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あああーー長かった連休もやっと終わり!!民族大移動をしなくてよくなったから楽になった事はなったのだけど、やっぱり疲れて、チャレが終わってからぐったりしてました…。ストレスのせいかお腹もシクシク痛んで。テジョンに引っ越してきてから、祭祀や名節のときの料理はジョンを担当している私。味付けも難しくないし、これまでずっと一人で用意をしてきたヒョンニムへの償いも込めて…と思ってやってきたけど、さすがにうんざりしてきた。特に今回は、いつもよりも仕事がはかどらず。最初から用意して完成するまで、3、4時間かかるのだけど今回はやたら長く感じた…。やっぱり妊婦。最初の日はそうやって用意をしていたのだが、午後3時ごろにシオモニから電話。様子伺いの。シオモニはほとんど何も準備しないのだ。「もうやったのかい?早いねえ」とか言われてもねー。しらじらしいわ。で、翌日。旧正月当日。9時までに来いといわれていたのだが15分ほど遅刻。ハンボクを着ていこうと用意したのだが、夫のはたしかシデクにおいていたはず…と電話をかけるもシオモニは「ないよ」と探しもしない。そのせいで遅れたのに、着くや否やシアボジは「もっと早く来い!」と小言。あのねー。小さい子どもがいたらね、大変なんです!ソウルに住んでいたときも、9時間もかけてやってきたのに「何でもっと早く来ないんだ」とか小言ばっかり言ってたし。チャレを済ませ、皆はお墓参りに向かったけど、私は妊婦なので「行きません」と家に帰った。ボーっとテレビを見ていたけど洗濯物が溜まっていたので家事をやる。そうこうするうちに夫と娘が帰宅。おにぎりを作って食べ、ホームプラスに買い物に行き。夜は大根おろし入りの日本蕎麦。ミョンジョル料理はほとんど食べなかったはずなのに、つくっただけで胃がもたれていたのでこういう料理がありがたい…。翌日早朝にソウルから夫のお姉さん一家が来ることになっていたので連休3日目もシデクに。早く来いとまた催促の電話が2回もあり。いちいちうざい。行って昼食を食べていたときのこと。お腹の赤ちゃんの話題になった。ソウルにいたときとてもお世話になった旦那のお姉さんだったけど、シオモニの前だとやっぱりすこし「?」な発言をすることがある。「もう胎動感じるでしょう? どんな感じ?」「ウーとおんなじ感じだったら、女の子ね」と言っている。これは、シオモニが「縦に動いてたら男で、横に動いてたら女」(反対だったかも…)という根拠のない迷信を信じているため。縦とか横とか、そんなのわかんないし。なので「わかりませ~ん」と半笑いで返したのだが。夫が「女の子ですよ、女の子!」と言った。先月の検診で、女の子と分かったのだ。すかさずシプモの顔をチラリと見たら、下を向いてだまーーーーっている。その雰囲気を察したのか、お姉さんの旦那さんが、娘のよさを力説!!(笑)今の時代は、娘を産んだら、婿を連れてくるっていわれてるんだよ。これからは共働きじゃないとやっていけない時代なのだから、娘も働くようになったら、自分の実家の近くに引っ越してくるんだ。実の母親に子どもを見てもらったほうがいいからね。と。夫にいわせれば「シプモの雰囲気を察して力説してくれたんだ」とのことらしいけれど。その後、実家に一泊していたヒョンニム一家も戻ってきた。男たちはビリヤードに行き、女たちは映画でも、ということになったのだけど私はウーがまだ小さいので無理。なので、ヒョンニムのとこの子どもたち二人とウーをつれ、ヒョンニムの家に移動。ゲームするのを付き添うことに。そして夜になり、また皆で食事。ヒョンニムが買ってきたお刺身。ここでもシオモニは何にもしない。もともと料理が嫌いだし、人をもてなすとかまったくできない人なので最近はすべてをヒョンニムにまかせっきりで完全放棄している。まだ60過ぎたばっかりなのに。実の娘と婿も来てるのに。食卓に並ぶおかずも、全部市場で買ってきたものだし。私も私でいい加減慣れればいいのに、いつになってもイライラする…。自分が料理下手なのに、これはおいしいとか、これはこうやればおいしくなるとか言われて、それをもっともらしく聞かないといけないのも苦痛。料理が上手だったら素直に聞くけど。そこに並んでるおかずって全部買ってきたものですよね、って思うからすなおに聞けない。その後、こういうときだけ伝統とか家族団欒とかを強調するシアボジは、族譜を持ち出して夫とお兄さんに講義。代々続いているのだぞ、ってことを見せたいらしい。普段まったく家族思いじゃないのに。うちに男がいないと、って思ってるのも、「族譜が途切れる」とか「男がいないとジェサをやる人がいない」とか思ってるからだと。たいした家系でもないのに…。家長として立派に家族を守り続けてきたならまだしも、まったくそうじゃないのでこれまたよけいにむかむかする。で、ながーーい時間をかけて族譜を眺め回した挙句夜の10時になって「ユンノリしないのか」とか言う。もう帰らないと!ってみんな帰りましたがね(笑)。始まる前はあまりストレスじゃなかったけど、いざ連休が始まって、終わるとものすごいストレスに襲われて、イライラがピークに。夫には悪いけど、夫の顔見るだけでシプモのことが思い出されてイライラする。もう終わったんだし…と思えばいいのだけど、なんと2週間後にまたジェサがあるのよ!!連休に備えて本とか雑誌を準備していればよかったのだけど、それもなかったし。テレビばっかり見ててもつまらないし。妊婦で手芸もできなくなったし。もっとちゃんと準備しとけばよかった…と後悔しきりでした。あああーひとりでどっか行きたいわ。映画でも見るか…。
2011.02.07
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お腹の子も早いもので5ヶ月目にはいり、名前など考えている今日この頃。もともといいなと思っていた名前があったのだけど、音はいいけどハングルにすると字面が余りよくないので他にも色々考えている。自分たちの頭ではどうしても限定されてしまうので、某韓国情報サイトの懸賞で当たった「韓国プロ野球名鑑」を眺めていた。韓国は、日本の常用漢字とは比べ物にならないぐらい膨大な数の漢字を使う。日本の旧字と言えばいいのだろうか。なので、ハングルだと同じ読みでも漢字にすると違ったりして、すごくバラエティに富んでいる。姓も、5大姓と呼ばれている金、李、朴、鄭、崔以外にもいろんなものがあって、これまた珍しい「モ」氏が目に入った。自営業の我が家がお願いしている税理士さんが、「モ」さん。夫の友達の奥さんの同級生、ということもあり、何回か私も一緒に食事をしたことがあるのだが、先日会ったときに私はこう聞いた。「モ、って、珍しい名字ですよね。漢字、どう書くんですか?」すると、彼女はニコニコしながらこう言った。「『年』っていう字の右上に『、』が一つついてるんです~」それを聞いてその場で手のひらに書いてみる私。そんな漢字もあるんだなあと思っていたのだが。昨晩選手名鑑を眺めていたとき、その謎が解明した。「モ」さんって、「牟」さんって書くのかよ!「牟」の字を見てみると…。確かに…百歩譲って、「年」に「、」をつけたように見えないこともない。でもでも、全く違うやろ、それは!!!! ってがっくりきてしまった。税理士ぐらい学のある人でもこれか! って思って余計に。これが弁護士だったらこんな間違いしないのかしら。(六法全書は漢字だらけと聞いたことがある)韓国の学校教育で漢字をほとんど教えないっていうのもあるけれども自分の名前の漢字を知らないって、それでいいのか?? と、日本人としては思ってしまうわけです。これも「文化の違い」でかたづけられるのでしょうかねえ。ちなみに旦那のお姉さんの子どもたちが当時高校生と中学生のとき、名前の漢字を聞いたら「知らない」と言ってこれまたすごく驚いたことがありました。名前付けるときは漢字の意味にもこだわってつけるだろうに子どもたちにはそういうこと教えないのかしら。他にも、洞事務所に行ったら大学生と思しき息子と母親が来てて、母親が申請書見ながら「貴方の名前の漢字はこう書くのよ。これからはちゃんと知っておかないと」とか言ってるのを見たこともあるなあ。遅いって!!! と心の中で激しく突っ込んだのはいうまでもない…。また韓国の愚痴でした(笑)。
2011.01.25
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あけましておめでとうございます。すっかりご無沙汰していたこのブログ…。ここ2ヶ月ほど肉体的にも精神的にも調子が悪くボーっとしていました。今年はいい年になればいいなあ。さて、私。待望の二人目を授かりまして、今日から5ヶ月目なんですが。(早いなあ…)先日シデクにいったときのことです。今回の妊娠は、シオモニの「お前妊娠したんじゃないのかい?」という恐るべき予知夢によってシプモに知られることとなったのですが(安定期に入るまでいいたくなかったんだけど…)それによると「男」だそうで。私の前では何も言わないシプモですが、夫の前では「男みたいだから良かった」とか「男が頼もしいからいいんだ」とか言ってるらしく。じゃあウーはどうなるのよ! って思っていて、私の前でそんなこと言われたら泣くよ!!と前々から言っていたのですがこの前とうとう言われました。1月1日。トッククを食べに来いというシオモニの呼び付けで家に出向き、食べていたときのこと。シアボジが、ウーにいいました。「オレヌン ナムジャドンセン ポジャ~!」(直訳すると「今年は弟に会おうな!」つまり「今年は弟が生まれるぞ~!」って感じですかね)私に直接言われたわけではなく、ウーに言ったんだけど、一緒に食卓にいたので凍りついた私。怒りが見る見るこみ上げ…。いかん。このままじゃ絶対家に帰ってから夫に当たる!自分がすっきりするにはなんか反抗するしかない! どうしよう…どうしよう…。トッククを食べながらもやもやもやもやとしていたのですが、我慢しきれなくなって、口から出た言葉がこれでした。「女の子でもがっかりしないでくださいね!(笑)」それを聞いたシオモニ、すかさず「あら! 何言ってるんだい! 健康ならそれでいいんだよ!」肝心のシアボジはというと、だまーーーったまま…。シモニもシアボジも、やっぱりねっていう反応でした。シオモニは別にどっちでもいいんだと思う。男だったら建前上周りに「男でよかった」っていうだろうけど女だとしても可愛がってくれるはず。そういうポリシーみたいなのがない人だから(笑)。ヒョンニムのとこは二人とも男で、もう男の内孫もいるしね。でもシアボジは絶対「男がいないとダメだ」って思ってると思う。自分が男だし。「男=財力」って思ってるからね。ぜーーーったい。そういう貴方は? って言いたいですが(笑)。自分の口で反抗できて、しかも荒波立てずに冗談めかして言えたことに、我ながらびっくり。成長したなあと思いました。肝心の性別は、今月半ばの検診で教えてくれるらしいんだけど。どっちかな。どっちでもいいんだけど。健康に育ってほしいと毎日願うばかりです。
2011.01.05
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10月15日の金曜日、遠足に行ったウー。お友達と先生にあげる、というので子ども3人分ぐらいのお弁当を持たせ重いのにそれを必死に自分で持っていこうとしていたウー。(母は重さのことを考えてませんでした…^^;バス移動だったから大丈夫だったと思うけど)リンゴ園でリンゴ狩りをし、お土産も持ってきて、「あのね、こうやってとって、こうやってかごに入れるんだよ!」と楽しそうに教えてくれたウー。先生にも、自分でおかずをフォークにさして「ソンセンニム、ドゥセヨ~」と持って行ったらしい。先生大感激。私もとってもうれしくて、その日の様子を何度も何度も尋ねていたのですが。そのウーが、その日の夜から、高熱を出しました。翌日病院に行くと、扁桃腺が腫れているとのこと。熱は上がったり下がったりを繰り返し、かなりの高熱でとても苦しそう…。月曜になってやっと平熱に戻ったけれど、その間消耗した体力がなかなか回復せず私が仕事だった水曜の11時ごろ登園した以外は、ずっと行きたがりませんでした。そしてそれはその次の週まで続き…。まさに登園拒否。どうしよう、困った、ととても悩んだ挙句腹をくくってしばらく休ませようと、その週の木曜に園長先生に電話。すると「休ませるとかえって行きたくなくなりますよ。しばらくはお昼寝前の1時にお迎え、というのはどうですか」と言われました。それを聞いて正直「え~っ」と思ったのが本音…。ウーはオリニチブ(保育園)に通っているので、朝の8時半に出て、午後5時半に戻ってくる。よそはオリニチブでも4時ごろに終わるところもあるけど、ウーが通っている所は長い。私も仕事をしているので、長く預かってもらえるのはとてもありがたいのだけれど正直、帰ってきたらあっという間に時間が過ぎてウーと触れ合う時間が足りないなあと、前々から思っていた。だから、時間のあるときは早くお迎えに行ったりしようと思っていたけれど、ここ2ヶ月ものすごく忙しくて、それどころではなかった…。私が一息ついたのをウーが察したのかどうかは分からないけれどウーはママと一緒に遊びたかった模様です。園長先生の言うとおり、1時にお迎えに行くことに決め、先週木曜日の晩に「明日は行こうね。ママお迎えに行くから」と約束。それなのに翌朝、また起きないというウー。「約束守らない子はママの子じゃないよ! 約束したでしょう! もう勝手にしなさい!」と怒ると大泣きするウー。何とか支度をして、「お友達と遊んで、ご飯食べたら、ママがお迎えに行くからね」と約束をして送り出す。1時はあっという間でした。お迎えに行くと、ガラスの向こうからにっこりわらうウー。ママがお迎えに来てくれてうれしかったみたい。ウー、寂しかったんだね。今日もまたお迎えに行って、その後アイスクリームを食べ、マートで買い物。家に帰ってからは塗り絵をしたり、折り紙で遊んだり、テレビを見たり、久しぶりにじっくりウーと遊んだ感じ。「オリニチブでお昼寝する?」と言うと首を横に振るのでまだまだママにお迎えに来てもらいたい様子。はいはい、ママは頑張りますよ。ウーが赤ちゃんだったときは、色々な壁が毎日のように現れてはそれを乗り越えていってたけど今回は久しぶりのハードルだった。こういうことがあるたびに、ああ、私は母親なんだなあと思うし、母親としてまた一つ階段を登ったように思う。「ママ、い~~~っぱいだいすき!」と何度も言ってくれるウー。その言葉がいつまでも聞けますように。
2010.11.01
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ご無沙汰しております~~~。8月から仕事がものすごく忙しくなり、平日の日中は「ここは私の事務所」と腹をくくって遊びの誘いも全部あきらめコンピューターの部屋のドアを締めて仕事してました。ありがたいことに次々と依頼が来て、今ようやくほっと一息というところです。で、今週水曜日、月に一度のソウルに行ってきました。毎月行ってるけど、最初はただただキラキラ輝いていたソウルも、行く度にだんだん印象が変わって見えます。・ソウルの空気は悪い今回行った日は、黄砂?と思われるような黄色味がかった空。気のせいかなんだか目も痛いし。テジョンの青い空を見慣れているため、ソウルの空ってこんなだったよね、と改めて思いました。・ソウルに行くとイライラする引っ越してきて数ヶ月は、ソウルに行くとワクワクして楽しかったけれどここ最近、なんだかぴりぴり、イライラしている自分に気づきました。人も、車も、とっても多いからだと思う。早く!早く!って思っちゃうのよね。・ソウルは何でもある物にあふれていて、何でもあるなあと思いました。買いたいものがあればほぼ手に入るから。テジョンだとそうはいかない。でも都会だから、お金がないと面白くないよね、とは思ったけど。・仁寺洞が変わった久しぶりに訪れた仁寺洞。引っ越す前とは変わって、チープコスメショップがたくさん並んでいたのにびっくり。もちろん昔からの書画専門店なんかもあるけど、だんだんあの趣がなくなっていくなあと思いました。・三清洞の地価が嘘のように高い事務所に行くときにいつも通っていた三清洞。ここ数年でびっくりするぐらい変わったんだけど、あそこ、坪当たりの単価が8000万ウォンなんだとか!!30坪だと24億よ!80年代には、思想犯罪者の矯正機関「三清教育隊」があったほど辺鄙なところだったというのに…。時代は変わるのね。・ソウルはお金持ちが多い高い車も走ってるし、高そうな服を着てる人もいっぱいいる。でも、普通の庶民もたくさんいる。要は、その両方が程よく混ざってるって感じかな。それがテジョンだと、小金持ちぐらいのレベルで結局はみんな同じように見える。テジョンの家が便利なところにあるので、この辺以外はほとんど出かけることもなく、遊ぶとなるとソウル…という感じになっている私。一月に一度ソウルに行けることが、やっぱり大きな支えになっていると思う。それにしても、もし私が最初からテジョンに住んでいたら、韓国に対する印象がずいぶん違っただろうなあと思う。街の雰囲気も全く違うし、人たちものんびりしてる。暮らすにはストレスが少なくていいのかもしれないけど、ここに埋もれてしまったら、経済的にも、学問的にも、中級程度で止まってしまうと思うなあ。絶対的に刺激が少ないもん。ソウルに通う金銭的・時間的余裕がとれるなら、地方に暮らして定期的にソウルに行くっていうのが一番いいのかもしれない。ただ、やっぱり都会じゃないと仕事はないわけで。それに、そういう中でもまれないと、成長もできないわけで。夫もテジョンにずっと住んでいたら、今みたいな人格ではなかったはず。自分の子どもには、やっぱり都会は経験させたいと思うのでした。
2010.10.22
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先週一週間、猛暑だった韓国。引っ越してからベランダにおきっぱなしにしていたクーラーを取り付けようかどうか迷っていたのですが(壁に穴が開いてないと思ってた)先週半ばにベランダに出た夫が「穴開いてるよ!壁紙で塞がれてるだけだ!!」と言ったのを機に、猛暑も終わりかけの土曜日にやっと取り付けました。もっとはやくやれってね…。夏休みだったウーは、暑すぎたのか、日に2度も冷水で水遊びをする始末。ごめんね…。で、そのウー。先週一週間、夏休みでした。夫が忙しいのでどこかに一泊旅行することもできず、でもやっぱり夏の思い出を作ってあげたい…とのことで、私たちなりに努力してみました。で、やったのが次の3つ。・KTXに乗ってソウルに行く。(63ビル見物)・DIBO(韓国アニメ)の巡回プレイランドに行く。・ウォーターパークに行く。頑張りましたわ。ソウル行きは、夏休み初日の土曜日。急遽仕事の依頼が入り、ソウルに行くことになったので、この際家族全員で行っちゃえ!バイト代出るし!ということで、行きました。家族3人で、ソウル時代を思い出したくて…。(ってまだ5ヶ月前ですが)私の仕事は短時間だったので、その間夫とウーの2人でぶらぶらしててもらい、その後本屋で合流。日本書籍コーナーでウーに本を選ばせ(←これがやりたかったの!)チョンノのカレー屋でカレーを食べ、バスに乗って63ビルへ。夜景を見て最終のKTXで戻ってきました。私は満足だったけど、夫は疲れたみたいだし、ウーも63ビルはあんまり印象的じゃなかったみたい…(多分疲れてたから)。でも、KTXの写真を見ると「これ乗ったね!」というので、まあ良かったとしましょう。で、DIBOのプレーランド。(リンクは去年の、しかもソウルのです…)EXPO隣の、貿易展示場でやってました。前日にコストコに行ったら、「コストコカードで2000ウォン割引」という看板があり「じゃあ行こうか!」と決定。あまり期待してなかったけど、一通り回って2時間ぐらいかかり、けっこう楽しかった!滑り台あり、大きなプールでのボートあり、トランポリンあり。クッキー作って持って帰られたのも高ポイント。もちろんDIBOのショーもありました。余談だけど…。ショーのとき、観客のあまりのシラケ加減にびっくりしてしまいました。DIBOが「ほら!みんな一緒に踊って!」とか言ってるのに、ショーを見ている親子のほとんどがただじーーーーーっと見てるだけ…。ノリノリなのは、係員の制止も無視してステージにかぶりついている行儀の悪い(失礼!)おこちゃま10人ほどだけ…。テジョンはノリが悪いって聞いてはいたけど、それを目の当たりにしてほんとにびっくり。日本でももうちょっと楽しむんじゃないのかしら。こそこそっと。私たち親子は、もちろん、一緒に歌って踊りましたよ!立てなかったけど…。そして最後、ウォーターパーク。ハイシーズンということでバカ高いけど、やっぱり夏の思い出に…ということで、昨日行ってきました。色々候補地を挙げた中で行ったのは、パラダイススパ ドゴ。場所が比較的近かったのと、カードのポイントが50%使えたから。(現代Mカードです)じゃないと100%払ってなんてとてもじゃないけど行けない!!!!私たち家族3人で13万ウォン超えるんだもん…。テジョンから100キロほどだけど、道も込まず、昨日は人もそんなに多くなかったのでいい具合に楽しめました。水遊び大好きのウーはもう大はしゃぎ…。子ども用の滑り台はエンドレスで20回以上滑り続けるし、私と一緒に行ったスライダーも、とっても楽しかった様子。最後は「帰らない!」と駄々をこね、捕まえようとすると走って逃げる。「じゃあ一人で遊びなさい!バイバイ!」と怒って背を向けると、すごい泣き顔になって駆け寄ってくるのがかわいかった(笑)。帰りの車では爆睡してました。今日から元気にオリニチブに行ったウー。久しぶりに会った先生とお友達と一緒に、楽しい時間を過ごして欲しいです。母はといえば、ウーがいなくなって落ち着いたけどちょっと寂しい…。勝手なもんです(笑)。先週遊びまくって懐が寒いので(涙)今週はたまった仕事をバリバリ片付けます~。頑張るぞー。
2010.08.09
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テジョンに暮らし始めて「これはいい」と思ったことの一つが、コストコ。何しろうちのまん前、徒歩3分という場所にあるし、ソウルみたいに激込みでもない。お昼食べに行ったり、必要なものを買いに行ったりと週2のペースで通っていましたがそろそろ自制の必要性を感じています…。その理由は、カードの請求!!!!コストコは現金かサムソンカードしか使えず、しかもイベント期間を除いては無利子の分割払いができない。利子がつくともったいないのですべて一括払いにしてるんだけれど、そうすると請求額が…。最初は楽しくてあまり気にしてなかったけど、やっぱりこれはイカンと思い直し、最低でも週1(それでも多いけど)にしようと決意しました。まあ、夫の会社で使うものを買いに行くこともあるからしかたないんだけどそういうときに、余計なものを買わないように気を引き締めていかなければ…。コストコ、基本的に値段と質のバランスを考えたらすごくいいお店だと思うんだけれどなにしろ大量で一商品の単価が高いので、合計するとすごい金額になる…。長い目で見ればそんなに贅沢でもないんだろうけど、「この質でこの値段は安い!」と思って絶対必要でないものまでかってしまうのが罠よね…。といいながら、今日もコストコに行きます(笑)。洗剤がなくなったから。今日は洗濯洗剤と、食器洗い洗剤と、牛乳と、ジュースを買います。あと、値段を見てトイレットペーパーも。入口のキラキラしたショーウィンドウにある3億ウォンのダイヤ見て「これ買って~」と夫に言うのも忘れずに(笑)。(飾ってあるのはキュービックだそうですが)
2010.07.30
