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「鈴木藤三郎伝」鈴木五郎著 136~137ページ
世界一周終る
そこで仏・独両国を十分に視察して、再びロンドンに帰った翌日の12月18日から、これまで手もとに集めた機械類の見積書や説明書の翻訳を、今井に協力してする一方、各国の機械の粋を集めた上、わが国の国情にも合う最新式な工場を設計することに、まず努力した。そして、それができ上がると、一種の機械ごとに、その製作を得意とする数ヵ所の製造所に命じて、詳細な仕様書を提出させた上で、競争入札をさせた。それでも、まだ高値と思われるものには、その落札額からなお適当な値引きを要求した。
ある製造会社などは、2割5分の値引きを要求してやったところが、社長があわててロンドンへ出かけて来て、藤三郎に会うなり、2分5厘の間違いではないかといった位に、なかなかきびしいものであった。これには、この数年来、自分で鉄工部を経営してきた経験が、非常に役に立った。どの機械も、大よそ原価の推定ができるので、値引きの要求も、よく説明すれば先方を承諾させる力があった。現在残っている当時の契約書の控えを見ても、平均1割5分の値引きをさせている。これが主として。掛引きがないといわれているイギリスの工業家を相手としてであるから、相当やったものであるといわなければならない。ある製造家などは「開業以来の最低限で取引をした」とこぼしたそうであるが、東洋の鴨にも、たまには羽根の強いのがいることを示したのは、いささか痛快であった。
当時、日本から機械購入に行った者は随分あったが、みな欧米人を、無批判に心酔したり恐れたりして、頭から呑まれてしまっていた。また欧米には、機械製造所も無数にあって、同一の目的に使用する機械でも多種多様のものが製作されていた。そして、各製造所は、自分の所の製品が最上の物であることを極力宣伝したから、よほど機械に精通している者でなければ、その選択に迷ってしまうのが通例であった。そこへもってきて、外国商人は巧妙なコンミッション政策で誘惑したから、多くはこれに引っかかってしまって、品質よりは情実を主として買い入れるようになるのが常であった。
しかし、藤三郎は機械の選択には自信を持っていたから、遠慮なくビシビシやった。これに閉口した各製造所は、陰に陽にコンミッション政策を用い出したが、これは例の潔癖で、断然と拒絶してしまった。その排撃のしかたが、あまちに徹底していたので、コンミッションを当然と心得ている欧米人心理では理解できないで、一時は藤三郎が、真に会社の代表者であるかを、疑った位だった。
その物の値打がほんとうに分っていて、しかも欲心に引っかけられることさえなければ、欧米人を相手にしても、決して卑下する必要はない。科学が段違いに進んでいたり、取引きの習慣が少しくらい違っていても、商業の根本では日本人も欧米人も、そう違うものではないということがハッキリと分った。それで、ちょうどそのころ、徳富猪一郎(蘇峰)が通訳の深井英五とともに、藤三郎と同じミセス・チャップパン方に沿っていたので、明治30年(1897年)2月7日は例の日曜日で、お互に暇があったので、午前10時ごろ、蘇峰と雑談をしたおりに、このことをいったら、蘇峰も大いに共鳴して、商業以外のことでもやはりそうだと。彼の経験を話した。
ここいらは、大いに士魂商才の日本少壮実業家の面目を発揮したのであったが、時々は、自分でも腹をかかえて笑うような、旅の恥はかき捨て式の赤ゲットのボロもあった。
それはパリに行ったときのことであったが、ある日、ひとりで街を歩いた。ところが、正午近くなって空腹になったので、通りかかったレストランへ飛び込んだ。そして、もうだいぶ勝手も分って来ていたので、大きな顔をして椅子にかけた。すると、ボーイがメニューを持って来た。見たって、どうせ分りはしないのであるから、前のほうに書いてあるのを5皿ほど指でさした。ボーイが何かいったようであったが、ただ「ウン、ウン」と、うなずいていたので、向こうへ行ってしまった。しばらくすると、スープを持って来た。(シメ、シメ、洋食では、いつもスープが真っ先ときまっている)と思って、食べてしまった。そこへ、次の皿を持って来た。何かと思って見ると、前よりは少し濃いのであるが、やはりスープだ、(オヤオヤ、これは少し変だな)と思いはしたが、仕方がない。ままよと、それも食べてしまった。すると、次のも、またスープ! その次も、その次も、薄いの、濃いの、野菜のはいっているの、揚げたパンの小片が浮いているのと、いろいろに種類は違っていたが、5皿とも、みんなスープだった。これには、さすがに強情我慢の藤三郎も閉口し、ダブダブする腹をかかえながら、ホウホウの体で逃げ出した。
補註 「鈴木藤三郎伝」鈴木五郎著 その… 2025.11.18
補註 「鈴木藤三郎伝」鈴木五郎著 その… 2025.11.17
補註 「鈴木藤三郎伝」鈴木五郎著 その… 2025.11.16