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昨日のNHKニュースで、JR和歌山線高田駅に大量の蜂が集まり、乗客が避難、蜂を駆除、とやっていましたが、その蜂の種類が「ニホンミツバチ」と聞いて、愕然としました。安易に駆除する前に、何か方法あったんじゃないの?とね。以前NHKの特集番組でやっていましたが、ニホンミツバチはとても穏やかな性質で、人に危害を加えることは滅多にない、とのこと。昨日のニュースでも「刺された人は誰もいない」と言っていたのがその証拠でしょう。養蜂家の人がニホンミツバチの集団を自分の手に止まらせて、更にレポーターのお笑いタレントの手にも移したりしていましたが、その時も決して刺されてはいませんでした。本当におとなしい奴なんです。それに結構賢いんですよ。スズメバチが巣を襲撃してきたとき、西洋ミツバチの場合、1匹ずつ相手に向かっていって、結局その都度殺されて全滅、というパターンになってしまうのですが、ニホンミツバチは違います。1匹のスズメバチに何十匹もの集団で向かっていって、全員でスズメバチに群がります。そして自分達の体温を一気に上昇させます。ニホンミツバチの方が耐性温度が高く、スズメバチよりも高い温度でも生存可能という特質を活かし、集団でスズメバチを蒸し殺してしまうのです。西洋ミツバチには真似の出来ない芸当、見事なチームプレーです。そんな賢い穏やかな性質の蜂たちがあっさり駆除されてしまうとは・・・立ち寄った場所が悪すぎたのですね。
2006.05.31
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以前にも書きましたが、私の母方の実家は、新潟県妙高市の赤倉温泉で、旅館を営んでいました。1980年に旅館経営からは手を引き、以降は別の方に賃貸しています。止める直前には、親戚4人で切り盛りしていましたが、皆70歳間近になった為、リタイアを決断したのです。旅館は別の方に貸しましたが、数室を自家使用して、そこに住むことにしました。そこで問題になったのが冬です。赤倉温泉は名だたる豪雪地帯。旅館にとっては、スキー客を呼び寄せる天からの恵みですが、旅館に携わらない者にとっては、邪魔者以外の何者でもありません。そこで大胆にも、5~11月は赤倉で過ごし、12~4月の冬期間は温暖な土地で過ごす、ということにしたのです。当初は埼玉県川口市に土地を購入しました。最寄りの妙高高原駅から電車で1本で来られるからです。けれども紆余曲折ありまして、川口市の土地は手放し、代わりに埼玉県所沢市に戸建てを建てました。1980年秋のこと、家が出来ていよいよ引っ越すことになり、私達一家も見に行きました。しかしながらその光景は、何とも異様なものでした。百坪以上はあるかと思われる広大な敷地の、ほんの西半分の片隅に、ポツンと2階建てが建っています。東半分は、庭と言うには余りにも広過ぎる草原が広がっています。”何じゃこりゃ!”と思って尋ねてみると、東半分は高圧線の真下の為、法規制で建築物が一切建てられないとのこと。つまり利用価値の全くない土地なので、面積だけは広いが、値段は50坪分程度で買えたとのこと。いわば相場の半額です。「まあ、いざとなれば畑でも耕しても構わないんだよな。」なんて言っていました。それから25年経過しました。この間の社会情勢の変化は激しいです。何と規制緩和で高圧線直下にも住宅が建設出来るようになり、無用の長物だった広大な土地が、一転利用価値大の土地に変身してしまったのです。高圧線真下には長男一家が家を建てることになりました。同居ではないのでお互いに気兼ねなく、かついざというときにはすぐ駆けつけることが出来ます。規制緩和さまさまです。とは言っても、気にする人は気にするので、高圧線直下は相場よりも資産価値は低くなります。それでも全く建物が建てられないのに比べれば、雲泥の差です。更に交通形態も変化しました。かつて東京と妙高との往来に足繁く利用した鉄道は、長野新幹線開通と同時に、横川・軽井沢間が廃止。直通列車がなくなった為、嫌でも長野乗り換えを強いられる様になり、とても不便になりました。また、仮に長野新幹線が延伸されても、山一つ超えた飯山市を通過するルートの為、妙高高原には何の恩典もありません。それに引き換え高速道路は、関越道、上信越道の全通により、所沢ICから妙高高原ICまで1本で結ばれることになりました。所沢の家から最寄りICまでは約20分、妙高高原ICから赤倉までは約10分。鉄道に比べてこの上ない便利さです。あのまま川口市内に住んでいたら、一体どうなっていたのでしょうか?「将来規制緩和で高圧線直下の土地も利用可能になる」「鉄道は不便になり、高速道が開通して自動車が便利になる」ことを見越して広大な土地を半額で買っていたのなら、もの凄い「先見の明」と言えるのでしょうが、単なる偶然が重なっただけの、本当にラッキーな出来事に過ぎません。でも戦後、旅館運営その他で皆本当に苦労してきたのだから、この位の幸せは構わないですよね?神様。人数は4人から2人に減りましたが、今でも燕の様な生活を続けています。所沢、赤倉間の車の運転は孫(私の従兄弟)が担当していますが。
2006.05.30
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先月末に叔母が入院した為、母親と見舞いに埼玉県まで行って来ました。その病院は狭山市内にあるのですが、殆ど入間市との市境付近にあり、近隣に航空自衛隊入間基地があるので、離発着の飛行機の何とうるさいこと!しかも、”ここは羽田かよ!”と思う位頻繁に飛んでいます。下手すると3分に一度位の割合です。近くを通る西武鉄道よりも、運行頻度は高そうです。時間は午後3時位でしたが、自衛隊基地って、あんなに頻繁に飛行機が飛ぶものなんですね。何の目的かはよく分かりませんが・・・一番多かったのは、白っぽい塗色の輸送機らしき飛行機。それから前後にローターを2つ付けた、迷彩色の大型ヘリコプターも飛んでいました。騒音は気になりますが、もし飛行機好きの人ならば、最良の入院先かもしれません。