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今週は猛暑の韓国…。引っ越してからクーラーを取り付けてないので、家は暑いです。アイスノン必須。扇風機フル回転。でももともと九州出身の私、暑さには強いので(寒さにはとても弱い)まだ大丈夫です。夫はけっこうばててるけど。昨日は仕事でソウルに行き、しっかりソウル遊びのプランも立て、どうしても欲しい日本の本があったので、カンナムのキョボ文庫にいくために高速バスに乗りました。で、地下鉄9号線に乗ってキョボに行き、「ああ、これよこれ、この空気…」と恍惚としながら日本書籍コーナーをぐるぐると回っておりました。で、欲しかった本を購入。ウーの本も、探した末に満足いくものが見つかり。それからまた地下鉄で狎鴎亭まで移動して、ソウル時代に週1であっていたママ友とおしゃべり。パッピンスをご馳走になってしまいました。ありがとーー。でも時間はあっという間に過ぎ…。それから事務所に行って夕飯を食べ、仕事をし、ヨンサン駅の最終(9時半)に間に合いそうになかったので、9時20分のソウル駅発のKTXで戻ってきました。夫がテジョン駅まで迎えに来てくれたのでラクチンでした。でも、今朝起きてみたら、やっぱり疲れてた…。先月はすごく歩き回って、疲れがとれずにひどい風邪をひいてしまったから今回は少し自重してたんだけどなあ。やっぱ暑いからかなあ。仕事先でいろいろあまり良くない話を聞いたりしたのと疲れで、昨日の夜は悪い夢ばかり…。でも今日、しっかりお昼ご飯を食べたらなんだか元気が出てきて、マイナス思考だった昨日の夜から一転、ポジティブシンキングになったからあら不思議。人間、栄養と休息は必要ですなあ。明日は久々、手作り会に顔を出してみようかな。仕事も相変わらず忙しいけど、ちょっと行くだけでも多分すごく元気になれると思うから。30代半ば、人生の色々な面が少しずつ見え始めてきた今日この頃です。
2010.07.22
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ごぶさたです。ウーのみずぼうそう&風邪が治ったのと同時に、バトンタッチするように今度は私が風邪。月末のソウル行きで思い切り遊び、その日の深夜(早朝?)のW杯も見てしまったり(そとの大歓声で起こされた!朝4時前に!)その週末の「家族にジムをお披露目する会」の精神的負担もあったりそういうのが重なって、先週月曜日、起きてみたら声が出ない!それから2週間目に入った今でもまだ薬を飲んでいます。声はほぼ大丈夫になったけど、まだ90%ぐらいで、時々かすれるし、咳がとれなくて、寝るときにとくに咳き込むのでずっと熟睡できず。昨日はちょっと夜更かししたからすぐ眠れたものの、今度は寝不足という…。色々重なって外に出る気力がなく、まさに「療養」中です。持病もあってすぐ疲れるから、ゆっくりやっていかないとねー。日本人モイムにもいけてませんが…。そのうちまた顔を出しますので!そんな中でも、趣味をやらないとストレスがたまる私。レース編みに近い糸でショールを編んでましたが、夏に向けて帽子の必要性を切実に感じ、編みました。帽子。ソウルで買った、「おしゃれ工房」のバックナンバーにいいのが出てて。私、頭大きくて、フツーの帽子、ぎりぎりなんです…。ぎりぎりだからなんかバランス悪くて。帽子似合わない!!って思い続けてたんだけどゲージをゆるめにしたら、こんな私にもゆったりの帽子が編めました。で、今はウーの帽子も編んでるところ。こんなことしてるから風邪が治らないんだろうか…。その他、「家長としての責任感ゼロ」のシアボジと「悪い人じゃないんだけど…」のシオモニが問題を引き起こしどっちが親でどっちが子どもかわからないような状況になったりもして。まだ若いんだから働けよ!!!シアボジ!!!!!!!!って声を大にして言いたい心境です。シオモニの前では言ったけど。働かざるもの食うべからずなんだよ!!夫と話してて「労働は美しい」とか、なんだか北の国のプロパガンダみたいな言葉まで飛び出したりしてました(笑)。笑い話にでもしないとやってられん。まあ、そんなわけで。詳細は、エネルギーチャージが完了した暁にどなたかに愚痴らせていただきます。オンで会える皆様、準備しといてくださいな(爆)。
2010.07.07
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甲状腺のお薬を飲み始めてから4日。なんだか身体全体が「すっきり」してきたように感じます。無駄に食べなくなったし、お通じも良いし。体重計に乗るのも楽しい(笑)。あいかわらずのどの違和感はあるけれど、原因がわかって本当に良かった。ウーの方は、昨日正式に「みずぼうそう」と診断されました。水ぶくれが枯れてきたからオリニチブいけるかも!って思ったのにまだ抗ウィルス剤のまないといけないし、ちゃんと治るまでダメってことで今週一週間はオリニチブ禁止…。あんなに大好きなのにいけなくて、退屈そうです。母も、調理実習したり「右脳開発」のワークブックかって一緒にやったりマートでのんびりしたり努力しているつもりですが退屈だよねーーー。お友達と遊べないから!もう少しの辛抱よ…。ウー、ガンバレー!!さて、本題。先週金曜日、手作り会に参加して創作意欲に火がついた私。土曜日に市場に行って布と糸とかぎ針を仕入れ、今ネット編みのバッグを編んでいます。ほぼ完成しました。かぎ針編みは目が分からずお手上げ~~~ってながいこと思っていたけど、モチーフ編みがやりたくて、編んではほどき、を繰り返しながら勘をつかみ、分からないところは母に聞いたりして、結構満足できるぐらいのできになっています。やっぱり、最初は試行錯誤しないといけないね。で、どうなってるのか自分の頭でちゃんと考えること。基本をちゃんとするのは地味な作業だけど、じゃないとあとで苦しむし、仕上がりもきれいじゃない。しかし、改めて思うんだけど布でも糸でも、安いのを使うとそれなりにしかならないわね…。いつもそう思いつつ、「高いのを使うぐらいなら既製品買ったほうがいい」と思ってしまう私。分かっていても辞められないこの貧乏性よ(涙)。編み編みにはまっていたら、「クロスステッチは?」と夫に言われましたが今朝息抜きにステッチしてみたらこれまた楽しくて。手芸始めると、最初はソーイングだけでも、刺繍、編み物、キルト…って次々広がって行ってそれぞれを組み合わせるようになると、これまた世界が広がるのよねー。今の目標は、帽子縫ってそれにかぎ針で編んだ飾りをつけることです。今年の夏に終わるんかい…。趣味は仕事と違って楽しいけど(爆)、あまり根詰めすぎないように気をつけます。いつかまた作品見てくださーい。
2010.06.10
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今朝、病院に行ってきた。またもや、ウーと私のダブルで。そしてなんと、ウーは二度目のみずぼうそうにかかっちゃいました~~~~(涙)。18ヶ月のときに一度やったのに、軽かったためかまた出た…。今流行ってるらしい。なのでオリニチブにいけず、退屈そうです。かわいそうに…。で、本題。私の病状ですが、タイトルどおり、「甲状腺機能低下症」とのことです。今日病院行って、具体的な数値とか聞くのかなって思ったけど、それはなくて、「2か月分薬出しますから、飲んでみて、2ヵ月後にまた血液検査しましょう。 で、検査の結果をみて、薬の量をどうするか決めましょう」とのことでした。先生の話では、甲状腺がすごく腫れてるし、組織自体も詰まってなくてスカスカだと。だから多分機能がすごく低下してるよってことなんでしょうけど。甲状腺が作るホルモンは、体の代謝を促すもので、私が患っている「低下症」は、このホルモンの生産量が少なくなっちゃったっていう病気。なので、代謝が悪くなり・食べる量の割りに太る・やたら寒い・体力が落ちる・無気力・肌がかさつく・白髪が増える・忘れっぽくなるなどなどの症状が現れます。「老化」だ~!!!!!皆さんも要注意ですよ!!!!ちなみにほんとに私、「ブクブク太る」って感じの太り方だったし、白髪もすごく多いのです…。前に、頑張って水泳通ってたときに体重がピークに達して「こんなしんどい思いして頑張ってるのになんで増えるんだよ!!」と一人でキレて辞めたんだけど、今思えばあれも低下症のせいだったのね…。1月の日本旅行のときも太ってなかなか戻らなかったのも…。テジョンに来てジムで運動したら3キロぐらい落ちたけど、工事で休んだらすぐ戻ったし…。とか言ってたら太るのを全て病気のせいにしそうなのでやっぱり食べ物には気をつけます。ところで、先日イタリア旅行から帰ってきたうちの両親。母親が旅行中に風邪ひいてなかなか治らず、帰ってきて病院に行ったとか何とかでなんかひっかかったので問い詰めたら、リンパが腫れてて糖尿病とも言われて、動脈硬化がうんぬんなんだとか…。まだ調子悪いらしく詳しいことは明日ね、ということでしたが私より母親の方が心配です。父もガンの手術したし、母もそんな風だし、両親が年老いていくのは辛い…。ちなみに父は今年67、母は64です。もうそんな年なのか…(涙)。適度に病気した方が健康に気を配るとはいえ、やっぱり心配だわ。あ、そうだ。ちなみに、低下症の薬。一生飲まなければいけないかもしれないので高かったらどうしようとびびっていましたが2か月分で保険適用されて4100ウォンでした。激安。よかった…。甲状腺の検査費は、診察料と超音波と血液検査含めて53,000ウォンぐらいでした。参考までに!
2010.06.07
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こないだの木曜日。先月やっと治った咳がまた出始めたウー。で、木曜の朝に38度の熱を出したので病院へ。診断は前と同じで、鼻が詰まってそれがのどに落ちて痰になり咳が出るんだとか。こないだ2週間ぐらい通ってやっと治ったのにまたか…と思いつつ、次は私の病院へ。私も、数日前からのどが痛くて、風邪かと思ったから。3階のウーの小児科から、2階の内科へ。名前を呼ばれて、診療室に入る。のどが痛くて…と先生に言ったら、なんだか先生がじっと私ののど元をみている。なんかついてるのかな…と思ったら。「ちょっと待って。なんだか甲状腺がすごく腫れてるように見えるんだけど」というではないですか。で、すぐに超音波と血液検査をしたのですが…。今日電話がかかってきて、検査結果を聞きました。「甲状腺機能低下症」だそうです。あ、病気ってのは、ウーじゃなくて、私ね。実は私、結婚前(今から6年ぐらい前)に咳がなかなか止まらずに通っていた内科で甲状腺が腫れてるように見えるから一度検査してみたら、と言われたことがあった。でも、先生も「検査してみたら?」ぐらいだったし当時はまだ20代で若かったから、健康の大切さも分かってなかったのよね。それにお金もなかったし。今思えば、なんでその先生が直接検査してくれなかったんだろう。その内科には設備がなかったのかな…。それ以来、時々気になってしらべたりしてたけどのどを触ってみても、腫れてるのかぜい肉なのかわからないし「甲状腺が腫れてるみたいなんですけど」なんて自分から病院にもいけず。それに、1年半ぐらい前に受けた健康診断でも何も異常なかったし、と思っていたのだが、実は甲状腺異常はその検査ではわからず、別途の血液検査をしなければならないのだと。で、今回の内科で、すぐ超音波検査になり、「すごく腫れてますよ」ってことで、そのまま血を採られ。今日の昼に電話かかってきて、「低下症です」といわれたのでした。やっぱりな、と思った。自分なりに調べて、亢進症ではないなあと思ったから。亢進症っていうのは、日本でも水嶋ヒロだっけ?の奥さんの歌手が患って引退したバセドウ病。甲状腺の機能が働きすぎて、すごく暑がったり、体重が減ったり、そういうのらしい。で、低下症はその反対。寒がりになり、体重が増えて、無気力になり、すぐ疲れる。ときどき夜中にものすごく寒くなることがあったんだけど、それって単なる寒がりだからだと思ってたし代謝が悪くなったなあとは感じてたけど、それも年齢と食べすぎと運動不足のせいだと思ってたしすぐ疲れるのは育児と仕事と家事をやってるせいだと思ってた。だってそういうのってねえ、「怠け者」って思われるのが普通でしょう。実際にも、血液検査してみるまで分からないから、別の病気として診断されることがすごく多いらしいし。長い間、のどに違和感感じてたんだけど、これってそうだったんだなあといまさらながら思った。太ったのもそのせいだったらいいな…(爆)。低下症は、体に必要なホルモンが作れない状態ということなので、足りないホルモンを錠剤で補っていけばいいらしい。でもね…多分長い間。下手したら一生…。それから、調べた限りでは、妊娠と出産にもそこまで大きな影響はなさそう。もちろん注意観察は必要なようだけど…。2人目欲しいもん…。先生によく相談しなければ。まだ電話で結果を聞いただけなので、詳しいことはまた病院に行かなければ。またご報告します。
2010.06.05
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ミッチンニ○ンの口から「辞めます」と引き出したのはよかったものの本当にこれでよかったのだろうか、私が介入したことで夫のやり方をこわしてしまったのではないだろうか、と思い続けていた昨日の午後。食欲も全くなく、憔悴しきっていました。ウーを寝かしつけ、悪夢にうなされながらうとうとしていた夜12時、帰宅した夫は私を起こし、言いました。「お前の判断が正しかった」と。なんとというか、やっぱりというか、やつは前科ありだったんです。発覚の発端はおととい。おととい、つまり事件の前日の夜、人手が足りなかったので、夫が奴に入ってもらうように頼んだそうです。すると、ある会員が、奴を見て「あれ?僕、覚えてますよね?」といったらしく、 奴は「え、ええ…」と避けるようにしてたとか。 何かおかしい、とぴんと来た夫。その会員は、うちの団地にあるスーパー内の精肉店の人で、夫ともトレーニングを通じて親しくなった人。奴がスーパーに勤めていたから顔見知りなんです、ということまでは聞いたそうです。 そしてその翌日の昼に私が爆発、奴は辞めたので、 昨晩夫がその会員に、奴について聞いてみたら…。 「自分はそこまで詳しく知らないけれど、かかわってはいけない人(面倒なことになる人)だと感じた。 スーパーで具体的に何があったのかは知らないけど、 スーパー側が、自分から辞めるように仕向けて、3日で辞めた」 と言ったんだそうです。 これは私の想像ですけど、レジのうち間違いがひどかったり、勝手に値段を変えたり そういうことしたんじゃないかなって思います。 あいつなら十分ありうる。だって、夫が書いた掃除のやり方のメモを、気に入らない部分だけ修正液で消してたんですよ。舐めてる。それから、これは昨日の夜夫から聞いたんですけど、 ジムでも、利用料のカード決済を間違えてたり ある会員から「あいつ話通じないから辞めさせろ!」って夫に直接電話かかってきたりしてたんだとか。 だけど雇用した以上、何とかしようと思ってあの手この手を使ってたみたいですけどね…。 まったく。 見抜けなかったんですね。 チーム長も夫もこれまで何度も爆発してたんです。 でも相手は女でしょ。しかも女の嫌なところが全面的に出てるような女。 これは男2人じゃどうにもできないなーって感じたから、私が動きました。そしてやっぱり本性現した。 私もチーム長も夫も、同じように声を張り上げて怒ったのに、 男2人にはへらへらしてて、私がちょっと言ったら切れて「辞めます」ですから。 それでも、「辞めます」って言ったときには、これはまずいことになったって思ったし、夫も昨日の午後はずっと「これでよかったんだろうか」と自分自身に問い続けていたそうです。でも、前科が発覚して、気持ちの整理がついたんだとか。ぐじぐじやって辞めさせるより、自分の口から「辞めます」って引き出せてよかったと思います。 「だってあんたが辞めるって言ったじゃん」 って言えるから。 幸い今日から早朝担当の新しい人が入り、午後担当の子も今日面接するそうです。 夫には「女を面接するときには女にもみてもらえ」って言っときました。 今回のことを教訓に、もう少し慎重になることでしょう。 新しい人が落ち着くまで不安がありますけど、大事になる前にこれぐらいで済んでよかったと思わなければ!!!!! まだ若干気持ちが不安定ですけど、昨日に比べたらぜんぜんましです。 これでまた一つハードルを越えられました! 6月の新規オープンまであと少し!!がんばれ、夫!がんばれ、自分!!!!!!
2010.05.20
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今日の午前中、夫と一緒にジムに行った私。まずは、夫が注意をするので、どんな風に受け答えるかみてみろ、ということで見学。その前に、舐められたら困るので、「オショッソヨー」って言われたけど目だけあわせて無視。(私は毎日午後に運動をしにいくので、彼女のことは知ってました。そのたびちょっと会話も交わしてた)奴は夫が昨日注意したことを守っておらず、ユニフォームをたたみながら注意するのを聞いていたのだけど、なんというか、甘えがみえみえの受け答え。「クンデヨ~ チョド アヌンデヨ~」(でもー、私も分かってるんですけど~)と、困った感じで言うばかり。私はもっと反抗的な態度だと思っていたので、ちょっと意外だった。と同時に、こいつダメだなと思った。根本的に、ここが職場だってこと分かってないし、「チョド ヒムドゥロヨ~」(私も辛いんです~)とか言うし。時間ができて、4人(夫、私、チーム長、奴)で話そうということになりカウンターのところで話した。夫は「会話ができないから、これから指示は紙に書くように。自分もそうするから」という旨のことを言った。それは黙って聞いてたんだけど、表情を見ると、自分が何で怒られないといけないんだ、みたいな感じ。夫の話が終わり、「何か言いたいことは?」と私に言われたので、「チグム サジャンイ モラゴ ヘッソヨ?」(今社長がなんていいましたか?)と言った。2回言っても「ネ?」と言うので、「チグム サジャンイ モラゴヘンニャゴ~!!!!マルへボラゴ~!!!」と切れたら、次の瞬間、あきれたと言うような表情をして「辞めます」と言った。その後言ったことを羅列。・「辞めろ」って言えばいいのに、3対1で私をいじめるんですね。・誰に向かってパンマル使ってるんですか。・新入社員なのに、家族的な雰囲気で教えてくれたっていいでしょう。・韓国人の女をなんだと思ってるんだ(私が日本人だってことを最近知った)・インフォメーションの仕事で入ったのに、なんで掃除とか洗濯とかしないといけないんですか!(面接のときに仕事内容は伝達済み)こんな感じだったかなー。辞めます、って言われたときは、正直ヤバイ…と思ったけど、幸いその場に現金があったので、全部支払ってさっさと帰っていった。でも、金額についてもまた文句言いに来たりしてめんどくさかった。要は、自分中心に動くのが正しくて、それを注意したら「いじめてる」になるから、自分の気分がいいようにしろ、ってこと。朝5時オープンで、そんな人でも早朝から来てくれるのはありがたかったんだけどこうなった以上仕方がない。原因を作ったのは私だから、私が朝起きてオープンするからと言ったけど夫は自分がやると言った。で、結局、その後すぐにサイトに募集を載せたら、1時間もしないうちに電話がかかってきて午後に面接になり、明日から出て来ることになったらしい。今度は20台中盤の男子。簡単に見つかっただけ、また簡単に辞めてしまうかもしれないけど…。面接のスキルも、人を使うスキルも、勉強していかなければなと思う。辞めたアジュンマのこと以外にも色々な問題が続出したんだけどそれでも少しずつは良くなってきている。希望の光はいくつもあるのだから。全ては、快方に向かう厄払いだと思いたい!もうすぐウーが帰ってきます。ウーを癒しにしようっと。
2010.05.19
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久々の更新がこんなタイトルだなんて、物騒ですねーー;。でもでも、書きたくなったので!3月から始めたスポーツクラブは、前社長がほったらかしにしていた悪しき習慣を一つ一つ絶つことから始まり、夫いわく「だんだん良くなってきてる」とのこと。今月末にはもろもろの工事を控え、6月から新屋号でのリニューアルオープンを控えています。ただでさえ悩みが多い今。そんななかで。新しく雇ったおばちゃんが、すごいKYなんですよ。年は夫と同い年の32。子ども小6(でき婚)。ダンナが腰痛めて失職し、食べていけない状態。ケータイ通信費50万ウォン滞納。その他もろもろ未納あり。最初、面接時間に来なかったので夫が痺れを切らして家に戻ってきたのだけど、それから2時間、夫が来るまでジムで待っていたというツワモノ。約束時間に来ないので電話したけどつながらなかったのだが、それはケータイが止められてたからという…。で、待ってる2時間の間に、上記の身の上話をチーム長にえんえんしたらしい…。アジュンマだけど、若い子よりはよく気がつくし働くだろう、と思って雇ったのはいいけどその人のせいで夫もチーム長も大爆発。話の筋が全く通ってないし、仕事の指示をすると、自分が気に食わないやり方だと文句をつける。しかも、文句の付け方が、人が話してるときに話をさえぎって、文句つける。話をさえぎる、っていうの、女の人なら誰しも少しは持っている癖じゃないかと思うけどうちの夫はそれがたまらなくストレス。今日も、バックヤードの掃除をしろと指示したとき、そのやり方じゃ嫌だ、そのやり方では自分はきれいにできないと言ったらしい。掃除の仕方を説明するのに30分。「荷物を整理して、ほうきではいてくれ」というたったそれだけなのに。もちろん他の面できちんとやってくれている部分もあるらしいのだが、とにかく人の話を聞かないし、夫と全く合わないので、夫は憔悴しきっている。彼女はジムをオープンする重要な役割があるし、若い子はとにかくすぐにやめてしまうので、出てきてくれるだけでもありがたい存在ではあるんだけど。だけどね。態度がもう理解を超える。職場じゃなくて、遊びの延長で仕事してんのか、って感じで。それを注意すると「社長は私が嫌いなんだ」「チーム長だけえこひいき」だって。えこひいきって、チーム長は何年勤めてると思ってるのよ。チーム長を認めるのはそれなりに理由があるからでしょうが。なるべくこんなことは言いたくないんだけど、既婚女性のそういう働く態度を見ると、「だからアジュンマは」と言いたくもなるってもんだ。甘いんだよ!ちなみに、夫は物腰の柔らかいタイプなので、最初から威圧的な態度には出てません。あまりにもひどいので「他の人をさがさなければ」と夫が言ったら、「ここにいさせてください~」と言ったらしい。ならその態度なおせ、っていう。働くことをなんだと思ってるんだ。夫と色々話し合い、私も社長夫人(汗)として、今度は私が直接仕事を指示してみることにした。掃除しなさいと言ってどういう反応をするか。夫は「多分何も変わらないと思う。自分の前でいるときと態度が変わったとしても、結局一緒に仕事をするのは自分だからあまり意味ないと思う」と言っているけど、やってみるだけのことはあると思って。大体ね、夫も私もシャチョーとシャチョー夫人なんだから、もっとえらそうにしてたっていいのよ。別に「ヨ」つけて話さなくたっていいのよ。パンマルで。でもそれをしないのは、相手を大人として尊重してるからでしょうが!そんなことわかるわけないわな、あのKYには。テジョン、何が低いって、人のレベルが低い…。モラルなし。ソウルにいたころの常識じゃ考えられないようなことがいっぱいあるよ…。権力を振りかざすことはあまりしたくないんだけど、最終手段はそれよね。人を使うって難しいです。
2010.05.18
