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竜王山 山頂からの 好展望28日は、「平成最終」の移動で、滋賀県蒲生郡日野町へ。未踏の12干支の山「猪の鼻が岳」508mと、近くにある、この「竜王山」へ移動かけました。「猪の鼻が岳」を終了後、「御幸橋駐車場」へ向かい、Pからスタート。(11:15)途中、新緑の「竜王山」のピークが見えます。道の脇に「竜王山」の紹介板を見つけました。昔から「雨乞い」の山であったようです。アスファルト林道が、地道林道に変わる頃、「竜王山登山口」があります。ここから、山道です。(山頂まで60分とマジック書き有り)「登山届箱」があったので、扉を開けて、中の用紙に記入し、投函しておいた。ジグザグの急登山道が一息ついたころ、「頂上まで500m」の道標があります。この辺からは、傾斜は緩やかになり、歩きやすくなる。次の「千畳平」の説明板の前も緩やかで、その先は、急傾斜で、プラ階段を休み休み登ると、竜王山の山頂です。「御幸橋駐車場」から、1時間15分で登ってこれた。山頂からの景色は、眼下に日野町の、のどかな水田が広がる景色が見えます。南向かいは、かなり以前登った(1997年)向かいの綿向山の稜線がよく見えた。休憩がてら、単独男性ハイカーと山談義。アマチュア無線は、久々に50MHZ帯でQRV。すぐに、ALL JAコンテスト局の徳島県美馬市の移動局と59で交信。相手局も「竜王山 1030m」に登っているとか。竜王と名のつく山は、どこにでもあるようです。下山は、45分で、もとの駐車場へ。木々の新緑で、気持ちの良い山でした。1/25000図 「日野東部」帰りに、信楽町の「愛宕山」(369m)へ寄りました。場所は、甲賀市信楽町の信楽駅の近くある山で、以前、ALU局の報告で、気になっていた山。その登山口へ向かいます。登山口へ到着。「愛宕神社と陶器神社」の鳥居前。この前に、駐車場もありました。(14:45)最初階段から、途中で迂回の遊歩道へ行くと、10分で、山頂です。「愛宕神社 陶器神社」連名と、りっぱなお社があり、まずはお詣りです。そばに、書き込み通り、信楽名物の「狸」がお出迎え。(笑)無線は、隅のほうで、50MHZ帯をワッチすると、コンテスト参加局の、京都府相楽郡和束町の移動局と交信終了で山ラン完了。次回は、「令和元年」初移動だ 1/25000図 信楽
2019.04.29
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新元号が「令和」と閣議決定し、典拠も今度、はじめて、日本の「万葉集」の中から抜粋した元号と聞いて、日本らしいいい元号だ~と、まわりのお祝いムードも高まる中、万葉集に関係のある山は、どこにあるのか?と、調べていると、意外にも、和歌山県かつらぎ町の「妹山」と「背ノ山」が万葉集の歌の中にたびたび登場するようだ。どんな山なのか行ってみたくなり、登りに行ってきました。ご紹介しましょう。画像は、背ノ山(167.4m)山頂の桜と山頂標識JR和歌山駅から、単線の和歌山線の奈良行きに乗り替えます。1時間に2本ほどしか運転してないので、和歌山駅で40分近く、発車時間をまつことに。2両連結の超ローカル電車です。♪40分くらいで、JR西笠田駅へ到着。無人駅で駅舎もありません。ホームに屋根付の待合所がポツンとある小さな駅でした。でも、のんびりしていてGOODです。そばの桜の花が出迎えてくれました。駅前から、南西方向は、紀の川の先に、かなり以前に登った「龍門山 756m」が遠望出来ます。大きな紀の川もゆったりしていて、景色の良いところですね。それに、踏切のそばに、かつらぎ町の観光案内板があり、道順は載ってないが「背ノ山」 「妹山」の記載もあるようです。詳しい地図は、CVP局のHPにルートコメント図があったので、それを印刷して持ってきたので心強い。早速スタートしかけると、駅前で、万葉集らしき歌詩の看板を見つけた。道標は背ノ山でなくて、「←妹背山」?になっている。万葉集の歌らしきものも、書かれている。詠んでみると「真木の葉のしなふ勢能山しのばずて、我が越え行けば木の葉知りけむ」・・・巻3-291。万葉集 3巻の291番の歌なのかな?コンクリートの狭い道を登って行くと、20分くらいで、KDDI電波塔のある山頂に到着。見晴らしはないが、広く、石碑もあり落ち着く雰囲気。桜の花が5~6分咲きくらいだろうかキレイに咲いていた山頂標識は、妹背山(城山 標高 168m)になっている。すぐそばに、△点標石があった。アマチュア無線は、VU帯は静かで、ワイヤーを張って、7メガで、茨城県古河市の記念局「8N1MOMO/1」と交信で、山ラン完了。桃祭りの記念局だそうだ。下山して、川沿いのサイクルロードを少しあるいてみた。川や、桜があって、自転車なら、なお良さそうだ。対岸の「妹山」は、目の前に、見えてはいるがわたる橋が、かなり、遠いので今回はパス。なぜ、この山が万葉集に多いのか、あとで調べてみると、昔むかし、紀伊の国へ旅した、人々がこの山を見て、ふるさとに残してきた愛し人への想いをこの山の姿に重ねて詠んだとされている。・・・なるほど。そんな気がして背ノ山をあとにした。 完地図
2019.04.02
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