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今ようやく事務所ニュース5月号が完成した。(遅い!)前月に続いて・・・「自己満足型」のものだけど、いいのだ!「『仮』状態」だけど、いいのだ!A4用紙の表裏だけなのに、空白が目立つけど、いいのだ!その空白をイラストで無理に埋めているけど、いいのだ!人に見せるのが恥ずかしいけど、いいのだ!今のうちに恥をかこう。今のうちに批判してもらおう。今のうちに褒めてもらおう。今のうちに自信をつけよう。実際に開業したら、誰も何も言ってくれない。ただ、ただ、成果(報酬)となって自分に返ってくるか、来ないかだけなのだから。
2004.04.30
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昨日新たに4閣僚と菅代表の国民年金保険料の未納が明らかになった。閣僚等に就任すると、医療保険は国家公務員の共済組合に切り替わるが、年金は共済には切り替わらない。それを誤解していた、とのこと。事務方に任せきりだろうし、本人には「年金」がどうこうという意識は全くなかっただろう。あの女性タレントの場合とは、ちょっと状況が違うとは思うが、保険料未納ということには何ら変わりはない。知り合いで「国民年金推進員」という仕事をしている人がいるが、やりにくいだろうなぁ。「大臣が払っていないのに、何でワシが払わなきゃいけないんだ!」なんて言う奴一杯いるんだろうなぁ。いやしくも、9月から社労士として仕事をする人間がこんなこと言ってはいけないかも知れないが、保険料未納者が全体の約4割もいる国民年金制度なんて、最早制度そのものが破綻している、としか言いようがないと思う。マジメに払っている者が「アホみたい」と思う制度というものは、要するに駄目な制度なんだ。これは、年金制度だけではない。税金だってそう。会社の人事制度だってそう。マジメにコツコツやっている人が結局バカを見る、ということは、その制度・仕組みに問題、欠点があるのだ。今回のことで、年金改革法案もゴタゴタとしてしまうだろう。何か、もったいないよね。しかしそれにしても、バカバカし過ぎる・・・***************さっきから窓の外を見ている。実にいい天気である。だけど、僕は仕事。職場の席から外を眺めているのである。この会社に入って間のないころ、天気のいい日曜日や祝日に出勤するたび、「チキショー、雨が降ればいいのに!」なんてニョーボーに愚痴っていた。何か、自分だけ損しているような気がして・・・そんな時ニョーボーが「そんなこと言ってると、小さい男になってしまうよ」と言って僕の肩を叩いた。今日のような天気の良い祝日に出勤すると、あの日の玄関先の一こまを思い出す。十数年間カレンダー通りの出勤体系の会社に勤めていたため、世間で言う「休みの日」に働く人の気持ちなどまるで気にもとめていなかった。日曜日にスーパーに買い物に行っても、そこで働いている人のことなんか見えていなかった。そういう意味において、今のこの会社に入って良かったと思っている。そして、ただのいじけ虫になりそうだった僕を救ってくれたあの時のニョーボーの言葉にも感謝している。さぁ、仕事、仕事!
2004.04.29
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男の子ばかり三人、2年ずつしか歳が離れていないので、兄弟の友達同士がまた一緒に遊ぶ。何となく、我々の世代の子供時代のよう。以前、近所の人に「お宅の子供さんは昔の子供みたいねぇ」と言われたことがあった。その時は、一瞬「ムッ」としてしまった。確かに見た目、今時のおしゃれな格好はさせていない。(最近の子供は子供と思えない位小洒落た服を着ているからね)今思うと、歳に関係なくワイワイ遊ぶ、その雰囲気のことを言っていたのかも知れない。狭い庭で10人以上のしかも男の子ばかりが、缶蹴りしているのを見ると、微笑ましいのを通り越して、ただただ「ウルサイ!」けどね。日曜日、昼ごはんを食べ終わった頃から、予約の電話が次々入る。電話を受けた子供がニョーボーに伝える。「1時から○○クン!」「はいよ!!」「2時から○○クン!」「はいよ!!」まるで繁盛しているラーメン屋のよう。ニョーボーも半分やけだ。子供たちが沢山集結すると、何となく居場所がなくなってしまうから。まぁ、これもひとつの楽しみとしてとらえるしかないかな。
2004.04.28
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今ようやく事務指定講習課題レポートを書き終えた。各種書類の書き方云々よりも、この事例ではどの書類が必要か、を大雑把に知るにはまぁよい課題だったのではないだろうか。実務の世界では、なかなか一筋縄ではいかないことが多いだろうけど、基本が分からなければ、応用も利かないだろうしね。さぁ、今日の夜からは「事務所ニュース 5月号」の作成だ。と言っても、これも講習みたいなもので、今のところ全く実務性はないのだけど・・・
2004.04.27