2006.05.29
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小学生の頃、伝言ゲームってやりませんでしたか?8人一組位で伝言を伝えていって、どのチームが一番正確に伝えられるか競うゲーム、なかには面白がってわざと全然違う伝言を伝える奴もいたりして。社会人になってからは、正確に情報を伝達するのがいかに困難か、という例えにも使われたりします。過去のある事件に関するネットの掲示板を見て、それを思い出しました。今から24年前、私の近所の高校に通う女子生徒が、交際のもつれから刺殺される事件が起きました。当時はそんな言葉はありませんでしたが、今風に言えば「ストーカー殺人」です。その事件についてコメントしてある掲示板を見ると、事実と異なることが一杯書かれています。しかも微妙に似ているから、かえって始末に悪いんですよね。事件の事実を端的に記しますと、1.被害者は高校2年生の女子生徒と、その3歳下の妹と、その母親の合計3名。2.加害者は、被害者と知り合う前に既に1人殺害経験あり。事件後共犯者も殺害。過去少年院にも入ったことがある、被害者の高校とは全く無関係の人物。3.事件現場は被害者の自宅。ということなのですが、これが掲示板のインチキ情報だと、1.被害者は高校2年生の女子生徒と、そのクラスメイトの合計5名。2.加害者はその高校の先輩、もしくは卒業生。3.事件現場は学校の学食、もしくはグラウンド。といった感じ。微妙に似ているから、変に信憑性が出てきてしまうみたいです。特に加害者に関しては、デマを基にして「かつて殺人犯を出した学校」みたいな言われ方をしている発言もあって、何ともやり切れません。この事件に関しては、高校側は純粋な被害者なのに・・・1の情報についても、犯人の累計の殺害者数とゴッチャになってしまっています。私は事件当時中学3年生でしたので、大きく報道されたこの事件については、比較的詳細な事実を記憶しています。が、24年も経つと、噂に尾ヒレが付いて、全然違う内容に伝わってしまうものなのですね。なお、事件の概要については、以下のアドレスに出ています。http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage240.htmまた、事件の詳細を記した本(既に絶版)が、下記アドレスにて全文公開されています。http://www.interq.or.jp/dog/macendo/seiha01.htm被害者一家が刺殺されたのは、1982年5月27日の夜。そう、ちょうど24年前の昨晩の出来事だったのです。合掌。
2006.05.28
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先日ラジオで、運転免許の学科試験に出る間違いやすい問題、という話題を取り上げていました。その時に、よく間違える紛らわしい問題例が、2題出題されました。まず第1問、「信号機のない横断歩道を歩行者が横断しようとしている時、車は徐行して安全を確認して通過しなければならない、○か×か?」これは簡単ですね。もちろん×です。”徐行”ではなく、”停止”しなければなりません。歩行者の横断を妨げてはいけないのです。もし試験場の路上試験で(教習所の検定も同じだと思いますが)横断歩道を横断しようとしている人がいるにも関わらず、通過した場合、”危険行為”として100点減点、試験は中止となります。続いて第2問、「高速道路での軽自動車の最高速度は、時速80kmである、○か×か?」な~んだ、簡単じゃん!勿論○でしょう。と思っていると、「正解は×なんです。」との事。”えっ、嘘!何で!だってそう習ったのに!”と思ったのですが、その解説によれば、「以前は確かに80kmだったんです。でも排気量が660ccになり、更に車のサイズも規格変更で大きくなって、普通車と比べても遜色ない為、数年前に100kmに引き上げられたんです。古い知識だけだと間違えやすい問題です。」とのこと。そうだったんだ・・・帰宅して、大型二種受験の時に使った本を見てみると、高速道路での最高速度100kmの欄に、「大型乗用自動車(バス)」「普通自動車」「大型(普通)自動二輪車」と共に、「660cc以下の普通自動車」と、ちゃんと書いてありました。いやあ、よく読んだつもりだったのですが、こんな所、全く気にもとめていませんでした。てっきり20年前の知識が正しいもの、とすっかり思い込んでいました。ちなみに最高速度80kmの車は、「大型貨物自動車」「大型特殊自動車」「けん引自動車」「三輪の普通自動車(今や殆ど見かけませんね)」となっています。これから二種免許取得を目指して学科試験を受験される皆さん。テキストは最新版を用意しましょう。費用をケチって、「昔、普通免許取得の時に使った教本があるから、それを使おう」なんてことはしない方が良いですよ。書店で最新の問題集や教本を用意しましょう。
2006.05.27
