の靴がな~~い、と騒ぎだしました。妻にも、10秒で見つかったと言いふらしていたものですから、「あ、そうだ、レイキは?」と言われ、「じゃあやってみようか?」と言い、両手をあげて、「靴が見つかります」と言い、第4シンボルを描いて、次に第3シンボルを描こうとした直前でした。「あった!!」と妻が、一言。妻が見つけてくれました。シンボル全部描き終わる前なので、どういったらいいのか、「1秒」としておきましょうか…(^^;これは、たまたまという感じもありますが、すかさず、「ほらね! レイキの効果だよ!」と言っときました(^^;でも、私はシンボル描いただけで、何もしてないんですが…。まあ、良しとしましょう。と、いうことで、本題へ!(何が、「と、いうこと」なのかよく分かりませんが。。。)★いつのまにか、ヤマトタケルノミコト編?★ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「古代イスラエルの三種の神器」=「日本の三種の神器」!!●「十戒の石板」=「八咫鏡(やたのかがみ)」●「マナの壷」=「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」●「アロンの杖」=「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」 ●スサノオ命の八岐大蛇退治=天叢雲剣●ヤマトタケルノミコトの東征=草薙の剣▼ヤマトタケルノミコトの物語(古事記より)1 景行天皇・成務天皇2 倭建の命の西征(熊曾征討)3 出雲建4 倭建の命の東征(蝦夷征討)5 白鳥の陵(倭建命の死)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー★「倭(わ)」→「大和(やまと)」→「日本」への変遷★前回も述べたように、ヤマトタケルノミコトの表記が、古事記では「倭建命」であり、日本書紀では「日本武尊」となっているのが、気になります。また、「倭(やまと)」は、もともと「倭(わ)」と言われていました。「倭」というのは、言ってみれば、今でいう中国の人々が、日本のことを呼んだ蔑称です。「倭(わ)」が、いつしか「倭(やまと)」と呼ばれるようになります。ただ、「やまと」とは、本来、「大和」という漢字に当てた読みです。それが、いつしか「倭(わ)」も「倭(やまと)」という読みに変遷していったと思われます。「倭(わ)」から「大和(やまと)」へ。「大和(やまと)」とは、「大和朝廷」の「大和」であり、「倭(わ)」とは別の国、あるいは民族になります。これについては、『「大和(ヤマト)民族」の正体』でも述べましたが、「倭(わ)」とは、言わば日本の原住民といわれる人たちのことを指すと思われます。つまり、「縄文人」であり「弥生人」となり、「古事記」のヤマトタケルノミコトの部分などを見れば、「熊襲」「出雲」「蝦夷」といった人たちであり、大和朝廷成立の前、主に西日本を制していたと思われる「邪馬台国」連合であり、もうひとつの巨大勢力であった、「狗奴国(クナコク)」の人たち、ということになるのでしょうか。そして、「大和民族」とは、中近東をルーツとする「直系のヘブライ人」であり、ユーラシア大陸のステップロードを経由して朝鮮半島へ流入し、さらに、海を越えて日本列島にやってきた「騎馬民族」ということになります。彼らが、天皇を中心に「大和朝廷」を打ち立てたと思われます。彼らとは「直系ヘブライ人」であり、もっと言えば、世界史において大きな謎となっている「失われたイスラエル十支族」の末裔ということになります。そして、「大和(やまと)」から、やがて、「日本」という国名になります。つまり、「倭(わ)」から「大和(やまと)」へ、そして「日本」への国名の変遷です。これについて、中国の歴史書が触れているものがあります。★「旧唐書(くとうじょ)」と「新唐書(しんとうじょ)」★中国の歴史書に、「旧唐書(くとうじょ)」と「新唐書(しんとうじょ)」という書物があります。『失われた10支族「神武天皇」の謎』(三神たける・飛鳥昭雄)を参考に、以下見てみます。まずは、「旧唐書」の記述から。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「日本国は倭国の別種なり。その国、日辺にあるをもって、ゆえに日本をもって名となす。