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久しぶりに餃子を作った。最近は皮を2枚で済ます「安直 ギョーザ焼き」が多かったが、今回は1個1個包んでいった。朝から子供たちに、友達と遊ぶのは午後4時まで、その後全員台所に集合すること!と言い渡してある。一家五人、あーでもない、こーでもないと言いながら餃子を作るひと時が、まぁ実に楽しいのである。用意した市販の皮150枚があっという間になくなる。具はまだまだ沢山残っている。(キャベツ1個半使ってるからね)慌てて、小麦粉を使って皮作りだ。「ぼくもやる!」「オレにもやらせろ!」キッチンテーブルがたちまち粉まみれになる。手作りの皮は伸縮が効くので、具を包むのがまた面白いみたい。子供たちはほとんど、粘土遊びの感覚でいろいろな形の物を作る。ロボット型、金魚型、UFO型、シューマイ型、う○○型、ち○○型・・・だんだんシモネタになっていく。以前TVで中国の家庭の様子を放映していた。さほど裕福そうには見えない家庭だったが、一家全員で餃子をつくり、でっかいかまどで茹でて皆楽しそうに食べていた。あの映像が忘れられない。最近子供とあまり話しをしていないなぁ、と感じたら、このギョーザ大会をするようにしている。手を動かすと自然に口も動くものなのか。「この前学校でね・・・」「○○クンがこの前・・・」出来上がった餃子をホットプレートにきちきちに並べ、焼きあがったら一斉に手を出す。最初の一個目で口の中をずるむけに火傷させ、一気にビールで流す。まさに至福の瞬間である。
2004.04.26
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会社帰りに妻から頼まれていた買い物をするため大型スーパーに寄った。レジのおばさん(失礼!)が最後のキーを押すと「おめでとう!」と声を掛けてきた。「ん??」「お兄さん、見て見て!」レジのおばさんに言われ金額表示のモニターを見ると、「11,111円」と出ている。「お兄さん、おめでとう!」「ありがとう(?)」僕ぼ後ろに並んでいたおばさんも「何、何?」と覗き込んできた。「まぁ、11,111円だって。珍しい。お兄さん、良かったねぇ」「私も、もう何年もレジ打ってるけど、こんなのみたの初めて。すごいねぇ!」何だかよく分からないけど、だんだん嬉しくなってくる。何かとてつもない偉業を成し遂げたような気分。レシートをかざし、店内を1周したい。「やったよ!俺はついにやったよ!!」「お兄さん、今日行ったら?」レジのおばさんがパチンコのレバー(って言うのかな?)を持つマネをする。後ろのおばさんも「行った方がいいよ」などと言う。「出るよ~。今日は。」「行きなよ」「ねぇ」「ねぇ」おばさん二人がさかんに言う。この一体感は何なんだ!何か不思議な高揚感を抱いたまま店を後にした。
2004.04.25
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最近の若いタレントの名前が全然覚えられない。朝、めざましTVの芸能情報で見ても、夜には「誰だっけなぁ~」って感じ。最近のCMを見ていて、何を言っているのか聞き取れない。タレントがしゃべっているのが、理解できない。上記2点は自分だけかと思っていたら、女房も同じだと言う。2人で「仲間がいて良かった」と手を取り合っていたら、長男が不思議そうな顔をして眺めていた。
2004.04.24
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先日の日経新聞に、退院した患者さんに直筆の退院祝いのはがきを12年間書き続けている病院の院長の記事が載っていた。まさに、竹田陽一さんの「1枚のはがきで・・・」シリーズを地でいっている。このはがきを退院後受け取れば、よほどのことがない限り、病気が再発したり、新たな病気にかかったりしたら、この病院へ再び行くだろう。その院長はナースステーションでこのはがきを書いているという。きっと、陰でいろいろ言われたに違いない。それが仕事だろう。と言ってしまえばそれまでだ。商売心ミエミエだ。と言ってしまえばそれまでだ。だけどいいじゃないか。それで、少しでも心が癒される人がいるならば。だけどいいじゃないか。それで、少しでも再来院につながれば。患者がいなければ、そもそも病院経営なんて成り立たないのだ。最近どうも気持ちが停滞気味でさえなかった。開業する、と決めているくせに何かだらだら過ごしていた。この記事を机の前に貼り、もう一度奮起しよう。今自分にできることを、ひとつひとつやっていこう。
2004.04.23
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新学期が始まると、子供の学校から次々と購入品のあっせんのお知らせが来る。「習字セット」「リコーダー」「絵の具セット」「裁縫セット」・・・兄弟でまわせるものはなるべくまわして、出費を抑えるようにしているが、どうしても最低限のものはそろえなければいけない。考えてみると、小学生にこんな立派なセットが必要なのだろうか。一体、年間どれだけの頻度で使うのか。学校の予算で購入し、学校の備品として保管・使用できないものなのか。このお知らせが来るたび、納得できない思いがわいてくる。申し込み袋をみると、ずい分値引きしてあるが、まさかその値引き分は、市や県から補助金が出ているんじゃないだろうな。ついでに言うと・・・歯科検診・視力検診等もこの時期、各学校一斉に行うのもやめたらどうか。悪い箇所の指摘カードみたいなのに、医者の処置印が必要なため、病院がすごく混む。学校ごとに時季をずらせば、病院も年間を通じて安定収入が得られて助かるはずだ。どうだろう。
2004.04.22