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我が家のウー、おかげさまですっかり保育園になじみました!先週木曜日、通い始めて2週間にして初めて泣かずにバスに乗り、今朝は目覚めて「ウー、保育園行きたい!」と言いました。8時半に出て5時半帰りという、「会社員?」といわんばかりのスケジュール。母は思う存分時間を使えて、エンジョイしております。時々寂しいけどね…。でも、今しかないし!******************************さて、今日書きたいことは、コストコ!いまさらとお思いでしょうが、テジョンに来てコストコデビューした我が家。うちの目の前にあるし、夫のジムで使う洗剤を買う必要があるので会員登録して、時々行っているのです。まだデビューして間もないけど、愛用している品々をご紹介しまーす。・洗濯洗剤コストコに行くきっかけになった洗剤。ジムで使っているのはこれ。安価でよく落ちると聞き、前のオーナーのときから使っているらしいです。我が家でも試してみようと、バケツ半分ぐらい分けて持ってきました。で、洗ってみたら、これがすごく良く落ちる!白い洗濯物が、真っ白を通り越して青光りしてる? って感じ…。ただ、匂いがすごくきつい。ものすごーく身体に悪そうな化学製品の匂い…。漂白剤とかのにおいなのかしら。環境には良くないのかもしれないけど、とりあえず洗浄力にかけては優秀だと思います。・パンケーキミックス家のホットケーキミックスを切らしたので、買ってみたこれ。コストコは何でも大量なので購入は一種のギャンブルともいえるのだけど…「アメリカはパンケーキの本場だからきっと美味しいはず!」と読んで買ったのですが、正解でした!!英語の辞書を引きつつパッケージを解読すると、水を入れるだけでいいという。韓国のは卵と水(牛乳)だったので、ちょっと得した気分。早速作ってみたら…どっかで食べたことある味。何だっけ…としばらく考えた結果、思い当たりました。プンオパンの皮の味だ!!!甘くなく、あっさりした感じが私好み。(ちなみに牛乳で作りました)韓国のは、食べるとなぜか後でもたれるので…。それから、以前は「ホットケーキミックスで作るお菓子なんて邪道!」と思っていたのだけど、ESSEの「ホットケーキミックスで作るパン」という特集がとても気に入って、作ってみたら、手軽で美味しい!材料を計ったりふるったりの手間が省けるし、ぐちゃぐちゃ混ぜてもだまにならないので子どもと作るのにちょうどいい。韓国のミックスは割高だなあと思っていたけど、これなら負担を感じずにじゃんじゃん作れます。で、最近のお気に入りが、バナナレーズンパン。バナナを電動マッシャーでつぶし、粉とレーズンを入れて混ぜ、牛乳で適当な固さにまでのばしてオーブンシートの上にドン。170度に予熱したオーブンで15分ほど焼けば、美味しいパンの出来上がりです。私はレーズンが大好き。このミックスは甘くないので、バナナだけだとちょっともそもそして食べづらいけどレーズンを入れると程よいアクセントになって、美味しいです。明日も作るぞー。・トマト缶おととい買ったこれ。すでに2缶使いました。チキンのトマト煮が好きなのだけど、トマトの水煮がなかなか売ってない。コストコならあるかも…と思っていったらズバリあって、とてもうれしかった!!おとといは冷蔵庫のあまり野菜とコンソメでポトフ風にし、昨日はポトフに使ったミートボール(コストコのひき肉で作った)をトマト缶で煮込み。で、今日は、おとといのポトフをミキサーにかけたものと昨日のソースの残り、炒めたひき肉・タマネギ・ニンジンでミートソースを作りました。ポトフの野菜のおかげでまるい味になり、ウーにも好評でした!・ハイランドバナナ夫がトレーニングをしているので、バナナは常備している我が家。ハイランドバナナも何度か買ったことがあって、美味しいのだけど、その分値段が高い!でも、コストコではよそよりも安く、このハイランドバナナが買えます。しかも、うれしいことに、まだ青いバナナが買える!多めに買っても熟れすぎることがないので、重宝しています。・ひき肉これはリンクなし。コストコは肉が安いです。牛・豚・鶏、どれも。でも1パック2キロとかあるんですけど…。昨日は豚挽き肉(韓国産・ハイポーク)を買って、小分けにして冷凍。しばらくひき肉料理が続きそうです。それから、チーズケーキやクッキーも買ったことがあります。チーズケーキはコストコの名物で、とても美味しい。クッキーも、私の好きなチャンクタイプ。でも、どっちも、「確実にデブになる」味です…。なので頻繁には買えない! 何かの集まりを名目に買うのがちょうどいいかと…。コストコ、まだまだこれから探検するのが楽しみです。誰かがコストコのことを「テーマパークのような感覚で楽しむショッピングスポット」と称していたけど、まさにその通りだと思います。その証拠に、初めてコストコに行ったとき、喜ぶ私を見て夫が「コストコの会員になった甲斐があった…。なんかすっごいうれしそう」とあきれていました。よそでは見られない外国の製品がずらりとならんで、パァァァ~ッってなっちゃうのよねー。週1で通いそうです(笑)。あ、上記のもので「試してみたい」ものがあったら一声どうぞ。おすそわけしまーす。
2010.04.09
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今日は愚痴です。あれ?今日は、じゃなくて、今日も?昨日の夕方。シオモニからウーにテレビ電話。ウーに電話をとらせ、ずっとウーが見えるようにして話させる。途中で「オンマに替われ」とウーに言っていたけど、わざわざ顔見たくないのでそのままで声だけ返事。明日ジムを見に行くつもりだ、夜遅くになりそうだ、といっている。今週末、シアボジシオモニと夫のお兄さんがジムを見に来ることは知っていたけどそんなこと私にいちいち確認とられても困る。基本的にジムは夫の仕事場で、私は積極的に介入しないことにしているから。シオモニは、夫に電話するといろいろ厳しく責められるので、立場の弱い私に電話してくるのだ!夫に電話してくださいと言い、めんどくさいというニュアンスを含ませまくって返事。えっと、本題はここからです!で、時間はないのか、時間作って(ウーをつれて)家に来い、と言われた。なので、「忙しいんですよー」と言ったら「お前は(仕事しないで)家にいるじゃないか」と言われた。…瞬間湯沸かし器のように頭に血が上った私。「私、忙しいですよ! 仕事してますよ! ソウルにいたときと同じ仕事続けてるんですから!」と反論。(ずぶとくなったねえ)勢いに押されたシオモニは「…そう?」だと。てゆーかさー、3月の末ごろの日曜日に、私仕事でソウル行って、その時にウーと旦那が二人でそっち行ったよね?そんときに、仕事でソウル行ってるって夫から聞いたでしょ?それともなにかい、私の仕事は、たった数時間行ってちょこっと何かやってくればいいだけの超お手軽な仕事とでも思ってるの?…まあ仕方ないんだけどさ。在宅勤務は楽そうって思われるのが常だし。ちゃんと理解してくれる人の方が少ないんだし。ましてや、あの世代で、なんでもテキトーなシオモニに分かるわけないしね。仕事=外に出てやるもの、なんだろうし。でもなあ、私、この仕事もう5年以上やってるんだけどなあ…。丁寧に説明したところで、その時だけ分かったように「ヒンドゥルジー」とか合わされてそのうちまたすっかり忘れられちゃうのがオチなのよ。で、何で忘れるんだ!とか夫が怒ったら、「自分かわいそう」って泣くのよね。で、自分かわいそうって思ってもらうために、「頭が割れるようにいたい」とか「腰が痛くて動けない」とか言うのよね。わかっているのになぜこんなにイライラするのだ!!!!今日ジムに来たときも、シアボジが「ミョヌリは忙しいのか」と聞いたらしい。忙しいですよ!テジョンに行っても、ソウルでの仕事続けるって話したはずですけど。親だったらさ、そういうのを忘れないで、「大変だろうなあ」とか思いやるものじゃないの?(ということをこの国の老人に期待する方が間違っているのかもしれないが)うちの両親とは大違い…。それにさ。仕事してなくたって、家事やるだけでも時間があっという間に過ぎていくし小さい子供いたら忙しいよ。そりゃー、あなたのように、家を空けてばかりで家事もろくにしない人ならいいでしょうけど!来いって言っても、家は掃除されてなくて汚いしけちなシアボジのせいで暖房入ってなくて床が超冷たいしご飯は2週間ぐらい同じ常備菜と4日前作ったスープだしそんなんじゃ行きたくないって。孫が来るから美味しいご飯を、とかないんだよねえ。疲れます。
2010.04.04
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今朝のこと。居間のテーブルを見たら、一枚の手紙のようなものがおいてあった。「これ何?」と夫に聞くと、「読んでみなよ。面白いから」という。手にとってみると、A4用紙1枚分びっしりとプリントされた文章。書いたのは、つい先日選出されたばかりの、このアパートの住民代表だった。どういう内容だったか一言で言うとこのアパートの管理事務所長は汚職しまくってますということ!このアパートは1988年に立てられたものでとても古いのだけど、立地がとてもよく、築年数の割には丈夫でひびなどがみられない。場所がいいので、内装をリモデリングして住んでいる人もたくさんいる。また、世帯数も2000世帯を超える、大規模な団地だ。で、この団地の管理を、18年前から某管理会社に委託してきたらしいのだがその管理会社と管理事務所長が裏で手を組んで、不正な工事や管理費横領などをしていた、という内容だった。今回それを暴露した住民代表は、棟代表13人の投票で7票を得票し、多数決で決定されたらしい。だけど、それについても、管理事務所長が「13人中10人以上の得票が得られないとダメだ。この選挙は無効!」と訳の分からない理論を展開して荒れたようだ。なんでかっていうと、今回暴露したその住民代表に、自分の不正を暴かれては困ると思ったから。自分側についてくれる人を選びたかったらしいのよね。引っ越してすぐ、団地内に「不当な工事を摘発して、中区庁から通帳差し押さえ処分が下されました!」みたいな横断幕がいっぱい付けられて、なんだろうなあって思ったんだよね…。そういうことだったのね。(ちなみに、2週間ぐらい前に管理事務所長からのお手紙みたいなのも入っててそれには「悪いのは管理会社です。自分は濡れ衣を着せられたんです」みたいなこと書いてあった。性質が悪いったらありゃしない)その管理事務所長、引越しの翌日に夫が大爆発したことがあったので、最悪な奴だってことは聞いて感じてたんだけど、ホントにザマーミロだわ。もし夫の一件がなかったら、新しく住民代表になった人を疑ってたかもしれないけど夫が実際に接してるので、管理事務所長がゴミのような人間だってことを確信しました。オヤジ、月に380万ウォンももらってるらしいですわよ、奥さん!そのうえ管理費で酒盛りしてるっていうんだから、いいご身分よねえ。前にソウルで住んでたアパートでも、棟代表のババアが工事会社を勝手に決めて裏金(100万ウォンぐらいだったかな)をもらってたっていう不祥事が発覚して、張り紙されてた。たった100万ウォンで! って思ったのと同時に、アパートの棟代表レベルでもこんな裏金が行きかってるならお国のために働いていらっしゃる方々や大企業のトップはいわずもがなだよなあ、と思わずにいられませんでした。管理事務所長には、うちもすごく嫌な思いをさせられたので、不祥事が明るみになって、いい気分~♪住民代表のお宅にいって「ありがとうございます!!!(涙)」って握手したいぐらいです。…まさか、今はクリーンな住民代表も、権力を握って同じ轍を踏んだりしないよね…。頼みますよ、全く!
2010.04.02
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オリニチブに行き始めて今日でちょうど満2週間。ようやく慣れてき始め、泣かなくなりました。母も一人の時間を満喫中…。一時はとても辛かった試練も、なんとか乗り越えられそうです。で、今日。オリニチブで、3月・4月生まれの子のお誕生日会がありました。(ってまだウーは帰ってきていないので報告受けてないけど!)該当園児は「写真撮影のための衣装を別途持たせてください」とのこと!韓服とかドレスなど、とあったのだけど、正直めんどくさい…。トルジャンチのときに知り合いに頂いたとてもかわいいドレスを着せようかと思ったけど、トルのときなので合うわけがなく、チャックが上がらない!韓服を買おうかなあとも思ったけど、やっぱりドレスを着せたい…。以前 こんなショックな経験をしたこともあり、今回はちゃんとお姫様にしてあげたい…。と、数日考えた挙句、思い切って、ドレスを作ることにしました!モムサルになるほど懸命に作ったドレスです!……って!!写真アップしようと思ったらできないじゃないのー!!以前も、デジカメでとった写真をアップしようと思ったらできなくて。そのデジカメがサムソン製で、何か関係あるのかなと思ったけど原因分からず。で、前まではケータイで撮った写真ならアップできてたのに今回、2月に買い替えたケータイで撮った写真もアップできない!!新しいケータイもサムソン…。前のもサムソンだったんだけど、そっちはできたのになんかどうも、サムソンのシステム上の問題が楽天と合わないようにしか思えない。だって、ミクシイには問題なくアップできたもん!というわけで…。ミクシイのフォトアルバムに数枚アップしました。特別にウーの顔出しサービスもあるので(笑)友人までの公開にしています。ミクシイやられてる方はぜひそちらで見てくださーい。あ、型紙をお貸しくださったちゃま先生!!ミクシイやられてないのでしたら、次回実物を見てください!(←頑張ったので見て欲しい)でも片方の脇が合ってなかったりなんか色々変なところがあるので先に白状しておきます(爆)。
2010.03.30
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先週火曜日からオリニチブに通い始めたウー。まだ1週間なのに…なぜこんなに長く感じるのでしょう…。何がなんだかあんまり分かってなかった先週。初日、1時にお迎えに行くと、目が真っ赤。二日目からはバスで登園したけど、泣き叫ぶウー。で、今週。週末パパママとくっついていたからか、昨日は先週以上に辛そうにしていたとか…。家に帰ってオリニチブの話をしようものなら、「いかない!」と泣き叫び、両手を私の胴体にぐるりと回して密着。かわいいのなんのって…。園ではまあまあ楽しんでいるみたいなんだけど、母とはなれるのが悲しいようで。心配した日本のばーちゃんが大量のお菓子を送って来てくれ、毎朝ばーちゃんに電話して「頑張って!」コールを聞くのが習慣になったウー。人と比べてはいけない、ウーのペースがあるとはいえやっぱり心配です。母親に弱音を吐いたら「あんたがそんなんでどーするの!」と怒られた。やっぱり母親ってすごい。心底敬服しました…。でもね!ウーはママと離れるのが悲しいけど、お片づけも、お絵かきもちゃんとできるのです。みんながみんな同じじゃないんだよね。今日は調理実習(!)があるらしく、母は昨晩張り切って三角巾を作りましたよ。エプロンは前にもらったのがあったのでそれで。ママが作った三角巾をして、愛情を感じながら楽しんでくれたらいいなあ。来週火曜日には早速お誕生日会もあるらしい。何かがきっかけになれば、きっと「楽しい!」って思えると思うんだけど。連絡帳には、先生から「ウーちゃん頑張ってますから、お母さんいっぱい応援してあげてください!」と書かれていた。それ読んで少し安心した私。先生があったかく見守ってくれてるんだなあと思ったから…。いつまでも私のそばにおいとくわけにはいかないのよね。ウーと私は、こんな感じで頑張ってます。よかったら、皆さんの経験談を聞かせてくださ~い。
2010.03.23
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えー、本日!わが娘、ウーが、オリニチブ(保育園)デビューを果たしました~!!!テジョンに来たら保育園に入れようと思っていた私たち。ウーもずいぶん大きくなって、そろそろお友達と遊ぶ必要があるなあと思っていた。だけど、夫の仕事開始や天気が良くなかったことなどもあって、保育園見学はのばしのばし。やっと重い腰を上げて先週末から見に行ったけど、ウーの同い年は、出産ラッシュだったことから競争率が高くて空きがない!で、昨日の夕方見に行ったところ(3件目)で、決めました!うちからだと、夫の職場を挟んでちょうど反対ぐらいの場所(公園はさんでほぼ向かい)にあるので、気持ち的にも「近くにいる」という安心感があるし、見てくれる時間も長いし(バスに乗る時間合わせたら8時半から5時半まで!)朝ごはんも食べさせてくれるし。偶然前日に一人席が空いたということで、タイミングみたいなものも感じたし。さらに、園長先生はソウルに長く住んでいた人で、「テジョンに来たらみんな約束守らないで適当だからすごい苦しんだ。 毎日泣いてた」という言葉にも同感したし(笑)。園内を見ても、適度に管理され、適度にゆるいかんじがしたし。夫の「ここに入れたい」という一言で、決めました。初日ということで、今朝は送っていって、今日だけは1時にお迎えに行くことに。なのでもうすぐでなきゃ!数日前から「オリニチブで一人で頑張れる?」「ママは一緒に行くけど、一緒に遊べないよ。お友達と先生と遊ぶんだよ」と言い聞かせていた私。今朝も何度も言い聞かせ、ついにはつく直前に「ウー、一人で頑張る」という言葉を引き出した!!!それでもやっぱり、玄関でお別れしたら「ママ~!!!!!!!」と号泣してましたが(笑)。私はというと、やっぱり、園に背を向けてから涙がこぼれ…。でも、少し前から数日間、こっそり泣いていたので、もう気持ちの整理はつきました。逆に夫が「寂しい…」とか言ってます。今日は1時におむかえだけど、明日からは園バスに乗せようかな。そのほうが慣れるの早いっていうし、頑張ってる他の子たちにも悪いし。今日の様子を聞いて、どうするか決めようと思います。今朝登園するとき、アパートの入口で園バス待ってる子が、「嫌だ~!!!行かない!」っていって泣いてました。かわいかった(笑)。ウーも明日は、ああいうふうになるんだろうなあ。さ、お迎えお迎え。ウーの泣き顔が楽しみです(笑)。
2010.03.16
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はー。テジョンにきたらシデクの実態が分かるとは思っていたけどこれほどまでとは…。今日の夕方。シオモニから電話。声のトーンからして、「あ、これは酒飲んでる」とピンと来た。シオモニの勤め先はうちから歩いて10分ほどというごく近い場所。電話はしょっちゅうかかってくるけど、会ったのは2日のウーの誕生日だったからもう10日前のこと。そろそろ「会いたい」とか言われそうだなーって思ってたし、ここらで顔を見せとかないと私も心苦しいなあと思っていた矢先のことだった。「夕飯外で食べようか」と言うシオモニ。今日は午前中用事があったので、3時ごろに帰宅してから家事を始めて、まだ家事の最中だった。夕飯のしたくもまだだったし、ウーも一人でテレビばかり見ていてあんまりよろしくないなあと思っていた。なので、いろいろ重なり、「じゃあ、うちに来たらどうですか」と言っちゃったのよ、これが。そしてやってきたシオモニは。もーーーーーー、すっげーーーーー酒臭かったんですよ!!!!!!!!!!!1あの酒臭さは…。絶対焼酎1本は飲んでるなっていう。うちの旦那でもあんなに酒臭いことってめったにないよ、っていうぐらい。ウーはまだそういうの分からないから、ハルモニが来て結構うれしそう。で、結局、シアボジを呼んでいっしょに食べに行こうということになり、シアボジも来た。ジムにいた夫にも電話すると、今食事制限中なので一緒には行けないけど、いったん家に戻ってまた夜ジムに行くという。その時に、シオモニがすっごい酒臭いことも言っておいた。シアボジのすぐ後に家に帰ってきた夫。シアボジは、何でそんなに酒飲んだんだ! すぐ分かるんだぞ!病院からも酒飲むなって言われてるだろう!!とシオモニに怒り、夫も頭とか腰とか痛い痛いって言うけど、それ全部酒のせいでしょう。酔って家に来ないでください。そういう姿、ウーに見せたくないですから!と怒る。二人に怒鳴られるように怒られても、「少ししか飲んでないわよぉ~。 なんでそんな大きな声出すのよ~」と、まーーーったく真剣に考えてないし。こりゃー、シアボジ嫌だろうなあ~~~と思いました…。私はというと、とりあえず沈黙して無言の同意を表現(笑)。でも、酔ったシオモニに同じこと何度も質問されるのでだんだんイライラしてきて「だからー、さっきいったじゃないですかぁ。」みたいにして笑いながらもむかついてると表現しました。だってーー、同じこと5回ぐらい聞くんだもん!!!!!!!!ご飯おごってくれるんだし、シアボジの車で行くから帰りは送ってもらえてそのままシアボジとシオモニは帰るんだし、と思って、結局夫は行かずに私とウー、シアボジシオモニと一緒に行きました。テジョンの美味しいお店も知りたかったし、夫が忙しくてテジョンの街歩きもできないから、そういうのもちょっとしてみたかったし。(で、思惑通り、テジョンの布市場を探し当てましたよ! 店のすぐ近くだった!)すっげー酒臭いシオモニに辟易したけど、私の思ってることはぜーーんぶシアボジが言ってくれたので、よしとしましょう。どういうことを言ってくれたかというと、・何回も同じこと聞くな!・酒飲んだならじっとしとけ!・(呼んでもウーが返事しないのをみて)誰もお前と話したくないって。こういうことです(笑)。テジョンに来た以上、ソウルにいた頃と同じような付き合いはできないわけで。私もお世話になる以上お付き合いしていかなければなあと思っていたけど、酒を飲んだあとのシオモニがあれほどとは思いませんでした…。もー二度と、酔ったシオモニは家に入れません(爆)。ほんの2時間ちょっとのおつきあいだったけど、すっごい疲れたみたいで。帰ってきてからお菓子が止まりませーん(涙)。
2010.03.13
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ご無沙汰しております。2月25日、雨の降る中、なんとか引越しを終えました。それから約1週間…。家の中は大分片付いて、ネットやテレビの環境も整いました。が!!!!!!!!!!!!!!ソウルに帰りたいです…。引越しの日から、プロとは思えない不動産屋に本気で怒り散らし(夫と私が別個で)アパートの管理事務所のおえらいさんのジジイはめっちゃばかにしてる態度だし食堂もデパートもなんかみんなのーんびりしてるし…。あんたらプロか!!と叫びたくなるような(実際叫んでますが)ことが続いております…。もともと、チュンチョンドの人たちはゆっくりしてて(のろまとも言う)白黒はっきりさせないタイプの人が多いらしい…。意外だったのは、ウーが平気なこと。それと、夫が私と同じぐらいソウルを恋しがっていること…。ヒョンニムには「慣れたら楽よ。でも、慣れ過ぎちゃダメ!!」といわれました。月に2回の上京を楽しみにするしかないようです。当分は。テジョン、そしてチュンチョンド在住の方々、これみて気分害されたらごめんなさいーーー。今のところテジョンのいいところは・空気がきれい・地下鉄がきれいですかね…。でも地下鉄、深すぎて乗るまでにすごい降りていかないといけない…。しばらく文句ばっかり言う日記になると思いますがみなさま、多めにみてね(ハート)。
2010.03.03
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またまたずいぶんご無沙汰です。もー、旅行のトラブルのことなんて、皆さん忘れてるわよね。でも一応、予告しちゃったので…。実は、旅行初日、私たち、スピード違反で警察に止められたのです。そして私は結婚指輪をなくした……………かと思ったけど実は実家においてきていて肝をつぶしたという事件が起こったのですよ…。もー、忘れられません。当日の運転は、出発から目的地までの3分の一を私が、その後は夫。夫の運転に代わってしばらくしたとき、「さーて、ハンドクリームでも塗るかな」と思って左手を見ると、なななんと、指輪がない!!!!真っ青になって、30分ほど後部座席とポケットを探すも、全く見つからず…。でもその後、「いや、無くすはずはない。多分朝着替えてハンドクリーム塗ったから、 実家のあそこにあるに違いない」と思い直す。だけど車の中で、夫にも内緒にしていたので(弱みを握られたくなかったので!!)早く目的地につけーーーーとあせるばかり。(それからまもなくしてパトカーに止められました…)で、結局、目的地に着くが早いか「トイレ行ってくる」とトイレに向かい実家に電話したら「あるよー」というのんびりした母の声が。「よかったぁぁぁ~~~~」と心から安堵したのは言うまでもありません。ちなみにこのとき、万一を考えてウーも連れて行かなかった^^;。後で「ママがねー、お電話してたの」とか言われたら困るから(笑)。で、パトカーはというと…。私が挙動不審になり、後で電話すると腹を決めてまもなく。夫が「パッリ カヤジー」といってアクセルを踏んだ。いやな予感がして「あんまり飛ばさない方がいいよ」と言おうと思ったけど、指輪を無くしたという後ろめたさから、その言葉を飲み込んだ私…。その後まもなくして、バックミラーを見た夫が「あれ? あれもしかして…」というので振り向くと…警察だったのですよTT。路肩に止めさせられ、夫は外に出るように言われたのだけど、そこで私が「すみません、主人外国人なんです!」と言って国際免許証を出すと職責が上だと思われる人にバトンタッチ。で、外国人だし、旅行中だということで、窓越しに「厳重注意!!!!」ですみました…。本当にありがたかったです。うちの夫はすぐ調子に乗るので、いい薬になりました。あそこで止められてなかったら、長い旅の最中に事故を起こしてたかもしれない。厄払いだね、あの警察のおじちゃんに感謝しなきゃ…と、二人とも心から反省したのでした…。というわけで、教訓まで得たよい旅になったのでした。一生忘れられないよ!!!