あるいはいう、日本は旧小国、倭国の地を併せたりと」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここでは、はっきりと、「日本国は倭国の別種なり」と、「日本」と「倭国」が別の国であることを、書き記しています。これは、日本の書物ではなく、「中国の歴史書」です。つまり、中国は、「倭」と「日本」を別の国であると、認識していたことになります。ここは、本書で指摘されているように、非常に重要だと思います。そして、驚くべきことに、日本は、旧小国、つまりもともと小さな国であったが、倭国を「併せる」、すなわち、「併合した」と記されています。「倭」は、「日本」に支配権を奪われたということになります!そして、問題はもうひとつの「新唐書」です。「旧唐書」とは、逆になっています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「倭の名を憎み、改めて日本と号す。使者自らいう。国、日の出ずる所に近し、ゆえに名となす、と。あるいはいう、日本はすなわち小国、倭の併すところとなる。ゆえにその号を冒せり、と」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこちらは、「日本」が小国である、ということは同じですが、「倭(わ)によって併せられた」という部分が、全く逆です。つまり、「日本」は、「倭」によって支配されたといいます。だから、「倭」は、「日本」という国名にしたと。しかし、指摘されているように、考えてみればおかしなことです。もし、「倭」が「日本」を支配したのなら、「倭」が、わざわざ、負けた国である「日本」の国名を、使うでしょうか?このふたつの歴史書を見る限り、「旧唐書」の方が、正しいようです。素直に考えれば、本書で指摘されているように、「倭国」から「日本」へ国名が移り変わったということは、「日本」が、もともと小国で、「倭国」を併合した。だから、「倭」は、「日本」という国名になった。という考えが、一番スッキリします。少し長いですが、一番的を得た部分だと思うので、同書より、引用します。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「まず、大前提として、倭国とは、そもそも日本列島全体を意味する名称だ。北海道と本州、四国、九州にあった国々の総称である。それに対して、日本は、全く違う国として独立して存在した。大きさということからすれば、倭国に比べ、圧倒的に小さい国であった。どこに日本があったのか別にして、とにかく小国の日本は、大国の倭国と戦いをした。その結果、勝ったのは日本。倭国のすべてを併合という形で征服した。小さい国が大きな国に勝ったのは、圧倒的な軍事力を持っていたことを意味する。当時、倭国は農耕国家であった。その倭国を征服するために、もっとも有効な軍事手段といえば、それはいうまでもなく、騎馬軍団である。騎馬軍団を率いていたからこそ、日本は倭国を征服することができた。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー最後に整理してみます。「倭(わ)」とは、日本の地にそれまで住んでいた人々になります。一方の「大和(やまと)」とは、「大和朝廷」を成立させた「大和民族」であり、その中心勢力は、大陸からやってきた「騎馬民族」。彼らは「直系ヘブライ人」であり、「失われたイスラエル十支族」の末裔。その後「大和(やまと)」から、「日本」へと国名が、さらに変わっていきます。「ヤマト」は、「ヤ=絶対神ヤハウェ」+「ウマト=民族」から成る複合語。すなわち「ヤマト」とは「神の民族」を意味するヘブライ語。より正確に言えば、ヘブライ語の方言「アラム語」からきています。では、「日本」という国名は?「日本」は「ニッポン」あるいは「ニホン」と読めます。これも、ヘブライ語で実は読み解けることが、同書に記されています!また機会があれば、この説も紹介したいと思います。
January 5, 2006