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最近、求人広告は丹念に見るようにしています。そうする内に、求人広告の新たな見方を発見しました。それは、新店情報が分かること、です。「何月何日、新規開店につき、Newスタッフ大募集!スタートが皆同じだから安心です!」と言ったキャッチコピーをよく目にします。そんな広告の出ていたミニストップの某店舗が本日開店ということで、たまたま近くに寄る用もあった為、行って来ました。コンビニといえども、新規開店の場合は徒歩圏内には間違いなく新聞折り込みが入ると思います。しかしながら今日開店の店舗は、自宅からは車で10分位はかかる場所の為か、広告は入ってきませんでした。求人広告がなければ、多分その前を通るまで気付かなかったことでしょう。10時20分過ぎに現地に着くと、結構な人手です。駐車スペースは10台程ありますが、8割方埋まっています。本部から来ていると思われるスタッフも6・7人位はいたでしょうか。店内にはいるときにそのスタッフから、「本日開店です。どうぞよろしくお願いします。」と挨拶され、ポケットティッシュとソフトクリーム型のマグネット付きクリップを渡されます。開店の記念品です。小さなお子さま連れには、風船のサービスもあります。店内もなかなかの賑わい。開店記念ということで、デザートやおにぎり各種、50円引きとなっています。さらに、店内加工のソフトクリーム、通常189円のところ、100円となっていました。割引のおにぎりを何個か求め、レジに並びます。バーコードをスキャンする手際は決して良いとは言えない。そりゃ開店したばかりだもの、当たり前です。支払いにクレジットカードを出すと、「少々お待ち下さいませ。」と、すかさず隣の店長らしき人に確認。「こうこうこうして、”カードとお客様控えをお返しします”、と挨拶してお渡しすること。」との指示。指示通りに渡されたのもご愛敬。ビックリしたのは、近隣の高校の生徒と思われる人達の何と多いこと!午前10時半前ですよ。”一体授業はどうしているんじゃ!”と思ってしまうのは、私がそれだけジジイになった証拠でしょうか?今の時期だと中間試験があったりして、時間が不規則なのかもしれません。でも試験中ならもっと始末が悪いよな。この高校の徒歩圏内、いや、自転車5分圏内にもこれまでコンビニの類は一切なかったので、生徒達にとってはサロンとなるでしょう。特にミニストップはイートインコーナーがあり、店内でくつろぐことが出来ますから。ちなみにこの高校、宇宙飛行士の野口聡一さんの出身校です。
2006.05.26
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時は3月半ば、少年の心は浮かれ立っていた。ほぼ1カ月前の入試を首尾良く突破、中学校の卒業式も終え、後は志望校の入学を待つばかり。時間はいくらでもある。そうだ、旅に出よう!車中1泊を含む、4泊5日の小旅行を思いついた。まず東京駅を大垣夜行で旅発ち、豊橋から飯田線を北上して途中の駒ヶ根に2泊。再び飯田線を北上して辰野に出て、中央線で小淵沢に。小海線に乗り換えて小諸、信越線で長野に辿り着き、ここで1泊。豪雪地帯で名高い飯山線を辿り、上越線、高崎線と乗り継ぎ帰宅。宿泊先は全てユースホステル。切符は長野県の大半の国鉄線に乗り降り自由な「信州ワイド周遊券」。安価に安全に旅が出来る筈。そして少年にとっては初めての一人旅。何もかもが新鮮だ。飯田線を選んだのには訳がある。この線には、戦前から活躍してきた旧型国電が集中配備されていたが、この年初夏には全車両の引退が決まっていたのだ。引退前に最後のお別れをしたい。それに前年3月にも飯田線を乗り通し、その沿線風景の素晴らしさにすっかり魅せられてしまったのだ。もの凄く険しい地形を辿りながら見せる見事な渓谷美、飯田から先の伊那谷から見る中央アルプスの素晴らしさ。これ程多彩で風光明媚な路線は滅多にない。前年は豊橋から飯田まで急行「伊那」で乗り通したので、今回は旧型国電で全線195.8km、約7時間の旅を楽しみたかったのだ。豊橋駅で出会った飯田線電車は、正に期待に違わぬ存在だった。床が木製なのはもちろん、車内の座席や壁面も全て木製。しかもニスが塗りたくられ、実に重厚な雰囲気を醸し出している。旧家の応接間に通された様な安らぎを覚える。それに発進時の釣り掛け駆動のモーターの重低音が素晴らしい。グオーンと腹の底に響き渡るこの音、新型電車では決して感じることの出来ない重みがある。豊橋から辰野まで、旧型国電の旅を満喫し、駒ヶ根まで戻って今日の宿、駒ヶ根ユースホステルに向かう。駅からバスに10分程乗り、そこから徒歩約5分。バスに乗る頃にはとっぷり日も暮れ、真っ暗だ。駅前よりも標高も高いので、最寄りバス停付近は雪が積もっている。ここで降りたのは、少年とランドセルを背負った小学生の女の子の2人だけ。さて、ここからは歩いていかないと。ユースホステルまでの地図を確認しようとバッグを開けてガイドブックを探していたとき。「どちらまで行かれるんですか?」との声。振り返ると、女の子を迎えに来ていた母親が軽自動車に乗っている。「駒ヶ根ユースホステルです。」「あら、じゃあちょうど通り道ですから、どうぞお乗りになって下さい。」「え!いいんですか!?」「どうぞ、遠慮なさらないで。」「はい、ありがとうございます。」この様な次第で、軽自動車に便乗させていただいた。時間にすればほんの数分であっただろう。「じゃあここで。あそこに見えるのがユースホステルです。」「どうもありがとうございました。」「お気を付けて旅をなさって下さい。さようなら。」「さようなら。」車を見送ると、小学生の女の子が笑顔で手を振ってくれた。少年にとっての初めての一人旅。その旅の最初に、素晴らしい出会いをした。とても思い出深い出来事だ。そう、あれから23年が経ったが、今でもはっきりと覚えている。そしてこれからも決して忘れないだろう。(完)今日はいつもと違って、昔の旅日記を書いてみました。人生最初の一人旅で素敵な出会いに恵まれ、とても思い出深いものとなりました。「昔は良かった」というつもりはありませんが、昨今の物騒な世の中ではこうはいかないでしょうね。もし今ならば、”何だか怪しい少年が降りてきたわ。最近の少年はキレ安くて何をしでかすか分からないから恐いわ。早く娘を乗せて、さっさと帰りましょう”というパターンになってもちっとも不思議ではないでしょう。でも私は思います。あのときの小学生も今では30過ぎ、もしかしたら結婚してお子さんがいるかもしれません。あの優しい母親に育てられたのならば、あの子もきっと思いやり溢れる優しいお母さんになっているだろうと。