2010.02.16
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ご無沙汰しておりますー。1月6日に出国して、15日の夜に戻りました。旅行もして、写真もたくさんとったけど、とてもアップする時間は取れそうにないので…。箇条書きにてレポートを。【済州航空】・行きも帰りも満席。帰りは17日にしようと思ったけど「満席です」と言われ、仕方なく金曜に。・1月10日から月曜便はなくなったんだとか。残念ー。【南九州旅行、1日目】・桜島 → 霧島神宮 → 霧島温泉郷・初めて見た桜島。曇ってたけど雄大で、感激。 さつま揚げを買ったときにもらったおみくじが大吉だった!・霧島神宮は厳かで、小ぢんまりとした感じが良かった。 ここでも一回だけおみくじをひいたら、また大吉! 思わず声を上げてしまいました。・霧島温泉のお湯は最高!! ホテルに家族露天があったので入った。大満足!【南九州旅行、2日目】・高千穂牧場 → 宮崎日南海岸 → 宮崎市内・高千穂牧場のソフトクリームはすっごく美味しかった! 景色も最高。 でも高いところにあるから寒かったよー。・知り合いに「宮崎のおすすめは海」と言われて「それだけ…」と思ってたけど、 いざ行ってみたらものすごく綺麗だった! 海だけのために行く価値大!・前日は曇ってたけどこの日から見事にお天気に恵まれ、真っ青な宮崎の海を満喫!!! とっても綺麗だった!!!・鵜戸神宮もすばらしかった。福玉、夫も私もみごと穴に入ったよ!・道の駅フェニックスで海を思う存分鑑賞。ココはお薦めです。 カツオのヅケ丼もおいしかった!・宿泊を青島にするか市内にするか迷った挙句、市内のビジネスホテルに。 これが正解。スーパーホテル、お薦めです。・夕飯をチキン南蛮の元祖、「おぐら本店」に食べに行くも、 お昼が遅かったせいであまりお腹がすいておらず、美味しく感じられず…。 店内も古かったなあ…。もっと遅くまでやってればよかったのに。【南九州旅行、3日目】・ホテルの無料朝食を食べる。スーパーホテルの朝食は美味しいと聞いていたけど、 予想以上に美味しかった。・ホテルのすぐ裏の宮崎県庁を見学。土曜だったので中には入れなかったけど、人がたくさんいた。 その後、隣の物産館へ。前に来ていた肉巻きおにぎりを買う。・一ツ葉有料道路のPAで車を止めて海を鑑賞。ここの海は日南海岸とは違って波が高い。 サーファーが来るのも分かる。 宮崎の海は色々な顔があって、本当に素晴らしかった。・国道の途中でモスのドライブスルーに寄り、昼食を調達。 道の駅に車を止めて、肉巻きおにぎりとモスで昼食。・3時ごろ、高千穂峡に到着。連休と言うことで人が多かった。 思ったより小ぢんまりとしてたけど、行けて満足。・見学を始めるなりウーが「おしっこ!」というので、ウーを抱っこして走る夫。 その後を小走りに続く私。夫は汗だくに…。・日が落ちる前に、熊本の友人の家に到着。懐かしい友達に再会して、しばし談笑。【南九州旅行、4日目】・熊本市内 → 小倉・雨が降ってきたのと、翌日また別府に行かなければならないので、この日は戻るだけ。・12時には小倉に到着。運転はずっと私がしたのだが、これが疲れた…。・ショッピングモールで昼食を食べ、仕事のためにネットカフェへ。・7時ごろ自宅に戻り、翌日の準備をして就寝。【南九州旅行、5日目】・小倉 → 別府・両親を連れて、別府へ。前夜私が疲れでひどい腹痛に襲われたため、運転は夫。・朝からの小雨はなかなかやまず。別府湾SAからの絶景もぼんやりとしか見えず。・地獄めぐり開始。私は小学校の修学旅行以来、両親は20年ぶりぐらいということで懐かしそうだった。 韓国人である夫は感心しきり。・意外にも「山地獄」がよかった。動物が一杯いて、ウーが楽しめたから!・天気が悪いので早めにホテルへ。老舗の亀の井ホテルは、私が誕生月ということで1泊2食つき4500円!・お風呂はあんまりだったけど…。安さには変えられぬ。 料理はバイキングだったけど、美味しかった。・夜から大雪…。14階から眺める雪はなかなかだった。【南九州旅行、6日目】・別府 → 小倉・前日の夜、湯布院に行こうと話していたにもかかわらず、大雪で九州の高速道路が全線通行止めに!!! 湯布院までは国道だと山を越えなければならず、チェーンもあったけど怖いので泣く泣くあきらめることに…。・仕方なく国道を通って小倉へ戻る。途中入ったラーメン屋では、九州の大雪を大きく報道するテレビ番組が…。 早めに戻ってきてよかったと思う。・明るいうちにレンタカーを返しに行き、長かった旅行も終わり。 全走行距離1300キロの旅でした。ダイジェストで書くと、こんな感じかな。でも実は、旅行の初日に忘れられないハプニングがおき、九州旅行に発つ前日には予定外の仕事が入って日程とすっぽりかぶってしまい、苦い思い出も含めて忘れられない旅行になりました…。それはまた次回に。
2010.01.21
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今日は今年最後の日記を。あっと驚く重大発表があります。実は、私たち家族、来年の春にテジョンに引っ越す事になりました。テジョンは、ソウルから160キロぐらいの、ちょうど韓国の中間ぐらいにある都市で、夫の故郷です。シデクもあります。夫の転勤…ではなく、テジョンに引っ越して、スポーツクラブを経営することにしたのです。今年のはじめぐらいから夫と話し合い、色々考えて、夏に決めました。今の家の都合があるので、引越しは2月末。今家を探しています。スポーツクラブは、夫の高校時代からの友人で、私も良く知っている人が経営しているところを譲り受ける形になりました。スポーツクラブのことを考えていたとき、その友人が売りたいと思っているということを知って、それならと私たちが手を挙げたというわけです。夫は、12月中ごろで会社を辞め、今は家にいます。勉強もかねてジムに通ったり、私の仕事が忙しいときはウーを見てくれたり、休みになったと言っても、夫が休みになると今度は私のほうが忙しくなってあっという間に12月が過ぎてしまいました。1月は、夫の希望で6日からしばらく日本に行くので、これまたあっという間に過ぎてしまいそうです。夫が仕事を辞めた理由には色々ありますが、きっかけになったのは、夫のすぐ上に新しい人が入ってきたこと。オーナーお気に入りの課長がほぼ独断で決めたことで、他の社員の反対にもかかわらず強行され、夫は働く意欲を失っていました。それと、夫のいる業界にはこれから先あまりビジョンが見えないということもあり。円高の影響で売り上げが落ち、社内の人員整理のうわさがでたということもあり。なので、肩を叩かれる前に対策を打ち、自分から辞めたという訳です。夫の退職は夏ごろから決まっていたけれど、秋には、夫以外の二人の社員が退職を打診されたのだとか。前向きに決断できてよかったと思っています。本当は、私も夫もソウルを離れたくないけれど、ソウルでは資金が足りず無理。その点、テジョンなら土地勘もあるし、住宅もソウルよりは安い。それと、二人目も欲しいと思っているので、私が仕事を続けながら二人の子どもを育てるにはシオモニやヒョンニムの助けがいると思ったからです。もし前のまま夫が会社員で、私が二人目を生んで育てたとしたら、今のまま仕事を続けていく自信はなかったので…。テジョンにいっても今の仕事は続けます。幸い、先方も「私たちを見捨てないでください!(笑)」と言ってくださっているし。最低月に二回、ソウルに行くことになります。地方に行って、私の好きな仕事の幅が狭くなると思ってずいぶん悩んだけど、家族がいる以上、私のわがままだけを通すわけにはいきません。私の仕事だけが幸せじゃない。夫のやりがいだって、ウーと一緒に過ごす時間だって、大切なのです。2010年は、私たちにとって新しいスタートの年になります。不安が全くないわけではもちろんないし、毎月お給料を持ってきてくれていたサラリーマン生活がよかったと思うこともあるだろうけど、そういうことは夫の前では(←ここ重要!)あまり口に出さないようにして、家庭の平和を守りたいと思います(爆)。あーでも、ソウル離れるの嫌だーーー。思いついたらすぐキョボとかに行けるのが良かったのに…。夫は、私と知り合う前からずーーっとジムに通い続けていて、トレーニングしないと気持ちが悪いというジム中毒者なのです。デートの前にもジム行ってから来てたほどで…。お酒の付き合いはめったにないけど、ジム通いで毎日遅く、イライラさせられるのもしょっちゅうだったけど、それぐらい好きなことなので情熱を持ってやれると思います。夫はお金を持ってきてくれるマシーンじゃないもんね。それって、私が家事や育児をやるロボットだと思われるのと同じこと。そんなのやってられないわ!でもこれで、会社員生活よりも時間に融通が利くようになると思うので、私が今よりは楽になるわー。現に、夫が会社を辞めて家にいるので、ウーのお世話もずいぶん楽になりました。今年も残りわずか。昨日と今日は、前の仕事の後任が出産ということで、代打で仕事です。なので、31日にぼけーっとしていたらすぐに2009年が終わってしまいそうです。なにか大晦日らしいことをしたいんだけど…。そばでも作るか?2009年は、私も体調が悪くて病院に通ったり韓方薬を飲んだりしていたけど、おかげさまで、10月の検診では「(血尿が)きれいになくなってます」と言われ、これからは定期的に通わなくても良くなりました。(すぐにお知らせしたかったけど、なかなか日記が書けずごめんなさい!)結局原因は分からず。でも、体力も当時に比べたら回復してきました。これからは夫のジムでトレーニングしなきゃ~。ウーも、大きな病気もせずすくすくと育ってくれて。今年はなんと言ってもオムツが外れて、もうすっかり「子ども」になりました。少し前からは、寝るときに自分からすすんで「ママ、いっぱいだいしゅき!」と言ってくれるようになったのですよーー。無理やり言わせたわけじゃなく、ウーが自分で考えて言った言葉だったので、初めて聞いたときの感激と言ったらもう~。母、メロメロです。他にも、悲しいテレビ番組を見てなきそうになっている私に、「ママ、だいじょうぶ、だいじょうぶ!」と言いながら肩を叩いてくれたりして。お姉ちゃんになったなあと感慨しきりです。これからも健康ですくすく育ってくれますように。2009年も、あたたかいコメントをたくさん頂き、本当にお世話になりました。間もなく明ける2010年、新しい出発を迎える私たち家族を、どうぞ温かく見守っていてください。良いお年をお迎えください!
2009.12.30
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ウー、3回目のクリスマス。1回目は、まだ1歳にもなってなくて何も分かってなかったけどやっぱり何かしてあげたいと思い、無印で小さな積み木を買ってプレゼント。2回目も、これがほしいとか言わないけど、私が作ってあげたくてこんなものをあげた。今もしっかり現役。で、今年。「ママ、これ今度買って~」とは口癖のように言うようにはなったものの、駄々をこねたりするレベルまでにはまだいっていない。12月に入り、ウーと一緒にこの本を見ていたら、クラフト フェルト手芸 図書 みんなのおともだち! アンパンマンと元気な仲間たち PART3 おもちゃと雑貨!「ママ、これ作って!!」と言われたので、作ってあげることにしました。またなんかフェルト手芸したいなあと思っていたので。ひどかった手あれも、思い切って病院に行ったら嘘のように治って、フェルト扱っても手があまり痛くなくなったし!それがこちらです。アンパンマンのおままごとセット。最近になっておままごとができるようになったウー。やっぱり女の子です。拡大写真はこちら。アンパンマン、食パンマン、カレーパンマンのパン。エビフライ、プリン、オムレツ、ポテトサラダ。ケチャップライス、目玉焼き、ハンバーグ、ウィンナー。それぞれが、メロンパンナとアンパンマンのお皿に乗ってるんですがこれがまたねえ…。手が込んでるんですわ。アンパンマンはまだいいとして。この、メロンパンナ!!!!ふざけんな!!って言いたくなるぐらい細かかったです。この本、メロンパンナちゃんのモチーフのがあんまり載ってなかったんだけど、その理由が分かったわ…。目のパーツが小さいし、刺しゅうも細かい!細かいといえば、こんなところもね。ケチャップライスの旗が、アンパンマンです…。でも一応、どれもウーがちゃんと判別できる顔に仕上がったようで満足です。つい最近、ウーとお絵かきしててドキンちゃんをリクエストされたんだけど、うまくかけなくて、ウーに「…」と沈黙された挙句、「これドキンちゃんとちがう!」と言われてしまったので…(涙)。あ、本のお手本はこちらです。結構頑張ったでしょ?普段わたしが刺しゅうをしていると邪魔するウーも、これを作っているときは、ほとんど邪魔してきませんでした。自分の物作ってるってちゃんと分かってるから(笑)。作る一部始終を見ていたこともあって、クリスマスの日の朝に…とはならなかったけど、これでよしとしました。今は、「ウー食堂さーん。ママお腹すいたんですけど~」と言うと、走ってこのセットを持ってきて、お皿に並べてくれます。でもいつも、私のは2つぐらいで、ウーのはてんこ盛りなんだけどね…。日本のじーちゃんばーちゃんからも、クリスマスプレゼントが届きました。これまねっこするよ!ぼくにはなしかけてね!まねっこおしゃべりぴょんぴょんアンパンマンと、これセガトイズ(SEGATOYS) モノランモノラン いつでもいっしょ♪ ビーンズぬいぐるみ スイリンと、これ。セガトイズ(SEGATOYS) モノランモノラン いつでもいっしょ♪ ビーンズぬいぐるみ ライゴーなぜかプゥートはいませんでした…。予算の都合か?(笑)今度日本に帰ったら買うことにします。どちらのプレゼントもクリスマス前に届いたので、当日はケーキ作ればいいかと思っていたけど、やっぱりそれも寂しいので、夫が1000ウォンショップで大きなフェルトの靴下を買い、その中にお菓子を詰めて、24日の夜に枕元においておきました。すると、25日の朝!私たちよりも遅く目覚めたウーが、「ママ、これなに~?」といって靴下を持ってきました。中にはお菓子が。「ウーがおりこうさんにしてたから、サンタさんがお菓子買ってきてくれたんだよー。 よかったねー」と言うと、ウーも満足げでした。ウー、初めてサンタさんの存在を認識!2日ぐらい前から「おりこうさんにしてたらサンタさんがプレゼントくれるってよ」って言っていたのです。信じるかどうか半信半疑で。でもすっかり信じたようで、そのあとスーパーでそれと同じお菓子を見ると「あれ、サンタさんが買ってくれた!」と言います。かわいい~(笑)。25日当日はウーと一緒にケーキを作りましたが…。失敗したので画像なし!普通の生クリームケーキを作ろうと思っていたけど、ウーが「アンパンマン!」と言い張るので、自己流でアンパンマンを作ろうとやってみましたがいろいろ横着して不細工なアンパンマンに…。リベンジとしてまた作り直したけど、今度は「カレーパンマン!」と言うので、普通の生クリームケーキにチョコレートでカレーパンマン描いておしまいにしました。ウーは喜んでたけど(笑)。キャラケーキって難しい…。今度のウーの誕生日、どうしよう…。特別なことは特にしてないと思っていた今年のクリスマスだけど、こうやって書いてみると、結構楽しんでたんだなあと思います。ツリーもウーと一緒に飾り付けたんだけど、時々ウーが「これ、ママと一緒にしたねー」と言うのです。ケーキも、不細工だったけど、ウーと一緒に作ったということが、彼女にはきっと満足できたはず!これからもこんな楽しさを満喫したいです。
2009.12.25
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早く書かないと今年も終わってしまうので、書かせていただきますっ!!日本帰省編の最後、歯医者編です。なんでわざわざ歯医者編を書きたかったかというと、歯医者さんがとても良くて、すごく勉強になったから!10月の帰省では、せっかくだからと夫の勧めで歯医者にも行くことにした。父の手術の翌日、母から「歯医者行ったら?どうせ今日は昼からしかお父さんの病院行かないし」と言われたので、そうだねということで行くことにした。父は前日の手術後集中治療室に入ったため、この日の11時に一般病室に移る予定だったから、早く行ってもすることがなかったのだ。家からすぐ近くの歯医者に行き、初診なので問診表をかく。韓国に住んでいて、○日までいるのでその間にできる限りのことをしてほしいと書いた。ウーには、歯の検診をしてほしいと。2年前、ウーがまだ5ヶ月のときにも歯医者に行って治療してもらったのだけど、そのときの病院は「いくら海外にいるからって例外はちょっと…」みたいな対応だったのでこんどもそうかもしれないなあとちょっと小さくなっていたのだけれど。結果から言うと、この歯医者さん、とってもフレンドリーで親切で、歯の治療に対する意思と情熱が感じられて、すごく好感が持てました!診療室に入ると、すごくフレンドリー。で、「お母さんから、韓国にいらっしゃるって聞いてましたから~」と、ニコニコして言ってくれるじゃないですか。母が一緒に来てはいたものの、特に挨拶をしたわけでもなかったんだけど、母が前に長いこと通っていたので印象深い患者さんだったらしい。最初に検診をしてもらったら、なんと、虫歯が7本!(あーハズカシイ…)ひどいところから進め、軽いところは後回しにすることにした。金属を作るのに1週間かかるので、まずそこを治療。2年前に治療したところがしみるなあと思っていたので聞いたら、歯茎がやせて根っこが出ているかららしい。根っこは、いわゆる「歯」の部分とはちがって穴がたくさん開いているらしく、そのために水や風がしみやすいのだとか。放っておくと、虫歯じゃないけど神経を取らないといけないような状態になるということで、露出している部分を樹脂でカバーしてもらうことにした。もう一つ、軽い虫歯も、金属をはめるのではなく樹脂でカバー。結局、3日通って、根っこのカバーと虫歯3本(金属2つと樹脂1つ)治療できた。治療費はトータルで1万五千円ぐらいだったかな。韓国だと1本25万ウォンとかかかるんだものー。それに比べたら安いわー。(あ、韓国は、保険適用の金属はめったに使わず、ほとんど金歯かセラミックしかやらないので高いのです。日本で使ってる金属は韓国では使ってないらしく。でも、金歯やセラミックやるなら、韓国のほうが少し安いと思います)終わるとき、「あとどれぐらいかかりますか?」と聞いたら、「残りのものは軽いので、時間はかからないでしょうね。もし3日だけでも帰国することになって、治療してくださいってことでしたら、させていただきますよ」と、先生が言ってくださった!特別扱いしてもらうことに気が引けてたんだけど、先生の言葉に大感激!!1月の帰国のときにも行こうと決意しました。それと、もう一つ感動したのは、歯周病治療に力を入れていること。最初に、患者さんの歯の汚れをとって顕微鏡で見てもらうことを原則としているようで、虫歯だけじゃなくて歯周病にも気をつけましょうね、っていう指導があった。最後に歯周病治療のお知らせ(2万円)があって、これやれってことなのかと思ってあせったけどそうではなく、お知らせだったみたい。よっぽどひどかったら、夫と相談してやろうかなとも思ったけど…。韓国に長年暮らして、なんでもすぐに構えてしまう習性がついてしまったわ…。油断してると付け込まれる国だから(涙)。母は、歯がぐらぐらしてきたのでこの歯医者に通い、2万円だして歯周病治療も受けたのだとか。母が行った時は開業まもない時だったらしく、お客さんもあまりいなかったので母はしょっちゅう通っていたらしい。今ではお客さんも増えて、すごくはやっている感じだと母が言っていた。先生は母のことを「自分の家のように通ってくださって」と言ったそうだ。すごく感じのいい先生だった。年も私ぐらいで、ウーぐらいの子どもがいるらしい。ウーの歯についても、すごく勉強になった。フッ素を塗ってもらったのだけど、フッ素は、数日空けて3回ほどを1セットで、6カ月おき塗るのがベストなんだそうだ。なので、私が通うときに一緒にウーも連れて行った。最初はちょっとびびっていたウーだけど、最後なんて、私が治療中でいなくても、ばーちゃんに連れられて診療室に入って、一人でフッ素塗ってもらって帰ってきたらしい。もー、えらすぎる!!!!それと、ウーの歯並びは、若干スクエア型になっているらしい。綺麗なアーチにするために、歯でちぎりとるような食べ物をあげて訓練させてくださいと指導があった。お肉とか、焼いてないフランスパンとかいいらしい。野菜スティックとかは、ポキッと折れるのであまり意味がないんだとか。離乳食のときに「前歯でかじりとる練習を」とかいうメニューがあったけど、そういうのって歯の発達にも関係あるんだなあとおもって一人深く感心してしまった。専門家の指導がなかったらわからなかったことだったので、すごく勉強になった。韓国じゃ、まずこういうこといってもらえないもんねー。私の歯はぼろぼろだから、せめてウーには丈夫な歯を長く保ってもらいたいものです。私も、ぼろぼろだけど、悪化のスピードを遅くするために努力しなきゃなあと思ったのでした。
2009.12.21
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しつこいですが、もうちょっと書かせてください…。予定ではあと「歯医者編」も書くつもりですわ。おほほ。父の手術による帰省にあたってのネックは、なんといっても仕事だった。私の仕事はほぼメールと電話でのやり取りで行われる。電話は、携帯が自動ローミングされるので問題ないのだが(高いけどね)実家にPC環境がなく、ネットが使えないのに頭を抱えていた。なので、ネットカフェと、無線LANの使える場所をしっかり検索しておいたのだが。結局、無線LANを使いに行ったのは1回だけで、あとはすべて自宅で仕事が済んだのだ。なんでそんなに楽に仕事ができたかというと。それは、私の携帯が「スマートフォン」だから~。(このあと、いろいろコンピューター関係の内容が続きます。 面白くないかもしれませんのであしからず…)2年前の夏、韓国で初めて、サムソンから「ブラックジャック」と名打ったスマートフォンが発売された。スマートフォントは、普通の携帯とPDAの中間みたいなもの。普通の携帯みたいに電話もできるし写真も撮れるんだけど、無線LANを使ってインターネットもでき、ブルートゥースという無線機能を使って、PCなどとファイルの送受信もできる。その代わり、絵文字とかカラーメールとか、そういう「カワイイ」機能は全くといっていいほどない。まあ、ビジネス向けだからね。うちの夫も、その辺の男性たちと同じく電子機器に興味津々なので、発売と同時に二人して買い換えた。夫は「sakiの仕事には有用だろうから」と言っていたのだが、これまであまりスマートフォンの恩恵にあずかったことがなく、あんまりかわいくないので、次は普通の携帯にしたい…と思っていたのだ。が!!日本に帰るにあたり、ネットカフェに行かなくても、このスマートフォンを活用すれば何とかなるんじゃないかと思ったのだ。スマートフォンにマイクロソフトオフィスをダウンロードすれば、ワードの送受信ができる。なので、スマートフォンでメールをひらき、ファイルの確認をしてダウンロードし、あとはブルートゥースでネットブック(デルのミニ9。これも夫が発売されてすぐ買った)に送信すれば、ネットブックで作業ができる。で、作業が終わったら、またブルートゥースでスマートフォンに送り、メールを通して送信すればOKなのだ。ネットブックにも無線LANはついてるけど、それだと電波がとんでるとこじゃないと使えず、自宅じゃ無理。でも、スマートフォンだと、電話としての機能を使ってファイルが送受信できるのだ。もちろん、その分のデータ通信料はかかるけど。帰国を前に自宅でテストをし、ちゃんとできることを確認してから日本帰国。日本にいる間は、仕事が入ったら文字メッセージを送ってもらうように前もって言っておき、念のために毎朝夫にもメールチェックをしてもらった。で、仕事が入ったら、自宅でメールチェックしてダウンロードし、作業して送信。スマートフォンのおかげで、とってもスムーズに仕事ができた。これが普通の携帯だったら、いちいち出かけなければならず、とっても大変だったに違いない。特に私は子連れだし!2年ぐらい前、ウーがまだ5ヶ月ぐらいのとき日本に帰省したときは、仕方がないのでウーを連れてネットカフェで仕事したこともあった。個室を案内してくれたのでたすかったけど(笑)。帰省中は友達に頼んだりしたこともあったけど、いつ入ってくるか分からない仕事で結構な精神的負担をかけてしまうし、やっぱり信用が大事だと思うから、自分でやりたかったのだ。スマートフォン、ネットブック、そして文字メッセージを駆使して、何件もの仕事がこなせたのでとっても満足できた。買って2年、ようやくスマートフォンの威力を実感した。なので、夫に「次もスマートフォンにする!」と宣言しました。ただやっぱり、画面が小さいし遅いので、ネットで検索するのには不便。どうしても検索が必要な仕事では、中学の後輩の家に行って、PC使わせてもらいました。帰国前に「実家でネット使えない」って困ってたら、親切に「うちに仕事しに来てくださいよ~」って言ってくれたふみちゃん!!もうすっごくすっごくありがたかったよー。その節は本当にありがとう!ウーの相手までしてくれて、おかげでしっかり検索ができました。お昼までご馳走になって、本当にお世話になりました。ありがとうね~。あと、アクロバットリーダーを入れてなかったために、無線LANの使えるケンタッキーに行ってファイルをダウンロードしたことが1回だけありました。調べといて良かった。駅の構内なら使えるだろうと思ったけど、全部有料のサービスしかなくてがっかり。日本ってやっぱセキュリティがちゃんとしてるから、無料の無線LANってあんまりないのかな。九州の玄関口なのにいけてない…と、すごく落胆しました。ビジネスセンターもないし!そういうもの?ただ、2年前に買ったスマートフォンなので、もう古くなって少し使い勝手が悪くなってきた部分が…。でも、いろいろ調べればまだなんとかなりそうなので、勉強してみようと思います。新しいのほしいけど、高いし~(涙)。私のスマートフォンは、これです。ドラマ『ニューハート』でチソンが持ってたやつ。最初はボタンがいっぱいあって気持ち悪かったんだけどね…。もうちょっと使いこなせるようになりたいです。