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日本のことを、倭(やまと)・大和(やまと)といいますが、「倭」は、もともと「倭(わ)」といいました。「倭(わ)」から「大和(やまと)」への変遷。このあたりの国名の変遷は何を意味するのか?この国名の変遷は、日本という国が、主導権を握る民族が入れ替わったことを示唆していると思われます。つまり、「倭(わ)」と「大和(やまと)」は、本来は違う国であったということになります。大和朝廷が成立する前に、「邪馬台国」がありました。魏志倭人伝には、「その南に狗奴国(クナコク)あり。男子を王となす。女王に属さず」という記述があります。この「狗奴国」が、邪馬台国へ攻め入って、卑弥呼はこの混乱の中、死を迎えます。結果、邪馬台国は滅びます。しかし、この頃、大陸からは、中近東を発祥とするセム系のヘブライ人が、ユーラシア大陸のステップロードを経由して、朝鮮半島へやってきています。いわゆる「騎馬民族」といわれています。江上波夫氏は、日本の天皇家の出自は、大陸からやってきた「騎馬民族」であるとする、「騎馬民族征服王朝説」なるものを世に問いました。が、今ではアカデミズムでは全く無視されています。しかし日本に騎馬民族がやってきたことは、いくつもの物証があります。さらに、日本へやってきた「騎馬民族」の実体は、「ヘブライ民族」になります。そして、彼らが、天皇家の出自となったと思われます。時代にしたら、第15代「応神天皇」の時になります。「応神天皇」の「記紀」の記述を見ると、渡来人が大勢やってきたと記されています。この時代に、秦氏を中心とした渡来人が、数多く日本へやってきたと思われます。では、応神天皇とは何者なのか?また、それ以前の天皇、初代神武天皇をはじめとする天皇の存在はどう考えればいいのか?これについては、本題から外れるので、また機会があれば紹介してみたいと思います。話を戻します。「ヤマト」という国名は、彼ら「ヘブライ民族」との関わりが濃厚です。なぜなら、大和(ヤマト)という言葉、実はヘブライ語で読み解けるからです。『古代日本と失われた環太平洋文明の謎』(飛鳥昭雄)より、その部分をみてみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそこで直系ヘブライ人である、「大和民族」について申し上げる。じつは、大和という言葉は、「ヤ=絶対神ヤハウェ」と「ウマト=民族」が合わさった複合名称なのだ。つまり、大和は「ヤ・ウマト」となって、「神の民」の意味を持つヘブライ語だったのである。正確には、ヘブライ語の方言「アラム語」のことだが、イエス・キリストの時代はアラム語を使っており、ヘブライ語は『旧約聖書』を読む時以外に使わなかったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつまり、このことをまとめると、●「ヤマト」=「ヤ・ウマト」=「絶対神ヤハウェ・民族」=「神の民族」!大和とは、「神の民族」を意味するヘブライ語の方言アラム語であったということになります。「大和」も、普通は「ヤマト」とは読めません。明らかに「大和」という漢字に「ヤマト」という言葉を当てています。「大和」の「和(わ)」は、「倭(わ)」に通じますので、ヘブライ民族が、これを利用して、さらに大きな和(倭)という意味合いで「大和」という言葉をつくり、そこに「ヤマト=神の民族」というヘブライ語を当てはめたのでしょうか。これは全くの推測ですが。いずれにしても、「倭」から「大和(ヤマト)」となったため、「倭(わ)」という読みも、大和朝廷が成立して、「大和(ヤマト)」となった後、いつの頃からか、「倭=やまと」と呼ばれるようになったのではないでしょうか。だから「倭」は「わ」とも「やまと」とも呼ぶ、と。
January 4, 2006
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▲葵:アザラシくんみたいに伸び上がっているんですが、何か? ▲あわわ、何だ、このきばった、くしゃくしゃの顔は(^^;最近にわかに、草薙剣を手にした「ヤマトタケルノミコト」に興味が湧いてきました。恥ずかしながら、名前こそ知っているものの、どういう人物かというのはほとんど知らずにいたもので、いま古事記のエピソードを読んでみたり、インターネットで、黒岩重吾さんの作品を注文してみました。『白鳥の王子ヤマトタケル(大和の巻)』『白鳥の王子ヤマトタケル(西戦の巻 上)』『白鳥の王子ヤマトタケル(西戦の巻 下)』まだこのあと、東征の巻(上)(下)と、終焉の巻が続くので、しばらく、楽しめそうです。