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朝起きると、女房がじっと僕の顔を見ている。見ている、というより見つめている。何だ?何なんだ?思わず目をそらす。そして、もう一度見てみるがやはりこちらを見つめている。明らかに非難のまなざしだ。どうしよう?何か分からないけど、怖い。ここ数日の自分の行動を思い出してみる。・・・・何も思い当たらない。少なくとも、彼女の機嫌を損ねるような行動はしていない。でもこうなったら、とにかく先に謝ってしまおうか?別に悪いことはしていないはずだけど、謝ったもん勝ちだ。いや、待て。前にも似たようなことがあったぞ!あの時もわけも分からず謝って、「悪いこともしてないのに、何で謝るんだ?」って更に良くない方向に行ってしまったっけ。どうする?とりあえず、この場を撤退するか。退避命令発令!何気なくその場を立ち去ろうとする。直後、「まだ気付かないの?」明らかに怒気を含んだ声。やばい!何だ?気付く?何に?「もしかして・・・出来たの?」もう自棄だ。「はぁ?何言ってるの。髪よ。昨日髪切ったのにまだ気付かないの?」ああ!!そうだ!前もそうだったんだ。最近髪を伸ばす、と言ってずっと美容院に行っていなかったので、ちょっと気が緩んでいた。「違うよ。昨日会社から帰った瞬間から気付いていたよ。すごく似合うなぁって」「じゃぁ、何で何も言わないの」「照れくさくて(小さな声で、いかにも照れたように)」「ウソ!」迫真の演技も見事に失敗した。実際気付かなかったわけじゃない。昨日帰宅して顔をみたとき、「チラッ」と頭の中を何かよぎったのは事実だ。ただ、その一瞬の閃きをそのまま逃してしまった。うかつだった・・・私のことなんか見てない。・・・そんなことないよ。私のことなんかどーでもいいんだ。・・・そんなことないよ。何言っても、そんなことないよ、だね。・・・そんなことないよひとつひとつきちんと対応する。それにしても何でだろう。決して関心が薄れたわけじゃない。他のこと(身体の調子とか)は敏感に反応できるのに、髪に関しては反応できないだけだ。これはもう仕方ないことなのか。何か人間的に欠落しているのか。分からない。ちなみに三人の息子たちも誰一人気付かなかったそうだ。そりゃそーだ。僕の血を引いてるんだもん。「まったくウチの男どもは!」
2004.04.21
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診察室から出てきた長男の顔が以前と違っていた。「すごい、まわりが明るい!」そうなんだよね。コンタクトを初めて着けると、世界が一瞬にして変わってしまうんだ。近視はある日突然になるものじゃない。だんだん、徐々になっていく。だから、周りの人から指摘されるまで、自分が近視だってことに気付かない。無理やり目を細めて「見えてるよ」なんて言ったりする。私もメガネがいやで、「視力検査のときはたまたま調子が悪かったんだ」と言い張っていた。夏休みに入って、どうでも黒板の字が見えないことを認め、病院で初めてコンタクトをつけたとき世界が変わった。あの最初の一瞬。あれだけは、近視の者にしか分からない快感だ。今コンタクトって安いんだね。知らなかった。2週間で使い捨てで、3ヶ月分が1万円。初回はお試しレンズだから、もうちょっとお得かな。1年間でも4万円だ。私はハードコンタクトだったので、最初慣れるまで大変だった。目が痛くて痛くて。今日は1時間、明日は2時間・・・って感じで慣らしていった。ところが長男のソフトコンタクトはどうだ。今日初めて着けて、ケロッとしている。「全然目に何か入ってる感じがしない」だって。ちょっと悔しい。30年近く続けたコンタクトも今はやめてメガネにしてしまっているのだが、うーん、もう一回コンタクトにしようかな。来週、長男の経過を見せに行くとき、申し込んじゃおうかな。
2004.04.20
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今日の予定(今日は休みです)1.事務指定講習リポート提出とにかく早く提出し終わらないと何か落ち着かない。次のことにとりかかれない。2.ウォーキング休日、雨の日以外はとにかく歩く。これからはとにかく体力勝負。自営業者は風邪もひけない。3.庭の草むしりもともと庭には全く無関心だったが、ニョーボーに指摘され見ると大変なことになっている。早くしないと、あの細長いにょろにょろした奴に出くわしてしまう。4.長男を眼科へ連れていく先日の検査の結果をみて、今日コンタクトにするか、メガネにするかを決める。私も30年前、中学1年の夏休みにコンタクトを始めた。長男も全く同じ道を歩こうとしている。あれだけTVゲームばかりやっていたのでは、近視になって当然だろう。5.音楽CDづくり音楽配信サイトから曲をダウンロードしては、CDに録音している。曲といっても、いわゆるアマチュアの曲だから無料なのである。アマチュアといって侮ることなかれ。(何か古めかしい言い回しだな)下手なプロの曲なんて、はるか100万光年向こうに下がりおれ!くらいいい曲、歌がある。それをチマチマ探しては、ダウンロードする。実に楽しい作業なんである。今日はGW用に家族でドライブするときに聞く曲を集める予定。どちらかというと、ちょっとコミカルな歌。昔は「戦隊ヒーローシリーズ」や「ウルトラマンシリーズ」「仮面ライダーシリーズ」のテープをいやというほど聞かされたもんだが・・・6.事務所ニュース5月号の準備これもそろそろ取り掛からないと、あっと言う間に期限が来てしまう。ネタを集めて構想を練っておかないと・・・さて、このうちいくつ実行できるでしょうか?