2009.12.09
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週末、シアボジのお誕生日会でテジョンに行ってきた。11月半ばの「シオモニ還暦おめでとう旅行 IN テアン」から1ヶ月もたたないのにまた家族大集合のイベント…。勘弁してくれと思いつつ、これも修行なのでいってきました。で。どちらも2次会でカラオケにいったんだけどね。ここでワタクシは思う存分ストレス発散させてもらいましたわ~。11月のテアンではみんなかなり酔っ払っていたのでノリノリで私も3年ぶりぐらいのカラオケだったので、もー張り切っちゃったわ。しかも2PMが好きになって歌番組欠かさず見てるぐらいなので、アイドルの歌に詳しくなったのよー。なんか、高校生や大学生の甥姪たちより私たちの方が張り切ってて彼女たちはびびったらしい。これもおばちゃんになったってことかしらねー。11月と先週末に歌った歌をあげると・10点満点の10点(2PM)・Again&Again(2PM)・ニガ ミプタ(2PM)・アブラカタブラ(ブラウンアイドガールズ)・ミスター(KARA)・テルミー(ワンダーガールズ)・ネ キエ キャンディ(ペク・チヨン&テギョン)・Fire(2NE1)などなど。34歳が歌うラインナップじゃないよね~。中学生?2PMの歌は、母に無理やり見せられているウーが振り付けを覚えてしまって一緒に踊ったしネ キエ キャンディは夫にテギョン役をやらせて二人で歌った。これがねー、楽しかったんです。ヒョンニムもBIGBANファンなので 、みんなで大合唱。今度はU-KISSとかSS501とかシャイニーとかやりたいわー。「リンディンドン」がやりたいー。クルタレさん、一緒にいかが??(笑)もれなくウーの手拍子が付いてきますよん。
2009.12.07
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まだまだ続く、日本帰省日記!(苦笑)今日は、済州航空編です。我が故郷、北九州に海上空港ができたのは2006年の春。小さな空港はあったけど、小さすぎてジェット機が離発着できないとのことで、空港建設が決まったらしい。ずーーーっと前から海の上に埋め立て工事をしていたのだが、(今調べたら、1974年に決定、1977年に工事開始だって!!!)それがやっとできて、国内線で結構活躍していた。海上にあるので深夜でも離発着できるのが利点で、昔ホークスが東京で優勝したとき、24時着ぐらいの飛行機で監督が戻ってきて話題になったこともあった。で。今年の3月、北九州と大阪にも、済州航空が就航したのだ!!!あんまり大きなニュースになってなかったので半信半疑だったけどある日思い立って調べてみたら、最安値が往復で10万ウォン!!税金とかを含めてもこれまでの大手よりずーーーと安い。それになにより、私の地元なので、近い!福岡空港からだと、降りてから高速バスに乗らないといけないのでさらに2時間ぐらいかかるのだ。その点、北九州なら、迎えに来てもらえれば30分でつくのよ。というわけで、10月の父の手術のときに、済州航空で帰りました。あんまり安すぎるので私も不安になっていろいろ調べたけど、悪い情報は入ってこなかった。母体もエギョングループだからそんなに悪くないだろうし。空港のカウンターも、そんなにみすぼらしいことにはなっておらず、中央付近の一列の半分ぐらいが済州航空専用になっていた。はじっことかだったら惨めだっただろうけどね…。で、機内に乗り込むと。飛行機は190人乗りぐらいの3列×3列。済州島に行ったときと同じもの。古いかなと思ったけど、特にそういう点は見られず、以前に福岡路線で乗っていたものと大差ないと感じた。もちろん、素人目ですけど。機内食は、コンビニのみたいなおにぎり一個と飲み物(水、ジュース、お茶、シッケ。ペットボトルのを紙コップについでくれます)、それにミックスナッツが一袋。行きはふりかけがかかったおにぎり、帰りは確かプルコギが入った海苔おにぎりだった。両方とも美味しかった。コーヒーは…あったかな。なかったかも。行きでウーが寝てしまったので毛布をくださいといったら、毛布はないらしく、乗務員の方が自分のジャケットを貸してくれた。なんだか親しみがあってうれしかった。香水かかってていいにおいがしたぞ!子供向けのノベルティは、乗務員手作りの風船の人形。ウーにも作ってくれていたけど、寝てしまってたので、後でもらった。行きは20人ぐらいとものすごくガラガラだったんだけど、暇だったからか、他の大人の乗客もけっこう人形もらってました。しっかり機内販売もあったよ。大手ほどはもちろんないけど、思った以上に揃ってました。乗ってからウーの気を紛らわすのに30分、その後寝てから30分、ほっと一息ついていたら「シート戻してください」と言われ、思わず「えっ!!もうですか??」と言ってしまうぐらい早かった。外を見たら眼下には空港が…。空港は海の上にあるので着陸のときに海すれすれでスリルがあった。乗客が少ないのでゆっくり降りて、降りてからもウーと飛行機の写真とかとってたら空港の感熱チェックの職員がもう帰ろうとしててあわてて席に戻ったりしてた(笑)。入国審査員は一人だけ。まあもっともだよね。荷物をとって外に出たら目の前に母がいて、感激!予定では、父の手術の説明があるからこれそうにないと聞いていたのだけど、説明が終わってすぐバスに飛び乗って来てくれたらしい。ウーも、泣くかと思ったけど、写真での教育(!)が効いたのか、すんなり「ばーちゃん♪」と近寄っていってくれた。さて、北九州空港、すべて良かったけど、一つ大きな欠点だなと思ったことがある。それは、バスの連結があまりよくないこと!!飛行機が10分ほど早く着いたので、急げば前の便に間に合ったのだけど、ばーちゃんと孫の感激の再会なんかをしていたら言いそびれてしまい、結局1時間半も時間をつぶすことに…。(小倉行きの場合です)小ぢんまりとした空港なので、3階まで散歩してみたり、ネット開いてみたり(空港内は無料無線ラン完備)して何とか時間つぶし。バスの時間は国内線の到着時間に合わせられているようで…。いくら一日一本とはいえ、国際線だってあるんだから何とかしてよ!実際、隣のソファーにいた韓国人の女の子が、「1時間半もまたないといけないのよー」って電話で愚痴ってたし。イメージ改善してくれ。西鉄バス!!!小倉まではノンストップだと30分ぐらい。空港のインターができたので、九州自動車道と都市高速を走って渋滞なし。料金は600円でした。帰りはほとんど同じだったけど、行きとは違って、ほぼ満席でした!!ツアー客がたくさんいた。金曜日の便だったからっていうのもあるだろうけど。出国審査は2時間前からで、審査台も小さい。審査官も一人。待合室はほんとに飛行機一機分の人員が入れるぐらいだし、免税店もあることはあるけどお酒とたばこが主でした。でも綺麗だった。あ、帰りは、チケットが感熱紙でした。行きは普通のだったけど。とにかく安いし、なんといっても地元に着くというのがうれしい!!私とウーは9月に決済して、そのあと日付を変えたのでそれぞれ1万ウォンずつ変更料がかかり、トータルで28万ウォンぐらいでした。(ウーは満2歳以上です)ひとりで福岡便乗るより安いよ…。まあでも、これは最安値の10万ウォンのチケットだったからで、それがなくなると次は12万ウォン、その次は14万ウォンというふうに高いチケットになります。それと、調べたら、年末はやっぱり安くはなかった。週に4回も就航してるし、近いし、もう、済州航空様様です。お客がいっぱい乗ってくれて、何とか維持してほしいわー。北九州市と仁川市はずーっとむかしから姉妹都市なんだから、そのためにも!ちなみに我が家、1月頭にまた済州航空で帰省する予定です。今度は夫も一緒なので、夫の冷静な意見を聞いてみようっと…。
2009.12.03
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日本から帰ってきてもう1ヶ月以上たちましたが…。その間、ミ○シイの某育てるアプリのためPCの前に座るのが長くなりその他調べものも多くていささか中毒っぽくなったので避けなければならないと思ったことと、また、ウーが昼寝をしてくれなくなったのでイライラがつのって日記書けませんでした。でもやっぱりすっきりしときたいので書きます。今回の帰省、妹とは計2回会いました。1回目。父の手術の日。手術後、集中治療室にいる父に会いに来た妹とその娘。病院にいた母を送ってくることになり、私も覚悟を決めた。午前中、母に差し入れする食事を買いにスーパーに行ったとき、ウーにお菓子を買う段になって、一つ選ばせながら「じゃあ、マリちゃん(仮名:妹のこども)のも買いなさい」という言葉が出てきた自分にびっくりした。家で待っていると、車の音がして妹到着。ドキドキしたけど、子どもの前では醜態を見せたくないし、私は姉だし、と思い、玄関からウーといっしょに「まりちゃーん」と呼んでみる。それが功を奏したのか、穏やかな雰囲気で対面。ほっと一安心。その後、顔を合わすや質問攻めの妹。来年から通わせる幼稚園について悩んでいるらしく、私の意見を聞きたいらしい。冷静に、冷静にと思いつつ話し、充実した会話が終了。その間、ウーとマリちゃんは、あっちの部屋で60過ぎのばあちゃんが受け持つ臨時託児所にて賑やかにあそびまくり。マットを丸めてジャンプ!したり、折り紙をチョキチョキしてみたり、ウーが何度も私のところに来て「ママ! 楽しい!!!」と言っていた。奇声をあげて大喜びしていたし。幼稚園の話が終わると、家にあったテレビガイドをめくりながら芸能人の話。もう知らない人ばっかりよーとか何とか話していたのだが、だんだん疲れてきた。1時間ほどたっただろうか。妹も同じだったようで、「マリちゃん、公園行こうか?」とか「もう帰ろうかな」とかしきりに言うようになった。でもそこで「行って来たら?」とか「帰りなさい」とか言うと「追い出すのか」とか逆切れされるので、私も母も何も言わないでいた。お風呂に入って帰れば、と母が提案するも、なんだかんだと理由を付けて動かない。もどかしーなーと思っていたら「じゃああんたたちが入りなさい」と母に言われ、私とウーがお風呂に。その間に妹は帰っていった。病的に、私たちと離れるのが嫌なようだった。なら文句言ったりケンカふっかけたりしないでほしいんだけど、その辺が、ものすごく子どもなんだと思う。自分で自分の感情を整理できないのだから。2回目は、その数日後。やはり病院帰りに寄った妹。その日、私は予定外の仕事が入り、洋間でパソコンを叩いていた。妹が来たけど、ウーが私から離れている時間じゃないと仕事ができないので、悪いと思いつつ母に任せて懸命に仕事。集中できないから仕切りをしようかと思ったけど、ウーを見てもらっているし妹もいるので感じ悪いかなと思い、しなかった。妹からは、ぶつぶつ言いながらパソコンを叩く私が良く見えた。そうすると、そのうち雲行きが怪しくなってきた。妹の口調がイライラを含んだものに変わり始めてきたのだ。自分の子どもがウーにおもちゃを譲ってあげると「うわー、マリちゃん、譲ってあげたの~。えらいね~」「一人でできるもんね~」などと、皮肉たっぷりに言う場面が多くなってきた。そして、娘のマリちゃんはというと、自分の母親のそんな変化を敏感に感じ取り、ヒステリックな言動を見せ始めた。おもちゃのネコが鳴いているのを見て「ほら!メリーちゃんがお腹すいてるってよ!!! ママ、ご飯あげてよ!!!!」と言ったときの声のトーンに、「これはやばい」と感じた私。妹は「もう帰ろうかな」と何度も言いつつも、一向に席を立つ気配がない。自分の子どもがヒステリックになっているのを見て、悲観するというよりは、どうしていいのかわからず放心状態になっているような感じ。そして、その後。洗濯物を取り込むカゴにウーが入って遊んでいたとき、妹が、ウーが独り占めした、みたいなことを言った。母に「もう一個ないの」とイライラした口調で言う妹。母は、争いが起こるのは避けたいので、たんすの上から引っ張り出そうとしている。60過ぎのばあさんが。いたたまれなくなって、ウーに「ウー、出なさい。マリちゃんと一緒に遊びなさい」と言うと、あっさり外に出るウー。聞き分けのいい子でよかった。私も、もうこれ以上は仕事できないと思い、PCを閉じた。そして上着を羽織り、ウーにも着せて、「ちょっと散歩行ってくるから」と、外に出た。妹が去らないのであれば、私から避けるしかない。時間は5時。薄暗くなっていたけど、修羅場になるのは避けたかったのでしかたがない。坂道を降りきったところにあるスーパーに行き、ガチャガチャをしたり車に乗せたり。スーパーを出ると、来た道とは違う方に行きたいとウーが言うのでそっちに行ったら、案の定、抱っこされたまま寝てしまった。14キロの子どもを抱っこして、緩やかとはいえ上り坂を登るのはきつい。なんとかのぼりきり、ファミレスに入ってドリンクバーを注文。お客さんがあまりいなくて静かだったのが幸いした。ウーをソファーに寝かせ、時間つぶし。とはいえ本もない。手帳もないので、思いを書きなぐるわけにもいかない。ウーが寝ているのでトイレにもいけない。仕方がないので携帯のメモ機能に憂さ晴らしをし、夫に文字メッセージを送ってボーっとする。1時間半ぐらいしてから、ウーが起きた。アンパンマンのメニューを見つけて「食べたい!」と言うので注文したけど、やっぱりほとんど食べなかった…。その途中で、母から電話。「どこにいるの!帰ってきなさい」心配しなくても行くとこないから帰るから、室内にいるから大丈夫だと言うと少し安心した様子。去年の夏に家出したときは、公園にいたからね。家に帰ると8時。賞味3時間の家出だったけど、寒いし子連れだったので辛かった。私がいなくなれば修羅場にもならないだろうと思っていたけれど、家に帰ると母が泣いていた。私がいなくなったにもかかわらず、妹は母を罵りまくったらしい。以前、父のアルコール依存がひどくて母が家出をしたことがあった。そのときちょうど、妹の家族は旦那の実家に帰省する予定だったので、私が頼んで留守の間妹の家にいさせてもらったのだ。そのときのことを、「家になんか来て迷惑かけて!!」と罵るらしい。今回が初めてではなく、何かに付けてその事を言うらしい。もちろん、その時は、妹にも、妹の旦那にも、私が話して了解をとった。それに、彼女たちは家にいなかったし、当然母が迷惑のかかるようなことをしたわけでもない。でも妹にとっては、父とそんなことになって逃げてきた母が嫌でたまらないらしい。「人に迷惑かけて!自分で何とかしようって気があるなら、ホテルでも取ってから連絡するはずよ!」とメールしてきているのも見た。母が妹の家にいるときも、「お父さんを一人にして、お父さんに万一のことがあったら困る」と言ったらしい。父親にひどく苦しめられている母親がどんな思いで家を出てきたっていうのか。それをさらに苦しめるようなことを言うなんて、最低だ。そう言われて、「家に帰る」と弱気になった母を、「どうせ帰らないといけないのだから、お願いだからもう一晩そこにいて。今帰ったらまた同じことよ!」「お父さんに何かあったとしても、お母さんのせいじゃない!!!」と必死に説得して、なんとか踏みとどまらせた私。韓国にいたけど、メールや電話で指示したり、助けになりそうな病院を探したり、病院に電話して問い合わせたり、いろいろ必死にやったのだ。その数ヶ月前に帰省したときから父の状態はひどかったので、韓国に戻るときには、飛行機代を渡して「もうダメだと思ったら韓国においで」と言った。そんな私のことも、妹は「あんたが何したって言うの!!」と罵る。なんだかずいぶん話がそれてしまいましたが。家に戻って、「マリちゃんさあ、ヒステリーみたいになってたじゃない。あれやばいよ」と母に言うと、妹もそれは分かっているんだと言った。父や母も、妹に言われっぱなしと言うわけではなく、なんとかしようと苦言を呈しているらしいけれど、あまり言い過ぎると妹が爆発してその影響が子どもに出てしまうので、その辺も調節しているみたい。大人たちならまだしも、あんな子どもに何の罪があるっていうんだ。かわいそう。そして、その罵りが、実家に来たときだけじゃなくて、夫婦間でもかなりの頻度であるであろうことが、また問題…。その辺は私の介する部分ではないけれど。このあと、もう一度妹との接触がありました。長くなったのでそれはまた次回に。そうそう。この日、スーパーとファミレスで1回ずつやったガチャガチャ。どっちもバイキンマンでした。なんだかな~~~という気持ちになったのはいうまでもありません(涙)。
2009.11.21
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ちょっと重い内容をつづってしまったので、お口直しにこんなものでも!私が今回日本に行って買ったものたちです。荷物が増えるし、最近じゃ少々高めなのを目をつぶればソウルで何でも手に入るようになったので前ほど執着がなくなりました。でもどうしてもほしかったものたち!!!!まずはこれ!!!今ならDEL REYアクセサリーコレクションつき!デルレイのダイヤモンドショコラやハート型ショコラなどがスイーツストラップにて登場!【サントリー】リプトン リモーネ1ケース(500mlペット×24本入り)おまけつき【送料無料(一部同梱不可)】【k4u5643】レモンティーが飲みたかったんじゃなくて、おまけがほしかったのです。去年の夏にもあって、そのときは欲しいのが見つからず買わなかったのだけどそうじゃなくてもかっときゃ良かったと大後悔…。なので、9月末からこれが始まるとネットで知ったときは大喜びしました。空港着いてすぐ空港内のセブンイレブンに行く力の入りよう。(なかったけどね)近所のスーパー数件で目を皿のようにして探し、欲しいものはすべてゲットしました!!!大満足ーーー。それから、手帳。【10%OFF】【2010年度手帳】切り絵みたいな柄のスケジュール帳。マンスリーダイアリー ペーパーカッティング ブルー/バンビ Diary-M-43手帳だけは、毎年日本の物を使っている私。韓国のは日付を自分で書き込むようになってるものばかりで、それが嫌なのです。前もって楽天で検索してこれに決め、病院近くの大きな文房具店で購入。でもやっぱり薄すぎるような気がするので、韓国に戻ってこっちを買いなおしました。【10%OFF】ウィークリーダイアリー 切り絵 ブルー/バード DiaryW-23同じなんだけどウィークリーがついてます。今年まで3年間はこれを使っていたのですが2010年スケジュール帳ハッピーダイアリー A6 タイプ Floral/Purple子連れで荷物が多くなって、重くなってしまい、持ち歩かないことが多くなってしまったのです。2年間ぐらいはすごく気に入って使ってたけど、今年はあまり開かなかった…。なので、薄くて軽いマンスリーのみにしたのです。子育てしてて手帳書く暇もあんまりないし。ですが、心が乱れているときに手帳に思いのたけをつづると楽になり、たまーにやっているので、やはりマンスリーだけではスペースがないので良くないかもと思い直した次第。購入して今頃実家に届いているはずですが…。2冊使うか、1冊誰かに譲るか、考え中です。それと、ウー関連のもの。メガブロックmini アンパンマンブロックバケツDXブロックを買ってあげたいとおもっていたけど、どうせ買うならアンパンマンのものにしてあげたいと思っていたので・・・。お友達のMちゃんのおうちに、これより一段階下の大きなブロックがあって、おじゃまするたびに楽しそうに遊んでいたのが忘れられず…。母から30%オフの店があると情報を仕入れ、そこまで買いに行きましたよ!北九州の皆さん!小倉南区のビッ○カメラはおもちゃ30%引きですよ!種類もいっぱいあるよ!それから、DVD。[DVDソフト] アンパンマンとはじめよう! お歌と手あそび編 ステップ(1)元気100倍!おゆうぎしようねこれの1と2。ブックオフに行ったら揃ってたので、それぞれ1500円ほどで買いました。でも…なんでも自分がするといってきかないウーのいうとおりにしていたら、1のほうがすでに傷だらけでやばい状態に…。うえーん。私用には、三浦綾子さんの小説とエッセイを3冊買いました。来年3月まで使える金券200円分もらってちょっとうれしかった。あとは、カレーとマヨネーズ、お茶漬けの素、滞在中ウーがはまったミロなど。あ、そうそう。100均で、クッキーの型とのし棒も買いました。ブロックは機内持ち込みにして、がんばってもって帰ってきましたよ。日本ってかわいいものがたくさんあって、楽しかった!買わないようにするにはかなりの努力が要るなと思いました。でも、どこもセールばっかりで、不景気を実感。消費者にはうれしいけど、悪循環だよなー。
2009.10.23
