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検査は次の日だった。 一日ですべてが済むように、H医師が手配してくれた。 何回も病院へ通う手間が省けて助かった。 体調が悪いときに、こういう配慮はホントに嬉しいものだ。 H医師に感謝! 血液検査・胸部CTに腹部エコー そして骨シンチ カラダの内部をくまなくチェックするための検査だ。 私のカラダはいったいどうなっているんだろう? 絶望感… 喪失感… 恐怖感… いろんな思いが交錯していた。 もうダメかもしれない… … そんな思いの中 「そうだ、私が死んでも 困らないようにしといてやらなければ…」 こども達ふたりに 通帳や印鑑・家の権利書・各種保険証券の保管場所 を教えながら、ひとつひとつ こういう場合はこういう手続きを踏んで… などと説明していった。 こども達はどんな気持ちで聴いていたのだろうか…… 自分たちがしっかりしなければ… きっとそんな思いだったに違いない。 黙って耳を傾けながら、時々メモを取っている姿は とてもけなげだった。 そうするうちに 娘の実印がない事に気がついた。 息子の分は主人が亡くなった時 相続の手続き上、必要だったのでその際作っていたが 娘はその時、まだ20歳未満で 親権が親にあったため、必要なかったのだ。 私が入院する前にという事で すぐに手配をした。 こども達の実印をそういう形で 揃えなければならないとは皮肉なものだ。f(^^;) でも救いだったのは こども達が私のそんな姿を見ても ちゃんと受け止めて しっかり見守ってくれている事だった。 こども達がとてもまぶしく見えた。 息子が口を開いた。 「お母さん、思い出作りにどっか家族旅行でも行く? お金なら僕が出すからさ」 娘が言った。 「お母さん、家事は私に任せて! お母さんは病気と 向き合って今度こそしっかり治療して」 視点は違うが母を気遣うその気持ちが嬉しかった。 ありがとう (つづく)
2007.08.30
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2006年7月12日 その日も暑い夏空が続いていた。 私は背中に痛みを抱えたまま 診察室の中へと入って行った。 外科医のH医師とは この時初めて会った。 物腰の柔らかい、温和な口調のその医師は 偶然にも乳腺外科の専門医 たまたまその日は外来担当で 診察室に座っていた。 まずは問診… 発症してからこれまでの4年間の経緯と 今現在の症状について くわしく説明する私 きっと叱責されるだろう… そう思っていたが それを黙ってひとつひとつ うなずきながら聴いていたH医師 この医者なら信頼できるかもしれない… 漠然とそんな事を感じた。 そして次に触診… コブ状になった患部に手を当て 軽く押してみたり、大きさを測ってみたり… 首筋や頚椎あたりにも手を当てながら 診察は続いた。 そして それらの情報をデスクの上に置いてある パソコンに入力していく。 今はどこの病院でも機械化が進んでいて、 カルテも手書きではない。 すべて機械へ入力する時代 それら一連の診察を済ませたH医師 メモ用紙とペンを用意して おもむろに 私の前に座り直した。 そしてH医師の診断内容の説明が始まった。 『 詳しい検査をしてみないとなんとも言えませんが 再発は間違いないでしょう。 今、わかってる事は 数箇所にリンパ節転移がみられます。 腫瘍の大きさも大きいので 手術はムリですねぇ 』 ああ、 やっぱりなぁ…(;´д` ) 物腰の柔らかい温和な口調が 事の重大さを少しでも和らげてくれているようで ありがたかった。 言葉を続けながらH医師は メモ用紙に書き始めた。 『 今、わかっている事は以上です。 今後詳しく検査をしてみて、これからの治療方法を 考えていかないといけませんが、 1、 リンパ節転移だけの場合はホルモン治療 もしくは、抗がん剤治療が有効 2、 すでに骨や内臓(肺)に転移している場合は 抗がん剤しか方法はないです。 3、 そしてもし、肝臓に転移している場合は… 緩和ケアという事になります。』 メモ用紙に書かれた、それらの文字を見つめながら それでもどこかよそ事であってほしい まだそんな事を思っていた。 これが現実なんだ。 今度こそしっかり自分のカラダと向き合わないと… H医師によると 背中の激痛はたぶん腫瘍が大きくなって 肋間神経を圧迫しているからだろう。 そして、手のしびれは 頚椎が圧迫されて起こっているものだろう。 そのうちもっとひどくなったら、完全に麻痺してしまう 可能性があるとの事 (>_
2007.08.27