2004.04.19
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昨日長男と行った眼科はすごく繁盛している。待合室は椅子はおろか、立つ場所すらない状態。実際通ってみると分かるけど、先生はもちろん看護婦もみな親切で、一生懸命に働いているのが感じられる。どうせ行くなら、ムスッとした先生のところよりか、こっちを選ぶに決まっている。ただひとつ問題なのは・・・あまりに混んでいて、場所がないせいだろうが、患者に対する目の状態の説明を待合室ですることだ。「乱視の度数が・・・で、近視が・・・・」命に関わるような内容ではないにせよ、他人の状態なんか聞きたくもないし、自分の状態を他人に聞かせたくもない。その辺の配慮がないんだなぁ。::::それにしても、最近出来た病院ってなんでみんな同じような建物ばかりなんだろう?ちょっと、おしゃれで、パステル調で・・・眼科も歯科も内科もみな見た目が同じ。中に入っても、大体同じようなつくり。ちょっとお洒落なものって、新しいうちは良いけど、年数が経過すると、かえって小汚く感じると思うのだけどどうだろう?大丈夫なのか?小洒落たつくりで客をたくさん集めて、一杯儲けて、また設備投資する・・・個人病院の経営も大変なんだろうな・・・
2004.04.18
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今朝、近所の公園にウォーキングに行ってきた。以前にも書いたけど、実に気持ちよい。桜はとっくに散り、普通の「樹木」という状態になっているのだが、なかには何を勘違いしているのか、今まさに満開状態のやつがいる。どこの世界にもいるんだねー、こういうのが。ラジオをポケットに入れ、聞きながら歩く人がいる。その場合、間違いなく100%NHKの第一放送をかけている。何故だ?日差しはさほどでもないが、紫外線はきっときついのだろう。ほとんど皆帽子をかぶっているのだが、なかにバイクのヘルメットをかぶったまま歩いている人がいる。何故だ?まだ書き足りないが、今から子供を病院に連れて行かねばならない。また後で。*************長男がずっと近視だったんだけど、中学に入っていよいよ誤魔化しが通じなくなり、今回コンタクトを作ることにした。でも、その話はまた後日・・・*************ウォーキングというのは、一種のスタイルがあると思っていた。ウォーキングシューズにトレーニングウェアみたいな。実際には全然そんなことはないのだ。みんな思い思いの格好で自由に楽しんでいる。全く普段着の人もいるし、まさに今から鉄人レースに出ようかという人もいる。子連れもいれば、犬連れもいる。この自由さがいいんだなぁ。
2004.04.17
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楽天日記を始めて今日で100日になる。楽天広場はもちろん、楽天ショップすらもほとんど覗いたことがなかったのに、ふと、日記を書こうと思い立ち、たまたま立ち寄ったのが、この楽天日記だった。日記を始めて、○自分の文章力のなさを思い知った(一般の人(プロの文章家ではない)にも、文章の上手い人が沢山いることを知った)○自分には書きたいことが沢山あることが分かった(書くことがない、なんてことはない)○思いついたことはすぐメモする習慣ができた(あっ!これ日記に使える。と思ったら即メモ。でないとすぐ忘れてしまう)○世の中には色んな考えがある、ということを改めて思い知った○物事をもっと多面的に見る必要があることに気づいた(視点・アプローチの方法)○自分の頭が固いことを知った(柔軟性を持とう)○もっと自分の考え・想いを前面に出しても良いのでは・・・と思えるようになった楽天日記の効用を挙げればきりがない。最近、痛切に感じるのは「もっと自分は突き抜けないといけない」ということだ。自営の方々(特にコンサルタント・士業)の日記を読ませてもらっているが、何か一本信念が通っているのを感じる。そして、その信念がその人を突き抜け、周りにも刺さっていくような、そんなイメージだ。今日から100日後といえば、ちょうど会社を退職した直後にあたるはずだ。無理に自分を変える必要はないかも知れないが、サラリーマンの体質から自営業者の体質に少しずつ改善していく必要がある、と感じる。それにしても、100日なんてあっと言う間だなぁ。今から100日後のことを考えると、身が引き締まる思いだ。(腹は全然引き締まらないけど)***********最初、「ビジネス・起業に関すること」のテーマに載せたけど、何か違うような気がして、こちらに移した。日記を始めて100日経つのに、こんなことでうろうろしている。***********考えてみると、自分は今までテーマにこだわり過ぎていたように思う。「開業準備日記」と銘打ったため、ビジネス系の話題に無理やりこじつけて書いていたようにも思う。100日経過したことだし(?)、もっと自由に思うままに書いていこう。もっと自分を出してみよう。そうすることによって、自営業者としての何かも見えてくるに違いない。(掲示板に書き込んでいただいたギンリョウソウさん、ありがとうございます。これからの楽天日記との関わり方のヒントをいただいたように思います)それから・・・すぐに「お祝い」を書き込んでいただいたban4649さん、ありがとうございます。こういったメッセージ大変励みになります。また明日(101日目)からもよろしくお願いします。