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やっとエンジンがかかり始めたので、日本のことをしるしておくことにします。辛かったので思い出さないほうがいいかなとも思ったけど事実は事実として認識しておいたほうがいいと思って…。さて、今回は「父の入院編」です。大腸がんと診断された父。9月30日に入院し、術前の検査をあれこれうけていよいよ明日が手術になった10月5日の夕方、6時30分。空港からバスに乗り、モノレールを乗り継いで病院に着いた母と私とウーは、わずかな時間の面会を済ませ、家に戻った。翌日、手術当日。執刀開始が9時半、病室を出るのが8時半。家族は8時までに来てくださいということで、到着翌日の私たちは無理だと判断し、母が一人で病院へ。私とウーはゆっくり起きて洗濯や洗い物を済ませ、スーパーで昼食を買ってから病院へ。手術中は、家族の誰かが常駐していなければならなかったのだが、待合室はこぢんまりとしていて、子連れで長居するような場所ではなかった。なので、母に昼食を差し入れ、すこし話してからショッピングセンターに行く。手術後迎えに行く予定にしていたけれど、妹とその娘が来るということだったので、送ってもらうと電話があった。手術は予定より早く終わり、意識が戻って集中治療室に入ってからの面会は、原則1回だけということ。まず母が入り、その後に妹が来ることを話すと了承してもらえたらしく、妹が一人で入ったらしい。子どもは入れなかった。なので、計2回面会があったことになり、今日はここまでにしてくれということで、私は行かなかった。手術翌日。午前11時に一般病室に戻るということで、午後に母と3人で病院へ。行ってみると、まだいろんなチューブがつけられたままだった。それでも無理やり起き上がろうとする父。こんなときぐらいおとなしくしとけばいいのに。トイレに行くときは看護婦さんを呼ぶそうで、しんどそうだったけどやせ我慢してるのがみえみえだった。その後、3日間ほどは点滴のみ。歩きなさいといわれているとはいえ、手術翌日の夜から公衆電話で電話してきたのには心底驚いた。入院中は朝晩毎日電話をかけてくる父。それだけ聞くと「やさしいのね」と思うかもしれないけど、電話してきて「今日の夕飯は何にしろ」「今日のテレビは何があるぞ」などといちいち指示するので嫌で仕方がなかった。病気だからそんなこともないだろうと思っていたのに…。なので、手術翌日に見舞ってからは2日ほど行かなかった。その後、点滴もはずれ、病院着からパジャマに着替えるようになり、面会も病室ではなくて面会室に行けるようになってきた。ウーにあえてうれしくてたまらない父は、すこし元気になると、1階の売店まで一緒に降りて、ウーにお菓子とジュースを買ってあげるのが楽しみのようだった。でもね。駐車場で車が出るまで、ゲートのすぐそばまで出てきて座って待ってるんだよ。もー、どこまでがんじがらめにすればいいのやら…。それでも、日本の病院は完全看護だから長居する必要もないし、ガン病棟だからちょっと遠慮する気持ちもあった。帰国2週目には、毎日10分でもウーの顔を見せてあげたほうがいいかなと思えるようになり、気持ちも軽くなった。父は、「先生に話して外泊させてもらう」などととんでもないことを言っていたのだけれど、母も食事なんかの問題もあって怖いし、私も嫌だったので大反対した。でも結局、帰国当日に外出許可をもらうことができたらしく、帰国する日の朝に私が病院まで迎えにいって、そのまま送ってもらうことになった。そのときは、帰国の3日後に退院すると決まっていたので、それならまあ大丈夫かなと思えたし。父がいなかったけど、入院していても毎朝晩電話してきてその日の予定を聞いたり、病院から家に直帰すると分かっていたら、着いたころを見計らって電話してきたりするのが嫌で嫌で仕方なかった。厄介なのは、口調が束縛するようなものではなく、一見愛情あふれたものであること。過保護や過干渉は、目に見えない虐待なんだと何度も何度も思い知らされた。それならまだ、殴られて体に傷があったほうがましかもしれないと思った。外に出れば、あの人かわいそうって一目で分かるから。愛情だと思い込んであれこれやることを子どもが批判したら「親不孝者」という一言で片付けられてしまうもの。父は、父の父が酒飲みで仕事もせず貧乏で、とても苦労したらしいので私たち娘には苦労をさせたくないと強く思っていたのだと思う。かわいくて仕方がなかったのだろうし。でも、思春期になったらその手を離してあげなければ、子どもは自立した人生を送れないと思う。大金持ちで、何一つ不自由しなくて、親が死んでも子どもが何の苦労もしないぐらいの準備が整っているならそれはそれで勝手にすればいいけれどそうじゃなくて、親が子どもの将来に責任を持てないのなら、子どもが一人で生きていくための力をつけさせるのが、親のつとめってものじゃないだろうか。愛情をたくさん注いでくれたことには感謝しているけど、いつまでも束縛し続けるのは本当にやめてほしい。そしてそれが、今度はウーと妹の娘に向けられているのがおぞましい。妹もきっと同じように思っていると思う。今回の帰省中に、母がこんなことを言った。「お父さんね、自分たちが死んで、あんたたち(私と妹)が死んだら、あんたたちのお骨もすこしもらって一緒のお墓に入れるって言ってたわよ。そうしてくれるように孫たちに頼んでおくって」それを聞いて、私は驚愕した。死んでからも、まだ束縛するつもりなのかと。父は愛情と思っているかもしれないけど、それは「束縛」であり「依存」以外の何物でもないと思う。そんなこと、死んでも嫌だ。だけど。いろんな人の話を聞いていると、孫はものすごくかわいいものだという。それに、夫にも、「もうお年寄りなんだから、合わせてあげなよ」と言われた。確かに、いつもいつも会うわけじゃないのだし。叔母(父の妹)に会って食事をしたときにちらりとこんなことを話したら、「でもね。そんな悩みも生きてるときだけよ。死んだら何にもなくなるよ」と言われた。はっとした。父のことを、愛情ではなく依存だと認識することは、私が子育てをしていく上で同じ過ちを犯さない教訓になると確信している。実際、それぐらい強い意志を持って実家に帰らなければ、また前のだめな自分に戻りそうになるのだ。実家は、娘であると言う名目で、ただで泊めてもらえる宿。親も、今となっては他人。それぐらいの気持ちで帰らないと、また爆発して辛いだけ。家族だからみんな和気藹々、なんて幻想だと思い知らされた。でも、父が生きているから、私が海外にいても心配が少ないのだと思う。母一人になったら、もっと心配になるだろう。母国語で話ができて、生まれ育った街で買い物ができても、外国語で話して外国の文化で暮らすほうが気持ちが楽だなんて。複雑だけれど、仕方がない。私に与えられた運命なのだと思う。日本にいるときはあれほど窮屈だったのに、戻ってきたら、日本のいろんなものが良く見える。やっぱり「隣の芝は青い」のだろうかと思う。
2009.10.23
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金曜日、約2週間の滞在を終えて戻ってきました。帰国当日はゲートを出たら母が迎えに来てくれていて、そのまま父に面会。荷物が重かったので、母が居て助かりました。手術は予定よりも短く終わり、その後も良好で、術後2週間たった今日退院と決まるまで、実家に居ることができました。気は弱いくせに見栄っ張りの父なので、手術後もかっこつけて動き回っていましたがそれでも毎日見ていると日に日に動きがスムーズになっていくのが分かって安心できました。術後の検査の結果も、リンパなどの転移はなく先生に「長生きしますよ」とまで言われたとか。不幸中の幸いでした。妹とは、皆さんのアドバイスのおかげで衝突することはありませんでしたが、一度雰囲気が怪しくなり、ウーを連れて家出しました(3時間ぐらいですけど)。その後、二人だけで会おうと約束もしましたが、急な用事が入って流れてしまいました。(それについてはまた後日)今回実家に帰って、私にとっては、実家が一番難しく、辛い場所なんだということがよく分かりました。もっとも、もう結婚して子どももいるのだから、夫や子どもとの生活がうまくいっていることのほうが大切なのでしょうけれど…。海外に暮らしているので、生まれ育った日本の家がそうだという状況はとても辛いですが幻想を抱いていても仕方がないのだと分かりました。それでもやっぱり、お見舞いにいけてよかったと思います。お見舞いだけでなく、私の歯の治療もできたわけだし。辛くなると、「この人たちは他人だ」「ここはタダで泊めてくれる宿だ」と思いながら心を落ち着かせました。韓国に戻ってきたら、家事は全部しないといけないけど日本にいたときのような胸の苦しさはなくなりました。それについてはまた、もう少し後で。今はもう少し、ゆっくりします。
2009.10.19
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いよいよ明日になりました、日本行き。実は、手術の日にちが一日早まり、あさってになってしまいました。病院の面会時間は夜7時まで。空港からは、ネットで調べたところではバスの連結がよくないようで、ぎりぎり7時に間に合うかどうかです。手術当日は、家族は当日朝8時までに行かなければならず、8時半に病室を出て9時半執刀開始。なので、8時までにまだ小さい子どもを連れて行けるか微妙…。難しかったら一人で行くと母は言っているし、第一、父の情報によると、手術の待合室は子どもは入れないんだとか…。まあその辺は自分で聞いてみないと分かりませんが。ところで、昨日シデクから7時間かけて戻って母に電話をしたとき、「手術の前日妹が泊まりに来る」といわれました。手術当日朝早いのでうちに泊まってから行く、と。で、妹は、唯一個室になる洋間に寝るといったらしいのです。それを聞いて、話しながらすでに心臓がドキドキし始める私。何で泊まるの! なんか言われるから嫌だ!と母に抗議すると、泊まるなとか言ったらまた何か言われるからね。あんたもそんな文句ばっかりいわないでなかよくしなさい。洋間に寝るとか言わないで、みんなで仲良く一緒に寝ようって言ったよ。といわれました。私が思うに、妹も、自分がケンカのネタになることをするかもしれないので離れて寝るっていったのではないかと思うんだけれどそれを無理やり「仲良くしろ」といってなんとかしようとする母親はやっぱり分かってないんじゃないかと思いました。それ聞いてすっごいイライラしてて夫に相談し、「避けられなさそうだから、ガマンしてみてダメだと思ったら どっかよそに泊まれ」と言われてそうしようと思いました。どこが一番お手軽なホテルかな…とか考えてみたり。で、今回、いつもよくしてくれる父の妹にお土産を用意しているので、一人暮らしをしているおばさんに、何かあったら助けを求めようと、さっき電話しました。もし何かあったら泊めて、と。そしたら、両親は入院のことを話していなかったらしく、すごく驚いていました。妹のこともそこまでひどいとは思っていなかったらしく、話すとすぐに「私でできることなら言って」と言ってくれました。そのあとまた母に電話して、おばさんに父が入院していることを言ったと話したら、何で言ったんだというような反応。てゆーか、これまで、私が日本に帰ると決まったら、私が電話もしないのに勝手におばさんに電話して帰ってくるということを知らせていた父。今回も、入院のことは言わなかったけど、私が今回帰国するということを、父が独身の父の弟に電話で話し(この弟がまたいろいろ事情があるのです)おばさんにも伝えておけと言ったらしいのです。いつも日本に帰国すると、勝手にスケジュールを決めて私とおばさんを会わせようとする父。今回は私のほうからアクションを起こしておばさんに電話したけど、私がおばさんに父の入院のことを話したと知ったら、「余計なこと言いやがって」と思われるはず。実際母にもそういう反応をされたし。てゆーか、そもそも、私とおばさんを仲良くさせようとしてるのは父だっつーの。それなのに、私が自分の思惑とは反対に入院のことを知らせたら軽蔑するような目で見るっていうのは理不尽なことだと思いませんか。あんたの思い通りに動くロボットじゃないって。思えば、私と両親、とくに父との関係はずっとそんな感じだったわけで。ウーが生まれて、夫が父親学級にいって勉強してきたとき、「イエスマンではなく、自分の意思をはっきり持った子供に育てよ」という話を聞いてきて、そのときに自分は間違ってたんだということに気づいたのです。まったく、30数年もそんなことに気づかず、親の言うとおりにならないことが親不孝だと思い続けていた私って、なんて世間知らずのバカだったんでしょうね。ずっと、自分の意見をいおうものなら「そんなこと言ってはいけない」といわれ続け、父の考えと同じように合わせたときだけほめられてきたのです。なので、人の前で自分の「意見」を言うことができませんでした。違う意見が出たら、それイコール自分が全否定されると思ってきたから。変わったのは、韓国に来てから、そして夫に出会ってからです。以前の私のような育ち方をした人を、アダルトチルドレンというそうです。話がそれましたが。電話をしたら、結局妹は泊まりにこないことになったのだとか。「あんたまたけんかするんだろ」と母が妹に言ったら、妹は「姉ちゃんの出方による」と言ったんだそうです。そういうこと言うんならケンカするに決まってるから泊まらなくていいといったら、朝早くて妹の子どもも起きられないかもしれないし、辞めたんだそうです。ほっと一安心です。母には、「あんたも妹に会ったらだまっとかないで、世間話でもすればいいんだ」「仲良くしろ」と言われました。アホみたいなこと言われるからいやなんだといったら、お前も言ってるじゃないか、お互い様だ。人間、思ってることを全部言えばいいってもんじゃない。妹夫婦がケンカばっかりしてるって言っても、それはあっちの性格でスタイルなんだからほっとけばいいんだ。と言われました。私は心配だから言っているのに。じゃあ、けんかばかりしている今の状況でいいと思っているのか?誰かが言わなければ今のままだ。父だって、30年間酒乱で母にモラハラを続けていて母はそれで大変な目にあったのにあのとき私が勇気を出してセンターに電話したり連れて行ったりしなかったら今みたいにお酒をやめなかったんじゃなかったか。きっかけを作ったのは私じゃないのか。そういいました。考えてみたら、これだけ母に意見したのは初めてかもしれない…。すると母はきっかけを作ったのは確かにあんただ。ありがとう。でもみんなで頑張った成果だ。と言いました。確かにその通り。私がいくら言っても、母が勇気を出して動いたり、妹が母に寄り添ったりしてあげなかったら、父はお酒をやめなかったと思う。でも、私がブレーンとして動かなかったら、ことは何にも進展しなかったのは確かなのです。そういうことをはっきり言うと、「あんたは偉そうに」と言われるのでこれまであからさまにしなかったけど…。さっき、ビールを飲みながら、泣きながら夫に全部話しました。母の言うとおり、相手のスタイルなんだから、気にするな、って思ってしまうと言うことは、もうそれは相手と一線を引いてしまうということ。ある意味の諦めだと思うのです。妹があれだけもがいているのも愛情があるからだというのは私も分かっています。でもやっぱり、私たち姉妹は、あの両親の元では、冷静に話ができないのだと思います…。今回、家の中ではなく、外で、妹と二人きりで話ができればと思いました。しらふでは無理そうなので、お酒の力を借りて。思えば、妹も私も、被害者なのです。私は父に「お前にかかったお金は安いものじゃない。 妹にはお前ほどお金がかかっていない。 だから、妹をあまりしかれない部分もある」と言われたことがあります。昔、大学生ぐらいのときに。そんなばかな、って思いました。私は韓国に来て、夫に出会って、自分の意見を言う勇気も前よりはもてるようになったし、自分の言動に責任を持てるようにもなりました。やっともどかしい自分から抜け出せたと思っているのに、母の言葉を聞いて、また逆戻りしつつあるように感じます。子どもって、自分の両親が最高だと思っているし、よその家庭のことなんて分からないから、それが当然と思うんですよね。思春期の頃に人並みに遊んだりはじけるのって大事だなって思いました。私はずっと、いい子だったからな…。短く書こうと思ったのに結局心境を吐露する形になってしまいました。お恥ずかしいです。でもやはり、娘として、父親の手術には行かなければと思います。義務、果たしてきます。
2009.10.04
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前回の日記に、たくさんのコメントやメッセージをいただきました。本当にありがとうございました。皆さんのお話を伺って、当初今日からにしていた日程を、チュソク明けの来週月曜から翌週の金曜までに変更しました。月曜の夕方に地元について、翌々日が手術です。母に相談したら、「いろいろあるね。だから、私からは何も言えない。ただ、いくらでも居ていいよ」とメールが返ってきました。そして、夫とも相談して変更した日程を伝えたら、変更前よりはよかったねって言ってくれたのでよかったです。いろいろな方の意見を聞きたいけれど、会ったり電話したりする時間は限られている。そんな中で、ブログで相談できるのって本当にありがたいなと思いました。その中で一人、「自分も妹さんと同じようなところがあるので雰囲気が分かる」と言ってくれた人が居ました。その方によると、変わりたいと思っているけれど難しいのだとか。うまくやろうと思って会うけど、会うと感情が溢れて出してきて止まらないんだと。妹もそうなのかなと思って、なんだか心がすごく落ち着きました。妹の心の声を聞いたような感じで。その方も、自分の嫌な面を私に正直に話すなんて嫌だっただろうに…。すごく感謝しています。どうにかしたいと思うから悩むのであって、もう無理なんだなとあきらめられれば、私が心穏やかに居られるかもしれないと思いました。とはいっても顔を合わせる関係だし、会ったら会ったで、これまた見事に神経逆なでするようなことしか言わないので理性が抑えられなくなるんですけど…。余り心を痛めたくないし、ウーにも罵られてる声とか聞かせたくないのでできるだけ避けようと思います。というわけで、チュソク免除はならなかったわけで…。今週木曜からテジョンに行ってきます。連休は日曜までだけど、月曜出発なので、土曜のチェサが終わり次第すぐ戻ってくるつもり。10月もあっという間に終わってしまいそうです。今回皆様に頂いたご恩、かならずいつか返させていただきますからね!!本当にありがとうございました。
2009.09.28
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悩んでます。アドバイスを…。今月初め、母から電話があり、父がガンであることを知った。大便での大腸がん検査でひっかかり、内視鏡検査をしたらがん細胞があったらしい。内視鏡のときにとったのだけど、少し根っこがあったらしく、根っこがあった場合は、それを切除してもその下に見えない根っこがあるケースがあり、10人に一人の割合で半年から1年の間に再発する可能性があるのだという。なので、悩んだ結果、がん細胞があった部分の腸を切除する手術を受けることにしたらしい。幸い早期で、肺や胃の検査もしたけれど転移はなし。すぐに手術するのかと思っていたけど検査が続き、入院の1週間前に病院から連絡してくるとのことで、今日「30日に入院、10月7日に手術」と言ってきたらしい。手術は10月初めごろになりそうだと予測をつけていたので、9月初めごろに、28日から9日までの飛行機の予約をした。最初は一週間ぐらいいってこようと思っていたのだけど、夫が「ついでに歯医者とか主婦湿疹とか病院行ってくれば」といってくれたので2週間とった。私にしてはとても長い。その時期は仕事も一番暇なので、ネットのできない実家にいても負担が少ない。それに、チュソクがあるので、寂しがり屋の夫も気がまぎれる。母は車が運転できないし、病院は街中にあるとはいえ車での送り迎えをしてあげられればやっぱり楽だと思う。もともと年末に夫とウーと行く予定にしていて、そう伝えてあったので両親は「来なくていいよ」と頑なに言い張ったけど病名が病名なので、「行く!」と押し通した。両親だって本当は来てもらいたいはず。で、日にちも迫ってきていたのだが、今週に入って妙にイラついているのに気がついた。その原因は妹にあると気づき、母に電話をして、今回私が2週間帰る事について何か言っていたか聞いた。すると母は、「ふっ」とあきらめたように一人で笑いながら、「長すぎる!っていいよったよ。2週間も一人で帰ってきて離婚するんやないんか、とか。 あたしは1週間もとまったことないのに、とか」と言った。それを聞いて、ショックを受けた私…。父が入院して手術するから、そばにいてあげられたらと思って決めた帰国だったのにこんなときにもそんなあきれた言葉を吐く妹。無視すればいいといわれるかもしれないけど、妹と母はソフトバンクのプランで通話が無料なので日に何回も話しているし、車で30分ぐらいの距離のところにいるので、しょっちゅう(週に3回以上)行き来している。妹は自分の車があるのでいつでも自由にやってくる。そして、やってきては、ものすごい騒動を起こして帰っていく。たとえば、今年の正月は、ウーと妹の子どもがトランプで遊んでいて、ウーの目にカードが当たりそうになったので、母がかばった。すると、「私の子どものほうにも飛んできた! なんでそっちだけかばう!」と文句を言う。母が言い返そうものなら、逆切れして怒鳴る。私が帰ってきたと知ったおばが、家に来ると電話をしてきたときも、「姉ちゃんが帰ってきたから来るなんて。私がいても電話もしてこないのに」と怒り狂って、押入れをすごい勢いで開け閉めする。一時が万事この調子。私が何か言おうものなら「てめーのせいで迷惑かけられとるんじゃ! 韓国人なんかと結婚して!」と目をむいてすごい声で怒鳴られる。思い出すだけでも恐ろしく、今では実家に帰って妹が来ると胸騒ぎがして別の部屋に逃げこんでしまう。あ、でも、別の部屋っていっても実家はすごく狭いマンションで今は夫婦二人なので仕切りはほとんどなく、声なんかまる聞こえ。そうだ、一角だけ個室になるから、仕切りつけてもらおう。こうなったのはすべて甘やかして育てられたため。勉強のできた私ばかりほめられ、その間逆にあった妹は疎外感を受け続けてきたため。でも、そんな怒鳴る妹は、私が帰ってくると知ると、自分の娘とおそろいのものを買ってプレゼントしてくる。正月はサンリオの福袋。今回もスカートを買ったらしい。そして、帰る時間になると、電話をしてきて「バイバイ」と言う。去年の夏大喧嘩になって私が家を飛び出し、公園で泣き続けていたときも、帰国の日の朝、何の連絡もせずに突然実家までやってきた。妹の旦那はというと、ご飯は作るけど脚の踏み場もないほど散らかしたままの妹に愛想が尽きているのかけんかばかりしているようだ。離婚も考えたことがあるようだけど、旦那は自分の親から「離婚は許さん」といわれたらしい。妹は週に何回も実家に来ているし、時々泊まってもいるけど、旦那が来るのは年に1、2回。うちの家庭は、母親はまともで私のことをちゃんと理解して、妹にも怒ってくれるけど、父親がものすごく弱い人間で、干渉がひどく、私が帰っても自分の思い通りに動かそうとする。なのですごく窮屈。これまで帰っても、父がアルバイトに出かけている時間が一番心休まる時間だった。で、何を迷っているのかというと。1.予定通り、28日から9日まで帰省するか。2.それとも、チュソク明けの5日から一週間ほどに変更するか。(夫も余り一人にしたくないし、私の仕事や血尿の病院の予約もあるので2週間は避けたい…)チュソク明けから帰ったとしたら、私の体がきついし、かといって1週間では歯医者に行けない。でも、いつ妹がくるかとビクビクしながら2週間いるのも気が重い…。かばってくれる夫が一緒ならいいけど、そんなに休めないし。ちなみに妹は、夫がいるときは絶対に家に来ない。そして、自分が行くといってそれを両親が拒んだとしたら、「自分はのけ者なのか」と言って怒鳴りちらす。姉が嫌がるからと言ったら、「姉ちゃんばっかりかまって!」というに決まっている。実際、妹が実家にいるときに私が電話をかけても、うちの両親が「ウーちゃーん♪」と甘い声をかけようものならあっちばっかりかわいがって!とものすごく荒れるらしい。狂ってるよね。血縁じゃなかったらどんなによかったか。私と妹が同じぐらいのレベルだったらどんなによかったか。何度そう思ったことか。ただ、最優先にした方がいいかなと思っているのは、父の手術をはさんで日本に帰国すること…。入院前に帰れば一日でもウーと両親がべったり遊べるけど、それから手術までの日にちが長く、その間に妹が怒鳴り散らして私がものすごく帰りたくなるかもしれないし…。ちなみに歯は特別痛いというわけではなく、韓国にいる間は子どもを見てくれる人がいないのでいけないという理由から。ウーの虫歯の検査と私の虫歯の検査、スケアリング程度だったらすぐに済むからその程度にとどめておこうか…。迷います。長い文章を読んでくださって、こころから感謝します。少しでもいいので、皆さんのお考えやヒントをください。