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美味しそうなケーキやなぁ~~~♪ 天王寺の近鉄百貨店内にある モロゾフのカフェで、 ケーキバイキングやっててんて お友達のまりちゃんのお誘いで よしえさん いそいそとお出かけしはって どこへ行ったんかと思てたら… そういう事やったのね よしえさんってお酒も好きやけど 甘いもんにも目がなくて しょっちゅう お饅頭だのケーキだの 食べてはるわ (^ ^;)ゞ 私らはかつお節さえ、たまにしか ありつけないっちゅうのにぃ~… ほんまぜいたくやで 「私らにも もっと美味しいもん食べさせてぇな」 なんてぼやきたくなるわ
2007.08.25
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トーキングセミナーを開催させて頂くようになって ちょうど1年が経ちました。 その中で いろんな方々に しゃべりのプロとしての ノウハウをお伝えし続けてきました。 講座を修了された卒業生の中には かなりスキルアップされた方もいらっしゃり、 嬉しい声を聞くたびに こちらまで幸せな気持ちになります。 そして受講生のみなさまから いろんな感想を頂く中で まだまだお伝えし切れていない部分が ある事に気づきました。 そこで―― ジャ~~~~ン これを機に 9月より一部講座内容を変更し さらにバージョンアップして みなさまにご提供しようと 思いまぁ~す☆☆☆ まず今回から 基礎コースと実践コースを 完全に分離し 【基礎コース】(全3回)…心に響く声の作り方講座では 声に自信が持てない方や 滑舌が悪くて何度も聞き直される なんて方のために いい声作りを主体とした内容で☆ そして 【実践コース】(全4回)…思いが伝わる話し方講座では より具体的な話し方を勉強したい方のために 敬語の使い方や プレゼン力UPトレーニングも新たに取り入れ より充実した内容に☆ 詳しくは、【講座内容】をご覧下さい。 また、それにともない 【料金】も改定させて頂いておりますので ご確認下さい。 【日程】はとりあえず、9月の日程のみ 掲載しております。 10月日程も近々アップ致します。 但し、基礎コースは奇数月(1・3・5・7・9・11) 実践コースは偶数月(2・4・6・8・10・12) の開催となりますのでご了承下さい。 ★また現在受講中のみなさま 4講座分をすでにお支払い済みの方は あと残りの講座数だけ 新しい講座を受ける事ができます。 どの講座を受けて頂いても結構です。 まずご興味のある講座をチョイスしてみて下さい。 講座は基礎コース3講座、実践コース4講座 計7講座あります。 尚、受講途中であっても、その都度 料金をお支払い頂いている方に関しましては、 新料金での対応となりますのでご了承下さい。 そしてーー ★すでに卒業された受講生のみなさま 以前の講座にはなかった内容の講座が 多数ありますが、卒業生の特典と致しまして 再受講のシステムをそのまま適用させて頂きます。 したがいまして、 新しい講座を受講する場合でも 再受講扱いとさせて頂き 料金がかなりお安くなっておりますので これを機会に是非お越し下さい。 秋からは私自身も 新たな気持ちでスタート致します。 乞うご期待
2007.08.18
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今日8/15は終戦記念日 私は、この日いつも 宝塚にあるお寺を訪問するんです。 もう6年になるでしょうか?… そこは主人の菩提寺 今日は娘がドライバー 私は助手席で、楽してましたぁ~~♪ まずは、お墓参りからスタート 霊園は宝塚の長尾山の中腹にあって、眺めは抜群 遠く、宝塚の街並みがぼーっと見えます。 (^_^)v やはりお盆という事で かなりの人出 お墓はいつになくにぎわってました。 お墓と一口に言っても 今はいろんな形の墓石があって それを眺めているだけでもけっこうおもしろい (~o~) でも ぎらぎらと照りつける太陽が つらくて お墓参りを済ませた私達 次に山道を北へ30分ほど車で行ったところに そのお寺はあります。 くねくね曲がった山道はけっこうしんどいね 頭を何度か窓にぶつけながら やっとお寺に着きました。 光り普く(あまねく)寺と書いて【普光寺】 そこは摂津三十三箇所の14番目の霊場にあたり 緑に囲まれたとても静かで落ち着いたたたずまい 左が客殿 右が本堂 住職さん 実はこの住職さん 私の中学時代の恩師にあたり 3年生の時の担任の先生なんです。 (^_^)v まっ そんなご縁で 檀家でもないのに、お世話になってるというわけ…(^ ^;)ゞ 義母・義妹・姪達もお参りに来てくれました。 ありがたい事です。 本堂でお経をあげてもらって そのあと客殿で写経をしました。 写経しながらいつも思うのですが どうして「般若心経」ってむずかしい 書きにくい漢字ばっかりあるのかしら? 全部書き上げるのに 約1時間もかかってしまいました。 このお寺では 住職さんの声かけで 毎月1回 写経の日っていうのがあるんです。 その日は一日中、客殿を開放していて 誰でもが写経をする事ができるんですよ。 他にも句会なんていうのもあって 檀家の人達と短歌や俳句を詠んで それを会報に掲載したりなんかしてるんです。 あはは さすが元国語教師☆☆ 来年は7回忌 また住職いえ先生にはお世話になる事でしょう。 よろしくお願いしまぁ~す