では、本題へ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「古代イスラエルの三種の神器」=「日本の三種の神器」!!●「十戒の石板」=「八咫鏡(やたのかがみ)」●「マナの壷」=「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」●「アロンの杖」=「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」 ●スサノオ命の八岐大蛇退治=天叢雲剣●ヤマトタケルノミコトの東征=草薙の剣さらに、●「天叢雲剣」=「絶対神ヤハウェの剣」=「旧約聖書」●「草薙剣」=「イエス・キリストの剣」=「新約聖書」よって、●「天叢雲剣」=「草薙剣」●「絶対神ヤハウェ」=「イエス・キリスト」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえっと。三種の神器のひとつめが、こんなに長びくとは、想定の範囲外なのですが…。と、いうか、いつものことでもあるので、興味の流れるまま、流れていきます(^^;「ヤマトタケルノミコト」とは、古事記では「倭建命」と表記され、日本書紀では、「日本武尊」と表記されています。どちらも、同じ読みですが、この表記の違いというのも、何か意図がありそうです。「古事記」と「日本書紀」は、言ってみれば、合わせ鏡の構図になっているようですので、それぞれ同じ神話でも微妙に違っていたり、名前の表記が違っていたりと、異なる点があります。これらは、どうも編纂する者が、意図的にした可能性があります。だから、本当は両方読み込む必要があるのでしょう。この「ヤマトタケルノミコト」の物語をみていくと、どうも、「聖書」「古代ヘブライ」との関わりが感じられる部分があるのですが、それについて、気になったところだけ、また次回以降取り上げてみたいと思います。今回は、古事記中心に、「ヤマトタケルノミコト」のエピソード全体を見ていきたいと思います。▼ヤマトタケルノミコトの物語(古事記より)1 景行天皇・成務天皇2 倭建の命の西征(熊曾征討)3 出雲建4 倭建の命の東征(蝦夷征討)5 白鳥の陵(倭建命の死)★ヤマトタケルノミコトの生涯★第12代景行天皇の第二子として生まれます。大和朝廷に反逆する多くの地方豪族を征服していく象徴的存在として、日本神話の英雄の中の英雄として、描かれます。九州のクマソタケル兄弟を討って(西征)、次に出雲のイズモタケルを討ちます。また東国征伐へ赴く時、伊勢神宮の斎宮でもある叔母の倭姫(ヤマトヒメ)より「草薙剣」をさずかります。この草薙の剣はもともとスサノオ命が、八岐大蛇退治の時に手にした「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」の事です。天孫ニニギ神が地上に降り立つときに、天照大神より授かった三種の神器の一つです。天皇の命令で、東征するなか、相模国へ赴いた時、敵の策略にはまり草むらの中で火に囲まれ窮地に追い込まれてしまいます。この時に、この剣を使って草をなぎ払い、向かい来る火を逆流させて難を逃れて以来、「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と呼ばれるようになりました。相模から上総に渡る際、海の神が波を起こして倭建命の船は進退窮まります。そこで、后の弟橘媛(オトタチバナヒメ)が自ら命に替わって入水すると、波は自ずから凪ぎました。神剣草薙剣(天叢雲剣)を美夜受媛(ミヤズヒメ)に預けたまま、伊吹山(岐阜・滋賀県境)へ赴き、その神を素手で討ち取ろうとしますが、山の神は大雨を降らせて惑わさます。最後に大和へ帰る途中に無念にも死んでしまい、白鳥となって天へと飛んでいきました。と、以上が、ヤマトタケルノミコトの物語の概要です。一言でいえば、ヤマトタケルノミコトの生涯とは、大和朝廷の建国にあたって、原住民である、「熊襲」「出雲」「蝦夷」の人たちを征伐していった大和朝廷の事実を、集約したものだと、いうことができると思います。実在の人物というよりも、大和朝廷の戦いを、「ヤマトタケルノミコト」というひとりの人物に集約して、作り上げた人物といった感じでしょうか。そこには、さまざまな象徴が込められていると思われます。