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さてち。GISMOさんを招待したネオ・エデン研究所の隣地、1500坪の登記が終わった。無登記たてものつき、無契約占有者つきなのだが裁判するべ。そう占有者には言おうと思っている。ねっちらとした人にはドライに、ドライな人にはねっちりと。これが契約の原則だわなっ。*右目が見えないイライラがつのるので、眼帯をすることにした。みんな、「どーしたんですか」と聞くのでおぃらの前世はぼんてんまるだと言うことにした。もはやこの目でナメクジのように大部のテキストをたどることはできない。そう割り切って法隆寺の立体曼荼羅を見た。命のかたちの美しさだった。すべてはそこから始まり、帰った。おぃらはまた犬のようにくんくんとと鼻で空の高さを知る。創造のはじまりは絶望だった。そう、絶望だった、絶望だと海は波を寄せる。おぃらは波に、そうだね、そうだったねと言葉をかえす。もはやテキストをたどる時間ではない。塀にかこまれた刑務所近くのあそこにはユウガオの花が咲いたよな。そんなことを三日月の目で思うのでした。
2007年07月31日
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それは7月8日、なんだか本を読んでいたら右目がぼやける。その日は、良寛の歌を眺めてた。「子供らと手まりつきつつこの日暮らしつ」という和歌もしくは短歌の金字塔のようなあの歌だよ。そぃでそれを小筆でさらさらのさらっと書いて見ると何かおかしい。Blogを書いてもおかしいので眼科医に行くことにしたのは10日。*それから今まで、「失明」がじわじわとこみあげてきた。そのあと、じわじわと去っていった。困ったのはおぃら、いつのまにか身につけていた「速読」の癖が片目失明によって速さが10分の1以下までも落ちた。ほーら、なんたら講習会とかあるでそ。そのとき渡されるテキストをざっとながめて、眺め終わった頃には、目次とインデックスとサマリーができてるのね。50ページでも5分あればじゅうぶん。それが・・トホホなことに「絵を見るように文字を眺める」ことができなくなっちまった。*脳血栓だと思ってください。そう医師は言った後、繰り返し繰り返しくどくどと言った。「直りませんからね」網膜の静脈が血栓をおこし、それで出血したらしい。眼底カメラの画像にはしっかり写っていた。更にかなしむべきかな。その場所は眼底の神経束のすぐ近く、すなわち結像に最も重要な箇所。だから手術は不可能だ。「直りませんから」おいら、もうあきらめたから言わないでくれと思ったもののその後しばらく眼科医は「なおりませんから」を言った。つうことで直りません。右目半失明です。*で、なんで半失明かっていうとだに。視力を測ると0.04なんだがめがねをかけると1.0なんだ。ん・・1.0って見えるんでないのと思ったあなた、えらい。実は、網膜が小さななみうち状態になっていのだね。だから見えるところと見えないところがだんだらになってるの。その結果どういうことになるのかというと・・一文字一文字は見えるのだけど続けて読もうとすると見えないということなのですね。*「なおりませんから」のはじめには、「あっ。そっ。」だったが、しばらくはじわじわとこみあげてくる「なんだかなぁ」の日々だった。今書いてる気分は「まっ、しょーがねっ。」なんだけど、ながかったな。一時耳鳴りがひどくなった。そしてひいた。・・うまいもん、食うおぃらは思うのでした。
2007年07月25日
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度量衡を覚えるのに教えられたことがある。「きろきろとへくとでかけたメートルが弟子におわれてセンチみりみり」キロメートルから始まってミリメートルまでに至る暗記方法だね。そぃでおとなりの韓国では度量衡が問題になってるらしい。って、またマッチポンプの朝日情報かもしれないがお隣の韓国で「坪」「匁」を消すのにやっきになってるらしいんだわ。*かつてこの国だって「大往生」を書いたあの人が「オレを逮捕しろ」とさしがねを売っていた。だれのさしがねだって、おめだよ、おめっ。李朝の家具を見たことがある人はわかるでそ。あれは尺寸だ。チャングムをみれば、建物は「間」でたてられてるってわかるよねっ。屋根の勾配は寸刻み、すなわち何寸進んで何寸上がるという技術でたてられている。もうちっと言っておこうね。韓国はクリスチャンが多い。そいで「ノアの箱舟」だ。造船に使われる単位のキュピッドがきわめて「尺」に近いのだね。規制したがる政府にいっておこう。シルクロードを甘くみてわいかんぜよ。尺寸のさしがねとセンチメートルのさしがねとはまったく違う。さしがねには、目をつぶっても親指の先で「読める」ようになっている。すなわち「点字」が刻まれている。めもりを読むのではない。点字を読んで墨つけをする。それが「さしがね」だ。マニ教徒の聖徳太子が大工の神様ってもちろんそうだ。仏教寺院の建築はそのはじめからデジタルとアナログの融合だったし、もちろん仏像は金属工作と彫刻との様々な技術の融合だったから。そして、パルテノン神殿の「エンタシス」はシルクロードを通って飛鳥に至ったね。柱の構造はもとより梁の見せ方もだ。シルクロードは商業の道ではない。「ピカ」の道だった。その「ピカ」って人によっては違うかもしれないけど・・おぃらはプラトンの「真」「善」「美」かもしれないっておもうだにっ。→人気blogランキングはこっちをクリック!!
2007年07月09日
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電飾の逆さ箒にカネカネと金の短冊雨ふりやまず/ヤマトカケルおひさしぶり。先日ラジオを聴いていたら子供たちが七夕の短冊に何を書くかというと「カネ」だと放送していた。空が見えないからなぁ。五月雨=梅雨だからまだ五月。そんなときに無理して七夕にすれば天地との対話ができぬだろうに。先日、こんな話をしたらへーーといわれたので書いておきます。節句は月の形で決まってる三月三日 三日月で誕生五月五日 成長七月七日 出会い七+五+三=十五 人と成る満月の十五夜は夜遅くまで行事ができるし。なので七五三は十五日で成人の祝いも十五日月の形を教えずにただ、数字あわせの行事をしてもなぁ。*方角を今は四方しか教えないでそ。でも四方の前に「天」「地」があったのだね。ほーら、アタマが3Dになったでそ。こうして「天道」が見えるようになるんだよー言っとくけど「天道」は「カネ」ではないからねっ。カネの本質はキタナイ。そして君子を豹変させるマモノなんだよーー。道もカネも使い方を間違えると死を招くよ。久々に見たら今日はこのBlogをはじめて997日目だそうです。おばかなおぃらがよくもまぁ、続けられたもんだ。たぶんそれは皆さんのクリックのおかげなのですねっ。→人気blogランキングへこっちをクリックお願い汁!!
2007年07月08日
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