2007.08.15
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いつも私がセミナー会場として 使わせて頂いている【コーチングサロン~feel~】 そこのオーナーであるOさん いつもユニークなイベントの企画をして 多くの人達との交流を楽しんでいる女性 今回も彼女とそのお友達Tさんが 毎月1回開催しているプレゼン交流会の番外編として 飲み会しようよって事で、集まりました。 毎月1回行われている【プレゼン交流会】とは それぞれが5分間ずつ、自己PRをし それを聴いたメンバーが フィードバックシートに その人のよかった点と改善点を書き その人に渡すというもの☆ 参加する人の職業は多岐に渡っていて そんな場でプレゼンができるという事は とても勉強になるんです。 私はしゃべりのプロですが 聞き手の方からのフィードバックは とても参考になるし、その中で いろんな気づきがあったりします。 まぁ 今回は番外編という事で 堅苦しい挨拶は抜き 早速『かんぱ~~い☆☆』ってな事になりました。 2次会でカラオケを楽しむ主催者おふたりです。 みなさんカラオケで大盛り上がり(~o~) 今回集まったメンバーだけではなく 交流会には大勢の方々が集います。 そこからビックビジネスに繋がったり あるいは、お得情報をキャッチしたりと そこはいつも活気に満ち溢れています。 企画運営して下さっている Oさんはコーチングのコーチ そしてTさんは、リンパマッサージを手がけている女性 おふたりとも、いつもイキイキとされてて とても魅力的です。 人との出会いの中で 自分磨きをするのって楽しい いつもありがとうございます。
2007.08.12
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いゃ~ん、 かわいいやないのぉ♪ よしえさんの義理の妹さんとこに やって来た仔猫やて 私らもあんな時があったんよねぇ~~ f(^^;) 人間と違って ねこは、すぐに大きくなるからね☆ 男の子なんやてぇ 名前は『ここ丸』 年上好みやろか?? 私 ガールフレンドに立候補しよかしら?…
2007.08.09
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2006年7月12日―― 息子と娘に付き添われながら ついに病院へ… 事前にインターネットでどこの病院へ行くか 調査をした上で 比較的、自宅に近く、緩和ケア病棟を備えている M総合病院へ行くことにした。 最悪の結果になっても、そこなら 私にとって納得のいく最期が迎えられそうだ。 そんな思いがあったからだ。 病院へ行く前日… ふたりのこども達を呼んで 自分の病気はかなり進行しているだろう事 ひょっとしたら、命があと少しかもしれない事 成人しているとは言え 子供として聞くのはつらかっただろう。 そんな事を私は淡々と子供たちに伝えた。 淡々と話す事で自分の冷静さを かろうじて保っていた。 でも娘は泣いていた。 しかし、おかげで お互いの本心をじっくり語り合う事ができた。 おかしなもんだ。(^ ^;)ゞ そしていよいよ自分のカラダと向き合う時が来た。 もう逃げられない。 覚悟ができた。 『○○さん、診察室へお入り下さい』 診察室のドアを開けて 私はひとりの外科医の前に… 相変わらず、背中の痛みは断続的に襲って来ていた。 両手の麻痺も進んでいた。 もう私はダメかもしれない…(;´д` ) (つづく)
2007.08.09
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2006年7月10日―― 右手だけではなく、左手もしびれ始め 自由が利かなくなっていた。両手に力が入らなくなった。 両手の神経が麻痺し始めていた。 ついには 左腕が浮腫でパンパンに腫れ上がってしまった。 背中の痛みは留まるところを知らず 私を容赦なく苦しめた。 もう限界だった。 なんとかして~~~!! 以前から私のカラダの事を心配してくれていた Yさんに、私はついに相談する事にした。 そして、関東へ行ってしまった 内科医のA医師にもメールで この事を報告したのだ。 YさんからもA医師からも、すぐに病院へ行って 診察してもらうように説得された。 ふたりの意見は一致していた。 以下、A医師とのメールのやり取りの一部始終 私… 痛みがなかなかひきません。 日常生活にも支障をきたして きました。 