2006.05.23
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5月13日に行われた会社説明会。その企業に応募しましたが、「残念ながら・・・」云々の通知が、昨日届きました。どんな選考であれ、落ちるというのは決して愉快ではありません。しかしそんなことばかりいつまでも気にしていても仕方がないので、即座に次の応募先を探します。景気が回復しつつあるとはいえ、「無い様で有り、有る様で無い」のが就職先の常。ちょっと興味のある企業が見付かりました。40歳迄応募可、ただし最初の数ヶ月は時給制とのこと。さて、どうしようかな・・・
2006.05.21
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間もなく車を購入して1年になります。そこで12カ月点検を受けてきました。エンジンその他、さしたる問題もなかったのですが、屋根の塗装に問題が「この上を見て下さい。この部分が雨ジミになっているんです。何か樹液の垂れる木の下とかに駐車されていますか?」と聞かれましたが、全く心当たりがありません。自宅駐車場には、今の車を買ってから屋根を付けた位です。密封されているわけではありませんが、雨ざらしというわけでもありません。よく出かけるところにも、そんな所はありません。それなのに、どうしてこんなことに?「少し様子を見ていただいて、まだヒドイ様でしたら、コーティング加工とかをお薦めします。」とのこと。う~ん、困ったものだな。車高が目線よりも高いので、完全に死角になっていました。これからはもっと注意しよう。
2006.05.19
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5月16日(火)、コンビニ運営でお馴染みのミニストップ株式会社の株主総会に行って来ました。場所は千葉県幕張の「イオンタワー」、イオングループ各社の本部が入っています。まず自宅最寄り駅からJRで上野に出て、そこから京成電鉄で幕張本郷駅まで行きました。東京駅から京葉線に乗り換えて海浜幕張駅まで行っても構わないのですが、そうしなかったのには理由があります。実は京成電鉄の株主優待券も4枚持っておりまして、つまり京成なら4回はタダで乗れるからです。幕張本郷駅からはバスに乗ります。乗ったのは急行海浜幕張駅行き、全国でも数少ない連接バスを使用しています。このバスに乗るには、料金210円を前払いします。駅の改札口の様な小屋があり、バスカードを通したり、現金を支払ってから乗り込みます。途中千葉県の運転免許センター前を通過し、10分程度で到着しました。昨年は出席出来なかったのですが、2002年以降これで4回目の出席です。入口にはガードマンとスーツ姿の男性が立っていて、ちょっと物々しい雰囲気です。議決権行使書を提示して入場します。エレベーターで3階に上がり、受付で議決権行使書を提出して、引き換えに出席票を受け取ります。従来は胸ポケットに挿す短冊形でしたが、今回は首からぶら下げる形に変わっていました。10時より開会。まず監査役会からの報告、次いで前期の営業報告、決議事項の審議と決議、今期の目標等について、最後に質疑応答があり、終わったのは11時半頃でした。私の主たる目的は、その後です。ミニストップでは毎年、株主総会終了後に「株主懇談会」を実施しています。簡単に言ってしまえば、株主と役員が出席しての「立食パーティー」です。噂が広まっているのか、4年前に比べて年々参加者が増えています。ちなみに今年は160数名でした。ただ人数が増えたせいか、それとも他の要因なのか、3年前まであったビールはなくなっています。それにしても凄い人数です。各テーブルにお寿司があるのですが、早めに確保しないと、あっという間になくなってしまいます。その他オードブルのテーブルにも行列が出来ています。皆さん株を持っている位だから、決して餓死する恐れがある訳ではないだろうに、こういう場所だと何故か我先に食料確保に走ります。まるで戦争中の物資配給みたいです。ミニストップ名物のソフトクリームも供されますが、これがまた凄い行列です。私は早めに並んだので5番目位で出されましたが、振り返るとあっという間に数十人の大行列です。ちなみに定価は189円です。色々と飲み食い出来て結構ですが、率直に言って4年前と比べて、質量共に明らかにレベルダウンしています。4年前の方が飲み物の種類も、料理の種類、量もはるかに豊富でした。とは言っても、全て「無料」ですから、文句を言ったら罰が当たります。最後に出席票を返却して、花の鉢植えをいただいて帰ります。今年のお花は従来に比べて豪華です。赤、黄、オレンジ、ピンクと色とりどりの鉢植えが並び、「お好きな色をどうぞ。」とのこと。オレンジと黄色の混ざったお花をいただきました。会場を出たのが12時頃、バス電車と乗り継ぎ、上野到着は午後1時頃。晴れていればこの後色々予定があったのですが、何でこうも雨ばかり降るのでしょうか。昨日の予報では「午後、雨が降るかもしれない」程度の言い方でしたが、現実には傘がないと出歩けない雨量でした。従って午後の予定はパス、真っ直ぐ帰宅しました。株主総会とは全然関係ありませんが、千葉県の大型二種路上コースは道路が広々していて良いですね。全コース把握している訳ではありませんが、免許センターの周辺道路はどこも幅広く、大型車の走行に何の支障もありません。これが二俣川だと、「ここ本当にバス走っていいの?」と言いたくなる道路がわんさかありますから。
2006.05.16