2004.04.16
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三男(小学校3年生)から聞いたはなし。給食のご飯がその日なぜか沢山余ってしまったそうだ。すると、担任の先生がその余ったご飯で「おにぎり」を握ってくれたんだって。息子が言うには、「余ったご飯は冷たかったのに、先生のおにぎりは暖かっかた」そうだ。「なんかすごく美味しかった」そうだ。余ったご飯は誰もお代わりしなかったのに、先生のおにぎりは希望者が多く「じゃんけん」で決めたんだって。ほんとにちょっとした機転ですよね。でも、子供たちはこの先生の握ってくれた「おにぎり」のことはずっと覚えていると思う。この話を聞いて「ああ、この先生はいい先生だなぁ」と単純に思ってしまう保護者でした。
2004.04.15
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昨日昼食に寄ったラーメン屋がひどかった。味についてとやかく言う気はない。好みの問題だし、店主が自信を持って客に提供すれば良いと思う。ただ、店の中に漂う生活臭は勘弁願いたい。カウンター越しに、耳かき・綿棒・爪きり・・・・孫の写真・孫の描いた絵・・・・まるで我が家で食事しているかのよう。あっ!もしかして、家庭で食べているときのように寛いで下さい、という意味か。家庭的サービスという趣旨か。****店を批判しても仕方がない。店主が「オレの店はこうだ!」という信念でやっているのだろうから。だけど、もったいないよね。こういった店(飲食店に限らず)に入る度に思う。「ああ、もったいない・・・」賃貸か自前か分からないけど、せっかく店を構えて商売しているのだから、せめてもう少し「マジメ」にやったらいいのに。お客が来ないから駄目な店になっていくのか、駄目な店だからお客が来ないのか。開店当初は入り口に花輪も出て、お客も結構来ていただろうに・・・初心を忘れずに頑張る事って、そんなに難しいことなんだろうか。もったいない・・・
2004.04.14
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相撲で「山稽古」というのをご存知だろうか。「山稽古」とは、土俵を関取衆が占領しているとき、若い衆たちが地面に線を引きそこで稽古することをいうのだが、今の私はまさに「山稽古中」のような気がする。稽古をする意欲はある。だけど、本物の土俵でやるだけの地位にない。実務をやる意欲はある。だけど、本当の実務をやる地位にはない。(事務指定講習中)だから、地面に丸い線を引き、そこで稽古する。ただの地面だから、転がされると石が当たって痛い。早く土俵で稽古がしたい。土俵をチラチラ眺める。おいおい、羨ましげな目で見てる暇があったら、もっと稽古しろよ!
2004.04.13
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嫌いな食べ物を食べてみる聴いたことのないジャンルの音楽を聴いてみる全然関係ない分野の専門書を読んでみる嫌いな人に声をかけてみるバイパス道を法定速度で走る気になるモノを見つけたら、車を止めて降りてみる廊下ですれ違う人全てに笑顔で挨拶する植物図鑑を持って歩き、花木の名前を覚える
2004.04.12
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夕食後、「オトーサン、机貸して」と長男が言う。録音してあるNHKラジオの基礎英語講座を今から聴くという。テキストを開き、ラジオに合わせ「アッポオ」とかなんとか言っているのを見て、思わず噴出しそうになってしまった。と同時に、30年前の自分を思い出した。30年前、長男と同じく私も中学に入ったとき「基礎英語講座」をラジオで聴いていた。ラジオを持って、部屋に入るのだが、何をやっていたかというと・・・鉛筆を転がし、相撲の星取表を作っていたのだ。鉛筆には六角の面の交互にマークや文字が付いている。その面が出れば「勝ち」マークのない面が出れば「負け」幕下の20枚目くらいから始め、ひたすら鉛筆を転がし続け、○●を記録し、放送中15分間でどこまで出世できるか、かなり夢中になってやっていたのだ。はっきり言って「バカ!」である。調子のいい日は横綱を狙えるところまでいくが、逆に三段目・序二段と落ち続けやがて「廃業」という日もあった。毎日日替わりで力士を設定し、鉛筆を転がしては一喜一憂する。ちなみにお気に入りの力士は「朝登」「荒瀬」「青葉城」「吉の谷」「高鉄山」「金剛」などなど。ああ、挙げればきりがない。はっきり言って「アホ!」である。息子の後姿を見ながら、こいつも何か面白いことしないかな・・・なんて考えてしまった。
2004.04.11