市販の鎮痛剤では効かないので もうどうしていいか… 痛みをこらえてなんとか ガンバッていますが かなりのストレスです 痛みがあるという事は どこかにその原因があるわけで やはり再発して もうどうしようもなく広がっているのか といやな考えが浮かんできてしまい それを打ち消すのにまたストレスです これでは悪循環ですよね 痛みをともなう症状は今回が初めてなので ちょっと今回は参りました もう病院へ行ってしまおうか・・・ でもそうなると嫌な抗がん剤か手術が待ってるわけで それはどうしても嫌だし かと言って この痛みから逃れたいという思いが 気持ちを弱気にさせています。 A医師…痛みの原因を明らかにする事が先ず、先決です。 それでどうも無ければ答えははっきりしますし、何かあっても、 抗がん剤をするしないはそれから考えてもよいことです。 先ず、原因を解明しなければ、 いたずらに恐怖心とストレスの固まりになります。 それが病気を進行させているのです。 抗がん剤がいやな場合は患者の主張は聞かなければなりません。 その場合でも痛み止めは色々と考えてくれるはずです。 とにかく、大きな病院に行ってはっきりとさせることです。 抗酸化療法がしっかりと出来ていれば 抗がん剤は怖くはありません。 副作用が殆ど起こらないからです。 私… しかし、以前病院で 手術・抗がん剤を拒否したところ もううちではめんどう見れませんというような事を言われ ショックだった事を覚えています。 A医師…確かにその様な病院が多いのは事実です。 しかし、中には、抗がん剤が無意味だと 考えている医師もおります。 知らないうちに心の中で病院に行かない理由にしないように。 私…もし今回も拒否した場合 痛み止め等の処置はもう緩和ケアの領域に入るのでしょうか? A医師…行為そのものは緩和ケアに入ります。 しかし、回復の望みも十分にあるのです。 その第一は心の中から恐怖心と逃げたい気持ちをなくし、 かたくなな自分を冷静に見直す気持ちを持つことです。 私…私としては 痛み止めをしながら 自己免疫力を高めていけたらと思っているのですが 甘いですか? A医師…甘いです。 私…やはり先生の言われるように 私には今、がん細胞と闘う免疫力が劣っていて それは叶わぬ事なのでしょうか? A医師…まさにその通りといえるでしょう。 でなければがん細胞が発育してこないでしょう。 それを調べないと何も進まないのです。 ここにも冷静さと判断力の停滞が見られます。 その根底にはただ、病院への拒否の心があるからです。 私…病院へ行くとして 結果次第でいろいろな選択を迫られると思います 手術は嫌だし 抗がん剤も極力避けたい ならばもう緩和ケアしかないのでは? ひょっとしたらそのような選択すらもう残っていない場合もある なんていろいろ考えてしまいます とにかく病院へ行くべきなのでしょうが その前に覚悟というか、どんな場合になっても 自分なりの考えをしっかり固めておきたいと思っています。 A医師…もっと前に、当然しておくべき覚悟がされていなかったようです。 覚悟を決めると心が安らぎを感じるはずです。 そこに治癒への道が開けるのです。 事態は深刻だった。 このままでは死んでしまう… もう一刻の猶予も許されない状況だと思った。 私のこのような状態に 家族が気がつかないわけがない。 苦しんでいる私を見るに見かねて、 22歳の娘が声を掛けてきた。 『おかあさん、 病院へ行こ。 私が付き添ってあげるから…』 (つづく)
2007.08.06
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2006年7月4日―― 友人数名と梅田で会う約束をしていた。 肩から背中にかけての痛みはピークを迎えていて 歩くだけでも ピリピリという痛みが容赦なく襲ってきた。 でも以前から約束していた予定だったので 痛みを押して、出かけて行った。 友人達の前では、気丈に振舞う私… 何事もなかったかのような表情の裏で 痛みとの闘いが続いた。 そしてその日はなんとか無事に 帰ることができた。 でも… すでに限界だと感じていた… 7月8日―― その日も約束があり、出かける予定をしていた。 この痛みをこらえて行けるだろうか? 迷った挙句、 やはりこの痛さでは どうしようもないと判断 約束をキャンセルして、自宅で養生する事にした。 すでに寝返りも打てないほどの痛みが 背中を襲っていた。 少しでも背中に力を入れようもんなら 物凄い痛みが容赦なく襲う。 しかも、私を襲っていたのは痛みだけではなかった。 気がつけば、右手の小指と薬指がしびれて 感覚がなくなっていたのだ。 ふと、字がうまく書けない事に気が着いた。 『おかしいな、どうしたんだろう?』 指に力が入らない…(>_
2007.08.04
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