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13日(土)、横浜からの帰途車中でのこと。途中駅から乗った4・5人の女子高生集団。見たところ練習試合か何かの帰りといったところ。この日の神奈川県内は大層寒く、季節が1カ月以上逆戻りした感じでした。その高校生達、乗り込むや否や、何やら扉脇を一生懸命押しています。 「ねえ~、それ多分使えないと思うよ。」 「いっけない、つい御殿場線の癖でボタン押しちゃったよ!」 「ギャハハハハハ(以下大爆笑)」東海道線では現在、湘南新宿ラインとして高崎線と乗り入れて、籠原や高崎まで行く電車があります。群馬県内の一部では、冬期間のみ、乗降がある扉だけ乗客がボタンで扉の開閉操作をして、閉めるときは全扉一斉に閉めるという、いわゆる「半自動ドア」のシステムが導入されています。寒い期間、車内保温には最適です。しかしながら、温暖な東海道線では使用されていません。この電車には、その高崎線用の「半自動ドア」設備が装備されていたのです。今の季節は高崎線でも使用していない為、メインスイッチを切ってある筈です。それとは知らずに、普段乗り慣れている「御殿場線」の習慣に従って、「閉」ボタンを押してしまったのでしょう。ちなみにこの半自動ドアシステムですが、神奈川県内では「相模線」でも使用されています。相模線では季節を問わず、一年中使用されています。単線の為、列車行き違いの待ち合わせ時間が長い為でしょうか。沿線では、乗り込んだときに後に続く人がいない場合、最後の乗客が「閉」ボタンを押すのがマナーとなっています。そして降りるときは、後に続く人がいない場合、降り際にホームから車内に手を伸ばし、「閉」ボタンを押すのがマナーとなっています。車外には「閉」ボタンはありません。「開」ボタンのみの為、こんなテクニックが必要となります。それにしてもこの高校生達、何と賑やかなこと! 「ギャハハハハハ・・・・」 「ちょっと、ちょっと、ウチら顰蹙だよ。シーッ」 しばしヒソヒソ声。そしてしばらく経つと、 「ギャハハハハ・・・」 これの繰り返し。もっとも、隣り合っていても互いにメールをするばかりで一言も会話しない様な関係に比べれば、ずっとマトモかもしれません。一応周囲への気遣いも出来てますからね。
2006.05.14
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連休が終わった途端、ウンザリするほど雨ばかり降ります。もう梅雨入りしてしまったのかな?昨日の金曜日は、一滴の雨もなく、近頃貴重な位の青空でした。水曜日もかろうじて小雨にとどまりましたが、その他の曜日は雨ばかり!今日も殆ど止むことなく、朝から降り続いています。そんな雨の中、「横浜ランドマークタワー」に行ってきました。土曜日と言うのに修学旅行生らしき姿もチラホラ。せっかくの修学旅行がこんなお天気で、何とも気の毒です。晴れていれば「みなとみらい地区」「山下公園」「中華街」等々、散策スポットがいっぱいあるのにね。横浜駅では、電車で移動する大量の中学生を見かけました。かばんに「KOBE」の文字が見えるので、恐らく神戸市内の中学校なのでしょう。神戸と言えば横浜と並ぶ、日本を代表する港町。似たような所に来ても、意味ないんじゃないの?と思ったのですが、後で調べたところ、その学校は「神戸市内」とはいっても、随分山の中に位置しているのでした。横浜だって戸塚・泉・瀬谷区界隈は、港町とは全く無縁ですしね。
2006.05.13
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昔と比べて、信号無視の車が増えた気がします。といっても、露骨なものではありません。信号の変わり際です。明らかに赤になっているはずなのに、平気で交差点に突っ込んで来る車の何と多いこと!非常に危険です。何か良い手だてはないものでしょうか?あくまで夢物語の話ですが、双六の様に「信号無視をした車は、20個手前の信号に強制的に戻らせる」ことの出来る道具なんて出来ないでしょうか?もし実現出来れば、警察の取り締まりよりも余程効果的、と思うのは私だけでしょうか?
2006.05.11
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私の住んでいる地域では、毎週日曜日の新聞に、地域の求人広告がドッサリ折り込まれて届きます。その中に興味ある求人を見つけました。未経験可、年齢は50歳まで、契約社員としての採用だが正社員登用制度あり。なかなか結構です。そこで8日(月)に早速電話してみました。氏名、住所、その仕事の経験があるか等ひととおり聞かれて、年齢の確認です。「失礼ですが、今おいくつですか?」「38歳です。」「う~ん、38ですか・・・そうなりますと、正社員にはなれませんが・・・」(あん、なんじゃそりゃ!)「社内規定により、正社員登用制度は34歳までとなっております。ずっと契約社員でよろしければ構わないのですが、それでよろしいですか?」(良いわけねえじゃん!)「そうですか、ではまた検討して、ご連絡いたします。(二度と連絡なんかしねえよ)」「はい、またよろしくお願いします。」こんなやり取りで終わりました。(括弧内は私の心の叫びです。)江戸時代の身分制度じゃあるまいし、60歳定年と考えれば、今後20年近く契約社員のままなんて、願い下げです。なにしろそれでは昇給、賞与一切なしですので・・・気持ちを切り替えて、すぐに別企業にアタックです。ここはまず会社説明会を開催するので予約せよ、とあります。募集条件は「大卒、22歳以上」としかありません。早速電話して必要事項を伝えます。「年齢は?」との質問に、ちょっとドキドキしながら「38歳です。」と答えると、案ずることもなく、「では当日、筆記用具持参で所定の場所にお越し下さい。」とのこと。ちょっと一安心です。昨日の日記の最後に書いた「説明会」とは、ここのことです。まあ、そう簡単にいくわけないですね。冷静に考えてみれば、今日の電話できちんと条件を明示してくれたのだから、お互いに時間と手間を無駄にせずに済んだ、とも言えます。記事に明記してあれば言うことなしだったのですが・・・説明会は今週末。どんな会社だろう?と、少し楽しみです!