2009.09.24
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意味深なタイトルですが…。何を終わりにするのかというと、ジェボム君のことです。前回の日記を書いた後、「6人の2PMは認めない」というファンクラブの行動に激しく疑問を感じてあきれていた私。ミクシイの2PMコミュに韓国の方が日本語で書き込んでくれたので知ったのだけど、まったく納得できず、黙って傍観はしたくなかったので、「ファンの行動には反対です」と、その理由もつけて冷静に反論した。どんな答えが返ってくるかな…と思っていたら、相手の方もきちんとした人で、声明文にはない趣旨を説明してくれた。内容は、韓国の芸能界の事情上、所属芸能人の商品としての扱いにはひどいものがある。なので、彼ら(2PM)を育ててきて、やっと元が取れるというときにこの事件が起きて困惑しているだろうし、絶対に元を取らなければと思うはずだ。なので、6人ででも2PMを再開して営利活動をやろうとするはず。でも、ファンが6人での活動を認めてコンサートに行ったりCDを買ったりしてJYPE(2PMの所属事務所)に利益をもたらせば、事務所側は、6人でもいけるじゃないかと思い、ジェボムの存在は抹殺してしまうだろう。ファンは、ジェボムがいつでも帰ってこれるよう、彼の居場所を残しておくために、ジェボムの「脱退」を「撤回」してほしい。今すぐにというわけではなく、いつでも戻ってこれるように。ということでした。それを知って、すごく感激した。日本人がここまでするかな…って思った。てゆーか、そもそも日本人だったら、あのぐらいの発言であんなに攻撃しないけど!!!私もまた彼の活躍する姿が見たい気持ちは同じなので、「戻ってきてほしい」とは思っていたけど、どんなにファンが頑張って、事務所が頑張っても、今の韓国社会では、2PMも事務所も批判の嵐にさらされるだろうことは明らか。どうなるんだろうなって思っていたら。先日、JYPが公式メッセージを発表した。----------------------------------------------こんにちは、パク・ジニョンです。今月5日に起きたジェボム君関連の事件以降、これまで多くの方々のお言葉を耳にしてきました。ジェボム君に対する叱責のお言葉、私と会社に対する叱責のお言葉、もう一度チャンスを与えようという寛容のお言葉まで、全てに細心の注意を払って耳を傾けてきました。今後の活動についても、会社の関係者一同、2PMのメンバー、ジェボム君とも多くの話し合いをもちました。まず、ジェボム君は、たくさんの方々からの励ましのお言葉にも関わらず、本人が大きな間違いを犯したと考える気持ちには変わりはありませんでした。依然として申し訳なく、恥ずかしくてステージに立つことができないと言いました。そして、私に、残り6人のメンバーは血を流すような思いで準備をしてきたのだから、自分のために活動を休止するようなことはしないでほしいと頼みました。自分が早急に2PMを脱退して2PMから去った理由も、そのためだと言いました。私もジェボム君と同じ考えです。私がジェボム君を最後まで引き止めなかった理由は、ジェボムが今2PMとして活動するか否かということは、ジェボムの一生において考えてみれば大きな問題ではないと思ったからです。4年間準備してきた夢が崩れてしまうと心配される方もいらっしゃいますが、ジェボムが4年間磨き続けてきた実力は、彼の体の中に残っています。ここでジェボムが人間的により成熟する機会をもてば、彼はより大きく羽ばたくこともできます。ジェボムに浴びせかけられた非難のお言葉が度を越していると考えたように、今すぐジェボム君の脱退撤回を要求するお言葉も少し行き過ぎた面があると思います。ステージを去って一人きりの時間をもちたいという彼の意見を尊重し、今後もし彼がステージにもう一度立ちたいと言えば、そのとき最善を尽くして手助けしてやるのが私の役割だと思います。皆さんの激励と応援も、そのときにしていただくのがよりよいのではと思います。JYPに所属している芸能人をより細やかに管理し保護してやれなかったことについて、もう一度心からお詫び申し上げます。今後はこのような事態が二度と起こらないよう、より多くの努力を重ねていくことを約束申し上げます。最後にもう一度、皆様の全てのお言葉に感謝いたします。2PMは予定していたスケジュールどおり、6人のメンバーで活動を再開します。JYP(終)-------------------------------------------------ああ、6人でやるのか、と思った。でも、私は、前回も、今回も、JYPのメッセージにはすごく共感したのでこれからもジェボム君のことは心の中で応援して、6人の2PMも応援しよう、と思った。これで騒動が静まるかと思ったんだけどね。そう甘くはなかった。韓国のファン連合の間では、日本のファンサイトとしてミクシイが公式に広報されていて、ミクシイで得られる情報が一番確かなようになっていた。そのミクシイのコミュに、「ジェボムの近隣の書き込み」として、英語で書かれた長いメッセージが紹介されたのだ。ジェボムは2PMを脱退するように「圧迫」されていた。他のメンバーもジェボムの味方をしないように事務所から口止めされている。ジェボムは韓国に戻りたいけど、事務所が自分を捨てたので戻れない。ジェボムは、今の自分を助けられるのはファンだけだといっている。ファンのみなさん、助けてください。みたいな内容。信憑性を確かめるために韓国ファンの間で論議があったらしいのだが、「信じられる人からの情報」という確認が取れたので、日本のファンサイトでも公表したらしい。これを読んで、もう何がなんだか分からなくなってしまった。JYPの声明はすごく筋が通っているし感動したのだけれど、私みたいな一般人には分からない裏の顔があるのかな、とか、godのときの前例もあるとかいう声もあって、それについて調べたりしてみたけどなかなか追いつかない。(ちょっと調べたけど、godのときとは違うように思う)で、結果、もう考えるのは辞めようと決めたのです。夫にも「毎日毎日話して!俺は聞きたくない!もういい加減にしろ!!」と怒られたし…(泣)。でもね、希望を持ちたいのは、「脱退」とは、ジェボムが自分から発表したことであって、事務所の公式発表ではないこと。(ファンはこれも事務所に強要されたものだと主張してますが)JYPは、ジェボムが「去った」とだけ言っていて、「脱退した」とは書いておらず、「彼の決断を尊重してほしい」とだけ言っていること。(これも、「彼の決断」が「脱退」なのか「帰国」なのかで解釈が分かれるところ。ファンは「脱退」と解釈してるけど、私は「帰国して静かに休むこと」だと信じたい)2回目の声明の中で、「またジェボムがステージに戻りたいといったときに手助けするのが自分の役割」といっていること。パク・ジニョン氏が進んだ考えを持った人であると信じたい。またいつか7人で、って思ってるかもしれないけど、そんな中途半端な発表はきっとできないのだろう。そしたらJYPE自体の存続も危ういし、他の所属歌手にまで火の粉が降りかかるだろうし。そういうことを全部見越して、数年後を見越してのあの声明だと思いたいなあ…。もとはといえば、「ウリナラマンセ」の国民性を分かりきってて炎上するような報道をしまくったメディアにも責任があるのだ。韓国の人たちが、「ジェボム君、大変だったのね。でも、韓国を愛してくれてありがとう。 いつか帰る日が来るかもしれないけど、それまで温かく見守るわ」ぐらいの気持ちをもてるレベルにならない限り、彼は戻ってこない方がいいと思う。あ、そうそう。最後に。JYPの最初の声明発表後、ファンがハンギョレ新聞に広告を出したのだけど、それ見て韓国のファンに絶望を感じた…。これ。彼の母国が、「KOREA」を「大韓民国」に変えました。とか書いてあるんだけど。つまり、韓国の血が流れてるジェボム(国籍はアメリカです)の「母国」が、「大韓民国」「韓国人」「パク・ジェボム」を彼に認識させました、っていう内容。これって、「ウリナラマンセ」をあおるマスコミと、何が違うんだろう??結局、ジェボムは韓国人だって決め付けてるようなもんじゃない??アンチであれファンであれ、「ウリナラマンセ」であることには変わりがなくて、そんな考えである以上、ジェボムはこの国では幸せになれないと、私は思いました。長くなったけど、一応自分なりに限界まで懸命に考えたので、彼のことを公に言うのはもう終わりにします。こないだシングル2枚買ったので、夫のいないときにこっそり聞くことにしよう…。なんか、考えれば考えるほどこの国に絶望を感じた。移民に行く人たちの気持ちがわかる気がしました。でも、庶民の私はここで生活していかなきゃいけないわけで。知らぬが仏…ってこともあるよね。でも私はいつまでも、彼らを応援し続けますよ。
2009.09.20
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連日続く、ジェボムネタ。今日の午後にネットを開いたら、JYP自身が声明を出したと報じられていた。記事には声明も全文載っていたので、いつもは斜め読みしかしない韓国語の記事を一字一句もらすまいと真剣に読んだ。その後でミクシイのコミュにとんだら、日本のファンが内容を知りたがってることを知り、昼寝を返上して訳してみた。以下、その文。超長いけど興味のある方はどうぞ。---------------------------------------------ジェボムが4年前に友人に対して書いた言葉が公開され、多くの方たちが大きな衝撃を受けた。もちろん、余りにも衝撃的な文章だった。僕もまた、他の芸能人がそんなことを書いていたと知ったら、ものすごい怒りと裏切りを感じただろうと思う。だが、僕のように、ジェボムをずっと前から知っている人たちは、それらの文章を見てもそう驚きはしなかった。なぜなら、僕たちは、ジェボムがそんなことを言う奴だったということを知っているからだ。4年前に初めて韓国に来たとき、ジェボムは本当に不良っぽく、曲がった奴だった。彼は韓国をなめていて、同僚の練習生のこともバカにしていて、会社の社員たちのことも見下していて、さらには僕までをもバカにしていた。そのうえ、彼は芸能人という職業についてもバカにしているようだった。彼は、芸能人になるよりは路上でダンスをするB‐BOYになることの方をはるかに望んでいた。会社の職員やトレーナーたちとのケンカは数え切れないほどだったし、職員と言い争った後で、彼らに「後で見とけよ」という類の言葉まで何のためらいもなく吐くような奴だった。さらには、僕の会社が気に入らなくなった彼は、他の事務所の名前を挙げてそっちに行かせてくれと要求までしてきたこともあった。何よりも僕たちをびっくりさせたのは、成功する自信があるのかという質問に「パク・ジニョンさんの音楽をやらないのであれば、成功する自信がある」と答えたことだった。それを知るや、職員たちは、こんなにひねくれた不良をどうして育てているのかと、僕に抗議した。そんな状況だったから、その当時、ジェボムが親しい友達に書いた私的な文章に、そんな言葉(注:韓国に対する悪口など)が入っていたということにそう驚きはしなかったのだ。では、一体どうして、そんな彼を育てていたのか?僕は、不良が好きだ。外面は良い人のようなふりをしながら裏では計算高い陰険な奴は嫌いだが、外面から一目で分かるほどひねくれている奴は好きだ。感情が外側に自然に表れさえすれば、それは希望があることだと思う。ジェボムは、僕を含めたすべての人たちを見下していたし、態度でもそれを表現していた。それがよかった。僕の会社のほかのどの歌手が、いや、もっと言うなら練習生が、「パク・ジニョンの音楽をやらないのであれば成功する自信がある」などという言葉を公に言えるだろうか? 僕はその事がとても気に入った。不良たちは、そのほとんどがものすごいエネルギーを持っているが、それを発散する機会を見つけられないことが多い。また、それを発散できるように手伝ってくれる、信頼できる人に出会えない場合が多い。だから、ジェボムに、ステージに立つ面白さを感じさせ、僕と会社の人たちが自分の味方だという思いさえ植えつけてやれれば、希望があると考えた。なぜなら、彼には、まだきちんと整理されていない荒々しい才能が見えたからだ。ジェボムにとって、世の中には2種類の人しかいなかった。自分の家族である人と、そうでない人。彼は、僕が見てきた誰よりも、自分の家族をこのうえなく大事にした。彼が時々インタビューでカネの話をしたのは、自分がいい車に乗り、いい服を着たいからではない。ただ、苦労している両親を楽にしてあげたかったからだ。それが、彼を歌手という職業へと導く一番大きな原動力だった。だから、彼は誰よりも一生懸命に練習した。態度は悪かったが、練習量にかけては最高だった。そんな彼の姿を見ながら、僕はこう考えた。「もし、会社の人たちを、同僚の練習生を、ひいては韓国の人たちを自分の家族のように考えさせることができたら、こいつはものすごい奴になるに違いない」と。だから、ある日彼に言った。「ジェボム、必ずしも血がつながっているだけが家族じゃない。お願いだ、先に心を開いてくれ。そうすれば、他の人たちも家族になれる」。そんな努力が少しずつ積み重なって、ジェボムは少しずつ変わり始めた。ハンサムだから選ばれたんだろうとバカにしていた同僚にハグをするようになり、会社の職員たちとプライベートな話を交わしはじめ、ステージに立つことを好きになり始めた。彼のゆがんでいた表情は明るくなっていき、彼のダンスと歌は光を放ち始めた。音楽に出会い、そしてよい同僚に出会い、彼のエネルギーはついにステージへと注がれて溢れ始めた。僕は、ついに彼のデビューを決め、チームのリーダーに彼を選んだ。残りの6人も彼を心から信じ、従った。デビュー後、彼はどんなに遅く帰ってきてもメンバーたちを連れてきて練習をしたし、いつも自分自身よりはメンバーのことを先に考えていた。その後、芸能活動を始めながら、彼は自分にあたたかく接してくれる芸能関係者に感動し、また熱烈な愛情を注いでくれる韓国のファンの愛情に感動した。良い人たち、良い同僚、良いファンに出会って、そして何よりも音楽に出会って彼はついに変わったのだ。だが、不幸にも、やっとこれから幸せになれるというときになって、まるで映画のワンシーンのように、彼の4年前のひねくれていた頃に書いた文章が公開されたのだ。彼は本当に申し訳なさそうにしていた。2PMのメンバーに対して、僕に対して、会社の職員に対して、ファンに対して、そして何よりも自分をあたたかく受け入れてくれ大切にしてくれていた韓国の人たちに対して。ここでもっと自分がためらっていては、2PMのメンバーまで憎まれることになると彼は言った。そして、何よりも、こんな状態ではステージに立つ自信がないと言った。彼の言葉がどういう意味なのか痛いほど分かったから、引き止めることはできなかった。なぜなら、僕が彼の立場にあったとしても、同じ決断をしたと思うからだ。そして彼は発った。僕に最後に送ってきたメールに彼は「僕、昔は本当に礼儀知らずな奴だったでしょう? ごめんなさい。兄さんのおかげで、人生に対する考えがすごく変わりました。僕はずっとましな人間になったし、ずっと強くなりました。これまで僕のためにしてきてくれたこと、心から感謝します」と書いていた。胸が張り裂けるかのように痛んだ。だが、ジェボムが昔書いた文章を読んだ人たちが感じたとてつもない裏切りも理解できるから、軽々しく何か言うことはできなかった。だが、僕が自信を持って言えることは、皆さんがテレビで見ていたジェボムの姿は偽りではなかったということだ。ジェボムは態度は悪かったが陰険だったことはない。ジェボムは不良だったときも、そして明るくなってからも、自分の本音を隠すような奴ではなかった。態度の悪いときはとことん悪かったし、あたたかい心を持つようになってからは皆に心からよくしてあげていた。これを書いたのは、今皆さんが感じている怒りのためではない。そんなに簡単に忘れられるものではないことはよく分かっている。ただ、ジェボムがどこかで冷たい目で見られるようなことがないようにと思っているからだ。一般の人たちの怒りと同じぐらい、ファンの皆さんが喪失感を感じていることもよく分かっているし、皆さんの意見にもしっかりと耳を傾けて聞いている。だが、今大切なのは、2PMとしてのパク・ジェボムではなく、青年パク・ジェボムだと思う。ジェボムには、今、自分自身を振り返って反省することがとても大切だと思う。僕がそうだったように、皆さんもジェボムの決断を尊重してくださればと思う。最後に、皆さんにもう一度お詫び申し上げたい。-JYP-----------------------------------------------------------ジェボムが去ったら、今度は「彼はいい奴だった」と語る同級生の声を紹介する記事が出たりして。いまさらおそいっつーの。彼が帰らなかったら、帰るまで徹底的に攻撃してただろうにさ。韓国のネチズンよ。何人もの芸能人を苦しめて、自殺に追い込んで、追放して、それでも懲りないわけ?数日前には女性教師に「つきあおうぜ~」とか絡む高校生の動画が流出してたけど、ほんと、明日はわが身って肝に命じてた方がいいよ。「オレ大丈夫~」とか攻撃しといて、いつその矛先が自分に向けられるかわかんないよ。韓国をバカにする奴は許せん!とか思ってるのかもしれないけどね。極端に排他的なその態度が、韓国のイメージをものすごく悪くしてるって事に早く気づいた方がいいよ。昔と違って、今はいろんなところで韓流スターが活躍してるんだから、その分韓国に興味持ってる人たちだってものすごく増えたんだし。そんなにバカにされるのが嫌なら、いっそのこと鎖国でもすればいいんだわ。こういう事態になると、北朝鮮も韓国もそう変わらないじゃないかと、つくづく思う。ジェボム君が見られなくなるのは悲しい…。でもさ、彼は良い決断をしたと思うよ。傷が最小限ですんだんだもの。アメリカで頑張れ! またユーチューブででも姿が見られたらうれしいな。おばちゃんは応援してます。【追記】どうやら、2PMのファンクラブが合同で声明を出した模様です。「私たちはジェボムのいない2PMを2PMと認めない」「これまでのCDをJYP事務所に送り返す」「ジェボムを最後まで守りきれなかったJYP事務所の責任を追及する」「先に出されたJYP本人の声明も理解できない」だって。60個ぐらいのファンクラブ合同声明らしい。もう、終わってるね。ジェボムが韓国にいたくないから帰ったってゆーのにさ。ジェボムがいないなら2PMじゃないなんて、ただあんたたちがジェボムを見たいだけでしょ?自分たちがジェボムを見ることができたら、ジェボムが受ける傷なんて二の次っていうの?自己満足だけのためにこんな声明出すなんて、ジェボムを攻撃したネチズンとなーーーんにもかわらないじゃないの。多分、この人たちは、誰かが2PMのことを非難とかしたらよってたかってネットでいじめるんだろうねー。きっと若いんだろうけどさ。もー、ネット禁止にすれば???あきれました。
2009.09.10
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こないだの日記で書いた、2PMのジェボム君…。昨日の夜、私は夫にこういいました。 「韓国人嫌い!っていったことよりもさあ。 『俺はカネ稼ぎに来てるだけなんだぜ! がっぽり稼いでアメリカに戻るぜ!』 っていってたことのほうが問題だよねえ…。 韓国人が嫌いだって言ったことについては、 「その後の活動でファンを見て改心した」とか言うこともできるかもしれないけど 金儲けのために来たんだぜ!って言ってたことは、ちょっと取り返しがつかないよね…。 だって、これから芸能活動しても、 見てる人は「こいつカネ稼ぐためにやってんだ」って思うに決まってるもん。 悪あがきしないで、このままおとなしく帰ったほうがいいと思う…。 ファンとしては悲しいけど…」旦那は 「そうだよ。 このままおとなしくアメリカに帰るか、 もしくはアメリカ永住権放棄して軍隊行くか。 じゃないと韓国人納得しないよ。」と言っていた。もちろん、アメリカ生まれのアメリカ育ちの彼が、軍隊に行くなんて選択するわけないし。やっぱり引退だよね…って話してたら。昨日の夜に「活動自粛」ってニュースが出て、今みたら「2PM脱退」だって…。悲しい…。でも、それが一番いいと思う…。運が悪かったよなあ。ジェボム君リーダーなのに…。B‐BOYの彼がいなくなったら、2PMの色もかなり薄れそう。みんなそれなりにダンスうまいけど…。デビュー前の、アマチュア時代に書いたものが原因なだけに気の毒しか言いようがない…。だってさ、それってさ、今私がこういうことかいてて数年後に超有名人になったときに今こうやって韓国の悪口書いてたのがばれて叩かれるってことでしょう!(と、ありもしない妄想をしてみる…)そんなの、本人としては「何でだよ!!!」って思うしかないよね…。韓国人怖い。ジェボム君は、ますます韓国が嫌いになることでしょう…。
2009.09.08
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ご無沙汰しております。しばらく日記から離れていましたが…便りのないのはなんとやらってことで、私たち家族は平凡に幸せに暮らしております。が!日本で思わぬ事態が発生し、すぐにでも飛行機に飛び乗って…と準備していました。結局それは今月末ぐらいになりそうで、どうやらチュソクをはさんで行くことになりそうです。うしし。去年(ウーのみずぼうそう)に引き続き今年もチュソク免除!!!さて、本題。ついさっき、ネットを開いたら こんなニュースが。最近の私の心の恋人、2PMのジェボム君が、練習生時代に韓国を卑下した!!ってニュースです。彼は在米韓国人で、高校生のときに芸能界デビューのために韓国にやってきたんだけど練習生時代の2年間にアメリカのSNSに「韓国人嫌い!帰りたい~」とか「自分はラップうまくないのにこっちじゃみんなからうまいって思われる。 こっちの奴バカみたい」とか書き込んでたことが判明した、って記事です。そんなさーーーーー。もう4年ぐらい前の話なのにさ。ガイジンなんだからそんなこと言うの当たり前じゃないのよ。今書いたならそりゃ問題だけどさ…。外国暮らしがどんだけ大変かわかってんの!!誰よ、そんな昔の記事見つけてきた奴は!!!どーせアンチ2PMなんでしょっ!!!!…えーと、若干ひいき目も入っておりますが。まあ、そんだけ彼(ら)が人気だってことだよなあ。2PMといえば、きょうだいグループの2AMのメンバーと一緒にやったこれが傑作です。ブラウンアイドガールズのパクリなんだけど…。こんだけはじけられるってうらやましー。青春だわん。
2009.09.05