大和朝廷が作り上げた英雄であり、ある意味、原住民との戦いを正当化する意味合いもあったのかもしれません。名は体をあらわすと言いますが、「ヤマトタケルノミコト」とは「倭建命」「日本武尊」といった表記がされていることからも、「倭建命」とは「倭(やまと)」の国を「建国」したということであり、「日本武尊」とは、「日本」を「武力」によって、作り上げたということでしょうか。ただ、ひとつ気になることとして、「倭」と「日本」とは、はたして同じ国なのだろうか、ということです。結論からいえば、本来は違う国を表わしていたと思われます。「倭」と「日本」とは、全く別の国であると!昔は日本のことを「倭(わ)」と称していましたが、いつのころからか、「倭」を「やまと」と読むようになり、その後「日本」という国名へとなっているからです。「日本」という国名が正式に使われだしたのは、645年の「大化の改新」の頃からと言われています。なぜ「倭(わ)」が「倭(やまと)」となり、「日本」となっていったのか。そういえば、大和(やまと)ともいいますが、これは大和朝廷の「大和」に、「やまと」と当てた読みでしょう。このことについては、中国の歴史書に、その謎を解く鍵が記されています。次回取り上げてみます。「ヤマトタケルノミコト」が、古事記では、「倭建命」、日本書紀では「日本武尊」と表記されているのも、そう考えると、意味がありそうな気がします。やはり、「記紀」は合わせ鏡の構造を持っているような気がします。
January 3, 2006
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元旦の日は、出かける時、早々に車の音楽を、南野陽子にしました。そうしたら、妻から、「何で正月から南野陽子なの?」と。「いやあ、たまに聞きたくなるんだよね」と言ったら、「たまにって、いつも聞いてるじゃない!」と。「うーん。確かにそうかも・・・」と思いまして、何も言うことができませんでした…(T_T)気を取り直して、本題へ!すみません、また長いです(^^;ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●「古代イスラエルの三種の神器」=「日本の三種の神器」!!●「十戒の石板」=「八咫鏡(やたのかがみ)」●「マナの壷」=「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」●「アロンの杖」=「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」 ●スサノオ命の八岐大蛇退治=天叢雲剣●ヤマトタケルノミコトの東征=草薙の剣ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「三種の神器」のひとつ、「草薙剣(天叢雲剣)」について、みていますが、前回「天叢雲剣」について、見たことをまとめてみます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆スサノオ命の八岐大蛇退治の物語が象徴するもの☆●「八岐大蛇」=「契約の聖櫃アーク」●「スサノオ命」=「牛」=「モーセ」●「クシナダヒメ」=「奇稲田姫」→「稲」=「稲妻」=「雷」●「天叢雲剣」=「天にむらがる雲」●「天目一箇命」(天叢雲剣を造ったとされる)=「暴風雨の神」●「八雲」=「絶対神ヤハウェの雲」上記の象徴から「八岐大蛇の物語」とは★「絶対神ヤハウェ」が、「契約の聖櫃アーク」の安置された移動式神殿「幕屋」に「雷雲」をともなってイスラエルの人たちの前に現れた状況を、象徴している!!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー★草薙剣の名称から見えてくるもの★今回は、「草薙剣」の名称から、何か見えてこないだろうか、ということで見たいと思います。「草薙剣」とは、ヤマトタケルノミコトが、野火攻めから脱出する為に、この太刀で草を薙いだ事からつけられた名称です。ですから、草薙の剣とは、「ヤマトタケルノミコト」と関係が深い剣ということになります。★「草」の漢字破字法★では、「草薙剣」を名称から見ていくとどうなるでしょうか。「草薙剣」とは、文字通りとると、先のエピソードからも分かるように、「草を薙ぐ剣」ということになります。