2006.05.09
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毎日毎日お気楽なブログを書いていますが、先の生活を全く考えていないわけではありません。就職活動も、それなりにやっています。インターネットの求職サイトで、これは、と思える仕事を見つけ、応募しました。3月29日のことです。4月4日に返信メールが届き、「書類選考をしたいので、必要書類を送られたし」とのことで、早速履歴書と経歴書を送付しました。が、しかし、そこからが長かった。2週間を過ぎても音沙汰なし。いくら何でも遅すぎるだろう、とメールにて問い合わせをすると、「予想以上に応募が殺到し、選考に手間取っている」とのこと。それでも「4月22日までには、必ず一報入れる」との返事に一安心。その22日、私の不在中に電話があり、「また後ほど連絡します」との伝言。ところが、24日まで待ってもさっぱり連絡なし。よく屁理屈をこねる小学生が、「後で、って言うのは、5分後だって10年後だって、後には違いないぜ」というのと同じじゃないか!25日にこちらから電話をして、ようやく連絡がつき、27日に面接、というところまで辿り着きました。で、面接を受けたのですが、どうもイメージと違う感じ。募集職種が「レンタカー営業所の店長候補」となっていたので、店舗運営管理の様な仕事かな?と思っていたのですが、現実にはその営業所近隣の法人顧客開拓、いわゆる「飛び込み営業」が殆どだ、というのです。それに、将来的には他部門への異動もあり得る、とのこと。店舗運営的な業務なら、かつて携わったこともありますが、飛び込み営業なんて全くの未経験。しかも積極的にやりたいとも思わない。また他部門とやらも、どちらかといえば意に沿わない業務。「面接結果は5月10日前後にお伝えします」とのことで、この連休中随分考えました。とにかくどんな内容であれ、まずは勤めてみなければ始まらない。でも、興味のない仕事に取り組んで続くだろうか?とか・・・そして昨日、私なりに結論を出し、応募辞退の連絡を差し上げました。「よし、ここで是非とも頑張ろう!」という気持ちが、さっぱり湧いてこなかったのです。これでは入社したとて、すぐ嫌になってしまうでしょう。「他部門への異動」も気がかりでした。前職の時に、「不動産賃貸営業」で入社したはずが、前任者の急な退職もありましたが、入社後わずか1カ月半で「不動産賃貸管理」にまわされ、最終的に滞納家賃の回収ばかりやらされた苦い経験もありました。今でも少し考えます。あの異動がなければ、まだ勤めていたかも、と・・・結局振り出しに戻ったわけですが、それ程悲観していません。将来について考え直す、良い機会になりました。そして今日、ある企業の会社説明会の予約を取りました。こうなったら後ろを振り返らず、前進あるのみです。そういえば、運転免許試験場の実技試験でも、バックは一番苦手だったっけ・・・
2006.05.08
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初めて献血をしたのは、今から13年前の夏でした。そして2回目は、その2年後。そして更に11年が経ち、3回目の献血をしました。こんなに期間が空いたことに、確たる理由はありません。私の行動半径に献血出来る場所がなかっただけです。しかし運転免許試験場での受験中、毎回献血を呼びかけるスタッフを目にしました。受験中は時間の関係等で献血出来ませんでしたが、久し振りにしてみようかな、という気持ちになりました。そしてついにチャンスが訪れ、先月下旬に「横浜駅西口献血ルーム」に行って来ました。過去2回の献血が成分献血だったので、今回も成分献血にします。まず受付で献血手帳を提出し、「本人確認が厳格化されたので、今回だけ身分証明書を」とのことなので、免許証を提示します。次にタッチパネル式の機械で問診に答えます。いくつもの質問がありますが、とても笑えるものもあります。「麻薬や覚醒剤を使用する為に、注射器の回し打ちをしたことがありますか?」。「はい」と答える人が、この場所に来るとは思えないのですが・・・問診が終わり、しばらく待つと次は血圧の測定です。それが終わってしばらく待つと、今度は採血です。スタッフの人に「11年振りの献血ですね。」と感激されます。両腕の肘関節内側を触って、「左腕で採血をして、献血は右腕でお願いします。」とのこと。左腕に針が刺されますが、いや、結構痛いです。血管を探して針を動かすと、痛みがチクチク伝わります。「大分汗が出ていますね。成分献血には水分補給が大事ですから、採血が終わったら献血までの間に最低2杯の水分を補給して下さい。」とのこと。更に「血圧が少し高めですが、急いで駆けつけたのですか?」「いえ、別に・・・少し緊張しています。」「なるほど、まあ針が好きな人なんて、あまりいませんからね。」といった様な会話を交わします。採血が終わると、ビスケット3枚入り1袋と、カルシウム補給のサプリメントを渡されます。「成分献血にはカルシウム補給も大事ですから。」とのこと。ロビーでしばし休憩。この間にアクエリアスを飲み、さっきのビスケットとサプリメントを頂戴します。ビスケットは小学生の時に大好きだったもので、”ああ、懐かしく美味いなあ”と感激します。サプリメントはジューシーみたいな錠剤タイプで、”なめずに噛むこと”とあります。10分程経ってベッドに案内されます。横たわると正面には小型の液晶テレビ、アクオスが取り付けられ、音声は聞こえやすい様に耳元にスピーカーが着いています。これはなかなか快適です。「本日は血小板成分献血をお願いします。」とのこと。ちなみに成分献血とは、血液中から血小板もしくは血漿のみを抜き出し、残りの赤血球や白血球等は体内に戻す献血方法です。医療機関側は必要な成分だけを効率良く手に入れられる、献血者側は身体の負担が少なくて済む、といったメリットがあります。