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今勤めている会社には、朝から夕方まで頻繁に運送会社のトラックが荷物を降ろしにやって来る。ドライバーを見ていると、A.愛想のいい人B.無愛想な人の2種類に大別されるようだ。そしてその種類ごとに、こちらの対応の仕方も変わる。Aの人に対しては、いわゆる世間話・お天気話をする。時には荷物を降ろすのを手伝ったりする。Bの人に対しては、なぜかこちらもムスッとしてしまう。なにかいわれのない不快感すら覚える。先日もBタイプのドライバーがやって来て、いつも通りムスッとした顔で荷物を降ろしていた。「好きでこんな荷物運んでるわけじゃねーよ」そんな顔だ。あーあ、いやな感じ。オレだって好きでこんな荷物の受け入れやってるわけじゃねーよ。ムッとしてしまう。だけど・・アレッ?ちょっと待てよ。もしかしたら、向こう(ドライバーのこと)も同じこと思ってるんじゃ?「あの会社に行くと、いつもムスッとしたオッサンがいるからいやだなー」って。そんな疑惑が心のなかでどんどん膨らんでいく。もし、そう思われていたらどうしよう。そこで、思い切ってトラックの荷台に乗り、ダンボール箱をひとつ運んでみた。するとどうだ!そのドライバー、ニコッといい笑顔をみせるじゃないか。「どうも、すみません」って。笑うと愛嬌のある顔になる。それを見てこちらも思わず笑顔で「いいよ」って言ってしまう。もしかしたら、この人を無愛想にしていたのは、このオレだったんでは・・・そう考えると、何だか恥ずかしくなってきた。受取証にサインをするとき、もう一度笑顔で「ご苦労様」といってみた。すると、向こうもやっぱり笑顔で「ありがとうございました」だって。やっぱりそうだ。オレが勝手に壁をつくっていたんだ。自分は営業出身で愛想のいい人間だと思い込んでいたが、違うのかも知れない。モノをうるときだけ愛想を振りまくいやな奴だったのではないだろうか。そういえば、「愛想がいい」とは言われても、「愛嬌がある」とは言われない。走っていくトラックを見ながら一人考え込んでしまった。
2004.04.10
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新入社員時代よく先輩から「意気に感じて仕事をしろ!」と言われていた。上司や別の先輩からのおごりで飲んだ翌日。上司が「みんなで協力してやってくれ」と頭を我々に向けて下げたとき。そんな時、冒頭の「意気に感じて仕事をしよう」と言われ、実際その通りにがんばってやっていた。その結果、褒められるとさらに意気に感じがんばる。今思えば、いいように扱われていただけかも知れないが、気持ちよく仕事をさせてもらっていた。いわゆる「義理人情」的な部分は否めないが、決して嫌いではなかった。現在の自分はどうだろう。意気に感じて仕事をしているか。後輩に意気に感じさせてやっているか。「・・・・・」うなだれるしかない状態だ。全くそういった感情を忘れてしまっている。・単に中年になり感性が鈍ってしまった?・後輩たちもそんなことを望んでいない?・時代のせい?犬っころのように、株の注文伝票を持って上司の元に走っていたあの頃が妙に懐かしい。*****今日仕事が休みで(その代わり土・日とも出勤です)、本屋に行き、「国語辞典」を買ってきた。国語辞典を買ったのは一体何年ぶりだろう?30年ぶり?そこで、「意気」について調べると、「人生意気に感ず」という言葉が載っている。(=人間は、金銭や名誉のためにではなく、自分を理解してくれる人の暖かい気持ちに感じて仕事をする・引き受けるものだ)だって。そうだよね。ゼニ・カネの問題じゃないことってあるよね。理屈抜きにこの人のために何か力になりたい!ってことがある。逆にそういう気持ちにさせてくれないから、すぐ「評価」とか「成果主義」とかって話になってしまうんだ。違うかな?・・・・・・・(たわごと)「意気に感ず」はいいけど、「息を感じる」はいやだね。上司の息を耳に感じる・・・ゲー!!すみません。
2004.04.09
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以前から文具のカタログ本を見るのが好きだった。アスクルとかカウネットとかいうやつ。あれをパラパラめくりながら、事務所のイメージをどんどん一人で膨らませていた。「机はどれにしよう?」「書類入れは?」「事務所名を入れる封筒は何色にしよう?」・・・・まぁ一種の妄想だね。そうやって自分を奮い立たせていた。昨日も会社に置いてあるカタログ本を何気なく見ながら、いつものように妄想の世界に入ろうとしていたのだが、考えてみると最早妄想ではなく、現実なんだ!もうしばらくしたら、真剣にどれを購入するか検討していかなくてはならない。そう思うと、ちょっと気持ちが「キリッ」としてきた。
2004.04.08
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机の前に一枚の絵葉書が貼ってある。「瀬戸内海 小豆島の旅」というタイトルで、吉岡敏光さんの画だ。「暑い夏の一日。青空に向かって入道雲が、もくもくと登っている。畑では、日差しをいっぱいに浴びたヒマワリの花が、競って咲き乱れている。」と解説にある。この絵。好きなんだなぁ~。どこがいいのだろう。この絵を見るたび考える。私には「絵心」なんて全くないし、美術館に行っても、早足で一周し、所在なく売店でひまをつぶしているくらいだ。畑一面のヒマワリ。作業小屋らしき建物の向こうに広がる青い海。かなたに入道雲。ごく普通の夏の風景。だけど、これを見るたび「いいなぁ~」「小豆島に行ってみたいな~」という気になる。「ヒマワリ」「青い海」「入道雲」この三つがこの絵のキーワードだ。これが心を何かしら動かしているんだ。お客にセールスするとき。上司に報告するとき。部下に指示をだすとき。仕事をしているときってどんな場面でもそうだけど、必ず伝えなければいけないキーワードってあるはずだ。でなければ、ただの雑談になってしまうもんね。そのキーワードの配置を間違えると、うまく伝わらなかったり、誤解を招いたりしてしまう。この一枚の絵葉書の絵は、キーワードの選択と、その配置がとても上手くいった、ということなんだろう。伝えたいことが上手く人に伝わらない。自分は何か変なんだろうか。こんなことを伝えようということ自体間違っているのだろうか。そんな時は、この絵を思い出して、言葉の順序、伝えるべきことの配置を考えようと思う。一枚の絵葉書からとりとめのないことを考えてしまった。