そもそも「草」の漢字はどういう意味があるのか?漢字破字法から、何か見えてこないでしょうか…。●「草」=「艸」+「日」+「十」「草」は、漢和辞典から「早」の元字と一緒であったことが記されています。「草」という漢字を、聖書に関連づけてみるならば、浮かび上がってくるものがあります。「十」とは、「十字架」。「日」とは「太陽」のことであり、太陽から発光する「光」「光」を表わすものとは、聖書でいえば、この人物しかいません。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「私は世の光である。私に従う者は暗闇の中を歩かず、命の光をもつ」(新約聖書「ヨハネによる福音書」第8章12節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそう、光とは、イエス・キリスト!!ともに、元字が一緒で、「草」=「早」つまり、「日」+「十」から成る「早」とは、「イエスキリストの十字架」ということになります。さらに、「草」の草冠の元字は「艸」で表わしますが、これは、十字架に架けられるときに付けられた「茨の冠」の象徴だと指摘されています。と、いうことは、「草」という漢字の意味するものが、漢字破字法により見えてきます。●「草」=「艸」+「日」+「十」 =「茨の冠」+「光=イエス・キリスト」+「十字架」 =「茨の冠をつけたイエス・キリストが十字架に架けられること」!?草冠というのは、「イエス・キリスト」と関係のある漢字が多いように感じます。「苦」や「蘇」などの漢字が、イエスとの関わりの深い漢字です。草冠の元字「艸」は、「茨の冠」以外に象徴するものとして、「生命の樹」があります。三又の矛のようなものが二つ並んでいますが、これは、三本柱の象徴であり、まさに「生命の樹」の象徴です。それが、二つ合わさっているということは、「合わせ鏡」の構造になっています。たとえば「門松」は、三本柱から成り、「生命の樹」の象徴でもありますが、それを玄関の両脇に置くというのも、合わせ鏡であり、まさに、この「艸」で象徴されています。一言でいえば、象徴として「草」=「イエス・キリスト」だと称することができます。「草薙」の「薙」は、「薙ぐ」「薙ぎ払う」となり、草を「横に払って切りたおす」意味となります。そこから、整える、平定するという意味にも通じるような気がします。「薙ぐ(なぐ)」とは「凪ぐ」「和ぐ」とも、音に返すことができます。「薙ぐ」=「和ぐ」であれば、かなりの妄想をすれば(^^;「草薙ぎ」=「草和ぎ」で、『「イエス・キリストが、人類の贖罪を背負って十字架にかかったこと」で、人類の罪は許され「平和」が訪れた』となるのでしょうか…。かなり強引ですね…。★「薙ぎ」=「ナギ」★「草薙」=「クサナギ」について、こういう説もあります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーークサは臭、ナギは蛇の意で、原義は「蛇の剣」であるという説。研究者の間では、こちらの方が通説。神話の記述でも、この剣は大蛇であるヤマタノオロチの尾から出て来ており、本来の伝承では蛇の剣であったとも考えられる。http://ja.wikipedia.org/wiki/ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここにある、「クサ」=「臭」というのは、どうもしっくりきません…。「クサ」=「草」でいいと思いますし、「草」=「イエス・キリスト」の象徴とみた方がしっくりときます。ただ、「ナギ」=「蛇」というのは、なかなか魅力的です。なぜなら、「草薙」=「イエスキリスト・蛇」となり、「イエス・キリストの蛇」となるからです。●「草薙」=「イエスキリストの蛇」!「イエス・キリストの蛇」で、思い起こすのが、聖書にある、「青銅の蛇」です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーモーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。 (旧約聖書「民数記」第21章9節)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「青銅の蛇」とは、「イエス・キリスト」のことです。