弱点は献血時間が長くかかることです。今回は約50分程度かかったでしょうか。それでもテレビを見ながら横になっているだけですから、右腕に針が刺さっていることを除けば、快適そのものです。疲れたら寝たって構いません。どういう仕掛けになっているのかは分かりませんが、右腕にまいたエアーバンド(血圧測定でまくやつ)が膨らんで腕を締め付けたり、一定時間経つと緩んだりします。献血が終わると、最後に左腕で血圧測定をします。最初の計測値よりも15程度下がっていました。注意事項として、今日この後は激しい運動はしないこと、風呂に入っても構わないが、サウナは避けること、最低10分は安静にしてから帰宅すること、その間に暖かい飲み物と冷たい飲み物、最低1杯ずつとること、等が申し渡され、さっきと同じビスケットが手渡されます。受付で献血手帳を返してもらい、「成分献血で時間を取っていただいた方には、こちらを差し上げております。」と電動歯ブラシをもらいます。メーカーのホームページによれば、1,780円の品物です。なお口腔ケア商品を選ぶことも出来ます。美味しいビスケットをまたもや口にして、ココアとジュースをいただきます。15分程休んで全て終了。トータルで1時間15分程度かかりました。誰にでも出来る、ささやかな社会貢献です。機会があれば、また立ち寄りたいと思います。
2006.05.07
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5月5日に横浜に出かけて、その帰宅途中での出来事です。最寄り駅から自宅までは、徒歩20分程度、バスなら早ければ8分程度で着きます。バスは日中でも5分おきに走っているのでとても便利なのですが、私は肥満防止の為、年明けからは雨や重い荷物のある時以外は必ず歩くことにしています。最寄り駅から歩いて帰る途中、踏切が1箇所あります。その踏切ですが、下り方面は別段どうということもないのですが、上り方面がクセ者です。その踏切のすぐ手前に駅があり、上り列車はその駅に到着すると同時に踏切が閉まる為、遮断機が下りてから上がるまでの間が、もの凄く時間がかかるのです。この日も踏切手前に差し掛かったとき、警報機が鳴り始めました。しかも上り方面の列車通過の矢印も出ています。”うわあ、こんなの待ってられるかよ!”そうと決めたら迷わずGOです。どうせ駅での乗降が終わらなければ列車は来ません。警報機に構わず、走って踏切に入ります。単線なので踏切の幅も大したことはありません。踏切を出るときに遮断機が下がってきました。頭を下げてかがみながら通り抜けようとしたその時です。ゴツンと衝撃が伝わり、一瞬にして視界がボヤケました。そう、頭の下げ方が十分でなく、遮断機の竹棒に顔面がヒットしたのです。痛いし、みっともないのなんの・・・眼鏡もはじき飛ばされてしまった為、視界がボヤケたのです。不幸中の幸いだったのは、低い距離から落ちたのと、落ち方が良かった為か、レンズが割れなかったことです。それでもフレームがゆがんでしまい、直すのに四苦八苦しました。私、視力が0.1ないので、眼鏡がないと運転はおろか、外を歩行するのも困難になってしまうのです。おまけに通常のレンズだと分厚くなり過ぎる為、薄型レンズとやらを使用しているので、2枚で3万円はするのです。レンズが無事で本当に良かった!よくハンドル握ると人格変わる人っているでしょう。私はその逆バージョンで、車に乗ると凄く慎重な運転をするのですが、歩いているときには結構無茶苦茶してしまうのです。いけませんねえ。「警報機が鳴り始めたら、踏切内には絶対に入らない」人でも車でも、交通ルールはきちんと守りましょう!
2006.05.06
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5月5日の子供の日、横浜桜木町に行って来ました。ここには商船学校の練習帆船、先代の「日本丸」が、引退した翌年の1985年以来繋留されています。この日本丸の前がちょっとした広場になっていて、4~11月の期間、約毎月1回横浜市内の吹奏楽団体の演奏が行われています。メインは中学・高校の吹奏楽部ですが、一般・社会人団体が出演することもあります。その吹奏楽演奏会が5月5日の12時~14時40分まで行われるとのことで、聞きに行ってきました。実は私はかつて中高校時代、吹奏楽部に所属していたこともあり、この手の演奏会があると自然に足が向いてしまうのです。TV、映画も欠かせません。7年前のちょうど今頃、TBS系列で放送されていたドラマ「L×I×V×E」ですとか、2年前に公開された映画「SWING GIRLS」等、演奏シーンを見ていると、一気に過去の自分にタイムスリップ出来ます。外国映画はどうかな?と思ったのですが、先月韓国映画「春が来れば」を見たら、やはり演奏シーンは最高でした。ドキュメンタリーも最高です。日本テレビ系列で放送されている、「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」の名物コーナー「吹奏楽の旅」は必ず見ていました。やったことのある人でないと理解しづらいと思いますが、要するにこれらの番組を見ていると、何だか自分も演奏に参加している様な気分になってしまうのです。しかし何と言っても、本物の演奏が最も素晴らしい!そばで迫力ある演奏を聞いていると、自然に活力が湧いてきます。人生38年の内、吹奏楽に携わったのはわずか6年足らず。しかもその6年間だって、決して楽しいことばかりでなく、不愉快なこと、腹の立つこともたくさんあった筈なのに、何故か楽しい想い出しか出てきません。まあ、それだけ私がオメデタク出来ているということでしょう。5月5日に素敵な演奏を披露してくれた、横浜市立保土ヶ谷中学校、県立元石川高校、県立横浜平沼高校吹奏楽部の皆さん、最高のステージをありがとう!!!