2004.04.07
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昨日長男が中学に入学した。入学式に出席した妻によると、校長先生も、PTA会長も、担任の教師も口をそろえてこう言っていたそうだ。「これからどんなに苦しいことがあっても、がんばればきっと良いことがある!」「今から、いろいろ苦しいことがあると思う。だけど、その困難を乗り越えてこそ・・・」「壁にぶち当たったとき・・・」えっ!!!中学に入ったらそんなに苦しいことが待ち構えているの??そんなにつらい所なの??この大人たちの言葉はもちろん新入生を励まそうという想いから来ているのだろうが、ウーンどうだろう、ひねくれた見方かも知れないが、ただでさえ不安で一杯の子供たちは余計にビビらないだろうか。妻からこの報告を受けたとき、なんと否定的な考えの人たちなんだろう、と思ってしまったが、よく考えると、私たちは基本的にそういった思想で今まで育ってきたようにも感じる。今からバラ色の人生が待っていますよ。これから全てハッピーですよ。なんて、インチキ商売の勧誘以外はあまり言わない。だけど本当にそうだろうか。「苦しいこと」「困難のこと」が今から先待ち受けているのか。これは中学校生活だけじゃない。仕事についても同じことが言える。いつも「(困難が)来るぞ、来るぞ、来るぞ」って思いながら過ごすのはいやだよね。そもそも誰が苦しいことが待っている世界にわざわざ行くもんか。楽しいこと、何かいいことがある方に向かって行けばいい。あの斉藤一人さんが校長先生だったら、入学式で一言「皆さん、困ったことなんて何も起こらないよ」で終わるのだろうにな。夕食の際、長男と自分自身にそんなことを言い聞かせていた。
2004.04.06
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遅れていた「事務所ニュース4月号」が昨日完成し、ごく親しい「仲間」だけに郵便で発送しました。わたしはまだ社労士と名乗れない身なので、本当は事務所も何もないのですが、本番前に練習しておかないとね。出来上がったものを見て最初に感じたこと1.なんかどこかで見たような・・・あっ!子供が学校からもって帰る「クラス便り」みたいだ。2.内容がないよう・・・書いてることが薄っぺらい。3.でもなんだか嬉しい!うーん。こんなもの人様に見せていいのだろうか?馬鹿にされるんじゃないだろうか。「やっぱりアホだったんだ」なんて思われたら・・・結構悩んだけど、えーい!今のうちに恥かいてどんどん良くしていけばいいんだ!という勢いだけで発送しました。本当は、これを持ってその辺の会社に飛び込みたいのだけど、今それをしちゃうとまずいので、しばらく我慢します。数ヵ月後に、こういったチラシとかを持って顧客訪問する自分の姿を想像すると、何だかワクワクしてきます。ただひとつ今回作ってみて思ったのは、間違ったことを書いてしまったらお終い、ということです。これはとても怖い。今から作る営業用のチラシにしてもそうだけど、ペーパーに残るものだけに、法律を扱うものだけに、誤ったことを書いたらお客さんにも自分にも災いが起こってしまう。会社に所属し、会社から与えられたパンフで営業する分には少なくともこうした問題は起こりえないはずだ。自営業者とサラリーマンの違いはこうした部分にあるのでしょうね。今は楽しみながら、だけど自己責任の重さをかみしめながら、こうした営業ツールの準備をしていこうと思っています。
2004.04.05
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昨日午後から行ってきました、「花見」出かける寸前から雨がポツポツ降り始め、公園に着いたときにはとても花見ができる状態ではなかった。仕方ない。駐車場近くのあづまや(屋根付きのベンチ)で弁当を開く。そこには机がないので、ベンチに重箱を広げ、皿を持って立って食べる。大人が考えると何かわびしいというか、みっともない気がするけど、子供たちは違う。「テレビで見た立食パーティーみたい!」だって。「いや、前に行ったバイキングの店みたい!」だって。チキンナゲットの重箱の前には行列ができていた!うう(涙)・・泣かせるではないか。親を気遣って、こんな天気でも楽しいよ、ということではなく、本気でそう思っているところが泣いてしまう。そして、弁当の後はお菓子大会。男組は(子供3人と僕)はプリングルス。女組は(ニョーボー)はチョコレート。プリングルスは四種類の味を用意し、恒例により「じゃんけん」で選択する。「神さま、お願いだから僕にバーベキュー味が当たりますように・・・」くそっ!負けた!!こうなったら、子供から力ずくで奪ってやる!その後ニョーボーのチョコとの交換、ポテトの違う味との交換、ポテトとジュースとの交換・・・「チーズ味は3枚でジュース一口」とか「ジャーマンポテト味は5枚でチョコ1個」とかよく分からない原則が作られていく。雨の中、あづまやは大騒ぎである。そういえば、我が家が居る間、だれも近寄らなかったような気がする・・・気のせいか?帰りの車中ニョーボーがポツリと言った。「そういえば、桜って咲いてたっけ?」