モーセが「旗竿」に掲げた「蛇」とは、「イエス・キリスト」が「十字架」にかかって、全人類の罪が許され「命を得る」ことができた未来の出来事の予形となっています。「蛇」とは、サタンの象徴であるとともに、イエス・キリストの象徴でもあります。●「草薙」=「イエスキリストの青銅の蛇」!また、「草」とは、色でいえば「青」であることも、偶然とは思いますが、おもしろい符号です。●「草薙ぎ」=「青」「蛇」=「青銅の蛇」=「イエス・キリスト」?いずれにしても、「草薙剣」とは、「イエスキリスト」を象徴する剣であることがわかります。★「天叢雲剣」と「草薙剣」★ここで、ふたつの名称の意味するものが、はっきりしてきたように思います。前回みたように、「天叢雲剣」とは、絶対神ヤハウェが、雷雲をともなって、移動式神殿「幕屋」に現われた状況を象徴していると見ました。そこから、「天叢雲剣」=「絶対神ヤハウェを象徴する剣」であると。そして、「草薙剣」は、一言でいえば「イエス・キリストの剣」●「天叢雲剣」=「絶対神ヤハウェの剣」=「旧約聖書」●「草薙剣」=「イエス・キリストの剣」=「新約聖書」さらに、「絶対神ヤハウェ」が、人間として受肉した姿が「イエス・キリスト」でしたので、「絶対神ヤハウェ」=「イエス・キリスト」となり、そこから、「天叢雲剣」=「草薙剣」となります。この神剣にふたつの名称がある理由は、もしかしたら、この辺りにあるのかもしれません。同一の剣でありながら、ふたつの名称があるのは、「絶対神ヤハウェ」と「イエスキリスト」がイコールで結ばれることを象徴するのかもしれません。さらに言えば、「天叢雲剣(草薙剣)」のエピソードが、日本の神話にあるということは、「旧約聖書(=天叢雲剣・絶対神ヤハウェ)」と「新約聖書(草薙剣・イエスキリスト)」の両方を受け継いだ国という意味もあるのかもしれません。なぜなら、草薙剣をもって活躍したのが「ヤマトタケルノミコト」だからです。「ヤマトタケル」とは「倭建」であり、「ヤマト」=「倭(日本)」を「建国」した「命(ミコト)」となり、ヤマト建国の象徴にもなっていると思われるからです。そういう目で見ると、「ヤマトタケル」の物語も、象徴的に描かれていることが見えてきます…。
January 2, 2006
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きのうは、元旦でした。あらためて、あけまして、おめでとうございます。妻へレイキファーストのアチューメントをしました。葵は、妻がいなくなると泣き出したので、葵もいるなかでのアチューメントでした。最後の4回目は葵を抱えてのアチューメントでした。大丈夫かいな・・・(^^;と思いましたが、おとなしくしていてくれたので、よかったです。これまでにも練習では、何度か妻に実験台になってもらっていたので、少しは、レイキが出せるようになっているとは思うのですが、きちんとしておきたいということもありました。終わって、「涙がでた」というので、「え?何か感情的なものが、でたのか、それとも感動したのかな、と思ったら、「あくびが出すぎて」と(^^;「ガビーン」って感じでした(^^|||うーむ・・・。ともかく、異常にあくびが出たということで、これもひとつのレイキによる作用なのかもしれません。私もしていて、途中寝そうになってました(^^;何だか眠かったです…。そのせいで、夜も、またパソコンの前で寝ていました(^^;夜、発霊法、自己ヒーリングを妻に教えて、していたら、「何で、足まであったかくなってくるの?」とか「手が熱いけど何で?」「レイキは受けないと信じられないね」ということで、効果を感じてもらったようです。夜は整体師Sさまと9時から、遠隔レイキの交換ヒーリングをしていただき、心地いいエネルギーをいただきました。ありがとうございます。お正月より最高のパワーをいただきまして、いいスタートを切れました。先にも書いたように、妻にアチューメントをして、ダメ押しに整体師Sさまの、強力な遠隔ヒーリングを受けたので、パソコンの前で、眠いなか粘っていたのですがダメでした。気がついたら前で横になって寝ていました・・・。また、遠隔レイキについては、チャネリングレポートもいただいたので、簡単に感想書きたいと思います。
January 1, 2006
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