2006.05.05
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Suicaといっても、JR東日本沿線にお住まいでない方はご存知ないかもしれません。「スイカ」と読みます。夏の風物詩ではありません。スイカはJR東日本の発行するICカード。チャージ(入金)しておけば、切符を買うことなく改札を通ることが出来たり、スイカ対応店舗で電子マネーとして使えたりします。話は変わりますが、今からさかのぼること約13年程前、「ビューカード」というJR東日本の発行するクレジットカードを申し込みました。当時はJR東日本の駅で使える唯一のクレジットカードということもあり、東京への通勤定期購入とか、旅行の切符購入とかに大活躍していました。しかしながら、その後電車通勤をしなくなったことや、他社クレジットカードも使える様になったりした為、ここ7年程ビューカードは全く使用しませんでした。家計節約の智恵本とかよれば、「全く使わないカード類は、早々に解約すべし」ということらしいですが、デザインが綺麗なことや、年会費が500円と比較的安いこともあり、解約せずにいました。そのビューカードが久々に活用出来る様になりました。先程のスイカですが、単独型以外に、携帯電話を使用するものや、ビューカード一体型もあります。今回私は、従来のビューカードにスイカ機能を持たせた「ビュー・スイカ」カードへの発行切替を申し込みました。このビュー・スイカカードは、スイカとクレジットカードと更に定期券までも一体化された優れものです。ビューカードを解約しなくて良かったです。そうなると新規申込扱いになり、無職の人間の入会申請が受理されるはずもなく、申込は出来なかったことでしょう。「お勤め先に確認のお電話を入れる場合もございます」と書いてあるのが気になりましたが、案ずることはなく無事手元に届きました。使用する前は、「たかだか切符を買わない位、大した手間でもないだろうに、そんなに便利なものかな?」と思っていたのですが、たったそれだけの手間が省けるだけで、結構便利に感ずるものです。しかも以前の磁気定期券とは違い、パスケース等に入れたままで改札機にタッチすれば良いので、本当に便利です。大きな駅に設置されている「スイカ専用改札機」、以前は邪魔くさくて仕方なかったのですが、いざ自分が使える様になると、ちょっと優越感に浸ってしまいます。ビュー・スイカカード、これからも活用出来そうです。
2006.05.04
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昨日この時期恒例の、自動車税納税通知書が届きました。5月になった途端に届き、実に早手回しだな、と感心してしまいました。今の車になって初の自動車税、気になる金額は・・・29,000円でした。昨年までは49,000円でしたから、一気に2万円も下がりました。でも、それは今年だけです。同封されている「自動車税のグリーン化税制(環境配慮型税制)について」によれば、新規登録の翌年度に限り自動車税が低くなるそうです。私の車は「優良低燃費車」に該当する為、本来の税額の半額となっています。どうせならもっと長期間優遇してくれれば良いのに。だって新規登録から5年位経っても、「燃費が悪くなる」とは思えない!だったらその間は「優良低燃費車」には変わりないはず。国交省のケチ半額優遇ということは、来年からは58,000円になるわけです。う~ん、負担が重くなるなあ。ちなみに昨年までのパジェロは、初年度登録から年数がかなり経過していた為、本来の税額より1割増となっていました。本来なら45,000円だったのです。今の車の燃費は、カタログではリッター当たり17.8キロとなっていますが、今現在の実燃費は約15キロ程度です。当然の事ながら季節による変動は大きく、夏場にエアコンを使うと11キロ程度になります。真冬も意外と悪く、平均12~13キロ程度でした。多分エンジンが暖まるまで暖機運転を頻繁におこなう為でしょう。今の季節は暖機運転も殆どなく、条件が良ければ時速60キロ程度でもエンジンなし、モーターのみでの走行も可能です。
2006.05.03
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私の日記を最初から読まれている方なら分かるかと思いますが、試験場の試験官について、昔は悪い印象しかありませんでした。原付や普通免許を受験した時に、随分不愉快な印象だった為、自然と手厳しい表現が増えてしまったのです。けれども技能試験体験記には、一部例外を除き、それ程辛辣な表現はないはずです。そう、技能試験を受験してみて、かなり印象が変わったのです。実際に技能試験を受ける前は、結構ドキドキでした。”何かヘマをすると怒鳴られるんじゃないか?”とか、”まさか今時ビンタはないよな?”とか、いろいろ思い巡らしたものです。しかし、実際に受験してみたら、そんな不安は消し飛びました。もちろん気持ち悪い位にニコニコと愛想が良い、ということはないですが、人間として普通に接してくれる人達ばかりでした。運転者のみならず、道行く全ての人達の生命に関わることですから、当然試験は厳しいものですが、全体として、”何とか合格して欲しい”という思いが伝わって来ました。まさに「百聞は一見に如かず」。技能試験を受けなければ、試験官に対する勝手な思い込みは今でも続いていたでしょう。この受験体験を通じて、警察に対する親近感も湧いてきました。北関東のどっかの県みたいに、犯罪捜査を放置して、かつまだ反省せず控訴する様な腐った組織は願い下げですが、現場の第一線で働く人達は、きっとマトモに違いないと信じたいです。
2006.05.02
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