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ただいま~~~。4泊5日のシデク&コジェド滞在を終え、大量の洗濯物をやっと干し終えて現実に戻りつつある私です。コジェドはとってもたのしかった! やっぱ夏は海だ!!シデクの方は…。まあ、それなりに楽しかったです。それについてはおいおい。さて、苦しんでいたトイレトレですが。その後、どうやらオムツ卒業した模様です。前回の日記の後もおもらしすることなく、なんとウンチまでトイレでできるように。旅行中も心配していたけど、「お車の中にはトイレないから、しちゃだめだよ」と言い聞かせたら本当に全くおもらしせず、ペンションや家についてトイレに誘うと素直についてきて、そこでちゃんとおしっこする、ってことができました。まあ、朝先に起きたウーがパンツにウンチしちゃってたりトイレの電気をつける!! と主張しまくってる間にでちゃったり寝る前にジュースのんで、眠いがためにトイレを拒否しておもらししちゃったり(ヒョンニムの家で、念のためパンツの上にオムツをはかせてたのでセーフでした)そういうことはたまにあったけどどうやらほぼはずれたもようです。お昼寝や夜の間も大丈夫。今となっては、あのときの苦労が嘘のよう。成功のカギは、やっぱりかわいいパンツかもしれません。おしゃべりもぐんとうまくなって、おむつもはずれて。どんどんおねえちゃんになっていくわが子。母はうれしい限りです。
2009.08.04
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12枚…。昨日、ウーが着替えたパンツの数です。昨日の日記もウーのお昼寝の時間だった。私の方も、それまでは比較的エネルギーがあったのでよかったんだけど、お昼寝から起きてからが大変だった。1時間おきにおしっこをし、ときには30分後というときも。夜お風呂に入るまで、ついに一日で12枚という記録を残した。昨日は2回洗濯機を回したので、本当は今朝また洗濯するつもりだったけど、パンツが余りにもたまったので、洗濯してから寝ることにした。夕飯の用意、後片付け、といろいろやることがあったので夫に洗濯を頼んだら、「やんなきゃいけないの?」みたいなこといわれて怒りはピーク。そのとき私は、ウーに対してストレスが限界にきてて、感情的になりたいのを何とかこらえていたのだ。まったく、疲れてるかもしれないけど、そういうことが通用しない子どもを相手にしてる私の方がずーーーっと疲れるっていうんだ。私が爆発しそうなときは、お願いだから、素直に言うことを聞いて欲しい…。大体ね。洗濯したかったのも、今晩から休暇に入って移動するからその準備のためだったのよ。ウーがいてはいつ洗濯ができるかもわからないし、できることなら夜のうちにやっといて、少しでも早く乾かして、旅行に持っていくかもしれないから準備万端にしときたかったのよ。結局やってはくれたけどね…。↑こういう深い考えがあるなんて思ってないはず。それに、パンツはきたがってるウーが「パンツ!」って言ったときに足りなくなったらどーすんだ!!!パンツ12枚と夫の態度にストレスはピーク。でも感情的になることもできず、ウーといっしょにベッドに寝転んだら、涙があふれてきた。ちょっと泣いたらすっきり。で、今朝。夫と昨晩のことで軽く言い合いをし、悲しくなった私はまた泣く。まったく、どーして、妻が子供のことに必死になってるときに限ってあんなめんどくさいことになるんでしょう。大人なんだから、たのむから協力してくれ。。。って、お互い機嫌悪くてタイミングが悪かっただけだと思うんだけど。でも、妻は自分の意思でどうにもならない子どもを相手にしてるんだから、そうじゃない夫の方が折れて欲しいわよ!!!(また愚痴ってる)別室で泣いていたらウーが起きて呼ばれたので行く。で、オムツをさわってみたら、まったくしていない。なんだこいつ。もう夜もガマンしてんの?そのままオムツをとり、パンツはいやだというのでそのままにしていた。でもやっぱり、おしっこがたまっているんだろう。8時におきてからずーっと、もじもじもじもじしている。そして、8時55分。「チッチ!」の言葉にトイレに連れて行ったら、そこでおしっこ。でも確か、出る前に3回ぐらいフライングがあったと思う…。それから私のそばを離れず、ユーチューブとかを見てたのだけど突然椅子を折り、「ママ、アニャ!!」と言ってあっちいけという。よく見たらなんかお尻のほうを押さえている。あー、これはウンチだ…と思いつつ、なにかしようとするとものすごく嫌がる。パンツもいや、オムツもいや。これは…トイレでウンチするいい機会かもしれないと思い、嫌がるウーをトイレに座らせるものけぞって泣きわめいて反発。それを2回ぐらい繰り返したかな。3回目。私も腹をくくり、押さえつけてでもここでやらせるんだと決意。だって、お尻見たら、出かかってるんだもん。自分の体から何かが出てくるという変化が恐ろしいウーは、ものすごく泣きわめく。それを抱きしめて、必死で「大丈夫!大丈夫!」と言いながら押さえつける私。そしたら、ウンチがぽろっと出た。一つ出てしまったことが分かるとウーの泣き声も少し収まり、全部すんでしまうと、けろりと泣き止んだ。便座から下ろして中をのぞかせ、「ウンチ出たね!」というと、うれしそうなウー。いっしょに水を流して、「ウンチ、バイバーイ!」をする。朝のおしっこも、ウンチも、母は感情の糸が切れたように泣いてしまいました。その後、ウンチの10分後にチッチ。その1時間後にまたチッチ。最後のチッチのときも、もう何回もフライングがあって、その度掃除機を止めてダッシュしてたんだけど出ず、最後の時にリビングにちょっともらしたけど、便座に座らせたら勢いよく出ました。驚き。最後のチッチのあと、ご機嫌で「お外!」と言うので、掃除の手を休めて外へ。そこでも、少し尿意を感じると「んー!!」というので何回もパンツを下ろして植え込みの影でさせようとしたけど出ず、「トイレにいく」というので、アーケードまで連れて行ってトイレに座らせたけど出ませんでした。でも、トイレに座れたことで満足げなウー。それから外でアイスクリームを食べ、家に帰ってまたなんどかサインを出すので座らせたけど出ず。今お昼寝しています。寝てからパンツの上におむつをはかせたんだけど…するかな。しないかも…。ずっと前に、こっこくらぶの「トイレトレ特集」を買ったので、それを参考に進めているんだけど、ウーの場合はことごとくそれが当てはまらない。生活の節目節目にさそうといいってあるけど、こっちが誘っても出ない。おしっこの間隔が2、3時間あいたらってあるけど、これもウーはオムツだとおしっこをためずにちょこちょこ出てたので当てはまらず。よく水分を取るからかもしれない。それに、これはまだ分からないけど、一度パンツをはき始めたら、もうオムツははきたがらない。まだまだ後戻りする可能性も充分にあるので断言はできないけど、今のところはパンツがいいみたい。かわいいパンツを買って成功したなあ…。今日も、昼ごろはやばやとポロロのパンツが到着して、早速はいていたし。昨日は夫に頼んでミッフィーのパンツを三つ買ってきてもらった。下洗いするまもなく汚してしまいましたけどね…。全く貼れてなかったシール表が、今日の午前中だけで4枚埋まった。しかもそのうち1枚はウンチ。どーなってんだ。実は、あんまり辛いので、もう一時中断しようかと思い、今朝ウーに「オムツはこうか。オムツはきたかったらはいていいよ」と言った。でも彼女がいやだというではないか。本人がそういうなら、母も見守るしかなく。ウー、あの小さい身体でいろいろがんばってるんだなあ。明日から夫の休暇で、コジェドに一泊する。その後はシデクで、夫のきょうだい家族と一緒に皆で川遊びに行く予定。車だし旅行だし、オムツでもいいかなと思っていたけど、ウーがやる気になってるので、このままパンツで決行しようかと思う。でもまだ、今日の段階だと、ぎりぎりにならないと出ないから、オムツをたくさん持っていって、トイレにいけないときはそこにさせようかと。いやがったらそこでまたオムツに戻してもいいんだし。でもな。昨日はお漏らしすると同時に「チッチ!」だったのが今日はお漏らし寸前に「チッチ!」だったもん。明日になったら、誘ったときに出るかもしれない。おそるべし、短期集中型…。ひよこクラブのどっかに「この時期になると、子育てがお世話することから導くことに変化します」とあったなあ。深く実感。とはいえ、昨日も、日記かいてる時点では比較的平穏だったんだよなあ。これからまた第2ラウンドが待っている…。でも!!!コジェドよー。海よ、海!!楽しんできます!!!!!!
2009.07.30
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今日も母はがんばってますよ。今日は、朝9時から開始。昨日はすっぽんぽんにしてたけど、今日は思い切って朝から普通のパンツ。でも、はかせたと思ったら5分後におもらし…。9時15分。朝から「お外!」と訴えるので、9時半に外出。まよったけど、出たばかりだから大丈夫かなと思ってパンツのまま外出。近くだし。一応着替えを持っていった。ウーはどんどん歩き、最近余りいってなかった遠くのスーパーへ。そこから「バスに乗る」というので、ドキドキしながらもバスに乗る。5分ぐらいだし。無事に降りて、団地内に入ったらヤクルトのおばちゃんがいたので買ってやることに。そしたら、そこで。「チッチ!!」というウー。ちょこっともらし始めてた。あわてて抱っこしたけど、そのまましてしまった。幸い家のすぐ前だったので家に戻り、私も着替える。その後。日本からの電話で話していたら、また「チッチ!」。すでにもらした後…。お風呂場で洗い、着替え。それから30分ぐらいしたかな。「チッチ!」またまたもらしていた。どうやら、出ると同時に言っているらしい。ウーも、あんまりもらすので、ついには「パンツ、アニャ!」と言って、すっぽんぽんに。で、そのままお昼ね。もちろんオムツをはかせましたけど。昨日は、お昼寝から起きた5時半からまたなにもはかせていなかったのだけど、それから夜の9時半まで一回もトイレに行かなかったし、お漏らしもしなかった。なので、おしっこが貯められないというわけではないみたい。ただ、オムツなり、パンツなり、何かをはいていると安心してもらしてしまうみたい…。今日からパンツにしたのは、そのほうがダイレクトに「もらした」って分かるから。トレパンだと、濡れてても教えてくれないからだ。昨日の夜も、4時間もおしっこをしなかったのに、シャワーしようとお風呂場に入ったら、私が後ろを向いてる隙にちょっと漏らしてた(と思う)し、お風呂上がってオムツはかせたらまってましたとばかりにしてた。最近はトイレが嫌いになったのか、座らせてもしないんだよね…。この「嫌いになる」って一番ヤバイんだとおもうんだけど。まあでも、昨日、私が「チッチしたくなったら教えてね」と言ったからか、今日はお漏らししたとき、っていうかまさに出るそのときに(笑)毎回「チッチ!!」って言ってくれた。これからだんだん尿意が分かるようになって、もらす前に教えてくれたらうれしいなあ。昨日に比べたら前進かな?まあでも、ここは子どもに寛大な韓国。外でお漏らししても日本ほど目くじら立てられないんだし自分のペースでいこうっと。さっき、ウーのリクエストに応えて、ポロロのパンツを2枚ネットで買いました。せめてパンツはかわいいのをそろえてあげたいなあ。今のもかわいいんだけどね。お尻に動物の顔が書いてあるのです。すっぽんぽんでいたいというのは、「失敗したくない」というウーの気持ちの表れだよなあ。そのうち慣れてくるよね。
2009.07.29
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昨晩かなり落ち込んでいた私…。結局ウーは6時半から起きずに眠り続け、今朝5時に起こされました!!昨日は仕事で遅くなり、寝たのが1時半だったので辛いのなんのって…。なんとかリビングに出てきてテレビをつけて見させたけど、私はソファーの上でごろん。時々ほんとに記憶がないのだけど、気づいたら朝シャワーを浴びる夫が、ウーをつれていっしょにお風呂場にいました。ありがとう、夫よ…。さて、トイレトレ。朝に誘っても出ず。そのあとトレーニングパンツをはかせるも、またもらしてそのまま遊んでいる。なので、思い切って、すっぽんぽんでいさせることにしました。もらしたのが推定7時半ごろ。9時ごろから常に様子を伺い始め、もじもじした!と思って2回ほど連れて行ったけど出ず。そして10時15分、ついにウーが「チッチ!」と言いました。で、急いでトイレに連れて行くと、見事成功!!!!「ウー、チッチ出た~!!」と、ウーもうれしそうで、私はうれしさの余りウーを抱きしめて泣いてしまいましたよ…。どうやら彼女は、パンツやオムツをしていると、おしっこを貯めることをせずに常にちょろちょろとしちゃっていたようで。なので、この方法は効果的なようです。さっきお腹がすいたと言うのでご飯を食べさせたら、床にゴロゴロしててそのまま安らかにお昼寝。オムツをはかせてベッドに寝かせました。次のおしっこはオムツかな。とりあえず、数日はすっぽんぽんを実践してみようと思います。近場の外出はトレパンで、遠出やねんねのときはオムツかな。一歩前進。やっぱり、本や人の話も大事だけど、子どものことをよく見てあげて、その子にあった方法を探すのが一番大切なのだと感じました。なんか少し気が楽になりました。ウー、がんばろうね!
2009.07.28
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先日切れた私。まだちょっと落ち込んでいた翌日、なんとウーが、私の真似をした。昨日と同じくDVDを見ようとしていたとき。突然CDをもってしゃべり始めたのだ。「あのね、昨日、ウーがDVD見たいっていって、駄々こねてウエーンって泣いたら、 ママが怒ってこの青いCDパーンってソファーに投げて、あっちの部屋に行ったの~」あ、もちろん、こんなにしゃべれませんよ。私と夫だけが理解できる言葉で、こんな感じでジェスチャーつきでしゃべって、最後に「あはは」って笑ったのです。それ見て、おかしくて声だして笑ってしまった私。それと同時に何かが吹っ切れた。なーんだ。怒ったってこの子けろっとしてるんだ。良かった!!!!感情的に怒ったことでウーの心を傷つけてしまったのではないかと落ち込んでいたのだけど、ウーがけろっとして笑っているので安心した。もちろん切れたのは良くないけど、ああ、この子はもう赤ちゃんじゃない、子どもなんだなあって思った。言葉も、はっきりしゃべれる言葉はまだまだ少ししかないけど彼女なりに4語文ぐらいまでしゃべってるし私の言うことは一回言うだけでちゃんと通じる。何でも「ウーがする!」って言うのに懲りてたけど、これをきっかけになんでも自分でやってもらえばいいんだと思うようになりここ数日は、はたからみたらこき使ってるように見えるぐらいなんでもやらせている(笑)。少々時間はかかっても、それが子ども。最初は下手にきまってる。子どもなんだし。身体も小さいんだし。力だって弱いんだし。それを繰り返してだんだん上手になっていくんだ。それを見守るのが親なんだよね…。そんな私とウーなんですが。実は、切れた日の前日から、突然思い立ってトイレトレーニングを始めました。先週一週間からここまでトイレに誘っても全くでず。先週は、トレーニングパンツでおしっこするのが当たり前で、一日6枚ぐらい、パンツと短パンを着替えた。で、今週。昨日マートでシールをたくさん買い、今日ウーが起きる前にネットで台紙をダウンロードして、トイレでおしっこできたらシールを貼ることに決めた。起きてきたウーをトイレに誘うも、おしっこは出ず。そのあとパンツに履き替えさせ、2つプリントした台紙を見せて「どっちがいい?」と聞き、ウーが気に入った方をドアの前にいっしょに貼った。その後。朝食の準備をしていた私が台所にいたとき、リビングにいたウーが何か言った。私はそれが「クッキー」と聞こえて、朝からクッキーなんてダメ!と思って聞こえないふりをしていた。少ししてまた同じ言葉が聞こえ、はっと気づいた。「クッキー」じゃなくて、「チッチ」って言ってるんだ!急いで走っていったけど、時既に遅し…。一生懸命ガマンしていたであろうウーの顔は、もれてくるおしっこにどうすることもできず泣きそうになっている。トイレに連れて行ったけど、出たばかりなので出るわけも無く。教えてくれたのね、ありがとう。ママ分からなくてごめんなさい、と、何度も言った。その後パンツをはかせるも、PC用の布張りの椅子でお漏らし。その次に、テレビに夢中になっていたウーはソファーの上でお漏らし。立て続けに布の上でお漏らしされたことで、私のストレスゲージも上昇…。怒りはしなかったけど、ものすごくなんとも無いように「平気よ!」ということもできずもくもくと処理をした。その後。拭いてスチームをかけ、ファブリーズを吹き付けたので半乾きのソファーに、ウーが寝そべろうとした。ダメ!ともいえず、かといっていいよ、ともいえず、複雑な表情でそれを見ていたら、とっさにウーは「あ、ここ、さっきウーがチッチしたからダメだよね」と言って、横の方に座った。さらにその後。外に行こうと言うのでその前に私もトイレに行き、ウーも誘った。そしたら、私が用を足すのを見て「ママはチッチできるのに、ウーはできない…」と悲しそうに言ったのだ。びっくりした私。「大丈夫よ~!! 何言ってるの。 ママは大人なんだから、できるの当たり前なの。 ウーだって、練習すればできるようになるんだから!!」と、明るく笑いながら抱きしめて話した。その後公園にいったけど、やっぱりそこでもお漏らししちゃって、でも遊びたいから家に帰らないと言い、そのまましばらく遊んでた。先週に比べたら、パンツが濡れたことは報告してくれるようになった。とりあえず、アンパンマンのパンツのおかげで、パンツをはくのはまあ大丈夫。でも失敗するのが嫌なのか、「オムツ」っていうときもある…。まだ早いのだろうか。それに、今日の朝、ウーが勇気を振り絞っていったであろうあの言葉を聞き取ることができずウーのがんばりに応えられなかったことがすごく情けなくて悲しくて落ち込んでいます。涙が出そうです。私の方がやばかったので、外から帰ってシャワーを浴びた後はオムツにしました。お昼寝するだろうと思ったので。そんな彼女は6時半から昼寝…。昼寝じゃないだろ!!おっぱい辞めるのなんて、トイレトレに比べたら何てこと無かったのね。あせってるのは重々承知…。でもほんとに、お手本が無くて試行錯誤で、どこまでやればいいのかなあと若干不安を感じつつあります…。どの辺までやればいいのかなあ。ウーが断固拒否しない限り、パンツでやっていけばいいのよね…。母、ちょっと、いや、かなり弱気になっています。しくしく…。
2009.07.27
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最近のウー。自己主張が激しすぎ。エレベーター、ナンバーロックのボタンを押す!!という主張はもうずっと前からで慣れたけどこのごろなんでも「自分でやる!!!」と言って聞かない。しかも、最初から言ってくれればいいものの、抱っこをせがまれ死にそうになって家のすぐ前まで来たと思ったら「ウー、あんよ!」と泣きわめいてまた戻らされ、そこからあんよで帰るなんてこともしょっちゅう。今日なんて暑くて「やっと家に帰れる…」と思ったにもかかわらずすぐ前まで来て「おそと!おそと!」となきわめく。仕方がないので来た道を戻り、隣の棟の前のベンチでボーっ…。何をしても「アニャ!アニャ!」(←韓国語のイヤイヤ)といわれるので抜け殻のようになってひたすらボーっとしていたらベンチが涼しかったからか機嫌が良くなってやっと家に帰ってくれた…。戻ってきてからもさ。どうやら暑いのが原因みたいだからクーラーつけようと思ったらこれまたいやだって言うし。半袖着るって言って外に行ったから、キャミソールに着替えさせようと思ってもそこでまたひと悶着あるし。DVD見せろっていうからやろうとしたらできもしないのに自分でやるっていうし。片付けようとしたら自分がやる!っていうし。何が嫌って、「ママ、やって」って言いにきてやってるにもかかわらず、私がやりだしたら「ウーがやる!」って激しく自己主張すること…。もーーー、限界で、ついに「うるさいっ!!!」と怒鳴ってしまいました。毎日毎日「忍、忍、忍」で耐えてきたんだけど…。いつも、いろんなことに気を使って丁寧に子育てしてるつもりなんだけどもー今日は限界…。と思ったら、たった今、ウーが牛乳こぼしたよ!!!!!!!!!!!!!!!ああ…こんどはだっこだそうです。今日はもう、感情を出さないお世話マシーンとして働くことにします。声かけることすらできないわ。このままじゃ気力が尽きる。誰か、韓薬プリーズーーー。
2009.07.21
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少し前に悩んでいたスチーム掃除機、とうとう買いました!先週末に注文して、火曜の午後届き、その日に即使って今日もまたそれでお掃除。余り頻繁に使うと良くないらしいので一日おきにしようかと思ってるんだけど楽しいから毎日使いたいわー。買ったモデルはこれ。悩みに悩んで決めたこのモデル。決め手は、タンクが分離できることとスチーム部分が薄いこと!それと、重さ。使用後に水を捨てないと雑菌が繁殖するので水は捨てやすい方が良いらしく、スチーム部分が薄いとソファーの下とかにも入るので掃除しやすいと思ったから。それに重さも1.9キロでそう重くないし。最初、Hカードのポイントモールで買おうと思っていたときは2種類しかなく、4キロ近くある掃除機兼用のモデルと、旧式のモデルしかなくてあまり欲しいと思わなかったのだ。その後、ポイントをギフトカードに使えるということが分かり、カードの申請をして数日後に受け取り、それをオンラインショッピングができるようにホームページ上でまた登録するというめんどくささを乗り越えそのカードで買いました!!!スチーム掃除機のモデルも、Hカードのポイントの使い方も、週末一人でネットで調べまくって得た知識…。寝不足で次の日大変だったけど、納得した上での買い物なので満足してます。最近の韓国は梅雨真っ只中で、一日中大雨っていう日が何日もあった。韓国の家は、酷寒に耐えられるよう隙間風が入らないように作られているので湿気がこもってすぐにジメジメする。床暖房をつけたら少しはましになるけど、当然暑い。床を水ぶきしても、ちょっとはすっきりするけどじめじめは変わらず…。と、主婦の思いは皆同じなようで。今日大型マートに行ったら、スチーム掃除機がどーんと通路に積んであった。旧式で黄色!(←私はカラフルな家電は好きではない…)しかもネットで私が買った値段より高いし。しめしめ、と、ますます満足度が増しました。スチームだと水分もすぐ蒸発するし、すっきりして気持ちいい!便利な家電がまた一つ増えてうれしいな。「ミシンも買ったし~、ハンドミキサーも買ったし~、スチーム掃除機も買ったし~。 次は…キムチ冷蔵庫??」と夫にルンルンで話したけど、置く場所ないし。それにそもそもあんなでっかいキムチ冷蔵庫要らないし! もう買うものないってことか?便利な家電にうきうきしながら、韓国の主婦道をまた一歩進む私なのでした。
2009.07.16
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昨日の夜、隣のアパート団地前の噴水でのこと。夜、知り合いに誘われて食事をした私たちは、お店で別れて家族3人で散歩をし、近くのスーパーでアイスを買って食べながら帰っていた。その帰り道、噴水の前で一休みしていたら、「もう水泳には通わないの?」と、誰かに話しかけられた。誰だ…と思ったら、夜に水泳に通っていたときのクラスメートのおばちゃん。同じ棟の一つ上の階に住んでいる人だった。すごいびっくりしたと同時に、すごくうれしかった。いきなりクラスを替えたので、挨拶も何もできてなかったから。今は朝通ってる、あの先生がものすごく嫌だったから夜は辞めた、と話したら、おばちゃんは「あらー、先生また変わったのよ~!」というではないか!きゃーーーー。あいつ、クビになったのね!!!!!!!!もう笑いが止まらない私。めちゃくちゃうれしかったわ。また夜に通うこともできるけど…夫が夜ジムに行き始めたのでしばらく朝通いだな。今のクラスにもなじんできたし。あいつに嫌な思いさせられてたのは私だけじゃなかったみたいで。すっごいうれしかったです。
2009.07.11
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