2004.04.04
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昨日に引き続き通勤ばなし。今は車通勤なので、車中はカーラジオを聴いている、と昨日書いたが去年の8月の試験までは、毎日講義テープを聴いていた。延べ時間にして一体何百時間聴いただろうか。そのうち、普段の会話の際、口調や言い回しが、その講師に似てきたことが自分でも気付くくらいだった。そういう意味は、「聴くだけで英語がペラペラ」というのもあながち嘘ではないような気がする。毎日同じ道(山沿いのバイパス道)を通っていると、確実に季節の移り変わりを感じる。今の季節はもちろん桜だ。山中にポコっと「さくら色」のかたまりがあるのを見ると、このまま脇道にそれて、山中を歩き、そこへ行ってみたい衝動にかられる。道路沿いに山菜を摘んでいる人を見かけることがある。何を採っているのかさっぱり分からないけど、何となく羨ましい。自分も採りたい。毎日この道を通っているんだから、自分にも採る権利があるような気がする。(卑しい根性だね)あるいは、途中でそのバイパス道を降りずに、そのままずっと車を走らせていたい衝動にかられる。このまま誰も知らない土地へ行き、そこで偶然出会った女性と静かに暮らす!うーん、瞬間的な妄想としては面白いけど、現実にはあり得ない。第一、そんな遠くまで車を運転するのが面倒くさい。ただ、いつもと違う道を通って行こうとは思う。気をつけなければいけないのは、途中事故ってしまったときのことだ。労災法では「通勤」というものを定義づけている。「労働者が、就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路及び方法により往復することをいい・・・・」従って、わざと遠回りして通勤していて途中交通事故にあっても、通勤災害と認められない可能性があるのだ。会社に通勤経路を届け出ているのは、そういう意味なのである。(社労士の勉強をするまで知らなかった!)さぁ、今日もがんばって通勤するぞ!
2004.04.03
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今、午前7時30分。ちょうど会社に着いたところ。通勤所要時間約30分。カーラジオを聴きながら、車をすっ飛ばして来る。今朝ふと思ったが、実際開業するとこの「通勤」というものがなくなるんだ。開業当初は事務所は借りず、自宅でやるつもりなので、当然そうなる。「通勤」という行為自体は、何も楽しいものでもない。以前は電車やバスを使っていたが、はっきりいって苦痛である。車通勤に変わってからも、さほど気分的には変化がない。危険度が増すという意味では、さらに悪いかも。そんな通勤の利点はただひとつ。「気持ちの切り替えタイム」という点だろう。会社人間から家庭人への切り替えタイム、ととらえれば嫌な通勤も、まぁ許せるかな。今度開業したら、ドアひとつ開けたら職場になってしまう。通勤時間1秒の世界だ。知ってる社労士で、朝仕事を始める前に必ずスーツに着替える方がいる。その日外出する予定があろうとなかろうと、とにかく仕事はきちんとスーツを着る。ひとつの心の切り替えツールなんだろう。あながち間違った考えではないような気もする。ずっとサラリーマンをしていると、意外とそんな一見どーでもいいようなことが心配になったりする。
2004.04.02
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だるま身長5センチ足らずの小さいもの。今年の正月に初詣に行った際、神社で購入した。今あるのは2代目だ。初代は社労士受験のとき置いていた。合格発表の日両目を入れ、数日後神社に返した。2代目は無事9月1日開業の日を迎えた時、両目を入れる予定。と同時に3代目を置き、売上目標を達成したら両目を入れることにしよう、と思っている。漢字用語辞典表紙に「大きな活字の」とある。漢字に関しては、こうしてパソコン入力していても、実際「あれっ?」と思うことが多い。そんな時は面倒でもこれを開くようにしている。ただ、活字が大きくないともう駄目だ。まさか老眼になりつつあるのかしら。社会保険労務ハンドブック事務指定講習を申し込んだら、テキストとかと一緒に送られてきた。これが実に重宝なのだ。労働法規・社会保険の関するポイントがコンパクトにまとめられている。受験のサブテキストとしても使えそう。名刺ファイル社労士専用の名刺ファイルである。あちらこちらで社労士の(あるいは有資格者)に出会うと、名刺交換するように心がけている。ファイルに名刺が増えていくのが嬉しい。ん?これって子供が「○○カード」を必死で集めているのと似てないか?
2004.04.01
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